2018年04月01日

ニワトリ


「ニワトリ」は,

鶏(鷄),

と当てる。「鶏(鷄)」の字は,

「奚(ケイ)は『爪(手)+糸(ひも)』の会意文字で,系(ひもでつなぐ)の異字体。鶏は『鳥+音符奚』で,ひもでつないで飼った鳥のこと。また,たんなる形声文字と解して,けいけいと鳴く声を真似た擬声語と考えることもできる。」

とある(『漢字源』)。

k-326.gif



https://okjiten.jp/kanji326.html

には,

「会意兼形声文字です(奚+鳥)。『手を下に向けてつかむ象形とより糸の象形と人の象形』(『つながれた人、召し使い』の意味)と『鳥』の象形から、家畜としてつなぎとめておく鳥『にわとり』を意味する「鶏」という漢字が成り立ちました。」

とある。『広辞苑』には,

「庭鳥の意」

とあるが,『大言海』は,「にはとり」の項で,

「庭つ鳥,鷄(かけ),と云ふ枕詞を,直に鳥の名とす」

とし,

「本名,かけ,又くたかけ。異名,ながなきどり,ときつげどり,あけつげどり,ゆうつげどり,うすべどり,ねざめどり,はたたとり。」

と書く(『日本語源大辞典』は,その他,四境祭の故事に基づき『木綿(ゆふ)付け鳥』とも言ったとする)。そして,

『本草和名』「鷄,爾波止利」
『名義抄』「鷄,ニハトリ」

を引く。「にはつとり」の項では,

「人家の庭に居る意。野つ鳥(雉)の如し」

とし,「鷄(かけ)の枕詞」として,

「家鳥,鷄(かけ)とも云ふ。後には,ニハトリと云ひて,直に鷄(かけ)のこととするも,これに起こる」

とある。そして「かけ」(鷄)の項で,

「鶏鳴を名とす,カケロの條を見よ。家鷄の音と暗号」

として,「ニハトリの古名」とする。「かけろ」の項では,

「鶏(にはとり)のことを,カケと云ふは,此の語に起こる。」

要は,鶏の鳴声,「コッケッコウ」から来た擬声語ということになる。ただ,『擬音語・擬態語辞典』によると,今日,コケコッコーと聞こえるが,

「室町時代までは,『かけろ』。…室町時代から江戸時代にかけて,鶏の鳴き声は『とーてんこー』。『東天光』『東天紅』の漢字が当てられ,当時の辞書にまで掲載された。」

とあるので,

カケロ→カケ→(カケの枕詞)庭つ鳥→ニハツトリ→ニハトリ→ニワトリ,

と転訛していったということになる。

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『岩波古語辞典』は,「にはつとり」の項で,

「nifatutöri」

として,

「(枕詞)庭にいる鳥の意から『鷄(かけ)』に掛かる」

とある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%AF%E3%83%88%E3%83%AA

には,

「ニワトリという名前については日本の古名では鳴き声から来た『カケ』であり古事記の中に見られる。雉を『野つ鳥雉』と呼んだように家庭の庭で飼う鶏を『庭つ鳥(ニハツトリ)』(または『家つ鳥(イヘツトリ)』)と言い、次第に『庭つ鳥』が残り、『ツ』が落ちて『ニワトリ』になったと考えられる。また『庭つ鳥』は『カケ』の枕詞であり『庭つ鳥鶏(ニハツトリカケ)』という表記も残っている。別の説では『丹羽鳥』を語源とするのもある。」

と整理されている。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ni/niwatori.html

は,「にはちつとり」ならんであった「いえつとり」が,

「ニワトリを表す言葉には、『家にいる鳥』を意味する『イヘツトリ』もあったが,『万葉集』には『ニワトリ』の古名『カケ(鶏)』を意味する言葉として,また『古事記』にも『カケ』の枕詞として『ニハツトリ』は用いられているように,『ニハツトリ』の方が多く用いられたため,『イエツトリ』は消えていったと考えられる。古名『カケ』は,その鳴き声から名づけられたとされ,『神楽酒殿歌』に,『鷄はかけろと(泣)なり』の例が見られる。」

と,消えた背景を推測している。『日本語源大辞典』は,

「古くから人間の生活と密接に結びついてきたために,単に『とり』というだけで鷄を指すことが多い。」

としているが,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%AF%E3%83%88%E3%83%AA

によると,

「日本列島に伝来した時代は良く分かっていない。…日本列島におけるニワトリは弥生時代(紀元前2世紀)に中国大陸から伝来したとする説がある。弥生時代には本格的な稲作が開始されるが、日本列島における農耕は中国大陸と異なり家畜の利用を欠いた『欠畜農耕』と考えられていた。…ニワトリに関しては1992年(平成4年)に愛知県清須市・名古屋市西区の朝日遺跡から中足骨が出土している。以後、弥生時代のニワトリやブタは九州・本州で相次いで出土している。弥生時代のニワトリは現代の食肉用・採卵用の品種と異なり小型で、チャボ程度であったとされる。出土が少量であることから、鳴き声で朝の到来を告げる『時告げ鳥』としての利用が主体であり、食用とされた個体は廃鶏の利用など副次的なものであったと考えられている。」

とある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:ニワトリ
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2018年04月02日

とうがたつ


「とうがたつ」とは,

薹が立つ,

と当てる。

「野菜などのとうが伸びる。固くて食べられなくなる」

意で,そこから,喩えで,

「年頃が過ぎる。盛りが過ぎる」

の意で使う。

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(花開きかけた蕗)


「薹」(呉音ダイ,漢音タイ)の字は,

「艸+音符臺(タイ 高い台座)」

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で,「あぶらな」や「かさすげ」の意の他,

「ふき・ちさなどの野菜類の,花のつく茎が伸び出たもの,花のつく台」

の意である。ちなみに,「台(臺)」は,

「『土+高の略体+至る』で,土を髙く積んで人の来るのを見る見晴らし台を表す。のち,台で代用する。」

とある。「蕗の薹」でいう,「薹」(トウ)は,「花のつく茎がのびでたもの,花のつく台」の意味である。

「とう立ち(とうだち)」について,

https://engei-dict.882u.net/archives/2220

は,

「薹(とう)は花を咲かせる茎のことで、とうが伸びることを『とう立ち』という。とうが伸びて花が咲くと、種子に栄養が行ってしまい葉が硬くなったり、根菜類にすが入って繊維質になったりする。」

とある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/to/tougatatsu.html

は,

「『薹』は「ふきのとう」というように,フキやアブラナなど花をつける茎『花茎』のこと。薹が伸びると硬くなり,食べごろを過ぎることから,野菜などの花茎が伸びて食用に適する時期が過ぎたことを『薹が立つ』と謂うになり,人間の年にもあてはめ用いられるようになった。」

と,そのままの説明だが,『日本語源広辞典』は,二説載せる。

説1 「薹が立つ」で,花軸が伸びる意,
説2 「トウ(塔)が立つ」で,形が塔の九輪に似ている意,

後者の方は,九輪という仏教寺院建立以後のものを引き合いに出しているのは,いかがかと思う。「薹がたつ」という言い方が,我が国だけの言い回しのようであるので,「蕗」などから来たものと見ていいるのではない。

因みに,「蕗」は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%AD

に,

「日本原産で、北海道、本州、四国、九州及び沖縄県に分布し、北は樺太から朝鮮半島や中国大陸でも見られる。山では沢や斜面、河川の中洲や川岸、林の際などで多く見られる。郊外でも河川の土手や用水路の周辺に見られ、水が豊富で風があまり強くない土地を好み繁殖する。」

そして,

「葉の伸出より先に花茎が伸び出す。これを蕗の薹(フキノトウ)と呼んでいる。」

と。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)


ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2018年04月03日

タンポポ


「タンポポ」は,

蒲公英,

と当てる。「文明本節用集」には,

「蒲公草 タンホホ」

とある(『広辞苑』)。『大言海』は,

蒲公英,
蒲公草,

と当てている。そして,

「古名,タナなり。タンはその轉にて,ホホは,花後の絮(わた)のホホケたるより云ふかと云ふ」

としている。

カントウタンポポ.jpg



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%83%9D

も,

「日本語では古くはフヂナ、タナと呼ばれた。タンポポはもと鼓を意味する小児語であった。江戸時代にはタンポポはツヅミグサ(鼓草)と呼ばれていたことから、転じて植物もタンポポと呼ばれるようになったとするのが通説であるが、その他にも諸説ある。」

とし,その諸説の一つとして,

「和泉 晃一『タンポポの語源 小鼓の音階名「タ」と「ポ」に由来する』」

を載せている。

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%9F%E3%82%93%E3%81%BD%E3%81%BD

は,

「一説に、異称のつづみぐさより、鼓の音のオノマトペ(林甕臣、柳田國男等)。」

を紹介する。『日本語源広辞典』は,この説で,

「語源は,方言の『鼓草(蕾の形からの命名)の小児言葉』にあります。鼓を打つ擬音から,タンポポというのです。」

とする。また,

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1212075167

も,

「もともとは、子供の作った名前ではないかと言われています。たんぽぽは、方言によっては、鼓草(つづみぐさ)などとも言われます。たんぽぽを横から見た形(花が開きかけで、下にふくらんだ萼(がく)がついている、ちょうどXのような形)が、鼓の形をした草だということから、鼓をたたくリズミカルな『たん、ぽん、ぽん』という音のイメージからつけられたのではないかということです。ただ、たんぽぽのどの部分が鼓に似ているのかについては、諸説あって定説はありません。また、『たんぽ』穂、が語源であるとする説、『湯たんぽ』の『たんぽ』と同源ではないかなど、異説もいくつかあります。」

擬音語説で,『擬音語・擬態語辞典』によれば,鼓の音は,

「たんたん」

で,鎌倉時代から見られる,という。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ta/tanpopo.html

も,

「タンポポは,漢字で『蒲公英』と表記するのは,漢方で開花前に採り乾燥させたものを『蒲公英(ホコウエイ)』と呼ぶことからである。タンポポの語源は諸説あり,タンポポの茎を鼓のような形に反り返らせる子供の遊びがあり,江戸時代には『タンポポ』を『ツヅミグサ(鼓草)』と言ったことから,鼓を叩く音を形容した『タン』『ポポ』という擬音語を語源とする説が通説となっているが未詳。」

としつつ,

「古く,タンポポは『タナ(田菜)』,『フジナ(藤菜)』や『フチナ(布知菜)』と称しており,タンポポの『タン』は『タナ』で,『ポポ』は花後の綿を『穂々』の説も考えられる。
 中国では,『タンポポ』を『ババチン(婆婆丁)』と呼ぶが,古くは『チンポポ(丁婆婆)』と言い,『チンポポ』から『タンポポ』になったとする外来説もある。『チンポポ』が『タンポポ』に変化することは十分考えられるが,中国で『チンポポ』が使われていた時期と日本で『タンポポ』と呼ばれるようになった時期に隔たりがあり,この説は採りがたい。」

とする。なぜ 「鼓草」 なのかについては,

http://mobility-8074.at.webry.info/201704/article_41.html

が,

①花茎を短く切って,その両端に切れ目を入れて水につけると,両端が放射状に反りかえって,鼓に似た形状になるから。
②花や蕾を 2 つ,背中合わせにつなげると鼓のような形になるから。

と,二説を紹介している。

DSC00026.JPG


結局,「タンポポ」の語源は,

「鼓草」からくる擬音語説(東雅・日本語原学=林甕臣・野草雑記=柳田國男・たべもの語源抄),
タンは古名タナの転。ホホは花後のワタがほほけているところからとする説(和訓栞・大言海),
タンポ穂の意で,球形の果実穂からタンポ(布で綿を包んで丸めたもの)を想像したとする説(牧野新日本植物図鑑),
「田の穂穂」説。ホホには,ホホケダツ(蓬起)物の意と,ホホ(孛々)と光が四方に放出する意とある(語源辞典・植物篇=吉田金彦),
タマツキフク(玉吹々)説(名言通),

等々に整理できる。「穂」の見方には,

「たな(田菜)」が花の後にできる種子の冠毛が 〈ほろほろと崩れる〉,

という見方と,

冠毛を〈穂〉 に見たてて 〈田んぼの穂々〉 という意味で 「田の穂々」 と呼んでいたことから,

とにわかれるが,要は,

鼓の擬音か,
綿毛(冠毛)の擬態か,

ということになる。個人的には,綿毛の「穂」が印象深いので,そこに由来する

「タンポ穂の意で,球形の果実穂からタンポ(布で綿を包んで丸めたもの)を想像した」

とする説に与したい。

なお,日本に古くからあった在来種のタンポポは,特に関東地方に多く見られたことから「カントウタンポポ」とも言われていたが,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%83%9D

「在来種は外来種に比べ、開花時期が春の短い期間に限られ、種の数も少ない。また、在来種は概ね茎の高さが外来種に比べ低いため、生育場所がより限定される。夏場でも見られるタンポポは概ね外来種のセイヨウタンポポである。」

のが実情で,両者の見分け方は,

「花期に総苞片が反り返っているのが外来種で、反り返っていないのが在来種。在来種は総苞の大きさや形で区別できる。しかし交雑(後述)の結果、単純に外見から判断できない個体が存在することが確認されている。」

とか。

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ちなみに,中国語でたんぽぽのことを「蒲公英」と言うについては,

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1212075167

によれば,

「この『蒲公英』ですが、古くは『蒲公草』だったようです。草が英に変わったのは『英』が『はなぶさ』と言うことですから、花の形を表現したと言えます。 …『蒲公』ですが、もともとの中国でさえ、わかっていないようです。
『蒲』は、水草の『ガマ』のこと。また『伏せる』という意味があります。また『公』には『雄(おす)』の意味があり、そこから『力強い』という意味を表します。そこから『蒲公英』とは『地に伏せた男性的な花』のことである」

とした説もあるとか。

参考文献;
http://mobility-8074.at.webry.info/201704/article_41.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%83%9D
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2018年04月04日

タンマ


「タンマ」は,今日使われているかどうか知らないが,

ちょっとタンマ,

というように使う。「待った」の意味である。『広辞苑』には,

「(児童語)遊戯の中断,タイム」

の意とある。ネット上では諸説紛々。しかし,子どもの言葉と考えると,『デジタル大辞泉』の,

「子供が遊戯中に、一時中断を要求したり合図したりするときの語。『待った』の『ま』と『た』を逆にしたものからとも、『タイム』の音変化からともいう。」

というなら,

まった→たっま→たんま,

だと思う。

たいむ→たんま,

とは転嫁しにくい。『日本語源広辞典』は,

「鬼ごっこの際の『待った』です。これを『タッマと逆にした語の音韻変化』です。タメラフから出た語とする説は疑問です。タンコ,ミッキとも」

とする。『日本語源大辞典』も,

「『待った』の『ま』と『た』を逆にしてつくり出した語かという」

としている。「タメラフ」説は,柳田國男等が言っている説である(『国語の将来』『綜合日本民俗語彙』)。『日本語俗語辞典』

http://zokugo-dict.com/16ta/tanma.htm

にも,

「タンマとはゲームや鬼ごっこなど、遊びの途中で休止すること、また休止を求めたり、休止することを伝える言葉としても使われる。野球などスポーツにおける『タイム』と同様と考えてよい。タンマの語源は数多くあるが、有力なものとして『待った』の倒語説(註参照)、time(またはtime out)が音的に変化したものとする説がある。他にも『一旦待つ』の略。フランス語で無駄な時間、浪費させられた時間といった意味のtemps mort(タン・モォール)からきたとする説。短い間の休止・中断だからタンマ(短間)になったとするものなど、他にも説はあるが詳しいことはわかっていない。
註:倒語とは前後をひっくり返した言葉で、「まいうー(美味いの意)」「しーめ(飯の意)など業界用語としてよく使われる。」

とある。どうも江戸時代には遡れないようだが,せいぜい明治以降とおもわれる。「タイム」はともかく,他の外国語は考えにくい。

しかし,ネット上には,諸説あり,たとえば,

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/1894913.html

は,

「time outが本流のようです。他にも説としては、
1.フランス語の『temps mort』から
2.「『短』い『間』」だからタンマ
3.仏教用語で「法」を意味するタンマが語源。
4.「待った」の反対語
他にも横浜の言葉だとか、名古屋発祥だとか、関西特有で使っているとかいろいろありました。」

とあるし,方言説も,

東京方言,

であるとして,他にも,「タンコ」、「タンチ」ともいう,とある(『東京方言辞典』)。だから,

「関西の人は『みっき』や『ちゅうき』、『ちゅうみ』という言葉を使う」

ともいう。

https://uranaru.jp/topic/1027063

によれば,

「『みっき』は「見切る」からきている言葉です。『ちゅうき』の『ちゅう』は『途中や中途』からきており、『き』は『切る』からきています。」

というし,さらに,「たんみ」「たんみー」という言葉を使う地域(京都?)もあるとしている。ただ「たんみ」は,「タンマ」の転訛と考えていい。

ちょっと興味深いのは,

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q107344240

に,

「器械体操の競技では、手足の滑り止めに白い粉の炭酸マグネシウムをつけます。それを略してタンマと言います。
以前NHKのクイズ日本人の質問で、語源はこれだと言っていました。有名な元選手も解説に出てきてました。体操は競技中に器具から落下しても一定の時間内に競技に戻れば問題ないので、”タンマ”をつける為にその場を離れたりします。その時タンマタンマなんて言ったりします。そこから何故か広まったらしいです。自分も昔部活で体操をやりながらタンマタンマなんて言ってました。」

という説である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%9E

に,「タンマ」には,

「炭酸マグネシウムの略称。
一時停止などを意味する俗語。『ちょっと待って』という呼びかけにも使われる。」

とある。

タンサンマグネシューム→タンマ,

と略した,ということになる。滑り止めの粉としていつごろから使われ出したかはわからないが,別系統の略語と見るべきではないか,と思う。

ネット上では,

Time out説,

に人気があるようだが,やはり「待った」の転倒と見るのが,児童語としては妥当だと思う。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q107344240
http://www.yuraimemo.com/2089/

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2018年04月05日

リンゴ


「リンゴ」は,

林檎,
苹果,

と当てる,と『広辞苑』にある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ri/ringo.html

に,

「りんごは、古く中国を経由して渡来し、西欧系のリンゴの普及以前に日本でも栽培されていた。林檎は中国語で、『檎』は本来『家禽』の『禽』で『鳥』を意味し、果実が甘いので林に鳥がたくさん集まったところから、『林檎』と呼ばれるようになった。『檎』は、漢音で『キン』呉音で『ゴン』と読まれることから、『リンキン』や『リンゴン』などと呼ばれ、それが転じて『リンゴ』となった。 平安中期の『和名抄』では、『リンゴウ』と呼んでいる。
また中国語で林檎を『苹果』(pingguo)とも呼び、『林檎(リンゴン)』と『苹果』(pingguo)が混ざり,『リンゴ』と呼ばれるようになったとも考えられている。」

とあり,

林檎,
苹果,

いずれも,中国語由来,ということになる。ただ,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B4

に,

「日本語では漢字で主に『林檎』と書くが、この語は本来、同属別種の野生種ワリンゴの漢名である。また、『檎』を『ご』と読むのは慣用音で、本来の読みは『きん』(漢音)である。
リンゴ(セイヨウリンゴ)の漢名及び中国語の繁体字表記は『蘋果』で、中華人民共和国で使われる簡体字では苹果(píng guǒ)と書かれる。日本で『りんご』とも読むが当て字で、本来の読みは『へいか』である。」

とあり,今日の「りんご」とは異なるようである。『日本語源大辞典』

には,

「①中国では、古く西洋から伝わったリンゴを『奈』『頻婆』『苹果』などと表した。それに対し、中国原産のものが『林檎』である。
②『十巻本和名抄―九』には『林檎子〈略〉利宇古宇りうこう』とあるが、平安期にリンドウが『りうたう』とも『りんたう』とも表記されていたように、『リンゴウ』と発音されていたとも考えられる。中世以降はリンキ、リンキンの形も見られ、リウコウから次第にリンキン・リンゴのような撥音形へ移っていったようである。近世に入ると、ほとんどの書物でリンゴを一般形としている。」

とある。また,

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12159352962

には,

「バラ科の落葉高木。アジア西部からヨーロッパ東南部の原産で、日本には中国を経由して古く渡来した。中国でこれを『林檎』と呼ぶのは、「檎」は本来「禽」で鳥をさし、果実が甘く諸鳥を林に来させることによるとされる。この「檎」は漢音でキン、呉音でゴンであることから、「林檎」はリンキンとかリンゴンとか読まれるが、後者が転じたのがリンゴである。なお、平安中期の『和名抄』ではリウゴウと読んでいる。」(『暮らしのことば語源辞典』)

を引用している。

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つまり,日本では,区別せず,「林檎」と当てているが,中国原産の中国由来の「りんご」を「林檎」とあてる。今日の「りんご」(セイヨウリンゴ)は「苹果」と,中国では区別しているらしい。しかし,「林檎」も,元は西方由来である。めぐりめぐって,「林檎」と「苹果」が巡り合ったということになる。因みに,西洋リンゴは,日本へは江戸末期に渡来し、明治初期に栽培しはじめた,という。

http://www.kigusuri.com/kampo/nikaido/nikaido009-01.html

には,

「中国から渡来した林檎(りんきん)と蘋果(ひんか)は、その後、コーカサス地方原産で別種のセイヨウリンゴが輸入されると倭(わ)リンゴ、地(じ)リンゴと呼ばれるようになりました。『その果実が甘いので禽(きん、小鳥のこと)が、その林に来る』ことから林檎(りんきん)と言われたと中国の古書にあり、この林檎を音読みにした和名から転じて、現在リンゴに当てられている漢字の林檎(りんご)になったと言われています。
明治時代になって多数のリンゴの品種が輸入され、各地で栽培が盛んに行われるようになって、現在では7500種以上の品種が栽培されています。」

とある。「蘋果」は今日の略字で「苹果」である。

『たべもの語源辞典』の「リンゴ」の項の説明が,「リンゴ」にまつわる真偽の整理になっている。

「西洋から輸入したものを苹果・平果と書く。中国原産の和林檎とその近似種の総称が林檎である。中国名にビンクオ(平果)がある,バラ科の果樹でアジアの中西部からインド北部といわれる。ヨーロッパでは紀元前から賞味されていた。我が国には中国から奈良時代に渡来した。中国で初め来禽と書いた。これはこの果物がうまいので禽鳥が来たり集まるので来禽とした。『三才図絵』に『文林郎果…初め河中より浮き来る。文林改という人あり拾い得て是を種(う)う。因て以て名を文林郎果となす』とある。これがリンゴである。古名,りうごう・かたなし。来禽の禽を木に生ずる果だということで,檎とし,中国の黄河を流れてきたのを文林改が初めて種えたということで,『来』を林として林檎になった。これは陳蔵器の『本草』説である。『本草綱目』には,『この果味甘く衆禽を林に来たすより林檎の名あり』とある。漢名には,来禽をはじめとして,半紅・沙果・頻婆・文林果・相思果などがある。西洋種の林檎が日本に渡ったのは,文久二年(1862)ころ越前福井侯松平慶永がアメリカから,その苗木を輸入し,江戸巣鴨の別邸に移植のが最初であるが,成功しなかった。明治四年(1871)に北海道開拓使からアメリカに苗木を注文し,これを北海道に頒布したのが,外国種林檎栽培の始まりである。石川県能美地方・福井県丹生地方・石見などでビンゴナシ,島根県鹿足地方で,リンゴナシ,鹿児島県肝属地方では,リンゴミカンとよんでいる。リンゴは,中国から渡来してリウゴウとよばれ,カタナシともいわれていたが,林檎の文字が伝えられると,リンキン・リンキ・リンゴウ・リュウゴウからリンゴになった。」

最後に,「林檎」「苹(蘋)果」の字に当たっておく。「林」(リン)の字は,

「木を二つ並べて,木がたくさんはえているはやしを表したもので,同じものが並ぶ意を含む」

「檎」(呉音ゴン(ゴム),漢音キン(ゴム))は,

「木+音符禽」

「禽」の字は,

「もと『柄つきの網+音符今(キン ふさぐ)』の会意兼形声文字。のち,下部に,禸(動物の尻)を加えたもので,動物を網でおさえて逃げられぬようにふさぎとめること。擒(キン とらえる)の原字」

これだと解りにくいが,

k-2539.gif


https://okjiten.jp/kanji2539.html

に,

「会意兼形声文字です(木+禽)。『大地を覆う木』の象形と『ある物をすっぽり覆い含むさま(「含み込んで覆う」の意味)と取っ手のついた網の象形』(『鳥』、『鳥を網で取りおさえる』の意味)から、『鳥が集まる木、りんご』を意味する『檎』という漢字が成り立ちました。」

がわかりやすい。「苹」の字は,

「平は,屮型のうきくさが水面にたいらに浮かんだ象形文字。苹は『艸+音符平(ヘイ)』で,平らの元の意味をあらわす」

とある。「蘋」の字は,やはり「うきくさ」の意で,

「『艸+音符頻(ヒン すれすれにくっつく)』。あるいは,萍(ヒョウ みずくさ)の語尾が転じたことばか。」

とある。「果」の字は,象形文字で,

「木の上の丸い実がなったさまを描いたもの。丸い木の実のこと」

である。

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:苹果 林檎 リンゴ
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2018年04月06日

きびす


「きびす」は,

踵,

と当てるが,「踵」は,

かかと,

とも訓む。『広辞苑』の「きびす」の項には,

かかと,くびす,
履物のかかとに当たる部分,

の意味が載る。

踵を返す,
踵を接する,
踵をめぐらす,

といった言い回しがある。しかし,『岩波古語辞典』には,「かかと」は載らず,

きびす,
くびす,

が載る。「きびす」の項には,

「踵・跟 久比須,俗云岐比須」

と「和名抄」を引くので,「くびす」が元のようだ。「くびす」には,

「奈良時代はクヒスと清音」

とある。「名義抄」には,すでに,

「踵,クビス」

とある。「踵を接する」に似た言い回しで,

踵(くびす)を継ぐ,

とも言ったようだ。さらに,「くひひす」の項で,

「のちに『くびす』」

として,「新撰字鏡」の,

「跟,久比比須(くひひす)」

を引く。とすると,転訛は,

くひひす→くひびす(くびひす・くびびす)→くひす→くびす→きびす,

ということになろうか。多少の前後,使い分けがあったのかどうかは,ちょっと分からないが,『日本語源大辞典』は,

「上代のクヒビス(ないしクビヒス)がクビスやキヒヒスなどの形を経てキビスに変化した。中古以降クビスと並んで用いられるがクビスが規範的な形,キビスが日常的な形であったらしい。近世上方では次第にキビスが勢いを得,現代近畿方言につながる。」

としているので,

くひひす→くひびす(くびひす・くびびす)→きひひす→くひす→くびす→きびす,

という転訛だろうか。『大言海』は,「きびす」は,「くびす」に,「くびす」は,「くひびす」の項につなげ,「くびびす」の項で,

踵,
跟,

を当て,

「クビビは,縊頸(くびくび)の約にて(際際[キハキハ],きはは。撓撓[タワタワ],タワワ)足頸を云ふ,スは,居(すえ)の下略ならむ(杙末[クヒスエ],杌[クイゼ])。釋名『跟,在下方著地,一體任之,象木根也』。キビビスは,音轉(黄金[キガネ],コガネ,キガネ),クビス,キビスは,再び約れるなり」

として,意味を,

「くびす,きびびす,きびす。今,かかと,又あくと」

としているので,「かかと」という言い方は,後のもののように見える。「あくと」は,

「歩(あゆ)く所,足掻く所」

とあり,「和訓栞」の,

「あくと『三議一統に見ゆ。キビスを云へり。今も東国は,さも云ひ,またアドとも云ふ』」

また「物類称呼(安永)」の,

「跟『キビス,信州にて,オクツとも云ひ,越後にて,アグと云ひ,九州にてアドという』」

を引く。どうも方言の感じである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%8B%E3%81%A8

には,「かかと」の項で,方言として,

秋田県では「あぐど」
富山県では「けべす」
大分県では「あど」

と載る。

さて,「きびす」の語源であるが,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ki/kibisu.html

は,

「上代には『くひびす』『くびひす』と呼ばれ、『くびす』『きひびす』などの形に変化し、中古以降に『きびす』にも変化した。その後『くびす』が基本の形として用いられ、『きびす』が 日常語として使われていたが、近世以降には、上方で『きびす』が基本的な形となり、西日本の方言となった。 全国的には、『きびすを返す』『きびすを接する』などの慣用句の中で用いられている。語源となる『くひびす』の『くひ(くび)』はくるぶしから先の部分や足をいう『くはびら』の『くは』、『びす(ひす)』は『節(ふし)』など関節を表す語系からといった説が有力とされる。その他,足首の下や足首の尻といった意味から『首下(くびし)』が転じたとする説や、足首のする場所の意味から『くびす』となり、『きびす』となったとする説もある。地方によっては、『くるぶし』を指すこともあり、『足首』の『首』が語源とも考えられるが、『くひ』の音や『ひす(びす)』が考慮されていない点で疑問が残る。」

と,

「『くひ(くび)』はくるぶしから先の部分や足をいう『くはびら』の『くは』、『びす(ひす)』は『節(ふし)』など関節を表す語系」

と言う説を言うが,これだと,『大言海』の,

「クビビは,縊頸(くびくび)の約」

もそうだが,

くるぶし(踝),

ではあるまいか。「くるぶし」と「きびす」との区別が曖昧だったということだろうか。『日本語源広辞典』は,二説挙げる。

説1 「クビ(足首)+ス(足の部分)」の音韻変化。足首の部分の意,
説2 「クル(くるぶし)+ス(足の部分)」の音韻変化。足のくるぶしの部分の意,

と,明らかに「くるぶし」と重ねる説を採る。『日本語源大辞典』は,

クビスの転(俚言集覧・大言海),
クツヒキ(沓引)セルの反。沓引所の義か(名語記),
クルス(踝末)の義(言元梯),
梁摺の義か(和句解),

と挙げているが,いずれもちょっと首を傾げざるを得ない。「くびす」「きびす」と「くるぶし」の区別がつかない。むしろ,「きびす」に当たる「かかと」が代替することで,「かかと」が「くるぶし」と分化し,「きびす」は「踵をせっする」といった言い回しの中だけで残っていくことになったのではないか,という気がする。

「かかと」は,『岩波古語辞典』には載らない。『大言海』には,

「足掻處(あがきと)の略転か(跡絶[あとた]ゆ,とだゆ。殯[もあがり],もがり。ときのま,つかのま)。仙台にて,アクトと云ふ。或は脚下處(カッカト)の約か」

として,こうある。『日本語源広辞典』は,

「『カカ(掛)+ト(ところ)』です。つまり,体重を掛ける部分,が語源」

と,『大言海』とも同様,「きびす」の足の部分の説明ではなく,機能の説明に転じているところが面白いが,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ka/kakato.html

は,

「足元のところを意味する『脚下処(かくかと)』から『かかと』になったという位置からみた説などあるが、基となる語の用例が見られないため疑問が残る。東日本を中心とした方言では『あくと』や『あぐど』と言い、九州・沖縄の方言では『あど』や『あどぅ』と言うことから、上記の中では『足掻処(あがきと)』の略転が有力。その他、くるぶしから先の部分や足を『くはびら』といい、『くはびら』の『くは』が音変化して『かかと』になったとする説がある。『くは』は『きびす(くびす)』の語源にも通ずることから、音変化の過程がはっきりすけば最も有力な語源と考えられる。

と,

「『足掻処(あがきと)』の略転」

を採っている。つまり,この説では,

あがきと→あくと,あくど→かかと,

と,地方に残った「あくと」「あくど」を原型と見ている,ということになる。『日本語の語源』も,

「カカト(踵)の方言として,三重・奈良・和歌山県ではアシノトモ(足の艫)といい,長崎県五島・種子島ではアシンカド(足の角)という。カカト(踵)の語源はアシカド(足角)で,『シ』を落として『アカト』になり,語中の『カ』の遡行同化の作用で,『ア』に子音[k]が添加されてカカトになったと思われる。」

としている。「あしのとも」「あしのかど」は,「あくど」「あくと」に転訛して,

あしのもと・あしのかど→あしかど→あかと→かかと→あくと・あくど,

等々と,方言に残ったと見るのも,面白い。

『日本語源大辞典』は,その他,

あかぎりの多く切れる箇所からいう(和訓栞),
カガミト(屈處)の意か。またはカクト(駈處)からか(日本語源=賀茂百樹),
脚踵の踵音kak-toと転化(日本語原学=与謝野寛),

等々が載るが,「あしのとも」「あしのかど」に惹かれる。最後に,漢字に当たっておくと,「踵(漢音ショウ,呉音シュ)」は,

「足+音符重(重みがかかる)」

で,足のかかとを意味する。「跟(コン)」は,

「足+音符艮(コン じっととまる)」

で,くびす。足の地面につく部分。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2018年04月07日

くるぶし


「くるぶし」は,

踝,

と当てる。『広辞苑』によると,

くろぶし,
つぶぶし,
つぶなぎ,

とある。室町末期の「日葡辞典」には,

くるぶし,または,アシノクルブシ」

とあるので,この時期には,「くるぶし」と言っていたようだ。というのも,『岩波古語辞典』には,「くるぶし」は載らず,

つぶふし,

で載り,

「ツブ(粒)フシ(節)の意」

とある。「和名抄」を引き,

「踝,豆不奈岐(つぶなぎ),俗云豆布布之(つぶふし)」

とあるので,

つぶふし,
つぶなぎ,

が古称かと思われる。『大辞林』には,「踝」で,「くるぶし」の他に,

くろぶし  「くるぶし(踝)」の転
つぶなぎ (「つぶなき」とも)くるぶしの古名。つぶぶし。
つぶぶし  (「つぶふし」とも)「 つぶなぎ 」に同じ。

と整理しており,新潟県の一部の方言に,「くるぶし」「くろぶし」と言っているようなので,古称が地方に残る例かと思われる。

http://www.yuraimemo.com/38/

も,

「古くは『つぶふし』と言ったそうです。『つぶ』はそのまんま粒、『ふし』は節の意味。『くるぶし』に変化したのは室町時代ころからのようです。江戸時代には『くろぶし』とか『くろぼし』とも言った」

としている。『江戸語大辞典』に,「くろぶし」が載り,

くるぶしの訛,さらに訛って「くろぼし」とも,

とある。『日本語源大辞典』は,

「古くツブナキ(ツブナギ),ツブブシ(ツブフシ)などと呼ばれていたが,中世後期にはクルブシが見られるようになる。このクルブシとツブフシの混淆などをもとにツクブシという形も一時的に生じた。近世後期の江戸では,クロブシ,クロボシという転訛形も現れ,軌範的なクルブシに対して庶民の口語語として使用された。」

とある。しかし,「つぶぶし」「つぶなぎ」と「くるぶし」とでは,その部分のとらえ方が違うと見るべきである。

『大言海』は,「くるぶし」について,

「樞節(クルルブシ)の約(萬葉集廿,三十一『久留(樞)に打ち刺し』足首を俯仰もせしむる間接なり)」

とある。「樞」とは「とぼそ」のことであり,

「蝶番を用いない開き戸の、回転軸となる軸材」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8F%E3%82%8B%E3%82%8B

の意味で,

「扉を開閉する装置。扉の端の上下に短い棒状の突起(とまら)をつけ,それを上下の枠の穴(とぼそ)にさしこんで回転するようにしたもの」(『大辞林』)

ある。「樞(枢)」は,

くるる,
くろろ,
くるり,

とも言う。つまり,その箇所を,「粒」という外見ではなく,回転する「くるる」(樞)の機能に着目した名づけに転じたのである。それが室町後期ということになる。

『日本語源広辞典』は,だから,語源は,

「クル(くるくる)」+節」

つまり,くるくる回る関節,とするのである。「くるくる」という擬態語は,平安時代から見られる語で,奈良時代には,「くるる」と言ったとある(『擬音語・擬態語辞典』)。それが「くるぶし」に当てはめるのに,ずいぶん時間がかかったことになる。

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ku/kurubushi.html

は,「つぶ」から「くるる」への転換を,

「古くは『つぶふし』と言い、『つぶ』は『粒』の意味、『ぶシ』は『節』の意味で、『つぶなぎ(『なぎ』は不明)』という語も見られる。『くるぶし』の語は室町時代から見られ、近世後期の 江戸では庶民の口頭語として『くろぶし』『くろぼし』とも言われた。その丸みが『粒』とは 言い難いため、『つぶぶし』の『つぶ』が『くる』に変わったと考えられ、『くる』は物が軽やか に回るさまの『くるくる』や『くるま』などの『くる』とおなじであろう。近年,くるぶしが露出するスニーカーなどの靴との組み合わせに用いられる靴下を,若者言葉で『くるぶしソックス』と言うようになり,単に『くるぶし』とも言うようになった。」

としている。なお,『語源由来辞典』の言及する,最近の「くるぶし」については,『日本語俗語辞典』

http://zokugo-dict.com/08ku/kurubusi.htm

が,

「くるぶしとは、スニーカーソックスのこと」

とし,

「くるぶしとは本来、足首の関節にある内外両側の突起部分のことだが、近年、この踝(くるぶし)が露出するほど短い靴下が流行っている。本来スニーカー・ソックスと呼ばれるものだが、これが若者の間でくるぶしソックスと呼ばれるようにり、後にそれを略してくるぶしと呼ぶようになった。」

と説いている。

なお,漢字の「踝」(漢音カ,呉音エ)は,

「果(カ)は,まるいくだものの実が,木になっているさまを描いた象形文字。踝は『足+音符果』で,丸い形をした足のくねぶしのこと」

と,外形に因っているのである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8

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2018年04月08日

くるま


「くるま」は,

車,

と当てるが,「車」の字は,象形文字で,

「車輪を軸どめでとめた二輪を描いたもので,その上に尻(シリ)を据えて乗る,または載せるものの意。もと居(キョ)と同系。キョの音に読むことがあるのは,上古の音が残ったもの」

とある。

k-185.gif



中國では,古くから車が登場する。。たとえば,戦車は商(殷の墳墓から戦車と馬の骨が多数出土)から周時代などで広く用いられた,とある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%88

には,

「中国では春秋時代までは戦車が主流であったが、都市国家から領域国家の時代に移行する戦国時代ころより歩兵戦が主流となった。趙の武霊王は紀元前307年に胡服騎射を取り入れ、これ以降は騎兵の時代となる。しかしながらそれ以降の前漢代以降も防御力・輸送力の高さから戦車は用いられており、屋根のある戦車や屋根の上に建物が立てられた戦車も用いられている。戦車は歩兵の指揮官用の指揮車としても使われた。『司馬法』では、戦車は密集すると守りが固くなるとされている。また『孫子』には戦車の戦力維持に要する膨大なコストに対する警告が見受けられる。」

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しかし,日本では,『岩波古語辞典』の言うように,

「平安時代の仮名文では多く牛車(ぎっしゃ)をさす。」

「牛車」とは,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%9B%E8%BB%8A

に,

「牛車は馬車とともに中国から伝わったと推定されている。牛車は大きく分けて荷車用と乗用の2つの要素があった。牛車は速度が遅い反面、大量の物資を運ぶのに向いていたため荷車として活用されて『石山寺縁起絵巻』や『方丈記』などにも登場する。運ぶ物資や速達性によって牛車と馬車の使い分けがされていたと推定され、中世に入るとそれぞれ車借・馬借と呼ばれる運送業者が成立することになった。
中国では196年に後漢の献帝が長安から洛陽へ脱出する途中、車を破損した献帝が農民の牛車に乗って洛陽に辿り着いたという故事から、貴人が牛に乗るようになったという伝承がある。中国の律令制を取り入れた日本でもこの影響を受けたと言われている。」

とある。

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(『源氏物語絵巻』匂宮 (平安時代後期)  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%9B%E8%BB%8Aによる)


「くるま」の語源は,「くるぶし」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/458644074.html?1523042309

で触れたように,「くるま」の「くる」ま「くるくる」回るという擬態語から来ている。『擬音語・擬態語辞典』には,

「『くるくる』は平安時代から見られる語で,奈良時代には『くるる』と言った。「枢」(くるる)は,「くるぶし」て触れたように,

回転軸となる軸材,

の「まわる」機能からきている。『大言海』は,

「クルは,回轉(くるくる)の義,マは,輪と通ずと云ふ(磯間[いそま],磯曲[いそわ]。曲[ま]ぐる,わぐる)。或は,クルクル廻はる意か」

とある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ku/kuruma.html

は,

「『くる』は物が 回転するさまを表す『くるくる』や、目が回る意味の『くるめく(眩く)』などの『くる』で擬態語。 『ま』は『わ(輪)』の転と考えられる。 漢字の『車』は、車輪を軸でとめた二輪車を描い た象形文字である。 単に「車」と言った場合、現在は自動車を指すことが多いが,中古・中世には『牛車(ぎっしゃ)』、明治・大正時代は『人力車』を指すのが一般的であった」

と,

「『くる』+『わ』(輪)」説,

を採り,『日本語源広辞典』も,

クルクル回る+ワ

を採る。それに似たのは,

クルワ(転輪)の義(和訓栞),
メグルワ(転輪)の略(関秘録・言元梯),

等々,しかし,『大言海』がもう一つ挙げていた,

「クルクル廻はる」説もある。

クルマ(転廻)の義(日本釈名),
クレマワル(転廻)の義(名言通),

等々。「廻る輪」を目にしているなら,わざわざ「ワ(輪)」をつける必要はない。文脈依存とは,文字を持たないので,その場その時に発語するもので,抽象レベルで堅固空間を駆使する意ではないのだから。

『日本語の語源』は,「クルクル回る」言葉の系譜を次のように整理している。

「クルクル回るという意味の動詞,クルメク(転く)は,その名詞形のクルメキが語尾を落としてクルメ・クルマ(車)になった。省略形のクマはコマ(独楽)・ゴマ(独楽,車輪)になり,クルメクの原義を温存している」

つまり,「クルクル回る」という意の動詞「くるめく」の名詞化の転訛,と言うのである。これが妥当と思う。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル:戦車 くるま 牛車
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2018年04月09日

猫たち


猪熊弦一郎展「猫たち」(ザ・ミュージアム)に伺ってきた。

猪熊.jpg


案内には,

「本展は彼が愛した猫達を描いた作品をまずは堪能していただき、猪熊弦一郎の奥深い世界に触れるきっかけとなるよう企画された展覧会であり、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵の猫を描いた油彩、水彩、素描を中心に、猫以外の主題の作品も若干加えた百数十点によって構成されます。」

とある。さらに,

「猫好きの人には『猫の画家』のままでよく、更に興味をもった人には大画家としての猪熊弦一郎を追い求めていただきたい。」

とも,正直,絵画には疎いので,猪熊弦一郎(1902-~1993)という画家が,どれほど偉大な方か,存じ上げない。作品が作家を語るのは,絵も文学も同じはず。僕は,今展覧会を通してのみ見た作品についてのみ,感じたこと書く。

文化村2.jpg

(猫と食卓1952)


先ず初期の,明らかにアンリ・マティスの影響の強い絵は,スルーした。そして,マチス的でしかないのに,ネコに出会う(?)ことで,独自色が出てくる。

勝手に妄想したのは,もし力量が同じで,技倆も同じなら,おのれがのめり込める対象(素材でもいい)に出会ったものが,独自の世界に入っていけるのではないか,ということだ。この絵と,

文化村3.jpg

(青い服1949)


「青い服」と比べると,どう描くかなど,何を描くかの前では,吹っ飛んでしまうことに気付かされる。同じマチスの影響が,さほどには感じられなくなる。

その意味で,猫を選ぶことは,一種の天啓に似ている。その世界を手にすることで,

img116.jpg

(題不明1954)


色を絞って,二匹の猫のにらみ合う図柄で,僕は,完全に自分の世界を手に入れたと,感じた。

文化村5.jpg

(題不明1950年代)

独自性とは,その人にのみ見える世界を,その人にしか描けないように見せることだ,と思っている。その意味で,自分の世界(対象)を手に入れたものにのみ,

どう描(書)くか,

が,俎上に上ってくる。何を描くか,とは,

自分にしか描けない世界は何か,

を見つけることだ。そのことのない技術は,所詮無駄花である。その世界を見つけたものにのみ,世界を描く手段としての「描き方」が,目的を以て研磨される。

「何を描くか」は,何をテーマにするかという問題と見なされがちだが,そうではない。作家が,おのれを生かす世界を見つけることだ。晩年になってやっと鷗外は,『澀江抽斎』に出会って,それを手にした。それまでの鷗外は,習作でしかない。『澀江抽斎』については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/457109903.html

で触れた。

12.jpg

(不思議なる会1990)

申し訳ないが,コラージュのように組み合わせた絵はスタティックでエジプトの壁画のように遺物に見え,抽象画には既視感が付きまとった。猫の絵のみに,ぼくは,どう画くかを自分のテーマとすることのできた幸運な画家を見る。

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:猫たち
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2018年04月10日

テーマ


テーマ

高原秀平 / 前田正憲展(報美社主催)に伺ってきた。

img115.jpg


最近,僕は,作家のテーマについて関心がある。そのことは,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/458680594.html?1523216760

で,猪熊弦一郎展「猫たち」(ザ・ミュージアム)について触れた。少し重複するかもしれないが,ここでいう「テーマ」は,作品のモチーフのことでも作品の主題の意味でもない。作家のテーマである。それは,

何を描くか,

である。それは,作家が,おのれを生かす世界を見つけることだ。晩年になってやっと鷗外が『澀江抽斎』に出会って,それを手にしたように。それまでの鷗外は習作でしかない。『澀江抽斎』については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/457109903.html

で触れた。作家の独自性,あるいはオリジナリティとは,

その人にのみ見える世界を,その人にしか描けないように見せること,

と思っている。その意味で,自分の世界(対象)を手に入れた者にのみ,

どう描(書)くか,

が,俎上に上ってくる。まずは,

自分にしか描けない世界は何か,

を見つけることだ。それが作家終生のテーマである。その意識のない技術や方法論は,所詮目的を欠いた無駄花である。その世界を見つけた者にのみ,世界を描く手段としての「描き方」が,目的を以て研磨される。

その視点で今回拝見させていただいた。フェイスブックで,

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1678018898948059&set=a.488373337912627.1073741840.100002198940716&type=3&theater

ちょっとだけ書いたが,「月に覗かれる」が,僕には,出色に見えた。勝手な先入観かもしれないが,この絵には,具象から抽象へと変化していく時間がある。あるいは,具象から抽象への過渡があると言ってもいい。もっと踏み込むなら,具象から抽象へとメタ化するプロセスそのものを描いたともいえる。そう見た瞬間,この作家には,自分のテーマがつかめている,と見えた。とすると,おのれの見えている世界をどう,独自の方法を磨いて見せるかに,今後がかかっている,と想えた。

DSC02549.JPG

(「月に覗かれる(1)(2)」)

その意味では,「木漏れ日にのぞかれる」(1)(2)もいいし,「浮世の山水画」もいいが,僕には,「月に覗かれる」が,仮に意識的にこれが描かれているのだとすればだが,一つの世界と出会っているのだと,感じた。

DSC02551.JPG

DSC02552.JPG

(「木漏れ日に覗かれる」(1)(2))

DSC02550.JPG

(「浮世の山水画」)


もうひと方の作品は,ハガキに載っていた絵が特色の,花を抽象化して。ちょっと凝ったタイトルをつけられるのが特徴だが,僕には,この流れは,日本の紋章の,草花を極度にデザイン化した独自の世界のイメージと重なって,どこか既視感を抱かせる(失礼!)ので,得策な対象とは思えなかった。好みだけで言えば,「11.souldust」(だったか)と題された作品に,その人にしか見えない世界,という意味の,前述と同じような意味の独自性のとば口を見る。

作家は(画家も小説家も),いずれもおのれのテーマを捜す。そのテーマに廻り合えた時,ひとつの開眼があると思う。それは,おのれの視界が開けた,ということだ。それは,点では見えない。線を通してしか窺うことはできない。今回の展覧会だけで,それを云々するのは僭越かもしれないが,敢えて感じたことを記してみた。

DSC02548.JPG

(真ん中が「11.souldust」(だったか))


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2018年04月11日

ツツジ


「ツツジ」は,

躑躅,

と当てる。「躑(漢音テキ,呉音ジ[ヂ]ャク)」は,「短いきょりだけ,つっと進む」意で,「躅(漢音チョク[タク],呉音ドク[ダク])」は,「じっと立ち止まる」意で,「躑躅」で,

「二三歩いっては止まる,ためらう」

という意である(『漢字源』)。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/tu/tsutsuji.html

は,

「『躑躅』(テキチョク)には『行っては止まる』『躊躇』という意味があり,見る人の足を引きとめる美しさから,この漢字が使われたといわれる。本来は『羊躑躅』で,葉を食べたヒツジが躑躅して死ぬことからという説もある。」

としている。

http://kakashi.sakura.ne.jp/100hana2014pdf/020101tutuji.pdf

は,漢名の『躑躅』について,

「『躑』(テキ)は立ち止まる、または佇む意で、躑躅は足踏みをするという意味である。あまりの美しさに立ち止まって花に見とれたからとする説や、木の葉は有毒であるために、ヒツジがこの葉を食べて、足踏みをして苦しんだからという説などがある。しかしネコはこの葉をしばしば食べる。このため本来の漢名は『羊躑躅』であるともいわれ、学名は『Rhododendron』で、 赤い花が咲く木という意味である。」

800px-ツツジRIMG2164.JPG



和語「つつじ」の由来は,『大言海』は,

「羊躑躅(いはつつじ)の略」

とある。上記,漢字の由来を引きずっているということになる。

「本草和名」には,

「羊躑躅,羊誤食躑躅而死,故以名之,和名,以波都都之,又,之呂都都之,一名,毛知都都之」(和名抄),

「字鏡」には,

「茵芉,岡豆豆志,伊波都都自」

が引かれている。なお,「萬葉集」には,

青山を,振りさけみれば,都追慈(つつじ)花,にほえる少女,櫻花,栄える少女も

のほか,石乍自(いわつつじ)の用例もあるらしい。

上記の「茵芉」は,『出雲国風土記』(733 年)で,

「大原郡の山野に見られる植物として、『茵芋』(インウ=ツツジのことともマツカゼソウ科の常緑低木であるミヤマシキミともいわれ、葉は薬用になる)と記されている。」

とある(http://kakashi.sakura.ne.jp/100hana2014pdf/020101tutuji.pdf)。

『日本語源広辞典』は,

「ツツ(筒)+ジ(接尾語)」

とし,筒状の花を語源と見なす。『語源由来辞典』『日本語源大辞典』等々を見ると,

ツヅキサキギ(続き咲き木)の義(日本語原学=林甕臣),
ツヅリシゲル(綴り茂る)の義(名言通),
つぼみの形が女性の乳頭に似ているところから,タルチチ(垂乳)の略転,またタクヒ(焚火)の転(滑稽雑誌所引和訓義解),
ねばりがあり,手にツキツキ(付付)てジッとつくところから(本朝辞源=宇田甘冥),
チョウセンヤマツツジをさす朝鮮語tchyok-tchyok,tchol-tchukの転訛(植物和名語源新考=深津正)

等々がある。しかし,

http://kakashi.sakura.ne.jp/100hana2014pdf/020101tutuji.pdf

は,

「『万葉集』には 10 首の歌が記載されており、『茵花』『都追茲花』『白管仕』『白管自』『丹管仕』『石管士』などの文字によって表記され、当時は『筒』も『管』も同じ音だったらしい。『茵芋』と『茵花』だけが、ツツジとの音の共通性がなく、また茵という字は『褥』(シトネ)もしくは『敷き物」を意味しており、花がびっしりと咲く様を敷物に例えたのか、あるいは違う植物だったのかもしれない。」

としており,『茵芋』は,今日の「つつじ」に当てはめていいかどうか,多少留保が要る。「ツツジ」を,敷物に喩えるのは,いくらなんでもちょっと違う気がする。

『日本語の語源』は,例によって,音韻変化から,

「花弁がその基部で癒着して筒状をなして咲く合弁の花,たとえばツツジの花の類をツツザキ(筒咲き)といった。ザキ[z(ak)i]が縮約され,ツツジ(躑躅)になった。」

とする。やはり,筒状の花の特徴に与したい。

ところで,ツツジは,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%84%E3%82%B8

によると,

「ツツジ(躑躅)とはツツジ科の植物であり、学術的にはツツジ属(ツツジ属参照)の植物の総称である。…日本ではツツジ属の中に含まれるツツジやサツキ、シャクナゲを分けて呼ぶ慣習があるが、学術的な分類とは異なる。」

としている。区別している,「シャクナゲ」は,

石南花,
石楠花,

と当てる。

W_shakunage2031.jpg


『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/si/syakunage.html

は,「シャクナゲ」の由来を,

「『石南花』と呉音読みした『しゃくなんげ』が転じた名前である。中国では『石南』とか『石楠』という表記で、『石南花』、『石南草』といった呼び方がある。『石南』と書くのは、石の間に生えて、南向きの土地を好むことからである。
但し、語源は漢名からであるが、中国では『石南』は日本のシャクナゲ(石楠花)とは異なる品種で、誤って名づけられたものである。」

としている。その他,「尺にも満たない」とか「癪に効く」という語源説もあるらしいが,俗説とする。『日本語源広辞典』も,「石楠花」説を採る。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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ラベル:躑躅 ツツジ
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2018年04月12日

サツキ


「サツキ」は,

皐月,

と当てる。

R-indicum_satsuki_blossom.jpg

(サツキ(園芸品種)の花 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%84%E3%82%AD


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%84%E3%82%AD

には,

「サツキ(皐月、学名:Rhododendron indicum)はツツジ科ツツジ属に分類される植物で、山奥の岩肌などに自生する。盆栽などで親しまれている。サツキツツジ(皐月躑躅)、映山紅(えいさんこう)などとも呼ばれており、他のツツジに比べ1ヶ月程度遅い5~6月頃、つまり旧暦の5月 (皐月) の頃に一斉に咲き揃うところからその名が付いたと言われている。」

とある。「皐(皋)」(コウ[カウ])の字は,象形文字で,

「皋は『白+大+十(まとめる)』で,白い光のさす大きな台地を表す。明るい,髙い,広がるなどの意を含む。皐はその略体。」

とあり,

「さわ(沢)」や「沼」,「五月」を意味する。

https://okjiten.jp/kanji2606.html

には,

「『白い頭骨と四本の足の獣の死体』の象形から、『白く輝く』の意味を表し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、水面の白く輝く『沢』、『沼』を意味する『皐』という漢字が成り立ちました。」

とあり,少し解釈が違うが,「沼」の意味は,その由来がわからない。「皐然(こうぜん)」と言う言い方があり,「声を伸ばして大声で叫ぶ」という意味もあり,「皐門(こうもん)」という言い方で,「高い」意味もある,とある。

k-2606.gif



その「皐」を当てた,「サツキ」は,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/sa/satsuki_ki.html

に,

「サツキは、『サツキツツジ』の下略。サツキは他のツツジに比べ花の咲く時期が遅く、陰暦の五月の 頃に咲くツツジということから、月の名『皐月』が転用されたものであるが、月名の『皐月』は耕作に由来し、田の神に祈るため苗代に挿す花もサツキであるところから、五月に咲くというだけでなく、農民との関わりの深さも名前の由来に関係していると考えられる。」

とある。「田植え」神事と皐との関わりをうかがわせるのは,

https://ameblo.jp/taishi6764/entry-12150689917.html

に,

「田植えをするのは女性の仕事で、忌みごもりをして身を清めた早乙女たちが一列に並んで田に入り、苗代から取り分けた早苗を本田に植え替えていったという。では、なぜ忌みごもりをして身を清めた早乙女が田植えをするかというと、田植えは、実際の農作業であると同時に、田の神の祭りを行う大切な行事だったのです。
早乙女のサも早苗のサも、稲の穂を表していると言われている。
女の物忌みとして、田を植える五月処女(サウトメ)を選定する行事は、卯月の中頃のある1日に「山籠り」として行われる。こうして、山から下りる時には、躑躅(ツツジ)の花をかざして来る。山籠りは、昔は全村の女が村を離れて、山籠りをした。
皐月の田植え前に、五月処女(サウトメ)を定める為の山籠りをしたのである。この山籠りの帰りに、処女たちは、山の躑躅を、頭に挿頭して来る。此が田の神に奉仕する女だと言ふ徴(シルシ)で、処女が花を摘みに行って、花をかざして来る事は、神聖な資格を得た事であって、此時に『成女戒』が授けられるという。」

とあることである。折口信夫の『花の話』には,同趣のことが載る。

「女の物忌みとして、田を植ゑる五月処女(サウトメ)を選定する行事は、卯月の中頃のある一日に『山籠り』として行はれる。さうして、山から下りる時には、躑躅の花をかざして来る。山籠りは、処女が一日山に籠つて、ある資格を得て来るのが本義である。けれども、後には、此が忘れられて、山に行き、野に行きして、一日籠つて来るのは、たゞの山遊び・野遊びになつてしまうた。『山行き』といふ言葉は、山籠りのなごりである。かうして山籠りは、一種の春の行楽になつて了うたが、昔は全村の女が村を離れて、山籠りをした。即、皐月の田植ゑ前に、五月処女サウトメを定める為の山籠りをしたのである。
此山籠りの帰りに、処女たちは、山の躑躅を、頭に挿頭カザして来る。此が田の神に奉仕する女だと言ふ徴シルシである。そして此からまた厳重な物忌みの生活が始まるのである。此かざしの花は、家の神棚に供へる事もあり、田に立てる事にもなつた。此が一種の成り物の前兆になるのである。」

陰暦五月,田植えの時期,それを「皐月」というのにも,その時の頭にかざす花(サツキツツジであろう)を,「サツキ」というには,深いつながりがある。

参考文献;
http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/46314_25549.html
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

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2018年04月13日

さつき


「さつき」は,

皐月,
五月,

と当ててあるが,陰暦五月のことである。『広辞苑』には,

「『早月』とも書く」

とある。陰暦「五月」の異名は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/5%E6%9C%88

に,

「いななえづき(稲苗月)、いろいろづき(五色月)、うげつ(雨月)、けんごげつ(建午月)、つきみずづき(月不見月)、さつき(皐月)、さなえづき(早苗月)、さみだれづき(五月雨月)、しゃげつ(写月)、たちばなづき(橘月)、ちゅうか(仲夏)、ばいげつ(梅月)、よくらんげつ(浴蘭月)」

等々とあるとあり,「あやめづき(菖蒲月)」ともいう,とある。旧暦の五月は新暦では六月から七月に当り,梅雨である。五月雨(さみだれ)とは梅雨の別名であるし、五月晴れとは本来は梅雨の晴れ間である,という。そういった季節感がよく出ている。

800px-Rice-transplanting_Festival_in_Katori-jingu_1,katori-city,japan.jpg

(昔の田植え風景の再現 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E6%A4%8D%E3%81%88より)


https://ja.wikipedia.org/wiki/5%E6%9C%88

によると,「さつき」は,

「田植えをする月であることから『早苗月(さなへつき)』と言っていたのが短くなったものである。また、『サ』という言葉自体に田植えの意味があるので、『さつき』だけで『田植の月』になるとする説もある。
『日本書紀』などでは『五月』と書いて『さつき』と読ませており、『さつき』を皐月と書くようになったのは後のことである。『皐月』という表記は元来、漢籍に現れる陰暦五月の別名である。『爾雅』によると古代中国では12か月をそれぞれ「陬如寎余皋且相壯玄陽辜涂」と呼んでいた(皋は皐の本字)。」

とある。「皐月」の「皐」については,「サツキツツギ」の「サツキ」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/458743810.html?1523472902

で触れた。

k-2606.gif



『大言海』には,

「早月とも記す。奥義抄,一『早苗月の略』(卯花月,卯月。かみなし月,かみな月。あれつく少女[をとめ],あれをとめ。播殖子[うまはりこ],うまご)。即ち,五月を,早苗(さなえ)月とも云ふの,早苗を植うる月の義なり。…早苗を下略する語に,早少女(さをとめ),早開(さびらき),早上(さのぼり),早下(さおり)などあり。またこのサを,五月のことに用ゐらる。五月蠅(さばえ),五月雨(さみだれ),五月夜(さよ)など,これなり」

とある。『岩波古語辞典』に,

「サは神稲,稲を植得る月の意」

とあるので,「さ」のみで意味があったのかもしれない。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/sa/satsuki.html

には,

「皐月は、耕作を意味する古語『さ』から、稲作の月として『さつき』に なった。 早苗を植える月『早苗月(さなえづき)』が略され、『さつき』になったとする説もあるが、『早苗』の『さ』も耕作の『さ』が語源とされる。 漢字『皐』には『神に捧げる稲』の 意味があるため、皐月が当てられたと思われる。」

としている。単純に,

「早苗を植える月の意で『早苗月(さなへつき)』と言っていたのが短くなった」

というだけではないだろう。しかし,「さ」の意味が分からなくなっている。

『日本語源広辞典』は,

「『サ(稲の神)+月』です。稲作の神が,田植えを見守ってくださる月です。サトメは,早乙女は当て字で,稲作に奉仕するオトメです。サナエは,稲作の心霊の宿った苗,古典に出てくるサニワは,農業の神を祭る神聖な斎場なのだという意味も納得できます。」

サツキの花が,山籠りから降る乙女がかざすことについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/458743810.html?1523472902

で触れた。その意味では,「さ」の意味に言及しない語源説は採るに足らないと思う。『日本語源大辞典』には,十数の説が載るが,

サは工作のことをいう古語。田植えの月であるところから(兎園小説外集),
サは「社」の別音sa。社祭を行う月の意(日本語原学=与謝野寛),

あたりまでであろう。

http://xn--cbktd7evb4g747sv75e.com/2015/0218/satukinoimi/

は,その辺りを,

「皐月は、『耕作』を意味する古語の『さ』から、稲作の月の事を指して『さつき』になったと言われています。別名にもある早苗を植える月である『早苗月(さなえづき)』が略され、『さつき』になったという説もあります。ただし、『早苗』の『さ』も耕作の『さ』が語源になったと言われているので、皐月の由来には 『耕作(稲作)』が関与しているのは間違いないようです。さつきの『皐』という漢字には『神にささげる稲』という意味があるため、『皐月』という漢字が当てられたと考えられています。」

とする。ただ,

「『皐』という漢字には『神にささげる稲』という意味があるため、『皐月』という漢字が当てられた」

という説は,手元の漢和辞典では見あたらなかった。「皐」は,五月の異称だから,採っただけではあるまいか。

なお,

https://www.chiba-muse.or.jp/MURA/kikaku/nencyugyozi/kaisetu/sanaburi.htm

の,「サナブリ」という言葉の説明で,

田植えが無事に終了したことを感謝し、田の神を送る、田植え終いの稲作儀礼」

とし,

「サナブリ(またはサノボリ)という行事名の最初のサは、豊作をもたらすとされる田の神様、または田植えそのものをさす言葉といわれます(5月のことをサツキ=皐月というのは、旧暦の5月が田植えのある月だからとか、田植えをする女性や少女のことをサオトメ=早乙女というのも、サが同じような意味で使われていると考えられる)。つまり、田の神様を天上へ送る行事のことを、サナブリ(サがのぼる)というわけです。これに対して、田の神様を地上へ迎える行事のことをサオリ(サがおりるという意味)といったりします。通常サオリが田植え始めにあたって行われ、サナブリが田植え終了に際して行われます。このように田植えは、田の神様の見守られる中で行われるという意識があるため、かなり神事的な意味あいを持つものでした。田植えで残った苗を荒神様(火やカマドの神)などに供える風景がよく見られますが、そうすることで、苗の無事な生長と豊作を祈ったのです。」

というのが,「サ」の傍証となろう。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
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コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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2018年04月14日

つゆ


「つゆ」は,『広辞苑』は,

梅雨,
黴雨,

と当てる。

陰暦五月頃の降り続く長雨,

を指すが,

「六月から七月中旬にかけて、朝鮮南部・長江下流域から、 北海道を除く日本列島に見られる雨期」

どもある。別に,

「さみだれ(五月雨)」「ばいう(梅雨)」とも言う。

『大言海』は,

「露けき季節時節の義。梅實の熟(つ)ゆる時に寄せて云ふ」

とある。そして,

「さみだれ,さつきあめ,うのはなくたし,ついり,ばいう」

とも言うとする。「ついり」とは,

「梅雨(つゆ)いりの約」

「うのはなくたし」とは,

卯花腐,

で,

「卯の花は,陰暦四月に咲き,五月に散りたるを,霖雨の腐らす意なるべし,又,梅雨に限らずとも云ふ」

とある。なお,「梅雨」は,「梅」(漢音バイ,呉音メ・マイ)が,「六月ごろ実が黄色く熟す」ので,この頃のことを指すと,『漢字源』には載るが,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E9%9B%A8

には,

「中国では『梅雨(メイユー)」、台湾では『梅雨(メイユー)』や『芒種雨』、韓国では『장마(長霖、チャンマ)』という。中国では、古くは『梅雨』と同音の『霉雨』という字が当てられており、現在も用いられることがある。『霉』はカビのことであり、日本の『黴雨』と同じ意味である。中国では、梅が熟して黄色くなる時期の雨という意味の『黄梅雨(ファンメイユー)』もよく用いられる。」

とある。さらに「梅雨」の表記の語源についても,

「漢字表記『梅雨』の語源としては、この時期は梅の実が熟す頃であることからという説や、この時期は湿度が高くカビが生えやすいことから『黴雨(ばいう)』と呼ばれ、これが同じ音の『梅雨』に転じたという説、この時期は『毎』日のように雨が降るから『梅』という字が当てられたという説がある。普段の倍、雨が降るから『倍雨』というのはこじつけ(民間語源)である。このほかに『梅霖(ばいりん)』、旧暦で5月頃であることに由来する『五月雨』、麦の実る頃であることに由来する『麦雨(ばくう)』などの別名がある。」

としている。さて「つゆ」の語源であるが,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/tu/tsuyu.html

は,

「梅雨は、中国から『梅雨(ばいう)』として伝わり、江戸時代頃より『つゆ』と呼ばれるよう になった。 『日本歳時記』には、『此の月淫雨ふるこれを梅雨(つゆ)と名づく』とある。 中国では、黴(かび)の生えやすい時期の雨という意味で『黴雨(ばいう)』と呼ばれていたが、カビでは語感が悪いため、同じ『バイ』で季節に合った『梅』の字を使い、『梅雨』になった説。『梅の熟す時期の雨』という意味で、元々『梅雨』と呼ばれていたとする説がある。
 日本で『つゆ』と呼ばれるようになった由来は,『露(つゆ)』からと考えられるが、梅の実が熟し潰れる時期であることから,『潰ゆ(つゆ)』と関連付ける説もあるが,梅雨の語源は未詳部分が多い」

とする。『日本語源広辞典』は,「露」説を採り,

「『ツユ(露けき時節)』が,有力です。どことなく湿っぽく露を持つ季節の意です。『潰ゆ(万物が腐る時期の意)』説は疑問です。」

とする。中国語でも,「黴」の意の「黴雨」から,意味を避けて同音「梅」にしたくらいだから,やはり「露」説が妥当かもしれない,と思えてくる。『日本語源大辞典』の,「露」説は,

露けき時節の義(大言海・日本語源=賀茂百樹),
ツユ(露)の義(日本釈名・滑稽雑談所引和訓義解),

といったところである。その他,

物がしめりくさるところから,ツイユ(潰)の義(志不可起),
梅がつはり熟すところから,ツハルの約(松屋筆記),
梅が熟する意で,ツヒル(潰)の義(名言通・難波江),
ツヘル(潰)の義(言葉の根しらべの=鈴木潔子),
ツユ(熟)の義(言元梯),

しかし,『日本語の語源』は,例によって,独自の音韻変化から,「つゆ」を辿ってみせる。これを見ると,「露」説,「潰ゆ」説,「梅」説は,すべてが語呂合わせに見えてくる。

「早苗を植える陰暦五月をサナヘヅキ(早苗月),略称してさつき(早月)という。三十日間降り続くサミダレ(五月雨)のことをサツキフリ(早月降り)ともいった。これを早口に発音するとき,サ・キを落してツフリになった。さらに,フの子音[f]が落ちてツウリに転音し,母韻交替をとげてツイリになった。〈双六の相手よびこむツイリかな(嚝野集・元禄)〉。〈ツイリ。霖雨〉(易林節用集・慶長)。
 さきのツウリの語形は,子音[j]が添加されてツユリになった。三重県志摩郡・和歌山県東牟婁郡の方言として残っている。一般的には語尾を落としてツユ(梅雨)という。理論的には,ツフリのフの子音交替[fw]・[wj]でツユに転音。
 うめの実の熟するころに降る長雨だから『梅雨』と書き,唐の太宗の詠雨詩に『梅雨芳田に灑(そそ)ぐ』と見えている。ツユの語源について『露けき時節の義』(大言海)とあるが,『露』は秋のものである。」

確かに,「露」は,「秋」である。万葉集にも,

「露こそば 朝に置きて,夕には 消ゆといへ
 霧こそば 夕に立ちて,朝には 失すといへ」(柿本人麻呂)

と,春の霧と秋の露とを,儚いものとして対比しているのである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%B2

に,「露」について,

「地面やその近くのものが冷えて、これらに接した空気の温度が露点以下に下がり、空気中にある水蒸気が水滴となって、地表付近の物体の表面についたもの。特に夏の終わりから秋の早朝に露が降りやすい。冬には凝結して水滴になるのではなく、氷になるので、これを霜と呼ぶ。」

とある。「露」は「梅雨」のものではないのである。昔の人がそれがわからぬはずはないのである。季節の基本中の基本だからである。この転訛説で,初めて,『大言海』の「ついり」の説明,「梅雨(つゆ)いりの約」とは異なる位置づけが得られるのである。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E9%9B%A8
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)


ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2018年04月15日

つかのま


「つかのま」は,

束の間,

と当てるが,

つかのあいだ,

とも言うらしい。

ちょっとの間,
ごく短い時間,

の意味で言うが,『広辞苑』には,

一束ほどの短い間の意,

とあるが,他の辞書(『デジタル大辞泉』『大辞林』)には,

一束(ひとつか)、すなわち指4本の幅の意から,
指四本で握るほどの長さの意,

とあるので,「一束」とは,空間的な意味である。それを時間的に転用したのだと分かる。「束」は,「握ったときの四本の指程の長さ」という意味の他に,

束ねた数の単位,
短い垂直の材,束柱,
(製本用語)紙を束ねたものの厚み,転じて書物の厚み,

といった意味がある。そもそも「束」は,

「『木+たばねるひも』で,たきぎを集めて,その真ん中にひもをまるく回して束ねることを意味する。ちぢめてしめること」

とある。

k-601.gif


束の字.png

(甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9D%9Fより)

束Ⅱ.png

(金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9D%9Fより)


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%9F

には,「束(そく、たば、つか)」について,

(そく、たば)ひとまとめにすること。花束(ブーケ)など。
(つか)建築用語で、梁と棟木との間に立てる短い柱。束柱の略。
(つか)製本用語で、本の厚みのこと。
(そく)古代日本で用いられた稲の単位。→束 (単位)。
(そく)束 (数学): 日本語で束と訳される数学上の概念は複数ある,

等々とあり,「束」は別の意味をいろいろ持たせられている。また,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%9F_(%E5%8D%98%E4%BD%8D)

に,束と呼ばれる単位にも,

束(そく/つか)→穎稲の収穫量を量る容積単位,
束(そく/たば)→同一物をまとめた計数単位,
束(そく/つか)→矢などの長さを表す長さ単位,

等々がある。ここで,「束の間」で使われたのは,原始的な測定の単位,

握った指四本の長さ,

である。握るほどの長さの意である。「尺」が,「人の手幅の長さ」としたのと,類似である。『岩波古語辞典』には,

束,
柄,

と当て,

ツカミと同根,

とある。「束」が握った手なら,「つか(摑)み」と同じであるのは当然と思えるし,「柄(つか)」とつながるのも自然である。で,

「一握り四本の幅。約二寸五分」

と『岩波古語辞典』にはある。『大言海』は,

柄,
握,

を別項を立てている。「握」の字を当てているのが「束」に当てたもので,

「四指を合わせて握りたる長さの名」

とある。語源は,これで尽きているようだが,『日本語源大辞典』には,

一握・一束(ひとつかね)ほどの間の意(万葉集類林・類聚名物考・雅言考・和訓栞・大言海),
ツカはトキ(時)に通じるか(名語記・和訓栞・),
ツカム(捉)の義(名言通),
ツク(着)の義(言元梯),
ハツカノマの略か(雅言考),

とある。確かに,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/tu/tsukanoma.html

のいう,

「つかの間の『つか』は『束』と書き、上代の長さの単位。一束が指四本分の幅、つまり一 握り分ほどの短い幅のことである。 幅の長さから時間の長さにたとえられ、『束の間』と用いられるようになった。」

とするのでいいと思うが,「つか」と「つかむ」の関係は逆かもしれない。「つかむ」の語源は,

束の活用化(俚言集覧),
ツカム(束)の義(言元梯),
ツカヌ(束)と同根(小学館古語大辞典),
ツメカム(爪噛)の義か(和句解・和訓栞・大言海),
ツメカガム(爪屈)の義(名言通),
ツメでシガラムの意(和句解),

等々とあるが,「つかむ」が先にあって,つかんだ指を単位にしたのが「束」かもしれないのである。『日本語源広辞典』が,

「手でツカムほどの長さ+時間」

としているのは,意外と正しいのかもしれないのである。「つかむ」という動作を言語化するのと,その握った指の幅を単位とするには,径庭がある。「つかむ」は動作をそのまま言語化したものだか,それを単位とするには,一定のメタ化,つまり抽象化がいる。その意味で,

束の動詞化,

は,逆に思える。

なお,『笑える国語辞典』

https://www.waraerujd.com/blank-91

は,

「『束』は古代の長さの単位で、指の直径4本分の長さ(つまり拳を握ったときの幅である)。『古事記』で、スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治した『十束の剣(とつかのつるぎ)』は、指の幅40本分の長さの剣(と言われても長いのか短いのかよくわからないが、要するに『長剣』という意味らしい)ということ。」

とある。

ツカム→ツカ,

と考えるのが妥当のようである。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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2018年04月16日

スイカ


「スイカ」に,『広辞苑』は,

西瓜,
水瓜,

を当てる。

Citrullus_lanatus5SHSU.jpg



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%AB

によると,「スイカ」は,

「原産は、熱帯アフリカのサバンナ地帯や砂漠地帯。日本に伝わった時期は定かでないが、室町時代以降とされる。西瓜の漢字は中国語の西瓜(北京語:シーグァ xīguā)に由来する。日本語のスイカは『西瓜』の唐音である。中国の西方(中央アジア)から伝来した瓜とされるためこの名称が付いた。」

とある。『広辞苑』も,

「スイは『西』の唐音」

とある。『日本語源広辞典』も,

「中国語で,『西域から伝わった瓜』が語源です。約四千年前エジプトで栽培,三世紀に中国に入り,日本には十六世紀に伝来したと伝えられます。」

とある。『たべもの語源辞典』には,

「『守貞漫稿』には,スイカは初め新羅から琉球に伝わり,薩摩に伝わった。日本に初めて植えたの寛永四年(1627)である,と書かれた。禅僧義堂(1325‐88)が『西瓜』という名称をその詩に使っているので,足利義満のころにスイカが渡って,その後絶えたのであろうともいわれた。京都にスイカがひろまったのは寛文から延宝(1661-81)のころで,江戸(東京)にひろまったのは万治(1658-61)以後と書かれている。…林立路『立路随筆』は,『西瓜は寛永年中(1624-44),西洋国より始めて渡る。薩摩に植えたので,さつま種を上品とす』とある。江戸に来たのが慶安の頃で,由比正雪の乱の翌年(1652),とある。ところが,飛喜百翁が千利休を招待したとき,スイカに砂糖をかけて出した。利休は,砂糖のかかっていないところを食べて帰って,門人に百翁は人を饗応することを知らない。スイカに砂糖をかけて出したが,スイカにはスイカのうまみがあることを知らないのだと笑った,という話がある(柳沢里恭『雲萍雑誌』)。千利休がスイカを食べていたとなると,秀吉時代にスイカが日本にあったことになる。スイカは,熱帯アフリカを原産とする。四千年以前にエジプトで栽培されていたことが壁画で明らかにされているといわれ,ギリシャ・ローマには一世紀の初め,ヨーロッパには一六世紀,一五九五年にイギリスに渡来,アメリカへはアメリカ大陸発見後,中国には十一世紀ころに,西戎回紇(せいじゅうかいこつ ウイグル)から伝来したと言われ,西方から伝わったことから『西瓜(シイグァ)』とよばれ,それが日本に伝わったてサイカとよばれたのがスイカと変化した。中国から日本に渡来したのは天正七年(1579)といわれる。」

とある。

中国語「西瓜(シイグァ)」→(西瓜の訓)サイカ →スイカ,

と転訛したということになる。「水瓜」と当てるについては,

http://gogen-allguide.com/su/suika.html

が,

「日本では『水瓜』とも表記されるが、当て字で、その由来は『スイカ』の音からや、英語 でも『watermelon(ウォーターメロン)』と称されるように、水分を多く含むためであろう。」

としているように,「スイカ」と転訛した後,当てたものと見られる。

因みに,「瓜」の字は,象形文字で,

「つるの間にまるいうりがなっている姿を描いたもので,まるくてくぼんでいる意を含む」

とある。

k-2245.gif



和語「うり」は,『岩波古語辞典』は,

「朝鮮語ori と同源」

としているが,『大言海』は,

「潤(うる)に通ず(あるく,ありく)。實に光澤あり」

とし,『日本語源広辞典』も,

「ウルオウ(潤)の変化」

と,水分の多さから来ているとしている。「スイカ」を「西から来た」「瓜」とした所以である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
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コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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ラベル:水瓜 西瓜 スイカ
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2018年04月17日

瓜二つ


「瓜二つ」は,

縦に二つに割った瓜のように,親子・兄弟などの顔かたちがよく似ていることのたとえ,

という意味だが,『広辞苑』には,

「瓜を二つに割った形がそっくりなところから,兄弟などの容貌が甚だよく似ていることにいう」

とある。この場合,「瓜」とはどの瓜を指すのであろうか。

800px-Makuwauri.JPG


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AF%E3%82%A6%E3%83%AA

には,

「古くから日本で食用にされ、古くは『うり』と言えばマクワウリを指すものだった。 他、アジウリ(味瓜)、ボンテンウリ(梵天瓜)、ミヤコウリ(都瓜)、アマウリ(甘瓜)、カンロ(甘露)、テンカ(甜瓜)、カラウリ(唐瓜)、ナシウリ(梨瓜)といった様々な名称で呼ばれる。」

とある。さらに,

「種としてのメロン (Cucumis melo) は北アフリカや中近東地方の原産であり、紀元前2000年頃に栽培が始まった。そのうち、特に西方に伝わった品種群をメロンと呼び、東方に伝わった品種群を瓜(ウリ)と呼ぶ。マクワウリもその一つである。」

とある。この「メロン」は,

「インドから北アフリカにかけてを原産地とし、この地方で果実を食用にする果菜類として栽培化され、かなり早くにユーラシア大陸全域に伝播した。日本列島にも貝塚から種子が発掘されていることや、瀬戸内海の島嶼などに人里近くで苦味の強い小さな果実をつける野生化した『雑草メロン』が生育していることから、既に縄文時代に伝わり、栽培されていたと考えられている。日本では古来『ウリ(フリとも)』の名で親しまれてきた。また、中国では『瓜』の漢字があてられた。」

とある。近代以降、ヨーロッパや西アジアの品種群が伝えられると、生物の種としては同じなのだが,

「日本の在来品種より芳香や甘みが強いことが注目されて西欧諸語起源のメロンの名で呼ばれるようになった」

が,日本では,

「生で甘みや清涼感を味わうマクワウリなどの品種群の他に、キュウリ(Cucumis sativus)やシロウリのように熟しても甘みに乏しく、野菜として食べたり、未熟なうちに漬物にする品種群も発達した。」

とか。さて,「瓜二つ」は,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/u/urifutatsu.html

に,

「瓜を二つに割ると、切り口がほとんど同じであることから、よく似ているさまのたとえとなっ た。 瓜以外の果実でも断面は似ており、瓜が選ばれた理由は不明であるが、古くから 美人の一つとされる形容に『瓜実顔』があり、そのような良い意味でたとえられる果実であれば、すんなり受け入れられる。 それが『カボチャ二つ』などと言ってしまえば、不細工な二人を表しているとも受け止められる。 余分な印象を与えず、似ていることを表現するのであれば、悪い意味を含まない『瓜二つ』が適している。『瓜二つ』の形が見られるようになるのは、近世に入ってからで、1645年刊の『毛吹草』には、『売りを二つに割りたる如し』とあり、江戸時代の人形浄瑠璃時代物の『源頼家源実朝鎌倉三代記』には,『見れば見るほど瓜を二つ』という形で見られる。」

とあるので尽きる。「瓜」の字は,「スイカ」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/458821689.html?1523818263

で触れたように, 象形文字で,

「つるの間にまるいうりがなっている姿を描いたもので,まるくてくぼんでいる意を含む」

とある。

300px-瓜-bronze.svg.png

(金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%93%9Cより)

和語「うり」は,『岩波古語辞典』は,

「朝鮮語ori と同源」

としているが,『大言海』は,

「潤(うる)に通ず(あるく,ありく)。實に光澤あり」

とし,『日本語源広辞典』も,

「ウルオウ(潤)の変化」

と,水分の多さから来ているとしている。しかし,『日本語源大辞典』は,その他,

ウルミ(熟実)の意か(東雅),
口の渇きをウルホスより生じた語か(名言通・和訓栞),
ウム(熟)ランの反(名語記),
ウツクシの約転(滑稽雑誌所引和訓義解),
ウカリウカリと幾つもなるので,ウカリと名づけたものの中略か(本朝辞源=宇田甘冥),
ヘウリ(匏)の略(言元梯),
朝鮮語oi-ori(瓜)と同源(世界言語概説=河野六郎・万葉集=日本古典文学大系),

とあるが,そのみずみずしさの体感覚から来た,と見たい。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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ラベル:瓜二つ
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瓜二つ


「瓜二つ」は,

縦に二つに割った瓜のように,親子・兄弟などの顔かたちがよく似ていることのたとえ,

という意味だが,『広辞苑』には,

「瓜を二つに割った形がそっくりなところから,兄弟などの容貌が甚だよく似ていることにいう」

とある。この場合,「瓜」とはどの瓜を指すのであろうか。

800px-Makuwauri.JPG


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AF%E3%82%A6%E3%83%AA

には,

「古くから日本で食用にされ、古くは『うり』と言えばマクワウリを指すものだった。 他、アジウリ(味瓜)、ボンテンウリ(梵天瓜)、ミヤコウリ(都瓜)、アマウリ(甘瓜)、カンロ(甘露)、テンカ(甜瓜)、カラウリ(唐瓜)、ナシウリ(梨瓜)といった様々な名称で呼ばれる。」

とある。さらに,

「種としてのメロン (Cucumis melo) は北アフリカや中近東地方の原産であり、紀元前2000年頃に栽培が始まった。そのうち、特に西方に伝わった品種群をメロンと呼び、東方に伝わった品種群を瓜(ウリ)と呼ぶ。マクワウリもその一つである。」

とある。この「メロン」は,

「インドから北アフリカにかけてを原産地とし、この地方で果実を食用にする果菜類として栽培化され、かなり早くにユーラシア大陸全域に伝播した。日本列島にも貝塚から種子が発掘されていることや、瀬戸内海の島嶼などに人里近くで苦味の強い小さな果実をつける野生化した『雑草メロン』が生育していることから、既に縄文時代に伝わり、栽培されていたと考えられている。日本では古来『ウリ(フリとも)』の名で親しまれてきた。また、中国では『瓜』の漢字があてられた。」

とある。近代以降、ヨーロッパや西アジアの品種群が伝えられると、生物の種としては同じなのだが,

「日本の在来品種より芳香や甘みが強いことが注目されて西欧諸語起源のメロンの名で呼ばれるようになった」

が,日本では,

「生で甘みや清涼感を味わうマクワウリなどの品種群の他に、キュウリ(Cucumis sativus)やシロウリのように熟しても甘みに乏しく、野菜として食べたり、未熟なうちに漬物にする品種群も発達した。」

とか。さて,「瓜二つ」は,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/u/urifutatsu.html

に,

「瓜を二つに割ると、切り口がほとんど同じであることから、よく似ているさまのたとえとなっ た。 瓜以外の果実でも断面は似ており、瓜が選ばれた理由は不明であるが、古くから 美人の一つとされる形容に『瓜実顔』があり、そのような良い意味でたとえられる果実であれば、すんなり受け入れられる。 それが『カボチャ二つ』などと言ってしまえば、不細工な二人を表しているとも受け止められる。 余分な印象を与えず、似ていることを表現するのであれば、悪い意味を含まない『瓜二つ』が適している。『瓜二つ』の形が見られるようになるのは、近世に入ってからで、1645年刊の『毛吹草』には、『売りを二つに割りたる如し』とあり、江戸時代の人形浄瑠璃時代物の『源頼家源実朝鎌倉三代記』には,『見れば見るほど瓜を二つ』という形で見られる。」

とあるので尽きる。「瓜」の字は,「スイカ」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/458821689.html?1523818263

で触れたように, 象形文字で,

「つるの間にまるいうりがなっている姿を描いたもので,まるくてくぼんでいる意を含む」

とある。

300px-瓜-bronze.svg.png

(金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%93%9Cより)


和語「うり」は,『岩波古語辞典』は,

「朝鮮語ori と同源」

としているが,『大言海』は,

「潤(うる)に通ず(あるく,ありく)。實に光澤あり」

とし,『日本語源広辞典』も,

「ウルオウ(潤)の変化」

と,水分の多さから来ているとしている。しかし,『日本語源大辞典』は,その他,

ウルミ(熟実)の意か(東雅),
口の渇きをウルホスより生じた語か(名言通・和訓栞),
ウム(熟)ランの反(名語記),
ウツクシの約転(滑稽雑誌所引和訓義解),
ウカリウカリと幾つもなるので,ウカリと名づけたものの中略か(本朝辞源=宇田甘冥),
ヘウリ(匏)の略(言元梯),
朝鮮語oi-ori(瓜)と同源(世界言語概説=河野六郎・万葉集=日本古典文学大系),

とあるが,そのみずみずしさの体感覚から来た,と見たい。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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2018年04月18日

キュウリ


「キュウリ」を,『広辞苑』は,

胡瓜,
黄瓜,
木瓜,

と当てている。

「『黄(き)瓜(うり)』の意」

とある。


Komkommer_plant.jpg
(キュウリ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%83%AAより)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%83%AA

には,

「『キュウリ』の呼称は、漢字で『木瓜』または『黄瓜』(きうり、現代中国語でも『黄瓜』)と書いていたことに由来する。上記の通り現代では未熟な実を食べる事からあまり知られていないが、熟した実は黄色くなる。今と異なり古い時代はこれを食べていた。尚、現代では『木瓜』はパパイアを指す。」

とあり,キュウリ(胡瓜)は,

「かつては熟した実を食用とした事もあったが、甘みが薄いためにあまり好まれず、現在では未熟な実を食用とするようになった。インド北部、ヒマラヤ山麓原産。日本では平安時代から栽培される。胡瓜の『胡』という字は、シルクロードを渡って来たことを意味している。」

とある。「胡瓜」は,中国語表記で,「シルクロードを渡って来たこと」とは,中国から見て,の意である。『日本語源大辞典』には,

「中国へは漢の頃,張騫(ちょうけん)が西域から持ち込んだと伝えられ,そのため『胡瓜』と表記されたという。」

とある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ki/kyuuri.html

は,「胡瓜」の「胡」を,

「『胡麻』や『胡椒』,『胡桃』とおなじく,中国周辺外位置を意味する」

としている。そして,『たべもの語源辞典』には,

「中国南北朝時代の王,石勒(せきろく 273-332)が胡人の出てあったことから,胡瓜の名を忌み『黄瓜』と改称したという。」

とある。漢名には,

胡瓜,
刺瓜,
王瓜,
黄瓜,

等々があるらしい。

「紀元前4000年前にメソポタミアで盛んに栽培されており、インド、ギリシア、エジプトなどでも栽培された。その後、6世紀に中国、9世紀にフランス、14世紀にイングランド、16世紀にドイツと伝播していった。(中略)中国ではかつて、ビルマ経由で伝来した水分の少ない南伝種が普及し、シルクロード経由の瑞々しい北伝種の伝来まで、この南伝種を完熟させてから食べるのが一般的であった。のちに南伝種は漬物や酢の物に、北伝種は生食に使い分けられることになる。」

らしい。日本には,『たべもの語源辞典』には,

「朝鮮から顕宗天皇の御代に渡来したが,天平時代の文書に黄瓜の文字が見られる」

とするし,『日本語源大辞典』には,

「『和名抄』の記載や平城宮跡から種子が出土したことから,日本へは十世紀以前に伝来したとされる。この品種は,東南アジア,中国南部経由の華南型で,日本では長い間完熟したものを食しており,近世まで野菜として重視されなかった。明治以降,中国北部経由の華北型が導入され,各地に広まった。」

とあり,更に『たべもの語源辞典』に,

「江戸時代に胡瓜の初物を川に流し河伯(かっぱ)に供する慣わしが始り,胡瓜をカッパと呼ぶようになった。」

とある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%83%AA

には,

「南伝種の伝来後、日本でも江戸時代までは主に完熟させてから食べていたため、黄瓜と呼ばれるようになった。日本では1500年ほどの栽培の歴史を持つが、完熟した後のキュウリは苦味が強くなり、徳川光圀は『毒多くして能無し。植えるべからず。食べるべからず』、貝原益軒は『これ瓜類の下品なり。味良からず、かつ小毒あり』と、はっきり不味いと書いているように、江戸時代末期まで人気がある野菜ではなかった。これには、戦国期の医学者曲直瀬道三の『宣禁本草』などに書かれたキュウリの有毒性に関する記述の影響があると見られている。安土桃山時代以前にはキュウリに禁忌は存在せず、平安後期の往来物『新猿楽記』に登場する美食趣味の婦人『七の御許』が列挙した好物の一つに『胡瓜黄』が入っており、イエズス会宣教師のルイス・フロイスは著書『日欧文化比較』(1585)で『日本人はすべての果物は未熟のまま食べ、胡瓜だけはすっかり黄色になった、熟したものを食べる』と分析している。」

とある。『たべもの語源辞典』には,

「『京都祇園の氏子は胡瓜を食べることを嫌った。祇園祭の行列も,畑に胡瓜の花が咲いている手前までを氏子の境界とみなした。これは胡瓜の切り口が祇園さまの御紋に似ているからというのであるが,この紋は,織田信長が京都に入ったときの幟印の紋であるから愚かなことである』と寺島良安の『和漢三才図絵』に書かれている。江戸でも徳川家の三つ葉葵が胡瓜の切り口に似ているというので旗本直参連中は権現様の印紋を食べては罰が当たると胡瓜を断った。また,胡瓜の切り口は桔梗の紋にも似ているので,光秀の紋が桔梗なので三日天下ということから胡瓜が嫌われた。」

ともある。

ところで,『大言海』は「きうり」の項で,

「黄瓜の義,熟すれば,黄なり。黄烏瓜も同意」

とあり,古名は,

からうり,
そばうり,

とある。『たべもの語源辞典』は,

カラウリ(韓瓜・熟瓜),
ソバウリ(稜瓜),

と当てている。カラウリは,

「朝鮮からわたったことをしめした」
「昔は文字通り黄瓜として食べたようである。熟瓜と書いてカラウリとよませるのもその食べごろを示しているとおもわれる。」

で,「ソバウリ」は,

「ナマコのような外皮にイボがあることからの名」

としている。

『日本語源大辞典』に,

「『Qiuri(キウリ)』(『日葡』),『Qivriキウリ』(羅葡日)の例から考えると,キューリという長音ではなく,キ・ウ・リと発音されたと考えられる。」

とある。

キウリ(黄瓜)の義(東雅・箋注和名抄・重訂本草綱目啓蒙・柴門和語類集・大言海),
キウリ(木瓜)の義(柴門和語類集),
臭気があることから,漢で臭をキという(東雅),

にわかれるが,『たべもの語源辞典』が「黄瓜」以外を否定している通り,やはり「黄瓜」に思われる。『日本語源広辞典』も,「黄+瓜」を採り,

「キュウリモミなどにして食べます。…胡瓜揉みは,薄く刻んで塩で揉み,三杯酢に浸したものをいいます。」

とある。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2018年04月19日

クリ



「クリ」は,

栗,

と当てる。「栗」の字は,

「『木+ざるの形』。クリの実がはじけてざるのような形をしたイガが木の上に残っているさまをあらわす」

とある。

k-1618.gif

((https://okjiten.jp/kanji1618.htmlより)

『岩波古語辞典』には,

「古くは「くる」といった。」

とある。「くる」の項に,

栗栖野(くるすの),
栗本(くるもと),

などの複合語に残っている,とする。『大言海』は,

「黯(クリ)の義。クリの木と云ふが,成語なるべきか,樹の皮は黒灰色にて,實の鬼皮の色は赭黒なり」

とある。「鬼皮」とは,

「栗の實の皮」

の意である。渋皮に対して堅い外皮をいうらしい。

DSC02698.JPG


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA

に,

「日本において、クリは縄文時代初期から食用に利用されていた。長野県上松町のお宮の裏森遺跡の竪穴式住居跡からは1万2900年前~1万2700年前のクリが出土し、乾燥用の可能性がある穴が開けられた実もあった。縄文時代のクリは静岡県沼津市の遺跡でも見つかっているほか、青森県の三内丸山遺跡から出土したクリの実のDNA分析により、縄文時代には既にクリが栽培されていたことがわかっている。」

とある。

DSC02168.JPG


『たべもの語源辞典』には,

「山中自然生の小さい栗の実を柴栗,または笹栗・山栗・ヌカグリ・モミジグリなどといい,漢名は茅栗(ぼうりつ)である。ササグリのササは小さいという意味である。(中略)柴栗というのは,柴柯(しばのえだ)に実るからの名である。漢名を柯栗という。日本の在来栗は,小さい柴栗と中位の土用栗と大きい丹波栗の三種である。丹波栗を料理栗,またテウチグリという。握って手の中が一杯になる手内栗の義である。」

とある。在来種の栗の方が,アメリカ種かヨーロッパ種より,味も形も勝るらしい。

さて,「クリ」の語源であるが,『日本語源大辞典』は,

果皮の色から,クリ(涅・黯)の義(燕石雑志・大言海),
果皮の色から,クロ(黒)の転(和句解・日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・箋注和名抄・和訓栞),
落ちた実が地にあるさまが石のようであるところから,石を意味する古語クリの転義(東雅),
果実のさまから,コリ(凝)の義(名言通),
樹木を意味するクラと通じるか(日本古語大辞典=松岡静雄),
カツ(搗)ラシの反(名語記),
果皮の色から,黒の意の梵語クリから(和語私臆鈔),
朝鮮語kul(クリの意)からという(木の名の由来=深津正),

と諸説挙げ,その他に,『日本語源広辞典』は,

ク(外殻,容器)+リ(接尾語),

を挙げるが,『たべもの語源辞典』は,

「僧契沖の説に『くりは涅なり。その色をもて名づく』とある。涅(くり)は水中の黒い土である。涅はくらき色を染める物である。その色は栗の皮に似ている。これを,滝沢馬琴が『燕石雑志』に『物の名』で書いている。(中略)要するにクリの名は,果皮の黒っぽいという特色からでたものと考えられる。」

とする。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ku/kuri.html

も,

「石を意味する古語『クリ』は、水底によどむ黒い土を表す『くり(涅)』と同源であるため、『クリ』は色の『黒』や石の『クリ』と同系と考えられる。」

としている。

http://ppnetwork.seesaa.net/article/429360431.html

でふれたように,

「古代日本では,固有の色名としては,アカ,クロ,シロ,アオがあるのみで,それは,明・暗・顕・漠を原義とする」

という。で,「黒」は,

「『くら(暗)』と同源か。またくり(涅)と同源とも」

とある。「涅」は,水底に沈んだ黒い土,涅色を指し,明暗の意である。『日本語の語源』は,

「栗の実は焦げ茶色,胡桃の核は褐色であるが,ともにクロミ(黒実)といった。ロミ[r(om)i]の縮約でクリ(栗・万葉)になり,『ロ』が母韻交替[ou]をとげてクルミ(胡桃。源)になった。」

とある。単純に,

くら(暗)→くろ(黒)→くり(栗),

と考えてもいいのかもしれない。古形「クル」を考えると,

くら(暗)→くろ(黒)→クル→くり(栗),

かもしれない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95


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