2018年08月31日

三助


「三助(さんすけ)」は,

下男の通名,
後に,銭湯で風呂を焚いたり浴客の体を洗ったりする男,

の意で,

「近世では,商家や町家の下男の通り名であったが,次第に風呂屋の男の使用人に用いられるようになった。燃料を町内や廻り場から集め,釜を焚き,また特に洗い場で浴客のあかすり,肩もみを行う職業として知られた。」(『ブリタニカ国際大百科事典』)

の説明が意を尽くしている。今日はほぼ見かけなくなった。

yuya.gif

(豊原国周作の『肌競花の勝婦湯』です。三助も見える。 番台には「おひねり」が盛られた三方が見えるので「紋日」の情景でしょう。「紋日」は元旦や五節句などの特別な日のことで、 「物日」とも書き「ものひ」、通人は「もんぴ」と言ったそうです。この日、湯屋は浴客に茶をふるまい、客はその返礼に十二文のおひねりを渡しました。http://www17.plala.or.jp/nitakara-gura/yuya2.htmlより)

「三助」の語源は,『日本語源大辞典』には,

「下男・小者など奉公人の通称」
と,
「銭湯で湯をわかしたり,客の体を洗ったりする男」

と,それぞれ由来を別とするとして,前者は,

「飯炊き女を『おさん』と呼ぶの対」(江戸語大辞典),

後者は,

「湯屋の下男に三助という名の者が多かったからか」(大言海),

と区別している。湯屋が始まるのは,天正十九年(1591)の蒸風呂らしいが,当初は,湯女を置いた。それが,明暦三年(1657)の湯女禁止令で,その後男に代わり,三助が登場するだから,いわば,商家の下男に当てていた名を振り替たとも言えるし,元々別系統ともいえるが,『大言海』の「三助」の説明は,

「垢掻男に,三助と云ふ名の者多かりしが故に,呼びしならむ。飯焚(めしたき)を権助,田舎人を権兵衛,丁稚を三太と呼ぶ例なり」

と,湯屋に限定している。『江戸語大辞典』は,

「飯炊き男の通名。飯炊き女を『おさん』と呼ぶのと対」

とし,更に,

「湯屋で,釜焚き男,また湯汲み男。客の背を流す。」

とし,下男→釜焚き男と転化されたという説のようだ。その他,「三助」語源には,

「越後から江戸へ湯奉公にきた三兄弟の名が,二之助,三之助,六之助と「助」の字が付き,しかも三人は骨身惜しまず働いて,客に人気があったところから,…三人の助,三助と呼ばれるようになった」
「慶安五年(1652)六月,湯女は三人までという町触れが出…,やがて風紀上の問題から湯女が男にかわり,三人の男ということで三助になった」
「聖武天皇の后光明皇后が,奈良法華寺の温室(浴堂)で施浴のため千人の垢を流すことを誓願しかし,たが,このとき皇后の手伝いをしたのが,早蕨(さわらび),小菊,皐月という典侍たちだった。典侍は別に『すけ』ともいい,その三人のすけで三助になった。」

等々の説がある(『江戸の風呂』)。どうも後世のこじつけの感じがする。むしろ,

「三助の『三』は炊爨(すいさん)の『さん』の意味で、炊爨やその他雑用を勤めたことによる。現代のように銭湯の浴室で浴客の垢すりや身体を洗う接客、その他雑用を行った男性被用者を一般に指すようになるのは享保(1716年 - 1736年)、または化政期以降である。それ以前の江戸時代は、雑用に従事し身分の低い男性奉公人である下男や小者の通称が三助であった。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%8A%A9

とある,その「さん」が気になるのは,飯焚き女を,

おさん,
とか,
おさんどん,

と呼んだことだ。下男の意の「さんすけ」と「おさん」「おさんどん」の「さん」が共通しているのである。

「おさん」は,

御三
御爨,

と当てる。

台所で働く下女の通称。おさんどん,

だが,それから転じて,「おさんどん」で,

台所仕事,

を意味するよになる。語源は,

貴族の屋敷の奥向き「御三の間」の略から,
かまどをいう「御爨」に掛けたしゃれから,

とするのが大勢だ。『大言海』は,前者だが,「三の間」とは,

貴族の邸の奥向き,下婢の居る所,さんのま,

というらしいが,そこから下女を指す言葉になったというのは聊かこじつけずぎまいか。しかし,

http://www.gengosf.com/dir_x/modules/wordpress/index.php?p=66

に,

「『おさん』は、貴族や将軍などに雇われ雑用をする女、とくに飯を炊き炊事する女である。『飯をたき炊事する』にあたる和語は『かしく』で、これを古字書を見ると、古代から『炊』『爨』の漢字をあてていた。この二種の漢字で、漢字の字義上、和語『かしく』に対応する漢字は『爨』であり、この漢字を使用するのが正式であったと考えられる。それで下女を雇う貴族や将軍家などでは漢語を重視して『炊事』の言葉として漢語『爨』を用いるとともに、その炊事をする者をも指すようになり、ついには『お』を付して『おさん』と丁寧に扱いもしたようである。これが次第に敬意が逓減して下女の別名として使用された。一方、同じ役割の男にも『爨』に男を表す『助』を加えて『爨助』とし、最初は女の場合と同じく炊事用の水汲み、その薪割りの仕事などに従事した者とみられる。かくして男女ともに対応した語、『お爨(おさん)』「爨助(さんすけ)」を作り上げて体系ができたのである。」

と,ここまで説かれると首を傾げつつも黙るしかない。

個人的には,僕はそんな大層ないわれはない,と思っている。たとば,『日本語源大辞典』の,

「女中の名は,家々で決まった名のある所が多く,代々の女中の呼名をそれにし,その選定がたまたまいくつかの名に偏った場合の一つであろう」(擬人名辞典=鈴木棠三)

というのが妥当な気がしてくる。個々人の名前はなく,ただ役割名があった,他の誰に代わっても誰も気づかない。「三助」も同じで,

「飯炊きの下女をさんどんというように,三助もその程度の身分低き下男という意味ではなかったのだろうか」

というのが最も納得できる(『江戸の風呂』)。

参考文献;
今野信雄『江戸の風呂』(新潮社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:43| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする