2014年05月14日

間合い


前田英樹『剣の法』を読む。

この本は,何のために書かれたのかが,読んでいて分からない。著者は,

この本は,新陰流の刀法を実技面からかなり詳しく書いたものである。けれども,技の解説書といったものではなく,この刀法が成り立つ根本原理を,誰が読んでもわかるように書いたつもりである。このような原理をつかんでいれば,流祖以来四百数十年にわたって続くこの刀法の中心は崩れないと思う。

と言われる。ならば,

ただ新陰流の原理を伝えるために書いたのか,

それとも,

その精神のもつ普遍性を描きたかったのか,

それとも,

刀身一如という刀と身体の捌きを伝えたかったのか,

いずれとも,読んで判然とせず,ときに苛立った。

いま新陰流を学んでいるものにとっては,あるいは学びたいと思っているものには,さらには武道を心得ている方々には,役に立つかも知れない。しかし,いまどき刀そのものをもっている人間も少ない。まして,刀で立ち会うなどということは,試合ですらない。刀なしでは役に立たない兵法について,詳細に語られる意図が,僕には遂にわからなかった。刀あっての兵法だろうと思うし,それなしならば,単なる作法と同じになるから。

僕はもともと,



と,

剣術家(兵法家)

とは別のものだと思っている。兵法家(剣術家)が士とは限らないのである。僕にとっては,士道とは,ここにある,胸を叩く,

横井小楠

をこそ士と思っているので(剣を嗜む,あるいは剣を究めることがないとは言わないが,あくまで嗜みの一つ。事実小楠は皆伝の腕ではある),

剣客,
剣士,
兵法家,
剣術家,

は,士とは思っていない。せいぜい,

剣術に特化した士,

でしかない。この著書を僕はよく知らないので,そのどちらなのかは知らない。しかし,いま,この兵法が,役に立つ,とは,読んだかぎりでは(剣も知らぬ愚鈍な自分には)少しも感じられなかった。最後を読んで,兵法に耽溺しているご自身の自己弁護のために,縷々書き連ねたのだと,あやうく思い違いしそうになった。

もしあえて言うなら,本書から学んだことは,

間合い,

だと思う。人との間合いだ。著者が,身勢,拍子,間積り,太刀筋,と言っている,

間積り

と間合いが同じものなのかどうかは知らないが。

その面から見ると,結構面白さが見えてくる。僕が読み取ったかぎりでは,相手の構え,目付,拍子,間積りを,いかに崩すか,いかに破るか,に真髄がある,と見た。たとえば,上泉伊勢守が,愛洲移香斎の陰流によって開眼したいきさつについて,著者はこう書いている。

まず,型の始めに取る脇構え(中略)…から敵は,脇構えのままの姿勢で太刀を頭の右横に持ち上げ,前の左足を踏み込んで,こちらの左肩を斜めに切りこんできます。こちらはどうするか。敵と全く同じように,太刀を頭の右横に持ち上げ…,これまた敵とまったく同じ動きで,左足をわずかに踏み込み,斜め切りに相手の左掌を切り落とす…。二人の動きは,相似形を描き,ただわずかな時間のずれで勝敗がわかれるのです。

この動きから,伊勢守が開眼したのは,

まっすぐな体の軸がわずかに前へ移動する,その移動のふわりとした力によって,敵を切り崩す原理です。敵の切り筋を,自分の切り筋で塞ぎながら勝つ,

と。しかし,

相手のほうが先に切るのに,なぜ,あとから出す,こちらの切りが,勝ってしまうのでしょう。…相手は,こちらの左肩を切ろうとしています。こちらは,その相手の,すでに打ち出されている左掌を切ればいいわけですから,それだけ相手よりも動く距離が少なくなる。この間合いの差によって,こちらの切りが先になるのです。
しかし,ここでの勝敗の在り方は,ただ動く距離の大小だけで説明のつく事がらではありません。相手が動く,その動きに対して,こちらの移動が作るわずかな〈拍子のずれ〉が,崩しを生むのです。

と。ここに新陰流の流祖の見た真髄がある,と著者は言っている。

この勝ち口には,限りない自由と有無をいわせない必然とが,完全に,同時にあります。

それをこう説明します。

ここでの自由は,ただ任意に動き回る自由とは違う。「車」の構え(脇構え)から,わずかに踏み込む時,こちらが踏み込む線は,相手が踏み込んでくる線と,まったく同じ線上にるのでなくてはなりません。つまり,双方の四つの脚が,一線上にある。この踏み込みによる軸の移動が,ふわりと相手の軸の移動に乗るわけです。この時に,連動して一挙に為される軸の移動,間合いの読み,拍子の置き方,太刀の切り筋には,原理として言うなら,毛一筋程の狂いがあってもいけません。この一挙によってだけ,勝敗は天地の理のように,必然のものになるのです。

この必然は,彼我の関係性のなかに,

ただ自分だけの考えで,強引に創るのではない。敵と自分との〈間〉にある関係,即ち間合い,拍子,太刀筋の関係から,おのずと創り出されてくる…,

と。そして,ここに,陰流の「陰」の意味も隠されている,著者は言う。

陰流の剣法において,陽は対手です。陰は自分です。この関係の置き方に,陰流の極意がある。……「猿廻」(えんかい。上述の立ち合いを指す)…の型では,打立ち(敵)と使太刀(自分)は,ほとんど同じ動きをします。勝敗が生まれるのは,,二つの動きの間にわずかなずれを作ることによってです。陽の打立ちは先に動き,陰の使太刀はそれに応じて遅れて動く。陰は,始めから陽のなかに潜んでおり,陽の動きに従って外に現れる。現れてひとつの太刀筋になる。

突っ込んだ言い方をするならば,そもそも相手が,そう繰り出すように仕組んでいる,と言ってもいい。著者は,

始めに動くのは相手です。が,それは対手の動きを待っているのではない。相手を「陽」として動かし,動く相手のなかに「陰」として入り込むためです。入り込めば,打太刀の「陽」は,おのずから使太刀の「陰」を自分の影のように引き出し,その「影」によって覆われ,崩されることになります。

ありていに言えば,脇構えが,左肩を打つように,誘っている,と言ってもいいのである。この,

敵に随って己を顕わし,敵がまさに切ろうとするところを切り崩す勝ち方,



随敵

というそうである。上泉伊勢守が求めているのは,

ただ勝つことではありません。勝つことをはるかに超えて,彼我のすぐれた関係を厳密に創造すること,

あるいは,

相手の動きに協力するかのように入り込み,そのまま相手が崩れてしまう位置に身を占め,重く,しかもふわりと居座ってしまう感覚が必要です。

と著者が言うとき,その閉ざされた関係には,誰ひとり入り込む余地はない。例えは,悪いかもしれないが,ダンスに似ている。両者が同じ土俵の上で,緊張した糸を手繰りあいつつ,ひとつの完結した世界を作っている。それは,余人の入り込むことのできぬ,閉鎖空間なのである。

例えば,三代将軍家光の御前で,江戸柳生の柳生宗冬(宗矩の子息)と尾張柳生の連也が立ち会った光景をこう描く。

宗冬は,三尺三寸の枇杷太刀を中断に取っている。その宗冬から四,五間隔てたところに立った連也は,右偏身で小太刀を下段に堤げ,その切っ先は左斜め下に向けている。つまり,右移動軸の線に切っ先を置いた(あるいは,切っ先を左斜め下向させたままの真正面向きか)。その位取りのまま,連也はスルスルと滞りなく間を詰め,たちまち大山が圧するように宗冬の眼前に迫った。この時,宗冬は,真っ直ぐの中断から左手を放し「思わず知らず」右片手打ちに,連也の左首筋から右肋骨にかけて切り下げてきた。連也は,右偏身から正面向きに変化しつつ小太刀をまっすぐ頭上に取り上げ,己の人中路(中心軸)を帯の位置まで切り通すひと振りによって,宗冬の右親指を打ち砕いた。

右偏身(みぎひとえみ。右半身)とは,

右足を前に,左足を後ろにして立ち,左腰だけを四十五度開いて立ちます。この時,右足は真っ直ぐ前を向き,左足は左に四十五度開いて

いる状態で,スルスルと間を詰めて,左肩を(打つように)誘っている,と言えなくもない。

こちらからスルスルと間を詰めていき,その結果,相手は先に打ち出さざるを得なくなる,

新陰流の「目付」では,相手の切りを,自分の左側か右側かの二つに分けて観るのですが,さらに進んで言えば,相手の切りが自分の左側へ来るように誘い込むことが大切…,

このように迎えた時,振られる相手の拳が自分の型の高さにくる瞬間が必ずある。切っ先より一瞬前に拳が降りてくる。。その瞬間を捉えて,こぶしを打つ…,

という。そのように切り下げた,と見ることができる。

この一瞬の見切りは,体が覚えている,その差はほんのわずかなのだろうと,推測するしかない。たしかに,剣術家は専門職には違いないが,

できないことは,決してわからず,わかる,ということは,稽古のなかで積み重なる〈新しい経験〉としてしかできません。

自分の体でできないことは,わからない,というのが芸事一般の決まりです…。

と言われると,そのただなかにあるものにしか見えない,体感覚があるのだろうと,羨望深く,ただため息をつくほかはない。


参考文献;
前田英樹『剣の法』(筑摩書房)



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
posted by Toshi at 04:27| Comment(1) | 書評 | 更新情報をチェックする