2024年09月10日

さしあふ


身はとめつつ心は送る山桜風のたよりに思ひおこせよ(新古今和歌集)、

の詞書に、

東山に花見にまかり侍るとて、これかれさそひけるを、さしあふことありてとどまりて、申しつかはしける、

の、

さしあふこと、

は、

さしつかえること、

とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

さしあふ、

は、

指し合ふ、
差し合ふ、

と当て(岩波古語辞典・大言海)、

指し合ふ、

は、

譬えば山賊と海賊と寄り合つて互ひに犯科の得失を指し合ふがごとし(太平記)、

と、

言い争う、
非難し合う、

意や、

世に不似ず美き酒にて有ければ、三人指合て(今昔物語集)、

と、

(酒などを)互いにつぎあう、さしつさされつする、

意で使い、

差し合ふ、

は、

あまた火ともさせて、小路ぎりに辻にさしあひぬ(落窪物語)、

と、

出会う、
でくわす、
一つになる、

意や、

大宮の御かたざまに、もてはなるまじきなど、かたがたに、さしあひたれば(源氏物語)、

と、

かち合って不都合になる、
さしつかえる、
さしさわりがある、

意で使うと分けているものもある(広辞苑・精選版日本国語大辞典)が、もともと、

車なども例ならでおはしますにさしあひて、おしとどめて立てたれば(源氏物語)、

と、

ばったり出会う、

意から敷衍して、冒頭の、詞書の、

これかれさそひけるを、さしあふことありてとどまりて(新古今和歌集)、

と、

(予定と予定が)かち合って不都合になる、

意や、

山際よりさし出づる日の、花やかなるにさしあひ、目も輝く心ちする御さまの(源氏物語)、

と、

光などを受けて、それに応じて輝く、映り合う、

意で使うに至ったと見ていい。漢字の当て分けは、後付けでしかないように思う。

差し、
指し、

と当てる、接頭語、

さし

は、既にふれたように、

動詞に冠して語勢を強めあるいは整える、

とある(広辞苑)が、

遣るの意なる差すの連用形。他の動詞の上に用ゐること、甚だ多く、次々に列挙するが如し。一々説かず、……又、差しを、指す、擎す、刺すなど、四段活用の動詞に、當字に用ゐることも、多し、

とある(大言海)。後から「さし」に漢字を当てたにしても、同じ「さし」でも、口語で区別して使っていたから、異なる漢字を当てたと考えることができる。

動詞「さし」、

は、

最も古くは、自然現象において活動力・生命力が直線的に発現し作用する意。ついで空間的・時間的な目標の一点の方向へ、直線的に運動・力・意向が働き、目標の内部に直入する意、

とあり(岩波古語辞典)、

射し・差し
刺し・挿し、
鎖し・閉し、
注し・点し、
止し、

等々を当てている。

發す、

と当てる、

さす、

は、

發(た)つの音通(八雲立つ、八雲刺す、腐(くた)る、くさる、塞(ふた)ぐ、ふさぐ)、

とし、

立ち上る、
生(は)ゆ、生(お)い出づ、
髙くなる、

という意味を載せる(大言海)。

差し昇る、
差し上がる、

の「さし」は、

差し、

を当てても、

發(さ)す、

から来ている(仝上)。さらに、

映す、

は、「發す」と同義で、

差し映す、

といった言い方になる。

指す、

は、指差す、という意味になり、そこから、

その方向へ向かう、
それと定める、
尺にてはかる、

という意味になるが、

刺すと同源、

とあり(広辞苑)、

直線的に伸び行く意、

とあり、

指(差)し示す、
差し渡す、
差し向かう、

等々という使い方をする。

擎す、

は、

上へ指して上ぐる意、

で(大言海)、

差し上げる、
差し仰ぐ、

といった使い方になる。

注す、

は、

他のものを指して入れる、

意で、

刺す・点す、

として、

刺すの転義、

で、

ある物に他の物を加えいれる、

とし(仝上・広辞苑)、いずれも、

差す、

とも書き、

差し入れる、
差し入る、
差し加える、

と言った言い方になる。

刺す、

は、

指して突く意、

で、

刺す・挿す、

として、

(刺)こことねらいを定めたところに細くとがったものを直線的に貫き通す、
(挿)あるものをたのものの中にさしはさむ、

と、

刺し貫く、
差し込む、
差し抜く、

等々という使い方になる。

鎖す、

は、「桟を刺して閉ヅル意」ということで、

差し止める、
差し置く、
差し固める、
差し構える、

といった使い方になる。

一番多いのは、

差し、

と当てる用例だが、

その職務を指して遣はす意ならむ。此語、さされと、未然形に用ゐられてあれば、差の字音には非ず、和漢、暗合なり。倭訓栞「使をさしつかはす、人足をさすなど、云ふはこの字なり、

とある(大言海)。

当てる、
遣わす、
押しやる、
突きはる、
将棋を差す、

といった意味で、

「刺す」と同源。ある現象や事物が直線的にいつの間にか物の内部や空間に運動する意、

とある(広辞苑)。

差し遣わす、
差し送る、
差し送る、
差し入れる、
差しかかる、

といった使い方になる。行動のプロセスそのものの意でもあるので、この使い方が一番多いのかもしれない。

どうやら、

さす、

は、

行う、

ことから、

上げる、

ことから、

さしこむ、

ことまで幅広く使われていた。だから、「さし」を加えることで、単に、強調する、ということだけではないはずだ。

渡す、
のと、
差し渡す、

のとでは、「渡す」ことに強いる何かを強調しているし、

出す、

差し出す、

も同じだ。

貫く、

刺し貫く、

でも、ただ刺したのではなく、ある一点を目指している、という意味が強まる。

仰ぐ、

差し仰ぐ、

では、両者の上下の高さがより強調されることになる。

さし、

が、

空間的・時間的な目標の一点の方向へ、直線的に運動・力・意向が働き、目標の内部に直入する意、

として強調されるということは、

自分の意思、
か、
他人の意思、

かが強く働いている含意を強めているように思う。

許す、

差し許す、

あるいは、

控える、

差し控える、

と、意味なく、強調しているのではなさそうだ。だから、

合ふ、

に、

差し、

を加えて、

差し合ふ、

とした場合、単に、

出会う、
ぶつかる、

以上に、

ばったり、

と強い意味になる。そこに、自分ではなく、

他意、

ないし、強い、

偶然、

を加味しているとも見える。

「差」.gif

(「差」 https://kakijun.jp/page/1054200.htmlより)


「差」 金文・西周.png

(「差」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B7%AEより)

「差」(①漢音サ・呉音シャ、②漢音呉音シ、③慣用サ・漢音サイ・呉音セ)は、

会意兼形声。左はそばから左手でささえる意を含み、交叉の叉(ささえる)と同系。差は「穂の形+音符左」。穂を交差してささえると、上端は×型となり、そろわない。そのじぐざぐした姿を示す、

とある(漢字源)。音は、①は、「等差」「相差」など、違う意、②は、「参差」というように、ちぐはぐで揃わない意、③は、「差遣」というように、遣わす意である(仝上)。別に、

会意兼形声文字です。「ふぞろいの穂が出た稲」の象形と「左手」の象形と「握る所のあるのみ(鑿)又は、さしがね(工具)」の象形から、工具を持つ左手でふぞろいの穂が出た稲を刈り取るを意味し、そこから、「ふぞろい・ばらばら」を意味する「差」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji644.htmlが、

かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、

とありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B7%AE

形声。「𠂹 (この部分の正確な由来は不明)」+音符「左 /*TSAJ/」(仝上)、

と形声文字説、

もと、会意。左(正しくない)と、𠂹(すい)(=垂。たれる)とから成り、ふぞろいなさま、ひいて、くいちがう意を表す。差は、その省略形(角川新字源)、

と会意文字説と別れる。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2024年09月09日

苔の袖


年暮れし涙のつららとけにけり苔の袖にも春やたつらむ(皇太后宮大夫俊成)、

の、

苔の袖、

は、

苔の衣(僧衣)の袖、

の意とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。俊成は安元二年(1176)九月、六十三歳で出家、その年の暮れ、

身に積もる年の暮れこそあはれなれ苔の袖をも忘れざりけり」(長秋詠藻)、

と詠んでいる(仝上)。新古今和歌集には、

いつかわれ苔のたもとに露おきて知らぬ山路(ぢ)の月を見るべき(家隆朝臣)、

と、

苔の袂、

の表現もある。

苔のたもと、

は、

「苔の衣」「法衣」に同じであるが、袂(袖)を片敷いて独り臥すイメージが働く、

とある(仝上・https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1952652512&owner_id=17423779)。

苔の衣、

は、

苔衣(こけごろも)、

に同じで、

苔の一面に生えた状態を衣にたとえた、

ことばで、

僧侶・隠者などのころも、

をいう(広辞苑)。

苔(こけ)、

自体に、

一樹下、石上を住處として、佛道を修行すると云ふ意より、僧侶の衣服、

などに言い(大言海)、

苔の衣、
苔の袂、
苔の袖、
苔の衣手、
苔の小衣、
苔織衣(こけおりぎぬ)、

などとも言い(仝上・精選版日本国語大辞典)、

閑居の體(てい)、

に、

苔の庵、
苔の戸、
苔の樞(とぼそ)、

などという(仝上)。

苔の袖、

は、

苔の袖雪げの水にすすぎつつおこなふ身にも恋はたえせず(「古今和歌六帖(976~87頃)」)、

苔の袂、

は、

みな人は花の衣になりぬなりこけのたもとよかわきだにせよ (古今和歌集)、

などと詠われる。

苔、

は、

蘚、
蘿、

などとも当て(精選版日本国語大辞典・広辞苑)、その由来は、

コケ(木毛)の義(岩波古語辞典・雅言考・和訓栞・名言通)、
コケ(小毛)の義(和句解・日本釈名・和語私臆鈔)、
コキ(木著)の転(言元梯)、
魚の鱗をいうコケに似るところから(東雅)

等々とあるが、「うろこ」で触れたように、「うろこ」を、

こけ、

と訓むのは、

こけら(鱗)の下略、

で、

魚、蛇の甲、杮葺(こけらぶき)の形に似れば云ふ、

とある(大言海)。

東京では略してコケと云ふ、

とある(仝上)ので、全く別の由来である。

和訓栞(江戸後期)に、木毛(コケ)の義なるべしとあり、古くは、木のコケを云ひしが多ければ、木なるが元にて、他にも云ひ及ぼし、すべて毛の如く生えつきたるものの総名となれるならむと云ふ、物類称呼(江戸中期)に、美濃・尾張、北國にては、キノコを、コケと云ふとあり(大言海)、

とあることで尽きているのではないか。和名類聚抄(931~38年)に、

苔、古介、

本草和名(ほんぞうわみょう)(918年編纂)に、

垣衣、一名、青苔衣、古介、

とある。

「苔」.gif


「苔」(漢音タイ、呉音ダイ)は、

会意兼形声。「艸+音符台(タイ 自力で動く、おのずと生じる)」、

とある(漢字源)が、

形声。「艸」+音符「台 /*LƏ/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8B%94

形声。艸と、音符治(チ)→(タイ)(台は省略形)とから成る(角川新字源)、

形声文字です(艸+台)。 「並び生えた草」の象形と「農具:すきの象形と口の象形」(「大地にすきを入れてやわらかくする」の意味だが、ここでは、「始」に通じ(「始」と同じ意味を持つようになって)、「始まり」の意味)から、植物の始まり「こけ」を意味する「苔」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2681.html

と、いずれも形声文字としている。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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2024年09月08日

野守の鏡


はし鷹の野守の鏡えてしかな思ひ思はずよそながら見む(新古今和歌集)、

の、

はし鷹、

は、小型の鷹、

はいたか、

とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、

えてしかな、

の、

かな、

は、

希望の終助詞、

で、

手に入れたいなあ、

という意になる。

野守の鏡、

は、

逸(そ)れた鷹を映した野中の溜まり水のこと、

とも、

人の心を映してみせる、

ともいわれる、

伝説の鏡、

とある(仝上)。平安末期の歌学書『袖中抄』(顕昭)に、

雄略天皇の鷹狩の時、逃げた鷹を野守が水鏡で見て発見したとある故事に基づく、

とあり(広辞苑)、

野中の水にもの影のうつるのを鏡にたとえて言う、

つまり、

水鏡、

の意と、特に、

普通に見えないものを見ることができる鏡、

として詠まれるとある(広辞苑)が、

野守の用ゐて、己れが姿を見る鏡となす、

意ともある(大言海)。

はしたか、

は、

鷂、

と当て、音韻変化して、

はいたか、

ともいうが、

タカ科の鳥、

雌雄で大きさや羽色を異にし、雌だけをハイタカ、雄をコノリということもある。雌は全長39センチくらい、雄は全長32センチくらいと、雄は雌より小さく、雄の背面は青灰色で、腹面は白色の地に黄赤褐色の細い横斑がある。雌の背面は褐色で、腹面は白地に暗褐色の横斑がある。つう森林に単独ですみ、小鳥や野ネズミを捕食、

とあり、

鷹狩、

に用いる(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。

ハイタカ.jpg


野守、

は、

あかねさす紫野ゆき標野(しめの)ゆき野守は見ずや君が袖振る(額田王 万葉集)、

ともある、

野を守る人、

特に、

立入りを禁じられている野原、

つまり、

禁猟の野を守る番人、

をいい(広辞苑)・精選版日本国語大辞典、

鷹狩りの途中で逃げた鷹を野守がたまり水に映る影を見て発見した、

という故事から、普通、

野中の水に物影がうつるのを鏡にたとえていう語、

つまり、

水鏡、

の意とされる。書言字考節用集(江戸中期)には、

野守鏡、ノモリノカガミ、本朝俗、斥郊野清水云爾、事見八雲抄、袖中抄、

とある。

水鏡、

は、

池の面に影をさやかにうつしても水鏡見る女郎花(をみなへし)かな(西行)

と、

静かな水面に物の影が映って見えること、

また、

水面に自分の姿などをうつしてみること、

をいう(広辞苑)。

すいきょう、

とも訓ませるが、漢語で、

水鏡(スイキャウ)、

というと、漢語で、

衞瓘見廣而奇之曰、此人之水鏡、見之瑩然若披雲霧、而覩晴天也(晉書・樂廣傳)、

と、

水鏡之人、

といい、

人の師となるべき人、

の意で使う(字源)が、和語では、

すいきょう(水鏡)、

は、

水面に物の影が映って見える、

という、

みずかがみ、

の意の他に、

水がありのままに物の姿をうつすところから、

無心に物事を観察し、真実を理解すること、そういう人の模範となること、また、そういう人、

の意でも使い(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、さらに、

団々水鏡空而仮、灼々空花亦不真(「性霊集(1079)」)、

と、

月の異称、

としても使う(仝上)。なお、謡曲「野守(古名「野守鏡(のもりのかがみ)」)」(世阿彌)では、

シテは鬼神。旅の山伏(ワキ)が大和の春日野に着くと、由(よし)ありげな池がある。来かかった野守の老人(前ジテ)に尋ねると、野守の鏡という名だと教える。それは、自分たちのような野守が鏡の代りにするからそう呼ばれるのだが、本当の野守の鏡は、昔、鬼が持っていた鏡で、その鬼は、昼は野守の姿となり、夜は鬼の姿となってここの塚に住んでいたのだという。山伏は、〈はし鷹の野守の鏡得てしがな……〉という古歌を思い出して質問する。老人は、それもこの水を詠んだもので、昔、帝の鷹狩りのおり、鷹の行方を見失って捜したとき、野守が水中に鷹の姿があることを教えた。それは木の上にいた鷹の影が水に写っていたもので、鷹の行方がわかって〈はし鷹の……〉の歌が詠まれたのだと物語り、塚の中に姿を消す。夜に入ると塚の中から鬼神(後ジテ)が現れ、天上界から地獄の底までを映し出す不思議な鏡を山伏に与え、大地を踏み破って去って行く、

と(世界大百科事典)、

いわれのありそうな水を野守の鏡ということ、



昔この野で御狩が行なわれた時、鷹が逃げたがこの水にその姿が映ったことからゆくえがわかったこと、

などを取り入れている(精選版日本国語大辞典)。

「鏡」.gif

(「鏡」 https://kakijun.jp/page/1915200.htmlより)

「鏡」(漢音ケイ、呉音キョウ)は、「ます鏡」で触れたように、

会意兼形声。竟は、楽章のさかいめ、区切り目を表わし、境の原字。鏡は「金+音符竟」。胴を磨いて明暗のさかいめをはっきり映し出すかがみ、

とある(漢字源)。ただ、他は、

形声。「金」+音符「竟 /*KANG/」。「かがみ」を意味する漢語{鏡 /*krangs/}を表す字、

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%8F%A1

形声。金と、音符竟(ケイ、キヤウ)とから成る。かげや姿を映し出す「かがみ」の意を表す、

も(角川新字源)、

形声文字です(金+竟)。「金属の象形とすっぽり覆うさまを表した文字と土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(土中に含まれる「金属」の意味)と「取っ手のある刃物の象形と口の象形(「言う」の意味)の口の部分に1点加えた形(「音」の意味)と人の象形」(人が音楽をし終わるの意味だが、ここでは、「景(ケイ)」に通じ(同じ読みを持つ「景」と同じ意味を持つようになって)、「光」の意味)から、姿を映し出す「かがみ」を意味する「鏡」という漢字が成り立ちました、

https://okjiten.jp/kanji555.html、形声文字(意味を表す部分と音を表す部分を組み合わせて作られた文字)としている。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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2024年09月07日

恋忘れ草


住吉の恋忘れ草種絶えてなき世に逢へるわれぞかなしき(新古今和歌集)、

の、

恋忘れ草、

は、

ユリ科多年草、萱草(かんぞう)のことという、

とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。紀貫之の、

道知らば摘みにもゆかむ住の江の岸に生ふてふ恋忘れ草(古今集)、

を念頭に置くか、とある(仝上)。貫之には、他にも、

住之江の朝満つ潮のみそぎして恋忘れ草摘みて帰らむ(貫之集)、

がある(仝上)。

恋忘れ草、

は、

古代中国において、憂いを忘れさせてくれる草として詩文に作られ、万葉集にも、

わがやどは甍(いらか)しだ草生ひたれど恋忘草(こひわすれぐさ)見るにいまだ生ひず(万葉集)、

と詠われる(仝上)。

ヤブカンゾウの花.jpg


恋忘れ草、

は、

摘むと、恋の苦しさを忘れる、

といい、

忘れ草、

ともいう。

忘れ草、

は、

今はとてわするるぐさの種をだに人の心にまかせずもかな(伊勢物語)、

と、

忘るる草、

ともいい(岩波古語辞典)、中国では、

萱草(かんぞう)、

をいい、

金針、
忘憂草(ぼうゆうそう)、
宜男草、

等々ともよばれ(字源・動植物名よみかた辞典)

学名Hemerocallis fulva、ワスレグサ属の多年草の一種、

とされるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B9%E3%83%AC%E3%82%B0%E3%82%B5。広義には、

ワスレグサ属(別名キスゲ属、ヘメロカリス属)、

を指し、その場合は、

ニッコウキスゲなどゼンテイカもユウスゲもワスレグサに含まれる。また長崎の男女群島に自生するトウカンゾウなどもワスレグサと呼ばれる、

とある(仝上)。で、

萱草

で触れたように、「萱草」は、

ユリ科ワスレグサ属植物の総称、

として、

日当たりのよい、やや湿った地に生える。葉は二列に叢生し、広線形。夏、花茎を出し、紅・橙だいだい・黄色のユリに似た花を数輪開く。若葉は食用になる。日本に自生する種にノカンゾウ・ヤブカンゾウ・キスゲ・ニッコウキスゲなどがある、

と(大辞林)とある。

花を一日だけ開く、

ために、

忘れ草、

と呼ばれるらしい。

忘れ草、

は、

萱草の「古名」

とある(大言海)。

諼草、

とも当てる。これは、

詩経、衞風、伯兮篇、集傳「諼草(けんそう)、食之令人忘憂」とあるを、文字読に因りて作れる語ならむ、

とある(大言海)。

諼草、

を、

わすれぐさ、

と訓ませたということらしい。日本語源大辞典には、

中国では、この花を見て憂いを忘れるという故事があることから(牧野新日本植物図鑑)、

ともある。和名類聚抄(931~38年)には、

萱草、一名、忘憂、和須禮久佐、俗云、如環藻二音、

とある。また、

忘れ草、

は、

ヤブカンゾウの別称、

ともある(広辞苑)。

それを身に着けると物思いを忘れるというので、恋の苦しみなどを忘れるために、下着の紐に付けたり、また植えたりした、

とある(岩波古語辞典)。

忘れ草我が下紐に付けたれど醜(しこ)の醜草(しこぐさ)言(こと)にしありけり(万葉集 大伴家持)

という歌がある。忘れようと、身に着けてみたけれど、言葉だけか、と嘆いている。従妹で将来の妻、坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)に贈った歌、とある。これは、

萱草(わすれぐさ)吾が紐に付く香具山の古(ふ)りにし里を忘れむがため(大伴旅人)、

のように、

昔、萱草を着物の下紐につけておくと、苦しみや悲しみを一切忘れてしまうという俗信があった、

ことに由来する(日本語源大辞典)とある。『今昔物語』に、

父親に死なれた悲しみを忘れるために萱草を植える兄と、親を慕う気持ちを忘れないようにと柴苑を植える弟の説話(「兄弟二人、萱草・紫苑を植うる語」)、

がある(仝上・https://yamanekoya.jp/konzyaku/konzyaku_31_27_trans.html)。ちなみに、「紫苑」(しおん)は、

漢名の紫苑の音読みから名前が付けられており、ジュウゴヤソウの別名もある。花言葉は「君の事を忘れない」「遠方にある人を思う」、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%B3_(%E6%A4%8D%E7%89%A9)

ところで、恋に絡んで、

秋さらばわが船泊(は)てむ和須礼我比(わすれがひ)寄せ来ておけれ沖つ白波(万葉集)、
若の浦に袖さへ濡れて忘れ貝拾へど妹は忘らえなくに(仝上)、
いとまあらば拾ひに行かむ住吉の岸に寄るてふ恋忘れ貝(仝上)、
わが背子に恋ふれば苦し暇(いとま)あらば拾ひて行かむ恋忘れ貝(仝上)、

などと、

わすれがい(忘貝)、

というのもある。

二枚貝が放れ放れの一片となり、たがいに相手の一片を忘れてしまうという意を掛けた名称、

といい(岩波古語辞典)、

二枚貝の放れた一片、またそれに似ているところから一枚貝のアワビ貝のこと、これを拾えば恋しい思いを忘れることができる、

ということで、

恋忘れ貝、

ともいい(仝上・精選版日本国語大辞典)、

うつせがひ(空貝・虚貝)、

に同じ、つまり、

身の無くなりて放れたる貝、

だからである(仝上)が、この場合、しかし、

肉の脱けた中身の空の貝殻、

をいい、

住吉の浜に寄るといふうつせ貝実なき言もち我れ恋ひめやも(万葉集)

と、

ルリガイ・アサガオガイなど巻貝の殻であろう、

ともあり(岩波古語辞典)、

タマガイ科の巻貝の、

ツメタガイ(津免多貝)の古称、

ともあるので、別かもしれない。

わすれがい.jpg

(わすれがい 日本大百科全書より)

忘貝、

は、一般には、

ささらがい、

ともいう、

マルスダレガイ科の二枚貝、

を指し、

鹿島灘以南に分布し、浅海の砂底にすむ。殻長約七センチメートル。殻は扁平でやや丸く、厚くて堅い。色彩は変化に富むが表面は淡紫色の地に美しい紫色の放射彩や輪脈模様のあるものが多い。食用にする。殻は細工物に利用される、

とある(精選版日本国語大辞典)。古来、

大伴の御津(みつ)の浜なる忘れ貝家なる妹を忘れておもへや(万葉集)、

など多くの詩歌に詠まれてきたが、今日では、

浜に打ち上げられたいろいろの貝、

をさすものと思われる(世界大百科事典)とある。その意味では、

空の貝殻、

を広く指していると見ていいのかもしれない。

「萱」.gif


「萱」(漢音ケン、呉音カン)は、

形声。「艸+音符宣(セン・ケン)」、

とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%90%B1・角川新字源)。「わすれぐさ」ともいい、

この草を眺めると憂いを忘れる、

というので、

忘憂草、

ともいう(仝上)。別に、

会意兼形声文字です(艸+宣)。「並び生えた草」の象形(「草」の意味)と「屋根・家屋の象形と物が旋回する象形」(天子が臣下に自分の意志を述べ、ゆき渡らせる部屋の意味から、「行き渡る」の意味)から、行き渡る草「忘れ草(食べれば、うれいを忘れさせてくれる草)」を意味する「萱」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2238.html。なお、「萱」の異字体には、

萲、
蕿、
藼、
蘐、

がある(漢字源・https://kanji.jitenon.jp/kanjie/2263.html・漢辞海)。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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2024年09月06日

くれ(榑)


花咲かぬ朽木の杣(そま)の杣人のいかなるくれに思ひ出づらむ(新古今和歌集)、

の、

くれ、

は、

榑、

と当て、

皮付きの木材、また屋根を葺く板、

とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

朽木(くちき)の杣、

の、

朽木、

は、

近江国の枕詞、ここでは、自身の隠喩、

とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、

杣、

は、

材木をを伐り出す山、または、大きい建造物の用材を確保するために所有する山林、

をいう(広辞苑)が、ここでは、その、

杣山の木、

または、

杣山から伐り出した材木、

つまり、

そまぎ(杣木)、

をいう(仝上)。

くれ、

は、

榑と暮れの掛詞、

とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

榑、

は、

山出しの板材、

をいい、

買檜久礼一千二百八十枚(正倉院文書天平六年(734)五月一日・造仏所作物帳)、

とか、

水の面の間もなく筏(いかだ)をさして、多くのくれ、材木を持て運び(栄花物語)、

等々とあり、平安時代の貢納品、あるいは商品としての規格は、延暦一〇年(七九一)の「太政官符」に、

長さ一丈二尺(約三・六メートル)、幅六寸(約一八センチメートル)、厚さ四寸(約一二センチメートル)、

とし、

「吾妻鏡」は、

長さ八尺(約二・四メートル)、

としている(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。この、

榑、

は、

くれ木と云ふが成語なるべし、即ち、黒木の転(黑(くろ)、皂皮(クリカハ)、皂革(クレカハ))、大嘗祭儀「正殿一宇、構以黒木」(大言海)、

とする(「皂」(ソウ)は、どんぐり・くぬぎなどの木の実、煮汁が黒い染料になるので、黒い、黒色)。他に、

クレウ(公料)の約という(類聚名物考)、
キシ(木斷)の義(和訓栞)、

等々の説もあるが、用例から見れば、

黒木、

なのではなかろうか。つまり、

杣山より伐り出したる皮ながらの材木、黒木。大小の丸木、丸太、

とある(大言海)。江戸後期の注釈書『箋注和名抄』には、

榑、久禮、

とあり、(延喜式の)内匠寮式には、

椙榑、大七十五材、

と載る。この用が転じて、

次の日、榑(クレ)や召すと云て、馬に付て来りける(「米沢本沙石集(1283)」)、

と、

木を剥ぎて薄板とし、板屋根を葺くもの、

つまり、

そぎ、
へぎいた、
こけら
くれぎ、

の意となり(大言海・精選版日本国語大辞典)、さらに転じて、

薪(たきぎ)、

の意となり、

丸太を四つ割にして、心材を取り去ったもの、

をいい、

断面は扇形となる。三方三寸、腹二寸四分というように定めている。地方により寸法を若干異にし、また六つ割、八つ割のこともある、

とある(仝上)。今日では、

丸太を製材して残った端の板、背板(せいた)、

を、

榑木、

という(仝上)。

「榑」.gif


「榑」(漢音フ、呉音ブ)は、

会意兼形声。「木+音符尃(フ・ハク 大きく広がる)」で、枝の広がった木、

とある(漢字源)。我が国では、

皮のついたままの丸木、

の意で使うが、

榑桑(フソウ)、

は、

扶桑、

とも当て、

太陽の出る所にあるといわれる神木、

をいう(仝上)。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
戸川芳郎監修『漢辞海』(三省堂)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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ラベル:くれ(榑)
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2024年09月05日

おほなほび


新しき年の始めにかくしこそ千歳(ちとせ)をかねて楽しきを積め(古今和歌集)、

の詞書に、

おほなほびの歌、

とある。この、

おほなほびの歌、

は、

大直日の神を祭る神事の歌、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

大直日の神、

は、

『古事記』によれば、禍を吉に転じる神、

とある(仝上)。

おほなほび(おおなおび)、

は、

大直毘、
大直日、

と当て(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、

咎過(とがあやまち)在らむをば、神直び、大直備(おほなほび)に見直し開き直し坐(ましま)して(延喜式(927)祝詞)、

とあるように、

凶事を吉事に変える力、

また、

その力を持つ神、

つまり、

大直毘神(おおなおびのかみ)、

をいい、

その、

神の祭、

をもいい、

おおなおみ、

とも訛る。この大直毘神(おおなおびのかみ)を祭るときの歌を、

大直毘の歌(おおなおびのうた)、

といい、

木綿垂(ゆふし)での神が崎なる稲の穂めや稲の穂の諸穂(もろほ)に垂(し)でよこれちふもなし(琴歌譜(9C前)大直備歌)、

とある(精選版日本国語大辞典)。

なおび、

は、

直毘、
直日、

と当て、

直毘(ナホビ)とは禍(まが)を直したまふ御霊の謂なり(「古事記伝(1798)」)、

とあるように、

「なおび」の「なお」は、祓除によって清めること(精選版日本国語大辞典)、
物忌みから平常に復し、また凶事を吉事に転ずる意(広辞苑)、

とされ、

神事の物忌(ものいみ)から平常の生活に直ること、

の意、また、

その時の祝宴。直会(なおらい)、

をもいう(精選版日本国語大辞典)。なお、一説に、

直毘神(なおびのかみ)をまつる日、

の意もある(仝上)。因みに、

直会(なおらひ)、

は、

動詞直(なほ)るに反復・継続の接続詞ヒのついたナホラフの体言形(岩波古語辞典)、
ナオリアイの約。斎(いみ)が直って平常にかえる意(広辞苑)
ナホリアヒ(直合)の義(大言海)、
平常に直る意(日本語源=賀茂百樹)、
直毘の神の威力を生じさせる行事の意(上世日本の文学=折口信夫・金太郎誕生譚=高崎正秀)、

等々諸説あるが、

神事(異常なこと)が終わった後、平常に復するしるしにお供物を下げて飲食すること、またその神酒(岩波古語辞典)、
神事が終わって後、神酒、神饌をおろしていただく酒宴、またその神酒(広辞苑)、

という意味である。ついでながら、

なほ(直)る、

自体が、

険悪・異常な状態から元の平静・平常に戻る、

意である(岩波古語辞典)。

直毘(直日)神、

は、

罪悪・禍害を改め直す神、
穢れをはらう霊神、

とされるが、

伊邪那岐(いざなぎ)尊が筑紫の檍原(あわきはら)でみそぎをしたときに生まれた、大直毘神と神直毘神との二神をいう、

とされ(精選版日本国語大辞典)、そのときの、

「けがれ」を象徴し、凶事をひきおこす神、

は、「古事記」では、

八十禍津日(やそまがつひの)神、
大禍津日神、

の二神(ふたはしら)とされる(デジタル大辞泉)。

枉津日神 (まがつひのかみ)、

は、

マガは曲っていること、よくないこと。ツは助詞。ヒは霊力を示す。凶事を引き起こす神、

の意とある(精選版日本国語大辞典)。古事記には、

その禍を直さむとして、成れる神の名は、神直毘(かむなほび)神、次に大直毘神、次に伊豆能賣(いづのめの)神、次に水の底に滌(すす)ぐ時に、成れる神の名は、底津綿津見(そこつわたつみ)神、……

とある。

「直」.gif


「直」 甲骨文字・殷.png

(「直」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4より)

「直」(漢音チョク、呉音ジキ)は、

会意文字。原字は「丨(まっすぐ)+目」で、まっすぐ目を向けること、

とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4)。別に、

会意。目と、十(とお。多い)と、乚(いん)(=隠。かくれる)とから成る。多くの目でかくれているものを見ることから、目でまっすぐに見る、ひいて、まっすぐ、「ただちに」の意を表す(角川新字源)、

象形文字です。「上におまじないの印の十をつけた目の象形」から「まっすぐ見つめる」、「まっすぐである」を意味する「直」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji373.html

と、会意文字説、象形文字説と別れるものの、会意文字説は、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)によるもので、

『説文解字』では「十」+「目」+「𠃊」から構成される会意文字と説明されているが、これは誤った分析である、

とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4

「毘」.gif

(「毘」 https://kakijun.jp/page/hi09200.htmlより)

「毘」(漢音ヒ、呉音ビ)は、

会意兼形声。「田+音符比(ならぶ、連なる)」、

とある(漢字源)が、他は、

形声。意符囟(しん)(ひよめき。田は変わった形)と、音符比(ヒ)とから成る。人のへその意を表す。借りて、たすける意に用いる(角川新字源)、

形声文字です(田(囟)+比)。「通気口」の象形と「人が二人並ぶ」象形(「並べて比べる」の意味だが、ここでは、「頻」に通じ(「頻」と同じ意味を持つようになって)、「しわを寄せる」の意味)から、しわのある通気口の形をした人体の「へそ」を意味する「毘」という漢字が成り立ちました。また、「比」に通じ、「助ける」の意味も表すようになりましたhttps://okjiten.jp/kanji2548.html

と、形声文字とする。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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2024年09月04日

ことならば


ことならば思はずとやは言ひはてぬなぞ世の中の玉襷(たまだすき)なる(古今和歌集)、

の、

玉襷、

は、多く「かく」(掛かる)にかかる枕詞としてもちいられるが、こころは心に掛かるということの喩え、

とあり、

ことならば、

は、

「同じことなら」という意味の常套句、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

ことならば、

は、

同ならば、

と当て(岩波古語辞典)、平安・鎌倉時代には、

ゴトナラバ、

と訓んだように、

「こと」は「如し」の語幹と同源(広辞苑)、
コトはゴト(如)と同根(岩波古語辞典)、

になる。

ことならば咲かずやはあらぬ櫻花見る我さへに静心なし(古今和歌集)、

の、

ことならば、

も、

同ならば、

と当て(岩波古語辞典)、

結果として同じからば、

の意であり(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、

此の如くならば、
斯かることならば、
こんなことなら、
同じ事なら、

の意で(仝上・大言海)、

如くならば、

の意で、これは、上代に、

こと降らば袖さへ濡れて通るべくべく降りなむ雪の空に消(け)につつ(万葉集)

と、

こと…ば、

の形の条件表現が行なわれたが、それと同類の中古以降の表現法(精選版日本国語大辞典)で、

かきくらしことは降らなむ春雨にぬれぎぬ着せて君をとどめむ(古今和歌集)、

の、

ことは、

も同様である(仝上)とある。

ことは、

は、

同は、

と当て(仝上)、

ことならばの略、

であり(大言海)、平安・鎌倉時代は、

ゴトハ

と訓んだように、

コトは、ゴト(如)と同根である(岩波古語辞典)、

とするのは、

句意を「どうせ同じことなら」と解して、「こと」が「如(ごと)」と同源であるとする、

説であるが、他に、

「此(こ)とならば」で「このように…ならば」の意であるとする説、
「こと」を名詞「こと(事・言)」と同源と見る説(精選版日本国語大辞典)、
副詞「こと」+断定の助動詞「なり」の未然形+接続助詞「ば」、とする説(デジタル大辞泉)、

などがある。

ことならば、

は、

こと…ば、

の意味の流れを受け継いで、

ことならば咲かずやはあらぬ桜花みる我さへにしづ心なし(紀貫之)、

と、

現実を何らかの重要な定めのあらわれとしてとらえ、その判断を後句の前提として述べるが、「こと」は、その定めを暗示する語と考えられる、

とある(精選版日本国語大辞典)。この、

こと、

は、

同、
如、

と当て(大言海・岩波古語辞典)、

ひとつこと、
同じ、

という意味で、

ゴトシ(如)と同根、仮定の表現を導くのに使う。コト(異・別・殊)とは起源的に別(岩波古語辞典)、
ことくの語幹。此の語、常に多く、何のごと、某(それ)のごとくと、他の語の下に用ゐられ、連声(れんじゃう)にて濁る、されど、独立なる時は、清音にて、語尾の活用したるを見ず、古今集の歌の、「ことならば」を、顕注満勘(古今和歌集注釈書)に、かくの如くならばの意と訳せり(大言海)、

とある。なお、

平安時代はゴトと濁って発音したらしい。写本に、ゴと濁る指示がある、

とある(岩波古語辞典)が、

これは「如」との意味的関連を認めた鎌倉時代の歌学の反映である、

とされる(精選版日本国語大辞典)。しかし、逆に、

ごと、

が、

後に如しの語幹となる、連体修飾語をうけて、

とする説もある(岩波古語辞典)。

こと(ごと)→ごとし、

なのか、

ごとし→こと(ごと)、

なのかはともかく、

こと(ごと)、

ごとし、

のつながりは深い。

ごと、

は、

同、
如、

と当て、

コト(同)と同根(岩波古語辞典)、
ゴトク(如く)の語根、如しはオナジコト(同事)を上略して活用せしめたる語(大言海)、
ゴトク(如く)―ゴト(日本語の語源)、
元来は同じの意で、同一を示すコト(kötö)と同源、また類似したさまをいう朝鮮語katや満州語geseとも同源(万葉集=日本古典文学大系)、

等々、

助動詞「ごとし」の語幹、

とし、

本来、「同じ」の意を表す「こと」の濁音化したもので、体言的性格を持つ、

とする(日本語源大辞典)のが大勢のようである。なお、

コト(毎)の義(言元梯)、

とする説もあるが、

意味とアクセントの点からごと(毎)とは別、

とされ、むしろ、「ごと(毎)」は、

コト(異・別)と同根、

とされる(岩波古語辞典)。また、

言の通りという意味で、コト(言)から(国語の語根とその分類=大島正健)、

という説も、

こと、

が、

同、

と当てる以上、同じ音ではあるが、区別されていたと見るべきだ。なお、「事」「言」と当てる「こと」については触れた。

では、

ごとし、

はどうなのか。

「同じ」の意を表わす「こと」の濁音化した「ごと」に、形容詞をつくる活用語尾「し」が付いたもの。名詞+「の」、代名詞+「が」、用言および助動詞の連体形、連体形+「が」などに付く。体言に直接付くこともある、比況の助動詞(精選版日本国語大辞典)、
コトのはじめが濁音化した語。このゴトに、シをつけて形容詞のように使うようになった(日本語源広辞典)、
同じ事を上略して活用せしめたる語、齊(ひと)しと云ふ語も、一(ひと)しなり(眞言(まこと)し、功(いさを)し)、何事を上略して、コトとのみ言ふこと多し(事と云へば、事ぞともなく)、此の語の活用(〇・ごとく・ごとし・ごとき・〇・〇)、形容詞に似たれどゴトケレと用ゐたる例を見ず、又、ゴトクニと用ゐるも、形容詞に異例なり。又、他語の下にのみ用ゐらるれば、首音濁れど、元と、清音なるなり(大言海)、
同一を意味する「こと」という語の語頭が濁音化した「ごと」に、形容詞語尾「し」がついて成立した語である。「こと」という語は体言であり、「見けむがごと」といへば、「見たというのと同一」の意である。この用法の発展として、他の事・物に比較して「……と同じだ」「……のようだ」の意を表す「ごとし」があらわれた(岩波古語辞典)、

などとあり、その活用(〇・ごとく・ごとし・ごとき・〇・〇)から、本来の、助動詞ではなく、

く・し・き、と形容詞ク活用と同じ活用をする、

とある(岩波古語辞典)。どうやら、

同一を意味する「こと」→ごと→ごと(如)し、

と展開したようである。

ごとし、

は、平安時代に入って、多く漢文訓読文に用いられることになる(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)が、女流文学系では例外的にしか使われていない。女流文学系では、

やうなり、

が代わって用いられた(仝上)とある。

「同」.gif

(「同」 https://kakijun.jp/page/0650200.htmlより)


「同」 甲骨文字・殷.png

(「同」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%8Cより)

「同」(慣用ドウ、漢音トウ、呉音ズウ)は、

会意文字。「四角い板+口(あな)」で、板に穴をあけて突き通すことを示す。突き通れば通じ、通じれば一つになる。転じて同一・共同・共通の意になる、

とある(漢字源)。別に、

会意。口と、冃(ぼう)(おおう。𠔼は省略形)とから成り、多くの人を呼び集める、ひいて「ともに」、転じて「おなじ」などの意を表す、

ともある(角川新字源)が、

原字は筒の形を象る象形文字で、のち羨符(無意味な装飾的筆画)の「口」を加えて「同」の字体となる。「つつ」を意味する漢語{筒 /*loong/}を表す字。のち仮借して「おなじ」を意味する漢語{同 /*loong/}に用いる。この文字を「凡」と関連付ける説があるが、誤った分析である、

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%8C

象形文字です。「上下2つの同じ直径の筒の象形」から「あう・おなじ」を意味する「同」という漢字が成り立ちました、

https://okjiten.jp/kanji378.html、象形文字とする。

「如」.gif

(「如」 https://kakijun.jp/page/0662200.htmlより)

「如」(漢音ジョ、呉音ニョ)は、「真如」で触れたように、

会意兼形声。「口+音符女」。もと、しなやかにいう、柔和に従うの意。ただし、一般には、若とともに、近くもなく遠くもないものをさす指示詞に当てる。「A是B」とは、AはとりもなおさずBだの意で、近称の是を用い、「A如B(AはほぼBに同じ、似ている)」という不足不離の意を示すには中称の如を用いる。仮定の条件を指示する「如(もし)」も、現場にないものをさす働きの一用法である、

とある(漢字源)。同じく、

会意兼形声文字です(女+口)。「両手をしなやかに重ねひざまずく女性」の象形(「従順な女性」の意味)と「口」の象形(「神に祈る」の意味)から、「神に祈って従順になる」を意味する「如」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1519.htmlが、他は、

形声。音符「女 /*NA/」+羨符「口」。「もし~なら」「~のような、ごとし」を意味する助詞の{如 /*na/}を表す字。もと「女」が仮借して{如}を表す字であったが、「口」(他の単語と区別するための符号)を加えた、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A6%82

会意。女と、口(くち)とから成り、女が男のことばに従う、ひいて、したがう意を表す。借りて、助字に用いる、

とも(角川新字源)ある。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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2024年09月03日

ねぬなは


隠れ沼(ぬ)の下よりおふるねぬなはの寝ぬ名は立てじくるないとひそ(古今和歌集)、

の、

ねぬなは、

は、

根蓴、

と当て、

蓴菜(ジュンサイ)、

の意(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、

寝ぬ名は立てじ、



寝ぬ名、

は、

共寝をしていないという噂、

で、

共寝をしていないという噂を立てるまい、ということは、共寝をしているという噂が立ってもいいようにしておく、

ということ、

寝ぬ名は、

は、

ねぬなは、

の繰り返しにもなっている、とある(仝上)。また、

くる、

は、

來ると繰るの掛詞。蓴菜は根が長いので、「繰る」が連想される、

とある(仝上)。

ねぬなは(ねぬなわ)、

は、

聖の好むもの、……松茸平茸滑薄(なめすすき)、さては池に宿る蓮の這根、芹根蓴菜(ぬなは)牛蒡河骨うち蕨土筆(梁塵秘抄)、

と、

根蓴菜、

と当て、

じゅんさい(蓴菜)の古名(デジタル大辞泉・広辞苑)、

とも、

じゅんさい(蓴菜)の異名(精選版日本国語大辞典)、

ともある。

根が長くのびるるから、

その名がある(広辞苑)という。

ジュンサイの花と葉.jpg


ぬなは(ぬなわ)、

は、

沼縄、
蓴、

と当て、

じゅんさい(蓴菜)の古名(精選版日本国語大辞典・大言海)、
じゅんさい(蓴菜)の別名(広辞苑)、

と、

根、

を強調した、

根の長く延ふに就きて云ふ(大言海)、

ねぬなは、

と、

ぬなは、

は同じである。和名類聚抄(931~38年)に、

蓴、沼奈波、

本草和名(ほんぞうわみょう)(918年編纂)に、

蓴、奴奈波、

字鏡(平安後期頃)に、

蓴、奴奈波、

等々とある。この由来は、

滑之葉(ぬるのは)の義、或は滑縄(ぬなは)と云ふ(大言海)、
ヌナワは沼なわの意味で、沼に生え、葉柄があたかも縄のようであるから(牧野富太郎)、
ねぬ縄という、根をとるといくらでも縄のようなものが出るから(関秘録)、
蓴菜ということばが、ぬらりくらりしている意にも用いられるように、ぬるぬるしているのが特徴で、ぬるぬるした縄、ヌルナワがヌナワとなった(たべもの語源辞典=清水桂一)、
ヌナハ(滑菜葉)の義(古今要覧稿)、
ヌネバハ(滑沼葉)の義、またナエナユハ(萎滑葉)の義(日本語原学=林甕臣)、
ヌナハ(滑縄)の義(東雅・日本声母伝・名言通)、
ヌナハ(沼縄)の義(日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・日本紀和歌略註・雅言考・和訓栞)、
ヌナハ(泥縄)の義(言元梯)、
「ヌ」は「ぬめらか」、「ナ」は「菜」、「ハ」は「葉」を意味するhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%A4

等々とあるが、どうも、

ヌナハ(滑縄)、
ヌナハ(沼縄)、
ヌナハ(泥縄)、
ヌナハ(滑菜葉)、

等々、その、

ぬるぬるした感触、

からあれこれ考えている気配で、

ぬるぬるした縄、
か、
ぬるぬるした葉(菜)、

といったところに落ち着くのではないか。

蓴菜(じゅんさい)、

は、

純菜、
順才、

と当てたりする(デジタル大辞泉)が、

ヌナワ、
ミズドコロ、

等々とも呼ばれるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%A4

スイレン目ハゴロモモ科(旧スイレン科)属する多年生の水草。本種のみでジュンサイ属 (学名: Brasenia) を構成する、

とあり(仝上・広辞苑)。日本各地の池沼に自生し、

地下茎は泥中を伸び、節ごとに根をおろす。葉は楕円状楯形、長さ五~一〇センチメートル、長い葉柄で水面に浮かぶ。茎と葉の背面には寒天様の粘液を分泌し、新葉には特に多く、若芽・若葉を食用とする、

とある(仝上・精選版日本国語大辞典)が、

巻葉になっている新しい葉で、水中にある時が良く、水面に浮かぶようになると堅くて食べられない、

とある(たべもの語源辞典)。中国植物名は、

蓴菜、
もしくは、
蓴、

で、和名であるジュンサイの名は、漢名の「蓴(チュン)」がなまった「ジュン」に、食用草本を意味する「菜(サイ)」をつけたものに由来するとされる、

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%A4)が、

蓴(ヌナワ)を音読みしたものがジュンであり、ジュンサイは菜をつけて、

蓴菜、

の、

ヌナワ、

を音読みした(たべもの語源辞典)という流れになる。

じゅんさい.jpg

(じゅんさい デジタル大辞泉より)

なお、

根蓴菜(ねぬなわ)の、

は、

おもひのみますだのいけのねぬなはのくるしやかかるこひのみだれよ(能宣集)、

と、

根の長い蓴菜(じゅんさい)を繰(く)って取る意で、「繰る」と同音の「来る」、「苦し」にかかる、

ほか、

冒頭の歌のように、

ジュンサイの根が長いところから、「長き」「くる」「ね」などに掛かる、

枕詞として使われる。

「蓴」.gif

(「蓴」 https://kakijun.jp/page/E4F1200.htmlより)

「蓴」(漢音シュン、呉音ジュン)は、

形声。「艸+音符専」

とあり(漢字源)、蓴菜の意である。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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2024年09月02日

袖の別れ


白妙の袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く(定家)

の、

露、

は、

涙の隠喩、

身にしむ色の秋風、

は、

通念では五行思想により、秋の色は白だが、別れを惜しむ紅涙を吹く風なので、紅色を暗示する、

と注釈する(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。この、

袖の別れ、

は、

重ねていた袖と袖とを離して、共寝してしいた男女が別れること、

である(仝上)。

男女が互いにまとい交わした袖を解き離して別れること(広辞苑)、
男女が互いに重ね合った袖を解き放して別れること(デジタル大辞泉)、
男女が互いに重ね合わせた袖を解き放して別れること(精選版日本国語大辞典)、
男女が互いに重ね合った袖を分かって、離れ離れになること(岩波古語辞典)、

等々、いわゆる、

後朝(きぬぎぬ)の別れ、

である。「後朝」で触れたように、

きぬぎぬ、

は、

衣衣、

と当て、本来は、

風の音も、いとあらましう、霜深き晩に、おのが衣々も冷やかになりたる心地して、御馬に乗りたまふほど(源氏物語)、

と、

衣(きぬ)と、衣と、

の意で、

各自に着て居る衣服、

をいう(大言海)。しかし、

しののめのほがらほがらと明けゆけばおのがきぬぎぬなるぞかなしき(古今集)、

の、顕昭(1130(大治5)年?~ 1209(承元元)年)注本に、

結句、きるぞかなしき、とあるはよろしかるべき、

と、

きぬぎぬとは、我が衣をば我が着、人の衣をば人に着せて起きわかるるによりて云ふなり、

とあり(古今集註)、

男女互いに衣を脱ぎ、かさねて寝て、起き別るる時、衣が別々になる意、

とし(大言海)。この歌より、

男女相別るる翌朝の意として、

後朝、

と表記して、

きぬぎぬ、

とした(仝上)。平安時代の、

妻問婚(つまどいこん)、

では、

敷布団はなく、貴族の寝具は畳で、その畳の上に、二人の着ていた衣を敷き、逢瀬を重ねます、

とかhttps://www.bou-tou.net/kinuginu/

布団が使われ出したのは、身分の高い人で江戸期、庶民は明治期からで、それ以前は、着ていた衣をかけて寝ていた、

とあるhttps://kakuyomu.jp/works/1177354054921231796/episodes/1177354055255278737ので、

脱いだ服を重ねて共寝をした、翌朝、めいめいの着物を身に着けること、

の意から、

きぬぎぬになるともきかぬとりだにもあけゆくほどぞこゑもおしまぬ(新勅撰和歌集)、

と、

男女が共寝して過ごした翌朝、

あるいは、

その朝の別れ、

をいった。

なお、「袖」については、「そで」、「」などで触れた。また「袖」の歌語である「衣手」についても触れた。

「袖」.gif


「袖」(漢音シュウ、呉音ジュ)は、

会意兼形声。「衣+音符由(=抽 抜き出す)」。そこから、腕が抜けて出入りする衣の部分。つまりそでのこと、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(衤(衣)+由)。「身体にまつわる衣服のえりもと」の象形と「底の深い酒つぼ」の象形(「穴が深く通じる」の意味)から、人が腕を通す衣服の部分、「そで」を意味する「袖」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2061.html

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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2024年09月01日

そほづ


あしひきの山田のそほつおのれさへわれをほしてふうれはしきこと(古今和歌集)、

の、

そほつ、

は、

そほづ、

で、

案山子、

の意とあり(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、ここは、

案山子そのものではなく、みすぼらしい者や身分の低い者の比喩、

とある(仝上)。また、

そほつ、

には、

濡れる、

意の、

濡(そぼ)つ、

という動詞があり、

その意味と対照的な「ほし」に「干し」を連想することもできる、

と、注釈がある(仝上)。

そほつ(そほづ)、

の古形は、

そほど、

で、

そほづ、

は、

そほどの転、

とあり(岩波古語辞典・広辞苑)、

ど、

は、

人の意か、

とする説がある(日本国語大辞典)。

そほつ、
そおど

は、ともに、

案山子、

と当てる。「かかし」は、

かがし、

とも言い、

鹿驚、

とも当てる(岩波古語辞典)。鎌倉初期の歌学書『八雲御抄』には、

そほづ、おどろかしなり、

とあるように、当初は、

田畑が鳥獣に荒らされるのを防ぐため、それらの嫌うにおいを出して近づけないようにしたもの。獣の肉を焼いて串に刺したり、毛髪、ぼろ布などを焼いたものを竹に下げたりして田畑に置く、

意で(日本語源大辞典)、そのため、

かがし、

ともある(岩波古語辞典)。元来、

かがし、

または、

かがせ、

で、焼いた獣肉を串に刺して田畑に立て、その臭気を嗅がせて退けた(江戸語大辞典)、ともある。そのため、「かかし」の語源は、

嗅がしの意(岩波古語辞典・類聚名物考・卯花園漫録・柳亭記・俚言集覧・年中行事覚書=柳田国男)、
ヤキカガセを上略して、セを、シ転じたる語(松屋筆記・大言海)、

とする説が大勢である。この「かがし」の意が転じて、

竹やわらで作った等身大、または、それより少し小さい人形。弓矢を持たせたり、蓑や笠をかぶせたりして田畑などに人が立っているように見せかけ、作物を荒らす鳥や獣を防ぐもの、

の意となった(日本語源大辞典)とする。この説によると、人形の意で使われるようになったのは、

比較的新しく、中世頃から、

とある(仝上)。しかし、古く、

あしひきの山田の曾富騰(ソホド)、

と古事記にあるように、

そおど(そほど)、
そおづ(そほづ)、

と呼ばれ人形があったのである(岩波古語辞典)。

そほづ、
そほど、

の語源は、「そほづ」は、

雨露にぬれそぼち、山田に立っているところからソボチビト(濡人)の義(和訓栞・大言海)、
シロヒトタツ(代人立)の反(名語記)、

などとあり、「そほど」は、

山田の番人などが日に照らされ、風雨に打たれて皮膚が赭色(そおいろ 赤土の色)をしていたところからソホビト(赭人)の転か(少彦名命(すくなびこなのみこと)の研究=喜田貞吉)、
朱人(ソオビト)の約(角川古語辞典)、
神の名ソホド(曾富騰)から(北辺随筆)、
ソホはソホフル・ソホツのソホか。またドは人の意か(時代別国語大辞典-上代編)、

等々の語源説があり、いずれと決め手はない。しかし「そほづ」は、

久延毘古(くえびこ)、

ともいい、古事記に、

少名毘古那の神を顕はし白(モウ)せし謂はゆる久延毘古(くえびこ)は、今に山田のそほどといふそ、

とあり(古語大辞典)、

〈クエ〉は〈崩(く)ゆ〉の連体形で身体の崩れた男を指す、

と思われ(世界大百科事典)、

此神者、足雖不行、盡知天下之事神也、

とある。この神が、今日の案山子の姿に引き継がれていると思える。このとき、「そほど」「そほづ」は、

かたしろ、

ではないかと見える。

長野県下では旧10月10日の十日夜(とおかんや)の行事に、カカシアゲまたはソメノ年取リといい、かかしに蓑笠を着せて箒・熊手を両手に持たせ、餅や二股大根を供えてこれをまつる、

あるいは、

同県諏訪地方ではこの日はかかしの神が天に上がる日といい、同じく南安曇地方ではかかしが田の守りを終えて山の神になる日だとの伝承がある。また、群馬県下では正月14日にかかし神を作り、新潟では同日かかしを立て膳を供える風習もある、

という民俗例もある。これは、

神の依代(よりしろ)、

そのものである(世界大百科事典)。

依代、

は、

憑代、

とも当て、

神霊が招き寄せられて乗り移るもの、

で、

樹木、岩石、御幣神籬(ひもろぎ)などの有体物で、これを神霊の代わりとしてまつる、

とある(広辞苑)。なお、人間が依代となったときには、

よりまし(尸童・依坐・憑坐・憑子・寄坐)、

と呼ばれる(仝上・精選版日本国語大辞典)。

「かたしろ」とは、

形代、

と当て、

本物の形の代わり、

の意で、

禊・祓などに用いる紙製の人形で、神を祭る時、神霊の代わりとしては据えたもの、

であり(古語大辞典)、

神霊の依代(よりしろ)の一種、

と考えられている(ブリタニカ国際大百科事典)。とすると、神体の代わりに据えた、

カタシロ、

は、

語尾を落としてカタシになるとともに、「タ」の子交(子音交替)[th]で、カカシ(関東)・カガシ(関西)になった、

とする説(日本語の語源)が、注目される。「そほど」「そほづ」との関連が見えてこないのが難点であるが、ひとがたの人形だったところは、「形代」らしいと思わせ、この説では、こう音韻変化させている。

身代わりのヒトガタ(人形)のことらをカタシロ(形代)といった。紙製のカタシロは六月と十二月の大祓(おおはらえ)の時に陰陽師(おんようじ)が人のからだを撫でて災いを移してから水に流した。また、祭のとき木製・土製のカタシロを神体の代わりに据えた。〈ただカタシロをいはひたらむやうにて〉(増鏡)。
「身代わり」といういみになったカタシロは語尾を落としてカタシになるとともに、「タ」の子交[tk]でカカシ(案山子、関東)、カガシ(関西)になった。『物類称呼』(1775)に「関西・北陸までカガシといふ。関東にてはカカシと澄みていふ」とある。
『日葡辞書』(1603)に、「猪や鹿をおどろかすために耕地に立てたおどし」とあるが、蓑・笠をつけた一本足のカカシは昔から稔りの秋の風物詩であった。〈鳥獣のつかぬやうに垣を結ひ、カガシをこしらへて置かうと存ずる〉、〈今夜は某(それがし)がカガセになって捕へやう〉(狂言・瓜盗人)。
語源について、「もと獸肉を焼き炙りて串に挟み立て、その臭をかがしめておどろかす故にかがしといふといへり」(俚言集覧)とあるが、カタシロの転音だから、「人の身代わり」という意であった。
「案山子」に転義しなかったカカシの語形は、岩手・宮城・山形県村山地方の方言として、コケシ(木彫りの人形)に転音・転義した。これはカタシロ(形代)の伝承であった、

とある(日本語の語源)。しかし、この音韻説をみていると、逆に、

案山子、

の意の中にある、

形代、

としての案山子と、

おどし、

としての案山子とは、語源が異なるのではないか、という気がしてくる。さすがに、『大言海』は、

かかし、

を、

鹿驚、

とあてる「かかし」と、

案山子、

と当てる「かかし」を区別している。前者は、

ヤキカガセを上略して、セを、シ転じたる語、

とし、後者は、

鹿驚(カガシ)を立鹿驚(タチカガシ)と用ゐたるを、略したる語、

とする。そして、

鹿驚、

は、獣肉を焼いて串に刺した、

かがし(嗅)、

とし、後者を、

山田のそほづ、

とする。これは見識である。いずれも、役目は、

鳥おどし、
獣おどし、

であるが、

獣の臭い、
と、
神体の形代、

とではギャップがありすぎる。本来異なる由来だったものが、共に、漢語、

案山子、

を当てたことで、

かがし、

そほづ、

が混同されていった、ということではあるまいか。一般には、

かがし→かかし、

と転じたとし、

においをかがせるものの意の、

嗅(かが)し、

の、

田畑が鳥獣に荒らされるのを防ぐため、それらの嫌うにおいを出して近付けないようにしたもの、

から転じて、中世頃には、

竹やわらで作った等身大、または、それより少し小さい人形、

へと変じたとし(精選版日本国語大辞典)、

江戸時代後半には「かかし」が勢力を増した、

とされる(日本語源大辞典)のだが、いかがなものだろう。

ところで、

かかし、

に当てた、

案山子、

は、漢語で、

アンザンシ、

と訓み、

かかし、とりおどし、

の意であり、

案山は、几(キ 机)の如く平たく低き山の義。山田なり、山田を守る主たる義、

とある(字源)。傳燈禄、道膺禅師傳、または會元、五祖常戒禅師の章に、

「主山高、案山低」とありて、案山は低くして机の如く、平らなる山の義なるべく、案山の閒に、耕地ありて、其邉に、鳥おどしのありしより、

とある(字源・大言海)。「梅園日記」(1845)にも、

隨斎諧話に、鳥驚の人形、案山子の字を用ひし事は、友人芝山曰、案山子の文字は、伝燈録、普燈録、歴代高僧録等並に面前案山子の語あり、注曰、民俗刈草作人形、令置山田之上、防禽獣、名曰案山子、又会元五祖師戒禅師章、主山高案山低、又主山高嶮々、案山翠青々などあり、按るに、主山は高く、山の主たる心、案山は低く上平かに机の如き意ならん、低き山の間には必田畑をひらきて耕作す、鳥おどしも、案山のほとりに立おく人形故、山僧など戯に案山子と名づけしを、通称するものならんといへり、徂徠鈴録に主山案山輔山と云ことあり、多くの山の中に、北にありて一番高く見事な山あるを主山と定めて、主山の南にあたりて、はなれて山ありて、上手につくゑの形のごとくなるを案山とし、左右につゞきて主山をうけたる形ある山を輔山といふとあり、又按ずるに、此面前案山子を注せる書、いまだ読ねども、ここの人の作と見えて取にたらず、此事は和板伝燈録巻十七通庸禅師傳に、僧問。孤廻廻、硝山巍巍時如何、師曰孤迥峭巍巍、僧曰、不会、師曰、面前案山子、也不会とあり、和本句読を誤れり、面前案山子也不会を句とすべし、子とは僧をさしていへり、鹿驚の事にあらぬは論なし、

とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%8B%E3%81%97・大言海・日本語源大辞典)、

僧曰、不会、師曰、面前案山子、也不会、

というのは、中国禅僧の用いた語で、それをかりて、「かかし」に当てた、と思われる(日本語源大辞典・大言海)。

「案」.gif


「案」(アン)は、

会意兼形声。安は「宀(やね)+女」の会意文字で、女性を家に落ち着けたさまをあらわす。案は「木+音符安」で、その上にひじをのせておさえる木のつくえ、

とあり(漢字源)、

会意兼形声文字です(安+木)。「家の中で女性がやすらぐ」象形(「やすらか・安定する」の意味)と「大地を覆う木」の象形から、安定した「つくえ」を意味する「案」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji602.htmlが、

かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、

してhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A1%88

形声。「木」+音符「安 /*ɁAN/」。「つくえ」を意味する漢語{案 /*ʔaans/}を表す字。のち仮借して「かんがえる」を意味する同音異義語に用いる(仝上)、

形声。木と、音符安(アン)とから成る。「つくえ」の意を表す。借りて「かんがえる」意に用いる(角川新字源)、

と、形声文字とする。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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2024年08月31日

しでのたおさ


いくばくの田をつくればかほととぎすしでの田長(たをさ)を朝な朝な呼ぶ(古今和歌集)、

の、

しでの田長、

の、

田長、

は、

農事を取り仕切る長、

とあり、

しで、

は、

諸説あるが不明、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。ここでは、ほととぎすの鳴き声を、

シデノタオサ、

と聞きなす。で、

シデノタオサ、

は、

ほととぎすの異名、

とする(仝上)。

しでのたおさ、

は、

死出の田長、

と当て(広辞苑・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、

しでたをさ(死出田長)、

ともいい(大言海)、

たをさ(たおさ)、

は、

農事の統率者、かしら、

をいい(岩波古語辞典・広辞苑)、

シズ(賎)ノタオサ(田長)の転(広辞苑・袖中抄・安斎雑考)、
死出の山から飛び来て鳴くから(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
シデの山からきて過時不熟と鳴いて農を勧めるのでタヲサ(田長)という(色葉和難集・河海抄・万葉代匠記)、
冥途からきて、農事をすすめるから(岩波古語辞典)、
鳴く声を名とす、シデタヲサ(シトトウサ)、ホトトギスなど、種々に聞きなさるるなり、然るを、田植の頃、盛んに鳴けば、其聲を、田に縁ありげに、勧農の鳥などと云ふ諸説、肯けられず(大言海)、
「ほととぎす」の鳴き声を写した擬音語(精選版日本国語大辞典)、

等々から、

ほととぎす(杜鵑)、

の異称とされる(日本語源大辞典・広辞苑・岩波古語辞典)。また、

田長(たをさ)、

のみで、

死出の田長の略、

として、

ホトトギス、

の異称であり、

田長鳥(たをさどり)、

も、

ほととぎす、

の異称である(広辞苑)。上記の、

死出の田長、

の由来と繋がっている。なお、

ホトトギス

については触れた。

「田」.gif

(「田」 https://kakijun.jp/page/ta200.htmlより)

「田」(漢音テン、呉音デン)は、「田楽」で触れたように、

四角に区切った耕地を描いたもの。平らに伸びる意を含む。また田猟の田は、平地に人手を配して平らに押していく狩のこと、

とある(漢字源)。別に、

象形文字です。「区画された狩猟地・耕地」の象形から「狩り・田畑」を意味する「田」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji108.html

「死」.gif

(「死」 https://kakijun.jp/page/0699200.htmlより)


「死」 甲骨文字・殷.png

(「死」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AD%BBより)


「死」(シ)は、

会意文字。「歹(骨の断片)+ヒ(人)」で、人が死んで骨きれに分解することをあらわす、

とある(漢字源)。他もほぼ同趣旨で、

会意。「歹」(骨の断片)+「匕」(人)、人が死んで骨になることhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AD%BB

会意。歹と、人(匕は変わった形)とから成り、人が死んで骨だけになる意を表す(角川新字源)、

会意文字です(歹+匕(人))。「白骨」の象形と「ひざまずく人」の象形から、ひざまずく人の前に横たわる死体を意味し、そこから、「しぬ」を意味する「死」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji34.html

などとある。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2024年08月30日

よ(節)


なよ竹のよ長き上に初霜のおきゐてものを思ふころかな(古今和歌集)、

の、

よ長き、

の、

よ、

は、

竹の節と節の間、

の意で、その、

「よ」と「夜」の掛詞、

とあり(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、歌などでは、多く、

「世」「夜」などと掛けて用いる、

とある(精選版日本国語大辞典)。

なよ竹、

は、

なよなよわとしたしなやかな竹、

とある(仝上)。

なよたけ、

は、

弱竹、

と当て、

なよだけ、
なゆたけ、

とも言い、

めだけ(女竹)の別名、

ともいう(精選版日本国語大辞典)。「にがたけ」で触れたように、

めだけ(女竹・雌竹)、

は、

をだけ(雄竹)、

つまり、

マダケ、

に対して言う、

篠竹の類、

をいい(大言海)、植物学上は、

ササ、

に分類される(世界大百科事典)、

イネ科の(メダケ属)タケササ類、

で、

関東以西の各地に生え、稈は高さ三〜六メートル、径一〜三センチメートルになり、節間は長く枝は節に五〜七本ずつつく。地下茎が横に走り、葉は披針形で手のひら状につき、長さ一〇〜二五センチメートル、三〜五個が枝先からななめに掌状に出る。花穂は古い竹の皮を伴い枝先に密集してつき、小穂は線形で長さ三〜一〇センチメートル。筍(たけのこ)には苦味がある。稈で笛・竿・キセル・籠などをつくる、

とあり(日本国語大辞典・大辞泉)、

なよたけ、
おなごだけ、
にがたけ、
あきたけ、
しのだけ、
しのべだけ、
かわたけ、

等々の名がある(仝上・広辞苑)。因みに、

雄竹(おだけ)、

は、主として、

真竹(まだけ)、

をいうが、淡竹(はちく)、孟宗竹(もうそうちく)などの大柄な竹にもいう(精選版日本国語大辞典)。なお、「タケ(竹)」については触れた。

節、

は、

ふし、

と訓ませると、

竹・葦あしなどの幹や茎にあって盛り上がったり、ふくれ上がったりしている部分、

をいい、敷衍して、広く、

物の盛り上がったり瘤(こぶ)のようになったりして区切り目にもなっている部分、

にいい、

季節、くぎりめ、

の意で使い、また、

ふ、

とも訓ませ、

せつ、

と訓ませても、

竹のふし、

意から、やはり、

ふしのようになった所、つなぎ目、くぎり、

の意で使う。

せち、

と訓ませても、

季節、時節、季節のかわりめ、

といった区切を言い、

ふし(節)、

の意で、

ふ、

とも訓ませる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。さて、で、

節、

を、

よ、

と訓ませると、類聚名義抄(11~12世紀)に、

節、両節間、ヨ、

和名類聚抄(931~38年)にも、

節、両節間、輿、

とあるように、

節(ふし)と節の間、

の意だが、そこから、転じて、

おおきなる竹のよ(節)をとほして入道の口に当て、もとどりを具してほりうづむ(平治物語)、

と、

節(ふし)、

そのものの意でも使う。この、

よ(節)

は、

代・世、

と当てる、

よ、

と同根、

とされ(広辞苑・岩波古語辞典)、

よ(代・世)、

もまた、

ヨ(節)の義(俚言集覧・大言海・海上の道=柳田国男)、
ヨは間の義(松屋筆記)、
ヨ(間)の義、年と年との間の義(言元梯)、
ヨ(代・世)、ヨ(節)はともにヤ(弥)を語源とする(続上代特殊仮名音義=森重敏)、

と、

よ(節)、

につなげる説が大勢である。思うに、

節と節の間、

をメタファにして、

よ(世・代)、

の意味に敷衍したと思われる。それは、

ふし(節)、
せつ(節)、

等々の意味の広がり方とも通じる気がする。

「節」.gif


「節」(漢音セツ、呉音セチ)は、「折節」で触れたように、

会意。即(ソク)は「ごちそう+膝を折ってひざまずいた人」の会意文字。ここでは「卩」の部分(膝を折ること)に重点がある。節は「竹+膝を折った人」で、膝を節(ふし)として足が区切れるように、一段ずつ区切れる竹の節、

とある(漢字源)。別に、

形声。「竹」+音符「即」(旧字体:卽)、卽の「卩」(膝を折り曲げた姿)をとった会意。同系字、切、膝など、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%AF%80

会意兼形声文字です(竹+即(卽))。「竹」の象形と「食べ物の象形とひざまずく人の象形」(人が食事の座につく意味から、「つく」の意味)から、竹についている「ふし(茎にある区切り)・区切り」を意味する
「節」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji554.html

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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ラベル:よ(節)
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2024年08月29日

あまびこ


あまびこのおとづれじとぞ今は思ふわれか人かと身をたどる世に(古今和歌集)、

の、

あまびこ、

は、

やまびこ、

の意で、

例の少ない語、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

あまびこ、

は、

天彦、

と当てる(岩波古語辞典)が、

天響、

とも当て(大言海)、

ヒコは、ヒビキの略転(曽孫(ヒヒコ)、ひこ。常磐(トキハ)、とこは。引きつらふ、ひこつらふ)、虚空に響く音の意、

とあり(大言海)、他に、

虚空の響きなりと云へり、顕昭は、山彦と同じと云へり(和訓栞)、
ヒコ(彦 日子)は男神に対する称、神霊の所為と考えての名(冠辞考続貂)、

ともあるが、一説に、

天人、

ともある(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)ので、

虚空の響き、

を、天人のせいと考えて、

天彦、

と名付けたとも考えられる。ただ、日葡辞書(1603~04)には、


アマビコガコタユル、

とあり、後に、

木霊、
やまびこ、

と見なされていたことがわかる。「こだま」「山彦」については、「こだま」については触れたが、

こだま、

は、

木+タマ(魂・霊)、

やまびこ、

を、

やまひこ、

と訓ませると、

山+ヒコ(精霊・彦・日子)、

となり、

天彦、

も、それと似て、

天+ヒコ、

と、そこに、

神霊、

を見たということは考えられる。

なお、

天彦の(あまびこの)、

は、冒頭の歌のように、

「あまびこの音」というつづきで同音の「おと」をふくむ動詞「おとづる」および地名「音羽(おとは)」にかかる、

枕詞として使われる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。

「彦」.gif

(「彦」 https://kakijun.jp/page/0959200.htmlより)


「彥」.gif


「彦」(ゲン)は、

会意兼形声。厂(ガン)は、厂型にくっきりとけじめのついたさま。彦は「文(模様)+彡(模様)+音符厂」で、くっきりと浮き出た顔の男、

とあり(漢字源)、

会意兼形声文字です(文+厂+彡)。「人の胸を開いて、そこに入れ墨の模様を書く」象形(「模様」の意味)と「削り取られた崖」の象形と「長く流れる豊かでつややかな髪」の象形(「模様・飾り」の意味)から、崖から得た鉱物性顔料の意味を表し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、それを用いる「美青年」、「才徳のすぐれた男子」、「男子の美称」を意味する「彦」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1730.htmlが、

かつて会意文字と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、

とありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BD%A5

形声。「彡」(模様)+音符「产 /*NGAN/」(仝上)、
形声。意符彣(ぶん)(あや)と、音符厂(カン)→(ゲン)とから成る。美しい男の子、転じて、優れた青年の意を表す(角川新字源)、

と、形声文字とする。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

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2024年08月28日

よそふ


面影の忘れぬ人によそへつつ入るをぞ慕ふ秋の夜の月(新古今和歌集)、

の、

よそふ、

は、

比ふ、
寄ふ、

と当て、

なぞらえる、

意とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』・広辞苑)。

下二段活用の、

よそふ、

は、

ヨシ(寄)ソフ(添)の約か。甲を乙に引き寄せて並べ、両者を関係があるとする意。類義語ナズラフは、別のものである甲と乙の資格が同等であるとして、二つを同一視する意(岩波古語辞典)、
寄すの延(大言海)、
下二段活用の動詞「よす(寄)」に、反復・継続の接尾語「ふ」の付いたものか。また、古い四段活用の動詞「よす(寄)」からの派生か。一説に「寄し添ふ」からとも(精選版日本国語大辞典)、

などとあり、

寄す、

は、

ヨシ(由)と同根、

で(岩波古語辞典)、

物の本質や根本に近寄せ、関係づけるものの意、つまり、口実・かこつけ・手がかり・伝聞した事情・体裁などの意。類義語ユエ(故)は、物事の本質的・根本的な深い原因・理由・事情・由来の意、

とある(仝上)。

言寄せる、
事寄せる、

という言い方の、

寄せる、

と同じく、

何かに託す、

という含意で、

準える、

が、

直接的にそれを比較するのに対して、

なつかしうらうたげなりしを思し出づるに、花鳥の色にも、音にも、よそうべき方ぞなき(源氏物語)、

と、

指すことをあらはに言はず、他事に託す、寄せ比ぶ、

という意味になる(大言海)この

よそふ、

の、下一段活用が、

比へ(え)る、
寄へ(え)る、

と当てる、

よそえる、

で、やはり、

ヨシ(寄)ソフ(添)の約、

で(広辞苑)、

ふじのけぶりによそへて人をこひ(古今和歌集仮名序)、

と、

ある物を何かに似ていると見立てる、
なぞらえる、
擬する、
たとえる、

意や、

争へば神も悪(にく)ますよしゑやし世副流(よそふル)君が憎くあらなくに(万葉集)、

と、

関係があるとする、
かかわりがあるとする、

意と、

思ふどちひとりひとりが恋ひ死なばたれによそへてふぢ(藤)衣きん(古今和歌集)、

と、

ことよせる、
かこつける、
口実にする、

意で使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・広辞苑)。

何かに仮託する、

という意味では、

かこつける、
も、
準える、
も、

ほぼ同義にはなるが、両者に、

こじつけ感が増す、

ほど、「なぞらえる」が「口実」に変じていくことになる。なお、ハ行下二段活用の

よそふ、

は、室町時代ごろから、

よそゆ(寄ゆ)

と転化し、多くの場合、終止形は、

よそゆる、

の形をとる(日葡辞書)とある(精選版日本国語大辞典)。

「寄」.gif

(「寄」 https://kakijun.jp/page/1134200.htmlより)

「寄」(キ)は、

会意兼形声。奇は「大(ひと)+音符可」の会意兼形声文字で、からだが一方にかたよった足の不自由な人、平均を欠いて、片方による意を含む。踦(キ)の原字。寄は「宀(いえ)+音符奇」で、たよりとする家のほうにかたより、よりかかること、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(宀+奇)。「屋根(家屋)」の象形と「両手両足を広げて立つ人の象形と口の象形と口の奥の象形」(口と口の奥の象形で「かぎがたに曲がる」の意味を持つ為、「身体を曲げて立つ人」の意味を表す)から、つりあいが保てず片方の家屋の下に身をよせる事を意味し、そこから、「よせる」を意味する「寄」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji859.htmlが、

形声。「宀」+音符「奇 /*KAJ/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AF%84

形声。宀と、音符奇(キ)とから成る。身をよせる意を表す(角川新字源)、

と、形声文字とする説もある。

「添」.gif


「添」(テン)は、

会意兼形声。忝(テン)は「心+音符天」の形声文字。天で忝の音をあらわしたのは、厳密ではない。忝はかみのように薄い心のことで、平気でばいられない「かたじけない」気持ちのこと。薄く平らな意を含む。添は「水+音符忝」で、薄く紙をはりつけるようのに、上に水の層を加えること、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です。「流れる水」の象形と「人の頭部を大きく強調した象形と心臓の象形」(「天に対するときの心」の意味)から、天に対して心が「そう」を意味する「添」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1087.htmlが、

形声。水と、音符忝(テム)とから成る。もと、沾(テム)の俗字であるが、特に「そえる」意に用いる、

と(角川新字源)、形声文字とする説もある。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2024年08月27日

雨衣(あまごろも)


難波潟(なにはがた)潮満ちくらし雨衣(あまごろも)田蓑(たみの)の島に鶴(たづ)鳴き渡る(古今和歌集)、

の、

雨衣、

は、

雨具の連想で蓑にかかる枕詞、

とあり(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、

海を詠んだ歌なので、「海人衣」という連想もある、

とある(仝上)。

海人衣(あまごろも)、

は、

言問はん野島が崎の海人衣浪と月とにいかがしをるる(新古今和歌集)、

と、

海人(漁師等)の着る衣服、

である(広辞苑)。

雨衣、

は、

雨衣(あまぎぬ)、

に同じ(広辞苑)で、

雨衣(あまごろも)、

は、

蓑、田蓑(たみの)にかかる枕詞である(広辞苑)。

雨衣(あまぎぬ)、

は、

装束の上に着て、雨雪を防ぐ衣、

で、

表に油を引いた白絹でつくる、

とある(仝上)。和名類聚抄(931~38年)に、

雨衣、阿万岐沼(あまぎぬ)、一云、油衣、

とある。左伝(春秋左伝、魯の歴史を記載する編年体の史書)哀公廿七年に、

成子衣製、

の注記に、

製、雨具也、

とある(大言海)。

「製」.gif


「製」(漢音セイ、呉音セ)は、

会意兼形声。制(セイ)は、「木の枝+/印(断ち切る)+刀」の会意文字で、途中で枝を切り取ること。製は「衣+音符制」で、布地を截ち切ること、

とあり(漢字源)、「裁」と意味が近い、とある(仝上)。別に、

会意形声。衣と、制(セイ)(きりそろえる)とから成り、衣を切りそろえる意を表す。ひいて、「つくる」意に用いる(角川新字源)、

会意兼形声文字です(制+衣)。「枝のかさなる木と刀の象形」(「木をそぎ整える」の意味)と「衣服のえりもと」の象形から、「衣服を裁ち(切り)つくる」を意味する「製」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji849.html

ともあるが同趣旨で、「左伝」襄公十一年に、

雖有美錦、不使學製焉、

とあるように、

服を仕立てる、

意だが、上記のように、

雨具、

の意もある(字源)。なお、

雨衣、

を、

うい、

と訓ませると、

自翦青莎織雨衣(許渾・村舎)、

と、

蓑などの雨具、

を指す(字源)。

雨衣(あまぎぬ)、

を着用したのは貴族たちだが、庶民は、水を吸うと膨張し、乾燥すると縮む植物の性質を利用した、

蓑、
笠、

を用い、修験者は、

油紙製の雨皮(あまかわ)、

を用いた(世界大百科事典)。雨皮は、

油単(ゆたん)、

とも呼ばれ、牛車や輿にも掛けられた(仝上)とある。

「雨」.gif

(「雨」 https://kakijun.jp/page/ame200.htmlより)

「雨」(ウ)は、「雨乞い」で触れたように、

象形。天から雨の降るさまを描いたもので、上から地表を覆って降る雨、

とある(漢字源)。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
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2024年08月26日

雁信


郷書何處達(郷書 何れの處にか達せん)
歸雁洛陽邊(歸雁 洛陽の邊(ほとり))(王湾・次北固山下)、

の、

帰雁(きがん)、

は、

漢の蘓武が匈奴(フン族)への使者となり、先方ら抑留されたとき、漢の天子が御苑で猟の折に、蘓武からの手紙を足に巻いた白雁を得た。それを証拠に匈奴を追求したので、蘓武は帰国できたという。これから、雁はたよりを伝えるものとして、詩文に用いられるようになった、

とある(前野直彬注解『唐詩選』)。

玉づさ」(玉梓、玉章)で触れたが、

秋風に初雁が音ぞ聞こゆなる誰が玉づさをかけて来つらむ(古今和歌集)、

の、

たまづさ、

は、万葉集では、

たまづさの、

という形で、

使ひ、

にかかる枕詞であり、さらに、

使者そのもの、

の意味になったが、古今集から、

使者が携えてくる手紙、

の意となる(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)と注記がある。

雁はたよりを伝える、

は、上記、『漢書』蘇武傳の、

昭帝即位數年、匈奴與漢和親、漢求武等、匈奴詭言、武死……常惠教漢使者謂單于言、天子射上林中得雁、足有係帛書、言武等在某澤中、使者大喜、如惠言以譲單于、單于視左右、而驚謝漢使曰、武等實在、

の、

雁書、

の故事により(字源)、

帛書、

ともいい、

若向三湘逢雁信、
莫辞千里寄漁翁(温庭筠)

と、

雁信、

ともいう(仝上)。

雁信、

の、

信、

は、

信書、
私信、
風信、

などとも言うように、

手紙、
たより、

の意の、

音訊(おんしん)、

の、

訊(シン)に当てた用法、

とあり(漢字源)、

音信、

の意(仝上)である。また、

雁札(がんさつ)、
雁文、
雁素(がんそ)、
雁足(がんそく)、
雁帛(がんぱく)、
かりのたより、

等々ともいい、

音信の書、
手紙、

の意で使う(仝上・精選版日本国語大辞典)。ただ、

雁字の書、

ともいい、江戸中期『夏山雑談』(小野高尚)は、

蘓武の故事にあらず、雁行の列の正しきを、文書にたとへたるなり、其證、古詩に多し

との主張もある(大言海)。雁は、

候鳥(こうちよう)で、秋には南に渡り春には北に帰るところから、中国では遠隔の地の消息を伝える通信の使者と考えられ、雁信、雁書の説が生まれた、

とあり(世界大百科事典)、

雁行、

云々より、

渡り鳥、

の特徴から、逆に、

雁信、
雁書、

の伝説が生まれたというのが正確かもしれない。

なお、「」については、触れた。

「鴈」.gif



「雁」.gif


「鴈(鳫)」(漢音ガン、呉音ゲン)は、「雁股の矢」で触れたように、

会意兼形声。厂(ガン)は、厂型に形の整ったさまを描いた字。鴈は「鳥+人+音符厂」。厂型に整った列を組んで渡っていく鳥。礼儀正しいことから人が例物として用いたので、「人」を添えた。「雁」と同じ、

とあり(漢字源)、「雁」(漢音ガン、呉音ゲン)は、

会意兼形声。厂(ガン)は、かぎ形、直角になったことをあらわす。雁は「隹(とり)+人+音符厂」。きちんと直角に並んで飛ぶ鳥で、規則正しいことから、人に会う時に礼物に用いられる鳥の意を表す、

とある(仝上・角川新字源)。別に、

会意兼形声文字です(厂+人+隹)。「並び飛ぶ」象形と「横から見た人」の象形と「尾の短いずんぐりした(太っていて背が低い)小鳥」の象形から「かりが並び飛ぶ」事を意味し、そこから、「かり」を意味する「雁」という漢字が成り立ちました。(「横から見た人」の象形は、人が高級食材として贈る事から付けられました。現在、日本ではたくさん捕り過ぎて数が減った為、狩猟は禁止されています。)、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2779.html

参考文献;
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)

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2024年08月25日

末(うれ)


笹の葉に降りつむ雪のうれを重み本(もと)くたちゆくわが盛りはも(古今和歌集)、

の、

うれ、

は、

茎や葉の先の方、

で、

本、

は、

うれ、

に対して、

茎、

をいう(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)とある。

うれ、

末、
若末、

と当て(岩波古語辞典)、

植物の生長する先端、

の意(仝上・精選版日本国語大辞典)で、

ぬれ、
うら、

とも訛る(仝上・大言海)が、

うれ、

は、

ウラ(裏・末)の転、

ともあり(岩波古語辞典)、

木の末、

は、

このうれ、

とも、

雪いと白う木のすゑに降りたり」(伊勢物語)

と、

このすえ、

とも訓ませる(仝上)。つまり、

こずえ(梢・木末)、

である。

うれ、

の由来は、

末枝(ウラエ)の約まりてウレとなり、ウレ、又他語に冠すれば、ウラガレ(末枯)・ウラバ(末葉)となる(大言海)、
ウラの交換形(時代別国語大辞典-上代編)、
ウヘ(上)の転(和訓栞)、

と諸説あるが、

うれ、

の古形が、

うら、

で、

「もと」の対、

で、

幹に対する先端、

ともある(岩波古語辞典)。この、

うら、

は、

上の原語ウに接尾語ラを添えたもの(日本古語大辞典=松岡静雄)、
アナウラ(蹠 足裏)と同語(玄同放言)、

等々とあるが、

うへ、

は、

古形ウハの転。「下(した)」「裏(うら)」の対。最も古くは、表面の意。そこから、物の上方、髙い位置、貴人の意へと展開。また、すでに存在するものの表面に何かが加わる意から、累加・つながり・成行きなどの意などの意を示すようになった、

とある(岩波古語辞典)。「うえ」で触れたように、

「う」+接尾語「へ」

という説は、上代特殊仮名遣いからみて、

接尾語「へ」は、「fe」(甲類)、「うへ」の「へ」は「fë」(乙類)、

で、接尾語説は採りえない。となると、

上の原語ウに接尾語ラを添えたもの、

は成り立たず、

うわ→うら→うれ、

と見るほかないのかもしれない。なお、

上の方の枝、

の意で、

上つ枝、

とも当てる、

ほつえ(秀つ枝)、

については触れたし、

裏、
心、

と当てる、

うら

についても触れた。

「末」.gif

(「末」 https://kakijun.jp/page/0576200.htmlより)

「末」(漢音バツ、呉音マツ・マチ)は、「末摘花」で触れたように、

指事。木のこずえのはしを、一印または・印で示したもので、木の細く小さい部分のこと、

とある(漢字源)。別に、

指事。「木」の上端部分に印を加えたもの「すえ」「こずえ」を意味する漢語{末 /*maat/}を表す字、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%AB

指事文字です。「大地を覆う木」の象形に「横線」を加えて、「物の先端・すえ・末端」を意味する「末」という漢字が成り立ちました

ともhttps://okjiten.jp/kanji698.htmlある。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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2024年08月24日

みあれ


いにしへのあふひと人は咎むともなほそのかみのけふぞ忘れぬ(実方朝臣)、

の、詞書に、

はやう物申しける女に、枯れたる葵をみあれの日つかはしける、

とある、

葵、

は、

賀茂葵、

を指し、

みあれの日、

は、

賀茂祭(陰暦四月中の酉の日)の前に神招(お)ぎの神事が行われる中の午の日、

とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

賀茂神社、

は、

山城国の一宮、

の、

賀茂別雷神社(上賀茂社)と賀茂御祖神社(下賀茂社)、

の総称としていう(仝上)。賀茂祭については、「齋院」、「返さの日」で触れた。

みあれ、

は、

御生、
御阿礼、

と当て、一般には、

神または貴人が誕生・降臨する、

意だが、

御生、

は、

賀茂の御生(みあれ)、
御阿礼祭、

ともいい、

上賀茂神社で、葵祭の前三日、すなわち四月の中の午の日(現在は五月十二日)の夜に、行われる祭、

で、

阿礼と称する榊に神移しの神事をいとなむ、

とある(広辞苑)。

中の午の日、

とは、

中、

は、

2回目の申の日、

の意で、ひと月に午の日は2~3回あり、

1回目が「初」、2回目が「中」、3回目が「晩」、

とよぶhttps://www.city.minamisoma.lg.jp/portal/sections/61/6150/61503/study/1/nomaoi/25431.html

上賀茂御生祭.jpg

(上賀茂御生祭(都年中行事画帖) https://lapis.nichibun.ac.jp/gyouji/gyouji_52.htmlより)

この、旧暦4月の中の午の日に、賀茂別雷(かもわけいかずち 上賀茂)神社で行われる、

御阿礼神事(みあれしんじ)、

は、古来の、

御阿礼木に祭神別雷神を移す、

という(岩波古語辞典)、

神迎えの神事、

で、

神社の北西約880mの御生野(みあれの)という所に祭場を設け、ここで割幣をつけた榊に神を移す神事を行い、これを本社に迎える祭り、

であり、

祭場には、720cm四方を松、檜、賢木(さかき)などの常緑樹で囲んだ、特殊の神籬(ひもろぎ)を設け、その前には円錐形の立砂一対を盛る。この神籬前庭では修祓(しゆばつ)ののち奉幣行事を行い、葵桂を挿頭(かざし)にし、饗饌の儀(献の式)をして、手水をつかい、灯火を消し、矢刀禰(やとね 神職)5員がそれぞれ榊をもって立砂を3周し、神移しを行う。これを本社に捧持する。本社では、開扉して葵桂を献じ、祝詞を奏して閉扉する、

と、

神の出現・再現を感受しようとする神事、

であるが、賀茂御祖(かもみおや 下賀茂)神社では、

御蔭祭(みかげまつり)、

と称する神迎えの神事がある(世界大百科事典)。

御蔭祭(みかげまつり)、

は、

比叡山麓の御蔭神社から神霊を本社に移す神事、

で、

下賀茂神社で、葵祭の三日前、四月の午の日の昼(現在は五月十二日)に、神職・氏子などが神輿に供奉して摂社御蔭神社に参向し、神体を迎えて本社に還る祭儀、

で(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、

下鴨神社境内の「糺(ただす)の森」で、神に捧げる舞楽「東游(あずまあそび)」を奉納、

するhttps://www.asahi.com/articles/ASR5D764QR5DPLZB005.html

上賀茂神社(賀茂別雷神社).jpg

(通称「上賀茂神社」(賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)・楼門)  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%80%E8%8C%82%E5%88%A5%E9%9B%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BEより)

みあれ、

の、

ミは接頭語、アレは出現の意、祭神の出現・降誕の縁となる物、

の意から転じて、

奉幣、

の意とある(岩波古語辞典)。

御生、

と当てるのは、

祭神、別雷神(ワケイカヅチ)命の生(ア)れましし日の義なりと云ふ、

という説もあるが、

據る所なし、

とか(大言海)。

斎宮(齋院)、

の異称を、

阿礼少女(あれをとめ)、

という(大言海)が、

あれをとめ、

は、

あれつくをとめの中略、

で、

奉仕女、

の意とする(仝上)。

あれつく、

は、

在得附(ありえつ)くの約(かかりあふ、かからふ)、ありつくの意なるべし、

とあり、

居つく、住みつく、落ち着く、

の意とする(仝上)。

なお、

賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)、

は、京都市北区上賀茂本山にある神社。通称は上賀茂神社(かみがもじんじゃ)。式内社(名神大社)、山城国一宮、二十二社(上七社)の一社。この地を支配していた古代氏族である賀茂氏の氏神を祀る神社として、賀茂御祖神社(下鴨神社)とともに賀茂神社(賀茂社)と総称される、

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%80%E8%8C%82%E5%88%A5%E9%9B%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE)

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

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2024年08月23日

泔坏(ゆするつき)


絶えぬるか影だに見えば問ふべきに形見の水は水草ゐにけり(右大将道綱母)、

の詞書に、

入道摂政久しくまうで来ざりける頃、鬢(びん)搔きて出で侍りける泔坏(ゆするつき)の水入れながら侍りけるを見て、

とある、

泔坏、

の、

泔、

は、

洗髪に用いた、強飯(こわいい)を蒸したあとの、粘った湯、

で、

泔坏、

は、それを入れる容器とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。なお、歌の、

形見の水、

は、具体的には、

泔杯の水、

を指し、

水草ゐにけり、

は、蜻蛉日記に、

出でし日使ひし泔坏の水はさながらありけり。上に塵ゐてあり、

とあり、

塵が浮き、かびの類が発生していたのか、

と注釈している(仝上)。なお、古歌に、

わが門の板井の清水里遠み人し汲まねば水草生ひにけり(古今集)、

とある(仝上)とある。

泔坏(類聚雑要抄).jpg

(泔坏(類聚雑要抄)  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%94%E5%9D%8Fより)

泔坏、

は、色葉字類抄(1177~81)に、

泔器、ゆするつき、

とあるように、要するに、

鬢(びん)かき水を入れる、蓋つきの茶碗状の器、

をいい、

びんだらひ、

で(大言海)、古くは、

土器、

後に、

漆器・銀器、

を用い(広辞苑)、

蓋、臺あり、

とある(大言海)。

蓋付茶碗のような形、

で(岩波古語辞典)、

茶托状の台に載せ、さらに五葉の大きな台に載せる。平安時代以来もちいた(広辞苑)とある。

台、

は、

尻、

ともいわれ、周縁は2分高く、小文唐錦を敷き、5本の足があり、高さは7寸5分、金物を打ちつけ、5箇所で緒を総角(あげまき)に結び垂らし、足の下も環になっている、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%94%E5%9D%8F。上記に、

洗髪に用いた、強飯(こわいい)を蒸したあとの、粘った湯、

とあるのは、

髪を洗いくしけずるのに用いる水、

に、昔は、洗髪用に、

強飯を蒸した後の、粘り気のある湯がつかわれた、

とも(岩波古語辞典)、

米のとぎ汁を用いた、

とも(漢字源)あるためである。で、

頭髪を洗うこと、

を、

風に櫛(かしらけず)り雨に沐(ゆするたみ)する(欽明紀)、

と、

泔浴(ゆするあみ)、

という(広辞苑)。

泔坏(江戸時代).jpg


ゆする(泔)、

は、

よき男の日暮てゆするし……顔などつくろひて出る(徒然草)、

と、

頭髪を洗い、くしけずること、またその用水、

をいい(岩波古語辞典)、

びんみづ、

ともいう(大言海)が、字鏡(平安後期頃)に、

粕、由須留、

潘、湯、淅米汁也、以可沐頭、由須留、

とあるなど、

米を研いだときにでる白い汁、

とのつながりが深いことがわかり、

ゆする、

の由来も、

湯汁の轉か、強飯(こはいひ)を蒸し作れる後の湯、此粘ある湯を、泔汁(ゆするしる)と云ひて、泔坏に貯へ、櫛を浸して梳(けず)るなり(大言海)、
湯スルの義(和訓栞)、
米をゆすいだ汁であるところからか(日本語源=賀茂百樹)、

など、

湯、

と、

米汁、

とのかかわりを思わせる説が多い。

泔坏(ゆするつき)に入れる水は、

白水(しろみず)、

といい、

白水は、性、冷たいもので、これを櫛につけて髪をけづると、人の血気を下げる効用があるとされた、

ともあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%94%E5%9D%8F)。

「泔」.gif


「泔」(カン)は、

会意兼形声。「水+音符甘(中に含む)」、

で、「米のとぎ汁」の意である。和語では、

ゆする、

と訓ませるが、

髪を洗いくしけずること、また、それに用いる水、

を指すが、昔は、

米のとぎ汁を用いた、

とある(漢字源)。

「坏」.gif


「坏」(①漢音ハイ・呉音ヘ、②漢音ヒ、呉音ビ)は、

会意兼形声。不は、ふくれたつぼみ(菩・芣)を描いた象形文字。坏は「土+音符不」で、ふくれた盛り土やふくれた土器のこと。否・咅が不の異字体だから、坏・培はほとんど同義に用いる、

とある(漢字源)。「高坏」「さかづき」などのふっくらと腹を太めに焼いた土器、「一杯」は「両手いっぱいにふっくらと盛った量」をいい、この意味の音が①、②は、盛り土(培(ホウ)・邳(ヒ))の意の場合の音、とある(漢字源)。

なお、「さかづき」に当てる漢字については「勸酒」で触れた。

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2024年08月22日

水脈(みお)


天の川雲の水脈(みを)にて早ければ光とどめず月ぞ流るる(古今和歌集)、

の、

水脈、

は、

水の流れる道筋、天の川を雲でできた川とみる。天の川を「川」という名前に引っ掛けて、水の流れに見立てる、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

澪標(みをつくし)」で触れたように、

みを、

は、

澪、
水脈、
水尾、

と当て、

三輪山の山下(やました)響(とよ)みゆく水の水尾(みを)し絶えずは後(のち)も吾が妻(万葉集)、

と、

海や川の中で、水の流れる筋、

をいうが、特に、

堀江よりみを(水脈)さかのぼる楫(かぢ)の音の間なくぞ奈良は恋しかりける(万葉集)、

と、

船の航行できる深い水路、

をいう(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。

みを、

は、訛って、

みよ、

ともいい、その由来は、

ミ(水)ヲ(緒)の意(広辞苑・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
水緒(ミヲ)にて、流れの筋の意か、或は云ふ水尾の義、尾は引き延べたるを云ふ、山の尾の如し、澪は、水零の合字(大言海)、
ミズヲ(水尾)の義(名語記・名言通・国語の語根とその分類=大島正健)、

と、

水路、

の意味のようである。そこから敷衍して、現代では、

航行する船が背後にのこす長い帯のような航跡(ミオ)を辿るように(死霊)、

と、

航路あとに出来る水の筋、
航跡、

の意でも使う(広辞苑)。

「脈」.gif


「脈」(漢音バク、呉音ミャク)は、

会意兼形声。𠂢は、水流の細く分かれてつうじるさま。脈はそれを音符とし、肉を加えた字で、細く分かれて通じる血管、

とあり(漢字源)、

会意兼形声文字です。「切った肉」の象形と「水流が分かれている」象形(「体内を流れる血筋」の意味)から「ミャク」を意味する「脈」という漢字が成り立ちました、

https://okjiten.jp/kanji278.html同趣旨だが、

形声。血または肉と、音符𠂢(ハイ)→(バク)とから成る。体内を流れる血筋、ひいて「みゃく」の意を表す、

と(角川新字源)、形声文字とする説もある。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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