2018年08月10日
ゆゆしい
「ゆゆしい」は,
由由しい,
忌忌しい,
と当てる。『広辞苑』には,
「神聖または不浄なものを触れてはならないものとして強く畏怖する気持ちを表すのが原義」
とあり,
おそれ多い,憚られる,
忌まわしい,不吉だ,
と,畏れと忌むの両義が載る。そこから,
疎ましい,嫌だ,
気がかりである,
と広がり,
空恐ろしいほどに優れている,
程度が甚だしい,
素晴らしい,
天晴れである,
と,やはり両義性を残しつつ,意味がいい方へと転じていく。
畏れ,
という意味の,
神聖⇔不浄,
畏れ多い⇔忌む,
憚る⇔穢れ,
気掛かり⇔天晴れ,
甚だしい⇔素晴らしい,
等々といった,聖・穢れ,畏れ・憧れ,良し・悪しの両義の外延に沿っているといっていい。『日本語源大辞典』には,
「ゆ(斎)を重ねて形容詞化したもので,手に触れたり,言葉に出したりしては恐れ多く,あるいはそれが不吉であることを表す。上代の用法は『ゆ(斎)』の意義が濃厚で,神聖で恐れ多い(ので触れてはならない)場合と,縁起が悪く不吉なものをさす(ので忌み避けねばならない)場合とがある。中古以降は,(程度が甚だしい意の)ように単に程度のはなはだしさを表す用法もみられるようになるが,その場合でも不吉さを含んだ物がみられる。中世には(非常にすぐれているという)ような,プラスの意味の程度のはなはだしさをいうようにもなる」
とある。
『岩波古語辞典』には,
「ユはユニワ(斎庭)・ユダネ(斎種)などのユ。神聖あるいは不浄なものを触れてはならないものとして強く畏怖する気持ち。転じて良し悪しにつけて甚だしい意」
とあり,「ゆ(斎)」は,
「ユユシ(斎・忌)と同根。接触・立入が社会的に禁止される意」
とある。『岩波古語辞典』は,「ゆゆし」と類義語「いみじ」「いまいましい」「かしこし」と比較して,「ゆゆし」を位置づけているが,「いまいまし(忌々し)」については,
「イミ(忌)の派生語。非常に不吉なもの,穢れたものだから,それを酒體と感じる意。後世,縁起が悪い,いやなことだと感じながら,どうにもできない気持ち。類義語ユユシは,タブーだから触れないと思う意」
とあり,「いまいまし」は,穢れ,不吉への反応という意味が強い。「ゆゆし」は,タブーという聖と穢れの両義性があるところが異なる。「いみじ」は,
「イミ(忌)の形容詞形。神聖,不浄,穢れであるから,決して触れてはならないと感じられる意。転じて,極度に甚だしい意。」
と,ほぼ「ゆゆし」と重なる。「かしこし(賢し・畏し)」は,
「海・山・坂・道・岩・風・雷など,あらゆる自然の事物に精霊を認め,それらの霊威に対して感じる,古代日本人の身も心も竦むような畏怖の気持ちをいうのが原義。転じて,畏怖すべき立場・能力を持った人・生き物や一般の現象も形容する。上代では『ゆゆし』と併用されることが多いが,『ゆゆし』は物事に対するタブーと感じる気持ちをいう」
とあり,「かしこし」は,畏怖・恐懼・もったいないという意味のウエイトが高いようである。両義性をきちんと押さえて,『大言海』は,「ゆゆし」を二項に分けて載せる。語源が違う,という趣旨である。
斎斎,
と当てる「ゆゆし」は,
「ユユは,斎斎(いみいみ)の転。斎み慎む意」
で,
恐れ多く忌み憚るべくあり,忌々し(恐(かしこ)みても,嫌ひても云ふ),
の意味とし,
忌忌,
と当てる「ゆゆし」は,
「忌忌(いみいみ)し,の約」
で,
斎斎しと同じ意,
いまいまし,きみわろし,
殊にすぐれたり,殊の外なり,いみじ,甚だし,
と意味を載せ,どうやら原義を「斎斎」,意味の拡大を「忌忌」で表している。ひとつの見識ではある。
当然,この『大言海』の考えが語源説の一つであり,『日本語源広辞典』は,これを取り,
「語源は,『ユ(斎)+ユ(斎)+シ(形容詞化)』です。ユは,神聖な霊力です。ユユシで,『触れるのが恐しい』『触れると災いを招く』ところから『不吉だ』の意です。現代語では『軽々しく扱うことができない』『大変だ』の意です。」
とする。これが原点と考えるのが妥当に思える。
『笑える国語辞典』
https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%82%86/%E7%94%B1%E7%94%B1%E3%81%97%E3%81%84-%E7%94%B1%E3%80%85%E3%81%97%E3%81%84-%E3%82%86%E3%82%86%E3%81%97%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%AF-%E6%84%8F%E5%91%B3/
の,
「忌忌しい(由由しい)とは、ほうっておくととりかえしのつかない結果をまねきそうな、という意味。例えば、彼女とのデート中に、二股をかけている相手が向こうから歩いてくるような状況を『ゆゆしき事態』という。
ゆゆしいの『ゆ(斎)』は、神聖なものや不浄なものを畏怖する気持ちを表し、それを重ねた『ゆゆし』は、神聖なので(または不浄なので)触れるのは恐れ多い、触れてはいけない、言葉をかけてはいけない、という意味で用いられていた。二股をかけている彼女たちが道で出くわしてしまったようなとき、触れるなどはもってのほか、言葉を発するのもはばかられるのはいうまでもない。」
は,実に現代的な解釈である。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95