2018年03月02日
とむらう
「とむらう」は,
弔う,
訪う,
と当てる。もともとは,
「どふらう」の変化した語,
のようだ。『岩波古語辞典』には,
「トブラヒの子音交替形」
とあり,「とむらう」は「とぶらう(ふ)」の意味そのままであるが,当てた字で,意味を変える。「訪う」
案じて問い聞く,
おとずれる,見舞う,機嫌をうかがう
詮索する,訪ね求める,
「弔う」は,
人の死を悼んで,喪にある人をたずねて慰める,
亡き人の冥福をいのる,法要を営む,
といった意味になる。「訪」の字は,
「方は,両側に柄の張り出たすきを描いた象形文字。左と右に張り出すの意を含む。訪は『言+音符方』で,右に左にと歩いて,ことばでたずねまわること」
とある。「たずねる」「おとづれる」の意である。
「弔」の字は,
「棒に蔓が巻き付いて垂れたさまを描いたもので,上から下に垂れる意を含む。また,天の神が下界に恩恵を垂れることを言い,転じて他人に同情を垂れることを弔という」
とあり,「とむらう」「他人の不幸に対し,同情の言葉を述べる」「つるす」という意味がある。
『岩波古語辞典』の「とぶらひ」の項には,
「事こまかに問いつめてきく意。また,心を込めて相手を見舞い,慰める意。挨拶・手紙・贈物・供物などによってそれを行う。類義語トヒは疑問のことを相手に問いただして返事を求めるのが原義。オトヅレは,絶えず引き続いて声をかけ,手紙を出す意」
と,「とう」「おとず(づ)れる」との違いを説く。
『日本語源広辞典』は,
「トフ(問う)+ラヒ(行為)」
で,
「生死に関わらず宅や墓を訪れ,心を述べる」
意とする。となると,気になるのは,
とう,
である。「とう(ふ)」は,
問う,
訪う,
と当てる。『岩波古語辞典』は,「と(問)ひ」の項で,
「何・何故・如何に・何時・何処・誰などの疑問・不明の点について,相手に直接ただして答えを求める意。従って,道をきき,占いの結果をたずね,相手を見舞い,訪問する意の場合も,その基本には,どんな状態かと問い正す気持ちがある。類義語タヅネは物事や人を追い求めるのが原義。トブラヒは相手を慰めようと見舞い,物を贈る意。オトヅレは,つづけて便りをし,見舞う意」
と,「とむらう」「とう」「おとづれる」の違いを説く。で,意味は,
疑問の転を明示して,相手に直接の答を求める,問いただす,
占いの結果を聞く,
安否を尋ねる,
訪問する,
とむらう,
という意味になる。『岩波古語辞典』の説でいけば,
「とう」は,尋ねる意で,あくまで答えを求めている,
が,
「とむらう」は,相手への慰めの気持ちで見舞う意,
で,
「おとづれる」は,便りで見舞う意,
ということになる。「問」の字は,
「門は,二枚の扉を閉じて中を隠す姿を描いた象形文字。隠してわからない所を知るために出入りする入口などの意を含む。問は『口+音符門』で,わからないことを口で探り出す」
とあり,「たずねる」「といただす」「人をたずねる」「相手の夜臼を尋ねる手紙,また指示を書きだすこと」と,ほぼ「とう」と重なる。
『日本語源広辞典』は,「とう」の語原を,
「『ト(問)+フ』です。つまり,訪問した戸口に立って人の安否を尋ねる意」
とするが,これでは「問」の字を当てた後の説明にしかなっていない。『日本語源大辞典』は,「とう」の,
①質問する,
②訪問する,
という二つの意味の「と」は上代,
「①は甲類音(『万葉集』では乙類も)であるが,②は乙類音,本来同語であったものが意味分化したとする説もあるが,『質問する』意味の場合は甲類,『訪問する』意味の場合は乙類と,本来は意味により別語として区別されていたものが音と意義の類似から混用されるようになったものか」
としている。つまり,「質問する」意の「とう」は,
甲類tofi,
「訪問する」意の「とう」は,
乙類t öfi,
と区別していたのだとすると,あるいは,「問」「訪」の漢字を当て分けていたのかもしれない。「とう」の語源は定まらないが,『大言海』は,
「外(ト)言(イ)フの約かと云ふ」
とする他,その他,
トイフ(外言)の略か(和訓栞)
トヒイフ(戸言経)の義(日本語原学=林甕臣),
トイフ(戸言)の義(和句解・日本語原学=林甕臣),
戸歴の義(名言通),
戸口で問うところから(本朝辞源=宇田甘冥),
ト(音)を活用した語(日本語源=賀茂百樹),
聞き止めようとして尋ねるところから(国語本義・本朝辞源=宇田甘冥),
トフラフ(訪)の義から(言元梯・国語の語根とその分類=大島正健),
コトカフ(言精)の略か(和語私臆鈔),
トモハル(友晴),またトモフル(友触)の反(名語記),
質問する意のト(甲類)フの他に,音(オト)を立てる意のト(乙類)があり,これが訪問の意を持つに至る(続上代特殊仮名音義=森重敏),
等々とあり,「ト(音)を活用した語」に惹かれるが,甲類・乙類の区別に言及していない説は,取り上げにくい。ただ,「おとずれる」が,『岩波古語辞典』に,
「音連レの意。相手に声を絶やさずにかける,手紙を絶やさずに出す意が原義」
とあり,関連する「おとなう(ふ)」が,やはり,
「音を立てる動作をするのが原義。ナヒは,アキナヒ(商)・ツミナヒ(罪)・うべなひ(諾)などのナヒに同じ」
と,「音」に関わっているのが気になる。「と」は,
「オトのオが脱落した形」
だが,
t ö
と乙音だったらしい。この活用は,
訪う,
の意になる。「訪う」は,音に係るが,「問う」は,音に係らない,ということになるが。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8