2012年12月09日

企と画の微妙な関係~企画する力について


 企画の「企」の字は,「人」と「止」と分解されます。「止」は,踵を意味し,「企」は,「足をつま先立て,遠くを望む」の意味とされます。いわば「くわだて」です。「画」は,はかりごと,あるいは「うまくいくよう前もってたくらむ」の意味です。いってみれば,プランニングです。企画とは,「現状より少し先の完成状態」を実現するためのプランを立てることになります。この「現状より少し先の完成状態」が,いわば企画で実現したい理想やアイデアといわれるものに当たるでしょう。

ここから大事なことがふたつ言えます。
 ①アイデアだけでは企画にはならない,それをどうすれば実現できるかの具体策,つまり「画」を伴ってはじめて企画になる,ということです。
 ②現にいま起きている,何をすべきかが明確なことは,企画の対象ではなく,いますぐ対応のアクションをとるべき事柄だ,ということです。いま起きていることは,企画の対象ではないとは,こういうことです。たとえば,いま窓ガラスが割れたとします。すると,誰なら,いつまでに,いくらでやるか,とすぐに動き出します。割れたガラスを見ながら,このガラスを修繕するためにどういう企画をたてるかなどと考える人はいません。「何をすべきか」がわかっているとはこういうことです。しかし,このときの対応にはわかれるはずです。

 第1は,その当該の問題を解決するだけで,「よかった,よかった」と終えてしまうタイプ。次にガラスが割れるまで,何も考えないでしょう。ここからは,発生する問題の処理に追われるだけで,企画は生まれません。
 第2は,「何で,こう簡単に割れてしまったのか。確か2ヵ月前にも割れた」と考え,「割れにくいガラスにするにはどうしたらいいか」,「割れる前にその前兆をわかるようにするにはどうしたらいいか」「割れても罅ですむようなものにするにはどうしたらいいか」等々と考え始めるタイプ。このとき,企画の端緒にたっています。ただ,それが自分の裁量でできることなら,企画をたてるまでもなく,すぐに自分が着手すればいいことです。もし自分の裁量を超えているなら,相手が上司かお客さんかは別として,その人を動かすために,あるいは説得するために,企画が必要になります。時間もコストも,相手に権限があるからです。その人に動いてもいいと思わすためには,説得できるだけの意味と成果が示せなくてはなりません。これが,現実に企画というものを必要とする一瞬です。ここでいうのは企画書ではなく企画です。口頭で説明するだけでも,相手を動かせるからです。

 そうすると,相手からみた場合,企画には,次の3点が不可欠となるはずです。

①何のためにそれを解決(実現)しようとしているのか。企画は目的ではない。何のためにそれをたてようとしているか,それを実現することにどんな意味があるのか。意味のないことに手を貸す人はいないのです。
②企画にどんな新しさがあるのか。わざわざ金と手間をかけてやる以上,いままでさんざんやったことではいみがない。何か新しいこと,何か新しい切り口が必要だ。それは,やることの意味にも通ずることでしょう。
③企画を実現するプランは具体化されているか。どんなリソースを使って,どういう手順で,いつまでに達成できるのか,実現するためのシナリオは明確か。「画」がなければ企画ではないのです。「画」は,「それは無理だ」への,企画するものの説得材料なのです。「画」がなければ,単なる思いつきにすぎないのです。

 しかし企画力と企画を立てる力とはイコールでしょうか。確かに②と③は企画を立てる力といえるでしょう。解決プランニング力である。けれども「これを何とかすべきだ」「こういうことを実現したい」と感じなければ,そもそも企画はスタートしないのではないでしょうか。それが①の背景にあるものになるはずです。これを問題意識と呼ぶとしましょう。
このままでいいのか,何とかならないか,という思いである。この強さは,明確な目標(こうしたいという期待値)と目的(それをするのは何のためか)が明確であることと比例する。だからこそ,この思いを企画にする必要がある,企画にすべきだ,と感じる。これは,問う力といっていいはずです。これこそが多分企画力でしょう。

こう考えると,企画力は特別なスキルではないのではないかという気がします。仕事をするとき,常にいまのままでいいのか,どうしたらより新たなものにしていくか,を考えていく姿勢が求められています。その問題意識が自分の裁量内でできることなら,やるかやらないかが問題となります。しかしそれが裁量を超えたとき,その問題意識を実現するために企画が必要になる。周囲を巻き込まなくては実現できないからです。これは別の言葉で言うと,リーダーシップの問題でもあるはずです。リーダーシップとは,己の裁量を超えたとき,そのおのれの仕事への思いを実現しようとするために,周囲を,上位を巻き込もうとするスキルである。そのとき,企画は,おのれの思いを明示する旗となります。この旗がなくては,リーダーシップが自分のものになりません。これを実現するために,人を巻き込むのであって,旗なしのリーダーシップは,単なる役割行動に過ぎません。

企画の「企」は,「人」と「止」であり,人が爪先立って遠くを見ることだという意味は,企画力とは,仕事をするものにとって,その仕事にどれだけ未来を見ているかを測る基準でもあるということです。実は企画を立てる力は,それを実現するための手段スキルに過ぎないのです。

ところで,問う力は,近似の言葉に置き換えるとクリティカル・シンキングに該当します。問う力を考えるとき,『知覚と発見』(N・R・ハンソン,紀伊國屋書店)を挙げないわけにはいきません。新科学哲学派のクーンと並ぶハンソンの遺稿ですが,問う力とは何かを考えるための必読書であると信じて疑いません。とりわけ,上巻は,何が当たり前として見逃させるのか,どう先入観を崩すか,ものの見方を変えにくくさせるのは何か,等々が丹念に分析されているのです。

清水博さんは,「創造の始まりは自己が解くべき問題を自己が発見すること」と言っていますが,それは,「これまで(自分のいる場所で)その見方をすることに大きな意義があることに誰も気づいていなかったところに,初めて意義を発見すること」といっています。まさに,だから新しく,だからそれを解決することに意味があるのだということになるはずです。

参考文献;
N・R・ハンソン『知覚と発見』(紀伊國屋書店)
清水博『生命知としての場の論理』(中公新書)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm





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posted by Toshi at 05:56| Comment(1) | 企画力 | 更新情報をチェックする