2018年08月09日

二刀一流


小澤正夫『宮本武蔵―二刀一流の解説』を読む。

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本書は,兵法家宮本武蔵,正確には,

新免武蔵藤原玄信,

の事蹟と,その兵法,

二刀一流,

を詳説したものである。二刀一流は,初期には,

円明流,

といい,最晩年に,

二天一流,

と名づけた。

僕は,剣には疎いので,素人判断で,かつて『五輪書』を読んだとき,間合いと拍子ということに要があるという点に強い印象を受けた。たとえば,「秋猴の身」というのが水の巻にある。

敵が打つ前に,身を早く寄せていく呼吸,

あるいは,「膝膠の身」というのは,

相手に身を密着させて離れない,

という。立ち合っている最中のことである。この間合いの一気の詰め方は,「敵を打つに一拍子の打ち」にある,

彼我ともに太刀の届くほどの位置をとり,敵の心組みができない前に,自分の身も動かさず,心も動かさず,すばやく一気に打つ拍子,

と通底するものだと思う。武蔵は,「間合い」を,

間積り,

と呼ぶ。

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(間積り 本書より)


本書に,「間積り」について,こうある。

「進んで敵を打つには太刀を何尺突き入れれば届くかという正確に見積もりが『間積り』である。円明流では『立ち合い積り』と呼んで太刀の寸を例に説明している。切先から約五寸の物打の部分を『過去』と呼び,鍔元から五寸ばかり先を『未来』と呼び,残りの中央部分を『現在』と名づける。
 『過去』で敵の現在へ寄った瞬間に敵の太刀に乗って攻撃するか,もし現在までに接近できないうちに,敵の動きが早ければ退って次の機会を狙う。『過去』から敵の『未来』を打っても届かないから二歩踏み込み,手の伸び一尺を加えると,辛くも敵の小手を切り付けることができる。」

あるいは,

「切先五寸の空間を越して二歩踏み込んでも七寸,つまり現在にわずか二寸しか交わっていない。敵が太刀をあげて始動すれば良くて合打ち,悪くすれば踏み込むと同時に切られる。できれば現在と未来の境目,つまり鍔元五寸まで接近して打ち込めば失敗しない。過去から現在に近寄って,打ち込むか退ろうかなどと思案するのは禁物である。過去から未来を打てば打ち外すから,現在へかかれば素早く未来を越して打たねばならない。切先五寸のうち,その一,二寸が届くか否かで勝負が決る。
 したがって敵の切先が交わらない前に,何歩踏み込めば切り付けることができるかを素早く見積もるのが,『間積り』と呼ばれ,身長,太刀の長さを比べて,一瞬のうちに判断しなければならないから,多くの経験が要る。昔は『間積り』や,防ぎ技を変じて攻め技への返しは目録以上の者でなければ教えなかった。基本技に習熟しなければ『間積り』ができず,できない者に秘伝を伝えても理解できないと見たからである。」

と。武蔵やその弟子の事蹟を見ると,相手は手も無く追いつめられる。たとえば,熊本に入り,柳生の高弟氏井孫四郎と立ち合ったとき,庭の隅に追い詰められたし,それを見て自ら立ち合った細川忠利は,武蔵から木刀を面上に突きつけられたまま追い詰められる。間合いの負けである。
あるいは,明石滞在時,夢想権之助に立ち合いを迫られた折,

「武蔵は,わが兵法は打太刀を慥えて使うような型剣法ではない,何処から打ち込んできても即座に打ち込める兵法である,と答えると,権之助は四尺の棒で不意に打ち掛かった。武蔵は楊弓細工をしていて手にした割木で立ち向かい隅に追い詰め,眉間を打って,その場に倒した。」

というのも同じである。

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(武蔵晩年の肖像 熊本市島田美術館蔵。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E8%94%B5より)


武蔵の兵法は,剣術を指さない。剣術を,

一分の兵法,

と言い,用兵作戦術を,

大分の兵法,

と呼び,一分の兵法の達人にならなければ,大分の兵法はわからない,とした。あくまで,戦国時代を生きたものの実践の書である。だから,「二刀」についても,地の巻で,

「一命を捨てる程の時は道具を残さず役に立てたきもの也。道具を役に立てず腰に納めて死する事本意に有るべからず。然れども両手に物を持つ事左右共に自由には叶い難し。太刀を片手にて取習はせんため也。」

と実践的な理由である。

「太刀は広き所にて振り脇差は狭き所にて振る事先ず道の本意なり。此の一流に於いて長きにても勝ち短きにても勝つ。故によつて太刀の寸を定めず何れにても勝つ事を得る心一流の通也。太刀一つ持ちたるよりも二つ持つてよき所,大勢を一人で戦ふ時,又取籠り者などの時によき事あり」

大勢を相手にする「多敵の位」では,

「我刀脇差を抜いて左右へ広く太刀を横に捨て構へる也。敵は四方より懸るとも一方へ追廻す心也。敵懸る位前後を見分けて先へ進む者には早く行逢ひ,大きに目を付けて敵打ち出す位を得て,右の太刀も左の太刀も一度に振り違へて,行く太刀にて其敵を切り戻る太刀にて脇に進む敵を切る心也」

とし,

「如何にしても敵を一重に魚つなぎに追ひ廻す心に仕掛け」

とは,なかなか面白い表現である。

個々の剣法にその魅力があるのではない。武蔵はその極意を,

乾坤をそのまま庭にみる時は,我は天地の外にこそ住め,

と詠んだ。これが,

二天,

の意味である。これは,目付について,

観見二つの見様,

というのと通じる。風の巻に,

「観の目強くして敵の心を見,其場の位を見,大きに目を付けて其戦の景気を見折ふしの強弱を見て,正しく勝つ事を得る」

とし,

小さく目を付くる事なし,

と。武蔵に柳生一門はほぼ歯が立たなかった。それは,道場剣術ではないからに違いない。

身に楽を巧まず,
身ひとつに美食を好まず,
心常に兵法の道を離れず,

等々と「独行道」に書いた武蔵は,「たるみ」「ゆるみ」を厭い,入浴を嫌って「濡れた手拭いで汗を拭く程度」だっという。弟子の黒田家家臣小河露心は,関ヶ原で手柄を立て,戦場で生死をかけて戦ってきた者にとって,武蔵の兵法なんぞ何程かと思ったが,ついに打ち込めず,門人になった後も,隙あらばと思ったが,

「武蔵が木刀を取ってクワッと開いて立ち出ると,身が縮まるような気がして思わず知らず後へ下がり,ついに一本も打つことができなかった。」(兵法先師伝記)

という。どこにも隙がないのである。

宮本武蔵《枯木鳴鵙図》.jpg

(枯木鳴鵙図 和泉市久保惣記念美術館 http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/204399より)


武蔵の兵法も,独学だが,絵も,彫刻も独学である。それもまた,

兵法の境地,

を描いている。僕は個人的には,「枯木鳴鵙図」が好きである。

参考文献;
小澤正夫『宮本武蔵―二刀一流の解説』(吉川弘文館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:14| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする