2018年08月20日

アワビ


「アワビ」は,

蚫,
鮑,
鰒,

等々と当てるらしい。「蚫」(漢音ホウ,呉音ビョウ)の字は,

「『虫+音符包(ホウ からでからを包む)』。貝殻で包まれた貝」

「鮑」(漢音ホウ,呉音ビョウ)の字は,

「会意兼形声。『魚+音符包(つつむ)』。塩で包む魚。または,腹の中へ塩を包み込むさかな」

の意で,「しおうお」(魚をひらいて塩でつけ,くさくなるまでおいたもの)をさし,「アワビ(アハビ)」に当てたのは,我が国だけらしい。ただ,

「今では,中国でも,鰒(フク アワビ)の俗名として鰒魚を用いる」(『漢字源』)

ともある。「鰒」(フク)の字は,

「会意兼形声。右側の字(音フク)は,ふっくらとふくれたとの基本義をもつ。鰒はそれを音符とし,魚を添えた。」

で,「アワビ」の意だが,我が国では,「ふぐ」に当てた。

https://zatsuneta.com/archives/001875.html

には,

「漢字の『鮑』は、魚へんに『つつむ』を意味する『包』という字を組み合わせたもの。これは楕円形の殻に覆われて岩に付着する姿が、身を包んだように見えることに由来する。」

とある。

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なお,『大言海』には,

「常に,鮑,又は,蚫の字を書く,鮑は,塩漬の魚にて,誤用なれども,和漢共に,古くより交じりたり。急就篇,注『鮑,亦海魚,加之以塩而不乾者也』香祖筆記『鰒魚,京師,率作鮑魚』。蚫は,天治字鏡に載せて,小学篇字の中にあれば,疑ひもなく,古き和製字なり。鮑の偏を変じたるなるべし。我邦のホシアハビを,干蚫と記して,支那に渡せるなり。蚫の字,彼邦に伝はりて,蚫(パオ)と称して用ゐ居るなり」

とある。「遅くとも江戸時代には日本から中国(当時は清)に輸出されていた(俵物)」とされる大事な輸出品であった。

「アワビ」は牡蠣等と異なり,片側にしか殻がないので「磯の鮑の片思い」と言われるのは,

伊勢の海人の 朝な夕なに かづくとふ 鮑の貝の 片思ひにして

という万葉集の歌に由来するらしい。

https://www.bioweather.net/column/ikimono/manyo/m0706_1.htm

によると,そのほかにも,

手に取るが からに忘ると 海人の言ひし 恋忘れ貝 言(こと)にしありけり

という歌があるらしい。

さて,「アワビ」の語源は,『大言海』は,「あはび」の項は,

あはびかひ(鰒),

に導かれ,「あはびかひ」の項に,

「合はぬ肉介(みかひ)の略轉なるべし。知らぬを,跡白波などと云ふ例なり(黍(きみ),きび。夜の目,さの目もあはざの烏)。桑家漢語抄(足利時代)『鮑,阿波美(あわみ,常片甲而維(かかる)岸岩不逢佗之義也)』」

とある。『日本語源広辞典』も,

「アワ(合わせる)+ミ(身・肉)」の音韻変化,

とみる。その他,

フワヌミ(不合肉)の略轉(和句解・和語私臆鈔),
アハスミ(合肉)の義(名言通),
アヒ(合)の轉(俚言集覧),
アハ(合)デ-ヒカル(光)の義,また,アハ(合)デ-ヒラク(開)の義。ふたがないため(日本釈名)

等々も同趣旨の説だろう。その他には,

イハフ(岩礁)の轉(言元梯),
イハハヒミ(岩這身)の義(日本語原学=林甕臣),
肉の味がアハアハシクて,乾して種々の用途に用いられるためか(和訓栞),
アマフカ(甘深)食の反(名語記),
不逢陀の義(桑家漢語抄),

等々があるが,「あはみ」と古くはあるところを見れば,『大言海』説に落ち着くのかもしれない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:アワビ
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2018年08月19日

タイ


「タイ」は,

鯛,

と当てる。「鯛」(チョウ)の字は,

「魚+音符周(まんべんなく調和がとれている)」

で,「たい」を指す。「鯛」が「たい」を指すので当てたが,しかし,

「正しくは棘鬣魚(きょくりょうぎょ)である」(『たべもの語源辞典』)

とある。『字源』には,

紅魚,
銅盆魚,

ともある。

1280px-Pagrus_major_Red_seabream_ja01.jpg

(タイ科マダイ属 マダイ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%9Bより)


https://zatsuneta.com/archives/001742.html

には,

「漢字の『鯛』は、中国の文献に『骨の端が脆もろい魚』という意味の記載があるが、タイは歯も顎の骨も硬く、ひれには丈夫な棘があり、『骨の端が脆い魚』ではない。そこで、もう一つの意味である『調和のとれた魚』が考えられる。まんべんなく調和がとれていて、どこでも(周=あまねく)見ることができる魚である。」

とある。日本では一般的に,

「高級魚として認知されているが、日本人以外の民族で、この魚を『魚の王』とみなしている例はほぼ皆無である。」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%9B

という。日本人好みなのだろう。万葉時代から上等の魚とされた,という。

「『延喜式』に『平魚(たいらうお)』とあるのは,タイのことである。」(『たべもの語源辞典』)

とある。『岩波古語辞典』には,

「醤酢(ひしほす)に蒜(ひる)搗き合(か)ててタヒ願ふ」

と,万葉集から引き,「和名抄」の,

「鯛,太比(たひ),味甘令無毒,貌似鰤(ふな)而紅鰭者也」

を載せている。

『岩波古語辞典』は,「たひ(鯛)」の語源を,

「朝鮮語tomi(鯛)と同源」

とする。『大言海』は,

「平魚(タヒラヲ)の意と云ふ。延喜式に平魚(タヒ)とあり,玉篇に,魚名。崔禹錫,食経『鯛,似鰤而紅鰭』とありて,當れり。朝鮮にて道味(どみ)魚」

とし,この「平魚」説が大勢である。『日本語源広辞典』も,

「タイラ(体型がタイラな特徴の魚)」とし,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ta/tai.html

も,

「他の魚に比べ側扁した体が特徴的であることから、『たいら(平ら)』の『たい』と同源と考えられ、歴史的仮名遣いは『たひ』で『平ら』も『たひら』なので一致する。漢字も『調和のとれた魚』の意味があり、均整のとれた側扁に由来している。日本では赤い色がめでたい色とされており、また『タイ』が『めでたい』に通じることから、古くから縁起の良い魚とされ、現代でも祝いの席には鯛の尾頭つきが出される。」

と,平魚説であり,『たべもの語源辞典』も,

「平魚と書かれるように,平らな魚,タイラウオが略されてタイとなったのである。」

とする。「延喜式」に「平魚」とある以上,これが妥当なのだろう。

『日本語源大辞典』には,その他,

えびすが釣る魚であるところから,メデタイの義か(和句解),
三韓の方言から(東雅),
イタヒラ(痛平)の義(日本語原学=林甕臣),

とあるが,「平魚」説には勝てない気がする。

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ラベル:タイ
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2018年08月18日

武士団


豊田武『武士団と村落』を読む。

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随分旧い本なので,今日の学説との乖離があるかもしれないが,土地に土着し,土地を開墾・開発していく武士の先祖たちの力強い姿が浮び上がってくる。基本かれらは大地につながっていた。

著者は,「はしがき」で,

「ここに武士団とは,平安末期から鎌倉時代を通じて,族的団結によって特徴づけられた武士の集団をいう。この時期の武士は,村落に深く根をはり,農耕生活を営みながら,戦闘に従事する点において,後期の武士とは著しく生活を異にする。」

と,在村し農業に携わる人たちであった。その類型は,

荘園領主級武士,
荘官級武士,
郎党所従武士,

といったり,

豪族的領主層,
地頭的領主層,
田堵(たとみ)名主層,

と分けたり,何らかの形で農事と切れていない。

「武士ともなる名主は,他に独立の小名主を従えて,それから所当・加地子を徴収していた領主的な名主ではなかったかと思う。またどんな大きな領主であっても,平安末期から鎌倉にかけて活躍していた武士は,農業からまったく遊離することなく,農村に土着し,直接経営の土地を,自己の下人や所従に耕作そせる名田(みょうでん)の持主であった。」

で,著者は,

「武士に共通する性格は,荘園領主とちがって,農村に居をかまえていた在地領主であるといいたい。彼らは他から侵害を受けない私領をもち,それ自身名主でありながら,他の名主を支配するという領主的な性格をもっていたのである。」

という。かれらの成長の背景には,平安後期以降,

「国衙や荘園領主による直接の開墾がすくなくなり,反対に地方に住む富農層が積極的に開墾をすすめてきたという事実である。国家としても,彼らが大規模なった開墾をおこない,百姓名(みょう)を買得・集積し,空閑地を囲い込んだりすることをそのまま黙認した。黙認どころか,荒廃した公田の復旧や加作を奨励し,官物の一分免除・雑事・雑役の免除の特典をあたえた。」

ということがある。それを積極的に担ったのは,国衙の在庁官人や郡司・郷司などの地方官であった。

「彼らが私領を拡大した方法の一つは,国衙から特別の便宜を得て,開発の地を別符とか,別符名(別名)とか称してこれを私領化した方法である。在庁官人たちは,これを通じて自らその保司職や名(領)主職をもつに至ったのである。」

こうした連中,つまり,

「在庁官人や郡司・郷司等の資格をもった在地領主はまたいっぽうにおいて公家や社寺の設置した荘園の荘官であった。その中にはその在地勢力を利用するため,荘園領主がこれを,下司や公文に任命したものもあるが,その多くは自己の開発した私領をこれに中央の公家や社寺に名目的に寄進して,自らは下司や公文となりながら,実質的には在地領主としての地位を確保したのであった。その目的は,私領に対する国衙権力の追求を合法的にまぬがれようとするところにあった。」

こうして,在地領主には,

国衙の機構を利用した在庁や郡司層,
荘園領主に私領を寄進してその荘官となった開発領主,

があるが,

「その多くは同一人にしてその二つを兼ねていた。この場合,これらの領主は。もはや従来のようにただ下人や所従を使役して直接経営をなすことはなかった。彼らはこの時期に相当に現れはじめた中小名主にその経営の大半を預け,随時その労力の提供を受けて,直営地の経営をおこなっていたのである。」

こうした在地領主から,武家の棟梁と呼ばれるものになっていく。

「在地領主の開発した私領,とくに本領は,『名字地』と呼ばれ,領主の『本宅』が置かれ,『本宅』を安堵された惣領が一族の中核となって,武力をもち,武士団を形成した。中小名主層の中には,領主の郎等となり,領主の一族とともにその戦力を構成した。武士の中に,荘官・官人級の大領主と名主出身の中小領主の二階層が生まれたのも,このころからである。武門の棟梁と呼ばれるような豪族は,荘官や在庁官人の中でもっとも勢を振るったものであった。」

要は,武士もまた,国土を私的に簒奪したものたちということになる。その多くが,官人,荘官というのも,なにやら,今日の官人の振舞を思い起こさせ,暗澹としてくる。

この武士団の中核をなすのが,一族・一門であり,広義の同族をさす。実態は,

「移住・開発した地方に蔓延した同族を中心として形成されている。この場合,苗(名)字は,公家が本第の屋号,もしくは一族の祭祀所である山荘を名字源とするのに対し,武士は,開発の本宅または本宅の地名をそのまま苗字とした。そして開発に功績のあった先祖を,根元的な本源と仰いでこれを祭り,それ以前の先祖を祭祀の対象としなかった。」

この「名字」族を一族・一門という。こうした在地領主の屋敷は,重要な河川や交通路を支配し得るような要衝の地にあり,やがて大領主へと発展していく。

「南北朝以後,地頭をはじめとする在地領主の直接経営はしだいに減少をはじめた。しかし小規模な在地領主は依然として耕作地を残し,下人・所従をかかえて,これを耕作させていた。戦国大名の支配下にあった給人は,みなこのような手作地をもっている。」

と,室町時代,戦国期の戦国大名へと発展していく兆しがすでに見えている。

参考文献;
豊田武『武士団と村落』(吉川弘文館)

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コトバの辞典;
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スキル事典;
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書評
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2018年08月17日

サバを読む


「サバを読む」は,

鯖を読む,

と当て,

鯖読み,

とも言う。「下駄をはかせる」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/414131601.html

で,触れたが,

数をごまかす,

という意味で使われる。語源的には,「鯖読み」として,

「鯖+ヨミ(読む,数える)」

で,鯖を数えるときごまかすことが多かったから,と言われる。鯖は腐りやすい魚なので,売り急ぐことが多く,急いで数えるため,数え間違いの多い魚で,「いい加減に数を数える」ことから,

ごまかして,自分の利をはかる,
都合のいいように数や年齢をごまかす

となったとされる。『広辞苑』にも,

「鯖を数えるのに,急いで数をよみ,その際,数をごまかすことが多いところから」

と載る。この説が,わかりやすくて面白いせいか,語源説の大勢を占める。肝腎の『江戸語大辞典』には,「さばをよむ(鯖を読む)」の項で,

「物を数える時,その数をごまかす。実数よりも多くいうこともあれば少なく言うこともある」

としか載らないのに。

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/sa/sabawoyomu.html

も,

「数字をごまかす意味として江戸時代から使われている語。語源は、サバは傷みやすく数 も多かったため早口で数えられ、実際の数と合わないことから、いい加減に数を数えることを『鯖を読む』と言うようになり、現在の意味に転じた説が定説となっている。」

とするし,『日本語源広辞典』も,「さばよみ」の項で,

「『鯖+ヨミ(読み・数える)』で,鯖を数えるときゴマカスことが多かったから,とも。腐りやすい魚なので,売り急ぐことが多く数え誤りの多い魚とも,いいます」

とある。商売人が,そんなことをするのか,というのが直感でてる。ちょっといかがわしい。腐りやすいなら,今日のバードウォッチングではないが,簡便な数え方を工夫するはずである。それがプロというものではあるまいか。

『故事ことわざ辞典』

http://kotowaza-allguide.com/sa/sabawoyomu.html

は,「ここでの『読む』は『数える』の意」とした上で,

「語源は諸説あり、鯖は『生き腐れ』と呼ばれるほど傷みやすく、傷みやすく数も多かったためにわざと早口で数えて数をごまかしていたことから、いい加減に数を数えることを『鯖を読む』という意味になり現在の意味に転じたという説がある。他に、『魚市場(いざば)』からの転という説、刺鯖など二枚重ねを一連として数えることからという説、数の多いことを意味する『さは』から転じたという説などがある」

という他説も挙げる。『岩波古語辞典』は,「さばよみ」の項で,

「二つで一つとかぞえること」

とある。『名語記』に,

「二つづつ読む(数える)をばさばよみと云ふ事あり」

とある,とも載る。これなら,意味が,

いい加減に数えること,

と変じ,それが,

数を誤魔化す,

と轉ずるのは自然だ。『大言海』には,「鯖讀」の項で,

「當字なり,サバは,魚市(いさば)の上略(磯魚取(いそなどり),すなどり。茨,ばら。弥立(いよだ)つ,よだつ)。讀むは,數ふるなり。魚市にて,鰯など売るに,急速に數へて,ヒトヨ,フタヨ,ミッチョウ,ヨッチョウなどと早口に云ふ,これを,魚市(いさば)よみと云へるなるべく,其の急呼する際に,まやかすこともあるべきなり」

とある。「いさば」の項では,

「磯魚場(いそなば)の約。…和訓栞,いさば『今,魚肆をいへり,磯場のぎにや』。俗語考(橘守部)いさぱし『魚あきなひする者を,いさば師と云ふ。イサバはイサ魚(な)場にて,魚捕る猟場也』。五十集と書くば,五十(いそ)を磯に集むるなど云ふ當字なるべし。又いさば師のシは,為(し)の義(弓し,矢し,鋳物し)」

とある。「磯魚(いさな)」の項では,

「磯魚(いそな)の転」

とある。此処から見ると,「さばよみ」の,

鯖讀み,

が当て字である以上,

大網で捕獲した大量のサバ(鯖)を数えるとき,使用人がごまかすことからはじまったか(明治東京風俗語事典=正岡容),
サバ(鯖)は腐りやすいため急いで数を数えて売りさばく必要があり,そのときに数をごまかすことが多かったからか(上方語源辞典=前田勇),

等々の説は,ほぼ全部間違っているといっていい。「さば」が鯖でないとすると,「鰯」も数える,とあるところから,大量に水揚げされる魚の数え方を言ったものと推定するのが妥当なのだろう。『岩波古語辞典』の,

「二つで一つとかぞえること」

というのが俄然効いてくる。『日本語源大辞典』は,

「『名語記』の記述によれば,二つずつ数えることをいうとあり,さらにそこから転用して数をごまかす意になったとも考えられる。」

としている。これが意味の広がりから考えても,妥当ではあるまいか。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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2018年08月16日

サバ


「サバ」は,

鯖,

と当てる。「鯖」(漢音セイ,呉音ショウ)の字は,

「魚+音符青(あおい)」

である(『漢字源』)。サバの背の色が青いので,とあるが,「鯖」をサバにあてるのは,我が国だけのようである(『字源』)。

「魚,あるいは鳥獣の肉を混ぜて煮た料理」(「五侯鯖」は王氏五侯の珍しいよせなべ)

の意とあり,その他に,

淡水の菁魚(「青魚」),

の意もあり(『漢字源』),「さば」は,

菁花魚,

というらしい(『字源』)。古くは,

「アオサバ(菁魚)」

と呼んだらしいので,「鯖」が「サバ」ではないことは,承知していたと推測される。

Maquereaux_etal.jpg


サバは,

「江戸時代に七夕祭の宵,すなわち七月六日の御三家をはじめ諸大名から七日七夕の祝いとして将軍家にサバを(刺鯖にして)献上したものである。後に,本物の鯖ではなく鯖代として金銀を献上することになった。これが今日のお中元と称して進物する起源となったのである。」

という(『たべもの語源辞典』)。因みに,「刺鯖」とは,

「サバを背開きにして塩漬けにしたもの。二尾を刺し連ねて一刺しという。盆の贈物にもちいた」

とある(『広辞苑』)。「二枚ずつ頭のところで一本の串にさした」(『江戸語大辞典』)という。サバはいたみやすたかったからであろう。

サバの語源には諸説あり,『日本語源大辞典』は,

歯が小さいところから,サバ(小歯)の義(日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・大和本草・和語私臆鈔・柴門和語類集・和訓栞・大言海),
サバ(狭歯)の義(名言通),
セキバ(狭)の略転(関秘録),
多くの集まるところから,サハ(多)の転(東雅),
周防国サバ(佐婆)郡の名産であるところから(和語私臆鈔),
セアヲハ(背菁斑)の義(言元梯),
盂蘭盆の際に蓮葉で包む魚であり,葉をくさくするところから,サはクサシの上下略,ハは葉か(和句解),

と挙げる。この他にも,

アイヌの人たちが,サバを「シャンバ」と呼んでいたことから,これが変化してサバになった,

という説もある。『日本語源広辞典』は,「サバ(小歯)」説,「サバ(多)」説以外に,

磯で獲れる代表的な魚なので,「磯庭,イサバからイ音脱落」説,

も挙げている。

『大言海』は,

「小歯(さば)の義,サバの魚と云ふが,成語なり。其歯,細小なり(鮫も,小眼(サメ),鰆も小腹(さはら)),日本釈名(元禄),鯖『サバは,小歯(さば)也,サは,ササヤカの意。小也。此魚,他魚(コトウオ)に変りて,歯也』。アオサバと云ふは,色靑ければなり。鯖は靑魚の合字」

とし,『たべもの語源辞典』も,

「その名称が魚体の特色からつけられると考えるならば,歯が小さい魚だからサバであるとの説がよい」

としている。

小歯,

狭歯,

なのだろう。『大和本草』(江戸時代,宝永)は,

「此の魚牙小なり,故にサハ(狭歯)と云ふ」

とあり,『日本釈名』(元禄)の,

「サバは,小歯(さば)也」

と,対である。他の説と比較するなら,「菁色」由来の語源が無い以上,この何れか,ということに落着く。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル:サバ
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2018年08月15日

ぐれる


「ぐれる」は,

愚れる,

と当てたりするようだが,

予期したことと食い違う,
脇道へ逸れる,堕落する,

といった意味と載る(『広辞苑』)が,一般の感覚では,

不良になる,

といった意味で使い,

少年や青年が、生活態度が乱れ、反社会的・反抗的な行動をするようになる(『大辞林』),

という意味になる。『広辞苑』(『大辞林』も)には,

「ぐれ」の動詞化,

とある。「ぐれ」は,

「ぐれはま」の略,

とあり,

物事の食い違うこと,ぐりはま,

とある。「ぐりはま」は,「ぐれはま」ともいい,

「はまぐり(蛤)」の倒語,

とある。この辺りから,「はまぐり」語源説につながるらしい。たとえば,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ku/gureru.html

は,

「グレるは、『ぐれはま』の『ぐれ』に活用語尾『る』を付け、動詞化したものである。『ぐれはま』は、『蛤(はまぐり)』をひっくり返して成った語『ぐりはま』の転である。これらの語は、ハマグリの貝殻をひっくり返すと合わなくなることから、物事が食い違うことを意味してい た。江戸時代末期の歌舞伎『青砥稿花紅彩画』(あおとぞうしはなのにしきえ)には、『それから、島で窮屈な勤めが嫌さにぐれ始める』といった例が見られる。」

という説になる。ほぼ,ネット上は,この説が大にぎわいである。『日本語源広辞典』も,

「「ハマグリの倒語。グリハマ」の音韻変化の「グレハマにルをつけ,グレルと変化した」語,

とするし,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%AA

は,

「ぐれるとは不良になることで、…『ぐれはま』を略したものに名詞を動詞化する接尾語『る』をつけたもの。不良行為・非行行為をするようになるという意味で江戸時代頃から使われるようになった。もともと『不良』という意味を持っていないが、一説には『ぐれる』という行為が『親が望む子の姿から(当てが)外れた』ということから、動詞化する際に『不良』という意味をもったと言われている。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1016951915

は,

「貝のハマグリは一つ一つ微妙に形が違っていて、他のハマグリの殻とは合いません。そこから、貝合わせと言う遊びが出てきました。そこで、ハマグリ(合う)→グリハマ(チグハグでかみ合わない)→グレハマ→グレとなったというのです。江戸時代は、物事が食い違ったり、当てが外れる時に使ったようです。愚連隊(ぐれんたい)などという表現もこの言葉の変化です。」

