「かべ」は,
壁,
と当てる。「壁」の字は,
「辟(ヘキ)は,壁(ヘキ)の原字で,薄く平らに磨いた玉。表面が平らで,薄い意を含む。壁は『土+音符辟』で,薄くて平らなかべ」
で,
「牆(ショウ 家の外をとりまく長いへい)に対して,薄く平らなついたて式の中庭かべをいい,家の内外の平らなかべをいう」
とある。『岩波古語辞典』には,
「カはアリカ・スキカのカ。ヘは隔てとなるもの」
とあり,本来の家の内外の「壁」とは異なり「かべ」は,
部屋などの間を隔てるもの,
と,障壁となるもの,隔てとなるものに広げた意味をもっている。だから,『大言海』も,
「構隔(かきへ)の意かと云ふ。部曲(かきべ)と云ふ語あり,駕籠(かご)も,舁駕(かきこ)なるべし」
とする。ちなみに,「かべ」には,
「寝(ぬ)るを,塗るにかけたる謎詞」
として,「夢」の異名としても使われる。『大言海』は,「かべ(壁)」「かべ(夢)」と別に項を立て,後者について,
「夢をば,寝(ぬ)る時見るによりて,夢をカベとは云へり,カベも,塗るものなるによりてなり」(歌林良材)
を引く。さらに,後撰集(廿 哀傷)から,
「妻(メ)のみまかりて後,住み侍りける所の壁に,彼の侍りける時,書きつけて侍りける書(て)を見侍りて,『寝ぬ夢に,昔のカベを見てしより,うつつに物ぞ,悲しかりける』。同,九,戀『まどろまぬ,カベにも人を,見つるかな,まさしからなむ,春の代の夢』」
を引く。「かべ」の意は,さらに,
(壁を「塗る」と「寝(ぬ)る」に掛けて)夢の異称,
(女房詞)豆腐,
女郎部屋の張見世の末席,
近世後期,野暮の意の通後,
等々に広がる(『岩波古語辞典』)。野暮という意味で,
壁と見る,
としいう言い方があったらしい。『江戸語大辞典』では,
野暮,無粋,
の意が最初に載る。どうやら,
「其者(そいつ)を壁て見,不通(やぼ)と見て為口論(とりあ)ふべからず」(安永八年・大通法語),
とある,「通じない」という含意のようだ。関係ないが,
黙っていても
考えているのだ
俺が物言わぬからといって
壁と間違えるな(壺井繁治)
という詩を思い出す。通じない,ということは,そういう含意を相手に与えるものらしい。
壁に為る,
という言葉があって,
ないがしろにする,
という意味だが,いわば,シカトすることである。『江戸語大辞典』には,「女郎部屋の張見世の末席」について,
吉原詞。見世を張る時,壁際に坐ること。またその女郎(新造)。籬(まがき)と共に一座の末席である,
と載る。
壁を背負う,
という言い方があったらしく,吉原の張見世には擬して,
「かゝアが宗旨の本尊を中坐にして,我仏を隅へ押し籠めて壁を背負(しょは)せて置きながら」(文化十四年・大千世界楽屋探)
を引用している。
石壁(マチュ・ピチュの切石積み)
『日本語源広辞典』は,「かべ」の語源を二説挙げている。
説1 「カ(処)+へ(隔)」。場所の隔ての意。
説2 「カキ+ヘ(垣・隔)」。建物のまわりや内部内部の仕切の意。転じて,物事の障害,じゃまの意。
『日本語源大辞典』は,もう少し丁寧に異説を列挙している。
カヘ(垣隔)の義(東雅・言元梯),
カキヘ(構隔)の意か(大言海),
カはアリカ・スミカのカ。ヘは隔てとなるもの(『岩波古語辞典』),
カキヘ(垣方)の義(和訓栞),
カギリベ(限方)の義(名言通),
カタヘ(片辺),また,カタヘ(堅辺)の転(本朝辞源=宇田甘冥),
カゲ(陰)の転声(和語私臆鈔),
しかし,『岩波古語辞典』の,
「『かべ』の『か』は、『ありか』や『すみか』などの『か』と同じで『所』という意味、『べ』は隔てるものという意味の『へ』で、『かべ』は『ある場所をへだてるもの』ということ」(『日本語俗語辞典』)
というのが,説得力がある。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%8B/%E5%A3%81%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%81
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