2018年07月01日

ジュウシマツ


「ジュウシマツ」というと,僕などは,赤塚不二夫の『おそ松くん』の,

十四松,

を思い起こしたりする(齢がばれるが,初期の週刊少年サンデー連載を知っている)が,ここでは,

十姉妹,

と当てるそれである。僕は鳥に詳しくないが,この鳥,野生には存在しないらしい。

Japanisches-Moevchen.jpg



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%9E%E3%83%84

には,

「野生種は存在せず、ヒトの手によって作り出された家禽で、コシジロキンパラ (Lonchura striata) の一亜種であるチュウゴクコシジロキンパラ (Lonchura striata swinhoei) の江戸時代に中国から輸入されたものが先祖と考えられている。家禽としての歴史が長いため飛翔力が弱く、かご抜けしても野生では長く生きることができないと考えられる。」

とか,何だか哀れである。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13956188

には,

「江戸時代には日本で品種改良されて、飼い鳥になりました。その為、野生には、十姉妹という種類の鳥はいません。十姉妹は、とにかく飼いやすい小鳥として有名。まず、日本で品種改良された為、体質がこの国の気候に合い、丈夫です。しかも、性格はおとなしく、仲間同士で喧嘩することはまずありません。」

とある。想像だが,江戸時代の,

朝顔,
金魚,

等々の流行と似た流れの中にあるのではないか,という気がする。朝顔の品種改良はすさまじかったらしい。

hokusai123_main_01.jpg

(葛飾北斎「朝顔に雨蛙」https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hokusai123/より)


36kasen-02.jpg

(朝顔三十六花撰 歌川豊国 http://mg.biology.kyushu-u.ac.jp/mg-files/woodprint/36-kasen/index.htmlより)


36kasen-31.jpg

(仝上)


その意味では,「ジュウシマツ」の品種改良などお手の物だったろう。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjlp1960/40/4/40_4_364/_pdf

には,

「日本のジュウシマツは中 国南部のコシジロキンパラを江戸 時代に輸 入したものがもとになっている。コシジロキンパラが子育て上手なことが人気を集め,その形質をさらに選択交 配して大きさが似たような鳥ならばどんな鳥の雛でも育ててしまうほどになった。安 政年間にはコシジロキンパラの白化個体が生じ,これが幸運を呼ぶとして人気を集めた。」

とある。こうして,

性格は大人しく、温和で、飼育がとても簡単,
1つのゲージに十数羽でも飼うことが出来るほど、仲良し,

等々ということで,

十人の姉妹のよう,

ということから名づけられたとされる。面白いのは,

https://www.sci.hokudai.ac.jp/bio/bio/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%9E%E3%83%84%EF%BC%88bengalese-finch-var-%EF%BC%89/

に,

「ジュウシマツは、“chunk”とよばれる2~4個の異なる音素が一つの固まりをつくり、その固まりの間には繰り返し出現する“接続音素”が存在しています。符号化すると[(ABC)ddd(ABC)eee(FGH)(FGH)dddd(ABC)eeee…]のように表されます。脳のなかにはキンカチョウと同じように、さえずりを学習・生成する神経回路をもっているのに、そのさえずりパターンは大きくことなっています。」

とある。「キンカチョウ」は,「小鳥の歌の神 経科学で標準動物として使われている」鳥らしい。.

800px-Taeniopygia_guttata_-_profile_-_dundee_wildlife_park.jpg



で,この鳥,

「巣引き(飼育環境下での繁殖)が下手で、飼育下では抱卵を行わないことが多いため、ジュウシマツが仮親として使用される」

というのが笑える。で,

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjlp1960/40/4/40_4_364/_pdf

には,ジュウシマツが祖先で あるコシジロキンパラょりもはるかに複雑な歌を歌うのだとある。

「ふつう鳥の歌はせいぜい2秒のソナグラムであらわせば,その全体像がみえるものである。ところが,ジュウシマツの歌をソナグ ラムであらわしてみると,とても2秒では表 現しきれな いものが ある」

とか。さらに,

https://www.athome-academy.jp/archive/literature_language/0000000193_all.html

では,岡ノ谷一男教授(千葉大学)は,

「ジュウシマツの歌には、ヒトの言葉と同じように音の並びに規則性がある」

し,

「実はヒナから成鳥になる間に、学習によって獲得されるものなんです。ジュウシマツの歌の学習には2段階あって、まず第1段階は親鳥などの成熟した歌を聴いて、自分の歌の手本となる歌や発声のモデルを造る。そして第2段階で、実際にでたらめな歌をうたってみて、第1段階で造ったモデルと自分の歌の誤差を修正します。生後35日くらいからうたい始めるようになって、安定した歌になるのは生後120日くらいです。」

といい,人となった同じく,

「自分の耳で聞きながら音を調節している」

のだとか。これは,

「恐らく卵をたくさん産むツガイを好んだ人間が、知らず知らずのうちに、複雑な歌をうたうオス達を選んでいったとも考えられます。」

という家禽故に変異した要素は大きいようだ。

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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2018年07月02日

たいまつ


「たいまつ」は,

松明,
炬,

と,『広辞苑』は当てている。「松明」の字は,

「タキマツ(焚松)の音便」(『広辞苑』『大辞林』)

から来た当て字と想像される。「炬」(漢音キョ,呉音ゴ)は,

「巨(キョ)は,工印のものさしにコ型の手で持つ所のついた形を描いた象形文字。上の一線と下の一線とがへだたっている。距離の距(間がへだたる)と同系のことば。炬は『火+音符巨』で,長い束の先端に火をつけてもやし,ずっとへだたった手に持つたいまつ」

で,

かがり火,
たいまつ,

の意である。

Hakone_Reisho_Tokaido.jpg

(『東海道五十三次(隷書東海道)』より「東海道 十一 五十三次 箱根 夜中松明とりhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%B5%B7%E9%81%93%E4%BA%94%E5%8D%81%E4%B8%89%E6%AC%A1_(%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5)より」)

「たいまつ」は,

松や竹の割り木,または枯れ草などを束ね,これに火をつけ照明とするもの,

で,

ついまつ,
しょう めい(松明),

ともいう。『大言海』は,

「焼(た)き松の音便。松明(しょうめい)は,通鑑,唐肅宗紀,註『松枯而油存,可燎之為明』という語句アリ,正字通『滇人以松心為炬,號曰松明』

としている。これを見ると,「松明」は当て字ではなく,中国由来の言葉と見える。『字源』をみると,

松炬(しょうきょ),
松明(しょうめい),

というらしい。

『由来・語源辞典』

http://yain.jp/i/%E6%9D%BE%E6%98%8E

も,やはり,

「火を焚くための松の意の『たきまつ(焚き松)』が音変化して『たいまつ』になった」

としており,『日本語の語源』も同様であるが,『日本語源広辞典』は,二説挙げている。

説1は,「タキ(焚)+マツ(松)」
説2は,「手+火+松」。

後者は,手にかざす松の灯り,の意で,由来になっていない気がする。なお,『日本語源広辞典』には,

「松明に使う松は松脂(まつやに)の多い部分(コエマツ)を使った」

とある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%A4

も,

「『焚き松』や『手火松』」

を挙げている。しかし,『世界大百科事典 第2版』は,

「神話では伊弉諾(いざなき)尊が黄泉国(よみのくに)を訪れるとき,櫛の男柱を欠いて燭(しよく)としたとつたえる。国語の〈たいまつ〉は〈たきまつ(焼松)〉の音便であろう。手火松(たひまつ)とする語源説は文献からは成立しない。松を灯火に用いるには,〈ひで〉(根の脂の多い部分)をこまかく割って台の上で燃やすことが,近年まで日本の山村や中国の一部で行われており,松脂をこねて棒にした〈松脂ろうそく〉も用いられていた。」

と,「たきまつ(焼松・焚松)」説を採る。『日本語源大辞典』は,三説挙げる。

タキマツ(焼松・焚松・燔松)の(名語記・日本釈名・類聚名物考・箋注和名抄・俗語考・柴門和語類集・日本語原学=林甕臣・大言海),
タヒマツ(手火松)の義(東雅・言元梯・和訓栞・語簏・火の昔=柳田國男),
ツキマツ(続松)の転(塵袋),

その上で,

「平安時代には,単に『まつ』とも言い,庭上で立てて使う場合は『たてあかし』『たちあかし』とも呼んだ。また,『ついまつ(続松)』と記した例も多く,両者は同じように使われていたらしい。鎌倉・室町時代になると『まつび』『まつあかし』『あかしまつ』などと新しい呼び名も生まれる」

としている。こうみると,「あてあかし」とわざさわ立てる場合読んだのは,「まつ」ないし「たいまつ」が,手で持つことを全体としていたからだと想像される。とすれば,わざわざ,屋上屋を重ねる,

タヒマツ(手火松),

という言い方をしたとは思えない。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
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ラベル:たいまつ 松明
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2018年07月03日

かがりび


「かがりび」とは,

篝火,

と当て,

夜中の警護または漁獲などの際に周囲を照らすために焚く火,

である。後者は,漁火を指すと思われる。『大言海』には,

篝(かがり)に焚く火,

とある。篝とは,

「薪を入れ,篝火を焚くのに用いる鉄の籠。釣り下げているもの,足を組み立ててのせるものなどがある。」(『広辞苑』)

篝籠,

の意味である。「かがり」は,

篝,
炬,

と当てる。「篝」(漢音コウ,呉音ク)は,

「竹+音符冓(コウ 前後を同じ形に対応させて木や竹を組む)」

とあり,組んだ物をまとめて言うらしく,

かご,
かがり,
ふせご(火や香炉の上にかぶせるかご。「衣篝(イコウ)」「香篝(コウコウ)」),

を意味する。中國由来かと思れる。『大言海』には,「かがり」について,

「赫(かが)を,カガルと活用させたる動詞ありて,其名詞形ならむと思はる。カガヤキの意」

とある。他の辞書には載らないが,『日本語源広辞典』は,

「カガ(眩い・輝く)+リ+火」

とし,

「篝火は大言海の説に従います。鉄製の籠に入れて,輝きを一層強くした焚火のことをいいます」

とする。松明に比べ,確かに明るく感じたに違いない。『日本語源大辞典』は,「篝」(かがり)の項で,「かがり」の語源を,カガ(赫)の活用という大言海説以外に,

カは焚く意。火を焚く籠の意か(東雅),
カケアリ(懸有)の義(名言通),
カゴイリヒ(籠入火)の意か(類聚名物考),
カハカリビ(河狩火)の転(日本語原学=林甕臣),
タケアカリ(竹明)の約(言元梯),

を載せるが,『大言海』の「カガの活用」に分がある気がする。ただ,

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11153679381

で,

「『互い違いに編む』という意味の動詞『かがる』の連用名詞形『かがり』から篝火に使う籠が『かがり』と呼ばれるようになり、篝に燈す火を篝火と言うようになった。和名抄には「篝…竹器也」とあり、元は竹製だったようだ。
『輝く』と結びつける語源説もあるが、『輝く』は近世初めまで『かかやく』と清音だったことや『篝』は元々籠を指す言葉だった点からみて『輝く』と関連づけるのは無理。」

とある。『広辞苑』の意味なら,漢字「篝」とも重なる。

hiroshige157_main.jpg

(歌川広重「永代橋佃しま」(名所江戸百景)http://edoshoten.jp/meisyo/u4.htmlより 隅田川にかかる永代橋から佃島を臨んだ夜景が描かれています。永代橋は日本橋の箱崎と深川の佐賀町を結んでいました。絵の中に火の玉ように見えるものは、白魚漁の篝火とのこと)

『岩波古語辞典』の「かがやき」で,確かに,

「近世前期までカカヤキと清音」

と,ある。「かがる」は,

縢る,

と当て,

糸をからげるようにして(互い違いにして)編み,または縫う,

意である。篝の意味とも重なる。ただ,「かがやく」の語源を見ると,「岩波古語辞典」説とは異なり,

カガ・カガヤ(眩しい・ギラギラ)+ク(動詞化)(日本語源広辞典),
カガは,赫(かが),ヤクは,メクに似て,発動する意。あざやく(鮮),すみやく(速)(大言海),
カクエキ(赫奕)の転(秉穂録),
カガサヤクの約言(万葉考),
カケイヤク(火気弥)の義。カはクハの反(言元梯),
光の強く目に感ずるさまと,カ音の耳に強く感ずる趣の相似ていることから(国語溯原=大矢徹),

と必ずしも,清音にこだわっていない。第一,

かがよひ

という言葉がある。「カギロヒと同根」(岩波古語辞典)で,

静止したのがキラキラと光って揺れる,

意である(「ともし火の影にかぎろふつせみの妹が笑まひし面影に見ゆ(万葉))。「かぎろひ」をみると,

「カガヨヒ・カグツチと同根。揺れて光る意。ヒは火」

そして,「輝きはカカヤキと清音。(かぎろひとは)起源的に別」とする。しかし,「カグツチ」は,

「カグはカガヨと同根。火のちらちらする意。ツは連体助詞,チは精霊」

で,

火の神,

なのである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B0%E3%83%84%E3%83%81

には,

「カグツチとは、記紀神話における火の神。『古事記』では、火之夜藝速男神(ひのやぎはやをのかみ)・火之炫毘古神(ひのかがびこのかみ)・火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ;加具土命)と表記される。また、『日本書紀』では、軻遇突智(かぐつち)、火産霊(ほむすび)と表記される。」

とある。さらに,「火之炫毘古神(ひのかかびこ)」の,

「炫(かか)は、現代語の『かがやく』と同じであり、ここでは『火が光を出している』といった意味」

「火之迦具土神(ひのかぐつち)」の,

「迦具(かぐ)は、『かか』と同様『輝く』の意であり『かぐや姫』などにその用法が残っている。また、現代語の『(においを)かぐ』や『かぐわしい』に通じる言葉であり、ここでは『ものが燃えているにおいがする』といった意味」

とあり,やはり,「かが」は,『大言海』の「赫」とつながるのではないか。仮に,「かか」と濁らなかったとしても,

「かか」「り」「ひ」

とつなげたとき,濁るようにになるのは自然ではあるまいか。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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ラベル:篝火 かがりび
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2018年07月04日

以来


「以来」は,

已来,

とも当てる。

そのときからこの方,

という意味と,

この後,

の二つの意味がある。

ある時点から以後,

という意味と,

今という時点以後,

では意味が少し違う。他の辞書には載らないが,『大言海』は,

それよりこのかた,

の意味に,

左傳,昭公十三年『自古以来,未之或失也』「開闢以来」

を引く。ある時点を基軸に,それ以降,という意味である。その上で,もうひとつ,

「誤りて,この後,今後」

という意味を載せる。その意味で,「以来」は,本来,

爾来,

それより後,その時以来,

という意味だったと考えられる。ただ,今日,「以来」を,今後の意味では,あまり使わないが。

以来は謹むべき(大言海),
以来は酒をふつつとくだされまい(広辞苑),
以来屹度心得まする(大辞林),

という用例は,あまり見かけまい。だから,

以来は、過去のことに限り(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1364822383),

といった断言ができるのだろ。ま,言葉は生き物,言い切るのはちょと。。。。

さて,「以」(イ)の字は,

「『手または人+音符耜(シ すき)の略体』で,手で道具を用いて仕事をするの意を示す。何かを用いて工作をやるの意を含む,…を,…で,…でもってなどの意を示す前置詞となった」

とある。「以来」は,「それより来りて」といった意味になるので,一定時点が,過去でも,たった今でも,一秒でも前なら,その意の範囲に入る,と言ってしまえば,「過去」に限定などと堅いことは言えまい。因みに,「以」の草書体が平仮名の「い」になった。

300px-以-oracle.svg.png

(「以」 甲骨文字 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BB%A5より)


「以来」は「已来」とも当てるが,「已」(イ)の字は,「未(いまだ)」と対で,既に,という意味になる。「已然」「已往(イオウ すでに過ぎ去ったこと)」「已知之矣(すでにこれを知れり)」といった使い方をする(漢字源)が,

「古代人がすき(農具)に使った曲がった木を描いたもの。のち耜(シ すき)・以(イ 工具で仕事をする)・已(やめる)などの用法に分化した。已(やめる)は,止(とまる)・俟(イ とまって待つ)に当てた用法。また以に当ててもちいる。」

とあり,「以来」と「已来」は代替されたとみられる。「已来」は「これより来った」といった意味なので,ある時点以降を指すという意味では,「以来」と重なる。

「爾来」は,

それより後,

の意だが,「爾」(漢音ジ,呉音ニ)の字は,「我」と対の「爾(なんじ)」であるが,

「柄にひも飾りのついた大きいはんこを描いたもの。璽(はんこ)の原字であり,下地にひたとくっつけて印を押すことから,二(ふたつくっつく)と同系のことば。またそばにくっいて存在する人や物を指す指示詞に用い,それ,なんじの意をあらわす」

とある。「爾来」は,「其処より来りて」といった含意であろうか。

ただ,「以」は,以後,以上,以下のように,その時点を含んだ含意が明確なので,発話者は,「以来」といったとき,その時点にまで立ち戻って,「それ以来」といっているニュアンスがあるが,「已来」も「爾来」も,「すでに」「そこ」と,今の時点からその時点を見て,遠くから発話しているというニュアンスを感じる。ま,臆説だが。

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:以来 已来 爾来
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2018年07月05日

エビ


「エビ」は,

海老,
蝦,
鰕,

と当てる。

hokusai021_main.jpg

(葛飾北斎「姫小松に海老」(特注品として制作された)https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hokusai021/より)

「海老」の字は,当て字のようだが,

「これは中国にはなく、平安時代の漢和辞書『和名類聚抄』(934年)に記載がある。エビはひげを蓄え、体が丸くなった老人に似ていることから、長寿を喜ぶ意味を込めて『海老』となった。」

とか(http://zatsuneta.com/archives/001917.html)。

漢字「蝦」の字は,

「右側の字(音カ)は,仮面や外皮を被る意を含む。蝦は,それを音符として,虫を加えたもの」

蝦蟆(カボ)はガマ,ヒキガエルの意になる。「鰕」(漢音カ,呉音ゲ)は,

「右側の字は,上にかぶせるという基本義をもつ。鰕は,それを音符にし,魚を添えた字」

とある(『漢字源』)。因みに「老」(ロウ)の字は,

「年寄りが腰を曲げてつえをついたさまを描いた」

象形文字。

一説に,「エビ」は,

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q119938581

「新井白石の『東雅』(1719)には、『エビは其(そ)の色の葡萄(えび)に似たるをいひ、俗に海老の字を用ひしは、その長髯傴僂(ちょうぜんうる)たるに似たる故也』と、エビの語源と海老の字義が載っています。 葡萄が語源なのです。」

とあり,この説がネット上では大賑わいである。たとえば,

http://goshoku.co.jp/column/ebi/reason.html

にも,

「 日本では古来からブドウ類をエビヅル(エビカズラ)と呼び、果実が熟した時の実や汁の濃い赤紫色の事をエビ色と呼んでいました。 一方、『エビ』を熱すると『葡萄』のような紫を帯びた暗い赤色になり、葡萄の色に似てきます。 このことから、『エビ』の事も『葡萄=(えび)』と呼ぶようになったんだそうです。」

と。しかし,「エビカヅラ」について,『岩波古語辞典』は,

葡萄,
葡萄蔓,

と当て,

「蔓の巻き具合が,エビのひげに似る故の名か」

とある。

800px-Vitis_ficifolia_1.JPG


「エビカヅラ」は,エビヅルの古名。エビヅル(蝦蔓、蘡薁)は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%93%E3%83%85%E3%83%AB

に,

「古名はヤマブドウとともに『エビカズラ』(葡萄蔓)」

とある。「(ヤマ)ブドウ」の古名でもある。『大言海』も,

「鬚ありて,蝦に似たる故の名かと云ふ」

とある。しかも,

「つる性の木で他の木などに巻きひげによって上昇する。」

とある。どうやら,事情は逆で,「エビ」のひげに似ているから,名づけた,ということになる。「エビ」が「エビカヅラ」に由来するというのは,白石に起因する。『東雅』の説は,いつもあまりあてにならない。

『日本語源広辞典』は,「エビ」の語源を,有力とする二説載せる。

説1は,「曲がる」意味で,海老の老からすると,腰が曲がるに語源がある,ユビ(曲がる指,古語オ,ヨビ,方言イビ)」が,エビと変化した,
説2は, 葡萄の古語を「エビ」といいます。それで体の色からエビと名づけた,

と。因みに,「ゆび」は。古形が「および」。

『日本語源広辞典』も言っているが,「エビ」の語源は諸説ある。『日本語源大辞典』は,

体色がエビ(葡萄・蒲萄)に似ているから(東雅),

説以外に,

エヒゲ(吉髭)の約転(言元梯),
エタヒゲ(枝鬚)の義(名言通),
エヒゲ(枝髭)の義(日本語原学=林甕臣),
エビ(柄鬚)の義(草廬漫筆),
エは江か。ヒはヒゲの略(和句解),
イデハリ(出針)の反(名語記),
エビとは長い毛をいうから(嬉遊笑覧),
エは赤の意(松屋筆記),
よく曲がるというところから,オヨビ(指)の変化したもの(衣食住語源辞典=吉田金彦),

と諸説ある。『東雅』のように,

「エビは其(そ)の色の葡萄(えび)に似たる」

に焦点を当てるより,「ヒゲ」に着目する説が多い。やはり,「海老のひげ」に絡んだと見たい。「海老」の字を当てたのは,後世になってからではあるまいか。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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2018年07月06日

引け目


「引け目」とは,例えば,『デジタル大辞泉』でみると,

1 自分が他人より劣っていると感じること。劣等感。気おくれ。「引け目を感じる」
2 自分で意識している弱み・欠点。「こちらにも引け目がある」
3 目立たないように、自分の言動などをおさえること。また、そのさま。ひかえ目。「小遣銭でも貰えれば結構だと至極引け目な望みを起していた」〈荷風・おかめ笹〉
4 穀類・液体などを他の容器に移すとき、量目が減ること。また、その量目。

といった意味が並ぶ。普通は,

「他に比べて自分が劣っていると感じて持つ心の弱み」(広辞苑),

という意味で受けとめている。「引け目を感じる」「引け目を見せない」といった使い方になる。原意が同かはわからないが,そういう自分の気持ちが,

「人前で目立たぬようにに振舞う」(広辞苑)

につながる。『日本語源広辞典』は,

「ヒケ(気後れ)+め(接尾語)」

とする。「引け」は,

引くの受動形(岩波古語辞典),

で,それだけで,

引かれる,
気後れする,ひけめを感じる,

という意味を持つ(岩波古語辞典)。『広辞苑』には,

「退け」とも書く,

として,

ひけること,
仕事が終って退出すること,

という意味が載る。そのメタファで,

売買価格の減ること,
大引け,
遊女が張見世をやめて入口の大戸を締めること,

といった意味に広がるが,「引け」の名詞で,

勝負に負けること,
肩身の狭い思い,

という意味を持つ。「ひく」は,

引く,
挽く
轢く,
曳く,
牽く,

など等と当てるが,『日本語源広辞典』は,

「手に取って引き寄せる意の本来『一音節語』です。引,曳,牽,弾,抽,退,惹など同源。後ろの方向への力もヒクで,退く,曳く,牽く,…なども同源」

とする。「ヒク」は,『岩波古語辞典』によると,

「相手をつかんで,抵抗があっても,自分の手許へ直線的に近づける意。また,物や自分の身を自分の本拠となる場所へ戻す意」

とある。後者の意味は,

後へ下がる,

だが,それをメタファとして使えば,

立ち退く,
退却する,

意となる。あくまで,立ち位置は,自分で,自分の位置へ引っ張り寄せるか,出ていたものを戻す,ということになる。それは,

退く,

と当てられる。「引け目」は,

退け目,

ではないか。「引けを取る」という意言い回しは,

引けを取らない,

という言い方をされることが多いが,『日本語源広辞典』は,

「ヒケ(不首尾・ひけめ)+とる」

とする。この「ヒケ」は,「引け目」の「ヒケ」と同じである。メタファとして,

自分の立ち位置が,他の人々に比べて劣る(低い),

という「引け」を感じているということになる。「め(目)」は,『大言海』は,

「見(ミ)と通ず,或は云ふ見(みえ)の約と」

とある。『岩波古語辞典』は,「め」は,

「古形マ(目)の転,メ(芽)と同根」

とする。この「マ」は,

見(まみ)える(見ゆ),

の「マ」である。あるいは,「まぶた(目蓋)」「まつげ(まつ毛)」ノ「マ」でもある。「まなこ(眼)」の「マ」でもあるかもしれない。

こう見ると,「引け目」は,

退いていると自分を見ている,

という主観的な思いということになる。

https://mainichi.jp/articles/20140209/mul/00m/100/012000c

に,

「相手に恩義を感じるのは『負い目』 自分の欠点は『引け目』です」

とあるが,しかし,微妙である。負い目は,誰かに対して感じることもあるが,広く他人に対して感じることもある。そうなると,「引け目」と,重なる部分大きくなる。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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2018年07月07日

サンマ


「サンマ」は,

秋刀魚,

と当てるが(『大言海』は「秋光魚」とも当てる),中国語でも同じ漢字で記して「qiūdāoyú」と読まれている,とある。しかし,

「体が刀状で秋の代表的な魚であるところからの当て字」(『語源由来辞典』)

らしい。かつては,

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1258000152

によると,

「江戸時代には『鰶』や魚ヘンに『箴』と書く漢字(鱵)があてられていたそうです。『鰶』は、サンマの呼び名『サイラ』に由来するとも言われます。南房総地方の網元に伝わる文書には、『サンマ』とルビのフられた『鰶』の文字がみられます。大正になると『鰶』と『秋刀魚』の両方が見られ、昭和になると『鰶』の文字は消滅するのだそうです。」

とか。

Sanma01.jpg



https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A7%8B%E5%88%80%E9%AD%9A

には,「秋刀魚」の字に由来について,

「『三人麻雀』の略称である『三麻』を『さんま』と音読みすることから転じて、…『秋刀魚』の字をあてた」

と出ている。面白いが,如何であろうか。

https://www.videlicio.us/CULTURE/ZE2xt61c

によると,

「当初、サンマはサヨリの仲間だと思われていたようで、『本朝食鑑』(元禄10年、1697年)では『サヨリ』の項に登場し、『沖サヨリ』と言う名前で紹介されています。また、『島サヨリ』とも言われていたようです。いちめいに『ノウラギ』とも呼ばれ、『乃宇羅幾』、あるいは『乃宇羅岐』と書かれました。(中略)
 同書のサヨリの項でやっと『三摩(サンマ)』と言う呼び名が登場し、形はサヨリに似ているが、味は大きく劣る、と書かれており、食べたのは庶民が食べたとあります。
 『本草綱目啓蒙』(文化2年、1805年)では『鱵魚』の項に延喜式ではヨリトウヲ、ヨロト、サヨリ、ナガイハシ、などの呼び名の後に、紀州熊野にではオキサヨリ、江戸ではサンマと呼ぶと書いてあります。また播州(現在の兵庫県辺り)、讃州(香川県辺り)ではサイラと呼ぶとあります。(中略)
『倭漢三才図会』(文政7年、1824年)では『さいら』の項に『のうらき』『乃宇羅岐』と付記してありますので、文政頃にどちらも同じ魚だと言うことになったのではないかと思われます。
 「秋刀魚」の字が使われるようになるのは、明治に入ってからとの事です。」

明治になってからのことのようだ。この説に依ると,「サンマ」として,分化され,認知されるのは,かなり後になってから,ということになる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%9E

によると,

「サンマは古くは『サイラ(佐伊羅魚)』『サマナ(狭真魚〉)』『サンマ(青串魚)』などと読み書きされており、また、明治の文豪・夏目漱石は、1906年(明治39年)発表の『吾輩は猫である』の中でサンマを『三馬(サンマ)』と記している。これらに対して『秋刀魚』という漢字表記の登場は遅く、大正時代まで待たねばならない。現代では使用されるほとんど唯一の漢字表記となっている『秋刀魚』の由来は、秋に旬を迎えよく獲れることと、細い柳葉形で銀色に輝くその魚体が刀を連想させることにあり、『秋に獲れる刀のような形をした魚』との含意があると考えられている。1922年(大正10年)の佐藤春夫の詩『秋刀魚の歌』で、広くこの漢字が知れわたるようになった。ただし、迪宮裕仁親王(後の昭和天皇)の幼少期のエピソードから、『秋刀魚』の表記は明治後期に流布していたとみなすこともできる。」

とあり,これは,「サンマ」が,一般的に食されるようになったこととつながる。『たべもの語源辞典』は,

「江戸では安永(1772~81)ころになると『安くて長きはさんまなり』という壁書があるくらい流行してきた。下々の者が食べたのだが,寛政(1789~1801)になると中流階層以上にも好む者が出て来て,『サンマがでるとアンマが引っ込む』といわれるほど健康によいたべものとされるようになる。京都ではサヨリとよんでいた。」

とある。なお,『大言海』は,京都にてはサヨリ,大阪にてはサイラとし,「さいら」の項を別途立てて,

「鱵魚(さより)の転」

としている。「サイラ」「さより」等々,地域性もあるにしても,様々に呼ばれてきたものが,18世紀末,つまり江戸の繁栄に伴って流入してきた江戸の下層民,つまりは江戸ッ子が,サンマを認知したことで,「サンマ」が「サンマ」として分化してきたように思われる。

さて,その「サンマ」の語源であるが,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/sa/sanma.html

「サンマの語源は、体が細長いことから『狭真魚(さまな)』の音便約とする説。 古くは『三馬』や単に『馬』と言われており、『サウマ』『サムマ』『イソムマ(磯・甘味)』からとする説。『イサウマナ』『サムマナ』『サムナ』の順に変化したとする説などあるが、どれも確定できるものではない。」

と確定を避けているが,『大言海』は,

「三馬とも表記狭眞魚(さまな)の音便約なるべし(狭俵[さだわら],さんだわら)」

とする。『日本語源広辞典』も,

「狭(サ,細くとがった)+真魚(マナ)」

を採る。

「サマナ(狭真魚)」→「サマ」→「サンマ」

と変化したということになる。そのほか,

大群で泳ぐ習性があるので「大きな群れ」を意味する「サワ(沢)」と「魚」という意味の「マ」がくっついて「サワンマ」→「サンマ」になった,

という説もある。

たべもの語源辞典』は,

「サンマのサンはたくさんという意で,マは,まとまるとか,うまいという意である。」

とする。しかし,江戸中期以降でないと,「うまい」とか「秋の味覚」という評価はなかったのではないか。こけれは聊か疑問である。その他,

スナホメナ(真理魚)の義(名言通),
もとサウマ・サムマ。イサウマ(磯・甘味)の意味(衣食住語源辞典=吉田金彦),

とある。しかし,「サンマ」のうまさが認知されるまで,その呼び名はさまざまであった。たとえば,

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%BE

には,凄い異称が並ぶ。

はりお(はりを) :源順 『和名類聚抄』 承平年間(931-938年)に「波里乎(ハリヲ)」の名で記載あり。
さいら(佐伊羅魚)
さいら(鰶=魚偏に祭) :「鰶」の第1義はコノシロ。
さまな(狭真魚)
おきさより(沖細魚) :人見必大 『本朝食鑑』 1695年(元禄8年)に記載あり。
さんま(三摩) :『本朝食鑑』に記載あり。織田完之 『水産彙考』 1881年(明治14年)等にも記載。
さんま(銅哾魚) :神田玄泉 『日東魚譜』 1741年(元文6年)に記載あり。
さんま(鱵=魚偏に箴) :松易遷編 『名物類篇』 1848年(嘉永元年)に記載あり。※「鱵」の第1義はサヨリ。
さんま(青串魚) :伊藤圭介 『日本産物誌』(原題「日本地誌略物産弁」) 1872-76年(明治5-9年)に記載あり。大蔵省記録局編 『漁産一斑』 1884年(明治17年)にも記載あり。
さんま(秋刀魚) :織田完之 『水産彙考』 1881年(明治14年)に記載あり。これが恐らくは初出。「三摩ヲ秋刀魚(シウタウギヨ)ト云ルハ拠処ナシ」(凡例より)
しまさより :『水産彙考』に記載あり。
さんま(秋光魚) :農商務省水産局編 『日本有用水産誌』 1885年(明治18年)に記載あり。
さんま(鰊) :『日本有用水産誌』に記載あり。
さんま(小隼) :大槻文彦編著 『言海』 1889年(明治22年)にのみ記載。
さんま(鰶=魚偏に祭) :静岡県漁業組合取締所編 『静岡県水産誌』 1894年(明治27年)に記載あり。
さんま(西刀魚) :台湾総督府民生局編著 『台湾総督府民政局殖産部報文』 1896年(明治29年)に記載あり。
さんま(三馬) :夏目漱石 『吾輩は猫である』 1906年(明治39年)に

それだけ,共通認識にはなっていなかったということだろうか。やはり,

秋刀魚,

を当てた人は,明治期だろうが,卓見である。

因みに,「サンマ」の学名「Cololabis saira」の「saira」は,

「日本語での一古称であり紀伊半島の方言名である『サイラ(佐伊羅魚)』に由来している。」

とか。『江戸語大辞典』には,「さんま」の項で,「サイラ」を,上方方言としている。

なお佐藤春夫の詩『秋刀魚の歌』は,

http://www.midnightpress.co.jp/poem/2009/06/post_95.html

に全文載る。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%9E
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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ラベル:秋刀魚 サンマ
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2018年07月08日

イワシ


「イワシ」は,

鰯,
鰮,

と当てる。「鰯」の字は,国字である。「鰮」(オン)の字は,由来は不詳。『字源』には,

「馬鮫(サハラ)に似たる小魚」

とあり,「イワシ」に当てるのは,我が国だけのようである。中国人の視野には入っていない小さな魚のようである。「鰯」の国字は,「イワシ」が

「弱しの転」(『広辞苑』)

とされるところから作られたものらしい。

800px-Sardinops_melanostictus.jpg



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%AF%E3%82%B7

にも,

「『イワシ』の語源については各説ある。陸に揚げるとすぐに弱って腐りやすい魚であることから『よわし』から変化したとの説(漢字の「鰯」がこれに由来したとする)」

とするが,

「藤原京、平城京出土の木簡には『伊委之』、『伊和志』の文字があり、鰯(日本で作られた漢字、国字)の最も古い使用例は、長屋王(684年?〜729年)邸宅跡から出土した木簡である。」

と,かなり古くから「イワシ」は馴染みの魚のようである。

「イワシ」の語源は,

死にやすい魚であるところから,弱しの転(滑稽雑誌所引和訓義解・東雅・大言海),
イヲヨワシ(和句解),

といった「弱し」転訛説以外にも,

賤しい魚である意から,イヤシの転(日本釈名),
イワシ(祝)の義(柴門和語類集),

等々(以上『日本語源大辞典』)の他,

弱(いわ)けな魚(童という字も「いわけない」と読む。「なし」は強めの語である。幼い者は心が弱,驚きやすいということから,この魚が童児のようだとして),
イワシを女房ことばで「むらさき」という。鮎(の字を藍と考えて)にまさるから,
イワシの鱗が紫色に見えるから「むらさき」,
塩をしたイワシが紫黒だから「むらさき」,
イワシの集まってくる海面が紫になるから「むらさき」

と(以上『たべもの語源辞典』),「むらさき」と呼ぶ説が結構あり,俗説ながら,「むらさき」説には,

「紫式部が夫の宣孝の留守にイワシを焼いて食べていたら,夫が帰ってきた。そんな卑しいものを食べてと叱ると,『日のもとにはやらせ給ふいはし水まいらぬ人はあらじとぞ思ふ』と歌で抗議した。紫式部の好きな鰮だから紫といった」

という説まであるらしい(『たべもの語源辞典』)。

どうやら,「弱し」説が有力に思えるが,

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1313276908

に,

「『よわし』→『いわし』と変化した…説は有力ではあるが、『ヨ』が『イ』へと変わる転訛の例が他にないため、その点においては否定的に見られる。」

とある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/i/iwashi.html

も,

「いわしは、すぐに死んでしまう弱い魚であることから、『弱し(よわし)』が転じたとする説が 有力で、『鰯』の表記も平安時代から見える。また、ハ行転呼音の以前から、『弱し』も『いわし』も第二音節が『ワ』で一致する。ただし、第一音節の『ヨ』から『イ』への音韻交替は他に例がない。」

としている。

「イワシ」について,こんなエピソードがある(『たべもの語源辞典』)。

「白い土器(かわらけ)に鰯を入れて,その上に同じ土器をかぶせて供した。これを『きぬかつぎ』といったとある。隠して供したのは,イワシは下々の者の用いるものだからという。このイワシはゴマメ(五万米)で,カタクチイワシを素干し(生のまま風干し)である。『ごまめ』を『田作(たづく)り』ともいう。田をつくるときの祝肴に用いたからである。(中略)正月のたべものとして『田作り』は取り上げられるものである。(中略)天皇が御衰微のとき,頭つき一尾という儀式に際して,最も安いイワシを一尾用いられたという故事から正月の祝肴として用い,農夫もまた田植えの祝肴として用いたから『田作り』とよんだのである。イワシを茹でてから干したものを煮干しという」

この例といい,紫式部の俗説といい,イワシは下々の食するものであった。となると,

いやし→いわし,

ではあるまいか。

因みに,「カタクチイワシ」は,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ka/katakuchi.html

に,

「下あごが小さく,上あごが前方に突き出ている。上あごだけで片方の口がないようにみえることから」

とある。

カタクチ.JPG



参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:イワシ
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2018年07月09日

ナメクジ


「ナメクジ」は,

蛞蝓,

と当てる。『広辞苑』には,

なめくじり,
なめくじら,

とも,とある。

なめくじ.jpg


『日本語源大辞典』は,「ナメクジ」の語形について,

「全国に分布する語形の中で,ナメクジ,ナメクジリ,ナロクジラの三種が優勢であり,そのほか,マメクジラ,マメクジ,ナメラクジなど多様な語形がみられる。ナメクジリの語形は,この虫が野菜や樹木を「なめてくじる」という民衆語源からまれたと言われる。ナメクジラは,ナメクジリが『鯨』への類音牽引によって変化した可能性がある。ナメラクジはナメクジラの音位転倒形である。」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%A1%E3%82%AF%E3%82%B8

には,

「一般にナメクジと呼ばれるものは分類学的にはカタツムリと同じ有肺亜綱の柄眼目に属し、カタツムリの一種とも言える。カタツムリの貝殻が徐々に退化して小さくなり体内に入って見えなくなればナメクジの形になるが、実際にはその途中の形態をもつ種類もある。」

と,カタツムリの進化系なのだという。

カタツムリが進化していくうちに殻を退化させた,

ものという。こういう「貝殻の消失」を,

ナメクジ化(limacization),

というらしく,こうある。

「海に棲む前鰓類のチチカケガイ科や後鰓類のウミウシ類もそれぞれ独自にナメクジ型に進化した巻貝と言える。ナメクジ化が起こる理由はかならずしも明らかではないが、殻を背負っているよりも運動が自由で、狭い空間なども利用できるメリットがある。地中でミミズ類を捕食するカサカムリナメクジ科では、その特異な捕食環境に適応した結果ナメクジ化したと見なすこともできる。」

と。

http://e-zatugaku.com/seibutu/sneil.html

には,

「海の巻貝が進化して殻がなくなったのが『ウミウシ』で、アンモナイト(貝じゃなくて頭足類)が進化して殻がなくなったのが『イカ』っていう感じですが(厳密には違います)」

とあるのがわかりやすい。

さて,その「ナメクジ」の語源について,『大言海』は,「なめくぢ」の項で,

「ナメは滑の義,クヂは縁行の意か,又,滑鯨(なめくじら)の略か」

とある。

倭名鈔「蛞蝓,奈女久知」
本草和名「蛞蝓,奈女久知」
字鏡「蝓,奈女久地」

といずれも,「なめくぢ」である。『岩波古語辞典』は,「なめくぢり」で載り,

「ナメは,滑(なめ)の意」

とあるが,「なめくぢり」は,「ナメクジ」は,

蛞蝓,

と当てるが,

蚰蜓,

と当てると,「げじげじ」の意となる,とある。「なめ(滑)」は,

なめらかなこと,なめらかなもの,

の意である。『日本語源広辞典』は,

ナメ(滑らかのナメ)+クジ・クズ(腐敗したもの),

とする。「なめ(滑)」はいいとして,「くじ(くぢ)」が何かが焦点になりそうである。『語源由来辞典』も,

http://gogen-allguide.com/na/namekuji.html

も,

「『ナメ』は滑らかに移動する姿から『滑』の意味が有力と考えられ,舐めるように這うことから『舐め』というせつもある。」

とし,「滑」か「舐め」というところに行きつく。『語源由来辞典』は,さらに,

「『クジ(クヂ)』は,ナメクジが植物の上を這った後,えぐられたようになっていることから,『あける』『えぐる』という意味の『くじる』とする説もあるが,民間語源である。」

と,民間俗説とする。もともと「なめくじ」と「かたつむり」は区別されていなかったため,『日本語源大辞典』は,

「『なめくじ』をハダカナメクジ,ハタガカナイト,ハダカメーメー,ハダカダイロなどと呼ぶ地域があるが,これらは『かたつむり』とくべつするために『なめくじ』にハダカを冠した語形である。」

という。なかなか古代の人々の眼力は端倪すべからざるものがある。語源諸説は,

ナメは滑,クヂは縁行の意か(大言海),
ナメは滑の義,クジも滑る物の称(俗語考),
ナメラケシ(滑化)の義(言元梯),
ナメは滑の義,クチラはクヂリたる形から(日本語源=賀茂百樹),
ナメクリタリ(滑転垂)の義(名言通),
ナメクヂラ(滑鯨)の義(和字正濫鈔・俗語考・大言海・上方語源辞典=前田勇),
ナメクシリ(圬来知)の義(柴門和語類集),

とあるが,「クジ」「クジリ」の解は見当たらない。これは「クジ」「クジリ」が別の転訛ではないかと思わせる。『日本語の語源』は,

「古人は目口無き虫をみて〈無目口虫〉と漢文流に表現し,禁止の副詞の『な鳴きそ』の語法を応用してこれをナメクチ(無目口)と読んだのがナメクヂになった。文献には奈女久知(和名抄),奈女久地(新撰字鏡)と見えている。〈いみじくきたなきもの,なめくぢ〉(枕草子)。
 室町時代にはナメクジ(日葡辞典)といい,語調を整えてナメクジリ(節用集。日葡辞典)・ナメクジラといった。〈五月雨に家ふりすててナメクヂリ〉(猿蓑)。
 語頭の『な』が子交(子音交替)[nm]をとげてマメクジ・マメクジリ・マメクジラという所は多い。」

とある。いくらか苦しいか。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2018年07月10日

カタツムリ


「カタツムリ」は,

蝸牛,

と当てる。「蝸」(漢音カ,呉音ケ)は,

「虫+音符咼(カ 窓,丸い穴)」

で,「カタツムリ」の意であるが,蝸牛(カギュウ)も同意である。「蝸牛角上の争い」「蝸角之争」などという言葉もある。

カタツムリ.jpg



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%83%84%E3%83%A0%E3%83%AA

には,

「『カタツムリ』という語は日常語であって特定の分類群を指してはおらず、生物学的な分類では多くの科にまたがるため厳密な定義はない。陸貝(陸に生息する腹足類)のうち、殻のないものを大雑把に『ナメクジ』、殻を持つものを『カタツムリ』『デンデンムシ』などと呼ぶ。」

とある。「なめくじ」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/460423231.html?1531076628

で触れたように,なめくじは,

カタツムリの進化したもの,

つまり,

「カタツムリの貝殻が徐々に退化して小さくなり体内に入って見えなくなればナメクジの形」

である。『岩波古語辞典』は,「かたつぶり」の項で,

「カタ(固)ツブリ(円)の意」

としているが,『大言海』は,「かたつぶり」の項で,

「カタツブは,潟(かた)螺(つぶ)の転。…リは添えたる辞。…独楽(こまつぶり)もあり」

とする。「ら」について,

「リ,レ,ロに通ず。語の末に付けて云ふ助辞。」

と補足している。そして,以下の出典を載せる。

字鏡,虫偏に帛の字に「加太豆夫利」
天治字鏡,同字に「加太川比(かたつび)」
本草和名「蝸牛,加多都布利」(和名鈔,同じ)

「かたつぶり」が「かたつむり」に転訛したという言い方は,たとえば,

http://e-zatugaku.com/seibutu/sneil.html

で,

「昔の人が使っていた笠は、らせん状に縫っていたので巻貝に見立てられることがあったようで、その笠から『カタ』がついたようです。『ツムリ』は『ツブリ』と同系の言葉で、丸く小さいものを『粒』という『ツブ』も同源です。『カタツブリ』が変化して『カタツムリ』になったようです。」

とあるが,そう簡単ではない。「つぶり」の「つぶ」を「粒」と見るからだが,「つむり」の「つむ」を,「おつむ」「つむり」の「つむ」(頭)とみれば,

かたつむり→かたつぶり,

と転訛したとも言えるし,あるいは,「つぶ」を「つぶ(螺)」とみれば,粒と同じく,

かたつぶり→かたつむり,

となるのである。『日本語源広辞典』は,「つぶ」について,二説を採る。

説1は,「固い+つぶり(巻貝)」,
説2は,「カタ(殻)+ツブリ(頭)」,

その上で,

「ツブリは,ツムジ,頭のマイマイを,ツムジというところからの推定説です。カタツムリを,別名マイマイなどという。マイマイとは,渦巻きのこと,巻貝の意の方言。マイマイツブロの方言もあります。ツブ,ツブロはニシ(螺)だから,巻貝のことです。」

としている。つまり,「つぶ」を「螺」とすることで,「マイマイ」の説明にも通じる。ちなみに,「マイマイ」には,

マイマイツブリ,マイマイツブロ,マイマイツブラ,

といった異称がある。『日本語源大辞典』は,諸説を,次のように挙げている。

カタ(固)ツブリ(円)の義(岩波古語辞典),
カサツブリの転訛。カサは笠,ツブリは丸い巻貝で,笠に似た貝の意(蝸牛考=柳田國男),
カタは形。ツブリはツノフリ(角振)から(名語記),
カタツブはカタツビ(潟螺)の転。リは添え字(大言海),
片角を振りたてる義から(東雅),
カタヘツノフリ(片方角振)の略(名言通),
ツブリ(頭)をカタブケル意から(和句解),
頭をカタカタと音をたてて振るところから,かたふりの意,ツは助字(物類称呼),
カラクリル(殻転)の義。ツブ,クルは通音(言元梯),

ただ,「つぶ」は,

粒・丸,

と当て,

「つぶし(腿)・ツブリ・ツブラ(円)・ツブサニと同根」

とあり,「ツブリ(頭)」は,

「ツブ(粒)と同根」

とある。「ツビ」(粒)ともいい,「つぶ(螺)」は,

ツビ,

とも言うので,「粒」「丸」「円」「螺」は,ほぼ同じと見ていい。とすると,「カタ」は「固」か「潟」かだが,「カタツムリ」に「潟」は変ではあるまいか。僕は,

カタ(固)つぶ(螺・円・螺)り,

と見ていいと思うのだが,例によって,『日本語の語源』は,音韻変化から,異説を採る。

「カラウチコモリ(殻内籠り)の語は,強化による『ラ』の子交(子音交替)[rt],ウ・コの脱落,チの母交(母音交替)[iu],モの母交(母韻交替)[ou]の結果,カタツムリ(蝸牛)に転訛した」

とするが,少し無理筋ではないか。

ちなみに,「カタツムリ」の異称「でんでんむし」について, 『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/te/dendenmushi.html

は,

「『出出虫(ででむし)』の変化した語。『ででむし』は、『出る』の命令形『出よ』「出ろ」の意味 で、『出ない』を意味する『出ん』や『電電虫』ではない。『ででむし』から『でんでんむし』に 転じたのは、童謡『かたつむり』に『でんでんむしむし かたつむり おまえのせなかはどこにある…』とあるように,子供達が口拍子に『でんたでん』と言ったためであろう。」

としている。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:蝸牛 カタツムリ
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2018年07月11日

他者


柄谷行人『探求Ⅰ』を読む。

img111.jpg


本書は,1986年上梓である。もとになった連載は,1985年である。30年余前である。しかし,色褪せていない,と僕は思う。

「本書は,《他者》或は《外部》に関する研究である。」

と「あとがき」で書くが,「他者」とは,ウィトゲンシュタインの言う,

「言語ゲームを共有しない者」

の謂いである。それを,ウィトゲンシュタインは,

「われわれの言葉を理解しない者,たとえば外国人」(『哲学探究』)

と例示した。著者は,

「たんに説明のために選ばれた多くの例の一つではない。それは,言語を『語る-聞く』というレベルで考えている哲学・理論を無効にするために,不可欠な他者をあらわしている。言語を『教える-学ぶ』というレベルあるいは関係においてとらえるとき,はじめてそのような他者があらわれるのだ。」

と。

語る-聞く,

教える-学ぶ,

を終始対比しつつ語る。だから,

「対話は,言語ゲームを共有しない者との間でのみある。そして他者とは,自分と言語ゲームを共有しない者のことでなければならない。」

と。「言語ゲーム」とは,ウィトゲンシュタインが,

「われわれは,ひとびとが野原でボール遊びに打ち興じ,現存するさまざまなゲームを始めるが,その多くを終りまで行わず,その間にボールをあてもなく空へ投げ上げたり,たわむれにボールをもって追いかけっこをしたり,ボールを投げつけ合ったりしているのを,きわめて容易に想像することができる。そして,このとき誰かが言う。この全時間を通じて,ひとびとはボールゲームを行っているのであり,それゆえボールを投げるたびに一定の規則を準備していることになるのだ,と。
 でも,われわれがゲームをするとき,―〈やりながら規則をでっち上げる〉ような場合もあるのではないか。また,やりながら―規則を変えてしまう場合もあるのではないか。」(『哲学探究』)

といったことに由来する。つまり,コミュニケーションにおいて,「規則(コード)によっている」のではなく,

「そのような規則とは,我々が理解したとたんに見出される“結果”でしかない」

のであり,その結果を,著者は,

「『意味している』ことが,そのような《他者》にとって成立するとき,まさにそのかぎりにおいてのみ,“文脈”があり,また“言語ゲーム”が成立する。なぜいかにして『意味している』ことが成立するかは,ついにわからない。だが,成立したあとでは,なぜいかにしてかを説明することができる―規則,コード,差異体系などによって。」

その懸隔を,著者は,

「命がけの飛躍」(マルクス)

という。この他者は,サルトルの言う「対自存在」も,ヘーゲルの言う「主人と奴隷」も,他者ではない。それは,

「自己意識ともう一つの自己意識の,互いの置き換え」

にすぎない。それは,自分の声にすぎない。この他者との関係を,

「なんら通訳可能なものをもたない二つの異なるものがいかにして等置されるのか」

という価値形態と重ね合わせている。その関係を,

社会的,

と呼ぶ。共通性があるのではなく,結果として共通性が生み出される。

著者は末尾で,一つの結論に至る。

「われわれは,ここで対話を二つに分けるべきである。一つは,一般関係(著者は『隣り合わせ』の関係という)における他者との対話である。これは弁証法と呼ばれる。それは内なる対話(内省)によって,事後の根拠・本質に向かって行く。そこに,哲学あるいは形而上学がある。もうひとつは,対関係(著者は,他者が他者性としてある『向かい合わせ』の関係という)における“他者”との対話であって,私はこれをイロニーと呼ぶ」

イロニーとは,ソクラテスのそれである。ヘーゲルの説明ではこうある。


「彼はそのことを知らない。そこで彼は人々をして語らしめるために無邪気さを装って問いかける。そして彼に教えてくれるように人々に懇願する。」

と。それによって,

「彼らが何も知ってはいないということを知ることを教えた」

のである。まさに,

教える-学ぶ関係

である。このイロニーは,

「弁証法が排除した“他者性”の回復に他ならない」

と著者は締めくくる。僕に興味深いのは,独我論を抜け出たとする西田幾太郎の,

「自己が自己自身の底に自己の根底として絶対の他を見るといふことによつて自己が他の内に没し去る,即ち私が他に於いて私人を失ふ,之と共に汝も亦この他において汝自身を失はなければならない。私はこの他に於いて汝の呼声を汝はこの他に於いて私の呼声を聴くといふことができる」(『私と汝』)

について,「いささかも他者性をもたない」と一蹴し,

「独我論を出ようとする独我論」

と呼んだ。著者の言うように,これは,

「神(一般者)と私」

の関係に過ぎず,こう言い切っている。

「“他者性”としての他者との関係,“他者性”としての神との関係を排除している。…私と一般者しかないような世界,あるいは独我論的世界は,他者との対関係を排除して真理(実在)を強制する共同体の権力に転化する。西田幾太郎やハイデッガーがファシズムに加担することになったのは,偶然(事故)ではない。」

ウィトゲンシュタインの言葉に,

人は持っている言葉によって見える世界が違う,

というのがある。それは,言葉を交わしていても,何かを共有していることとはならないのだと思う。今日,実は言葉の意味の強制がすさまじい。それは,他の排除どころか,異質そのものの排除に見える。しかし,そのことに対峙するべき知は,無力さを増しているように見える。西田的な,

「自己の根底として絶対の他を見るといふことによつて自己が他の内に没し去る,即ち私が他に於いて私人を失ふ,之と共に汝も亦この他において汝自身を失はなければならない。」

世界が近づいている気がしてならない。

参考文献;
柄谷行人『探求Ⅰ』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
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2018年07月12日

いたる


「いたる」は,

至る,
到る,

と当てるが,「いたる」に該当する漢字は,この他,

格る,
詣る,
距る,
迄る,

等々もあるようだが,その区別について,『字源』は,

至は,至極の義にて,其の處まで来たり着く義。詩經「如川之方至」
到は,至也。彼より此処に到着する意。至と通用す。至家を到家ともかく,されども,知至・徳至には到は用ひず,論語「民到于今称之」
詣は進なり,往く也,到也などと註す,
格は,至也,来也,感通也と註す,至るべき正しき處に止まる義。書經「舞于羽于両階,七旬有苗格」,
距は,向こうにここ迄と限りありて至るなり,書經「予決九川,距四海」
迄は,至也。詩經「以迄于今」,

とあり,どうやら,「至」と「到」の区別が基本と見える。

至る①.png

(殷,甲骨文字「至」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%B3より)

「至」(シ)の字は,会意文字で,

「『矢が下方に進むさま+一印(目指す線)』で,矢が目標線まで届くさまを示す」

とある(『漢字源』)。しかし,

https://okjiten.jp/kanji975.html

は,

「指事文字です。『矢が地面につきささった』象形から、『いたる』を意味する『至』という漢字が成り立ちました。」

とする。「会意文字」は,

「すでにある象形文字や指示文字を組み合わせて、もとの漢字の意味を生かした新しい漢字。木がたくさんある→木を組み合わせて→森」

で,「指示文字」は,

「形がない物事を線・点で表す漢字です。数を表す→一、二など,位置を表す→上、下など」

だが(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14112617784による),どちらかというのは微妙だが,

k-975.gif



https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%B3

は,象形又は指事とし,

「矢と地面を表し、矢が地面に刺さった形。矢がある目標地点に『いたる』ことを意味する。」

としている。いずれにしても,矢が,目標地点に届いたさま,ということになる。

到る.png

(西周,金文「到」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%B0より)

「到」(トウ)の字は,会意兼形声で,

「到は『至+音符刀』。至は,矢が一直線に届くさま。刀は,弓なりにそった刀。まっすぐに行き届くのを至といい,弓なりの曲折を経て届くのを到という」

とある(『漢字源』)。

k-1108.gif


https://okjiten.jp/kanji1108.html

は,

「形声文字です(至+刂(刀))。『矢が地面に突き刺さった』象形(『至る』の意味)と『刀」の象形(「かたな」の意味だが、ここでは、『召』に通じ(『召』と同じ意味を持つようになって)、『まねく』の意味)から、『(まねかれて)いたる』を意味する『到』という漢字が成り立ちました。』

とし,多少意味が違う。

因みに,「形声文字」は,

「意味を表す部分と音を表す部分を組み合わせて作った新しい漢字です。『洗』は、意味を表す『さんずい(水を表す)』と、どう発音するか音を表す『先(せん)』が合わさってできています。」
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14112617784による)

を意味する。

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%B0

は,会意と形声の二説を挙げ,

「字の初形は、至と人とに従う。至は矢の到達するところ、そこに人の立つ形である。至と、音を表す刀とで、いたりつく意をあらわす。」

と二つの由来を挙げている。「刀」と「人」ということで意味がわかれる。しかし,いずれにしても,そこへ到達しているということよりは,

たどりつく,

という含意になるようだ。ついでに,「格」(漢音カク,コウ,呉音キャク)の字は,「格物窮理」「格物致知」の成語でも知られる。会意兼形声で,

「各は,夂(あし)と四角い石を組み合わせて,足が堅い石につかえて止ったさまを示す。格は『木+音符各』で,つかえてとめるかたい棒」

とある(『漢字源』)。しかし,

k-790.gif



https://okjiten.jp/kanji790.html

は,

「会意兼形声文字です(木+各)。『大地を覆う木』の象形と『上から下へ向かう足、口の象形』(神霊が降ってくるのを祈る意味から、『いたる』の意味)から、木の枝がつきでる事を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、『いたる』、『地位』、『法則』を意味する『格』という漢字が成り立ちました。」

とある。しかし「各物窮理」という表現の語感は,「足が堅い石につかえて止ったさま」がよく表している気がする。

格-oracle.svg (1).png

(殷,甲骨文字「格」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A0%BCより)


さて,「至」「到」「格」等々を当てはめた「いたる」は,『広辞苑』は,

「イタ(致)ス,イタダキ(頂)と同源」

とし,『岩波古語辞典』も,「至・達・及」の字を当てて,

「イタは,イタシ(致し)・イタダキ(頂)・イタ(甚)と同根。極限・頂点の意。時間・程度道程などについて,出発点から徐々に進んで最高の度合いに達し,極まる意」

とする。その意味では,「到」ではなく,「至」の字を当てるのが妥当なのだろう。『大言海』は,

「行足(いきた)るの略か(かきなぐる,かなぐる)」

とし,萬葉集の,

「唐國に,行き足らはして,帰來む,丈夫(ますら)武男(たけお)に,御酒(みき)たてまつる」

の,「行き足らはして」を「いきとどきて」と解している。

しかし,「至」を当てたとすると,そこへ届いたという意であって,そのプロセスは含意にない。その意味で,「いた(甚)」の,

「極限・頂点の意。イタシ(致)・イタリ(至)・イタダキ(頂)と同根。イト(甚・全)は,これの母音交替形」

の説明(『岩波古語辞典』)の方が説得力がある。

『日本語源広辞典』は,

イタ(極点)+ル(動詞化),
イ(行き)+足る(わたる),

の二説を選択していないが,

「極点に到達している」(『日本語源広辞典』)

というのと,

「ある場所,ある時間,ある状態に,行き着く,または到達する」(『日本語源広辞典』)

という意味の説明をみても,前者の方がすっきり納得できる気がする。

極点,

そのものを動詞化したものとみたい。

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2018年07月13日

いくさ


「いくさ」は,

軍,
戦,
兵,

と当てる。

1280px-The_Siege_of_Osaka_Castle.jpg



「軍」(漢音グン,呉音クン)は,会意文字で,

「『車+勹(外側をとりまく)』で,兵車で円陣をつくって取り巻くことを示す。古代の戦争は車戦であって,まるく円を描いて陣取った集団の意。のち軍隊の集団をあらわす」

とあり,「たたかい」「つわもの」「兵団」の意である(『漢字源』)。

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%BB%8D

には,「『勹』車に立てた旗を象ったもので象形とも」とある。

k-660.gif



https://okjiten.jp/kanji660.html

には,

「会意文字です(冖(勹)+車)。『車』の象形(『戦車』の意味)と『人が手を伸ばして抱きかかえこんでいる』象形(『かこむ』の意味)から、戦車で包囲する、すなわち、『いくさ』を意味する『軍』という漢字が成り立ちました。」

「戦(戰)」(セン)の字は,

「單(単)とは,平らな扇状をした,ちりたたきを描いた象形文字。その平面でぱたぱたとたたく。戦は『戈+音符單』で,武器でぱぬぱたと敵をなぎ倒すこと。また憚(タン はばかる)に通じて,心や皮膚がふるえる意に用いる。」

とある。「たたかう」意だが,「たたかう」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/452805063.html

で触れたように,

「タタ(叩)クに接尾語フのついた語」

とあるから,「戦」の字義と通じるものがある。

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%A6

は,「單」を,

武器の一種の象形、盾の象形とも,

とある。

k-701.gif



https://okjiten.jp/kanji701.html

は,だから,

「会意兼形声文字です(単(單)+戈)。『先端が両またになっているはじき弓』の象形と『先端に刃のついた矛(ほこ)』の象形から『たたかう』を意味する『戦』という漢字が成り立ちました。」

という説を採る。

「兵」(漢音ヘイ,呉音ヒョウ)の字は,会意文字で,

「上部は斤(おの→武器)の形,その下部に両手を添えたもので,武器を手に持つさまを示す。並べあわせて敵に向かう兵隊の意。」

とある。

300px-兵-oracle.svg.png

(「兵」,殷・甲骨文字 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%B5より)


https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%B5

も,

「斤(おの)」+「廾(両手をそろえた様)」、斧(=武器)を両手で持つ様,

とし,

k-635.gif



https://okjiten.jp/kanji635.html

も,

「会意文字です(斤+廾)。『曲がった柄の先に刃をつけた手斧』の象形と『両手』の象形から、両手で持つ手斧を意味し、そこから、『武器・兵士・軍隊』を意味する『兵』という漢字が成り立ちました。」

とする。

「戦」「軍」「兵」ほ当てた「いくさ」は,例えば,『日本語源広辞典』が,

「イ(射)+クサ(人々)」

で,「射る兵卒」の意とするのが典型で,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/i/ikusa.html

も,

「いくさの『いく』は、矢を『射る』『射交わす』意味の『いくふ(いくう)』か、『まと(的)』を意味する『いくは』の語根。いくさの『さ』は、『矢』を意味する『さ(箭・矢)』、もしくは接尾語の『さ』。つまり、いくさの語源は『矢を射る』『矢 を射交わす』ことである。古く,『いくさ』の語は『矢射るわざ(こと)』の意味で用いられることが多く,『戦争』や『戦闘』の意味が主となったのは中世以降である。」

と,細部の分析はともかく,「矢」と「射る」というに深くつながるらしい。『大言海』は,「いくさ」について,

射,
軍,

を別項を立てている。前者「いくさ(射)」は,

「イクは,射(いく)ふの語幹。,サは,箭(さ)なり。…箭を射ふ,即ち,射箭(イクヒサ)なり(贖物[あがひもの],あがもの,馳使部[はせつかひべ],はせつかべ)。賀茂真淵云ふ『伊久佐は,射合箭(イクハシサ)と云ふことなり』」

とし,「射(いく)ふ」の項で,

「射交(いか)ふ(行交ふ)の転にて(ゆかりなし,ゆくりなし。いつかし,いつくし),射るに連なりて,他動となり,射交わすの意ともなれるなるべし。明け暮らすも,自動と合して他動となる」

とし,「箭(さ)」の項では,

「刺すの語根にもあるべきか,…或は征箭(そま)の約かとも云ふ,いかが。朝鮮語に,矢を,サルと云ふとぞ」

とする。いささか自信なさげであるが,『岩波古語辞典』に「さ(箭・矢)」は,

「矢(や)の古語。朝鮮語salの末尾の子音を落した形」

とある。で,「いくさ(軍)」の項は,

いくさびと,
いくさだて,

の意とある。これは,「いくさ」が戦いの意に転じた後の使い方なのだと思われる。

これまでのところ,「いくさ」は,「射交わす」の意とされているが,語源説は,大きく二つに分かれる。『日本語源大辞典』は,

「『いく』は『的』を意味する上代語の『いくは』,また『射る』の意の『いくふ』と関係があるか。『いきいきとして生命力の盛んなるさま』を表す接頭語の『いく(生)』との説もある。『さ』は『箭(や)』の意の『さ』『さち』と同根とも,接尾語の『さ』とも考えられる。」

と説くが,『岩波古語辞典』は,

「イクはイクタチ(生大刀)・イクタマ(生魂)。イクヒ(生日)などのイクに同じ。力の盛んなことをたたえる語。サはサチ(矢)と同根。矢の意。はじめ,武器としての力のある強い矢の意。転じて,その矢を射ること,射る人(兵卒・軍勢),さらに『軍立ち』などの用例を通じて矢を射交わす戦いの意に展開」

やはり「や(箭)」につながるが,「いく」が,

「生命力が盛んなのをほめる」

接頭語で,「生(いく)太刀」「生(いく)日」「生(いく)魂(むすび)」という言い方には,呪力を込める思いがある。結局,

矢を射る(人)→矢を射交わす→戦,

と,意味がシフトしていったにしろ,その矢に思いを込めるという説に惹かれる。

『大言海』の,「軍」でいう,「いくさびと」は,

「射人(いくさびと)の義,射(いくさ),即ち,弓射る人の義。戦争の武器は,弓矢を主としたりき,後世,弓矢取,又弓取などと云ふも,是なり」

とあり,「いくさだち」(軍立)は,

「射立(いくさだち)の義。タチは役立(えだち)の立に同じ。射(いくさ),弓矢の役に立つ義なり,イクサとのみ云ふは,下略なり。…イクサと云ひて,戦争の意とするは後世の事にて,古くは見えず,上代にイクサと云ひしは軍人(イクサビト)のことなり。…然るに軍人の義なる語は,夙(はや)くに滅亡して,戦争(いくさ)の意,其称を専らとするに至れり」

とし,

イクサビト(軍人)→イクサ(戦),

と転じたとする。

どの場合も,「いくさ」しか指さなくなったが,考えれば,その目的はそれなのだから,はずれているというわけではない。戦争の意で用いられるのは,中世以降,

「特に,『平家物語』『保元物語』など軍記物語にはこの意でもちいられている。」

という。「いくさ」のこういう変化は,「軍→いくさ」「兵→いくさ」という拡大と重なっている。因みに,「軍立」は「いくさだて」と訓まれ,

戦いの方法,

つまり,軍略の意,に転ずるのは当然と言えば当然か。

なお,「矢」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/450350603.html

で触れた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
掌笹間良彦『図説 日本戦陣作法事典』(柏書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:いくさ
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2018年07月14日


「鬨(とき)」は,

鯨波,
時,

とも当てる。『広辞苑』には,

「合戦の初めに全軍で発する叫び声。三方の士気を鼓舞すると共に,敵に向かって戦いの開始を告げる合図としたもの。敵味方が相互に発し合い,大将が「えいえい」と二声発すると,一同が「おう」と声をあげて合わせ,三度繰り返すのを通例とした,

とあり,

鬨をあわす,

とは,

敵の鬨の声に応じて味方が鬨の声をあげることをいう,

とあり,鬨をあげるのを,

鬨をつくる,

とも言う。「鬨」(漢音コウ,呉音ク)の字は,

「門(たたかう)+音符共(いっせいに)」

で,

ときの声,
戦場で,一斉にあげる声,

で,どちらかというと,我が国のような「鬨をつくる」というよりは,どっとあげる喚声のイメージである。だから,

鬨ふ,

で戦うという意味にもなる。

鬨-seal.svg.png

(「鬨」小篆,漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AC%A8より)


https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AC%A8

は,

「会意形声。『鬥』+音符『共』。『共』は手を『そろえて』物をささげる様。そろって争う。」

とある。『世界大百科事典』には,

「一般に戦場でのさけび声をいう。敵味方対陣するなか,戦闘は,それぞれがまず鬨をつくることから始められた。戦勝での勝鬨(かちどき)はよく知られている。《和訓栞》には〈軍神招禱したてまつる声を時つくるといひ,敵軍退散して神を送りたてまつる声を勝時と名(なづ)くともいへり〉とある。出陣にさいしても鬨をつくったことは,《吾妻鏡》の宝治合戦(1247)を記す部分に〈城九郎泰盛……一味の族,軍士を引率し,……神護寺門外において時声を作る〉とある例からも知られる。」

とあり,「勝ち鬨」について,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%A8

は,

「『鴉鷺合戦物語』(15世紀末前後)にも作法についての記述があり、戦初めの時に『鬨を三度』出し(これは13世紀成立の『平家物語』『平治物語』も同じ。)、戦後の勝ち鬨に関しては、『勝ち時(鬨)は一度、始め強く、終わり細かるべし』と記している。
上泉信綱伝の『訓閲集』(大江家の兵法書を戦国風に改めた書)巻十『実検』の中の、帰陣祝いの規式の法、の項に、『勝凱をつくることは、軍神を送り返し、奉る声なり』と記述されており、信仰的な面と繋がっていたことをうかがわせる。なお『訓閲集』の表記では、「えい」も「おう」も異なり、『曳(大将が用いるエイ)』『叡(諸卒が用いるエイ)』『王』の字を用いており、また、軍神を勧請する際、『曳叡王(えいえいおう)』と記し、大将が『曳』と発した後に、諸卒が『叡王』とあげるとしており、声に関しては、『初め低く、末高く張り揚げる』と記している(前述の15世紀成立の『鴉鷺物語』と表現に変化がみられる)。」

等々とあり,いってみれば儀式化していく。たとえば,

「大将の乗馬は東向きにし、凱旋の酒宴において大将は右手に勝栗(『搗栗』。弓とする流派もある)を取り、左手に扇子(軍扇とする流派もある)を開き、あおぎながら発声し、諸軍勢一同が武器を掲げてこれに声を合わせることを『勝鬨』と言った。なお、戦勝後のみならず出陣式で行うのも勝鬨と言い、出陣の際には『初め弱く終わり強く』、帰陣の際にはその逆にしていたと伊勢貞丈の『軍用記』には記されている。」

とあるが,あの信長でさえ,熱田神宮で戦勝祈願をしている。士気鼓舞にも縁起担ぎにも必要な手続きだったのだろう。それを,『武家戦陣資料事典』では,こう書いている。

「この時代(源平合戦期)の合戦の駆引はどう行ったかというと,先ず双方,部隊を配して威勢をあげるために鬨を上げる。大将や主だった者が音頭をとって『えいえい』と叫ぶ。間髪をいれず全員で『おーう』と答える。腹の底から全身で叫ぶのでヤマハ賑わうように轟き敵を威嚇するのであるが,士気が沈滞していると反って頼りない音声となり,敵にさとられてしまうので小人数でも大勢いるように怒鳴る。大将の音頭の状態で何度でもあげる。敵も負けじと鬨をあげて威嚇する。鬨は戦直前の恐怖を振り落して気力を充実させるためにも必要のことで,全員が一斉にそろう場合と,部隊の配置によって尾を引くように強まるものと尾を引くように弱まる時とがあり,戦馴れた物師(戦い慣れた武士)にはその調子で敵味方の士気から勝敗の予想をたてるものもある。」

ことほど左様に,結構重要な儀式ではあったらしい。

さて,「鬨」について,「鯨波」と当てるのは,

大波,

という意味なので,波が次々押し寄せるように声の波を拡げるというメタファとして使う,というのはわかる。『字源』の「鯨波」(げいは)の項に,

大波,ときに鬨の声に喩ふ,

とあるので,これも中国由来とみられる。しかし,「鬨」に,

時,

の字を当てるのが気にかかる。他の辞書からは由来を探る手がかりは得られないが,『大言海』には,

「古へ,禁中にて,夜,時を奏(まう)す聲に起ると云ふ。転じて,衆人の呼聲ともなる。又,鬨は孟子,梁惠王,下篇,趙注『鬭(闘)声也』と。鯨波は,祖庭事苑,四『鯨常以五月就岸,生數萬子,至八月引子還海,鼓波成雷,噴水成雨,云々』の句に因ると云ふ。」

とあり,時を告げる声に由来するという。

時を奏す,

という言葉があり,『岩波古語辞典』には,

「昔宮中では,夜警の兵士が,亥の一刻から寅の四刻にわたり一刻ごとに時間を奏上した」

とある。また,

時の奏,

ともいう。『広辞苑』にはこうあり,より詳しい。

「律令制では陰陽寮に時守(ときもり)を置き,漏刻すなわち水時計を見守らせてその時々の鐘鼓を打たせ,宮中では亥の刻の初めから寅の刻の終りまで宿直の官人が一刻ごとに時の簡(ふだ)に杙を差し替えて時を告げた」

とある。しかし,これでは声を上げていない。「時の簡(ふだ)」とは,

「清涼殿殿上の小庭に立てた時刻を掲示する札。札に刺した杙(くい)を時刻こど内豎(ないじゅ)が差し替えた」(『広辞苑』)

とあり,その位置は,

「『禁腋秘抄』に『下侍二間あり、東は妻戸なり、次一間蔀なり。二つにわりて、西は、おろして、御膳(もの)棚をその前に立て、そばに時の簡をたてたり』とある。 一昼夜12時を各時4刻にわけ、第4刻のときのみ時の杙をさしたらしい。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%82%E3%81%AE%E7%B0%A

いずれにしろ,主上に奏上するのは,別に叫ぶわけではない。「鬨」の由来は,「時」と重なるだけに,時刻を告げることと重なるが,それ以上には確かめられなかった。

参考文献;
笹間良彦『武家戦陣資料事典』(第一書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル: 鯨波
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2018年07月15日

とき


「とき」は,

時,

と当てるが,

秋,
世,
刻,
季,
期,
節,
辰,
運,

も,「とき」と訓ませたりする。

時勢の意味(「世紀」),
時刻の意味(「刻限」),
季節の意味(「季節」),
期限の意味(「期間」),
時期の意味(「危急存亡の秋」),
気候の意味(「時節」),
星辰の意味(「辰刻」),
めぐりの意味(「運勢」),

等々「とき」だけで表現できない意味を,漢字の陰翳を使って伝えようとする苦心といっていい。漢字がなければ,日本語は,そもそも成り立たない。ひらがなを仮名とよび,漢字を真名と呼んだ先人の思いがよくわかる。

多く当てられる「時」(漢音シ,呉音ジ)は,

「之(シ 止)は,足の形を描いた象形文字。寺は『寸(て)+音符之あし』の会意兼形声文字で,手足を働かせて仕事をすること。時は『日+音符寺』で,日が進行すること。之(行く)と同系で,足が直進することを之といい,ときが直進することを時という」

とある(『漢字源』)。

時-oracle.svg (1).png

(「時」殷・甲骨文字 https://en.wiktionary.org/wiki/%E6%99%82より)


https://okjiten.jp/kanji145.html

は,

「会意兼形声文字です(止+日)。『立ち止まる足の象形と出発線を示す横一線』(出発線から今にも一歩踏み出して『ゆく』の意味)と『太陽』の象形(『日』の意味)から『すすみゆく日、とき』を意味する漢字が成り立ちました。のちに、『止』は『寺』に変化して、『時』という漢字が成り立ちました。(『寺』は『之』に通じ、『ゆく』の意味を表します。)」

とあり,結果としては,同じである。

k-145.gif



『大言海』は,「とき」の項で,

「常(とこ)の転か,或は,疾(とき)の意かと云ふ」

とする。『語源由来辞典』,

http://gogen-allguide.com/to/toki.html

も,

「とどまることなく流れることから『とこ(常)』の転とする説と、速く過ぎることから『とき(疾)』の意味とする説がある。『年』の語源が『疾し(とし)』にあるとすれば、それよりも速く過ぎる『時』の語源が『とき(疾)』でも不自然ではない。また、『常』は『とどまることなく』の意味からとされるが、『つねにあるもの』は『停滞』を意味し,『流れる』という意味が弱いことから、『とき(疾)』としたほうがよいであろう。」

と,二説挙げ,「疾し」説を採る。しかし,『日本語源広辞典』は,三説挙げる。

説1は,「月の音韻変化」説。月の満ち欠けによって時の動きを示す,
説2は,「解ける・溶けるのトキ」語源説。溶けていく過程に時間の移り行きを示す,
説3は,「疾き」説。早く過ぎ去るを示す「トキ(疾き)」で時間の進行を示す,

個人的には,「疾き」というのは,如何かと疑問である。「早い」と感じるのは,時間だけなのだろうか。他と比してそう感じさせたという根拠があるのだろうか。何となく,後世の理屈で解釈しているように思える。むしろ,

tuki→toki

と,月を基準にする説が自然に思える。『日本語源大辞典』は,四説載せる。

トコ(常)の転か(東雅・大言海),
トキ(疾)の義。速く過ぎるところから(名語記・和句解・日本釈名・名言通・柴門和語類集),
トキ(辰)の義(言元梯),
ツボコシ(坪越)の反。坪を過ぎれば,時が移るところから(名語記)

やはり,

「月の音韻変化」説,

に軍配を上げたい。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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ラベル: とき
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2018年07月16日


「斎」は,

とき,

と訓ませる「斎」である。『広辞苑』には,

「食すべき時の意」

とあり,

「仏家で,午前中にとる食事,午後は食しないと戒律で定めている。斎食。時食」

とあり,そこから,

精進料理,
寺で出す食事,
法事

と意味が広がっていく。「斎(齋)」(漢音サイ,呉音セ)の字は,

「『示+音符齊(サイ・セイ きちんとそろえる)の略体』。祭りのために心身をきちんと整えること」

であり,

祭りの前に酒や肉を断ち,きまったところにこもって心を一つにして準備する,

の意であり,やはり,

ものいみ,
精進料理,
とき(僧の食事),

という意味になる。

25998o1.png

(「斎」説文解字(西暦100年成立の最古の部首別漢字字典) https://jigen.net/kanji/25998より)


https://okjiten.jp/kanji1829.html

によると,「斎」の字は,

「会意兼形声文字です(斉+示)。『穀物の穂が伸びて生え揃っている』象形(『整える』の意味)と『神にいけにえを捧げる台』の象形(『祖先神』の意味)から、『心身を清め整えて神につかえる』、『物忌みする(飲食や行いをつつしんでけがれを去り、心身を清める)』を意味する『斎」という漢字が成り立ちました。」

とあり,やはり,心身を浄め整える意味がある。

k-1829.gif



『岩波古語辞典』には,

「時の意。仏教では元来,正午以後の食事非時食(ひじじき)として禁じたので,食すべき正しい時の食事をトキといった」

とある。従って,『日本語源広辞典』は,「斎」の語源は,

「時(とき)」

とし,こう付言する。

「午前中のものをトキ,午後のものをヒジ(非時)といいました」

と。「時」の意を,「斎」のもつ含意から,当て嵌めたと見ることができる。『大言海』は,

「食すべき時の義,齋は梵戒の鄔波婆婆(Upavāsa)の訳語にて,齋戒の齋,即ち食事を謹む意。比丘は戒律上非時に食ふべからず,時(午前中)に食ふを定法とす。故に,齋を時にかよはし,転じて,僧食を一般に齋と云へり」

とする。

齋を時にかよはし,

とはいい表現である。「斎」は,

「とき」

と訓ますだけでなく,

いつき,
ものいみ,

とも訓ます。総じて,

身を浄め,心を整える,

といった意味だが,「斎」の字は,「い」と訓んで,『岩波古語辞典』によれば,

イミ(斎・忌)と同根。

で,神聖である意だが,複合語としてのみ,

「斎垣」「斎串」「斎杭」「斎槻」

等々。さらに,

いつき,

と訓ませれば,『岩波古語辞典』によれば,

「イツ(稜威 自然,神,天皇の威力)の派生語。神や天皇などの威勢・威光を畏怖して,汚さぬように潔斎して,これを護り奉仕する意。後に転じて主人の子を大切にして仕え育てる意」

とあり,それが特定されると,

斎宮(いつきのみや),

の意となる。

Saikū_Historical_Museum_-_Display_item05_-_The_room_of_Saiô.jpg

(斎宮の居室(手前は内侍) 斎宮歴史博物館 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E5%AE%AEより)

いむ,

と訓ませると,「忌」とも当て,

神に仕えるために汚(けが)れを避けて謹慎する,
意と,
死・産・血などの汚れに触れた人が一定期間,神の祀(まつ)りや他人から遠ざかる,
意となり,さらに広がって,

方角・日取りその他,一般によくないとされている,

意へと広がる。

いわい,

と訓ませると,「祝」とも当て,やはり,

心身を清浄にして無事安全を祈り神をまつる,

意となる。当然だが,

さい,

と訓ませれば,漢字「斎」の意と重なる。和語は,「斎」を当てた瞬間に,「斎」の意味の外延からでられなくなったように見える。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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ラベル:
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2018年07月17日

トキ


「トキ」は,あの絶滅した,

朱鷺,
鴇,

の意である。他に,

鵇,

とも当てるが,「鵇」は国字である。また,「鴇」(ホウ)の字を「トキ」に当てるのは,我が国だけである。

「左側の字は,呆・保と同なじく,包む意を含む。鴇はそれを音符とし,鳥を加えた字で,羽で全身を丸く包んだ風がたちをした鳥」

で,「のがん」「ゆましちめんちょう」等々に当てられている。「トキ」は,

800px-Zhuhuan2_xi'an.jpg



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%AD

によると,

「かつては北海道・本州・伊豆諸島・佐渡島・隠岐諸島・四国・九州・琉球諸島といった日本各地のほか、ロシア極東(アムール川・ウスリー川流域)、朝鮮半島、台湾、中華人民共和国(北は吉林省、南は福建省、西は甘粛省まで)と東アジアの広い範囲にわたって生息しており、18世紀・19世紀前半まではごくありふれた鳥であった。」

が,ロシア,大韓民国,朝鮮民主主義人民共和国,日本,台湾では絶滅,野生では中華人民共和国(陝西省など)に997羽(2010年12月現在) が生息しているだけとされる。

「飼育下では中国に620羽(2010年12月現在)、日本に211羽(2013年8月現在)、韓国に13羽(2011年7月現在)がおり人工繁殖が進められている」

という,ほぼ絶命状態である。人類が絶滅させた種の一つである。

『大言海』は,「トキ」に,

桃花鳥,
鴇,
鵇,

と当て,

ツキの転,

としている。「ツキ」は「トキ」の古名である。「桃花鳥」というのは,

鵇色(ときいろ),

から来ている。「鵇色」とは,

薄い桃色,

であり,「トキ」を,

紅鶴,

というのも,「トキ」の。

鵇(とき)の翅の如き色,

で,『大言海』は,それを,

「薄紅の灰色を帯ぶる」

と表する。『岩波古語辞典』の「ツキ」の項に,

「紅鶴,ツキ」(名義抄)

が載る。その翅の色が,染色に色として残った。

「トキ」の語源は,

「古名ツキの転」

という『大言海』の説以外,あまり載らないが,『日本語源大辞典』には,「ツキ」の由来について,

殺すと色がつくところからツキ(着)の義(名言通),
タウケ(桃色)の義(言元梯),

の二説のみ載る。いずれも,如何かと思う。

以前「サギ」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/455767810.html

で,

「『キ(ギ)』は『トキ』『シギ』などと同じく「鳥」を意味する接尾語で、『サ』が『白』を表し、『白い鳥』の意味とする説。」

が,最も魅力がある。『日本語源広辞典』は「とり」の項で,

「ト(飛ぶ)+り(接尾語)」

としているのでなおさらである等々と書いた。ただ,「トキ」は,「ツキ」の転とすると,「ツ」について考えなくてはならない。ひとつの臆説は,「ツ」は,

「チ(血)の古形」

と,『岩波古語辞典』にあることだ。とすると,「トキ」の,

淡紅色を帯びた白色。顔と脚が赤く,頭に冠羽がある,

特色ともつながる気がする。「朱鷺」と当てることとも通うじる。

ツ(血)+キ(鳥の意),

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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ラベル:朱鷺 トキ
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2018年07月18日

よまいごと


「よまいごと」は,

世迷言,

と当てるが,当て字のようだ。『広辞苑』には,

世迷い言の意か,

とある。つまり,「よまよいごと」の意だと。で,

他人に通じないような不平・愚痴をいうこと,またその言葉,
わけのわからぬ繰り言,

という意味である。でも語感はちょっと違うような感じがする。『江戸語大辞典』も,

わけのわからぬ繰り言,

と載せる。しかし,僕には,『岩波古語辞典』の,

言っても甲斐のないことをくどくど言うこと,

の意が一番しっくりくる。

『大言海』は,

世迷言の義か,

と『広辞苑』と同趣旨のことを述べ,

独語とし,つぶやくこと,

とある。どうやら,

独語,
繰言,

が,この要件らしい。『大言海』は,「狂言記」(茶盃拜)から,

「明暮なにやらよまひごとばかり云ふて,涙を流し」

を載せる。な,「狂言記」は,江戸時代に出版された狂言の台本集らしい。

さて,

世迷言,

が当て字だとすると,「よまいごと」の由来は何か。『日本語源広辞典』は,

「ヨマフ(愚痴を言う)の連用形+こと(言葉)」

とし,

「わけのわからない繰言を言います。当て字『世迷言』をヨマヨイと読むのは誤り」

とある。そういう誤りがあるのか思うと,それが結構あるらしい。

http://blog.livedoor.jp/yamakatsuei/archives/52111702.html

には,その例が満載である。「当て字」から誤読みする例は,「取り付く島がない」「けんもほろろ」といった言い回しを,耳で聞き覚えるせいか,「とりつくひまがない」「けんもほろほろ」というのに似ている。

さて,「ヨマフ」だが,『岩波古語辞典』には載らない。しかし,『日本語源大辞典』は,

動詞ヨマフから。ヨハフは中国地方でいうヨーマー(「ようもまあそんなことが言える」の省略)の語からか(毎日の言葉=柳田國男),

を載せおり,「ヨマフ」説の由来が柳田國男だと知れる。『日本語源大辞典』は,もうひとつ,

ヤマヒ(病)言の意(音幻論=幸田露伴),

を載せている。「ヨマフ」説は,確かめようはないが,「ヤマヒ」説は,語呂はあっても,意味は違う気がする。

「世迷言」の類語には,

繰言,
愚痴,

以外に,

死児の齢(よわい)を数える,

というのがある。これはメタファだかが,「世迷言」にある,

言っても甲斐なきことを言う,

の意は通じるが,『類語新辞典』には,

他人に通じない愚痴,

とあり,他人が聞いても,共感できないものを差すらしい。その要件を加えると,

死児の齢を数える,

とは,僅かにずれる。その意味では,傍から聞くと,

よまよいごと,

にしか思えない繰言,ということなのだろう。『類語例解辞典』には,繰言と比較して,

「世迷い言」は、言っても無意味な、また、その状況では言っても甲斐(かい)のないような不平や不満を言うこと。また、その言葉。

「繰り言」は、同じ愚痴を繰り返し言うこと。

とあるらしい。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大野晋・浜西正人『類語新辞典』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2018年07月19日

かこつ


「かこつ」は,

託つ,
喞つ,

と当てる。

「無聊を託つ」

の「かこつ」である。「託」(タク)の字は,

「乇(タク)は,植物の種がひと所に定着して,芽をふいたさまを表す会意文字。ひと所に定着するという意味を含む。家を建ててそこに定住するのが宅(タク)である。託はそれを音符とし,言を加えた字で,言葉で頼んでひと所に預けて定着させること」

であり,「たよりにする「かこつける」「ことよせる」という意味である。「喞」(漢音ショク・シツ,呉音ソク・シチ)の字は,

「『口+音符即』。激しい鳴声を表す擬声語」

で,「喞喞(ショクショク,ソクソク)」で,虫などがちっちっとしきりに鳴く声で,そこから,嘆息の声の意。嘆く意から当てたのだろか。我が国だけの使い方である。

「かこつ」は,

他のせいにする,口実とする,
自分の境遇などを嘆く,愚痴をこぼす,

という意味になる(広辞苑)が,『岩波古語辞典』をみると,

口実とする,
相手に言いがかりをつけて責める,
相手に愚痴・不平を言う,
関係があるとして,相手に寄りかかって頼みとする,

という意味がある。これは,「かこつ」の由来に起因する。『岩波古語辞典』には,

「カコトの動詞化,相手に関係があるとして,自分の行為の口実にし,また相手に原因や責任をかぶせるように言うのが原義」

とある。「かこと」は,

託言,

と,『岩波古語辞典』にはあり,

「物事の原因・理由・責任を他人や他のことにかこつける言葉の意」

とあり,

言い訳,口実,
(関係ありとする)非難,言いがかり,
不平,愚痴,

の意味である。『大言海』は,「かこつ」を,

「假言(かこと)の末音を活用せしめたる語。独語(ことりごと)をヒトリゴツ,告言(のりごと)をノリゴツとする,同例」

としているが,「託言」(かごと)をみると,

「假言(かりごと)の略。誓詞(ちかひごと),ちかごと,同例」

としているので,『岩波古語辞典』と同じである。「かごと(託言)」の意味を,

かこつける言,

つまり,

言寄せる
何かのせいにする,
かずける,

のが原義で,転じて,

嘆き言う,
侘び思う,

と『大言海』がしているのが,意味の流れとして正確なのだろ。「假言」とは,

かずける,

つまり,

被ける,

人の頭に被らせる,

である。遅刻を電車の遅れに被けるみたいなものである。それは,「口実」であり,「嘆き」に転じても,どこか人のせいにしている含意が残る。

「かこつける」という言い方を,今日ではすることが多い。「かこつく」の口語である。『岩波古語辞典』は,

「カコチツケの略」とするが,『大言海』の,

假言(かごと)付くの略,

とするのと同じであると思われる。「志不可起」「亮々草子」も「假言付く」としているようだ(『日本語源大辞典』)し,『日本語源広辞典』も,

カコツ(仮言・託言)+クの下一段化」

と,ほぼ重なる。つまりは,「被ける」である。

こうみてみると,

無聊を託つ,

は,ただ嘆いているというよりは,無聊に託けて,何もしていない自分を言い訳している,という含意があるように思えてくる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
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かこつ


「かこつ」は,

託つ,
喞つ,

と当てる。

「無聊を託つ」

の「かこつ」である。「託」(タク)の字は,

「乇(タク)は,植物の種がひと所に定着して,芽をふいたさまを表す会意文字。ひと所に定着するという意味を含む。家を建ててそこに定住するのが宅(タク)である。託はそれを音符とし,言を加えた字で,言葉で頼んでひと所に預けて定着させること」

であり,「たよりにする「かこつける」「ことよせる」という意味である。「喞」(漢音ショク・シツ,呉音ソク・シチ)の字は,

「『口+音符即』。激しい鳴声を表す擬声語」

で,「喞喞(ショクショク,ソクソク)」で,虫などがちっちっとしきりに鳴く声で,そこから,嘆息の声の意。嘆く意から当てたのだろか。我が国だけの使い方である。

「かこつ」は,

他のせいにする,口実とする,
自分の境遇などを嘆く,愚痴をこぼす,

という意味になる(広辞苑)が,『岩波古語辞典』をみると,

口実とする,
相手に言いがかりをつけて責める,
相手に愚痴・不平を言う,
関係があるとして,相手に寄りかかって頼みとする,

という意味がある。これは,「かこつ」の由来に起因する。『岩波古語辞典』には,

「カコトの動詞化,相手に関係があるとして,自分の行為の口実にし,また相手に原因や責任をかぶせるように言うのが原義」

とある。「かこと」は,

託言,

と,『岩波古語辞典』にはあり,

「物事の原因・理由・責任を他人や他のことにかこつける言葉の意」

とあり,

言い訳,口実,
(関係ありとする)非難,言いがかり,
不平,愚痴,

の意味である。『大言海』は,「かこつ」を,

「假言(かこと)の末音を活用せしめたる語。独語(ことりごと)をヒトリゴツ,告言(のりごと)をノリゴツとする,同例」

としているが,「託言」(かごと)をみると,

「假言(かりごと)の略。誓詞(ちかひごと),ちかごと,同例」

としているので,『岩波古語辞典』と同じである。「かごと(託言)」の意味を,

かこつける言,

つまり,

言寄せる
何かのせいにする,
かずける,

のが原義で,転じて,

嘆き言う,
侘び思う,

と『大言海』がしているのが,意味の流れとして正確なのだろ。「假言」とは,

かずける,

つまり,

被ける,

人の頭に被らせる,

である。遅刻を電車の遅れに被けるみたいなものである。それは,「口実」であり,「嘆き」に転じても,どこか人のせいにしている含意が残る。

「かこつける」という言い方を,今日ではすることが多い。「かこつく」の口語である。『岩波古語辞典』は,

「カコチツケの略」とするが,『大言海』の,

假言(かごと)付くの略,

とするのと同じであると思われる。「志不可起」「亮々草子」も「假言付く」としているようだ(『日本語源大辞典』)し,『日本語源広辞典』も,

カコツ(仮言・託言)+クの下一段化」

と,ほぼ重なる。つまりは,「被ける」である。

こうみてみると,

無聊を託つ,

は,ただ嘆いているというよりは,無聊に託けて,何もしていない自分を言い訳している,という含意があるように思えてくる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

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