2018年01月14日

こんにゃく


「こんにゃく」は,

蒟蒻,
菎蒻,

と当てる。

Konnyaku.jpg


「サトイモ科の夏緑多年草植物で、学名はAmorphophallus konjac。英名はelephant footあるいはdevil's tongueとも言う。地下茎はコンニャクイモ(蒟蒻芋)と呼ばれる。原産地はインドまたはインドシナ半島(ベトナム付近)とされ、東南アジア大陸部に広く分布している。」

という(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%A3%E3%82%AF)。

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ko/konnyaku.html

には,

「こんにゃくは、奈良時代に薬用として中国から伝来した植物で、漢語『蒟蒻』も一緒に伝わったようである。 蒟蒻の読みは、『本草和名』に『古爾也久(こにやく)』、『和名抄』に『古迩夜久(こにやく)』とあるように、古くは『コニャク』と読まれていた。『コニャク』が中世に音変化し、『コンニャク』になったとされる。また、『蒟蒻』を呉音で『クニャク』と言ったものが、日本で『コニャク』となり、『コンニャク』になったとする説もある。」

としている。『大言海』は,

「韻會『蒟,果羽切,音矩』コと云ふは呉音なり。コンニャクは,音便轉(牛蒡〔ごぼう〕,ごんぼう。古年童,こんねんどう)。左思,蜀都賦『其圃則有蒟蒻茱萸』劉達,注『蒟,蒟醤(きんま)也,蒻,草也,其根,名蒟蒻』。キンマと,コンニャクと,二物なるに,唐宋以来誤りて,蒻を,蒟蒻と呼ぶと云ふ(箋注倭名抄)」

とある。「きんま(蒟醤)」について,『大言海』は,

安南地方の常緑樹の名,

とあり,「わたたび(蒟醤)」の項で,

いまのフトウカヅラ(風藤蔓)なるべし。きんま(蒟醤)の一種,

と載る。『広辞苑』には,

「『本草啓蒙』『和訓栞』に蛮語とあり,タイ語またはビルマ語の転化」

として,

「マレーシア原産のコショウ科の常緑蔓性低木。」

で転じて,

蒟醤手(きんまて)の略,

として使われる。「蒟醤手」とは,

「キンマの葉を入れるのに用いる舶来の漆器」

を指す。

「黒漆地に朱漆または色漆で,塡漆の技法により文様を表した漆器。中国の沈金の影響をうけてタイでつくられたが,16世紀以降はミャンマーが主産地である。素地は竹で,編胎,捲胎とし,高級品は馬毛を用いた。加飾は黒漆地に両刃の刀で,下図なしに直接文様を彫りつけ,油の入った色漆を一面に塗り,乾燥を待って刻線以外の色漆を研ぎ落とす。最後に油混和の漆を薄く塗って光沢を出す。古くタイではビンロウ(檳榔)の実に石灰をまぶし,蔓草の一種であるキンマ(蒟醬(くしよう))の葉に包んでいっしょに嚙む習慣があり,これらの材料を地産の漆器に入れて客をもてなした。」(『世界大百科事典 第2版』)

で,

https://www.kagawashikki.org/kinma

には,「香川県漆器 蒟醤(きんま)について」として,

「香川漆芸の代表である蒟醤は、タイ国の植物の実の名称だといわれ、何回も塗り重ねた上にケンで文様を線彫りしてそのくぼみに色漆を象嵌する技法で、漆の面を彫るという点では、沈金と変わらないようですが、朱漆、黄漆の色ごとに彫りあげ充填させる作業を繰り返し、全部の充填が終わると表面を平らに研ぎ出すといった独特の技法です」

とあり,『大辞林』には,「蒟醤」について,

「タイやビルマから産する漆器で、漆を塗った面に文様を線彫りし、そこに朱漆などの彩漆などをうずめて研出したもの。素地は多くは籃胎です。また日本では高松市より産します。」

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とある。唐宋以来,蒟醤と蒟蒻を間違えていたというのは,実物ではなく,文字から来たことに違いあるまい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%83%9E

に,その辺りについて,

「日本に於いては、キンマとはビンロウジと石灰とキンマの葉を噛む習慣を考慮して、そのすべてをまとめてキンマと呼ぶことが多い(#嗜好品としてのキンマ)。日本語におけるキンマの語は、タイ語における『キン(食べる)+マーク(ビンロウジ)』(ビンロウジ(檳榔子)を食べる、の意)という語の訛である。ビンロウジとはビンロウ(檳榔、ヤシ科 Areca catechu、ビンロウジとの区別でビンロウジュ(檳榔樹)とも言う)の実のことを言う。マークという言葉の本来の意味は『実』であったが、タイに於いてはアユタヤ王朝時代から、貴賤問わず広く服用され日常性が高かったために、「実を食べる」という略語的用法がそのまま『キンマを用いる』という意味になっていった。
一方で日本においては江戸時代から本草学の研究などで知られるようになり、「蒟醤」と字を当てて書かれた。のちに日本では「キンマ」の言葉自体が、元々の「実(あるいはビンロウジ)を食べる」という本来の意味からはずれ、ビンロウジと一緒に口に入れる葉の名前として借用されることになった。…キンマはタイで広く愛好されたが、痰壺やキンマの道具入れなどの用具が発達し、上流階級では漆を塗ったりして、凝ったものを作るようになっていった。これは江戸時代の日本にも輸出され、蒟醤手という名で茶人の香入れとして愛用された。」

とある。キンマは,

「キンマ(蒟醤・学名Piper betle)はコショウ科コショウ属の蔓性の常緑多年草で、ハート型のつやのある葉をつけ、高さ1mほど。白い花をつけるが目立たない。薬効のあるのは葉である。本来の分布地はマレーシアであるが、インド、インドネシア、スリランカでも自生している。」

で,コンニャクは,

「サトイモ科コンニャク属の多年草で、学名は Amorphophallus rivieri。英名は Devil's tongue, Voodoo lily。東南アジアのベトナム南部からインド東部にかけて分布しています。わが国へは奈良時代に渡来しました。直径30センチもある大きな球茎から、高さ50~200センチの円柱状の葉柄を伸ばします。葉柄の先に鳥足状複葉をつけます。初夏に、暗紫色の仏炎苞に包まれた肉穂花序をだします。花序の基部に雌花、その上に雄花が密集します。球茎は『こんにゃく』の原料となります。」

である。

きんま.jpg

(キンマ)


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(コンニャクはサトイモ科コンニャク属の多年草)


『たべもの語源辞典』には,

「中国から日本に渡来したのは奈良時代である。鎌倉時代の僧侶はコンニャクを味つけして煮たものを糟雞(そうけい)と称して食べていた。山河豚の刺身とか,こんさしといって,コンニャクを刺身にして食べた。コンニャクの田楽が現れるのは元禄(1688-1704)ころである。屋台の煮売物として愛好されたので,現今のおでんの先祖と言ってよかろう」

とあり,『日本語源大辞典』には,

「『京阪の諺に,坊主と菎蒻は田舎がよし,と云ことあり』(『守貞漫稿』)とあるように,地方産が美味とされた。『砂払(すなはらい)』の異名のとおり,こんにゃくを食べると体内の砂を排出できるという俗言があるが,病人には有害で多食してはならないとされた。」

とある。

なお,こんにゃくの歴史は,

http://kan-etsu.com/knowledge/rekishi/

にくわしい。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
https://www.weblio.jp/content/%E3%81%93%E3%82%93%E3%81%AB%E3%82%83%E3%81%8F
https://www.kagawashikki.org/kinma
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%83%9E
https://vietnam.vnanet.vn/japanese/%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%81%A8%E3%83%92%E3%82%99%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96/43334.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%83%9E

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

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