2014年05月21日

早起き賊


例によって,今月の早起き賊の会に,参加してきた。

https://www.facebook.com/events/629696267099981/

何度もこの回について書いたが,先月は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/394174644.html

で触れた。今回は,体調が悪く,あまり集中できなかったが,今回も,確認したキーワードは,

コントロール

ということだ。加藤酋長が言うように,

朝早く起きる,

というのは,なにも,5時だ4時だという時間の早さではなく,

そのひとなりの早起き

でいいということだ。いつも9時だったひとが,

7時と決めて,その時間に起きるようになれば,十分早起き賊なのである。つまり,そこにあるのは,

生活のリズム

を自分で決め,それを自分がコントロールするということだ。その起点を,

何時に寝るか,

ではなく,

何時に起きるか,

におき,一日をスタートさせようとすることなのだ,ということだ。だから,

何も早寝早起き

である必要はない。

遅寝早起き

でも構わない。ただ,それだと続かないから,どこかで,自分で睡眠や体調を整える必要が出る。となれば,24時間ではやり繰りが難しいから,一週間単位で,調整しながら,早起きを続ける。

早起きが目的ではないが,

早起きしようとするかどうかが,自分が自分の時間をコントロールできているかどうかの目安なので,起きる時間を起点にして,一日を設計しようとしている,というだけかもしれない。

だから,遅寝遅起きでも一向に構わないが,

自分が時間をコントロールできているかどうか,

時間に流されて惰性になっていないかどうか,

を,気にしているのだといってもいい。ストイックな面はあるが,無理をしてでも早起きを守ろうとしているわけではない。自分の生活リズムを,

朝何時に起きるか,

からつくろうとしている,のだと改めて思った。大袈裟だが,

人生をプロデュースする,

という言い方を飯塚会長はされたが,たとえば,自分のための時間をつくって何かしたいと思ったとき,それが帰宅後であっても構わない。しかし,

朝早く起きたほうがより効率的にできる,

と思ったから,いかに早く起きて,したいことをするか,

と決め,そのために夜の就寝時間を決め,そのための昼間の時間の使い方を決めていく,というスタイルを指して,早起きと言っているにすぎない。それを,夜遅くまで起きて,やってもそれはそれでいい。

問題なのは,自分の時間をつくっているか,

ということなのだと思う。その時間をつくるために,一日を設計しているか,ということなのだ。だから,いつもいつもその通りにはいかないが,

基本の生活リズム,

を早起きにおいている,ということだ。それを,

セルフマネジメント,

と呼ぶのも,自分が時間をコントロールしているという思いがあるからに違いない。

自分のための時間を,夜つくってもかまわないが,朝したいことがあるから,

そのために朝早く起きる,

ことで,それを実行しようとする。そうすると,どうしても,そのために,昼間どう効率よく過ごすか,どう早く帰宅するか,何時に就寝するかを自分でコントロールしなくては,朝が起点にならない。言ってみれば,

朝早く起きる,

ということが,セルフマネジメントの象徴になっている,といっていい。しかし,それが(中澤青年局長のように)自分の人生の意味になっていれば,朝早く起きることでしか,人生のリズムがつくれない,という信念になることもありうるし,そういう人もいる。

しかし,そうぎちぎちに堅苦しく考えている人ばかりではない。起きられなければ,それはそれでいい。しかし,朝起きることが生活のリズムになっていれば,翌日は,早く起きようと心掛けて一日を過ごす。

それが早起き賊なのだろう。パターンは一つではない。共通は,

朝早く起きることで,その日一日のアドバンテージを取ろうとしている,ということだろう。





今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
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2014年05月22日

嗜む


たしなむ,

という言葉の響きがいい。語源は,

タシナム(堪え忍ぶ)の変化,

だという。転じて,

深く隠し持つ,
常に心がける,
謹む,
遠慮する,
身辺を清潔にする,
有ることに心を打ちこむ,

といった意味になる,とある。ニュアンスは,嗜みは,

身につけておくべき芸事の心得を指し,「素養」よりも技術的な側面が強い,

とある。では,素養はというと,

日ごろから修養によって身につけた教養や技術を指し,「心得」や「嗜み」に比べ,実用面より知識に重きを置く,

とある。では,教養はというと,

世の中に必要な学問・知識・作法・習慣などを身につけることによって養われる心の豊かさを指す,

とある。どうも,心映えに関わる気がする。心映えについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163582.html

で触れたが,心ばえも,

心延えと書くと,

その人の心が外へ広がり,延びていく状態をさし,

心映え

と書くと,「映」が,映る,月光が水に映る,反映する,のように,心の輝きが,外に照り映えていく状態になる。心情的には,

おのずから照りだす,

心映え

がいい。つまり,内側のその人の器量が,外へあふれて出るよりは,おのずから照りだす,というのが,

嗜む,

というつつましさに似合っている。どうも,嗜みは,教養,素養,作法よりも,それをもっているとは言わなくても,そこはかとなく滲み出てくる,そんなニュアンスである。そういう,

自制,というか,慎みというか,節度,というか,謹む,とか,床しさ,

という感覚は,セルフブランディングがよしとされる今日にはそぐわないのかもしれない。

しかし,昔は一杯いた。落語の大家さんのような物知りではなく,影のように付きまとうものといっていいのか,それを,

品とか,

雅とか,

優とか,

というのだろうか。ひけらかすとか,見せびらかすのではない,そういう奥ゆかしさと,

嗜む,

とか,

嗜み,

というのはつながる気がする。

まあ,がさつで,無作法,品とか雅とかとは無縁な僕が,ないものを見て憧れる,そういう類のものかもしれない。いまどき,そんなものは,どこにもない,という気がする。


参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)




今日のアイデア;
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2014年05月23日

攻城


伊東潤『城を攻める 城を守る』を読む。

城には人格がある。信玄のいう,

人は石垣,人は城,

の意味ではない。建造物としての城自体に,縄張りした人物の人品骨柄,器量が出る。それが,攻城戦において,もろに出る。本書の面白さは,そこにある。

ただ連載物の単行本化のため,著者が断るように,

上田城,

がなかったのは,個人的には少しがっかりしたが,白河城から,熊本城まで,時代は異なっても,城ごとの人格は,攻め手側の人格との勝負でもある。

籠城は,後詰の援軍がなければ,ほとんど勝ち目はない。松平容保の会津城,豊臣秀頼の大阪城,荒木村重の有岡城,浅井長政の小谷城,島原一揆の原城等々,そうならざるを得ない仕儀にて,孤城の籠城になる。追い詰められてか,やむを得ずかはともかく,その瞬間,勝負は決している。その前に,切所はあった。そこに,将の器量の差が出る。

武田勝頼のように,長篠城を攻囲しつつ,織田・徳川連合軍を誘い出した。これは,信玄が二俣城を落とさず,家康を三方ヶ原におびき出したのと同様の,武田流の戦法だと著者は見る。

長篠城を囮にして信長と家康をおびき出し,「無二の一戦」に及ぼうとしたのではないか。むろん連合軍が後詰に来ないと分かれば,長篠城を落とせばいい。

と。しかし,結果は,設楽ヶ原で惨敗する。勝頼は,数年後,高天神城が徳川軍に包囲されたとき,後詰をせず,

これにより,勝頼の威信は地に落ちた,

という。攻めるだけではなく,味方の城が包囲されたとき,どういう姿勢を取るかは,味方は見ている。

秀吉の備中高松城包囲の際の,毛利の後詰,勝家の織田軍に包囲された越中魚津城への景勝の後詰等々。

直接的には,勝頼は,味方の後詰を怠ったことにより,離反が相次ぎ,自滅していった。

攻める側,守る側,ともにわずかな判断ミスが,致命的になる。

大阪城は,第四期の工事が,秀吉死後も続き,最終的には,八キロメートルにも及ぶ惣構堀に囲まれた,総面積四百万平方メートル,

という巨大な城で,難攻不落といっていい。二十万で包囲した家康軍も攻めあぐね,講和に持ち込むと,惣構掘,二之丸堀を埋め尽くし,本丸を囲む内堀だけの裸城にして,ようやく落とした。

攻め手と守り手の側の器量の差が,これほどはっきり出た攻城戦はない。いかな秀吉の器量をもってした築城した城といえども,守将の器量以上の働きはしない。

逆に,廃城となっていた原城にこもった島原一揆勢三万七千は,攻囲する幕府軍十二万四千を翻弄し,功を焦る,指揮官板倉重昌の強引な総攻撃を撃退し,板倉を始め四千四百もの死傷者を出し,一揆方はわずか十七名の死傷者にとどまるという,幕府側は完敗を喫した。

もちろん,その瞬間だけではなく,それまでの経緯抜きでは評価できないが,追い詰められて余裕のないはずの一揆勢に比し,後任の上使派遣を知らされて,功を焦らざるを得ない状況にあった板倉と,どこかにたかが百姓一揆と侮る気持ちがあった,その油断と隙は,攻撃側の乱れとなり,一揆側に衝かれた。それは,そのまま家格の低い板倉を上使として派遣した,家光の油断と隙,といっていい。実際,柳生宗矩が,その人事の危うさをたしなめたが,時すでに遅し,だったと言われている。

ほんのわずかな油断が,ぎりぎり対峙している両者の中に,隙間をつくる。

肥後半国十九万石を秀吉から拝領した加藤清正は,熊本城を築く。

城の周囲五・三キロメートル,本丸は総石垣,本丸に至る道は複雑に屈曲し,幾度となく櫓門をくぐらせ…築城当時,櫓四十九,櫓門十八,その他の城門二十九を数え,井戸に至っては,百二十余に達したという。

しかし築城されたのは,二百七十年前,銃砲主体の近代戦用の城ではない。しかも守り手は三千三百の鎮台兵,つまり農民兵である。攻め手は一万三千の,強兵薩摩軍。しかし,一か月の攻城も,抜けなかった。

大義ないまま,「暗殺の真偽を質す」という名目でたった薩軍は,十分の準備もないまま,

ただ剽悍な薩摩隼人を恃み,「軍を進め一挙に敵城を粉砕戦」という…,

無為無策での攻撃は,ただ無謀に千三百もの戦死者の屍を累々と積み上げただけだ。

攻め手の西郷隆盛の覚悟と守将谷干城の覚悟の差といっていい。私学校の暴発により,やむを得ず立たざるをえなかったにしても,その状況を主体的に変える立場に,西郷はいた。それを桐野にゆだね,状況に流されていった西郷に比し,谷は,持てる力をフルに使って,不利な状況を主体的に乗り切った。

将の差とは,状況の有利不利ではなく,もちろん守る堅城の可否でもなく,兵の強弱でもない。それを戦力にするかしないか,無駄な死にするかしないかは,かかって将の器量による,それは状況をどう主体的に乗り切るかどうかという,まさに将の才覚の問われる機会はない,そしてこれほど優劣のはっきりした戦力を,逆転した攻城戦はない。

それは,原城攻撃の板倉重昌にも言える。

参考文献;
伊東潤『城を攻める 城を守る』(講談社現代新書)




今日のアイデア;
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2014年05月24日

快戦


中村彰彦『ある幕臣の戊辰戦争』を読む。

幕末,「四八郎」という言葉があったそうだ。

攘夷論者の清川八郎(庄内藩郷士),
北辰一刀流の達人,井上八郎(幕臣),
彰義隊副頭取の天野八郎(幕臣),
心形刀流の伊庭八郎(幕臣),

の四人である。本書の主人公,伊庭八郎は,旧幕府遊撃隊を脱走し,函館で死ぬ。

伊庭家歴代当主は,ただの幕臣ではなく,下谷御徒町にある心形刀流道場主で,神田お玉ヶ池の北辰一刀流玄武館,九段坂上三番町の神道無念流の練兵館,南八丁堀浅蜊河岸の鏡新明智流の士学館,と並ぶ,江戸の四大道場の一つであった。

伊庭八郎は,心形刀流の創始者伊庭是水軒から数えて,八代目,軍兵衛の嫡男であった。軍兵衛が急死した後は,一番弟子を宗家とし,養父のもと八郎は,道場経営に当たり,22歳で幕府に召出されるまでつづく。

道場は,当時門人数一千名以上。門人帳を綴じるのに,八寸の錐をあつらえたと言われるほどの盛況であった。

伊庭八郎は,身長五尺二寸,158㎝と小柄,しかし,

眉目秀麗,俳優の如き好男子,
伊庭の麒麟児,
伊庭の小天狗,

等々と称された。得意技は,諸手突き,同時代,突きを得意とした,鬼鉄こと,

山岡鉄舟,

と立ち会い,鉄舟を道場の羽目板まで追い詰めた,といわれる。この時分のエピソードに,牛込の天然理心流の試衛館の隠居(道場主が養子の近藤勇)周斎に,土方歳三とともに,小遣いをねだった,というのがある。八郎,歳三の両者が,ともに,五稜郭で戦死するのも,因縁である。

幕府に召出された八郎は,すぐに講武所剣術教授方に出役を仰せつかり,奥詰衆,つまり将軍親衛隊となり,将軍家茂上洛の際には,道中警護に当たる。第二次幕長戦の最中,家茂が死去し,多くの幕臣は,遺体を守り,東帰したが,八郎は大阪に残る。

幕府は,奥詰衆を遊撃隊へと編成替えし,銃隊編成とされ,小姓組,書院番組,新御番組を加えた,総勢590人に及ぶ部隊となった。

鳥羽伏見の戦いでは,上京を仰せ付けられた130人とともに,鳥羽街道の四ツ塚で,薩軍の銃砲にさらされる。幕府に勝る火器に圧倒される。

遊撃隊は「剣槍二術」と「銃術」を「兼習」する部隊だったはずだが,初めて実戦を経験するうちに剣客としての原点に立ちもどり,「剣槍二術」で戦うことを選択

する。それは遊撃隊だけでなく,会津藩も,新選組も,

抜刀斬りこみ,

を選ぶ。成果はともかく,伊庭八郎は,

薩将野津七左衛門(後の野津鎮雄陸軍中将)をして幕軍流石に伊庭八郎在りと嘆称せしめたと伝えられた

が,抜刀斬りこみ中,砲弾を胸に受け,卒倒する。ただ当時の砲弾は貫通力が弱く,鎧の胸甲にはじき返されたものの,その衝撃で血を吐き,昏倒するにとどまった。

海路江戸へ向かう途中脱走した遊撃隊三十人とともにあった伊庭八郎は,上総で,請西藩一万石の藩主林忠崇を巻き込み,徳川家再興を期して,上総義軍を立ち上げ,榎本武揚の軍艦「大江丸」の助力を得て,真鶴に上陸する。

この間,帰趨を見守る各藩,陣屋からの金穀,武器の教室を受けつつ,脱走遊撃隊は,270人に膨れ上がり,ミニエー銃470挺,大砲二門を備えた,洋式銃隊に変貌を遂げていく。

しかし期待した上野彰義隊も一日で,潰れ,新政府軍は,長州,鳥取,津,岡山四藩兵一千を派遣,箱根で激突することになる。

ここで,伊庭八郎は片腕を失う。

包囲された中で,腰に被弾,三人を斬ったものの,左腕手首近くを斬られ,結局左腕を失うことになる。負傷後,骨が突き出た状態になったため,肘下から,切り直しの必要が出たが,八郎は,

人,吾が骨を削る。昏睡して知らざるべきか,

といって麻酔を拒んで,手術を受けたが,

神色不変,

だったという。隻腕となった伊庭は,しばらく,江戸(東京に改称)でかくまわれ,左の片肘に銃を架して球を撃つ練習をしつつ,元年11月に,五稜郭の榎本軍に合流する。

今一度快戦をしたい,という思い,

言い換えると,死に場所を求めて,伊庭八郎は,函館に向かった。

土方歳三は,三分の一の兵力と,能力の劣るミニエー銃で敵を後退させ,

疾風の花を散らすに似たり,

と称された,戦死を遂げる。

著者は言う,

かつて近藤勇の養父周斎老人に小遣いをねだった伊庭八郎,土方歳三のふたりが,ともに快戦の夢を果たしてから死んでいった,

と。伊庭八郎26歳。土方歳三34歳。

戊辰戦争に当たって,というか,そこをおのれの切所としなければ,別にこだわりなく時代を乗り越えていくことができる。しかし,その状況を潔しとしなければ,それと戦うことになる。その切所は,一回とは限らない。最期は,たぶん,切所で戦うこと自体が,目的化していたかもしれない。しかし,そこで死したもの,生き残ったもの,いずれもその人の人生を使ったのであって,他人の人生ではない。

僕は,こういう人の生き方を見ると,これは武士だから,剣客だから,というのではなく,その人の生き方なのだとつくづく思う。

甘いと言われるかもしれないが,いったんその状況を引き受けた以上,それに(伊庭八郎,土方歳三のように)殉ずるのも,そこから(榎本武揚のように)離脱するのも,それなりに自分の選択だ。

会津戦争で生き残った,佐川官兵衛,山川大蔵は,西南戦争で官軍に参加し,佐川は戦死,山川は生き残った。

参考文献;
中村彰彦『ある幕臣の戊辰戦争』(中公新書)




今日のアイデア;
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2014年05月28日

風景


安喜万佐子個展 「風景」 --に伺ってきた。

http://www.gallerycomplex.com/schedule/Hall14/yasuki_masako.html

「風景」というタイトルが気になっていた。

風景は,

風(季節のものが風に翻る)+景(太陽の光)

が語源とある。

風景は,光と風でなくてはならない。

風は,

とき(刻であり四季)

であり,

光は,

形象(ひろがり)

である。

僕は,絵は素人だから,逆に勝手に妄想する(自由がある)。

もともと風景は,

あるものではなく,

見つけるもの,

あるいはつくるものだ。その意味は,人が,

見る

ことで,風景になる。もともとある自然が,人によって,風景にされる。ということは,

風景には,風が,あるいは時間が不可欠だ,と感じた。

そんなことを道々考えていて,会場で,タイトルをすべて書き写そうと心に,何となく思い決めていた。

写しているときは,あまり意識しなかったが,振り返ってみると,

Vanishing point

Momentia

Absence

Obliteration

消えるとか不在とか喪失といったニュアンスの言葉がタイトルについていることが多いのに気づく。

つまり,光を(ということは影)を描きながら,実は,そこに不在を描いている。ないものが描かれようとしている。実は,肝心のものは,そこに描かれていない何か,であり,それは,




といっても,

いま

過去
といっても,

知覚

記憶
といってもいい。

で気づく。何のことはない。安喜万佐子個展には,

「風景」 -LANDSCAPE SUICIDE-

とあるではないか。その意味では,松林図シリーズを中心とした,

金箔の白抜き

でも表現されている。樹は,黄金色の光の中で,色を喪う。それは真っ白に抜かれている。そのシリーズが,象徴的な気がする。

圧巻は,正面に掲げられた,

Momentia

と題された,絵(170×300)だ。

作者は,パンフレットで,

逆光の中で,洛中洛外図のように遠近法を溶かしながら,都市はその「記憶」を瞬かせる

と書く。技法は知らぬので,洛中洛外図を思い出しながら,時空を超えさせる仕掛けの,「雲」に当たるのがこの車のヘッドライトのような光の点の塊り(群れ)なのかと思いつつ見ていた。因みに,洛中洛外図は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163511.html

で触れた。

しかし,僕は,そんなことを知らないでも,この絵には,



つまり,

とき

があると思った。それは,現と夢の混ぜ合わせか,過去といまの混ぜ合わせかは別にして,混合する,

とき,

が,ここにある,と見えた。さまざまな,

パースペクティブ

の交錯は,視界の交錯でもあり,思いの交錯でもある。人は,

見たいものしか見えない,

とすれば,ここには,人の数だけ,

とき

が,氷詰めされている,とみた。それを象徴させるのが,左上の,赤い炎とも陽の反射とも見えるものだ。これが,ときを象徴している。

対向に置かれていた,10年前の作品の,

無風

との差は歴然としていた。

僕は,「風景」という展覧会のテーマに引かれて,道々考えていたことは,

とき

つまり,



の表現であった。ある意味,不在の中に,消失として,それは描かれていた。しかし,もっと,ときそのものが見たいと感じながら,ちょっと疲れて帰り路をたどった。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


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2014年05月29日

やる気


やる気については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163480.html

で触れたが,以前書いたのをもとに,自分なりにやる気ということについての考え方を,整理し直してみた。

①まず,「やる気がない」という評価は正しいか

「やる気がない」を前提に,なぜやる気がないのか(原因探求),どうしたらいいのか(手段検討),と対応するのは,やる気の問題でなければ,的外れになる。やる気がないとみえたときでも,背後を推測してみると,さまざまことが想定でき,一筋縄ではゆかないのである。

第一に,本当に本人のやる気の問題なのかどうかである。上司が,やる気がないと判断しているのは,自分の期待している仕事の仕方,仕事への取り組み姿勢,仕事の遂行能力ができていないからだが,部下には一杯一杯だけなのかもしれないし,これで十分やっているつもりなのかもしれない。それは,上司の期待が相手との間ですりあわされていないことを意味する。

 第二は,仮にやる気がないとしても,それが本人だけの問題なのかどうかである。本人にはやる気があっても,それを果たす知識やスキルが欠けていたのかもしれない,聞きたくても,周囲は自分の仕事で精一杯で声をかけられない状況かもしれない,上司や同僚との関係に悩んでいるのかもしれない等々,そうなった別の理由があるかもしれないのである。とすると,それは上司が部下の見積もりを誤ったことからきているのである。

②どういうときにやる気をなくすのか

有名な心理学実験に,繰り返し逃れられない電気ショックを経験した犬は,避けられる場面でもそのショックを回避しようとせず無抵抗になるという。これを学習性無気力というが,自分でコントロールできない経験を重ねることで無気力になるのだというのである。それには,ふたつの要因がある。

○自分自身にコントロールできない原因があると感ずる場合(内的要因)
○外的状況がコントロールできない原因があると感ずる場合(外的要因)

要は,

自分のリソース(知識・経験・スキル)のせいと思うか,

相手(状況・条件)のせいと思うか,

だが,どちらにしても,結局自分に帰ってくる。自分にはとうてい無理だと思うか,たまたま難しすぎたが,次は努力すればできると思うか。それは,過去に成功体験をもっているかどうかによって,自分は何とかできる人間と思っているか,いつも失敗している人間だと思うかによる,といってもいい。逆に言えば,努力すればコントロールできるという自信がもてていれば,無気力に陥るのを避けられるのである。そういう自信をどうつけさせるかの問題と考えてみることが大事なのである。

③そもそもやる気とは何か

「やる気」の「遣る」とは,「ものごとをはかどらせる」こと,やる気とは,

物事を積極的に進めようとする目的意識(広辞苑)

とある。やる気があるとは,それをするための「何か」(目的)が自分の中にあることなのである。それをするためならその気になれる,たとえば,それをする意味や価値や魅力(大切さや値打ち,面白さや楽しさ),興味や関心,自己表現(目立つ,存在感,賞賛)等々が必要なのである。

しかしそのことにどんなに価値や魅力があっても,自分にやれる(できる)と思えなければ,願望や夢,憧れで終わるだろう。その距離が遠すぎれば,努力する気にすらならないだろう。

④やる気がある状態とはどういう状態なのか

そう考えると,やる気がある状態には,

●その気になれる意味や価値がある(やりたいことかやりたいもの)こと,
●それが自分にも,(努力すれば)やれると思えること,

が必要である。ただ,厳密に言うと,「やれる」と思うには,「やれる」という予感(自信)だけの場合と実際に「やれた」経験(実績)があってそう感じる場合とがある。予感だけなら,うぬぼれや過信も入る。現実にぶつかったとき通用する根拠もないのに,のうてんきに自信だけをもたれても困るのである。

そこで,「やれる」と思えるには,

●自分ならできるのではないかという自分への自信(あるいは自分へのプラスイメージ)だけでなく,

その裏づけとして,

●具体的にどうやればいいかがある程度見通せ(こうすればいいのではないかという予想が立ち),それなら自分にできると思えることが必要になる。

そういう予想ができるには,ある程度経験が必要である。自信を空手形にしないためには,担保となる経験が必要なのである。つまり,

第1に,「やりたいこと」が「やれる(かも)」と思えること,
第2に,「やれる(かも)」が「やれた!」経験の裏打ちをさせること,

この2つをセットにして,やる気を現実に着地させることが必要なのである。

⑤「やれた」ことで「やれる」を強化する

経験の裏打ちをさせるにも,まず実際にやらせなくてはならない。自分にもできると思えるには,

・やることのおおよその見通しができる,
・こうすればいいという,やり方の予想ができる,
・それをするのに必要な知識やスキルが自分にあると思える,

ことが必要である。それには,

・十分やれる可能性のあるものにチャレンジし,
・まず,確実に達成した成果をえて,

「やれた!」という成功感を感じることが必要である。

「やれる(かも)」が,実際に「やれた!」

を味うことで,

次への自信(「次もできる(かも)」)

もっとうまくやりたいという意欲

につながる。それには,楽々できるのでは自信にはならない。少し努力してクリアできるようなハードルを,励ましながら,チャレンジさせる必要がある。できないかもしれないとしり込みする不安を,

・できるだけ協力と支援を惜しまない,
・困ったときには,いつでも相談に乗る,

という後ろ盾で支えて,一歩踏み出させ,何とか「できた!」という,成功感を味わせるのである。そうした経験の積み重ねによって,どんなときもある程度「こうすればできる」という見通しをたてられる自分への自信をつけさせることである。

⑥人の力を借りることの意味を学ばせる

このためには,それが本人だけの孤独な戦いではなく,その努力自体が,メンバーから支えられ認められ,支援がえられ,メンバーとして受け入れられていると感じさせるものでなければならない。

なぜなら,「こうすれば」できるという見通しには,ここまでは自分でできるが,ここからは助力があればできるという判断が必要なときがある。

成功感

で,もうひとつ必要なのは,なんでも自分でやりとげることだけではなく,周りの力を借りて,一人ではできない高いハードルをクリアする経験なのだ。でなければ,自分の力以上の仕事をすることはできない。本人のやる気だけに問題を完結させるのではなく,周囲も巻き込んで仕事をやりとげていく力を育てていくプロセスこそが,チームのパフォーマンスにとっても欠かせぬことなのである。

以上を整理すると,やる気を引き出し,持続させるのは5つである。

①その気になれる意味や価値(やりたいことかやりたいもの)がある
②やってみて,「やれた!」という成功感を味わう(実績をつむ)
③自分にもできる(こうすればできそうだ)と思える(自信をつける)
④そうやっている自分の努力をメンバーが認めている(承認される)
⑤メンバーとして受け入れられていると感じられる(有効感がある)
⑥やる気を育むチームの条件

やりたいと思うものがあっても,自分ができると思えなければ,やる気にはつながらず,やりたいと思っても,どうやればいいかが見えなければ,やってみようとは思わない。またやりだしても,達成の目途が立たなければ,意欲は萎えるし,まして誰も自分のやっていることを認めてくれなければ,やる気は続かないのである。

そう考えると,メンバーのやる気を育てるのは,チームリーダーやチームメンバーが,部下を育てることに関心をもち,その気にさせる仕掛けをつくることが不可欠だとわかるのである。つまり,

①本人にやりたいことを見つける機会があり,
②それをやりとげるための助言やヒントをもらうことができ,
③自分にできると感じられる体験をつむチャンスが与えられ,
④それを後押しし,励まし支える雰囲気があって,
⑤一歩一歩やれたという成功感を積み重ね,
⑤チームに必要な人間だと認められる,

ことが必要なのである。それはマネジメントとしての課題なのである。

参考文献;
宮本美沙子『やる気の心理学』(創元社)
波多野完治・依田新・重松鷹泰監修『学習心理学ハンドブック』(金子書房)


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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2014年05月30日

知る


たしか,映画『たそがれ清兵衛』の中で,娘が,裁縫を習うのは役に立つが,学問をすることが何の役に立つか,と問うところがあった。そのとき清兵衛は,自分の頭で考えることができる,という趣旨のことを答えていたと記憶する。

考えるについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/389704147.html

で触れたので,ここでは,知る,ということを考えてみたい。

知るには,語源的に二説ある。

ひとつは,

「シルシ(著し)」で,はっとはっきりわかるから,シル(著る)

という説。つまり,腑に落ちるというか,理解する,ということだ。いまひとつは,

心を占領する(領る),つまり占る,

だという。つまり,ある現象・状態を広く隅々まで自分のものにする,という意味だ。

学は思に原(もとづ)く

とはそういう意味のような気がする。

学びて思わざれば則ち罔(くら)く,

とはそのことだ。

それで思い出したが,前にも書いたことがあるが,

ライルが,知(ってい)る(knowing)には,

Knowing that



Knowing how

があると言っていた。

Knowing thatとは,

~ということを知っている

というこであり,

Knowing howとは,

いかに~するかを知っている

ということになる。ここで,清兵衛が答えたのは,前者の意味だ。それは,違う言い方をすると,

Knowing how

の持っている意味を知っていることこと,と言い替えていい。つまり,

メタ知識

である。現実にいま,われわれが直面しているのは,

解き方のわからないこと(問題,事態),

ではなく,

意味の分からないこと(問題,事態),

であり,それを解明することが,まさに考えることなのだといっていい。だとすると,そのときわれわれが,使えるのは,アナロジーなのではないか,と思う。

問う、如何なるか是れ、「近く思う」。曰く類を以って推(お)す

のと同じである。いわば,アナロジーというのは,自分の既知のものを,

異質な分野との対比を通して,

理解することといっていい。

例えば,Aを,それに似たXを通して見る(理解する)というのは,

・Aの仕組みをXの仕組みを通して理解する

・Aの構造を構造を通して理解する

・Aの組成をXの組成を通して理解する

・Aの機能をXの機能を通して理解する

等々。アナロジーで見たいのは,見えない関係を,「~を通して」見ることで見つけることである。

アナロジーは,次の2つにわけることができる。

●類似性に基づくアナロジーを,「類比」
●関係性に基づくアナロジーを,「類推」

前者は,内容の異質なモノやコトの中に形式的な相似(形・性質など),全体的な類似を見つけだすのに対して,後者は,両者の間の関係を見つけ出す。特に関係性が重要なのであるが,これには,次の2つのタイプがある。

・両者の構成要素のもつ関係性からの類推
・両者の関係から生み出す全体構造の類推

以上のことから,アナロジーによる理解には,次の3パターンがある。

・全体に関係が似ているものを見つける
・部分からつながりを見つけ,そこから逆算して関連するものを吸引する
・部分と部分の関係の断片から全体像を見つける

アナロジーのように,既知と未知について,こういう操作をしているということは,メタ・ポジションをとっていることといっていい。つまり,自分の既知と未知とを俯瞰していくメタの位置である。

知るとは,究極,

Knowing that

なのだが,知れば知るほど,

パースペクティブが深まる,

のは,結局,メタ・ポジションが,どんどん高くなっていく,言い換えると,

俯瞰する世界が広く大きくなっていくこと,

に他ならない。

博く学びて篤く志り,切に問いて近く思う,

知は,その中にある,

である。

参考文献;
G・ライル『心の概念』(みすず書房)
佐伯胖監修『LISPで学ぶ問題解決2』(東京大学出版会)




今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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2014年05月31日


友人の死の知らせを受けた。

この友人については,

http://ppnetwork.seesaa.net/archives/20121110-1.html

http://ppnetwork.seesaa.net/archives/20121220-1.html

で書いた。

すでに,ずいぶん前に,死を覚悟していたし,その別れの旅も,三人で,二度することができたこともあって,意外感より,とうとうきたか,という思いがあった。昨年,僕が入院する前に,電話して彼の声を聞いたのが最後になった。

訃報

ばかりの年代になったのだ,と思う。

いずれ行く道だもの,

は誰の台詞だったか。

死生命有
富貴天に在り(『論語』)

という。ここでは,「生き死にの定め」「天の与えた運命」の二つ天が並列されている。

一つは,天の与えた使命,

五十にして天命を知る

の天命である。いまひとつは,天寿と言う場合のように,寿命である。

すべては天命である。寿,つまり,



とは,「老」部(老の省略形)+(壽の土を除いたつくり)でひさしいの意とあり,

年老いるまで生きる,

の意味という。どこまでを年老いた,と言えるかは,人によって違う。彼の思いを聞いたことはない。が,

不慮の死を非命というから,でなければ,天寿である。

山頭火の,

分け入つても分け入つても青い山

には,

人間到る所青山あり,

の青山と考えると(あるいは蘇武のという,是処青山可埋骨のほうがよりストレートか),人生そのものを指していなくもない。別に覚悟の問題とは思わない。生きるということ自体が,背負っているものだ,と思う。前に,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/394682754.html

で書いたことがあるが,

生かされて(いま,ここに)ある,

(のが天命だ)という思いが僕にはある。まだ少し,彼より生かされて,ある。

それは僕の理解すべきことではなく,ただ受け入れるべきことだ。

ただ,肉親のときは,その不在を了解するのに,ずいぶん時間がかかった。数年経たいまも,まだその不在感になれない。

かの友人の場合,確かに,すでに,別れを告げられていたために,不在を当たり前と思うのかと思ったが,そうではない。

つかず離れず,長い年月,遠く離れて,生きてきていた分,というか,何年かに一度,昨日別れたように,再会してきただけに,

不在,

というよりは,

いまは(ここに)いない,

という意識の方が強い。かえって,死が遠くに感じられる。

何しているかな,

と,つい思いを遣りかねない,そんな感じである。

すでに亡くなっているのに,知らせをもらった日までの時間がそうだったように,その離席中のような感覚は,ずっとこれからもつづく。あるいは,年々,強まっていくのかもしれない。だから,

そろそろ会うか,

と。彼は,僕の中で,まだ生きている。

これが逆でも,そうなのかもしれない。

自分の死については,

http://ppnetwork.seesaa.net/archives/20121205-1.html

し残したことについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/392762774.html

に書いた。

少し,彼より長生きする分,あと何年後か,あちらで再会した時,誇れるようなことをし終えておきたいと,ちょっと思っている。

遅いじゃないか,いままで何してたんだ,

と言わせぬように。

残った二人で,近々,しんみり彼のことを語ることになりそうだ。たぶん,彼が,

そこにはいないが,あたかも生きているように,

彼について語るのではないか。いつも,二人で彼を話題にしていたときのように。




今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

ラベル:死生 天寿 天命
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