2014年09月01日

どっち?


尾籠な例で恐縮だが,

目糞が鼻糞を笑う

と言うのがある。

目やにが鼻垢を笑う

とも言う。

猿の尻笑い

とも言うらしい。しかし,どっちもどっちと言ってしまっては実も蓋もない。どうでもいいようだが,

どっちが上

なのだろう。

言ったもん勝ちか,

それとも一笑して,相手にしないが勝ちか。

破れ鍋に綴じ蓋

と言うのでは,あまりにもいじましすぎる。そこまでおのれを貶めることはない。

ごまめの歯ぎしり

と言うではないか。

山椒は小粒でもピリリと辛い,

という気概が欲しい。だとしても,山椒同士が貶めあっても仕方がないが,どっちが,上だろう。

しかし,ものを言ったり書いたりしたとき,おのずと視点というものがある。

目糞が鼻糞を笑う,

は,自分の欠点に気づかないで他人の欠点を笑う,

の意味からすると,目くそ鼻くそレベルの御両人が,自分を卑下して言うというより,その御両人を,別のところから嗤いながら,皮肉っている,と言える。ありていに言うと,見下している,と言えなくもない。だから,どっちが上などと,言うこと自体が,皮肉られているその罠にはまることになるかもしれない。

破れ鍋に綴じ蓋にも,自嘲のニュアンスというよりは,その辺りで我慢したら,という,ここにも,ちょっと上から目線を感じる。

ゼロ戦設計者を主人公にしたアニメの作者が,永遠の0の作家の賛美を批判していた文章を見たが,失礼ながら,僕には,目くそ鼻くそに見えた。このとき,僕は,不遜ながら,両者を上から俯瞰してみている。

この立ち位置は,免責された位置にいると言い換えてもいい。つまり,局外に立ってものを言っている。こういう批判は,実はあり得ない。架空のポジションだ。所詮,人は,好むと好まざるとにかかわらず,具体的場面に立つ。ある状況に置かれざるを得ない。それが生きるということなのだから。それは,目糞か鼻糞のいずれか寄りにしか立てない。それに近いか遠いかの差はあっても。

しかし,である。

子曰く,約を以て失(あやま)つものは鮮(すく)なし

というように,自嘲はいただけないにしても,謙虚というか,謙遜というのは,大口をたたくのよりは,僕の性格にはあっている。「謙」は,

へりくだるという意味だ。「歉」(こころにくぼんだ穴があく)と類義。

兼は,禾(いね)を二つ並べて持つ姿

と,いくつも連続するというの意であるが,単に「ケン」という音を表し,

陥(カン。くぼんだ所におちる)

欠(けん。くぼむ)

と同系。で,「謙」は,

くぼんで退き,後ろに控える

意という。

「虚」は,やはり

くぼみ

を意味して,去(くぼんで退く),渠(くぼんだみぞ)と同系で,

むなしくする

という意味をもつ。虚己(おのれをむなしくする)のように。

「遜」の,「孫」は,

子+系

で,細く小さい子どもを表す。「遜」は,

細く小さくなって退く

ことで,損(小さくなる),巽(へりくだる),寸(小さい幅)と同系で,

一歩さがる
小さくなって後へ下がる

という意味になる。

いずれにしても,自分を小さく見せようとする。その場合,

自分をただ小さく控え目にする,

という意味もあるが,

相手に対して,(相手を敬っての意味と,相手に対する謙譲の意味とがあるが)自分を譲る,

というニュアンスがある。そのニュアンスで見ると,

破れ鍋と綴じ蓋

は,微妙な陰翳がある。この色合いは好きである。

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)




今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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2014年08月31日

コピペ


コピペということで,散々叩かれ,自殺者まで出した日本の研究者状況の貧困な精神風土には辟易する。

ただし,僕がうんざりしているのは,コピペ問題ではない。僕は,ひと様のコピペを言挙げ出来るほどオリジナリティに富んだ人間ではない。

素人の僕も言うのも,口幅ったいが,研究は(何も研究だけに限ったことではないが),

オリジナルな着想が命である,

と思う。しかし,その着想の是非の前に,コピペを言い立てて問題を本題から逸らし,そんな奴がろくな研究をするはずはない,というようにすりかえ,例によっての,よってたかってのバッシングのほうである。

大体,一体何人の研究者・学者が,人のコピペを嗤えるのか。

欧文をただ邦文にしただけの,タテヨコのコピペ,
翻訳しただけで,原著者と同じような顔をして,その説を吹聴して金を稼ぐ翻案コピペ,
ただ先達の墨跡をなぞっているだけのなぞりコピペ,
あちらの哲学を哲学する哲学コピペ(自分の哲学ではないから哲学者の哲学コピペ,政治コピペ,心理コピペ等々),
あちらの研究の喧伝者というアンプコピペ,
あちらの研究・学説・著作の金棒引きコピペ
あちらの研究・学説の解説コピペ
あれこれをつぎはぎしただけのパッチコピペ

等々,どれもこれも立派なコピペではないのか。おのれにコピペの自覚がないだけなお始末が悪い。

一体日本の,何人の学者,大学教授,研究者が,真実おのれの頭で考えたと言い切れるのか。(すべては先人の成果の肩に乗ってというのは当たり前だが)たとえば,自分の論文を欧米で堂々翻訳出版できるのか。翻訳したら,たぶん多くは失笑されるだろう。国内ならばれないが,現地へ行けば,厳然たるオリジナルが存在し,それをなぞっただけなのがバレバレだから。それは,他の分野も同じだ。

僕は研究のケの字も知らぬ素人だが,オリジナリティは,

着想にある。

あるいは,

ひらめきにある。

あるいは,

発想にある。そう思っている。その発想がないから,人の剽窃で平然としていられる。

それで,思い出すのは,ずいぶん前,読んだ研究者の話である。生態のわかっていない山岳地帯の蜂の研究をしたくて,捉えては,育てようとしたが,どうやっても育たない。さまざまに気温を変え,環境を設定したが死滅してしまう。あるとき,ふと思いつく。ひょっとすると,寒暖の差が必要なのではないか,と。このことである。ひらめきというのは。

ひらめきの起きたとき,0.1秒,脳の広範囲の部位が活性化する,

という。つまり,多角的な経験・知識のリンクである。それは,何かを突き詰めて考えたとき,トンネルを抜けるように,ぱっと視界が開けた状態といっていい。

例のコピペ騒動の時,研究者の一人として,あの着想がどうなのかに着目し,その着想の是非,検証に乗り出したうえで,批判した人が,一体何人いたのか。学問批判の,それが常識ではないのか。

すべての着想は仮説である。仮説は,検証・実証されるまで,

妄想

に過ぎない。妄想だと笑うものは,一度も,自分の頭で,徹頭徹尾ものを考えたことのないものだ。

そんなに簡単に仮説が検証されるはずもない。アインシュタインだって,検証されるまで妄想に過ぎなかったのだ。つい最近だって,光より早いものがある,アインシュタインの仮説が崩れた云々と大騒ぎになったばかりではないか。

そういう仮説の妄想を嗤うものばかりだから,コピペに話がずれていった。

こういうと顰蹙をかうかもしれないが,論文のコピペだろうと,卒論のコピペだろうと,何が問題か。そんなものは,手続きというか,関門を通るための手段に過ぎない。まあ,くりかえさないが,ウィキペディアをコピペするのと,外国の論文を(翻訳)コピペするのとは,

目くそ鼻くそ

である。そんなことより,オリジナルな着想をして,それを検証したら,勝ちではないのか。そこに着目できない,わが国の研究風土の貧弱さと貧困さには,目を蔽いたくなる。

曖昧さ,
くだらなさ,



前例打破

とはほとんど同義である(天才と狂人が紙一重なのと同じである)。コピペでバッシングしている学者の顔が,下劣で愚かしく見えたのは,一人として,オリジナルな着想の重要性に言及せず,ただ手続きの瑕疵だけを問題にしているように見えたことだ。

着想

だけが宝なのだ。アーサー・C・クラークが言っている。

権威ある科学者が可能というとき,それはほとんど正しい。しかし,何かが不可能というとき,それは多分間違っている,

と。誰も考えたこともないから,

オリジナル

なのだ。それは,現在の評価基準,常識には当てはまらない。だから,新しい。そこからしか出発しない。それが検証し,実証できなければ,

ただの妄想

だっただけのことだ。過去にある,累々たる仮説の屍の一つになっただけのことだ。しかし,それを嗤うものは,

研究の,

科学の,

あるいは,

オリジナルにものを考えることの,

何たるかがわかっていないだけのことだ。

先日やっと検証実験の中間報告がでた。

未だ,つくれず,

という。これがまっとうな批判というものだ。しかし,まだ結論ではない。そんなに簡単に白黒がつくわけはない。100m走をしているのではないのだ。


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2014年08月30日

気骨


昨今気骨のある人間が少なくなった,

などときいたふうな口をきく輩が大嫌いである。では,いつの時代ならいたのか。いやしないのである。そんな人間が一杯いたら,日本は今日の体たらくになりはしないし,無益で無謀な戦争にも突入しはしないし,欧米列強の尻馬にのった侵略戦争などを,しはないのである。幕末にだって,そうはいなかった。いたら,戊辰戦争もあんなていたらくになりはしない。

気骨とは,

奇(めずらしい)+骨(人柄,気立て)

が語源。

風変わりなすぐれた性格を言うらしい。言い得て妙ではないか。

気骨の,「気」は,いわゆる,

人間の心身の活力
とか
感情や衝動のもとになる心の活力

とは,直接は関係ないらしい。因みに,気(氣)の,



は,息が屈曲しながら出て来るさまで,「氣」は,

米をふかすときに出る蒸気のことらしい。

辞書的には,「気骨」は,

自分の信念に忠実で容易に人の意に屈しない意気,気概

という。下手をすれば,

偏屈,

へそ曲がりなのである。類語はというと,日本類語大辞典で,

気骨

をひくと,

いき

を見よとくる。で,「いき」をみると,

士気,侠気,血気,生意気

と並んで,気骨がある。

(社会一般から見れば)ヤクザの侠気の程度だという言い方もできるが,剛健の項にいれて,

剛毅,気概,硬骨,気丈夫,反骨,強直,豪気,不撓,不屈,

と並べるのもある。しかし,

剛毅朴訥仁に近し

というのだから,やたらめったらいないのではないか。孔子は,

中行を得てこれと与にせずんば,必ずや狂狷か。狂者は進みて取り,狷者は為さざる所有るなり

といい,中庸の人がいなければ,狷者,すなわち強情屋を友とする,と言っている。

こう見ると,気骨とは,ある一点で,

頑固である

ことなのではないか。それが,どの一点かで,たんなる頑迷か強情張りになるか,骨のある人間と見られるか,の分かれ道のようなのである。

ここからは,妄想だが,地続きにせよ,

頑迷,固陋,偏屈等々は,

たんに個人的なこだわり,あるいは単純な性癖

を指しているという印象が強いのに対して,

気骨のこだわりは,

信念,信条,思想

に対する強い志向があるのではないか,という気がする。ただ,何かに強く粘着するというのは,ある意味,

気質的なもの

だから,共通している部分があり,梃子でも動かくなった瞬間は,たんなる頑迷固陋にしか見えなくなる可能性は高い。そうなれば,

たんなる頑な,ものごとの理非曲直を弁えぬ輩に成り下がるかもしれない。

その程度の頑迷な輩が,気骨あるなどと間違われている程度なのではないか。


参考文献;
芳賀矢一校閲『日本類語大辞典』(講談社)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

今日のアイデア;
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2014年08月29日

自画自賛


昨今自画自賛がおおはやりだ。中韓を貶めて,自分を褒めるというのもあるが,手放しの自画自賛もある。

自画自賛は,自己倫理の劣化以外の何ものでもない。

自分を褒めたい,

という言葉が有効なのは,42.195キロを走りきった有森裕子に許されるが,そうでないものに,そうそう口にするのは,ほとんどみっともないといっていい。思っても,口には出さないものだ。

それに似ているといっていい。

自画自賛は,野放図な自己肥大と地続きである。

日常はつつましやかで,謙虚であったが,箍がはずれると,途端に手のひらを返したように,尊大で,自己肥大する。これって,われわれ民族の宿痾ではないか,と思ってしまう。

自分を受け入れる

ことと,

自分を褒める

こととは違う,と僕は思っている。自己を褒めるには,褒める根拠がなくては,たんなる自己妄想である。妄想にいくら妄想を積み重ねても,自分の成長にはならない。

その果てに来るのは,根拠なき自信であり,根拠なき自画自賛であり,そのまま自己肥大していく。

自己を律するとは,自制である。別の言い方をすれば,

戒め

であり,

リミッターといっても言い。制約条件といっても言い。おのれを知るとは,

おのれ自身の現実を弁える

ということでもある。弁えをなくしたら,野放図に何でも言える。古いタイプの人間と言われるかもしれないが,そういう自制心こそが,その人の品格になる,と思っている。

本屋に行って感じるのは,そういう野放図な自己肥大の発露であり,目を背けたくなるような夜郎自大の横行である。恥を知る,という言葉は死語なのか。

学を好むは知に近く,力行は仁に近く,恥を知るは勇に近し

という。あるいは,士とは何かの問いに,

己を行うに恥有り

と,孔子は答えた。そして,あるところで読んだが,

「行己有恥」の四字を「博学於文」(ひろく文を学ぶ)と対句にし,門の扉の両側に対句としてしるしてあるのを,しばしば中国で見かける

という。

僕は,発奮のスイッチは,恥にあると思っている。おのれを恥じるからこそ,おのれを励まし,おのれを高めるバネになる。

はじ(らう)

は,

「端+づ」の連用形

から来ているらしい。

中央から外れている,端末にいる劣等感

が恥であるらしい。

面目がない,

という意味である。



は,

耳+心

で,

恥じらいの心が耳に出る,

のが語源とする説がある。

はじ

には,

恥,辱,愧,羞,慙,忝,忸,怩等々があるが,

恥は,心に恥ずかしく思う義,重き字なり,とある。

辱は,はずかしめであり,栄の反対。外聞の悪いことを言う。そこから転じて,かたじけなし,と訓む。

愧は,おのれの見苦しきを人に対して恥じる意で,恥ずかしくて心にしこりがあること

羞は,心が縮まること。愧じて眩しく,顔が合わせにくいこと。

慙は,愧と同じ。はづると訓む。はぢとは訓まない。心にじわじわと切りこまれた感じ。

忝は,辱と同じ。

怩・忸は,恥じる貌を意味する。心がいじけてきっぱりしない

おのれを恥じるからこそ,身を正し,振る舞いを改め,おのれを高めようとする。謙虚とは,そこから生まれる。

実るほど頭を垂れる稲穂かな

は,もはや死語か。大口をたたくのが,時代の潮流なら,僕は,そこから降りる。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)




今日のアイデア;
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2014年08月28日

天下


金子拓『織田信長〈天下人〉の実像』を読む。

信長については,何度か触れた。もっともニュートラルで戦国大名研究家の見る信長は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/390004444.html

で挙げた,池上裕子『織田信長』である。

一方,革命性を強調した信長像は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/400155705.html

藤田達生『天下統一』である。

本書は,信長像を等身大の戦国大名として描く。

「はじめに」で,著者は,自分の問題意識を,こう書く。

「織田信長は本当に全国統一をめざしていたのだろうか。」

それを説明するための本書なのだ,という。そのために,

「信長が義昭を擁して上洛した永禄11年(1568)以降を対象に,とりわけ義昭が京都から追放された元亀四(天正元)年から本能寺にて信長が斃れる天正10年までの期間を中心として,信長と朝廷・天皇とのあいだに起きた事件・できごとを,一つ一つ丁寧に,史料にそくして考えてその歴史的意義をとらえ直し,最後にそれらを総合したうえでの信長の統治者(天下人)としての姿勢をうかがうという構成をとる。」

という。すでに,岐阜城・安土城の発掘がすすみ,その意図を推測する成果がでており,

岐阜城の庭園の室町将軍帝都の類似
安土城の正面の真っ直ぐな大手道に,当初から天皇行幸を構想した城造り

等々が指摘され,専売特許のように言われた,

楽市楽座

も,信長の創意というよりは,戦国大名領国で実施されている政策の継承という見方がされつつあり,さらには,領国支配のやり方も,他の大名と比較して先進性がなく,むしろ遅れていたとする考え方が,戦国大名研究の中で形成されつつある,という。

そこで,「天下統一を目指したのか」という問いについては,

天下布武

という信長の印章にも使われた,

天下

という言葉の意味が問題になる。

天下の意味には,(神田千里氏の整理によると)

@地理的空間においては京都を中核とする世界
A足利義昭や信長などの特定の個人を離れた存在
B大名の管轄する「国」とは区別される将軍の管轄領域を指す
C広く注目を集め「輿論」を形成する公的な場

の四つがあるが,「天下」の領域は,五畿内であるとするのが通常らしい。ただ,

戦国時代は,Bの「将軍の管轄領域はほとんど京都を中核とする世界に限定されていた」という意味では,Bと@は同義になる。で,

「信長の時代における『天下』の認識はここから出発しなければならない。」

とすると,天下布武の「天下」は何を意味していたのか。もしそれが,従来いわれているように「全国統一」なら,他の戦国大名に喧嘩を売るというか,宣戦布告しているようなものだ。

だから,(神田千里説に従えば)

「『天下布武』とは,足利義昭を連れて入京し,畿内を平定して凱旋するという一連の戦争を遂行した結果,将軍を中心とする畿内の秩序が回復することを勤める。」

という永禄11年に実現した状況を指す,のだという。そして,上洛後の信長の政治理念は,

天下静謐

だと,著者は考える。それは,

「室町将軍が維持すべき『天下』の平和状態を,のちに義昭や信長自身が発給文書のなかで用いる言葉」

でもある。そして,

「信長は天下静謐(を維持すること)を自らの使命とした。」

と見る。

「当初はその責任をもつ義昭のために協力し,義昭が之を怠ると強く叱責した。また対立の結果として義昭を『天下』から追放したあとは,自分自身がそれを担う存在であることを自覚し,その大義名分を掲げ,天下静謐を乱すと判断した敵対勢力の掃討に力を注いだ。」

太田牛一の『信長公記』の,「足利義昭を擁して上洛した永禄11年(1568)から没する天正10年(1582)まで,一年を一巻(一冊)で記した15巻本の自筆本のひとつ…池田家文庫本…の巻一(永禄11年)に」,

信長公天下十五年仰せ付けられ候。愚案を顧ず十五帖に認め置くなり。」

という奥書がある。別の自筆本では,

「信長京師鎮護十五年,十五帖の如くに記し置き候なり。」

ともある。つまり,「天下を十五年にわたりお治めになったといった意味」となる。側近くにいた,太田牛一からみれば,

「十五年間の信長の役割は,信長の死から二〇年ないし三〇年後の牛一にとって,『京師警護』,『天下を仰せ付けた』と認識されているのである。」

ということになる。その時代のうち,

「義昭を『天下』から追放した天正元年以降の十年間,信長と天皇・朝廷とのあいだでおきたむさまざまなできごと」を,具体的には,

天正改元
正親町天皇の譲位問題
蘭麝待切り取り
右大臣任官
絹衣相論
興福寺別当職相論
左大臣推認
三職推認

を丹念にたどりながら,信長の行動基準は,あくまでも天下静謐の維持という点にあった」ことを,描き出している。その点から見ると,秀吉の全国統一は,諸大名を鉢植化したところからも,

「信長と秀吉の間にはおおきな断絶がある」

と著者は見る。この面から,秀吉の事跡は別の証明があてられる必要があるのかもしれない。

ただ,著者は,本能寺の変が,用意なく,大童で遂行されたことに着目し,五月に,朝廷がというより,正親町天皇が,

「征夷大将軍に推認」

しようとした事実に注目する。信長がそれにどう返事したかは,どこにも記録がない。しかし,四国攻めが「天下静謐」とは関係ないところから発せられているということに疑問を呈し,将軍を意識した行動ではないか,と推測する。

あくまで,「天下静謐」という仮説を前提にすれば,ということだが,信長の中で,

天下

がいつの時点かで,全国に変わったという境界線があるのではないか,という受け止め方をすると,興味がわく。まだ,これについては,明確な答えは出されていない。

天下の意味が,五畿内から,途中で,全国統一に変わったとする説は,他でもあった,その変化を,信長がどこで,麾下の武将たちに明言したのか,それが秀吉にどう受け継がれたのか,と問題意識の立て方を変えると,本書は,その端緒に立っている気がする。その視点で見ると,本能寺の変にも別の光が当たるのではないか。

参考文献;
金子拓『織田信長〈天下人〉の実像』(講談社現代新書)




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2014年08月25日

けり


けりがつく
けりをつける

の「けり」は,

助動詞けり

であり,けりがつくは,

助動詞けり+が+つく

の意味だ。助動詞「けり」は,

過去の助動詞キ+アリ

という説,

動詞キ(来)+アリ

とする説などがあるらしいが,いずれにしても,

ある事実を基に過去を回想する意を表し,後世には,助動詞タの意味を詠嘆的に用いることが多いという。

助動詞「た」は,

ある時点で,それがあったと確認した意味を表す,

という。つまり,文末にそれを使うことで,

基準となる時点が今となって,それがすでに起こったことを示す

という意味だから,

過去のことを示す
あるいは
動作の完了を表す
あるいは
動作の実現を促す(たとえば,「どいた,どいた」というように,動作を完了させることを促すという意味になる)

という使い方をするようだ。最後の例は別にして,

「けり」を付ける

ことで,語っていることが,語っているいまの時点から見て,それが,

終ったこと

過去のこと

を示している,ということになる。

その意味では,けりをつける,けりがつくは,

それを過去のこととして終わらせる,

というニュアンスがあり,

終止符を打つ

ピリオドを打つ

と似ているが,具体的に,デッドラインを引くというのとは,ちょっとニュアンスが違うような気がする。

「けりがついた」ことにしておく
「けりをつけた」ことにしておく,

あるいは,

「けりがついた」つもり
「けりをつけた」つもり

という色があって,

本当に終わったのなら,終った,とか,片づいた,と言えば済む。そうではないから,

けりがついた(はず)

というしかないような気がする。そう考えると,

帳尻を合わせる
平仄が合わない
辻褄が合う
始末をつける
落とし前をつける

というのと,どこかで重なりそうな気がしている。つまり,むりやり,決着をつけたという色合いが,どこかにある。そうしてみてみると,「けり」の用法に,

ある事実が過去にあったことを回想する
人から聞いたりして知っていたことを思い出す
過去にあったことをいま話題にのせる
いまあることが,前からのことであったと思う
時を超えてある事実が存在することを述べる

「いま」の時点を,ピンポイントと考えると,それ以前のこととなる。しかし,その「いま」が少しずつずれれば,そのまま(語っている)「今」の直前まで,それは引きずられる。

「いま」

が曲者だ。そういう意味で,

時を超えて

という用例はよくわかる。つまりは,

けりはついていない

ことになるのだろうか。

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)



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2014年08月24日

自己認識


ミシェル・フーコー『主体の解釈学』を読む。

本書は,1982年,コレージュ・ド・フランスで行った講義録である。編纂者の,フレデリック・グロは,

「フーコーは,獲得された研究成果について話すというよりは,ほとんど手探りするようにして,探求の進行を一歩一歩伝えようとするのである。講義の大部分の時間は,彼が選んだ文献の粘り強い読解と,その逐字的な注釈に充てられる。講義ではいわば『仕事中』のフーコーがみられるのだ。」

と,この年の講義の特異性を伝えている。そのせいか,たびたび,フーコー自身,

今日も少し立ち止まってみたいと思います。

ちょっと枝葉末節にこだわり過ぎて申し訳ありません。

みなさんにはあまりにも細かすぎて,足踏みしているような印象を与えるかもしれませんね。

等々と断りを入れている。確かに,あまりにも微に入り細に渉って,ギリシャも,ヘレニズム・ローマも,キリスト教にも,まったく学識のない自分がついていくのは大変だったが,そうか,ここまで綿密に,細心に文献を読みこんでいくのか,という,フーコーの学者としての読みの深さと視野の広さに同時進行で立ち会った気分ではあった。

本講義は,フーコー自身,まだ未完のまま,

自己への配慮

という観念を取り上げるところから,始まる。そして,ギリシャの

汝自身を知れ

との関係へと踏み込んでいく。通常考えている,「汝自身を知れ」は,デカルト以来というべき,

自分を見つめ,
自己の中に自己を見つめ,
そこに主体の真理を解釈する,

といった,「反省の病」(訳者)ともいうべき,自己との関係にある,自己認識,自己解釈とは別の,

自己との関係を結ぶことができるのか,

という問いへのフーコーなりの解答なのだといってもいい。

それは,キルケゴールの,

人間は精神である。しかし,精神とは何であるか?精神とは自己である。しかし,自己とは何であるか?自己とは,ひとつの関係,その関係それ自身に関係する関係である。あるいは,その関係に関係すること,そのことである。自己とは関係そのものではなくして,関係がそれ自身に関係するということである。

という,自己の中に自己完結して,入子のように入り込んでいく,自己との関係とは別のありよう,という意味と言ってもいいのかもしれない

しかし,それを,細部にわたって解釈したり咀嚼していくことは,到底僕の力の及ぶところではない。そこで,フーコー自体が,最終講義で,こうまとめているところから始めたい。

「本年度の授業で私が特に示そうとしたことは,次のことです。フランスの歴史的伝統や哲学的伝統においては―このことは西欧一般に妥当すると思われますが―,主体や反省性や自己認識などの問題の分析全体の導きの糸として特に重視されていたのは,〈汝自身を知れ〉という自己認識でした。しかしこの〈汝自身を知れ〉ということだけを独立して考えてしまうと,偽の連続性が打ち立てられ,うわべだけの歴史が作られてしまいます。つまり,自己認識の連続的な発展のようなものが考えられてしまうのです。この連続的発展は二つの方向で復元されます。第一に,プラトンからデカルトを経てフッサールに至る,根源性という方向,第二に,プラトンから聖アウグスチヌスを経てフロイトに至る経験的拡張の方向での連続的な歴史です。このどちらの場合も,〈汝自身を知れ〉を導きの糸としており,そこから根源性ないし拡張へと連続的に展開されるのです。しかしどちらの場合も,明示的にであれ,暗黙の内にであれ,主体の理論が練り上げられずに背後に残されてしまいます。」

つまり,「汝自身を知」ろうとすることではなく,「汝自身を知」るとはどういうことかが,取り残されている,といいうのである。そのために,フーコーがここでしようとしたのは,

「この〈汝自身を知れ〉を,ギリシャ人が〈自己への配慮〉と呼んだものの傍らにおくこと,さらに自己への配慮という文脈や土台の上に置くことなのです。」

そして,

プラトン主義的モデル(想起のモデル)
キリスト教モデル(自己の釈義と自己放棄モデル)
ヘレニズムモデル(自己の関係の自己目的化モデル)

の三つ(の仮説)を立てて,自己と自己との関係性の在り方を掘り下げていくことになる。

プラトン『アルキビアデス』で言っている〈汝自身を知れ〉は,

「魂が自分の本性そのものを知ること,そしてそれによって魂と本性を等しくするものに到達することであることに気づかされます。魂は自分自身を認識します。そしてこの自己認識の運動において魂は,記憶の底ですでに知っていたことを再認するのです。魂は自分自身を認識します。したがって〈汝自身を知れ〉という様態においては,次のような自己認識が問題になっているのではないことは強調しておきたいと思います。つまり,自己の自己への関係,自分自身に向けられた視線が,内的な客観性の領域を開き,そこから魂の本性とは何かを推論する,ということではないのです。そうではなく,魂とはその固有な本質において,そして固有な実在性において何であるのかということを認識すること以上のことではなく,またそれ以下でもないのです。そしてこの魂の固有な本質の把握が真理を開示してくれる。この真理は,魂を認識対象とするような真理ではなく,魂が知っていた真理なのです。」

として,

「人が自己を知るのは,すでに知っていたことを再認するためなのです。」

そして

「自分自身を認識しなければならないのは,自己に専心しなければならないからです。」

と言う。で,(プラトン主義的モデルでは)

「第一に,自己に配慮しなければならないのは,人が無知だからです。人は無知であり,自分が無知であることを知らないのですが,(出会いや出来事や問いかけの結集として)自分が無知であること,無知であることに無知であることを発見するのです。……そこで自分に専心することによって,この無知に対抗しなければならないこと,あるいは無知に終止符を打たなければならないことさえ発見するのです。これが第一点です。自己への配慮という命法を生じさせるのは,無知の発見,無知の無知の発見なのです。」

そして,第二点は,

「自己への配慮が肯定され,誰かが実際に自己を気づかおうと企てた瞬間に,自己への配慮は『自分自身を知る』という点に集約されます。自己を知れという命法が自己への配慮に覆い被さるのです。自己の認識は,魂が自分自身の存在を把握するというかたちをとります。魂は叡智界の鏡の中で自分を見ることによって自己を認知し,自分の存在を把握するのです。」

そして第三点。

「自己への配慮と自己の認識の接点にあるのが,ほかならぬ想起なのです。魂が自分の存在を発見するのは,自分が見たものを思い出すことによってです。プラトン主義的な想起においては,自己の認識と真実を知ること,自己への配慮と存在への回帰が,魂の一つの運動の中で合流し,まとめられている…。」

これに対して,キリスト教的(修徳的・修道院的)モデルが,三,四世紀につくられる。その特徴は,

「聖書」に書かれ神の言葉や,啓示によって与えられた真理を知るために,心の浄化をする,ということが自己認識の前提となっており,その特徴は,第一に,

「自己を知ることと真理を知ることと自己への配慮の関係は循環的になっています。」

つまり,

「天獄で救われようと思うのなら,〈聖書〉に書かれていたり,〈啓示〉によつて現れたりする真理を受け入れなければなりません。しかしこの真理を知るためには,心を浄化するような知というかたちで自分自身を気づかっておかなければならない。反対に,こうした自分自身による自分自身の浄化的な知が可能になるためには,〈聖書〉や〈啓示〉の真理とすでに根源的な関係を持っていることが条件になっているのです。キリスト教においては,この循環こそが,自己への配慮と自己認識の関係についての根本的な点であるとおもわれます。」

第二点は,

「キリスト教では,自己の認識はさまざまな技法を通して実践されます。この技法の持つ本質的な機能は,内的な幻想を吹き払うこと,魂と心の内部に作られる誘惑を認めること,そしてひとが陥りかねない誘惑を失敗させることにあります。そのためには,魂の中に広がるプロセスや動きを解読するための方法が必要になります。この解読によって,こうしたプロセスや動きの起源や目的や形式を把握するわけです。」

つまり,自己の釈義が必要になる,ということである。第三は,

「キリスト教では,自分自身に返るのは,本質的かつ根源的には自己を放棄するためです。」

プラトン主義とキリスト教の間にかくされていたモデルが,ヘレニズム的モデルである。その特徴は,「自己を到達すべき目標としてたてようとした」というところにある。セネカやマルクス・アウレリウスを例にすると,

哲学には,「人間にかかわる,人間に関係する,人間を見る部分がある。哲学のこの部分は,地上で行うべきことを教える。」もうひとつは,「人間を見るのではなく,神の方を見る。哲学のこの部分は,天上で起きていることを教える。」

この両者の議論の順番は,

「まず自分自身を吟味し,考察すること,そして次に世界を吟味し,考察すること,」

なのである。「人間に関する哲学と神々に関する哲学」の順番の理由は,

「第二のももの(神々に関する哲学)だけが,第一の哲学(人間に関して何を為すべきかを問う哲学)を完成できるのです。…第一の哲学は…人生の中で不明確なさまざまな道を見極めるための光明をもたらしてくれる。…第二の哲学は,闇から私たちを引き離し,光源にまでみちびいてくれるのです。」

ここで言っていることは,

「主体の現実的な運動,魂の現実的な運動です。この運動が,この世界を形づくる闇から引き離し,世界を越えたところに上昇させてくれるのです。」

これは,言ってみると,主体自身の運動,メタ・ポジションづくりといっていい。この運動は,

「第一に,自分自身から逃れ,自分自身から身を引き離す運動であり,こうして欠点や悪徳からの離脱」

を果たすことになる。第二は,

「光がそこからやってくる地点への運動は,神へ私たちを導いてくれるのですが,だからといって,神において自分自身を喪失してしまったり,神においてみずからを滅ぼしてしまったりすることもない。そうではなく,私たちは神との本性の共有,神と共同して働くことへといたるのである。…つまり人間理性は神の理性と本性を同じくしているのです。…神が世界に対してなしていることを,人間理性は人間に対してなさねばなりません。」

第三に,

「このように光まで連れて行き,私たち自身から引き離し,神との本性の共有にまで導いてくれる運動において,私たちは最も高い地点まで昇ることになります。しかし同時に…その瞬間にこそ私たちは,まさに自然の最も奥深い秘密に分け入ることができるのです。」

僕には,すべてが理解できているわけではないが,フーコーが,セネカに代表されるヘレニズムモデルに,あらたな主体のありようを見ている,というように見えた。この運動は,

「この世界から離れて,どこか別の世界へ行こうとしているのではありません。現実から身を引き離して,なにか別の現実であるようなものに到達することではないのです。…世界の中でおこなわれ,世界の中で実現される主体の運動なのです。…この運動は,神と本性を共有する私たちを,頂上まで,この世界の最も高い地点に連れて行きます。この世界の頂上にいるとき,まさにそのことによって,自然の内奥が,秘密が,懐が,私たちに明らかにされるのですが,その瞬間にも私たちはこの世界を離れることはないのです。(中略)私たちは神が世界を見ている視点に到達しますが,この世界に対して本当には背を向けることなはしに,私たちが属している世界を見るのであり,したがって私たちは,この世界における私たち自身をみることができるのです。」

だから,視点の運動なのだと思う。自分対して,自分のいる世界に対して。だから,

「自分を知るためには,自然に対する視点を持っているという条件が必要」

であり,ここで言う自己認識は,自己分析とは無縁なものであり,

「自然についての知が解放的な効果を持つ」

のである。つまり,

「自然についての知,世界を踏破する大いなる視線,また私たちがいる場所から退き,ついには自然全体を把握するに至る視線…」

のことを指している。間違いなく,自己完結した自己対話を指していないことは確かであり,セネカの目指していることは,

「世界から離脱して,そこから目をそらし,別の現実を見ようという努力ではないのです。そうではなくて,中心的であると同時にひじょうに高い一点に身を置き,世界の全体的な秩序,私たち自身がその一部をなしているような全体的な秩序を見下ろすことなのです。…すなわち,世界認識そのものの努力,できるだけ高く身を引き上げ,そこから全体的な秩序としての世界を,…見下ろそうとする努力なのです。すなわち俯瞰的な視点であり,…この自己の自己への俯瞰的視点は,私たちが一部をなすこの世界を包み込み,そうしてこの世界そのものにおける主体の自由を保障してくれるのです。」

この主体における視点の運動は,そのまま認識の運動でもあり,それが単なる閉塞した自己認識でないことは,よく見える。その流れというか,そこに力を入れるフーコーが,この講義自体で,ハイデガーと対決をはかり,講義最後で,

「西洋哲学の問題がこのようなもの―すなわち,世界はいったいどのようにして認識の対象であると同時に主体の試練の場ともなりうるのかという問題,テクネー(技法)を通して世界を対象として自分に与えるような認識の主体があり,また,この同じ世界を,試練の場という全く異なった形式で自分に与えるような自己経験の主体があるということはどういうことなのか,という問題―だとしましょう。もし西洋哲学への挑戦がこのようなものだとするならば,なぜ(ヘーゲルの)『精神現象学』がこの哲学の頂点にあるかがよくおわかりでしょう。」

と述べて,ヘーゲル『精神現象学』を復権させた,その背景が,よく見えてくるような気がする。『精神現象学』を若いころ,ひとりで,逐語的に読んだときの,その朧な記憶から見ると,そこにある自己というものの,あるいは,自己と自己との関係の深さと奥行きというものは,現象学的な自己完結の世界に比して,圧倒的な広がりがあることだけは確かに思える。と同時に,昨今はやりの「自己」「自己対話」「自己発見」が,いかにうすっぺらで,何周もの周回遅れの気がしてならない,日本の精神風土の貧弱さを思わざるを得ない。

まあそれはさておき,セネカの運動のためには,様々な訓練が必要で,その一例として〈死の省察という訓練〉というのがある。この訓練は,

「ある一日に一月,一年,さらには人生全体が流れてしまうかのようにその一日を生きる,という訓練です。そして生きつつある一日の各時間は,人生の年齢のようなものであるのだから,夕べに至ったとき,ひとはいわば人生の夕べ,まさに死ぬ時に至っている。これが最後の日という訓練です。この訓練は,…一日の各時間が人生という長い一日の瞬間であるかのように,一日の最後の瞬間が人生の瞬間であるかのようにして自分の一日を組織し経験することなのです。このようなモデルにしたがって一日を生きることがてきたならば,一日が終わって眠ろうとする瞬間に,『私は生き終えた』と,喜びとともに笑顔で言うことができるのです。」

これに倣ったマルクス・アウレリウスは,

「最高の人格とは,日々をおのが終焉の日のごとく暮らすことだ」

と書いている。ここには,瞬間に対する俯瞰的視点と,生全体に対する回顧の視点がある。視点の運動とは,こう言うことを言うのだろうと,思う。

大事なことは,この三つのモデルは,いずれも,

自己自身による自己自身の変容

ということである。それは,

いかにして真理を語る主体

たりえるかという,実践的な真摯な問いである。こういう問いは,和辻哲郎が羨望を込めて言った,西欧の,

視圏

に関わるように思える。そういう視点は,日本人には,持てるのか,いや,持ったことがあるのか,読むにつれて,おのれの薄弱な自己基盤(コーチングでいうファウンデーションのことではない,この世界を俯瞰するに足る知の不足のことだ)に,身震いした。それは,自己認識する自己の視点のことであり,見られる自己のことでもある。

参考文献;
ミシェル・フーコー『主体の解釈学』(筑摩書房)




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2014年08月23日

家臣


谷口克広『信長・秀吉と家臣たち』を読む。

谷口克広氏の近刊『信長と将軍義昭 - 提携から追放,包囲網へ』を予約購入する際,つい間違えて,一緒に購入してしまった。

実は数年前,新書版で読んでいるはずで,それを失念して,タイトルだけで,Kindle版でまた購入してしまった。こう言うことは,恥ずかしながら,結構ある。読んだことを忘れている。購入してから書棚にあることに気づく場合もあるが,読みだしても気づかない場合もある。どこかで読んだような,と思って初めて気づくこともある。読んでいないで,積読だと,同じ本を何冊も購入したこともある。

こんなレベルの読み方なので,右から左へ,読み飛ばしているから,身になってはいない。

今度は,秀吉,信長からすこし外して,家臣という側面に焦点を当てて,読み直してみた。

信長と秀吉の関係をみるとき,いつも思い出すのは,信長の,秀吉正妻おねへの手紙である(というよりは,返事である。ということは,おねが秀吉の浮気を訴えた手紙が存在するということになるが)。

「藤吉郎れんれん不足の旨申すのよし,言語道断曲事候か。いず方を相尋ね候とも,それさまほどのは,又再びかのはげねずみ相求め難き間…これより以後は,身持ちようかいになし,いかにもかみさまなりに重々しく,悋気などに立ち入り候ては,然るべからず候」

おねをなだめつつ,やきもちをたしなめている手紙である。よく,信長の気遣いの例として出されるが,それ以上に,秀吉及びおねへの(ただならぬ)厚意を感じる。他に,こうした,個人的な家臣の妻にあてた手紙があるのかどうか知らないが,おねがそういう手紙を直々,信長に出して個人的なことを訴えられる関係が面白い。そこには,おねと信長の関係以上に,「はげねずみ」と呼ぶ秀吉への信長の親しみを,ここから感じる。

では家臣としての,秀吉はどういう家臣だったのか。

秀吉が,確実な史料に登場するのは,永禄八年(1565)で,

「尾張と美濃の境目に本拠地を構えている坪内氏に宛てた証文で,信長が坪内氏に発給した宛行状の副状である。当時秀吉は二十九歳だが,もう信長の奉行人ないし武将格にまで出世している。」

微賤の身から小者として仕えた秀吉は,後に小早川隆景に手紙で書いたように,「家中のものの真似のできない」ような「寝る間も惜しむ」働きぶりを示す。著者はこう書く。

「宣教師ルイス・フロイスも言っているが,信長は早起きである。それに,突然たった一人で駈け出すこともある。側近にしてみれば,常に目を離せない主君なのである。秀吉は小者ながらも,まず直接信長に知ってもらい,次には目を懸けられるよう一生懸命に努めたものと思う。おそらく睡眠時間を大幅に削って頑張ったのだろう。」

と。ついに,天正元年(1573),小谷攻めの功で,北近江三郡を与えられる。十二万石の一国一城の主となる。さらに,天正八年,播磨,但馬を与えられ,五十万石大大名になる。その動員兵力は,備前・美作の宇喜多直家の軍と合わせると,三万になる。

著者は言う。

「信長は能力至上主義者だから,低い地位の者を抜擢した例はたくさんある。それにしても,秀吉ほどの出世は類がない。出発点が小者の身分で,最後は(中国)方面軍司令官にまで登り詰めるのだから,これ以上ありえない出世である。小者なら小者の仕事,奉行なら奉行の仕事を常に全うするし,部隊指揮官に出世したなら,戦いの中で自分の指揮する部隊を最大限に生かそうとする。天賦の才に恵まれていたのは確かだが,それ以上に,現実を直視しながら他人の何倍も努力を心掛けていたというのが,秀吉の出世の秘訣であろう。」

と。あの信長が,秀吉のおべっかなんぞに欺かれはしない。そうではない,陰日向のない勤勉さと努力を,よく分かっていたのだと思う。

「例えば,元亀元年から天正元年までの三年間,秀吉は浅井攻めの最前線である横山城に置かれる。何度も敵の逆襲をしのぎ,見事にその地を守り抜く。その多忙の間,秀吉が畿内の地に発した文書が二十点近くも見られるのである。度々京都に上っていたことがわかる。」

あるいは,こんなエピソードがある。播磨攻めの最中のことである。

「秀吉の猛烈な働きを見て,信長は,……いつになく優しい手紙を秀吉宛に送る。
『よく働いた。戻ってきて一服せよ。』
しかし,秀吉はきかない。
『いえ,このぐらいでは,たいした働きではありません。』
とせっかくの慰労を断って,隣国の但馬まで攻め込み,いくつかの城を落とすのである。
秀吉が安土に報告に上がるのは,十二月になってからだった。ちょうど信長は三河に鷹狩りに行っていたが,出発する前,秀吉が来たら褒美として渡すように,と天下の名物『乙御前釜』を用意していた。信長がこれほど家臣に気を遣うことは珍しいことである。」

この主従の関係は,阿吽の呼吸に見える。

「秀吉は,信長の家臣としての務めについてよく知っていた。思い切り働いて成果を上げさえすれば,信長は必ず認めてくれるということを心得ていたのである。」

だから,

「三木城攻めの時も秀吉は,ずっと不眠不休の努力を続けた。二年近くの攻囲の末ようやく攻略した後,彼は有馬温泉に行き,二日二晩眠りつづけたという。」

では,秀吉の家臣は,どうか。例の高松を撤退した秀吉は,一日一夜で姫路城まで戻る。そこで交わされた会話が,『川角太閤記』に出ている。

「風呂からあがった秀吉は,城に蓄えていた金銀や米をすべて家臣に分け与え,籠城の覚悟のないことを示す。そして,(信長馬廻りで,監察として派遣されていた堀)秀政に向かって次のように宣言する。
『此の度,大博奕を打ち,御目に懸くべき候』
それに対する秀政の弁,
『御意の如く,世間の為体(ていたらく),博奕も成目に来たり,風も順風と見え申し候。帆を御上げなさるべく候。こなたなどの御身上からは,か様の時,二つ物懸の御分別御尤もかと存じ奉り候』
この秀政の言葉の後,側にいた(祐筆の)大村由己が,『名花の桜,唯今,花盛りと見え申し候,御花見御尤もかと存じ奉り候」,さらに黒田孝高が『殿様には御愁嘆の様には相見え候得ども,御そこ心をば推量仕り候。目出度き事出で来るよ』と…」

秀吉をあおったという。問題は順序である。秀政は,信長のトップクラスの側近である。黒田は,秀吉の与力に過ぎない。秀政の発言こそが,この場では意味がある。そして,この両者の関係こそが,のちのち,天下取りに大きく寄与する。山崎では,秀政は,一手の指揮を執り,中川瀬兵衛,高山右近を指揮する。清州会議の結果,信長家家督が三法師となると,秀政は,その傅役となり,秀吉を支えることになる。

ついでながら,秀吉の家臣のように扱われているが,黒田官兵衛も,竹中半兵衛も,蜂須賀小六も,直臣ではない。あくまで,秀吉与力として信長から派遣されている。弟小一郎もまた,あくまで与力である。秀吉ではなく,信長の家臣である。その意味で,いわでもがなだが,半兵衛は軍師ではない。半兵衛の子,重門の書いた,『豊鑑』にもそんなことは書かれていない。『信長公記』には,半兵衛死後,

「六月廿二日,羽柴筑前与力に付けられ候竹中半兵衛,播磨御陣にて病死候。其名代として,御馬廻りに候つる舎弟竹中久作播磨へ遣わされ候」

という記述がある。竹中家の家臣を統率させるという意味である。半兵衛が,軍師でなければ,官兵衛が軍師であるはずもない。


参考文献;
谷口克広『信長・秀吉と家臣たち』(学研新書)


今日のアイデア;
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#谷口克広
#信長・秀吉と家臣たち

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2014年08月22日

いい歳


いい歳をして,

とか

いい歳こいて

とか言われたりする。

ある言動について、そういったことをする年齢でもないだろうに、といった意味合いを込めて言う表現。年不相応に。半ば非難の意味で、あるいは諌める意味で用いられる場合が多い。

相応の分別ができていい年齢,その年齢にふさわしくない行為や状態をあざけっていう語,

とある。あるいは,

年不相応に言動が稚拙だったり服装が若作りだったりして不恰好である様子,

ともある。まあ,面と向かってと言うよりは,蔭で言われることが多いのかもしれない。わが盟友は,かつて,

いい歳かっぱらって,

を口癖にしていたが,自分がその年齢になったせいか,ピタリと言わなくなった。

相当の年齢
分別ある年齢

とは,しかし,具体的に何歳を指すのだろう。僕より一回り位上の作家が,

昔の三十歳と今の自分とではずいぶん違う

というニュアンスのことを言っていた記憶がある。坂本龍馬や西郷隆盛が三,四十歳と考えると,ずっと分別臭く見える(だけかもしれない,なにせハロー効果が大きいので)。

分別というのは,

道理をよくわきまえていること。また、物事の善悪・損得などをよく考えること。
仏語で,もろもろの事理を思量し、識別する心の働き。
世間的な経験・識見などから出る考え

とある。では,別に歳とは関係ないではないか,と思うが,どうやら,三番目の,

世間的な経験・識見などから出る考え

から来ているのではないか。一定の年齢を積んだら,それだけの識見がある,はずと言うのである。

分別は,

分(わける)+別(区別する)

で,物事を整理して判断する,という意味になる(「ぶんべつ」と読むとそういう意味になる)。いわば,

わきまえ,
思慮

の意味と言う。ここでも,年齢は関係ないのではないか。

子曰く,後生畏るべし。焉んぞ来者の今に如かざるを知らんや。四十五十にして聞こゆることなくんば,これ亦畏るるに足らざるのみ

での孔子のありよう,言動が分別なのではないか。いわゆる目利きである。だから,分別に,加齢は関係ない。加齢したら,成長するというものではない。いい歳をして,おのれが出来もしない,「中国と戦争して勝ちたい」などと暴虎馮河を吹聴し,(自分は口説の徒で何もしないから,人を)煽り立てるアホな年寄がはびこる昨今,ひよっとしたら,

分別盛り

も死語である。分別盛りとは,

成人して豊かな人生経験を持ち,物事の道理が最もよくわかる年頃

という。ひょっとしたら,孔子先生の言われる,

子曰く,吾十有五にして学に志し,三十にして立ち,四十にして惑わず,五十にして天命を知る。六十にして耳に順う,七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず

もまた死後である。その輩が,幼児教育に,

論語の素読

を挙げていた。笑うより仕方がない。おのれはまともに『論語』を読んでもいないか,

論語読みの論語知らず

のくせに,等々と言うのは,きっと

馬の面に小便

だろう。いやな世の中になってきた。だから,

いい歳をして

は死語なのだ。何か,老人臭い連中が,時代錯誤のアナクロニズムで若い人を引っ張りまわすのは,見るに堪えない。何かと言うと,教育勅語や武士道を持ち出す。

おきゃあがれ,

と海舟なら言うだろう。全国民を,

士(大夫)

にでもするつもりなのか。そうなって,困るのは,おのれたちなのに,

子貢,君に事えんことを問う。子曰く,欺くこと勿れ,而してこれを犯せ,

と言う。

而してこれを犯せ,

とは,「殿ご乱心」の場合は,「犯せ」,つまり逆らって諌めよ,と。さすれば,こぞって諫言だらけのはずである。

論語読みの論語知らず

とはこのことである。

子貢問いて曰く,如何なるをか,これこれを士と謂うべき。子曰く,己を行うに恥有り…,

という。「恥」とは,おのれの倫理の問題である。つまり,おのれの「いかに生くべきか」のコアとなる価値観の問題である。だから,僕は,サムライ(士)とは,

心映え

を言うのだと思う。それについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163582.html

で書いた。心映えの濁った連中は,孔子の言う,

匹夫も志を奪うべからざる,

の片言隻句もわからぬ輩である。そのどの口が言うのか。

論語の素読

と。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)



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2014年08月21日

気まま


NHKの番組で,唯ひとり集団的自衛権反対の論陣を張った鳥越俊太郎は,帰路ヤバイ目にあったと言われているし,ネットでは罵詈雑言の嵐だったと聞く。

いまの世の中の風潮を如実に表している。反対者を,徹底的に叩く,しかも,肉体的精神的にも追い詰める。

そんなに嫌なら,日本を出ていけ

という論調である。いまの日本が嫌なことと日本そのものが嫌なこととはイコールではない。よしんば,日本が嫌でも,この日本に生きている資格はある。意見が違おうと,価値が違おうと,生きていく資格がある。基本的人権とはそういうことだ。それを,反対者を徹底して追い詰めていく。まるで,

人非人

のように,この傾向は,いわゆる,

バッシング

の中にすでに垣間見られた。記憶に鮮烈なのは,かつて,イラクで活動していた女性が過激派に囚われたとき,国を挙げて,

自己責任

の名のもとに,追い詰め,押し潰した。そのとき,イタリアは国を挙げて救出しようとしていたのと好対照だ。かつての,

国賊

と言われるのとほとんど同じである(最近は,反日というレッテルになっている。反戦は反日,反原発も反日…らしい)。日本には,いまや,

民主主義

はない。いや,もともとなかったのかもしれない。それが,いま,露呈した。民主主義のないところに,

自由

はない。自由のないところに,

個性



創造性

もない。いま,日本が停滞しているのは,単に経済だけではない。20年以上バブルの後遺症が続いているのは,われわれにそれを打ち破る知恵と創造性が失われている証拠でしかない。

人と意見の違うのは,当たり前,だから,

議論

するし,異見を戦わす。カーネギーが,

意見の不一致を歓迎せよ,
ふたりの人がいて,いつも意見が一致するなら,そのうちのひとりはいなくてもいい人間だ。

と喝破したことを思い出す。

意見が違うからこそ,おのれひとりの自己完結した狭い発想から広いパースペクティブへと広がる。

先日の被爆者との懇談で,

見解の相違

といって,異論を退けて顧みないトップというのは,その瞬間,民主主義も自由も弁えていない,ということをしょうめいしたようなものだ。意見の相違は,前提でしかない。その上で,異見を言わせた結果,

意見の相違

で切り捨てるのは,異見を言わせたのが,たんなるセレモニーでしかなかったことを,露わにしたと言っていい。

最高の責任者は私だ,

と豪語したそうだが,そんなことは当たり前だ,すべての責任を取るために,国のトップなのだ。しかし,それは結果についてであって,結果のプロセスぬきに,

はじめに結論ありき

で,自説を通すなら,議会もいらない,国民もいらない,それなら,国家の私物化である。それを独裁国家という。この時点で,気づくべきであった。ヒトラーか金になりたがっているということに。

議論に負けても意見は変わらない,

とカーネギーの言う通りかもしれない。しかし,お互いが,異見であることを確かめなくてはならない。その上で,共有しうる結論を導き出せさなくてはならない。それさえなされないなら,異見を許さないに等しい。

自由

とは,中国語で,

きまま,心のまま,思うまま,

が語源。明治に,

Freedom

Liberty

の訳語として使われた。一説では,

freedomは束縛されない自由,,

libertyは束縛から解放された自由.

というが,ここに,自由の語を当てたことが,われわれにとっての,

近代的自由(あるいは束縛からの自由)

個人としての気ままさ

の間の曖昧さに,自由をないがしろにしたり,されたりすることの重みに鈍感な根源があるように思える。

が,しかし,ふと思う。哲学的,政治的意味はさておくとしても(どうせ無学な僕にはわかりっこないので),

「きまま」は,

キ(気持ち)+ママ

で,気持ちの向くまま,ということだ。これができる,いや,飢え死にしようとどうしようと,おのれの意志のまま生きていい,ということが,そもそも自由の意味だとすれば,それは,自由の根源にかかわるのではないか,という気がしてきた。種田山頭火ではないが,

春が来た水音の行けるところまで

がありでなくてはならない。

自由とは,少なくとも,

おのれがいかに生きるか

について,それぞれの人との意志にゆだねられる。それが,

人としての尊厳

である。とすれば,結論ありきで,「生き方」「考え方」を押し付けられても,それに,

No

を言うべき資格が,人として与えられている。好戦的でアナクロな右翼が多数派か少数派か知らないが,

人に意見を言わせない,
異論を許さない,

ということ自体で,その人が,自由な意志を持った人間ではない,ということの証明でしかない。人が異論を言うのは,

どのように生きるかはその人の自由,

という根本がわかっていない証拠だからだ。

しかし,いま,そういうこと言うことさえ許さない世の中になりつつある。それかあらぬか,報道の自由度は,世界で,

59位

にまで落ちた。鳩山内閣時代は,11位であった。

参考文献;
D・カーネギー『人を動かす』(創元社)




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2014年08月20日

口跡


先年亡くなった,十二代目團十郎は口跡が悪い,

という言われ方をしていた。

口跡は,普通に辞書を引くと,

ことばづかい
歌舞伎で,俳優のせりふまわし,またその声色

と出る。『大言海』には,

ことばの状

とあり,

声(こわ)遣い,声音,声色,

とある。語源的には,

口(言葉)+跡(言い方)

で,「特に,歌舞伎での俳優の言いまわし,セリフ回し」を指すらしい。筆跡に対する口跡という意味がある。となると,「跡」が気になる。

跡は,

あと,月次と同じ間をおいて転々と続く歩いたあと。転じて足跡。迹,蹟と同系。
あと,モノがあったあと,物事が行われたあと。

亦は,胸幅の間をおいて両脇にあるわきの下を示す。足+亦で,間隔を置いて続く足跡

という意味らしい。

こう考えると,

口跡は,

単なる「せりふまわし」ではなさそうだ。因みに,「せりふまわし」は,

台詞の言いまわし,

とある。では,言い回しはというと,

言いあらわし方,ことばの使い方

となる。なんとなく循環して,結局

言い方

につきる。口跡が悪いというのは,僕は,

台詞の切れが悪い,

と思っていた。昔の中村錦之助,萬屋錦之介が僕のイメージでは口跡の言い例になる(いまの歌舞伎界では,二代目吉右衛門も口跡がいい部類らしいが)。べらんめいというのではない。せりふの跡がきちんとたどれる,あるいは,ひとまとまりの意味をなす言葉が,ドットとして出てくる。というか,ドットとして連なる言葉の列がこちらにきちんと残る,ということだ。もちろん,声が,内に籠っては話にならない。

世界大百科事典 第2版の解説によると,

俳優の音声演技の一要素。歌舞伎俳優の発声法,せりふ回し,エロキューションなどのせりふ術と,声音,高低などの声の質の両面をいう。歌舞伎の演技は,おもにせりふとしぐさから成り立つが,なかでも,古来から〈一声二振三男〉といわれるほど口跡の良さは,役者の質を評価する重要な要素である。口跡は役者の財産という意識がそこにある。【富田 鉄之助】

とある。「一声二振三男」は,「一声二顔三姿」とも言われるが,優れた歌舞伎役者であるために求められる条件を並べたもの,といわれる。

顔や身振り手振りよりも,まず,

口跡

と言われる。調べると,

「歌舞伎のせりふには,河竹黙阿弥作品に代表される七五調の音楽のような美しい名せりふや,『ツラネ』といって荒事芸などで主人公が花道で延々と(吉例などを)述べる長ぜりふ,2人以上の役者が交互に自分のせりふを喋り,最後,デュエットのように全員で声を合わせて終わる『割(わり)ぜりふ』,更には数人の役者がまるで連歌の会を催しているように順々にあとを続ける『渡りぜりふ』など,場面場面に応じた様々なせりふ術があります。(『歌舞伎のおはなし』)

とあって,台詞回しは生命線に違いない。その意味で,メリハリというのは,なかなか意味が深い。

「歌舞伎のせりふ術で,音の緩急・強弱・高低・伸縮などの技術のことを『めりはり』と言います。これは『滅(め)る』(=緩む)と『張る』(=強める)が一つになったものです。そして『めり』と『はり』がよくきいていて,せりふが観客に鮮やかに聞こえることを『めりはり』があると言います。」(仝上)

ともある。どうやら,単に言葉が,ドットとしてただ同じサイズが点々と続くだけではなく,それにドットの大きい小さいが必要ということだ。それは,拍子というか,リズムというか,アクセントの有無といってもいい。

単に歯切れのいい喋り方だけではなく,声の質も関係がありそうだが,それ以上に,

聴き手側に,ことばの軌跡が残る

ことが大事なのではないか,しかも,

心地よい調子

として,という気がしている。そう言えば,銚子のいい台詞回しは,耳に長く残る気がする。その意味では,

ボイストレーニング( Voice training)

とは目指すものが違う気がする。発声訓練をすることで,声が外に出ても,声が,点として軌跡を残すしゃべり方にはならない。

かつて受けたトレーニングでは,声が大きいというのは,

遠くに届く

ことであって,相手に届けたれば,ボールを相手に投げるように,相手を見て言葉を投げろ,と言われた。確かに,そうだろう。遠ければ,遠い相手に届くように声を出す。

滑舌

という言葉があるが,それは,喋るとき,

相手に理解してもらうために舌や顎や口をうまく動かしてはっきりとした発音をする動作

のことを言う。ボイストレーニングではここまではするらしい。しかし,やはり,口跡とは,少しだけずれる。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)




今日のアイデア;
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2014年08月19日

めくじら


ずいぶん前,万引きをした中学生を追いかけて列車事故死させた古書店主が非難囂囂,とうとう廃業に追い込まれた。今度は,25万円のブリキの玩具を万引きされた古書店が、「期間内に盗品を返さなければ犯人の顔写真を公開する」と警告したところ,警察からの要請で顔写真の公開を取りやめた。それに対して,

「刑法の規定では、正当な債権を取り返す場合でも脅迫すれば脅迫罪になる。今回のケースは、現時点で恐喝未遂に当たる」

という識者の意見が出ていた。あるいは,

古書店側が人間違いをして,無実の人が犯人として顔を晒される危険がある

という説まで新聞には出ていた。

しかし,おかしい。問題のすり替えなのではないか。結局,弁護士曰く,

盗まれ損

なのだという。何かが,おかしくはないか。法的な不備かもしれない。しかし,そうではなく,万引きしたものを庇う風潮がある気がする。これって,まっとうに,わずかな利で稼ぐ小売りをなりわいとするものを殺すことではないのか。

そもそも万引きしたのは本人の意志である。だとすれば,追いかけられて死んだとしても,それはおのれの所業のつけなのではないか。それこそ,マスコミや為政者の言う,

自己責任

なのに,それを,万引き被害者に転嫁し,あたかも,盗まれたものを追いかけたり,告発するのが,過剰と言うのは,どう考えてもおかしい。

万引きごときで,目くじらをたてるな,というのだろうか。しかし,小事をないがしろらするものは,大事にも高をくくる。大事は小事に宿るのである。

たかが万引きと言うが,例えば,これは普通の新刊本の書店の例だが,

利益率が低い業界の書店の利益は一冊あたり2割程度である。1冊盗まれたら,元を取るのに5冊売る必要があり,利益を出すためにはもう1冊,つまり6冊,6倍も売る必要がある。万引き1回に対して6倍の売上、努力が必要,

なのだそうだ。たかが「万引き」ではないのである。もっと利益の低いコンビニなどは,もっと深刻だと思う。

一説によると子供時代から数えて,万引き経験のない人はほとんどいない,という。ネットでは,

ある二十代の女性が嘆いていた。友人らとの会話の中で,万引き経験がないことを言うと,「嘘でしょう?」「あり得ない」「信じられない」と,誰もまともに信じようとしなかったというのだ。「誰だって一度や二度は万引きをしたことがあるのは当たり前」と,万引きをしたことがない彼女はむしろ異端扱いされた,

という記事すら掲載されていた。

一事が万事である。これが,わが国の実態である。

「人のものを盗んではいけない」

と,子どもにハッキリと言い聞かせている親がどれだけいるのか,と思いたくなる。ひょっとすると,

嘘つきは泥棒の始まり

ということわざは,もはや死語なのかもしれない。なんせ,泥棒が常態になっているのなら,たかが噓くらい誰も気にもしないだろう。そのせいかどうか,平然と国家のトップが嘘を並べ立てて,恥じることがない,というのは,すでに何ごとかを象徴している。この嘘については,

http://ppnetwork.seesaa.net/archives/20140811-1.html

で,すでに触れた。

しかし,実は,もっと深刻なのかもしれないと,ふと気づく。

泥棒はいけないこと

と,建前ではわかっている。しかし,本音は,少しぐらいなら見つからなければいいのではないか,と思っている。それが積み重なれば,タテマエは,あってなきが如く,雲散霧消する。ただの本音の隠れ蓑に堕す。こっちの方が深刻である。言っていることとやっていることのギャップが大きい。そして大きいことを承知している…!

万引きとは,

「マン(一時的な運・マン)+引き」

で,マン(運)よく引き抜く(盗む)ことを言う。よく言われる,

間+引き

を語源とする説は疑わしい,という。万引きは当て字,

買い物をするふりをして隙をみて盗む

ことを言う。まさしく,

正業

への挑戦である。まっとうに働く者を助けない社会に,一体どうして喜んで税を納めるのか。税を納めている側が損なわれ,非難されるような世の中はどこか歪んでいる。

僕は危惧する。

タテマエでは,勤勉,汗水たらして働くことを言いつつ,実は,本音では,それを馬鹿にしている。いかに楽して儲けるかしか考えていない。それは,倫理(僕はいかに生くべきかという人のありようについての価値観のコア部分と思う)が崩壊しているのではないか。

それが,嘘や欺瞞を当たり前とするだけではなく,汗水たらす努力を厭い,さっさと万引きして済まそうとする風潮につながっていないか。一度,簡単に果実がでに入れられれば,万引き感覚で,他人の成果物も平然と盗む。現に農作物の盗難が相次いでいる。

それをゲーム感覚などという言葉の遊びにすりかえるのは,卑劣である。

しかし,窃盗を万引きと言い替えているところで,実は,ごまかし,自己欺瞞がある。軽くしようと,軽いと思い込まそうとしている。敗戦を,終戦と言いくるめたことから始まって,69年たって,その敗戦自体をなかったことにしようとしている心性とは,どこか地続きではないか。

いやいや,すでに民主主義,不戦の誓いと言う文言が,戦没者式辞から消えたという以上,タテマエすら危うくなってきたのかもしれない。

めくじらとは,

ささいなことにむきになる,
目角を立てて他人の欠点を探し出す,

という意味だが,語源的には,

「目+くじら(端・尻)」

で,目尻のことである。で,めくじらを立てるで,眼角を立てて,他人の欠点を言い立てる意となる。しかし,

小事は大事

という。たかが万引きと,めくじらを立てぬものは,人としての基本的なありようが腐っている。基本の構えがなっていない,気がしてならない。

めくじらをたてすぎ?

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)







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2014年08月18日

後始末


後始末は,

跡始末

とも書く。

別に後事を託すべきこともないので,大層な始末がいるわけではない。しかし,それなりの始末をつけなくてはならないことはある。

始末

とは,

始+末

始めと末,という意味でシンプルだ。日本語では,

片づける
倹約する

という意味になる。因みに,

仕末

は誤字らしい。辞書を引くと,

始めと終わり,終始,首尾,顛末
事の次第,とくによくない結果,仕儀
きまりをつけしめくくること,整理をすること
浪費せず,つつましいこと

といった意味になる。

跡始末をつける,というのは,

帳尻を合わせる

という意味もあるし,

平仄を合わせる,

という意味もあるし,

掉尾を飾る,

という意味もある。

棺を蓋いて事定まる,

という意味もある。

最期は人の嗜み

という意味もある。

死して後已む

という意味もある。

まあ今更遅いが,

人は生き方通りの死に方をする,

とも言う。

まあ,見栄である。

しかし,

死生命有り
六十二十は死に頃

いつ死んでも,適期,ということでもある。ただ,後に災いや面倒は残したくない。

父は,四十年余前に亡くなったが,そのとき,まだ生きるつもりであったか,再入院に際して,仕事の仕掛かりをそのままにしていった。残されたものは,その跡始末がつけるにつけられなかった。

かつては,僕も,生きられるところまで仕掛かりのままやり続けてもいいのではないか,というふうに考えていた。しかし,いまは少し考えが変わった。

やはり,後は身ぎれいにしておきたい。それは,

見切る,

ということだ。ありていのに言えば,見限る,ということかもしれない。

未練たらしい,

のは嫌なのだ,と気づいた。別に潔い,ということを目指しているのとは違う。淡々と,すべき処理をしておこうとすると,どこかで,

断念

を迫られる。捨てる,ということだ。未練なのか,後生なのか,心残りなかか,ははっきりしないが,

まだできる(かも),

という,おのれへの期待を,

棄てる

ことなのだと思う。それが無くなって,果たして,まだ生きる意欲がわくのかどうかが,まだ決めかねている所以である。



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2014年08月17日

機微


僕は朴念仁で,機微に疎いので,がさつとか,不躾とかと言われる。

機微と言うのは,

容易には察せられない微妙な事情,趣き

あるいは

微かな兆し

の意味だという。

人情の機微を察する

が語源で,

機(物事の働き)+微(かすか)

ものごとに微かに現れるか現れない兆し,

のことといって言い。

「幾」は,

「幺二つ」(細かい糸)+戈(ほこ)+人

で,

人の首に武器を近づけて,もうわずかで届きそうなさま,

わずか
細かい

という意を含むとされる。

「機」は,

木製の仕掛けの細かい部品,
僅かな接触で噛み合う装置

のことらしい。で,「機」には,

はた,機織り機 「機杼」
部品を組み立ててできた複雑な仕掛け 「機械」
物事の細かい仕組み 「機構」
きざし,事が起こる細かいかみあい 「機会」
人にはわからない細かて事柄,秘密 「機密」
勘の良さ,細かい心の動き 「機知」「機転」

といった意味がある。

では,「微」は,というと,

「微」のつくりの方は,

「−線の上下に細かい糸端のたれたさま」+「攴」(しるし)

で,

糸端のように目立たないようにすること

「微」は,

それに「彳」(いく)を添えて,

目立たないようにしのびあるきすること

という。だから,

かすか,ほのかではっきりみえない
身分が低い,目立たない
小さくて,目立たない
ほんの少し,わずか
ひそかに

といった意味になる。

しかし,人情の機微に触れる ってどういう意味なのだろう。なんとなく,

(微妙な)気持ちが分かる
酸いも甘いも噛み分けた
情に通じた

といった意味で,漠然と,

世事に通じる,

といった意味で使われ,

人間通
とか
人間観察力にすぐれる

ということとはずれていくような気がする。

心の綾
とか
心のデリカシー

という言い方をされることがある。

なんとなく,下町のおばさんの風情になる。しかし,下手をすると,

空気が読めない,

の類と同じ,同調圧力に変わる可能性を秘めている気がする。

そうそう人の心の奥底などわかるものでもないし,勝手にわかってもらったって,当人だって迷惑に違いない。

そういうと,きっと,

機微のわからないやつ
機微に疎いやつ

と言われるだろう。その瞬間に,同調圧力になっていることに,言っている本人が気づかない。

これは,人に強要するものではない,

黙って分かった(ふりをする)

というような,

忖度というか,惻隠の情

を言っているだけなのではないか。わかったら,わかったなどと言わないのが,

機微

というものだ。

そもそも,人の感性レベルは,人によって違う。その違いが個性というものだ。どこかに,

あるべき感じ方

などというものはない。そういうことを言い出したら,右向け右と同じことをしていないと納得できない,おのれの没個性に気づくべきだろう。

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)





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2014年08月16日

飛ぶ


以前,ころんだ折,一瞬の空白が生まれた経験がある。それについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/399176805.html

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163455.html

で書いたが,その瞬間の体というか,現実の状況に,意識がついて行かない,行けないという意味での,意識の断絶だ。しかし,過日,墓参の折,電車を降りようとして,ドアまで行って,ふいに意識が切れた。

この場合は,意識が切れて,身体が崩れたのか,身体が崩れて意識が,それを追い切れず,空白になったのかは,実はよくわからない。

正直,身体が崩れる瞬間の記憶にない。一瞬後,自分が,電車の入り口でしゃがみこんでいるのに気づいた,ですぐに立ち上がったが,何が起きているかが,自分でも,よく分からず,しかも,

視界がしばらくぼやけていた,

意識の側が切れて,身体のコントロールを失ったのかもしれない。これに似た経験は,一度だけある。ずいぶん前,夜中にトイレに行こうとして,廊下で,一瞬身体が崩れ落ちた。心配して,病院へ行ったが,医者は,空白の時間を聞いた。で,

数秒

と言ったら,鼻先でせせら笑った(ように見えた)。そのときも,廊下にへたり込んで,何が起きたかがわからなかった。今度は,傍に友人がいて,近くにいたたおばさんも倒れるのを支えようとしたらしい。友人曰く,

腰砕け

のように崩れた,という。そう言えば,右ひざの上をドア側にぶつけたのか,赤くなっている。それ以外,どこにも怪我はなかった。そばにいたおばさんは,

水を飲んでください,

と助言してくれた。考えてみれば,朝方出かけて以来,水分を取らず,焼酎を何杯か飲んだ。酔い崩れるほどではないので,一種の熱中症かもしれない。

その一瞬が,まったく意識できなかった,

というのがちょっとショックであった。その空白は,ほんの一,二秒くらいで,崩れたところから,何が起きたのか分からず,あわてて立ち上がった。

別にすべてを意識化しているわけでもないし,意識でコントロールできているわけでもないが,

自分がどこにいるのか,
何をしているのか,

が一瞬真っ白になるのは,気色が悪いものだ。

意識が途切れて,糸が切れたマリオネットのように,身体が放り出され,数秒にしろ,その自分の状態が把握できず,大袈裟だが,瞬時,自分自身がこの世から消えた感じなのである。

正確には思い出せないが,ドアに身体を寄せていて,不意にドアが開いて,バランスを崩したのかもしれない。しかし,崩れる一瞬のことは全く記憶にない。

で,その間,声も音も,感覚から消えて,まったくの空白があって,不意に,いつもと違う,見上げる視界に,意識がぼんやり気づき,

おや,どうしたんだろう,

と,その間,ちょっと間があって,やがて事態が朧に察せられ,あわてて立ち上がった,その後しばらくは,まだ視界が,紗がかかったように,少しぼやけていた。

ひょっとすると,その前四日間の仕事の疲労が溜まっていたことも加わって,悪い条件がいくつか重なったせいかもしれないが,昼日中,街の真ん中で崩れる,というのは,ちょっと自分への自信を喪わせるに十分な出来事ではあった。

いつも意識を研ぎ澄ましているわけでもないのに,いざ,ちょっと意識が飛んだだけで,少し慌てるというか,動揺するのも,無意識で,体力の低下を自覚しつつあるせいかもしれない。

無事之名馬

というが,これは,臨済宗でいう,

無事是貴人

をもじったものだとされている。一切の計らいを捨てて,自然体で悟りを啓くのが貴いという意味らしい。それが茶道で,一年の無病息災を寿ぐ言葉として転用された,という。

その意味では,

無事是貴人

の意味転用に,

無事之名馬

が重なり合わさったことになる。

しかし,何もしないで無事ということはないというのは,怪我しないための細心で入念な手入れを怠らないイチローを見ればわかる。

昔,経験を積むというのは,

馬齢

を重ねるのとは違う,と後輩から揶揄されたことがあるが,いやはや,まさに,馬齢を重ねた,つけかもしれない。



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2014年08月15日

自己目的


豊下樽彦・古関彰一『集団的自衛権と安全保障』を読む。

冒頭で著者は,憲法解釈の変更についての,記者会見で,具体的な例を挙げたとを取り上げた。それは,

「事実上朝鮮半島有事を想定しつつ,避難する邦人を救助,輸送する米艦船が攻撃を受けた場合」

であった。そして,

「このような場合でも日本自身が攻撃を受けていなければ,日本人が乗っているこの米国の船を日本の自衛隊は守ることができない」

と述べて,集団的自衛権行使ができない現状では,国民を守れない例とした。しかし,基本的に,これは,嘘である。いろんな意見がすでに出されているが,著者は,

「実はこうした事例は,現実には起こりえない。なぜなら在韓米軍が毎年訓練を行っている『非戦闘員避難救出作戦』で避難させるべき対象となっているのは,在韓米国市民14万人,『友好国』の市民八万人の計二二万人であり,この『友好国』とは,英国,カナダ,オーストラリア,ニュージーランドというアングロ・サクソン系諸国なのである。」

つまり,

「朝鮮半島有事において米軍が邦人を救出することも,ましてや艦船で避難させることも,絶対ありえないシナリオなのである。」

にもかかわらず,平然と,

「お父さんやお母さんや,おじいさんやおばあさん,子供たちかもしれない」という情緒で,訴えたのである。著者は,

「こうしたトリックまがいの手法をとらざるを得ないところに,安倍首相が主導する集団的自衛権をめぐる議論の“支離滅裂さ”が象徴的に示されている」

という。僕はそうは思わない。論理が破綻しようが,支離滅裂だろうが,説明した実績だけが残る。ある意味,国民を馬鹿にし,見下し,いずれついてくる,と思っている節が見え,そちらの方が,半ば事実になりつつある現状を見ると,空恐ろしい。

あるいは,「安倍首相が“執念”をもやす」機雷掃海についても,同じことが見て取れる。著者は言う。

(想定されているらしい)「ホルムズ海峡は,オマーンあるいはイランの領海によって占められ公海は存在しないのである。とすれば,安倍首相の公約(海外派兵は致しません,を指す)に従えば,海上自衛隊の掃海艇はホルムズ海峡の手前で引き返してこなければならず,そもそも掃海活動など行えないのである。」

と。しかし,論理的矛盾,奇奇怪怪の「ためにする議論」であろうと,蟻の一穴という既成事実を積み重ねるための詐術といっていい。著者は,

「公海の存在しないホルムズ海峡での機雷掃海というシナリオの立て方それ自体のなかに,自ら宣言した公約を簡単に破棄してしまう意図が当初より孕まれているのである。」

という。というより,その意図を実現するための詐術としての論理でしかない。いや,論理というより,こじつけである。

著者は,こう嘆息する。

「なぜ集団的自衛権をめぐる議論は,これほどリアリティを欠いているのであろうか。それは,本来であれば何らかの具体的な問題を解決するための手段であるはずの集団的自衛権が,自己目的となってしまっているからである。」

そして,こう付け加える。

「それはつまるところ,集団的自衛権の問題が,安倍首相の信念,あるいは情念から発しているからである。」

それはまさに,国家の私物化である。おのれの実現したいことが,国民の望まないことであっても,何が何でも,実現してしまおうというのは,北朝鮮同様の独裁国家になりつつあることを示している。

集団的自衛権を足掛かりに,目指していることは,

戦後レジームからの脱却

である。著者は言い切る。

「最大の眼目は,青年が誇りをもって『血を流す』ことのできるような国家体制を作り上げていくところにある」

と。そこには,現象的には,靖国参拝,「村山談話」「河野談話」の見直しとして現れ,そこから仄見えてくるのは,

東京裁判史観からの脱却

という課題の具体化なのである。自民党憲法改正草案,国家安全保証基本法などにみられるのは,

「サンフランシスコ講和条約を基礎として米国が作り上げてきた戦後秩序そのものへの挑戦」

であり,だからこそ,

「米国主導の戦後秩序を否定する信条と論理を孕み,それに共鳴する広範な支持基盤を有した政権が初めて登場し,いまや日本を担っているのである。」

と著者は危惧を示している。

「これこそ,日本の孤立化が危惧される所以であり,日本をめぐる安保環境の悪化をもたらしている」

と。その危惧は,ジャパンハンドラーの一人として,アーミテージらとともに,集団的自衛権行使できるよう,介錯改憲を求めてきたはずの,元国防次官補・ジョセフ・ナイの,

「集団的自衛権が『ナショナリズムのパッケージで包装』される,つまりは,『好い政策が悪い包装』で包まれるならば近隣諸国との関係を不安定にさせるので反対である,との立場を表明した」

発言に見ることができる。著者は,

「ジャパンハンドラーの最大の誤算は,日本が集団的自衛権を解釈変更して海外での武力行使に踏み出すことを強く主張する政治勢力が,実は,『東京裁判史観』からの脱却というイデオロギーによって色濃く染められていることであった。」

と。それは,アメリカが築き上げた戦後秩序への挑戦なのである。だから,日本に続いて韓国を訪れたオバマ大統領は,日本に明確な警告を発した。

「従軍慰安婦問題について『恐るべき言語道断の人権侵害』と断じ,その上で,突如として安倍首相の名前を上げ,『(首相は)過去というものは誠実かつ公正に認識されなければならないことを分かっている,と考える』と,異例の形で厳重に “釘をさした”のである。これは,安倍の「歴史修正主義は断じて許さない」というオバマの宣言とみることができる。」

そして,安倍の進める集団的自衛権に対して,「歓迎する」と言いつつ,

@「日米同盟の枠内」であること
A近隣諸国との対話

という厳重な二条件を課した。

「要するに,集団的自衛権の行使は米軍の指揮下で行われねばならないこと,しかしその前提として,中国や韓国との『対話』が不可欠の条件である」

ということである。結局,

「米国の政権は,中国や北朝鮮の脅威を煽りたて日本を米国の軍事指揮下に“動員”しながら,現実には,日米同盟の枠を越えたレベルから自らの国益に沿って行動」

するということである。これのどこが,誇れる国なのか。めざす戦後レジームからの脱却とはこういうことなのか?

在日米軍のために辺野古で着々と進めている工事と言い,どうも言っていることとやっていることが,支離滅裂。ただ国の岩盤を砕いている気がしてならない。

参考文献;
豊下樽彦・古関彰一『集団的自衛権と安全保障』(岩波新書)





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2014年08月14日

理不尽


生来,

理不尽なこと

が嫌いらしく,これは,ヤクザを投げ飛ばして,返り血を浴びて帰ってきた,

父遺伝

のものらしい。理不尽は,意味としては,

道理を尽くさないこと
道理に合わないこと,無理無体

となるが,

非合理(知性または理性ではとらえられないこと,論理的ではなく情緒的なもの,超自然てき,反理性的なこと)
とか
不合理(道理に合わないも筋の通らないこと)
とか
イラショナル(ラショナルでない)

という意味よりは,

不条理(背理,筋道・道理の通らないこと)

に近い。昔から,よく,

現実的に考える(考えろと言われるほうが多いか)

という言い方をされた。しかし,現実という言葉に,言っている本人も騙され(ているふりをし)ているだけだ。多く,

長いものに巻かれろ,

大勢は決した,いまさらじたばたするのは悪あがきだ,

利害得失を考えろ

といったニュアンスが含まれていて,現実的とは,

理にかなっている,
合理性がある,

等々と,言い訳的に言われるが,その実,

妥協

という意味よりは,

現状追認,

あるいは,

流れに竿さす

こととへの後ろめたさから言っているにすぎないことが多い。とりわけ,わが国で使われるのは,

大勢に順ずる

と言うほどの意味でしかないことが多い。つまり,本当にそれが現実的かどうかを,是非善悪,理非曲直を糺した結果ということはほとんどない,と言うことだ。

我国は,

大義

を掲げているときは,多く,錦の御旗程度の意味しかなく,自分たちの得心のためでしかない。だから,

八紘一宇
とか
五族共和

という類も,自分たちの行為の合理化ないし糊塗でしかない。今日,

積極的平和主義

も,その類といっていい。いまだかつて,本当の意味で,

大義

を掲げて,世界のために何かしたことは,ほとんどない。他国も同じではないか,と言うかもしれないが,少なくとも,主観的には,それが大義だと信じている。しかし,われわれは,多く,

お為ごかし

として使っている。詐欺と同然である。

それを理不尽という。

僕は思うのだが,その一瞬には気づかないが,振り返ると,あのときがそうだったと思い当たる,歴史の転換点に,偶然立ち会うことがある。 いま,そんな大きな分岐点にいることは確かだ。未来の人に対して,本当に,心の底から,それでよし,と言い切れる人が何人いるのか。

いままた,現実的に,

現状追認

するのだろうか。満州事変から,現状追認を続けて,十年の日中戦争に陥り,挙句の果てに太平洋戦争に突入した,十五年戦争と同じように。


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2014年08月13日

恫喝


最近,ほぼ毎日,ブログのメッセージに,脅迫と言うか,恫喝と言うか,罵詈雑言と言うか,が入る。多いときは,一日三通か四通。

たとえば,最近だと,

「タグを1000以上もつけるな!!
アラシか!
コラ

人の迷惑考えろ
お前の記事が10個もでてき不気味だろうが

米国でも文字の列記は
スパム、アラシとされてるぞ

キチガイ」

という感じである。千個のタグというと,多いようだが,600を超えた記事数だから,一回あたり二個でもその数になる。ま,もっと多いけど。タグをつけるのは,検索に引っ掻けたいからなのだから,検索に多く出るのはこちらの意図通りなのだが,それがお気にめさないらしい。しかし,もともとの主張は,

「あなたが記載してるブログの
トピックスから
『明智光秀』削除願います
毎回検索結果に流入し
また記載内容が不気味であるため
削除依頼です!応じない場合seesaaに削除依頼かけます!」

というものであった。本名かどうか知らないが,「明智」何某を名乗っていて,そこに「明智光秀」に関連して,僕のブログが上がるのが気にいらない,と言うところから来ているらしい。その要求が妥当かどうかはおくとしても,しかし,明智に絡む記事は,10個くらいしかない。うるさいので,気づいた「明智」タグはうるさいので,削除したが,それでも,恫喝メッセージは収まらない。

もはや,「明智」タグの話ではなくなり,

ブログ自体の更新頻度をさげろ,

というものが加わった。さらに,本を読んだ読後感想記事に対して,

「偉人名, 書籍,文章。発言,固有名詞の無断引用であり
著作権法違反です!!
犯罪ブログ書くのを辞めろ!!!
人の本だろうが!
まともな社会人ではないだろ
警視庁の
著作権のページ見てこい!」

という感じになってきた。どうも当初の趣旨,

「明智の名前を勝手に騙らないでいただきたい
タグから
明智軍法
明智光秀を削除してください!!」

とは変わってしまった。グーグルかヤフーの検索に,余分な僕の記事が出てくるのが目障りなのだとしか考えようはない。「明智光秀」「明智軍法」が,この人の著作権対象ないし私的所有物なのだろうか。。。

恫喝というのは,

脅して畏れさせること,

とある。

seesaa運営宛で通報中
とか
警察に通報している
とか
グーグルに相談中
とか

と言ってくるのが,事実として,一体,

毎日更新することと,
記事にタグをつけることと,
引用しつつ本の紹介をすること(必ず参考文献を上げている)

が,仮に犯罪なら,僕にとって,ブログは成立しないし,そもそもものを書くことができなくなる。いったい,人のブログに,

「コラ狂ったブログ書くなボケ」

とか,

「わけの分からんブログあげるなコラ!!!!」

とか,

「コラ
ブログ閉鎖しろ
迷惑だ」

と言ったかと思うと,

「控えてくれ!更新
それだけ連日あげたら
記事ドンドンでるだろーが!」

という哀願調だったりする。しかし,

「オイオッサン耳聞こえないのか?オマエみたいなモンがネット使うな」

というのって,ありなのだろうか。「オッサン」には違いないが,こう再三言われると,

何か自分が間違ったことをしているのではないか,

という気になってくるから不思議だ。

噓も重ねられると真実に見えるというが,これだけ毎日繰り返されると,

タグをつけるときにもためらいがでるし,

ブログをアップすること自体にも,心に逡巡が起きる。

果ては,ブログを書くこと自体に意味が見いだせなくなるかもしれない。

こういうネットの恫喝の効果は,ボディブローのように効いてくる。正面から正々堂々実名で,中身について,是非を論戦してくるならまだしも,そうでないだけに,下手な返事もしようがない。それがかえって,気をふさぐ。なんだか,意気阻喪。まったくめんどくさい。

これも,相手の術中にはまっているのか?




今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

posted by Toshi at 04:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月12日

光景


チケットが手に入ったので,国立新美術館の

http://www.nact.jp/exhibition_special/2014/orsay2014/

オルセー美術館展〜『印象派の誕生 ―描くことの自由―』を観てきた。

案内には,

「テーマは『印象派の誕生』。1874年の第1回印象派展開催から140年 ― パリの美術界を騒然とさせた「新しい絵画」の誕生の衝撃が,選りすぐりの名画によって東京・六本木に鮮やかによみがえります。
マネに始まり,モネ,ルノワール,ドガ,セザンヌら印象派の立役者となった画家たちの作品はもちろんのこと,同時代のコローやミレー,クールベのレアリスムから,カバネル,ブグローらのアカデミスム絵画まで,まさに時代の,そしてオルセー美術館の「顔」ともいうべき名画が集結する本展に,どうぞご期待ください。」

とある。で,展覧会は,

1章「マネ:新しい絵画」
2章「レアリスムの諸相」
3章「歴史画」
4章「裸体」
5章「印象派の風景」 田園にて/水辺にて
6章「静物」
7章「肖像」
8章「近代生活」
9章「円熟期のマネ」

の構成になっていたが,別段絵の玄人でも,造詣があるわけでもないし,入場制限するほどの混雑ぶりで,それだけでも辟易し,人垣の後ろから,さっさと観て回っただけなので,偉そうなことを言える立場にはないが,ふいに,

そうか,風景を見つけたのか,

と,思わずつぶやいた。そう,画家が,風景を見つけたのだ,誰にとってもありきたりだった景色の中に,自分の描くべき風景,というか,書くべきテーマと言ってもいいものを見つけたのだ,と。

この,風景については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/398086771.html

で触れたことがある。それは,しかし,風景だけではない。

肖像として描くべき

人物
も,
家族

景色

情景

静物


すべてに当てはまる。そこに,自分のテーマを見つけたのだ,と。

展覧会に行ったときは,多く,気になった絵のポストカードを買う。今回買ったのは,

ルノアールの「イギリス種のナシの木」

マネの「ロシュフォールの逃亡」

である。特に,後者は,

http://orsay2014.jp/smartphone/highlight_works12.html

展示の掉尾に出会ったせいもあるが,人影の向こうで,目を引いた。

マネについて,深く知っているわけではないが,

こういう事件

をテーマとして描くことを,見つけたのだと思う。

総じていうと,

光景の発見である。

光景というのは,「ひかり・かがやき・めぐみ」が語源で,転じて景色らしいが,日本語では,

ありさま

情景

を意味する。画家が,見つけたものだ。現実のそれではないのだろう。ナポレオンに反旗を翻しブリュッセルへ亡命したという。しかし,それを,

小さな小船で荒海に漕ぎ出す

という光景の中に,物語を顕在化するという,テーマを見つけたのだといっていい。

昔から,

小説家は,時間を文字にとどめて描き出す

画家は,空間を二次元にとどめて描き出す

と思ってきたが,あるいは,違うかもしれない。時間と空間は一体である。

時空

という言葉が好きだが,

小説家は時間を通して空間を書き止め,
画家は空間を通して時間を描き止める,

のかもしれない。

その時,その場,

を現出することで,一つの視界を開いて見せる。

ロシュフォール

の名とともに,この光景が見えてくるだろう。

作家が見つけたものがすべてだ。その作家独自のパースペクティブに,見えたものが,観客(読者)にとっての新しい光景となるとき,その作家は,

時代の尖端に立っている。

絵画の専門家がどう見るかは知らないが,この

「ロシュフォールの逃亡」

に,作家が見つけた新しい光景を見た。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
posted by Toshi at 04:30| Comment(0) | 展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月11日


これほど,嘘がまかり通る世の中は初めてだ。しかも,嘘も積み重ねてつけば,真実になると,為政者がうそぶくという国は,たぶん他にはない。

(消えた年金記録は)最後のお一人にいたるまできちんと年金をお支払いしていく。

(フクイチは)アンダーコントロール…。

消費税は全額社会保障財源に回す。

最近では,こんな感じだ。コイズミ時代も,目につく嘘が一杯あったが,ここまで,嘯くというのは,初めてだ。何一つ,実行されたことはない。

海外派兵はいたしません

日本の原発は世界一安全

日本が再び戦争をするような国になるというようなことは断じてありえない

等々もまた,その類の空証文であることは間違いない。

うそ

とは,語源的には三説ある。

@中国語「迂疎」からきたとするもの。「迂疎」とは,とうざけるべきものという意味。

A「ウ(大いなる)」+「ソ(そらごと,そむくこと)」で,大きなそらごとの意。

B「うそぶく」の語幹「うそ」から来ている。真実でない意。

「噓」は,

吹く気を急に吹き出すを吹といい,緩きを噓という。

意味としては,

嘯く,
ふうっとため息をつく,

となる。「うそ」に当てた,「噓」は,国字,

口(言葉)+虚(実がない)

実のない言葉,つまりうそ,とした。

要は,

嘘とは事実に反する事柄の表明であり,特に故意に表明されたもの

を言う。嘘というのは,

意図的に騙す陳述を指していて,たんなる不正確な陳述とは異なる,

のである。ためにしているといっていい。

噓には,5タイプあるという(J・M・ウィルソンらによる),

@自己保護のためのうそ 罪や避難,不承認を避けたり,罰の悪さをさけるため
A自己拡大のうそ 現実よりも自分を良く見せようとする。注目や承認をえるためのほらの類
B忠誠のうそ ある人を守るためにその人の違反行為などをかばうためにつく
C利己的なうそ 物質的な利益をえるためにつく
D反社会的・有害なうそ 態とその人をけなしたり非難したりして,その人を傷つけるためにつく

等々と,今日,我が国の為政者がなしている詐欺行為は,こんな可愛げのあるものではない。

麻生副総理は,

「ナチス政権下のドイツでは,憲法は,ある日気づいたら,ワイマール憲法が変わってナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口,学んだらどうかね」

と言ったとされている。まさに,いま進んでいるのは,この手口である。

詐欺とは,

他人を騙して,錯誤に陥れたり,財物をだまし取ったり,瑕疵ある意思表示をさせたりする行為,

という。解釈改憲の説明に使った例(米艦は,邦人を救助のために載せたりしない等々)と言い,機雷の掃海行動(ホルムズ海峡にはほとんど公海はない)といい,詐欺同然の言説で,

錯誤に陥れている

のである。つじつまの合わないこと,論理の破綻は,外から見ての話で,

虚構
作り事
絵空事

を意図的に持ち出し,その中にいる人間には,破綻はない。どうせすべて嘘で,言ったこと自体を,ひょっとすると覚えていないかもしれない。嘘を言ったこと自体を別に取り繕う必要も感じていない。何はともあれ,まず結論ありきで,口先三寸,ただ並べ立てている理屈は本当はどうでもいいのかもしれない。

例の広島で批判されたにもかかわらず,また長崎でもコピペしたことに見られるのは,一見無謬で押し通すように見える。しかし実は,そんなことはどうでもいい。自分の言いたいことをただ一方的に言う。被爆者から異見を示されても,「見解の相違」で押し通す。議論を積み重ねるとか,意見を交換するとか,人の意見を聞いて正すというようなことはまるで必要を感じていない。ブルドーザーのように,押し通していくとしか見えない。

まず,戦後のレジームを壊すことありき,そのための既成事実をひとつひとつ確実に積み重ねている。為政者がおのれを押し通していくことで,実はひとつひとつ現実が出来上がっていくことを知っている。それが確実に進捗していくところが恐ろしいところだ。

これ程の詐術に欺かれるのは,国民の側の責任である。

こんなに世間中で騒がれているのに,未だに振り込め詐欺に欺かれるのと,どこかシンクロしてしまうのは,僕の錯覚なのだろうか。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
中島義明他『心理学辞典』(有斐閣)





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posted by Toshi at 05:26| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする