2018年02月14日

あこがれる


「あこがれる」は,

憧れる,
憬れる,

と当てる。面白いのは,意味が,

さまよい出る,
物事に心が奪われる,
気をもむ,
思い焦がれる,理想として思いを寄せる,

と,当初は,物理的にというか,肉体のさまよい出る,状態表現だったものが,心のさまよい出る状態表現へと転じ,その状態の価値表現へとシフトしていくところだ。

当てられた「憧」の字は,

「『心+音符童』で,心中がむなしく筒抜けであること」

とある。この場合,心が,遠くのものを恋い求め,さまよ出でている状態を示している。因みに,「童」は,

「東(トウ 心棒を突きぬいた袋,太陽が突き抜けて出る方角)はつきぬく意を含む。童の下部は『東+土』。重や動の左側の部分と同じで,土(地面)をつきぬくように↓型に動作や重みがかかること。童は『辛(鋭い刃物)+目+音符東+土』で,刃物で目をつき抜いて盲人にした男のこと」

とあり,もともとは,

刃物で目を突きぬいて盲人にした男のどれい。転じて男の召使い,

を指し,「僕童」(男の奴隷や召使)といった使い方をするが,それが転じて,

わらべ(十五歳で成人して冠者となる),

の意となる。「憬」の字は,

「景は,明るく大きい光。憬は『心+音符景』で,心の中が明るくなること。また,遠い理想を求める明るく大きい気持ち」

で,二つ合わせた「憧憬」(ショウケイ,ドウケイ)は,心中が空しくて,落ち着かないさま,という状態表現を意味する。そこからシフトして,遠くのものにひかれる心となったようだ。

さて,「あこがれる」は,

あくがる,

の転とされる。『大言海』は,「あくがる」に,

浮宕,
憧憬,

と当て,

「在處離(ありかか)るの略転と云ふ。アコガルルも同じ(假事〔かりごと〕,かごと。若子〔わかご〕,わくご。其處〔そこ〕,此處〔ここ〕)。宿離(か)レテ,アクガレヌベキ,など云ふは,重言なれど,アクガルの語原は忘れられて云ふなり。」

とし,

居る處を離れて,浮かれ出ず,
離る,隔たる,
心落ちつかずして,浮かる。魂,身にそわず,

と,ここには「あくがる」の原意をとどめているように見える。『岩波古語辞典』は,

「所または事を意味する古語アクとカレ(離)との複合語。心身が何かにひかれて,もともと居るべき所を離れてさまよう意。後には,対象にひかれる心持を強調するようになり,現在のアコガレに転じる」

とある。だから,ふらふらさまよ出でる→心がさまよ出でる,と意味が変じて,

上の空,

浮かれる,

という離魂状態の意味にもなる。

『日本語源広辞典』は,「あこがれる」の語源を四説載せている。

説1は,「アク(所)+カレ(離れる)」。心が自分のところから離れ,強く引き付けられる意,
説2は,「アク(勧角が空く)+カレ(離れる)」。距離が遠くなればなるほど強く惹かれる心情,
説3は,「アク(足・踵)+カレ(離れる)」。足が地から離れるほど引きつけられる心情,
説4は,「ア(接頭語)+焦がれる」(吉田金彦説),

しかし,いずれも,心が対象に引き寄せられるという,「あくがれ」の意味が心情表現に転じた後を前提にして,所説を立てている。いずれの説も,後知恵に過ぎないように見える。

『日本語源大辞典』も「あくがれる」について,(『岩波古語辞典』説,『大言海』説を含めて)四説挙げる。

①アクは事,所などの意の古語。カルは離れて遠く去るの意(日本語の年輪=大野晋),
②アは在,クは処,カルは離の意(槻の落葉信濃漫録・雅言考・比古婆衣・大言海),
③ウカルルと同意。ウの延アク(名言通・和訓栞・槙のいた屋),
④アクは空の義。これを語根として動詞のアクグル,アクガルが生まれた(国語の語根とその分類=大島正健)

しかし,結局,

アク+カル(離る),

で,「アク」については定まらない。『日本語源大辞典』は,こう付言する。

「アクとカルとの複合語で,カルが離れる意であることは確かなものの,アクの語源は諸説あり不明であるが,あるいは場所にかかわる語か。上代には用例は見えず,十世紀半ば以降に一般化した語で,人間の身や心,また魂が,本来あるべき場所から離れてさまよいあるくことをいう。中世になると,特定の対象に心をひかれるという意味合いが強くなり,アコガルという語形も生じる。」

もともとは,物理的な離れさまよういであったとすると,「アク」は

「(本来居る)所,または事の意をもつ古語。単独の用例はなく,アクガレ(憧)に含まれている。また,いわゆるク語法の曰ハク。恋フラクのク・ラクの語根。」

という『岩波古語辞典』の説明が気になる。因みに,「曰く」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/405702636.html

で触れたが,ク語法の用例については,「おもわく」「ていたらく」で,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/439786326.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439714068.html

でそれぞれ触れたように,

「用言の語尾に『く』を付けて『~(する)こと/ところ/もの』という意味の名詞を作る語法(一種の活用形)」

で,「ほとんどの場合、用言に形式名詞『コト』を付けた名詞句と同じ意味になる」とされる。とすると,『大言海』の,

アは在,クは処,カルは離,

がちょっと注目される気がするのだが。なお,ク語法については,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E8%AA%9E%E6%B3%95

に詳しい。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1

スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8

posted by Toshi at 05:14| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする