2014年01月30日

原発



内藤克人『日本の原発,どこで間違えたか』を読む。

本書は,1984年刊の『日本エネルギー戦争の現場』その文庫版『原発への警鐘』(1986年)の部分復刻である。

ある意味安全神話という塗装メッキがすでに,30年も前に剥がされていたのである。

序で,著者はこう書く。

巨大複合災害に打たれてそのとき,私たちの社会はなおも「原発122基構想」(2030年時点の達成計画)へ向けて疾駆する途次にあったのである。

安倍政権は,その構想の復活を図っている,と言ってもいい。また中断した構想を継続しようとしている。

一度決定すると,容易に変更できない体質は,戦前と変わっていないと著者は言う。そう,もはや大鑑巨砲時代が終了したのがわかっていたのに,戦艦大和を作り続け,特攻としてしか使い道のないしろものでしかなかった。著者は,戦史研究家の,戦争突入についての,

意思決定が遅く,一度決定すると容易に変更できない。なんとなれば,変更にはまた(決定までと)同じプロセスを必要とするからだ。つまり状況の変化が万人の目に明らかになって,初めて決定を変更する…,

を引用するが,僕はそうは思わない。それは,そうすることで利益を得,得をするものがいる利権構造だからではないのか。万人の目に変化が明らかになっていても,その変化を見ず,再稼働,新規建設に邁進するのは,そういうこととしか思えない。

著者は,冒頭で,三点を指摘する。

第一は,「この国においては,人びとの未来を決める致命的な国家命題に関してさえも,『国民的合意』の形成に努めようとする試みも,政治的意思さえもほとんど見受けられることはなかった。国の存亡にかかわるエネルギー政策が,原発一辺倒に激しく傾斜していった過程をどれだけの国民が認知し同意していたであろうか」。
第二に,これまで原発一極傾斜大政を推し進めてきた原動力のひとつに,あくなき利益追求の経済構造が存在していたことだ。原発は建設は重電から造船,エレクトロニクス,鉄鋼,土木建築,セメント…ありとあらゆる産業にとって大きなビックチャンスであった。
第三に,これは著者の個人的感想にすぎないにしても,…ひとたび原発が立地した地域社会には特有の「暗さ」が感じられたことだ。そうした地域では原発が立地するまでは活発であった賛否の声は消え,地方議会においても反対派はほぼ淘汰の憂き目に逢っていた。地域の住民たちは雇用の機会を得たことの代償に,あるいは迷惑施設料(「電源三法交付金」)など「原発マネーフロー」の僅かな余恵と引き換えに,原発については「黙して語らない」を信条と強いているかのようであった。

原著の序で,著者はこう警告していた。

音もなく,臭いもなく,色もなく,そして何よりも,人の死に関してもたらされるものが“スローデス(緩やかな晩発性の死)”である。十年,二十年かけてゆっくりとやってくる。“見えざる死”にたいして,ひとは無防備で,弱い,

と。それはいま福島で,日々人体実験が行われつつある。

原発の絶対安全神話は,仮定で成り立っている。T65Dと呼ばれる推定値である(1986年に DS86に,2003年新しい線量推定方式としてDS02になっているが)。これは,広島長崎での被爆者の発病率から推定された暫定値だが,その十分の一以下でも人定に影響がある,という説が出ていたが,このT65Dが独り歩きをして権威性を帯びていく。ICRP(国際放射線防護委員会)勧告の年間5レムという数値は,この推定値から割り出されたものだ。これが間違っていれば,すべてが崩れる。いずれにしても,仮説にすぎない。仮説にすぎないものにすがって,安全が神話化されている。

マンクーゾ博士は,闇に葬られた「マンクーゾ報告」で,

原子力発電所で働く作業者の被爆線量は年間,0.1レム以下に抑えるべき,

と。実にICRPの50分の一と指摘していたのだ。彼は言う,

放射線被ばくというのは,時間をかけて徐々に表れてくるものです。(中略)二十年も三十年も結果が出るまで時間がかかるんです。

そしていう。

スローデスを招くんです。死は徐々にゆっくりやってくるんです,

と。そういえば,第五福竜丸に乗っていたマグロはガイガー計数管でも測れるほど高い放射能をもっていたのに,サンプルの海水は低い数値して示さなかった。

自然にある放射能と人口のそれとの違いは,生体内に蓄積されていく,ということなのだ。そして,その体内被曝は物理的には測れない。

つまり結果が異常となって体に現れるまでわからない,ということなのだ。しかも,それは,十年,二十年とかかる。

いま福島,だけではない,日本全体が生体実験の真っ最中なのだ。これだけの危機を,国民的な合意もないまま,招きながら,そして,いま福島第一原発で,正確に何が起きているかもわからないまま,汚染がまき散らし続けられ,再度原発を稼働させようとしている。

これはエネルギー問題ではない。国のあるいは,国民のあり方,将来にかかわる問題なのである,とつくづく思う。

参考文献;
内藤克人『日本の原発,どこで間違えたか』(朝日新聞出版)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#内藤克人
#日本エネルギー戦争の現場
#原発への警鐘
#日本の原発,どこで間違えたか
#T65D
#DS86
#DS02

posted by Toshi at 05:18| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする