2019年08月22日

帰農した土豪


牧原成征『近世の土地制度と在地社会』を読む。

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本書は,

「近世の百姓たちは,いかなる社会構造や諸条件の中で,それらにいかに規定されて,どのように再生産や生活を成り立たせていたのだろうか。本書はこうした素朴な問題関心から出発しているが,土地制度や金融・流通,共同体などの観点から,近世の在地社会について」

の考察をしている。その主張の素描は,

「中世後期,(中略)多くの土地片で,地主と作人が分離して,前者が後者から加地子(カジコ,カジシ 地代)を収取する関係が一般化していたと考えてよい」

「地主権(加地子)や名主得分を集積した階層は,(中略)抗争・戦乱の中でその土地所有を維持・拡大するために,被官を従え,戦国大名などのもとに被官化(結集)した。これは戦国社会の基底的な動向であり,彼らを『小領主』と呼ぶことができる」

「16世紀の江北地域では,戦国争乱が激化し小領主が滅亡したり牢人したりするなかで,彼らのもとで制約されていた作人の土地に対する権利が強まった(一職売券の出現)。それによって土地を家産として継承するイエが,作人レベルにおいて成立しはじめた」

「江北の一大名から出発・成長した豊臣政権は,領主(給人)が収穫高の三分の二を年貢として収取するという理念を示し,また検地を広範囲に行なって地積掌握を深化し,加地子を吸収した高額の年貢・分米を打ち出した。村にとどまった旧小領主(地主)は百姓身分とされ,それまで得ていた中間得分・剰余をかなりのていど否定された。加地子得分権の形で留保されていた惣有財産も同様である。こうした点では領主『反動』と評価することもできる。しかし一方で,年貢収取に際して,百姓に収穫高の三分の一の作得を公認・保障し,…江北でようやく16世紀に萌芽・展開しつつあった作人レベルにおける土地所持権を,検地の結果,公認・保障する姿勢を示した」

「そのようにして成立した近世の年貢村請制の下では,農業経営の集約化という生産力条件にもよって,村=百姓たちは,一定数以上の経営を維持することを要求された。そのため百姓相互の融通関係が必然化され,そのなかから土地を集積する地主が出現する場合があった。彼らは村請制と小農経営の展開に基礎をおき,それに規定される点で『村方地主』という範疇で捉えるのが適当である」

等々と,在地の土地制度と社会の変化を描こうとしている。

僕個人の関心は,土豪,地侍という在地の有力層が,国人や戦国大名の被官となった後,豊臣政権の政策で,徳川家康が,三河・遠江から関東へ家臣まるごと移封されたように,被官化した土豪・地侍が,鉢植えのように転封される大名に従わず,在地に残った場合,その後,幕藩体制下で,どのような変化を蒙ったのか,という点にある。いわゆる兵農分離に従わず,在地に残った旧大名被官たちは,百姓身分になるが,村ないし,その地域に大きな影響力を保っていたはずである。

そのひとつの転機は,太閤検地である。検地では,

「一筆ごとに年貢を負担すべき責任者,請負人(百姓)を一名書き載せる」

が,

「あらゆる土地片で唯一単独の所持者・所持権が定まっていたわけではなく,太閤検地開始時にも依然として,地主と作人とが加地子収得関係などを結んでいた土地片もあった。そうした地主・作人関係は,作人から得分を収取するだけで年貢も作人が直納するといった作人の権利が強いケースから,一年季契約による小作関係のように地主の権利が強いケースまで,非常に個別的で多様であった。前者では作人が名請されるのが自然であるが,後者(一年季小作)の場合,地主がその土地を名請しようと望めば,小作人が容易に名請しえたとは考えにくい。この点で,直接耕作者を一律に名請したとする見解には無理がある。ただし,侍身分の地主たちがみずから名請しようとしたかどうかは問題である。検地で名請することは百姓になることを意味するのだから,あくまで仕官をめざし,名請しようという志向をもたないか,あるいは名請を拒む者もいた」

その結果,

「検地帳に名請した者には,年貢諸役負担と引き換えに,その土地の所持権が保障・公認されることになった」

石田三成の掟条条(文禄五(1596)年)には,

「田畠さくしきの儀は,此のさき御検地の時,けんち帳にかきのり候者のさハきにつかまつり,人にとられ候事も,又むかし我さくしきとて人のとり申事も,ちやうしの事」

とあり,土地の実質所有が移ることになる。その結果,かつての土豪の中には,土地を取り戻そうとし,敗訴する例も少なくなかった。

「検地帳名請の意義は大きく,被官たちのなかには,井戸村氏(旧土豪)が土地所持権を確認しようと迫った際にも拒否する者もむ現れた。訴訟の際にも,名請と代々の所有を根拠にしとて自己の所持権を主張し,それを勝ち取ることもあった」

のである。公儀レベルの理念としては,

「検地帳名請人に所持権を認めるのが原則であった」

からである。結果として,

小農自立,

がもたらされたが,その結果,「高持百姓」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/464612794.html)で触れたように,

「近世の土地台帳である検地帳や名寄帳,あるいは免割帳などに記載された高持百姓あるいは本百姓のち所持石高や田畑の反別が一石未満,また一反未満を中心に零細な百姓が圧倒的に多い」

こととなり,一年の決算毎に質屋を利用して,

「不勝手之百姓ハ例年質物ヲ置諸色廻仕候」

というように,それは,

「春には冬の衣類・家財を質に置いて借金をして稲や綿の植え付けをし,秋の収穫で補填して質からだし,年貢納入やその他の不足分や生活費用の補填は再度夏の衣類から,種籾まで質に入れて年越しをして,また春になればその逆をするという状態にあった」

ことの反映で,

「零細小高持百姓の経営は危機的であった」

近世慢性的に飢饉が頻発した背景が窺い知れるのある。

五反百姓出ず入らず,

という諺がある(臼田甚五郎監修・ことわざ辞典)。五反でトントンの意である。それ以下は,危険水域なのである。

近世の飢饉については,

「飢饉」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/462848761.html),

で触れた。

参考文献;
牧原成征『近世の土地制度と在地社会』(東京大学出版会)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2019年08月21日

ためる


「ためる」(たむ)は,

溜める,
貯める,

とあてる「ためる」と,

矯める,
撓める,
揉める,

とあてる「ためる」がある。「溜める・貯める」は,

とどめる,
せきとめる,
たくわえる,

といった意味であり,「矯める」は,

曲がっているのを真直ぐにする,
改め直す,
いつわる,曲げる,
狙いをつける,

といった意味を持つ。大言海は,「たむ(撓)」は,

木竹など炙り,又は濡すなどして,伸べ,或は屈め,て,形を改む,

とあり,それが,転じて,

すべて物事を改め正しくす,

の意となり,それは,ある意味,

「無理にもとの形を変える。良くする場合も,悪くする場合にもいう」(岩波古語辞典)

ので,

偽る,

ともなる。また,

控え,支え持つ,

意を持つ。これが,

「腰だめ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/438168149.html),

の「ため」であり,

「ためつすがめつ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/455445472.html),

の「ため」でもある。室町末期の日葡辞書(『広辞苑』)にも,「テッポウ(鉄炮)ヲサダムル」とある。さらに,「たわむ(揉)」は,

撓(たわ)むの略,

とする。岩波古語辞典の「たむ」の項は,

タム(廻)と同根,

とある。大言海は,

撓む,

意とし,

くねり廻る,

とする。この「たむ」は,

廻む,
訛む,

とも当てる。

ぐるっとまわる,

意の他に,

歪んだ発音をする,

つまり,

訛る,

意もある。「たむ」は,漢字で当て分けているが,結局,

無理にもとの形を変える,

意であり,それが,

矯正,
でもあり,
偽り,
でもあり,
訛る,

でもある。しかし,「腰だめ」「ためつすがめつ」の,

狙いをつける,

はどこから来たか。勝手な臆説だが,

溜める,
貯める,

の「たむ」から来たのではないか。これは,

とどめる,
せきとめる,
たくわえる,

意であるが,岩波古語辞典の「たむ」には,

満を持した状態でおく,一杯にした状態のままで保つ意,

とある。それは,

集める,

意であるが,

留める,

意でもある。「腰だめ」の「ため」は,これと通じる。僕には,

溜,
貯,
廻,
訛,
矯,,
撓,
揉,

と漢字で当て分けているが,もともと「たむ」は,

曲げる,
直す,

といった意で,その派生として,

留める,
貯える,

と,漢字の意味に影響されて,意味の外延を広げたもののように思える。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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2019年08月20日

をろち


「をろち」は,

おろち,

普通,

大蛇,

と当てる。ほぼどれも,

ヲ(オ)は「峰」,ロは接尾語(あるいは助詞,接辞),チは霊威あるもののの意,

としている(広辞苑)。「ヲ」を「尾」とするものも多くある(日本語源広辞典)が,「を(尾)」は,

「小の義。動物體中の細きものの意」

で(大言海),そのメタファで,

山尾,

という使い方をし,

山の裾の引き延べたる處,

の意に使い,転じて,

動物の尾の如く引き延びたるもの,

に使った。「を(峰・丘)」は,その意味の流れの中で重なったとみられる。

大言海は,「をろち」を,

ヲにロの接尾語を添へて尾の義,チは靈なり,尾ありて畏るべきものの義,

としているが,

「『ろ』は助詞で,現在使われている助詞の中では『の』に相当する語」

とあり(語源由来辞典),ほぼ同義である。「ち」は,

「ち(血)」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465705576.html?1557945045),
「いのち」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465724789.html),

で触れたように,

いかづち(厳(いか)つ霊(ち)。つは連体助詞),
をろち(尾呂霊。大蛇),
のつち(野之霊。野槌),
ミヅチ(水霊),

と重なり,「ち(霊)」は,

「原始的な霊格の一。自然物のもつはげしい力・威力をあらわす語。複合語に用いられる」

ので,

いのち(命),
をろち(大蛇),
いかづち(雷),

等々と使われ(岩波古語辞典),

「神,人の霊(タマ),又,徳を称へ賛(ほ)めて云ふ語。野之霊(ノツチ,野槌),尾呂霊(ヲロチ,蛇)などの類の如し。チの轉じて,ミとなることあり,海之霊(ワタツミ,海神)の如し。又,轉じて,ビとなるこあり,高皇産霊(タカミムスビ),神皇産霊(カムミムスビ)の如し」

なのである(大言海)。つまり,「をろち」は,

尾の霊力,

という意味になる(日本語源大辞典)。

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(『日本略史 素戔嗚尊』に描かれたヤマタノオロチ(月岡芳年・画) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%83%8E%E3%82%AA%E3%83%AD%E3%83%81より)


古事記のヤマタノロチは,

高志之八俣遠呂知,

と表記されている。八つの頭と鉢の尾をもつ恠異である。これについて,

「酒を飲まされたヲロチはスサノヲに切り殺されるが,その尾を切った時,剣が出てきた。三種の神器の一つ,草薙の剣である。(中略)『尾』こそが,得体の知れない恐ろしいヲロチの武器なのである」

とある(日本語源大辞典)。つまり,

尾から剣が出る,

とは,

尾の霊威,

の象徴なのである。また,「蛇」は,

水の神,

でもある。ヤマタノロチは,

「その身に蘿(こけ)と檜榲(ひすぎ)と生ひ,その長(たけ)は谷八谷・峡八尾(やお)に度(わたら)ひて,その腹を見れば,悉に血に爛れつ」

とある,まさに,

河川,

そのものの如くである。

「蛇神は一般に水の神として信ぜられたから,八俣の大蛇は古代出雲地方の農耕生活に大きな破壊をもたらした洪水の譬喩」

と見做す(日本伝奇伝説大辞典)のは妥当なのかもしれない。なお,大蛇から出た,

剣,

は,出雲・斐伊の河上流の,

鉄文化,

の象徴との見方もある(仝上)。

参考文献;
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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ラベル:大蛇 をろち
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2019年08月19日

杜撰


「杜撰」は,

ずさん,

と訓ますが,本来,

ずざん,

と訓むものが訛った。「杜」(漢音ト,呉音ズ)は,

「会意兼形声。『木+音符土(ぎっしりつまる)』」

とあり(漢字源),果樹の「やまなし」の意であり,「とざす」(是静非杜門)の意で,「塞」と同意である(字源)。「(神社の)もり」の意で使うのは我が国だけである。

「撰」(慣音セン,漢音サン,呉音ゼン)は,

「会意兼形声。巽(セン・ソン)とは,人をそろえて台上に集めたさま。撰は『手+印符巽』で,多くのものを集めてそろえること」

とある(漢字源)。「えらぶ」意だが,「詩文をつくる」意がある。「えらぶ」意では,

撰んで集めそろえること(もの),
事柄をそろえ,集め,それをもとに文章をつくる(撰述),
生地を集めて述べる,編集する,

といった意味になる(漢字源)。「撰」は,

「造也と註す。文章を作るには,撰,譔何にてもよし。撰述と連用す。唐書,百官志『史館修撰,掌修國史』」

とあり(字源),「選」は,

「よりすぐること,文選・詩選は,詩文のよきものをよりぬく意なり。撰述には用ひず。論語『選於衆擧皐陶不仁者遠(衆に選んで皐陶(舜帝が取り立てて裁判官とした)を挙げしかば,不仁者遠ざかりぬ)』」

とあり(字源),「撰」と「選」の違いが,「杜撰」の語源を考えるに当たって鍵となる。

「杜撰」は,今日,

物事の仕方がぞんざいで,手落が多い,

意で使われる。元は,一説に,

杜黙(ともく)の作った詩が多く律に合わなかったという故事から,

とある(広辞苑)。日本語源広辞典も,

杜黙の試が多く律に合わなかった故事,

とする。大言海は,

「宋音ならむ。禅林寶訓音義,下『杜撰,上,塞也,下造也,述也,言不通古法而自造也』。無冤録『杜撰,杜借也。撰,集也』」

とし,

詩文,著述などに,妄りに典故,出處も無き事を述ぶること,

とし,類書纂要の,

「杜撰作文,無所根拠」

野客叢書(宋,王楙)の,

「杜黙為詩,多不合律,故言事不合格者,為杜撰」

事文類聚の,

「或云,唐皇甫某,撰八陽經,其中多載無本據事,如鬱字,分之為林四郎,故事無本據,謂之杜撰」

等々を引く。こうみると,「杜撰」は,

「杜という人の編集したものの」

意(故事ことわざ辞典)ではなく,「撰述」の意,つまり,

「詩作」

の意であり,

「『杜』は宋の杜黙(ともく)のこと、『撰』は詩文を作ること。杜黙の詩が定形詩の規則にほとんど合っていなかったという「『野客叢書』の故事から」(デジタル大辞泉)

「杜撰の『杜』は、中国宋の杜黙(ともく)という詩人を表し、『撰』は詩文を作ることで、杜黙 の作った詩は律(詩の様式)に合わないものが多かったという故事に由来するという、中国の『野客叢書(やかくそうしょ)』の説が有力とされる」(語源由来辞典)

というところに落着しそうだが,

杜撰の「杜」は,本物でない仮の意味の俗語とする説,
道家の書五千巻を撰した杜光庭を指す説,

等々異説もあるが,「杜」については説が分かれている。日本語源大辞典は,

「ズ(ヅ)は『杜』の呉音,サンは通常センと訓む『撰』の別音。中国宋代に話題となったことばで,『野客叢書』や『湘山野録』などで語源について論じられている。日本には禅を通じて入ったようで,『正法眼蔵』や,『下學集』の序文に使用例が見られるが,辞書では,『書言字考節用集』に『湘山野録』を引いて『自撰無承不拠本説者曰杜撰』と記述されている」

と書く。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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ラベル:杜撰
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2019年08月18日

すそ


「すそ」は,

裾,

と当てる。「裾」(漢音キヨ,呉音コ)は,

「会意兼形声。『衣+音符居(しりをおろす,したにすわる)』」

とある(漢字源)。別に,

「会意兼形声文字です(衤(衣)+居)。『身体にまつわる衣服のえりもと』の象形(「衣服」の意味)と『腰かける人の象形と、固いかぶとの象形(「固い、しっかりする」の意味)」(「しっかり座る」の意味)から、座る時に地面につく『すそ』を意味する『裾』という漢字が成り立ちました。』

ともある(https://okjiten.jp/kanji2062.html)。で,

長い衣服の,下の垂れた部分,

つまり,

すそ,

の意から,転じて,

物の下端,

の意味となる(漢字源)。これは,和語「すそ」とも同じである。

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衣服の下の縁,

の意から,

物の端,
髪の毛の末端,
山のふもと,
川下,

と意味が転じていく。岩波古語辞典には,

「上から下へ引くように続いているもの,髙くたつものなどの下の部分」

とある。大言海は,

裾,

の他に,

裔,
裙,
襴,

を当て,

「末衣(すえそ)の略か,又,末殺(すえそぎ)の略か。はたばり,はば。かたはら,かは」

とする。日本語源広辞典は,

末衣(スエソ)の略,

を採る。大言海の二説以外には,

スリサル(摺去)の義か(名言通),
スソ(摩衣)の義か(国語の語根とその分類=大島正健),

があるが,言葉の意味から見れば,

末衣(スエソ)の略,

が妥当かもしれない。「すそ」に絡む言葉は結構あり,

裾高,
裾付,
裾継,
裾張り,
裾被(かつぎ),

等々の中で,

(お)裾分け,

という言い回しは現代でも使う。

もらいものの余分を分配する,
利益の一部を分配する,

といった意だが,中世末期の日葡辞書にも,

スソワケヲスル,イタス,

とあり,

お裾分け,

は近世後期からみられる(語源由来辞典),という。岩波古語辞典が,

下配,

とも当てるように,

多く,卑下(めした)に対して云ふ,

とあり,上位者に対しては使わない。

「『すそ』とは着物の裾を指し、地面に近い末端の部分というところから転じて『つまらないもの』という意味がある。よって、本来目上の人物に使用するのは適切ではない」

と(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E8%A3%BE%E5%88%86%E3%81%91)。

「『すそ(裾)』は、衣服の下端の部分から転じて、主要ではない末端の部分も表す。 そこから、品物の一部を下位の者に分配することを『裾分け』というようになり、下位の者に限らず、他の人に一部を分け与えることを『おすそわけ』というようになった」(語源由来辞典)。

「『裾』は衣服の末端にあり重要な部分ではないことから、特に、上位の者が下位の者に品物を分け与えることを『裾分け』といい、…現在では本来の上から下へという認識は薄れ、単に分け与える意味で用いることが多い」(由来・語源辞典)

ということらしい。しかし,「お裾分け」は,

お福分け,

ともいい,

「お福分けは『福を分ける』意味であるゆえ目上の人物に使用しても失礼に当たらないとされている」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E8%A3%BE%E5%88%86%E3%81%91)。物は言いようである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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ラベル:お裾分け すそ
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2019年08月17日

たもと


「たもと」は,

袂,

と当てる。「袂」(漢音ベイ,呉音マイ)の字は,

「会意。『衣+夬(切り込みを入れる,一部を切り取る)』。胴の両脇を切り取ってつけた,たもと」

とある(漢字源)。「たもと」の意で使うのは我が国だけらしい(漢字源)。

「たもと」は,

手本(たもと)の意(広辞苑),
タ(手)モト(本)の意(岩波古語辞典),
手本(たもと)の義。手末(たなすゑ)に対す(大言海),
テモト(手許)の轉(和語私臆鈔),

とある。「たなすゑ」は,

手之末の義,

で,

手の端,
手の先,
手先,

の意である(大言海)。岩波古語辞典には,

手末,
手端,

と当て,

「タは手の古形。ナは連体助詞」

とする。だから,「たもと」の本来の意味は,

肘より肩までの間,即ち肱(かいな)に当たるところ,

を指すとし,

「上古の衣は,筒袖にて,袖の肱に当たる邊を云ひしが如し」

とする(大言海)。つまり,

かいなの部分→そこを覆う着物の部分,

となり,さらに,

袖,

の意にまで広がり,

「袖の形が変わるにつれ,下の袋状の部分をいうようになる」

という(岩波古語辞典)。平安時代以降,和服の部分を指すようになった(語源由来辞典)ものらしい。

「たもと」は,その意味では,

手先,

の対であると同時に,

足元,

にも対している(日本語源広辞典)。

「たもと」にかかわる言い回しで,

袂の露,
袂を絞る,

は意味が分かるが,「関係を断つ」「離別する」意で使う,

袂を分かつ,

は,和服の,



身頃,

の接続部分,つまり,

袖付け,

を斬りはなすことを指す。「袂を分かつ」には,どこか,単なる,

関係を立つ,

よりは,身を切るような,あるいは,捨てるというような,思いがあるように思われる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル: たもと
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2019年08月16日

そで


「そで」は,

袖,

と当てる。「袖」(漢音シュウ,呉音ジュ)は,

「会意兼形声。『衣+音符由(=抽,抜き出す)』。そこから腕が抜けて出入りする衣の部分。つまり,そでのこと」

とあり(漢字源),字源には,

「手の由りて出入りする所,故に由に从(したが)ふ」

とある。「そで」には,「袂」もあるが,我が国は,

たもと,

に当てる。「袂」(漢音ベイ,呉音マイ)の字は,

「会意。『衣+夬(切り込みを入れる,一部を切り取る)』。胴の両脇を切り取ってつけた,たもと」

とある(漢字源)。

「そで」は,

「衣手(そで)の意。奈良時代にはソテとも」

とあり(広辞苑),岩波古語辞典も,

「ソ(衣)テ(手)の意。奈良時代は,ソテ・ソデの両形がある」

とし,大言海は,

「衣手(そで)の義と云ふ。或は,衣出(そいで)の約か」

とする。「そ」自体が,

衣,

と当て,

ころも,

の意だが,

ソデ(袖),
スソ(裾),

等々,熟語にのみ用いられる。問題は,この「そ」が,上代特殊仮名遣いでは,

乙類音(sö)

で,「そで(袖)」の「そ」が,

甲類韻(so),

とされていることだ。ただ,もし「えり」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/468861598.html?1565857857)で触れたように,「えり」ということばが,後になって使われたのだとすると,「そで」も後に,つまり,

『古事記』・『日本書紀』・『万葉集』など、上代(奈良時代頃)の万葉仮名文献に用いられた,

後の,古典期以降,その特殊仮名遣いが使われなくなって以降の「ことば」とすると,つじつまはあう。とすると,

そで(衣手)の義(東雅・安斎随筆・燕石雑志・箋注和名抄・筆の御霊・言元梯・名言通・和訓栞・弁正衣服),
衣の左右に出た部分をいうところから,ソデ(衣出)の義(日本釈名・関秘録・守貞漫稿・柴門和語類集・上代衣服考=豊田長敦),

の諸説も,まんざら捨てられない。音韻とは関係ない,

そとで(外出)の義(名語記),

もあるが,ちょっと付会気味である。

「そ(衣)」は,

「ソデ(袖),スソ(裾)のソ。ソ(麻)と同根か」

とある(岩波古語辞典)。「ソ(麻)」は,

アサの古名。複合語として残る,

とある(仝上)。

あおそ(靑麻),
うっそ(打麻),
なつそ(夏麻),

等々に使われている。大言海は,

オソフ(襲)の語根オソの約か,又身に添ひて着るなれば,云ふかと云ふ,

とするが,ちょっと無理筋に思える。他に,

身の外に着るからソ(外)の義(柴門和語類集),

等々あるが,理屈ばっているときは大概付会である。ここは,日本語源広辞典の,

麻の古名ソ

でいいのではないか。「そ(麻)」も,「そ(衣)」も,

so,

なのである。

なお,「袖にする」という言い回しは,

手を袖にす,

の略で,

自分から手を下そうとしない,手出ししない意,

である(岩波古語辞典)それが転じて,

手に袖を入れたまま何もしない,

おろそかにする,

すげなくする,

といを転じたと思われる。日本語源広辞典は,

「ソデは,身に対して付属物です。中心におかないことです。おろそかにする,蔑ろにする意です」

とし,笑える国語辞典は,

①着物の袖に手を突っ込んだまま相手の話を聞くという冷淡な態度からきた,
②「舞台の袖」などというように「袖」には端の部分、付属的な部分という意味があるから,
③袖を振って相手を追い払う仕草から,

と三説挙げるが,原義が,

手を袖にす,

なら,いずれも,後世意味の変化後の解釈に思われる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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ラベル: そで
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2019年08月15日

襟を正す


「襟を正す」とは,文字通り,

姿勢,服装の乱れを整え,きちんとする,

意だが,それをアナロジーに,

心を引き締め真面目な態度になる,

意で使う(広辞苑)。

膝を正す,

も,

改まった様子になる,

という意である。似た言い回しに,

居住まいを正す,

というのがある。「襟を正す」の出典は,一つは,史記・日者伝の,

宋忠賈誼、瞿然而悟獵纓正襟危坐,

の,

獵纓正襟危坐(纓を猟り襟を正して危坐す),

である。

「長安の有名な易者に会いに行った漢の宋忠と賈誼が,有名な易者である司馬季主と会ったとき、司馬季主の易にとどまらない深い博識に感動し、自然に冠のひもを締め直して上着の襟(えり)を正し、きちんと座り直して話を聞き続けた」

という意である(由来・語源辞典)。

「襟を正す」の出典とされるものに,もう一つある。北宋の詩人・蘇軾(そしよく)(東坡)の詩,「前赤壁賦」に,

蘇子愀然
正襟危坐
而問客曰
何為其然也

とある。、「蘇子(蘇軾)は真顔になり襟を正して座りなおし、客に『どうすればそのような音色が出せるのか』と問うた」というのである(https://biz.trans-suite.jp/15915)。前後は,

客有吹洞簫者(客に洞簫を吹く者有り)
倚歌而和之(歌に倚りて之に和す)
其声鳴鳴然(其の声鳴鳴然として)
如怨如慕(怨むが如く慕うが如く)
如泣如訴(泣が如く訴えるが如く)
余音嫋嫋(余音嫋嫋として)
不絶如縷(絶えざること縷の如し)
舞幽壑之潜蛟(幽壑の潜蛟を舞はしめ)
泣孤舟之寡婦(孤舟の寡婦を泣かしめ)
蘇子愀然正襟(蘇子愀然として襟を正す)
危坐而問客曰(危坐して客に問いて曰く)
何為其然也(何為れぞ其れ然るやと)

という(http://www.ccv.ne.jp/home/tohou/seki1.htm)。

320px-Su_shi.jpg



「赤壁賦」には,

前赤壁賦と後(こう)赤壁賦,

があり,あわせて「赤壁賦」というが,前赤壁賦のみにも使うらしい。これは,

「政争のため元豊3年都を追われ黄州 (湖北省) に流された作者が,翌々年7月揚子江中の赤壁に遊んだときのありさまを記したもの。同年 10月再び赤壁に遊び続編をつくったので,7月の作を『前赤壁賦』,10月の作を『後赤壁賦』と呼ぶ」

とある(ブリタニカ国際大百科事典)。

「えり」は,

襟,
衿,

と当てる。「襟」(漢音キン,呉音コン)は,

「会意兼形声。『衣+音符禁(ふさぐ)』」

で,「えり」の意だが,

胸元をふさぐところ,衣服で首を囲む部分,

とあり,「衿」(漢音キン,呉音コン)は,

「会意兼形声。『衣+音符今(ふさぐ,とじあわせる)』でね衣類をとじあわせるえりもと」

とあり,「えり」の意だが,

しめひも,衣服を着るときむすぶひも,

とあり,「襟」と「衿」は微妙に違うように思える(漢字源)。

和語「えり」の語源は何か。岩波古語辞典は,

「古くは『くび』または『ころもくび』といった」

とある。古くは,「えり」という名がなかった可能性をうかがわせる。大言海が,

「衣輪(エリン)の略(菊の宴(えん)もきくのえ)。…万葉集『麻衣に,靑衿著』とあるを,契沖師はアヲエリと訓まれたれど,此語さほどふるきものとは思はれず」

とするのも,「えり」という言葉が後のものだと思わせる。「えりん (衣輪) 」とは,貫頭衣 (かんとうい) の,

「 1 枚の布や莚 (むしろ) の中央に穴をあけただけのもので,その穴に首 (頭) を通して着る,その穴のこと」

らしく(https://mobility-8074.at.webry.info/201812/article_17.html),倭人伝に,

「衣を作ること単被の如し。その中央を穿ち、頭を貫きてこれを衣る」

のと同様である。「衣輪」との絡みで,大言海は,「輪(りん)」の項で,車の輪の意の他に,

覆輪(ふくりん)の約,

という意を載せる。

衣服の縁(へり)。別のきれにて縁をとりたるもの,襟(はんえり)なるも,施(ふき)なるも云ふ,

という意味を載せる。これも,「えり」の由来の新しさを思わせる。

日本語源広辞典は,二説挙げる。

説1は,「へり(縁辺)の音韻変化」,ヘリ→エリ,
説2は,「縁の中国音en+iの音韻変化」,エン→エニ→エリ,

しかし大言海の「衣輪」説を考えあわせれば,なにも中国語を考えなくても,

ヘリ→エリ,

で自然ではあるまいか。その他,

ヨリ(縁)の轉(言元梯),
ヘヲリ(重折)の約(菊池俗語考),
エン(縁)の轉(嚶々筆語),

等々も同趣旨である。「えり」が新しいことを考えると,「へり」の転訛もありえるが, 「衣輪」由来というのも捨てがたい。

「首に当たる部分以外でも,今でいう袖口の部分や裾の部分も『へり (縁) 』なわけですから,なぜ,首が当たる部分だけを『へり』と言ったのか,その説明がないと,ちょっと語源説としてもの足りない感じがします。」

という考え(https://mobility-8074.at.webry.info/201812/article_17.html)もあるが,大言海が,「覆輪」を,

衣服の縁(へり)。別のきれにて縁をとりたるもの,襟(はんえり)なるも,施(ふき)なるも云ふ,

としているように,「はんえり」と「施(ふき)」を同じく「覆輪」と呼んでいるのである。「施(ふき)」は,袖口や裾の裏地を表に折り返して,少しのぞくように仕立てるものを指す。襟も袖口も裾も,「覆輪」なのである。我が国は,言葉の使い方はかなりいい加減である。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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ラベル: 襟を正す
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2019年08月14日

小さな共和国


蔵持重裕『中世村の歴史語り―湖国「共和国」の形成史』を読む。

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本書は菅浦という,琵琶湖北岸,竹生島の対岸にある,七十戸ほどの小さな集落の「菅浦文書」にもとづく,生き残りの歴史である。この文書は,

「中世の『村の歴史』を書き残した唯一と言ってよい」

史料である。これが残ったのは,

「西北となりの大浦庄と『日差』『諸河』という葛籠尾崎(半島)の緩斜面の耕地を争った」

訴訟を繰り返した,

「死者数・動員軍勢・その組織性・戦術・戦争法(ルール),近隣への影響,費用の大きさから,戦争とでも表現したほうが適当な大騒動であった」

からである。本書は,その「村の歴史」を記した「置書」を読みながら,

「生存をかけて,京と比叡山という中央に関わりを持ちながら,また山と港の湖北地域という社会環境の中で,ひとつの『共和国』を形成して,生き延びた菅浦惣村の姿をあきらかにしよう」

とした。この集落を「共和国」というのは,

「この集落が,乙名を指導者とする行政組織を持ち,在家を単位とする村の税を徴収し,若衆という軍事・警察組織を持ち,裁判も行い,村の運営を寄合という話し合いで進め,そのため構成員は平等な議決権を持つ,自治の村落だからである。」

史料の言葉で,これを,

惣村,

と呼び,

「惣の目的は住民の家を保護することで,平等観念は一揆の原理」

と同じである,という。組織は,大浦との戦いの中で,調えられ,

乙名(20名),中老(2名×東西),若衆,

という年齢階梯組織になっていく。まさに,中世の村の,

自力救済,

という原理の見本であり,

領主-村関係,

の在り方自体が,従来の支配関係ではなく,

契約関係,

であることの見本を見る。つまり,

在地の選択で領主を変更し得る,

ということなのである。菅浦では,

我々為地下改分致奉公之時ハ,年貢ハ可有沙汰事候,

という。つまり,地下(じげ)とは菅浦村民を指す。

「領主が地下のために“奉公”した時は地下は年貢を納めるべきである」

と言い切る。つまり,

「中世の紛争解決の基本は自力救済である…。それはその通りなのであるが,自力の道はリスクが大きいことも認識しているのである。平和確保の“しんどさ”,それが有償でも武士を雇う関係を時に生み出すのである。在地の人々にしてみればそうした保護機能こそ領主に期待した。領主がそれに応えてくれるからこそ年貢も出すのである」。

菅浦は,訴訟に勝つために,複数のルートを確保する。著者は,それは,

「情報ルートの結節点・プロバイダーにアクセスする回路を開いておくことなのだ。したがって,地下からみれは領主を一つに固定する必要はないのである。その例を菅浦は示している」

と喩えている。

「最終的な高家・権門である朝廷・幕府こそ日本のあらゆる地域・階層へのコンタクトをもつ家・機関であり,国家とはそうしたコトなのである。どこの誰と紛争を起こそうと,情報ルートさえあればともかくも平和への糸口があるのである。領主-地下・領民という上下の支配関係とは結局こうした『頼み』の関係の固定・定期契約なのである」。

こうした訴訟は,金がかかる。結局,

訴訟経費は二年で二百貫文,
地下兵粮五十石,
酒代五十貫文,

「此入目ニ五六年ハ地下計会して借物多く候也」

と「置書」は書く。著者は,

「この経費は,手に入れたもの=日差・諸河の田地に見合うのであろうか。」

と問う。

ただここで,一貫文 = 一石としている概算はちょっと疑問だ。たとえば,

1貫文 = 2石(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%AB),

とすると倍だし,

「一貫を米五石とする」(日本戦陣作法事典)

とすると,五倍になる。

「貫高を石高に換算すると全国的に1貫文=2石であったが、一部の地域では差異があり、江戸時代も貫高制を続けた仙台藩では1貫文=10石であった」

となる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%AB%E9%AB%98%E5%88%B6)と,十倍になる。まあそれを勘案するとして,著者は,こう結論する。

「菅浦の負担する年貢は応永年間(1394-1428)以降,年に二十石・十貫文,他に麦・枇杷等で推移する。文安三年(1446)当時京都での和市(わし)は一石当たり九八六文であったという。ほぼ一貫文と考えると,米錢合わせ年貢は三十貫文になるから,トータルで三百貫文(二百貫文+五十石+五十貫文)の経費は年貢十年文であった。訴訟費用だけで約七年間分である。これを髙いと見るかどうかである。菅浦は採算を見てとったはずである。だからこそ戦った。」

と。

参考文献;
蔵持重裕『中世村の歴史語り―湖国「共和国」の形成史』(吉川弘文館)

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2019年08月13日

じだんだ


「じだんだ」は,

地団駄,
地団太,

と当てる。「じだんだ」は,

ジタタラ(地蹈鞴)の転,
とか,
「じたたら(地蹈鞴)」の音変化,

とある(広辞苑,デジタル大辞泉)。「じたんだ」は,

地団駄を踏む,

という言い回しで使う。

足で地を何回も踏みつける,

状態表現だが,

悔しがって足を踏み鳴らす様子,
あるいは,
怒りもがいて激しく地面を踏む,

意で使う。室町末期の日葡辞書にも載る。

地蹈鞴を踏む,

の転訛で,

地団駄をふむ,となったものらしい。

「地蹈鞴」とは,

じたたら,
じだたら,
じただら,

とも訓ます。

蹈鞴(たたら),

と同じ意味である。語源由来辞典は,

「激しく地面を踏み鳴らすさまが,蹈鞴を踏む仕草に似ていることから『地蹈鞴(じだたら)』と言うようになり,『地団駄(じだんだ)』に転じた。『じんだらを踏む』『じんだらをこねる(地団駄を踏んで反抗する・駄々をこねる)』など,各地に『じんだら』という方言が点在するのも,『地蹈鞴(じだたら)』が変化したことによる」

としている。柳田國男も,

「尻餅をつき,両足を投げ出してばたばたさせることをいう関東方言のヂンダラ」

も同系統としている(日本語源大辞典)。

蹈鞴は,蹈鞴製鉄の意で,「たたら」という文字は,

「『古事記』(712年)に『富登多々良伊須々岐比売命ほとたたらいすすきひめのみこと』、『日本書紀』(720年)では『姫蹈鞴五十鈴姫命ひめたたらいすずひめのみこと』と出てくる」

のが初見とされるhttp://tetsunomichi.gr.jp/history-and-tradition/tatara-outline/part-1/ほど,

「日本において古代から近世にかけて発展した製鉄法で、炉に空気を送り込むのに使われる鞴(ふいご)が『たたら』と呼ばれていたために付けられた名称。砂鉄や鉄鉱石を粘土製の炉で木炭を用いて比較的低温で還元し、純度の高い鉄を生産できることを特徴とする。近代の初期まで日本の国内鉄生産のほぼすべてを担った」

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%81%9F%E3%82%89%E8%A3%BD%E9%89%84

800px-Japanischer_Tatara-Ofen_mit_Flügelgebläse_(18_Jahrhundert).jpg

(踏み鞴による送風作業(『日本山海名物図会』)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%81%9F%E3%82%89%E8%A3%BD%E9%89%84より)


「蹈鞴」は,大言海は,

「叩き有りの略轉,踏み轟かす義」

とするが,

板を踏んで風を送るときの音から(瓦礫雑考),
鉱石を爛らかし熔かす器具デアルトコロカラ,タタはタダレ(爛れ)の語幹,ラは接尾語(日本古語大辞典=松岡静雄),

などもあり,擬音説は捨てがたい気がする。

「蹈鞴」については,

蹈鞴を踏む,

という言い回しがある。

蹈鞴を踏んで,空気を送る,

意と,

勢い込んで打ちまたは突いた的が外れたため,力が余って,空足を踏む,

意で使う(広辞苑)が,これよりは,

よろめいた勢いで,勢い余って数歩ほど歩み進んでしまうこと,
足踏みすること,

という意味(実用日本語表現辞典)の方が実態に近い。

「から足を踏む」 動作と 「蹈鞴を踏む」 動作が同一視できるものなのかどうか,ちょっと疑問に思える,

という印象(https://mobility-8074.at.webry.info/201610/article_21.html)がなくもないが,

「たたらを勢いよく踏むさまが、空足を踏む姿と似ていることから、勢い余って踏みとどまれず数歩あゆむことを『たたらを踏む』というようになった」

ということでいいのかもしれない(語源由来辞典)。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

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2019年08月12日

ないがしろ


「ないがしろ」は,

蔑ろ,

と当てる。「蔑」(漢音ベツ,呉音メチ)は,

「会意。大きな目の上に,逆さまつ毛がはえたさまに戈(カ 刃物)をそえて,傷つけてただれた目を表した。よく見えないことから,転じて,目にも留めないとの意に用いる」

とある。

ただれた目→よく見えない目→相手を目にも留めない,無視する→相手をけなす,

といった意味の転化のようである。

「ないがしろ」は,

他人や事物が,あっても無いかのように侮り軽んずるさま,

の意で,そこから転じて,

人目を気にしないこと→うちとけたさま→無造作なさま→しどけないさま,

等々と意味が変わっている。「ないがしろ」は,

だから,

あってもないかのごとく,

の意である。

「無キガシロ(代)の音便。無いも同然の意」

とある(広辞苑・大辞林・岩波古語辞典)。天治字鏡には,

「蔑,無加代也」

とある。日本語源広辞典の解釈だと,

「『無き+しろ(代,材料,対象)』です。他人の目を気にしない,気ままの意です。転じて,現代語では,あってもなかったように軽く扱う意です」

となるが,これでは,「蔑」の字を当てた古人の意図が消えてしまう。また,日本語の語源は,

「ナキガムシロヨシ(無きが寧ろ良し)は『ム』『ヨシ』を落としてナイガシロ(蔑ろ)になった」

とするが,これだと,「ないがしろ」の意味が少し変わり,ガンムシの意味が薄らぐ。「蔑」の字を当てた意味が飛んでしまうのではないか。あくまで,

あってもなきがごとく,

であるからこそ,「蔑」の字を当てる意味がある。

「ナキガシロ(無代)」の他,多くは,

ナキカステラ(無為)の義(言元梯),
ナキ(無)カ-シリ(領)オの義(国語本義),
無が如しの義(柴門和語類集),

としている。

「ないがしろは、『無きが代(なきがしろ)』がイ音便化された語。『代(しろ)』は『身代金』などにも使われるように、『代わりとなるもの』を意味する。『代』が無いということは、『代用の必要すら無いに等しい』という意味である。 つまり、人を無いようなものとして扱うことの意味から、軽視したり無視することを『ないがしろ』というようになった」

という説明(語源由来辞典・由来・語源辞典)が正確である。

現代の使い方は,

蔑ろにする,

が多いが,

「無いのと同じように扱う、という意味。寝ている親を思い切り蹴飛ばしておきながら、『なんだ、そこにいたのか。気がつかなかった』というようなことを平気で口走る態度を『親をないがしろにする』と言う」

と(笑える国語辞典)と,ほぼ当初の意味を保持しとている。むしろ,

あってもないかのごとく,

の意が転じた,

人目を気にしないこと→うちとけたさま→無造作なさま→しどけないさま,

という使い方は,

「小桂(コウチギ)だつもの,ないがしろに着なして」(源氏)
「装束,しどけなげにて,参り給へり,鬢のわたりも,打ちとけて,ないがしろなる御うちとけすがたの」(狭衣),

は平安期のみのように見える。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

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2019年08月11日

にやける


「にやける」というと,

にやついている,
にやにやしている,

という意味に思う。しかし,

ニヤケの動詞化,

として,

男などがめめしく色めいた様子,

とある(広辞苑)。「にやけ」は,

にゃけ,

とも言い,

若気,

と当て,

若衆,かげま,
男子の色めいた姿をしたさま,

とあり,「かげま」の意味の転化なのか,

肛門,

の意もある(広辞苑)。岩波古語辞典には,「にやける」は載らない。代わりに,

若衆,
若俗,

と当てる,「にゃくぞく」が載り,

若い人,十四,五から十八,九歳までの若者,
特に,男色の対象としての若衆,

とあり,さらに,

若道,

とあてる「にゃくだう」は,

男色,

を指す。大言海は,

若衆道の略,

とし,

弱(にゃく)の音の活用か,

とする。「若気」は当て字なので,なよなよしたさまを「弱(にゃく)」としたのは頷けなくもない。

江戸語大辞典は,「にゃける」に,

若気る,

と当て,

にゃくけ(若気)→にゃけ(縮約)→にゃける(動詞化),

の転訛とし,

男の容貌・風姿が女性的である,
男のくせになまめかしい,

の意を載せる。しかし「にゃけ」に,

にやけたさま,

としているので,この時点で,本来別の,

にやける,

という意味が重なっていることを思わせる。

113491.jpg



にやっ,
にやにや,
にやり,
にやつく,

は,

声に出さず薄笑いを浮かべるさま,

の意の擬態語である。「にやにや」は,

「鎌倉時代から見られるが,当時は者が粘りつく様子を表した。『ねばき物を「にやにやとある」といへる如何といっているのはなぜか』(名語記)。『にやにや』笑うことを意味する『にやつく』も本来は,粘りつくことを表す語だった」

とある(擬音語・擬態語辞典)。さらに,こう付け足す。

「『にやつく』の類義語である『にやける』は本来は男色にかかわる語で,男性が女性のように艶っぽくふるまうことを表した。『にやにや』『にやつく』『にやける』が,薄笑いを浮かべる様子を表すようになるのは,明治時代以降である」

とある。

「にやける」は,語源由来辞典に,

「鎌倉・室町時代に男色を売る若衆を呼んだ言葉で、『男色を売る』という意味から『尻 (特に肛門)』も意味するようになった語である。」

とあるので,

にやける(若気),

にやにや,

は,全く別の意味で同時代に,共存していたことになる。「にやにや」が,

粘りつく→薄笑い,

へと転じたのが明治,「にやける」は,江戸期を通じて,

若衆,

の含意を保ち続けている。ここからは憶測だが,確か新渡戸の武士道美化に対して,

「薩摩琵琶と関係の親密な『賤のおだまき』は之を何とか評せん。元禄文学などに一つの題目となれる最も忌まわしき武士の猥褻は,余りに詩的に武士道を謳歌する者をして調子に乗らざらしむる車の歯止めなるべし」

との批判があった(http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163232.html)。そうした男色への批判的な空気が,

にやつく,

にやける,

の意味を重ねたのではないか。本来,

にゃける,

であった「若気る」が,

にやける,

になったのは,明治である(日本語源大辞典)。「にやける」と「にやつく」が重なるはずである。

平成23年度の「国語に関する世論調査」では,「にやつく」の意味を,

薄笑いを浮かべている・・・・・・・・ 76.5%,

とし,

なよなよとしている・・・・・・・・・ 14.7%,

の意味を圧倒している。いまや,

にやつく,

にやける,

の意味は重なって使われている。

参考文献;
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル:にやける
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2019年08月10日

ぬかす


「ぬかす」は,

抜かす,
吐かす,

と当てる。

「言う」「しゃべる」の意を卑しめていう語,

として,

言いやがる,

という意味である。室町末期の日葡辞書にも,

ナニヲヌカスカ,

と載る。しかし「抜かす」には,

追い抜かす,

というように,

仲間から抜かす,
居ない人は抜かして回覧,
順番を抜かす,

という,

外す,
間を飛ばす,

という意で使う言い方もある。あるいは,

現金を抜かす,

という使い方の,

抜き取る,

意や,

腰を抜かす,

という使い方の,

力をなくす,

という意もある。更には,

ある場所から逃げ出させる,

意の,

「権三様をもあの婆が、見ぬやうにそっと抜かして往 (い) なせませ」〈浄・鑓の権三〉

という用例もある。日本語源広辞典は,

「語源は『ヌクの未然形+ス(語尾)』です。順番をヌカス,腰をヌカス,のように使います。罵る言葉のヌカスも同源です。不満や怒りなどを言葉にして抜くとみる動詞で,吐カスの字を当てます」

とするが,「ぬかす」は,

不満や怒りなどを言葉にして抜く,

という含意ではない。どちらかというと,すでに触れた,

ほざく(http://ppnetwork.seesaa.net/article/468674126.html?1565289594),

という同じく,相手の言動を揶揄しているにすぎない。

大言海の「ぬかす」の項は,

抜きて除くる。漏らす,

で,

脱,

を当てる。さらに,

漏らす意より転じて,物言ふ,口に出す,

の意とし,

罵る鄙語,

とする。用例を見ると,

「その上,男をうつけたとぬかす,おのれの堪忍がならぬ」(狂言記・河原新市)

とある。

ヌカス,ヌカサスは口より漏洩の義(俚言集覧),

も同趣旨である。

抜き取る→漏洩する→漏らす→しゃべる,

と,「ぬかす」の意味が転訛していった,と見るのが妥当に思える。

抜けさせるい,その転用(上方語源辞典=前田勇),

もその流れで見ると分かりやすい。笑える国語辞典の,

「抜かすとは、大阪あたりで『なに、ぬかしとんねん』(「あなたは何を言っているのですか?(私には理解しかねます)」の意)などと使われるように、『言う』の俗語的表現である。『抜けさせる』の意味で、口から言葉を抜けて出させる、つまり、あまりよく考えもせずに言葉を口から出してしまうというニュアンスがあり、主に、そんな『抜かした』発言を受けた相手が、発言者を非難するために用いる」

とあるのも,「抜けさせる」を「しやべらせる」と考えると,何となく納得がいく。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

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2019年08月09日

ほざく


「ほざく」は,

他人がものを言うのをののしっていう語(「ヤア餓鬼も人数、しをらしいことホザいたり」浄瑠璃・国性爺合戦,「ぬけぬけとホザくな」),
動詞に添えて、他人の行動をののしっていう語(「盗みホザいたな」浄瑠璃・心中天の網島),

というあまりいい言葉遣いではない(広辞苑)。

「ホサクの転か」

ともある。「ほさく」は,

祝い事を言う,ほぐ(祝ぐ),
と,
呪い事を言う,呪う,

の両様の意味がある(仝上)。「ほぐ」は,

平安時代まで清音,

とあり,

ほ(祝)く,

であった。

良い結果があるように,祝いの言葉を述べる,たたえて祝う,
と,
悪い結果になるように呪詞を述べて神意を伺う,呪う,

意がある。岩波古語辞典には,「ほぐ」は,

祝ぐ,
禱ぐ,

を当て,

祝い言を言う,

意しかない。「のろう」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/403152541.html)で触れたように,呪う

は,語源的には,

「祈る(ノル)」+「ふ」

で,基本は,「祈る」の延長戦上にある。「のろう」は,

呪う,
詛う,
咒う,

と当てる。「呪」(咒 ジュ,呉音シュ,漢音シュウ)は,

口+兄

で,もともとは,「祈」と同じで,神前で祈りの文句を称えることなのだが,後,「祈」は,

幸いを祈る場合,

「呪」は,

不幸を祈る場合,

と分用されるようになった,とある(漢字源)。「詛」(漢音ソ,呉音ショ)の,



は,俎(積み重ねた供えの肉)や阻(石を積み重ねて邪魔をする)を示す。「詛」は,その流れで,

言葉を重ねて神に祈ったり誓ったりする,

の意味だ。どちらも,神に祈る行為の延長戦上で,

自分の幸,

ではなく,

他人の不幸,

を祈るところへシフトする。しかも,

他人の不幸を実現することで自分の幸を実現しようとする

という,屈折した祈りだ。「呪う」意にしろ「祝う」意にしろ,

ほさく,

と,相手が物を言うのを嘲る,

ほざく,

では,ちょっと含意が異なりはしまいか。いまひとつ,

ほた(嘐)く,

由来とする説がある(日本語俗語辞典)。

自慢そういう,

意である。少なくとも,

勝手にほざいてろ,

という使い方の意味とはつながる。この転訛ではあるまいか。

ほたく(自慢そうにいう)→ほざく(言うことを罵る),

の転化なら,あり得る。

「ほざくとは『話す・言う』という意味で、他人の話しの内容や話した人に対して罵る意を込めて使われる言葉であるこのため自分が話す行為を『ほざいてやった』『ほざいてくる』といった使い方はしない。ただし、若者の間で聞き手を罵る意を込め、あえてこういった使い方をすることが増えている。また、反省をする場合に『あんな風にほざいてごめん』という形では昔から使われている。」

という(仝上)用例から見ると,「うそぶく」意の,

吹く,

含意がある。あるいは,それを揶揄する意味がある。

「『天皇が自分の意見を世に伝える』という意味で使われていた尊敬語『のたまう』は、現在では、『これはまた異なことをのたまうものだ』『また酒に酔ってのたまっていた』など相手の言うことに、皮肉めいたニュアンス伝えるために使われることがあります。現在の『のたまう』に近いニュアンスの言葉に『ほざく』があります。」

とある(https://tap-biz.jp/lifestyle/word-meaning/1052998)のは,「ほざく」と「のたまう」の,相手の言動を揶揄する含意に着目したものとみることができる。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

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2019年08月07日

ブタ


「ブタ」は,

豚,
豕,

と当てる。「豚」(漢音トン,呉音ドン)は,

会意。肉+豕,

で,「豕」(シ)は,

象形。いのしし,またはぶたの姿を描いたもの。からだが直線状をなして曲がらず,短い形をしている意を含む,

で,いのしし,または豚の意。「いのしし」は,

猪,
豬,
豕,

と当てる。「猪」(チョ)は,

会意兼形声。「豕+音符者(充実する,太る)け。肥ったいのしし,その家畜となったのがぶた,

で,猪の意であり,転じてふとったぶたの意でもある。いのししとぶたは,あまり区別されていない(漢字源)。なお,

「現代中国語では、『ブタ』は『豬(=繁体字)/猪(=簡体字)』と表記され、チュー(zhū)と呼ぶ。古語では『豕』(シー shǐ)が使われた。西遊記に登場する猪八戒はブタに天蓬元帥の魂が宿った神仙で、『猪(豬)』は『朱』(zhū、中国ではよくある姓)と音が通じるために姓は『朱』にされていた。しかし明代に皇帝の姓が『朱』であったため、これを憚ってもとの意の通り『猪(豬)』を用い、猪八戒となった。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%82%BF)。

日本では,弥生時代,遺蹟にいのししだけでなく,ぶたの発見があったとされてきたが,

「255塩基対を含む574塩基対による系統解析を行い、10資料のうち6資料が現生イノシシと同じグループに、4資料は東アジア系家畜ブタと同じグループに含まれ、大陸から持ち込まれた家畜豚は九州・四国の西日本西部地域に限られている点を指摘した」

とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%82%BF),いのししの家畜化したぶたは国内で発見されることなく,中国から,ぶたを持ち込んだものとされている。古墳時代になると,

「遺跡からもブタの骨は出土している。『日本書紀』『万葉集』『古事記』にみられる『猪飼』『猪甘』『猪養』などの言葉の『猪』はブタの意味であり、ブタが飼われていた」

とされる(仝上)。漢字での「豕」「豚」を,和語「ぶた」に当てはめたのは,どうやら,弥生時代もかなり新しくなって以降と思われる。

「『播磨国風土記』賀毛郡山田里に仁徳天皇の御代に豬を放飼した地とある。安康天皇の御代に山城国に豬飼(豚飼)がいた」

とある(日本語の語源)。既に「ブタ」が飼育されていた。

さて,この「ブタ」の語源について,めずらしく大言海の説明が長い。

「南洋語腿(もも)の義。馬来(マレイ)語ベチス,スンダ(sunda),ビチス。暹羅(しゃむ)語バチ。支那人,此語を本邦に入れたりとおぼゆ。さるは,豚の腿を燻製したるものを,臘乾(らかん 広東語なるべし)と云ひ,其品,渡来してブタと呼び,後に其獣の渡りて,なの移れりと考ふ。さる理(ことはり)のあるべきは,キサ(象)は,初,象牙の渡りて,牙を橒(キサ)あるより名とし,遂に獣名に移れり。ウメ(梅)も,初,梅干にて渡り,烏梅(ウメ)と呼びしが,生なる種の渡来して,植ゑて成長し,遂に樹名となれり。これらと同趣なるべし。沖縄にて豚をウワァと云ひ,朝鮮にてトヤジと云ふ。或は云ふ,万葉集十二『驄馬(アシゲウマ)の,面高夫馱(オモタカブタ)に乗りて來べしや』,同十八『馬に布都麻(フツマ)に,負せもて』とあるは,太馬(フトウマ)の約なれば,上の面高夫馱も面高太なるべし(面高は面を髙くさしあぐるなり)。因りて,ブタ(豚)も太く肥えたれば,豬太(ヰブト)の上略轉の語なるべし」

と。しかし弥生時代に既に「豚」が存在する以上,燻製→現物という苦心の説も意味がない。後半の,「豬太」と同じ趣旨なのが,

「豬+太,ヰブタからヰが脱落」

であり(日本語源広辞典),

「フトキ(太き)毛物は,フトがブタ(豚)になった」(日本語の語源)

と,

「この獣が太って肉がブタブタしていたところから」(たべもの語源辞典)

は,ほぼ同趣旨である。

「ぶたぶた」を擬態とする説(和訓栞)もほぼ同じである。

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その他に,鳴き声説もある。

「『フト(太)』と鳴き声の『ブー』が合わさり,ブタになった」

とする説(語源由来辞典),

外国語由来とする説は,大言海以外にも,

豚の意の朝鮮語チプトヤナの略轉(言葉の研究と古代の文化=金沢庄三郎),
猪の意の蒙古語ボトンと関係があるか(日本の言葉=新村出所引),

もある。

個人的には,太っているとする擬態語説に与したい。初見の驚きがあるように思うが,どうであろうか。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

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http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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2019年08月06日

刎頸の交わり


「刎頸の交わり」とは,

生死を共にして,頸を刎ねらるとも,渝(かは)らざる親交,

の意(大言海)である。「知己」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/462034468.html)は,「史記列伝」の,

士は己を知る者の為に死す,

に基づく,

自分の心をよく知っている人,

の意だが,「知音」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461615668.html)は,

子期死して伯牙復琴をかなでず,

断琴の交わり,

とも言うような,相手が死ぬと,

世に復た琴を鼓すに足る者無し,

と言わしむるような友を指す。

莫逆の友,
竹馬の友,
肝胆相照らす,
管鮑の交わり,
金蘭の交わり,

等々,いずれも友の意だが,「刎頸の交わり」は,単なる友情を指すのではない,と思う。出典は,「史記」廉頗藺相如伝の,

「廉頗,…至藺相如門,謝罪曰,鄙賤之人,不知将軍寛之至此也,卒相與驩,為刎頸之交」

の,

卒(つひ)に相与に驩(よろこ)びて刎頸の交はりを為す,

から来ている。その謂れは,少し長いが,

「藺相如は大国秦との外交で体を張って宝物『和氏の璧』と趙の面子を守り、趙王に仕える宦官の食客から上卿(大臣級)に昇格した。しかし歴戦の名将である廉頗は、口先だけで上卿にまで昇格した藺相如に強い不満を抱いた。それ以降、藺相如は病気と称して外にあまり出なくなった。
ある日、藺相如が外出した際に偶然廉頗と出会いそうになったので、藺相如は別の道を取って廉頗を避けた。その日の夜、藺相如の家臣たちが集まり、主人の気弱な態度は目に余ると言って辞職を申し出た。だが藺相如は、いま廉頗と自分が争っては秦の思うつぼであり、国のために廉頗の行動に目をつぶっているのだと諭した。
この話が広まって廉頗の耳にも入ると、廉頗は上半身裸になり、いばらの鞭を持って、『藺相如殿、この愚か者はあなたの寛大なお心に気付かず、無礼をしてしまいました。どうかあなたのお気の済むまでこの鞭で叩いて下され』と藺相如に謝罪した。藺相如は『将軍がいてこその趙の国です』と、これを許し、廉頗に服を着させた。廉頗はこれに感動し『あなたにならば、たとえこの首をはねられようとも悔いはございませぬ』と言い、藺相如も同様に『私も、将軍にならば喜んでこの首を差し出しましょう』と言った。こうして二人は互いのために頸(首)を刎(は)ねられても悔いはないとする誓いを結び、ここに『刎頸の交わり』という言葉が生まれた。この二人が健在なうちは秦は趙に対して手を出せなかった。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%8E%E9%A0%B8%E3%81%AE%E4%BA%A4%E3%82%8F%E3%82%8A)。

この話には前段があり,趙の「和氏の璧」(かしのへき)という天下に名高い国宝を,秦王がぜひともこほしいから秦の15城と交換しないかと言ってきました。趙の側としては願ってもいない破格の好条件です。しかし、約束が守られる保障はまったくありません中国一の強国に対しては,「和氏の璧」を持って秦に伺うのが礼儀。この大役を任され,無事に持ち帰ったのが「食客」であった藺相如(りんしょうじょ)であった(http://housuu.com/c4.html)。

刎頸の交わり,

に似ているのが,

水魚の交わり,
爾女の交わり,

等々がある。よく似ているのが,

水魚の交わり,

で,

水と魚のような交わり,

の意で,「蜀志」諸葛亮傳の,

「狐之有孔明,猶魚之有水也。願諸君勿復言」

による。「狐」は帝王の自称,つまり,

劉備が諸葛孔明と自分との間柄をたとえた,

ものなので,単なる友情を指してはいない。

爾女の交わり,

も,

互いに「おまえ」「きさま」などと呼び合うようなきわめて親密な交際,

を指すが,単なる友情を指しているように思える。

こう見ると,個人としての友情の強さを示す言葉はたくさんあるが,

刎頸の交わり,
水魚の交わり,

のように同志,というか共に何かを目指すという交わりを表現する言葉が意外と少ないのに気づく。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)

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2019年08月05日

煎餅


「煎餅」は,

せんべい,

と訓ませるが,中国語で,

餅を焼きたるもの,

とあり(字源),我が国では,

うどん粉に砂糖ををまぜ,種々の型に入れて薄く焼きたる菓子,

をいう(仝上)。やっかいなことに,「煎餅」は,

小麦粉,
粳米,
もち米,

と材料が異なり,地域によって,「煎餅」という言葉で,イメージするものが異なる。広辞苑は,

塩せんべいのこと,

と載せ,その上で,

干菓子のの一種。小麦粉,または粳米(うるちまい)・糯米(もちごめ)の粉に砂糖などを加えて種を作り,鉄製の焼き型に入れて焼いたもの,

という意味を載せる。

s01.jpg

(亀の甲せんべい http://www.shimonoseki-edokin.com/shouhin01.phpより)

「煎餅」の「煎」(せん)は,

「会意兼形声。前の刂を除いた部分は,『止(足)+舟』の会意文字。前は,それに,刀印を加えた会意兼形声文字で,もとそろえて切ること,剪(セン)の原字。表面をそろえる意を含む。煎は『火+音符前』で,火力を平均にそろえて,なべの上の物をいちように熱すること」

で(漢字源),「煎る」意である。「煎」は,

「火去汁也」

と註し,汁の乾くまで煮詰める意である。「餅」(漢音ヘイ,呉音ヒョウ)は,

「会意兼形声。『食+音符并(ヘイ 表面を平らにならす)』で,表面がうすく平らである意」

で(仝上),「小麦粉をこねて焼いてつくった丸くて平らな食品」の意で,「もち」の意はない。だから,

「奈良朝時代に中国から唐菓子の一つとして伝来した煎餅は,小麦粉を薄紙のようにのばし,これを油で揚げたものであった」

という(たべもの語源辞典)。和名抄には,「煎餅」を,

世間云如字,

とあり,和訓されておらず音訓みされていたようで,,どうやら,

せんへい→せんべい,

という転訛していったもののようである。いまの「煎餅」の嚆矢は,

「空海が中国で順公皇帝に召され,供せられたものに龜甲型の煎餅があったが,これは油で揚げてない淡泊な煎餅であった。空海は帰朝して,山城国葛野郡嵯峨小倉の里の住人和三郎にこの製法を伝えた。和三郎は,これを作り,亀の子煎餅と名づけて嵯峨天皇に献上したところ『嵯峨御菓子御用』を命ぜられた。彼は亀屋和泉藤原政重と号し,諸人にその製法を伝授した」

とある(仝上)。日本語源大辞典は,こう書いている。

「『天平十一年伊豆国正税帳』には,『煎餅』『阿久良形』『麦形』などをつくるために胡麻油を用意したことが記されており,『天平九年但馬国正税帳』には,『伊利毛知比』の語がことなどから,奈良時代に唐菓子の一種である煎餅があって,『いりもちひ』と呼ばれていたことがうかがえる」

この場合,小麦粉の「煎餅」と思われる。

江戸時代になると,関東では,

瓦煎餅,
龜甲煎餅,
味噌煎餅,
小豆煎餅,
玉子煎餅,
カステラ煎餅,

と多様化し,関西では,

切煎餅,
豆煎餅,
千筋煎餅,
靑海煎餅,
半月煎餅,
小形五色煎餅,
胡麻煎餅,
短冊煎餅,
木の葉煎餅,

等々が作られた,という(仝上)。これらはみな,「小麦粉を用いたもので,瓦煎餅系」である。これとは別に,

「糯(もち)米粉や粳(うるち)米粉を用いた煎餅があった。丸輪の塩煎餅系である」

とある。広辞苑が「煎餅」の意に,塩煎餅としたのは,この故である。

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この「煎餅」の由来は,どうやら別で,似たものは,

「すりつぶした栗や芋類(サトイモ、ヤマイモなど)などを同様に一口大程度に平たく押しつぶして焼いた物が、縄文遺跡の住居跡からも出土している。
吉野ヶ里遺跡や登呂遺跡の住居跡から、一口大程度に平たく潰し焼いた穀物製の餅が出土しており、既に弥生時代には煎餅に近い物が食されていたのではないかと考えられている」

とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%85%8E%E9%A4%85),

「元来、日本では糯(もち)、うるちを問わず、米を蒸したものを『飯』と呼び、今の『強飯』でこれが昔の常食でした。これを搗(つ)きつぶしたものをもち(餅)といいました。餅には生餅と、乾餅(ほしもち)があり、乾餅は別名『堅餅(かたもち)』とも呼ばれて、焼いて食べる保存食として重宝がられました。
 そのため、戦陣に携行する兵糧でもありました。後世、この中に豆や胡麻をついて入れたり、塩味をつける製法が好まれました。これが『塩堅餅』で、これを焼いたものが後の『塩せんべい』で、草加せんべいの源流となっていきます」

とされるのも故がある(https://sokasenbei.com/origin.html)。因みに,草加せんべいは,

「江戸時代、利根川沿岸で醤油が造られるようになると、焼せんべいに醤油を塗るようになりました。草加では、専らこの醤油せんべいが売れるので、従来の塩せんべいは醤油せんべいに代わりましたが、名前は古くからの塩せんべいと言われつづけてきました」

ということらしい(仝上)。和漢三才図絵(1712年)には,「煎餅」の,

「製法は小麦粉に糖密を加えて練り、それを蒸して平たくのばす。適当な大きさにまとめ鉄の『皿範(かたち)』であぶる、とある。このころまでは、せんべいは小麦粉食品という本来の形を守っている。」

とある。で,米の「煎餅」が意識的につくられたのは,文化・文政(1804~29)期らしく,

「江戸で日本人の創作による米を使った丸形の塩せんべいが流行し、江戸っ子はこちらの方を『せんべい』と呼ぶようになった。一方関西では依然として小麦粉せんべいがせんべいであり、米せんべいを『おかき』とか『かきもち』と呼んで区別した。」

とある(https://style.nikkei.com/article/DGXMZO17176370R00C17A6000000/)。こんな流れで,小麦粉由来も,粳米・糯米由来も,ひっくるめて「煎餅」と言っているので,「あられ」や「おかき」との線引きがむつかしいが,いちおう,「あられ」は,

「餅を煎るときに音を立てて跳ね,霰に似ているから付いた名で,小さいもの」

「おかき」は,

「鏡餅を手や鎚で欠き割ったことから『欠き餅』と呼ばれ,女房詞で『おかき』になったもので,霰に比べて大きい」

とされるらしいhttps://chigai-allguide.com/%E3%81%9B%E3%82%93%E3%81%B9%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%82%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%A8%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%81%8D/

800px-Japanese_Senbeis.jpg

(日本の米を原料とする煎餅 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%85%8E%E9%A4%85より)

笑える国語辞典は,こうまとめている。

「煎餅(せんべい)とは、小麦粉や米粉を原料とした焼き菓子。関西方面では、小麦粉に砂糖、卵などを混ぜ、型に入れて焼く瓦煎餅が多く、関東地方では、水で溶いた米粉を薄くのばして焼き、しょう油などで味付けしたものが主である。固い菓子であり、歯が弱くなって固いものがかめなくなった年寄りのところへ持参するいやみなお土産として適している。
 ところで中国や台湾で『煎餅』というと、以前は水に溶かした小麦粉やコーリャン粉を鍋などに薄くのばして焼いたもの、つまりクレープの皮みたいなものを言ったようだが、いまではパンケーキのことを主に言うらしい。」

参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

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ラベル:煎餅
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2019年08月04日


「株」は,

伐り倒した木の残った幹,または根,

つまり,

切り株,

の意であるが,

稲の株,

のように,

植物の何本かが一緒になった根元,

の意,あるいは,

株分け,

のように,

根株を分ける,

意味をメタファにして,江戸時代,

株仲間の組合員の独占した権利,

転じて,

営業上,職業上の特権,

の意になり,更に,

相撲の年寄株,
御家人株,
同心株,

というように,売買される,

役目,身分,名跡,

の意となり,

そこから,いわゆる,

株券,
株式,


の意として使われるに至っている。この経緯を,語源由来辞典は,

株式の「株」は、木を切った後にずっと残っている根元のこと。 株の「ずっと残っている」 という意味から、世襲などによって継続的に保持される地位や身分も「株」というように なった。 そこから、共同の利権を確保するために結合した商工業者の同業組合を『株仲間』と呼ぶようになり、出資の持分割合に応じた権利が保持されることを『株式』と呼ぶようになった,

とまとめている。

さて,「かぶ」の語源であるが,岩波古語辞典は,

株,
頭,

と当て,

「カブラ(蕪)・カブヅチのカブと同根。塊になっていて,ばらばらに離れることがないもの」

としている。

「かぶり」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463972279.html
「あたま」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/454155971.html

で触れたように,「あたま」は,

かぶ→かしら→こうべ→(つむり・かぶり・くび)→あたま,

という転訛した。その「かぶ」は,「すずな」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465179244.html)で触れたように,後世,

かぶら(蕪菁,蕪),

と呼ばれる。「かぶら」は,

かぶらな(蕪菜)の略,

で,「かぶらな」は,

「根莖菜(カブラナ)の義」

とあり(大言海),「かぶら」は,

根莖,

と当て,

カブは,頭の義。植物は根を頭とす,ラは意なき辞,

となる(大言海)。「かぶ」は,

あたま(頭),
かぶ(蕪),
かぶ(株),

と同源であり,「かぶと」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/451755286.html)で触れたように,

「頭蓋(カブブタ)の約転(みとらし,みたらし。いたはし,いとほし)」(大言海),
「カブ(頭,被る,冠)+ト(堵,カキ,ふせぐもの)」(日本語源広辞典),
「『かぶ』は頭の意と考えるのが穏当であろうが,『と』については定説を見ない。」(日本語源大辞典),

と,

かぶと,

とも重なる。語源由来辞典は,

「アブラナ科の『カブ( 蕪)』と同源で、『かぶ(頭)』のことと思われる。 『頭』を意味するのは、木を切って残った部分ではなく、根の上が頭を出しているといった認識によるものであろう」

と解釈している。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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2019年08月03日

みずくさい


「みずくさい」は,

水臭い,

と当てる。文字通り,

水っぽい,
水分が多くて,味が薄い,

という状態表現だが,これをメタファに,人と人の関係の,

よそよそしい,
他人行儀,

の意で使う。大言海は,

濃き情の淡淡しくなる意か,

とし,

厨人の語。壺の内の鹽氣淡し(越前大野郡にても云ふ),

として,

又,水多くして,味あわし,

とする。もともと料理人の言葉であったのか? とすると,

「食べ物や飲み物の水分が多く、『味気ない』『まずい』ことを『水臭い』と言うことから、比喩的に人に対しても用いられ、愛情の薄いこと、親しい間柄なのによそよそしいことを『水臭い』というようになった」

とする(語源由来辞典)のは違うのではないか。「味のない」ことは,

味が薄い,

とは言うが,

水臭い,

とは言わない気がする。それなら,酒杯をやりとりのやりとりで,

「盃洗(水の入ったどんぶりのようなもの)で杯を洗ってから相手に差し出したのです。それが礼儀なのですが、盃洗で洗った杯で酒を飲むと、酒に微妙に水の味が残り、『水臭い酒』になります。このことから他人行儀なことを『水くさい』というようになった」

という説(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q118920906)の方が,

「この酒,水っぽい」

という意で,

水臭い,

ということはあり得なくもないが,あまり使わない。

「水臭いの『臭い』は、『〜の臭いがしてやな感じ』という意味の形容詞であり、『カビ臭い』『生臭い』『バタ臭い』などと用いる。したがって、『水臭い』とは直訳すれば『水の臭いがしてやな感じ』となるが、水は臭いがしないので、『何の臭いもしないほどやな感じ』、つまり『親しい間柄なのによそよそしくてやな感じ』とか『水のように味のしない酒』といった例えに用いられる」

というの(笑える国語辞典)が「水臭い」の解釈では,わかりやすい。

「みずくさい」が,

よそよそしい,

の意とすると,その反対は,

親しい,
仲がいい,
あるいは,
睦まじい,

である。室町時代までは,濁らず,

むつまし,

立ったようであるが,「むつまじい」は,

水入らず,

とも言う。大言海は,

親しきものの中に,疎きものの混じるを,油に水の入りたる如しという譬えより出づ,

とある。そういう譬えがあるかどうかは分からないが,語源由来辞典も,

「質が違っていてしっくり解け合わないさまを『油に水』というのに対し、親しい者だけが集まった状態を、油に水が入っていないところからいうようになったもの。 つまり、『水入らず』で水が混じっていないといっているものは油で、『油』が『内輪の者』『親しい者』を、『水』が『他人』を表している」

としている。江戸語大辞典も,「水入らず」の意を,

近親者ばかりが集まっていること,
他人を交えないこと,

とし,

転じて,

きわめて親しき者の間柄にもいう,

とあるので,油と水の喩えは,当たっているようである。俚言集覧にも,

「親しい者の中に疎い者のはいるのを,油に水の混じった状態にたとえるのに対し,水の入らない親しい者ばかりの意」

とある。

水を差す,

というのは,

上手くいっているのに,邪魔して不調にする,

意であり,相撲の,

水入り,

とは,

双方を分ける,

意である。冷たい「水」には,

冷ます,

効果が,確かにある。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
芳賀矢一校閲『日本類語大辞典』(講談社)

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2019年08月02日

おとなしい


「おとなしい」は,

大人しい,

と当てる。「大人」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/468452762.html?1564598292)で触れたように,「大人」は,

成人の意である。今日は,日本語語感の辞典が,

性質や態度が穏和で従順な意,

として使うとするように,

落ち着いて穏やかである,
とか,
素直で落ち着いている,

といった,

穏やかさ,

の意味で使うことが多い。「大人し」は,

大人らしい,

大人っぽい,ませている,

年かさで物の心得がある,

という意味の流れ(岩波古語辞典)は,「大人」の意味の外延として不思議はない。まあ,

大人らしい,

品行方正である,

まで(江戸語大辞典)も,意味の外延になくはない。しかし,

温順である,
素直である,

の意は,どこからきたのだろう。

年配である,

一族の長らしい、また、年長者らしい思慮、分別がある,

従順,温和である,

の意味の転換も,ちょっと分からない。荒々しくない,逆らわないのが,我が国流の「大人」という拡大解釈をするなら,別だが。

「おとなしいは,『 成人』を意味する『大人』を形容詞化した語。元々,おとなしいはその言葉通り『成熟しているさま』を表したが,『思慮分別が備わっていて年長者らしい』といった意味が含まれるようになったことで,『大人びている』『大人っぽい』など実際の年齢を問わない表現となった。『大人のような』といった意味から,『穏やか』『落ち着いている』『静か』という意味が含まれるようになり,『素直なさま』『従順なさま』も表すようになった。更に,『おとなしいデザイン』というように,人間以外のものに対しても落ち着いた性質を『おとなしい』と表現するようになった」

とする語源由来辞典の説明も,

穏やか,落ち着いている,静か,

素直なさま,従順なさま,

には,価値の転換がある。「穏やかである」「落ち着いている」は,ある意味,状態表現である。それを,

素直なさま,従順なさま,

という価値表現に飛躍させるのは,どこかいかがわしい。日本語源広辞典は,

「語源は,『大人+シ』です。静かで,落ち着いて,従順な人を,オトナシイ人と言います。子供の性質状態によく使うのですが,現在では,年配の人にも,『お爺さんは,仕事疲れとお酒で,おとなしく休んでいやはるわ』などと使います。ところが,驚いたことに,オトナシの語源は,大人+シなのです。したがって,成人や老人には使わなかった言葉です。本来,聞き分けのない乱暴な子供が,大人にようにものわかりよく,温順な場合に,使ったと言われます」

とする。「大人しい」が,このように,

子供に使う,

言葉であるならば,

穏やか,落ち着いている,静か,

素直なさま,従順なさま,

の価値転換は納得できる。大言海も,「おとなし」を,

老成,

と当て,

「大人(オトナ)を活用す。男男(ヲヲ)し,女女し,稚子(ヤヤコ)しなど同趣なり」

として,

成人(おとな)びたり,
ませたり,

の意を載せる。

宿老(おとな)らしい,

の意も,その意味に倣うなら,

宿老(長老)にふさわしくなった,

という含意になる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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