2012年12月13日

嵯峨野の私的旅~常寂光寺から滝口寺へ


先日京都へ行く機会があり,嵯峨野まで脚を伸ばした。

その折の写真を以下にいくつか,ピックアップした。人の撮る者は取りたくないという臍曲りなので,どこがどこだかわかりにくいかもしれないが。

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まずJRで嵯峨嵐山駅まで行き,そこから常寂光寺へ向かう。竹林を抜けて直接向かっているはずが,あまりの人の多さに辟易して,ちょっと一本前の道を行ったらしく,細い道をくねって,何とか小倉池にたどり着き,そこで,再び原宿並みの人ごみに出会い。通常コースへ戻ったことに気づいた。

常寂光寺,山門が有名だが,小倉山からの眺望もなかなかいい。はるかに比叡山が見える。開山は,文禄四年(1595年),日禛上人が,秀吉の出仕に応ぜず,この地に隠棲した。関ヶ原の5年前ということになる。上人の

苔衣きて住みそめし小倉山松にぞ老いの身を知られける

何というか,素直というか芸もないというか,けれんみのない人柄と見受ける。この地を提供したのが,豪商角倉了以で,彼が,大堰川浚鑿工事に際して,上人は備前伊部の妙圀寺末檀家ある瀬戸内水軍の来住一族に書状を送り,舟夫を招き,了以の事業を支援した。これが保津川下りのはじまりという。

続いて,二尊院へ向かう。総門からの参道は,紅葉の馬場といわれるらしいが,よく時代劇の撮影で使われるらしく,突き当りの白壁の塀とともに,緩やかな階段は,どこかで見たような,デジャブ感いっぱいだ。苔に覆われているはずの庭は,落下した紅葉の葉で,華やかに彩られていた。

そこから,飛ばして,化野念仏寺へ向かう。境内の石仏・石塔は,あだしの一帯に葬られた人々のお墓が無縁仏となっていたのを,集めて,釈尊宝塔説法を聴く人々になぞらえて配置安祀されている,という。ローソクに灯を灯す千灯供養が,地蔵盆の夕刻より行われる。この地は,古来,葬送の地で,西行の歌に,

誰とても 留まるべきかはあだし野の 草の葉毎にすがる白露

とある。その意味ではやたら写真にとるべきではないのだろうが,お許しいただいて,わきから,そっと撮らせていただいた。

その帰りに,飛ばした,祇王寺によった。平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王が,仏御前に心を移したころ,強いられて仏御前の前で舞を舞わされ,それを機に,母と妹祇女とともに剃髪,この地で仏門に入った。それを追って,明日は我が身と感じた仏御前も,剃髪,四人がここに籠ったという。しかし今の祇王寺は,祇王寺とは縁もゆかりもない明治維新の成り上がりものが別荘地としていたものを寄贈しただけの建物だ。

祇王寺を出ると,そこに並んで,滝口寺があるが,祇王寺ならぬ祇王寺に比して,滝口寺は人が少なく,たぶん百人に一人も入らない。それもあって,あえて入ったが,敵は本能寺。我々の目的は,妻の母方が新田義貞の直系の子孫なので,その首塚があると知って立ち寄ることにした。もし境内でなく,別にあったら,あえて立ち寄らなかったかもしれない。

滝口寺も,もとは往生院三宝寺といったが,祇王寺と同じく,明治になって再建され,佐々木信綱によって滝口寺と命名された。以前は知らず,いまは管理が悪く,道も整っていないし,堂もさびれている。しかし,滝口入道と横笛の悲恋のほうが,清盛の愛人がどうたらこうたらよりはよほどロマンがあると思うが,どうも今は人気がない。

へそ曲りの性分としては面白くない。判官びいきも手伝って,滝口寺応援のためらに,歌をひとつ。

滝口入道が,尼になった横笛に送った歌。

そるまでは恨みしかとも梓弓 まことの道に入るぞ嬉しき

横笛の返歌。

そるとても何か恨みむ梓弓 引きとどむべき心ならねば

滝口寺の山門正面に新田義貞の首塚がある。立派なもので,義父が,「戦前は羽振りが良かったが,今は落ちぶれて,玄関を開けると,すくそこにおじさんが寝そべっているくらいだ」と,妻が聞かされたものだ,といっていたのを再び聞かされた。ま,考えてみれば,鎌倉攻めは,言ってみれば時勢にのっただけで,新田義貞が大した人物とは思えない。だから,戦後,時代が大きく変わると,ほとんど見向きもされなくなさったのは,本人の不徳の致すところで,子孫は,それに翻弄されたことになる。

栄枯盛衰は世の習いだが,流れに乗っただけではだめなのだろう。流れを作り出す力がなければ,流れから振り落とされるということか。しかし私なんぞは,うまれてこの方,いまだかつて流れに乗ったことはないので,「落ちぶれた」というのはほめ言葉だ,と感じた。かつては繁栄していた,という意味なのだから。

JRの嵯峨嵐山駅まで戻って,そのまま渡月橋への道に出たところで,新宿か渋谷の繁華街並みの人出に出くわす。丁度午後2時過ぎ,しかも日曜日の午後だ。人,人,人の流れに乗って,天竜寺の境内に入らず,美空ひばり座の閑散とした入口を横目に,渡月橋まで出て,流れからおり,嵐電嵐山から四条大宮までのんびり出た。

嵐電で,向かいに座っていたのは,中国人旅行者で,姉妹か同じ年頃の友人か,ずっとふたりでぺちゃくちゃしゃべるか,嵐電の写真を撮ったりしていたが,下車の四条大宮の改札口で,あわてて切符を探しているのを横目に,外へ出た。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




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posted by Toshi at 05:29| 旅日記 | 更新情報をチェックする