2014年05月07日

能力


能力は,前にも何度も触れたが,独断と偏見によるけれども,

知識(知っている)×技能(できる)×意欲(その気になる)×発想(何とかする),

である,と考えている。これに,

気力(がんばる)

体力(やれる)

努力(つづける)

を加えてもいいが,大した影響はない。大事なのは,発想だっと思っている。

何とかしなければならないレベルの,いままでの知識と経験では解けないことに,立ち向かって初めて,自分が,

何を知らないのか,

何ができないのか,

に気づく。それが第一。第二に,そこで初めて,自分の頭で(知識と経験は受け取ったものだ),

どうしたら解けるかを考える。

発想を経ない経験は,結局,

出来る範囲でやる,

か,

出来ないことに目を背ける,

ことでしか,クリアできない。それは,能力のキャパを増大するチャンスをみすみす潰すことになる。

発想といっても,持っている,

知識と経験の函数,

だから,マジックのようなことができるわけではない。しかし,持っている知識の組み合わせやつなぎ方を変えるだけで,新しいアイデアやモノの見方に気づけることが多い(もちろん,自分にとって)。

ひらめく瞬間に,

脳内の広範囲が活性化する,

と言われる。それは,いままでのリンクとは全く別のつながり方によって,自分にとっての,

アッハ体験

ができる,と言うことだ。そういう経験を積み重ねることが,考える,自分の頭で考えるということだと,僕は思っている。

それを別の言い方をすると,

編集,

という作業になる。情報も知識も,編集することで,様相を変える。例えば,前にも挙げたことがあるが,映画のモンタージュ手法を例にとってみる。

「一秒間に二四コマ」の映画フィルムは,それ自体は静止している一コマ毎の画像に,人間や物体が分解されたものである。この一コマ一コマのフィルムの断片群には,クローズアップ(大写し),ロングショット(遠写),バスト(半身),フル(全身)等々,ショットもサイズも異にした画像が写されている。それぞれの画像は,一眼レフのネガフィルムと同様,部分的・非連続的である。ひとつひとつの画像は,その対象をどう分析しどうとらえようとしたかという,監督のものの見方を表している。それらを構成し直す(モンタージュ)のが映画の編集である。つなぎ変え,並べ換えることによって,画像が新しい見え方をもたらすことになる。

たとえば,陳腐な例だが,

たとえば,男女の会話の場面で,男の怒鳴っているカットにつなげて,女性のうなだれているカットを接続すると,一カットずつの意味とは別に男に怒鳴られている女性というシーンになる。しかし,この両者のつなぎ方を変え,仏壇のカットを間に入れると,怒鳴っている男は想い出のシーンに変わり,それを思い出しているのが女性というシーンに変わってしまう。あるいはアップした男の怒った表情に,しおたれた花のカットを挿入すれば,うなだれている女性をそう受け止めている男の心象というふうに変わる。その後に薄ら笑いを浮かべた女性のアップをつなげれば,男の思い込みとは食い違った現実を際立たせることになる,

等々。

アイデアも,編集という意味では,似てると言える。たとえば,創造性についての代表的な定義は,E・ヴァン・ファンジェの,

①創造者とは,既存の要素から,彼にとっては新しい組み合わせを達成する人である,
②創造とは,この新しい組み合わせである,
③創造するとは,既存の要素を新しく組み合わせることにすぎない,

である。要するに,既存の要素(見慣れたもの)から新しい組み合わせ(見慣れないもの)を創り出すことである
であるが,川喜田二郎は,わかりやすく,

本来ばらばらで異質なものを意味あるようにむすびつけ,秩序づける(新しい意味があるように組み合わせる)

ことである,

と定義している。

いずれも,言い換えれば,異質な組み合わせによって,知っているもの(見慣れたもの)を知らないもの(見慣れぬもの)にすることである。あるいは,新しい意味づけを見つけることである。

この「組み合わせ」を,アーサー・ケストラーは,

互に矛盾する二つの見地(モノの見方)に,常識的にはとうてい均衡がとれそうもないないところで「不安定な平衡状態」を見つけることだ,

と言う。つまりは,単なる寄せ集めではなく,常識的には接合点の見つけられない「異質」なものに「交錯点」を見つけ出すのである。そこにつながりを見つけることなのである。

発想を別の言い方をすると,

選択肢,

である。さらに突っ込むと,

(できるだけ)沢山の選択肢が出せる,

ということになるのではないか。当然,組み合わせの選択肢は,自己完結では限界がある。人とのキャッチボールによる,異質な選択肢を加味することが,不可欠となる。

どこまでも,コミュニケーション抜きで能力は広がらないようにできている。

参考文献;
E・ヴァン・ファンジェ『創造性の開発』(岩波書店)
瓜生忠夫『新版モンタージュ考』(時事通信社)





今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
posted by Toshi at 05:11| Comment(4) | 発想 | 更新情報をチェックする