2014年04月18日

偏屈


われながら嫌になる。ときどき,むきになる。むきになると,

一歩も引かなくなる。

議論を交わすというのではなく,押し潰す,という雰囲気になってしまうらしい。自説を引っ込めないというか,

自説を変えない。

そういう悪癖がある。自分でも,その瞬間は,頑迷そのものの(そうでなくても頭が固いのに),

嫌な奴,

になっているのがわかる。目を剥き,梃子でも引かなくなり,(わずかに装っている)柔軟さと温厚さは,影を隠す。ときどき,そういう事態を,自分が引き起こす。瞬間,周囲が引く,というか,呆れたようにひきつった笑いに変わる。それがわかっていて,引くに引けなくなる。

時に,その場を,

凍りつかせる,

ことすらある。それが,後から振り返ると,ずっと落ち込ませる要因で,

しまった,

と臍を噛むが,後の祭り,まさに,

後悔先に立たず,

である。振り返っても,

その時こだわっていたことはわかるが,なぜそれほど拘泥したのかは,よくわからない。

何にこだわるかは,そのときどきで,自分でも分からない。ただ,何かにフックがかかると,

それに執着する,

多くは反論と言うか,異論をとなえるときが多い。あるいは,質問の形で,問い質す。多く,問い質された側が,こちらの向きになりように,反応して,頑なになる。

ちょっと前のことだが,あるワークショップの場で,講師との間でそんなことがあった。はじめは質問のつもりだったが,途中で,問いつめている問いに変わっていたらしい。相手もむきになってきて,会場が凍りついた。

そこをさらりと,ユーモアで交わせたらいいのだが,とつくづく思う。

しかし,自説を翻す気はないので,反省は,

自説をこだわったことではなく,

むきになって言い募ったことで,その場をしらけさせたことの方に向いている。

かつて,知人が,(見るに見かねて)とりなして,代弁を買って出てくれたことがあったが,その人が,僕を上回る屁理屈屋で,却って,その場の雰囲気を悪くしてしまったことがあったが,逆に,そこでフリーになった自分が,

ああ,こういうふうに,この場の雰囲気を壊したのだな,

と思い知らされたことがあった。

ただ思うのだが,御説御もっともと,ただ頷いていればいいのか,と言うと,それはそうは思わない。だから,自説を提起すること自体が悪いとも,それにこだわることがいけないとも,僕は思わない。

自説にこだわりすぎる,と言うのは,

頑迷,

強情,

と言われるかもしれない。もちろん,

這っても黒豆,

というのは論外としても,それぞれの意見は,

自分の頭で考えた以上(自分で考えたことであればあるほど),異説,異論,異見,と言われようと,そうそう軽々に譲れない。譲れないところが問題ではなく,異説同士を戦わせて,

別のひとつにまとめていく,

そういう努力に欠けるところが問題なのだと,思う。

自説は,堂々と言ってもよい。よいが,言うかぎりは,他の意見に耳を傾ける,

柔軟性,

が必要なのだろう。つくづく思うが,

平板で,短兵急な声になる(むきになるとそうなるらしい)と,それだけで人は反発し,拒絶反応を示すらしい。

やはり,ユーモアではないか。

ユーモアは,メタ・ポジションに立たなければ,言語化できない。それは,

余裕,

を生み,声も厚みのある,ゆったりした声になる。

欠けているのは,その姿勢かもしれない。




今日のアイデア;
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【自己表現の最新記事】
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2014年04月17日

第二の敗戦


船橋洋一『原発敗戦』を読む。

著者は,原発事故の当時の当事者に取材してまとめた『カウントダウン・メルトダウン』の後,大宅壮一賞受賞の折り,「恐るべき『戦史』」との選評を得たことから,改めて取材した「フクシマ戦史」。著者自身,

事故に取り組んだ東電の現場の人々や本店の幹部の人々にできるだけ直接,話を聞いて,危機の現場はどうだったのか,危機の司令塔は何をしていたのか,危機のリーダーシップはどこにあったのか,その感覚を共有したいと思った,

と語るように,再度の取材の中で本書はまとめられた。本書の後半は,

チャールズ・カストー(元米NRC日本サイト支援部長)
増田尚宏(福島第二原発前所長)
折木良一(前防衛省統合幕僚長)
野中郁次郎(一橋大学名誉教授)
半藤一利(作家)

との対談が組まれているが,対談相手,半藤一利氏は,

日米の危機対応,組織構造,リーダーシップのあり方の違いなど,あの頃(第二次大戦中のこと)と全く変わっていないことに驚かされます。

と述べているように,第二次大戦での敗戦になぞらえて,それとの類比・類推のなかで,日本人の,日本文化の,日本組織の,日本のリーダーの宿痾を剔抉している。

半藤とのやりとりに,こんなくだりがある。

半藤 じつは私,アメリカの技術力に改めて恐れ入ったのですが…。
船橋 まさに今回,「第二の敗戦」だと思うのはそこなんです。技術,物量,ロジスティクス,それからインテリジェンス。日本は底が弱かった。
半藤 日本はロボット大国と言われておりました…。
船橋 活躍したのはアメリカの,アイロボット社のパックボットという軍用ロボットでした。もっともアメリカの強さを見せつけられたのは,モニタリング力です。炉のなかの状況は日米,東電いずれもわからない。しかしアメリカは空からのモニタリングという技術をもっていました。あの炉は何度で放射線量はどれほどかと,それを1万8000m上空から無人偵察機グローバルホークで撮っちゃう…。
(中略)
船橋 日本のインテリジェンスの特色は3つあります。「(情報が)上がらない,回らない,漏れる」です。(中略)日本では,まず下から上に上がらない。上も上で,吸い上げる力が弱い。それは政策トップが戦略目標とゲームプランを明確に持っていないためです。各省全部バラバラ,そしてタコ壺。だから回らない。特に,防衛省と警察庁,それから外務省の間は回りません。従って統合的アプローチ,つまり「政府一丸になって」取り組むのが苦手。それから情報が漏れやすい…。

その弊害が,もろに今回出た。そして,「はじめに」で,こう書く。

危機の時,その人の本当の器量がわかる。
危機の時,リーダーシップが否応なしに問われる。
危機の時,その国と国民の本当の力が試されるし,本当の姿が現れる。
日常漠と思っていたそのようなことを今回,私たちは痛感した。
しかし,それもこれも,どこかで聞いたようなことばかりではないか。
戦後70年になろうというのに,いったい,いまの日本はあの敗戦に至った戦前の日本とどこがどう違うのだろう。
日本は,再び,負けたのではないか。

著者のこの深い敗北感は,第二次大戦になぞらえる心情は,実は,危機の当事者たちにも,共有されている,と言うことに深刻に驚かされる。

福島第一原発の現場は,過酷事故対処に必要なものは何もなかった。水もガソリンも,バッテリーも。

なかでも人員が決定的に不足していた。しかも補充は少なかった。人員の不足は単に頭数の問題ではなかい。作業に必要な知識,技量を有する人材が不足していたし,交代して対応する態勢ができなかった。

同じ半藤との対談で,

半藤 …吉田所長という指揮官以下の50人あまりの現場の方たち,いわゆるフクシマ・フィフティは頑張った。しかし事故の規模からいって,アメリカなら50人とか70人なんてことはあり得ませんよね。
船橋 あり得ないです。なにしろ原子炉が6つもあるわけですから,国務省の幹部もカストーも,1000人以上の規模で当たるべきだったとはっきりそう言ってました。

と指摘している。これを,

まるでガダルカナルではないか,

と思ったと,対策統合本部に詰めた外務省幹部が証言している,と言う。それは,大岡昇平の『レイテ戦記』にもあったと思うが,

ここでは戦力の逐次投入による戦力消耗と戦闘敗北の典型的例,

とみなされている。要は,一気に戦力を投入せず,現場の様子を見ながら,ちびちびと投入したという現実を,そうなぞらえているのである。

日本サイト支援支部長のチャールズ・カストーが,フクシマ第一原発の吉田昌郎所長に初めて会ったときの最初の質問が,「作業員たちはちゃんと寝ていますか?」でした。

と,半藤との対談で,著者は紹介しているが,この発想にあるのは,

長期戦を前提にした,危機への対応,

であり,そのために大量の人的投入が不可避なのだと分かる。同時に,思い出すのは,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163418.html

でも書いたが,

ゼロ戦の搭乗員の生命無視の軽量化

ゼロ戦に対抗して設計製作されたF6F (Grumman F6F Hellcat)

との対比だ

F6Fは,頑丈であること,単純化されて生産性が高いこと,防弾フロントガラス,コクピットを張り巡らした部厚い装甲,装甲されたエンジンとタンク,等々パイロットを守るために,ゼロ戦相手とわかっていても,機動性すら犠牲にしている。それは,人命尊重というより,ベテランパイロットの操縦を前提にしない,徴兵された普通の兵士が操縦することを前提にした設計思想だ。

それに対して,ゼロ戦は,軽量化と機動性を確保するために,防弾燃料タンク,防弾板,防弾ガラス,自動消火装置等々の防御部分がカットされ,被弾するとあっという間に火を噴く。それを回避するために,パイロットの個人技に依存した。

昭和天皇は1945年9月,…日光の湯元のホテルに疎開していた皇太子明仁親王にペン書きの手紙を出した。その中で,「敗因について一言いわしてくれ」として,「我が国人が,あまりに皇国を信じ過ぎて,英米をあなどったことである」と「我が軍人は,精神に重きをおいきすぎて,科学を忘れたこと」を敗因として挙げた,

と言われる。というより,人命を大事にするためにどうしたらいいかを考えるのに対して,人命よりも軽量化と機動性を大事にする,どちらが科学にとってハードルが高いか,だ。

著者は,それと同一の発想を,

炉心溶融



炉心損傷

に言い換えたところに見る。

東電も,保安院も,メルトダウンには病的なほど神経質になった,

という。

あくまでも真実を探求する科学的精神の欠如と異論を排除するムラ意識があるのではないか。
「原子力ムラ」などといういびつで同質的な既得権益層が跋扈し,研究者の科学的かつ独立精神を蚕食した。

それは科学の敗北ではないか,

と。いまなお,現場では戦いが続いているのに,国を挙げて,何千の単位の態勢を取っているとは聞こえてこない。

思えば,STAP細胞騒動でも,科学者も,研究者も,科学的に細胞の有無を検証しようとするよりは,論文の欠点をあげつらい,あまつさえ,最後は一人の責任に押し付けて,知らぬ存ぜぬとは,とうてい科学的対応とは言えない。ここにも,何か象徴的な騒動を見る。

遅まきながら,本書を読んで,改めて,『カウントダウン・メルトダウン』を読みたいと思った次第。


参考文献;
船橋洋一『原発敗戦』(文春新書)




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2014年04月16日

空洞


コーチングを受けていて,こんな問いを受けた。

自分を認めるために,

あるいは,

自分を受け入れるために,何があればいいのか,

と。背景には,自分をマイナスイメージで,表現することが多く,たとえば,

かっこ悪い,

とか,

無知,

とか,

劣等感とかを口にしたことがきっけである。ただ誤解を受けないように付け加えておくが,そういうマイナス部分が,

自分の味であり,

そのマイナス部分も含めて,自分に与えられたものとして,それを生かして生き切る,それが,

天命,

だと考えるという考え方をし始めたということを申し上げた。これについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/394682754.html?1397504976

で書いた。

そんなことで,冒頭の問いを,受けた。で,

確信,

あるいは,

信念,

と答えた。そして,

ふるまいとして,足りないもの,

やりきれていないこと,

が,自分にある,と。

では,それを身体のどこで感じるか,

と問われた。間があったと思うが,

頭,

と答えた。そして,イメージが浮かんだ。

頭の図の半分が,丁度脳に当たる部分が空洞,

なのである。感覚では,頭の半分である。それが,

足りないということの具体的なイメージである。

それは,どういう感覚か,

と,問われて,

寂しいと答えた。では,

その空洞は何色か,

と問われた。浮かんだのは,鉛筆をもっていたせいもあるが,

鉛筆で薄く塗りつぶした感じ,

なのである。では,

その空洞は,何と言っているか,

待っている,

と。しかし,

何らかのアクションをしたら,(その空洞は)どうなるのか,

何かをしたとしても,埋まりきることはない。そして,これを書いていて,ふと思ったのだが,何かを為遂げたとしても,

薄い雲母一枚が加わる,

程度なのだ。だから,一向に空洞は埋まらない。

しかし,その空洞は,

いつまでも持っている,

という感覚なのである。コーチ曰く,

(それは)チャレンジを促しているのでは,

と直感を返された。確かに,それが,励みになっているところがあるのかもしれない。

ただ,僕の中では,

いつまでたっても,やり尽くされることはない,

そういう感覚なのである。ひょっとすると,その空洞が(あるからこそ),それが,僕の,

やる気スイッチ,

なのかもしれない。どこまでも,まだまだ,

し残したこと,

やり残したこと,

が山積みなのである。では,と,コーチが提案した。

その,待っているものは,何か,

それを考えてくるのが宿題である。ただ,僕の中には,すでに,

何があったら,埋まるのか,

の答えは,ひとつ浮かんでいた。




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2014年04月15日

応答


川本恵さんの「ミーディアム」に参加してきた。

ミーディアムについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163437.html

でも,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163469.html

でも触れているので,そう新たに付け加えることはそんなにはないが,ここでは,天について,再度考えてみたい。

天についても,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163401.html

でも触れたが,

死生命有
富貴天に在り(『論語』)

が好きである。自分には兄弟なくひとりぼっちだと司馬牛が言ったのに対して,子夏が言った言葉だ。そして,

敬(つつし)みて失なく,人と与わり恭しくして礼あらば,四海の内皆兄弟たらん,

とつづく。ここでいう,天には,「生き死にの定め」「天の与えた運命」の二つが並列されている。

だから,思うのだが,つまるところ,

生かされてある,

という言葉がぴったりくる。

この身を通して,一生分を,生き切ることで,お返しをする。ひょっとすると,そこでの生き方そのものが,すでに,天命へのお返しになっている。大した一生分ではないが,

困難・苦難を引き受けるのもそうかもしれない,

黙過できず,いらぬ騒動にまきこまれるのもそうかもしれない,

言わでもの本音をちろっと漏らして,苦境に陥るのもそうかもしれない,

三度死にかけたのもそうかもしれない,

理より情宜に錘を一つ二つ余分に乗せてしまうのもそれかもしれない,

四十五十にして聞こゆること無くんば,斯亦畏るるに足らざるのも,またそうかもしれない,

そうか,どういうわけか,その場で,ついつい出た言葉が身に返るのもそれかもしれない,

こういうのは,八百万系の魂の特徴らしいから,なおのこと,

そう生きることで,天にお返ししている,

のかもしれない。

死して後已む,また遠からずや,

である。うまく言えないが,ちょっと思い違いをしていたようなのである。

天命とは,

何かこの世で果たすべきこと,

あるいは,

使命・役目,

あるいは,

なすべき何か,

といったことと,それを達成することにのみ,目を奪われていた気がする。

そうではないのではないか。

愛弟子顔淵の死を前に,

天,予(われ)を喪(ほろぼ)せり,

と孔子が慟哭したのも,また,

鳳鳥至らず,河,図を出ださず。吾已んぬるかな,

と,絶望する,孔子の晩年も,また天命である。

身をもって生きる,生き切る,

仮にかっこ悪くても,無様で,未達のことが山積みでも,

与えられたものを生かし切って,生き切る,

そのおのれを生き切る。

それが,天命ということの意味なのではないか。

むろん,惰性や言訳,があるかもしれない,しかしそれでもなお,そのおのれを生きること,かく生きることが,

生かされてある,

ことへの応答である,と意識する,いや認めることなのではないか。なるかならぬかも,また,

天命,

である。その天命を信じて人事を尽くす,ということではないか。だからこそ,

人生が何をしてくれるかではなく,人生にどう応えるか,

と,V・E・フランクルが言ったのは,その意味でなくてはならない。

虚心坦懐,

とはこういうことなのではないか,と思い始めている。

参考文献;
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)




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2014年04月14日

言葉


北山修『意味としての心』を読む。

ヴィトゲンシュタインの言葉に,

もっている言葉によって,見える世界が違う,

と言った趣旨のものがあった(と記憶している)。

ここにあるのは,精神科医で精神分析家である北山修の言葉集(辞典)といっていい。凡例では,

さまざまな機会にあらわしてきた,精神分析的観点からみた臨床語を集め編集した,

とある。たとえば,「あい」からはじまり,

「あふ」はその語源説のひとつに上下の唇が相寄るときの音から出たという連想があるように,二つが互いに寄り合ってぴったり一致する,調和する,一つになる,という意味で,ものともの,人と人との間の基本的意識を示しています。特に「合う」の場合は,「出会い」がさらに進んで,受け入れる,矛盾しない,ぴったり当てはまるという適合,合致,調和のニュアンスが強調されます。(中略)「医者に会う」「先生に会う」とは言っても,「通行人に会う」とは言わないように,対人関係にいつて,「会う」が使われる場合は会う意味があるときで,無意味に会うことは会うではなくて,むしろ会っていないことになります。よって通常は,会うこと,合わせること自体に大きな意味や高い価値があり,…このような意識を伴う「あふ」という言葉は,面接と対話を価値ある形式とする日本語臨床の基本語となります。

という具合である。この「日本語臨床」という言い方には,特別な意味がある。著者はこういう。

日本人は普段より「滅多なことは言わない方がいい」と考え,饒舌や雄弁をそれほど好まないなど,言葉にあまり期待しない傾向があるため,精神医学や臨床心理の領域でもむしろ非言語コミュニケーションの重要性が説かれ,その視点から多数の心の理論が翻訳を通して輸入され,外国製の概念や理論で臨床の現象が割り切られることが正しいとされる風潮も見られます。心を描写するための言葉が日本語に豊富にあるにもかかわらず,研究者たちが日本語を生かすことが稀という傾向も強くありました。

その問題意識の中に,土居健郎の「甘え」論がある,と考える。そして,

もともと解釈や言語化という精神分析の技法論に見られるごとく,言葉と精神分析臨床は切っても切り離せないものであり,フロイトは夢,機知,言い間違いの精神病理などの分析で,言葉と意識・無意識に関して様々な相から検討を試みています。

として,

言語を主たる治療媒体とする精神分析理論の発展に向けて言語学者,文化人類学者,精神病理学者,言語心理学者などの知見から学ぶことは多く,日本語の中での精神病理の特徴や治療のための言語の機能について明確にしていく作業も必要です。言語論とともに重要なのは意味論的視点であり…,

とする,言葉の意味と機能に着目する著者の姿勢そのものの蓄積が,本書ということになるのではないか。

精神分析療法は,「心の台本を読む」ことを仕事とする,という言い回しが,何度か出るが,それを,「劇」になぞらえて,こういう言い方をしている。

「筋書きを読む」という仕事には,最初に劇の展開があり,問題が劇化され,その劇が繰り返され,やがて筋書きが読まれて,そしてその洞察を通し筋書きを考え直して書き替え,協力して新たな劇を創造するなどの作業が,段階的なものとして含まれるでしょう。そして,劇的な関係を引き受けてこれを分析する分析的治療者の仕事とは,劇の比喩で言うなら,出演しながら筋書きや心の台本を読むことになります。

あるいはこうも言う。

精神療法の言語的な仕事が「人生物語を紡ぐこと」,そして「人生を語り,語り直すこと」と説明されることが多くなってきましたが,これは古典的精神分析で言うところの過去の再構成という仕事です。

更に,

人生を物語として言葉で語って,それを二人で考えていこうとする分析的臨床的態度は,日本においても臨床心理学の基本となっている,

あるいは,また,

頼まれてもいないのに生きがいの動機づけや構造を指摘して,他人の生きがいによけいな解釈で水をさすことは,分析家の「野暮」と「愚の骨頂」「いらないお世話」となるでしょう。そして抱えられた空虚を埋めようとして何かがなされる場合,内側からの自己表現や創造としての何ものかが,たとえ野暮ったくて不器用なものでも,まずは貴重な意味ある生成となることがあります。精神分析とは,症状から,夢から,些細な言動から,そういう意味を取捨選択して発見し共有することに徹底的に貢献し「意味ある人生」にしようとする仕事なのです。
 
と。

精神分析では,言葉が媒介になる。

自由連想法の設定(セッティング)では分析者と後ろ向きの被分析者の二人はほとんど顔を合わせることがありません。それで,治療的に検討され取り扱われる素材は,被分析者により言葉で報告されるものがほとんどとなります。被分析者の無意識的反応を把握し,これを言葉で描き出すという営みの中で,そこに織り込まれてゆく分析的セラピスト側からの応答を「解釈」と呼びます。

そうして,

それまで無意識であった台本が読み出され,それが人生として生きられながら語られて,心の表と裏を織り込んだ人生物語を紡ぎ出すことになるのです。

と。そこで言葉が,他の療法に比して,格段に重要になる。そのことについて,フロイトの「言葉の橋」という言葉を手掛かりに,こう言っている。

両義的な言葉は,人々に共有されやすい意識的な意味と,個人が個別の内面に抱いている個性的な意味との間の橋渡し機能を果たしているのであり,私は,この議論を,心の内面と外面,内界と外界の間に橋をかけ,その内と外を結び付けているという言葉の機能の,精神分析研究の歴史的出発点としたいのです。

と,それを分析的な言い方で表現すると,

すでに意識されている意味と抑圧されて意識されにくい意味との間に橋をかける,

となるはずである。そのことの効果を,こうまとめている。

私は,「話す(ハナス)」には,対象を外界へ放す(ハナス)機能と,対象を自己から離す(ハナス)機能があると考えて,内的体験を外界へ伝えながら内外を分離させる言葉の機能を,総合的に「橋渡し機能」と呼びたいと考えています。

さて,精神分析家の北山修の言葉から見えるのは,こんな風景として,では,作詞家,

北山修,

あの,フォーククルセダーズのメンバーであり,提供したのも含めるレコーディングされたのが400曲,作りっぱなしのも含めると700曲に上るという,作詞家としての言葉から見えるものは別なのかどうか。

たとえば,橋田宣彦と旅の宿で嵐が通り過ぎる間に作ったという,

人は誰もただ一人旅に出て
人は誰もふるさとを振り返る
ちょっぴり寂しくて振り返っても
そこにはただ風がふいているだけ(「風」)

の向こうには,何が見えているのか。例えば,こんなことを,あとがき代わりの,「私の歌はどこで生まれるのか」に書いている。

「かける兎」の如き私が,昼間は跳びはねて遊び,あるいは懸命に働き,夜になり「疲れた兎」が横たわり目を瞑ると,あるいは勝って酔った気分で横になると,眠り始めた兎の背後から亀がゆっくりと立ち現れるのです。夜な夜な出現するこの亀は,歩みはのろいし,目を閉じ夢と眠りの中に生きているようなのです。

この夜から朝の間にある「考える亀」という,移行の領域において考える「私」は,自分に正直な「素の自分」です。亀でも兎でもない,そして亀でもあり兎でもあり,その真ん中で「本来的」とでもいうべき状態であり,「私は私」なのです。そこで朝起きたら患者に何を言うか考えたり,よいイデアを思いつきながら眠りにまた落ちたりしています。…そして外からは寝ているように見えますが,実は泣いていたり,誰かを罵っていたり,吠えたり,読んだり,そして歌ったりして,ここに歌詞の元がたくさん生まれているように思うのです。

そして私個人の場合,覚醒の手前で時に「なき」ながら考えているので,そこでこそ再び旅の歌も生まれ,そこが人生のクリエイティヴィティの原点です。また,分析のセッション中で精神分析家の「私」が何も見ずに目を瞑り暗闇の中でぼんやりと考えていますと,この状態が度々発生します。気持ちの上で揺れながらも,その旅の途中で,本来の自分として,考えはまとまっているなあと感じます。

そして外向けの歌作執筆活動では,亀から兎への間で引継ぎがあって,例えば朝型の亀の「歌」を日中兎が選択的に書き移し,「私」が修正加工し歌として書き直すところが外向きの創作の核心です。

この個人の自己対話を見ていると,著者自身が,創造性の項で,

フロイトは,子どもの遊びの中に創造性の発露を発見し,それが大人になると空想や劇に姿を変えると考えました。願望充足を特徴とする空想や白日夢は通常個性的すぎる内容であり,他者に伝えたとしても不快感をもたらすことが多いのに対して,詩人は個人的な空想を受容される形で伝えることで他者にもたらします。このことに注目したフロイトは,神経症者と比較して,創造的行為とは,抑圧のゆるさと,空想や白日夢を公共性の高いものにする強い昇華の能力とを同時に有するものと考えました。

と述べていることと照合してみると,まさに,

言葉によって見えているものは,

作詞家のそれも,

精神分析家のそれも,

北山修というひとりの人の見えているものに違いない。と感じるのである。

参考文献;
北山修『意味としての心』(みすず書房)





今日のアイデア;
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2014年04月13日

乖離


僕には,危惧がある。

社会から乖離していないか,

と。自分は,しっかり社会に足をつけているのか,と。この時代をどれほど,ひしひしと感じとっているのか,感じとれているのか,と。その時代感覚,状況認識がなければ,ただの妄想,自己完結した,自分探しごっこに過ぎないのではないか,と。

コーチ−クライアント関係は,両者が合意した,

電車ごっこの紐の中にいる,

状態である。それは,自己完結し,閉じた会話になりやすい。

石原吉郎がこんなことを言っている。

大事なことは詩を理解することではなくて,詩を書くことであり,他人の詩を理解することではなくて,自分の詩を書くことである。僕らは断じて批評家になってはならぬ。

ずいぶん前,ある先輩のコンサルタントは,口癖のように,コンサルタントは,

虚業,

だと言っていた。まあ,

実業ではない,

という意味なのだろう。

少し深読みしすぎかもしれないが,大袈裟な言い方をしたら,自分は安全なところにいて,人の人生に関わる,そういう援助職ばかりになったら,現場の人ではいなくなる。それでは社会が成り立たない,というような。

自分も「ちょっとだけ」にしろその端くれだが,コーチングに少し危惧を感じているとすると,二つある。

ひとつは,人の手助け,を名目に,自分自身が現実の修羅場から逃げているのではないか,ということだ。

いまひとつは,狭いコーチ−クライアント関係という内向きの関係に閉じこもって,あるいはクライアントの成果に寄り添うことで,この時代の,この社会の危機が見えていないのではないか,ということだ。

後者を先に言っておくと,何かの童話にあったと思うが,巨大な魚だったかクジラの上で平和に暮らし,そこでの幸せを求めているが,クジラが一つくしゃみをしただけで,そんなものは吹っ飛んでしまう,というのがあった(ような気がする)。

僕は,コーチが成功しているとかしていないか,コーチ自身が目標に向かっているかどうかなど,どうでもいいと思っている。コーチ−クライアント関係で,クライアントの自己対話をリフレームできる力量と,コーチとしての器量があれば,極端な話,ボロを着ていようと,飲んだくれであろうと,クライアントには何の関係もないと思っている。そういう外見や見栄えが欲しければ,そういうコーチにつけばいいだけのことだ。僕の知ったことではない。

そのことは,

http://ppnetwork.seesaa.net/archives/20140318-1.html

で,もう書いたのでこれ以上は触れない。

しかし,コーチは,

コーチ−クライアント関係

へのメタ・ポジションだけではなく,

自分たちを含めた,時代と社会へのメタ・ポジションを持たないようなコーチで大丈夫なのか,と危機感がある。

二つ目のことは,これに関わる。

前にも書いたが,元に滅ぼされようとしている,まさにその瞬間も,幼い南宋の皇帝に帝王学を懸命に説いていた儒者のようなコーチは,コーチである以前に,いまを生きる人間として,何かを欠いているのではないか,という気がして仕方がない。

さて,ひとつ目の件だが,自分は,社会に自己対象化(労働にしろ,サービスにしろ,何某かの自己を投企)しているかということだ。

だから,僕は,コーチ専業にあまり好意的ではない。これについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/390224446.html

で書いたことがある。社会から上がったような人間を信じない,ただけそれだけのことだ。

ひとには,その人毎に役割があり,マネジャーがいちいち現場に口を出し,一兵卒のようなことをしていては,自分の役割の持つ修羅場が見えなくなるように,それぞれに修羅場は違うだろう。

しかし,なんとなく,人生や社会のあり方について,評論家のような立ち位置になっていることに無自覚な人を見かける。それは,現場で修羅場を担っている人間への侮蔑であると同時に,自分への侮蔑である。

コーチはいったいこの世の中に何を生み出しているのか,

という問いもいいが,

コーチがいなかったら,本当に社会は困るのか,

とか,

コーチがいなかったら誰が困るのか,

という問いでもいい。

ひょっとしたら,困らないのではないか。ただ,ひとが,自分でとことん考えに考え詰めて,自力で土壺から抜け出す自助努力を妨げているだけではないのか,

そういう自制心というか,謙虚さがいるのではないか。時々,傲慢なコーチを見かける。二か月ほど前,

若い人と話すと,すぐに変わる,

若い人を変えてみたい,

と笑いながら言っていたコーチがいた。(それを決め寝のは相手だなどということは,当たり前だから言わないにしても)冗談を言ってはいけない。あなたは,その人の人生を生きるボスではない。人は,自分の人生という舞台で主役を張る。それが,傍から見て,どんなに危かろうと,どんなにいい加減であろうと,人がとやかく言うことではない。

こういうコーチがいるから,コーチングは邪魔なのではないか,と危惧してしまう。

本来,人は,自分で考え,自分で人生を突破していかなくてはならない。それを,誰かに立ち会ってもらわなくては,それができないようなシチュエーションを創り出すために,コーチがおり,コーチングがあり,コーチング・セッションがあるのだとしたら,それは本末転倒,というか,ただの邪魔というか害毒ではないか。

僕は,自分の人生をたったひとりで戦い抜くために,ひとりで考え,ひとりで悩み,ひとりでそれを克服していく,そういう力こそをつけるべきだとつくづく思う。そのとき,そのことを分かち合える人間が誰なのかもわかる。それをコーチが代役してはならない。

人は自分の物語を完成するために,生きている。

自分の物語を楽な方へ逃げた人間に,一人の人生のサポートが本当にできるのか。

僕は,自戒を込めて,自分自身に,問いたい。

自分の人生の修羅場から逃げるために,いまの仕事をしていないか,

と。

だとしたら,何かから逃げるために,コーチという職業を選んでいる。何かから逃げるとは,大事な人生の逸機でしかない。その何かこそが,人生の大事なポイントだったかもしれない。

それを逃げたとしたら,人生の「そのとき・その場」の切所を見落としたことになる。

人生は語るものではなく,生きるものだ,

という。それが「生きるべき」人生なのだと,僕は思っている。

おのれの背負い込むべき修羅から逃げること,目を背けることは,自分の生きてある場所から目を背けることだ。それは,時代から,社会からの逃避を意味する。

自分が人生を生きるとは,この時代の中で,社会の中に,何かを生み出すために,必死で格闘することだ。それは,自分を対象化し,そこに,何かを形づくることだ。直接的な労働かもしれないし,サービスかもしれない。

それと比べて,人に誇れるのか,

自分が何を生み出しているのか,と。

コーチングを受けていることが,ルイヴィトンやシャネルと同じく,ただのステータスになったら,コーチングはあってもなくてもいいものになる。

そう考えたとき,

でもなお,

おのれのコーチングが存在する理由,

があるのか,そういう自問をやめてはならないと,つくづく思う。

この問いは,死ぬまで続く。いや,続けなくてはならない。

それを,謙虚,と言う。



今日のアイデア;
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2014年04月12日

多宇宙


青木薫『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』を読む。

人間原理については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163436.html

宇宙のあり方については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163082.html

でそれぞれ触れたが,ここでは,「人間原理」をキーワードに,最新の宇宙論の最前線を紹介している。

人間原理とは,

宇宙がなぜこのような宇宙であるのかを理解するためには,われわれ人間が現に存在しているという事実を考慮に入れなければならない,

つまり,人間が存在するべく宇宙がつくられている,という目的論的な考え方である。「はじめに」で,著者が言うように,

たしかに,もし宇宙がこのような宇宙でなかったとしたら,われわれ人間は存在しなかったろう。地球も太陽も存在しなかっただろうし,銀河系も存在しなかっただろう。

しかし,なぜそういう考えが出てきたのか,著者は,本書の目的を,

人間原理とはどんな考え方なのか,
なぜそんな考え方が生まれたのか,
その原理から何が出てきたのか,

を考えることだとしている。

この考えが出てくる背景には,アインシュタインの,

神が宇宙を作ったとき,ほかの選択肢はあったのだろうか,

という問いである。もちろん,神は,言葉の綾である。言い換えると,

あれこれの物理定数は,なぜいまのような値になったのか,

となる。そこで,著者は,基本的な四つの力(重力,電磁力,強い力,弱い力,)に関わる,二つの例を挙げる。

ひとつは,重力である。

もし重力が今より強かったら,太陽やその他の恒星は,押しつぶされて今より小さくなるだろう。強い重力で圧縮された中心部の核融合反応は急速に進み,星はすみやかに燃え尽きてしまうだろう。地球やその他の惑星も,いまよりサイズは小さくなり,表面での重力は強くなるため,われわれは自重で潰れてしまうだろう。逆に,もし重力が今より弱かったなら,天体のサイズは大きくなり,中心部の核融合反応はゆっくりと進み,星の寿命は延びるだろう。

いずれにしても,地球上にわれわれは存在しない。

二つ目は,強い力と電磁力との強さの比である。

もしも強い力が今よりも弱かったなら,電気的な反発力が相対的に強くなり,陽子はそもそも原子核の内部に入ることはできなかっただろう。その場合,初期宇宙の元素合成の時期に,水素原子核(陽子)よりも大きな原子核は生じなかっただろう。この宇宙は水素ばかりの,ひどく退屈な世界になっていたはずだ。逆に,もし強い力が今よりも強かったなら,陽子同士が結びついてしまい,水素(つまり単独の陽子)は早々に枯渇しただろう。水素の存在しない宇宙は,この宇宙とは似ても似つかないものになっていたはずである。

つまり,物理定数が今の値でなかったとしたら,宇宙の姿は,いまの宇宙ではなかった,ということである。

では,なぜ今の値なのか。その問いに,ハーマン・ボンディは,コインシデス(偶然の一致)を示して,議論を提起した。本書では,3つを紹介している。

@電子と陽子の間に働く電磁力と重力の比が,1040
A宇宙の膨張速度の目安であるハッブル常数から導かれた「長さ」(大雑把な宇宙の半径)と電子の半径(核力の到達距離)の比が,1040
B宇宙の質量(宇宙の質量密度×半径の三乗)を,陽子の質量で割った,宇宙に存在する陽子(あるいは中性子のような,電子と比べて思い粒子)の個数が,1040

これに対して,人間原理を打ち出してきたのが,ブランドン・カーターなのである。そして,

コペルニクスの原理,

つまり,人間が宇宙の中心にいる,

ことを否定した考え方に,過度に拡張しすぎている,として,

a.われわれが存在するためには,特別な好都合な条件が必要であること,
b.宇宙は進化しており,局所的なスケールでは決して空間的に均質ではないこと,

を理由に挙げた。そして,ボンディの挙げたコインシデンスを,「コンベンショナル(普通)」な理論で説明するには,

人間原理,

を受け入れなければならない,といったのである。ボンディのコインシデンスの@,Aについては,すでに説明がつく。問題は,Bである。カーターは,こう言う。

宇宙は(それゆえ宇宙の性質を決めている物理定数は),ある時点で観測者を創造することを見込むような性質を持っていなければならない。デカルトをもじって言えば,「我思う。故に世界はかくの如く存在する」のである…,

と。これは,著者が言うように,

「この宇宙の中で,存在可能な条件を満たされた時期と場所に」存在しているという話ではすまず,「そもそも宇宙はなぜこのような宇宙だったのか」という問題と関わっている,

のである。しかし,カーターは,話をこう展開する。

物理定数の値や初期条件が異なるような,無数の宇宙を考えてみることには,原理的には何の問題もない。

もし,宇宙が無数にあるなら,「知的な観測者が存在できるような宇宙は,世界アンサンブルの部分集合に過ぎない,
とするなら,

われわれは無数にある宇宙の中で,たまたま我々の存在を許すような宇宙に存在している,

というだけのことになる。このカーターの提起の,

世界アンサンブル,

という考え方は,宇宙のインフレーション理論,

宇宙誕生の10−36秒後に始まり,10−36秒後には終わった(中略)。その一瞬の間に1030倍にも膨張した,

とされる。そして,

宇宙誕生は一度きりの出来事ではない,

というのが,物理学者の考え方なのだ。とすると,そこから,自然に,

宇宙はわれわれの宇宙だけではない,

という,多宇宙ヴィジョン,

が生まれ,膨張する宇宙の中に,

海に浮かぶ泡のような領域…を,泡宇宙か島宇宙,

と呼ぶ。そして,

われわれの宇宙は,無数にある泡宇宙のひとつに過ぎない。いわゆる「地平線宇宙」―どれだけ高性能の望遠鏡が開発されようとも,そこから先は未来永劫決して見ることができないという意味での「地平線」の内側―

にいる,ということになる。宇宙の理論の,

多宇宙ヴィジョンは,ほとんどデフォルト,

と著者は言いきる。人間原理は,この時点で,反転し,人間による,観測選択効果になった,と。

いま,アインシュタインが言った,

宇宙は,ある必然性があってこのような宇宙になっている,

さまざまな定数の値が,他のどの値でもなく,この値でなければならぬ,

という理論を目指して,科学者は様々な仮説にチャレンジしている。


参考文献;
青木薫『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』(講談社現代新書)




今日のアイデア;
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2014年04月11日

切れる


ときどき年甲斐もなく,切れる。

しかし,切れるといっても,感情的に爆発したり,暴力を振るうということではない。癇癪というのでもない。よくあるのは,

理不尽さ,

への怒りである。これは,

許せない,

という思いである。

突発するので,誤解に基づくこともあるかもしれない。逆に火に油を注ぐケースがないでもない。いつだったか,シンガポールを旅行中,日本人が居丈高に何かを言っているのに,

ちゃちゃ

を入れて,そいつらと口論になったことがある。あるいは,ツイッター上で,

放射脳

とかといって,放射能をあざけっている奴を見ると,切れる。で,

茶々

を入れて,いわゆるネトウヨに絡まれたことがある。いつもではないが,ときに,

見て見ぬ振り

ができない。余分なことに介入して,事態をこじらし,火の粉が自分に飛んできたことがある。

理不尽さ,

には,差別やいわれなき権柄ずくというのに対する,反撥というか反感がある。別に正義感と言うほどの大それたものではないから,所詮思いつき,

たまたま,その場に居合わせた,

という類が多い。理屈でも理論でもないから,遺伝子レベルではないか,と思う。父親は柔道をやっていたので,ヤクザだかチンピラだかを投げ飛ばして,返り血を浴びて帰ってきた,という武勇伝の持ち主なので,その血のなすわざでしかない。

多く,特有のシチュエーションがある。

まずは,いわれのない主張,だ。ヘイトスピーチや過去の隠蔽や差別,に絡むことが多い。

ひとを怨まば,穴二つ

ということをいうが,人種差別も同じだ。多く,自分は安全な日本にいて,たぶん暴力的な仕返しを受けないという,

高をくくった,

ところで,差別している。なぜ差別するか,その背景を忖度する気も,興味もないが,本気で差別するなら,差別する相手の国に行って,大声で主張すればいい。それなら,快哉を叫んでもいい。たとえば,アメリカで,

反米広告

を打つ,みたいなことだ(可能かどうかはさておく)。

その度胸も覚悟もなくする輩の,不遜で夜郎自大な差別行為の卑劣さが許せない。

安全なところで,という意味では,匿名で,ツイッターで罵倒する輩も同じだ。まだしも,せいぜい堂々自分の名前を賭して発言する方がまっとうだ。

ツイッターの発言に,(真偽はさておき)

ヘイトデモに出くわした,その国から来た観光客の女性が,座り込んで,泣いていた,

というのがあった。むしろ,恐怖ではないか。想像してみればいい。

外国で,旅行にしろ,滞在にしろ,

ジャップ出ていけ,ジャップ死ね,

というプラカードを持ったのに出くわしたときの恐怖を。自分は,決して安全地帯から出ないで,人を罵る輩に,カッとするのは事実だ。

もうひとつ切れるのは,アホなのに,アホの自覚がなく,性懲りもなく人を非難する奴だ。よほどの性根を据えなくては,人を非難すれば,数倍のつけを背負い込む。

僕も人を非難する方だから,よく分かるが,そのときの拠って立つ拠り所が,あてにならない,正義感などに拠ってい立つと,結果は悲惨になる。そんなものはないからだ。

有るのは,おのれの意志のみだ。

となれば,相手に押されても怯まず押し返す気力と,気概がなくては,とうてい敵いっこない。そこのところがわからない。

そう,これは自分のことを言っている。




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2014年04月10日

山に登る


よく目指すものを山にたとえる。あの山の高み,というように。しかし,僕には,いつも頂上は見えない。雲の中に隠れて見えない,というよりも,高すぎて,頂上が,僕のいる下界からは,到底見えないのだ。

例えば,コーチに聞かれたりする。

目指すものを喩えると,

山かな,

それはどのくらいの山?

結構高い。

その山に登ったら,どんな景色が見えるか?

と。

しかしいつも思うのだが,そう問われても,

山の頂に立つと,もっと高い頂が見える,

それを上ると,

もっともっと高い,次なる頂が見える,

としか言いようがない。そこまで登らなければ,その上がある,ということは見えない,その上の厳しさもまたわからない,ということだ。

昔,高校生の頃,全学だったか,学年だったか,クラスだったか,忘れてしまっているが,伊吹山登頂という行事があった。あのように,孤立している山なら,それで終わりだから,登頂したら,たしかあの時も,駈け下りてきた記憶があるが,降りるしかない。そういう山の目指し方もあるのかもしれないが,僕の山は,峨峨とした山で,高くて頂が見えない,というイメージなのだ。

そこが頂かと思って登りきると,その先にまた頂が見えてくる。そこまで到達しなくては,その先は見えない,という感じなのだ。たとえると,山に沿った道を歩いて,そこを曲がる,見えるかと思ってその角を曲がってみると,また蜿蜒と道が続いていて,山腹をうねうねと続いていく,そんな感じだ。

終点というのがない,

のかというと,僕の中で,そういう感じはない。それでは,ただの徒労感しか生むまい。

何で山なのか,というのはちょっと説明しづらい。何かを目指すのが,山に登るというのに,見立てたほうが。しっくりくるというだけだ。

これを,眼路遥か続く道にたとえると,なんとなく物足りない。それなら。ただ歩けばいいので,なんとなく芸がない気がする。

何かを達成するとか,何かを成就する,実現する,というのが,僕には山に登る,というイメージらしいのである。

別に克己勉励型ではないが,ただ足で歩けばいいというのでは,何というか,誰でもできそうだ。僕でないとできない工夫と創意がいるものがいい。となると,ちょっと一筋縄ではいかない山に登る,という感じがぴったりの気がする。

いわば,分岐点,

でもある。あるいは,

峠,

とか,



という言い方もある。それが踊り場なのか,中継地なのかは,ひょっとすると,こちらの意志次第なのかもしれない。つまり,

山を登ること,

が目標ではなく,

山の向こうの景色をみること,

でもなく,

山を次々踏破していくこと,

でもなく,

ただ,厳しい山を乗り越えて,次の位置にまた新たな目指すべき高みが見えてくることが,目標であり,それは,そのまま自分の人生のあり方,というとちょっと格好つけすぎだろうか。

なんとなく,ゴールが見えないまま,しかし,なんとなく,この山の向こうに,大事な何かがある,という感触というか,直感だけで,山を登っている気がする。下ろうとは思ったことは,あまりない。まあ,この程度かと,一休み,二休みしたことは,ままある。もう気づかず休んでいるのかもしれない。

でも,まだ,山を登ろうという気構えだけはある。

気力と,体力は,まだ少しある。

と,思ったとき,僕の中には,同行者が全くイメージできていない,ということに気づいた。どうやら,どこまでも,一匹狼であるらしいのである。ひとりで,コツコツと,自分だけの創意と工夫で,ということは,我流(独りよがりとも言う)で,登り口や登り道を探り当て,それをおのれの力だけで(といっても,先達の肩に乗っていることに変わりはないが),できるだけひとに助けを乞わず,登っていくことの,

自恃

が好きなのである。まあ,おのれひとりでやっているという,自己陶酔に他ならない。人をまとめたり,人を束ねたりするくらいなら,一人でやってしまう,そういう性分なので,組織人には向いていなかったらしい。

だから,一人分の仕事しかできないが,そういう自分の仕事の仕方が気にいっている。

あ,同行二人か!



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posted by Toshi at 05:07| Comment(3) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月09日

準備


先日,【第17回 早起き賊の会】に参加した。

https://www.facebook.com/events/275140475973806/

フェイスブックのコミュニティで,ただ毎朝,何時に起きたと競い合っているのだが,だいたい月に一度こういうオフ会を開く。すでに何回か,触れた。先月の分は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163590.html

で書いた通りだ。

このところ,珍しく連続参加しているが,話は,結局のところ早起き自慢。この日のアジェンダ,テーマというより,各自の話したいことは,

起床時間をコントロールするには
「しまった!」と思うのは何時に起きた時?
冬と春では目覚めの時にどう違うか?
社会人としてのスキルを高めるための朝活とは?
期首の#早起賊生活について
絶対的睡眠時間と平日の過ごし方の関連性

というのが挙がった。それぞれ各自の思い入れがあり,ま,当事者以外には,

別に!

というつれない返事もある。

今回の,話の中で,気になったのは,キーワードで言うと,

必然



24時間単位で考えない,

の二点。

必然というのは,朝起きる必要があるから,起きる。必然だから早朝,起きられる,と。。漫然と,朝早く起きる,というのではないということだ。たとえば,

朝起きて,することがある,

から起きる。例えば,僕のように,毎朝の日課で,日の出を撮ると,課していると,そのために起きる必要があるから,起きる。あるいは,

仕事の準備のために,するべきことがあるから,

毎朝起きる。あるいは,

その時間以外,自分自身のために使えないから,

朝起きる。あるいは,

毎朝観たいテレビ番組があるから,

朝起きる。あるいは,

毎朝静かに本を集中して読みたいから,

朝起きる。偶然でも,たまたまでもなく,そうする必要があるから,そうべくして起きる。朝のなすべきことが,

ルーティン化

すればするほど,朝起きるのが必然になる。というか,平たく言えば,始めはただ,何かするために起きたのだが,それが,日々のリズムになってしまえば,それが,自分の生活のリズムになる。

起きようと思わなくても,目覚める。

そういう24時間のリズムになる。しかし,それを24時間サイクルという枠で考えると,少し違う。スッキリ目覚めたが,3時間しか寝てなかったとする,その日はクリアできても,そのままいつも通りにはいかないので,翌日は早く寝て,体調を調節する,というように,24時間の枠ではなく,もっと長いスパンで考える必要がある。

たとえば,

睡眠障害対処の12の指針というのに,

同じ時刻に毎日起床,

とある。そして,

早寝早起きではなく,早起きが早寝に通じる,

とある。これは,早起きするには,前の日からそれが始まっている,ということだ。ということは,更にさかのぼって,早く寝られるように,その日の仕事の段取りをつけて,時間調整する必要がある…,というように,早寝を毎日続けるのは,そのための準備が前倒しで続いている,ということを意味する。

同じことは,睡眠不足にも言える。その日不足したら,それを他で取り返す。1日で無理なら,2,3日かけてもいい。一週間かけても,一か月かけてもいい。

早起きは,その日単位ではないので,そのリズムを壊さない工夫は,柔軟に,各自が微調整している。

つくづく思うのは,早起きする人は,

自分のライフスタイル,

にこだわりがあり,それを他人や状況で邪魔されるのが大嫌いらしい。自分のリズムを,維持するために,ここからは人によって違うが,

周りに認めさせるか,

周りを納得させるか,

周りに諦めさせるか,

何らかの方法で,

あれは,あいつらしい,

と思わせることに成功しているか,そうしようとしているということらしい。周囲の同調圧力に妥協したら,とても,早起きの準備が,前の日(いや前々日,前々々日)からできるはずはないのだから。


参考文献;
内山真『睡眠の話』(中公新書)




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posted by Toshi at 04:46| Comment(1) | 早起き賊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月08日

眠り


内山真『睡眠の話』を読む。

実験的に,徹夜をすると,簡単な判断を要する時間がビール大ビン一本飲んだ状態に匹敵する…,

ということを聞くと,確かに,眠りは人間にとって大切なのだが,五人に一人が不眠に悩んでいるという。

本書は,睡眠に悩む人との対話を踏まえて,

睡眠と私たちの生活,睡眠と心や身体の健康,睡眠と脳の働き…

について,睡眠学の立場から解き明かしていく。では,睡眠とは何か。

眠っている時には,私たちは人間ではなく霊長目に属するただの哺乳類になる。

のだそうだ。爬虫類などの変温動物から恒温動物になることで,環境に対する適応力を飛躍的にのばしたが,その分,

体温を保つために常にエネルギーを燃やし続けなければならず,変温動物に比べると大量の食物が必要となった。

さらに,

内外からの情報を処理し,身体をよりうまく働かせるための大脳を発達させた。(中略)発達した大脳は,体温を一定に保つ恒温動物としての限界をさらに超えて,膨大なエネルギーを消費する。そして活性酸素のような有害な老廃物も産生するし,機能変調が起こりやすいという脆弱性を持つ。長時間働かせていると身体が供給できるエネルギー量では足りなくなる。これを防ぎ,大脳をうまく働かせるために上手に管理する,

これが睡眠であり,

身体が休む時間帯に大脳をうまく沈静化して休息・回復させ,必要な時に高い機能状態の覚醒を保証する機能をもつに至った,

ということであり,

身体が休む時に,脳の活動をしっかり低下させ休養させるシステム,

これが,睡眠ということになる。当然不足すれば,機能不全に陥る。このシステムは,

意外にシンプルな仕組みでできている。体内の温度を積極的に下げることで,まるで変温動物のようになって脳と身体をしっかり休息させるのだ。皮膚から熱を積極的に逃すシステムが働くと,身体の内部の温度が下がると同時に,頭の内部にある脳の温度が下がっていく。体内の温度が下がると,生命を支えている体内の化学反応が不活発化する。つまり,代謝が下がり,休息状態になる。

すると,眠くなるらしいのである。眠らないでいると,

起きていた時間に比例して脳脊髄液の中にプロスタグランジンD2が増えてくる。(中略)長く起きていたという時間に関する情報が脳脊髄液中の睡眠物質の量に転換され,この睡眠物質の増加という情報が神経情報となって,脳の眠りを引き起こす部位,視床下部に伝達されるのだ。そして,視床下部の眠りを引き起こすGABA神経系が働き出す。GABA神経系は,より奥にある目を覚ましておく神経活動を支える部位,結核乳頭体のヒスタミン覚醒系を抑制し,

われわれは眠くなる。では,よく知られた,レム睡眠,ノンレム睡眠は,どういう機能があるのか。一晩の睡眠の80%位がノンレム睡眠と言われているが,

健康人が夜七時間の睡眠をとる時,まず浅いノンレム睡眠から次第に深くなり,深い睡眠がしばらく続く。そして,寝返りの後,浅いノンレム睡眠が出現し最初のレム睡眠に移行する。入眠から最初のレム睡眠までの時間は平均すると90分くらいである。レム睡眠が5〜40分続いた後,再びノンレム睡眠に入っていく。その後,レム睡眠はノンレム睡眠と交代しながら90〜120分程度の周期で出現する。

レム睡眠時は,夢を見ることが知られているが,

夢はレム睡眠というごく浅い眠りに随伴する内的体験だ。本当に完全に脳が休んでいる状態では意識が途切れるわけで,夢体験が起こることは考えにくい。脳がある程度の活動状態に保たれているために夢見を体験することができる。

というのも,

レム睡眠中には,外界からの情報が遮断されているからだ。

音や光だけでなく,身体の感覚も脳に伝わらないように遮断されている。なぜなら,

まどろんだ状態での夢体験に応じて身体が動いてしまうと,…瞬く間に眼が覚めてしまう。筋肉が動いたというフィードバック信号は強力に眼を覚ましてしまうからだ。

で,この間は,

脳からの運動指令が,脊髄のあたりで遮断された状態にある。

この時金縛りが起きる。「睡眠麻痺」と呼ばれる。夢を見ている時,外界の刺激はないのだから,当然素材は,脳の内部情報になる。

脳の奥のほうにある記憶に関連した大脳辺縁系と呼ばれる部分が活発に活動し…,同時に大脳辺縁系で情動的反応に関連した部位も活発に活動している…。一方で,記憶の照合をしている,より理性的な判断機能と関連する前頭葉の機能は抑制されている。

フランスの脳生理学者ミッシェル・ジュヴェの発言がいい。

レム睡眠中には,動物も人間も危機に対処する行動をリハーサルし,いつでも行動できるよう練習している,

と。つまりは,イメージ・トレーニングである。

では,ノンレム睡眠は,どういう機能なのか。

ノンレム睡眠には,まどろみ期,軽睡眠期,深睡眠期とあり,軽睡眠期がノンレム睡眠の80%を占める。

まどろみは電車の座席できちんと坐っていられ,乗り越さない睡眠。軽睡眠は,誰でも自分が眠っていると感じられ,だらんと首が保てなくなる。降りる駅でどあが閉まる直前に目が覚める。深睡眠は,自分が熟睡していると感じる。多少の音では目が覚めない。電車を乗り越すのはこの状態。

ノンレム睡眠は,脳を休めるためだが,軽睡眠が多いのは,完全に働きを停止してしまっては生物にとって危険だからと考えられる。

長い間覚醒していればいるほど,その後の深いノンレム睡眠である徐波睡眠が増加する。一種のホメオスタシス維持機能ということになる。

深いノンレム睡眠中は,子どもの成長や身体の修復に関係する成長ホルモンが活発につくられる。

細菌やウィルスなどの外敵が身体に侵入すると,防御機能が働き,白血球がこれらを排除する。こうした時,つくられる免疫関連物質,インターロイキンなどの免疫物質の中には体内の免疫機構を活性化するとともに,深いノンレム睡眠を誘発する作用を持つものがある。感染時に眠たくなるのはこうした物質が働いている証拠と考えてよい。

これも体に備わった防御機構なのだといっていい。睡眠効果のもっと面白いのは,新しい技能を身に着ける時,練習による向上度もあるが,十分睡眠することで,手続き記憶が強化され,練習した以上に技能が向上する,という。

睡眠中の技能向上は苦手な動作ほど大きい,

というのは,脳の機能としてもちょっとわかる気がする。寝ている間に定着する,ということなのかもしれないが,ノンレム睡眠の方がより効果的ということらしく,夢のリハーサル効果ではないのが意外だと言えば,言える。

ところで,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163590.html

でも書いたように,フェイスブック上のコミュニティ「早起き賊」に加わっているが,朝型夜型は,体質というか,

体内時計の周期が24時間より長めだと夜型になりやすく,この周期が24時間より短い,ないし24時間に近い場合には,朝型になる,

という。

体内時計の細胞では,時計遺伝子というタンパク質の設計図に基づいて時計機能を担うたんぱく質が製造される。この細胞内での一種の化学反応が24時間周期でゆっくり変動し,直接一日という時間をとらえる。

ま,遺伝子で決まる,ということか。しかし,習慣化で,変えることもできる,そんな気がする。そこが,人間の人間たる所以なのだ。

睡眠障害対処12の指針の四に,こうある。

早寝早起きではなく,早起きが早寝に通じる,

と。まさに早起き賊が,常々言っていることだ。


参考文献;
内山真『睡眠の話』(中公新書)



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


posted by Toshi at 05:29| Comment(2) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月07日

トークライブ


トークライブというのは,

「talk+live」。おしゃべりや対談を中心に構成される催し。トークイベント。

とある。まあ,昔から,対談のような形であったものだが,いまブームらしい。ネットで見ると,

ブームというよりは,文化が定着した感じ。トークライブがやっと認知されてきた。今まではトークをわざわざ見るっていうのが珍しかったけど,だんだん知られて定着していった,

という現場の声があった。

飯塚和秀氏が,電子書籍『普通の雑談』で,主宰しているトークライブについて,その狙い,意図を語っている。

飯塚氏の口癖は,ゲストとの,

ガチトーク,

である。したがって,

当日ゲストと会うまで,ファシリテーター側もゲスト側も,事前準備なしで,
当然資料はない,
トークの展開は,全く読めないフリートーク,

というところが特徴になる,とある。

登壇するゲストは,飯塚氏自身が,選ぶ。基準は,氏の直感,

この方って,なんだかとっても魅力的という,フィーリングだけでゲストとしてお招きする,

とのことで,相手のことをそれほど知らないことも多いそうだ。事前に相手のことを調べないのは,

一般参加者の代表という立場で,

トークを進行する,というこだわりがあるようである。そこで,ファシリ役とゲストだけで参加者を置き去りにしないために,

専門家vsど素人

という構成を狙うのだという。そうすることで,

ファシリテーターが「素人目線」でゲストの「専門性」を引き出していく。そのことで,一般参加者との壁が無くなり,「一体感が生まれるイベント」

に近づく,と。

僕自身も参加したことがあるのでわかるが,他のトークライブで,単なる司会進行役の人がいて,ゲストがほとんどの時間しゃべるというのとは,少し様相が違う気がする。

たぶん,氏のトークライブでは,ファシリテーターとゲストが

半々くらいで,

喋り合っている。氏自身は,これを,例の,タ○リの,友達の○になぞらえて,

雑談,

と表現されている。確かに,雑談ではあるか,それだと,「ガチ」の意味が伝わりにくい。

用意なく,

そのとき,その場で,

の両者の「自分」がぶつかり合う,と言うと大袈裟だが,

出会いがしらのやり取り,

というのが特徴のような気がする。そこが,

ガチ,

たるゆえんだ。

何度か参加者として,参加させていただいた感じから言うと,仕掛けはある。

場づくり,

がうまいと感じる。何を話すかについて,主導権は,トークゲストにはない。ゲストが話したいことを話すこともなくはないが,多く,

何を聞きたいか,

を参加者に尋ねるか,飯塚氏がいくつか挙げたりする。その聞きたいリストに沿って,概ね進んでいくことになる。つまり,

ゲストの話したいことではなく,

参加者の聞きたいこと,それに,飯塚氏自身も聞きたいこと,を加え,劈頭から,参加者側の聞きたいことに焦点を当てるので,参加者とゲストとの壁というか敷居が下がる。そのために,途中で,

質問や突っ込み,

が,参加者も随時入れやすい雰囲気になる。それが場づくりになっていて,

ファシリテーターとゲストのトークではなく,

ゲストとファシリテーター+参加者

とのトークというか,自然なやり取り,つまり,

雑談,

的な雰囲気になる。一方的に参加者が受け身になる,という雰囲気意ではない,(少人数ということも手伝っているかもしれないが)と,僕は感じている。

そうやって話が始まっても,その中身について,確かにゲストが主役なのだが,ゲスト自身の世界を,ゲストが好きなように喋れるわけではない。

どこに焦点をあてるか,

何をもっとふくらませるか,

どう広げるか,

どこへシフトさせるか,

は,多くファシリテーター飯塚氏のイニシアティブになる。あるいは,随時参加者に問いかけたり,参加者が投げかけたりする質問によって,結構曲折がある。当然とんでもない方向に行くこともある。

特に目立つのは,飯塚氏の,ゲストの世界に対する,ある時は,突っ込み,ある時は,ぼけ,ある時は,素朴な質問で,結構細かいところまで,押し広げていく。

そのファシリテーションの鍵になるのは,ご自分の体験である。

ひとつは,ご自分の若い頃の芸能界時代の個人として業界を生きてきた経歴,
いまひつとは,IT企業の管理職というビジネスパーソンとしての問題意識,
あるいは,マージャンやスポーツ(野球等々)といった個人的な体験談,

に引き寄せながら,話を膨らませる。たとえば,

それってこういうことですか,
それって何々に似てますね,
それって自分の何々と同じですね,
それってこういう意味じゃないですか,
いまビジネスシーンではこんなことがあって,それと対比すると云々,

等々。その多くが,メタファーやたとえ話,アナロジーの効果をもち,理解が具象的になることがある。その意味で,

ご自身(の経験)をだし,

にして,意識的に,ご自分の素をさらけだし(?)つつ,ゲストの素を引きずり出していく,というやり取りになっていく。まさに,例えは悪いが,

ご自分の持てるリソースをえさに,ゲストに喰いつかせている,

という感じである。

多くの参加者が口々に言うのように,まさに飯塚氏のファシリテーションあっての,トークライブになっている。だからと言って,それがいわゆる対談のような堅苦しさではなく,

雑談,

の自然さを失っていない。だから,障壁なく,参加者からも突っ込みやすい雰囲気が保たれる。

ここでゲストに語られることは,飯塚氏が引き出さなければ,あるいは,飯塚氏に促されて,参加者が訊かなければ,決して語られることのない話なのだという気がする。

言い方が悪いのだが,本来,

黒子のはずのファシリテーター,

なのだが,どちらかというと,

狂言回し,

に近い。狂言回しは,

物語において,観客(あるいは読み手などの受け手)に物語の進行の理解を手助けするために登場する役割,

端的に言うと「進行役」兼「語り手」兼「語り部」に当たる役割である,

そう,自分のことをだしに,相手の話を引き出し,それをご自分の経験に引きつけて,意味づけたり,例えたり,解釈したりして,

ゲストの世界を,参加者の世界とつなぐ,

そういう役割を果たしているように思える。

確かに,終ったあとは,ゲストの話が残るのだが,考えてみると,トークライブのプロセスでは,それを引き出すために,

対照として,飯塚氏自身の経験や考え方をだしに,というか,それを七色のスポットライトにして,

ゲストの経験・考え方・生き方

を様々な角度から照らし出している気がする。だから,最後に,印象として残っているのは,まぎれもなく,

ゲストの多面的な姿そのもの,

が浮かび上がっているのである。たぶん,飯塚氏がファシリテーションしなければ,こういうゲスト像は描き出されることはない,そういうトークライブになっている。当然,それは,いい意味でも悪い意味でも,飯塚氏(と参加者)の持っているものによって,深度も広がりも制約される(参加者によって,だから場の雰囲気も進行も,中身もかなり変わる)。

その面から言っても,間違いなく,飯塚氏とゲストの

ガチトーク,

なのだ,とつくづく思う。

更に付け加えると,ゲストの面白さを,こういうカタチで,現実化する舞台装置を整える,という意味では,ファシリテーターの顔以外に,

ゲストと参加者をつなぐ,

(飯塚氏の肩書にある)イベントプロデューサーとしての顔も十分機能しているのも,また確かである。。




今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


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2014年04月06日

価値創造


先日,【第9回 アートプロデューサー竹山貴のガチンコ人生!!!月例晒し者にする会】に参加してきた。

https://www.facebook.com/events/284161448403734/?ref_newsfeed_story_type=regular

今回から,アートディレクター竹山から,アートプロデューサー竹山に変更になったせいか,絵画のプロデュースに話が及んだが,僕が関心を持ったのは,画家ないし,絵を売り込むというか,プロデュースするというのはどういうことなのか,ということだ。

瞬間に,思い浮かんだのは,

価値創造,

あるいは,

創造価値,

という言葉である。

これは,V・E・フランクルの言う,創造価値の意味ではない。因みに,フランクルは,

創造価値(人が何かを行ったり創造したりすることで実現される価値)
体験価値(何かを体験したり,誰かを愛することで実現される価値)
態度価値(人が動かしがたい運命に遭遇したとき,それに対してとる態度で実現される価値)

を,人の人生における意味の見つけ方として挙げたが,想像がつくように,アウシュビッツを体験したフランクルは,態度価値を重視した。どんな逆境でも窮地でも,生きている限り,態度価値実現の可能性はある,と言うことだろう。

人は死ぬまで可能性の中にある,

実存主義の一つの考え方に違いない。閑話休題。ここで言うのは,その意味ではない。

創造物の価値はどう決まるのか,

ということである。少なくとも,誰にも知られず,秘匿されているものには価値はない。それを欲しい,観たいという人々につなげて,そこで,買いたい,観たいという意味や価値を感じさせて初めて,絵は,世に出る。いや,世に出るとは,そういうことか。

となると,それを観て,

それが優れている,

と感じたとき,その作品(とともにその作家)をどう他の人に知らしめるか,ということになる。

こんな素晴らしい絵を,

あるいはこんな絵を描く画家を,

広く世間に知らしめたい,となる。

というか,いい作品だ,と思ったとき,

いい作品というだけでは,人には知られない,と言うことだ。言い方が変か,こう言うべきか,

優れた作品は,その優れた作品の力だけで,人に知らせる力がある,

というわけにはいかないということだ。僕の中に,ちょっとした幻想がある。

優れた作品は,必ず,いつか日の目を見る,

そのときとところを得て,と。まあ,あくまで夢想だ。そんなわけはない。そうするための努力をする人間がいる,ということだ。

そのとき,それを世に知らしめる人間は,

その作家か,

その作品か,

に価値を見出していなくてはならない。そこで,

これは売れる,

と思うのも価値かもしれないし,

この作家は面白い,

と見出すのも価値かもしれないし,

これは凄い,

というのも価値かも知れないし,

これは破壊力がある,

というのも価値かもしれない等々。いずれでもいいとは言わないが,その価値に応じて,知らしめ方は違うのかもしれない。多くの人なのか,ある一定の個人なのかは,ともかく,

その価値を価値として認める人

とつながなくてはならない。つまり,

見つけた「価値」を,それを「価値」として認める人に,

手渡しする。あるいはつなげる。そこで,価値がうつつの中に顕在化する。当然,認めた価値の中身は,両者で違うかもしれない。しかし,それは,当初見つけた価値より広がっているか,深く穿っているのか,いずれにしろ,それが価値の伝播ということになるのだろう。

となると,知らしめる方法以前に,やはり,

作家,

作品,

に出会わなくてはならない。恐らく,ここが一番難しく,一筋縄ではいかないのだろう。

ここからは,素人の勝手な妄想だが,結局,他の分野もそうだが,昨今,

凄くスケールが小さく,まとまってしまっている,

という気がしてならない。ひと様のことを言えた義理ではないが,素材がどうとか,技法がどうとか,画材がどうとか,はどうでもよく,

書きたい何かがエネルギーとしてわっと溢れ出すような,

破格の絵に出会いたい。

こちらの常識や世の枠や埒や矩を超えた絵,

をこそ出会いたい。そういうものを見極める目利きができるかどうかは,いささか覚束ないが。

ただ思うのだが,そういうパワーというかあふれ出るエネルギーだけは,育てる埒外なのではないか,という気がする。それは,その描き手の人間としての何か,魂(という言い方も変だが)の求めている何か,なのではないか,という気がする。画家が何を求めるかまでは,育てようがない。

求めているもやもやした巨大な何かをキャンバスにぶつける,

そんな絵と観る側をつなげてほしい。

やはり,これは確かに,ディレクターではなく,プロデューサーの仕事である。


参考文献;
國分康孝編『カウンセリング辞典』(誠信書房)



今日のアイデア;
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posted by Toshi at 05:21| Comment(0) | トークライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月05日

引っ越し


東京へ来てから,学生時代に,3回,その後,2回,引っ越しをした。実家にいたころは,2,3年毎に,引っ越していたから,考えると,少ない方だ

大体3年を目安に,引っ越すとわかっていると,その場所が,子ども心にも仮の住いだと心得るようになる。それは,何といっていいか,いつでも逃げ出せる感覚なのかもしれない。父が,名古屋の実家を処分してからは,故郷というのはなくなったので,根無し草と言うか,デラシネと言うか,そんな感じで,よく同級生で,サーカスや芝居一座の子が,すれ違うように,ほんのいっとき一緒になったことがあるが,期間的な差はあっても,似た境遇であった。

しかし,本籍を移してからは,建て替え時の一時的引っ越しを除くと,2回しかない。まあ,もう,何十年も,一つところに住んでいる。これは,人生始まって以来のことと言うことになる。

しかし,必要に迫られてする場合はともかく,そうでない場合,引っ越しと言うのは,どうしてするのだろうか。

引っ越し三両

というくらい,まあ金がかかる。

転居は,転機,

なのかもしれない。いつも大学の仲介を頼っていたので,制約はあったが,一年間は,賄いつきの下宿にいて,次は,ただの部屋だが,どうしても,下が大家で二階という制約があったのと,自炊の設備がなかった。で,次は自炊可能なところに引っ越し,そこに社会人になっても住んでいた。

思い返せば,その都度,何か心理的な葛藤を抱えていたのかもしれない。それが引越しを促したのか,引っ越しに何かを期待したのかは,もうよく思い出せない。

しかし引っ越しというのは,ただ荷物をまとめて,鉢植えの植え替えのように,はい,さようなら,というものではなく,そこでの地縁,人とのつながりを根こそぎ,引きちぎり, 離脱するところがある。特に,長く根を張ると,自分の生活エリアは,そのまま自分が雰囲気としてというか,佇まいとして,背負い込んでいる。その人を見ると,どんな生活をしているのかがわかるというのは,そういう意味だろう。

それを脱ぎ捨てる,というのは,意味があるように思える。

トランジション(transition)という言葉がある。移行,推移,変遷,転調,転移,遷移といった訳になるが,

The process in which something changes from one state to another

とある。ステージが変わるということと考えると,よく分かる。

トランジションには,

何かが終わる時期
混乱や苦悩の時期
新しいはじまりの時期

の三つの局面があるらしいが,大概,引っ越しと言うのは,前後,そういう時期だ。あるいは,そういう機にしたいという思いが先行することもある。

トランジションの最初の課題は,新しいことを身につけることではなく,古いものを捨て去ること…,

その意味では,何かから離脱する意思があったような気がする。

「終り」を迎えるのは外的状況ではなく,態度や思い込みや自己イメージであることが明らかになることが少なくない。

真の「始まり」は,たとえ外的な機会によって気づかされるような場合でも,本当はわれわれの内側から始まる。

等々。そういう説明は,後からしても仕方がないが,もう何十年も住み続けているということは,僕の中では,そういう転進なり転移を外的状況に求めることからは離脱したと言えるのかもしれない。

少なくとも,自分が変れば,見える世界が変わり,見える世界が変われば,自分の背負う世界が変わり,自分の佇まいが変わる。それは,外的な状況に左右されるのではなく,自分の内的世界の問題だと,思えるようになったということかもしれない。

むろん,それは,現象学的に,という意味だから,所詮妄想,幻想とは紙一重かもしれない。

あるいは,繭のように,保身に長けただけなのかもしれない。

参考文献;
ウィリアム・ブリッジズ『トランジション』(創元社)



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


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2014年04月04日

沈黙


沈黙については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163541.html

にも書いたし,何度か触れている。

黙っていても
考えているのだ
俺が物言わぬからといって
壁と間違えるな

という,壺井繁治についても,前にも触れたが,沈黙というと,反射的にこの言葉が浮かぶ。

昨今,沈黙というものの値打ちが下がった。と思って調べたら,これも,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163036.html

で,書いていた。いつも思うことは同じらしい。僕自身が,ぺらぺらよくしゃべる方なので,余計に,

寡黙

に憧れる。かつては,

沈黙は金,雄弁は銀,

と言ったが,お喋りについては,ない。いまは,お喋りがあるだけの気がする。確かに,

口にしないことは伝わらない,

とは思うが,のべつ幕なしに,喋りつづけることには,抵抗がある。チャットもLINEも,それに似ている。そこでは,

言われたことばより
言われなかった思いの方が重い

語られたことより,
語られなかったことの方が深い

という気がする。ヴィトゲンシュタインの言うように,

およそ言いうることは言い得,語りえないことについては沈黙しなければならない,

なのに,

言うべきこと,

言わなければならないこと,

ではなく,言っても言わなくてもいいことだけが言語化される。

言わなければならない,そのとき,というものがある。しかし,言葉が浮くように話されるところでは,

そのとき,

が見えない。なぜなら,その会話は,文脈とは切れた,関係の中だけで共有される,言ってみると,

自己完結された会話,

だから,とき,がない。ときがない,とは,

そのとき,

がない,ということだ。「その」に意味がある。それは,

リアリティ感,

といっても言い,現実感覚といってもいいし,時代感覚といってもいい。いわば,

そのとき,その場所,

に生きている,ということだ。そこにいなければ,

そのとき,

が見えるはずはないし,たった一度の,

その一瞬,

など気にもならないだろう。

本来,言葉は,会話は,文脈に依存する。だから,主語はいらない,場合によっては,

あれ,

だけで通じる。

文脈を共有すると,Tグループでの 体験で書いたように,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163086.html

場を共有することで,心が,思いが,共有される。そんな感覚を味わったことがある。それは,場が,それぞれに共有されて,場に埋もれた状態で,言葉が極端に必要がなくなった。

そのとき,黙っている,という感覚はなく,お互いが,会話しあっている,感じがあった。

沈黙のコミュニケーションになっていた。

本質的には,沈黙は,

黙とは,内心の言葉を主体とし,自己が自己と問答することです。自分が心の中で自分に言葉を発し,問いかけることがまず根底にあるんです,

と吉本隆明が言っていたことに通じる。だから,壁ではない。ただ,それも,

その人のいる文脈に依存している。そのとき,

自己対話などしているべきでない,

ことに気づけるかどうかは,

意識が内向きの自己対話になっているか,

意識が外向きの自己対話になっているか,

で異なる。これについては,考えるに関連して,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/389704147.html

で触れたことがある。

内向きの自己対話は,自己完結であり,外に閉じている。それは,沈黙ではなく,

思考停止,

である。あるいは,

妄想,

ぶある。よく電車で,一人対話というか一人口論をしているのを見かけるが,あれである。

本来,自己対話の原型である,内語は,

外に出ない思考(考える)

であり,内向きの自己対話は,

内語,

ではなく,独り言である。それは,現実から遊離した空想世界に漂っているだけである。



今日のアイデア;
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posted by Toshi at 05:11| Comment(0) | 自己対話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月03日

地球外生命


長沼毅・井田茂『地球外生命』を読む。

銀河系の恒星の数はおおよそ数千億個,だとすると一千億個以上の地球型惑星が存在し,生命を宿しうる「ハビタブル惑星」も100億個以上ある,と考えられている。ただ,系外惑星系は,太陽系とは似ても似つかぬ惑星系が多く,…中心星の近傍の灼熱領域(太陽系での最内縁の水星の軌道のはるか内側)に,スーパー・アースと呼ばれる大型地球型惑星をもっていて,何個ものスーパー・アースがひしめき合っている…,

にもかかわらず,氷を主成分としたスーパー・アースが複数見つかっている,という。

地球外生命の発見もそんなに遠くないと思われる中で,本書は,地球の生命を掘り下げ,

地球生命にとって良かった条件を洗い出し,…どの程度普遍化できるか,

を探っている。なぜなら,

わたしたちは,地球に住んでいる,共通の祖先から枝分かれした単一の生物しか知りません。この生物を手がかりにして,宇宙の環境にどのような生命が存在しうるかを考えるしかありません。手始めに,地球の生物が生きていける限界を押さえておきます。

地球上の生物を生き方で分けると,

動物(多細胞) 陸上と海に数十億トン
植物(多細胞) 陸上と海に1兆〜2兆トン
微生物(多細胞,単細胞) 陸上と海に2000億トン〜3000億トン,地下に400億トン

動物の中の3.6億トンが人である。しかし,普通,生物は,

バクテリア(細菌)
アーキア(古細菌)
真核生物

と分けられる。

真核生物の細胞膜はバクテリアに似ており,遺伝子のはたらきなどはアーキアに似ていることから,バクテリアがアーキアを食べて,食べられたアーキアが核になって,真核生物になったとされるが,地球上のすべての生物は,単一の系統,共通の祖先から発している。

ではそもそも生命はどう誕生したのか。

ひとつの説が,アレクサンドル・オパーリンの原始スープ説。

まず無機質から有機物が生成され,その有機物が海の中で結合して,アミノ酸,塩基,リン酸などができ,それらが長くつながってタンパク質やDNA,RNAなどの核酸ができ,生命に至った…。

いまひとつは,ギュンター・ヴェヒタースホイザーのバイライト仮説。

パイライト(黄鉄鉱)ができるときにはエネルギーが生じ,このエネルギーで二酸化炭素を取り込んで糖質などの有機物が作れる。

いまひとつは,外来説。そのひとつがか,ジョセフ・カーシュビングの火星起源説。

生命誕生は40億年前,当時地球には陸地がなく,陸地がないと,生命活動に重要なミネラルが海に供給されない。しかし40億年前の火星には陸も海もあり,生命誕生に都合がよい環境だった。また火星からの隕石の飛来は,13000年前に南極に落下した例があり,隕石の中に入っていると,摩擦を受ける大気圏通過は,10秒くらいで,中心部は40℃までしか上がらない,とされている。

では知的生命体への進化は,どのように行われたのか。

実は地球上では,大酸化事件が数回起きている。生命誕生期には,酸素はほとんどなく,当時の生物は嫌気型であった。しかしシアノバクテリアという海中の光剛性バクテリアが,30億年前から,酸素を発生させ,20〜24億年前,酸素の蓄積量がティッピングポイントを超え,地球表面が一変する。

酸素呼吸は無酸素呼吸に比べエネルギーの発生量が10倍以上大きく,酸素呼吸の第一世代微生物が地球生態系で1人勝ちしていく。

その酸素呼吸のトップランナーが,私たちの祖先細胞に食べられたか,あるいは侵入したかして,そのまま細胞内に居座ったオルガネラがミトコンドリア,

というわけである。著者は言う,

もし私たちの祖先の細胞にミトコンドリアの前身のバクテリアが侵入せず,細胞内小器官になってくれなかったら,多細胞化,ひいては大型生物の出現はなかったでしょう。ミトコンドリアとなったバクテリアが現れたのは,シアノバクテリアが光合成の廃棄物として酸素を吐き出すという,地球規模の環境汚染をしてくれたおかげです。地球に限らず,いったん酸素が大気や海洋に放出されたら,やがて酸素を消費する生物が出現するでしょう。それは宇宙においても普遍的なシナリオだと思います。
この生物は,酸素呼吸により大量のエネルギーを得る半面,酸素呼吸で生じたラジカルが遺伝子を傷つけるので,遺伝子を安全に収納する細胞を特殊化させるでしょう。つまり,卵子と精子による有性生殖もまた普遍的と思われます。多細胞化して生物種が増え,生態系が複雑になると,…センサーとその情報処理系,すなわち感覚器官と脳が発達するでしょう。
つまり,生命が誕生し,酸素がある環境なら,多細胞で神経系を持ち,有性生殖を行う生物が生まれるチャンスは十分にあると思われます。

ワクワクするのか,ぞくぞくするのか。探査計画は目白押しである。

参考文献;
長沼毅・井田茂『地球外生命』(岩波新書)



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posted by Toshi at 06:13| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月02日

つけ


私の体験のなかには,思想化されること,一般化され,体系化されることをはげしく拒む部分があり,それが私の発想のもっとも生き生きした部分を形成しているのだ。

石原吉郎の,この言葉に触発されて,いろいろ考える。

石原は,シベリアの強制収容所の取調官に,

もしあなたが人間なら,私は人間ではない,
もし私が人間ならあなたは人間ではない

と,ラーゲリの非人間的な取り扱いに対してそう言って,死んでいった石原の友人(鹿野武一)の言葉を思い出す。

取調官は,飢えきった囚人を目の前に引き据え,自分はゆっくりと食事しながら訊問する,鹿野の言葉は,その非人間性を指している。非難ではなく,事実の指摘なのである。そして,石原は,ここに,

国家

を見る。あるいは,非人間的な官僚を見る。

いま,フクシマで,放射線の線量を測定する線量計の数値が高すぎると,数値を下げることを厳しく指示した,文部省の官僚は,その線量計に変わって,別の低く数値の出る線量計を設置し直している。普通なら,低い方を取り上げる。それが,人間の視点だ。しかし,彼らは,官僚なのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=6JdXl7Ol5_U&feature=player_embedded#t=137

ここにも,おのれの職務を非情にこなす官僚がいる。鹿野の問い,

もしあなたが人間なら,私は人間ではない,
もし私が人間ならあなたは人間ではない,

が,ここでも生きてくる。

安全だという,命に別状はない,と言う。

ただ,そこに但し書きがいる,

いますぐは,

と。そして,何十年かしてから,心臓病か癌になる。しかし,それは,因果をたどられることはなく,

自己責任,

と言われるだろう。第一,安全と保障した役人も,政治家も,とうに死んでいて,責任の埒外にいる。

アウシュビッツ等々のホロコーストに関わった,ヘス,メンゲレも,その末端の看守も,すべてただ官僚として職務を遂行したに過ぎない。

石原は言う,

居ずまいを正すな。そのままの姿勢で,

と言う。

事実を事実として,本当のことを言うこと,

がいまほど重要な時期はない。

そこにあるものは
そこにそうして
あるものだ
見ろ
手がある
足がある
うすわらいさえしている
見たものは
見たといえ(「事実」)

おのれの責任の埒外の戦争に駆り出され,
おのれの責任の埒外の密告でラーゲリにたたきこまれ,
自分の責任の埒外の酷寒のシベリアで過ごし,
自分の責任の埒外の僥倖で生きのび,
自分の責任の埒外の時代に翻弄されたものが,やっと語る真実を,しかし,国家はなかったことにする。

あるいは自己責任,と言うかもしれない。

その理不尽さは,いまの理不尽さの中にある,

それを見逃してはならない。
それを見過ごしてはならない。
それを見なかったふりをしてはならない。
それを黙認してはならない。

責任は,とらされるものではない。
責任は,取らせるものだ。

かつて赤紙を発行した官僚は,淡々とおのれの責務を全うした。淡々とまっとうした責任を取ることなく,天寿を全うした。

責任を取らせなくては,ならない。
つけだけ国民が支払う義務はない。

嫌なものは,嫌と言わなくてはならない,
分からないことは,分からないと言わなくてはならない。

知ったかぶりも,きいたふうな口もきいてはならない。
そのつけは,彼らは払わないのだから。

官僚も政治家も

つけ馬

である。こっちの覚えの有無にかかわらず,いつの間にか,つけだけが嵩上げされ,取り立てられている。



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posted by Toshi at 05:01| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月01日

処女作


処女作が最高傑作,

と,あるところでついつい言ってしまったが,それをどこかで,目にした記憶がぼんやりある。何をもって処女作というかはいろいろあるが,

初めて完成させた作品,

というのでは,習作との区別がつかない。意味的には,習作とは,

文芸・音楽・絵画・彫刻などで,練習のために作品をつくること。また,その作品。エチュード,

となる。どれを見ても似たような感じになる。練習のための作品ということなのだろう。そこには,

発表を想定しない,

あくまで練習作という意味といっていい。処女作,という以上,ただ最初に書いた,という意味ではなく,

発表を考えた,

あるいは,

初めて発表した,

作品ということになる。そこには,発表を期して書いた(描いた)が,発表されぬまま埋もれたものも含まれる。

瞬間に思い浮かぶのは,太宰治の『晩年』である。その作品集のエビグラフに,

撰ばれてあることの
恍惚と不安と
二つわれにあり

というヴェルレーヌの詩が載せられているのも意味深である。ふと思い出して,探し出し来たのは,奇跡的に一冊だけ残っている,筑摩書房の新書サイズの『太宰治全集』の第一巻である。

あとがきに,

私はこの本一冊を創るためにのみ生まれた。けふより後の私は全く死骸である。

と書いている。これが真意かどうかは別に,発表を想定して初めて書くということに込められたエネルギーは信じてよい。そこには,

私はこの短編集一冊のために,十箇年を棒に振った。まる十箇年,市民と同じさわやかな朝めしを食はなかった。私は,この本一冊のために,身の置きどころを見失ひ,たえず自尊心を傷つけられ世のなかの寒風に吹きまくられ,さうしてうろうろ歩きまはってゐた。

という,十年分の想いの丈が込められている。そのエネルギーだけで,以降の作品は,『晩年』にかなわないと思う。

いやいや,ここで,太宰のことを言うつもりではなかった。大して好きな作家ではない。そうではなく,僕自身にも,それに似たことが思い当る,と言いたいだけだ。

仕事で書いたこと,私的で書いたこと,いろいろあるが,もう処分してしまってどこにもないが,大卒後就職した小さな出版社の雑誌に,初めて編集後記を書かされたが,たぶん,すさまじいエネルギーと集中力だったと思う。いまは,そんなエネルギーを収斂させて,彫り込むような文章は書けない。

思えば,初めて出した本の拓いた世界から,未だに飛び出せていないのかもしれない。そのことは,私的に書いたものについても言えるのかもしれない。私的には,

http://www31.ocn.ne.jp/~netbs/critique102.htm

で,自分の能力の限界を感じたと,ずっと思っていたが,ひょっとすると,それは能力というより,

そのとき描いた世界,

から出られない,というのが正しい。その程度の世界しか描けなかった,という言い方もあるし,そのときの視圏,和辻哲郎のいう「視圏」のパースペクティブが,それだけのことだったということもできる。

それは逆説的な言い方なのであって,ありていは,

最初に広げた風呂敷

は,自分のキャラや性格通り,大風呂敷とはいかなかった,自分で言うのもなんだが,

律儀で,

小心で,

真っ正直な世界,

であったということだ。そして,いま思うに,

そのときできる,

知力,

感性,

体力,

技量,

のすべてを投入したことには,間違いはない。

その意味で,最初に,自分の超えるべきハードルを高々と,掲げ,生涯を懸けて,それを超えていくしかない,自分自身という壁なのだと,つくづく思う。

それが,

処女作,

というものの持つ意味なのだろう。



今日のアイデア;
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2014年03月31日

香道


無粋のきわみのような自分が,まさか,こんなところに参加するとは,思わなかった,片岡 宗橘さんのお誘いを受けて,

https://www.facebook.com/events/611591715590127/633555376727094/?notif_t=plan_mall_activity

御家流(おいえりゅう)の香道・茶道体験会に,参加してきた。

こう言う「いき」や「粋」とは無縁に生きてきたので,恥ずかしながら,初体験である。

一応来歴をネットで調べると,

茶道の御家流は,

江戸時代初期に美濃加納藩主・安藤信友が興した茶道の流派。譜代大名の安藤対馬守家(幕末期は磐城平藩主家)で伝承され,安藤家御家流とも言う。細川三斎の門人一尾伊織が興した一尾流の流れを汲み,織部流を合わせたものである。留流として安藤家中以外へは秘されてきたが,1970年より一般へ教授されるようになった,

という。

香道(こうどう)の御家流は,

三条西実隆を流祖とし,室町時代以来大臣家である三条西家によって継承されたが,後に亜流は地下(武士・町人)にも流れる。戦後,一般市民(民間)の香道家・一色梨郷や山本霞月などにより,堂上御家流香道を継承していた三条西尭山が正式に近代御家流宗家として推戴され,三条西家の当主が御家流家元を継承している,

という。

話には,聞いたことがあったが,特に,

香道とは,日本の伝統的な芸道で,一定の作法のもとに香木を焚き,立ち上る香りを鑑賞するものである。香木の香りを聞き,鑑賞する聞香(もんこう)と,香りを聞き分ける遊びである組香(くみこう)の二つが主な要素であるそうだが,今回は,香りの聞き分け,を体験させてもらった。

香道においては,多く,聞香炉に灰と,おこした炭団を入れ,灰を形作り,その上に銀葉という雲母の板をのせ,数ミリ角に薄く切った香木を熱し,香りを発散させる方式がとられる。銀葉を灰の上で押すことにより,銀葉と炭団の位置を調節する。これにより伝わる熱を調節し,香りの発散の度合いを決める。

いただいた案内によると,

一,斎院
一,斎宮
一,野々宮

と,源氏物語にちなんで,その名にふさわしい(と選んだ)香木を,順次聞いて,その後,聞いていない香を混ぜて,どの香かを当てる,というもの。正直言って,その微妙な違いが判るほどではなかったので,区別がつかなかったのだが,その香の,

微妙な,

というか,

微かな,

違いというか,それぞれの個性を聞き分けるのは難しいというより,その一瞬感じたのは,

ああ,こんなにも微妙な差異を楽しんでいたのか,という感嘆というか驚異といっていい。いま,巷にあふれている香りは,弱いとされるオーデコロンですら,鼻を刺激するのに比べたら,

何と仄かな,

と思ってしまう。

その後,濃茶と薄茶をいただいたが,まあ,所作のしきたりはともなく,ただなぞっただけだが,香道も,茶道も,

その独特の時間の流れ,

にまず,自分の佇まいが,その異質さがさらけ出される気がした。そう,おのれのふりまく,あわただしさ,ありていに言えば,

せわしなさ,

とは無縁の,すさまじく,時間の流れのゆったりした,ちょうど,所作ひとつひとつを,

スローモーションにした,

というと大袈裟だが,そんなゆったりした間合いが,どこか懐かしい気がした。

そして,それは,たぶん,あの場そのものが創り出すというのか,その場にいるということで,

ゆったりした時間を,

共有させてもらう,

という気がする。本当かウソか知らないが,秀吉に茶室に招待された黒田官兵衛(は茶道に関心がなかった)は,そこで一向に茶を点てず,小田原攻めの話に終始した,そして,

これこそが茶の湯の一徳というものである。もし茶室以外の場所で密談すれば,人から剣技を懸けられるが,茶室であれば,その心配がない,

と秀吉が言った,というのである。『名将言行録』のこの逸話は疑わしいが,

一期一会,

の言葉から推測するに,独特の時間と空間であることは,よく分かる。いわば,



が,時間を支配する,という感じである。あるいは,ちょっと大袈裟な言い方をすると,

感覚を研ぎ澄ます,

ことで,場に融ける,

とでもいうような。

ま,しかし,無粋な僕には,脚の痺れが,土産であった。

参考文献;
渡邊大門『黒田官兵衛』(講談社現代新書)



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2014年03月30日

精神治療


中井久夫『[新版]精神治療の覚書』を読む。

あとがきで,精神科医の中里均氏が,

中井久夫氏はわが国の精神医療を変えてしまった。それまでは,精神医学に限らず内科学にせよ眼科学にせよ,すべての科目の教科書は,国内外を問わず疾患の成因病理の記述に厚く,治療については付け足しのように書かれているに過ぎなかった。
中井氏は常々それを嘆いておられた。だから氏の記述の最重要論点は常に治療論であり,成因論や精神病理的論考は,治療論を導くための助走に過ぎない。

と書いておられるように,実に,視野の広い,患者への治療姿勢が,細やかに書かれている。その一端は,中井氏と話をしながら,中里均氏が,

「精神治療とは美に入り細を穿って患者をサポートするものだ」と思い込んだ。幸せなインプリンティングだったかもしれない。氏の言行一致の態度が説得力を増幅した。中井氏以前の精神科治療の多くがもっと大雑把なものだと知ったのは,後になってからである。

そう中井氏の治療姿勢からの影響を,語っている。たとえば,その一端は,

一般に,患者は問題をいっぱいかかえており,急性精神病状態のおいては,問題に目を蔽うことができなくなっている。そのことは万々承知ではあるが,同時に急性精神病状態においては,一つ問題を解決している間に――解決できるとしての話だが――三つくらいはあたらしく問題が生まれている。「いま,あなたのかかえている問題を解決しようとすると,その間に問題がふえていないか。問題の中にはこちらが無理に解決しなくても問題のほうから消えてくれるものがあると思う。消えるものは消えてしまってよいのだし,それから残る問題を解決してもおそくないものが多いのではなかろうか。それに,よく休めた頭で考えることと,眠れない時の考えとは,ちがっているのを経験しないだろうか」という意味の助言はしてもよい…。患者と語ることばは,短い文章で,なるべく漢語が少なく,低声で,しかも平板でない音調のほうがよいと思う。ことばは途切れ途切れであってよい。錯乱状態でも,ちょうど台風が息をしているように,緩急はあるもので,この緩急のリズムをつかみ,それに合わせて語ると,意外に多くを語れるものである。時にはまったく押し黙っている患者の耳元で,「ほんとうは大丈夫なのだ。君はいまとうていそう思えないだろうけどね,ほんとうは大丈夫なのだ」とささやきつづけるよりほかにないこともある。この場合も決して馬の耳に念仏ではない。むしろ,患者は全身を耳にして聞いている,といっていいであろう。完全な緘黙不動不眠患者の隣室に泊まり込んで私は小さく壁をノックし続けたことがあったが,あとで患者は,私がずっと醒めていて,そのしるしを送りつづけていたことが判っていた,と話した。

と著者が語っている(「平板云々」は,後で触れる)が,前述の言行一致とは,これを指す。僕は,プロの覚悟と見た。中井は,これに続いて,

患者は決して堅い鎧をまとっているのではなくて,むしろ外部からの過剰な影響にさらされ続けている…。患者は粘土のごとく,無抵抗に相手の刻印を受け容れる…,

として,こんなことを書く。

精神科医の多くは思い当るふはしがあると思うが,再発を繰り返したり,長期に不安定な精神状態で治療を受けた歴史を持つ患者を新しく受け持つと,患者と話しているのか,過去に患者を診た精神科医たちのおぼろな影と対話しているのか分からなくなる。これは一種の,精神科医の憑依現象といってもよいかも知れない。…憑依しているものとされている人との仲は決してよいものではない。時には,自分の中に取り込まれてしまった精神科医と苦しい暗闘をつづけている人もある。(中略)患者と社会との接点は,ほとんと治療者一人に絞られていることを忘れてはならない。

と。この目配りは,具体的に治療行為になると,もっと広く,厚く,微細にわたり,なおかつ柔らかく優しい。

とにかく治療者は,“山頂”で患者と出会う。そうでないことは例外である。治療者は家族とともに下山の同行者である。(中略)重要なことは,本人と家族と治療者の三者の呼吸が合うかどうかである。この呼吸合わせのための労力はいくら払っても払い過ぎということはない。それが予後の最大決定要因であり,それを怠ると,最初の外泊時に両親がマラソンを強いたり,本人が職をさがしに出たりして,もっとわるいことに治療者がそれを知らないということが起こりうる。
この呼吸合わせに治療者はイニシャティヴをとらなければならない。本人も家族もあまりに深く病気という事態に巻き込まれているからである。(中略)医師はスペシャリストとして依頼をうけて事に当たるのであるが,必要なのは,絶対に加速してはならない過程と加速可能な過程とを見分けることである。加速してはならない過程を加速しようとして,本人を焦らせ,家族を焦らせ,そして医師当人が焦りの中に巻き込まれて,結局焦りの塊りが三つ渦を巻いて回っているだけという場合は皆無ではない。

で,必要なのは治療的合意であり,それには,

「本人と家族の呼吸が合わなければ治るものも治らない」という表裏のない事実を述べるべきだろう。実際この“呼吸合わせ”が成功し持続するかどうかで治療の九割は決まるといって差支えないだろう。「何か月で治りますか」と家族や本人がたずねても,医師はこの前提をくり返したのちに,もし見通しを述べるほうが望ましければ,述べるがよい。そして「この呼吸が合わない限り何回でも仕切り直しになりかねません」と告げるべきだろう。

と付け加える。専門外なので,あまり深入りはできないが,「聴く」について,書かれたくだりが,結構面白い。いくつか拾ってみる。

医学の力で治せる病気はすくない。医学は依然きわめて限られた力なのだ。しかし,いかなる重病人でも看護できない病人はほとんどない。(中略)急性精神病状態においては,医師の行為の大部分も看護と同じ質のものであろう。患者の側にだまって30分すわることのほうが,患者の語りを三時間聴き取るよりも耐えることがむつかしいことは,経験した者は誰でも知っていよう。しかし,おそらく,このことは精神科医の基本的訓練の一つとなるべきものだろうと思う。

「聴く」ということは,聞くことと少し違う。病的な体験を聞き出すということに私は積極的ではない。聞き方次第では,医者と共同で妄想をつくりあげ,精密化してゆくことになりかねない。
「聴く」ということは,その訴えに関しては中立的な,というか「開かれた」態度を維持することである。「開かれた」ということはハムレットがホレイショにいうせりふ「天と地との間には……どんなことでもありうる」という態度といってよいであろう。

「分かる,分かる」という応対は,ただ安易なだけではない。(患者は)「分かってたまるか」という感じとともに「すべてが見通しであり,すでに分かられてしまっている」という感じを…抱いている。(中略)この「言い当て」は患者の不安を増大する。(中略)時には患者がいわんとして表現がみつからず,ほとんどもがくように苦しむこともあるもので,その時は「あなたのお話をずっときいていると,ひょっとしたら,こんな風に感じているのではないかという気がするのだが」という前置きで,あくまで,他人の心中を憶測する際の慎みを忘れない態度で話すことは,一般に患者を楽にし,「分かられた」という受け身感がなく,やはり通じるのだという疎通感を生む…。

なぜ患者のそばに沈黙して坐ることがむつかしいのだろう。むつかしいことは,やってみればすぐわかる。(中略)患者の側に坐っていると,名状しがたい焦りが伝わってくる。…この焦りは,何に対する焦りという,特定の対象がはっきりしない。いや,そもそもないのかも知れない。患者はしばしば自分を「あせりの塊り」であると表現する。(中略)焦りは患者から伝わるようにみえるが,むろん治療者自身の中に眠っているものが喚起されるといっても一般にいいだろう。この二つはほとんど同じことかもしれない。沈黙思念のそばで治療者は一方では患者に目に見えないリズムの波長を合わせつつ他方では自分の持っている(そう豊かでもない)余裕感が患者に伝わるのをかすかに期待しようとする。そのほかに方法はなく,しかもこの時点で,治療者は―とにもかくにも―患者と社会のほとんど唯一の接点であろうからである。

傍らにいて,治療者が焦りを感じなくなることは,急性期が終わりを告げた,かなり確かな証拠である。

もうひとつ面白いのは,声で,聞き分けようとする姿勢だ。これも,聴くにかかわる(ここに,前述の平板云々への答がある)。

アメリカの精神科医,H・S・サリヴァンは,

訓練(トレーニング)の声



希み(デザイア)の声

というのを分けていたという。

「訓練の声」とは,音域の狭い,平板な声だろう,私は,妄想を語る時,音調がそのように変わること,逆に,そのような音調は,妄想を語っていることを教えてくれる…。一般弁論になる時,人間の声はそうなりがちである。数学の証明を読み上げる時,上司に問われて答える時,等々。それは防衛の声であり,緊張の声である。これに対して,
「希みの声」は音域の幅のひろい,ふくらみのある声だろう。患者にせよ,患者でないにせよ,自分の心の動きを自然に表現する時はそうなるものであろう。

と著者は書いている。そして,作曲家の神津善行氏の書いていた,

音域の広い人と狭い人とでは,同じことを語っていても,相手に受容される程度が大幅に違う,

を紹介して,音域が狭い人は人に反発を受けやすいのだ,という。

精神病患者の声は,ふだん後者であることが多い。切り口上や紋切型に属する声である。

という。それが普段から,対人関係の妨げになっていたのではないか,と想像している。そして,

時に患者から,音域の深々とした,あるいはしみじみとした,感情の籠った声が聞かれうることを聞き逃してはならないだろう。…まさに,そのような声を聞く時が急性期が終末に近づいたか,少なくとも,急性期からの脱出可能性が高まった一つのしるしである。

という。こうした目配りの細やかさには,驚かされる。

たぶん,精神科医にとってバイブルに他ならないということが,門外漢の僕にも伝わる。著者も,

学会に行くと,精神科医になった時に最初に読んだ本だと私に挨拶する人が結構いた,

というのはよくわかる。

出発がウィルス研究にある中井にとって,

病気のはじまりとか回復というのはどういう順序を追っていくかという研究に興味があった,

のは当然ながら,家族や患者への目配りも,ただごとではない。

その謦咳は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/391584184.html

で触れた,最相葉月が『セラピスト』で詳しく書いているとおりだ。


参考文献;
中井久夫『[新版]精神治療の覚書』(日本評論社)
最相葉月『セラピスト』(新潮社)




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posted by Toshi at 04:23| Comment(2) | 精神科医 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする