「うづき」は,
卯月,
と当てる。陰暦四月の異称である。陰暦四月には,この他,
陰月(いんげつ),植月(うえつき),卯花月(うのはなづき),乾月(けんげつ),建巳月(けんしげつ),木葉採月(このはとりづき),鎮月(ちんげつ),夏初月(なつはづき),麦秋(ばくしゅう),花残月(はなのこりづき),孟夏(もうか),
等々の異名があるらしい(https://ja.wikipedia.org/wiki/4%E6%9C%88)。
『広辞苑』には,「うづき」の由来を,
「十二支の卯の月,また,ナウエヅキ(苗植月)の転とも」
と載せる。しかし,『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/u/uzuki.html
は,
「卯月は、卯の花が咲く季節なので、『卯の花月』の略とする説が有力とされ、卯月の『う』 は『初』『産』を意味する『う』で、一年の循環の最初を意味したとする説もある。 その他、 稲を植える月で『植月』が転じたとする説もあるが、皐月の語源と近く、似た意味から別の月名が付けられたとは考え難い。 また、十二支の四番目が『卯』であることから、干支を 月に当てはめ『卯月』になったとする説もあるが、他の月で干支を当てた例がないため不自然である。仮に、卯月だけに干支を当てられたとしても、月に当てられる干支は一月から順ではなく、陰暦の四月が『巳』,『卯』は陰暦の二月である。」
と,「干支の卯」説には批判的である。『デジタル大辞泉』も,
「卯の花月。卯の花の咲く月の意とも、稲の種を植える植月(うつき)の意ともいう。」
と,「卯の花月」を採る。
https://ja.wikipedia.org/wiki/4%E6%9C%88
は,
「卯月の由来は、卯の花が咲く月『卯の花月(うのはなづき)』を略したものというのが定説となっている。しかし、卯月の由来は別にあって、卯月に咲く花だから卯の花と呼ぶのだとする説もある。『卯の花月』以外の説には、十二支の4番目が卯であることから『卯月』とする説や、稲の苗を植える月であるから『種月(うづき)』『植月(うゑつき)』『田植苗月(たうなへづき)』『苗植月(なへうゑづき)』であるとする説などがある。他に『夏初月(なつはづき)』の別名もある。」
と,やはり「卯の花月」に傾く。さらに,『日本語の語源』もまた,
「幹が中空であるところからウツロギ(空木)といったのがウツギ(空木)になった。初夏,白い鐘の形の花がむらがり咲く。それをウツギノハナ(空木の花)と呼んだのが,ウノハナ(卯の花)と略称された。陰暦四月をウノハナヅキ(卯の花月)といったのがウヅキ(卯月)になった。」
とする。しかし,『日本語源広辞典』は,三説挙げ,
説1 「雨+月」。雨の多い月の意,
説2 「植+月」。苗を植える月の意,
説3 「卯の花月」。卯の花の咲く月の意,
その上で,
「説3が通説ですが,当てた漢字が付会かもしれません」
としている。つまり,「卯月」と当てた字を以って後解釈なのかもしれない,という意である。「卯(漢音ボウ,呉音ミョウ[メウ])は,
「指示文字。門をむりに開けて中に入り込むさまを示す」
とある。干支の「卯」であるが,卯の花の意味は,ここにはない。「卯の花」とは,
ウツギ,
のことである。
(ウツギ (学名:Deutzia crenata) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%84%E3%82%AEより)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%84%E3%82%AE
によると,
「ウツギ(空木、学名:Deutzia crenata)はアジサイ科ウツギ属の落葉低木。ウツギの名は『空木』の意味で、茎が中空であることからの命名であるとされる。 花は『うつぎ』の頭文字をとって『卯(う)の花』とも呼ばれ」
る,とある。因みに,「オカラ」を「卯の花」と呼ぶのは,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%82%89
によると,
「『から』の語は空(から)に通じるとして忌避され、縁起を担いで様々な呼び名に言い換えされる。白いことから卯の花(うのはな、主に関東)、包丁で切らずに食べられるところから雪花菜(きらず、主に関西、東北)などと呼ばれる。『おから』自体も「雪花菜」の字をあてる。寄席芸人の世界でも『おから』が空の客席を連想させるとして嫌われ、炒り付けるように料理することから『おおいり』(大入り) と言い換えていた。」
とある。『たべもの語源辞典』は,
「この花の色が白くておからに似ているところからの名である。おからのカラ(空)をきらって,ウ(得)の花としたという説もあるが,これは良くない。ウは『憂』に掛けたりすることが多い。」
としている。
しかし,どうも,「卯の花」説は,他の月の命名との一貫性が損なわれる気がする。
陰暦一月の 睦月(むつき)について,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/455932349.html
で触れたように,『大言海』は,
「實月(むつき)の義。稲の實を,始めて水に浸す月なりと云ふ。十二箇月の名は,すべて稲禾生熟の次第を遂ひて,名づけしなり。一説に,相睦(あひむつ)び月の意と云ふは,いかが」
とし,
「三國志,魏志,東夷,倭人傳,注『魏略曰,其俗不知正歳四時,但記春耕秋収為年紀』
を引いて,「相睦(あひむつ)び月の意」に疑問を呈して,「實月」説を採っていたし,陰暦二月の如月 (きさらぎ)についても,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/456805354.html
で触れたように,
『大言海』は,
「萌揺月(きさゆらぎづき)の略ならむ(万葉集十五 三十一『於毛布恵爾(おもふえに)』(思ふ故に),ソヱニトテは,夫故(ソユヱ)ニトテなり。駿河(するが)は揺動(ゆする)河の上略,腹ガイルは,イユルなり,石動(いしゆるぎ)はイスルギ)。草木の萌(きざ)し出づる月の意。」
として,「むつき(正月)の語源を見よ」として,「むつき(睦月・正月)」との連続性を強調していた。当然陰暦十二月の師走(しわす)も,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/455892480.html
で触れたように,『大言海』は,
「歳極(としはつ)の略転かと云ふ。或は,万事為果(しは)つ月の意。又農事終はる意か,ムツキを見よ。」
と,「睦月」との関連性を強調していた。陰暦三月の弥生(やよい)についても『大言海』は,
「イヤオヒの約転。水に浸したる稲の實の,イヨイヨ生ひ延ぶる意」
と,月名に農事との関わりを一貫して守り続けている。そして,「卯月」についても,
「植月(うつき)の義。稲種を植(う)うる月,ムツキ(睦月)の語源を見よ」
とし,睦月との一貫性を崩さない。突然四月になってウツギと関わらせるのは,どう考えても無理筋ではあるまいか。
『日本語源大辞典』には,『大言海』以外のものとして,農事と関わらせる説が,
すでに播いたものがみな芽を出すことから,ウミ月の略か(兎園小説外集),
ウは初,産などにつながる音で,一年の循環の境目を卯月とする古い考え方があって,その名残りか(海上の道=柳田國男),
がある。『日本大百科全書(ニッポニカ)』によると,「卯月」は,
「この月より季節は夏に入り、衣更(ころもがえ)をした。また、この月の8日を『卯月八日』といって、この日には近くの高い山に登り、花を摘んで仏前に供えたりする行事があった。この日はまた釈迦(しゃか)の誕生日でもあり、灌仏会(かんぶつえ)、仏生会(ぶっしょうえ)、花祭などといって、誕生仏を洗浴する儀式が行われ、甘茶などを仏像にかける風がある。参詣(さんけい)者はこの甘茶をもらって飲んだり、これで墨をすって、『千早振る卯月八日は吉日よかみさけ虫をせいばいぞする』と紙に書き、便所や台所に貼(は)って虫除(よ)けとする俗信があった。」
とある。それが「卯の花」とは到底思えない。翌「皐月」は,
「早苗月」
とも言うそうだから,なおさらである。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%84%E3%82%AE
https://ja.wikipedia.org/wiki/4%E6%9C%88
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%82%89
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;
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コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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