2018年03月21日

うやむや


「うやむや」は,

有耶無耶,

と当てるらしい。

あるかないかはっきりしないこと,転じていいかげんなこと,曖昧なこと,
胸がもやもやしているさま(主として明治期に用いた),

と意味が載る。後者は,明治期の特有の意味かも知れない。『江戸語大辞典』には,

あるかないかはっきりせぬこと,転じて,もやもや,むしゃくしゃ,悲しみや怒りで胸の乱れるさま,

とあり,

うやもや,

とも言うとある。これをみると,はっきりしないという状態表現から,そのこと自体と似た心の乱れ,もやもや感という価値表現へとシフトした,と見ることができる。『岩波古語辞典』には載らないが,『広辞苑』には,

有耶無耶の関,

という項が載り,

山形・宮城の県境にある笹谷(ささや)峠(大関山)辺りにあった古関,

むやむやの関,
もやもやの関,
有也無也の関,

とも言うらしいが,別に,

出羽象潟(きさかた)の南にも同名の関があった,

とある。『大言海』には載り,その項に,

あやふや,むにゃむにゃ,

として,こう付記してある。

「陸前,柴田郡より羽前に超ゆる笹谷峠,古名,大關山と云ふ關ありて,有耶無耶と云ひしと伝ふ。その説あれど,附會なり」

『江戸語大辞典』には,「うやむやのせき」の項で,

(うやむやの)「意を,奥州の有耶無耶の関にかけていう」
あるいは,
「有や無しやの意を,有耶無耶の関に掛けていう」

とあり,「有耶無耶の関」があって,それに「うやむや」の意を掛けて使ったらしい。前者だと,

「轟く胸は有耶無耶の関に人目を忍ぶ身は,包むとすれど顕はるる目色を」(天保佳話十年・貞操婦女八賢誌),

後者だと,

「後にはあふ瀬の有や無やの,関も人目もいとはねども」(天保四年・仇競今様櫛)

と,用例が載る。このことは後で触れるとして,「うやむや」であるが,『デジタル大辞泉』は,

有るか無いかの意から,

としているし,『日本語源広辞典』も,

「『有りや無しや。有ヤ無ヤ』で,あるかないかわからないような曖昧模糊とした状態。漢語らしく有耶無耶としたのが語源」

とする。しかし,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/u/uyamuya.html

は,

「うやむやは、『もやもや』などと同系の和語と思われるが、はっきりしていない。『有りや無しや(ありやなしや)』を漢文調に書いた『有耶無耶』が、いつの間にか音読され『うやむや』になったとする説もある。しかし、『ありやなしや』を漢文調に書いたのではなく、元々『有耶無耶』は漢文で、その訓読が『ありやなしや』である。また、『うやむや』の当て字 として、意味的にもぴったりな『有耶無耶』が漢字表記として使われるようになったこと から、『有耶無耶』を語源とするのは間違いと考えられる。」

と,事態は逆で,「うやむや」という和語に,「有耶無耶」を当てた,とする。たぶんこれが正しいのだと僕も思う。「うやむや」が,

むにゃむにゃ,

と同義とされるのは,逆に言うと,

むにゃむにゃ→うやむや→有耶無耶,

と転訛したということも言えなくもない。擬態語の宝庫である和語ならではの言葉に違いない。

ところで,「うやむや」は,「有耶無耶の関」が語源とされる説があり,手長足長という妖怪と関わるとされる。たとえば,

http://jimoto-b.com/3545

は,

「秋田県象潟町の『有耶無耶の関』が語源という説があります。その昔、手長足長という人喰い鬼が住んでいました。『手足が異常に長い巨人』という点では日本各地と共通していますが、手足の長い一人の巨人、または夫が足が異常に長く妻が手が異様に長い夫婦の巨人とも言われ、この点は各地で異なります。その手長足長という人喰い鬼は、秋田県と山形県の県境にある「鳥海山」に住んでおり、山から山に届くほど長い手足を持ち、旅人をさらって食べたり、日本海を行く船を襲うなどの悪事を働いていました。鳥海山の神である大物忌神はこれを見かね、霊鳥である三本足の鴉(カラス)を遣わせ、手長足長が現れるときには『有や』現れないときには『無や』と鳴かせて人々に知らせるようにしました。国道7号線にある『三崎峠』が『有耶無耶の関』と呼ばれるのはこれが由来とされています。
それでも手長足長の悪行は続いたため、後にこの地を訪れた慈覚大師が吹浦(現・山形県 鳥海山大物忌神社)で百日間祈りを捧げた末、鳥海山の噴火で手長足長の鬼は吹き飛んで消え去ったと言われています。また消えたのではなく、大師の前に降参して人を食べなくなったともいわれ、大師がこの地を去るときに手長足長のために食糧としてタブノキの実を撒いたことから、現在でも三崎山にはタブノキが茂っているという一説もあります。」

Kyosai_Tenaga-Ashinaga-zu.jpg

(『手長足長図』河鍋暁斎・画 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E9%95%B7%E8%B6%B3%E9%95%B7より)


この,「手長足長(てながあしなが)」は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E9%95%B7%E8%B6%B3%E9%95%B7

に詳しいが,

秋田県、山形県、福島県、長野県、福井県などに伝わる伝説・昔話に登場する巨人」

であり,

「その特徴は『手足が異常に長い巨人』で各地の伝説は共通しているが、手足の長い一人の巨人、または夫が足(脚)が異常に長く妻が手(腕)が異様に長い夫婦、または兄弟の巨人とも言われ、各地で細部は異なることもある。手の長いほうが『手長』足が長いほうが『足長』として表現される。」

各地の社伝,昔話に残っていて,秋田の伝説は,上記の通りだが,他に,

「福島の会津若松に出現したとされる手長足長は、病悩山(びょうのうざん、やもうさん、わずらわしやま。磐梯山の古名)の頂上に住み着き、会津の空を雲で被い、その地で作物ができない状態にする非道行為を行い、この状態を長期にわたり続けたという。その地を偶然訪れた旅の僧侶がことの事情を知り、病悩山山頂へ赴き、手長足長を病悩山の頂上に封印し、磐梯明神[1]として祀ったとされている。このことをきっかけに、病悩山は磐梯山と改められ、手長足長を封印した旅の僧侶こそ、各地を修行中の弘法大師だったと言われている。」

とここでは,慈覚大師が弘法大師に変っていたりする。しかし,この説話自体は,中国からの伝播だとされている。

「『大鏡』(11世紀末成立)第3巻『伊尹伝』には、硯箱(すずりばこ)に蓬莱山・手長・足長などを金蒔絵にして作らせたということが記されており、花山院(10世紀末)の頃には、空想上の人物たる手長・足長が認知されていたことがわかる。これは王圻『三才図会』などに収録されている中国に伝わる長臂人・長股人(足長手長)を神仙図のひとつとして描くことによって天皇の長寿を願ったと考えられる。天皇の御所である清涼殿にある『荒磯障子』に同画題は描かれており、清少納言の『枕草子』にもこの障子の絵についての記述が見られる。」

『日本伝奇伝説大辞典』によると,

「中国の外界(四界)に住むといわれる想像上の異常人。または神仙。『山海経(せんがいきょう)』巻六,海外南経に『長臂国在其東,捕魚水中,両手各操市魚』。郭璞注に,『旧説云,其人手下垂至地』とあり,すこぶる手が長い人間が住む国のことが記されている。次に,同書巻七,海外西経には,『長股之国,在雄常北』。郭璞注に,『長臂人身如中人而臂長二丈,以類推之,則此人脚過三丈矣』とあり,今度は足の長い国のことを記している。(中略)この長臂人・長股人を採り入れたのは,日本の内裏であった。ここで両人は手長・足長と名を改め,清涼殿の荒海の障子に二人の魚を捕る姿が描かれたのである。」

このことは,『枕草子』『大鏡』『古今著聞集』にも言及されていいる。これを描いたのは,

「手長・足長が不老長寿の神仙に比定された」

ものらしい。それが東北の果てに伝わったときは,民を悩ます厄介な巨人に堕したことになる。

手長足長(手長足長(秋田県、山形県、福島県、長野県、福井県などに伝わる伝説・昔話に登場する巨人)の昔話(福島県・猪苗代町,山形県)は,たとえば,

http://www.rg-youkai.com/tales/ja/07_fukusima/05_asinagatenaga.html
http://www.yamagata-info.com/story/tenagaasinaga/text.htm

に載る。

参考文献;
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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2018年03月22日

もやもや


「もやもや」は,『デジタル大辞泉』には,副詞として,

煙や湯気などが立ちこめるさま。「湯気でもやもや(と)している浴室」
実体や原因などがはっきりしないさま。「もやもや(と)した記憶」
心にわだかまりがあって、さっぱりしないさま。もやくや。「彼の一言で、もやもや(と)していたものが吹っきれた」
毛や髪などが群がり生えるさま,「口髭のもやもやと生えた」〈紅葉・二人女房〉
色情がむらむらと起こるさま。「数々の通はせ文、清十郎ももやもやとなりて」〈浮・五人女・一〉
ごたごた言い争うさま。「人中でもやもや云ふほどが費 (つひえ) 」〈浮・新色五巻書・三〉

さらに,名詞化して,

わだかまりがあって心がさっぱりしないこと。「胸のもやもやを晴らす」
もめごと。ごたごた。「このもやもやはこの客からおこった事ぢゃ」〈浮・御前義経記・八〉

と,多様な意味を載せる。『江戸語大辞典』をみると,「もやもや」は,

心の結ぼれるさま,気がくしゃくしゃするさま,

を載せ,次いで「もやもやしい」が載り,

思い悩んで胸中が晴れ晴れとしない,

という意味になる。なお,「もやくや」もほぼ同義で,

心中のすっきりしないさま,
ごたごたするさま,

を指すが,「もやくる」と動詞化すると,

騒ぎを起こす,
気がむしゃくしゃする,

という意味になる。『江戸語大辞典』の「もやくや」には,

「くやは接尾語」

とある。また,『擬音語・擬態語辞典』によると,似た言い回しで,「むさむさ」もあり,「むさむさとした心もさっとはれやかになったぞ」(『四海入海』)という用例がある。

こうした流れから見れば,「もやもや」は,擬態語に思える。『擬音語・擬態語辞典』は,「もやもや」について,

①煙や湯気などが立ちこめてぼやけている様子,
②納得がいかなかったり,明確にならなかったりして,不満や不安が残っている様子,
③毛や草などが生い茂った様子,

と意味を載せた上で,

「『餅』と『もちもち』の関係のように,おそらく『靄(もや)』と関係のある語だろう。靄が立ち込めたように,ぼんやりとはっきりしない様子を表したのが原義で,それが比喩的に人の気持ちや物事の状態などに用いたものと思われる。④の意味は,湯気が立ち上る様子からの転化ではないだろうか。
 江戸時代には,現代では見られない用法でのぼせたり情欲の起こったりする様子を表した例がある。ぼやけた様子からの類推で生まれた用法だろう。『おなつ便(よすが)を求めて数々の通わせ文,清十郎ももやもやとなりて』(浮世草子『好色五人女』)。また,不平を言ったりもめたりする様子も表した。現代語の『ごたごた』や『ごちゃごちゃ』にあたる。はっきりしない様子を転用したものと思われる。『人中(ひとなか)でもやもや云ふ程が費(ついえ=ごたごた言うだけ時間の無駄)』(浮世草子『新色五巻書』)。」

として,「靄」との関連を強調している。そして,同じ擬態語「もやっ」と比較して,

「『もやもや』は,その状態が持続していたり数量が多かったりして,動的・複数的なものとして捉えるのに対して,『もやっ』はまとまった静的なものとして捉えた表現」

で,「もやーっ」となると,「もやっ」よりはっきりしない状態が長く続く様子。となる。

「もやもや」は,擬態語で決まり,と思うが,『広辞苑』は,

①(疑問・推量の助詞モ・ヤを重ねた語から)分明でないさま,不確実なさま,朦朧,
②頭の働きが鈍っていたり気分・雰囲気などが重苦しかったりするさま,思い煩って心が結ぼれるさま,
③色情がむらむらと起こるさま,

という意味を載せる。これだと,

疑問・推量の助詞モ・ヤを重ねた語から,

が「もやもや」の語源と見なすことになる。この説の背景は,

もやもやもあらず,

という言葉から来ていると思われる。だから,『広辞苑』は,「もやもやもあらず」を,

「『もやもや』を強めた語」

と解釈する。「もやもやもあらず」は,『岩波古語辞典』には,

「モヤは係助詞モとヤとの複合。推測・疑問の意を重ねた語。不確実なので相手にただす意。日本書紀の訓読に使われた語。」

として,

ああかこうかと問いただすこともできない,不便だの意,

とある。

「御(おはしま)す所に遠ざかり居りては,政を行はむに不便(もやもやもあらず)」(天武紀)
「久しく老疾(おいやまい)に苦しぶる者は進止(ふるまい)不便(もやもやもあらず)(同)

という用例である。他でも,「不便」に,「もやもやもあらず」と訓ませている。

しかし,「もやもやもあらず」は,あくまで書紀の訓読で,ここは,

「モヤは係助詞モとヤとの複合」

とみなしていいが,「もやもや」は,やはり擬態語であり,『擬音語・擬態語辞典』の言うように,

靄(もや),

と見なすのが妥当ではあるまいか。「モヤは係助詞モとヤとの複合」というような,抽象度の高い表現は,意図的にしない限り,文脈依存の擬態語中心の和語にはなじまない。そして,「靄」自体が,

「もやもや(擬態語)の気象」

という『日本語源広辞典』の説が正しい。「もやもや」とした状態を,「もや」と呼び,「靄」の字を当てたに違いないのである。「靄」というような抽象度の高い概念は,中国由来と考えていい。「靄」(アイ,アツ)の字は,

「謁の字は,行く人をおしとどめること。遏(アツ おしとどめる)と同系のことば。靄は『雨+音符謁』で,雲がおしとどめられて,たちさらぬこと」

で,意味は,「雲やかすみがたちさりかねてたなびくこと」「もや」「低くたちこめた薄い霧や煙」と,この字を当てたのは当然である。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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2018年03月23日

つくし


「つくし」は,

土筆,

と当てる。

DSC06414.JPG


スギナの地下茎から早春に生ずる胞子茎,

を指す。

「スギナ(杉菜、学名:Equisetum arvense)は、シダ植物門トクサ綱トクサ目トクサ科トクサ属の植物の1種。日本に生育するトクサ類では最も小柄である。浅い地下に地下茎を伸ばしてよく繁茂する。生育には湿気の多い土壌が適しているが、畑地にも生え、難防除雑草である。その栄養茎をスギナ、胞子茎をツクシ(土筆)と呼ぶ」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AE%E3%83%8A)。

スギナ.JPG



要は,「つくし」は,「スギナの繁殖器」(『たべもの語源辞典』)ということになる。

「つくし」は,筆頭菜(ひっとうさい),ツクシンボ,ツクヅクシ(また,ツクツクシ),ツクヅクシバナ(土筆花)とも言う。古名はフデツバナ(筆茅花・ヒツチカ)と呼んだ(『たべもの語源辞典』)とあるが,『広辞苑』には,「ツクシの古称」としては,「つくづくし」といい,「つくづくしばな」ともいう,とある。『岩波古語辞典』もそうとしているし,『大言海』も,「つくし」は「ツクヅクシの略」としている。『源氏物語』などの用例から見ても,古称は,「つくづくし」なのだろう。

『大言海』の「つくし」の項を見ると,

つくづくし(土筆)の略,

とあり,「つくづくし」の項には,

「突くを重ぬ,突出の意。その形,筆の頭に似る故に,土筆と書す。杉菜(スギナ)の花」

とあり,筆頭菜(ひっとうさい),つくしんぼとも言うとある。。『日本語源広辞典』も,

「ツク(突き立った)+シ(クシ・細い柱)」

とする。『由来・語源辞典』(http://yain.jp/i/%E5%9C%9F%E7%AD%86)も,

「古くは『つくづくし』といい、『つくし』はそれを略したもの。『つく』は『突く』で、地面から突き出ることからとされる。また、その形が航行する船に水脈を知らせるために立てる杭『みおつくし(澪標)』に似ているところからこの名があるとする説もある。地面に筆を立てたように見えることから『土筆』と当てて書く。」

とする。どうやら,

土筆,

は,後の当て字である。

http://www.asahi-net.or.jp/~uu2n-mnt/yaso/yurai/yas_yur_tukusi.html

は,

「スギナに付いているから『付く子』と呼ぶようになったという説や、土を突いて地表に出てくるから『突く子』と呼ぶという説、節のところで切り離しても継ぐことができるから『継く子』になったという説などがある。また漢字の『土筆』はその姿形が筆に似ているところからあてられた字である。スギナ(杉菜)は草の姿が杉の木に似ているところから付けられた名だそうだが、『継く子』と同じ理由で『継ぎ菜』になったという説もある。」

と他の説も挙げている。ミオツクシ(澪標)のツクシから柱の意,としたのは柳田國男(野草雑記)らしいが,『たべもの語源辞典』が,

「初めツクツクシと呼ばれたことを考えると,ミオツクシのツクシというのは文学的ではあるがよくない。」

と,一蹴しているように,古名「つくづくし」から,語源を探らなくては,意味がないだろう。『日本語源大辞典』は,

ツク(突く)を重ねた語で突出の意(大言海),

以外,

ツキツクシキ(突々如)の義か(名言通),
ツクツクシ(突之串)の義(日本語原学=林甕臣),
節がトクサに似ているところから,トクサフシの転(名語記),

と,「突く」に絡むものが大勢である。『日本語の語源』は,

「ウツクシ(愛し。美し)は『かわいい。いとしい』から『あいらしく美しい』に転義した形容詞である。…土筆は,そのかわいらしい姿から,はじめ,ウツクシキモノ(愛しき物)と呼ばれていた。語頭を落としてツクシンボーに転音し,さらに下部を省略してツクシになった。これを重言したのが『源氏物語』に見えているツクヅクシである。香川県では語尾を落としてツクツクという地方(中讃)がある。
ネギの頭を葱坊主と呼んでゐるが,ツクシの花も法師頭の連想から関西方言ではツクツクボーシ(法師)という。兵庫県美方郡・鳥取・岡山・広島方言では上部を省略してホーシ(法師)といい,兵庫・島根県安濃郡・広島・香川・徳島県祖谷・愛媛・大分県ではホーシコ(法師子)と呼んでいる。」

としている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AE%E3%83%8A

も,「地域によっては「ほうしこ」(伊予弁等とも呼ばれる)としているが,『たべもの語源辞典』は,

「ツクシがかわいらしい姿をしているからウツクシキモノ(愛らしい物)と呼んだが,ウを落として,ツクシンボーと転音し,更に下部を略して,ツクシニナッタモノデ,ツクシの重言がツクヅクシであるという説などがあるが,いずれも無理である。ツクシンボーは法師で,ツクシ(土筆)を筆と見ないで法師頭と見たところからの名である。またツクシが生まれてから,それを重ねていってツクヅクシと呼ぶというのも逆行している。ツクヅクシが簡単にツクシとなるのが自然であり,歴史的に見ても関東では江戸時代以前にツクツクシとよばれていた。京阪では,文化・文政(1804-30)ころになって,やっとツクシというよび方が始まる。」

として,「ツクヅクシ」は,

「ツクは,『突く』である。ヅクも突くで,突くを重ねていった。つまり,つくづくと重なって出るからツクヅクシといったのである。また,突き出るの意と言う説もあるが,日本名の土筆と考えると,突き出る説も良いが,ツクヅクシは,ツクツクと重ねたところに重きをおくほうが良いと考えられる。ツクツクシと最後にシをつけたのも,重なって突き出てくる状態をいったものである。」

としている。

要は,「突き出る」か「突く突く」かの違いかに絞られそうだが,「つくづくし」と呼んだからには,「突く」というのとは違うニュアンスを出したかったのではないか。とすれば,「突く」ではなく,「突く突く」だと見なすのが,確かに自然には思える。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

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ラベル:つくし
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2018年03月24日

つくつくぼうし


「つくつくぼうし」は,

つくつく法師,

と当てる。

寒蝉,

とも当てるらしい。その名は,

Meimuna_opalifera1.jpg



「鳴き声からの名。『法師』は当て字」

と,鳴声から来ているらしい。『日本語源広辞典』も,鳴声からとしている。

『大言海』は,「つくつくほうし」に,

蛁蟟,

の字を当てている。しかし,これは,『大辞林』には,

みんみんぜみ(みんみん蟬)

とある。しかし,

https://furigana.info/w/%E8%9B%81%E8%9F%9F

をみると,

「蛁蟟(つくつくほうし)が八釜やかましいまで鳴いているが車の音の聞えぬのは有難いと思うていると上野から出て来た列車が煤煙を吐いて通って行った。」(根岸庵を訪う記 / 寺田寅彦)
「汽車がまた通って蛁蟟(つくつくほうし)の声を打消していった。」(同)

を引き,「蛁蟟」にわざわざ「つくつくほうし」とルビを振っている。「蛁蟟」は,『字源』には,

むぎわらぜみ,

とある。僕はあまり聞かないが,『大言海』には,

なつぜみ(夏蝉),

のことという。「なつぜみ」とは,『デジタル大辞泉』に,

夏に鳴く蝉。アブラゼミ・クマゼミ・ニイニイゼミなど,

とあり,別の蝉に行き着く。どやら,この漢字を当てる背景はあるのだと思う。 『大言海』は,「つくつくぼうし」の項で,やはり,

「其鳴聲,ツクツクボウシと聞ゆる故に名とす」

と説明し,別に,

くつくつぼうし,
ほうしいつくつく,
おうしいつくつく,
うつくし,
うつくしよし,

とも言う(『大言海』)として,以下を引用している。

「蛁蟟 ツクツクボウシ」(和玉篇)

http://hyogen.info/word/6749428

に,「つくつくほうし」として,

つくつく法師・寒蝉・蛁蟟,

と当て,

「セミ科の一種。夏の半ば過ぎから鳴く小形の蝉。体長3cmほど。『オーシーツクツク』と鳴くのが名前の由来。筑紫恋し。法師蝉。『蛁蟟』は『みんみんぜみ』とも読める。」

とある。本来,

おうしいつくつく,

であったのが,

おうしいつくつく→ほうしいつくつく→つくつくほうし,

と転じた,ということか。

Meimuna_opalifera_female.jpg



しかし,『日本語源大辞典』は,

「①平安時代にはクツクツホウシ(ボウシ)と呼ばれていたようである。『高遠集』によれば,ウツクシともよばれたらしい。ウツクシという呼び名は和歌の世界で好まれ,ウツクシヨシという雅な鳴声の表現をも生み出した。②鎌倉時代になると,ツクツクの形も辞書にのり始め,ツクツクとクツクツの勢力争いといった形になる。しかし室町初期には『頓要集』などにツクツクの形のみ記したものも登場し,室町後半にはこれが主流となる。③ツクツクが主流となると,ツクシヨシという聞き方が現れた(『大和本草』)。これは,『筑紫,良し』ともとられ,さらにツクシコイシという聞きなしまで生み出された。『鶉衣‐前・下・四八・百虫譜』にそれがあるが,さらにそこで旅に死んだ筑紫の人がこの蝉になったという俗説も紹介している。④現代ではその鳴き声を『おーしいつくつく』と聞くこともある。」

としているので,事態は逆で,どうやら,

クツクツホウシ→ウツクシ(ウツクシヨシ)→ツクツクホウシ→ツクツクヨシ→オーシイツクツク,

と,いうことになるらしい。

所詮擬音語なので,どう聞くかは,人次第とはいえ,あまりにも差が大きい。この言葉に,ある意味日本語の特徴,文脈依存性(つまりその時,その場の状況次第)が象徴的に出ているといっていいのかもしれない。


参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1

スキル事典;
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2018年03月25日

セミ


「セミ」は,

蝉(蟬),
蜩,

と当てる。「蝉(蟬)」(漢音セン,呉音ゼン)の字は,

「『虫+音符單(薄く平ら)』。うすく平らな羽根をびりびり震わせて鳴く虫」

で,「せみ」を指す。「蟬」の字は,「嬋」に通ずというので「うつくし」という意味もある。なお,

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1158236041

によると,「蟬」の字は,

「『せみ』の漢字『蝉』の音読は、漢音で『セン』です。この『蝉』という漢字は、クマゼミの鳴き声の『シャンシャンシャン』に由来します。
また『蝉』という文字は『虫』+音符『單』の会意形声です。蝉はお腹に有る特別な膜(背板の内側にある膜)震わせて鳴くので、まさに『單(震えるという意味がある)』です。震えて鳴く虫ということで『蝉』とう漢字ができたのです。
そして、クマゼミの鳴き声『シャンシャンシャン』から『センセンセン』という擬音になり、『セン』という漢音になりました。
ちなみに現代中国音では『チャン』です。」

としている。「蜩」(漢音チョウ[テウ],呉音ジョウ[デウ])の字は,

「『虫+音符周(シュウ)』で,せみの声をまねた擬声語。中国人はせみの鳴声をテウテウと聞き取った。今は,『知了(チーリァオ)』と聞く」

とあり,やはり「せみ」を指す。「寒蜩」で,初秋に鳴く「ひぐらし」を意味する。「蜩」を「ひぐらし」と特定して使うのは,そのせいかもしれない。ただ「寒蜩」を,『字源』は「つくつくぼうし」としているので,「寒蜩」で,晩夏の蝉をくくっているのかもしれない(ただ,『靑蜩』『茅蜩』を「ひぐらし」と『字源』は区別しているが)。

『広辞苑』は,「セミ」を。

「『蟬』の漢音が和音化したものという説と,鳴き声によるという説とがある」

としているし,『日本語源広辞典』も,

「漢字音,蟬sem+(母音)i 」
「蝉の鳴声」

の二説を挙げているが,『大言海』は,

「鳴く聲を名とす。ミハ,ムシの約。蟬(セヌ)の音轉なりと云ふは非なり。天治字鏡八廿二『蟬 世比』。沖縄にて,シミ」

と,漢音転訛を否定する。『笑える国語辞典』

https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%9B/%E8%9D%89-%E3%82%BB%E3%83%9F%E3%81%A8%E3%81%AF-%E6%84%8F%E5%91%B3/

は,

「『せみ』の語源については、セミの鳴き声が『せみせみ(せんせん)』と聞こえたからだとする説などがある。セミと言えば、まず鳴き声が連想される(その次に連想されるのは、道ばたで死んでいること)ので、自然な語源ではないだろうか。現代中国語では「蟬」の他、「知了zhiliao(チーリャオ)」という言葉が特に口語で用いられているそうだ。これも鳴き声から来ているらしい…。」

とみている。『日本語源大辞典』の,

セミセミ・センセンという鳴声から(風俗歌考・箋注和名抄・天朝墨談・名言通・傭字例・本朝辞源=宇田甘冥)

の例を見ると,鳴声説が妥当な気がする。

因みにアブラゼミは,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/a/aburazemi.html

に,

「アブラゼミは、『ジジジジー』『ジージー』という鳴き声が、油で揚げる時の音に似ていることから付いた名 である。 『ミンミンゼミ』や『ツクツクボウシ』のように鳴き声のままでなく、『油』に喩えられ ている点で珍しい(『ジイジイゼミ』の別名はある)。 これは、翅に油の染みに似た紋が あることや、他のセミに比べて油っぽい印象があることも影響したと思われる。」

とあるように,「ひぐらし」の「かなかな」も含め,多く鳴声から来ている以上,「せみ」そのものが「蟬」の訓から来ているというのは,ちょっと解せない。あえて言うなら,「蟬」という抽象化した概念として,その言葉を使ったというなら話は別だが。

250px-Graptopsaltria_nigrofuscata1.jpg



参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)


ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1

スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8

ラベル:セミ
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2018年03月26日

うめ


「うめ」は,

梅,

と当てるが,「梅」(漢音バイ,呉音メ・マイ)の字は,

「『まげ+音符母』の会意兼形声文字で,母親がどんどん子を産むことを示す。梅は『木+音符毎』で,多くの実をならせ,女の安産を助ける木。」

とある。「梅」の字は,某とも楳ともつくるとある(『字源』)。

https://okjiten.jp/kanji304.html

には,

k-304.gif



「会意兼形声文字です(木+毎)。『大地を覆う木』の象形と『髪飾りをつけて結髪する婦人』の象形(『草木が盛んに茂る』の意味)から、美しく茂る木、『うめ』を意味する『梅』という漢字が成り立ちました。」

とある。

800px-Prunus_mume.JPG

(ウメの花(白梅)・東京都杉並区立角川庭園にて https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A1より)


「うめ」について,『広辞苑』には,

「『梅』の呉音メに基づく語で,古くはムメとも」

とある。『岩波古語辞典』も,

「『梅』の中国音muəiを写したもの。平安時代mme と発音したので,古写本には『むめ』と書くものが多い」

としている。「梅」自体が,平安時代,中国から入ったものだけに,この説が妥当性が高い。

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%86%E3%82%81

は,

「漢字『梅』の唐代の音muəiの音写「ムメ」からとの説あり。」

と,しているのも,符合する。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A1

も,

「『ウメ』の語源には諸説ある。ひとつは中国語の「梅」(マイあるいはメイ)の転という説で、伝来当時の日本人は、鼻音の前に軽い鼻音を重ねていた(東北方言などにその名残りがある)ため、meを/mme/(ンメ)のように発音していた。馬を(ンマ)と発音していたのと同じ。これが『ムメ』のように表記され、さらに読まれることで/mume/となり/ume/へと転訛した、というものである。上記のように『ンメ』のように発音する方言もまた残っている。」

とし,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A1

には,「うめ」は,

「中国では紀元前から酸味料として用いられており、塩とともに最古の調味料だとされている。日本語でも使われるよい味加減や調整を意味する単語『塩梅(あんばい)』とは、元々はウメと塩による味付けがうまくいったことを示した言葉である。また、話梅(広東語: ワームイ)と呼ばれる干して甘味を付けた梅が菓子として売られており、近年では日本にも広まっている。
さらに漢方薬の『烏梅(うばい)』は藁や草を燃やす煙で真っ黒にいぶしたウメの実で、健胃、整腸、駆虫、止血、強心作用があるとされるほか、『グラム陽性菌、グラム陰性の腸内細菌、各種真菌に対し試験管内で顕著な抑制効果あり』との報告がある。」

とあり,漢方薬として入ってきた可能性がある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/u/ume.html

も,

「実を薬用にする『烏梅(うばい)』の形で、平安時代以降に中国から伝来したとされる。 中国語では『ムエイ』のような発音だったものを日本人が『うめ』と聞き取ったために、『うめ』と呼ばれるようになった。『むめ』と読むのも『ムエイ』に由来するもので、平安時代 から見られる。 本来、薬用として伝来したものであるが、花のもつ気品や美しさから平安 時代の漢詩や和歌などで題材とされている。」

としている。『大言海』は,

「朝鮮語,梅(マイ),我が邦に野生なし,記,紀に見えず,萬葉集に,明日香藤原の朝よりの歌あり,初め,外来の烏梅(ウバイ)を薬用とし,字音にて,烏梅(ウメ)(薬名『取半黄梅實,籃盛置煙突上,燻乾則成黒色,故曰烏梅』。烏は黒色の意。梅の實の燻製)と云ひしに,薬用の必用なるより,其生實若しくは,苗木を取り寄せ植ゑて,烏梅(うめ)の木と云ひしが,遂に樹名(萬葉集,三,五十三『吾妹子が,植ゑし梅樹(うめのき),見る毎に,心咽(む)せつつ,涙し流る』。又,賀茂真淵の梅辭あり)となりしなり。象牙,渡りて,斑文あるに因りて,段(きさ)と呼びしが,象(ざう)の名ともなりしが如し」

と更に詳しい。「烏梅」(うばい)の項には,

「古へは,烏梅(うめ)と訓みき。烏は,黒き義。燻(ふす)べらして黒し」

とある。

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(梅の花(紅梅) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A1より)

「うめ」が外来ということでは違いないが,経路が,

中国語からか,
朝鮮語経由か

で別れるし,それも,

梅の木としてか,
烏梅としてか,

でわかれるようだ。それによって言葉の由来もわかれる。

『日本語源広辞典』は,中国語由来について,

「中国語音『m』の前にu,後にeが加わったとする説です。漢字が公式に日本に伝わったのは,古事記によると,百済の学者王仁が伝えた論語千字文だとされていますが,四百年ころのことと思われています。福岡県志賀島から発掘された『漢委奴国王』の金印は,五七年の史実と照応しあいますので,普及はしていなくても漢字が一部入ってきていたはずです。人類学的に『日本語・語源辞典』をみると,漢字はさておいて,中国語や中国音は,数千年以上も前から入ってきて,日本語を形成したり影響を与えたりしていたのでしょう。ウマ,ウメが,訓のように思われ,使われていたのは,そういうところに原因があります。」

としていて,実情に近いはずである。

『日本語の語源』は,中国語からの変化として,

「中国語のバイ(梅)・バ(馬)を国語化してウメ(梅)・ウマ(馬)という。『ウ』は語調を整えるための添加音であった。これに子音が添加されてムメ(梅)・ムマ(馬)になった。さらにム[mu]の母音[u]が落ちて撥音化したため,ンメ(馬)・ンマ(馬)という。」

と,辿ってみせる。どの時点で入ってきたにしろ,中国語を和語のように使いこなしていたらしい様子がよくうかがえる。「うま」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/451611340.html

で触れたが,これも(モンゴルからの)外来であった。

中国由来以外の諸説は,いろいろあるが,ここでは省く。しかし,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/406252031.html

で触れたように,季節を愛でること自体を中国から学んだ。

春風先ず發く苑中の梅
桜杏桃梨次第に開く
薺花楡莢深村の裏
亦た道う春風我が爲に来たれりと

という白居易の詩は,梅に対する目を変えたはずである。それは,「梅」ということはだけでなく,梅に対する独特の風情をも輸入したのである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
下定昌弘『漢詩集』(ちくま新書)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1

スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8

ラベル:うめ
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2018年03月27日

さくら


「さくら」は,

桜(櫻),

と当てる。「桜(櫻)」の字は,

「嬰(エイ)は『貝二つ+女』の会意文字で,貝印を並べて。首に巻く貝の首飾りをあらわし,とりまく意を含む。櫻は『木+音符嬰』で,花が気をとりまいて咲く木」

を意味する。我が国では,「さくら」に当てる「桜(櫻)」だが,

「花が気を取り巻いて咲く『うすらうめ』」

を指す。中国では,「さくら」は,「桜花」(インホア)というらしい(『漢字源』『字源』)。

https://okjiten.jp/kanji305.html

には,

k-305.gif



「会意兼形声文字です(木+嬰)。『大地を覆う木』の象形と『子安貝・両手を重ねひざまずく女性』の象形(女性が『首飾りをめぐらす』の意味)から、首飾りの玉のような実を身につける『ゆすらうめ』を意味する」

とある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%AF%E3%83%A9

は,

「サクラを意味する漢字『櫻』は元はユスラウメを意味する文字だった。『櫻』の字は『首飾りをつけた女性、もしくは首飾りそのもの』を意味する『嬰』に木偏を付けたものであり、ユスラウメの実が実っている様子を指した漢字である。日本にユスラウメが入ってきたのは江戸時代後期頃のため、日本では『櫻』の字はサクラに転用された。」

とある。「ユスラウメ」は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%A1

に,

「ユスラウメ(梅桃、山桜桃梅、学名:Prunus tomentosa)は、バラ科サクラ属の落葉低木の果樹。サクランボに似た赤い小さな実をつける。俗名をユスラゴともいう。樹は開帳性の2〜3mの低木でよく分枝する。葉は楕円形で、葉脈に沿って凹凸があり、全体に細かい毛を生じる。桜に似た白色または淡紅色の花が葉腋に1つずつ咲き、小ぶりの赤または白の丸い果実をつける。」

とある。「さくら」より「梅」に似ている。

ユスラウメ.jpg



さて,「さくら」の語源であるが,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%AF%E3%83%A9

は,

「『サクラ』の語は有史以前からあり、『語源』があるのかどうかも不明である。としつつ,よく知られている,とする説を挙げている。:

「春に里にやってくる稲(サ)の神が憑依する座(クラ)である。これは天つ神のニニギと木花咲耶姫の婚姻の神話によるものが出どころ。
『咲く』に複数を意味する『ら』を加えたものとされ、元来は花の密生する植物全体を指した。
富士の頂から、花の種をまいて花を咲かせたとされる、『コノハナノサクヤビメ(木花之開耶姫)』の『さくや』をとった。」

と挙げている。『大言海』は,

「咲麗(さきうら)の約と云ふ。或は木花開耶姫(このはなさくやひめ)のサクヤの轉(あざやか,あざらか)」

とし,「木花(このはな)」の項で,

「木(こ)の葉,木(こ)の間,同趣」

とあり,

「特に櫻の称」

とある。「木に咲く花」を「さくら」と呼んだというのは,魅力的だ。「はな」といえば,梅の花か桜の花だから。しかし,

「春の花として愛好されるようになるのは平安時代以降」(『岩波古語辞典』)

とあるので,この場合,語源的には,違うように思う

http://www.yamashin-sangyo.co.jp/cherry_sub/sakura_2.html

も,説を整理して,

【第1の説】古事記や日本書紀に登場する神話の美しい娘「木花開耶姫(このはなさくやびめ)」の「さくや」が「桜」に転化したものだという説です。「木花開耶姫」は霞に乗って富士山の上空へ飛び、そこから花の種を蒔いたと言われています。そして、富士山そのものをご神体とした富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)は、全国で千以上に及ぶ浅間神社の総本社で、木花開耶姫を祭神としています。
【第2の説】さくらの「さ」は「サ神様」(主に田の神様)の意味で、「くら」は神様の居場所「御座」(みくら)を意味するという説です。田の神が桜の花びらに宿り、田に下りて稲作を守護するというのです。稲作りの始まりと桜の咲く時期が同じころなので、満開に咲く花の下で豊作を願ったのだと言われています。
【第3の説】「咲く」に、「達」という意味の接尾語「ら」が加わったというものです。群れて咲く桜は古来より、咲く花の代表であったことをあらわしていると言われています。

とするが,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/sa/sakura.html

は,

「語源は、動詞『咲く(さく)』に接尾語『ら』が付き、名詞になったものいわれる。さくらは奈良時代から栽植されたが、当時は田の神が来臨する花として、『信仰』『占い』のため に植えられることが多かった。そのため、『さ』は耕作を意味する古語『さ』、もしくは『神霊』を意味する『さ』を表し、『くら』は『座』を表すといった説もあるが、あまり有力とされてい ない。 古代に『サクラ』と呼ばれていたのは、現在の山桜のことであったとされる。」

と,「さく」「ら」説をとる。「さ」「くら(座)」説は,『由来・語源辞典』

http://yain.jp/i/%E6%A1%9C

のいうように,

「『さ』はさがみ(田神)からで穀霊、『くら』は神のよりつく座(くら)で、桜は穀霊のよりつく座の意とする…。古人は桜の花の咲き具合からその年の稲の豊凶を占ったといい、また、桜を農作業の目安にする風習は今なお残っている。」

あるいは,

http://ktb.hatenablog.com/entry/20050326/sakura

の,

「『サ』は(稲穂の)穀霊を意味する言葉、『クラ』は稲の神様が降臨する磐座(イワクラ)の意味で、つまり『さくら』は稲、農耕の神様が宿る木という説。田植え前に豊作を祈願した神事が花見の起源ともいわれている。」

と言う説明がわかりやすい。

葛飾北斎によるサクラと富士の絵.jpg

(葛飾北斎によるさくらと富士の絵 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%AF%E3%83%A9より)


しかし,『日本語源広辞典』は,

「『咲く+ラ(花)』の音韻変化」が有力です。…花の時期の短さ,咲き方の見事さが,さくらの語源となったと見るべきです。『サ(稲の神)+クラ(宿る)』説は疑問」

と,「サ」「クラ(座)」説を否定している。否定されているが,「木花開耶姫」転訛説は,

http://ktb.hatenablog.com/entry/20050326/sakura

の,

「『古事記』に登場する『木花咲耶姫(このはなさくやひめ)』の『さくや』が転訛したものだという説。桜の霊でもある木花咲耶姫が、富士山から最初の桜の種を蒔いたといわれており、『この花(桜)のように美しい姫』の名前が語源だともされている。あるいは『木花』とはサクラの花をことを意味し、『開耶』の音がそのままサクラの語源となったとも伝えられる。」

との説明はわかりやすい。しかし「『木花』とはサクラの花」というのは,花=櫻になって以降の付会に思える。

そめいよしの.jpg



『日本語源大辞典』は,諸説を網羅して,以下のように挙げている。

①桜の靈である此花サクヤ(咲耶・開耶)姫から,サクヤの転(萍[うきくさ]の跡・茅窓漫録・名言通・和訓栞・大言海),
②サキムラガル(咲簇)の約(萍の跡・茅窓漫録・和訓栞),
③サキウラ(咲麗)の約(大言海),
④よろずの花の中で勝れて美しい意から,サキハヤ(咲光映)の約転(古事記伝・菊池俗語考),
⑤咲くと花ぐもりとなるところから,サキクモル義(和句解・日本声母伝),
⑥咲クに接尾語ラがついたもの(語源辞典・植物篇=吉田金彦・暮らしのことば語源辞典),
⑦樹皮が横に裂けるのでサクル(裂)の転(日本釈名),
⑧サケヒラク(割開)の略(柴門和語類集),
⑨サクワウ(開王)の転(言元梯),
⑩サキ(幸)の転声,ラは花カズラ,カツラのラ(和語私臆鈔),
⑪花の中で殊にすぐれているところからサはするどくあらわれたさま,ラはひらくさまの意(槙のいた屋),
⑬サはサガミ(田神)のサで,穀靈の意。クラは神の憑りつくクラ(座)で,さくらは穀靈の憑りつく神座の意。桜に限らなかった(萬葉集東歌研究=桜井満),
⑭美しく光り輝く意の「灼燦」の別音sakuraから(日本語原学=与謝野寛),

しかしその他にも,

「咲くらむ(咲くだろう)」からきているという説,
サキウラ(割先・咲梢)の意で、花弁の先の割けた花が梢いっぱいに咲き匂う美しさをいう,
「サキハヤ(開光映)」に由来するという説,

等々もあるらしい(http://ktb.hatenablog.com/entry/20050326/sakura)。

しかし,やはり,接尾語「ら」が,複数の意の「等」ではなく,

「擬態語・形容詞語幹などを承けて,その状態をあらわす」

という意味によって,

まさに,花が咲いている,

という「サクラ」の開花状態をイメージするなら,

咲クに接尾語ラがついたもの,

が妥当に思える。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%A1
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%AF%E3%83%A9
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8

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2018年03月28日

ぞう


「ぞう」は,

象,

と当てる。「象」(漢音ショウ[シャウ],呉音ゾウ[ザウ])は,

「ゾウの姿を描いたもの。ゾウは,最も目立った大きす身体をしているところんら,かたちという意味になった」

とある(『漢字源』)。

https://okjiten.jp/kanji302.html

にも,

k-302.gif



「象形文字です。『長い鼻のぞう』の象形から『ぞう』を意味する『象』という漢字が成り立ちました。」とある。和語「ぞう」は,どうやら,呉音ゾウ(ザウ)の訓みそのままである。

実は,「うめ」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/458323468.html?1522005349

の項で,『大言海』は,

「朝鮮語,梅(マイ),我が邦に野生なし,記,紀に見えず,萬葉集に,明日香藤原の朝よりの歌あり,初め,外来の烏梅(ウバイ)を薬用とし,字音にて,烏梅(ウメ)(薬名『取半黄梅實,籃盛置煙突上,燻乾則成黒色,故曰烏梅』。烏は黒色の意。梅の實の燻製)と云ひしに,薬用の必用なるより,其生實若しくは,苗木を取り寄せ植ゑて,烏梅(うめ)の木と云ひしが,遂に樹名(萬葉集,三,五十三『吾妹子が,植ゑし梅樹(うめのき),見る毎に,心咽(む)せつつ,涙し流る』。又,賀茂真淵の梅辭あり)となりしなり。象牙,渡りて,斑文あるに因りて,段(きさ)と呼びしが,象(ざう)の名ともなりしが如し」

と記していた。つまり,「ぞう」の語源に関わって,

「象牙,渡りて,斑文あるに因りて,段(きさ)と呼びしが,象(ざう)の名ともなりしが如し」

と記していた。「ぞう」は,かつて,

きさ,

と呼んでいた。『岩波古語辞典』は,「ぞう」では載らず,「きさ」について,

「象の古名」

とある。『大言海』は「きさ」(象)の項で,

「橒(きさ)の義。初め,象牙,渡来し,牙に橒あれば名とす。牙をキサのキと云ふ。即ち,橒(きさ)の牙(き)なり。牙の名の,獣名に移りたるは薬用に渡来せしウメボシの烏梅(うめ)の,梅樹の名に移りたると同趣なるべし。又,梵語に,象(ザウ)を迦邪(Gaya)と云ふとぞ」

とあり,「橒」の項には,

「刻(きざみ)の義」

として,

「木目の文(あや)」

とあり,『和名抄』の,

「橒,木目の文也,木佐」

を引く。「ざう(象))の項では,『史記』の,

「大宛傳『其人民,乗象以戦』」

『和名抄』の,

「象,岐佐,獣名。似水牛,大耳,長鼻,眼細,牙長者也」

を引く。「ぞう」は,近代までは,『日本語源広辞典』の言うように,ほとんどの日本人にとって,想像上の動物でしかなかった,といっていい。よく描かれた虎も同じで,虎図が猫図にみえるのも当たり前であった。

「きさ」の説明は,

http://k-amc.kokugakuin.ac.jp/DM/detail.do?class_name=col_dsg&data_id=68492

で,

「象をキサというのは、象牙の横断面に橒(きさ)(木目の文)があるためである(『萬葉動物考』)。『和名抄』に『和名 伎左』とある。天智紀に『象牙(きさのき)』とあり、当時すでに象牙の輸入されていたことが知られる。『拾遺集』にも『きさのき』(巻7-390、物名)を詠んだ歌がある。その一方で、『名義抄』に『キサ キザ サウ』、『色葉字類抄』に『象 セウ 平声 俗キサ』とあり、平安期には『キサ』『キザ』の他に、『サウ』や『セウ』ともいったらしい。万葉集には、『象山(きさやま)』『象(きさ)の小川』『象(きさ)の中山』と見えるが、いずれも、現在の奈良県吉野郡吉野町にある喜佐谷周辺の地を指したもので、動物の象とは無関係。象山は、弓削皇子の歌(3-242)にも詠まれている三船山と向かい合っており、これらの山の間に象谷(喜佐谷)がある。『象(きさ)』の地名は、橒(きさ)(木目文)の如き、ギザギザと蛇行した谷に由来するという(『角川日本地名大辞典』)。象谷に沿って吉野川の支流である象川が流れている。象川が吉野川にそそぐところを『夢のわだ』といい、この地もまた万葉歌に詠まれている(3-335、7-1132)。」

と詳しい。

800px-Elephanteating.jpg


ただ,『日本語源大辞典』を見ると,「きさ」の由来は,「象牙」の何を採るかで微妙に違うようだ。

牙に木目のような筋があるところからキサ(橒)の義(東雅・和訓栞・大言海),

以外に,

牙サシ出ルの意(日本釈名),
キザシ(牙)の略(名言通),
ケサ(牙蔵)の義(言元梯),
キバヲサ(牙長)の義(日本語原学=林甕臣),

等々もあるようだ。まあ,「文(あや)」が妥当に思える。

ところで,こんな経緯から「象」の字は,例えば,『デジタル大辞泉』のように,

「きさ」 象(ぞう)の古名,
「しょう〔シヤウ〕」かたち。ありさま。易(えき)に表れた形,
「しょう」 物の形。目に見えるすがた(印象・気象・具象・形象・現象・事象・心象・対象・万象)。物の形をかたどる(象形・象徴),
「ゾウ」 動物の名
「ぞう」 物の形(有象無象(うぞうむぞう))
名前(名のり)かた・きさ・たか・のり,

等々とあり,椿象(かめむし),海象(セイウチ)などという当て字にも使われる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル: きさ ぞう
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2018年03月29日

ツバメ


「ツバメ」は,

燕,

と当てる。

つばくら,
つばくろ,
つばくらめ,

の異称がある。「つはくらめ」が「ツバメ」の古称とある(『広辞苑』)。「燕」(エン)の字は,象形文字で,

「つばめを描いたもので,その下部は二つにわかれた尾の形であり,火ではない」

とある(『漢字源』)。

k-2575.gif


『岩波古語辞典』の「つばくらめ」の項には,

「メは,カモメ・スズメ・ヤマガラメなど,鳥を意味する接尾語」

とある。『大言海』には,「つばめ」は,

「ツバクラメの略」

とあり,やはり,「メ」は,「ヤマカラメ,ヒカラメと同趣」

とあり,「ツバクラ」も「ツバクラメの略」とある。「ツバクラメ」の項では,

燕,
玄鳥,
乙鳥,

と当て,

「ツバクラは鳴く聲,メは群れの約と云ふ。或は,土喰黒女(つちばみくろめ),翅(つば)黒女,光澤(つや)黒女の略轉など云ふはいかがか」

とある。そして,

「ツバビラコ,ツバビラク,略してツバクラ,ツバクロ,ツバメ」

とする。そして,

『倭名抄』「燕,豆波久良米」
『本草和名』「燕,玄鳥,都波久良米」
『字鏡』「乙鳥,豆波比良古」

を引く。

http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000067714

の言う,

「『日本語語源大辞典』『語源大事典』によると、土食み(つちくみ)の意味からか、ツバメの古名はツバクラメ。ツバクラになり、ツバメとなった。ツバクラメは土喰黒女(ツバクラメ)となるが、この呼び名は光沢のある黒い鳥を意味するともいわれている。
『ツバ』『クラ』『メ』の三語よりなっている。
「ツバ」・・・光沢のあること。
「クラ」…黒
「メ」・・・ススメやカモメなど群れる鳥を指す。
姿の黒い照り輝くところからの命名。また、「土」「喰」「黒」・・・ルバメクロ(メ)とも解するという。)」

の,「土喰黒女(ツバクラメ)」を『大言海』は否定していることになる。

Landsvale.jpg



「ツバクラは鳴く聲」というのは,『日本語源広辞典』のいう,

「チュバ(鳴声)+メ(小鳥の接尾語)」

と同趣だろう。

http://www.cec-web.co.jp/column/bird/bird57.html

も,

「ツバメの語源は、ツバクラメで、これが短くなったものとされています。時代的には、すでに奈良時代にはツバメとツバクラメが併用され、室町時代になってツバメが主流となったようです。もともとのツバクラメとは、ツバが鳴き声を表し、クラが小鳥の総称であり、メは群れを示す接尾語という解釈が今日代表的な見解のようです(「鳥の名前」東京書籍発行、「鳥名の由来辞典」柏書房)。」

とあるのも同じである。

http://www.nihonjiten.com/data/45823.html

は,

「古名『ツバクラメ』→『ツバクラ』→『ツバメ』と変化したとされる。古名『ツバクラメ』の語源は、『ツバ+クラ+メ』の説で、『ツバ』は光沢の意とする説、鳴声とする説、『クラ』は黒の意とする説、小鳥(カラ)の総称とする説、『メ』は群れる鳥を表す接尾語とする説がある。他に『ツチバミクロメ(土喰黒女)』、『ツフハクロメ(頬羽黒群)』、『ツハサクルフレム(翼狂群)』、『ツバサクリカヘリムレ(翼繰返群)』『ツバクロメ(翅黒女)』『ツヤクロメ(光沢黒女)』などの意とする説がある。 別に、古名『ツバクロ(メ)』→『ツバメ』と変化した説もあり、『ツバクロ』は嘴で土をくわえて巣をつくることから『土喰黒(ツチバミクロ)』の略とする説がある。」

と諸説を整理しているが,

ツバクラメ→ツバクラ→ツバメ,

ツバクロ(メ)→ツバメ,

の略轉説を整理しているが,「ツバクラメ」が古称なら,

ツバクラメ→ツバクロ(メ)→ツバクラ→ツバメ,

なのかもしれない。『日本語源大辞典』は,「つばくらめ」と「つばめ」を別に項を立てている。「ツバクラメ」の語源としては,

ツバクラは鳴声から,メはムレ(群)の約(箋注和名抄・音幻論=幸田露伴),
ツチバミクロメ(土喰黒女)・ツバクロメ(翅黒女)・ツヤクロメ(光沢黒女)の略轉(『大言海』が疑問視した),
ツバは鳴声から。クラはイタクラのクラと同じで小鳥の総称(野鳥雑記=柳田國男),
ツバは光沢のあるさまをいう語。クラは黒の義。メは鳥名につける語(東雅),
ツバクラは翅黒の義か,メはムレ(群)の義(上方語源辞典=前田勇),
ツチ(土)ハミクラフの略(関秘録),
ツチ(土)クラヒの義という(物類称呼),
ツバサクリカヘリムレ(翼繰返群)の義(日本語原学=林甕臣),
ツバサクルフムレ(翼狂群)の義か(名言通),
ツフハクロメ(頬羽黒群)の義(言元梯),

等々。いささか苦しいものもあるが,「クラ」は黒の意とする説でいいとして,

「メ」を鳥の総『ツバ』は光沢の意とする説、鳴声とする説、
「ツバ」は光沢の意とする説、鳴声とする説、

にわかれている。「ツバメ」の項で,

「①語形としては,『色葉字類抄』にツハメ・ツハクロメ・の語形が見られる。ツバメ・ツバクラメのメは,カモメ・スズメ・コガラメなどの,鳥類に共通する接尾語か。②鎌倉・室町期になるとツバメが勢力を増し,『節用集』ではツバメクラを圧倒してくる。江戸期にはツバクラメは古語となり,ツバメ・ツバクラ・ツバクロが主流となる。」

と述べている。「メ」について,群れか鳥の総称か,というのは,「メ」の意味が分からなくなったから,そう言っているだけなのかもしれない。『日本語の語源』は,音韻変化説をとり,こう述べている。

「『黒む』という動詞は『黒くなる。黒みを帯びる』という意味である。…春来て秋帰る燕は人家に巣くってかくべつ馴染みの深い小鳥であるが,大昔の人はこれをツバサクロム(翼黒む)鳥と呼んだ。『サ』を落としたツバクロムは『ロ』の母音交替[oa],『ム』の母音交替[ue]の結果,ツバクラメに転音した。(中略)さらに語尾を落としてツバクラ・ツバクロになった。(中略)ツバクラメの省略形がツバメである。(中略)筑後久留米(浜荻)・広島・愛媛・佐賀・長崎・香川県では,最古のツバサクロム鳥の省略語として,燕のことをツバサと呼んでいる。」

これだと,スズメ・カモメの「メ」はどう説明するのか,と思うが,「スズメ」については,

「『がやがや騒ぐ』ことをサザメクという。(中略)サザメキ鳥は語幹のサザメがスズメ(雀)になった。丹波国何鹿(いかるが)郡アササキ(吾雀)郷の地に式内社のアススキ(阿須須岐)神社があるのは,ササ・ススの転音を示唆している。」

とし,「カモメ」についても,

「鷗は夏,カムチャッカ・シベリヤ・カナダなどの海岸に繁殖し,冬は日本に現れて全国の海上に群棲している。翼が長くて飛翔力があるので,大昔の人はナガバネ(長羽)と呼んでいた。語頭の『ナ』を落としたガバネは,ガバネ・カマネに転化するとともに,『マ』の子音の順行同化の作用で語尾の『ネ』が子音交替[nm]をとげた結果,カマメ(鴎。上代語)になった。〈うなばらにカマメたちたつ〉(万葉)。
カマメ(鷗)はさらにカモメ(鷗)になった。津軽地方では,カモ[k(am)o]が縮約されてコメ・ゴメになった。」

と,一貫している。何でも不明だと,接尾語にするというのは,いかがかと思うので,聞くに値する。

因みに,「若いツバメ」は,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/wa/wakaitsubame.html


によると,

「明治時代の婦人運動・女性解放運動の先駆者 平塚雷鳥と、年下の青年画家 奥村博史 の恋に由来する。平塚が年下の男と恋に落ちたことで、平塚を慕う人々の間で大騒ぎ となり、奥村は身を引くことにした。 その時、奥村から平塚に宛てた手紙の中で、『若い 燕は池の平和のために飛び去っていく』と書いたことから流行語となり、女性から見て年下の愛人をいうようになった。」

とあり,『日本語俗語辞典』

http://zokugo-dict.com/44wa/wakaitubame.htm

「若いツバメとは平塚雷鳥という婦人運動家と年下の奥村博史という画家との恋愛から生まれた『年上の女性の愛人である若い男性』という意味の言葉である。平塚はこの5歳年下の彼氏・奥村のことを『若いツバメ』や『弟』と呼んでいた。二人の関係が公になるにつれ、女性解放を謳う平塚の運動に参加していた者の間でこれが騒ぎとなり、奥村が身を引く決心をする。その時、奥村が平塚に宛てた手紙の『若いつばめは池の平和のために飛び去っていく』という文面から若いツバメは上記の意味で流行語となった。余談だが二人は最終的に結婚している。」

とある。「燕」を当てる字には,陰暦八月の「燕去り月」,燕合わせ(「つばめる」から来た当て字。燕算用も同じ),燕口,燕銛,燕返し等々数々ある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)


ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2018年03月30日

スズメ


「スズメ」は,

雀,

と当てる。「雀」(慣音ジャク,漢音シャク,呉音サク)の字は,

「会意兼形声文字。もとは,上部が少ではなくて小。『隹(とり)+音符小』で,小さい小鳥のこと。」

とある。

https://okjiten.jp/kanji1699.html

にも,

「会意文字です(小+隹)。『小さな点』の象形と『尾の短いずんぐりした小鳥』の象形から、小さい鳥『すずめ』、『すずめ色(赤黒色、茶褐色)』を意味する『雀』という漢字が成り立ちました。」

とある。

k-1699.gif



250px-Tree_Sparrow_August_2007_Osaka_Japan.jpg



『岩波古語辞典』は,

「スズは,鳴声から付けた名か。メはき鳥を表す語。ツバメ,カマメなどのメに同じ。Suzumë」

とし,『大言海』も,

「スズは鳴く聲,メは群れの約,或は云ふ,篶群(すずむれ)の義なりと」

としている。「倭名抄」には,

「雀。須須米」

とあるそうだから,かつては濁っていなかった感じである。『日本語源大辞典』は,

「『本草和名』には『和名 須須美』とあり,そのほか『観智院本名義抄』『色葉字類抄』『日本書紀古訓』にも『ススメ』『ススミ』の両訓があるから,古くはスズミの形も存在したと思われる。」

としている。

さて,その語源であるが,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/su/suzume.html

も,

「スズメの『スズ』は、その鳴き声か、小さいものを表す『ササ(細小)』の意味。『メ』は『群れ』の意味か、ツバメ・カモメなど『鳥』を表す接尾語である。現代では、鳴き声が『チュンチュン』と表現されるが、平安時代から室町時代までは『シウシウ』、江戸時代から『チーチー』『チューチュー』と表現され、『チュンチュン』へと移り変わっている。古代のサ行は『si』ではなく『ts』の音であったといわれ、『シウシウ』は現在の『チウチウ』に近い音であったと考えられる。『スズ』は第二音節が清音で『ススメ』『ススミ』と呼ばれていたため、『シウシウ(チウチウ)』という鳴き声を写したものが『スス』と考えても不自然ではない。また、小さな意味の『ササ』は『ススキ』の語源にも通じ、身近にいる小鳥であることから、『ササ(細小)』の説も考えられる。」

と,「スス」は鳴き声,「メ」は,群れないし小鳥の意,とする。『日本語源広辞典』も,

「雀の鳴き声(チュンチュン・チュウチュウ)+メ(接尾語,小鳥)」

説を採る。『日本語源大辞典』も,大勢,

スズは鳴き声から。メはムレ(群)の約(箋注和名抄・言元梯・名言通・本朝辞源=宇田甘冥・日本古語大辞典=松岡静雄・大言海),
スズは鳴き声から,メは小鳥の義(音幻論=幸田露伴),
もとはチュンチュンと小さく鳴く小鳥の総称であったもの(国語史論=柳田國男)
ススはシュシュという鳴き声から出たか(名言通・国語溯原=大矢徹),
スズロムレ(漫群)の義(日本語原学=林甕臣),
スズムレ(篶群(すずむれ))の義か(大言海),
スズはササに通じ,小の意か。メは鳥をいう古語(東雅),
おどりながらススム(進)ところから(日本釈名),
雀は心たけくススムものであるところから(和句解),

鳴き声派で,「メ」を接尾語として,勝手に解釈している気がする。「メ」がはっきり分からないからといって,都合よくこじつけるのはいかがかと思う。「ツバメ」の項,

800px-スズメの階級と見張り役.jpg

(群れで採餌中のスズメ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BA%E3%83%A1より)


http://ppnetwork.seesaa.net/article/458420611.html?1522264236

で触れたように,『日本語の語源』は,音韻変化説をとり,「つばめ」について,こう述べている。

「『黒む』という動詞は『黒くなる。黒みを帯びる』という意味である。…春来て秋帰る燕は人家に巣くってかくべつ馴染みの深い小鳥であるが,大昔の人はこれをツバサクロム(翼黒む)鳥と呼んだ。『サ』を落としたツバクロムは『ロ』の母音交替[oa],『ム』の母音交替[ue]の結果,ツバクラメに転音した。(中略)さらに語尾を落としてツバクラ・ツバクロになった。(中略)ツバクラメの省略形がツバメである。(中略)筑後久留米(浜荻)・広島・愛媛・佐賀・長崎・香川県では,最古のツバサクロム鳥の省略語として,燕のことをツバサと呼んでいる。」

そして,スズメについては,

「『がやがや騒ぐ』ことをサザメクという。(中略)サザメキ鳥は語幹のサザメがスズメ(雀)になった。丹波国何鹿(いかるが)郡アササキ(吾雀)郷の地に式内社のアススキ(阿須須岐)神社があるのは,ササ・ススの転音を示唆している。」

とし,さらに,「カモメ」についても,

「鷗は夏,カムチャッカ・シベリヤ・カナダなどの海岸に繁殖し,冬は日本に現れて全国の海上に群棲している。翼が長くて飛翔力があるので,大昔の人はナガバネ(長羽)と呼んでいた。語頭の『ナ』を落としたガバネは,ガバネ・カマネに転化するとともに,『マ』の子音の順行同化の作用で語尾の『ネ』が子音交替[nm]をとげた結果,カマメ(鴎。上代語)になった。〈うなばらにカマメたちたつ〉(万葉)。
カマメ(鷗)はさらにカモメ(鷗)になった。津軽地方では,カモ[k(am)o]が縮約されてコメ・ゴメになった。」

と,一貫して音韻変化から説いている。この方が筋が通る。なお,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BA%E3%83%A1

によると,

「中文(中国語)では『麻雀』と表記する。麻雀(スズメ)は中国の古典では小さな鳥の総称のように用いられた。」

とある。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)


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2018年03月31日

とり


「とり」は,

鳥,

と当てるが,「鳥」の字は,象形文字で,

k-58.gif


300px-鳥-oracle.svg.png

(甲骨文字 殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B3%A5より)

鳥-bronze.svg (1).png

(金文 西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B3%A5より)


「尾のぶら下がった鳥を描いたもの。北京語のniauは,ぶらりと垂れた男性性器(diau)と同音であるのを避けた意味言葉」

で,尾の垂れた鳥から,広く鳥の総称に用いられた,とある。「とり」には,「禽」の字もあるが,これは,

「もと『柄つきの網+音符今(キン)(ふさぐ)』の会意兼形声文字。のち,下部に禸(動物の尻)を加えたもので,動物を網でおさえて逃げられぬようにふさぎとめること。擒(キン とらえる)の原字」

とある。「とり」の意もあるが,「網やなわでとらえる動物,のち猟でとらえるとりのこと」とある。因みに,尾の短い鳥は,

隹(スイ),

の字で,

「尾の短い鳥を描いたもの。ずんぐりと太いの意を含む。雀・隼・雉などの地に含まれるが,鳥とともに広く,とりをいみすることばになった」

とある。

800px-Colca-condor-c03.jpg


「とり」の語源について,『大言海』は,

「アイヌ語chiri」

とし,『倭名抄』の,

「鳥,禽,土里」

を載せている。『日本語源大辞典』によれば,その他,

トビカケリ(飛翔)の中略(日本釈名・柴門和語類集)。
トゾヲリ(飛居)の義(日本語原学=林甕臣),
トビヰル(飛集)の義か(和訓栞),
飛ぶところからか(和句解),
飛行がト(鋭)いところから。リは添えた語。また飛ぶときの羽音によるか(日本語源=賀茂百樹),
人がとるものであるところから,トリ(捕)の義か(円珠庵雑記),
トマリまたはトドマリの中略(滑稽雑談),
古く使いとして用いたところから,タヨリ(便)の義か(名言通),
鶏の意の朝鮮語talkiから(語源の研究=泉井久之助),

等々あるが,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/to/tori.html

の,

「『トビカケリ(飛翔)』の中略 をはじめ、『トビヰル(飛集)』や『トビヲリ(飛居)』の意味など、『飛ぶ』と関連付ける説が多い。その他、古代では特に狩猟の対象となる鳥を指すこともあったため、『とる(獲る)』の名詞形とする説や、朝鮮語で「鶏」を意味する『talk(talki・tark)』からといった説もある。『鳥』の『ト』と『飛ぶ』の『ト』はいずれも乙類で、鳥の特徴でまず挙げられるのは空を飛ぶことであるから、『ト』は『飛ぶ』の意味で間違いないと思われる。」

説が一番説得力がある。『岩波古語辞典』が,「とり」を,「töri」と,乙類としていることとつながる。『日本語源広辞典』も「とり」の項で,

「ト(飛ぶ)+り(接尾語)」

としている。『岩波古語辞典』は「と」の項で,

「とり(鳥)が他の名詞の上について複合語を作る際,末尾のriと次に来る語頭の音とが融合した形」

とあり,「鳥狩(とがり)」を,

törikari→törkari→töngari→tögari,

と,更に「となみ(鳥網)」を,

törinöami→törnami→tönnami→tönami,

と音韻変化を例示して見せている。ただ,多く,接頭語で残っている言葉は,古形が残っている例が多いことを考えると,これは妥当に思われる。なお,ニワトリは,別に項を改めるが,

ニハツトリ,

の転訛のようである。

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