2013年12月01日

物語



家近良樹『孝明天皇と「一会桑」』を読む。

同じ著者の,『西郷隆盛と幕末維新の政局』について,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11358567.html

で取り上げたが,切り口を変えると,また別の「地」が浮かび上がる。ただ,いままで当たり前としてきたことに異を唱えようとする,問題意識は似ている。

一会桑とは,一橋慶喜であり,会津藩(松平容保)であり,桑名藩(松平定敬)を指す。副題に,「幕末・維新の新視点」とあるように,孝明天皇と一会桑にウエイトを置きながら,いままでの維新史の常識に風穴を開けようとしている。

その維新史観を,西南雄藩討幕派史観と,著者は呼ぶが,その問題を二つ挙げている。

ひとつは,西南雄藩を特別視することと引き換えに,二重の抹殺がなされ,幕末史がひどく偏った内容のものになったことである。二重の抹殺とは,幕府・朝敵諸藩の抹殺と,薩長両藩内にも多数存在した対幕強硬路線反対派の無視である。

いまひとつは,明治以降の日本人が,その実態以上に幕末期の政治過程を英雄的なものとして受け取ったため,他国ことにわが国周辺諸国に対して,変な優越感を持つにいたったことである。

特に二点目は,征韓論,対外雄飛論,そして大東亜共栄圏という発想へとつながる原因になったとまで,著者は見る。

基本的に,維新史の常識とは,勝者の歴史である。あえて言えば,勝者に拠った造られた物語である。それに対してもオルタナティブな物語を紡ぎ出そうというのである。その象徴が,敗者である,「一会桑」(と孝明天皇)からの切り口なのである。

歴史も物語であり,視点を変えると,パースペクティブも変わる,ということなのである。

さて,まず孝明天皇について,著者はこう言う。

はっきり言えば,孝明天皇が攘夷にあそこまでこだわらなかったら,日本の幕末史はまったく違ったものになったと考えられる,

と。孝明天皇は,それまでのような,「宮中の奥深くに鎮座まします,もの言わぬ,いままでのような伝統的な天皇」ではなかったのである。

だから,老中堀田正睦が,通商条約締結不可避を,理路整然と情理をもって説得しても,「理屈も何も差し置き,ただひたすら落涙」して,「頑なに受けない」まま,根を上げた堀田は,ついに朝廷側に押し切られてしまう云々。

そして,「一会桑」については,著者は,

孝明天皇が自己の代弁者とみた政治勢力,

であるとみなす。「一会桑」は,孝明天皇という強烈な攘夷思想を持つ天皇と出会い,接触を深めることで,

孝明天皇と一会桑三者は,やがて互いを必要不可欠の存在として認め合い,深く依存する関係に入る。すなわち,一会桑の三者は,孝明天皇の攘夷思想を尊重し,他方天皇は,一会桑の三者に自己の代弁者としての役割を積極的に見いだしていく。最初から攘夷志向が強かった会津関係者はともかく,一橋慶喜なども京都に定住するようになると,当初の開国論はどこへやら,天皇(朝廷)の上位実行の要請に同調するようになる。

たとえば,禁門の変直前絶望的に孤立無援に陥っていた会津藩を,孝明天皇は,会津藩を擁護する叡慮(宸翰)が下され,更に,長州藩士が京都から退去せよとの説諭に服さない場合は,直ちに追討せよとの綸旨を出す。

だから容保は,「御所向きの御都合は,一橋様・御家(会津藩)・桑名様にて悉皆御引き請け,御整遊ばされ候(松平容保の)思し召し」という,満々たる自信を持っていたと言われる。

大政奉還の意味についても,「大政奉還前と後では,徳川慶喜の置かれた状況が決定的に違う」として,著者は,こう言っている。

大政奉還前の慶喜は,いうまでもなく,反幕勢力によって激しく揺さぶられるようになっていたとはいえ,日本全国にまたがる政治を主宰(諸大名を統括)する十五代将軍の職にあった。しかし,大政奉還後の彼は,もはや将軍ではない徳川家の当主に過ぎない。(中略)
ということは,慶喜自身が,仮に大政奉還後もひき続き新しく誕生する諸侯会議(諸大名の合議制によって運営される)のリーダーとして,徳川氏中心の政治体制を保持もしくは創出していくつもりであった,つまり実権を掌握していくつもりであったとしても,それは彼個人一代でのみかのうであったということである。

さらに,

より大事なことは,慶喜が「天下の大政を議定する全権は朝廷にある。すなはち,わが皇国の制度法則,一切万機,必ず京師の議政より出つべし」とする土佐藩の大政奉還建白書を受け入れたことである。ここに大政奉還のもっとも根本的な意義が存したといえる。

という。さらに,

慶喜が王政復古(それは幕府制の廃止と徳川家の一大名家への降下を意味する)と長州藩の赦免に同意したことで,「倒幕の密勅」をもってしてまで打倒しようとした対象が消滅し,慶喜と対幕強硬派の諸藩・宮・公家との対立関係が基本的には解消されることになった…,

といい,両者の対立点を消し去る効果があったのである。そのために,対幕強硬派の挙兵へ向けての戦略が一気に崩れ,王政復古クーデターに参加した,尾張藩,越前藩,土佐藩,芸州藩が,「扶幕の徒」(大久保利通)になり,

事態をこのまま放っておけば,徳川氏および場合によっては会桑両藩を含むを雄藩連合政府が成立し,王政復古クーデターが,旧来の封建支配体制の修正・再編にとどまる危険がでてきた。

大久保らは,それを何としても,くいとめようとしたが,

かつて王政復古クーデターを決断したときよりも,遥かに大久保らに冒険主義的な選択(文字とおり「イチかバチかの大バクチ」)を迫ることになった。

鳥羽伏見の戦い前夜は,これほど紙一重の中にあり,従来のように,

薩長両藩によって展開された粘り強い,しかも一貫した武力討幕運動のもたらした成果というよりも,ワンチャンスを確実に生かした在京薩藩指導者の起死回生の策がものの見事に決まった結果といったほうが,より適切であった…。

と。

まさに視点を変えることで,異なるパースペクティブが見えてくる。そのすべてが同時に,よじれる糸のように起こったのだとみなした方が歴史の幅と奥行きが広がるように思う。


参考文献;
家近良樹『孝明天皇と「一会桑」』(文春新書)
家近良樹『家近良樹『孝明天皇と「一会桑」』』(ミネルヴァ書房)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



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2013年12月02日

踏み出す



何があったら,人は,一歩を踏み出すのだろう。コーチングはそのためにある,という人がいるが,僕はあまり信じていない。人を見くびってはいけないように思う。

その人が踏み出そうと思えば,いつでも踏み出す。そう思っていなければ,何十回コーチングを受けても,僕は踏み出さない。踏み出させない何かがあるなら,それが消えるまでは動かない。少なくとも,僕は自分をそう思う。

結局タイミングでしかないと思っている。タイミングは二つしかない。

ひとつは,内的なもの(内的要因)。

いまひとつは,状況や文脈(外的要因)。

それ以外にはない。そのタイミングを人が関わることで作り出せると思い上がってはいけない。たまたまそのどちらかがタイミングだったのだ。

逆にいえば,その機をどう見逃さないか,というのが重要なのかもしれない。

しかし,ただそうしようと思うだけでは何も動かない。一歩でも半歩でも,微動でも,動くことで事態が動く,波紋が怒る。バタフライ効果ではないが,何かが変わる。

その変化は頭でわかっても,動く動機にはならない。動くメリットでも,動く成果でも,動いた先の何かでも,たぶん動かない。動いた時の実感は,動いたものにしかわからない。

忘れていたが,もうひとつ,動かす動機がある。それは,動かす先か,動かそうとする人か,どちらかに強い関心がある場合だ。恋でも憧れでも,興味でも,好奇心でもいい。そのとき,

内的要因と外的要因がセット

で発生する。

そうなれば動く。動くこと自体が自分にとって意味かある。というか動かなくてはならないという衝迫がある。

あるいはそんな綺麗ごとでなくてもいいかもしれない。それをしなければ,飢え死にする,あるいは職を失う,恋い焦がれる,という(やむにやまれぬ)衝迫もある。

そうやって踏み出した結果,いやいや始めても,そのことが面白くなる,ということはある。

僕の場合,なりたくて始めたというより,社会人になって,職業として始めた編集という仕事だが,考えれば,すべては編集なのだ。もっと突き詰めれば,

情報の編集。

アイデアを発想するのも,仮説を立てるのも,企画を立てるのも,構想を練るのも,情報の編集作業に他ならない。

編集ということに熟知すればするほど,その作業の奥行きがはるかに遠く,深いことに気づく。考えれば,ものを書くという作業は,すべて編集といっていい。自分の過去の記憶の編集から,リアル世界の編集,情報世界の編集,虚構という世界の編集まで,幅と奥行きは違っても,編集というフィールド上にある。

そもそも情報自体が,(意識的か無意識的かは別にして)編集抜きに情報にはならない。

僕にとっても,いま編集という作業抜きには成り立たない。このブログも,フェイスブックの記述も,ホームページも,研修という仕事も,コーチングというワークも,すべて,同じ土俵ではないにしろ,フィールドは同じ情報の編集にほかならない。

その意味で,編集ということを,もう少し意識して方法論にしておく必要がある。

アイデアづくり,企画づくり,仮説づくり,問題解決づくり,ロジカルシンキング,

等々については,編集という視点で自分なりに考えたたが,思えば,情報の編集とは,情報の読みに他ならない。その視点で見ると,リーダーシップも,マネジメントも,チームづくりも,別の視界が開ける気がする。

情報編集を,

化学反応と置き換えてもいい。

多色刷りと置き換えてもいい,

織物と置き換えてもいい,

その意味では,人と人との出会いそのものが,編集作業に似ている。何度も触れた,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11329057.html

清水博さんの,

「自己の卵モデル」

で言う,白身と白身の混じり合いもそれだ。

そういう意味では,自分にとっても,もう一歩も二歩も踏み出さなくてはならないことが一杯あることに気づかされる。

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#アイデア
#情報編集
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2013年12月03日

アイデア



前にも書いたが,発想力とは,

選択肢

がたくさん出せることだと思っている。アイデアは,その出現形態の一つに過ぎない。

ずいぶん昔,アイデアについて,

http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/prod02100.htm

と構造化したことがある。

アイデア一杯の人は決して深刻にならない,

と言った人がいる。その通りだ。これっきゃないと,思い詰めるから,自殺にまで追い詰められる。それ以外にも一杯選択肢があると思えば,どうということはない。

人はひらめいた瞬間,脳の広い範囲が活性化するという。それは,思いもかけないこととつながるからではないか。とすれば,選択肢を広げるためには,いろんなものとつながるような仕掛けをすればいい。

その意味では,自己完結しないで,

ブレインストーミング

のように,人とのキャッチボールをすることが有効なのは,当たり前だ。人が,自分にとってメタ・ポジションになるという意味もあるが,自分にとって,「地」になっていた部分が,人とのキャッチボールによって,思いがけず「図」に変わり,見慣れた風景が変わるように,見え方が変わるのに違いない。

もちろん,発想は,

自分の知識と経験の函数,

だから,自分の中にないことは,出現しない。しかし,大したことがないと思っていたことが,改めて,別のものとつながることで,意味を変えるかもしれない。

その意味で,

本来バラバラで異質なものを意味あるように結びつける,

のを創造性と言った,川喜多二郎の言は正しい。しかし,もっと踏み込むと,

どんなものでもつなげることで新しい意味づけをしさえすればいい,

あるいは,

新しい意味が見つけられるなら何と何を結びつけてもいい,

と読み替えてもいい。となると,

結びつけ,

に意味があるのではなく,

意味づけ,

の方にウエイトがかかる。ヴァン・ファンジェなどが言うように,創造とは,

既存の要素の新しい組み合わせ,

というのは,逆で,

既存の要素,

は結果なのであって,

新しい組み合わせ,

の「新しい意味」に意味がある。それは,

いままで考えられなかったような意味を見つけ出すことがあって,初めて,要素のつながりに意味が見えてくる。

そう考えると,多機能と組み合わせとは本質的に違う,ということが言える。

多機能は,いまあるものに機能を追加したのだから,新しい組み合わせも新しい意味も,そこにはない。

例えば,携帯電話に,カメラがついたのは,

多機能,

なのか,

新しい組み合わせ,

なのか。その人の創造性というものの考えが試されている試金石というか,踏み絵になる。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#川喜多二郎
#ヴァン・ファンジェ
#創造性
#アイデア
#発想力
#選択肢
#組み合わせ
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2013年12月04日

苦手



一般には,苦手とは,

1.勝ち目のない相手,嫌な相手,気象などが合わないで,互いに忌み嫌う相手,
2.得意でないこと。不得手,

という意味だが,もうひとつ,

3.不思議な力をもつ手。その手で押さえると,腹の痛みや癪がおさまり治る,また蛇は動けなくなって捕らえられるという,

とあり,

爪がにがく,手に毒がある手

だという。広辞苑には,『好色一代女』から,

私の苦手薬なりと,夜明け方までさすりける,

というのが引用されている。

人との関係に限定していうなら,3は特殊としても,

反りがあわない,

というのに似ている。つまり,

刀の鞘と刀身の反りが合わない,

というのだ。それは,僕流にいうと,土俵がまったく交差しない状態といっていい。大概の大人なら,何とか話も合わせられる,多少の話題の交換程度はできるはずなのに,どうも話がちぐはぐで,かみ合わない,…どころか,話しているうちに,

苛立ち,

というか,

軋み,

というか,なんとなく心がざわつき,落ち着かない。そもそもお互いのフィールドが全く違い,来歴だけでなく,生活感,感性,知性がかみ合わない。

肌が合わない,

というか,

肌合いが違う,

というか,肌感覚といったらいいか,NLP流にいうとキネステティックが違うという感じなのである。

それは好悪の感覚とはちょっと違う。嫌いの感覚に近いが,好悪は,価値観に近いが,それとも違う。磁石のNとSのような,噛み合うもなにも,そもそもすれ違う,というか,

両者の次元,

が違うという感覚だ。その場合,自分の土俵に留まって,コミュニケーションしようとしても,理解はできても,肌が拒絶反応を示す。

それなら,いっそ自分の土俵を降りて,相手の土俵の上に立つ。自分の仮説は役に立たないし,有害である,として,むしろ,

相手の枠組みで,

相手の目線で,

相手の視界に見えるものを見ようとする,という手もある。ロジャーズの言う共感性である。

しかし,共感性は意識的な試みなのだが,しかもなお,最後,最初の意識的に,という意識は,捨てなくてはならない。

そこまでする必要のある相手は,限られる。だから,苦手は消えない。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#苦手
#土俵
#ロジャーズ
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2013年12月05日

コミュニケーション



第66回ブリーフ・セラピー研究会定例研究会「ナラティヴ・アプローチ入門」(講師:安達映子先生)に参加してきた。2日間にわたる研修は,中身がいっぱい,整理するのにしばらく時間がかかる。

ナラティヴは,

語りtelling



物語story

として理解すること,というのが,ナラティヴを考えるときの基本なのだと,感じた。それは,背景として,社会構成主義,とりわけ,ベイトソンの考え方に基づいていることから考えれば,至極もっともだ。

ベイトソンは,

コミュニケーションを決めているのは,送り手ではなく,受け手である,

という。その例を,レジュメから拾うと,

母1;「また今日も帰りは遅いの」

娘1;「うるさいなあ,仕方ないでしょ,バイトなんだから」
娘2;「心配かけてごめん。明日は早く帰るから」
娘3;「うん,たぶん,11時過ぎちゃうと思う」

というやり取りで,娘の反応で,母親の反応が変わる。

1なら,むっとして,文句を言う母親にさせられる。
2なら,やさしく反応する母親にさせられる。
3なら,気をつけてね,といった反応をする。

というように,もともと多義的な母親の言葉は,娘の反応で,その一義に焦点が当たり,それが図として浮かぶことになり,それが会話の流れ,両者の関係を規定していくる。

で,ベイトソンは,

コンテクストをつくっているのは,受け手である,

という。つまり,二人のコミュニケーションで二人の関係を作り出していく,

というのである。

言葉が現実を作る,ということは,たとえば,ウィドケンシュタインが,

ひとは持っている言葉によって,見える世界が違う,

という意味では,よく分かる。ただ,この場合,ベイトソンが言っていたのは,違う意味ではないか,という気がしないでもない。

僕も,別の側面で,(口幅ったいが)結構ベイトソンの影響を受けているが,僕がいつも使う例でいうと,ベイトソンが,学生にした次の質問がある。

「幼い息子がホウレン草を食べるたびにご褒美としてアイスクリームを与える母親がいる。この子供が,
 ①ホウレン草を好きになるか嫌いになるか,
 ②アイスクリームを好きになるか嫌いになるか,
 ③母親を好きになるか嫌いになるか,
の予測が立つためにはほかにどんな情報が必要か。

ここで,ベイトソンが言おうとしているのは,二人の関係である。それを,コンテクストと呼んでいる。つまり,会話が二人の関係を作るのは,その前に,二人の関係性があるから,そういうコミュニケーションになるのではないか。

いつも娘を気遣う母親が,

「また今日も帰りは遅いの」

と言ったとすれば,

「11時位」

と答えたのに,

「雨が降るから,傘を持っていったら」

と,母親が言うだろう。

つまり,コミュニケーションの関係性は,二人の文脈に依存しているのではないか,つまり,二人が喧嘩関係にあるか,親和関係にあるか,ニュートラル関係にあるかで,娘の次の返事は,それを反映したものになる。だから,結果として,それに応じて母親が反応する,というように。

むしろ,コミュニケーションは,両者の文脈に依存する,という方が正しい。

だから,アイスクリームの例で言うなら,必要な情報は,両者の関係を確かめる情報ということになる(そのことで,母親はほうれんそうを食べることはカラダにいいことだと思っており,娘は,アイスクリームが食べられるならほうれんそうを食べるのも悪くない,と思っているのかもしれない,という両者の現実の捉え方がはっきりするということになるかもしれない)。

ところで,こうした考え方は社会構成主義につながるわけだが,社会構成主義では,

「現実」とは,人々の〈相互行為―コミュニケーション―言語的共同作業〉において構成されているものである,

とし,

「事実」は,常にわれわれ個々にとっての「意味」を伴った「現実」として経験される。しかも,それは個々の勝手な意味賦与ではなく,常に相互的なもの,relationalなものである。

だとすれば,「現実」を理解するということは,その「本質」を捉えるということではなく,「現実」が人々の間でどのように構成されているか,を明らかにすることである。

と考える。つまり,人間同士が関わり合うことで現実が構成される。で,

①私たちが世界や自己を理解するために用いる言葉は「事実」によって規定されない
②記述や説明,そしてあらゆる表現の形式は,人々の関係から意味を与えられる
③私たちは,何かを記述したり説明したり,あるいは別の方法で表現したりするとき,同時に,自分たちの未来をも創造している
④自分たちの理解のあり方については反省(省察)することが,明るい未来にとって不可欠である,

という社会構成主義の4つのテーゼにつながる。

だから,

そして歴史の「真実」や「事実」が実在するのではなく,ただ特定の視角からの問題化による再構成された「現実」があるだけである。

という考え方になる。まあ,物語に過ぎない,というわけだ。違う言い方をすると,仮説にすぎない。

個々の出来事,ひとつひとつの記憶は,ある物語のなかで解釈されてはじめて初めて意味をもつ。つまり出来事は,初めと終わりをもつ物語のなかにおかれることで,意味の体系性が与えられ,物語にそぐわない出来事は無視され,排除される。

それを整理すると,こうなる。

●現実は言葉によって構成される
●言語は物語によって組織化される

言語によって物語を形づくると同時に,常にストーリー=コンテクストを背景として意味を与えられる。

現実のコンテクストによって,物語のコンテクストが形づくられ,その物語というコンテクストで,意味が与えられる,そうやって現実を解釈する。ただ現実のコンテクストというのが,我々を縛る,正義であったり,世の中の当たり前であったり,常識であったり,良識であったり,正統であったりする。それに縛られた物語は,我々を拘束する。

それを含めて,レジュメにある,上野千鶴子氏の言葉がわかりやすい。

実在があるかないか,という罠のような問いに変わって,実在はカテゴリーを介してのみ認識の中に立ち現れる,カテゴリー以前的な「実在そのもの」にわたしたちは到達することができない,とヴィトゲンシュタインに倣って答えておけば足りる

だから,拘束されている物語を語り直すことで,あらたに物語を書き直し,自分の人生を語り直すことができる,そこにナラティヴ・アプローチ(ナラティヴ・セラピー)の意味があるのだ,と受け止めた。

ナラティヴ・アプローチについては,次に書く。


参考文献;
グレゴリー・ベイトソン『精神の生態学』(思索社)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm






#ヴィトゲンシュタイン
#上野千鶴子
#安達映子
#ナラティヴ・アプローチ
#グレゴリー・ベイトソン
#精神の生態学
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2013年12月06日

ナラティヴ



参加した第66回ブリーフ・セラピー研究会 定例研究会「ナラティヴ・アプローチ入門」の二回目。今回は,ナラティヴ・アプローチの考え方をまとめてみる。頭の整理のつもり。

ナラティヴ・アプローチ(ナラティヴ・セラピー)には,3つの立脚点がある。

第一は,脱構築としてのセラピー。
第二は,会話としてのセラピー
第三は,専門職倫理としてのセラピー

その第一立脚点は,脱構築としてのセラピー。

現実は言葉で語られて,物語によって組織化される。

しかし,物語は語られることで完結するのではなく,誰かに聞かれたり,読まれることで成立する。受け手が必要なのである。そのナラティヴを通して,相互作用の中でカタチになっていく。そのように向き合うのが,ナラティヴ・セラピーということになる。

つまり,

人が生き,悩む世界・人生・自己も,その人の語る物語によって,生み出され,維持されている。したがって,問題もその中で構成されているので,その物語を語り直し,書き換えることで,問題は解消される。

という考え方である。

このことは,ロジャーズが,共感性や受容といった背景が,あくまでクライアントの現象学的(あくまで本人の見ている)現実に寄り添うという感じだったのと,僕は基本的には変わらないと思う。もちろん物語りを書き換えるというのは,ロジャーズの志向にはなかったかもしれないが。

たとえば,何をやってもうまくいかないダメな私というストーリーをつなぐのは,失敗エピソードをプロット(筋立て)してつないだ物語になる。

それをドミナント・ストーリーと呼ぶとすると,書き換えた物語は,オルタナティヴ・ストーリーということになる。オルタナティヴ・ストーリーは無数にある。

このドミナント・ストーリーという中には,社会のドミナントな物語,たとえば,

謙譲で,しっかり働き,がっつり稼ぐ,

ポジティブなものが成功する,

夢はイメージするだけで実現する,

どんなに苦しくても辛抱しなくてはならない,,

等々という人が立派な人間である,というドミナントも含まれている。ナラティヴ・アプローチの特色は,そのドミナントな物語の周辺の人々(傷害者,病人,等々の弱者)が,そういうドミナントの前で,

自分が価値がない,と自己非難してしまい,自分の物語を語りにくくなっていく,

というマイノリティの行動と意味を語り直そうとするところに,ホワイトらの問題意識に出発点があるところだ。この点が,ソリューション・フォーカスト・アプローチとは違う独自の思想とみていい。

これがナラティヴのナラティヴらしいところ,

と講師が強調した所以なのだと思う。効果だけ認知行動療法と変わらないが,問題を,

不適応

とみて,どう適応させるかとする志向は,ドミナントに適か不適か,と見ている限り,ナラティヴの発想とは相いれない,ということのようだ。

ところで,語り直す場合,同じエピソードでも意味づけを変えたり(リフレーム),別のエピソードとつないだりすることになるが,これは,フィルムの編集に似ているように思う。

たとえば,映画のモンタージュ手法を例にとってみる。

「一秒間に二四コマ」の映画フィルムは,それ自体は静止している一コマ毎の画像に,人間や物体が分解されたものである。この一コマ一コマのフィルムの断片群には,クローズアップ(大写し),ロングショット(遠写),バスト(半身),フル(全身)等々,ショットもサイズも異にした画像が写されている。それぞれの画像は,一眼レフのネガフィルムと同様,部分的・非連続的である。ひとつひとつの画像は,その対象をどう分析しどうとらえようとしたかという,監督のものの見方を表している。それらを構成し直す(モンタージュ)のが映画の編集である。つなぎ変え,並べ換えることによって,画像が新しい見え方をもたらすことになる。

たとえば,陳腐な例だが,男女の会話の場面で,男の怒鳴っているカットにつなげて,女性のうなだれているカットを接続すると,一カットずつの意味とは別に男に怒鳴られている女性というシーンになる。しかし,この両者のつなぎ方を変え,仏壇のカットを間に入れると,怒鳴っている男は想い出のシーンに変わり,それを思い出しているのが女性というシーンに変わってしまう。あるいはアップした男の怒った表情に,しおたれた花のカットを挿入すれば,うなだれている女性をそう受け止めている男の心象というふうに変わる。その後に薄ら笑いを浮かべた女性のアップをつなげれば,男の思い込みとは食い違った現実を際立たせることになる。

ともかく,こうしたつなぎ方,組み合わせによっても,ストーリーの意味が変わる。

そのオルタナティヴ・ストーリーを書き直していくために使うのが,

問題の外在化



ユニークな結果

である。

問題の外在化は,ここに由来して,さまざまなところで使われているスキルだが,基本は,

M・ホワイトの,

問題が問題なのであって,人や人間関係が問題なのではない,

とする,人を非難しないアプローチである。

問題があるダメな私,

から,

問題に影響を受けている私,
問題を観察する私,
問題に取り組む私,

と問題と人を切り離し,その人の効力感,つまりは問題をコントロールする自分を取り戻すことだ。これは,エリクソンが,様々な例で実践していたことに通ずる。

ユニークな結果は,ソリューション・フォーカスト・アプローチで言う,例外探しである。

問題が起こらなかった私,
問題が少なかった私,
うまく対処できた私,

を,ソリューション・フォーカスト・アプローチのように,意識的に探すのではなく,物語を語る中で,自然に出てくるのをまつのが特色かもしれない。

そういえば,どこかでV・E・フランクルが,確か,

どんな人も,語りたい自分の物語を持っている,

といったのは,それを誰かに聞いてもらわなければ,その物語は完結しないという意味だったのかもしれない。

どんな人も,自分の物語を持っている。誰もがそれを,聞いてもらいたがっている,

ということか。

第二の立脚点は,会話としてのセラピー

レジュメに,

現実が我々から離れて「客観的」にあるわけではなく,それはことばによるやりとり(=会話)の中で生み出されてくるものだ。問題をめぐる会話の中で問題が作り出されるのであり,その逆ではない。セラピーとは,問題の解決を目指し,それが実現されるような会話である。

とある。そのためには,ソリューション・フォーカスト・アプローチでいう,

無知の姿勢(not knowing)

つまり,

私は,あなたの人生,生活について,何も知りません。自身についての専門家であるあなたから教えてください,

という学ぶ姿勢である。それは,

・相手に対して語るのではなく,相手と共に語る
・理解の途上にとどまり続ける,
・ローカルな言葉の使用(相手の言葉を大事にしていく),
・説明,解釈をしない,
・相手を分かりきる事はできない,

である。

第二の立脚点は,専門職倫理としてのナラティヴ・セラピー

支援という行為,活動ないしその関係が持つ政治性についての自覚,

ということにシビアなのだと思う。ともすれば,上から目線になることを,できるだけ排除しようとし,

・私が何者であるかの自己定義権は,本人にある
・透明性 本人に隠さない
・アカウンタビリティ やろうとすることを相手に説明できる(MRIのパラドックスは説明したら使えないが)
・対等性
・多声性 多くの人が読める
・支援が支援者に与えた影響を伝える

つまり,これらは,両者の関係をどうすれば対等で,協働関係をもてるか,きめ細かく配慮し実現しょうとしていると見える。

この背景にあるのは,

問題を個人の中に置かない,

あるいは,

個人のせいにしない,

という徹底した社会的コンテクストを考慮する姿勢といっていい。たとえば,こうクライアントに言われたとしよう。

私は1年で会社を辞めました,

それに対する,支援者の姿勢が問われている。

忍耐力のない奴,

と見るか,

そうさせる社会的背景を考えようとするか,

いずれにしても,その瞬間,自分が社会的ドミナントに立っていることに,意識的かどうかが問われる。これが,ロジャーズの言う,

自己一致,

の応用編であることは疑いない。やはり,問われている,

受容,

共感性,

自己一致,

を。そして,ナラティヴは,それをセラピスト側がクライアントに透明に語ることを求めている。でなければ,

セラピスト-クライアント関係は,

対等ではないし,協働して物語を作っていることにはならない,と考えている。



参考文献;
瓜生忠夫『新版モンタージュ考』(時事通信社)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#ナラティヴ・アプローチ
#ソリューション・フォーカスト・アプローチ
#ロジャーズ
#無知の姿勢
#受容
#共感性
#自己一致
#エリクソン
#認知行動療法
#瓜生忠夫
#新版モンタージュ考

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2013年12月08日

外在化



第66回ブリーフ・セラピー研究会 定例研究会「ナラティヴ・アプローチ入門」に参加してきた,整理の続き。今回は,ナラティヴ・アプローチの有名なスキル,外在化についてまとめてみる。もうひとつ,時間的には1日を費やした,アウトサイダー・ウイットネスについては,事例を出せないこともあり,簡略にする。

ナラティヴ・セラピーの手順を,レジュメは,こう整理する。

①問題とひととを切り離す-問題の外在化
②問題の歴史をたどり,問題の影響を明らかにする
・問題はいつ頃から出現し,どう形になっていったのか
・問題は,その人の人生にどのような与えてきた(いる)か
③問題をコンテクスト(文脈)に位置づける
 ・問題はコンテクストの中で問題となる。コンテクストを明確にすることで,相対化する
④ユニークな結果を発見する
 当事者がそれをユニークかどうかを判定することが大事
⑤ユニークな結果の歴史と意味を後づけ,オルタナティヴ・ストーリーを見つける
⑥オルタナティヴ・ストーリーを分厚くする
 ・リ・メンバリングする会話
 ・治療的文書の活用
 ・儀式と祝典
 ・アウトサイダー・ウィットネスグループとの会話等々

となっている。この流れの中で,単独で取り出して,自分として活用できそうなのは,外在化である。

そこで,こんなワークショップをやった。

問題を提示する人,インタビューワー,問題を演じる人に分かれ,

問題を提示する人が提示した問題を,取り出し,簡単に,

どんな姿をしているか,
どんな影響を与えているか,
どうやって邪魔しますか,
どんなことをささやきますか,

と明確に対象化し,名前を付ける。そして,

最初に気づいたのはいつですか,
それが入り込む前に何を覚えていますか,
一番強かったのは,
一番弱かったのは,
それがあなたを支配しているのは,1~10のどれくらい

等々,それが人生に及ぼした影響をきいていくが,ここは省略して,本来質問と会話を通して脱構築して,ユニークな結果を発見していくというプロセスを,

それをインタビューワーが問題を演じる人に,

・その成功例(つまり問題提供者をどれだけ困らせたか)
・その失敗例(つまり問題提供者がどう問題の仕掛けをクリアしたか)

に分けて,聞いていくことで代替する,というものである。

言ってみると,実際のセラピーでは,クライアントが一人で,問題提供者と問題を演じる人を語り分けるところを,擬人化して顕在化したもの,ということができる。

僕はインタビューワーをやったのだが,面白いことに,問題を演じる人が悪乗りすればするほど,

問題提供者は,

ひどいなあ,

ええっ,

とか,まるで問題が擬人化された何か,敵対者であるかのように,本気で反応していくようになったことだ。それが,外在化の効果かどうかはわからないが,そうみると,

人の名前,それも外国人の,キャサリンとかオードリーとかというのがいい,

と講師が勧めたのには意味がある,と思えた。ひとに擬せるほど,それと対立し,それと戦う自分が際立ってくる。子供だと乗ってくれる,というのはすごくわかる。

そこで,問題との対決が際立つほど,それに対比して,失敗した例は,問題提起者に,リアルに思い出させる効果があるように見えた。

失敗と成功

は最後は入り混じったが,結果として,そういうやり取りを聞きながら,自分が,

どういうときにうまくやれたのか,

どういうときに失敗しやすいのか,

どうすればいいのか,

というコントロールできるレベルの具体的な対処法が出てくるところが,面白いと言えば,面白い。それが,いわば,問題を意味づけたドミナント・ストーリーに対する,オルタナティヴ・ストーリーということになる。

上記⑥のオルタナティヴ・ストーリーを分厚くする,という部分を,

アウトサイダー・ウイットネス

で代表してワークしたのだが,そこでは,

(問題の)物語の聴衆になるべく参集した人=アウトサイダー・ウイットネスが

①当事者と支援者の再著述する会話を傾聴
②アウトサイダー・ウイットネスによる(それに対する)語り直しを聴く
③語り直しに対する当事者からのコミットメント
④全員が合流して議論


ワークでは,一人のクライアント役とセラピスト役=講師の会話(ドミナントからオルタナティヴへの脱構築がなされる)を聞いて,アウトサイダー・ウイットネスによる(それに対する)語り直しを,文書に書いて,フィードバックすることになった。

時間が余ったので,僕もフィードバック役として,文書を読んだが,そこでの反省というか,振り返りとしては,よほど,当事者のオルタナティヴ・ストーリーを強化するのだという意識を持っていないと,

単なる感想,
助言,
分析,
賞賛,

になってしまう。ただ,そこで受けためたものを,正直に返せば,そこから,当事者に反照することはあるのだとは感じた。そのためには,自分の中ら起こった,

共鳴,

共振,

こころの動き,

を返すことなのではないか。ひょっとすると,ただ傾聴するのではなく,そこで,何がオルタナティヴ・ストーリーを強化するのに役立つかを意識していないと,単なるフィードバックになってしまう,そんなことをしきりと反省しつつ,自分の聴き方の特徴に,ハッと気づいた,ワークでもあった。



今日のアイデア;
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#オルタナティヴ・ストーリー
#ドミナント・ストーリー
#ナラティヴ・アプローチ
#外在化
#アウトサイダー・ウイットネス


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2013年12月09日

絶望



絶望とは,望みの絶えることなのか,望みを絶つことなのか。

ある年齢以降,政治に対する姿勢が変わった,次の時代は次の時代を担う世代が考えるべきだ,その時代を生きていないものが,とやこういうべきではない,と考えるようになった(と,自分に言い訳するようになったというのが正しいか!)。

しかし,あまりにもひどい。

僕ははっきり言って,怒りと絶望感で,この国が嫌になっている。たぶん,僕の若い頃は,この国の未来について,もっと敏感で,もっと過激に反応したはずだ。それでも,梃子でも動かせない,巨大な壁に,無力感に打ちひしがれてきた。しかし,それでもあきらめなかった。しかしいま,その種の無力感ではない無力感,何もしないうちから,気分だけで無力感に陥っているムードが蔓延している。

それにしても,この鈍さはどうだろう。特に多くの若い人の反応が鈍い。むろん,あの日,神戸からわざわざ勤務終了後駆けつけ,結果を聞いてため息をついている人がいたことなど,ツイッターを見る限り,地方から駆け付けた若い人だっていなくはない。だからすべてではない,とは思う。

勇敢なものほど
よくあおざめることができる
隊伍のなかで
最初にあおざめるのは
つねに最前列の
数人だ
まっさおになることは
若いきみたちの
資格だということを
おぼえておくといい

きみたちにはまっさおになる
権利がある(石原吉郎「あおざめる」)

自分が敏感だとは思わない。歳とともに皮膚感覚が鈍磨する。ずいぶん危機感を懐くのが遅くなった。老耄した証だ。それでも,ふいに,やばいと感じた。心底やばいと,身震いするほど,危機を感じた。

ずいぶん遅い。人のことを言えた義理ではない。

しかしこういう問題に若い人が敏感ではないということは,この国の未来に何かを仮託する夢を失っている,もう少し突っ込めば,絶望してしまっている,という証かもしれない。その絶望とは,望みが絶えている,の謂いだ。そのことが,二重に絶望感を募らせる。

あの,かつて感じた,何といっていいのか,やむにやまれぬ衝迫感,いてもたってもいられない焦燥感が,どこにも感じられない。

それは皮膚感覚であり,本能的なものであり,理屈ではない。

引き籠りと,フリーターをふくめると,500万人という数値がある。

日々絶望の中を生きている。望みを絶ち,望みが絶えている若者が,それだけいることに,身震いする。明日という日に何の期待も夢も持てずに眠りにつく(と想像される)人間が,こんなにいる。

いま一世代200万人を切って180万くらいになっている。とすると,二世代半に当たる人口になる。それだけの人間が,おのれの人生を生きるのをやめている。

しかも,それを外から見れば,その多くは,社会保険料を払っていない。ひょっとすると,税も。それは社会の根幹が,根腐れを起こしているということだ。そのことに為政者もほとんど注意を払わない。

アンシャン・レジームもいいだろう。しかし,既に日本は,国としての足元が崩れかけている。そんな回顧趣味よりも優先すべきことはいっぱいある。福島もコントロールできていない。廃棄物も処理できていない。復興も遅れている。故郷も山も荒廃している。しかしそんなこと以上に重視するものがあるから,原発の新設も目指す,武器輸出も目指す,軍隊派遣も拡大する。当然それで利益をえるものに加担しているからに他ならない。

500万人なんぞは,歯牙にもかけない。そういう政治をしているし,そういう政治を国民は選んだ。

かつての戦争は誰かの責任ではなく,一人一人の国民の,わずかな油断と,妥協と,諦めと,黙認と,緘黙と,わずかに高をくくったことが積み重なった結果なのだという深刻な反省のないまま,戦後が蜃気楼のように築き上げられた。その付けをいま払わなければならない。

国の成り立ちという意味でも,次世代の成り立ちという意味でも,二重三重四重に,国の未来を暗くしている。もちろんそう思わない人もいるだろう。それはそちら側での受益者なのだ。

僕はもうそんなに先は長くない。したがって,この法律からどんなものが派生し,どんな不自由が生まれるのかを見届けるゆとりはない。しかし,もし自分に子供がいたら,必死で国会へ出かけただろう。自分の子供の未来について,この国の行末について,本気に心配したろう。しかし…!

本気で絶望し,本気で,嫌気がさしている。

治安維持法をいまさら言い出す気もしない。愛国者法でどれだけの人間が拘束されているか,それはいまも継続中なのだ。がそんなことも,もう今更言い出す気もしない。自由のないところに,本当の経済の活力は生まれない。発想の活力も生まれない。起業の活力も生まれない。しかし,そうではないという人もいるのだろう。お手並みを拝見しよう。

自由について,あまりに鈍感すぎる。

自分探しをしている間に,本当の自分づくりにうつつを抜かしているうちに,肝心の,その自分の生きる自由空間がなくなっていることに気づいても,もう遅い。一体,何を観ているのだろう。内向きで,自分の夢だけを投影した世界しか見えていないのではないかと危惧する。

それは,結果として,保守ということだ。保守ということは,現状になにがしかの既得権益を持っている,ということだ。

自由は,自由について真剣に語るものにその意味が分かっている,とは限らない。本当に何かをこの国でやろうとした時,十重二十重に縛りがかかっていることに初めて気づく。もう実は,十分不自由なのだ。十分情報は秘匿され,ひそかに遺棄されている。

元毎日新聞の西山記者は,一生を賭して戦った。戦わざるをえないように強いられた。日米の密約スクープを下ネタスキャンダルに貶められ,ようやくアメリカの公開された情報で,密約が明らかにされた。しかし,これからは,政治的スクープ自体が処罰の対象になる。すべての記者が,同じシチュエーションに置かれる。その真偽がわかるまでに,60年かかる。

それにしても,60年とはひどすぎる。しかも廃棄の権限もある。そのこともまた秘匿される。

使命や天命を語るなら,この国のあり方について,この国の社会について,きちんと考えないそれは,架空のそれでしかない。場所のない,生はない。その場所が抽象的だったり,心の中だったりというのは,架空の使命でしかない。

最近,コミュニケーションで社会が変わるということを言う人が増えてきた。

コミュニケーションが,通信も含めた幅広い意味ならまだしも,一対一を指しているなら,正直ありえない,と僕は思っている。それは幻想というか,まあ,願望に近い。

五・十五事件で,犬養首相が「まあ待て。まあ待て。話せばわかる。話せばわかるじゃないか」と何度も言ったのに対して,反乱軍の若い将校は,「問答いらぬ。撃て。撃て」と言った。撃たれた直後,まだ犬養首相はしばらく息があり,駆け付けた者に「今の若い者をもう一度呼んで来い,よく話して聞かせる」と強い口調で語ったと言う。

仮に,コミュニケーションで,一対一で広げられたとしても,平面だ,二次元で,水平には広がるかもしれない。しかし,社会や組織と言ったときは,次元が違う。本気で,組織を,社会を変えようとしたことのない人には,それが見えていない。レベルを超えるのはコミュニケーションではない。なぜなら,そこには,アクションが地続きではないからだ。アクションがつながらないことは,現実化できない。

変えるのは,具体的な行動以外ない。

海は
断念において青く
空は
応答において青い
いかなる放棄を経て
たどりついた青さにせよ
いわれなき寛容において
えらばれた色彩は
すでに不用意である(石原吉郎「耳を」)

いま絶望とは,望みを絶つことに近い。

しかし,だ。

絶望なんかしてられない。それは諦めることだからだ。
諦めてなんかいられない。それは自分を見捨てることだからだ。
自分を見捨ててたまるか,それは自分を殺すことだからだ。

まだまだしぶとく,生きる。生きるとは,抗うことだ,自分を縛るものと戦うことだからだ。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#石原吉郎
#コミュニケーション
#絶望
#西山事件
#五・一五事件
#犬養毅
#アンシャン・レジューム


posted by Toshi at 06:06| Comment(15) | 絶望 | 更新情報をチェックする

2013年12月10日

実像



諏訪勝則『黒田官兵衛』をよむ。

来年の大河の主役のため,官兵衛本が相次いで出されている。順次見ていくが,これが二冊目。どこに焦点をあてるかで,結構差が出る。すでに,一冊,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11327874.html

で触れたが,そこでは,来歴というか系図について結構力を入れていた。しかし,本書は,武人としての官兵衛以外に,

キリシタンであり,

茶人であり,

歌人である,

官兵衛の姿に焦点をあてているのが特色かもしれない。

一般には,太閤記などのせいもあり,軍師というイメージが強く,その線で,司馬遼太郎『播磨灘物語』も,吉川英治『黒田如水』も描かれている。その典型は,江戸時代の『常山紀談』のある,官兵衛が,息子長政に語った,こういうエピソードだろう。

我は無双の博打の上手なり。関ヶ原にて,石田今しばらく支へたらば,筑紫より攻登り下部のいふ勝相撲に入りて,日本を掌のなかに握んと思ひたりき。其時は,子たる汝をもすてて一ばくちうたんとおもひぞかし。

しかし実際には家康の許可を取り,逐次自分の動きを家康に明確に示し疑われる行動は巧みに避けている。このあたりが実像だ。だから,江戸時代の『故郷物語』で,長政が凱旋して,中津城で手柄話をした折,家康は私の手を握り,三度抱擁してくれたと官兵衛に話した。その時,官兵衛は,冷ややかに,

左の手か,それとも右の手かと尋ねた。長政は右の手であると答えた。官兵衛は,左の手は何をしていたのか,と再び質問した。左手で家康を刺し殺すこともできたものを,との含意だ…

というのだが,この辺りは,「作り話」に過ぎない。著者は言う。

数々の武功からすると,官兵衛は非常に細心で堅実で,秀吉への連絡を怠らなかった。戦況を逐次報告し,秀吉の意向を確認し,判断を仰いだ。秀吉の没後は,家康を始めとする徳川陣営の人々と緊密に連絡を取った。これにより徳川方であることを明確に示し,三成陣営にも通じているのではないかと疑われるのを防いでいる。

と。そして,むしろ,

官兵衛はきわめて誠実な人物であった。

そのことは,小田原合戦で北条方との交渉役をつとめ,北条氏直に開城を決意させる。その折,氏直から,『吾妻鑑』と日光一文字の刀など三点を贈られている。また関ヶ原合戦後,吉川広家との盟約を着実に履行し,最後の最後まで毛利一族を見捨てなかった。さらに,さかのぼれば,荒木村重の籠る有岡城に幽閉された際,家臣たちが起請文を作成した事例等々が示すように,家臣からも大変慕われていた。

だから,著者は,

官兵衛なくして秀吉の天下統一は完遂できなかったといっても過言ではない。ただし,ここで注意しなくてはならないのは,官兵衛は秀吉の家臣団の中では随一といってよい名将だが,政権の中枢にあったわけではないことである。…「内々の儀」は千利休が,「公儀の事」は豊臣秀長が取り仕切っていた。秀長・利休の没後は,石田三成らが台頭した。官兵衛の存在をあまり過大評価するのは間違いである。

と。文化人としての官兵衛に焦点をあてているのが,本書の特徴だが,まずは,

官兵衛は高山右近・蒲生氏郷の勧めにより入信し,…秀吉の家臣たちに改宗を促したことが知られている。

洗礼名はシメオン。ルイス・フロイスの年報では,

小寺官兵衛殿Comdera Cambioyedono

とあり,官兵衛の読みが,「かんべえ」ではなく「かんびょうえ」であるとわかる。官兵衛は,死ぬまでキリシタンであり,葬儀も,自領の博多の教会で,キリスト教式で行われた。

茶の湯については,秀吉が重視していて,秀吉家臣団の多くも親しんだ。はじめ,官兵衛は武将が好む者ではないと,考えていたようだが,小田原合戦時,陣中で秀吉に招かれて,渋々茶室に入った逸話が残っている。

秀吉は茶を点てる様子もなく,もっぱら戦の密談を続け,数刻が過ぎた。秀吉が官兵衛に語るには「これが茶の湯の一徳というものだ。もし茶室以外の場所で密談をかわしたならば,人から疑いをかけられる。茶室で話せば剣技が生ずることはない」。

これを聞いて感服して,官兵衛は茶の道に入った,という。

茶席では様々な教養が要求されることはいうまでもない。たとえば,床の間に墨跡がかかっていた場合,その書を読むことができ,その内容を理解することが必要である。官兵衛は幼少の頃から培ってきた学問的な素養を十分に生かして茶席に臨んで行ったのである。

連歌については,連歌会の歌がいくつも残っているが,挑戦出陣に際して,細川幽斎から,歌学に関する書籍を贈られている。

中央歌壇の最高権威者である細川幽斎から,

『堀河院百首』(幽斎が書写したもの)
『新古今集聞書』(幽斎が書写。巻末に,今如水此の道に執心を感じ,之を進呈する,と記されている。)
『連歌新式』

書籍を贈られたのは,官兵衛が本格的に連歌に取り組んでいることを示している。この三年後には,官兵衛は,一人で連歌百韻を詠じている。

こうみると官兵衛は,武将として確かに優れているが,世に言われる野心家というよりは篤実な性格なのではないか。文禄の役で,朝鮮にて,死を覚悟して,長政に遺した家訓がある。

1.官兵衛の所領が上様(秀吉)に没収されなかったならば,現在仕えている家臣たちに,書面に記したように渡すように。
2.もしその方(長政)に子供ができなかった場合,松寿(官兵衛の甥)を跡取りとするように。もし,器量がない場合,松寿は申すに及ばず実子であっても不適格である
3.家臣たちに対しては,前々から仕えているものをしっかり取り立ててゆくことが大切である
4.諸事,自分の想い描いた通に事が運ぶとは限らない。堪忍の心がけが必要である
5.親類・被官には慈悲の心を持ち,母には孝行するように
6.上様・関白様(秀次)のことを大事にしていれば神に祈ることもない

どうだろう,戦国時代を誠実に戦いきった人間の,一種の透明な心映えが見える。

官兵衛も結構失敗し,秀吉の勘気を蒙っている。しかし,肥後の領国支配に失敗した佐々成政は切腹,戸次川合戦で敗戦した仙石秀久は改易された。しかし官兵衛は,同時期領国支配でも佐々と同じ一揆をおこされ,島津攻めでも失敗しているが,不思議と,秀吉から見逃されている。それは,誠実に,粘り強く対処して,貢献してきた官兵衛の力量を,秀吉は必要としていたからではないか。

参考文献;
諏訪勝則『黒田官兵衛』(中公新書)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#諏訪勝則
#黒田官兵衛
#豊臣秀吉
#黒田長政
#佐々成政
#仙石秀久
#細川幽斎
#ルイス・フロイス
#徳川家康
#石田三成
#豊臣秀長
#豊臣秀次
#司馬遼太郎
#播磨灘物語
#吉川英治
#黒田如水
posted by Toshi at 06:27| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする

2013年12月11日

承認



「第15回 早起き賊の会(朝型生活の魅力について熱く熱く語る会)」に参加してきた。

例によって,本日のアジェンダとして挙がったのは,

・自分にとって早起きとは
・朝におけるマイブーム
・睡眠サイクルの探求
・起床時間による生活リズムの変化
・来年の早起き賊を占う
・夜更かしの人を朝型生活に巻き込むには

等々。

因みに,「早起き」と言える時間は,4時か5時まで。6時になると,そうは呼ばない。なぜなら,それだと,もう出勤時間が迫り,いつもの準備作業の流れに入らなくてはならない。その前の,時間的余裕という贅沢が,早起き賊にとっての至福なのである。

だから,早起き派にとって,

早く起きるのは目的であり,

早起きは中毒であり,

早起きは習慣であり,

等々,人生において,なくてはならせないものになっているが,それは,そこでえた時間的猶予を,

人生を効率的に回すのに使うためであり,

その日やることをプランニングすることに使うためであり,

その日の段取りをシミュレーションすることに使うためであり,

早起きしなければできないこと(執筆,読書,ランニング,ウォーキング等々)をすることに使うためであり,

あるいは,

人生の止まり木として,立ち止まって,考えたり,振りかえったり,予見したり,構想したり等々をする時間的な余裕を確保するためなのである。

…ということで,人がまだ寝ている間に,その日1日のアドバンテージを得,更には人生のアドバンテージを得ようとしている。

まあ,いってみれば,意識的,目的的,な選択行為なのだということができる。だから,

4時か5時ならいいが,6時過ぎると,何か損した気分になる,

というのである。

だから,早起き賊にとって,それより早く何時に起きようとかまわないし,また起きて何をしようと構わない。場合によっては,朝風呂もあり,朝ぷしっ☆もあり,二度寝もあり,散歩もあり,(寒空での)外の読書もある。

アジェンダには,睡眠サイクルや生活サイクルがあがったが,どうやら,結局,睡眠サイクルがどうあろうと,早朝に起きるかどうか,そして起きて何をするかに関心が向いているので,睡眠サイクルに関心があるとすると,それが,ぱっと活動的になれるほど,睡眠の質が確保できているかどうかのほうに関心が向く。さらに,サイクルは,朝何時に起きようと,朝のゆとり時間がたっぷりか,わずかかの差にすぎない。

そこにはあまり関心はないらしい。まあ,毎日決まって,自分がどれだけ早く起きるか,に関心があり,実は,その後,出勤までに何をしているかには,お互い,あまり関心はない。

だから,早起き賊であり,早起き賊だけを競っている。

言ってみると,この賊の会は,毎日,フェイスブック上の,「俺たち,早起き賊!」というコミュニティに,何時に起きたかを書き込み合っているだけで,このオフ会では,その1ヵ月についての,いわば,早起きについての,

自慢というか,

吹聴というか,

自賛というか,

自惚れというか,

等々を我褒めする場なのである。だから。デトックスなのである。

まあ,大体が「早起き」だからといって,世の人は,感心はしてくれても,大概聞き流し,まともに取り合ってくれない。自分たちの毎朝の早起き行動を語り尽くす場がないのである。その欲求不満がたまっている。だから,

早起き賊の会

は,そういう自分たちの,互いの,あるいは自分自身の,

承認

の場なのだ。だから,夜更かしの人が,「自分も,早く起きたい」といいつつ,一向に早起きにならないのに,冷ややかである。

早く起きたかったら,起きれば,

という感じなのである。起きないのは,起きない選択をしている,というと喧嘩を売ることになるが…。しかし,

早起き派は,早朝起きることを意識的に選択している,

夜更かし派は,ただ夜を惰性で起きている,

というと,ますます喧嘩を売っていることになるか?では,

朝型のひとは,寝ているのがもったいない,

と考え,

夜方のひとは,

寝るのがもったいない,

と考えている,というのならどうか。

まあ,本音を言うと,そう言って,自分たちを,

自画自賛しているのである。

あえていえば,そうすることで,自分たちの振る舞いに酔っている,といってもいい。でもって,自分で自分の「やる気スイッチ」をオンにし,エネルギーを高めているのである。

しかし,酔う資格は,

毎朝早朝に起きる,

を習慣化できている人にだけ許されている。




今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#早起き賊
#朝ぷしっ☆
#やる気スイッチ
#習慣化
posted by Toshi at 05:33| Comment(0) | 早起き賊 | 更新情報をチェックする

2013年12月12日

通説




小和田哲男『黒田官兵衛』を読む。

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11386475.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11327874.html

に続いて,泥鰌本の三冊目。

正直これが歴史学者の本か,と思うほど,通説べったり,失礼ながら,ほとんど,突っ込んだ研究を(いまは)していないということを,証するような著作だ。

はじめに,でこうある。

「黒田官兵衛の魅力は何か,一言で説明してほしい」といわれれば,私は,「戦国自体の最も軍師らしい軍師」と答える。

軍師が存在していないことは,日本史家の基本的な考えだ(とはお考えになっていないらしい)。講談や小説ならいざ知らず,到底ありえない。しかも,本書中に,どこも,軍師の定義もない。

さらに,こう言うのである。

さらにそれに一言加えれば,「トップに馴れる力をもちながら,補佐役に徹したその生き方」と答えることにしている。

何をどう考えようと,所詮歴史も物語だから,その人の自由だが,

秀吉の帷幄に官兵衛がいなければ,秀吉がはたして天下を取ることができたか疑問である。仮に天下が取れたとしても,織田信長時代の凄惨な戦いが繰り返され,もっと多くの血が流されたものと思われる。

歴史に,たら,れば,はない。この説は,仮説,つまり官兵衛=軍師に依拠してしか言えない。しかし,それなら,なぜ,無謀な文禄の役を止められなかったのか,という茶々はいれずにおこう。歴史が示しているのは,秀吉がいなければ,官兵衛はおらず,官兵衛がいなくても,秀吉は天下を取った,ということだ。

こういう著者の論法は,随所にみられる。

たとえば,信長と謁見した時のことについて,

このときの越権の模様は『信長公記』にも記されておらず,『黒田家譜』にしか出てこないので,以下,同書によりながら,

と書き進める。『黒田家譜』の記述については,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11327874.html

でも触れたように,かなり慎重を要するのに,第一次史料である『信長公記』をさておいて,話を展開している。『信長公記』に記述がなければ,疑わなければならないのに,である。

あるいは,こういうのもある。

『武功夜話』については,「偽書だ」といって頭から否定する人もいるが,秀吉の家臣だった前野将右衛門長康の子孫が,家に伝わる古記録などをもとに,幕末になって著わしたもので,部分によっては信用できる箇所もあり,…,

といいつつ,検証抜き(信用できる箇所だという証明がないまま)に使っている。大体『武功夜話』の本体自体が公表されていない古記録を,疑ってかかるのが当たり前だ。しかも,幕末とは,300年もたってから書かれたものなのだ。疑うのが常識ではないか。

なのに,『武功夜話』によると,として,他の史料を示さず,『武功夜話』だけで,官兵衛の活躍を追うところが随所にある。さらには,『黒田家譜』の記述(官兵衛の功績を示そうとするのが当たり前)に,『本能寺の変を聞いて,呆然とする秀吉に,

さても此世中ハ畢竟貴公天下の権柄を取給ふべきとこそ存じ候へ,

と励ました記述を,『川角太閤記』(これも第一次史料ではない)まで持ち出して,

呆然自失の状態から,官兵衛の一言で秀吉が我に返ったのは確かである。官兵衛がそばにいなければ,秀吉の対応が遅れた可能性があり,

と,見てきたような嘘を受け合う。講談師か?とつっこみを入れたくなる。

だから敗北した小牧・長久手の戦いについても,

その場に官兵衛がいたら,反対し,この作戦は実行されなかったと思われる。

ここまで言い切られると,呆れるより,そういう本なのだと思うしかない。しかし,最後に著者の入れた,官兵衛の遺訓は,創ろうとした官兵衛像を見事に裏切っている。

1.神の罰より主君の罰おそるべし。主君の罰より臣下百姓の罰おそるべし。其故は,神の罰は祈りもまぬかるべし。主君の罰は詫言して謝すべし。只臣下百姓にうとまれては,必国家を失ふ故,云々

2.大将たる人は,威といふものなくしては万人の押へ成りがたし。去りながら悪しく心得て,態と我身に威を拵てつけんとするは,却って大なる害となるものなり。其故は,只諸人におぢらるる様に身を持なすを威と心得,家老と逢いても威高く事もなく目をいからし,詞をあらくし,人諌めを聞き入れず,我に非有る時もかさ押しに言いまぎらし,我意を振舞によって,家老も諌を言ず,おのづから身を引様に成行くものなり。家老さえ如斯なれば,まして諸士末々に至迄,只おぢおそれたる迄にて,忠義のおもひなす者なく,我身構をのみにして奉公を実によく勤る事なし。かく高慢に人をないがしろにする故,臣下万民うとみて必家を失ひ,国亡ぶるものなれば,能々心得可き事なり。云々,

まさに,後年の黒田騒動を予見したような遺訓だが,ここにはただ,二代目の我が子(長政)に藩を守るように言い聞かせている,功に成り遂げた父親の心配するイメージしかない。

秀吉の,子ども(秀頼)のことを,涙を流して頼んでいたイメージと重なるだけだ。そして,この託しているもののスケールの差は,そのまま,秀吉と,官兵衛の差といっていい。


参考文献;
小和田哲男『黒田官兵衛』(平凡社新書)
渡邊大門『黒田官兵衛』(講談社現代新書)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#小和田哲男
#黒田官兵衛
#渡邊大門
#豊臣秀吉
#黒田長政
#小牧・長久手の戦い


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2013年12月13日

プロパガンダ




跡部蛮『秀吉ではなく家康を「天下人」にした黒田官兵衛』を読む。

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11327874.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11386475.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11388160.html

に続いて,泥鰌本の4冊目。もうこれで打ち止めにする。新書版とはいえ,いい加減な物語を語るのはやめてほしい。確かに,どこに焦点をあてるかによって,図は変わるとはいえ,こうそれぞれが勝手読みをするのを歴史と言ったら,カーが嗤うに違いない。

こう言うのは,版元を見て判断する,というのが僕の基準だが,それは当たっている,といっていい。

さて,本書は,小和田哲男『黒田如水』から学んだということばが,プロローグに載せられているが,その小和田氏の,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11388160.html

とは,真逆の結論からスタートしている。といっても,中身は,それに近いのが笑えるが。著者はこう書く,

「豊臣秀吉を天下人にした稀代の軍師」という通説的理解に疑問を抱く一人だが,秀吉死後,官兵衛とその嫡男・長政の父子は,家康の天下取りに大きく貢献し,関ヶ原の合戦後,家康から,「御粉骨御手柄ともに比類なく候。いま天下平均の儀,誠に御忠節ゆえと存じ候」という賛辞をたまわる。

と。しかし,これは,社長が功労者に言うセリフであって,だからといって,

豊臣秀吉を天下人にした稀代の軍師,

から,

家康を「天下人」にした黒田官兵衛,

と入れ替わる根拠とも思えない。ただ仕える主人を変えただけだ。どこに焦点をあてるかで,変わることには,著者自身が気づいているらしく,さんざん官兵衛を持ち上げた挙句,あとがきではこう書く。

秀吉の天下がほぼ定まった同(天正)十三年頃,官兵衛はキリスト教に入信するが,このころ宣教師ルイス・フロイスが『日本史』に書き残した言葉が,世間が官兵衛をどう評していたか如実に表しているように思う。

「関白の顧問を務める一人の貴人がいた。彼は優れた才能の持ち主であり,それがために万人の尊敬を集めていた。関白と山口の国主(毛利輝元)との間の和平は,この人物を通して成立した…」

このことから,こう逆に推測する。

官兵衛の事績として知られるのは毛利との交渉だけという見方もできる。実際に福岡藩の正史である『黒田家譜』を除くと,一級史料で彼が秀吉の天下統一に獅子奮迅の活躍をしたという事実や評価は見られない。

つまり,後世の彼の評価と当時の現実とは大きな落差がある。これを,著者は,こう言う。

官兵衛を実像以上の存在に見せようとしたプロデューサーがいたと考える。ほかならぬ秀吉である。

そして,こう説明を加えていく。

秀吉の官兵衛評については『家譜』に掲載される次の話が有名だ。あるとき秀吉はふざけて近臣の者に,自分が死んだら誰が天下を給ったらよいかを問い質してみた。誰もが家康や前田利家,毛利輝元ら大身の大名の名前ばかり挙げた。そこで秀吉は,「汝ら知らずや」,つまりおまえたち誰もわからないのかといい,「黒田如水なり」として,官兵衛の名を挙げたという。『家譜』は,だからこそ秀吉は官兵衛に大国を与えなかったのだといい,一般的にもそう理解される場合が多い。しかし,この手の話が後世まで語り継がれる要因のひとつは,秀吉得意のプロパガンダの結果であったと考えた方が理解しやすい。

なぜなら,

下層階級出身の秀吉には譜代の臣はおらず,世に名前の通った家臣もいない。だからこそ秀吉は,彼自身がプロデューサーになって自分の配下の者を世に売り出そうとした。

と。そういえば,賤ヶ岳の七本槍(本当は,『柴田退治記』では9人だったようだが)でいう,

福島正則
加藤清正
加藤嘉明
脇坂安治
平野長泰
糟屋武則
片桐且元

等々もその例だし,

中国大返し

美濃大返し

という命名もまた,その例だろう。

事実,秀吉は,祐筆となり,側近だった大村由己に,

『天正記』
『播磨別所記』
『惟任退治記』
『柴田退治記』
『関白任官記』
『聚楽行幸記』
『金賦之記』

と次々に,ほぼ同時進行で,軍記を書かせているが,それにも目を通し,口も出している。あの『信長公記』の太田牛一にも,『大かうさまくんきのうち』『太閤軍記』を書かせている。

当時の軍記物は,皆の前で詠み聞かせる。直後にこうやって物語を読み聞かせ,宣伝していくのである。戰さの直後に,こう読み聞かされれば,そこに載りたいという動機が生まれてもおかしくない。現実と,同時進行で歴史を創り出そうとしていた,と言えなくもない。信じたかどうかは別に,自分の出自についても,

御落胤説

まで物語にしようとする,秀吉である。

こう考えると,実は,あとがきの,この焦点の当て方の方が,本文よりはるかに面白い。が,この説を図として,展開すると,実は官兵衛を主役とする本書には都合が悪く,秀吉の類い稀なプロデュース能力だけが際立ってしまう。

だから,著者が,

官兵衛は秀吉を恐れ,その官兵衛を家康が恐れた。

等々というのは,たわごとにしか見えない。官兵衛は,絶えずその時の仕えるべき相手である秀吉や家康に,疑われないよう,慎重に連絡し,許可を得て動いている。所詮,

秀吉あっての官兵衛であり,家康あっての官兵衛である。

そこを見間違えては,官兵衛像は虚像に過ぎない。

参考文献;
跡部蛮『秀吉ではなく家康を「天下人」にした黒田官兵衛』(双葉新書)

今日のアイデア;
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#跡部蛮
#秀吉ではなく家康を「天下人」にした黒田官兵衛
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#加藤清正
#加藤嘉明
#脇坂安治
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#片桐且元
#黒田家譜
#小和田哲男
#黒田如水

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2013年12月14日



先日,異世代交流会で,金春流能楽師山井綱雄さんの話を聞き,若干舞を拝見する機会を得た。

長く誤解していたが,信長が,

人間五十年,化天のうちを比ぶれば,夢幻の如くなり
一度生を享け,滅せぬもののあるべきか

と,『信長公記』に曰く,

此時,信長敦盛の舞を遊ばし候。人間五十年 下天の内をくらぶれば,夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか,と候て,螺ふけ,具足よこせと仰せられ,御物具召され,たちながら御食をまいり,御甲めし候ひて御出陣なさる,

と,桶狭間の戦い前夜,今川義元軍の尾張侵攻を聞き,清洲城の信長は,まず「敦盛」のこの一節を謡い舞い,陣貝を吹かせた上で具足を着け,立ったまま湯漬を食したあと甲冑を着けて出陣したという一節が,特に49歳で本能寺で死んだことと重なって,

「人の世の50年の歳月は,下天の一日にしかあたらない」

と,一層印象深いが,これを能の敦盛と勘違いしていた。

だから,秀吉が,賤ヶ岳の合戦で勝利し,姫路へ凱旋,帰城した時,上機嫌で,敦盛を舞ったというのを,勝手に信長の真似と捉えていた。

しかし,信長のは,正しくは,幸若舞であり,今は伝承が途絶えているので,詳しくはわからないという。

ウィキペディアには,

幸若舞は,室町時代に流行した語りを伴う曲舞の一種。福岡県みやま市瀬高町大江に伝わる重要無形民俗文化財(1976年指定)の民俗芸能として現存している。能や歌舞伎の原型といわれ,700年の伝統を持ち,毎年1月20日に大江天満神社で奉納される,

明治維新後,禄を離れた各地の幸若舞はその舞を捨ててしまい,この大頭流の大江幸若舞のみが現在に伝わっている。大江の地に受け継がれてから,2009年現在で222年の伝統がある,

とある。ということは,能と秀吉のつながりは,信長とは関係ない。

ウィキペディアには,

金春安照(六十二世宗家)に秀吉が師事したために,金春流は公的な催能の際には中心的な役割を果たし,政権公認の流儀として各地の武将たちにもてはやされることとなった。秀吉作のいわゆる「太閤能」も安照らによって型付されたものである。安照は小柄で醜貌と恵まれない外見だったと伝えられるが,重厚な芸風によって能界を圧倒し,大量の芸論や型付を書残すなど,当時を代表する太夫の一人であった,

とあるが,秀吉は,シテとして,舞台に上がった武将の嚆矢とされる。特に金春流とは深くつながった。ただ,

江戸幕府開府後も,金春流はその勢力を認められて四座のなかでは観世流に次ぐ第二位とされたものの,豊臣家とあまりに親密であったことが災いし,流派は停滞期に入ってゆく。その一方で観世流は徳川家康が,喜多流は徳川秀忠が,宝生流は徳川綱吉が愛好し,その影響によって各地の大名のあいだで流行していった。

とされている。ただ,他の流派は,観阿弥・世阿弥の時代を始祖とするのに対して,金春流は,

伝説の上では聖徳太子に近侍した秦河勝を初世としているが,実質的には室町時代前期に奈良春日大社・興福寺に奉仕した猿楽大和四座の一,円満井座に端を発する,

という古い歴史を誇る。秀吉がどうして能に,特に金春流にはまったのかは,わからないところがあるが,

http://www.the-noh.com/jp/trivia/104.html

には,

彼は自分の業績を新作能として作らせました。それが,「豊公能」と呼ばれる作品群です。

「豊公能」は,秀吉58歳のころに作られたと言われています。当初は十番能だったと見られていますが,謡本で伝わっているものでは,「吉野詣」「高野参詣」「明智討」「柴田」「北條」の五番が有名です(近年,「この花」という曲が発見されました)。「吉野詣」は,吉野に参詣した秀吉に蔵王権現が現れ,秀吉の治世を寿ぐ,というもの。「高野参詣」は,母大政所の三回忌に高野に詣でた秀吉に,大政所の亡霊が現れて秀吉の孝行を称えるというもの。「明智討」「柴田」「北條」は,秀吉の戦功を称えたものです。

秀吉は,これらを宮中に献上し,また,ほぼすべてを自ら舞ったようです。能を愛好した権力者は,足利義満,徳川綱吉ほか,数多くいます。しかし自身の生涯を能に仕立て,あまつさえ舞った人はほかに見当たりません。豊臣秀吉の能への耽溺ぶりがうかがえます。

とある。

秀吉は,セルフブランディングの名人なのである。

祐筆の大村由己に,

『天正記』
『播磨別所記』
『惟任退治記』
『柴田退治記』
『関白任官記』
『聚楽行幸記』
『金賦之記』

と次々に,ほぼ同時進行で,自分の戦さの軍記を書かせている。しかも当時の軍記物は,旗下の武将たちの前で詠むのである。それは,自分の事績の宣伝に他ならない。

自分の出生も,御落胤説を語りだすなど,自己を演出するのに,余念のない秀吉のことだ。能の,あのきらびやかな舞台に,もう一つの,しかも自分が主役を演じられる格好の手段を手に入れた心地なのではないか。

自分の歴史を,自分で舞って,表現する,

得意絶頂の秀吉が目に浮かぶ。

秀吉は世阿弥ふうのいかにも優美な曲を好んだ,

とのことだが,天下人が,能に肩入れしたことの効果は波及的だ。

衰退していた興福寺での薪能や春日若宮祭での催能を復活させたり,大和猿楽四座に対して継続的に配当米を支給して保護したり,

と,影響が及び,

その保護政策は徳川幕府にも継承されて,能楽の古典劇化,式楽化が進んだ,

とされている。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm





#金春流
#山井綱雄
#天正記
#播磨別所記
#惟任退治記
#柴田退治記
#関白任官記
#聚楽行幸記
#金賦之記
#秀吉

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2013年12月15日

視点


若い方の展覧会を拝見する機会があった。

http://gallery-st.net/takeyama/index.html

好対照で,一人ずつの話を伺うと,

具象と,何かを象徴的にズームアップすることとの両極を試している,

というのと,

身体の体感覚(ざわつきや感触,触覚)を音として感じ,それを色として表現する,
こころの状態を色として表現している,

という両者は,一見まったく別のようだが,

視点,

としてとらえると,実は共通する。

視点とは,物理的にか,想像的にか,見る(立ち)位置を示す。それは意識的でなければ,自分で操作できないが,その位置によって,見るモノの見え方が変わる。その意味では,見え方を左右するといっていい。

視点の変え方には,次の4種類がある,と僕は思う。

●位置(立場)を変える 
立場を変える,他人の視点・子供の視点・外国人の視点・過去からの視点・未来からの視点になってみる,機能を変える,一体になる・分離する,目のつけどころを変える,情報を変える等々

●見かけ(外観)を変える
形・大きさ・構造・性質を変える,状態・あり方を変える,動きを変える,順序・配置を変える,仕組みを変える,関係・リンクを変える,似たものに変える,現れ方・消え方を変える等々

●意味(価値)を変える 
まとめる(一般化する),具体化する,言い替える,対比する別,価値を逆転する,区切りを変える,連想する,喩える,感情を変える等々

●条件(状況)を変える
理由・目的を変える,目標・主題を変える,対象を変える,主体を変える,場所を変える,時(代)を変える,手順を変える,水準を変える,前提を変える,未来から見る,過去から見る等々

ところで,音を色として描くという方の話に,

視点をずっと近づけて,ミクロまで行けば,量子の世界になる,

というのがあったが,それは,視覚の捉える形が崩れていくということだ。形が崩れると,単なるドットの集まりになる。それを少し遠ざければ,色ということになる。

しかし,花を見ていて,少し引くと,花畑になり,更に引くと,色になる,というのと同じで,視点をどこに置くかで,アップにもなるし,ロングにもなる。その時カタチに焦点が当たるか,色の差に焦点が当たるか,おのずと変わる。

逆に,ものを全体としてとらえず,部分,鼻や唇だけを図として際立たせ,背景を地として,消してしまうと,それはカタチは残るが,何かの象徴のように見えてくる。それは,部分だけをズームアップし,カタチが意味を変えると言ったらいいのか。

色に着目するか,カタチに着目するかの差はあるが,視点を操作することで,対象へのアプローチを変えようとする,描き方の模索といっていい。

ただ,色だけがテーマになることもないし,ズームアップした部分だけがテーマになることはない,

ような気がする(もちろん素人の感想にすぎないが)。

僕には,その操作は,本当に描きたい何かを見つけていくプロセスに見える。

なぜなら,僭越ながら,視点はモノを見る見方に過ぎない。視点を変えるとは,物理的に近づくことがアップになり,ひっくり返すことが,逆さまに見ることになる。裏返すことが,裏から見ることになる。物理的な近接遠近を,頭の中のイマジネーションで,描き出すことができる。

しかしそれはモノとのアプローチ差にすぎない。そこはまだモチーフに過ぎない。描こうとする絵の素材に過ぎない。そのアプローチ差を素材にして,何を描こうとするのか,テーマが明確化して初めてスタートラインに立つ。

どんな象徴するものが面白くても,それはただの実験でしかない。
どんなに色のちりばめ方が面白くても,まだ実験でしかない。

僕には,そのモチーフを生かす,舞台,つまりテーマがまだ見えていないように見える。

テーマというと大袈裟だが,その中に自分が実現したい(顕在化したいというべきか)世界,あるいは人,あるいはモノ,情景等々かもしれない。うまく言えないが,その表現の手段として,ピタリと今のモチーフがはまる世界というべきか,それは振り返ってはたと思い至るようなことかもしれない。

これを実現するためにやっていたんだ,

と。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#視点
#モチーフ
#テーマ
#イマジネーション
#舞台

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2013年12月16日

懐に入る



先日,インタラクティブ・トレーニング「コーチは軽やかに対応する」(ファシリテーター:川本恵 国際コーチ連盟 マスター認定コーチ)に参加してきた。

案内には,

あなたは相手とのコーチングで,状況に応じて軽やかに対応していますか?
それとも相手が誰であっても,同じパターンばかりをとる傾向にありますか?

とあり,ICFのコア・コンピテンシーにある「コーチとしてのプレゼンスがある」の項目の,

コーチング・セッションの間,一瞬一瞬を軽やかに対応しつつ,存在感があり柔軟である,

コーチング・スタイルを用いることで, 充分に自覚を持ってクライアントと自発的な関係を作ることを目指します,

ということに,まあ惹かれた。

いつものことながら,

①人はそれぞれ全くちがう思考を持っている
②コーチは相手が「自分で考える」環境を提供するだけである
③相手から学ぶ姿勢でいる

を前提に,どうすれば,軽やかにコーチングができるかを,考える機会をもらった。

僕の中では,

Dance in this moment

というのが,ひとつの目標ではあったし,だから今回参加する動機でもあったが,今回,一日ずっとセッションをやったり,リレーセッションをやったりしていくうちに,もちろん訓練不足という面もあるにはあるが,まだ到底そのレベルに達していないということを思い知らされると同時に,口で言っているほど,僕は,軽さには惹かれていないのではないか,ということを少し考えさせられる場になった。

惹かれていない,というよりも,自分のひととの距離の取り方,あるいは人へのスタンスが,どうもそこにはないらしい,ということを感じさせられた。

もちろん,さくさくと,流れるように,リズミカルにコーチングが進んでいくのは気持ちがいいのは事実だし,テーマによっては,そういう処理の仕方ができることもある。しかし,どうも自分が,コーチ-クライアント関係で,コーチとして関わる時,そういう距離の取り方はできないらしい,というか,そういう立ち位置は取りにくいらしい,ということに気づいた。

ある意味ニュートラルな関係を保っていくことをしてこなかった,というか,そういう立ち位置を取る生き方をしてこなかった,ということなのだ。

コーチとしてのあり方が,おのれの生き方を反映しているのだとすれば,そういう姿勢の方が,おのれらしい,という感じがしたのだ。一種開き直りなのかもしれないが,ダメ出しではなく,OK出しをするなら,そう考えてもいいのではないか,と思い至った。

というと,コーチが勝手読みで,思い入れたっぷりに,踏み込むというと,主役がクライアントではなくなるようなイメージなのだか,僕の気づいたのは,(あえてプラスで取り出すなら)うまくできたか出来なかったかは別として,そこでしようとしていたのは,

コーチは,絶対的にクライアントを全面受容する
コーチは,絶対的にプラス面しか写さない鏡になる,
コーチは,絶対的にクライアントができると信ずる,
コーチは,絶対的の出来ている部分だけを図としてクローズアップする,

ということらしいのである。コーチングはクライアントの味方である,というとありふれた当たり前になってしまう。しかし,それも度を越すと,ひとつのスタイルなのではないか。

もう少し踏み込むと,間合いをはず手法に,『五輪書』に,秋猴の身とか漆膠の身というのがある。

構えと同時に,相手が打つ前に相手の懐に入り込む,

あるいは,

相手に密着してはなれない,

というのである。表現は悪いが,

相手の土俵に乗るだけではなく,その懐近くに踏み込む,

という手法である。しかし,それには,相当の勇気がいる。骨を切らせて肉を切るという言い方があるが,そんな生易しいものではない。いきなり,相手のうちに飛び込むようなものである。身を危険にさらすという,相当の覚悟がいる。勇気がいる。もちろん,剣の立ち合いではないので,相手を立てるために,相手を支えるために,そこに立つのではあるが。

その上で,絶対的に,

できない部分ではなく,できている部分のみを拾い上げる,
マイナス感情ではなく,プラス感情のみをピックアップする,
出来ないことではなく,できるために必要なことのみに焦点を当てる,
ないことではなく,あることを結晶化させる,

という徹底した肩入れをする。これは,ひょっとすると,軽やかさとは真逆の,暑苦しさかもしれない。しかしである,その方が,僕の性に合っているらしいのである。

逆に言うと,ニュートラルではありえない,冷静な口調でもあり得ないかもしれない,静かなコーチングでもありえない。暑苦しく,騒々しいコーチング,言い方は悪いが,執拗に,食い下がるコーチングになる。

むろん,そこでは,クライアントが,

何を大切にしているのか,
何に価値を置いているのか,
何に喜びを感じているのか,

を見逃さずに,引き出し,言語化して確認していくことが欠かせないように思う。それを外してしまうと,ただのおせっかいに過ぎなくなる。

軽やかさとはちょっと無縁になりそうなのだが,そこで必要なのは,常に,先入観を捨てて,身軽に,踏み込むことなのだろうと思う。

しかしそう考えると,まだ,踏み込みが足りない。中途半端で,なんとなく,土俵の淵から,暑苦しい熱意だけが目に触る,という感じなのではないか。

ユーモアでもあればまだしも,ダジャレでもいいのだが,それがないと,一層押しつけがましさだけが目立つ。

まあ,言ってしまえば,全然踏み込みが足りない。確かに踏み込むには,結構勇気がいるが,それがないままの熱意は,暑苦しいだけである。まだまだ覚悟の不足している所以のように見える。

今日のアイデア;
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#五輪書
#秋猴の身
#漆膠の身
#コーチング
#コーチ
#コーチ-クライアント関係
#Dance in this moment
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2013年12月17日

言語化



言葉にする,というのは,言語のスピードの20~30倍の意識の流れから,言語に置き換えて,ことばとして発声する。その時,耳は,自分の声を,改めで,情報として聞くという。

オートクラインが起きるのは,このせいだが,言語化することができるようになったということは,

もの(こと)を,俯瞰する,

視点を手に入れたということだ。だから,ユンギアンは,言葉を覚えたときから,われわれは,空を飛ぶ夢を見るようになる,という。

たしかに,僕自身も,言葉の習得と直接関係があるかどうかは別に,ある時期,空中を平泳ぎしている夢をよく見た。大きな幹の木々の間を,ぬって泳いでいたのを良く覚えている。

しかし,それは,逆に言うと,ものごとを丸め(られ)るようになった,ということでもある。

言葉レベルで発想していると,時に堂々巡りになる。それは,抽象度の高いレベルで,思考が空回りしているという状態のように思える。

前にも書いたが,一般に,人の記憶に,

・意味記憶(知っている Knowには,Knowing ThatとKnowing Howがある)
・エピソード記憶(覚えている rememberは,いつ,どこでが記憶された個人的経験)
・手続き記憶(できる skillは,認知的なもの,感覚・運動的なもの,生活上の慣習等々の処理プロセスの記憶)

がある,とされている。もちろん,この他,記憶には感覚記憶,無意識的記憶,短期記憶,ワーキングメモリー等々があるが,このなかでもその人の独自性を示すのは,エピソード記憶であると思う。これは自伝的記憶と重なるが,その人の生きてきた軌跡そのものである。

意味レベルでは,誰が言っても同じだか,その言っている言葉の背後にある景色は,人によって違う。

かつて,メールで,何気なく,「思惑」という言葉を使ったら,相手が激怒したことがある。別に悪意や他意があって使ったのではないが,彼には,他意あるかのごとく受け取るエピソード記憶が,「思惑」という言葉に絡みついていたのだ。

人は持っている言葉によって,見える世界が違う,

とヴィトゲンシュタインが言ったのだが,ただ言葉の違いだけではなく,その言葉に張り付いている,自伝的記憶が違うのだといっていい。

たしかに,

パワハラ,

という言葉を知らなければ,上司が部下を叱責しているのは,ただ注意されているのか,注意されているのか,指導されているのか,という程度だが,パワーハラスメントという言葉を知ってしまうと,同じ光景が,別のニュアンス,あるいは,全く違う光景として認識される。

確かにそうには違いないが,同じパワハラでも,人によって,その色合いが違う。その違いを,言語にできなければ,コミュニケーションは,意味レベルだけで,空中ブランコをしているだけで,深まることはない。

大事なのは,二つのように思う。

ひとつは,リアリティと紐つけをすること。

同じものを見ていても,同じように見えているとは限らない。その見え方に,その人のオリジナリティがある,と僕は思っている。とすると,より具体化することだ。

ただ,具体性,といっても,それぞれ自分にとっての当たり前レベルをもっている。しかしそのことに自覚的ではない。

たとえば,「上から」といったときの,上は,

二階からなのか,木の上からなのか,屋上からなのか,高層ビルの上からなのか,その当たり前は,意識的に動かすことができるはずである。たとえば,東京タワーの上から,飛行機の上から,人工衛星の上から,月から等々。

それは,人によって,具体性のレベルが違うからだ。しかし,人は意識すれば,具体性のレベルを変えていける。

そのためには,最低限,

・具体例を挙げる~具体性のレベルを変える
・強制,あるいは見たいように見ることを押さえない~見えているものを見る
・5W1H,あるいはストーリーを描く~できるかぎりピンポイントにする

因みに,具体的かどうかの原則は,次の3点。つまりそれが,

・他にないたったひとつの「もの」や「こと」であるかどうか,
・心の中に,気持ちや感情を動かすイメージが浮ぶかどうか,
・特定の何かをそこから連想させる力があるかどうか,

というとこを意識する,こちら側の努力はいる。

だか,しかし,だ。そこで問題になるのは,言語の少なさなのだ。語彙の足りなさ,言いたいことを表現する言葉が足らないのだ。自分にしかみえないものを言語化する,手段が不足しているのだ。

例えばだ,クオリアレベルで,見えている色に微妙な差がある,とすれば,それが言語に置き換えられなくてはならない。しかし,色を表現する,日本語の,独特の言葉が,いまや,死語になりつつある。

たとえば,

浅黄色
萌黄色
銀鼠色

等々,そういう言葉を片方が持っていても,相手にそれが理解できなければ,他の言葉で言い換えるしかない。

昔色見本を見ながら,印刷の色指定をしていた,まだそういう色見本帳には,そういう色の名が生きているに違いないと思うのだが…!

だから,第二は,語彙を増やすことだ。そのために,ひとつの言葉を,言い換える努力をしてみることだと思う。そして,そのことは,情報の読みと深くつながっていく,と僕は信じている。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


#言語化
#オートクライン
#ヴィトゲンシュタイン
#語彙




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2013年12月18日

視野



おのれの視界は,自分ではその広さ,狭さには,気づかない。自分の視点も,自分では気づけない。視点に気づくには,メタポジションがなければ,気づけない。視覚は,見えているものについては気づけても,それが,上からなのか,横からなのかという視点には,気づけない。気づいているとすると,おのれのイマジネーションによって,無意識にメタ化しているにすぎない,と思う。あるいは経験から,推測しているにすぎない。

意識していないが,人は特有の自分の見方を持っている。それは価値観であったり,生まれつきの見る位置であったり,こだわりであったり,暗黙の前提であったり,慣れであったり,なんとなく制約を考慮していたり,気づかず固定した位置でみている。しかし,その自分の癖というか,特性については,メタ化しなければ気づけない。

メタ化して,それを自分でチェックすることで,それに気づけるし,逆にいえば,それを意識できれば,変えることもできる。見方だけは,意識しないと変えられない。特定の見方をとっていることを気づかない限り,変えることはできない。

上から見ていると,気づいて初めて,それ以外の視点があることに気づける。

いってみれば,見方を「変える」ためには,それを意識してみる必要がある。

例えば,「価値を変える」には,「~と見た」とき,「いま自分は,どういう価値観・感情から見たのか」と振り返ってみることでしか気づけない。

そのときの,善悪なのか美醜なのか喜怒なのかを意識して初めて,それ以外の価値観で見たらどうなるか,に意識が向く。無意識でしていた見方を意識し,「では,別の見方ならどうなるか」と,改めて別の見方を取ることができる。

見え方を変えるのは,ある意味,見る位置の移動である。

大きくなるとは見る位置を近づけること,
小さくなるとは遠ざけること,
逆にするとはひっくり返すこと,あるいは自分が逆立ちすること,

等々に違いない。

我々のイマジネーションは,(頭の中で)位置を自在に回転できる。位置を動かせるわれわれの想像力を駆使して,見えているものを変えてみることで,見え方を変えられる。

見え方を変えることで,いままでの自分の見方が動くはずである。

見えているものが動かせるなら,その動いた見え方によって,こちらの見方が影響を受ける。だから,みえているものを,分解したり,くっつけたり,束ねたり,回転させたり,によって,見方を動かすることができる。

しかしそれをするためには,(モニターで3D画面を操作するのでないかぎり)対象を見ている自分の位置を動かさない限り,気づきにくい,というかたぶん気づけない。それが可能にするのは,メタ化という言い方をしたが,言い換えると,

「見ている自分を見る」こと

によってである。

それは,見る自分を突き放して,ものと自分の間で固着した視点を相対化することだ。そうすることで,他の視点があることには気づける。それは,自分自身を含め,自分の見方,考え方,感じ方,経験,知識・スキル等々をも対象化することも含まれる。

それを,僕は,

「見る」を見る

と呼んでいる。「見る」を意識しない限り,何を見ているかはわかるが,どう「見(てい)る」か,どこから「見(てい)る」か,見る自分自身は気づけないからだ。見ているものと,見ている自分,を見る自分を対象化することで,全体が見える。

ちょうど,コーチングでいう,

レベル1(自分に矢印)
レベル2(相手に矢印)
レベル3(両者に矢印)

という意識の向け方と同じことだ。

対象化するためには,いったん立ち止まって,自分を,自分の位置を,自分のしていることを,自分のやり方を振り返らなくてはならない。たとえば,

言葉にする,

図解する,

録音する,

録画する,

というのもその方法のひとつになる。

たとえば,どつぼにはまって,トンネルビジョンに陥っているとき,その真っ最中は,視野狭窄の自分には気づけない。自分がトンネルに入り込んでいること自体を気づかない。それに気づけるのは,その自分を別の視点から,見ることができたときだ。

岡潔は,

タテヨコナナメ十文字,考えて考えて,それでもだめなら寝てしまえ,

といったようなことを言っていた。

それは,どつぼにはまっている状態も同じことだ。寝ることで,一旦,その事態および,その事態にはまっている自分から距離を置くことができる(もっとも寝るには,情報の整理期間を置くという脳の効果もあるのだろうが…)。

探し物をしているときは,それに似ている。同じ場所を何度もひっくり返す。しかし,その状態でいくら探し続けても,発見はない。その事態自体から,自分を引きはがすしかない。それには,

距離を取ること,

に尽きる。距離には,

時間的,

空間的,

とがある。一旦,部屋を出てしまうことだ。あるいは,時間を置いて再度探すことだ。

こうした距離の取り方は,他にもある。

他人に仮託してみる,

というのもあるが,あえて,自分の視点(視野狭窄に陥っている)を捨てて,意識的に,別の視点を取れる,あるいは取る状況を作ることだ。

「見る」を見る,

のバージョンに変わりはない。

あるところで,こういう言い方をされた。

われわれは,「問題」はわかっている,しかしその問題の解き方がわからない,

のだ,と。だから発想スキルが必要なのだ,と。

しかし,だ。そこまでやって解けないなら,問題の設定の仕方そのものが間違っている,と考えた方がいいのではないか。視野狭窄,違う言い方をすると,視野が限られている。

あるいは,こう言ってもいい。

問題との距離の取り方が間違っているのではないか,

と。そう考えると,そういう距離の取り方,というか逆にいえば,視界の決め方(限り方)を整理してみると,たとえば,こういうふうに四つにわけてみることができる。それぞれは,問いの立て方を変えることで,視野をメタ化できる。

1.「問い」(問題)の設定を変える その「問い」(問題)の立て方がものを見えにくくしているのではないか

●問いの立て方を変える 問題そのものを設定し直す,別の問いはないか,問題そのものが間違っていないか,新たな疑問はないか,見逃した疑問はないか
●目的を変える 別の意味に変える,別の意義はないか,別の目的にする,意味づけを変える,意図を変える
●制約をゼロにする 時間と金を無制限にする,別の制約に変える,人の制約を無視する
●根拠を見直す その前提は正しいか,前提を見直す,前提を捨てる,こだわりを捨てる,価値を見直す,大切としてきたことを見直す

2.視点(位置)を変える-その視点(立脚点)が見え方を制約しているのではないか

●位置(立場)を変える 立場を変える,他人の視点・子供の視点・外国人の視点・過去からの視点・未来からの視点になってみる,機能を変える,一体になる・分離する,目のつけどころを変える,情報を変える等々
●見かけ(外観)を変える 形・大きさ・構造・性質を変える,状態・あり方を変える,動きを変える,順序・配置を変える,仕組みを変える,関係・リンクを変える,似たものに変える,現れ方・消え方を変える等々
●意味(価値)を変える まとめる(一般化する),具体化する,言い替える,対比する別,価値を逆転する,区切りを変える,連想する,喩える,感情を変える等々
●条件(状況)を変える 理由・目的を変える,目標・主題を変える,対象を変える,主体を変える,場所を変える,時(代)を変える,手順を変える,水準を変える,前提を変える,未来から見る,過去から見る等々

3.枠組み(窓枠)を変える-その視界が見える世界を限定していのではないか

●全体像から見直す 全体像を変える 広がりを変える,別の世界のなかに置き直す,位置づけ直す
●設計変更する 出発点を変える,ゴールを変える,要員を変える,仕様を変える,組成を変える
●準拠を変える 別の準拠枠を設定してみる,よりどころを見直す,前提を変える,制約を消す(変える)
●リセットする すべてをやり直す,リソースを見直す,ゼロにする,チャラにする,なかったことにする

4.やり方(方法)を変える-その経験とノウハウ(経験のメタ化)が方法を狭めているのではないか

●本当に可能性は残っていないか まだやれるというには何が必要か,何があれば可能になるか,どういうやり方ができれば可能になるか,何がわかれば可能になるか,
●まだやり残していることはないか 他にやっていないことはないか,まだ試していないことはないか,まだやって見たいことはないか,ばかげていると捨てたことはないか,限界を決めつけていないか,
●プロセスを変える まだたどりなおしていないことはないか,別の選択肢はないか,分岐点の見逃しはないか,捨てていいプロセスはないか,経過を無視する,逆にたどる,資源の再点検,見落としはないか
●手段を変える 試していないことはないか,異業種で使えるものはないか,捨てた手段に再チャレンジする


自分の対象との距離の取り方は,違う言い方をすると,個性と言ってもいい。

ならば,その千差万別を生かすのは,自己完結しないで,人とキャッチボールしてみるのが一番なのかもしれない。それ自体が,メタ化になっているのだから…。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#「見る」を見る
#メタ化
#岡潔
#視点
#トンネルビジョン
#距離
#図解
#言語化
#メタ・ポジション
#ブレインストーミング
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2013年12月19日

揺れ幅



コーチングにそれほど真剣に向き合っていないが,しかし,向き合わざるを得ないところに置かれて,これまで,あれこれ考えてきた。

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11391728.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11369871.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11132452.html

結構幅があるというか,振幅がある。よく,軸があるとかないとか,ぶれるとかぶれないとか,という意味であまりいい意味で使われないが,僕は,逆に,その振れ幅を,自分の許容範囲と呼ぶ。その振れ幅分,自分がコーチングの受けいれる姿勢がある,と考えることにしている。

先日,立て続けに,二つ,コーチングを振り返る機会を得た。

ひとつは,前にも書いたことがある,「コーチング・スクウェア(コーチング・セッションの会)」で,そこで,8分のセッションをやった。

もうひとつは,「コーチングのプロが伝える!話して聴いて元気になるコーアクティブ会話術」に参加して,

https://www.facebook.com/events/1391381831105576/?ref_dashboard_filter=upcoming

人との関わりについて,ちょっと気づきがあった。

最近,相手に踏み込むことが大事だと,考えているが,自分で実感がなく,踏み込んでいるつもりだったが,結果としては,外から,声を掛けているだけでの感じが残り,しっくりしない感じがした。

そのときは気づかなかったが,相手の中に踏み込めているかどうかの目安は,自分の言葉が,

相手のいる場所で,
一緒になって,
感じ,考えている,

そんな言葉になっているかどうかだ。楽しい場面を思い描いてもらっていれば,その場所から言葉が出てこなくてはならない。まだまだ,そうなりきっていない部分があるな,という気がしていた。

で,「コーアクティブ会話術」に参加して,

「人に焦点」
「可能性のある人」
「元気の源」

を(これは,いわばコーアクティブ・コーチングのコアのマインドの確認でもあるが),順次会話しながら,話し,聴く,を試していくうちにえた,ひとつの結論は,

自分が直感を乱発しているが,
その直感は,
一種の名づけであり,
名づけられることで,
相手の中で,ものが見えてくることがある,

ということだ。名づけるとは,

相手の(こころの)世界の中でもやもやしていたものを明確にすること,

なのだと思う。ひとは,持っている言葉によって見える世界が違う,というヴィトゲンシュタインに倣うなら,そこで,

相手に(ひとつの)世界が見えた,

ということになる。その見え方を促すのが,上記の,

相手(の気持ち)に焦点,
その人を可能性ある人と見る,
(その人の)元気が出る源,

ということになる。相手に焦点を当てるということは,相手が語っていた物語(事柄)の,その当事者になってみることを促すことになる。説明するということは,それを外から語っていることだが,その物語の当事者となってみることを促し,いま,ここ,での自分自身の内面に焦点を当てることになる。

可能性のある人として見る,とは,できない部分ではなく,できている部分に焦点を当てて,地と図をひっくり返すことだが,そのとき,相手が小さく(あるいはゼロに)見積もっている自分の可能性(のかけら,わずかなきざし)を,拾い上げ,拡大して,次から次と言語化して返していくことだ。その言葉で,見える世界が変わるはずだ。

その人の元気の源,ソースを聞き出すということは,その人が,「生きていてよかったと思えた瞬間」を聞き出す,そこに,その人の価値や大事にしているものがあるはずだからで,その視点から自分を見ることを促すことになる。かつて,それを聞いた人は,「山頂でご来光をみた瞬間」といった,その気持ちを,思い出しただけで,視界が変わった。

いずれも,自分を名づけ直すのに近い。

この場合,踏み込むというのは,相手のわずかな片言隻句,かけら,兆しを,(言葉はきついが,ここにあるじゃないか,と)突きつける,というのに近い。

新しい眼鏡を持ってもらう,というと優しい言い方になるか。

仮説とは,仮の説明概念,だと思うが,自分についても,自分の仮の説明概念を,どんどん変えていいはずだ。

ただ,こちらが提案した,その言葉や仮説にこだわってしまうと,それは,逆効果になる,それが8分でのしっくりこない感を残した原因だったように思う。

ま,しばらく,このアプローチで,直感でいってみよう。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#コーアクティブ・コーチング
#コーチングアクティブ会話術
#仮説
#直感

posted by Toshi at 05:57| Comment(0) | コーチング | 更新情報をチェックする

揺れ幅



コーチングにそれほど真剣に向き合っていないのに,しかし,向き合わざるを得ないところに置かれて,これまで,あれこれ,ずっと考えてきた。

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11391728.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11369871.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11132452.html

結構幅があるというか,振幅がある。よく,軸があるとかないとか,ぶれるとかぶれないとか,という意味であまりいい意味で使われないが,僕は,逆に,その振れ幅を,自分の許容範囲と呼ぶ。その振れ幅分,自分がコーチングの受けいれる姿勢がある,と考えることにしている。

先日,立て続けに,二つ,コーチングを振り返る機会を得た。

ひとつは,前にも書いたことがある,「コーチング・スクウェア(コーチング・セッションの会)」で,そこで,8分のセッションをやった。

もうひとつは,「コーチングのプロが伝える!話して聴いて元気になるコーアクティブ会話術」に参加して,

https://www.facebook.com/events/1391381831105576/?ref_dashboard_filter=upcoming

人との関わりについて,ちょっと気づきがあった。

最近,相手に踏み込むことが大事だと,考えているが,自分で実感がなく,踏み込んでいるつもりだったが,結果としては,外から,声を掛けているだけでの感じが残り,しっくりしない感じがした。

そのときは気づかなかったが,相手の中に踏み込めているかどうかの目安は,自分の言葉が,

相手のいる場所で,
一緒になって,
感じ,考えている,

そんな言葉になっているかどうかだ。楽しい場面を思い描いてもらっていれば,その場所から言葉が出てこなくてはならない。まだまだ,そうなりきっていない部分があるな,という気がしていた。

で,「コーアクティブ会話術」に参加して,

「人に焦点」
「可能性のある人」
「元気の源」

を(これは,いわばコーアクティブ・コーチングのコアのマインドの確認でもあるが),順次会話しながら,話し,聴く,を試していくうちにえた,ひとつの結論は,

自分が直感を乱発しているが,
その直感は,
一種の名づけであり,
名づけられることで,
相手の中で,ものが見えてくることがある,

ということだ。名づけるとは,

相手の(こころの)世界の中でもやもやしていたものを明確にすること,

なのだと思う。ひとは,持っている言葉によって見える世界が違う,というヴィトゲンシュタインに倣うなら,そこで,

相手に(ひとつの)世界が見えた,

ということになる。その見え方を促すのが,上記の,

相手(の気持ち)に焦点,
その人を可能性ある人と見る,
(その人の)元気が出る源,

ということになる。相手に焦点を当てるということは,相手が語っていた物語(事柄)の,その当事者になってみることを促すことになる。説明するということは,それを外から語っていることだが,その物語の当事者となってみることを促し,いま,ここ,での自分自身の内面に焦点を当てることになる。

可能性のある人として見る,とは,できない部分ではなく,できている部分に焦点を当てて,地と図をひっくり返すことだが,そのとき,相手が小さく(あるいはゼロに)見積もっている自分の可能性(のかけら,わずかなきざし)を,拾い上げ,拡大して,次から次と言語化して返していくことだ。その言葉で,見える世界が変わるはずだ。

その人の元気の源,ソースを聞き出すということは,その人が,「生きていてよかったと思えた瞬間」を聞き出す,そこに,その人の価値や大事にしているものがあるはずだからで,その視点から自分を見ることを促すことになる。かつて,それを聞いた人は,「山頂でご来光をみた瞬間」といった,その気持ちを,思い出しただけで,視界が変わった。

いずれも,自分を名づけ直すのに近い。

この場合,踏み込むというのは,相手のわずかな片言隻句,かけら,兆しを,(言葉はきついが,ここにあるじゃないか,と)突きつける,というのに近い。

新しい眼鏡を持ってもらう,というと優しい言い方になるか。

仮説とは,仮の説明概念,だと思うが,自分についても,自分の仮の説明概念を,どんどん変えていいはずだ。

ただ,こちらが提案した,その言葉や仮説にこだわってしまうと,それは,逆効果になる,それが8分でのしっくりこない感を残した原因だったように思う。

ま,しばらく,このアプローチで,直感でいってみよう。



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posted by Toshi at 06:06| Comment(0) | コーチング | 更新情報をチェックする

2013年12月20日

諦める



諦めるは,

思いきる,
仕方がないと断念したり,悪い状態を受け入れたりする,
それまで続いていたものを終わりにすること,

といった意味が辞書にある。しかし,この「諦める」は,「明らむ」の,「明るくなる」という意味以外の,

物事を見きわめる,
物事が明らかになる,
確かめられる,

という意味からきているという。

ということは,諦めると決めたとき,どっちにしろ,(それが正確かどうかは別にして)自分なりに見積もっている,ということになる。

多く,諦めるとき,

自分を小さく見積もり,相手(対象)を大きく見積もる,

諦めないときは,

自分の力量を大きく見積もり,相手(対象)を小さく見積もる,

と言えそうだが,実は,相手がどうあろうと,自分がどうあろうと,自分の続けたい意志,思いを捨て兼ねたというのが近い。

いい例かどうかわからないが,二年ほど前,初マラソンで,青梅マラソンにチャレンジしたことがある。始めてたぶん三ヵ月か四ヵ月で,正直無謀とは思ったが,とにかく走り出した。ただ,後ろからなので,スタート地点に立つまでに,15分か20分を要した。で,まあうしろのほうから,のろのろ走ったのだが,15キロ手前で,あと10分と言われたのだが,折り返しが目前のところで,右手に15キロの関門が見え,折り返しから,そこまで,2,300mくらい,その時点で鐘が鳴っていて,無理と諦めてしまった。足が痛いのが,その後押しをした。

しかし,だ。途中でリタイアしたことより,15キロまで走って,そこで時間切れと言われたのならまだしも,その手前で,断念したことを,今もずっと悔いている。

つまり,そこで諦めたのだが,その見積もりは,残りの距離に比して,脚を引きずるようにしていた,自分の残り体力を対比して断念したことが,早まった諦めだと,ずっと尾を引いている。

潔さというのは,ある意味,自分を捨てることなのではないか,という気がしてならない。

あるところで,池田屋で新選組に襲撃され,割腹した宮部鼎蔵を,

池田屋で逃れられるものを逃れず,あっさり諦めるような潔さを,士道と呼ばぬ,

といった人がいる。僕も同感である。そこで逃げずに割腹するのは潔いかもしれぬ,しかし,それは,おのれを安く見積もりすぎではないか。おのれの志と,思いは,それほど安っぽいものなのか,と思う。

多く士道を,

暴虎馮河し死して悔いなき者,

と勘違いしている向きがある。僕は士道とは,腕(ぷし)ではなく,心だと思う。思いだと思う。志だと思う。

そこであっさり投げ出す程度の志なのか,

ということだ。あるいは,西郷の言ったとされる,

命もいらず,名もいらず,官位も金もいらぬ人は,始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは,艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり,

も,『論語』の孔子の言葉とは微妙にずれる。子曰く,

暴虎馮河し,死して悔いなき者は,吾与にせざるなり。必ずや事に臨みて懼れ,謀を好みて成さん者なり,

と。必ずや事に臨みて懼れ,

その実現のために,おのれの命を安売りしないもののことだ。臥薪嘗胆といってもいい。

僕のマラソンはさほどの志ではないが,

諦めてはいけないことを諦めた,
諦めるべきでないところで諦めた,

という悔いがある。志があるなら,地を這っても,赤恥をかいても,生きのびねばならない。

死生,命あり,

である。おのれの天命を自ら断つのは,非命である。

おのれの命を安く見積もってはいけない,それはおのれの想いを貶め,おのれ自身を卑しめることだ,まして,それを士道とは呼んではならない。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#士道
#論語
#孔子
#宮部鼎蔵
#新撰組
#池田屋事件

posted by Toshi at 05:34| Comment(0) | 生き方 | 更新情報をチェックする