2018年05月23日

たこ(凧)


「たこ」は,

凧,

と当てる「たこ」である。「凧」の字は,

「風の略形と巾(ぬの)を合わせたもので,日本製の漢字。」

で,中国では,

風箏(ふうそう),

という,とある(『漢字源』)。

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(富嶽三十六景に描かれた江戸の凧 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%A7より)


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%A7

には,

「半ば伝説的だが、中国で最初に凧を作った人物は、後代工匠の祭神として祭られる魯班とされている。魯班の凧は鳥形で、3日連続で上げ続けることができたという。ほぼ同時代の墨翟が紀元前4世紀に3年がかりで特別な凧を作った記録がある。魯班、墨翟のどちらの凧も軍事目的だった。」

とあり,中国の凧は昆虫,鳥,獣、竜,鳳凰などの伝説上の生き物など様々な形状を模している,とある。日本には,

「平安時代中期に作られた辞書『和名類聚抄』に凧に関する記述が紙鳶、紙老鳶(しろうし)として登場し、その頃までには伝わっていたと思われる。」

とある。さらに,

http://iroha-japan.net/iroha/B04_play/14_takoage.html

には,

「日本では江戸時代直前まで貴族や武士の一部で遊ばれていただけで、一般にはあまり遊ばれていませんでした。しかし江戸時代に入ると、大人から子供まで身分の差なく流行し、烏賊〔いか〕形の凧や、金銀をちりばめた豪華な凧など、多種多様な凧が現れました。」

とし,

「日本で凧が正月の遊びとなったのは江戸時代後期のことです。昔から『立春の季に空に向くは養生の一つ』と言いますが、凧はそのようなまじない的要素を兼ね備えた、新年の遊びとして江戸の人々を始め全国で親しまれました。」

とある。

「中国の北宋時代(960-1127)に、度々盗賊による被害を受けていた地域で、占いの指示に従って全住民が凧揚げを行ったところ、他の地域は盗賊に教われましたが、凧揚げを行った地域は危険を回避することができたという言い伝えがあります。」

といった,元々占いやまじないの要素があった名残かもしれない。

Fengzheng.JPG

(中国の伝統凧「黒鍋底(ヘイクオテエ)」。つばめ凧の原型。もとは墨一色で兵士が描かれていたというhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%A7より)


さて,「たこ」は,

凧幟(たこのぼり),

といい,上方では,「いかのぼり」

烏賊幟,
紙鳶,

といっていたものを指す。

「凧を『タコ』と呼ぶのは関東の方言で、関西の方言では『イカ』「いかのぼり」(紙鳶とも書く)と明治初期まで呼ばれていた。江戸時代になると『紙鳶』と書いて『いかのぼり』と読むようになった。」

とある。

http://www.jlds.co.jp/ebiken/blog/2015/01/post-275.html

には,

「凧揚げが庶民の間で盛んになったのは江戸時代になってからです。明暦元年の頃にはイカのぼり禁止令、つまり凧揚げ禁止になったほど盛んだったんですね。この頃から江戸では"イカ"から"たこ"になったようです」

とある。ただ,長崎では,

「14世紀頃から交易船によって、南方系の菱形凧が長崎に持ち込まれ始めた。江戸時代の17世紀には、長崎出島で商館の使用人たち(インドネシア人と言われる)が凧揚げに興じたことから、南蛮船の旗の模様から長崎では凧を「ハタ」と呼び、菱形凧が盛んになった。」

とある。

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ta/tako.html

は,

「凧を『タコ』と呼ぶのは関東方言で、関西方言では『イカ』と呼ばれ、18世紀後半の方言集『物類称呼(ぶつるいしょうこ)』には、『イカノボリ』の例も見られる。 凧が、『タコ』や『イカ』と呼ばれ始めた由来は不明だが、紙の尾を垂らして揚がる姿が、『蛸(タコ)』や『烏賊(イカ)』に似ていることから名付けられたと考えられる。中国では漢代から『紙鳶(しえん)』として用いられ、平安時代初頭に日本へ伝来した。現代でも『凧』は、『紙鳶』と 表記されることがあり、938年成立の『和名抄(わみょうしょう)』には、『紙老鴟』(しらうし)としてあげられている。『鳶』や『鴟』は『トビ』のことで、紙製のトビを意味する。『タコ』の呼称が出現するのは,江戸時代以降のことである。」

とある。『江戸語大辞典』の「たこ」の項には,

「はじめ蛸の形につくったのでいう」

として,

「いかのぼり。紙鳶。絵凧・字凧の二種類がある。」

とある。『大言海』は,

「縄の尻尾数條を附く,状,蛸の如くなれば云ふか」

とし,『日本語源大辞典』も,

長い尾をつけたさまがタコ(蛸)に似るところから(俗語考・松屋筆記),

と,凧を飛ばしているさまを,蛸や烏賊に見立てたとする。しかし,「するめ」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/459497442.html?1526843545

で触れたように,

「現在は干したタコはヒダコである。昔,小さいタコの干したものをスルメと呼んだ」

とあり,干しタコからの名づけと見るのが妥当に思える。

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『日本語源広辞典』は,

「方言,イカノボリ,タコノボリ,を考えると,『干した蛸の形から』という語源説が正確です。凧の尻尾を,イカやタコのアシと見ているのです。」

とある。

飛んでいる凧を烏賊や蛸に見立てる,
か,
干したイカやタコを凧に見立てる,

の違いだが,鍵は「のぼり」にある。「幟」は,

上り,

と同源とある。後は,勝手な解釈だが,

干しタコを揚げた,

から,

タコのぼり,

なのではあるまいか。『日本語の語源』は,

「高く昇ったイカノボリを京都府与謝郡ではタカノボリ(高昇り)といっており,上州および信州(物類呼称)・長野県南佐久郡・香川・徳島・壱岐・天草・種子島では。下略してタカ(高)という。カが母交(母韻交替)[ao]をとげて,タコ(凧)になった。したがって,タコの語源はタコ(蛸)ではなかった。」

とするが,これではイカノボリを説明できまい。しかも地方ばかりを引いても,傍証にはならない。

因みに,カイトは,

http://www.yuraimemo.com/1815/

によると,

「NASAの元技術者が開発したというキャッチコピーと共に鳴り物入りで登場した」

のだそうだ。あれはもう凧ではない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:53| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする