「の」は,
野,
と当てるが,「はら(原)」について,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/455267128.html?1512172397
で触れた折,『日本語源大辞典』は,こう述べていた。
「上代において,単独での使用例は少なく,多く『萩はら』『杉はら』『天のはら』『浄見はら』『耳はら』など,複合した形で現れ,植生に関する『はら』,天・海・河などの関する『はら』,神話・天皇・陵墓に関する『はら』等々が挙げられる。したがって,『はら』は地形・地勢をいう語ではなく,日常普通の生活からは遠い場所,即ち古代的な神と関連づけられるような地や,呪術信仰的世界を指す語であったと考えられる。この点,『の(野)』が日常生活に近い場所をいうのと対照的である。しかし,上代末,平安初期頃から,『の』と『はら』の区別は曖昧になった。」
(戦場ヶ原)
今日,
野原,
と一括りにして言うが,この説に従えば,
原
と
野
とは,区別があった,ということである。繰り返しになるが,「はら」は,「晴れ」に通じ,
ハレ(霽),
になるのであり,「の」は,
ケ(褻),
なのである。ハレ(晴れ、霽れ)は,
儀礼や祭、年中行事などの「非日常」,
「ケ(褻)」は,
普段の生活である「日常」,
を表しているとされるが,「ハレ」は日常の軛から脱するとき(場)でもある。あるいは,「の」は,
現実の平らに開けた地,
を指すが,「はら」は,
非現実の地,
を指すという言い方もできるのかもしれない。
「野(埜)」の字は,
「予(ヨ)は,□印の物を横に引きずらしたさまを示し,のびる意を含む。野は『里+音符予』で,横にのびた広い田畑,のはらのこと。古字埜(ヤ)は『林+土』の会意文字。」
で,のび広がった郊外の地,という意味である。和語「の」は,『岩波古語辞典』には,
「ナヰのナ(土地)の母音交替形」
とある。「なゐ」は,
地震,
と当て,その項に,
「ナは土地,ヰは居。本来,地盤の意。『なゐ震(ふ)り』『なゐ揺(よ)り』で自身の意であったが,後にナヰだけで」
とある。その「ナ」が母韻交替で「ノ」になったということになる。つまりは,「土地」という意である。『大言海』は,
「ヌの轉」
とある。「ぬ(野)」をみると,
「緩(ぬる)き意」
として,
「野(の)の古言,
として,『古事記』の,
次生野神(ヌノカミ)名,鹿屋野比賣神,
等々を引く。とすると,
ナ→ヌ→ノ,
あるいは,
ヌ→ナ→ノ,
と交替したということなのだろうか。ただし『日本語源大辞典』には,
「ノ(野)を表すときに用いられる万葉仮名『努』は,江戸時代以来ヌと呼ばれてきたが,昭和の初め橋本進吉の研究によってノの甲類に訂正された。ただし,『奴』と表記されたものはヌと読む」
とあるので,「ヌの轉」説は,消える。
『日本語源広辞典』は「の」の語源について,『大言海』の「ぬ(野)」を「緩(ぬる)き意」としたのと同じく,
「ゆるやかにのびているノ(和)」
で,緩い傾斜の平地の意,とする。『日本語源大辞典』
伸びる意の古語ノから(東雅),
ノブ(延)の義(国語本義・音幻論=幸田露伴),
ノブル(延)のノに通ず(国語の語幹とその分類=大島正健),
ナヰ(地震)のナの母音交替形。山のすそ野,緩い傾斜地(岩波古語辞典),
ノ(野)は,平地に接した山の側面。麓続きをいう(地名の研究=柳田國男),
ヌルキの義か(名言通),
田畑などに境を分けてノコ(残)る所の義か(和句解),
と並べた上で,
「上代の用法はハラ(原)とよく似ているが,古代にノ(野)と呼ばれている実際の土地の状況などを見ると,もと,ハラが広々とした草原などをさすのに対して,ノは低木などの茂った山裾,高原,台地状のやや起伏に富む平坦地をさしてよんだものかと思われる。」
と述べる。山が神体と見なされた時代,「の」はその裾の地を指した,というような気がする。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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