2014年01月22日

表現



表現を,仮に,

現(うつつ)を表わす,

としたとする。そうすると,

「現」とは,

あらわれる(あらわす),
うつつ,
起きている,

という意味になり,まあ出来事,現実,と捉えておく。では「表す」の「表」はどうか,同義語と比較すると,

見は,隠れたものが出てくる,
現は,見と同じ。現在=見在,
表は,うわ側へ出してあらわす,
顕は,照り輝くほどにあらわれる,
著は,あらわす,あらわる,
暴は,さらす,

等々,まあ表へ出る,表面化する,という感じなのではないか。

とすると,表現を,

現を表わす,

と言ったが,こう言い換えるとどうなるか,

現に表す,

現で表す,

現から表す,

現が表す,

現も表す,

現へ表す,

等々,その都度微妙にニュアンスが変わる。

「を」にすると,現が何にせよ,それを外へ表出するということになる。しかし,

「に」にすると,何を表出するにせよ,「現」にする,つまり現実化,顕在化する,というように変わる。

「で」にすると,「現」そのものが表出する手段に変わる。

何が言いたいのか,というと,表現というとき,

自分の内面(思い,思想,感情,心等々)を,外在化することに力点がある。つまり,自分を表現する,というように。しかし,それを,

自分で表現する,

自分に表現する,

自分も表現する,

自分へ表現する,

自分が表現する,

自分から表現する,

等々,自分を表現するという,というこだわりを手放すと,自分は,

表現そのものの媒体であってもいいし,

表現のキャンバスそのものであってもいい。

だから,自分は何をしても,自己表現になっている,と言ってもいいし,人生は,自己表現の舞台そのものであると言ってもいい。

僕は,自分を対象に,自分が表現の主体であることにこだわっているが,それは,視野を狭めていないか,ということなのだ。

人からのフィードバックは,それ自体,僕についての表現なのだし,それは自分の中に,その人自身が自分を投影しているのかもしれない。でも,それは,

自分に表現された何かなのだ。

表現が,言葉によるのであれ,他の手段によるのであれ,

現前化,

するということに尽きる。それが,自分に表現されても構わないし,それ自体を逆手に,表現し直してもいい。たとえば,表現は,

表言
表原
表間
表源
表呟
表嫌
表眼
表玄
表験
表見
表限
表顔
表訝
表幻

等々なんでもいい,極端に言えば,

他人が自分(をキャンバス)に表現する,

ということもあり,なのだと思う。目指す表現(現前化)には,それにマッチした手段があるとき,

世評はどうあれ,それが最高傑作なのだ,と信じている。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



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#現前化
#キャンバス

posted by Toshi at 05:55| Comment(3) | 表現 | 更新情報をチェックする