2014年04月24日

アドラー


アルフレッド・アドラー『個人心理学講義』を読む。

最近,あちこちでアドラーが云々と言われ,読んだかと聞かれる。ずっと,どこかでせせら笑って,スルーしていた。どこかで,僭越ながら,フロイトの幅と深みにかなうはずはないと思っていたからだ。

あまり喧しいので,一応目を通すつもりでWebの紀伊國屋,アマゾンを捜したが,本人の書いた(速記起こしも含め)モノが品切れか,廃刊で,やっと,この本だけが手に入った。入門書や解説書は山のようにあるようだが,そういうのは読む気がしない。生意気だが,他人の目や理解,評価の色眼鏡を通してではなく,自分の目でチャレンジしなくては,話を聞いただけで読んだ気になるのと一緒だ,と思っているところがあるからだ。

そんな経緯で,この本を手にしたが,正直言って,時間を無駄にしたと思っている。少なくとも,この本からは,皆が大騒ぎする理由が皆目読み取れない。頭の悪い僕自身の理解不足を棚に上げて,あえて言い切るが,中井久夫を読んだときの強烈なインパクトやミルトン・エリクソンの衝撃には及びもつかない。

少なくともこの本では,フロイトを批判して別れたが,別の因果論を立ててそれによってものを見ようとしているとしか見えない。フロイトの性欲シフトを批判して,ただ別にフォーカスする色眼鏡を拵えただけだ。今日,フロイトが批判されている因果論を,通俗にしたとしか,頭の悪い僕には受け取れなかった。

たとえば,

サディズムと子どもに対する虐待で告発された男性のケースがある。彼の成長を調べると,いつも彼のことを批判していた支配的な母親がいたことがわかる。それにもかかわらず,彼は学校では優秀で知的なこどもになっていった。しかし,母親は彼の(学校での)成功には満足しなかった。そのため,彼は家族への愛から母親を排除したいと思った。母親には関心を持たず,父親に献身し強く結びついた。
このような子どもが,女性は過酷で酷評するものであり,女性との関わりは,どうしても必要な時でなければ,進んでは持ちたくないと考えるようになったことは理解できる。このようにして,彼は,異性を排除するようになった。その上,不安な時にはいつも興奮するので,このようなタイプの人は,いつも不安を感じずにすむ状況を求めている。後には,自分自身を罰したり拷問を加えたい,あるいは,子どもが拷問されるのを見たいと思うかもしれない。さらには,自分自身や他の人が拷問を加えられるのを想像するのを好むようになるかもしれない。彼は,いま述べたようなタイプなので,このような現実の,あるいは,空想上の拷問の間に,性的な興奮と満足を得るようになるだろう。
この男性のケースは,誤った訓練の結果を示している。彼は自分の習慣との関連を理解していなかったし,もしも理解いたとしても気づいた時には遅すぎたのである。無論,二十五歳や三十歳の人をで適切に訓練することはきわめて困難なことである。適切な時期は,早期の子供時代である。

一読してわかるのは,アドラーの側に人の生き方についての正解がある,と思っているとしか見えないところだ。だから,

子どもの指導に関しては,主たる目的は,有益で健康な目標を具体化することができる適切な共同体感覚を育成することである…。普遍的な劣等感が,適切に活用され,劣等コンプレックス,あるいは,優越コンプレックスを生じないようにするためには,子どもたちを社会の秩序に調和するように訓練することによってしかない。

時代の制約があるにしても,今日の社会構成主義とは,ちょっと異質な考え方といっていい。この背景にあるのは,アドラー独自の劣等感についての考えがある。

優越性と劣等性に結びついたコンプレックスという言葉は,劣等感と優越感の追求の過度な状態に他ならないということを忘れてはならない。そのように見ていくと,二つの矛盾した傾向,即ち,劣等コンプレックスと優越コンプレックスが同じ個人の中に存在するという見かけ上のパラドックスを回避することができる。というのは,優越性の追求と劣等感は,普通の感情として,当然のことながら,相補的なものであることは明らかだからである。もしも現在の状態に,何らかの欠如を感じないのであれば,優越し成功することを求めるはずはない。

劣等感は病気ではない。むしろ,健康で正常な努力と成長への刺激である。無能感が個人を圧倒し,有益な活動を刺激するどころか,人を落ち込ませ,成長できないようにするとき初めて,劣等感は病的な状態となるのである。優越コンプレックスは,劣等コンプレックスを持った人が,困難から遁れる方法として使う方法の一つである。そのような人は,自分が実際には優れていないのに,優れているふりをする。そして,この偽りの成功が,耐えることのできない劣等である状態を補填する。普通の人は優越コンプレックスを持っていない。優越感すら持たない。われわれは,皆成功しようという野心を持っているという意味で優越性を追求する。しかし,このような努力が仕事の中に表現されている限り,精神病の根源にある誤った価値観へと導くことにはならない。

だから,

劣等コンプレックスを見出すケースにおいて,優越コンプレックスが,多かれ少なかれ,隠されているのを見出したとしても驚くにはあたらない。

社会適応は,劣等感と優越感の追求の社会的な結果から引き起こされている。劣等コンプレックスと優越コンプレックスという言葉は,不適応が生じた後の結果を表している。これらのコンプレックスは,胚珠の中にも血流の中にもない。ただ,個人と,その社会環境の間の相互作用のなかでのみ起こるものである。なぜあらゆる人にコンプレックスが起こらないのであろう。すべての人は劣等感を持ち,成功と優越性を追求する。このことがまさに精神生活を構成する。しかし,あらゆる人がコンプレックスを持っていないのは,劣等感と優越感が共同体感覚,,勇気,そしてコンプレックスの論理によって,社会的に有用なものになるよう利用されているからである。

いまひとつ前述の引用からみられる,アドラーの特徴は,原型とライフスタイルである。

原型,即ち,目標を具体的なものにする初期のパーソナリティが形成されるとき,(目標に向かう)方向線が確立され,個人ははっきりと方向づけられる。まさにこの事実によって,後の人生で何が起こるかを予言できるのである。個人の統覚は,それ以後,必ずこの方向線によって確立された型にはまっていくことになる。子どもは,任意の状況をあるがままに見ようとはせず,個人的な統覚の枠組みに従って見る。状況を自分自身への関心という先入観にもとづいてみるのである。

そして,

原型がまさしく現れるのは,困難な,あるいは新しい状況においてである。

われわれは,ある環境の条件の下で,ライフスタイルを見る。(中略)好ましくない,あるいは,困難な状況に置かれたら,誰の目にもその人のライフスタイルは明らかになる。……ライフスタイルは,幼い頃の困難と目標追求から育ってきたものなので,統一されたものである。

例として,ある男性(三十歳)のケースを挙げている。

彼は,いつも最後の最後になって,人生の課題の解決から逃れている。彼には友人がいたのだが,その友人のことを強く疑っていたので,その結果,この友情はうまくいかなかった。友情は,このような条件の下では育たない。なぜなら,このような関係においては,相手が緊張するからである。言葉を交わすくらいの友人はたくさんたにもかかわらず,本当の友人がいなかったのは容易に想像がつく。(中略)
その上,彼は内気だった。赤い顔をしており,話す時には時々いっそう赤くなる時があった。この内気さを克服できれば,よく話せるようになるだろうと考えていた。……このような状態のときには,人にいい印象を与えることができなかったので,知人の間で好かれることはなかった。彼はこのことを感じており,結果としてますます話すのが嫌いになった。彼のライフスタイルは,他の人に近づくと自分自身にだけ注意を向けるというものであるといえよう。

で,アドラーは,こう診断する。

劣等感を減じることである。劣等感をすっかり取り除くことできない。実際私たちはそうすることを望んではいない。なぜなら,劣等感は,パーソナリティ形成の有用な基礎となるからである。しなければならないことは目標を変えることである。…ケース…の目標は,他の人が自分より愛されるということを理由に逃避するというものである…。私たちが取り組まなければならないのは,このような考えである。

アドラーは,自分の心理学を個人心理学と名付けたが,それは,

個人の生を全体としてみようとし,単一の反応,運動,刺激のそれぞれを,個人の生に対する態度の明確に表された部分とみなしている。

重要なことは,行為の個々の文脈,,即ち,個人の人生におけるあらゆる行為と動きの方向を示す目標を理解することである。この目標をみれば,様々なばらばらな行為の背後にある隠された意味を理解することができる。それらは全体の部分として見ることができる。逆に,部分を考察する時,それを全体の部分として考察すれば,全体についてよりよく理解することができる…。

精神の運動は器官の運動に似ている。どの心のうちにも現在の状況を超えていき,将来に対する具体的な夢を仮定することで,現在の欠陥と困難を克服しようとする目標,あるいは理想という概念がある。この具体的な目的,あるいは,目標によって,人は自分が現在の困難に打ち勝っていると考えたり感じることができる。将来,成功すると心のうちで考えているからである。この目標という観念がなければ,個人の活動はどんな意味も持たなくなる…。
この目標を定め,それに具体的な形を与えることは,人生の早期,即ち,子ども時代の形成期の間に起こる…。成熟したパーソナリティの一種の原型,あるいは,モデルが,この時期に発達しはじめる…。

たぶん,このあたりの考え方が,アドラー信者の魅力の根拠なのだろうとは推測がつくが,僕には,「…で,それがどうした?」という感覚で,スルーしがちだ。まあ,権力というか,成功志向の人にとって意味のある言葉なのだとは思うが,僕には…。

で,個人心理学が目指すのは,

「社会」適応である,

とアドラーへは言い切る。それが,目的である。それが,すでに社会構成主義とは相いれない。正解がありき,だからである。

個人は,ただ社会的な文脈の中においてだけ,個人となる。

誤った原型を持った少年が,後の人生,例えば,十七歳か十八歳という成熟しかけている年齢になったときどうなるか…。

社会適応の欠如は,原型において始まっている…。

どんな思想家も,おのれの中に,一般化原則を見つけ,それを一般化する。フロイトにもそれがある。だから,同意できるところがなくもない。しかし,どんな生き方が,有用で,無用なのかを,切り分けられる思想を,僕は好まない。それは,俺の勝手だからだ。

どこに正解がある,という思想は,現代にはなじまい,改めてそう確信した。

まあ,僕ひとりの妄想かもしれないが…!


参考文献;
アルフレッド・アドラー『個人心理学講義』(アルテ)

今日のアイデア;
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2014年04月23日

さげ


予定が詰まっているのに,無理やり,桂扇生独演会,

https://www.facebook.com/events/223799271148682/?ref_newsfeed_story_type=regular

に参加し,蒲田から四谷三丁目まで駆け足で駈けつけた。

不思議で,会場へはいった瞬間,すでに第二席が始まっていて,

笑い,

がどっと押し寄せたが,そこからはねつけられた感じがして,話が最初読めないでいたが,

若旦那,



幇間,つまり太鼓持ち,

とのやりとりで,鍼を打たせろ,嫌だというやり取りを聞いていて,ようやく,ああ,と思い当たることがあって,話の舞台に入れた。これが初めて聴く噺だったら,もっと入るのが遅れ,じれったかったに違いない。

落語の本題に入る前に,まくらというものがある。

枕とは,枕は,観客を温める,これからする話の前フリをしておくなどの役割を果たす,

と言われるが, 噺家が,まくらから語って,徐々に本編にフェイドインしていくには,それなりの理由があるのだと思うが,僕は,現実の世界,しかもこの世知辛い世の中の時間と空間の感覚の観客に,

物語世界の表紙をめくる,

というか,

くぐり戸を入る,

とというか,

別世界へと誘うには,とくにそれが古典のように,百年も二百年も前の時空へと誘うには,それなりのウォームアップがいる。聴き手の感覚を聴覚に集中させ,まあ,聴き入らせる,というようなことがいるのだろうと,想像している。ちょうど,レム睡眠時,身体と脳のリンクが切られるように,見聞きする感覚が,落語家の声と振る舞いに集中させて,他の感覚を削ぎ落していく作業のように思う。

もっとも,10代目柳家小三治師匠は,(一門の方から聞いたところでは)まくらがやたらと長いそうで,「マクラの小三治」との異名も持つ,と聞く。そういえば,アメリカ体験を語った噺は,まくらそのものの延長版の気がする。

だから,そのまくらを経ないで,いきなりその世界に入ってしまうと,木の根から不思議の国にいきなり落ち込んだアリスのように,ちょっと,こっちの感覚がついていけない。

たまたま,その本編の内容を知っていることで(といっても,そうだろうなという程度の感覚でも),その空気感のようなものがあり,まあ世界へと,もぐりこみやすかっただけだ。

最後の一席をまっとうに聴けたが,初めて聞いたせいで,最後まで演目が分からず,帰ってから調べたら,

三井の大黒

という,三井家に伝わる大黒のいわれを,左甚五郎の逸話として語るものだが,

一種の貴種流離譚,

というか市井に隠れた名人,というような話だ。ところが,坐った席が,悪く,最後を聞き逃した。もともと三井家には,阿波の運慶の恵比寿があり,それの対として,それに匹敵するような大黒像を頼まれたのだが,恵比寿には,運慶の,

商いはぬれてであわのひとつかみ

という句があり,大黒像を三井家の支配人に引き渡す際,それに下の句を,甚五郎がつけた,

○○○…

が,聞えなかったのだ。

もともと,落語は,

最後に「落ち(サゲ)」がつくことをひとつの特徴としてきた経緯があり,「落としばなし」略して「はなし」ともいう,

というほど,枕,本編,オチ,で成り立つ。その最後の詰めの部分を聞き逃したのだから,気になって仕方がない。周りに聞いたが,よく聴き取れていないらしい。で,懇親会で,扇生師匠に直接伺った。

オチはない,

と言われたが,下の句は,

まもらせたたまえふたつかみたち(守らせたまえ二つかみたち),

という,一対で,二摑み(二つ神)を懸けたところで,終えたのだが,ここを聞き逃したのだから,僕は,それを聞くまで,まだあの大工たちと一緒に,江戸の町(の物語)から抜け出せないでいた。

画竜点睛を欠く,

というのはこういう感じかもしれない。

落語は,あくまで聴力を傾けて,それを糸口に,物語世界に入っていく,そのただなかに入っていくと,噺家も噺家の声も,そのリアルの存在を消して,ただ声が物語世界を描写するのを,イメージとして頭に描く。

で,最後,その下げが,

我に返る,

というか,このリアル世界への切符というか,くぐり戸なのだから,それが手に入らないうちは,そのあたりにとどまって,うろうろしていることになる。

確かに,物語は完結したという,

完,

が出ないうちは,フェードアウトできない。それが,

オチ,



下げ,

なのだと思う。



今日のアイデア;
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posted by Toshi at 04:29| Comment(1) | 落語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月22日

アサーティブ


ブリーフセラピー研究会+日本ソリューショントーク協会の『カウンセリングとアサーション』(講師;平木典子先生),

http://solutiontalk.jp/2014/0420/

に参加してきた。

大事なことは,アサーションは,ナラティブセラピーと同様,人権と深く結びついている,ということだ。たとえば,

アサーションとは,ひとりひとりを大切にする,

というと,コーチングやカウンセリングに関わっている人にとって,当たり前だ,と思うかもしれない。しかし,それは,

基本的人権の尊重,

と同じだと言われたときに,どんな反応をするか。目の前の人にするのと同様,

この世界のすべての人,一人一人を大事にすること,

とは,

ひとりひとりの人権,

つまり,

人間としての権利,人権思想において人間が人間として生まれながらに持っていると考えられている社会的権利のこと,

であり,実定法上の権利のように剥奪されたり制限されたりしないものだということだ。その意味で,

人間が,一人の人間として人生をおくり,他者とのかかわりをとりむすぶにあたって,決して侵してはならないとされる人権であり,すべての人間が生まれながらにして持つ,

ということが,一人一人を大切にすること,を社会的な視野の中で考える,ということだ。でなければ,限定されたセッションの中だけの密閉された思想に過ぎない。いや,逆に言うと,

基本的人権の考えがあるから,一人一人を大切にする,

と言い換えてもいい。ここは,たぶんアサーション(ナラティブセラピーも)を考える時の骨格なのだと思う。そこから,

人は皆,考えているものも見ていることも違う,

人はそれぞれ自分の物語を生きている,

フーテンの寅さんの名言に,

お前と俺とは別な人間なんだぞ。俺が芋食ってお前が穴からぷーっと屁が出るか?

というのがある通りだ。

だから,

考え方・物の見方・理解の仕方・価値観が違うことを前提とした相互理解を進める関わり,

こそが必要であり,アサーションとは,

葛藤を起こさないことではなく,葛藤があるときは,互いに理解し合い,歩み寄りの可能性を探ること,

Noを恐れない,

聴く・理解する・共感することは,同意ではない,

自他尊重の自己表現,

なのだということが必要なのだ。TAで言う,アダルトの対応,ということになる。だから,平木先生は,アサーションは,

「聴く」と「語る」の統合,

とされるのである。ただ,自己主張を語るだけでも,相手の主張を聴くだけでもなく,両者の統合とは,

違いを了解したうえで,その先を積み重ねていくための共通の土俵づくり,

なのだと思う。言い方を変えると,たとえば平木先生の紹介される,DESC法,

D=Describe 自分のぶつかっている状況や相手の行動について,相手と共有できる客観的事実を描写する。自分の気持ちや感情を交えずに表現する。
E=Express Explain 自分のぶつかっている状況や相手の行動に対する自分の感情や気持ちを建設的に表現する
S=Specify 相手に望む行動,提案,妥協案,解決策などを提案する
C=Choose 肯定的否定的等々相手の出方を予想して,どう行動するか選択肢を考えておき,次の提案とする

も,前にも書いたが,僕のアレンジした,アサーティブな対応法(上位者に厳しく叱責されたときを例に),

@土俵を共有する セットアップである。「ちょっとよろしいでしょうか」「少しお時間いただけますか」など,いまから話をしたいという土俵を相手と共有する。
A自己開示する 自分の今の気持ちを正直に伝える。「言いずらいんですが……」「どう申し上げていいか迷っているんですが……」「どきどきしているんですが……」という言い方をすることで,相手の身構えを緩める。
B事実を伝える ここは,相手を持ち上げたり,感情を交えるのではなく,「いつも大声で叱責されるのですが」「いろいろ細かな気配りをいただくのですが」など,事実,起こっていることを表現する。「いやなんです」という感情から伝えては,相手は受け入れにくい。
C感情を言語化する ここは,その事実に対して,自分がどう感じてきたか,を率直に伝える。「大声を出されるたびにびくびくしておびえていました」「ちょうど何かしょうとするたびに先回りされた気がしていやでした」等々。
D望む変化をリクエストする 率直に,どうしてほしいか,どうなりたいかを伝える。「〜したい」「〜してほしい」「〜してほしくない」「〜してはどうでしょうか」。ただ,いくつも要求を羅列するのではなく,ひとつ,しかも的を絞る。あわせて,それを放置した自分の責任はきちんと伝える。「もっと早くお伝えしないでいた自分にも責任があります」「迷いに迷って言いそびれてしまった私も悪いと思います」等々。
E相手の反応を求める 自分が言ったことについて,相手がどう受け止めたかをきちんと聞く。自分の主張を理解してほしいなら,相手も理解将とする姿勢がいる。
F繰り返す 自分のしてほしいことをもう一度,きちんと整理して伝える。相手の反論や感情的反発にふりまわされることなく,自分の主張を繰り返す。
G会話を終了させる 相手にうんといわせるまで主張するのが目的ではない。それでは,立場が代わっただけで同じコトをしていることになる。相手に考える時間を与え,選択の余地を残す。「聞いてくれてありがとう」「ぜひ心に留めておいてください」「2,3日後に話す時間をつくってください」

も,アサーションを,

両者が土俵づくりの準備作業として使う,

ということが大事なのだと思う。つまり,「主張する」ことだけでなく,相手の「主張」を聴くことも必要であり,そこで生まれた違いを,どう両者で共有し,共に納得できる結論をまとめていくか,こそが大事になるのである。

たとえば,

基本的アサーション権,

のチェックリストで個人チェックとグループでのすり合わせを行ったが,10項目のうち,

7.誰でも,過ちをし,そのことに責任をもってよい,

という項目がある。これだと,何度過ちを犯してもいいのか,という感じに受け止められるが,

ここには,

引き受けたくても,引き受けられない責任がある,

というニュアンスがある。

責任を取らなくてはならない,

ではなく,

責任を取ってほしい,

というか,それもまた,選択なのだ,と受け止めた。当然そのことの重い負荷はくるだろうが。それが,

8.誰でも自己主張しない権利がある,

につながってくる。思い出すのは,アン・ディクソンが,

自分はアサーティブでなくてはならないと思っていたが,ある疲れた帰り,本来何か言わなくてはならない状況に出くわしたが,自分の疲れた状態とその状況から,アサーティブにはならない,という選択をした,

というニュアンスのエピソードを書いていたのを思い出す。

アサーティブでなくてはならない,

のではなく,

アサーティブでなくてもいい,

のである。当然,それは,自分にもあるように,相手にもある。相手も,

断ってもいいし,

Noといってもいい,

権利がある,ということである。だからこそ,そこから土俵づくりが始まるのである。



参考文献;
森田汐生『「NO」を上手に伝える技術』(あさ出版)
アン・ディクソソン『第四の生き方』(つげ書房新社)
平木典子『アサーショントレーニング』(金子書房)




今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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2014年04月21日

受身


JCAK川本恵神奈川チャプターの,「第8回 コーチング解体新書」に参加してきた。

http://kokucheese.com/event/index/159484/

今回のゲストコーチは,川本恵コーチ。

会の趣旨は,案内によると,

コーチング解体新書はゲストコーチによるコーチング・セッションを拝見しつつ, 「何に気づき何をしたことが機能したのか」を,ゲストコーチや参加者の皆さんと一緒にディスカッションしながら,三井紀代子コーチのファシリテーションと解説で解き明かしていく,

というもの。今回は,二人のクライアント役のひととの,コーチング・セッションを2回拝見させていただいた。

今回,3回目の参加になる。

どんなコーチング・セッションか,よりは,そこで自分が感じたことをまとめておきたい。まあ,

「ちょっとだけ」コーチ,

なので,思っていることと,できているととが,なかなか一致できていないが,一番感じたのは,

コーチの姿勢

である。クライアント役二人は,全くタイプも,テーマも違ったが,コーチング・スタイルは,

テンポも,

姿勢も,

応答も,

まったくといっていいほど,違っていた。というか,クライアントに合わせて,あえて言えば,

ペーシング,

なのだが,それだと単なる技法ということになるが,むしろ,そこに,

コーチとしてのあり方,

コーチとしての関わり方,

コーチとしての姿勢,

がある故だと感じる。

川本コーチがよく口にされるのは,

人は,それぞれたく思考方法が違う,

ということで,それにすごく興味があり,

クライアントの考え方を知ろうとする,

と言われる。もうひとつは,コーチング(セッション)は,

クライアントが考える場(環境)を用意する,

ということだ。で,そこから,

考え,答えを出し,行動するのは,クライアント自身である,

ということになる。その意味では,

2つのセッションで,まったくコーチの関わり方が違ったのは,

クライアントの思考方法,

クライアントの佇まい,

クライアントの振る舞い,

が全く違ったから,それに合わせていかなくては,クライアントの考えるステージにならない,ということが意識されている(自然に見えたが)からなのだと思う。

だから,当然クライアントが求めているものを現実化するために,クライアント自身に考える視点を質問の形でするけれども,あくまで,クライアントの思考方法に沿っていく,と見える。

だからと言って,それをただ受け入れるわけではない。

その考え方は役に立っていますか,

ときにそう問いかけて,クライアントの思考スタイルそのものを対象化する。

コーチングが上手くいかないのは,コーチが何かしようとしたとき,

というニュアンスのことを言われたが,それは,コーチが,たとえば,

何とかして解決してやろう,

一緒に考えてやろう,

何とか役立ちたい,

という思いで,前のめりに,こっちがあれこれ考えて,クライアントに,

質問したり,
状況を聴き質したり,
視点を変えようとしたり,

等々と,こちらから仕掛けていくことだ。後で(懇親会の場で)「合気道」に喩えた方がいらしたが,こちらから仕掛けず,クライアントの動きに対応していく,合気道の受け身の姿勢といっていい。クライアント自身が,自分の置かれている状況は一番わかっている,だから,

どうすべきかの答えを,クライアント以上に出せる人はいない,

のである。それを信じていないから,コーチが前のめりになる。

そこで思うのは,クライアントの思考方法とは,

クライアントの自己対話の仕方,

なのだと思う。とすると,

堂々巡りをしているか,
同じ轍を何度も踏んでいるか,
土壺にはまっているか,

いずれにしろ,その状態はクライアントの問題であって,コーチの問題ではない。ましてそれをどう脱出するかの答えは,クライアントしか出せない,その答えを出すのに,どんな風に考えたらいいか,その切り口をコーチは提案するだけである。だから,

その考えは役に立っていますか,

という問いもあるし,コーチが質問して,クライアントが答えづらそうなら,

いまの質問は役に立ちますか,

と問うこともある。最後に,ひとつのセッションの終りで,

もういまできている,

というメッセージを伝えられた。それを,クライアントへの,

励まし,

と言われたが,ある意味,CTIで言う,

認知,

になっている。CTIでは,認知を,

(コーチが見た)その人の強みや良さを,本人に伝えること,

とあるが,まさに,コーチからのクライアントの持つ可能性の顕在化・言語化である。それもまた,

クライアントを信じている,

という表明になる。




今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

posted by Toshi at 05:30| Comment(3) | コーチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月20日

叩く


「マリンバ未知子バースデーライブ」に行ってきた。

https://www.facebook.com/events/554212098008927/?ref_dashboard_filter=upcoming

今回は,マリンバの他,

アラブ音楽で伝統的に使われる撥弦楽器,カーヌーン,
エジプト発祥と言われるタンバリン,レク,

も加わって,鈴木さん自身も,カーヌーン,レクも演奏し,

鈴木未知子(マリンバ,カーヌーン)
松本ちはや(パーカッション)
山宮英仁(レク)

の協演であった。音楽については,門外漢なので,全くの妄想だが,たぶん,

叩く,

打つ,

は,音楽の基本のような気がする,吹くとか,(バイオリンなどの)弾くとかは,どちらかというと線なのに,

打つ,

叩く,

は,

点,

というか,ドットのつらなり。

撥,

を使うものも,

爪弾く,

のも,打つの系譜に(無理やり)加えると,どうも,テンポというか,拍子というか,曲の基本を決めていく気がする。ずいぶん昔,

山下洋輔

の年末ライブを聴いた時,ピアノが打楽器(?)だということを思い知らされて,衝撃を受けたのを思い出す。なんだか,ピアノが壊れそうな気がしたのに,でも,その扱いに,ピアノは嬉しそうに躍動していた気がする。いやいや,躍動していたのは演奏者山下洋輔だったかもしれない…!

パーカッション,

と括ってしまうと,味気ないが,たぶん原初の音楽の基本なのだと思うのは,あの叩くリズムは,身体の底から,何か熱く激しいものを呼び覚ます気がする。マリンバは,アフリカ発祥(シロホンとは起源を異にするらしい)だそうだから,マリンバとパーカッションが共演すると,気のせいか,音に厚みが加わる気がする。原始,お互い木を叩いていたのに違いない…!

それで思い出したが,かつて,LED ZEPPELINのジミー・ペイジが,ドラムの

ジョン・ボーナム

の死後出したアルバム『CODA』があり,そこに,

BONZO’S NONTREUX

という曲がある。全編ボンゾ,こと,

ジョン・ボーナム

がドラムス独奏である(他にはないのではないか,ドラムスだけというのは)。その圧倒的なパワーとそれだけで音楽の世界を創り出していく力に,ちょっとびっくりさせられた。彼の死で,ツェッペリンが活動休止に追い込まれたわけがよくわかる。

ドラムというもの,

あるいは,

打楽器というものの持つ意味が,強く印象に残る。

僕は音楽に造詣が深いわけではなく,素養もないので,過去の経験だけからいろいろ思い出すと,ピアノにも,そういう役割があるのを思い出す。

コルトレーンの『LIVE AT VILLAGE VANGUARD』で,「朝日のようにさわやかに」というおなじみの曲があり,ピアノのMcCoy Tyneri,ドラムスのElvin Jones,ベースのReggie Workmanの三人の,言い方をわるいが,大括りしてしまうと,打つ,弾(ひ)く,弾(はじ)くの違いはあっても,打楽器だけが演奏している時,ドラムスは,静かにブラッシュのみ。主役は,ピアノ。途中で,コルトレーンが入ってくると,とたんに,ドラムスが背景から躍り出る,という雰囲気で,ピアノから,役柄を奪い取る。

俺だぜ,このソックスに競えるのは,

というように,ピアノを後背に引っ込ませてしまう。即興のせいもあるが,ピアノとドラムスとサックスが会話しているのである。それは,今回,

レク同士の共演でも強く感じだが,共演というのは,

競演,

でもあり,強くお互いの会話が聞こえてくる気がする。あるいは,演奏者同士の技量の競い合いの要素もある。

やはり,背景に打楽器があるのとないのとでは,全体の緊迫感が違う。ひょっとすると,そういう緊迫した,演奏される世界の雰囲気をパーカッションは輪郭書きしているではないか,と妄想した。




今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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2014年04月19日

グレーゾーン


【第15回 月刊☆西澤ロイ〜人生を変えるコトバの宇宙トークライブ】に参加してきた。テーマは,「グレーゾーン」。

https://www.facebook.com/events/241564532694632/

参加しながら,あれこれ頭の中を駆け巡ったことを,書き出してみる。

ウィキペディアでは,

日本語として古くから「白黒つかない」「白黒はっきりさせる」のような慣用句が存在する。 グレーゾーンとは,そんな白でも無い黒でもない曖昧な状態をグレー(灰色)と喩え,どちらとも付かない状態のことを指す。 場合によっては「黒(白)に近いグレー」という言い方もし,通常は白が合法・適切を意味することが多い。

とある。

灰色(gray / grey)は物を燃やした際に出る灰のような色,ということで,色の名は,洋の東西を問わず,自然界から取っている。

たとえば,



青竹
茜色
浅葱色
小豆色
亜麻色

と言った具合である。「赤」色には,丹,朱,紅,緋,茜と区別がある。

では,西洋ではと思って,当たると(昔からかどうかは分からないが),

アーモンドグリーン
アイアンブルーJ
アイボリー
アイボリーホワイト
アイボリーブラック

と続く。まあ,色で見る限り,グレーゾーンそのものなのだ。

ただ,グレーゾーンという言葉で,瞬間的に思い浮かんだのは,

墨絵,

いわゆる水墨画である。

「墨」一色で表現される絵画で,墨線だけでなく,墨を面的に使用し,暈かしで濃淡・明暗を表す,

という。灰色といっても,

黒と白の配合の割合の違いで,さまざまな明度を持つ色を作ることができる,

から,グレーゾーンといえども,幅と奥行きがある。

さて,いきなり本題から逸れた。

すべてがグレーゾーン,

というところから話が始まったのだが,まあ,色ひとつとっても,グレーでないものはない。グラデーションには幅がある。たとえば,

われわれの知覚



われわれの認識



われわれの名づけ

とで考えると,よく言われるように,クオリアレベルでは,

同じ赤と言っていても,見えている色が同じとは限らない,

のだが,それに「赤」と名付けた瞬間から,他と区別される。境界線が引かれる。本来主観的には,

丹,朱,紅,緋,茜…

を見分けていても,「あか」と括ってしまえば,



になる。言語は,基本的に,丸めるためにあるから,区別,というか差異を表現するには,差異は,

丹,朱,紅,緋,茜,

と名付けなくてはならない。あるいは,自分の見つけた色に,別途名づければ,いくらでも,

色名,

はつく。それが,社会的に認知されれば,文化の中に定着する。

藤田嗣治の乳白色

も,名はついたかどうか知らないが,それ自体が,代名詞になる。

僕は思うのが,画家なら,色づけだが,われわれ一人一人が,言ってみると,20万年前のアフリカのミトコンドリア・イブから始まった,

ハーフのハーフのハーフの…

という,いわば

グレーゾーン,

そのものなのだ。ナチスの優生学が噴飯なのも,ヘイトスピーチが滑稽なのも,わずかな,

グラデーション

でしかないところに,無理やり境界線を引こうとするところにある,まあ,

目くそ鼻くそ,

の類なのである。また,話がそれた。

で,たとえば,

白と黒

を便宜的にグラデーションの両対極に置いたとき,しかし,

100%の反射率を持った「理想的な白色」の物体は実在しない,

反射率50%の灰色は,視覚的には黒に近く見える,

と聞くと,すでに,「白」も「黒」と,便宜的に対極に置いたものも,

グラデーションの切り取り方,

次第と知れるのである。

思うのだが,その場でもいったが,実は,

グレーゾーン,

という自己認知があるとき,それは,たとえそれ自体がグラデーションを切り取ったものにしろ,

両極が見えている,

ということなのではないか。たとえば,グレーゾーン=曖昧,と認識しているとしても,

両極が見えているから,そう感じるのだ。問題は,

萌黄色と若草色

という黄緑色の狭い両極なのか,

白と黒

の両極なのかは,その人のものの見方の幅,パースペクティブに圧倒的な差が出る。

何かに偏り始めたら,そのグラデーションの両極を意識すれば,少なくとも,

視野狭窄

に陥ることは避けられるだろう。




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2014年04月18日

偏屈


われながら嫌になる。ときどき,むきになる。むきになると,

一歩も引かなくなる。

議論を交わすというのではなく,押し潰す,という雰囲気になってしまうらしい。自説を引っ込めないというか,

自説を変えない。

そういう悪癖がある。自分でも,その瞬間は,頑迷そのものの(そうでなくても頭が固いのに),

嫌な奴,

になっているのがわかる。目を剥き,梃子でも引かなくなり,(わずかに装っている)柔軟さと温厚さは,影を隠す。ときどき,そういう事態を,自分が引き起こす。瞬間,周囲が引く,というか,呆れたようにひきつった笑いに変わる。それがわかっていて,引くに引けなくなる。

時に,その場を,

凍りつかせる,

ことすらある。それが,後から振り返ると,ずっと落ち込ませる要因で,

しまった,

と臍を噛むが,後の祭り,まさに,

後悔先に立たず,

である。振り返っても,

その時こだわっていたことはわかるが,なぜそれほど拘泥したのかは,よくわからない。

何にこだわるかは,そのときどきで,自分でも分からない。ただ,何かにフックがかかると,

それに執着する,

多くは反論と言うか,異論をとなえるときが多い。あるいは,質問の形で,問い質す。多く,問い質された側が,こちらの向きになりように,反応して,頑なになる。

ちょっと前のことだが,あるワークショップの場で,講師との間でそんなことがあった。はじめは質問のつもりだったが,途中で,問いつめている問いに変わっていたらしい。相手もむきになってきて,会場が凍りついた。

そこをさらりと,ユーモアで交わせたらいいのだが,とつくづく思う。

しかし,自説を翻す気はないので,反省は,

自説をこだわったことではなく,

むきになって言い募ったことで,その場をしらけさせたことの方に向いている。

かつて,知人が,(見るに見かねて)とりなして,代弁を買って出てくれたことがあったが,その人が,僕を上回る屁理屈屋で,却って,その場の雰囲気を悪くしてしまったことがあったが,逆に,そこでフリーになった自分が,

ああ,こういうふうに,この場の雰囲気を壊したのだな,

と思い知らされたことがあった。

ただ思うのだが,御説御もっともと,ただ頷いていればいいのか,と言うと,それはそうは思わない。だから,自説を提起すること自体が悪いとも,それにこだわることがいけないとも,僕は思わない。

自説にこだわりすぎる,と言うのは,

頑迷,

強情,

と言われるかもしれない。もちろん,

這っても黒豆,

というのは論外としても,それぞれの意見は,

自分の頭で考えた以上(自分で考えたことであればあるほど),異説,異論,異見,と言われようと,そうそう軽々に譲れない。譲れないところが問題ではなく,異説同士を戦わせて,

別のひとつにまとめていく,

そういう努力に欠けるところが問題なのだと,思う。

自説は,堂々と言ってもよい。よいが,言うかぎりは,他の意見に耳を傾ける,

柔軟性,

が必要なのだろう。つくづく思うが,

平板で,短兵急な声になる(むきになるとそうなるらしい)と,それだけで人は反発し,拒絶反応を示すらしい。

やはり,ユーモアではないか。

ユーモアは,メタ・ポジションに立たなければ,言語化できない。それは,

余裕,

を生み,声も厚みのある,ゆったりした声になる。

欠けているのは,その姿勢かもしれない。




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2014年04月17日

第二の敗戦


船橋洋一『原発敗戦』を読む。

著者は,原発事故の当時の当事者に取材してまとめた『カウントダウン・メルトダウン』の後,大宅壮一賞受賞の折り,「恐るべき『戦史』」との選評を得たことから,改めて取材した「フクシマ戦史」。著者自身,

事故に取り組んだ東電の現場の人々や本店の幹部の人々にできるだけ直接,話を聞いて,危機の現場はどうだったのか,危機の司令塔は何をしていたのか,危機のリーダーシップはどこにあったのか,その感覚を共有したいと思った,

と語るように,再度の取材の中で本書はまとめられた。本書の後半は,

チャールズ・カストー(元米NRC日本サイト支援部長)
増田尚宏(福島第二原発前所長)
折木良一(前防衛省統合幕僚長)
野中郁次郎(一橋大学名誉教授)
半藤一利(作家)

との対談が組まれているが,対談相手,半藤一利氏は,

日米の危機対応,組織構造,リーダーシップのあり方の違いなど,あの頃(第二次大戦中のこと)と全く変わっていないことに驚かされます。

と述べているように,第二次大戦での敗戦になぞらえて,それとの類比・類推のなかで,日本人の,日本文化の,日本組織の,日本のリーダーの宿痾を剔抉している。

半藤とのやりとりに,こんなくだりがある。

半藤 じつは私,アメリカの技術力に改めて恐れ入ったのですが…。
船橋 まさに今回,「第二の敗戦」だと思うのはそこなんです。技術,物量,ロジスティクス,それからインテリジェンス。日本は底が弱かった。
半藤 日本はロボット大国と言われておりました…。
船橋 活躍したのはアメリカの,アイロボット社のパックボットという軍用ロボットでした。もっともアメリカの強さを見せつけられたのは,モニタリング力です。炉のなかの状況は日米,東電いずれもわからない。しかしアメリカは空からのモニタリングという技術をもっていました。あの炉は何度で放射線量はどれほどかと,それを1万8000m上空から無人偵察機グローバルホークで撮っちゃう…。
(中略)
船橋 日本のインテリジェンスの特色は3つあります。「(情報が)上がらない,回らない,漏れる」です。(中略)日本では,まず下から上に上がらない。上も上で,吸い上げる力が弱い。それは政策トップが戦略目標とゲームプランを明確に持っていないためです。各省全部バラバラ,そしてタコ壺。だから回らない。特に,防衛省と警察庁,それから外務省の間は回りません。従って統合的アプローチ,つまり「政府一丸になって」取り組むのが苦手。それから情報が漏れやすい…。

その弊害が,もろに今回出た。そして,「はじめに」で,こう書く。

危機の時,その人の本当の器量がわかる。
危機の時,リーダーシップが否応なしに問われる。
危機の時,その国と国民の本当の力が試されるし,本当の姿が現れる。
日常漠と思っていたそのようなことを今回,私たちは痛感した。
しかし,それもこれも,どこかで聞いたようなことばかりではないか。
戦後70年になろうというのに,いったい,いまの日本はあの敗戦に至った戦前の日本とどこがどう違うのだろう。
日本は,再び,負けたのではないか。

著者のこの深い敗北感は,第二次大戦になぞらえる心情は,実は,危機の当事者たちにも,共有されている,と言うことに深刻に驚かされる。

福島第一原発の現場は,過酷事故対処に必要なものは何もなかった。水もガソリンも,バッテリーも。

なかでも人員が決定的に不足していた。しかも補充は少なかった。人員の不足は単に頭数の問題ではなかい。作業に必要な知識,技量を有する人材が不足していたし,交代して対応する態勢ができなかった。

同じ半藤との対談で,

半藤 …吉田所長という指揮官以下の50人あまりの現場の方たち,いわゆるフクシマ・フィフティは頑張った。しかし事故の規模からいって,アメリカなら50人とか70人なんてことはあり得ませんよね。
船橋 あり得ないです。なにしろ原子炉が6つもあるわけですから,国務省の幹部もカストーも,1000人以上の規模で当たるべきだったとはっきりそう言ってました。

と指摘している。これを,

まるでガダルカナルではないか,

と思ったと,対策統合本部に詰めた外務省幹部が証言している,と言う。それは,大岡昇平の『レイテ戦記』にもあったと思うが,

ここでは戦力の逐次投入による戦力消耗と戦闘敗北の典型的例,

とみなされている。要は,一気に戦力を投入せず,現場の様子を見ながら,ちびちびと投入したという現実を,そうなぞらえているのである。

日本サイト支援支部長のチャールズ・カストーが,フクシマ第一原発の吉田昌郎所長に初めて会ったときの最初の質問が,「作業員たちはちゃんと寝ていますか?」でした。

と,半藤との対談で,著者は紹介しているが,この発想にあるのは,

長期戦を前提にした,危機への対応,

であり,そのために大量の人的投入が不可避なのだと分かる。同時に,思い出すのは,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163418.html

でも書いたが,

ゼロ戦の搭乗員の生命無視の軽量化

ゼロ戦に対抗して設計製作されたF6F (Grumman F6F Hellcat)

との対比だ

F6Fは,頑丈であること,単純化されて生産性が高いこと,防弾フロントガラス,コクピットを張り巡らした部厚い装甲,装甲されたエンジンとタンク,等々パイロットを守るために,ゼロ戦相手とわかっていても,機動性すら犠牲にしている。それは,人命尊重というより,ベテランパイロットの操縦を前提にしない,徴兵された普通の兵士が操縦することを前提にした設計思想だ。

それに対して,ゼロ戦は,軽量化と機動性を確保するために,防弾燃料タンク,防弾板,防弾ガラス,自動消火装置等々の防御部分がカットされ,被弾するとあっという間に火を噴く。それを回避するために,パイロットの個人技に依存した。

昭和天皇は1945年9月,…日光の湯元のホテルに疎開していた皇太子明仁親王にペン書きの手紙を出した。その中で,「敗因について一言いわしてくれ」として,「我が国人が,あまりに皇国を信じ過ぎて,英米をあなどったことである」と「我が軍人は,精神に重きをおいきすぎて,科学を忘れたこと」を敗因として挙げた,

と言われる。というより,人命を大事にするためにどうしたらいいかを考えるのに対して,人命よりも軽量化と機動性を大事にする,どちらが科学にとってハードルが高いか,だ。

著者は,それと同一の発想を,

炉心溶融



炉心損傷

に言い換えたところに見る。

東電も,保安院も,メルトダウンには病的なほど神経質になった,

という。

あくまでも真実を探求する科学的精神の欠如と異論を排除するムラ意識があるのではないか。
「原子力ムラ」などといういびつで同質的な既得権益層が跋扈し,研究者の科学的かつ独立精神を蚕食した。

それは科学の敗北ではないか,

と。いまなお,現場では戦いが続いているのに,国を挙げて,何千の単位の態勢を取っているとは聞こえてこない。

思えば,STAP細胞騒動でも,科学者も,研究者も,科学的に細胞の有無を検証しようとするよりは,論文の欠点をあげつらい,あまつさえ,最後は一人の責任に押し付けて,知らぬ存ぜぬとは,とうてい科学的対応とは言えない。ここにも,何か象徴的な騒動を見る。

遅まきながら,本書を読んで,改めて,『カウントダウン・メルトダウン』を読みたいと思った次第。


参考文献;
船橋洋一『原発敗戦』(文春新書)




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2014年04月16日

空洞


コーチングを受けていて,こんな問いを受けた。

自分を認めるために,

あるいは,

自分を受け入れるために,何があればいいのか,

と。背景には,自分をマイナスイメージで,表現することが多く,たとえば,

かっこ悪い,

とか,

無知,

とか,

劣等感とかを口にしたことがきっけである。ただ誤解を受けないように付け加えておくが,そういうマイナス部分が,

自分の味であり,

そのマイナス部分も含めて,自分に与えられたものとして,それを生かして生き切る,それが,

天命,

だと考えるという考え方をし始めたということを申し上げた。これについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/394682754.html?1397504976

で書いた。

そんなことで,冒頭の問いを,受けた。で,

確信,

あるいは,

信念,

と答えた。そして,

ふるまいとして,足りないもの,

やりきれていないこと,

が,自分にある,と。

では,それを身体のどこで感じるか,

と問われた。間があったと思うが,

頭,

と答えた。そして,イメージが浮かんだ。

頭の図の半分が,丁度脳に当たる部分が空洞,

なのである。感覚では,頭の半分である。それが,

足りないということの具体的なイメージである。

それは,どういう感覚か,

と,問われて,

寂しいと答えた。では,

その空洞は何色か,

と問われた。浮かんだのは,鉛筆をもっていたせいもあるが,

鉛筆で薄く塗りつぶした感じ,

なのである。では,

その空洞は,何と言っているか,

待っている,

と。しかし,

何らかのアクションをしたら,(その空洞は)どうなるのか,

何かをしたとしても,埋まりきることはない。そして,これを書いていて,ふと思ったのだが,何かを為遂げたとしても,

薄い雲母一枚が加わる,

程度なのだ。だから,一向に空洞は埋まらない。

しかし,その空洞は,

いつまでも持っている,

という感覚なのである。コーチ曰く,

(それは)チャレンジを促しているのでは,

と直感を返された。確かに,それが,励みになっているところがあるのかもしれない。

ただ,僕の中では,

いつまでたっても,やり尽くされることはない,

そういう感覚なのである。ひょっとすると,その空洞が(あるからこそ),それが,僕の,

やる気スイッチ,

なのかもしれない。どこまでも,まだまだ,

し残したこと,

やり残したこと,

が山積みなのである。では,と,コーチが提案した。

その,待っているものは,何か,

それを考えてくるのが宿題である。ただ,僕の中には,すでに,

何があったら,埋まるのか,

の答えは,ひとつ浮かんでいた。




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2014年04月15日

応答


川本恵さんの「ミーディアム」に参加してきた。

ミーディアムについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163437.html

でも,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163469.html

でも触れているので,そう新たに付け加えることはそんなにはないが,ここでは,天について,再度考えてみたい。

天についても,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163401.html

でも触れたが,

死生命有
富貴天に在り(『論語』)

が好きである。自分には兄弟なくひとりぼっちだと司馬牛が言ったのに対して,子夏が言った言葉だ。そして,

敬(つつし)みて失なく,人と与わり恭しくして礼あらば,四海の内皆兄弟たらん,

とつづく。ここでいう,天には,「生き死にの定め」「天の与えた運命」の二つが並列されている。

だから,思うのだが,つまるところ,

生かされてある,

という言葉がぴったりくる。

この身を通して,一生分を,生き切ることで,お返しをする。ひょっとすると,そこでの生き方そのものが,すでに,天命へのお返しになっている。大した一生分ではないが,

困難・苦難を引き受けるのもそうかもしれない,

黙過できず,いらぬ騒動にまきこまれるのもそうかもしれない,

言わでもの本音をちろっと漏らして,苦境に陥るのもそうかもしれない,

三度死にかけたのもそうかもしれない,

理より情宜に錘を一つ二つ余分に乗せてしまうのもそれかもしれない,

四十五十にして聞こゆること無くんば,斯亦畏るるに足らざるのも,またそうかもしれない,

そうか,どういうわけか,その場で,ついつい出た言葉が身に返るのもそれかもしれない,

こういうのは,八百万系の魂の特徴らしいから,なおのこと,

そう生きることで,天にお返ししている,

のかもしれない。

死して後已む,また遠からずや,

である。うまく言えないが,ちょっと思い違いをしていたようなのである。

天命とは,

何かこの世で果たすべきこと,

あるいは,

使命・役目,

あるいは,

なすべき何か,

といったことと,それを達成することにのみ,目を奪われていた気がする。

そうではないのではないか。

愛弟子顔淵の死を前に,

天,予(われ)を喪(ほろぼ)せり,

と孔子が慟哭したのも,また,

鳳鳥至らず,河,図を出ださず。吾已んぬるかな,

と,絶望する,孔子の晩年も,また天命である。

身をもって生きる,生き切る,

仮にかっこ悪くても,無様で,未達のことが山積みでも,

与えられたものを生かし切って,生き切る,

そのおのれを生き切る。

それが,天命ということの意味なのではないか。

むろん,惰性や言訳,があるかもしれない,しかしそれでもなお,そのおのれを生きること,かく生きることが,

生かされてある,

ことへの応答である,と意識する,いや認めることなのではないか。なるかならぬかも,また,

天命,

である。その天命を信じて人事を尽くす,ということではないか。だからこそ,

人生が何をしてくれるかではなく,人生にどう応えるか,

と,V・E・フランクルが言ったのは,その意味でなくてはならない。

虚心坦懐,

とはこういうことなのではないか,と思い始めている。

参考文献;
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)




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2014年04月14日

言葉


北山修『意味としての心』を読む。

ヴィトゲンシュタインの言葉に,

もっている言葉によって,見える世界が違う,

と言った趣旨のものがあった(と記憶している)。

ここにあるのは,精神科医で精神分析家である北山修の言葉集(辞典)といっていい。凡例では,

さまざまな機会にあらわしてきた,精神分析的観点からみた臨床語を集め編集した,

とある。たとえば,「あい」からはじまり,

「あふ」はその語源説のひとつに上下の唇が相寄るときの音から出たという連想があるように,二つが互いに寄り合ってぴったり一致する,調和する,一つになる,という意味で,ものともの,人と人との間の基本的意識を示しています。特に「合う」の場合は,「出会い」がさらに進んで,受け入れる,矛盾しない,ぴったり当てはまるという適合,合致,調和のニュアンスが強調されます。(中略)「医者に会う」「先生に会う」とは言っても,「通行人に会う」とは言わないように,対人関係にいつて,「会う」が使われる場合は会う意味があるときで,無意味に会うことは会うではなくて,むしろ会っていないことになります。よって通常は,会うこと,合わせること自体に大きな意味や高い価値があり,…このような意識を伴う「あふ」という言葉は,面接と対話を価値ある形式とする日本語臨床の基本語となります。

という具合である。この「日本語臨床」という言い方には,特別な意味がある。著者はこういう。

日本人は普段より「滅多なことは言わない方がいい」と考え,饒舌や雄弁をそれほど好まないなど,言葉にあまり期待しない傾向があるため,精神医学や臨床心理の領域でもむしろ非言語コミュニケーションの重要性が説かれ,その視点から多数の心の理論が翻訳を通して輸入され,外国製の概念や理論で臨床の現象が割り切られることが正しいとされる風潮も見られます。心を描写するための言葉が日本語に豊富にあるにもかかわらず,研究者たちが日本語を生かすことが稀という傾向も強くありました。

その問題意識の中に,土居健郎の「甘え」論がある,と考える。そして,

もともと解釈や言語化という精神分析の技法論に見られるごとく,言葉と精神分析臨床は切っても切り離せないものであり,フロイトは夢,機知,言い間違いの精神病理などの分析で,言葉と意識・無意識に関して様々な相から検討を試みています。

として,

言語を主たる治療媒体とする精神分析理論の発展に向けて言語学者,文化人類学者,精神病理学者,言語心理学者などの知見から学ぶことは多く,日本語の中での精神病理の特徴や治療のための言語の機能について明確にしていく作業も必要です。言語論とともに重要なのは意味論的視点であり…,

とする,言葉の意味と機能に着目する著者の姿勢そのものの蓄積が,本書ということになるのではないか。

精神分析療法は,「心の台本を読む」ことを仕事とする,という言い回しが,何度か出るが,それを,「劇」になぞらえて,こういう言い方をしている。

「筋書きを読む」という仕事には,最初に劇の展開があり,問題が劇化され,その劇が繰り返され,やがて筋書きが読まれて,そしてその洞察を通し筋書きを考え直して書き替え,協力して新たな劇を創造するなどの作業が,段階的なものとして含まれるでしょう。そして,劇的な関係を引き受けてこれを分析する分析的治療者の仕事とは,劇の比喩で言うなら,出演しながら筋書きや心の台本を読むことになります。

あるいはこうも言う。

精神療法の言語的な仕事が「人生物語を紡ぐこと」,そして「人生を語り,語り直すこと」と説明されることが多くなってきましたが,これは古典的精神分析で言うところの過去の再構成という仕事です。

更に,

人生を物語として言葉で語って,それを二人で考えていこうとする分析的臨床的態度は,日本においても臨床心理学の基本となっている,

あるいは,また,

頼まれてもいないのに生きがいの動機づけや構造を指摘して,他人の生きがいによけいな解釈で水をさすことは,分析家の「野暮」と「愚の骨頂」「いらないお世話」となるでしょう。そして抱えられた空虚を埋めようとして何かがなされる場合,内側からの自己表現や創造としての何ものかが,たとえ野暮ったくて不器用なものでも,まずは貴重な意味ある生成となることがあります。精神分析とは,症状から,夢から,些細な言動から,そういう意味を取捨選択して発見し共有することに徹底的に貢献し「意味ある人生」にしようとする仕事なのです。
 
と。

精神分析では,言葉が媒介になる。

自由連想法の設定(セッティング)では分析者と後ろ向きの被分析者の二人はほとんど顔を合わせることがありません。それで,治療的に検討され取り扱われる素材は,被分析者により言葉で報告されるものがほとんどとなります。被分析者の無意識的反応を把握し,これを言葉で描き出すという営みの中で,そこに織り込まれてゆく分析的セラピスト側からの応答を「解釈」と呼びます。

そうして,

それまで無意識であった台本が読み出され,それが人生として生きられながら語られて,心の表と裏を織り込んだ人生物語を紡ぎ出すことになるのです。

と。そこで言葉が,他の療法に比して,格段に重要になる。そのことについて,フロイトの「言葉の橋」という言葉を手掛かりに,こう言っている。

両義的な言葉は,人々に共有されやすい意識的な意味と,個人が個別の内面に抱いている個性的な意味との間の橋渡し機能を果たしているのであり,私は,この議論を,心の内面と外面,内界と外界の間に橋をかけ,その内と外を結び付けているという言葉の機能の,精神分析研究の歴史的出発点としたいのです。

と,それを分析的な言い方で表現すると,

すでに意識されている意味と抑圧されて意識されにくい意味との間に橋をかける,

となるはずである。そのことの効果を,こうまとめている。

私は,「話す(ハナス)」には,対象を外界へ放す(ハナス)機能と,対象を自己から離す(ハナス)機能があると考えて,内的体験を外界へ伝えながら内外を分離させる言葉の機能を,総合的に「橋渡し機能」と呼びたいと考えています。

さて,精神分析家の北山修の言葉から見えるのは,こんな風景として,では,作詞家,

北山修,

あの,フォーククルセダーズのメンバーであり,提供したのも含めるレコーディングされたのが400曲,作りっぱなしのも含めると700曲に上るという,作詞家としての言葉から見えるものは別なのかどうか。

たとえば,橋田宣彦と旅の宿で嵐が通り過ぎる間に作ったという,

人は誰もただ一人旅に出て
人は誰もふるさとを振り返る
ちょっぴり寂しくて振り返っても
そこにはただ風がふいているだけ(「風」)

の向こうには,何が見えているのか。例えば,こんなことを,あとがき代わりの,「私の歌はどこで生まれるのか」に書いている。

「かける兎」の如き私が,昼間は跳びはねて遊び,あるいは懸命に働き,夜になり「疲れた兎」が横たわり目を瞑ると,あるいは勝って酔った気分で横になると,眠り始めた兎の背後から亀がゆっくりと立ち現れるのです。夜な夜な出現するこの亀は,歩みはのろいし,目を閉じ夢と眠りの中に生きているようなのです。

この夜から朝の間にある「考える亀」という,移行の領域において考える「私」は,自分に正直な「素の自分」です。亀でも兎でもない,そして亀でもあり兎でもあり,その真ん中で「本来的」とでもいうべき状態であり,「私は私」なのです。そこで朝起きたら患者に何を言うか考えたり,よいイデアを思いつきながら眠りにまた落ちたりしています。…そして外からは寝ているように見えますが,実は泣いていたり,誰かを罵っていたり,吠えたり,読んだり,そして歌ったりして,ここに歌詞の元がたくさん生まれているように思うのです。

そして私個人の場合,覚醒の手前で時に「なき」ながら考えているので,そこでこそ再び旅の歌も生まれ,そこが人生のクリエイティヴィティの原点です。また,分析のセッション中で精神分析家の「私」が何も見ずに目を瞑り暗闇の中でぼんやりと考えていますと,この状態が度々発生します。気持ちの上で揺れながらも,その旅の途中で,本来の自分として,考えはまとまっているなあと感じます。

そして外向けの歌作執筆活動では,亀から兎への間で引継ぎがあって,例えば朝型の亀の「歌」を日中兎が選択的に書き移し,「私」が修正加工し歌として書き直すところが外向きの創作の核心です。

この個人の自己対話を見ていると,著者自身が,創造性の項で,

フロイトは,子どもの遊びの中に創造性の発露を発見し,それが大人になると空想や劇に姿を変えると考えました。願望充足を特徴とする空想や白日夢は通常個性的すぎる内容であり,他者に伝えたとしても不快感をもたらすことが多いのに対して,詩人は個人的な空想を受容される形で伝えることで他者にもたらします。このことに注目したフロイトは,神経症者と比較して,創造的行為とは,抑圧のゆるさと,空想や白日夢を公共性の高いものにする強い昇華の能力とを同時に有するものと考えました。

と述べていることと照合してみると,まさに,

言葉によって見えているものは,

作詞家のそれも,

精神分析家のそれも,

北山修というひとりの人の見えているものに違いない。と感じるのである。

参考文献;
北山修『意味としての心』(みすず書房)





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2014年04月13日

乖離


僕には,危惧がある。

社会から乖離していないか,

と。自分は,しっかり社会に足をつけているのか,と。この時代をどれほど,ひしひしと感じとっているのか,感じとれているのか,と。その時代感覚,状況認識がなければ,ただの妄想,自己完結した,自分探しごっこに過ぎないのではないか,と。

コーチ−クライアント関係は,両者が合意した,

電車ごっこの紐の中にいる,

状態である。それは,自己完結し,閉じた会話になりやすい。

石原吉郎がこんなことを言っている。

大事なことは詩を理解することではなくて,詩を書くことであり,他人の詩を理解することではなくて,自分の詩を書くことである。僕らは断じて批評家になってはならぬ。

ずいぶん前,ある先輩のコンサルタントは,口癖のように,コンサルタントは,

虚業,

だと言っていた。まあ,

実業ではない,

という意味なのだろう。

少し深読みしすぎかもしれないが,大袈裟な言い方をしたら,自分は安全なところにいて,人の人生に関わる,そういう援助職ばかりになったら,現場の人ではいなくなる。それでは社会が成り立たない,というような。

自分も「ちょっとだけ」にしろその端くれだが,コーチングに少し危惧を感じているとすると,二つある。

ひとつは,人の手助け,を名目に,自分自身が現実の修羅場から逃げているのではないか,ということだ。

いまひとつは,狭いコーチ−クライアント関係という内向きの関係に閉じこもって,あるいはクライアントの成果に寄り添うことで,この時代の,この社会の危機が見えていないのではないか,ということだ。

後者を先に言っておくと,何かの童話にあったと思うが,巨大な魚だったかクジラの上で平和に暮らし,そこでの幸せを求めているが,クジラが一つくしゃみをしただけで,そんなものは吹っ飛んでしまう,というのがあった(ような気がする)。

僕は,コーチが成功しているとかしていないか,コーチ自身が目標に向かっているかどうかなど,どうでもいいと思っている。コーチ−クライアント関係で,クライアントの自己対話をリフレームできる力量と,コーチとしての器量があれば,極端な話,ボロを着ていようと,飲んだくれであろうと,クライアントには何の関係もないと思っている。そういう外見や見栄えが欲しければ,そういうコーチにつけばいいだけのことだ。僕の知ったことではない。

そのことは,

http://ppnetwork.seesaa.net/archives/20140318-1.html

で,もう書いたのでこれ以上は触れない。

しかし,コーチは,

コーチ−クライアント関係

へのメタ・ポジションだけではなく,

自分たちを含めた,時代と社会へのメタ・ポジションを持たないようなコーチで大丈夫なのか,と危機感がある。

二つ目のことは,これに関わる。

前にも書いたが,元に滅ぼされようとしている,まさにその瞬間も,幼い南宋の皇帝に帝王学を懸命に説いていた儒者のようなコーチは,コーチである以前に,いまを生きる人間として,何かを欠いているのではないか,という気がして仕方がない。

さて,ひとつ目の件だが,自分は,社会に自己対象化(労働にしろ,サービスにしろ,何某かの自己を投企)しているかということだ。

だから,僕は,コーチ専業にあまり好意的ではない。これについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/390224446.html

で書いたことがある。社会から上がったような人間を信じない,ただけそれだけのことだ。

ひとには,その人毎に役割があり,マネジャーがいちいち現場に口を出し,一兵卒のようなことをしていては,自分の役割の持つ修羅場が見えなくなるように,それぞれに修羅場は違うだろう。

しかし,なんとなく,人生や社会のあり方について,評論家のような立ち位置になっていることに無自覚な人を見かける。それは,現場で修羅場を担っている人間への侮蔑であると同時に,自分への侮蔑である。

コーチはいったいこの世の中に何を生み出しているのか,

という問いもいいが,

コーチがいなかったら,本当に社会は困るのか,

とか,

コーチがいなかったら誰が困るのか,

という問いでもいい。

ひょっとしたら,困らないのではないか。ただ,ひとが,自分でとことん考えに考え詰めて,自力で土壺から抜け出す自助努力を妨げているだけではないのか,

そういう自制心というか,謙虚さがいるのではないか。時々,傲慢なコーチを見かける。二か月ほど前,

若い人と話すと,すぐに変わる,

若い人を変えてみたい,

と笑いながら言っていたコーチがいた。(それを決め寝のは相手だなどということは,当たり前だから言わないにしても)冗談を言ってはいけない。あなたは,その人の人生を生きるボスではない。人は,自分の人生という舞台で主役を張る。それが,傍から見て,どんなに危かろうと,どんなにいい加減であろうと,人がとやかく言うことではない。

こういうコーチがいるから,コーチングは邪魔なのではないか,と危惧してしまう。

本来,人は,自分で考え,自分で人生を突破していかなくてはならない。それを,誰かに立ち会ってもらわなくては,それができないようなシチュエーションを創り出すために,コーチがおり,コーチングがあり,コーチング・セッションがあるのだとしたら,それは本末転倒,というか,ただの邪魔というか害毒ではないか。

僕は,自分の人生をたったひとりで戦い抜くために,ひとりで考え,ひとりで悩み,ひとりでそれを克服していく,そういう力こそをつけるべきだとつくづく思う。そのとき,そのことを分かち合える人間が誰なのかもわかる。それをコーチが代役してはならない。

人は自分の物語を完成するために,生きている。

自分の物語を楽な方へ逃げた人間に,一人の人生のサポートが本当にできるのか。

僕は,自戒を込めて,自分自身に,問いたい。

自分の人生の修羅場から逃げるために,いまの仕事をしていないか,

と。

だとしたら,何かから逃げるために,コーチという職業を選んでいる。何かから逃げるとは,大事な人生の逸機でしかない。その何かこそが,人生の大事なポイントだったかもしれない。

それを逃げたとしたら,人生の「そのとき・その場」の切所を見落としたことになる。

人生は語るものではなく,生きるものだ,

という。それが「生きるべき」人生なのだと,僕は思っている。

おのれの背負い込むべき修羅から逃げること,目を背けることは,自分の生きてある場所から目を背けることだ。それは,時代から,社会からの逃避を意味する。

自分が人生を生きるとは,この時代の中で,社会の中に,何かを生み出すために,必死で格闘することだ。それは,自分を対象化し,そこに,何かを形づくることだ。直接的な労働かもしれないし,サービスかもしれない。

それと比べて,人に誇れるのか,

自分が何を生み出しているのか,と。

コーチングを受けていることが,ルイヴィトンやシャネルと同じく,ただのステータスになったら,コーチングはあってもなくてもいいものになる。

そう考えたとき,

でもなお,

おのれのコーチングが存在する理由,

があるのか,そういう自問をやめてはならないと,つくづく思う。

この問いは,死ぬまで続く。いや,続けなくてはならない。

それを,謙虚,と言う。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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2014年04月12日

多宇宙


青木薫『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』を読む。

人間原理については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163436.html

宇宙のあり方については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163082.html

でそれぞれ触れたが,ここでは,「人間原理」をキーワードに,最新の宇宙論の最前線を紹介している。

人間原理とは,

宇宙がなぜこのような宇宙であるのかを理解するためには,われわれ人間が現に存在しているという事実を考慮に入れなければならない,

つまり,人間が存在するべく宇宙がつくられている,という目的論的な考え方である。「はじめに」で,著者が言うように,

たしかに,もし宇宙がこのような宇宙でなかったとしたら,われわれ人間は存在しなかったろう。地球も太陽も存在しなかっただろうし,銀河系も存在しなかっただろう。

しかし,なぜそういう考えが出てきたのか,著者は,本書の目的を,

人間原理とはどんな考え方なのか,
なぜそんな考え方が生まれたのか,
その原理から何が出てきたのか,

を考えることだとしている。

この考えが出てくる背景には,アインシュタインの,

神が宇宙を作ったとき,ほかの選択肢はあったのだろうか,

という問いである。もちろん,神は,言葉の綾である。言い換えると,

あれこれの物理定数は,なぜいまのような値になったのか,

となる。そこで,著者は,基本的な四つの力(重力,電磁力,強い力,弱い力,)に関わる,二つの例を挙げる。

ひとつは,重力である。

もし重力が今より強かったら,太陽やその他の恒星は,押しつぶされて今より小さくなるだろう。強い重力で圧縮された中心部の核融合反応は急速に進み,星はすみやかに燃え尽きてしまうだろう。地球やその他の惑星も,いまよりサイズは小さくなり,表面での重力は強くなるため,われわれは自重で潰れてしまうだろう。逆に,もし重力が今より弱かったなら,天体のサイズは大きくなり,中心部の核融合反応はゆっくりと進み,星の寿命は延びるだろう。

いずれにしても,地球上にわれわれは存在しない。

二つ目は,強い力と電磁力との強さの比である。

もしも強い力が今よりも弱かったなら,電気的な反発力が相対的に強くなり,陽子はそもそも原子核の内部に入ることはできなかっただろう。その場合,初期宇宙の元素合成の時期に,水素原子核(陽子)よりも大きな原子核は生じなかっただろう。この宇宙は水素ばかりの,ひどく退屈な世界になっていたはずだ。逆に,もし強い力が今よりも強かったなら,陽子同士が結びついてしまい,水素(つまり単独の陽子)は早々に枯渇しただろう。水素の存在しない宇宙は,この宇宙とは似ても似つかないものになっていたはずである。

つまり,物理定数が今の値でなかったとしたら,宇宙の姿は,いまの宇宙ではなかった,ということである。

では,なぜ今の値なのか。その問いに,ハーマン・ボンディは,コインシデス(偶然の一致)を示して,議論を提起した。本書では,3つを紹介している。

@電子と陽子の間に働く電磁力と重力の比が,1040
A宇宙の膨張速度の目安であるハッブル常数から導かれた「長さ」(大雑把な宇宙の半径)と電子の半径(核力の到達距離)の比が,1040
B宇宙の質量(宇宙の質量密度×半径の三乗)を,陽子の質量で割った,宇宙に存在する陽子(あるいは中性子のような,電子と比べて思い粒子)の個数が,1040

これに対して,人間原理を打ち出してきたのが,ブランドン・カーターなのである。そして,

コペルニクスの原理,

つまり,人間が宇宙の中心にいる,

ことを否定した考え方に,過度に拡張しすぎている,として,

a.われわれが存在するためには,特別な好都合な条件が必要であること,
b.宇宙は進化しており,局所的なスケールでは決して空間的に均質ではないこと,

を理由に挙げた。そして,ボンディの挙げたコインシデンスを,「コンベンショナル(普通)」な理論で説明するには,

人間原理,

を受け入れなければならない,といったのである。ボンディのコインシデンスの@,Aについては,すでに説明がつく。問題は,Bである。カーターは,こう言う。

宇宙は(それゆえ宇宙の性質を決めている物理定数は),ある時点で観測者を創造することを見込むような性質を持っていなければならない。デカルトをもじって言えば,「我思う。故に世界はかくの如く存在する」のである…,

と。これは,著者が言うように,

「この宇宙の中で,存在可能な条件を満たされた時期と場所に」存在しているという話ではすまず,「そもそも宇宙はなぜこのような宇宙だったのか」という問題と関わっている,

のである。しかし,カーターは,話をこう展開する。

物理定数の値や初期条件が異なるような,無数の宇宙を考えてみることには,原理的には何の問題もない。

もし,宇宙が無数にあるなら,「知的な観測者が存在できるような宇宙は,世界アンサンブルの部分集合に過ぎない,
とするなら,

われわれは無数にある宇宙の中で,たまたま我々の存在を許すような宇宙に存在している,

というだけのことになる。このカーターの提起の,

世界アンサンブル,

という考え方は,宇宙のインフレーション理論,

宇宙誕生の10−36秒後に始まり,10−36秒後には終わった(中略)。その一瞬の間に1030倍にも膨張した,

とされる。そして,

宇宙誕生は一度きりの出来事ではない,

というのが,物理学者の考え方なのだ。とすると,そこから,自然に,

宇宙はわれわれの宇宙だけではない,

という,多宇宙ヴィジョン,

が生まれ,膨張する宇宙の中に,

海に浮かぶ泡のような領域…を,泡宇宙か島宇宙,

と呼ぶ。そして,

われわれの宇宙は,無数にある泡宇宙のひとつに過ぎない。いわゆる「地平線宇宙」―どれだけ高性能の望遠鏡が開発されようとも,そこから先は未来永劫決して見ることができないという意味での「地平線」の内側―

にいる,ということになる。宇宙の理論の,

多宇宙ヴィジョンは,ほとんどデフォルト,

と著者は言いきる。人間原理は,この時点で,反転し,人間による,観測選択効果になった,と。

いま,アインシュタインが言った,

宇宙は,ある必然性があってこのような宇宙になっている,

さまざまな定数の値が,他のどの値でもなく,この値でなければならぬ,

という理論を目指して,科学者は様々な仮説にチャレンジしている。


参考文献;
青木薫『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』(講談社現代新書)




今日のアイデア;
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posted by Toshi at 05:26| Comment(2) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月11日

切れる


ときどき年甲斐もなく,切れる。

しかし,切れるといっても,感情的に爆発したり,暴力を振るうということではない。癇癪というのでもない。よくあるのは,

理不尽さ,

への怒りである。これは,

許せない,

という思いである。

突発するので,誤解に基づくこともあるかもしれない。逆に火に油を注ぐケースがないでもない。いつだったか,シンガポールを旅行中,日本人が居丈高に何かを言っているのに,

ちゃちゃ

を入れて,そいつらと口論になったことがある。あるいは,ツイッター上で,

放射脳

とかといって,放射能をあざけっている奴を見ると,切れる。で,

茶々

を入れて,いわゆるネトウヨに絡まれたことがある。いつもではないが,ときに,

見て見ぬ振り

ができない。余分なことに介入して,事態をこじらし,火の粉が自分に飛んできたことがある。

理不尽さ,

には,差別やいわれなき権柄ずくというのに対する,反撥というか反感がある。別に正義感と言うほどの大それたものではないから,所詮思いつき,

たまたま,その場に居合わせた,

という類が多い。理屈でも理論でもないから,遺伝子レベルではないか,と思う。父親は柔道をやっていたので,ヤクザだかチンピラだかを投げ飛ばして,返り血を浴びて帰ってきた,という武勇伝の持ち主なので,その血のなすわざでしかない。

多く,特有のシチュエーションがある。

まずは,いわれのない主張,だ。ヘイトスピーチや過去の隠蔽や差別,に絡むことが多い。

ひとを怨まば,穴二つ

ということをいうが,人種差別も同じだ。多く,自分は安全な日本にいて,たぶん暴力的な仕返しを受けないという,

高をくくった,

ところで,差別している。なぜ差別するか,その背景を忖度する気も,興味もないが,本気で差別するなら,差別する相手の国に行って,大声で主張すればいい。それなら,快哉を叫んでもいい。たとえば,アメリカで,

反米広告

を打つ,みたいなことだ(可能かどうかはさておく)。

その度胸も覚悟もなくする輩の,不遜で夜郎自大な差別行為の卑劣さが許せない。

安全なところで,という意味では,匿名で,ツイッターで罵倒する輩も同じだ。まだしも,せいぜい堂々自分の名前を賭して発言する方がまっとうだ。

ツイッターの発言に,(真偽はさておき)

ヘイトデモに出くわした,その国から来た観光客の女性が,座り込んで,泣いていた,

というのがあった。むしろ,恐怖ではないか。想像してみればいい。

外国で,旅行にしろ,滞在にしろ,

ジャップ出ていけ,ジャップ死ね,

というプラカードを持ったのに出くわしたときの恐怖を。自分は,決して安全地帯から出ないで,人を罵る輩に,カッとするのは事実だ。

もうひとつ切れるのは,アホなのに,アホの自覚がなく,性懲りもなく人を非難する奴だ。よほどの性根を据えなくては,人を非難すれば,数倍のつけを背負い込む。

僕も人を非難する方だから,よく分かるが,そのときの拠って立つ拠り所が,あてにならない,正義感などに拠ってい立つと,結果は悲惨になる。そんなものはないからだ。

有るのは,おのれの意志のみだ。

となれば,相手に押されても怯まず押し返す気力と,気概がなくては,とうてい敵いっこない。そこのところがわからない。

そう,これは自分のことを言っている。




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2014年04月10日

山に登る


よく目指すものを山にたとえる。あの山の高み,というように。しかし,僕には,いつも頂上は見えない。雲の中に隠れて見えない,というよりも,高すぎて,頂上が,僕のいる下界からは,到底見えないのだ。

例えば,コーチに聞かれたりする。

目指すものを喩えると,

山かな,

それはどのくらいの山?

結構高い。

その山に登ったら,どんな景色が見えるか?

と。

しかしいつも思うのだが,そう問われても,

山の頂に立つと,もっと高い頂が見える,

それを上ると,

もっともっと高い,次なる頂が見える,

としか言いようがない。そこまで登らなければ,その上がある,ということは見えない,その上の厳しさもまたわからない,ということだ。

昔,高校生の頃,全学だったか,学年だったか,クラスだったか,忘れてしまっているが,伊吹山登頂という行事があった。あのように,孤立している山なら,それで終わりだから,登頂したら,たしかあの時も,駈け下りてきた記憶があるが,降りるしかない。そういう山の目指し方もあるのかもしれないが,僕の山は,峨峨とした山で,高くて頂が見えない,というイメージなのだ。

そこが頂かと思って登りきると,その先にまた頂が見えてくる。そこまで到達しなくては,その先は見えない,という感じなのだ。たとえると,山に沿った道を歩いて,そこを曲がる,見えるかと思ってその角を曲がってみると,また蜿蜒と道が続いていて,山腹をうねうねと続いていく,そんな感じだ。

終点というのがない,

のかというと,僕の中で,そういう感じはない。それでは,ただの徒労感しか生むまい。

何で山なのか,というのはちょっと説明しづらい。何かを目指すのが,山に登るというのに,見立てたほうが。しっくりくるというだけだ。

これを,眼路遥か続く道にたとえると,なんとなく物足りない。それなら。ただ歩けばいいので,なんとなく芸がない気がする。

何かを達成するとか,何かを成就する,実現する,というのが,僕には山に登る,というイメージらしいのである。

別に克己勉励型ではないが,ただ足で歩けばいいというのでは,何というか,誰でもできそうだ。僕でないとできない工夫と創意がいるものがいい。となると,ちょっと一筋縄ではいかない山に登る,という感じがぴったりの気がする。

いわば,分岐点,

でもある。あるいは,

峠,

とか,



という言い方もある。それが踊り場なのか,中継地なのかは,ひょっとすると,こちらの意志次第なのかもしれない。つまり,

山を登ること,

が目標ではなく,

山の向こうの景色をみること,

でもなく,

山を次々踏破していくこと,

でもなく,

ただ,厳しい山を乗り越えて,次の位置にまた新たな目指すべき高みが見えてくることが,目標であり,それは,そのまま自分の人生のあり方,というとちょっと格好つけすぎだろうか。

なんとなく,ゴールが見えないまま,しかし,なんとなく,この山の向こうに,大事な何かがある,という感触というか,直感だけで,山を登っている気がする。下ろうとは思ったことは,あまりない。まあ,この程度かと,一休み,二休みしたことは,ままある。もう気づかず休んでいるのかもしれない。

でも,まだ,山を登ろうという気構えだけはある。

気力と,体力は,まだ少しある。

と,思ったとき,僕の中には,同行者が全くイメージできていない,ということに気づいた。どうやら,どこまでも,一匹狼であるらしいのである。ひとりで,コツコツと,自分だけの創意と工夫で,ということは,我流(独りよがりとも言う)で,登り口や登り道を探り当て,それをおのれの力だけで(といっても,先達の肩に乗っていることに変わりはないが),できるだけひとに助けを乞わず,登っていくことの,

自恃

が好きなのである。まあ,おのれひとりでやっているという,自己陶酔に他ならない。人をまとめたり,人を束ねたりするくらいなら,一人でやってしまう,そういう性分なので,組織人には向いていなかったらしい。

だから,一人分の仕事しかできないが,そういう自分の仕事の仕方が気にいっている。

あ,同行二人か!



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posted by Toshi at 05:07| Comment(3) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月09日

準備


先日,【第17回 早起き賊の会】に参加した。

https://www.facebook.com/events/275140475973806/

フェイスブックのコミュニティで,ただ毎朝,何時に起きたと競い合っているのだが,だいたい月に一度こういうオフ会を開く。すでに何回か,触れた。先月の分は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163590.html

で書いた通りだ。

このところ,珍しく連続参加しているが,話は,結局のところ早起き自慢。この日のアジェンダ,テーマというより,各自の話したいことは,

起床時間をコントロールするには
「しまった!」と思うのは何時に起きた時?
冬と春では目覚めの時にどう違うか?
社会人としてのスキルを高めるための朝活とは?
期首の#早起賊生活について
絶対的睡眠時間と平日の過ごし方の関連性

というのが挙がった。それぞれ各自の思い入れがあり,ま,当事者以外には,

別に!

というつれない返事もある。

今回の,話の中で,気になったのは,キーワードで言うと,

必然



24時間単位で考えない,

の二点。

必然というのは,朝起きる必要があるから,起きる。必然だから早朝,起きられる,と。。漫然と,朝早く起きる,というのではないということだ。たとえば,

朝起きて,することがある,

から起きる。例えば,僕のように,毎朝の日課で,日の出を撮ると,課していると,そのために起きる必要があるから,起きる。あるいは,

仕事の準備のために,するべきことがあるから,

毎朝起きる。あるいは,

その時間以外,自分自身のために使えないから,

朝起きる。あるいは,

毎朝観たいテレビ番組があるから,

朝起きる。あるいは,

毎朝静かに本を集中して読みたいから,

朝起きる。偶然でも,たまたまでもなく,そうする必要があるから,そうべくして起きる。朝のなすべきことが,

ルーティン化

すればするほど,朝起きるのが必然になる。というか,平たく言えば,始めはただ,何かするために起きたのだが,それが,日々のリズムになってしまえば,それが,自分の生活のリズムになる。

起きようと思わなくても,目覚める。

そういう24時間のリズムになる。しかし,それを24時間サイクルという枠で考えると,少し違う。スッキリ目覚めたが,3時間しか寝てなかったとする,その日はクリアできても,そのままいつも通りにはいかないので,翌日は早く寝て,体調を調節する,というように,24時間の枠ではなく,もっと長いスパンで考える必要がある。

たとえば,

睡眠障害対処の12の指針というのに,

同じ時刻に毎日起床,

とある。そして,

早寝早起きではなく,早起きが早寝に通じる,

とある。これは,早起きするには,前の日からそれが始まっている,ということだ。ということは,更にさかのぼって,早く寝られるように,その日の仕事の段取りをつけて,時間調整する必要がある…,というように,早寝を毎日続けるのは,そのための準備が前倒しで続いている,ということを意味する。

同じことは,睡眠不足にも言える。その日不足したら,それを他で取り返す。1日で無理なら,2,3日かけてもいい。一週間かけても,一か月かけてもいい。

早起きは,その日単位ではないので,そのリズムを壊さない工夫は,柔軟に,各自が微調整している。

つくづく思うのは,早起きする人は,

自分のライフスタイル,

にこだわりがあり,それを他人や状況で邪魔されるのが大嫌いらしい。自分のリズムを,維持するために,ここからは人によって違うが,

周りに認めさせるか,

周りを納得させるか,

周りに諦めさせるか,

何らかの方法で,

あれは,あいつらしい,

と思わせることに成功しているか,そうしようとしているということらしい。周囲の同調圧力に妥協したら,とても,早起きの準備が,前の日(いや前々日,前々々日)からできるはずはないのだから。


参考文献;
内山真『睡眠の話』(中公新書)




今日のアイデア;
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2014年04月08日

眠り


内山真『睡眠の話』を読む。

実験的に,徹夜をすると,簡単な判断を要する時間がビール大ビン一本飲んだ状態に匹敵する…,

ということを聞くと,確かに,眠りは人間にとって大切なのだが,五人に一人が不眠に悩んでいるという。

本書は,睡眠に悩む人との対話を踏まえて,

睡眠と私たちの生活,睡眠と心や身体の健康,睡眠と脳の働き…

について,睡眠学の立場から解き明かしていく。では,睡眠とは何か。

眠っている時には,私たちは人間ではなく霊長目に属するただの哺乳類になる。

のだそうだ。爬虫類などの変温動物から恒温動物になることで,環境に対する適応力を飛躍的にのばしたが,その分,

体温を保つために常にエネルギーを燃やし続けなければならず,変温動物に比べると大量の食物が必要となった。

さらに,

内外からの情報を処理し,身体をよりうまく働かせるための大脳を発達させた。(中略)発達した大脳は,体温を一定に保つ恒温動物としての限界をさらに超えて,膨大なエネルギーを消費する。そして活性酸素のような有害な老廃物も産生するし,機能変調が起こりやすいという脆弱性を持つ。長時間働かせていると身体が供給できるエネルギー量では足りなくなる。これを防ぎ,大脳をうまく働かせるために上手に管理する,

これが睡眠であり,

身体が休む時間帯に大脳をうまく沈静化して休息・回復させ,必要な時に高い機能状態の覚醒を保証する機能をもつに至った,

ということであり,

身体が休む時に,脳の活動をしっかり低下させ休養させるシステム,

これが,睡眠ということになる。当然不足すれば,機能不全に陥る。このシステムは,

意外にシンプルな仕組みでできている。体内の温度を積極的に下げることで,まるで変温動物のようになって脳と身体をしっかり休息させるのだ。皮膚から熱を積極的に逃すシステムが働くと,身体の内部の温度が下がると同時に,頭の内部にある脳の温度が下がっていく。体内の温度が下がると,生命を支えている体内の化学反応が不活発化する。つまり,代謝が下がり,休息状態になる。

すると,眠くなるらしいのである。眠らないでいると,

起きていた時間に比例して脳脊髄液の中にプロスタグランジンD2が増えてくる。(中略)長く起きていたという時間に関する情報が脳脊髄液中の睡眠物質の量に転換され,この睡眠物質の増加という情報が神経情報となって,脳の眠りを引き起こす部位,視床下部に伝達されるのだ。そして,視床下部の眠りを引き起こすGABA神経系が働き出す。GABA神経系は,より奥にある目を覚ましておく神経活動を支える部位,結核乳頭体のヒスタミン覚醒系を抑制し,

われわれは眠くなる。では,よく知られた,レム睡眠,ノンレム睡眠は,どういう機能があるのか。一晩の睡眠の80%位がノンレム睡眠と言われているが,

健康人が夜七時間の睡眠をとる時,まず浅いノンレム睡眠から次第に深くなり,深い睡眠がしばらく続く。そして,寝返りの後,浅いノンレム睡眠が出現し最初のレム睡眠に移行する。入眠から最初のレム睡眠までの時間は平均すると90分くらいである。レム睡眠が5〜40分続いた後,再びノンレム睡眠に入っていく。その後,レム睡眠はノンレム睡眠と交代しながら90〜120分程度の周期で出現する。

レム睡眠時は,夢を見ることが知られているが,

夢はレム睡眠というごく浅い眠りに随伴する内的体験だ。本当に完全に脳が休んでいる状態では意識が途切れるわけで,夢体験が起こることは考えにくい。脳がある程度の活動状態に保たれているために夢見を体験することができる。

というのも,

レム睡眠中には,外界からの情報が遮断されているからだ。

音や光だけでなく,身体の感覚も脳に伝わらないように遮断されている。なぜなら,

まどろんだ状態での夢体験に応じて身体が動いてしまうと,…瞬く間に眼が覚めてしまう。筋肉が動いたというフィードバック信号は強力に眼を覚ましてしまうからだ。

で,この間は,

脳からの運動指令が,脊髄のあたりで遮断された状態にある。

この時金縛りが起きる。「睡眠麻痺」と呼ばれる。夢を見ている時,外界の刺激はないのだから,当然素材は,脳の内部情報になる。

脳の奥のほうにある記憶に関連した大脳辺縁系と呼ばれる部分が活発に活動し…,同時に大脳辺縁系で情動的反応に関連した部位も活発に活動している…。一方で,記憶の照合をしている,より理性的な判断機能と関連する前頭葉の機能は抑制されている。

フランスの脳生理学者ミッシェル・ジュヴェの発言がいい。

レム睡眠中には,動物も人間も危機に対処する行動をリハーサルし,いつでも行動できるよう練習している,

と。つまりは,イメージ・トレーニングである。

では,ノンレム睡眠は,どういう機能なのか。

ノンレム睡眠には,まどろみ期,軽睡眠期,深睡眠期とあり,軽睡眠期がノンレム睡眠の80%を占める。

まどろみは電車の座席できちんと坐っていられ,乗り越さない睡眠。軽睡眠は,誰でも自分が眠っていると感じられ,だらんと首が保てなくなる。降りる駅でどあが閉まる直前に目が覚める。深睡眠は,自分が熟睡していると感じる。多少の音では目が覚めない。電車を乗り越すのはこの状態。

ノンレム睡眠は,脳を休めるためだが,軽睡眠が多いのは,完全に働きを停止してしまっては生物にとって危険だからと考えられる。

長い間覚醒していればいるほど,その後の深いノンレム睡眠である徐波睡眠が増加する。一種のホメオスタシス維持機能ということになる。

深いノンレム睡眠中は,子どもの成長や身体の修復に関係する成長ホルモンが活発につくられる。

細菌やウィルスなどの外敵が身体に侵入すると,防御機能が働き,白血球がこれらを排除する。こうした時,つくられる免疫関連物質,インターロイキンなどの免疫物質の中には体内の免疫機構を活性化するとともに,深いノンレム睡眠を誘発する作用を持つものがある。感染時に眠たくなるのはこうした物質が働いている証拠と考えてよい。

これも体に備わった防御機構なのだといっていい。睡眠効果のもっと面白いのは,新しい技能を身に着ける時,練習による向上度もあるが,十分睡眠することで,手続き記憶が強化され,練習した以上に技能が向上する,という。

睡眠中の技能向上は苦手な動作ほど大きい,

というのは,脳の機能としてもちょっとわかる気がする。寝ている間に定着する,ということなのかもしれないが,ノンレム睡眠の方がより効果的ということらしく,夢のリハーサル効果ではないのが意外だと言えば,言える。

ところで,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163590.html

でも書いたように,フェイスブック上のコミュニティ「早起き賊」に加わっているが,朝型夜型は,体質というか,

体内時計の周期が24時間より長めだと夜型になりやすく,この周期が24時間より短い,ないし24時間に近い場合には,朝型になる,

という。

体内時計の細胞では,時計遺伝子というタンパク質の設計図に基づいて時計機能を担うたんぱく質が製造される。この細胞内での一種の化学反応が24時間周期でゆっくり変動し,直接一日という時間をとらえる。

ま,遺伝子で決まる,ということか。しかし,習慣化で,変えることもできる,そんな気がする。そこが,人間の人間たる所以なのだ。

睡眠障害対処12の指針の四に,こうある。

早寝早起きではなく,早起きが早寝に通じる,

と。まさに早起き賊が,常々言っていることだ。


参考文献;
内山真『睡眠の話』(中公新書)



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


posted by Toshi at 05:29| Comment(2) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月07日

トークライブ


トークライブというのは,

「talk+live」。おしゃべりや対談を中心に構成される催し。トークイベント。

とある。まあ,昔から,対談のような形であったものだが,いまブームらしい。ネットで見ると,

ブームというよりは,文化が定着した感じ。トークライブがやっと認知されてきた。今まではトークをわざわざ見るっていうのが珍しかったけど,だんだん知られて定着していった,

という現場の声があった。

飯塚和秀氏が,電子書籍『普通の雑談』で,主宰しているトークライブについて,その狙い,意図を語っている。

飯塚氏の口癖は,ゲストとの,

ガチトーク,

である。したがって,

当日ゲストと会うまで,ファシリテーター側もゲスト側も,事前準備なしで,
当然資料はない,
トークの展開は,全く読めないフリートーク,

というところが特徴になる,とある。

登壇するゲストは,飯塚氏自身が,選ぶ。基準は,氏の直感,

この方って,なんだかとっても魅力的という,フィーリングだけでゲストとしてお招きする,

とのことで,相手のことをそれほど知らないことも多いそうだ。事前に相手のことを調べないのは,

一般参加者の代表という立場で,

トークを進行する,というこだわりがあるようである。そこで,ファシリ役とゲストだけで参加者を置き去りにしないために,

専門家vsど素人

という構成を狙うのだという。そうすることで,

ファシリテーターが「素人目線」でゲストの「専門性」を引き出していく。そのことで,一般参加者との壁が無くなり,「一体感が生まれるイベント」

に近づく,と。

僕自身も参加したことがあるのでわかるが,他のトークライブで,単なる司会進行役の人がいて,ゲストがほとんどの時間しゃべるというのとは,少し様相が違う気がする。

たぶん,氏のトークライブでは,ファシリテーターとゲストが

半々くらいで,

喋り合っている。氏自身は,これを,例の,タ○リの,友達の○になぞらえて,

雑談,

と表現されている。確かに,雑談ではあるか,それだと,「ガチ」の意味が伝わりにくい。

用意なく,

そのとき,その場で,

の両者の「自分」がぶつかり合う,と言うと大袈裟だが,

出会いがしらのやり取り,

というのが特徴のような気がする。そこが,

ガチ,

たるゆえんだ。

何度か参加者として,参加させていただいた感じから言うと,仕掛けはある。

場づくり,

がうまいと感じる。何を話すかについて,主導権は,トークゲストにはない。ゲストが話したいことを話すこともなくはないが,多く,

何を聞きたいか,

を参加者に尋ねるか,飯塚氏がいくつか挙げたりする。その聞きたいリストに沿って,概ね進んでいくことになる。つまり,

ゲストの話したいことではなく,

参加者の聞きたいこと,それに,飯塚氏自身も聞きたいこと,を加え,劈頭から,参加者側の聞きたいことに焦点を当てるので,参加者とゲストとの壁というか敷居が下がる。そのために,途中で,

質問や突っ込み,

が,参加者も随時入れやすい雰囲気になる。それが場づくりになっていて,

ファシリテーターとゲストのトークではなく,

ゲストとファシリテーター+参加者

とのトークというか,自然なやり取り,つまり,

雑談,

的な雰囲気になる。一方的に参加者が受け身になる,という雰囲気意ではない,(少人数ということも手伝っているかもしれないが)と,僕は感じている。

そうやって話が始まっても,その中身について,確かにゲストが主役なのだが,ゲスト自身の世界を,ゲストが好きなように喋れるわけではない。

どこに焦点をあてるか,

何をもっとふくらませるか,

どう広げるか,

どこへシフトさせるか,

は,多くファシリテーター飯塚氏のイニシアティブになる。あるいは,随時参加者に問いかけたり,参加者が投げかけたりする質問によって,結構曲折がある。当然とんでもない方向に行くこともある。

特に目立つのは,飯塚氏の,ゲストの世界に対する,ある時は,突っ込み,ある時は,ぼけ,ある時は,素朴な質問で,結構細かいところまで,押し広げていく。

そのファシリテーションの鍵になるのは,ご自分の体験である。

ひとつは,ご自分の若い頃の芸能界時代の個人として業界を生きてきた経歴,
いまひつとは,IT企業の管理職というビジネスパーソンとしての問題意識,
あるいは,マージャンやスポーツ(野球等々)といった個人的な体験談,

に引き寄せながら,話を膨らませる。たとえば,

それってこういうことですか,
それって何々に似てますね,
それって自分の何々と同じですね,
それってこういう意味じゃないですか,
いまビジネスシーンではこんなことがあって,それと対比すると云々,

等々。その多くが,メタファーやたとえ話,アナロジーの効果をもち,理解が具象的になることがある。その意味で,

ご自身(の経験)をだし,

にして,意識的に,ご自分の素をさらけだし(?)つつ,ゲストの素を引きずり出していく,というやり取りになっていく。まさに,例えは悪いが,

ご自分の持てるリソースをえさに,ゲストに喰いつかせている,

という感じである。

多くの参加者が口々に言うのように,まさに飯塚氏のファシリテーションあっての,トークライブになっている。だからと言って,それがいわゆる対談のような堅苦しさではなく,

雑談,

の自然さを失っていない。だから,障壁なく,参加者からも突っ込みやすい雰囲気が保たれる。

ここでゲストに語られることは,飯塚氏が引き出さなければ,あるいは,飯塚氏に促されて,参加者が訊かなければ,決して語られることのない話なのだという気がする。

言い方が悪いのだが,本来,

黒子のはずのファシリテーター,

なのだが,どちらかというと,

狂言回し,

に近い。狂言回しは,

物語において,観客(あるいは読み手などの受け手)に物語の進行の理解を手助けするために登場する役割,

端的に言うと「進行役」兼「語り手」兼「語り部」に当たる役割である,

そう,自分のことをだしに,相手の話を引き出し,それをご自分の経験に引きつけて,意味づけたり,例えたり,解釈したりして,

ゲストの世界を,参加者の世界とつなぐ,

そういう役割を果たしているように思える。

確かに,終ったあとは,ゲストの話が残るのだが,考えてみると,トークライブのプロセスでは,それを引き出すために,

対照として,飯塚氏自身の経験や考え方をだしに,というか,それを七色のスポットライトにして,

ゲストの経験・考え方・生き方

を様々な角度から照らし出している気がする。だから,最後に,印象として残っているのは,まぎれもなく,

ゲストの多面的な姿そのもの,

が浮かび上がっているのである。たぶん,飯塚氏がファシリテーションしなければ,こういうゲスト像は描き出されることはない,そういうトークライブになっている。当然,それは,いい意味でも悪い意味でも,飯塚氏(と参加者)の持っているものによって,深度も広がりも制約される(参加者によって,だから場の雰囲気も進行も,中身もかなり変わる)。

その面から言っても,間違いなく,飯塚氏とゲストの

ガチトーク,

なのだ,とつくづく思う。

更に付け加えると,ゲストの面白さを,こういうカタチで,現実化する舞台装置を整える,という意味では,ファシリテーターの顔以外に,

ゲストと参加者をつなぐ,

(飯塚氏の肩書にある)イベントプロデューサーとしての顔も十分機能しているのも,また確かである。。




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2014年04月06日

価値創造


先日,【第9回 アートプロデューサー竹山貴のガチンコ人生!!!月例晒し者にする会】に参加してきた。

https://www.facebook.com/events/284161448403734/?ref_newsfeed_story_type=regular

今回から,アートディレクター竹山から,アートプロデューサー竹山に変更になったせいか,絵画のプロデュースに話が及んだが,僕が関心を持ったのは,画家ないし,絵を売り込むというか,プロデュースするというのはどういうことなのか,ということだ。

瞬間に,思い浮かんだのは,

価値創造,

あるいは,

創造価値,

という言葉である。

これは,V・E・フランクルの言う,創造価値の意味ではない。因みに,フランクルは,

創造価値(人が何かを行ったり創造したりすることで実現される価値)
体験価値(何かを体験したり,誰かを愛することで実現される価値)
態度価値(人が動かしがたい運命に遭遇したとき,それに対してとる態度で実現される価値)

を,人の人生における意味の見つけ方として挙げたが,想像がつくように,アウシュビッツを体験したフランクルは,態度価値を重視した。どんな逆境でも窮地でも,生きている限り,態度価値実現の可能性はある,と言うことだろう。

人は死ぬまで可能性の中にある,

実存主義の一つの考え方に違いない。閑話休題。ここで言うのは,その意味ではない。

創造物の価値はどう決まるのか,

ということである。少なくとも,誰にも知られず,秘匿されているものには価値はない。それを欲しい,観たいという人々につなげて,そこで,買いたい,観たいという意味や価値を感じさせて初めて,絵は,世に出る。いや,世に出るとは,そういうことか。

となると,それを観て,

それが優れている,

と感じたとき,その作品(とともにその作家)をどう他の人に知らしめるか,ということになる。

こんな素晴らしい絵を,

あるいはこんな絵を描く画家を,

広く世間に知らしめたい,となる。

というか,いい作品だ,と思ったとき,

いい作品というだけでは,人には知られない,と言うことだ。言い方が変か,こう言うべきか,

優れた作品は,その優れた作品の力だけで,人に知らせる力がある,

というわけにはいかないということだ。僕の中に,ちょっとした幻想がある。

優れた作品は,必ず,いつか日の目を見る,

そのときとところを得て,と。まあ,あくまで夢想だ。そんなわけはない。そうするための努力をする人間がいる,ということだ。

そのとき,それを世に知らしめる人間は,

その作家か,

その作品か,

に価値を見出していなくてはならない。そこで,

これは売れる,

と思うのも価値かもしれないし,

この作家は面白い,

と見出すのも価値かもしれないし,

これは凄い,

というのも価値かも知れないし,

これは破壊力がある,

というのも価値かもしれない等々。いずれでもいいとは言わないが,その価値に応じて,知らしめ方は違うのかもしれない。多くの人なのか,ある一定の個人なのかは,ともかく,

その価値を価値として認める人

とつながなくてはならない。つまり,

見つけた「価値」を,それを「価値」として認める人に,

手渡しする。あるいはつなげる。そこで,価値がうつつの中に顕在化する。当然,認めた価値の中身は,両者で違うかもしれない。しかし,それは,当初見つけた価値より広がっているか,深く穿っているのか,いずれにしろ,それが価値の伝播ということになるのだろう。

となると,知らしめる方法以前に,やはり,

作家,

作品,

に出会わなくてはならない。恐らく,ここが一番難しく,一筋縄ではいかないのだろう。

ここからは,素人の勝手な妄想だが,結局,他の分野もそうだが,昨今,

凄くスケールが小さく,まとまってしまっている,

という気がしてならない。ひと様のことを言えた義理ではないが,素材がどうとか,技法がどうとか,画材がどうとか,はどうでもよく,

書きたい何かがエネルギーとしてわっと溢れ出すような,

破格の絵に出会いたい。

こちらの常識や世の枠や埒や矩を超えた絵,

をこそ出会いたい。そういうものを見極める目利きができるかどうかは,いささか覚束ないが。

ただ思うのだが,そういうパワーというかあふれ出るエネルギーだけは,育てる埒外なのではないか,という気がする。それは,その描き手の人間としての何か,魂(という言い方も変だが)の求めている何か,なのではないか,という気がする。画家が何を求めるかまでは,育てようがない。

求めているもやもやした巨大な何かをキャンバスにぶつける,

そんな絵と観る側をつなげてほしい。

やはり,これは確かに,ディレクターではなく,プロデューサーの仕事である。


参考文献;
國分康孝編『カウンセリング辞典』(誠信書房)



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posted by Toshi at 05:21| Comment(0) | トークライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月05日

引っ越し


東京へ来てから,学生時代に,3回,その後,2回,引っ越しをした。実家にいたころは,2,3年毎に,引っ越していたから,考えると,少ない方だ

大体3年を目安に,引っ越すとわかっていると,その場所が,子ども心にも仮の住いだと心得るようになる。それは,何といっていいか,いつでも逃げ出せる感覚なのかもしれない。父が,名古屋の実家を処分してからは,故郷というのはなくなったので,根無し草と言うか,デラシネと言うか,そんな感じで,よく同級生で,サーカスや芝居一座の子が,すれ違うように,ほんのいっとき一緒になったことがあるが,期間的な差はあっても,似た境遇であった。

しかし,本籍を移してからは,建て替え時の一時的引っ越しを除くと,2回しかない。まあ,もう,何十年も,一つところに住んでいる。これは,人生始まって以来のことと言うことになる。

しかし,必要に迫られてする場合はともかく,そうでない場合,引っ越しと言うのは,どうしてするのだろうか。

引っ越し三両

というくらい,まあ金がかかる。

転居は,転機,

なのかもしれない。いつも大学の仲介を頼っていたので,制約はあったが,一年間は,賄いつきの下宿にいて,次は,ただの部屋だが,どうしても,下が大家で二階という制約があったのと,自炊の設備がなかった。で,次は自炊可能なところに引っ越し,そこに社会人になっても住んでいた。

思い返せば,その都度,何か心理的な葛藤を抱えていたのかもしれない。それが引越しを促したのか,引っ越しに何かを期待したのかは,もうよく思い出せない。

しかし引っ越しというのは,ただ荷物をまとめて,鉢植えの植え替えのように,はい,さようなら,というものではなく,そこでの地縁,人とのつながりを根こそぎ,引きちぎり, 離脱するところがある。特に,長く根を張ると,自分の生活エリアは,そのまま自分が雰囲気としてというか,佇まいとして,背負い込んでいる。その人を見ると,どんな生活をしているのかがわかるというのは,そういう意味だろう。

それを脱ぎ捨てる,というのは,意味があるように思える。

トランジション(transition)という言葉がある。移行,推移,変遷,転調,転移,遷移といった訳になるが,

The process in which something changes from one state to another

とある。ステージが変わるということと考えると,よく分かる。

トランジションには,

何かが終わる時期
混乱や苦悩の時期
新しいはじまりの時期

の三つの局面があるらしいが,大概,引っ越しと言うのは,前後,そういう時期だ。あるいは,そういう機にしたいという思いが先行することもある。

トランジションの最初の課題は,新しいことを身につけることではなく,古いものを捨て去ること…,

その意味では,何かから離脱する意思があったような気がする。

「終り」を迎えるのは外的状況ではなく,態度や思い込みや自己イメージであることが明らかになることが少なくない。

真の「始まり」は,たとえ外的な機会によって気づかされるような場合でも,本当はわれわれの内側から始まる。

等々。そういう説明は,後からしても仕方がないが,もう何十年も住み続けているということは,僕の中では,そういう転進なり転移を外的状況に求めることからは離脱したと言えるのかもしれない。

少なくとも,自分が変れば,見える世界が変わり,見える世界が変われば,自分の背負う世界が変わり,自分の佇まいが変わる。それは,外的な状況に左右されるのではなく,自分の内的世界の問題だと,思えるようになったということかもしれない。

むろん,それは,現象学的に,という意味だから,所詮妄想,幻想とは紙一重かもしれない。

あるいは,繭のように,保身に長けただけなのかもしれない。

参考文献;
ウィリアム・ブリッジズ『トランジション』(創元社)



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


posted by Toshi at 05:27| Comment(0) | 転機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする