2018年05月21日

するめ


「スルメ」については,「あたりめ」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/459478380.html?1526757297

で触れたように,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%AB

によると,

「現在では、加工後の干物を『するめ』と呼び、その材料になる生物、すなわち本種を『スルメイカ』と呼ぶのが普通だが、古くは加工前のイカ自体をも『するめ』と呼んだ。後に干物との呼び分けの必要が生じて、『するめいか』という合成語が使われるようになったらしい。なお、平安時代の辞書『和名類聚抄』を見ると、『小蛸魚』の項に訓じて『知比佐岐太古、一云須流米』(ちひさきたこ、するめともいふ)とあり、『するめ』は古くには、さらに異なる意味をもっていたことがうかがわれる。」

とある。『たべもの語源辞典』も,

「現在は干したタコはヒダコである。昔,小さいタコの干したものをスルメと呼んだとなると,スルメイカの名から『するめ』という名ができたのではないということになる。」

としている。和名鈔を信ずるなら,「スルメ」は,

小さいタコ,

を指していた。今日言うヒダコなのかもしれない。そう言えば,「凧」は,かつて(関西では),

いかのぼり,

と呼んでいた。「たこ」と「いか」は交換可能だったのかもしれない。

で,「スルメ」の語源は,

「墨を吐き、群れる事から来る『スミムレ(墨・群れ)』が「スミメ」を経て転訛したものと考えられている」

というが,これは,生きている「イカ」,「スルメイカ」を指しているのではないのだろうか。しかし,『たべもの語源辞典』が指摘するように,「スルメ」が「スルメイカ」から来たのではないとすると,「スルメ」の語源は別途考えるべきなのに,たとえば,『日本語源広辞典』は,

「墨+群れ」

と,「墨を吐くものの群れ」の意図していると,『日本語源大辞典』も,

スミメ(隅群)の義(言元梯),
スミムレ(墨群)の約転(大言海),

あるいは,

スルドムレ(鋭群)の義(日本語原学=林甕臣),

も,同じく,「スルメ」と「スルメイカ」を混同している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%AB

にあるように,「スルメイカ」は,

「古来、日本人はこれを食してきた。今日においても最も消費量の多い魚介類である。また、東アジアでは中国北宋時代以降(蘇頌が編纂した『本草図経(中国語版)』の刊行[西暦1061年]以降)、もしくは、遅くとも日明貿易以降、日本産のイカとして知られている。真イカのこと。」

とあるが,それはイコール「スルメ」ではない。

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言うまでもなく,「スルメ(鯣)」は,

「イカの内臓を取り除いて素干しや機械乾燥などで乾燥させた加工食品。乾物の一種。古くから日本、朝鮮半島、中国南部および東南アジアにおいて用いられている食品で長期保存に向いている。日本では縁起物とされ結納品などにも用いられ寿留女と表記される。俗語としてアタリメとも言う。」

である。「鯣(するめ)」(漢音エキ,呉音ヤク)の字は,「魚の名」らしいが,いわゆる「スルメ」の意で用いるのは,我が国だけらしい。

http://zatsuneta.com/archives/001945.html

に,

「『鯣』の字は本来ウナギを指す漢字であるが、日本ではこの字をスルメに当てている。この字は室町時代の国語辞書『下学集(かがくしゅう)』(1444年)に記載があり、『易』には『変わる』という意味があり、『イカがスルメに変わる』ことに由来する。」

とあるが,加工は変わるのではなく,変えるのであって,どう考えてもこじつけである。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/su/surume.html

は,

「スルメイカを干して乾燥させたところから付いた名。 ただし、ケンサキイカを使ったするめ が最高級品とされているため、スルメイカを使ったするめは『二番するめ』で、 ケンサキイカを使ったするめが『一番するめ』と呼ばれる(ヤリイカを『一番するめ』と呼ぶ こともある)。 その他、シリヤケイカなどコウイカを使ったものは『甲付するめ』、外套(胴) を開かずに乾燥させるミズイカやアオリイカは『袋するめ』や『おたふくするめ』と呼ばれる。」

と,「スルメ」を「スルメイカ」から来たことを前提に解いているように見える。しかし,他のイカのも「スルメ」と呼ぶところを見ると,「スルメ」の語源は,別に考えるべきだ。『たべもの語源辞典』の,

「現在は干したタコはヒダコである。昔,小さいタコの干したものをスルメと呼んだ」

ことから考えるなら,『日本語源大辞典』の,

スリメ(研理)の義か(名言通),

という説も,少し首を傾げる。

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しかし,『たべもの語源辞典』は,「スミムレ」説を最終的には採る。

「スルメの語源はスミムレ(墨群)であろう。スミムレの転じたものがスルメとなる。昔は墨を吐くものの群れをスミムレとよんだ(イカ,タコ)。これがスミメ・スルメとされたのが名称の起こりで,『するめ』という製品ができると,今日のスルメイカとよばれる種類のイカが最も多くその原料となったので,この製品名がコノイカにつけられてスルメイカと呼ぶようになったのである。」

しかし,「イカ」はともかく,群れていないものを「群れ」と名づけるとは思えない。それならば,「いか(烏賊)」の語源は何か。『大言海』は,

「語源知るべからず,和訓栞『形もいかめしく,骨も異様(ことやう)なれば,名づくるなるべし』。肯はれず,(中略)説文『烏賊魚』正字通『墨魚,一名墨魚』とあり,烏とは黒き義,腹中の墨を云ふなり。」

とし,語源を語らない。「するめ」を「墨群」とした『日本語源広辞典』は,二説挙げる。

説1は,イカ(厳しの語幹),
説2は,「イ(息・墨の意)+カ(吹きかける)」

『日本語源大辞典』は,諸説挙げるが,

イは白いこと,カは背の堅いことをいう(柴門和語類集),
「烏」は黒い意で,墨の色を表すか(たべもの語源抄=坂部甲次郎),

以外見るべきものはない。諸家は,「スルメ」と「イカ」を対比しながら,考えないのだろうか。「イカ」の語源には,

墨群,

こそがふさわしく,「スルメ」は,別にあるのではあるまいか。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:スルメ アタリメ
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2018年05月22日

たこ(蛸)


「たこ」は,

蛸,鮹,章魚,鱆,

と当てるらしいが,辞書には,「蛸」「鮹」が載る。「蛸」の字は,

「『虫+音符肖(ショウ 細い,小さい)』。たまごからかえったばかりの小さく細い虫の子」

で,「くもやかまきりのたまごを表す熟語に使う。」

とある。たとえば,「蠨蛸」(あしたかぐも),「螵蛸」(かまきりのたまご)等々。「タコ」に当てるのはわが国だげである。

「鮹」の字は,「魚+音符肖」で,『漢字源』は「からだの細い魚」で,「タコ」と使うのは,我が国だけとするが,『字源』は,

閩書『鮹魚,一名望潮魚』=章魚,

とする。「タコ」の意でも使われているらしい。『大言海』も,

「蛸は,漢名,海蛸子の略。蠨蛸(あしだかぐも)に似て,海中にあれば云ふ。魚偏に作れるは和訓なり」

とある。和訓とは,その漢字をタコと訓んだという意味である(「鮹」は,「ショウ」である)。倭名抄に,

「海蛸子,太古」

とあり,本草和名に,

「海蛸,多古」

とあるらしい(『大言海』)。『たべもの語源辞典』には,

「海蛸子が漢名であるが,これは海の中にいるアシダカグモに似たものというので名づけられ,これを略して『蛸』一字でタコと呼んだ。蠨蛸がアシダカグモの漢名である。蛸ソウとかショウとよみ,国訓がタコである。章魚と書くのは,蛸魚が,蛸と章と音が通ずるからであろう。(中略)タコが虫偏ではおかしいというので『鱆』という文字も生まれ,また章魚を一字にして鱆という新しい字もできた。」

とある。「タコ」の漢字の由来がよくわかる。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%B3より)

さて,「タコ」の語源であるが,『日本語源大辞典』は,

タはテ(手)の転,コはココラ(許多)の意(日本釈名・大言海),
タは手,コは語助。手が多いところからの名(東雅),
タは手,コは海鼠の義か(大言海・日本語源=賀茂百樹),
タは手,コはナマコ・カイコのコと同じ。手を持った動物の意(たべもの語源抄=坂部甲次郎),
手を縦横に動かす意の動詞タク(綰)から(語源辞典・動物篇=吉田金彦),
テ(手)ナガの略転という(日本釈名),
テコブ(手瘤)の義(和句解・名言通・日本語原学=林甕臣),
たこの手は物に凝り付くところからもタコ(手凝)の義(柴門和語類集),
鱗のない魚であるところから,ハタコ(膚魚)の義(言元梯),
足が多いところから,タコ(多股)の義(和語私臆鈔),

と諸説載せる。『日本語源広辞典』は,

「た(手)+コ(接尾語)」

である。「た」は,

ての古形,

で,他の語の上について複合語をつくる(『岩波古語辞典』)。「足袋」の「た」,「手綱」の「た」,「手力」の「た」,「手挟む」の「た」と,「た」が手であることには,違いない。問題は,「こ」である。

『たべもの語源辞典』は,

「コは,『ここら』という語から来たと考えられる。『ここら』とは,程度の甚だしいさまをいう語で,大層という意であり,数量の多いことをいう。タコの手(足)が多いことをコで示したのである。」

とする「ココラ」は,『岩波古語辞典』に,

「ラは幾ラのラ。ココバの平安時代以降の形」

で,「これほど多く」「これほど甚だしく」の意である。「ココバ」は,

幾許,

と当て,

「バはソコバ・イクバクノバに同じ。量・程度についていう接尾語。ココバは話し手の身近な存在,または,話し手に関係深い事柄について,多量である,掌意とが甚だしいのにいう語。平安時代以後はココラ」

とある。『大言海』は,「ココラ」について,

幾許,

と当て,「ソコバク」と関連づけ,こう書く。

「ソ,コは,其,此にて,ソコ,ココなり,バクはバカリ(程度の意。ソコハカ,イクバク,イカバカリ…)にて,ソコラココラ程の意。(中略)又,ココバクと云ふも,其,此と云ふにて,意は同じ。ココバ,ココダク,ココダ,ムココラ…など云ふも…同列なり」

と。どうやら,「ココバは話し手の身近な」事柄を指さして,言っていた状況が目に浮かびそうである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:たこ 章魚
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2018年05月23日

たこ(凧)


「たこ」は,

凧,

と当てる「たこ」である。「凧」の字は,

「風の略形と巾(ぬの)を合わせたもので,日本製の漢字。」

で,中国では,

風箏(ふうそう),

という,とある(『漢字源』)。

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(富嶽三十六景に描かれた江戸の凧 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%A7より)


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%A7

には,

「半ば伝説的だが、中国で最初に凧を作った人物は、後代工匠の祭神として祭られる魯班とされている。魯班の凧は鳥形で、3日連続で上げ続けることができたという。ほぼ同時代の墨翟が紀元前4世紀に3年がかりで特別な凧を作った記録がある。魯班、墨翟のどちらの凧も軍事目的だった。」

とあり,中国の凧は昆虫,鳥,獣、竜,鳳凰などの伝説上の生き物など様々な形状を模している,とある。日本には,

「平安時代中期に作られた辞書『和名類聚抄』に凧に関する記述が紙鳶、紙老鳶(しろうし)として登場し、その頃までには伝わっていたと思われる。」

とある。さらに,

http://iroha-japan.net/iroha/B04_play/14_takoage.html

には,

「日本では江戸時代直前まで貴族や武士の一部で遊ばれていただけで、一般にはあまり遊ばれていませんでした。しかし江戸時代に入ると、大人から子供まで身分の差なく流行し、烏賊〔いか〕形の凧や、金銀をちりばめた豪華な凧など、多種多様な凧が現れました。」

とし,

「日本で凧が正月の遊びとなったのは江戸時代後期のことです。昔から『立春の季に空に向くは養生の一つ』と言いますが、凧はそのようなまじない的要素を兼ね備えた、新年の遊びとして江戸の人々を始め全国で親しまれました。」

とある。

「中国の北宋時代(960-1127)に、度々盗賊による被害を受けていた地域で、占いの指示に従って全住民が凧揚げを行ったところ、他の地域は盗賊に教われましたが、凧揚げを行った地域は危険を回避することができたという言い伝えがあります。」

といった,元々占いやまじないの要素があった名残かもしれない。

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(中国の伝統凧「黒鍋底(ヘイクオテエ)」。つばめ凧の原型。もとは墨一色で兵士が描かれていたというhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%A7より)


さて,「たこ」は,

凧幟(たこのぼり),

といい,上方では,「いかのぼり」

烏賊幟,
紙鳶,

といっていたものを指す。

「凧を『タコ』と呼ぶのは関東の方言で、関西の方言では『イカ』「いかのぼり」(紙鳶とも書く)と明治初期まで呼ばれていた。江戸時代になると『紙鳶』と書いて『いかのぼり』と読むようになった。」

とある。

http://www.jlds.co.jp/ebiken/blog/2015/01/post-275.html

には,

「凧揚げが庶民の間で盛んになったのは江戸時代になってからです。明暦元年の頃にはイカのぼり禁止令、つまり凧揚げ禁止になったほど盛んだったんですね。この頃から江戸では"イカ"から"たこ"になったようです」

とある。ただ,長崎では,

「14世紀頃から交易船によって、南方系の菱形凧が長崎に持ち込まれ始めた。江戸時代の17世紀には、長崎出島で商館の使用人たち(インドネシア人と言われる)が凧揚げに興じたことから、南蛮船の旗の模様から長崎では凧を「ハタ」と呼び、菱形凧が盛んになった。」

とある。

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ta/tako.html

は,

「凧を『タコ』と呼ぶのは関東方言で、関西方言では『イカ』と呼ばれ、18世紀後半の方言集『物類称呼(ぶつるいしょうこ)』には、『イカノボリ』の例も見られる。 凧が、『タコ』や『イカ』と呼ばれ始めた由来は不明だが、紙の尾を垂らして揚がる姿が、『蛸(タコ)』や『烏賊(イカ)』に似ていることから名付けられたと考えられる。中国では漢代から『紙鳶(しえん)』として用いられ、平安時代初頭に日本へ伝来した。現代でも『凧』は、『紙鳶』と 表記されることがあり、938年成立の『和名抄(わみょうしょう)』には、『紙老鴟』(しらうし)としてあげられている。『鳶』や『鴟』は『トビ』のことで、紙製のトビを意味する。『タコ』の呼称が出現するのは,江戸時代以降のことである。」

とある。『江戸語大辞典』の「たこ」の項には,

「はじめ蛸の形につくったのでいう」

として,

「いかのぼり。紙鳶。絵凧・字凧の二種類がある。」

とある。『大言海』は,

「縄の尻尾数條を附く,状,蛸の如くなれば云ふか」

とし,『日本語源大辞典』も,

長い尾をつけたさまがタコ(蛸)に似るところから(俗語考・松屋筆記),

と,凧を飛ばしているさまを,蛸や烏賊に見立てたとする。しかし,「するめ」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/459497442.html?1526843545

で触れたように,

「現在は干したタコはヒダコである。昔,小さいタコの干したものをスルメと呼んだ」

とあり,干しタコからの名づけと見るのが妥当に思える。

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『日本語源広辞典』は,

「方言,イカノボリ,タコノボリ,を考えると,『干した蛸の形から』という語源説が正確です。凧の尻尾を,イカやタコのアシと見ているのです。」

とある。

飛んでいる凧を烏賊や蛸に見立てる,
か,
干したイカやタコを凧に見立てる,

の違いだが,鍵は「のぼり」にある。「幟」は,

上り,

と同源とある。後は,勝手な解釈だが,

干しタコを揚げた,

から,

タコのぼり,

なのではあるまいか。『日本語の語源』は,

「高く昇ったイカノボリを京都府与謝郡ではタカノボリ(高昇り)といっており,上州および信州(物類呼称)・長野県南佐久郡・香川・徳島・壱岐・天草・種子島では。下略してタカ(高)という。カが母交(母韻交替)[ao]をとげて,タコ(凧)になった。したがって,タコの語源はタコ(蛸)ではなかった。」

とするが,これではイカノボリを説明できまい。しかも地方ばかりを引いても,傍証にはならない。

因みに,カイトは,

http://www.yuraimemo.com/1815/

によると,

「NASAの元技術者が開発したというキャッチコピーと共に鳴り物入りで登場した」

のだそうだ。あれはもう凧ではない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2018年05月24日

のぼり


「のぼり」は,

幟,

と当てる。『広辞苑』には,

昇り旗の略,

とある。「旗」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/455661837.html

で触れた。『大言海』は,

「風にはためくものか,或は云ふ,繒(はた)を用ゐれば云ふか」

とし,

はたはた,

という擬音語と,「繒(はた ソウ)」,「帛,つまり絹布からとしている。『魏志倭人伝』で,倭の難升米に黄幢を帯方郡に託して授けた「黄幢」は帛であった可能性が高い。それは,旗ではなく吹き流しのような形状だったと考えられている。「はた」の語源として捨てがたい。『日本大百科全書(ニッポニカ)』に,

「おもに縦長で、上辺の旗上(はたがみ)を竿(さお)に結ぶ流旗(ながればた)、鉾(ほこ)などにつけた比領(ひれ)という小旗などが古い形式である。のちに上辺と縦の一辺を竿につける、やはり縦長の幟旗(のぼりばた)とよばれる形が現れ、さらに正方形に近い形など、さまざまな種類も生じた。」

とあるように,「のぼり」(幟旗)は,「旗」の延長線上にある。

「幟」(シ)の字は,

「右側の字(音 ショク)の原字は,Y型のくいを立てて,目印とすることを示す。のち音印を加え,ことばで目じるしをつけること。つまり『識』の意を表した。幟はそれを音符とし,巾(ぬの)を加えた字で,布のめじるし」

とある。「目印のために立てる旗」を意味し,「旗幟」といった使い方をする。同じような意味の字で,「幡」「幢」がある。「幡」(漢音ハン,呉音ホン)は,

「番は播(ハ)の原字で,田に種をまきちらすこと。返・版・片などに通じて,平らに薄く,ひらひらとする意を含む。幡は『巾+音符番』で,薄く平らで,ひるがえる布のはたのこと。翻ときわめて近い」

とあり,「色のついた布に字や模様を書いて垂らしたはた」の意だが,「幡然」と言うように,ひらひらとひるがえるさま」の意である。「幢」(漢音トウ,呉音ドウ)は,

「『巾(ぬの)+音符童(突きぬく,筒型)』で,筒型の幕のこと。また中空で,筒型をしたものがゆらゆらと揺れるさま」

とあり,『魏志倭人伝』の「黄幢」はこれである。「旗」には違いないが,「絹の幕で筒型に包んで垂らした飾り」とあり,朝廷の儀仗や行列の飾りに用いる,とある。「羽葆幢」(うほどう)という。

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(岐阜市歴史博物館蔵収蔵『関ヶ原合戦屏風』(江戸時代後期) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%9Fより)


さて,「のぼり」であるが,もともとは,

「平安時代以来、武士たちは軍容を誇示したり、自軍と敵軍との識別をおこなうために、長い布の短辺に木を通して紐で吊り上げて風になびかせる、丈の高い流れ旗を軍団の象徴として掲げた。」

が,それに,

「布地の長辺の一方と上辺のあわせてふたつの辺を旗竿に結びつけることで流れ旗との識別を容易にした幟が発案され、全国の武家へと徐々に広まっていった」

とされる。「のぼり」は、旗の形式のひとつ,で,

長辺の一方と上辺を竿にくくりつけたもの,

を指す(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%9F)。で,

「綿もしくは絹の織物を用いた。布の寸法は由来となった流れ旗に準じ、高さを1丈2尺(約3m60cm)、幅を二幅(約76cm)前後が標準的であった。このほか、馬印や纏に用いられる四方(しほう)と呼ばれるほぼ正方形の幟や、四半(しはん)と呼ばれる縦横比が3対2の比率(四方の縦半分ともされる)の幟が定型化する。(中略)また旗竿への留め方によって、乳(ち)と呼ばれる布製の筒によって竿に固定する乳付旗(ちつきばた)と、旗竿への接合部分を袋縫いにして竿に直接縫い付けることによって堅牢性を増した縫含旗(ぬいふくめばた)に区別できる。旗竿は千段巻と呼ばれる紐を巻いた漆塗りの樫材や竹を用い、幟の形態に応じて全体をトの字型あるいはΓ字をにした形状にして布を通した。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%9F

とある。しかし,「のぼり」は,

「乳付旗(ちつきばた)

と,限定されることが多いようだ(『旗指物』)。『軍用記』(伊勢貞丈)に,

「乳付旗のこと。のぼりともいう。これは東山殿(足利義政)御代,康生二年畠山左衛門督政長,はじめて旗に,乳を付け候いけるにより起こるなり。旗の長さは前のごとし。乳数は上の横五ツ,五行にかたどる。縦は十二なり。十二月,または十二支をかたどるなり。」

とある。もっとも乳数はいろいろのようだが。

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(一番右が,信長の馬印(乳付旗)。『旗指物』より。)


竿に止めるための筒状の布部分を「乳」(ち)と呼ぶ謂れは,

http://www.callmyname-rec.com/archives/28.html

に,

「一説によれば『犬の乳首の様に行儀よく並んでいるため』であることから」

とあるが,『広辞苑』は,単純に,

「形が乳首に似ているところから」

としているし,『岩波古語辞典』も,同趣旨で,さらに,「のぼり」だけではなく,

幕・わらじ・蚊帳などの縁につけた小さな輪。綱・紐などを通すためのもの,みみ,
釣鐘の表面に並んでいるいぼ状の突起,

とし,『大言海』は,

「手(テ)の転」

とする。恐らく,こうしたものに付いた名を「のぼり」にも転用したものと見ることができる。

さて,「のぼり」の語源であるが,『大言海』は,

「昇旗(のぼりはた)の略。乳に竹を通して,順に昇るより云ふ」

とある(本朝軍器考・蒼梧随筆・和訓栞)。もう一説は,

「旗が風に吹き上げられて竿を伝ってのぼるところからか」(古今要覧稿)

である。「うなぎのぼり」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/455555716.html

の項で触れたが,『岩波古語辞典』に,

鰻幟,

の字を当て,

「近世,端午の節句に揚げた,ウナギのように長くなびくようにつくった紙幟」

とある。用例に,

「釣竿と見ゆるは鰻幟かな」(俳・口真似草)

とある。「うなぎのぼり」も,「のぼり」つまり「乳付旗」は決して下がらない,ところから来ていると思われる。その意味では,『広辞苑』の,

昇り旗,

も同趣の考えである(『日本語源広辞典』も,「ノボリ+旗」とする)。武将たちが「馬印」に,旗印に,「のぼり」を使った意味がわかる気がする。「のぼり」は,けっして下がらない。風に吹かれても,上に巻き上がるばかりである。

参考文献;
高橋賢一『旗指物』(人物往来社)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:のぼり 幟旗
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2018年05月25日

カモ


「カモ」は,

鴨,

と当てる。「鴨」(漢音オウ,呉音ヨウ)の字は,

「『鳥+音符甲』。あっぷあっぷという鳴き声をまねた擬声語」

とある。不思議なことに,

「古くはカモとカモメの区別があいまいで、カモメの語源と同じとする説もある。」
「水面に浮かんでいるカモメの姿は、意外なほどカモに似ています。このため、万葉の時代にはカモとカモメが同族と見なされていて、あまり区別されていなかったのではないかと推察している研究者のかたも、かなりおられます。」

という説がある。どう見ても愚かとしか言えない。「カモ」は,『岩波古語辞典』に,

「マガモ・コガモ・カルガモ・トモエガモ・アイサなどの総称。…秋から冬にかけて北から渡来し,春,北に帰るものが多い。雁が秋の訪れと結びつけられるのに対して,賀茂は多く冬のものとされる。」

とある。季節感の鋭い古代の人にとって,「カモ」と「カモメ」を混同することはあり得ない。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ka/kamo_tori.html

は,

「地方によっては『カモ』を『カモメ』と呼び、『カモメ』を『カモ』と呼ぶ地方もあることから、古くは,『カモ』と『カモメ』の区別が曖昧であったとの見方もあり、『カモメ』と同源で『かま(囂)』とも考えられる。ただし、『カモメ』の語源には『カモの群れ』とする説もあり、この説をとれば呼称が同じになることは当たり前のことなので、『カモメ』と同源という見方はできない。」

としている。「kamo」「kamome」の音が似ているだけで同源とするのも早とちりといっていい。

800px-Anas_platyrhynchos_male_female_quadrat.jpg



『大言海』は,

「萬葉集に,カモドリと云へるが,成語なるべし。浮かぶ鳥,浮かむ鳥の略転。御孫命(みうまのみこと),みまのみこと。御産(みうぶ),乳部(みぶ)。萬葉集…に,モテハヤサムを,『持賞毛(もちはやさも)』同…に,棲むを『沖に須毛(すも)小鴨(をがも)』同…『鴨じもの,浮寝をすれば』」

とする。『日本語源大辞典』は,

カモドリが成語で,浮ブ鳥,浮む鳥の略転(滑稽雑誌所引和訓義解・大言海),
カム(頭群)の義(言元梯),
波をカウブル義(名言通),
頭の靑が,藻をカフリタルようだという意からか(和句解),
カキモガクの略,水上で足をかきもがくところから(本朝辞源=宇田甘冥),
ガン(雁)と同源。古語では濁ることを好まなかったのでカムと発音し,それが転じたもの(日本古語大辞典=松岡静雄),
やかましいのカマ(囂)の変化したものか(衣食住語源辞典=吉田金彦),

と諸説載る。この「カマ(囂)」について,『日本語源大辞典』は,

「『語源辞典・動物篇』(吉田金彦)では,『新撰字鏡』の『鴨 宇弥加毛』を手がかりに,カモメと同源と見ている。」

とある。これが「カモ」「カモメ」同源説の淵源らしい。『日本語源広辞典』は,これを取り,

「カマ(囂,やかましい)」の変化,

を挙げる。「万葉集に群れて鳴く鳥をさして,カマメの語があります。やかましい海鳥がカモメということになります。」

とし,もうひとつ,

「カ(毛)+モ(ふわふわ)」

を挙げ,「字鏡」の「鴨 加毛」を手がかりにしている,とする説も挙げる。確かに,

「カマ(囂,やかましい)」→カモ,
「カマ(囂,やかましい)」→カモメ,

と同源がなくもないが,やかましい鳥はもっといるのではあるまいか。それよりは,

カモの語源には、「浮ぶ鳥」「浮む鳥」の略転「カモドリ」が略され、「カモ」になった,

とする説に,個人的には肩入れしたい気がする。

ところで,「カモ」には,「カモにする」「鴨が葱を背負ってぐる」といった,

組みやすい相手,
騙しやすい人物,

という意味がある。『岩波古語辞典』には載らないが,『江戸語大辞典』には載る。『日本語俗語辞典』

http://zokugo-dict.com/06ka/kamo.htm

には,「江戸時代」以降として,

「鴨という鳥は鳥類の中でも比較的捕まえやすく、デコイと呼ばれる囮(おとり)を使ったデコイング猟から騙されやすい鳥として知られる。ここから騙しやすい人、利用しやすい人のことを鴨という。簡単に詐欺にひかかる人、度々詐欺にあうような人を指して使うことが多い。」

とある。そういう言葉になったのは江戸時代としても,その鴨の特徴は,わかっていたはずではないかという気がする。「かもる」は,

http://zokugo-dict.com/06ka/kamoru.htm

鴨に動詞化する接尾語『る』を付けたのがカモるである(正確には『カモにする』の略)。つまり、カモるとは簡単に騙せそうな人を利用したり、騙して利益を得ることをいう。逆に騙されたり、利用されることをカモられるという。」

とある。「鴨が葱を背負ってくる」は,

鴨葱,
カモネギ,

とも言う。『笑える国語辞典』

https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%8B/%E9%B4%A8%E3%81%8C%E8%91%B1%E3%82%92%E8%83%8C%E8%B2%A0%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%82%8B-%E3%82%AB%E3%83%A2%E3%83%8D%E3%82%AE%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/

に,

「鴨が葱を背負ってくる(略してカモネギ)とは、鴨鍋の付きものであるネギをカモ自身が背負って食べられにやってくるというシュールな状況を描いたことわざで、運の強いやつのところへ運の悪いやつが運の悪い友だちをつれて麻雀をしにやってきたような状況をいう。ここで『運の悪いやつ』は『かも』、つれられてやってきた『運の悪い友だち』は『ネギ』、『運の強いやつ』は鴨鍋をおいしくいただく食客であることはいうまでもないが、このようなキャストを社会の様々な状況にあてはめた例えが『鴨が葱を背負ってくる(カモネギ)』である。
カジノや賭場にやってきていつも大負けする客を『カモ』というが、これは鴨がおとりにつられて捕獲されやすいことからきた隠語だという。この『カモ』という言葉が先にあったから、『カモネギ』というシュールでナンセンスなシーンが生まれたのだと考えられる。」

とある。「カモ」がそういう性癖と解っていたら,やかましさよりは別の表現をしたのではあるまいか。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:カモ
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2018年05月26日

カモメ


「カモメ」は,

鷗(鴎),

と当てる。「鷗(鴎)」(漢音オウ,呉音ウ)の字は,

「『鳥+音符區(ク オウ)』。ウ・オウと鳴くかもめの鳴き声をまねた擬声語」

である。

https://okjiten.jp/kanji2802.html

も,

「『尾を引いた亀の甲羅』の象形(『甲羅』、『殻』の意味だが、ここでは『あひるの鳴き声の擬声語』)と『鳥』の象形から『あひる』を意味する『鴨』という漢字が成り立ちました。)

としている。

800px-Kalalokki_wiki-01.jpg



「カモメ」の語源については,「カモ」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/459575672.html?1527186796

の項で触れたように,

「古くはカモとカモメの区別があいまいで、カモメの語源と同じとする説もある。」
「水面に浮かんでいるカモメの姿は、意外なほどカモに似ています。このため、万葉の時代にはカモとカモメが同族と見なされていて、あまり区別されていなかったのではないかと推察している研究者のかたも、かなりおられます。」

という説がある。「カモメ」は,『大言海』も,

「鴨群(かもむれ)の約にて(あぢむら,すずめ,つばくらめ),小さき意にもなるか」

とする。確かに,「かも」も「カモメ」も鳴き声がうるさいとして,

「カマ(囂,やかましい)」→カモ,
「カマ(囂,やかましい)」→カモメ,

と同源がなくもないが,しかしやかましい鳥はもっといるのではあるまいか。それよりは,

カモの語源には、「浮ぶ鳥」「浮む鳥」の略転「カモドリ」が略され、「カモ」になった,

とする説に,個人的には肩入れしたい気がする,と「かも」の項で述べた。しかし,「かも」と絡ませる語源説は多い。『日本語源広辞典』は,

「カマ(囂,やかましい)+メ(群鳥・小鳥)」

説を採る。「メ」については,「スズメ」「ツバメ」等々

http://ppnetwork.seesaa.net/article/458447405.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/458420611.html

で触れたように,「トリ」を示したが,しかしツバメ・スズメ・ヤマガラメはともかく,それと同列に「カモメ」の「メ」を持ってくるのはどうであろうか。「メ」が付くものの,大きさが違いすぎる。

確かに,『日本語源大辞典』の挙げる説も,「カモムレ」説(大言海)以外にも,

カモは鳬,鷖に通ずる名で鷖(鳧)は鴨のこと。メは群鳥を呼称するときに用いる語(日本古語大辞典=松岡静雄),
鴨に似て型の小さいところからカモメ(鴨妻)の義(東雅),
鴨に連なり行く姿が,雄に雌がそうようでうるところから,カモメ(鴨女)の義(円珠庵雑記),

と,「カモ」と絡ませる説がある。その他には,

カモメ(員百群)の義(言元梯),
米をかむように,この鳥が目をしばたたいて眠るところから,カモ(醸)スル目の義か(和句解),
カモメの古形はカマメであることから,カマ(囂)と同源か。メは「群れ」か(語源辞典・動物篇=吉田金彦),

がある。「カマメ」は確かに「カモメの古形」(『岩波古語辞典』)であるので,

「カマ(囂,やかましい)」+メ→カマメ→カモメ,

の転訛は,ひとつ説得力がある。しかし,「メ」がつくだけで,スズメ,ツバメと同列の「メ」とするのには抵抗がある。『日本語の語源』は,全く別の音韻変化説を採る。

「鷗は,(中略)翼が長くて飛翔力があるので,大昔の人はナガバネ(長羽)鳥と呼んでいた。語頭の『ナ』を落としたガバネは,ガバネ・カマネに転化するとともに,『マ』の子音の順行同化の作用で語尾の『ネ』が子交(子音交替)[nm]をとげた結果,カマメ(鴎。上代語)になった。〈うなばらにカマメたちたつ〉(万葉)。
 カマメ(鴎)はさらにカモメ(鴎)になった。津軽方言では,カモ[k(am)o]が縮約されてコメ・ゴメになった。」

としている。つまり,

ナガバネ(長羽)→ガバネ・カマネ→カマネ(カモメの古形)→カモメ

と転訛したということになる。

カマ(囂,やかましい)+メ(鳥)→カマメ→カモメ,

ナガバネ(長羽)→ガバネ・カマネ→カマネ(カモメの古形)→カモメ

ということだ。決定的な説はないが,「メ」に違和感があるので,後者に与する。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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ラベル:カモメ
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カモメ


「カモメ」は,

鷗(鴎),

と当てる。「鷗(鴎)」(漢音オウ,呉音ウ)の字は,

「『鳥+音符區(ク オウ)』。ウ・オウと鳴くかもめの鳴き声をまねた擬声語」

である。

https://okjiten.jp/kanji2802.html

も,

「『尾を引いた亀の甲羅』の象形(『甲羅』、『殻』の意味だが、ここでは『あひるの鳴き声の擬声語』)と『鳥』の象形から『あひる』を意味する『鴨』という漢字が成り立ちました。)

としている。

800px-Kalalokki_wiki-01.jpg



「カモメ」の語源については,「カモ」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/459575672.html?1527186796

の項で触れたように,

「古くはカモとカモメの区別があいまいで、カモメの語源と同じとする説もある。」
「水面に浮かんでいるカモメの姿は、意外なほどカモに似ています。このため、万葉の時代にはカモとカモメが同族と見なされていて、あまり区別されていなかったのではないかと推察している研究者のかたも、かなりおられます。」

という説がある。「カモメ」は,『大言海』も,

「鴨群(かもむれ)の約にて(あぢむら,すずめ,つばくらめ),小さき意にもなるか」

とする。確かに,「かも」も「カモメ」も鳴き声がうるさいとして,

「カマ(囂,やかましい)」→カモ,
「カマ(囂,やかましい)」→カモメ,

と同源がなくもないが,しかしやかましい鳥はもっといるのではあるまいか。それよりは,

カモの語源には、「浮ぶ鳥」「浮む鳥」の略転「カモドリ」が略され、「カモ」になった,

とする説に,個人的には肩入れしたい気がする,と「かも」の項で述べた。しかし,「かも」と絡ませる語源説は多い。『日本語源広辞典』は,

「カマ(囂,やかましい)+メ(群鳥・小鳥)」

説を採る。「メ」については,「スズメ」「ツバメ」等々

http://ppnetwork.seesaa.net/article/458447405.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/458420611.html

で触れたように,「トリ」を示したが,しかしツバメ・スズメ・ヤマガラメはともかく,それと同列に「カモメ」の「メ」を持ってくるのはどうであろうか。「メ」が付くものの,大きさが違いすぎる。

確かに,『日本語源大辞典』の挙げる説も,「カモムレ」説(大言海)以外にも,

カモは鳬,鷖に通ずる名で鷖(鳧)は鴨のこと。メは群鳥を呼称するときに用いる語(日本古語大辞典=松岡静雄),
鴨に似て型の小さいところからカモメ(鴨妻)の義(東雅),
鴨に連なり行く姿が,雄に雌がそうようでうるところから,カモメ(鴨女)の義(円珠庵雑記),

と,「カモ」と絡ませる説がある。その他には,

カモメ(員百群)の義(言元梯),
米をかむように,この鳥が目をしばたたいて眠るところから,カモ(醸)スル目の義か(和句解),
カモメの古形はカマメであることから,カマ(囂)と同源か。メは「群れ」か(語源辞典・動物篇=吉田金彦),

がある。「カマメ」は確かに「カモメの古形」(『岩波古語辞典』)であるので,

「カマ(囂,やかましい)」+メ→カマメ→カモメ,

の転訛は,ひとつ説得力がある。しかし,「メ」がつくだけで,スズメ,ツバメと同列の「メ」とするのには抵抗がある。『日本語の語源』は,全く別の音韻変化説を採る。

「鷗は,(中略)翼が長くて飛翔力があるので,大昔の人はナガバネ(長羽)鳥と呼んでいた。語頭の『ナ』を落としたガバネは,ガバネ・カマネに転化するとともに,『マ』の子音の順行同化の作用で語尾の『ネ』が子交(子音交替)[nm]をとげた結果,カマメ(鴎。上代語)になった。〈うなばらにカマメたちたつ〉(万葉)。
 カマメ(鴎)はさらにカモメ(鴎)になった。津軽方言では,カモ[k(am)o]が縮約されてコメ・ゴメになった。」

としている。つまり,

ナガバネ(長羽)→ガバネ・カマネ→カマネ(カモメの古形)→カモメ

と転訛したということになる。

カマ(囂,やかましい)+メ(鳥)→カマメ→カモメ,

ナガバネ(長羽)→ガバネ・カマネ→カマネ(カモメの古形)→カモメ

ということだ。決定的な説はないが,「メ」に違和感があるので,後者に与する。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル:カモメ
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2018年05月27日

ツル


「ツル」は,

鶴,

と当てる。「鶴」(漢音カク,呉音ガク)の字は,

「隺(音カク)は,鳥が高く飛ぶこと。鶴はそれを音符とし,鳥を加えた字。確(堅くて白い石)と同系なので,むしろ白い鳥と解するのがよい」

とある。

Mandschurenkranich.jpg


https://okjiten.jp/kanji2168.html

は,

k-2168.gif



「『横線1本、縦線2本で『はるか遠い』を意味する指事文字と尾の短いずんぐりした小鳥の象形』(『鳥が高く飛ぶ』の意味)と『鳥』の象形から、その声や飛び方が高くて天にまでも至る鳥『つる』を意味する「鶴」という漢字が成り立ちました。」

とより精しい。

「ツル」の語源は,件の落語「つる」に,

「鶴が唐土(もろこし)から飛んで来た際、「雄が『つー』っと」、「雌が『るー』っと」飛んで来たために『つる』という名前になった。」

とあるが,『広辞苑』は,

「一説に,朝鮮語turumiと同源。また鳴き声を模したものという」

とある。「ツル」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/432966990.html

で触れたことがあるが『古語辞典』には,

「万葉集には,助動詞ツルという箇所に『鶴』の字を宛てた例があるから,当時ツルという語はあったと思われるが,歌の中ではすべてタヅと詠んで,ツルと詠んだ例はない。タヅが歌語であったからだとされている。古今集以後は,歌の中にもツルを用いるが,やはりタヅの方がずっと多く使われている。朝鮮語(turumi 鶴)と同源。」

とある。「タヅ」は,

田鶴,
とも
鶴,

とも,当てる。『大言海』には,

「声を以て名とす。古今集注(顯昭)に,鶯,郭公,雁,鶴は我名をなくなりとあり。朝鮮語つり」

とあり,「たづ」も,

「鳴く聲かと云ふ」

とあり,「ツル」も「タヅ」も,鳴き声から来ている可能性があるる。そして「ツル」が,朝鮮語由来なら,

朝鮮では,「ツル」

と聞こえ,

われわれには,

「タヅ」

と聞こえたということになるのだろうか。しかし,『日本語源広辞典』は,

「連ル」

を採る。

「連れだって飛来する鳥の意」

とし,さらに,古名「たづ」も,

連れの意,

とし,

「『蔓』の語源として,蔓のようにのびた鳥の意だとする説もあるが疑問」

と付け加える。「ツル」の語源は,鳴き声が多数派で,

その鳴き声から(名語記・箋注和名抄・言元梯・嚶々筆語・和訓栞・本朝辞源=宇田甘冥・言葉の根しらべの=鈴木潔子・大言海・音幻論=幸田露伴),

と諸家が採る。その他に,

連なり飛ぶところから,連なるの義(日本釈名・東雅),
諸鳥に優れて大きいところから,スグルの略転か(日本釈名),
群れの意の朝鮮語ツルミから(ニッポン語の散歩=石黒修),
くびが長いところから,ツツラ(蔓)の義か(名言通),
漢語「露禽」の訳語「ツユ(露)」(の禽)きから(続上代特殊仮名音義=森重敏)。

等々ある。しかし,「古今集注」の,

「鶴は我名をなくなり」

がインパクトがある。

『日本語の語源』は,例によって全く別の由来を説く。

「鶴の古名をタヅ(多津・田鶴・多頭)という。長い脚で水辺に佇立する姿を見てタツトリ(佇つ鳥)といったのが,タヅトリ・タヅ・ツル(鶴)に転化したと推測される。」
「タツトリ(佇つ鳥)の転とされるタヅ(田鶴)は,語頭の母交(母韻交替)[au]をともなってツル(鶴)に転音した。」

と。しかし,ここは,鳴き声切に与しておく。

ところで,「鶴は万年,亀は万年」は,『淮南子(えなんじ)』説林訓の「鶴の寿は千歳」などから来ているとされる。「淮南子」の第十七説林訓には,

「鶴歳千歳、亀歳三千歳」

とあるとか。これに加筆したのが,江戸時代の臨済宗古月派の禅僧で,画家の仙厓義梵(せんがい ぎぼん)。

「鶴は千年、亀は万年、我は天年」

この場合,「天年」は,天命の意という。

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163401.html

で触れた,

死生命有
富貴天に在り(『論語』)

である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:ツル タヅ
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2018年05月28日

藪医者


「藪医者」(やぶいしゃ)は,

藪薬師,
庸医,
草医,

ともいう。「庸医(ようい)」とは,

凡庸な医者,

ということで,

治療のうまくない医者,

藪医者,と重なる。ニュアンスとしては,「庸医」の方が,「藪医者」よりはましな気がするが。

拙医,

の含意がある。「草医」の「草」は,

草野球,
草競馬,

といったように,接頭語として,

本格的な物に準ずるもの(『広辞苑』),

というよりは,この場合,

似て,真ならぬもの。犬蓼,犬ほうずきの,犬に似たり(『大言海』),

という意味の方が正確だろう。つまりは偽医者である。因みに,「薬師」とは,

医者,

の意である。

『広辞苑』に,

「『藪』は野巫(やぶ)の意で,当て字。」

とある。しかし,落語などでは,人名になぞらえて,

藪井竹庵(やぶい ちくあん),

と言ったりする。しかし「藪」を当て字とせず,兵庫県の養父市の「養父」(やぶ)とする説がある。

http://www.city.yabu.hyogo.jp/7190.htm

によると,俳人で松尾芭蕉の門弟である森川許六が編纂した『風俗文選』(ふうぞくもんぜん)という俳文集に,

「薮医者ノ解」

と題する一節があり,

「世に藪(やぶ)醫者と號するは。本(もと)名醫の稱にして。今いふ下手(へた)の上にはあらず。いづれの御ン時にか。何がしの良醫。但(たん)州養父(やぶ)といふ所に隱れて。治療をほどこし。死を起(をこ)し生に回(かへ)すものすくなからず。されば其風をしたひ。其業を習ふ輩。津々浦々にはびこり。やぶとだにいへば。病家も信をまし。藥力も飛がごとし。」

と(これに言及しているのは許六の門弟、許六と同じく近江彦根藩士「汶村(ぶんそん)」)。つまり,

「世の中で『薮医者』というのは、本来名医を現す言葉で,ある名医が但馬の養父という所にひっそりと隠れるように住み、死にそうな病人を治すほどの治療を行うことも少なくなく,その評判は広く各地に伝わり、多くの医者の卵が養父の名医の弟子となった。」

というわけである。しかし,名医のブランドとしての「養父医者」を騙る医者が相次いだため信用が失墜し逆の意味になった結果,

養父医者→藪医師,

と転じた,というわけである,と。しかし,眉唾の気味がある。騙ったところで,それは「偽養父医者」であって,養父医者が藪医者に転ずるとは思えない。

『大言海』には,こうある。

「藪は,摩訶止観,七『如野巫唯解一術,方救一人獲一脯胖,何須神農本草邪』の草閒の巫師たる野巫に基づくと云ふ(古への醫術中に,呪法を行へり,呪も醫療の中なり)。野巫醫にて,薬法に呪,加持等を加へて療する意にて,拙醫に限らぬ稱と云ふ(近代世事談)。或は云ふ,無學の醫を,僧の罵り呼びし隠語に起こるかと」

これは,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%AA%E5%8C%BB%E8%80%85

に,

「白杉悦雄によれば、藪はもともと仏教語の野巫の当て字であり、織田得能『仏教大辞典』に、野巫とは『草野の巫師。唯一術を解するもの、以て寡聞の禅人に譬える』とある。出典は智顗『摩訶止観』で、『又野巫の如きは、唯だ一術を解して、方に一人を救い、一の脯胖を獲。何ぞ神農本草を学ぶことを須いんや。大医と為らんと欲せば、遍く衆知を覧て、広く諸疾を療せよ。転た脈し転た精しく、数しば用い数しば験あれば、恩救博し』(『摩訶止観』巻七下)とある。つまり『ただ一つの術』しかわかっていないものが「野巫」である。」

とあることと重なる。そしてその由来は,

「『庭訓往来』に「藪薬師」という言葉(藪医者に同じ)が見えることから、十四世紀末から十五世紀頃を目安としてよいだろう、という。そして寺島良安『和漢三才図会』(1713)にいたって、「一般に庸医を野巫医と称するが、その呼び方は天台止観から出ているという。思うに、野巫とは祭主の卑賤なもののこと、唯一つの術だけを解し、一人だけを救い、それで自分の療法はすぐれていると考える類である。大医になろうと志すものは、ひとえにいろいろな治療を覧、広くいろいろな疾を治療し、こうして道を体得するべきである」(巻七)と記される。」(仝上)


しかし,これも,

養父医者→藪医師,

の変化と似ていて,

呪術を用いる(しかも一術しかない)野巫→藪,

と言い切るのは無理筋に思える。しかし,『日本語源広辞典』も,

「野巫+医者」

を採り,

「呪術で治療を行った田舎医者の意です。このヤブに,野夫,藪を当てて,熟達していない医者を嘲った表現」

とし,『日本語源大辞典』も,同趣旨で,

「田舎医者とあざけっていったものか」

とする。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ya/yabuisya.html

も,

「『野巫医者(やぶいしゃ)』を語源とし、『藪』は当て字とする説が有力とされる。 野巫は『田舎の巫医(ふい)』とも言われ、呪術で治療する田舎 の医師のこと。 あやしい呪術で治療することから『いい加減な医者』、たった一つの呪術しかできなかったことから『下手な医者』といった意味で,野巫医者という言葉が生まれたとされる。」

とする。ただし,

「『野巫』という語そのものが用いられた例が少ない」

として断定を避けている。どの視点から蔑むかがはっきりしない。官についている立場なのか(たとえば,典薬寮の「クスリノツカサ(久須里乃豆加佐)」),貴人に雇われた薬師の立場なのか。呪術を使っているから蔑まれるというのはないはずである。治せるかどうかである。後世になっても,加持祈祷に頼んだりするので,それだけで,

野巫=草医,

にはならない。この説は,おかしいと思う。『日本語源大辞典』に揚げている諸説は,

ヤブイ(野巫医)の義(本朝世事談稿・牛馬問・俚言集覧(増補)所引秇苑日渉・大言海),
ヤブ(草沢)深い僻地の医者の意(於路加於比),
ヤブはサビの転で,似ているものの意(勇魚鳥),
ヤブはヤフ(庸)の転か(愚雑俎),
大家には招かれず,常に田夫野人を治療するのみであるところから,ヤブは野夫の義(安斎随筆),
但州ヤブ(養父)にいた良医からそれにあやかろうとしてヤブの名が蔓延したもの(風俗文選),
丹波の国の名医の名を弟子たちが勝手に用いたところからか(話の大辞典=日置昌一),
貧しいために藪の中から種々の草根木皮を取り集めて薬としたところからか(勇魚鳥所引醍醐随筆・話の大辞典=日置昌一),

となるが,結局なぜ,藪と貶められたかがはっきりしない。僕は,『日本語の語源』の,

「方言には強化の母交(母韻交替)[uo]例が多い。『いなかおやじ』のことをヤフ(野夫)といったのがヤホ・ヤボ(野暮)に転音して,『世情にうといこと。気がきかないこと』を言うようになった。ちなみに,へたな医者をヤブイシャ(藪医者)というのは『野夫医者』であった。」

というシンプルな転訛説が,意味の転化も通るので,妥当ではないか,という気がする。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)


ホームページ;
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コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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2018年05月29日


「ら」は,

等,

と当てる接尾語「ら」である。「等」は,

とう,

とも,

など,

とも訓ませるが,少し意味が変わる気がする。由来を異にするかもしれない。ここでは,「ら」を考えてみる。

「等」(トウ)の字は,

「『竹+音符寺』で,もと竹の節,または,竹簡の長さが等しく揃ったこと,転じて,同じものを揃えて順序を整える意となった。寺の意味(役所 ジ・シ)は直接の関係はない。」

で,「ひとしい」「ひとしくそろえる」という意味だが,助詞として,「ほかにも同じものがあることをあらわすことば」とあり,和語「ら」に当てた意味がある。

k-532.gif



https://okjiten.jp/kanji532.html

には,

「形声文字です(竹+寺)。『竹』の象形(『竹簡-竹で出来た札』の意味)と『植物の芽生えの象形(「止」に通じ、「とどまる」の意味)と親指で脈を測る右手の象形』(役人がとどまる『役所』の意味)から、役人が書籍を整理するを意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、『ひとしい』を意味する『等』という漢字が成り立ちました。」

とある。「ら」には,多様な意味があるが,『岩波古語辞典』は,

①擬態語・形容詞語幹などを承けて,その状態を表す(「やはわ[擬態語やは+ら]」「さかしら」[形容詞賢し+ら]),
②代名詞を承けて,場所・方向の意を表す(「いづら」「あちら」「こちら」),
③複数を示す。尊敬を含まず,人を見下げたり,卑下したりする感じで使うことが多い(「私ら」「憶良ら」),
④事物を複数形で表現して婉曲に言う(「君ら」「者ら」)

とあるが,人を表す名詞や代名詞などに付く場合,卑下や謙遜以外,

子ら,

のように,親愛の意を表す表現にも使う。

Flock_of_sheep.jpg



この「ら」について,『大言海』は,

羣(むら)の略と云ふ,

とある。「羣」(漢音グン,呉音クン)は,「群」の異体字である。

「君(クン)は『口+音符伊(イン)』からなり,丸くまとめる意を含む。群は,『羊+音符君』で,羊がまるくまとまってむれをなすこと」

である。「羣れ」は,だから,

むれをなすこと,
なかま,

である。「むれ」は,

村と同源,

ともされるから,「複数」という含意があるのだが,『日本語源広辞典』には,

「語調を整える」

とある。

「我等」
「僕等」
「子ら」
「(山上)憶良ら」

という時,複数とか謙譲とかという含意とは別に,語調を整える,という趣旨が強いことはある。「群れ」から転訛したのだとすると,確かに背景に同じものがいる(ある)ことを示す意図はあるが,それが背景に引っ込んで,その文脈の中で,

あちら,

というとき,「あっち」というだけではなく,「あっちの方面」とちょっと曖昧化する含意がある。それは,現代語でも,

とか,

というのが,単なる「例示」「など」の含意とは別に,ニュアンスをぼかすところがあるのと似ていると言えば言えるのだろう。『広辞苑』には,「とか」について,

「『と』も『か』も並立を表す」

とあり,

例示,
等,

の意味だが,

…という,

といったあいまいさを表現する含意があり,それが,今日一層強まっていると言える。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
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ラベル: とか
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2018年05月30日

など


「など」は,

等,
抔,

と当てる。「等」(トウ)の字は,「ら」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/459648659.html?1527532850

で触れたように,

「『竹+音符寺』で,もと竹の節,または,竹簡の長さが等しく揃ったこと,転じて,同じものを揃えて順序を整える意となった。寺の意味(役所 ジ・シ)は直接の関係はない。」

で,「ひとしい」「ひとしくそろえる」という意味だが,助詞として,「ほかにも同じものがあることをあらわすことば」とあり,和語「ら」や「など」に当てた意味がある。

しかし,「抔」(漢音ホウ,呉音ブ)の字は,

「不は,まるくふくれたつぼみの形を描いた象形文字。抔は『手+音符不』で,両手をまるくふくらませてすくうこと」

で,「すくう(掬う)」意味である。「など」に当てるのは,我が国だけの用法である。

「など」は,『広辞苑』によると,

「副助詞。『何』に助詞『と』が付いたものの転。平安時代に使われ出した語。本来なかった『などと』の例が,鎌倉時代以後に見られる。」

とし,以下の意味を載せる(『広辞苑』『デジタル大辞泉』)。

①ある語に添えて,それに類する物事が他にもあることを示す。「赤や黄などの落ち葉」「寒くなったのでこたつを出しなどする」
②それだけに限定せずやわらげていう。「お茶など召しあがりませんか」「今インフレになどなったら大変」
③(引用句をうけて)大体そんなことをの意を示す。「断る―とは言っていられまい」
④その価値を低めて言う。相手の言ったことを退ける気持ちで,特に取り立てて示す。否定的反語的表現を伴うことが多い。「わたしのことなどお忘れでしょう」「金などいるものか」

こうみると,「ら」の使い方と似ているだけではなく,こんにちの「とか」とほとんど重なる気がする。

『岩波古語辞典』には,「ナニトの約」として,

nanito→nanto→nando→nado

とし,『日本語源広辞典』は,

ナニト→ナンゾ→ナンド→ナゾ→ナド,

と音韻変化させている。『岩波古語辞典』は「など」は平安時代に生じた語で,

「『鹿島の娘といふところに,守(かみ)のはらから,また他(とこ)人,これかれ酒なにと持て追ひきて』(土佐日記)のような『なにと』がもとの形である。このことからわかるように,『など』は複数を示すものではなくて『大体のところ…である』の意である。また,『一例をあげれば』と訳してあたることが多い。例として示すのであるから,これと明確に限定するものではなく,人の言葉や物事を,ややぼんやりと示すのにも使う。」

とする。つまり,初めは,

例示,

「酒など」という言い方で,「酒を初めとして」という言い回しである。ある意味,状態表現を枚挙せず,代表的な何かを例示したことになる。それが,

「等々」

と,背後に複数存在する含意を持つに至るのは自然である。そこまでは状態表現である。それが価値表現へと転ずると,それ自体が,意味を持つと,その曖昧さは,

婉曲化,

であったり,

謙譲,

であったり,

貶しめ,

であったりする陰翳をもつことになる。ますます「とか」と重なるといっていい。

「とか」は,『広辞苑』によると,

「と」も「か」も並立を表す助詞,

で,

①例示し,列挙するのに用いる,例示する事項の後に~「とか」を付けるのが本来の使い方だが,最後の例示の後に付けないことがある。「雪とか雨とか」「地位とか名誉」
②一つの物事だけを挙げ,他を略して言う,またはそれと特定しないで,言う表現。「コーヒーとか飲んだ」

格助詞「と」に係助詞「か」が付いたもの(多く「言う」「聞く」等々を伴う,

で,

内容が不確かである意を表す。「うまくいったとかいうことだ」「結婚したとか」

とあが,二者を区別しなくても,「とか」が,例示から曖昧化へと転じていくのは良く見える。この「とか」は,最近の使われ方かと思うと,

海原(うなはら)の沖行ゆく船を帰れとか領巾(ひれ)振らしけむ松浦佐用姫(まつらさよひめ)」(万葉集 八七四)

は,

〔(文中にあって)不確定な推量を表す〕…と…であろうか。

とし,さらに,

「琴(きん)はた、まして、さらにまねぶ人なくなりにたりとか」(源氏物語 若菜)

に,

〔(文末にあって)伝聞を表す〕…とかいうことだ。

という用例がある(『学研全訳古語辞典』)。さらに,「とか」を,

格助詞「と」+係助詞「か」

が成り立ちと,している(仝上)。

ということは,「など」が例示から曖昧化していったのとは異なり,「とか」は,初めから,

不確かな伝聞・推測,

からスタートしているという意味では,「とか」が今日,いろいろな形の曖昧表現に多用されるのは,元々の意味を引きずっているといっていいが,むしろ,その「とか」の含意を使って,はっきり分かっていることでも,

とか,

と使うことで,ある場合は,

婉曲,

になり,ある場合は,

謙譲,

にもなる意味の翳をうまく使っているともいえる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
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ラベル:など とか
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2018年05月31日

てるてる坊主


てるてる坊主は,晴天を祈って,軒先に吊るしておく。

『広辞苑』には,

「晴天となれば,晴(ひとみ)をかきいれ神酒を供えた後,川に流す」

とある。その風習は知らない。

Teruterubouzu.jpg


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A6%E3%82%8B%E3%81%A6%E3%82%8B%E5%9D%8A%E4%B8%BB

には,

「照る照る坊主(てるてるぼうず)は、日本の風習の一つである。翌日の晴天を願い、白い布や紙で作った人形を軒先に吊るすもので、『照る照る法師』、『照れ照れ坊主』、『日和坊主(ひよりぼうず)』など地域によって様々な呼称がある。」

とあり,

「てり雛・てり法師・てりてり坊主・てるてる・てるてる法師・てるてる坊主・てれてれ法師」

といった異称があるらしい。そして,

「江戸中期既に飾られていたようである。この頃の人形は折り紙のように折って作られるもので、より人間に近い形をしており、これを半分に切ったり、逆さに吊るしたりして祈願した。19世紀はじめの『嬉遊笑覧』には、晴天になった後は、瞳を書き入れて神酒を供え、川に流すと記されている。」

とある。『江戸語大辞典』は,「てるてる法師(照々法師)」「てるてる坊主(照々)坊主」が載り,

「児女などが晴天を祈って軒下などにつるす紙人形。祈って天気となれば晴(ひとみ)を書き入れ神酒を供えた後,川に流す」

とある。

紙人形であった,

ことと,晴れになったら,

晴(ひとみ)を入れて,
神酒を供えて,
川に流す,

というのが,風習としてあったということになる。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/te/teruterubouzu.html

は,

「てるてる坊主は、中国から入った風習といわれる。 中国では、白い紙で頭を作り、赤い紙の服を着せ、ほうきを持たせた女の子の人形(『雲掃人形』や『掃晴娘』と呼ばれる)を 、雨が続く時に軒下につるして晴れを祈る風習があった。 ほうきを持っているのは、雨雲を掃き,晴れの気を寄せるためという。この風習が江戸時代に伝わり(一説には平安時代とも),当初は『照る照る法師(てるてるぼうし)』と呼ばれていたものが、『照る照る坊主(てるてるぼうず)』になった。現在でも地域によって『てるてる法師』や『てれてれ坊主』、『日和坊主』などと呼ばれる。
女の子から男の子に変化した理由は定かではないが、日照りを願う僧侶や修験者が男であったことからや、人形が頭を丸めた坊主のようであるところからと考えられている。」

とある。しかし,今日中国ではその風習はすたれ,今では中国でも日本から伝わったてるてる坊主のほうがメジャーだとか(一説にアニメ『一休さん』の影響らしい)。

「掃晴娘」の由来については,大体似た話が載るが,たとえば,

https://wabisabi-nihon.com/archives/14405

に,

「昔々のある年の6月に、中国の北京は、これまでにない大雨に見舞われます。雨はいつまでもいつまでも降り続き、止む気配はありませんでした。大雨を降らせた『東海龍王』は、北京城内を雨水であふれさせ、人々を苦しめます。
そんなある夜、晴娘(ちんにゃん)という娘が、天に向かって祈りました。
「この雨が、一刻も早くやみますように・・・!」
すると、突然空からお告げがあったのです。
「晴娘よ、東海龍王の太子の妃になれ。もしも従わなければ、北京を水没させるぞ。」
その声を聴いた晴娘は、答えました。
「命に従って天に上ります。ですから、どうか雨をやませてください。」
その瞬間、突風が吹き、晴娘の姿は消えました。そして雨はピタリと止み、久しぶりに北京の街に、晴れ間が見えたのです。それ以来、人々は雨をやませるために犠牲になった晴娘を祀り、長雨のときには、紙で作った人形を、門にかけるようになったのだそうです。」

と。真偽はともかく,紙で作った人形というところは似ている。『大言海』には,「てるてる坊主」の意味に,

掃晴娘,

をのせ,帝京景物略(明,劉洞)を引く。

「雨久,以白紙作婦人首,剪紅縁紙衣之,以苕菷苗縛小帚,令携之令攜之,竿懸簷際,曰婦晴娘」

とある。明代の風習とすると,江戸時代に入って来たものと思われる。とすると,あるいは,

掃晴娘,

の由来話は,後世の創作の可能性がある。

ところで,童謡『てるてる坊主』(作詞・浅原鏡村)は,

(1番)
てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれ
いつかの夢の空のよに 晴れたら金の鈴あげよ
(2番)
てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれ
わたしの願いを聞いたなら あまいお酒をたんと飲ましょ
(3番)
てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれ
それでも曇って泣いてたら そなたの首をチョンと切るぞ

だが,もともと「削除された幻の1番」というのがあって,

てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれ
もしも曇って泣いてたら 空をながめてみんな泣こう

だそうだ(https://tenki.jp/suppl/usagida/2015/05/14/3771.html)。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:てるてる坊主
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