2017年12月13日

鵜の目鷹の目


「鵜の目鷹の目」は,

「鵜が魚を,鷹が小鳥を捜すように,一所懸命にものを捜し出そうとするさま,その目つき」

という意味である。

http://kotowaza.avaloky.com/pv_ani23_01.html

に,

「鵜が水の中の魚を探そうとする目つきや、鷹が獲物をとらえようとする時の 目つきが、とても鋭く勢いがあるようすから生まれたことわざのようです。 特に、他人の欠点や物事の不足や間違いなどを必死に探そうとする時のようすを言う場合が多いようです。」

というように,「粗探し」,つまり,

人や作品などの欠点を捜して,けちをつける,

というニュアンスで,僕などは受け止めている。注意深く対象を見つめる底意に,悪意がある,ということである。『大言海』には,

「鵜飼に,鷹狩りに,鵜の鮎を,鷹の小鳥を,鋭き眼にて窺ひ狙ふに因りて云ふ」

と,場面が限定されている。ここが始まりなのかもしれない。さらに,

「目角を立てて,他の為すことを,鋭く見守ること」

とある。「目角」とは,

目の端,

の意だが,

「眼の,鋭く物を見る状をなすこと,めくじら,眼力,眼識」

とある。「目に角を立てる」もそうだが,「めくじら」(目角の意)は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/403963816.html

で触れたように,

ささいなことにむきになる,
目角を立てて他人の欠点を探し出す,

という意味だが,語源的には,

「目+くじら(端・尻)」

で,目尻のことである。で,

目くじらを立てる,

というと,

目角を立てて他人の欠点を探し出す,ささいなことにむきになる,目に角を立てる,

と,あまりいい意味ではなく,人を詮索する,という意味に近い。

http://kotowaza-allguide.com/u/unometakanome.html

の言うように,

「ただ熱心に何かをするときに使うのは誤り」

で,

血眼になる,

というのが,類語らしい。これも,ただ必死というより,逆上という含意で,「むきになる」と,マインドは似ているのかもしれない。

さて,この出典だが,

http://sanabo.com/kotowaza/arc/2005/05/post_1340.html

は,江戸前期の俳書,松江重頼著『毛吹草』(けふきぐさ)を採り,

http://kotowaza.avaloky.com/pv_ani23_01.html

は,平賀源内の『根無草』(ねなしぐさ)を採る。しかし,『広辞苑』には,

「日葡」

とのみ載る。室町末期の『日葡辞典』のことだと思う。『故事ことわざ辞典』には,

「鵜や鷹が獲物をあさるときのように,鋭く物を捜し出そうとするめつき,またそのようなさま。一説に,『ウノメ』『タカノメ』とは硫黄の上等品の名で,いずれ劣らぬの意とする」

とある。あるいは,「硫黄」説なのか,と思うのは,この出典,『日葡辞典』には,

「ウノメ,タカノメ〈訳〉鋭くてすばしこい目」

とあり,時代は戦国末期,あるいは,と思うだけである。ま,うがち過ぎかもしれない。『日葡辞典』に採録されているということは,結構すでに人口に膾炙していたと見なすことが出来る。ただ,これ以上は遡れない。

つづいて,

「うの目たかの目」(『毛吹草』),
「何か珍しき物見出さんと,鵜の目鷹の目にいさがし求れば」(『根無草』)

と用例が載る。どうやら,文献上は,『日葡辞典』を嚆矢とする。

なお,「毛吹草」については,
https://kotobank.jp/word/%E6%AF%9B%E5%90%B9%E8%8D%89-490969
「根無草」については,
https://kotobank.jp/word/%E6%A0%B9%E7%84%A1%E8%8D%89-595452
平賀源内については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E8%B3%80%E6%BA%90%E5%86%85
に詳しい。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)


ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

posted by Toshi at 05:26| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする