2018年06月05日
ななめ
「ななめ」は,
斜め,
傾,
と当てる。
傾いている,
意であるが,
陽が西に近づく(陽が傾く),
(人の気持ちなどが)普通とは違っている・こと(さま)
ひと通り,世の常,
(ななめならずとおなじ)ひととおりでないさま,はなはだしいさま,
の意が載る(『広辞苑』『大辞林』)。『岩波古語辞典』を見ると,
「『ナノメ』の母音交替形」
とあり,「なのめ」には,
「日本人は垂直・水平であることを,きちんとしてよいこととしたので,ナノメは,いい加減,おろそか。どうでもよい扱いの意となった。ナナメは漢文訓読体に使い,ナノメは平安女流の仮名文学でもちいた」
とあり,『日本語源大辞典』には,
「『なのめ』より遅れて,平安後期になって生じた語。当初は主に漢文訓読文に用いられたが,中世になって『なのめ』が勢力を失うに伴って『なのめ』の表していた意味・用法を包含し優勢になった」
とある。
ひと通り,世の常,
の意と,
ひと通りでないさま,はなはだしいさま,
と真逆で使われているのは,「斜めならず」が,
ひと通りでないさま,はなはだしいさま,
で使われたために,「ななめ」自体の意味に紛れ込んだと見れば,不思議ではない。むしろ,『岩波古語辞典』の説明とは異なり,「ななめ」に,
いい加減,おろそか,
だけでなく,
ひと通り,尋常,
の意があることが不思議である。「なのめ」も「ななめ」も,
傾き,
の意から,
おろそか,いい加減,
の意を持つ。この「ななめ」の意味の特徴は,類義語「そば(稜・傍)」を見るとよく分かる。『岩波古語辞典』「そば」には,
「ソハと同根。原義は斜面の意。また鋭角をなしている角,斜めの方向の意。日本人は水平または垂直を好み,斜めは好まなかったので,斜めの位置,とがったかどの場所の意はやがて,はずれ・隅っこの意に転じ,さらに少しばかりのものなどを指すようになった。また,はずれた所の意から,物の脇・物の近くの意を生じた。ソバ(蕎麦)・ソビエ(聳)も同根」
とある。「そば(蕎麦)」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/437123006.html
で触れた。「そば」という位置という状態表現が,価値表現へと転じる経緯がよくわかる。しかし,「ななめ」は,それなら,なぜ,たとえば,
「わが為にも人のもどきあるまじななめにてこそよからめ/源氏 浮舟」
「わが娘はななめならむ人に見せむは惜しげなるさまを/源氏・東屋」
というような,
ありふれているさま,平凡,普通,尋常,ひと通り,
等々の意味で使われるのか。『日本語源広辞典』は,「ななめ」について,
「『ナ(斜)』+の+モ(面)」が,ナノメ,ナナメと音韻変化した語です。普通と違っている意です。中世以後,御機嫌の場合は,『機嫌がよい』意でつかうようになります。」
でも,それなら,ますます「尋常」のを持つ意味がわからない。たとえば,『日本語源大辞典』は,
十のうち五,六を峠とするとナナ(七)は下りでナナメになるところから(日本釈名),
七眼の義。七つ時は日の傾く頃であるところから(和訓栞),
とし,『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/na/naname.html
は,
「『なのめ』の『なの』は『なのか(七日)』の『なの』と同じ『七』のことで,七つ時が日の傾くころであるところからといわれている。10のうち5,6を峠とすると,7は下り坂で斜めになるところからといった説もあるが,登りも斜めであるし,他の数でも斜めであると言えるので考慮しがたい。七つ時が有力であると思えるが,『なのめ』は『傾く』の意味よりも,ありきたりのさまや,いい加減なさまの意で用いられているため断定は難しい。」
と,「七つ時」つまり,午後五時頃とする。これでは,
尋常,
という意味の謂れが説明できない。それに唯一答えを出しているのは,『日本語の語源』である。
「なみなみ(並々)は,語中の『ミ』を落としてナナミ・ナナメ(並々)に転音した。ナナメナラズ(並々ならず)は,ひと通りではない。はなはだしい」という意味で,〈木曽義仲都にて狼藉ナナメナラズ〉(盛衰記)という。
ナナメはナノメ(並々)に転音した。『世の常。ひととおり。人並み』の意の副詞として〈つらきことありとも念じて(がまんして)ナノメニ(人並みに)思ひなりて〉(源氏・帚木(ははきぎ))という。
ナナメナラズ(並々ならず)もナノメナラズに転音して『並々でない。ひととおりでない。格別だ。きわだっている』という意味で〈家中富貴してたのしいことナナメナラズ〉(平家),〈主上ナナメナラズ御嘆きあって〉(平家)という。
現代語ではナナメ(並々)をナナメ(斜)とみて,機嫌が悪いことをゴキゲンナナメといい,大変機嫌のよいことをゴキゲンナナメナラズという。」
この説に依るなら,
斜めの「ななめ」
と
並々の「ななめ」
とは,由来を異にするのかもしれない。それが「斜め」の中に,交じりあってしまったのかもしれない。つまり,
なのめ(斜め)→ななめ,
と,
ななめ(並々)→なのめ→ななめ,
と転訛する中で,両者が捩れあい,「斜め」の意と「並々」の意とが「ななめ」の中で交じりあった。と。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95