2018年04月24日

トンボ


「トンボ」は,

蜻蛉,
蜻蜓,

と当てる(『広辞苑』)。「蜻蛉」は,

かげろう,

とも訓ませる。

トンボの古名,

である。さらに,「蜻蛉」を,

あきづ(つ),

と訓ませる。「トンボ」の意味である。これも「トンボ」の古名である。『大言海』は,「ツは,濁音なるべし」としているが,「新撰字鏡」は,「阿支豆」と当て,akidu,と濁ったようである。『日本語源大辞典』は,

「字音かな表記から,上代ではアキヅであったと推測されるが,後に清音になりアキツとなった」

とある。「あきつ」の由来は,『大言海』は,

「秋之蟲の下略(仲之子[ナカツコ],仲子[ナカテ]。河之蛙[カハヅカエル],河蝦[カハヅ])。蜻蛉洲(アキツシマ)を,秋津島と記すも是なり。大同類聚方…『阿支豆牟之』(アキヅムシ)」,名義抄『蜻蛉,アキムシ』,藻鹽草…蜻蛉『秋つむし,かげろふ』…」

としている。これを見ると,どうも,「トンボ」をトンボとして認知していたというより,「あきつむし」つまり,秋の虫としか認識していなかった嫌いかある。あるいは,赤とんぼ,を指していたのかもしれない。「アキツムシ」とは,「秋の虫の下略」(『大言海』『東雅』『物類称呼』『和訓集説』)だが,「ツ」は,「集まり群がる意がある」(草鹽漫筆)とか「アキツドヒムシ」(名言通)とかと見ると(よけいに赤とんぼのようにも思えるが),どうやら,

あきづ,

は,必ずしも「トンボ」に特定していたとは限らないのかもしれない。『日本語源大辞典』は,

「上代は『蜻蛉』の文字に『あきづ』の訓が付けられていたが,平安時代以降,同じ『蜻蛉』に「かげろふ」の訓が付いた」

とする。どうやら,この辺りで,「秋の虫」から「トンボ」が分化し,「かげろう」も分化した,ということなのかもしれない。

「かげろう」は,

蜉蝣,

とも当てる。「蜻蛉(セイレイ)」は,中国語では「とんぼ」。「かげろう」に当てるのはわが国だけである。本来は,「ゆらゆら飛ぶ昆虫」を指し,「かげろう」に絞られたようである。ただ,『岩波古語辞典』には,「陽炎(かげろふ)」の項で,

「別に,朝生まれて夕方死ぬとされていたヒヲムシ(蜉蝣)を当てる説もあるが,カゲロフとヒヲムシとは平安文学の中で区別して使われている。」

とあるので,「トンボ」の古名はともかく,「カゲロウ」については,別途考える必要がある。

先に漢字に当たっておくと,「蜻」(漢音セイ,呉音ショウ)の字は,

「虫+音符靑(セイ きよらか,すずしい,すみきった)」

で,「蛉」(漢音レイ,呉音リョウ)の字は,

「虫+音符令(細くて清らか)」

で,「蜻蛉(セイレイ)」は,スッキリした形をしたトンボを指す。

「蜓」(エン)の字は,

「虫+音符延(エン のびる)」

で,龍や蛇などがうねうねと長いさまを意味する。

「蜉」(漢音フ,呉音ブ)の字は,

「虫+音符孚(フ うかぶ)」

で,空中に浮遊する虫。「蝣」(漢音ユウ,呉音ユ)と組んで,「蜉蝣」で,「カゲロウ」を指す。

さて「トンボ」の語源であるが,蜻蛉返し,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/416315749.html

や,尻切れ蜻蛉,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/429743734.html

で「トンボ」を意識した上での言い回しなので,かなり古く遡れそうな気がする。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1445607834

によれば,

「とんぼう、という言葉が最初に現れるのは、『梁塵秘抄』「いよいよ”とうほう”よかたしをまいらん…」とされています。」
「同時代の『袖中抄』にも、『あきつはとはとばうと云う虫のうすき羽と云う也』とあります。」

とあるので,平安末期と見ていい。『日本語源大辞典』には,

「古くはトンバウという形であり,それがトンボウを経てトンボになったのは,近世初期頃のようである。」

とある。

トンバウ→トンボウ→トンボ,

という転訛である。『岩波古語辞典』は,「とんぼう」の項で,『古今序注』を引いて,

「此の国の形とんぼうに似たり。故に此の虫の形になぞらへて,蜻蛉国と云へり。あづまの方より出で来る故に,東方と云ふ也」

としている。「東方」の転訛というのは,いささか首を傾げる。しかし,結構大真面目に,

蜻蛉は一名アキツといわれ,秋津島つまり日本は唐の東方にあるところから東方の義(南留別志・類聚名物考),
秋津島の地形が,蜻蛉が東に向いたさまに似るところから東方の訛(滑稽雑誌所引和訓義解),

と,諸説ある。しかし,これは採れない。地形を俯瞰するだけでなく,唐からそれを見るなどと,そんな抽象度の高い名づけをするとは到底思えない。古形が,「とんばう」ならなおさらだ。『大言海』は,

「飛羽(とびは)の音便延(縫物,ぬんもの。追物射[おひものい],おんものい。布衣,ほうい。牡丹,ぼうたんと同趣)。今トンボと云ふは,却って本語に近きなり。昔蜻蜓をヱバと云ひき(これがヱンバとなり,ヤンマとなる)。」

とある。更に「アカヱンバ(赤蜻蛉)」の項には,こうある。

「東雅(享保)廿,蜻蛉『萬葉集抄(仙覚)に,アキツと云ふは,東詞には,ヱンバと云ふなり,と見えたり。赤卒,アカヱンバは,東國の方言に,今も,ヱンバと云ひ,童部のヤンマと云ふは,轉ぜしなり。ヱンバは即ち,ヱバなり。ヤヘバ(八重羽)と云ふが如し。世の常の蟲の羽は,多くは二つあるを,此蟲の羽,四つあれば重なれると云ふなり』。赤トンボの古名。黄トンボの古名をキヱンバと云ふ。」

別名「やんま」は,別途触れるとして,これは,別系統から来ていることがわかる。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/to/tonbo.html

は,

「トンボの最も古い呼称は,奈良時代の『アキヅ(秋津)』で,その後『セイレイ・カゲロフ(蜻蛉)』、『ヱンバ(恵無波)』の語が現れる。 古くは『トンバウ』の語形で,平安時代には『トウバウ』『トバウ』などが見え,江戸時代から『トンボ』と呼ばれている。」

としているので,

トンバウ→トウバウ→トンボウ→トンボ,

とは別系統で,

ヱバ→ヱンバ→ヤンマ,

となったとみていい。今日,トンボ科とヤンマ科は,別に分類されているので,ある意味別系統に分岐したのには意味がある。

そこで,「とんぼ」に戻すと,『日本語源広辞典』は,「飛羽」説以外に,

「飛ん坊」

という説を挙げる。飛びまわる虫という意味である。その他,

ヤヘバ(八重羽)の転ヤウンバの訛。羽が四枚あり,重なっているところから(嗚呼牟草・俗語考),
アトネブリトビ(尻舐飛)の義(日本語原学=林甕臣),
トンボ(飛炎)の義(言元梯),
髙い空中から飛び降りる様子を形容したツブリ・トブリの転(少年と国語=柳田國男),

等々ある。『語源由来辞典』は,

http://gogen-allguide.com/to/tonbo.html

「『トン』が『飛ぶ』,『バウ』が『棒』の意味で,『飛ぶ棒』が変化したという説が多く,この虫の印象から正しいように思えるが,『バウ(棒)』は漢語,『飛ぶ』が和語で,漢語と和語が結び付けられることは時代別国語大辞典的に早すぎるために考え難い。『トン』は『飛ぶ』の意味であろうが,『バウ』は…和語である『ハ(羽)』の変形であると考える方が妥当であろう。」

と,「飛羽」説を採る。



しかし,

http://www.tombow.pippo.jp/hojo/index.html

で北條忠雄氏は,

「秋田県では蜻蛉をアゲズ・アゲズコという地域もあるが、これは古語のアキツが多少訛って今に残ったのである。その外の地域では)ダンブリ・ダンブ・ジャンブ・ザンブ・ドンブ・ドブ・ドブリンコなどいい、これに類した呼称は東北の各地にも見えている。他、山形・会津などではドンバというらしい。これらの呼称は決して新しい発生ではなく、文献にトンバウの見える平安末期或はそれ以前にあらわれたものであって、トンバウが伝播していく間に転々と訛っていったものとは考えにくい。蜻蛉の語原は正しくこのあたりから考えられそうである。岩手県ではヤチ(湿地・本来アイヌ語)にいる蜻蛉をヤチコといい、秋田の平鹿郡ではヤンマのことをノンマというが、それはノマ(沼)のあたりを飛翔するところから来ている。岩手でヤンマをヌマダンブリというのも同じである。これらは蜻蛉の発生し飛翔し或は更に産卵する場所から来た命名で、いわば棲息地域から名づけたものといえる。ところで、ダンブリ・ダブ・タンボ・ドバ・ドンブ・ドンボというような語が、全国でどんな意味に用いられているかというと、それは悉く湿地・淵・泉・淀・沼・池・水たまりなどの意味に用いている。大阪ではボウフラ(蚊の幼虫)をドンブリというところがあるらしいが、これはドブに棲息するからであろう。こう考えて来ると、蜻蛉をダンブリ・ダブ・ドンブ・ドンバなどいうのは、大阪のボウフラと同じく、それが泉・淵・溝・湿地等に発生し飛翔し産卵するから名づけられたことが明らかである。即ちこれも棲息地域による命名である。」

と,ヤンマが,

ノマ(沼)→ノンマ→ヤンマ,

であり,「トンボ」は,

ドンバ(ドンボ・ドンブ)→ドンボウ→トンボ,

と,その生息地を指していたとする説を採られている。僕はこの説に惹かれる。日常「トンボ」を見ているのは,下々の民であり,彼らこそが名づけるはずだからである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95


posted by Toshi at 04:10| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする