2018年10月22日

三下


「三下」は,

三下奴(さんしたやっこ),

の略,

「三下奴」は,

ばくちの仲間で,最下位の者,

の意で,

三下野郎,

とも言う(『広辞苑第5版』)。『江戸語大辞典』の説明が正確である。

博奕詞,三下奴の略。博労中勢力の無い者,博徒の素人臭いぺいぺい者。賽の目の三以下を価値なしとするに因る,

転じて,

一般に取るに足らぬ者,

とある。さらに,

表番、下足番、使番などといった仕事を行う者を表す,

場合もある,という(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%B8%8B)。下っ端を指して,言うとみていい。

どうやら,

「賽の目の三以下を価値なしとする」

が語源らしい。『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/sa/sanshita.html)には,

「三下は、博打打ちの間で下っ端の者をいった隠語。 サイコロ博打で、3より下の1や2しか出ないと勝ち目がないことから、目(芽)が出ない者を『三下・三下奴(さんしたやっこ )』というようになった。」

とあるし,

「語源は、博打が行われるさいの振られたサイコロの目数が三よりも下だったならば勝ち目がないというところから言われ始めた」

ともある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%B8%8B)ので,賽の目に由来があるらしい。

『日本語源大辞典』には,

「サイコロの目数が四以上の場合は勝つ可能性があるが,三より小さい場合には絶対勝てないところから,どうも目の出そうもない者を意味するようになったという」(すらんぐ=暉峻康隆)

と載る(『日本語源広辞典』も同趣)。

『日本語俗語辞典』(http://zokugo-dict.com/11sa/sansita.htm)には,江戸時代以降の言葉として,

「三下とは三下奴の略で、もともとは博打打の最下位の者や目の出そうにない者をいった(三下野郎ともいう)。これはサイコロの目が3以下の場合、勝てる見込みがないことによる。ここから博徒の下っ端のことを言うようになり、その流れでヤクザ(主に賭博を収入源としていたヤクザ)も下っ端の者、取るに足らない者を三下と呼ぶ。下っ端という意味では広く一般にも浸透し、主に当人が卑下したり、影で侮蔑する際に使われたが、近年若い世代の中には知らない者も多く、日常会話でほとんど使われない死語となっている。」

とある。確かにもはや死語ではある。

因みに,博徒の順位は,

貸元、代貸、出方(でかた),

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%B8%8B)。

『極道用語の基礎知識』(http://www.usamimi.info/~kintuba/zingi/zingidic-sa.html)には,

「ヤクザの最下級。若いもの、若い衆、若者。博徒の役職は貸元、代貸、出方と三段階あるのだが、それらのさらに下であるという意味。自らを卑下していう言葉であって、他人から言われた場合は喧嘩になるだろう。」

とある。上位の者が「三下」と呼ぶのであって,上位と認めていないものからよばれれば,腹が立つ言い方ということだ。この順位は正確には,

貸元(親分)、代貸(だいがし)、本出方、助出方、三下,

の順で,三下はさらに,

中番、梯子番、下足番、木戸番、客引、客送、見張,

等々に分かれる,とか(http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/mini03.htm)。また的屋(露天商等を主たる事業とする)の場合は,

張元、帳脇、若衆頭、世話人、若衆

等々に分かれるという(仝上)。

因みに,「貸元」は、

「紙芝居師に紙芝居を貸す元締、もしくは丁半賭博場の経営者。送り仮名を入れた『貸し元』とも書く。この貸し付ける現金を『廻銭(かいせん)/駒(こま)』と呼ぶ。カラス金(一日1割)、トゴ(十日5割)、ヒサン(一日3割)などと呼ばれる違法な高利がほとんどである」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%B8%E5%85%83)。

「代貸」は,

「博徒の階級の1つで、貸元(親分)の補佐役であり、代貸しは賭博を開帳するに当たり、一切の責任者となり、もし間違いがあった場合でも、親分の名前は絶対に出さないという現場におけるヤクザの責任制度~身代わりの常備機構であったわけです。」

とある(http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/mini14.htm)。

「出方」は,

「上着を預かったり、お茶を出したり、灰皿を交換するなどの雑務に従事する」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%B8%E5%85%83)。

その下の「三下」は,

「履物を管理する下足番や人の出入りを監視する張番(はりばん)をする」

ことになる(仝上)。

どの世界も厳しい身分社会で,江戸時代という身分社会を反映しているようだ。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル:三下 三下奴
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2018年10月21日

にっちもさっちも


「にっちもさっちも」は,

二進も三進も,

と当てる。どうやらそろばんの用語から来たものらしい。『広辞苑第5版』には,

「金銭の融通のきかないさま,また,一般に物事が行き詰まってみ呉今日もの取れないさまにいう」

とある。『デジタル大辞泉』には,

「そろばんの割り算から出た語で、計算のやりくりの意」

とある。正確には,「下に打ち消しを伴って」(『大辞林第三版』),

二進も三進もいかない,

と使う。『江戸語大辞典』には,

「二進(にちん)三進(さんちん)」

と訓ませている。

「『二進』とは2割る2,『三進』とは3割る3のことで,ともに割り切れ,商に1が立って計算できることを意味した。それがうまくいかないということで,金銭的やりくりがつかない,商売がうまくいかないという意味で用いられるようになり,のちに,身動きが取れない意味へと転じた」

とある(https://proverb-encyclopedia.com/nitimosatimo/)が,この説明ではしっくりと来ない。同趣旨の説明をするのが,『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ni/nicchimosacchimo.html)で,

「『にっち』は『二進(にしん)』,『さっち』は『三進(さんしん)』の音が変化した語。『二進』とは2割る2,『三進』とは3割る3のことで,商1が立って計算ができることを意味していた。そこから,2や3でも割り切れないことを『二進も三進も行かない』と言うようになり,しだいに計算が合わないことを意味するようになった。さらに,商売が金銭面でうまくいかないことの意味になり,身動きがとれない意味へと変化した。」

とある。やはり,しっくりしない。『笑える国語辞典』,

https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%AB/%E4%BA%8C%E9%80%B2%E3%82%82%E4%B8%89%E9%80%B2%E3%82%82%E3%81%A8%E3%81%AF-%E6%84%8F%E5%91%B3/

も,

「二進(にっち)も三進(さっち)もは、『二進も三進も行かない』などと用い、行き詰まって身動きがとれない状態を言い表す。『二進』『三進』という漢字を見ると、『二歩進めないなら三歩進めないのは当たり前だろ』というようなツッコミを入れたくなってしまうが、残念ながら、この『二進』『三進』はソロバンの用語で、それぞれ『二割る二』『三割る三』を意味する。『二進』『三進』も割り切れるところから、計算のやりくりがつくことをいい、それを否定した『二進も三進も行かない』は、割り切れない、やりくりがつかないという意味になり、やはり『二歩進めない』うんぬんは的はずれなツッコミといわざるをえないのである。」

とし,割り切れる意からそれを否定する真逆の意に転じた,とする。そうなのだろうか。

『日本語源大辞典』は,

「算盤の割算の九九の『二進一十(にしんいんじゅう)』『三進一十(さんしんいんじゅう)』から出た語で,これらがそれぞれ,二を二で割ると割り切れて商一が立つこと,三を三で割ると割り切れて商一が立つことを意味するところから,計算のやりくりを指す。多く,『にっちもさっちも行かない』の形で,どうにもやりくりがきかないさま,窮地に追い込まれたりして身動きできないさまなどにいう」

とある。これでもやはり意味がはっきりしないが,『日本語源広辞典』には,

「『算盤の九九,二進一十,三進一十』が語源です。それぞれの商は一,繰り上がらないから,遣り繰りがのつかない意で使います」

とある。これのほうが僕には納得できる。『大言海』の,

如何に勘定しても,

の意は,これでわかる。

「二進」(にしんがいんじゅう,にしんがいっしん),「三進」(さんしんがいんじゅう,さんしんがいっしん)は,割算の掛け声(割算九九(割声))で,

「そろばんのわりざんには、商除法と帰除法があります。現在一般に行われているのは商除法で、かけざん九九を使って商を見つけます。帰除法は昔使われていた方法で、割算九九(割声)を覚えて計算するものです。」

とある(http://anchor.main.jp/warizannkuku.htm)。例えば,

「(例1) 12÷2=6 そろばんに12をおく。わる数の二の段でわられる数12の先頭の数を見て、二一天作五と1を5にして1をはらう。次にわられる数の残り2を見て、二進一十と2をはらって10をいれる。すると答えが6となる。」
「(例2) 158÷2=79 そろばんに158をおく。わる数の二の段でわられる数158の先頭の数を見て、二一天作五と1を5にして1をはらう。次にわられる数の残りの先頭5を見て、二進一十と2をはらって10をいれる。これを繰り返す。するとそろばん面は718になり、7は答え。次に残り18の先頭の数1を見て、二一天作五と1を5にして1をはらう。次は8を見て、二進一十を繰り返す。すると答えが79となる。」

となる(仝上)。

どうやら,「2割る2」と割り切れるようにはいかない,という意の「二進も三進も」か,「2割る2」で割り切れて繰り越さない意の「二進も三進も」か,ということだが,僕は,根拠はないが,後者の方がすっきりする。

因みに,「算盤」は,「算盤」の訓の,

「サンバン→ソァンファン→ソランバン→ソロバン」

と変化したもの(『日本語源広辞典』)。『日本語源大辞典』には,

「『そろばん』が伝来する以前は,計算用具としては算木が使用されていた。『そろばん』の中国からの伝来が室町末期であること,現代中国語でも『算盤』を使用していることなどから,『そろばん』は『算盤』の唐音ソワンバンの日本語化といわれる。」

とある。中国では,

「中国では紀元前の頃から紐の結び目を使った計算方式や、算木を使用した籌算(ちゅうざん)と呼ばれる独自の計算方式があった。これらは紐や竹の棒や木の棒で計算していたものであり、桁を次々に増やせる利点はあるが珠の形ではない。珠の形になったのは2世紀ごろの事と考えられ、『数術記遺』と言う2世紀ごろの書籍に『珠算』の言葉がある。」

とか(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9D%E3%82%8D%E3%81%B0%E3%82%93)。

「二進も三進も」の類語としては,

前門の虎後門の狼,
進むも地獄退くも地獄,

よりは,

進退両難,

がピタリ重なる気がする。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)


ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2018年10月20日

二束三文


「二束三文」は,

売値が非常に安い,

意味だが,『広辞苑第5版』には,

「二束でわずか三文の意。江戸初期の金剛草履の値から出たという」

とあり,

数が多くて値段の極めて安いこと,多く,物を捨て売りにする場合にいう,

とある。

二足三文,

とも当てる。『岩波古語辞典』には,「金剛」は,

大型の藁草履,

とある。『大言海』に,

「聚楽にて,金剛太夫,勧進能に,芝居銭三十文づつ取りければ『こんごう(藁草履)は,二束三文するものを,三十取るは,席駄太夫か』」(『昨日は今日の物語(正和)』)

が引かれている(『岩波古語辞典』にも載る)。

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「草履」は,

藁・竹皮・灯心草・藺等々を編んでつくり,緒をすげた履物,

のこと。「金剛草履」は,

「堅固で破れないからいう」

とある(『広辞苑第5版』)が,

「藁や藺いで編んで作った丈夫で大きい草履」

で,

「普通のものより後部の幅がせまい」

とある(『デジタル大辞泉』)。ただ,

「野辺送りに近親者がはく草履は〈アッチ草履〉とか〈金剛草履〉などといい,座敷から直接地面にはいたまま下りるほか,墓地や辻などに脱ぎすててくる習慣がある。このため,ふだん履物をはいたまま家から外へ下りるのは忌まれているが,野辺送りの履物を拾ってはくと百難を逃れるとか,蚕のあがりがよいという所もある。」

とある(『世界大百科事典』)ので,棄てても惜しくない履き物と思われる。因みに,「草鞋(わらじ)」は,

ワラグツの転,ワランジの約,

とあり,

藁で足型に編み,つま先にある二本の藁緒を左右の縁にある乳(ち)に通し,足に結び付ける履き物,

で,そもそもが「くつ」とされていたものらしい。

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「中国大陸や朝鮮半島の植物繊維を編んで作った草鞋(わらくつ)から、平安時代に、わが国特有の鼻緒はきものとして生まれた。長い緒で足にしばりつけてはく草鞋は旅や労働に、鼻緒を足にかけてはく草履は、日常のはきものとして用いられることが多かった。」:日本はきもの博物館

とあり,靴の変じたものだろう。

「草鞋は前部から長い『緒(お)』が出ており、これを側面の『乳(ち)』と呼ばれる小さな輪およびかかとから出る『かえし』と呼ばれる長い輪に通して足首に巻き、足の後部(アキレス腱)若しくは外側で縛るものである。鼻緒だけの草履に比べ足に密着するため、山歩きや長距離の歩行の際に非常に歩きやすく、昔は旅行や登山の必需品」

とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%89%E9%9E%8B),「草鞋」も安そうに見えるが,相場は,

「江戸時代の旅の道中の出納帳には、OO宿ワラジ12文、OO宿ワラジ16文のように書かれています。宿場によって多少ワラジの値段にもバラつきがあるようですが、ほぼ12~16文ぐらいの値段であったようです。」

とあるので,二束三文の値ではない。ただ,『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ni/nisokusanmon.html)は,

「二束三文の『文』は,昔のお金の低い単位で,二束三文は、二束(ふたたば)でも三文 というわずかな金額にしかならないことに由来する。『二足三文』と書くこともあり,江戸 初期の『金剛草履(こんごうぞうり)』の値段が,二足で三文の値段であったことに由来するともいわれる。『二足』と『二束』のどちらが先に使われ始め,どちらが変化したものかは未詳である。『三文』という言葉は『三文判』や『三文芝居』など安物や粗末な物の意味で使われており,『二束三文』の『三文』も実際にその金額で売られていたわけではなく,安いことを表したものと考えると,『二足三文』の説はやや難しい」

と,「三文」を安さの象徴の意味としている。確かに,『岩波古語辞典』には,

「極めて価の低い,また僅少なことのたとえ」

とあるので,実際に「三文」だったかどうかは定かではない。『江戸語大辞典』には,

「金剛草履二足三文に起る」

とあるし,

「二束(ふたたば)でも三文」(『由来・語源辞典』)

とする説もある。これだと,確かにもっと安い感じはするが,『日本語源広辞典』の説では,「束」は,別の意となる。

「藁二束(二百タバ,稲藁塚,ススキ,二基分を二括りにしたもの)で,わずか三文,つまりタダ同様の値段の意です。ちなみに,藁二束は両端の尖った担い棒を使い,一括りずつ両端に刺して運ぶもので,大人が運べる最高のカサと重量です。」

として,「二足で三文」とする説を否定し,「二足」を誤字としている。しかし,もっともらしいが,原材料のことが,安値の原因とするのは,無理がある気がする。「三文」が象徴であるように,「二足」「二束」も象徴と見ていいのではないか。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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2018年10月19日

二足の草鞋


「二足の草鞋」は,

二足の草鞋を穿(履)く,

という言い方をする。

同一人が両立しないような二種の業を兼ねる,

という意味である。

『広辞苑第5版』には,

「もと博徒などが十手をあずかっているような場合を言った」

とある(仝上)ので,

博徒が捕吏を兼ねるような矛盾した業の兼務,

を言ったものらしい。『日本語源広辞典』には,

両立しない二つの職業を兼ねる意,

とあるので,単なる兼業ではない。だから,たとえば,「二足のわらじ」の一例として,

会社員と漫画家
会社員と作家
銀行員と歌手
サッカー選手と公認会計士
サッカー選手と大学生
柔道選手と国会議員
モデルとタクシー運転手

を載せている(https://bizwords.jp/archives/1068174205.html)が,これだと単なる兼業でしかない。だから,「二足のわらじ」の同義語・類義語として,

「二つの仕事を両立させること」
「二つの仕事で活躍すること」
「二つの仕事を掛け持ちすること」

というのは,間違っている(仝上),と思われる。現在では,

「会社員と作家の二足の草鞋を履く」

等々,両立が困難と思われる職業を兼ねる意でも使われるが,本来は褒め言葉ではない。

『江戸語大辞典』には載らないが,『日本語俗語辞典』(http://zokugo-dict.com/22ni/nisoku-waraji.htm)は,江戸時代以降に使われたとし,

「二足のわらじとは『二足の草鞋を履く』が略されたもので、もともとは江戸時代に博打打(ばくちうち)が十手を握り、捕吏になることをいった。ここから同一の人が異なる二種の業を兼ねること、また、単純に二つの職を持つことを二足のわらじという。ただし、二足のわらじは異なる種類の職・担当を兼ねるという前提にあるため、昼はパチンコ屋・夜はゲームセンターで働くといったものや、塾の講師をしながら家庭教師もしているといった、同種・類似の職の掛け持ちに対しては基本的に二足のわらじとは言わない。」

としている。だから,

「江戸の町は、町奉行所や火付盗賊改方が警察機能を担っていた。半七捕り物帖や銭形平次などの主人公は、岡っ引き(『目明し』、『御用聞き』、関西では『手先』、『口問』などとも呼ばれていた)を家業としているように描かれているが、実際は正規に任命を受けたものではなく、同心などが利用した『非公認の犯罪捜査協力者』、あるいは同心の『私兵』という位置づけだった。
 岡っ引きは、江戸時代、武士である同心が犯罪捜査を行うには、裏社会に通じたものを使わなければ困難であったことから、軽犯罪者の罪を見逃してやる代わりに、手先として使ったことが始まりと言われている。
 博徒や的屋の親分が岡っ引きになることも多く、『博打打が岡っ引きとなって、博打打を取り締まる』という摩訶不思議なことが起こったことから、『二足の草鞋を履く』という言葉が生まれたのだ。」

としている(https://kakuyomu.jp/works/1177354054880634829/episodes/1177354054881041764)のが正確なのだろう。同種の説は,他にも(https://seikatsu-hyakka.com/archives/41537)載るので,「二足の草鞋」は,

博徒と岡っ引き,

というのが由来なのだろ。『鬼平犯科帳』に出てくる手先も,元泥棒である。蛇の道は蛇,ということなのだろう。と見れば,

通常両立しえない仕事あるいは相反する仕事を掛け持つこと,

を指す。当然,

あまりいい意味,

では使われない。どちらかと言うと,案に,非難の含意があるとみてよい。

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『故事ことわざ辞典』(http://kotowaza-allguide.com/ni/nisokunowaraji.html)は,

両立し得ないような二つの職業を一人ですること,
また,
相反するような仕事を同じ人が兼ねること,

とし,やはり,

「江戸時代、博徒が十手を預かることを『二足の草鞋』といった。」

とある。博徒側から見ても,江戸市民から見ても,

二足の草鞋,

はいかがわしさの象徴だったとみていい。

そう言えば,十手と言えば,宮本武蔵の家系は,十手術をよくした。十手は,

「十本の手に匹敵する働きをすることから『十手』であるといわれている。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E6%89%8B)。別に岡っ引きや町方同心,与力の専売特許ではない。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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スキル事典;
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2018年10月18日

下駄を預ける


「下駄を預ける」の「下駄」は,「下駄をはかせる」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/414131601.html)の項で触れたように,

「下(低い)+タ(足板)」

で,木製の低い足駄(あしだ)の意味らしい。足駄(あしだ)自体がよくわからなくなっているが,

屐とも書き,また屐子 (けいし) ともいう。主として雨天用の高下駄。木製の台部の表に鼻緒をつけ,台部の下には2枚の差歯がある。足下または足板の転訛した呼称といわれる。

とある。これだと区別がつかないが,

①(雨の日などにはく)高い二枚歯のついた下駄。高下駄。
②古くは,木の台に鼻緒をすげた履物の総称。

足駄の方が上位概念らしい。下駄自体は,中世末,戦国時代が始まりらしいが(「下は地面を意味し,駄は履物を意味する。下駄も含めてそれ以前は,『アシダ』と呼称されたという説もある),その中で,近世以降,雨天用の高下駄を指すようになったものらしい。

『日本語源大辞典』には,

「ゲタという語が用いられるようになったのは,中世末からのことであり,それ以前はアシダ(足駄),ポクリ(木履)などと呼ばれていた。ただ,近世には,江戸では,髙い下駄をアシダ,低いものをゲタと区別し,一方,上方では,区別せずに,ともにゲタとよんでいた」

とある。

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「下駄を預ける」は,

すべてを相手を頼んで,処理を一任する,

という意味だが,

(自分に関する問題などに関して)決定権を譲り全面的に相手に任せる(自分では動けなくなることから)

というニュアンスがある。もっとえげつなく言うと,

責任を押しつける,

という含意がある。『日本語源広辞典』には,語源は,

遊郭や芝居小屋で下足番に下駄を預ける,

という意味であり,転じて,

自分の身の振り方を任す,

という意になり,さらに転じて,

自分は動かず,すべて相手または,第三者に処置を任せる,

という意味になった,とある。しかし,『江戸語大辞典』には,載らない。

遊郭や芝居小屋で下足番に下駄を預ける,

という意味は,「下足」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/462222778.html?1539719862)で触れたように,「履き物」が高価であった時代を反映しているが,そのせいか,「下駄を預ける」には,

芝居や寄席で、下足番(げそくばん)に下駄を預けることに由来する,

という説,つまり文字通り,「下駄をあずけた」ことから,

下足番を通さずには帰るわけにいかない,

ということから由来するというのが最も説得力があるが,それ以外に,遊里や演劇から来たとして,

「本来は断りにくい言いがかりをつけて。相手の答えを待つ意味だったのが、相手に処置を押し付ける意味に変わった」

という説,的屋(てきや)言葉から来たとして,

「親分に身柄をあずけるのを『ゲタをあずける』と使ったことに由来する」

という説もあるらしい。しかし,残りの二説は,文字通り「下駄をあずける」行為そのものを喩えとして使いっいるわけで,それ自体が流布していなければ通用しない気がする。やはり,下足に絡んだ言い回しから由来すると見るのが妥当な気がする。『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ke/getawoazukeru.html)も,

「他人に下駄をあずけてしまと,その場から自由に動けなくなる。後は,預かった人の心次第で,自分はじっとしているしかないところからまれた言葉」

としているし,「舞台・演劇用語」(http://www.moon-light.ne.jp/termi-nology/meaning/getawoazukeru.htm)も,

「江戸時代には、芝居小屋や寄席、遊郭などに遊びに出かけると、履き物を下足番に預け、裸足で入場していました。当然、履き物を返してもらわなければ帰路につくことさえできませんので、履き物=下駄を預けるというのは、相手に委ねるという意味となり、この風習から生まれた比喩が、一般的に使われるようになったということです。」

と,下足由来説を採る。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:下駄を預ける
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2018年10月17日

下足


「下足」とは,

脱いだ履き物,

を指す。しかし,

げそく,

と訓まず,

げそ,

と訓むと,

げそく,

の略でもあるが,

(鮨屋などで)イカの足のこと,

となる。

なぜ,脱いだ履き物が,

下足,

なのか。『日本語源広辞典』は,

「下(脱ぎ捨てる)+足(足から)」

とする。「上下の下ではない」とするものの,少し無理筋ではないか。

「下駄箱(げたばこ)は、靴などの履物を収納するための家具。銭湯や寄席など古くからある大衆が集う場所では下足箱(げそくばこ)とも呼ばれ、規模が大きい場所では「下足番」と呼ばれる履物の管理人を置くことがある。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%A7%84%E7%AE%B1)。

家庭では言わないので,多くの人が集まる場所での履き物をそう符牒のように呼んだものらしい。

「客などが座敷へあがるためにぬいだ履物を下足という。江戸時代から芝居小屋,料亭,寄席,遊郭,集会所,催物場などが,下足番を置いて客の履物をあずかって下足札をわたした。旅館も客の履物をあずかるが,昔の旅客はわらじ履きだったので下足札はわたさなかった。それゆえ旅館では下足とはいわない。明治末からは東京にデパートが開店したが,初期には店内に緋もうせんやじゅうたんなどを敷きつめて,客の履物をあずかってスリッパあるいは上草履に履き替えさせて下足札をわたしたこともある。」(『世界大百科事典 第2版』)

とあり,特定の場所での脱いだ履き物を指したものらしい。「草鞋」を指さないところを見ると,履物を預けるのには意味があったのではないか。

東京・根岸で江戸時代から300年以上続く料亭「笹乃雪」には下足番が居るらしい。で,

「『今でも下足番がいる店は、もうそんなに存在しないでしょうね。東京でも数店ではないでしょうか。コストがかかりますから。でも、私どもの店では、下足番を大変重要なものと考えています』と、笹乃雪の第11代目当主、奥村氏は語る。」

とある(http://www.uhchronicle.com/a000000116/a000000116j.html)。下足番が生まれた背景は,

「江戸時代の人々にとって、履物が非常に重要だったことがことがあるようだ。江戸時代、建築物は木造で、冬は乾燥したしたため、非常に火事が多かったそうである。その頻度は、江戸時代約260年間で大きな火事が90回以上と、相当であった。そのため、当時の人々は火事に備えて自分の資産を守る術を心得ていたという。商人は損害を最小限にするため建物を簡素にし、何かあったら直ぐに持ち出せるようにと、当時の履物である雪駄や草履、そして小物に金をかけたそうである。」

とある。

「江戸の人々は履物を財産として扱い、その金の掛け様は『江戸の履き倒れ』と呼ばれる程であった。」

とか,江江戸時代の人々が履物にかけた金額は、現在の値段に直すと、イタリア製の有名高級メーカーの靴の何倍もしたそうである。その上,

「江戸っ子には悪戯者が多かったことがある、とも言われている。もともと江戸は地方から来た人の寄せ集め。従って少々客の程度がよろしくなく、食い逃げが多かったそうである。但し、彼らは『金が無い』という理由でなく、『悪戯』として食い逃げをした。何れにしろ店としては有難くない話である。その為、下足番が履物の管理を行い、お勘定が済んで札の色が変わった客に、履物を渡した。」(仝上)

とか。下足とは,あるいは,「履物を脱ぐ」意ではなく,式台や畳に「足を下ろす」という意味だったのかもしれない。

この「下足」を略した「げそ」が,

烏賊の足,

を意味するに至ったのは,『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ke/geso.html

に,

「げそは漢字で『下足』と表記するように、『げそく』の略である。『げそく』と同様に、『げそ』は靴・下駄・草履など履物を指し、寄席や飲食店では客の脱いだ履物を指したが、転じて『足』の意味になった。『足』の意味で『げそ』が使われた言葉には、『逃亡する』の意味の『げそを切る』、『足がつく』の意味の『げそがつく』など盗人や香具師の隠語から広まった言葉も多い。『イカの足』を『げそ』と呼ぶようになったのはすし屋の隠語きからである。」

とある。「下足」から「足」の意味となり,落語などでも,足元に気をつけろという時に「ゲソをよく見ろ」と言ったりする。らしい。

「寿司屋の店主がイカを刺身にする際、イカの胴体に対して10本の触手のことを『イカの足』、 つまり『イカのゲソ』と呼んでいたことから、次第にイカの触手を指す語として定着し、現在では『ゲソ丼』のように料理の名称に使われることも多い。」

とある(http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%B2%E3%82%BD)。「10本足だからゲソ」と呼ばれるようになったので,

タコ,

の足は指さないらしい。異説には,かつて,「下足番」は,

下足札の紐10本まとめていたところから来た,と言う。

「ゲソ」=「10本」=「イカの足」

というものもあるらしい(http://www.ytv.co.jp/michiura/time/2017/12/post-4024.html)。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)


ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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ラベル:下足
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2018年10月16日

ひょんな


「ひょんな」は,

ひょんないきさつで,
ひょんなことから,

といった言い回しで使う。『広辞苑第5版』には,

出来事の意外なまたは奇妙なさま,
とんでもない,
妙な,

あるいは『岩波古語辞典』には,加えて,

意外な,

という意味が載る。しかし,

ひょんないきさつで,

と言うのと,

とんでもないいきさつで,

と言うのも,

妙ないきさつで,

と言うのとも,

意外ないきさつで,

と言うのも,微妙に語感が違う。「ひょんな」は「妙な」「とんでもない」「意外な」とは置き換えがきかない気がする。むしろ,『大言海』が,

奇妙な,
不思議な,

と加えている意味,特に,

不思議な,

に重なる部分が多い気がする。

予期できない(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%B2%E3%82%87%E3%82%93%E3%81%AA),

という意味が語幹的には近い気がする。

古い用法では、不都合なことについて使う(仝上)

とするが,『岩波古語辞典』の,

「これは何とした事をするなぞ。ひょんな事をいはるるぞ」

と言う用例から見ると,不都合というよりは,不思議という語感なのではあるまいか。

室町末期の『日葡辞典』に,

「ヒョンナコトヲイウ,マタ,スル」

として,

常軌を逸して人の目にとまることを言う、あるいはする,

と説明しているので,古くから使われていたが,『岩波古語辞典』には,

「俗に物のよからざる事すべてヒョンナと云ふ。凶の字の華音ひょんといふより,言ひ伝へて常語となり」(同文通考),

が引いてある。華音(かいん)とは,中国語の音の意だが,「凶」は,キョウ(漢音),ク(呉音)で,「ヒョン」と訓むとはないのだが。

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%B2%E3%82%87%E3%82%93%E3%81%AA

は,上記の「凶」の中国音とする説が,

「凶」の唐宋音から転じた,

として載る。出典は,

「新井白石著・新井白蛾補『同文通考』(1760年)巻二『漢音呉音』の項、白蛾による補のなかに『俗に物の好からざることをすべてひよんなことと云ふ、凶の字の華音凶ひよんと云より、言ひ傳へて常語となり」とある。松葉軒東井『譬喩尽』(1787年)には『凶ひょんなこととは凶の字の唐音なり』とある。』

とあり,さらに,異説として、

「イスノキの別名『ひょん』から来た,

とする説を載せ,

「安原貞室『片言』(1650年)では、『ひよんなことといふを、ひよがいなこと、ひようげたことなどいふは如何と云り。是はひよんといふ木の実の、えもしれぬ物なるよりいへること葉歟。又瓢のなりのおかしう侍るより、しれぬことの上になぞらへて、ひようげたことと云初たるか。 又は、へんなことと云こと歟』としている。」

とする。『日本語源広辞典』は,

「ヒョン(擬態語)+な」

とし,

「ヒョット,キョトン,ション,シャント,チャント,チョコンなどと同類の語です。思いがけず妙な,意外で具合が悪い,などの意です。中国語の,凶の音(ヒョン)を語源とする説は,江戸期の漢学者の付会と思われ,疑問に思われます。」

とする。日常会話で使ったと思われるので,華音凶の転訛は考えにくい。文脈依存で,擬音語,擬態語の多い和語から考えると,擬態語というのが妥当とは思うが,元々は,どういう意味だったのだろう。確かに,

ひょんな,

には,擬態語の語感がある気がするが。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)


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コトバの辞典;
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ラベル:ひょんな
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2018年10月15日

片腹痛い


「片腹痛い」は,

身の程知らずのな相手の態度を笑い飛ばす,
笑止千万,
ちゃんちゃらおかしい,

の意で,どの辞書を見ても,その語源は,

「『傍』のカタハラを片腹の意に誤ったことから起こった語」(『広辞苑第5版』)
「『傍(かたわ)ら痛し』の歴史的仮名遣い『かたはら』を『片腹』と解したところから生まれた語」(『デジタル大辞泉』)
「中世以降、文語形容詞『傍かたはらいたし』の『かたはら』を『片腹』と誤ってできた語」(『大辞林第三版』)

等々,大同小異である。しかし,本当に「誤った」のか? 「傍ら」より「片腹」の方が,実感に合う,そう意識的に代えたのではないか。既に,室町末期の『日葡辞典』に,

「カタハライタイ」

は載り,「傍ら痛い」は,

「傍らにいて心が痛む」

であり,

気の毒である,
傍で見ていて,嫌な気がする(「うへ人,女房などはかたはらいたしと,聞きけり」(源氏・桐壷),「かたはらいたきもの,よくも音弾きとどめぬ琴を,よく調べで,心の限り弾きたてる」

の意であり,さらに,

きまりが悪い,
はずかしい(「かたはらいたうて,音いらへなどをだえにし給はねば」(原子・柏木)),

という意であり,今日の,

笑止,

というは意味が違う。たぶん,「恥ずかしい」という心情表現が,「笑止」という価値表現へと転じたのではないか,その段階で,

片腹痛い,

と当て字した。『日本語源大辞典』は「片腹痛い」の項で,

「一般に語中の『ハ』が『ワ』に変化した平安末期ごろ以降も『カタハラ』の発音を残したもの」

とするが,「片腹痛い」の当て字は中世以降,とされるので,この時点で意味が転じている,と想像できる。想像するに,既に『日葡辞典』では,

片腹痛い,

の意味であったに違いない。『江戸語大辞典』は,

「(傍ら痛しの誤用)おかしくてたまらぬ。ちゃんちゃらおかしい」

の意味しか載らない。『大言海』の「かたはらいたし(傍痛)」は,

「振舞を傍(かたはら)に居て見て,痛く思ふ意なるべし」

とし,意味は,

傍観(わきめ)に見て,笑止なり,

とするが,『岩波古語辞典』を見ると,この,

傍ら痛し→片腹痛し,

の意味の転換(それに合わせた当て字の転換)がよくわかる。まず,「かたはら(傍ら)」の項で,

「カタは片。ハは端。ラは接尾語。物の一方の端・側面の意。類義語ソバは中心から逸れて,はずれたところの意。」

とし,その項に,「かたはらいたし(傍ら痛し)」を載せ,次のようにある。

①(傍らの人が自分をどう見るだろうと意識して)気がひける,恥ずかしい,気が咎める,

②(傍らの者として,他人のことが)気になる,他人事ながら苦痛である,見苦しい,

③(片腹痛しとするのは中世以降の当て字)おかしさの余り片腹が痛い,また,馬鹿馬鹿しい,

こう見ると,「傍ら痛い」の視点が,主観から,客観に変り,そこで意味が転じて,「片腹痛い」の字へと転じた。意味の転かにに合わせて,当て字(和語から見ればすべて漢字は当て字)を変えたということだ。

『日本語源大辞典』は,「片腹痛い」と「傍ら痛い」を別項にするという卓見を示す。

「傍ら痛い」は,

傍から見ていてはらはらする,気の毒に思う,
傍で見ていて,苦々しく思う,滑稽に感じる,

の意とし,

わたわらて振舞を見て,イタク(痛く)思う意から(安斎雑考・俗語考・大言海),

を挙げる。「痛い」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/454441352.html)は,既に触れたように,『日本語源広辞典』が,

「イタイ(程度が甚だしい)」

が語源とし,激しい程度の意を先とするし,『日本語源大辞典』も,

「『痛む』と同根の,程度の甚だしさを意味するイタから派生した形容詞」

とする。つまり,必ずしも,痛みを指していたのではなく,

ひどい,
はげしい,
はなはだしい,

という状態全部を指していた状態表現から,「傷み」や「悼み」が分化してきた,ということになる。『岩波古語辞典』の「いた」では,

「極限・頂点の意。イタシ(致)・イタリ(至)・イタダキ(頂)と同根。イト(甚・全)はこれの母音交替形」

としてり,「傍ら痛し」は,傍らから見ていて,酷い状態,という状態表現にすぎない。それがだんだん,見苦しい,笑止である,へと転じたということになる。

『日本語源大辞典』の「片腹痛い」は,

大いに笑えば必ず脇腹が痛くなるというところから,偏腹痛の義(和訓栞),

としているが,既に「痛し」の意味が,痛覚へと転じている。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2018年10月14日

物の怪


「物の怪(もののけ)」は,今日死語だが(「もののけ姫」というのがあった),

人間に憑いて苦しめたり、病気にさせたり、死に至らせたりするといわれる怨霊、死霊、生霊など霊,

を指したとある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E3%81%AE%E6%80%AA)。

靈生.jpg

(鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「生霊」)

死靈.jpg

(鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「死霊」)


妖怪、変化(へんげ)などを指すこともある,

らしい。なぜなら,「物の怪」は,

「『もの』は本来『霊魂』のこと,『け』は『病は胸,もののけ・脚のけ』(『枕草子』)とある『気(病気)』を意味していた」(『日本伝奇伝説大辞典』)

のだから。生霊,死霊が病因と見なされたとすると,妖怪,変化がそれでもおかしくはないからである。

『広辞苑第5版』は,

「死靈・生霊などが祟ること,またその死霊(しりょう)・生霊(いきりょう)」

を指す,とシンプルである。因みに,「死霊(しりょう、しれい)」は、

死者の霊魂,

生霊の対語であり,「生霊(いきりょう、しょうりょう、せいれい、いきすだま)」は、

生きている人間の霊魂が体外に出て自由に動き回るといわれているもの,

とされている。

『岩波古語辞典』に,「物の怪」の項で,

「もの(鬼・靈)のケ(気)の意」

とあるのは,「オニ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461493230.html)で触れたように,「鬼」を,

「日本では、『物(もの)』や『醜(しこ)』と呼んでいたため、この字も『もの』や『しこ』と読まれていた。『おに』と読まれるようになったのは平安時代以降」

とあるように,「もの」と訓んでいたことと関わる。

『もの』という精霊みたいな存在を指す言葉があって、それがひろがって一般の物体を指すようになったのではなく、むしろ逆に、存在物、物体を指す『もの』という言葉があって、それが人間より価値が低いと見る存在に対して『もの』と使う、存在一般を指すときにも『もの』という。そして恐ろしいので個々にいってはならない存在も『もの』といった。
古代人の意識では、その名を傷つければその実体が傷つき、その名を言えば、その実体が現れる。それゆえ、恐ろしいもの、魔物について、それを明らかな名で言うことはできない。どうしてもそれを話題にしなければならないならば、それを遠いものとして扱う。あるいは、ごく一般的普遍的な存在として扱う。そこにモノが、魔物とか鬼とかを指すに使われる理由があった。」(大野晋は「『もの』という言葉」)

と,

「得体が知れない存在物で『物』としかいいようのないもの」(藤井貞和)

の意で,「もの」は,古代の信仰では

「かみ(神)と、おに(鬼)と、たま(霊)と、ものとの四つが代表的なものであった」(折口信夫『鬼の話』)

というより,ぼくには,「もの」が「かみ」「かま」「もの」に分化(というより,「もの」から「かみ」と「たま」が分化)し,さらに「もの」から「おに」が分化していった,と見えると書いた。「物の怪」の「もの」は,そういう意味で,

「得体が知れない存在物で『物』としかいいようのないもの」

の意と考えていいのではないか。『大言海』が,

物怪
物氣,

と当てて,

「鬼祟(オニ)の氣の意。怪は借字」

としているのはその意味である。

「モノノケ(物の怪)などのモノは人間への対義としての『モノ』であり、全ての無物無生物、超自然的な存在を指すことが本義であった。転じて平安時代の『延喜式』文脈には、『疎ぶ物』『麁ぶ物』など災いや祟りを引き起こす悪神を『モノ』と表し、人間・生物に幸福安泰や恵みをもたらす善神の反対の概念と用いている。」

としている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E3%81%AE%E6%80%AA)のも同趣である。万葉集で,「題詞」の「鬼病」を,「もののけ」と訓ませている,という。

Hokusai_Aoinoue.jpg

(葛飾北斎画『北斎漫画』より「葵上」の題で描かれた六条御息所 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E3%81%AE%E6%80%AAより)


「物の怪」は,祟り信仰の類型と位置づけられるらしく,

「『たたり』の原義は,神ないし神意の発顕を意味する『たつ』の内容に要求性を含む現象だが,やがて神霊が人間の行為を咎めて災いをもたらす『祟り』の義に転じて,人間の精神的・肉体的な病の原因は,生霊・死霊などのうらみの顕れと思惟された。のち,病原体(生霊・死霊)じたいを『物の怪』と呼ぶようになったのは,『もの』に対する恐怖の観念を示す。」

とされる(『日本伝奇伝説大辞典』)。たとえば,

「『もののけ』は,目指す相手の生理的な危機状態(懊悩・不安・身体不調・出産時の衰弱など)につけこむ。『源氏物語』で,葵上が初産で苦しみ出したときに出没する物の怪について人々が,『この御いきすだま(生霊),故父大臣の御霊』(葵巻)だと取沙汰する場面は,前者が六条御息所(みやすどころ)の生霊,後者は御息所の亡き父大臣の死霊を指して」

いる。とある(『日本伝奇伝説大辞典』)。

世間之事,毎有物怪寄祟先靈,,

と『続日本紀』にあるらしく,なかなか社会的な広がりがあった。しかし今日,「物の怪」は,「もの」や「靈」意へ畏怖が失せて,別の意味で使われ出しているらしい。

『日本語俗語辞典』(http://zokugo-dict.com/35mo/mononoke.htm)は,「もののけ」とは,

もののけとは、非常に不細工な人のこと,

とし,2007年以降,

「もののけとは不細工な人や雰囲気が良くなかったり、暗い人を意味する。もののけとは本来、死霊・生霊・邪気及びそれらが祟る(たたる)ことを意味する。ここから、それら霊や霊の祟りに匹敵するほど不細工・暗いというニュアンスで用いられるようになった。主にコンパやオフ会など、初対面の人が多い場所で使用。女性が不細工な男性に、男性が不細工な女性に、双方に用いられる。」

となったとする。それは「物の怪」ではなく「物の奇」だろう。人の心が奥行をなくし,薄っぺらになった証拠だ。

なお,「もの」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/462101901.html

「オニ」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/461493230.html

で触れた。

参考文献;
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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スキル事典;
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書評
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ラベル:物の怪
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2018年10月13日

ためぐち


「ためぐち」は,

ため口,
とか
タメ口,

と表記されることが多い。

ため語,

とも言うらしい。しかし『広辞苑第5版』には載らない。

年下の者が年長者に対等の話し方をする,

意で,

ため口をきく,
とか,
ため口をたたく,

という使い方をする(『デジタル大辞泉』)。ただ,単に対等というより,

敬語を使わず,なれなれしく話すこと,

の方が実態に叶っている。実際のある調査では,

仲間同士の言葉だという認識が過半数を占めている,

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%A1%E5%8F%A3)。たとえば,

上司「●●くん、この書類なんだが」
部下「え?なに?」
上司「あ、いや。数字が間違ってるんだよ」
部下「あ、ゴメンゴメン。間違えちゃった」
上司「いや、間違えちゃったじゃなくてだなぁ」
部下「いいじゃん、人間なんだから間違いぐらいあるでしょ」
上司「.....」
部下「あれぇ?課長、どうしたの、急に黙っちゃって。あ、分かった。図星だからでしょ」
上司「(怒)」

といった感じである(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11255726)。

『日本語俗語辞典』(http://zokugo-dict.com/16ta/tameguchi.htm)は,

タメ口とは、対等な言葉使いのこと,

として,

「タメ口とは『対等』『同じ』を意味する俗語『タメ』に『口(口ぶり)』をつけたもので、対等な言葉使い、つまり友達口調を意味する。『タメ』は元々賭博用語だが、これが不良少年に広まる過程でタメ口という言葉は生まれた。こうして当初は不良少年が好んで使ったが、1970年代末のツッパリ・ブームで若者全体に広まる。タメ口は後輩など目下の者に『タメ口でいいよ』といった好意的なものから『なれなれしい言葉使い』という意を含み『タメ口きいて(使って)んじゃねえぞ』と敵意を表すものまで様々なシーンで使われる。」

と,ニュアンスの差を言っている。

「ため口」の,「ため」は,

「相手と対等、または同等であることをいう俗語。地位や力関係、年齢などについていう」

とあり(『デジタル大辞泉』),

ためを張る(=張り合う),

という使い方をするらしい。『広辞苑第5版』にも「ため」は,

相手と同程度の地位であることをいう俗語,

とある。「ため」は,

「さいころ賭博(とばく)で、二つのさいの目が同じになることからという。」

ともある(『デジタル大辞泉』)。このことは,『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ta/tameguchi.html)に,

「『ため』は,博打用語で『ぞろ目(同目)』をさした語。1960年代から,不良少年の隠語として『五分五分』の意味で使われるようになり,『対等』や『同じ』という意味も表すようになった。さらに,『同年』や『同級生』を言うようになり(『タメ友』とも),同い年の相手に話すような口のきき方を『ため口』というようになった。これらの語は,1970年代の後半から1980年代にかけて一般の若者にも使われるようになり,現在,『ため口』に関しては,若者以外でも広く用いられるようになっている。」

とある。

「「『ため』の語は、サイコロ賭博で『同目(ゾロ目)』を意味した。広まる過程で「どうめ→とうめ→ため」と変遷し、タメという言葉が生まれた」

という(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%A1%E5%8F%A3)。因みに,「ぞろ目(ゾロ目)」とは,

揃目,

とも当て,

「二つの采(さい)に同じ目が出ること」

で(『広辞苑第5版』),そこから転じて,

二桁以上の数列が全て同じ数字で構成されていること,

をも意味するようになった。

江戸時代の庶民同士では「だ」で話した,

という(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%A1%E5%8F%A3)が,

「第二次世界大戦まもなくまで、江戸時代の封建社会的な身分制度の名残で身分によって言葉の差が大きく、魚屋や八百屋は「安いよ!」と言うことが多かったものだが、言葉の丁寧化が進み、高級店並みの言葉遣いで話す場面もみられるようになり、従来「だ」で話すことも多かった労務系の道路工事、タクシーの運転手、宅配業者などでも丁寧に話すことが増えた」(仝上)

とある。その分,

「2010年代には企業の採用担当者は、目上の者に対するタメ口が当たり前になってきた」

とか。なれなれしい言い方は,公の場とは異なる,私的な空間での仲間意識,対等意識の表現として際立つのかもしれない。しかしため口で話す関係と勘違い(誤解)して,ため口をきいたとして,

それを相手がため口と感じたら,

そういう関係ではないと相手が認識している,ということだから,改めなくてはならないのだろう。それはセクハラの場合と似ている。

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コトバの辞典;
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2018年10月12日

くち


「くち」は,

口,

と当てる。「口」(漢音コウ,呉音ク)は,

「象形。人間の口や穴を描いたもの。その音がつづまれば谷(あなのあいたたに),語尾が伸びれば孔(あな)や空(筒抜けのあな)になる。いずれも,中空の穴のあいた意となる。」

とある(『漢字源』)。物の言い様の意の「口が悪い」とか,「宵の口」といったものの初めの意,「別口」といった物事をいくつかに分けた一つの意,「良い口を探す」といった就職口の意や,初めの意の「話の口」といった,「口」をメタファにしたさまざまな意味に使うのは,我が国だけの使い方らしい(『字源』『漢字源』)。

『岩波古語辞典』は,

「古形はクツ。食物を体内に取り入れる入口。また,言葉を発する所。また,物を言うこと」

とある。「くつ」の項では,

「『口籠(くつこ)』『くつばみ』『口巻(くつまき)』『轡(くつわ)』などの複合語に残っている」

とし,

「朝鮮南部方言kul(口)と同源」

とする。因みに「口籠」とは,

「牛馬などがかみついたり、作物を食べたりするのを防ぐために、口 にはめる籠かご。鉄または藁縄わらなわで作る。」

をいう(『大辞林』)。「くちのこ」ともいう。

古形「くつ」は,しかし『大言海』が引く『古事記』には,

「瑞々し,久米の子等が,垣もとに,植ゑしはじかみ,久知ひびく,われは忘れじ」(神武,長歌)

とあり,「久知」となっているのが気になる。あるいは,

「口籠(くつこ)」は,「くちこ」の転訛,「くつばみ」は,くちばみの転訛「口巻(くつまき)」は,「くちまき」の転訛,「轡(くつわ)」は,「くちわ(口輪)」の転訛,にすぎないのではないか。例えば,「轡」について,『大言海』は,

「口輪(くちわ)の転(天治字鏡『勒,口和』。沖縄にてはくちば)。馬衡(くつばみ)の輪の意にて,カガミが元なる名の,カガミ,ククミの総称となれるなるべし。轡(ヒ)の字は,手綱なるを,轡に慣用するなり。禮記,曲禮正義に『轡,御馬索也』とあり,倭名抄,十五,鞍馬具『轡,久豆和豆良』と見ゆ」

とある。同じく「口巻」も,

「箆口(のぐち)を巻きおく義,音を転じて。くつまき(沓巻と書くば,借字)とも云ふ。口輪(くちわ),くつわ。口食(くちばみ),くつばみ。口籠(くちのこ),沓子(くつのこ)」

とし,転訛の例としている。「口」は「くち」でいいのではないか。

『日本語源広辞典』は,

「漢字の『口の入声kut+母音i』が有力」

とする。『岩波古語辞典』の説と,重ねると,外来説なら,中国,朝鮮南部経由とみることもできる。

『日本語源広辞典』(http://gogen-allguide.com/ku/kuchi.html)は,

「飲食物を取り入れる 器官であることから,『クフトコロ(食処)』の略か,『クヒミチ(食路)』の略と考えられる。また,古くからある『ち』の付く言葉は『靈』を表すことが多いため,『く』は『食』を意味し,『ち』は霊を意味している可能性がある。」

としているが,この説は,『日本語源大辞典』の,

クフトコロ(食処)の略轉(国語溯原=大矢徹),

に由来するらしい。その他,

クヒミチ(食路)の略か(燕石雑志),
キミチ(気道)の略轉(国語蟹心鈔),
ウツ(空)の義(言元梯),
クは穴の義(国語の語根とその分類=大島正健),
クボシ(窪)の義(桑家漢語抄),
クチル(朽),またはクタシ(腐)の義(和句解・日本声母伝・玄同放言・名言通・和訓栞),
カムトシ(敢利)の反。クフタリ(食足)の反(名語記),
クヒコトイヒ(食事言)の義(日本語原学=林甕臣),
深いことを意味する梵語クチ(俱胝)から(和語私臆鈔),
「口」の入声kutの転化(日本語原学=与謝野寛),
クは飲食の概念を表す言語。チは霊の意(日本古語大辞典=松岡静雄),

等々があるが,いま一つである。「くちびる」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/454507440.html

で,

「漢字の『口の入声kut+母音』が有力」(『日本語源広辞典』)

を手がかりに,

「朝鮮南部方言kul(口)と同源」(『岩波古語辞典』)

とつなげ,

漢字の入声→朝鮮半島南部→和語,

の流れに,更に,

「、高句麗語に『口』=「古次」(ko-tsii)という語があったと推定されています。」(「オーストロネシア(AN)語と日本語の基礎語彙比較」)

と加味して,

漢字の入声(kut)→朝鮮半島北部(ko-tsii)→朝鮮半島南部(kul)→和語(kuti),

と轉じた,としたが,ここでもその臆説を続けでおく。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
http://roz.my.coocan.jp/wissenshaft/AN_2/AN_JP_37_43.htm
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
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ラベル:くち
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2018年10月11日

こと


「こと」は,

事,
言,

と当てる。和語では,「こと(事)」と「こと(言)」は同源である。

『岩波古語辞典』には,

「古代社会では口に出したコト(言)は,そのままコト(事実・事柄)を意味したし,コト(出来事・行為)は,そのままコト(言)として表現されると信じられていた。それで,言と事とは未分化で,両方ともコトという一つの単語で把握された。従って奈良・平安時代のコトの中にも,事の意か言の意か,よく区別できないものがある。しかし,言と事とが観念の中で次第に分離される奈良時代以後に至ると,コト(言)はコトバ・コトノハといわれることが多くなり,コト(事)と別になった。コト(事)は,人と人,人と物とのかかわり合いによって,時間的に展開・進行する出来事・事件などをいう。時間的に不変な存在をモノという。後世モノとコトは,形式的に使われるようになって混同する場合も生じてきた。」

とある。モノは空間的,コト(言)は時間的であり,コト(事)はモノに時間が加わる,という感じであろうか。

『日本語源大辞典』にも,

「古く,『こと』は『言』をも『事』をも表すとされるが,これは一語に両義があるということではなく,『事』は『言』に表われたとき初めて知覚されるという古代人的発想に基づくもの,時代とともに『言』と『事』の分化がすすみ,平安時代以降,『言』の意には,『ことのは』『ことば』が多く用いられるようになる」

とある。しかし,本当に,「こと」は「事」と「言」が未分化だったのだろうか。文脈依存の,文字を持たない祖先にとって,その当事者には,「こと」と言いつつ,「言」と「事」の区別はついていたのではないか。

「言霊」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/403055593.html)で触れたように,「事」と「言」は同じ語だったというのが通説である。しかし,正確な言い方をすると,

こと,

というやまとことばには,

言,

事,

が,使い分けてあてはめられた,ということではないか。当然区別の意識があったから,当て嵌め別けた。ただ,

「古代の文献に見える『こと』の用例には,『言』と『事』のどちらにも解釈できるものが少なくなく,それらは両義が未分化の状態のものだとみることができる。」(佐佐木隆『言霊とは何か』)

という。それは,まず「こと」という大和言葉があったということではないのか。「言」と「事」は,その「こと」に分けて,当てはめられただけだ。それを前提に考えなくてはならない。あくまで,その当てはめが,未分化だったと,後世からは見えるということにすぎない。

『大言海』は,「こと(事)」と「こと(言)」は項を別にしている。「こと(言)」は,

「小音(こおと)の約にもあるか(檝(カヂ)の音,かぢのと)」

とし,「こと(事)」は,

「和訓栞,こと『事と,言と,訓同じ,相須(ま)って用をなせば也』。事は皆,言に起こる」

とする。それは,「こと(言)」と「こと(事)」が,語源を異にする,ということを意味する。古代人は,「事」と「言」を区別していたが,文字をも持たず,その文脈を共有する者にのみ,了解されていたということなのだろう。

『日本語源大辞典』は,「こと(事)」と「こと(言)」の語源を,それぞれ別に載せている。

「こと(言・詞・辞)」は,

コオト(小音)の約か(大言海・名言通),

以外に,

コトバの略(名語記・言元梯),
コトトク(事解)の略(柴門和語類集),
コはコエのコと同じく音声の意で,コチ,コツと活用する動詞の転形か(国語の語根とその分類=大島正健),
コはコエ(声)のコと同語で,ク(口の原語)から出たものであろう。トは事物を意味する接尾語(日本古語大辞典=松岡静雄),
コはクチのクの転。トはオト(音)の約ト(日本語原学=与謝野寛),

等々がある。「おと(音)」と「ね(音)」は区別されていた。

「離れていてもはっきり聞こえてくる,物の響きや人の声。転じて,噂や便り。類義語ネは,意味あるように聞く心に訴えてくる声や音」(『岩波古語辞典』)

「おと」の転訛として,

oto→koto,

があるのかどうか。

「こと(事)」は,

トは事物を意味する接尾語で,コはコ(此)の意か(日本古語大辞典=松岡静雄),
コト(言)と同義語(和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源広辞典),
コト(言)から。コト(事)は皆コト(言)から起こることから(名言通),
コト(別)の義(言元梯),
コト(是止)の義。ト(止)は取りたもつ業をいう(柴門和語類集),
コレアト(是跡)の義(日本語原学=林甕臣),
コトゴトク(尽)の略か。または,コは小,トはトドコホル意か(和句解),

等々。

「コト(言)と同義語」といっただけでは,なにも説明できていない。「こと(言)」の語源を説明して,初めて同源と説明が付く。

ぼくは,「コト(言)」は,声か口から来ていると思うが,「口」(古形はクツ)は,「食う」に通じる気がするので,やはり,声と関わるのではないか,という気がする。

因みに,「言」(漢音ゲン,呉音ゴン)は,

「会意。『辛(きれめをつける刃物)+口』で,口をふさいでもぐもぐいうことを音(オン)・諳(アン)といい,はっきりかどめをつけて発音することを言という」

とあり,「事」(呉音ジ,漢音シ,慣用ズ)は,

「会意。『計算で用いる竹のくじ+手』で,役人が竹棒を筒の中にたてるさまを示す。のち,人のつかさどる所定の仕事や役目の意に転じた。また,仕(シ そばにたってつかえる)に当てる」

とある。

参考文献;
佐佐木隆『言霊とは何か』(中公新書)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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ラベル: こと
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2018年10月10日

もの


「もの」は,

物,
者,

と当てる。「物」(漢音ブツ,呉音モツ・モチ)は,

「会意兼形声。勿(ブツ・モチ)とは,いろいろな布でつくった吹き流しを描いた象形文字。また,水中に沈めて隠すさまという。はっきりと見分けられない意を含む。物は,『牛+音符勿』で,色合いの定かでない牛。一定の特色が内意から,いろいろなものをあらわす意となる。牛は,物の代表として選んだにすぎない。」

とあり(『漢字源』),

天地間に存在する,有形無形のすべてのもの,

を意味する(『字源』)。そこから,コトに広がり,

物事,

へと意味を拡げる。「者」(シャ)は,

「象形。者は,柴がこんろの上で燃えているさまを描いたもので,煮(火力を集中してにる)の原字。ただし,古くから,『これ』を意味する近称指示詞に当てて用いられ,諸(これ)と同系のことばをあらわす。ひいては直前の語や句を,『…するそれ』ともう一度指示して浮きださせる助詞となった。また。転じて『…するそのもの』の意となる。唐・宋代には『者箇(これ)』をまた『遮箇』『適箇』とも書き,近世には適の草書を誤って『這箇』と書くようになった」

とあり(『漢字源』),

人を指していう,

とある(『字源』)。これは,和語の「者」と当てる「もの」が「物の義」(『大言海』)とあるのと似ている。

『岩波古語辞典』は,「もの」を,

「形があって手に振れることのできる物体をはじめとして,広く出来事一般まで,人間が対象として感知・認識しうるものすべて。コトが時間の経過とともに進行する行為をいうのが原義であるに対して,モノは推移変動の観念を含まない。むしろ変動のない対象の意から転じて,既定の事実,避けがたいさだめ,普遍の慣習・法則の意を表す。また,恐怖の対象や,口に直接指すことを避けて,漠然と一般的存在として把握し表現するのに広く用いられた。人間をモノと表現するのは,対象となる人間をヒト(人)以下の一つの物体として蔑視した場合から始まっている。」

とする。コトは,言であり,事であった。

「オニ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461493230.html)で触れたように,折口信夫は,古代の信仰では

「かみ(神)と、おに(鬼)と、たま(霊)と、ものとの四つが代表的なものであった」(『鬼の話』)

としているが,大野晋は「『もの』という言葉」と題した講演で

「『もの』という精霊みたいな存在を指す言葉があって、それがひろがって一般の物体を指すようになったのではなく、むしろ逆に、存在物、物体を指す『もの』という言葉があって、それが人間より価値が低いと見る存在に対して『もの』と使う、存在一般を指すときにも『もの』という。そして恐ろしいので個々にいってはならない存在も『もの』といった。」

としている(http://www.fafner.biz/act9_new/fan/report/ai/oni/onitoyobaretamono.htm)。つまり,「もの」としか呼べないもののなかから,かみ(神)と、おに(鬼)と、たま(霊)と分化していった,ということになる。

『大言海』は,「もの」を,四項にわけている。ひとつの「もの(物)」は,

「百名(ももな)の略轉と云ふは,いかがか」

とし,いわゆる「もの」の意味,

「凡そ,形ありて世に成り立ち,五官に触れて其存在を知らるべきもの,及,形なくとも吾等の心にて考へ得るべきものを称する語」

とし,転じて,「事」「言葉」に意味を拡げる。そして,接尾語として,洗いもの,干しもの,はきもの,かけもの等々と使われる。

次の「もの(物)」は,

「者の意より移る」

とし,

「神の異称」

転じて,

「人にまれ,何にまれ,魂となれるかぎり,又は,靈ある物の幽冥に屬(つ)きたる限り,其物の名を指し定めて言はぬを,モノと云ふより,邪鬼(あしきもの)と訓めり。又,目に見えぬより,大凡に,鬼(万葉集七十五,『鬼(モノ)』),魂(眞字伊勢物語,第廿三段,『魂(もの)』)を,モノと云へり」

と,いわゆる「鬼」を「もの」と訓んだ。

次の「もの(物)」は,

「其物を,直に其事と指しあてて言はず,何事をもひとつに,つかねて云ふ語」

の意で,そこから,「もの」と言って,「兵器」を指したり,「鳴り者の音」「物音」を指したりした。さらに,この「もの」が接頭語として,各語に添えられ,漠然と一般的なものを表現し,ものがなし,ものあはれ,ものおもい,ものぐるわし等々と使われる。

最後の「もの(者)」は,

「物の義」

として,

人,

を指す。ただ『岩波古語辞典』は,この「もの(者)」は,

「社会で一人前の人格的存在であることを表現するヒト(人)に対して,ヒト以下の存在であるモノ(物)として蔑視あるいは卑下した場合に多く使う表現」

とし,「わるもの」「痴れもの」「すきもの」「何もの」「このもの」など,

「曖昧またはよくないと認められるような人間をいう例が多い」

とする。

このように,便利に使われる「もの」の語源は,

モモナ(百名)の略轉(和訓栞・大言海),

以外に,

モロナ(諸名)の義(言元梯・名言通),
マナ(真名)の義(国語の語根とその分類=大島正健),
モヤモヤとして延びゆくものの意(本朝辞源=宇田甘冥),
精霊,神,魔の義(日本神話の研究=松本信広・上代貴族生活の展開=折口信夫),
マナ(愛)から(続上代特殊仮名音義=森重敏),

とあるが,どうやら,はっきりしていない。

「モヤモヤ」という擬態語『由来・語源辞典』も面白いが,「モヤ(http://ppnetwork.seesaa.net/article/458197503.html)で触れたように,

靄(もや),

と関わり,「もやもや(擬態語)の気象」となったようだから,「もの」とつなげるのは難しい。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
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スキル事典;
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ラベル:もの
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2018年10月09日

オトリ


「おとり」は,

囮,

と当てる。

他の鳥獣を招きよせてとらえるための鳥獣,

の意とあり(『広辞苑第5版』),これだと意味が分かりにくいが,

鳥や獣を捕らえようとするとき、誘い寄せるために使う同類の鳥・獣,

だと,その意がよく通じる(『デジタル大辞泉』)。

椋 (むく) の木におとり掛けたり家の北,

という子規の句があるそうである。

この意をメタファに,

他の者を誘いよせるために利用する手段,

という意に広がったらしい。

媒鳥,

とも当てるらしいので,分かりやすい。『広辞苑第5版』には,

ヲキとリ(招鳥)の略か,

と載る。鳥獣というより,鳥を捕える手段だったのではないか。『大言海』には,

「招鳥(をきとり)の略。説文『率鳥者,繋生鳥以来之,名曰囮』」

とあり,

「鳥を繋ぎ置きて,他鳥を誘い捕ふるに用いるもの」

とある『倭名抄』には,

「媒鳥,少養雉子,至長狎人,能招引野雉者,乎度利」

とあり,『字鏡』には,

「囮,袁止利,鳥以呼鳥」

とあり,『東雅』には,

「囮,テテレ,云々,テテレとは,トトリト云ふ語の轉ぜしに似たり。ヲトリと云ふは,招引之義なるに似たり」

とあり,いずれも,鳥,あるいは特定して雉としているので,鳥を捕える手段であったらしいことがわかる。

餌の意で,人を引き寄せる手段という意味に転じたのは,江戸時代と思われる。『大言海』には,『東海道中膝栗毛』(享和)の,

「兩側より,旅雀のヲトリに出しておく留女の顔…」

と,遂に人を招く「招鳥」に使われるようになる。

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『日本語源広辞典』も,

「オキ(招くの連用形)+鳥」の音韻変化,

とする。「招き」は,

「神や尊重するものなどを招きよせる」

とある(『岩波古語辞典』)。

正月(むつき)立ち春の来たらばかくしこそ梅を招(を)きつつ楽しき終へめ,

という万葉集の歌があるらしい。この含意と,「をとり」(囮)のいみとは,どうも重ならない気がするが,

招餌(をきえ),

という言葉があり,

鷹を招きよせる餌,

とあり(大言海),

拾遺集の,

「おしあゆ,『はし鷹のをきゑにせんと構へたる,オシアユがすな,鼠とるべく』」

の例があり,やはり,「招(おき)鳥」だと納得する。ただ,オトリにするにしても,その仕方で,

鳥の脚に緒をつないで,余鳥を捕える媒とすることから,ヲトリ(緒鳥)か(言元梯),
ヲトリ(雄取)の義(和訓栞・柴門和語類集),
ヲソトリ(偽鳥)の義か。ヲソは野鳥の義(名言通),

等々の異説もある。

なお,「囮」(カ,ガ)の字は,まさに「他の鳥を招きよせるため籠に入れて見せびらかす飼い鳥」の意。

「会意兼形声。化は,立ったひとがしゃがんだ形に姿を変えたことを示す会意文字。囮は『囗(かこい)+音符化』で,姿を変えて相手をだますオトリを,かこいの中に入れたことを表す」

である。

偽客の意のサクラについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/439884163.html

で触れた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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スキル事典;
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書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:オトリ 媒鳥
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2018年10月08日

くしゃみ


「くしゃみ」は,

嚔,

と当てる。「嚔」(漢音テイ,呉音タイ)の字は,

「会意兼形声。右側の字(音テイ)は『つかえるしるし+止』の会意文字で,つかえて止る意。嚔はそれを音符とし,口を添えたもの」

で,「くしゃみ」の意である。かつては「くさめ」と言い,『岩波古語辞典』には,「くさめ」の項で,

「くしゃみをしたときに唱える呪文」

とある。

「鼻ひたる時,くさめとまじなふ,如何。…又,休息万命,急急如律令と唱ふべきを,くさめとは言へりといふ説あり」

と,名語記を引きつつ,『岩波古語辞典』は,

「『休息万命(くそくまんみやう)』のくずれた形と言うが,本来は,『糞食(は)め』で,くしゃみに対する罵言か」

とある。くしゃみをして,「くそ」とか「くそったれ」とかいう類なのではないか,ということだ。

『大言海』は,

「休息命(くそくみやう)の急呼。国府,こふ。脚絆(きゃくはん),きゃはん。ささめく,そそめく。通夜(つうや),つや」

とし,

「嚔(はなひ)りたるときに唱ふべき,厭勝(まじなひ)の呪文。命(いのち)長かれと云ふ意なり。嚔ひれば命終はると云ふ,天竺の伝説あるに因りて,斯かる呪文あるなり。千萬歳(せんまんざい)とも呪じ,今,小兒,はなひれば,母,とこまんざい,友呪ず」

とある。「とこまんざい」は,「徳万歳」と当て,

小兒のくさめする時,まじなひに云ふ語,

らしい。『大言海』は,出典をいくつか例示している。

四分律,「世尊,嚔,諸比丘,呪願言長壽」

中歴(応永)鼻嚔時誦,「休息萬命(クソクマンミヤウ),急急如律令」

この用例については,

「『休息万命 急急如律令』という呪文は、平安末期の『簾中抄』や鎌倉~室町時代の『拾芥抄』などに『鼻ひたるおりの誦』として記されています。この呪文はインドの仏家の規律を説いた『四分律』の呪願言長寿が出典であろうと言われていますが、詳しいことはよく分かりません。なんでも、仏陀がくしゃみをしたとき、弟子たちがいっせいに「クサンメ」と唱えたという話があるそうで、つまり「休息万命」は長寿を意味する梵語から来ている、というのですね。この「休息万命」を早口で唱えているうち、いつしか「クッサメ」になり、くしゃみになったのだと。」

とある(http://suwa3.web.fc2.com/enkan/zatu/21.html)。

他の語源説でも載るが,『徒然草』四十七段から,『大言海』も引く。

「ある人清水へまゐりけるに、老いたる尼の行きつれたりけるが、道すがら、くさめ、くさめといひもて行きたれば、尼御前何事をかくは宣ふぞと問ひけれども、應へもせず、猶いひ止まざりけるを、度々とはれて、うち腹だちて、やゝ、鼻ひたる時、かく呪はねば死ぬるなりと申せば、養ひ君の、比叡の山に兒にておはしますが、たゞ今もや鼻ひ給はんと思へば、かく申すぞかしと言ひけり。あり難き志なりけんかし。」

『枕草子』は, 二十五段で,

はなひて誦文する。おほかた、人の言えの男主ならでは、高くはなひたる、いとにくし。

と,嫌っているだけでなく,呪文ということ自体を信じている気配はない。一部でそう信じられていたが,古くから早口言葉のまじないとして広く一般に知られていたのなら,尼に問わずとも良かったはずだ。『徒然草』は,死を遁れる呪文を,どこかで嗤っているふうがある。

『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ku/kusyami.html)は,

「くしゃみは『くさめ(嚔)』が変化した語で、歌舞伎では『くっさめ』と表現される。中世までは、鼻をから魂が抜け出すものが『くしゃみ』と考えられ、くしゃみをすると早死にするという俗信があった。それを免れるために唱えられた呪文が、『くさめ』であった。くさめの 語源は諸説あるが,『糞喰らえ』を意味する『糞食め(くそはめ)』の縮まったものとする説が有力とされる。」

と,『岩波古語辞典』と同様,罵りとみる。僕は,

「中世の日本ではくしゃみをすると鼻から魂が抜けると信じられており、そのためにくしゃみをすると寿命が縮まると信じられていた。そこで早死にを避けるため『くさめ』という呪文を唱えるようになり、いつしかそれが『くしゃみ』という名前となり、その行為そのものを指すようになった。」

という(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8F%E3%81%97%E3%82%83%E3%81%BF)説だから,

「陰陽道の『休息万命(くそくまんみょう)』や『休息万病(くそくまんびょう)』を早口に言ったものとする説」

は如何かと思う。柳田国男は(『少年と国語』),

「いまある辞典や註釈の本を見ると、クサメという語の起りは、休息万命(きゆうそくばんみよう)、急々如律令(きゆうきゆうによりつりよう)と言うとなえごとを、まちがえたものだと、どこにも出ている。そんなおろかしい説明をまに受けて、ちっともうたがわない人があるのだろうか。休息万命なんかは、漢字を知っている者にも、なんのことを言うのかまるでわからない。そうしてまったく字を知らぬ者が、じつはむかしから、クシャミをおそれていたのである。こんなおかしな文句をもっともらしく本に書き残したのは、むしろ、クサメがすでにひさしく存して、もはや、その心持がかれらには、くみとれなくなっていたからで、いわば、あべこべに休息万命が、クサメをこじつけたものとも取れるのではないか。
呪文なんだから「休息万命」が意味がわかんないことばでもいいんじゃないかとおもうけど、それはそれとして、それじゃあ「くさめ」の語源がなんだっていってるかっていうと、
 クサメの糞くそはめであり、クソヲクラエと同じ語だったことは、気をつけた人がまだないようだが、おおよそはまちがいがあるまい。沖縄でも、首里しゆりのよい家庭で、クシャミをしたときには、クスクエーと言うならわしがあった。これを、魔物のさせるわざと言って、子どもなどのまだ自分ではそう言えない者が、クシャミをしたときには、おとながかわって、このとなえごとをすることになっていた。食うは、この島ではあまり使われず、クラウと同じに、やや悪いことばであって、ふつうにはカム・カミーと言っていた。すなわち、こちらで言うハム・ハメと同じ語である。クソは悪いものだが、かならずしも悪いことばではない。ただ、相手にそれを食え、またはハメと言うにいたって、最大級の悪罵あくばともなれば、また少しもおそれていないという、勇気の表示ともなるのである。必要があるならば、女でもこれを用いたろうが、さすがに、あとあとは少しばかりことばをちぢめ、または、知らずにまねをしていたのがクサメであろうと、私は思う。」

と批判しているという(http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2010/05/post-8b67.html)。『岩波古語辞典』はこの説を採る。さらに,「くそ」については,

「杉本つとむ『語源海』(東京書籍)にはこういう説明がある。

「クサメは語源的に、クソ食ハメ(糞喰くそくらへ)という(英語の Shit! Bullshit! クソッなどと同じ)ところから。クソは汚物ではなく、一種、奇妙クスシキ霊力があり、力強い意をもって凶を追放するという考えが底流している。」

とある。なお,各国の呪文は,

http://suwa3.web.fc2.com/enkan/zatu/21.html

に詳しい。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)


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ラベル: くしゃみ
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2018年10月07日

極致


森銑三『宮本武蔵の生涯』を読む。

img132.jpg


「序文」に,尽きている。

「心常に兵法を離れず。
 独行道と題する宮本武蔵の自戒十九条の最後に,かやうにいってある。
 武蔵の生涯は,剣を以て一貫する。剣といふわが國特有の武芸に一命を託して,あらゆる物慾に目もくれず,つひにその道を極め尽くした。然もそれを極め尽くした時,忽然として広い世界へ出た。剣法に於て,既にその敵がなくなってゐたばかりか,剣の一芸に通ずることに依って,武蔵は己を大成し,兼ねて人事の百般に通ずることを得た。芸術に遊べば画が成り,彫刻が成り,その他が成った。絵画その他は,武蔵に於てはもとより余技であった。然もこれを簡単に余技といひ去るのは当らない。それらは,武蔵の生命とする剣と一つに結ばれてゐた。剣道と芸術と,武蔵に於ては二にして一であり,一にして二であった。武蔵は剣道を極めることに依って自己を完成した。道を求めて通を得た。武蔵は剣の人にして,兼ねて道の人だった。武蔵の武蔵たるの所以はそこに存する。武芸家として,また人として,武蔵は正に古今に独歩する。」

戦前,まさに対米戦の始まる直前に書かれ,戦時中に上梓された。そんな雰囲気があるかもしれないが,簡にして要を得る,とはこのことである。

本書の中の,「宮本武蔵の生涯」の中に特段特異なことがあるのではないが,二つのエピソードが面白い。後世宮本伊織として,小笠原家の重臣になり,武蔵の彰徳碑を建てる養子伊織は,いわゆる寛永の御前試合で,

「荒木又右衛門と試合して相打ちとなった」

とある。伊織(八五郎)二十三歳,荒木又右衛門三十八歳。

「又右衛門が伊賀國上野で,渡辺数馬に助太刀して河合又五郎を打ち取って,大いに部名を挙げたのは,その年十一月七日のことである。」

と。養子にするだけの才を,少年に見つけたにしても,優れたる育成力である。その武蔵の人を見る目を窺わせるのが,ただひとり奥義をさずけた弟子,寺尾求馬のエピソードである。武蔵の兵法三十五カ条の,「巌の身」という一条に,「動くことなくして,強く大いなる心なり」というのがある。細川光尚にその意をたずねられた武蔵は,

「事に臨んで申し上げなくては,これを顕し難うござる。寺尾求馬を召し出されまたしならば,即座に御覧にいれませう」

と答え,召された求馬に,武蔵は,傍らから,

「求馬,思召の筋あり,唯今切腹仰付くる。さやう心得て支度致せ」

と申し渡した。求馬は,「謹んで御請申上げまする。御次を拝借致しまする。」

と言った立った。その自若とした,平素と変らない態度を,

「只今ご覧遊ばされました求馬の体が,即ち巌の身でござりまする」

と武蔵は言った,というエピソードである。武士道は死ぬことではなく,ただ死の覚悟を指す,ということと関連し,武蔵がひとを見る目を示すエピソードがある。森鷗外が『都甲太兵衛』という小説にもした,都甲太兵衛の件だろう。

細川忠利に謁見した折,忠利に,「当家の侍で,御身の目に触れた者はいなかったか」と尋ねられて,武蔵は,「只一人を見受けました」と答えた。名前を知らないので,忠利は,武芸に名のある者を召したが,そこにはおらず,捜し出してこいとの命で,武蔵は間もなく,諸士の控え所にいた,都甲太兵衛を連れてくる。ただ都甲太兵衛は,式台に着座して武蔵が御殿へ通るのを目迎目送しただけである。

忠利は,どういうところが目に留まったかと問われて,武蔵は,「本人の不断の覚悟をお尋ねなされたら分かります」
と答える。都甲は,「別にこれと申すこともない」と言うのを,武蔵は,「拙者は貴殿の武道に見込みがあって申し上げた。只平生の心掛けを腹蔵なく申し上げたら宜しうござろう」と促されて,都甲が答えたのが,

「私は据物の心得と申すことに,ふと心附きまして,その工夫を致しました。人は据物で,いつでも討たれるものぢゃと思うてゐるのでござります。平気で討たれる心持になるのでござります。最初は,ともすれば,据物ぢやといふことを忘れてなりませなんだ。それから据物ぢやといふことを不断に心得て居りまして,それが恐ろしうてなりませなんだ。だんだんと工夫致します内に,据物ぢやと存じてゐて,それがなんともなうなりました。まことにたわいもないことを申し上げました。」

と,これである。据物とは,「罪人の死体などを土壇に据えること」である。この答えを,武蔵は,

「あれが武士道でございます」

と言った。都甲太兵衛の覚悟の程については,森鷗外『都甲太兵衛』を見ていただけばいい。

『五輪書』に,

「道理を得ては道理を離れ,兵法の道に己と自由ありて,己を奇特とす。ときに逢ひては拍子を知り,自ら打ち自ら当る。これ皆空の道なり」

とある。その極致に達したとき,何が見えるのか。

本書の中で出色は,『宮本武蔵』という小説を書いた吉川英治の随筆『随筆宮本武蔵』をこてんぱんに批判しているところだろう。贋作の宮本武蔵の絵を口絵にしているだの,『五輪書』もわかっていないだの,結局問題の多い,宮本武蔵遺蹟顕彰会『宮本武蔵』のみによって書いただの,まあ悪口雑言である。しかし,その程度の理解と鑑識眼で,あの小説を書いたということは,小説家に必要なのは,知識や鑑識眼ではないということの証明みたいなものである。

第二部として,本書に,一書にまとめるのに不足だったのか,

「正忍記」

という忍術の伝書が載っている。これがまた面白い。如何に人に疑われないか,人に紛れるか,に心を砕き,いわゆる忍術書とは縁の遠い,ちょっと変わった伝書である。

参考文献;
森銑三『宮本武蔵の生涯』(三樹書房)

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2018年10月06日

知己


「知己」の語源は,

士為知己者死
女為説己者容

『史記列伝』の,

士は己を知る者の為に死す,

に基づく。豫譲の話は,https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%AB%E8%AD%B2に詳しいが,敗死した主君智伯の仇を単身討とうと,趙襄子を二度狙う。趙襄子,一度目は「智伯が滅んだというのに一人仇を討とうとするのは立派である」と、豫譲の忠誠心を誉め称えて釈放するものの,二度目は許さない。覚悟した豫譲は,あなた様の衣服を賜りたい。それを斬って智伯の無念を晴らしたいと願い,許される。豫譲はそれを気合いの叫びと共に三回切りつけ、「これでやっと智伯に顔向けが出来る。」と自決した,という。

その豫譲が,語るのが,

士は己を知る者の為に死す,

であり,趙襄子は智伯への積年の遺恨があり、智伯の頭蓋骨に漆を塗り、酒盃として酒宴の席で披露した(厠用の器として曝したという説もある)。辛うじて山奥に逃亡した豫譲がそれを耳にして誓った言葉が,これだという。

その「己を知る」とは,

初めは六卿の筆頭である范氏に仕官するが、厚遇されず間もなく官を辞し,次いで中行氏に仕官するもここでも厚遇されず、智瑶(智伯)に仕えた。智伯は豫譲の才能を認めて、国士として優遇した,

ということ(仝上)による。これは,『史記列伝』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/447234854.html)の刺客列伝の三人目に載る。

「知己」は,だから,

自分の心をよく知っている人,

という意味だが,単なる親友,とも違う。もちろん,知人とも違う。

「知己」の類義語・同義語について,『goo辞書』は,『類語例解辞典』(小学館)によって,知り合い/知人/知己を比較して,

【1】「知り合い」「知人」は、顔と名前を知っているだけでなく、ある程度つきあいのある人をいう。
【2】「知己」は、自分の気持ちや考えをよく理解してくれる人。話し言葉では、あまり用いない。

とし,こんな対比表を示す。

…を頼って上京する この間…になった人 挨拶あいさつする程度の… 二十年来の…百年の…を得た思い
知り合い   ○        ○         ○          △          -
知人     ○        -         △          △          -
知己     ○        -         -          ○          ○

まあ,使用例として,参考にはなるが,僕には,

知己,

知音,

の違い,の方が気になる。「知音」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461615668.htmlで触れた)は,

子期死して伯牙復琴をかなでず,

断琴の交わり,

伯牙絶絃,

とも言うような,相手が死ぬと,

世に復た琴を鼓すに足る者無し,

と言わしむるような友を指す。

己の心をよく知る,

という意味では,似ているが,「心」が,

詩,

志,

の違いは大きい。『大言海』は,どちらも,

心の友,

の意も載せるが,「こころ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163490.htmlで触れた)は,意志や知識とは別の,もっと情緒的なもののような気がしている。言ってみると,Mindやspiritではなく,heartが近い。

しかし,空海は『秘密曼荼羅十住心論』で,「心」の段階を10の層に分けて,最後の密教的な境地への悟りが深まる道筋を説いたそうだ。

異生羝羊心 - 煩悩にまみれた心
愚童持斎心 - 道徳の目覚め・儒教的境地
嬰童無畏心 - 超俗志向・インド哲学,老荘思想の境地
唯蘊無我心 - 小乗仏教のうち声聞の境地
抜業因種心 - 小乗仏教のうち縁覚の境地
他縁大乗心 - 大乗仏教のうち唯識・法相宗の境地
覚心不生心 - 大乗仏教のうち中観・三論宗の境地
一道無為心 - 大乗仏教のうち天台宗の境地
極無自性心 - 大乗仏教のうち華厳宗の境地
秘密荘厳心 - 真言密教の境地

「こころ」は,ここでは,境地ないし心境というのが近い。それは,「志」に近くなる。

「志」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/402717305.htmlで触れた)は,『漢字源』に,

「この士印は,進みゆく足の形が変形したもので,「之」(ゆく)と同じ。士・女の士(おとこ)ではない。志は,心が目標をめざして進み行くこと」

とある。

心の之(ゆ)くところ,

である。『論語』の

吾十有五にして学に志し

に,「志」が使われている意味は,当然,『近思録』の由来となった,

博く学びて篤く志(し)り,切に問いて近くに思う,仁はその中にあり

の「志」を,知るに当てるには,それなりの重みがある,と見なせる。因みに,貝塚訳注では,

「志」を「識」つまり記憶するという解釈に従った。「学」は他人に習うことであり,この習ったことを「篤く志る」

とある。

ここまで来ると,「心」と「志」は,かなり違うことがわかる。辞書だと,「こころ」は,

人間の精神作用のもとになるもの,
人間の精神の作用そのもの,
知識・感情・意志の総体,
おもわく,
気持ち,
思いやり,
情け,

と,意から情まで幅が広い。

同じ「心の友」でも,心の意味の,意と情の振幅のうち,「知音」は,情に振れ,「知己」は意に振れる,ということかもしれない。

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)
小川環樹・今鷹真・福島吉彦訳『史記列伝』(岩波文庫)

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2018年10月02日

白を切る


「白を切る」は,

知らないふりをする,
しらばっくれる,

の意味だ。

そ知らぬふりをする,

で,「とぼける」ともつながる。「白」は当て字,という。

知っているのに、知らないかのように振舞うことで,「とぼける」などとも言う。「白」は当て字。しかし,「しろ」
の項(http://ppnetwork.seesaa.net/article/438347414.html?1537140099)で触れたように, 「しろい」は,

他との差異が際立って「目につく」

という意味で,その場合,色のみを指していたのではなく,見分け,聞き分け,嗅ぎ分け等々の知覚の際立つことを指していたので,ここでは見当違いに見える。

『日本語源広辞典』は,「白を切る」を,

「シラ(しらばくれる・知らぬ意)+キル(目立つ行為をする)」

とする。この「きる」は,「見えを切る」「啖呵を切る」の「切る」と同じという。『大言海』も,「切る」は。

「俗に,決め込む,する」

意とする。そこで,

不知(しら)を切る,

を挙げ,「白を切る」の「しら」を,「不知」と当てている。

「知らぬということを決め込む」

という意味がよりはっきりする。で,『大言海』は,「しらばくれる」について,

しらじらしく化ける,
知りて居ながら,知らぬふりをする,
知らず顔する,

とある。

しらばくれる,
しらばっくれる,

の「しら」も,「白を切る」の「しら」と同じとすると,「しら」は,「不知」なのか「白」なのかによって,由来に差が出てくる。「知らぬふり」が,

知らぬ化け,

なのか,

白の振り,

なのか。ただ,「しろ」の項(http://ppnetwork.seesaa.net/article/438347414.html?1537140099)で触れたように,無実の意味の「白」は,『日本語俗語辞典』(http://zokugo-dict.com/12si/siro.htm)に,

「白とは無実、無罪、潔白を意味する。また無実の人のことも白という。白は警察の間で使われていたものが、ドラマや映画、その他メディアから一般にも普及。犯罪でなくてもイタズラや裏切り行為をしたかどうかといった程度のことにも使われるようになる。ちなみにこの白は日本語の潔白からきたのではなく、英語で無罪・潔白を意味するwhite(正確にはwhite hands)から、警察の間で使われるようになったといわれる。」

とあり,後々のことなので,例えば,『日本語源広辞典』の,

「『シラ(知らぬ)+ばくれる(~ぽくなる)』です。知らないような様子をする意です。知らにシラ(白・無実)を懸けた言葉なのです」

は,時代的に合わない。既に『江戸語大辞典』に載っていて,『江戸語大辞典』では,「しらばっくれる」は,

白逸れる,

と当てて,

「しらはぐれるが連濁のため音変化したしらばくれるの促呼」

とし,「しらっぱくれる」と同じで,

「関東保元の江戸語となりしものか。文化七年・当世七癖上戸『しらぱつくれるとは,私りつつ知らぬ風に持て成す事をいふ。江戸にてしらをきるといふ詞に相当也』」

とある。同時期に「しらを切る」と「しらぱっくれる」があるので,「しら」が「しらぱっくれる」の「しら」とする説(『日本語源広辞典』)も,ちょっと違うようである。

『日本語源大辞典』は,「しらばくれる」の項で,

「『しらばくれる』の『ばくれる』は,あるいは『ばく(化)』の連体形(中世では終止に用いられる)『ばくる』を終止形と意識し,これを口語化して,ラ行下一段に活用させたもの」

とある。「ばくれる」は「化ける」だとすると,『江戸語大辞典』の,

白逸れる,

は当て字で,『大言海』説に分があるように見える。

『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/si/shirabakureru.html)は,

「『しら』は『白々しい(しらじらしい)』などの『白(しら)』、『ばくれる』は化ける意味の『ばくる』 で、『白々しく化ける』の意味からと考えられる。また、『しらばっくれる』は『しらばくれる』が促音化された言葉で、『しら』を略した『ばっくれる』という語も生じた。」

と,「しら」を「しらじらしい」の「しら」とする。「しらじらしい」は,ふるくは,

しらしらし,

で,

いかにも白く見える,
味気ない,

の意味の他に,

空々しい,
しらばくれている,見え透いている,

という意味があり,もしその「しらしらし」の「しら」だとすると,

しらじらしく化ける,

という意になり,少し重複する。僕は,「しらじらしい」とは別系統に,

しらを切る,
しらばくれる,

があったのではないか,と思う。となると,

不知に化ける,

という意味になる。今日,「ばっくれる」だけが独立したのには,言葉の流れから見ると,自然なのではないか。

しらばける→しらはぐれる→しらばくれる→しらばっくれる,

という感じだろうか。

「ばっくれる」について,『日本語俗語辞典』(http://zokugo-dict.com/26ha/bakureru.htm)は,今日,二系列に意味がある,とする。

ひとつは,ばっくれるとは「とぼける」「白を切る」「しらんふり」といった意味で、主にヤクザや盗人、不良の間で使われる言葉である。

いまひとつは, 上記の「ばっくれる」の意味が転じ、「逃げる」といった意味でも使われるようになる。更にそこから「学校を無断で早退する(サボる)」といった意味で若者に使われた言葉である。

後者の逃げるは,『江戸語大辞典』の「しらばくれる」に当てた「白逸れる」の「逸れる」の意味が今に生きている。

ちなみに,「とぼける」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/430665380.html)で触れたように,「とぼける」は,語源的には,

「と(接頭語)+ぼける(恍ける,惚ける)」

で,わざと知らないふりをする,という意味である。どこか,「化ける」と重なる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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2018年10月01日

神無月


神無月(かんなづき)は,陰暦十月の異称である。『広辞苑第5版』には,

カミナヅキの音便,

とある。『大言海』は,「かみなづき」の項に載る。

「神無(かみな)は當字なり,醸成月(かみなんづき)の義(萬葉集…『十月(かみなづき)』の條に,古義の記せる大神景井の説),萬葉集…『味飯(うまいひ)を,水(酒)に醸成(かみなし)云々』。十月は,翌月の新嘗(にひなめ)の設けに,新酒を醸す月の義なり(睦月の語原を見よ)。借字に就いて言ひしは,曾丹集,十月『何事も,行きて祈らむと思ひしを,社(やしろ)はありて,神無月かきな』。是れ等,古かるべきか,花山天皇の頃の人なり。藤原清輔(治承元年卒)の奥義抄,上,末に『十月(かみなづき),天下のもろもろの神,出雲國に行きて,異国(ことくに)に神無きが故に,かみなし月と云ふをあやまれり』とあり,是等に因りてか,従来,紛々の説あれど,神々の,出雲の集りたまふこと古典に絶えて據りどころなききが如し,一切,妄説なるべし」

とある。なお,「(睦月の語原を見よ)とあるのは,睦月(http://ppnetwork.seesaa.net/article/455932349.html)で触れたようにに,『大言海』は,「むつき(睦月・正月)」の項で,

「實月(むつき)の義。稲の實を,始めて水に浸す月なりと云ふ。十二箇月の名は,すべて稲禾生熟の次第を遂ひて,名づけしなり。一説に,相睦(あひむつ)び月の意と云ふは,いかが」

とし,

「三國志,魏志,東夷,倭人傳,注『魏略曰,其俗不知正歳四時,但記春耕秋収為年紀』

を引いて,「相睦(あひむつ)び月の意」に疑問を呈して,「實月」説を採っていた。

要は,「神無月」は当て字であり,「神無」を「神が不在」と解釈するのは,その当て字を基にした解釈にすぎない,と言うことに尽きる。『日本語源広辞典』も,

「国中の神が出雲にいらっしゃって,不在になる月という…説は平安期の付会」

と見ている。逆に,出雲地方には神々が集まるだろうという俗信が生じ、出雲地方では、10月が神在月(あるいは神有月)と呼ばれるようになった,というのも俗説であり,これも、中世には唱えられていた,という。

「藤原清輔(治承元年卒)の奥義抄,上,末に『十月(かみなづき),天下のもろもろの神,出雲國に行きて,異国(ことくに)に神無きが故に,かみなし月と云ふをあやまれり』」

と,どうやら平安期に出た俗説らしいが,

「出雲大社に全国の神が集まって一年の事を話し合うため、出雲以外には神がいなくなるという説は、中世以降の後付けで、出雲大社の御師が全国に広めた語源俗解である。高島俊男は、『月の名で、師走と同じくらい古い民間語源を有するのが「神無月」である。十月には各地の神さまがみな出雲へ行ってしまって不在になるので神無月、という説明で、これも平安時代からある。『かみな月』の意味がわからなくなり、神さまがいないんだろうとこんな字をあてたのである。『大言海』は醸成月(かみなしづき)つまり新酒をつくる月の意だろうと言っている。これも憶測にすぎないが、神さまのいない月よりはマシだろう。』と評している。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%84%A1%E6%9C%88)。あるいは,

「《古事記》《日本書紀》における出雲系神話の量は多大であるし,歴史時代に入ってからでも,出雲の場合は国造制を最後までのこし,その出雲国造(くにのみやつこ)は代替りごとに参朝して神賀詞(かんよごと)を奏上するという慣行をもった。そのような古代以来の実績と直接つながるかどうかは不明であるが,やがて中世になると,ここにいわゆる〈神在月(かみありづき)〉なる伝承をもつようになる。すなわち旧暦10月を他国では神無月(かんなづき)というが,ひとり出雲国では神在月という。」(『世界大百科事典』)

と,出雲信仰とのつながりがあるのかもしれない。

結局「神無月」の語源は不詳である(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%84%A1%E6%9C%88)と言うほかないのだが,

「有力な説として、神無月の『無・な』が『の』にあたる連体助詞『な』で『神の月』」

という説があり(「水無月」が「水の月」であることと同じ),『日本語源広辞典』も,

「神+の+月」

説を採る。『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ka/kannazuki.html)も,

「神を祭る月であることから『神の月』とする説が有力とされ、『無』は『水無月』と同じく『の』を意味する格助詞『な』である。」

とする。しかし,僕には,この月だけ,急に神に関わる月名を採るというのは解せない。

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(三代歌川豊国『神無月 はつ雪のそうか』 「そうか」夜鷹を指した。https://edo-g.com/blog/2016/02/soba.html/soba8_lより)


「憶測にすぎないが、神さまのいない月よりはマシだろう」(仝上)と評された,「水(酒)に醸成(かみなし)」とする『大言海』説と同じなのが,『日本語の語源』で,

「米を噛んで酒をつくったことから,酒を造りこむことをカミナス(噛み成す)といったのがカミナス(醸み成す)に転義した。正月用の酒を造りこむ月という意味で,カミナシ(醸み成し)月といったのがカンナヅキ(神無月。陰暦十月の異称)になった」

としている。諸説は,『日本語源大辞典』(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%84%A1%E6%9C%88も合わせ)によれば,

諸神が出雲に集合し、他の地では神が不在になる月であるから(奥義抄、名語記、日本釈名),
諸社に祭りのない月であるからか(徒然草、白石先生紳書),
陰神崩御の月であるから(世諺問答、類聚名物考),
カミナヅキ(雷無月)の意(語意考、類聚名物考、年山紀聞),
カミナヅキ(上無月)の義(和爾雅、類聚名物考、滑稽雑談、北窓瑣談、古今要覧稿),
カミナヅキ(神甞月)の義(南留別志、黄昏随筆、和訓栞、日本古語大辞典=松岡静雄),
新穀で酒を醸すことから、カミナシヅキ(醸成月)の義(嚶々筆語、大言海・日本語の語源),
カリネヅキ(刈稲月)の義(兎園小説外集),
カはキハ(黄葉)の反。ミナは皆の意。黄葉皆月の義(名語記),
ナにはナ(無)の意はない。神ノ月の意(万葉集類林、東雅),
一年を二つに分ける考え方があり、ミナヅキ(六月)に対していま一度のミナヅキ、すなわち年末に近いミナヅキ、カミ(上)のミナヅキという意からカミナヅキと称された〔霜及び霜月=折口信夫〕,

等々がある。因みに,出雲大社の御師の活動がなかった沖縄においても、旧暦10月にはどの土地でも行事や祭りを行わないため、神のいない月として「飽果十月」と呼ばれるという(仝上)。

これまで触れてきたように,

師走(陰暦十二月 http://ppnetwork.seesaa.net/article/455892480.html
睦月(陰暦一月 http://ppnetwork.seesaa.net/article/455932349.html
如月(陰暦二月 http://ppnetwork.seesaa.net/article/456805354.html
弥生(陰暦三月 http://ppnetwork.seesaa.net/article/457607450.html
卯月(陰暦四月 http://ppnetwork.seesaa.net/article/457762501.html
皐月(陰暦五月 http://ppnetwork.seesaa.net/article/458763376.html
水無月(陰暦六月 http://ppnetwork.seesaa.net/article/459166730.html
文月(陰暦七月 http://ppnetwork.seesaa.net/article/459184411.html
葉月(陰暦八月 http://ppnetwork.seesaa.net/article/460695958.html
長月(陰暦九月 http://ppnetwork.seesaa.net/article/460732975.html

すべて,農事と関わる月名であった。。「長月」(陰暦九月)が,

「稲熟(いなあがり)月の約かと云ふ」(大言海),

なら,「神無月」は,

カリネヅキ(刈稲月)の義(兎園小説外集),

が順序として最も妥当に思えるが,如何であろうか。それにしても,「神の無い月」の俗説が席巻したのか,陰暦十一月だけは,異称が神無月だけしかない。この月だけの現象である。

参考文献;
http://www.seikado.or.jp/collection/colorprint/004.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%84%A1%E6%9C%88

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:神無月
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2018年09月30日

まるで


「まるで」は,

丸で,

と当てる。「丸で夢のよう」という使い方をする,

ちょうど,あたかも,さながら,

という意味と,下に否定語を伴って,「丸で駄目だ」という使い方をする,

全く,まるっきり,全然,

という意味とがある。

「丸で」と当てるように,当然「まる」と関わることが推測される。『日本語源広辞典』は,

「マル(丸・円)+で」

とし,

「すべての点から見て,欠かさないで,そのままの意」

とする。当然,

丸っきり,

も同じで,

「マル(丸・全部)+キリ(限り)」

で,

すっかり,すべて,

の意となる。このことは,「まる」の意に,

完全なこと,
丸のまま,

の意があることからも納得がいく。「まるまる」で,

すべて,
すっかり,

という意で使うし,「まろ(丸)げ」「丸める」

全てひとまとめにする,

という意味になることにもつながる。それを否定に使って,

まるっきり(ダメ),

というのも意味のつながりとして理解できる。しかし,

まるで~みたい,

と喩えるのに使うのはどこから来たのか。面白いのは,『江戸語大辞典』の「まる」の,

芝居者用語,土間桟敷の借り切り,
丸札の略,

意味に続いて,「まるで」の項があり,

本物そっくりに,実物同然に(「丸でやる気か」天保五年春色辰巳園),
あたかも,さながら(天保八年「宛然(さながら)湯でたての蛸のやだね」娘太平記),
残らず(天保八年「さっぱりまるでむきだして言って聞かせてくれなねへ」春告鳥),
全く(文政十年「全然(まるで)干上がって居る」藪の鶯),

の意味が載る。「まるに」という言葉もあり,

まるっきり,全然,

という意味が載る。「宛然」を「まるで」と訓ませたり,「全然」を「まるで」と訓ませたり,とルビから始まったもののようだ。どうやら,「全然」が今日否定を伴わない言葉として使われるように,「まるで」は,この時期意味を転じたらしい。「まるで」はまだ認知されていなかったのか,『岩波古語辞典』『大言海』には,「まるで」は載らない。

『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ma/marude.html)は,「丸で(まるで)」について,

「まるでは漢字で『丸で』と書くように、円を表す『丸』に由来する。丸は、欠けたところが 無いことから、『完全』『全部』の意味を表すようになった。江戸中期から、完全に似て いるさまを表した『まるで』の形があらわれ、『あたかも』の意味が生じた。『まるで違う』『まるで駄目だ』といった、下に否定的な意味の語を伴い、まさしくその状態である事を表す『まるで』は明治時代にはいってからである。」

とある。この変化の機微はわからない。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
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コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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