『日本語俗語辞典』

http://zokugo-dict.com/08ku/gureru.htm

は,

「ぐれるとは『あてが外れる』という意味の俗語『ぐりはま』が訛った『ぐれはま』を略したものに、名詞を動詞化する接尾語『る』をつけたもので、不良行為・非行行為をするようになるという意味で古く江戸時代から使われている。『ぐれはま』自体は『不良』という意味を持っていない。一説にはぐれるという行為が『親が望む子の姿から(あてが)外れた』ということから、動詞化の際に『不良』という意味をもったと言われるている。また、現代ではグレるとカタカナを交えた表記を使うことも多い。」

等々。しかし,「ぐれる」の語源には,『日本語源大辞典』には,

ハマグリを逆にしたグリハマという語をグレハマと訛り,それが動詞化されたもの。ハマグリは対でない他の貝と合わせると,食い違うところから(猫も杓子も=楳垣実),
マグレルの上略(大言海),
クル(繰)から(俚言集覧),
ぐれぐれになる,はずれる,ぐらつくの意(江戸語大辞典=前田勇),

と言った四説がある。ひょっとすると,由来の違う言葉が,「ぐりはま」に収斂したのではないか。「あてが外れる」「食い違う」という意味の「ぐりはま」では,「ぐれる」の意味のずれもあるし,語感が違いすぎる。

「『ぐれはま』自体は『不良』という意味を持っていない。一説にはぐれるという行為が『親が望む子の姿から(あてが)外れた』ということから、動詞化の際に『不良』という意味をもったと言われるている。」

とは,少し無理筋過ぎないか。「ぐれる」は,

はずれるとか,
それる,

の意味が本来ではないか。貝が「食い違う」というのとは微妙にずれる気がする。『笑える国語辞典』

https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%8F/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/

が,

「グレるとは、態度の悪い青少年が、もっと態度の悪い人々の目にとまり、態度の悪い人々の世界にスカウトされて活躍を期待されその気になっている様子をいう。
 『グレる』とは本来、反抗的、反社会的、反体制的な態度一般を意味する言葉であり、『グレ』方にもバラエティがあってもよいはずだが、現在『グレる』で表されるのは一定のスタイルに限られる。その『グレ』た結果を、近年では『ヤンキー』などと小洒落た言い方を用いて、さらにパターン化しようとする傾向が見られる。『グレ』方のワンパターン化は、青少年の個性豊かな成長を妨げるものであり憂慮される。」

というのが「ぐれる(グレる)」の本来の意味範囲のはずだ。

江戸期に使われ出したとされる,その『江戸語大辞典』では,

「ぐれぐれになる,はずれる,ぐらつくの意。一説に繰るより出たる語とするは非」

とする。で,

あてがはずれる,
それる,
正道からはずれる,

という意味である。「ぐれだす」という言葉も載り,

正道から逸れはじめる,
不良仲間に入る,

の意が載り,「ぐれる」の今日の意味とほぼ重なる。『大言海』は,

「マグレルの上略,むさぼる,ぼる」

とする。「まぐれ」は,

紛れ,
眩れ,

と当てる。前者だと,

まぎれる,

意だし,後者なら,

目暗(マグレ)にて,目くれふたがりて,物の見えぬ頃なれば云ふか,

とある。『大言海』説も意味から見ると,捨てがたいが,やはり,『江戸語大辞典』の,

ぐれぐれになる,はずれる,ぐらつくの意,

の「ぐれぐれ」説に与しておきたい。この言葉が,由来の違う「グレハマ」とどこかで重なったのではないか,と思われる。

な,「愚連隊」も,「ぐれる」から来ているという説があるが,

http://www.usamimi.info/~kintuba/zingi/zingidic-ka.html

には,

「関東大震災以降に出現し、戦後に威勢を誇ったテキヤでも博徒でもない不良集団。戦後は復員兵が闇市の支配権や復興後の縄張りを巡り、全国各地で博徒・テキヤ・三国人と抗争を繰り広げた。終戦後の混乱が収まると組織を持たない愚連隊は徐々に既存のやくざ社会へと吸収され消えていったが、本来のやくざとは筋目の異なる愚連隊を吸収したことから博徒・テキヤの暴力団化が始まったと言える。
 グレン隊は既存の親分から盃を下ろされていないためやくざではない。そのため愚連隊のままで終わった安藤昇や安部譲二は警視庁の前科者リストではやくざとして扱われてはいない。同様に万年東一は大日本一誠会を組織したから右翼である。漢字で『愚連隊』と当てるのは『ぐれる』から来ているとも、『当時何にでも“連隊”をつけるのが流行したから』ともいわれている。
 やくざのように掟や組織に縛られない自由なアウトローとして愚連隊は今でも人気があり、安藤昇、万年東一、加納貢、花形敬などは伝説的存在としてしばしば創作物の題材になっている。
 映画『仁義なき戦い』の登場人物では、打本昇、早川英男などの打本組関係者が愚連隊出身で、打本が村岡親分の舎弟になった際に正式なやくざになっている。」

と,裏面史になっている。

なお,「やさぐれる」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/454978205.html

で触れた。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:ぐれる
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2018年08月14日

ハマグリ


「ハマグリ」は,

蛤,
文蛤,
蚌,
浜栗,

等々と当てるらしい。「蛤」(コウ)の字は,

「虫+音符合(コウ あわててふさぐ)」

で,「ハマグリ」である。「蚌」(ボウ)の字は,

「右側の字(音ホン)は,三角形に合わさる意を含む。蚌はそれを音符とし,虫を添えた字で,二枚の殻の頂点があわさり,横から見て三角形をなす貝」

である。やはり「ハマグリ」を指すが,「蚌蛤(ボウコウ)」ともいう。

800px-Meretrix_lusoria.jpg


「日本人にとって非常に古くから親しまれてきた食材で、縄文時代からの出土事例があり、『日本書紀』にも記述がある。」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%AA

と,古くから馴染みのものである。

「中国の『礼記』に『爵大水に入って蛤となる』とあるが,爵は雀のことで,雀が海に入ってハマグリになったという説は中国からきたものである。初午にハマグリを食べると鬼気に犯されないといい,伏見稲荷で食べたのは,摂州住吉の洲崎がその名産地で,小さなハマグリのむき身を酢にした酢ハマグリだった。伊勢・桑名のハマグリは貝が厚くこわれないから『貝合わせ』(また『貝おおい』という)の貝にした。ひとつの貝殻は他の貝殻とは合わないので平安時代から遊びに用いられ,『源氏物語』にも載っている。後にこれを割符にもしたことがある。」(『たべもの語源辞典』)

と,生活にしみ込んでいる。

さて,「ハマグリ」の語源は,『広辞苑』『岩波古語辞典』『日本語源広辞典』『大言海』は共に,「ハマグリ」の項で,

「浜栗の意」

としている。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ha/hamaguri.html

は,

「形が栗の実に似ており、浜辺に生息していることから『浜栗』の意味が定説。ハマグリは『日本書紀』にも記述が見られるように、古くから食糧にされている。植物の栗も古代 から重要な食糧であるため、『山の栗』に対して『海の栗』と考えたのであろう。 石を意味する古語『クリ』から『浜の石』の意味とする説もあるが,石に見立てた場合に『浜の』とする…!?は疑問」

とするし,『由来・語源辞典』

http://yain.jp/i/%E3%83%8F%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%AA

も,

「浜辺にあり、栗と形が似ていることから『浜栗(はまぐり)』と呼ばれたことに由来するとされる。また、石ころを『クリ』と呼ぶことから浜にある石のような貝との意で『ハマグリ』と称されたとの説などもある。」

も,同趣の説をし,ほぼ「浜栗」説一辺倒である(名語記・和語私臆鈔・燕石雑志・瓦礫雑考・箋注和名抄・雅言考・名言通・柴門和語類集・碩鼠漫筆・大言海)。異説は「浜石」(東雅),他に,

アワセメアツクアリ(合目圧在)の義,

のみである(『たべもの語源辞典』)。『たべもの語源辞典』も,

「ハマグリ(浜栗)の義,浜にある栗に似たものであるから」

とする。カタチだけから,そう言ったとするのである。聊か疑問である。さらに,『大言海』は,「ハマグリ」の古名を,

「うむき」

とし,『岩波古語辞典』には,

「うむぎ」

で載る。和名抄にも,

「海蛤,宇無木乃加比(むぎのかひ)」

と載る。このことに言及するものが少ない。『たべもの語源辞典』も,

「ハマグリの古名はウムキ,方言では宮古島でシナ,上総・千葉県山武郡で,ゼンナ」

と載せるのみであるが,「ウムギ(ウムキ)」の意味はまったく辿れなくなっている,ということなのだろう。本来,
「ウムギ(ウムキ)」の語源を辿り直すことで,「ハマグリ」の語源を照射できるのだろうが。

YokohamaShellFishDealer (1).jpg

(明治期の横浜の魚介店の立体写真。店先で大量のハマグリが売られている。地面には剥いた後の殻が見え、暖簾にも蛤の文字が読める。当時の東京湾はハマグリの一大産地であったが、昭和後期にはほぼ全滅してしまった。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%AAより)

なお,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%AA

には,「ぐれる」の語源を,

「ぐれるとは不良になることで、…『ぐれはま』を略したものに名詞を動詞化する接尾語『る』をつけたもの。不良行為・非行行為をするようになるという意味で江戸時代頃から使われるようになった。もともと『不良』という意味を持っていないが、一説には『ぐれる』という行為が『親が望む子の姿から(当てが)外れた』ということから、動詞化する際に『不良』という意味をもったと言われている。」

としている。ちょっと一考の余地がある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)


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2018年08月13日

かき(垣)


「かき」は,

垣,

以外に,

牆,
籬,

等々とも当てる(和名抄「墻,垣,賀岐」)。

300px-垣-bronze-warring.svg.png

(「垣」金文・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9E%A3より)

「垣」(漢音エン,呉音オン)の字は,

「会意兼形声。亘(カン)は,取り巻いて範囲を限ることを示す会意文字。垣は『土+音符亘(カン)』で,周囲にめぐらした土塀のこと。」

とあり,「亘」(セン・コウ)の字は,

「会意文字。『上下二線+めぐるさまを示すしるし』で,ぐるりとめぐらす意味を示す。音符としては,セン・かん・などの音を表す。桓(カン 周囲をめぐらす並木)・垣(エン 周囲にめぐらす垣根)・宣(セン ひろくいきわたる)の字に含まれる。」

とある(『漢字源』)。

k-1762 (1).gif



https://okjiten.jp/kanji1762.html

は,

「会意兼形声文字です(土+亘)。『土地の神を祭る為に柱状に固めた土』の象形(『土』の意味)と『物が旋回する』象形(『めぐる』の意味)から、城にめぐらした『かき』を意味する『垣』という漢字が成り立ちました。」

と具体的である。

牆-oracle.svg.png

(「牆」殷・甲骨文字 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%86より)


「牆(墻)」(漢音ショウ,呉音ゾウ)は,

「会意兼形声。嗇(ショク)は『麥+作物を取り入れる納屋』からなり,収穫物を入れる納屋を示す。牆は『嗇(納屋)+音符爿(ショウ)』で,納屋や倉のまわりにつくった細長いへいを示す」

とある(『漢字源』)。

「籬」(リ)の字は,

「竹+音符離(リ)(別々のもうひとつをくっつける)」

で,柴や竹であんでつくった垣根。まがき,の意である。

「かき」の語源は,『大言海』は,

「構(か)くの名詞形。武烈即位前紀『八重の組哿枳(くみかき),哿哿(かが)めども』

と,「かく」の名詞化説を採る。ほぼ同じなのが,『日本語源広辞典』で,

「語源は,『動詞カク(懸,掛)の連用形,カキ』です。現代語の掛ける・懸けるの意のカクが,語源です。組み立てたり編んだりすることをカクといいます。日本書紀に『組垣カカめども』などと使われています。家と家の境に,石とか,柴とか,竹などで,組んだり,編んだりしたものを掛キ・懸キといったもの。あぐらをカクも組むいです。」

とあり,妥当な見解に思える。因みに,「構く」は,「懸く」と同源。「かく」は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/456827888.html

で触れたように,

書く,
も,
掻く,
も,
懸く,

掛く,
も,
舁く,
も,
構く,
も,

区別なく,「かく」であった。漢字で当て分けて意味を分けているだけである。

『日本語源大辞典』には,その他の説として,

カギリ(限)の略(日本釈名・東雅・古事記伝・和訓考・言元梯・名言通・碩鼠漫筆・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子),
カコヒの約(万葉代匠記・俗語考・家屋雑考),
カコミ,又はカクミの約(俚言集覧),
カコムの名詞形(国語の語根とその分類=大島正健),
動詞カクム(囲)の語幹の母韻交替形。カキ(垣)はカクムモノの代表(古代日本語文法の成立の研究=山口佳紀),
カコヒキ(囲木)の義(日本語原学=林甕臣),
カゲ(陰)の転声(和語私臆鈔),

等々を載せるが,「かく」という動詞由来が妥当に思えてくる。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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2018年08月12日

カキ(蠣)


「カキ」は,

牡蠣,
蠣,
牡蛎,
蛎,

等々と当てる。「蠣」(漢音レイ,呉音ライ)の字は,

「会意兼形声。右側の厲(レイ)は,ごつごつしたの意を含む。蠣は,それを音符とし,虫を加えた字で,ごつごつした殻を被った貝」

だが(「蛎」は「蠣」の異字体),「牡蠣」の字に,「牡」を当てたのは,「カキ」は,

「イタボガキ科の二枚貝。イタボガキは雌雄同体である。同一の貝に雄の時代と雌の時代が交互に現れる。カキという字を牡蠣と,牡の字をつけてしまったのは,ある時季のカキを調べたとき牡ばかりだったからであろう。」

としている(『たべもの語源辞典』)が,『語源由来辞典』は,

http://gogen-allguide.com/ka/kaki_kai.html

は,

「牡蠣が同一個体に雌雄性が交替に現れる卵生か卵胎生の雌雄同体で,外見上生殖腺が同じであるため,すべてオスに見えたものと思われる。」

としている。なかなか「カキ」は厄介で,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%AD_(%E8%B2%9D)

によると,

「雌雄同体の種と雌雄異体の種があり、マガキでは雌雄異体であるが生殖時期が終了すると一度中性になり、その後の栄養状態が良いとメスになり、悪いとオスになるとされている。」

という。

800px-Crassostrea_nippona_01.JPG


「カキ」を食べた歴史は古く,ローマ人は,2000年以上前に養殖を始めたとか。日本では,『古事記』の

「允恭天皇のくだりら衣通(そとおり)姫が天皇に献じた歌『夏草の相偃(あいね)の濱の蛎貝(かきがい)に足蹈(あしふま)すな明して通れ』とあるのを初めとする。『延喜式』には,『伊勢より蛎および磯蛎を進む』とあるから古代からカキを食べていたことがわかる。」(『たべもの語源辞典』)

とある。

Crassostrea_gigas_Marennes_p1050142.jpg



「カキ」の語源は,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ka/kaki_kai.html

は,

「牡蠣は,掻き落として取ることから「かき」になったとする説や,殻を欠き砕いて取ること から「かき」になったとする説,「掻貝(かきかい)」の意味などあり,牡蠣の殻を取るため の動作を語源とする説が多く,妥当な説と考えられる。 その他,「か」は「貝」,「き」は『着』の意味からという説もあるが, 説得力に乏しい。」

と,「カキ」を捕獲する動作を語源と見做す。『大言海』も,

「カキ介とも云ふが正しきか(或は,カキ殻(がひ)か)。石より掻き落とす意,又は,殻を缺き砕く意なるべし」

と,それに連なる。『たべもの語源辞典』は,

「カキの名は,石から掻き落としてとることからといわれるが,カキの貝殻が欠けることから,と,その身を掻き出して食べることから『かき』としたものである。」

と,食べる行為の方を採る。しかし,『日本語源広辞典』は,

「『欠く,掻く,の意の連用形名詞化』の語,貝殻を欠き(掻き),そして肉を取る貝の意です。」

と,

「かく(掻く,欠く)」そのものの名詞化,

とする。たぶん,これが一番正鵠を射ている,と思う。

『日本語源大辞典』には,その他の説として,

カキカヒ(掻貝)の意(日本古語大辞典=松岡静雄),
殻の相着きしをいうか(東雅),
コリキ(凝貝)の約転(言元梯),
カは貝,キはキル(着)の意(和句解),

等々が載るが。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)


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2018年08月11日

サザエ


「サザエ」は,

栄螺,
拳螺,

と当てる。「サザイ」とも言う。

栄螺,

を訓んで,

エイラ,

とも言うらしい。他に,

サダエ,
サタベ,
サザイガイ,

等々の名もある(『たべもの語源辞典』)。「拳螺」の字を当てたのは,

こぶしの形をした螺(巻貝),

というわけである。また「栄螺」の字を当てたのは,

「栄を「さかえ」とよむので,この目出度い字を螺にそえて字面をよくする目的と,「さかえ」がサザエに近い音なので,組み合わせ」

たもと,という(仝上)。

sazae.jpg



別称に,

莿螺(しら),
ウズラガイ(鶉貝),
ウツセガイ(虚貝),

ともいうらしい(仝上)。

『日本語源大辞典』には,

「平安時代の語形は『さだえ』であり,『さだい』と変化し,室町時代に『さざい』となった。18世紀から20世紀にかけて徐々に『さざい』から『さざえ』に移行した。現代語の『さざえ』は,古代語形『さだえ』が古典籍書写の場で中世古辞書の干渉を受け当代語形『さざい』というの混淆形として生まれたものとみられる」

とある。

sadae→sadai→sazai→sazae,

と変化したということになる。とするなら,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/sa/sazae.html

が,

「『ササエ(小家)』の転,『ササエ(小枝)』の転,『サヘデサカエ(塞手栄)』の転,『サザレ(礫)』の転,『ササエダ(碍枝)』の転など諸説あり,未詳。『サザレ(礫)』が転じたとする説が若干有力とされているが,平安時代の語形は『サダエ』で,その後『サダイ』と変化し,室町時代に『サザイ』,18世紀初頭から徐々に『サザエ』になった語であることから難しい。」

という通り,「さだえ」の語源を説明できなくてはならない。しかし,

ササエ(小家)の義(日本釈名・東雅・日本語源広辞典),
小さなヱ(柄)のようなものを多くつけた貝の意(和訓栞後編),
ササハルエダ(碍枝)の義(名言通),
サザレ(礫)の転か(日本古語大辞典=松岡静雄),
イサイチ(礫々)がつづまってイサザからサザとなり,それにエナ(胞)が付いたもの(衣食住語源辞典=吉田金彦),

等々と「さだえ」の説明になっていない。

『たべもの語源辞典』は,

「ササは小さいことで,エは,古くはウ・エの合わさった音で,もとはササウエで,ウは座ること,海底に小さく座っているという意からサザエになった。貝殻の中でカキはその殻がかけることから名が付いたが,サザエは角を出してじっと座っているところからサザエと名づけたのである。サザエのエは江で,入り江・湾などにサザエがいたからである。」

と,独自の説を述べるが,古形「さだえ」の説明をスルーしている。

『大言海』は,やはり,

「日本釈名(元禄)『栄螺(ささえ),ササは小也。エは,家なり』,東雅(享保)『栄螺子(ささえ),ササは小而小也,エは家なり,蝸牛の殻をかたつぶりのいへと云ひ,蜘蛛の巣を,蜘蛛のいと云ふが如く,其殻の少しきなるを云ふ』,和訓栞後編,さざえ『少しき柄の如きもの,多くつける貝也』,サダエ,サザイは音轉なり(塞ぐ,ふたぐ。腐る,くだる。吉(よ)し,美(い)し)。栄螺(えいら)の字,漢語に見えず,本朝食鑑(元禄)『栄螺,佐々伊,殻背尖角,如枝芽之向栄,故名之乎』」

と,「サザエ」を前提に解釈する。しかも「サダエ」「サザイ」は訛としている。これはいただけないが,どの説も,江戸期以降のものだから,致し方ない。結局,

サダエ,

の語源はわからない。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

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ラベル:栄螺 サザエ 拳螺
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2018年08月10日

ゆゆしい


「ゆゆしい」は,

由由しい,
忌忌しい,

と当てる。『広辞苑』には,

「神聖または不浄なものを触れてはならないものとして強く畏怖する気持ちを表すのが原義」

とあり,

おそれ多い,憚られる,
忌まわしい,不吉だ,

と,畏れと忌むの両義が載る。そこから,

疎ましい,嫌だ,
気がかりである,

と広がり,

空恐ろしいほどに優れている,
程度が甚だしい,
素晴らしい,
天晴れである,

と,やはり両義性を残しつつ,意味がいい方へと転じていく。

畏れ,

という意味の,

神聖⇔不浄,
畏れ多い⇔忌む,
憚る⇔穢れ,
気掛かり⇔天晴れ,
甚だしい⇔素晴らしい,

等々といった,聖・穢れ,畏れ・憧れ,良し・悪しの両義の外延に沿っているといっていい。『日本語源大辞典』には,

「ゆ(斎)を重ねて形容詞化したもので,手に触れたり,言葉に出したりしては恐れ多く,あるいはそれが不吉であることを表す。上代の用法は『ゆ(斎)』の意義が濃厚で,神聖で恐れ多い(ので触れてはならない)場合と,縁起が悪く不吉なものをさす(ので忌み避けねばならない)場合とがある。中古以降は,(程度が甚だしい意の)ように単に程度のはなはだしさを表す用法もみられるようになるが,その場合でも不吉さを含んだ物がみられる。中世には(非常にすぐれているという)ような,プラスの意味の程度のはなはだしさをいうようにもなる」

とある。

『岩波古語辞典』には,

「ユはユニワ(斎庭)・ユダネ(斎種)などのユ。神聖あるいは不浄なものを触れてはならないものとして強く畏怖する気持ち。転じて良し悪しにつけて甚だしい意」

とあり,「ゆ(斎)」は,

「ユユシ(斎・忌)と同根。接触・立入が社会的に禁止される意」

とある。『岩波古語辞典』は,「ゆゆし」と類義語「いみじ」「いまいましい」「かしこし」と比較して,「ゆゆし」を位置づけているが,「いまいまし(忌々し)」については,

「イミ(忌)の派生語。非常に不吉なもの,穢れたものだから,それを酒體と感じる意。後世,縁起が悪い,いやなことだと感じながら,どうにもできない気持ち。類義語ユユシは,タブーだから触れないと思う意」

とあり,「いまいまし」は,穢れ,不吉への反応という意味が強い。「ゆゆし」は,タブーという聖と穢れの両義性があるところが異なる。「いみじ」は,

「イミ(忌)の形容詞形。神聖,不浄,穢れであるから,決して触れてはならないと感じられる意。転じて,極度に甚だしい意。」

と,ほぼ「ゆゆし」と重なる。「かしこし(賢し・畏し)」は,

「海・山・坂・道・岩・風・雷など,あらゆる自然の事物に精霊を認め,それらの霊威に対して感じる,古代日本人の身も心も竦むような畏怖の気持ちをいうのが原義。転じて,畏怖すべき立場・能力を持った人・生き物や一般の現象も形容する。上代では『ゆゆし』と併用されることが多いが,『ゆゆし』は物事に対するタブーと感じる気持ちをいう」

とあり,「かしこし」は,畏怖・恐懼・もったいないという意味のウエイトが高いようである。両義性をきちんと押さえて,『大言海』は,「ゆゆし」を二項に分けて載せる。語源が違う,という趣旨である。

斎斎,

と当てる「ゆゆし」は,

「ユユは,斎斎(いみいみ)の転。斎み慎む意」

で,

恐れ多く忌み憚るべくあり,忌々し(恐(かしこ)みても,嫌ひても云ふ),

の意味とし,

忌忌,

と当てる「ゆゆし」は,

「忌忌(いみいみ)し,の約」

で,

斎斎しと同じ意,
いまいまし,きみわろし,
殊にすぐれたり,殊の外なり,いみじ,甚だし,

と意味を載せ,どうやら原義を「斎斎」,意味の拡大を「忌忌」で表している。ひとつの見識ではある。

当然,この『大言海』の考えが語源説の一つであり,『日本語源広辞典』は,これを取り,

「語源は,『ユ(斎)+ユ(斎)+シ(形容詞化)』です。ユは,神聖な霊力です。ユユシで,『触れるのが恐しい』『触れると災いを招く』ところから『不吉だ』の意です。現代語では『軽々しく扱うことができない』『大変だ』の意です。」

とする。これが原点と考えるのが妥当に思える。

『笑える国語辞典』

https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%82%86/%E7%94%B1%E7%94%B1%E3%81%97%E3%81%84-%E7%94%B1%E3%80%85%E3%81%97%E3%81%84-%E3%82%86%E3%82%86%E3%81%97%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%AF-%E6%84%8F%E5%91%B3/

の,

「忌忌しい(由由しい)とは、ほうっておくととりかえしのつかない結果をまねきそうな、という意味。例えば、彼女とのデート中に、二股をかけている相手が向こうから歩いてくるような状況を『ゆゆしき事態』という。
 ゆゆしいの『ゆ(斎)』は、神聖なものや不浄なものを畏怖する気持ちを表し、それを重ねた『ゆゆし』は、神聖なので(または不浄なので)触れるのは恐れ多い、触れてはいけない、言葉をかけてはいけない、という意味で用いられていた。二股をかけている彼女たちが道で出くわしてしまったようなとき、触れるなどはもってのほか、言葉を発するのもはばかられるのはいうまでもない。」

は,実に現代的な解釈である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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2018年08月09日

二刀一流


小澤正夫『宮本武蔵―二刀一流の解説』を読む。

img123.jpg


本書は,兵法家宮本武蔵,正確には,

新免武蔵藤原玄信,

の事蹟と,その兵法,

二刀一流,

を詳説したものである。二刀一流は,初期には,

円明流,

といい,最晩年に,

二天一流,

と名づけた。

僕は,剣には疎いので,素人判断で,かつて『五輪書』を読んだとき,間合いと拍子ということに要があるという点に強い印象を受けた。たとえば,「秋猴の身」というのが水の巻にある。

敵が打つ前に,身を早く寄せていく呼吸,

あるいは,「膝膠の身」というのは,

相手に身を密着させて離れない,

という。立ち合っている最中のことである。この間合いの一気の詰め方は,「敵を打つに一拍子の打ち」にある,

彼我ともに太刀の届くほどの位置をとり,敵の心組みができない前に,自分の身も動かさず,心も動かさず,すばやく一気に打つ拍子,

と通底するものだと思う。武蔵は,「間合い」を,

間積り,

と呼ぶ。

img124.jpg

(間積り 本書より)


本書に,「間積り」について,こうある。

「進んで敵を打つには太刀を何尺突き入れれば届くかという正確に見積もりが『間積り』である。円明流では『立ち合い積り』と呼んで太刀の寸を例に説明している。切先から約五寸の物打の部分を『過去』と呼び,鍔元から五寸ばかり先を『未来』と呼び,残りの中央部分を『現在』と名づける。
 『過去』で敵の現在へ寄った瞬間に敵の太刀に乗って攻撃するか,もし現在までに接近できないうちに,敵の動きが早ければ退って次の機会を狙う。『過去』から敵の『未来』を打っても届かないから二歩踏み込み,手の伸び一尺を加えると,辛くも敵の小手を切り付けることができる。」

あるいは,

「切先五寸の空間を越して二歩踏み込んでも七寸,つまり現在にわずか二寸しか交わっていない。敵が太刀をあげて始動すれば良くて合打ち,悪くすれば踏み込むと同時に切られる。できれば現在と未来の境目,つまり鍔元五寸まで接近して打ち込めば失敗しない。過去から現在に近寄って,打ち込むか退ろうかなどと思案するのは禁物である。過去から未来を打てば打ち外すから,現在へかかれば素早く未来を越して打たねばならない。切先五寸のうち,その一,二寸が届くか否かで勝負が決る。
 したがって敵の切先が交わらない前に,何歩踏み込めば切り付けることができるかを素早く見積もるのが,『間積り』と呼ばれ,身長,太刀の長さを比べて,一瞬のうちに判断しなければならないから,多くの経験が要る。昔は『間積り』や,防ぎ技を変じて攻め技への返しは目録以上の者でなければ教えなかった。基本技に習熟しなければ『間積り』ができず,できない者に秘伝を伝えても理解できないと見たからである。」

と。武蔵やその弟子の事蹟を見ると,相手は手も無く追いつめられる。たとえば,熊本に入り,柳生の高弟氏井孫四郎と立ち合ったとき,庭の隅に追い詰められたし,それを見て自ら立ち合った細川忠利は,武蔵から木刀を面上に突きつけられたまま追い詰められる。間合いの負けである。
あるいは,明石滞在時,夢想権之助に立ち合いを迫られた折,

「武蔵は,わが兵法は打太刀を慥えて使うような型剣法ではない,何処から打ち込んできても即座に打ち込める兵法である,と答えると,権之助は四尺の棒で不意に打ち掛かった。武蔵は楊弓細工をしていて手にした割木で立ち向かい隅に追い詰め,眉間を打って,その場に倒した。」

というのも同じである。

Miyamoto_Musashi_Self-Portrait.jpg

(武蔵晩年の肖像 熊本市島田美術館蔵。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E8%94%B5より)


武蔵の兵法は,剣術を指さない。剣術を,

一分の兵法,

と言い,用兵作戦術を,

大分の兵法,

と呼び,一分の兵法の達人にならなければ,大分の兵法はわからない,とした。あくまで,戦国時代を生きたものの実践の書である。だから,「二刀」についても,地の巻で,

「一命を捨てる程の時は道具を残さず役に立てたきもの也。道具を役に立てず腰に納めて死する事本意に有るべからず。然れども両手に物を持つ事左右共に自由には叶い難し。太刀を片手にて取習はせんため也。」

と実践的な理由である。

「太刀は広き所にて振り脇差は狭き所にて振る事先ず道の本意なり。此の一流に於いて長きにても勝ち短きにても勝つ。故によつて太刀の寸を定めず何れにても勝つ事を得る心一流の通也。太刀一つ持ちたるよりも二つ持つてよき所,大勢を一人で戦ふ時,又取籠り者などの時によき事あり」

大勢を相手にする「多敵の位」では,

「我刀脇差を抜いて左右へ広く太刀を横に捨て構へる也。敵は四方より懸るとも一方へ追廻す心也。敵懸る位前後を見分けて先へ進む者には早く行逢ひ,大きに目を付けて敵打ち出す位を得て,右の太刀も左の太刀も一度に振り違へて,行く太刀にて其敵を切り戻る太刀にて脇に進む敵を切る心也」

とし,

「如何にしても敵を一重に魚つなぎに追ひ廻す心に仕掛け」

とは,なかなか面白い表現である。

個々の剣法にその魅力があるのではない。武蔵はその極意を,

乾坤をそのまま庭にみる時は,我は天地の外にこそ住め,

と詠んだ。これが,

二天,

の意味である。これは,目付について,

観見二つの見様,

というのと通じる。風の巻に,

「観の目強くして敵の心を見,其場の位を見,大きに目を付けて其戦の景気を見折ふしの強弱を見て,正しく勝つ事を得る」

とし,

小さく目を付くる事なし,

と。武蔵に柳生一門はほぼ歯が立たなかった。それは,道場剣術ではないからに違いない。

身に楽を巧まず,
身ひとつに美食を好まず,
心常に兵法の道を離れず,

等々と「独行道」に書いた武蔵は,「たるみ」「ゆるみ」を厭い,入浴を嫌って「濡れた手拭いで汗を拭く程度」だっという。弟子の黒田家家臣小河露心は,関ヶ原で手柄を立て,戦場で生死をかけて戦ってきた者にとって,武蔵の兵法なんぞ何程かと思ったが,ついに打ち込めず,門人になった後も,隙あらばと思ったが,

「武蔵が木刀を取ってクワッと開いて立ち出ると,身が縮まるような気がして思わず知らず後へ下がり,ついに一本も打つことができなかった。」(兵法先師伝記)

という。どこにも隙がないのである。

宮本武蔵《枯木鳴鵙図》.jpg

(枯木鳴鵙図 和泉市久保惣記念美術館 http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/204399より)


武蔵の兵法も,独学だが,絵も,彫刻も独学である。それもまた,

兵法の境地,

を描いている。僕は個人的には,「枯木鳴鵙図」が好きである。

参考文献;
小澤正夫『宮本武蔵―二刀一流の解説』(吉川弘文館)

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2018年08月08日

ゆめゆめ


「ゆめゆめ」は,

努々,

と当てる。

努力努力,
夢々,

とも当てる。

ゆめ~するなかれ,

といった使い方をするが,強めて,

ゆめゆめ,

という言い方をする。『広辞苑』には,

「ゆめ(努)を重ねた語。禁止・否定などの語をを伴う」

とある。

必ず必ず,けっしてけっして,きっときっと,

という意味が,

つとめて,精出して,

となり,更に,

少しも,夢にも,

といった意味に変化していくようである。本を読んでいたら,

努々,

に,

努々他見成るまじく候(『異本五輪書』)

の「努々」を「どど」とルビを振っているのを見かけた。ゆめゆめ,というよりは,どど,という方が何となく重みが出るせいだろか。

「ゆめ」は,

努,
勤,
努力,

等々と当てるが,禁止を伴い,

けっして,必ず,少しも,
つとめて,

といった意味になる。「努力」「努」「勤」という字を当てて意味を含ませたい意図がよくわかる。その意味で「夢」の字を当てるのは,後世になってからではないか,という気がする。たとえば,

ゆめにも思わない,

に「夢」を当てるのと,「努」を当てるのでは,含意が違う。「つとめて」という意思のニュアンスが出ない。

『岩波古語辞典』には,

謹,
努,

を当て,

「ユはユユシ(忌)のユ。メは目で,見ること。清め謹んだ目でよく見よと強く命令し,注意を促すのが原義。禁止の『な』とともに使うことが多い。平安時代以後は『夢』と混同することもあったようで,仮にも,よもや,の意」

とあり,「決して」の「努」と,「少しも」の「夢」では,含意がずれる。『大言海』は,「努力」とあてる「ゆめ」と,「夢」と当てる「ゆめ」を別項を立てている。前者の「ゆめ(努力)」は,

「[斎(い)め(斎むの命令形),の転音。類書纂要『努力,用心也』]強く禁止する意を云ふ語」

とし,後者の「ゆめ(夢)」は,

少し,いささか,

と説明する。ただ,この「『大言海』の「斎め」説は,今日,疑問視されている。『日本語源大辞典』は,

「古く,潔斎する意の動詞『斎(ゆ)む』の命令形とされてきたが,『ゆむ』が四段活用とすると『め』は甲類音のはずだが,この『ゆめ』の『め』には乙類の仮名が使われているので,疑問が残る。また,『ゆゆし』などの『ゆ』と,『め(目)』から成るもので,物事を忌み謹んだ目をもって注視せよという,いわば誓詞,忠告の働きから出たものとする説もある。平安時代以降は『夢』と混同されて,『夢にも…(しない)』の意が生じた」

としている。やはり,

イム(斎・忌)の命令形イメの義(万葉集類林・雅言考・万葉考・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源=賀茂百樹・東歌疏=折口信夫),
イミ(忌)の義(和語私臆鈔・言元梯),

が多いが,他に,

ヨクモシ(能)の義(名言通),
ユミエ(湯見)の義(国語本義),
ユルマセ,ヤツミセの反(名語記),
イマシメまたはイサメの約(俚言集覧),
ユメ(夢)と同源(和句解),

とあるが,『岩波古語辞典』の,

ユはユユシ(忌)のユ。メは目で,見ること。清め謹んだ目でよく見よと強く命令,

とする説が,一歩リードというところだろうか。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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ラベル:ゆめゆめ 努々
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2018年08月07日

こわい


「こわい」は,

怖い,
恐い,
強い,

と当てる。「怖い」「恐い」は「強い」と同源とある(『広辞苑』)。『岩波古語辞典』の「こはし」には,

「表面が堅くて弾力性に乏しいのが原義」

とある。『大言海』は,「強い」と「怖い」を別項にし,「恐し」では,

「凝り張るの語根を活用せさせたる語あるべきか(凝凝(こりこり)し,こごし。強張る,こはる)」

とし(字鏡「硬,コワシ」),「恐し」は,

「(強しの)語意の転じたるなり。強(こわ)きものは恐ろしき意」

とする。どうやら,「強い」の,

硬くごつごつしている,
ごわごわしている,
てごわい,
強情である,
生硬である,
骨がおれる,

といった意味の外延に,

おそろしい,

という意味がつながっていった,と見られる。『日本語の語源』も,

「コハシ(強し)は『強い。勇猛である。強力である』という意味の言葉である。〈勇み悍(こは)き士(ひと)あり〉(垂仁紀)。強者に対する恐怖の念から「そろしい」という意のコハシ(恐し)に転義した。〈すれ山の神(女房)ハコハシ〉(狂・花子)。さらにコワイに転音した。」

とし,それに基づいて,『日本語源広辞典』は,「こわい(恐い)」の語源を,

「コワ(強)+シの口語化」

としている。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ko/kowai.html

も,

「こわいの古形は『こはし(こわし)』で,『強い(こわい)』の意味にある『かたい』が原義。そこからこわいは『強い(つわい)』『強情だ』という意味も表すようになり,中世ころから『おそろしい』といった意味が含まれるようになった。『こはし』の『こは』は,『やはし(やわい)』の『やは』に対する語なので,『こる(凝る)』『こゆ(凍ゆ)』『こほる(凍る)』などの語の語根を活用させた語と考えられる。」

としている。『日本語源大辞典』は,「怖い」「恐い」は,

コハシ(強)の転(大言海),
古義は柔らかくない義(毎日の言葉=柳田國男),

というか載せないが,「強い」については,

コリハル(凝張)の語根を活用させた語か(大言海),
コはシコ(醜)のコでコハ(凝張)の意がある(日本語源=賀茂百樹),
キハラシキ(木張如)の義(名言通),
コは強,剛の字音から。ハシは付字(和句解),
カハ(皮)から(続上代特殊仮名音義=森重敏),

と,いずれも,確定的ではない。『語源由来辞典』の,

「『こる(凝る)』『こゆ(凍ゆ)』『こほる(凍る)』などの語の語根を活用させた語」

とする説が,『大言海』の説とも併せてみると,最も妥当に思えてくる。

ちなみに,「強」「怖」「恐」の漢字を当ててこそ,使い分けができたのだから,その字源を見ておく。

「強」の字については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/460927593.html?1533582258

で触れたが,

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%B7

にあるように,

「会意説:『弘』+『虫』で、ある種類の虫の名が、『彊』(強い弓)を音が共通であるため音を仮借した(説文解字 他)、または、『弘』は弓の弦をはずした様で、ひいては弓の弦を意味し、虫からとった強い弦を意味する(白川静説)。会意形声説:。『弘』は『彊』(キョウ)の略体で、『虫』をつけ甲虫の硬い頭部等を意味した(『漢字源』)。」

と諸説あるが,「強」の対比「弱」が,

「模様や飾りのついた柔らかな弓」

と,「弓」と関わる。「強」の字も,「弓」についての説明がなければ,「弱」との辻褄が合うまい。

「怖」(漢音ホ,呉音フ)の字は,

「形声。『心+音符布』で,何かに迫られた感じでおびえること」

とあり(『漢字源』),

https://okjiten.jp/kanji1268.html

「形声文字です(忄(心)+布)。『心臓』の象形と『木づちを手にする象形と頭に巻く布にひもをつけて帯にさしこむ象形』(木づちでつやを出した『ぬの』の意味だが、ここでは、『怕』に通じ(「怕」と同じ意味を持つようになって)、『おそれる』の意味)から、『おそれる』を意味する『怖』という漢字が成り立ちました。」

とする。「恐」(漢音キョウ,呉音ク)の字は,

「会意兼形声。上部の字(音キョウ)は,『人が両手を出した姿+音符工』からなり,突き通して穴をあける作業をすること。恐はそれを音符とし,心を加えた字で,心の中が突きぬけて穴のあいたようなうつろな感じがすること」

とあり(『漢字源』),

https://okjiten.jp/kanji1164.html

は,

「会意兼形声文字です(巩+心)。『心臓』の象形と『工具:のみの象形と5本の指のある手の象形』(『慎み深く(控えめ)に工具:のみを手にする』の意味)から、『慎み深い心』、『おそれ』を意味する『恐』という漢字が成り立ちました。」

とする。漢字の意味の翳がなければ,和語がいかに薄っぺらかが思い知らされる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2018年08月06日

つよい


「つよい」は,

強い,

と当てる。『岩波古語辞典』には,

「『弱し』の対。芯がしっかりしている意。類義語コワシは,表面が堅くて弾力性がない意。カタシ(堅)は形がきちんとしていて,壊れず,崩れない意」

とある。それに当てた「強(强)」(漢音キョウ,呉音ゴウ)の字は,

「会意兼形声。彊(キョウ)は,がっちりとかたく丈夫な弓。○印は丸い虫の姿。強は『○印の下に虫+音符彊の略体』で,もと,がっちりしたからをかぶった甲虫のこと。強は彊に通じて,かたく丈夫な意に用いる。」

とある(『漢字源』)が,少しわかりにくい。

https://okjiten.jp/kanji205.html

は,

「会意兼形声文字です。『弓』の象形と『小さく取り囲む文字と頭が大きくてグロテスクなまむし』の象形(『硬い殻を持つコクゾウムシ、つよい、かたい』の意味)から、『つよい』を意味する『強』という漢字が成り立ちました。」

とするが,これも意が通じない。

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%B7

は,

「会意説:『弘』+『虫』で、ある種類の虫の名が、『彊』(強い弓)を音が共通であるため音を仮借した(説文解字 他)、または、『弘』は弓の弦をはずした様で、ひいては弓の弦を意味し、虫からとった強い弦を意味する(白川静)。会意形声説:。『弘』は『彊』(キョウ)の略体で、『虫』をつけ甲虫の硬い頭部等を意味した(藤堂)。同系字:剛。」

と,ますますわからない。

http://kanjibunka.com/kanji-faq/old-faq/q0435/

では,

043501.gif



「字源に関する基本的な文献、『説文解字(せつもんかいじ)』を見ると、『強』に関しては図のように記述されています。…まず一番上に『強』という字が示されていて、その次に書いてある妙な形をした図形は、篆文(てんぶん。篆書)の『強』。そしてその下には、『強』は『虫へん』に『斤』と書く漢字と同じである、と書いてあります。…この『虫へん』に『斤』…は、コクゾウムシという、固い殻をかぶった昆虫の一種を表す漢字だ、とされています。つまり、『強』とは本来、コクゾウムシを表す漢字であって、その殻が固いことから、『つよい』という意味へと変化してきた、というわけです。」

とあるから,「甲虫」か「コクゾムシ」となるが,白川説の,「虫からとった強い弦」というのは,

「『字統』(白川静,平凡社)によれば、『強』に含まれる『虫』はおそらく蚕(かいこ)のことで、この漢字は本来、蚕から取った糸を張った弓のことを表していた、ということになります。その弓の強さから転じて「つよい」という意味になったというわけです。」

となる。しかし,「よわい」「弱冠」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/460877436.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/460804485.html?1532912174

で触れたように,「弱」は,

「模様や飾りのついた柔らかな弓」

と,「弓」と関わる。「強」の字も,「弓」についての説明がなければ,「弱」との辻褄が合うまい。

さて,『日本語源広辞典』には,「つよい」について,

「縄文時代からの言葉です。日本書紀には,勁,八世紀の経典には,健,堅。近世人情本には,強が使われ現代に至ります。」

とあり,「つよい」は,勁,健,堅,強と使い分けてきたものらしい。あるいは,「つよい」も含意が変わってきたのかもしれない。

「勁」(漢音ケイ,呉音キョウ)の字は,

「会意兼形声。巠(ケイ)は,上下のわくの間に,縦糸をぴんと張った姿。勁はそれを音符とし,力を添えた字で,足るまずぴんと張ること,つよい力で張り切る意に用いる」

「健」(漢音ケン,呉音ゴン)の字は,

「会意兼形声。建は『聿(筆の原字で,筆を手で立てて持つさま)+廴(歩く)』の会意文字で,すっくとたつ,からだをたてて歩く意を含む。健は『人音符建』。建が単にたつ意となったため,健の字で,からだを髙く立てて行動するの原義をあらわすようになった」

「堅」(ケン)の字は,

「会意兼形声。臤は,臣下のように,からだを緊張させてこわばる動作を示す。堅はそれを音符とし,土を加えた字で,かたく締まって,こわしたり,形をかえたりできないこと」

と,それぞれの含意をねこめて「つよい」の意味の陰翳を漢字に託したのであろうか。

さて,「つよい(つよし)」の語源は,『大言海』は,

「突能(つきよ)しの略。弱しに対す」

とある。『日本語源広辞典』も,

「ツ・ト(突・鋭利)+ヨ(能)+シ(形容詞語尾)」

とし,「突き方の強さ」を指す,とするのである。『日本語源大辞典』が挙げる諸説も,

副詞ツユ(露)と同源(続上代特殊仮名音義=森重敏),
ツは強いさまを表現するときに発する音,ヨは弥の義(日本語源=賀茂百樹),
ヨロヅヨキの義か(和句解),
ツヨはイツヨ(稜威弥)の義,
人も物も多数寄り集まると国家が強くなるところから,ツは一ツ二ツのツ,ヨは寄り会う義(国語本義),

をのぞくと,

ツクヨキ(突能)の義(名言通),
ツキヨシ(突能)の略(大言海),
ツク(突)意から出た語か,ヨは助声(国語の語根とその分類=大島正健)
ツはト(鋭)の転。ヨは形容接尾語ヤの転,シは活用語尾。精鋭の転義(日本古語大辞典=松岡静雄),

と,今日の「つよい」の,

力が優れている,
丈夫である,
気丈である,
堅固である,

等々の意に比べると,限定的に鋭利さ,鋭さを指していたように見える。漢字に,勁,健,堅,強等々と当て分けていくことで,意味の範囲を広げたようである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル:つよい 強い
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2018年08月05日

弱虫


「弱虫」

意気地のないものを罵っていう語,

とある(『広辞苑』)が,『江戸語大辞典』の,

弱いこと,
弱いことを罵っていう語,

というのがシンプルなのではないか。「虫」は,いわゆる「昆虫」の意の他は,

癇癪,
腹痛,

などを指して,「腹の虫」「癇癪の虫」といったり,

ふさぎの虫,

というように,

「潜在意識。ある考えや感情を起すもとになるもの,古くは心の中にある考えや感情をひき起す虫がいると考えていた」(『広辞苑』)

それが広がって,

本の虫,

等々というが,その流れに,

虫が知らせる,
虫がいい,
虫が好かぬ,
虫が障る,

等々。それを拡げて,

「ちょっとしたことにもすぐそうなるひと,あるいはそういう性質の人をあざけっていう語」(『広辞苑』)

の中に,

弱虫,
泣き虫,

は入るようだ。この「虫」は,「むし」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/450968686.html

でふれたように,

Taijojo_Sanshi.jpg

(唐代の中国の書『太上除三尸九虫保生経』にある三尸の画。向かって右から順に上尸、中尸、下尸。人の腹の中に棲むと信じられた https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B0%B8より)

虫の知らせ,腹の虫,腹の虫が治まらない,虫の居所が悪い,虫が(の)いい,虫が(の)好かない,獅子身中の虫等々の言い回しがされたのは,

「日本では《三尸の虫》(さんしのむし)というものの存在が信じられた。これは中国の道教に由来する庚申信仰(三尸説)。人間の体内には、三種類の虫がいて、庚申の日に眠りにつくと、この三つの虫が体から抜け出して天上に上がり、直近にその人物が行った悪行を天帝に報告、天帝はその罪状に応じてその人物の寿命を制限短縮するという信仰が古来からあり、庚申の夜には皆が集って賑やかに雑談し決して眠らず、三尸の虫を体外に出さないという庚申講が各地で盛んに行われた。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%AB

とあり,体内に虫がいると信じそれがさまざまなことを引き起こすという考えを抱いていたからである。ちなみに,「三尸」とは,正確には,

「中国,道教において人間の体内にいて害悪をなすとされる虫。早く,晋の葛洪の《抱朴子》には,人間の体内に三尸がおり庚申の日に昇天し司命神に人間の過失を報告して早死させようとすると記す。くだって,宋の《雲笈七籤》所収の《太上三尸中経》では,三尸の上尸を彭倨,中尸を彭質,下尸を彭矯と呼び,この三彭は小児や馬の姿に似,それぞれ頭部,腹中,下肢にあって害をなす。庚申の日,昼夜寝なければ三尸は滅んで精神が安定し長生できると記す。」(『世界大百科事典 第2版』)

「庚申」とは,

「庚申の日に、仏家では帝釈天たいしやくてん・青面金剛しようめんこんごうを、神道では猿田彦を祀まつって徹夜をする行事。この夜眠ると体内にいる三尸の虫が抜け出て天帝に罪過を告げ、早死にさせるという道教の説によるといわれる。日本では平安時代以降、陰陽師によって広まり、経などを読誦し、共食・歓談しながら夜を明かした。庚申。庚申会。」

で,これを「庚申待ち」と呼ぶらしい。また,「三尸」とは,

「三尸(さんし)とは、道教に由来するとされる人間の体内にいると考えられていた虫。三虫(さんちゅう)三彭(さんほう)伏尸(ふくし)尸虫(しちゅう)尸鬼(しき)尸彭(しほう)ともいう。
60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられ、そこから、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が行われた。一人では夜あかしをして過ごすことは難しいことから、庚申待(こうしんまち)の行事がおこなわれる。
日本では平安時代に貴族の間で始まり、民間では江戸時代に入ってから地域で庚申講(こうしんこう)とよばれる集まりをつくり、会場を決めて集団で庚申待をする風習がひろまった。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B0%B8

とあり,

「上尸・中尸・下尸の3種類があり、人間が生れ落ちるときから体内にいるとされる。『太上三尸中経』の中では大きさはどれも2寸ばかりで、小児もしくは馬に似た形をしているとあるが、3種ともそれぞれ別の姿や特徴をしているとする文献も多い。

病気を起こしたり、庚申の日に体を抜け出して寿命を縮めさせたりする理由は、宿っている人間が死亡すると自由になれるからである。葛洪の記した道教の書『抱朴子』(4世紀頃)には、三尸は鬼神のたぐいで形はないが宿っている人間が死ねば三尸たちは自由に動くことができ又まつられたりする事も可能になるので常に人間の早死にを望んでいる、と記され、『雲笈七籤』におさめられている『太上三尸中経』にも、宿っている人間が死ねば三尸は自由に動き回れる鬼(き)になれるので人間の早死にを望んでいる、とある。」(仝上)

と詳しい。

「弱虫」も,その「三尸(さんし)」のせい,ということになる。自分の咎ではない,と言い訳できるところがみそ。『笑える国語辞典』

https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%82%88/%E5%BC%B1%E8%99%AB%E3%81%A8%E3%81%AF-%E6%84%8F%E5%91%B3/

は,「弱虫」の項で,

「弱虫とは、臆病な人、意気地のない人をあざけっていうときに用いる言葉。『泣き虫』が『すぐ泣いてしまう人』を意味するように、『虫』は『ある性格をもった人』のこと。しかし『弱虫』に対する『強虫』という言葉がないように、人間に追いかけ回されてたたきつぶされる貧弱な性質がすでにこの『虫』という言葉に表現されており、『金食い虫』『点取り虫』なども同様に、弱々しい性質の人をあざけるのに主に用いられる。ただし『本の虫』『研究の虫』などといったときの『虫』は、本にとりついて紙を食べる虫のように本や研究を生きがいとしている人をいったものであり、『弱虫』の『虫』ほどあざける気持ちはなく、同じ『虫』でもさまざまなプロフィールがあることを頭に入れておかなければならない。」

とし,既に,「三尸」が忘れられていることを示している(『大言海』は,「三尸蟲」(さんしちゅう)としている)。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B0%B8

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ラベル:弱虫 三尸
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2018年08月04日

共振れ


對馬有輝子 個展(報美社)に伺ってきた。

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僕は絵を観るとき,タイトルを観,絵を観る。タイトルは,作家の見てほしい(あるいは作家がそこに見た)世界だ。しかし,それと,絵から僕自身が受けるものとは,必ずしもシンクロするとは限らない。なんだ,そんなタイトルか,という思いで,改めて絵を見直し,そこで,絵の見せる(というか,僕が見る)世界とタイトルに示された世界とを重ね合わせる。そのとき,僕がタイトルから見る世界は,作家の見る世界とは異なるはずだ。たしかヴィトゲンシュタイン(だったと思う)が,

人は持っている言葉によって見える世界が違う,

と言った。しかし,同じ言葉だ(を持っている)からといって,同じ世界を見ているわけではない。言葉に,ひとはおのれの経験と知識を見る。もっと峻別するなら,たぶん,ひとは,そのひとの,

自伝的記憶(は多くエピソード記憶と重なる),

を見る。だから,すごく大袈裟な言い方をすると,

作家のタイトルに見る世界
と,
そのタイトルに観客が見る世界,

は別々なのだ。だから面白い。しかも今回,タイトルは,凝りに凝って,ある意味,抽象度が高く,

詩的,

であるだけに,様々に思い入れる陰翳がまつわりつく。その意味では,作家の凝ったタイトルと観る側の言葉にみる世界との微妙な振幅によって,人によって見える世界が異なるのだろう。言葉と絵の共振れによって,見えてくる世界が作家とそれとどう違うのかを,想像しながら観て回るのも,なかなか面白い

昨年の個展については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/448939211.html

で触れた。そこで,作家の「喩」について,言語でいうメタファー(隠喩)になぞらえた。つまり,描かれた具体的な対象は,何かに喩えとして描かれている,という意味である。

今回,それがますます強まっているという印象を受けた。あるいは,別の言い方をすると,

象徴,

と言ってもいい。たとえば,「たったひとつの ゆずれないもの」というタイトルの絵は,龍の手にしているもので象徴的に示される。俗物の僕には,ドラゴンボールに思えたが,それはそれで希望の象徴と見える。

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(「たったひとつの ゆずれないもの」)

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(「あともう少しで」)


(タイトルと絵を記憶違いしているかもしれないが)個人的には,「あともう少しで」にまず指を折る。願望は,いつも,あと少しのところに手が届きそうで届かないまま,水中の月影のようなものだ。次に指を折るのは,一対になっていた「生きとし生けるもの」という大作だ。巨大な鳥の肢と爪をどう見るかによって,絵の奥行が変わるかもしれない。僕には,生きとし生けるものを被う,巨大な生のエネルギー,まさに火の鳥に見えた。喩というかアナロジーは,それを何に見立てるかで,世界は変わるだろう。

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(「生きとし生けるもの」)


コラージュ風な「対話する惑星」や「噂する惑星」もいいが,僕には,案内ハガキの「そこにあるもの」という鶴を象徴にしたものや,「たどりついたときに」のような白馬(天馬とみてもいい)を象徴にしたもののような,躍動する一瞬を切り取ったもののほうが,イメージは広がる気がする。ただ,馬にしろ,鶴にしろ,具体的形象は,どうしてもそのイメージに引きずられ,見る側の飛躍の足枷になる気がする。その意味では,鶴(丹頂鶴)よりは,白馬の方が,さらに,見えない脚と爪のほうが,自分の世界を開ける気がする。

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(「対話する惑星」)

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(「たどりついたときに」)


タイトルの私的言葉と具象的な絵との会話は,作者のそれと観る側のそれとが,交錯して,世界を開く,ということを改めて,いろいろ考えさせられたが,とりわけ,タイトルは,作家にとって,観るものへの一種のチャレンジであることをつくづくと感じ入った。タイトルは重要だと,改めて再認識した。

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2018年08月03日

弱い


「弱」(漢音ジャク,呉音ニャク)の字は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/460804485.html?1532912174

で触れたように,

300px-弱-slip.svg.png

(弱 簡牘文字,戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%B1より)


「会意文字。彡印は模様を示す。弱は『弓二つ+二つの彡印』で,模様や飾りのついた柔らかな弓」

とある(『漢字源』)。これだと「よわい」という意味がよく出ない。

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%B1

には,

「『弓』+『彡』(かざり)の会意文字。装飾的な弓は機能面で劣ることから、『よわい』という意味がでた。」

とあり,

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https://okjiten.jp/kanji206.html

は,

「会意文字です(弓+彡×2)。『孤を描いた状態の弓(たわむ弓)』の象形と『なよやかな毛』の象形から、『よわい、たわむ』を意味する『弱』という漢字が成り立ちました。」

とある。これだと,「弱」の意味に辿り着く。

『岩波古語辞典』は「よわし」の語源を,

「ヤワシの母韻交替形か。『強し』の対」

とある。「やはし」は,「やわらげる」「帰服させる」「平和にする」といった意味だが,

「ヤハは擬態語」

とある。「やわ」は,

和,
柔,

と当て,「やわらかなさま」「弱い」という意味で,今日でも,「やわな奴」「軟な立て付け」等々と使う。しかし,『大言海』は,

「彌折(イヤヲ)れ撓(タワ)れの意。柔(やわ)しに通ずと云ふ」

とある。「やはし」は,

柔,
軟,

と当て,

「彌淡(ヤアハシ)の略」

とする。いずれも,

yahasi→yohasi,

と見ていることは通じている。しかし,『日本語源大辞典』は,同じ,

ヨハはヤハ(柔)の義(言元梯),

を,「仮名遣いが『よわし』であるところから,ヤハ(柔)と同根とする説は無理がある」

と一蹴している。ただ理由を述べていない。

『日本語源大辞典』は,その他に,

イヤヲレワワシ(弥折撓々如)の義(日本語原学=林甕臣),
ヨリタワメキシ(寄撓如)の義(名言通)
ヨは夜の義,ワは縛定る義(国語本義),
ヨハはイトヒタの反。また,イトフタの反。弱い糸は二つに切れるところから(名語記),
ヨハはその音勢が無力のさまのようであるところから(国語溯原=大矢徹),
「弱」の字音ニャクの訛音ヤに接尾語のワのついたもの(語源辞典=形容詞編=吉田金彦),

等々を載せるが,他の語源説「撓む」系の「たわむ」は,

「加えられた力に耐えながら,しやかに曲がる意。類義語シナヒはみずから曲線美をなす意」

とあり,「よわい」という意味と微妙にずれる。『日本語源大辞典』は理由を述べず一蹴するが,

柔(やわ)しに通ず,

とする『大言海』と『岩波古語辞典』の説を採る。少なくとも「やわ(柔)」には,今日に通ずる「よわい」意味があるのだから。

ただ,「やわ」に当てた「柔」(漢音ジュウ,呉音ニュウ)は,

「『矛(ほこ)+木』で,ほこの柄にする弾力ある木のこと。曲げても折れないしなやかさを意味する。」

と,「たわむ」(「撓」の字もしなやかに曲がる意)と通じるところがあり,少し迷うが。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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ラベル:弱い
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2018年08月02日

ガラパゴス


特別展「縄文―1万年の美の鼓動」(東京国立博物館)に伺った。

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案内には,

「縄文時代が始まったとされる約1万3000年前。狩猟や漁撈(ぎょろう)、採集を行っていた縄文時代の人びとが、日々の暮らしのなかで工夫を重ねて作り出したさまざまな道具は、力強さと神秘的な魅力にあふれています。本展では『縄文の美』をテーマに、縄文時代草創期から晩期まで、日本列島の多様な地域で育まれた優品を一堂に集め、その形に込められた人びとの技や思いに迫ります。」

とある。一口に縄文時代と言っても,ほぼ1万年にわたり,紀元後はまだ二千年にしかならない。しかも,縄文時代人などと一口で括れるはずもない。まして,

ニッポンの美の原点,

というほど,今日の日本と重ねていいものかどうかは疑問である。しかし日本人のベースが,縄文人であるらしいことは,たとえば,

主要に日本人を形成したのは、「ウルム氷期の狩猟民」と「弥生時代の農耕民」とが渡来したことだった。「ウルム氷期にアジア大陸から日本列島に移った後期旧石器時代人は、縄文人の根幹をなした」という。「ウルム氷期直後の厳しい自然環境」が改善され生活が安定化していくと、「日本列島全域の縄文人の骨格は頑丈」となり、独自の身体形質を得ていった。そして縄文時代終末から弥生時代にかけて、「再びアジア大陸から新石器時代人が西日本の一角に渡来」した。その地域では急激に新石器時代的身体形質が生じたが、彼らが直接及ばなかった地域は縄文人的形質をとどめ、その後「徐々に均一化」されていった。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA

とする記述がある。通底する気質というものがあるのかもしれない。

そのせいか,ボクは,この展覧会を見ながら,

ガラパゴス化,

の原点を見た,という思いを懐いていた。たしかに,特徴的な土器が多くあるのは確かだが,他の先進文明地帯では,既に,土器の大量生産と商品化が生じ,更には金属器の時代へと移行しようとしているのに,日本では,縄文後期に至っても,土器(あるいは土器の美)を極めようとし,営々と精緻化している。世界全体の流れの中で,何か何周も周回遅れになりながら,なお蛸壺に閉じこもって,土器の精緻化・豪華さを極めようとしている,と見える。

もちろん,祭祀仕様ということはある。あるにしても,僕には,既に大鑑巨砲時代が終っているのに,戦艦大和に拘泥した姿がダブって見え,ちょっと悲しくなった。もちろん縄文人の責任ではない。いつも,一旦決めた方向に突き進んで,回れ右しないのは,後世の日本人の愚さでしかない。

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(笹山遺跡出土・火焔型土器 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E7%84%94%E5%9E%8B%E5%9C%9F%E5%99%A8より)


結局縄文人は,素焼きから自力で抜け出ることは出来ず,焼成温度1000℃以下で野焼きされる縄文土器・弥生土器・土師器に止まり, 1000℃以上で焼成される須恵器(陶質土器)の出現は,古墳時代に朝鮮半島から伝来した窯を築いて焼成する方法を手に入れるまで待たなければならない。陶器に至っては,メソポタミア,エジプトでは前 3000年頃に,中国では前 1400~1300年に出現しているのに,日本では奈良時代になってようやく施釉陶器が現れた。磁器に至っては,中国では後漢時代には本格的な青磁がつくられているのに,文禄・慶長の役で朝鮮人陶工を拉致してきて,1610年代にやっと有田西部の諸窯で磁器(初期伊万里)の製造が始まったという。

そう考えていくと,ますます僕には,縄文末期まで営々と土器の精緻化,装飾花に励んでいる姿か,まさしく,

ガラパゴス,

に見えて仕方がなかった。

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(遮光器土偶・青森県亀ヶ岡遺跡出土 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%AE%E5%85%89%E5%99%A8%E5%9C%9F%E5%81%B6より)


縄文のビーナスもいい。いいが,ギリシャの元祖ヴィーナスは,紀元前100年くらいに製作されている。

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(縄文のビーナス・茅野市棚畑遺跡出土 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%84%E6%96%87%E3%81%AE%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%82%B9わり)
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(ミロのヴィーナス https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%81%AE%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%82%B9より

別に卑下するつもりも,貶めるつもりもない。今日われわれに必要なのは,正確な現実認識ではないのか,とこの頃夙に思う。自分褒めもいい,日本凄いねもいい,しかし,「ミロのヴィーナス」を知った上で,「縄文のビーナス」などと名づけたのだろうか。

確かに,土器として優れていることは認める。しかし,土器は時代から取り残され,千度以上で焼成する須恵器,更には陶器へと移行しつつある時代に鑑みる時,すばらしい,などと言っている場合ではなく,結局取り残された美でしかないのではないか。今日,

モノづくり日本,

などと言っている間に,完全にインターネットしかり,ソフトウエアしかり,今日の主要技術で世界から取り残されつつある(いや,既に取り残されている)今日の姿と重なってしまう。悲観的に過ぎるだろうか。

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2018年08月01日

よわい


「よわい」は,

齢,
歯,

と当てる。

年齢,

の他に,『広辞苑』には,

(歯(し)するの訓読から)仲間に加わること,

の意味が載る。「歯」が「よわい(よはひ)」の意味とされるのは,『漢字源』に,

「歯が年齢によって生減するところから」

とある。「齢(齡)」(漢音レイ,呉音リョウ)の字は,

「形声文字。『齒(とし)+音符令』。数珠つなぎに並ぶ年月で,次々に並ぶ意を含む。歯の生え方で年の違いがわかるので,歯を添えた」

とある(『漢字源』)。

https://okjiten.jp/kanji1477.html

は,

「形声文字です(歯(齒)+令)。『立ち止まる足の象形と歯の象形』(『食物を加えとどめる歯』の意味)と『頭上に頂く冠の象形とひざまずく人の象形』(人がひざまずいて神意を聞くさまから、『命ずる』の意味だが、ここでは、『櫺(れい)』に通じ(同じ読みを持つ『櫺』と同じ意味を持つようになって)、『等間隔に整然と並ぶ』の意味)から、『等間隔に刻ま
れる、とし』を意味する『齢』という漢字が成り立ちました。」

とあり,

http://gaus.livedoor.biz/archives/28667944.html

「形声。音符は令。説文新附に“年なり”とし、字林に“年歯なり”とあり、“とし、よわい”の意味に用いる。獣畜の類は、歯をみて容易にその年齢を知ることができるので、歯を字の要素として含んでいる」(白川静『常用字解』)

とし,いずれも,「歯」の字が中心にある。「歯(齒)」(シ)の字は,

「会意兼形声。古くは口の中のはを描いた象形文字。のち,これを音符に止を加えた。『前歯の形+音符止(とめる)』。物をかみとめる前歯。」

とあり(『漢字源』),もともと「よわい」という意味を持つ。「歯す」には,

齢の順に並ぶ,
馬の歯を見て年をはかる,
順番に並ぶ,
同類と数えられる,

といった意味になる。『広辞苑』のいっていることはここに由来する。

さて「よわい」の語源であるが,『大言海』は,

「世延(ヨハヒ)の義か,或は,生(イキ)の間(アヒダ)の意か,又世間(ヨアヒ)の転ならむと」

とするが,『日本語源広辞典』は,

「『ヨ(世)+ハヒ(延ひ)』です。このようなを生きて命を延ばしていく年数」

説を採る。『岩波古語辞典』は,

「ヨ(一生)ハヒ(延)の意か。多くの人間の,重ね経た年齢に言う。類語トシ(年)は,稲の実りの意から,一年の意。」

とする。「とし」は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/455913434.html?1531723658

で触れたように,『岩波古語辞典』にも,

「稲などのみのりの意。一回のみのりに一年かかるところから,後に,年の意。漢字『年』も原義は穀物の熟する意」

とある。で,「とし」の意味は,

時の単位,

を指すと同時に,

歳月,

に広がり,

年齢,
穀物の実り,
季節,

と意味の幅が広がる。「年」の字も,

「『禾(いね)+音符人』。人(ニン)は,ねっとりと,くっついて親しみある意を含む。年は,作物がねっとりと実って,人に収穫される期間を表す。穀物が熟してねばりを持つ状態になるまでの期間のこと。」

と収穫とつながる。一般的な意味の「世」を「延ふ」よりは,個に焦点を当て,その「生」を「延ふ」なのではないか。そうした方が,「歯」を入れた「齢」の意味が生きる。だから,「年」が,一年という期間を指し,「齢」は,年の重なりの意となる,という「とし」と対比する「よわい」の意味が説得力があるようにみえる。

『日本語源大辞典』をみると,

ヨハヒ(世延)の義(俚言集覧・名言通・和訓栞・柴門和語類集・大言海),
ヨアイ(世間)の義(日本釈名・本朝辞源=宇田甘冥・国語の語根とその分類=大島正健・大言海),
ヨイハヒ(世祝)の義か(和句解),
ヨハヘ(世栄)の義,またヨハヒ(弥老)の転(和語私臆鈔),

と,「世延ふ」説に近い「世」を採る説が多いが。

なお「は(歯)」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/449107768.html

で触れた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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ラベル: よわい
posted by Toshi at 04:26| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする