2018年09月01日

江戸の風呂


今野信雄『江戸の風呂』を読む。

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いわゆる銭湯(湯屋)の嚆矢は,家康が江戸入りした天正十九年(1591)とされる。場所は,

「常盤橋と呉服橋の中間にあった錢瓶橋のたもと」

とか。これは蒸風呂である。この蒸風呂が洗湯になったのは江戸も後期になってからである。

本書の引く『慶長見聞録』には,

「風呂銭は永楽一銭(永楽通宝一枚)なり。みな人めずらしきものかなとて入りたまいぬ。されどもその頃は風呂ふたんれんの人あまたありて,あらあつの湯の雫や,息がつまりて物もいわれず,煙にて目もあかれぬなどと云ひて,小風呂(むし風呂につきものの湯をたくわえた湯槽)の口にたちふさがり,ぬる湯を好みしが…」

とあるとある。江戸の建設ラッシュで人が集まってくる。それを当て込んでの開業らしい。その二十数年後の慶長十九年(1614)には,既に湯屋が軒を並べる。同じ書には,

「今は町ごとに風呂あり。びた銭五文廿銭ずつにて入る也。湯女(ゆな)といいて,なまめける女ども廿人,三十人並びいて垢をかき,髪をそそぐ。そてまた,その他に容色よく類なく,心ざま優にやさしき女房ども,湯よ茶よと云ひて持ち来り類むれ,浮世がたりをなす。こうべを回らし一たび笑めば,百の媚をなして男の心を迷わす」

と,もはやフウゾクである。寛永十三年(1636)になると,

「銭湯は午後四時頃で閉店し,以後はにわか座敷にして金屏風をめぐらし,遊女スタイルになった湯女が,客の席にはべった」

とある。この影響で吉原が衰微し,ついに,

「遊女を湯女風呂に派遣」

するに至る。さすがに幕府も放置できず,寛永十四年(1637)

「湯女は一軒に三人かぎりとし,違反者は大門外で刑に処することとなった。このときお仕置処分になった湯女風呂は三十七軒にもなる。」

とある。そこは「蛇の道は蛇」で,

「表に見えるところでは三人でも,屏風のかげにまわれば,なまめかしく着飾った女たちが何人も待っていた」

とか。今も昔も変わらない。

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湯屋を本書では次のように紹介する。

「銭湯の外には,まず目印になる看板がある。この看板,『ゆ』とか『男女ゆ』と書いた布を竹の先に吊り下げてすたり,矢をつがえた弓を目印にしている店が多かった」

という。

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(湯屋の目印 本書より)


「ゆいいるという謎也。『射入る』『湯に入る』と言近きを以て也」(『守貞漫稿』)

との洒落らしい。

入ると,まず土間があり,ここで履き物を脱いで下足版に預け板の間に上がる。そこで番台に湯錢を払う。板の間が脱衣場である。

「客は衣服戸棚に脱衣を入れるか,…かごに入れるが,別に自分だけの衣服を包んでおくための,大きな布を用意してくるときもある。これが風呂敷だ。…湯からあがった時には足を拭うのに用いた…」

洗い場(流し場)は,

「中央に溝があり,汚水が外へ流れ出るしくみになっている。汚い話だが,多くの男たちや子供が恥じらいもなく,ここで堂々と小便をする」

とか。当然,中も推して知るべしで,

「肝心な風呂の湯が予想以上に不潔なのである。そこで,入浴がすむと清潔な湯をもう一度全体に浴びることになる。これを上り湯とも岡湯とも浄湯とも書くが,岡湯とは,湯槽を湯舟ともいうところからもじった言葉である。この岡湯を浴客が勝手に汲みだすことはできない。小桶を出して番頭に汲んでもらうのである。というのも,浴客のなかには不潔なまま洗い桶を使用する不心得者がいたからだ。カラン(蛇口)式になったのは昭和の初期まことである。」

とある。

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(石榴口つき銭湯(鳥居) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%AD%E6%B9%AFより)

江戸初期,蒸風呂と洗湯を兼ねた湯槽の,戸棚風呂というのが一次流行った。

「洗い場で引き戸をあけて中へ入り,また引戸を閉める。つまり戸棚に隠れるような感じで,中の湯は一尺(約三十センチ)ほどしかない。だから腰だけ下が湯につかるだけだ。これを戸棚風呂といったが,引戸が板だから別名を板風呂といった。しかし引戸が閉めてあるから,内部は蒸気でむんむんする」

これは,燃料不足と水不足からきたものだ。引戸を開けたてする度に蒸気が逃げるので,引戸に代わって,引戸を固定し,下一メートルほどを開け放った柘榴口の風呂が登場する。

この柘榴口は破風造りの屋根か鳥居が付いており,この名残りが,今日の銭湯の破風造りである。

それにしても,銭湯は安く据え置かれ,寛永元年(1624)から明和九年(1772)まで,六文のままなのである。寛永の頃を百とすると,明和では三百,三倍の物価という。

一日に薪一本除けて焚けば,三百六十本虚(むだ)に焚く,
一本疏(おろそ)かにせざれば数日を助く,況や一生数年の損をや,

等々と「湯語教」という湯屋経営の教科書に載る。

「『弱いかな弱いかな』とか,『安いかな安いかな』と愚痴をこぼしながら,…心がけ一つでやはり相応に利益のある堅実な商売だった」

と,茶者は想像する。

風呂という世俗の坩堝に,江戸時代の庶民の風俗(フウゾクかも),風習が象徴的にみえ,なかなか面白いが,紙数が足りないのか,温泉や湯立神事の章は,余分な気がする。

参考文献;
今野信雄『江戸の風呂』(新潮選書)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2018年09月02日

風呂


「風呂」は,

「もともと日本では神道の風習で、川や滝で行われた沐浴の一種と思われる禊(みそぎ)の慣習が古くより行われていたと考えられている。仏教が伝来した時、建立された寺院には湯堂、浴堂とよばれる沐浴のための施設が作られた。もともとは僧尼のための施設であったが、仏教においては病を退けて福を招来するものとして入浴が奨励され、『仏説温室洗浴衆僧経』と呼ばれる経典も存在し、施浴によって一般民衆への開放も進んだといわれている。特に光明皇后が建設を指示し、貧困層への入浴治療を目的としていたといわれる法華寺の浴堂は有名である。当時の入浴は湯につかるわけではなく、薬草などを入れた湯を沸かしその蒸気を浴堂内に取り込んだ蒸し風呂形式であった。風呂は元来、蒸し風呂を指す言葉と考えられており、現在の浴槽に身体を浸からせるような構造物は、湯屋・湯殿などといって区別されていた。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E5%91%82)。『広辞苑』には,

「ムロ(室)の転か。一説に『風炉(ふろ)』からとも」

とある。上記ウィキペディアも,

もともと「窟」(いわや)や「岩室」(いわむろ)の意味を持つ室(むろ)が転じたという説,
抹茶を点てる際に使う釜の「風炉」から来たという説,

の二説を挙げる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E5%91%82)し,『日本語源広辞典』も同じである。因みに「風炉」(ふろ)は,茶道で、茶釜を火に掛けて湯をわかすための炉のことで,釜の下で火を焚いてお湯を沸かすという共通点があるものの,かつては蒸風呂であり,ちょっと後世の説に思える。

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(名古屋城本丸御殿の風呂屋形、裏側にある竈から蒸気を供給する蒸し風呂 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E5%91%82より)


『大言海』は,

「湯室の略轉。又一説に,ムロの轉。土窟,石窟の義と(新村出の説)」

とする。常識的には,

ムロ,
ないし,
ユムロ,

の轉ではないか,という気がする。『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/hu/furo.html)は,

「風呂の語源は、物を保存するために地下に作った部屋の『室(むろ)』からとする説。 茶の湯で湯を沸かすための『風炉(ふろ)』からとする説。 『湯室(ゆむろ)』が転じたとする など諸説ある。 風呂は平安時代末頃から存在したが、蒸気を用いた蒸し風呂形式の ものをいった。湯をはって浴槽につかる形式の風呂は江戸初期から現れるが、『湯屋』『お湯殿』といって風呂と区別されていた。正確な語源は未詳であるが、用いられた形式を考慮すると『湯室』の説は考え難く、お茶の『風炉』も『湯』を主に考えると難しいため、『室』の説がやや有力と考えられる。」

と,「室」説を採る。『江戸語大辞典』の「風呂」の項には,

「家庭に設けた浴場・浴槽。その他は固有名詞・慣用語にいうのみ」

とあるのは,一般には,「湯屋」といったためと思われる。

『ブリタニカ国際大百科事典』は,

「穴倉や岩屋を意味する室 (むろ) から転じた言葉で,元来は湯に入ることと区別されていたが,江戸時代中期以降,湯の中にからだを入れる湯殿と風呂場との区別がなくなった。蒸し風呂は初めからだを清潔にするためよりも疲労を除き,病を養う目的が強く,室町時代に京都の寺院などの施浴から始り,市中にも風呂屋,湯屋が現れて大衆化した。町風呂は慶長年代に単なる銭湯から湯女をおく庶民の享楽の社交場になっていった。」

と,「室」説を採る。『百科事典マイペディア』は,

「室(むろ)から転訛した語といわれる。古くは石を焼いて水に投じ温浴。釜で湯を沸かし蒸気を室内に充満させる蒸風呂は,寺院の僧侶が湯気で膚をやわらげ垢(あか)を落とすのに使用したもので,のち一般に普及したといわれる。」

とし,『とっさの日本語便利帳』も,

「古い風呂が、室の中に蒸気を充満させて身体を温めて、垢を落とす蒸し風呂であったため『むろ』と呼ばれ、それが『ふろ』に転じた。」

とする。極めつけは,『日本大百科全書(ニッポニカ)』の,

「『ふろ』の語源は室(むろ)から転じたものといわれ、窟(いわや)または岩室の意味である。石風呂(いわぶろ)(または岩風呂)というものが、瀬戸内海沿岸あたりからしだいに発達して周辺に広がっていった。海浜の岩窟(がんくつ)などを利用した熱気浴、蒸し風呂の類(たぐい)である。また自然の岩穴でなく、石を土などで築き固めた半球形のものもある。これらの穴の中で、雑木の生枝、枯れ枝などをしばらく焚(た)くと、床石や周辺の壁が熱せられ、そこに海藻などを持ち込み、適当な温度になったところで中の灰をかき出すか、または灰をならして、塩水に浸した莚(むしろ)を敷き、その上に横臥(おうが)して入口をふさぐ。暖まると外に出て休養し、また穴の中に入るということを何回か繰り返す。雑木の枝などを燃やすことによって、植物に含まれる精油その他種々の成分が穴の中にこもり、また海藻を持ち込むことは、水蒸気の中に塩分とかヨード分が含まれることになるので、往古の人にとって保健療治の効果は大なるものがあったに違いなく、自然に獲得した知恵としては驚嘆に値する。瀬戸内海沿岸および島などに弘法大師(こうぼうだいし)の広めたと伝える石風呂遺跡の多い理由も、これらのことから理解しやすい。」

とある。『日本語源大辞典』をみると,

ムロ(室)の轉(風呂の起源=柳田國男・国語学叢書=新村出・話の大辞典=日置昌一・万葉集叢攷=高崎正秀・湯屋と風呂屋=喜田貞吉),

で,「湯屋」説は『大言海』のみ,

茶の湯のフロ(風炉)から(名語記・守貞漫稿・和訓栞・話の大辞典=日置昌一・上方語源辞典=前田勇),

が風炉説である。

薬草などを入れた湯を沸かしその蒸気を浴堂内に取り込んだ蒸し風呂形式,

の蒸風呂を考えると,

「窟」(いわや)や「岩室」(いわむろ)の意味を持つ室(むろ)が転じた,

とする「室」説が妥当なのだろう。その蒸風呂,平安時代になると寺院にあった蒸し風呂様式の浴堂の施設を上級の公家の屋敷内に取り込む様式が現れる。『枕草子』などにも、蒸し風呂の様子が記述されている。

浴槽にお湯を張り、そこに体を浸けるというスタイルは,江戸時代で,戸棚風呂と呼ばれる下半身のみを浴槽に浸からせる風呂から,風呂と呼ばれる全身を浴槽に浸からせる風呂へと転じていく。

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(「女湯」 大判錦絵2枚続 鳥居清長画 天明後期 ボストン美術館蔵。銭湯を詳細に描いた浮世絵としては、最も早い時期の作品。画面右、衣服棚がある畳敷のところが脱衣所。画面中央の板敷の間が洗い場、その間に竹を並べて水はけを良くしている。中央上、下半身のみの女性が見えるところが石榴口で、湯が冷めないよう出入口が低くなっていた。左上の小窓から見える男は三助。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%AD%E6%B9%AFより)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:風呂
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2018年09月03日

ふすま(衾・襖)


「ふすま」と当てるものには,

襖(ふすま) - 和室の建具の一種。
衾(ふすま) - 古典的な寝具の一種で、就寝時に掛け布団のように体にかける。
麩・麬(ふすま) - 小麦を製粉したときに篩い分けられる糠。

がある。「ふすま(麩・麬)」は,項を改めるとして,

襖(ふすま),

衾(ふすま),

は,関連がある。

「衾」は,『広辞苑』『岩波古語辞典』『大言海』では,

被,

とも当て,

「布などで作り,寝るとき身体をおおう夜具」

とある。『岩波古語辞典』によると,

「八尺または八尺五寸四方の掛布団。袖と襟がない」

とある。

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(『和漢三才図会』による衾の画) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%BEより


『大言海』は,「ふすま(衾・被)」を,

「臥裳(ふすも)の転かと云ふ。或は臥間の衣の略」

とし,「紙」でつくったものを「紙衾」というとする。この「紙衾」が,「ふすま(襖)」の項の,

「紙衾に似たるより云ふかと云ふ。或は,衾(ふすま)に代わりて寒を防ぐ意か」

と,「衾」と「襖」をつなげる。この説を基に,

https://www.fusuma.gr.jp/fusuma/history.html

が,

「平安時代には貴族の邸宅は『寝殿造り』が典型的となりますが、内部は丸柱が立ち並ぶだけの広間様式で、日々の生活や、季節の変化・行事祭礼・接客饗宴に応じて、屏風や几帳など障子を使うことにより内部を仕切り、畳やその他の調度品を置いて『しつらい』をしました。『しつらい』とは『室礼』と漢字をあてますが、この意味は『釣り合うようにする』ことだといいます。また、『障子』の『障』には『さえぎる』という意味があり『子』とは『小さな道具』という意味があります。障子の中でも寝所に使用されたものを『衾障子(ふすましょうじ)』と呼び、『寝所』を『衾所(ふすまどころ)』と言いました。『大言海』によれば『衾(ふすま)』はもともと寝るときに体に掛ける布製の『寝具』の意味であり、原初の形態は板状の衝立の両面に絹織物を張ったものであったと考えられています。これを改良して周囲に桟を組み発展させたものを壁に(副障子)応用しました。『襖』は衣服の『あわせ』=袷あわせ、また『裏の付いた着物』の意味があることから絹織物を張った『衾障子』は『襖障子』と称されるようになっていきました。ちなみに現代『襖』を『からかみ』とも呼ぶようになったのは、この後中国から『唐紙(からかみ)』と呼ばれる文様紙が『襖障子』に使われるようになり普及していったのがはじまりであります。」

と展開している。

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(伝統的な日本家屋にみられる襖(奥の間) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%96より)


ただ,「ふすま(衾)」は,「伏(臥)す裳(衣)」説(大言海・箋注和名抄・言元梯・名言通・和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健)以外に,別に,

「伏す+間+着」,寝室用の着物,伏す間着の省略,
「含す+マ(もの)」包んでいる内容物を筒も隠す(以上『日本語源広辞典』),
フシマトフ(臥纏)の義(日本釈名・東雅),

等々があるが,いずれも衣と関わる。他方「ふすま(襖)」の語源は,「紙衾」説以外に,

「伏す+間」。寝室用の障子をフスマショウジと呼び,証示を省略した,
「含す+マ(もの)」包んでいる内容物を筒も隠す(以上『日本語源広辞典』),
襖を拡げたように張るところから(嬉遊笑覧),
フスマダテ(臥間立)の下略(日本語原学=林甕臣),
伏所の障子の意から(筆の御霊),
裏ある服をフスマと同じく,裏表から張るところから(俚言集覧),

等々とある。「襖障子」の略では,「襖」の説明にはなっていない。少なくとも,

ふすま(衾)の布団からきたのか,

それとは別に,

ふすま(臥す間)という場所からきたのか,

に別れるが,「ふすま(衾)」のある場所だから「臥す間」と呼ばれたのではないか。「ふすま(襖)」は「ふすま(衾)」がと深くつながっている。

「障子という言葉は中国伝来であるが、『ふすま』は唐にも韓にも無く、日本人の命名である。『ふすま障子』が考案された初めは、御所の寝殿の中の寝所の間仕切りとして使用され始めた。寝所は「衾所(ふすまどころ)」といわれた。『衾』は元来『ふとん、寝具』の意である。このため、『衾所の衾障子』と言われた。さらには、ふすま障子の周囲を軟錦(ぜんきん)と称した幅広い縁を貼った形が、衾の形に相似していたところから衾障子と言われた、などの説がある。『衾(きん)』をふすまと訓ませるのは、『臥す間(ふすま)』から来ていると想像される。いずれにしても『ふすま』の語源は『衾』であるという学説が正しいとされている。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%96

と。因みに,「衾(漢音キン,呉音コム)は,夜着の意だが,

「会意兼形声。『衣+音符今(とじあわせる,ふさぐ)』で,外気と体の間をふあさいで体温を保つ」

で,「襖」(オウ)は,「わたいれ」の意で,建具の「からかみ」の意で使うのは我が国だけである。

「会意兼形声。『衣+音符奥(燠。ぬくみがこもる,あたたかい)』」

である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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スキル事典;
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ラベル:ふすま
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2018年09月04日

ふすま(麩)


「ふすま」は,

麩,
麬,

と当てる「ふすま」である。「麩(ふ)」のことである。

小麦をひいて粉にしたあとに残る表皮の屑,

である。

麦かす,からこ,もみじ,こがす,

ともいうらしい。

「普通小麦 100に対し,22~25%の比率でできる。蛋白質,ビタミンに富み家畜の飼料とされる。」

とある(『ブリタニカ国際大百科事典』)。

「種皮を中心に外胚乳,糊粉層の粉砕物からなる。粗タンパク質,粗脂肪,ミネラルなどに富み,とくに牛の飼料として重要。」

ともある(『百科事典マイペディア』)。『日本大百科全書(ニッポニカ)』には,

「コムギから小麦粉を製造するときの副産物。コムギの胚乳(はいにゅう)部が小麦粉として利用され、残りの外皮(種皮と糊粉(こふん)層)、胚芽のうち、胚芽を取り除いた部分がふすまとよばれる。製粉時のふすま量はコムギの約20~25%である。成分としてはタンパク質、脂肪、食物繊維、鉄・カリウムなどのミネラル、ビタミンが比較的多く、栄養価値がある。主として家畜の飼料にされる。食品加工用としては、小麦粉に混ぜてパン、ビスケット、シリアルなどにする。原料不足の時代にコムギの代用としてしょうゆ原料にされたことがある。ふすまの部分を含んだ小麦粉としてグラハム粉や全粒粉(ホールウィートフラワー)がある。」

と詳しい。因みに,「ふ(麩)」は,

「小麦粉の中からタンパク質だけを抽出してつくる食品。小麦粉を水でこね,粘りが出たところで布袋に入れて水中でもみ洗いすると,デンプンが溶出して袋の中には小麦タンパクのグルテンが残る。このグルテンをふつう〈もち麩〉といい,これを加工して各種の生麩(なまふ)や焼麩がつくられる。水中に溶出したデンプンを集めて乾燥したものが正麩(漿麩)(しようふ)で,菓子やのり(糊)の材料とされる。麩は,中国宋代の《夢渓筆談》などに〈麪筋(めんきん)〉の名で見え,これが日本に伝えられたものとも思われる。」(『界大百科事典』)

であり,「麩」の字を当てるが別物である。「麩」(フ)の字は,

「『麥+音符夫』で,平らに散り敷く穀皮の意」

とあり,「ふすま」の意であり,「ふ(麩)」に当てるのは,我が国だけである。「和名抄」には,

「麩,音人與同扶同,小麥皮屑也」

とある。

「中国から僧侶が麩をつたえてきたとき,その名も音もそのまま日本のものとした」

らしいが,「ふすま」と「ふ」は違うのだが,元々「ふすま」の意だから「ふすま」にも「麩」を当てたものと見える。

ただ『たべもの語源辞典』の「麩」の項には,

「昔の作り方は,小麦粉のフスマと分離しないで粗い粉を桶に入れて水でこねる。足で踏んで粘り気が出てから毛の下にざるを置いて,その上でこね粉をとりいれて,水をかけながらもむと,澱粉はほとんど洗い流されて,ざるの目から桶の底に沈む。これが『しょう麩』になり,ざるの中に残ったねばったものが『なま麩』になる。」

とある。その意味では,重なったのであろうか。今日では,

「小麦粉に水(小麦粉の80%)を加えてよくこねる。粘りが出てグルテンが形成したら水中でもみ洗いして、デンプンと水溶性の物質を流し出す。残ったグルテンに、糯米(もちごめ)粉などを加えて蒸したのが生麩で、グルテンに小麦粉と膨剤を加えて整形して焼いたものが焼麩である。もみ洗いして流れ出たデンプンは正麩(しょうふ)とよばれ、染物などの工芸用糊(のり)に用いられる。」(『日本大百科全書(ニッポニカ)』)

とされる。分離するかどうかの違いのようだ。

『大言海』は,その語源を,

「麥の被衾(ふすま)の義か」

とある。「ふすま(衾・被)」の項で触れたように,

「臥裳(ふすも)の転かと云ふ。或は臥間の衣の略」(『大言海』)

である。つまり,麦の衾に見立てた,ということになる。なかなか奇麗だが,他の説は,『日本語源広辞典』は,二説挙げる。

説1は,「伏す+間」。麥が寝ている間の着物(衾)の意,
説2は,「含す+マ(もの)」。内容物を含む,つまり胚芽を中に包んでいたものの意,

と,いずれも「ふすま(衾)」とつながる。その他に,

フスマ(麩為間)の義(言元梯),

がある。やはり,

「麥の被衾(ふすま)の義」

が,いい。

参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル: ふすま
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2018年09月05日

オニ


「オニ」は,

鬼,

と当てるが,「鬼」(キ)の字は,

「大きなまるい頭をして足元の定かでない亡霊を描いた象形文字,『爾雅』に『鬼とは帰なり』とあるが,とらない」

とある(『漢字源』)。中国語では,本来,

「おぼろげなかたちをしてこの世に現れる亡霊」

を指す。『漢字源』には,

「中国では,魂がからだを離れてさまようと考え,三国・六朝以降は泰山の地に鬼の世界(冥界)があると信じられた。」

とあり,やはり,仏教の影響で,餓鬼のイメージになっていった,と見られる。これについては,「鬼」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/430051927.html

で触れた。「オニ」は,『広辞苑』)は,

「隠(おに)で,姿が見えない,意という。」

とあり,『岩波古語辞典』も,

「隠の古い字音onに,母音iを添えた語。ボニ(盆),ラニ(蘭)に同じ」

とある。『日本語源広辞典』も,

「『隠の字on+i』です。隠れて目に見えないもの,の意です。」

とし,『大言海』は,もっと詳しい。「和名抄」に云う,として,こう書く。

「『四聲字苑云ふ,鬼(キ),於爾,或説云,穏(オヌノ)字,音於爾(オニノ)訛也,鬼物隠而不欲顕形,故俗呼曰隠也,人死魂神也』トアリ,是レ支那ニテ,鬼(キ)ト云フモノノ釋ニテ,人ノ幽霊(和名抄ニ『鬼火 於邇比』トアル,是レナリ)即チ,古語ニ,みたま,又ハ,ものト云フモノナリ,然ルニ又,易経,下経,睽卦ニ,『戴鬼一車』疏『鬼魅盈車,怪異之甚也』史記,五帝紀ニ,『魑魅』註『人面,獣身,四足,好感人』論衡,訂鬼編ニ,『鬼者,老物之精者』ナドアルヨリ,恐ルベキモノノ意ニ移シタルナラム。おにハ,中古ニ出来シ語トオボシ。神代記ナドニ,鬼(オニ)ト訓ジタルハ,追記ナリ」

さらに,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/o/oni.html

も,

「中国では 『魂が体を離れてさ迷う姿』『死者の亡霊』の意味で鬼の字が扱われていた。 日本では、『物(もの)』や『醜(しこ)』と呼んでいたため、この字も『もの』や『しこ』と読まれていた。『おに』と読まれるようになったのは平安時代以降で、『和名抄』には、姿の見えないものを意味する漢語『隠(おん)』が転じて,『おに』と読まれるようになったとある。」

ととする。かつて「オニ」は見えないものであり,「鬼」の字を当てたのには,それなりに意味があった。

『日本語源大辞典』も,基本,「隠(オン)が変化したもので,隠れて人の目に見えないものの意」とし,

「オン(隠)がオニとなるのは,onにiの母音が添えられたからと言われ,類例としては『ボン(盆)』→ボニ,『ラン(蘭)』→『ラニ』が挙げられる。」

とする。諸説をみても,

オン(隠)の字音から転じた語(和名抄)。オニは古語ではなく,古くは,神でも人でもない怪しいものを,モノといい,これに適合する漢字はなかった。モノは常に人目に見えず隠れているということから,オン(隠)の字音を用いるようになり,オニと転じた(東亜古俗考=藤原相之助),
「陰」の字音から転じた語か(日本釈名・東雅),

等々が,その主張である。その他に,

オニは漢字の転音ではなく,日本古代の語で,常世神の信仰が変化して,恐怖の方面のみ考えられるようになったもの(信太妻の話=折口信夫),
オは大きいの意,,ニは神事に関係するものを示す語。オニは神ではなく,神を擁護するもの,巨大な精霊,山からくる不思議な巨人をいい,オホビト(大人)のこと(日本芸能史ノート=折口信夫),

といった折口説が有る。折口は,

「極めて古くは、悪霊及び悪霊の動揺によって著しく邪悪の偏向を示すものを『もの』と言った。万葉などは、端的に『鬼』即『もの』の宛て字にしてゐた位である」(『国文学』)

としているが,大野晋は「『もの』という言葉」と題した講演で

『もの』という精霊みたいな存在を指す言葉があって、それがひろがって一般の物体を指すようになったのではなく、むしろ逆に、存在物、物体を指す『もの』という言葉があって、それが人間より価値が低いと見る存在に対して『もの』と使う、存在一般を指すときにも『もの』という。そして恐ろしいので個々にいってはならない存在も『もの』といった。
古代人の意識では、その名を傷つければその実体が傷つき、その名を言えば、その実体が現れる。それゆえ、恐ろしいもの、魔物について、それを明らかな名で言うことはできない。どうしてもそれを話題にしなければならないならば、それを遠いものとして扱う。あるいは、ごく一般的普遍的な存在として扱う。そこにモノが、魔物とか鬼とかを指すに使われる理由があった。」

と批判している(http://www.fafner.biz/act9_new/fan/report/ai/oni/onitoyobaretamono.htm)らしい。しかし,

「古くは、『おに』と読む以前に『もの』と読んでいた。平安時代末期には『おに』の読みにとって代わられた」

とされているが,

「得体が知れない存在物」で『物』としかいいようのないものがある」(藤井貞和)

のは確かで,むしろ「もの」としか和語は識別できず,神と鬼とに分化していったと見るべきなのだろう。折口が,古代の信仰では

「かみ(神)と、おに(鬼)と、たま(霊)と、ものとの四つが代表的なものであった」(『鬼の話』)

とするが,平安時代以前は、

「『かみ』『たま』『もの』の三つであって『おに』は入らない。」(大和岩雄『鬼と天皇』)

とする(http://www.fafner.biz/act9_new/fan/report/ai/oni/onitoyobaretamono.htm)。こうみると,ぼくには,「もの」が「かみ」「かま」「もの」に分化(というより,「もの」から「かみ」と「たま」が分化)し,さらに「もの」から「おに」が分化していった,というように見える。

なお,「鬼」については,

民俗学上の鬼で祖霊や地霊。
山岳宗教系の鬼、山伏系の鬼、例、天狗。
仏教系の鬼、邪鬼、夜叉、羅刹。
人鬼系の鬼、盗賊や凶悪な無用者。
怨恨や憤怒によって鬼に変身の変身譚系の鬼。

という5種類に分類されるらしい(馬場あき子説 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC)。

SekienOni.jpg

(鳥山石燕『今昔画図続百鬼』より「鬼」世に丑寅(しとら)の方を鬼門といふ。今鬼の形を画くには,頭に牛角をいただき腰に虎皮をまとふ。是丑と寅との二つを合わせてこうしての形をなせりといへり。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BCより)

参考文献;
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)
稲田浩二他『日本昔話事典』(弘文堂)
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル:オニ
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2018年09月06日

がてら


「がてら」は,「がてり」とも言うが,

花見がてら,

というような使い方をし,「がてらに」の形でも用いられ,

ひとつのことをするついでに他のことをするのにいう接続詞。用言の連用形または体言につく,

~のついでに,
~かたがた,

という意味で使う。つまり,

「ある事柄をするときに、それを機会に他の事柄をもする意を表す」

のである。しかし『大辞林』には,

「上代末期からの語。現代語では、『がてら』が付いて示されている事柄が主で、その下に述べられている事柄は副次的なものである場合が多いが、古くは、前件が従、後件が主であるのが一般であった。また、『がてらに』の形でも用いられる。『わが宿の花見がてらにくる人は散りなむ後ぞ恋しかるべき/古今 春下』」

とある。つまり,「花見がてら」と,今日いうときは,「花見」が主だが,かつては,逆であった,と。『岩波古語辞典』には,

「梅の花咲き散る園に我行かむ君が使ひをかた待ちがてら」〈万・四〇四一〉

の例も載る。

『岩波古語辞典』は,その由来を,

「ガテリの語尾リを,状態を示す接尾語ラに置き換えるようにになって成立した語」

とあり,「がてり」の項では,

「臼でつくいのカチにアリがついた語であろう。二つの行為をつき合わせて一緒にする意」

として,

katiati→kateri→gateri,

の転訛を説く。『大言海』は,

「カテは,カツ,カテテ(加・糅)のカテと云ふ。或は,且の転とも云ふ。事の相雑はる意なり。」

とする。接続詞「且」は,「又,そのうへに」の意だが,この語は,「片一方より」の意の副詞「且」から来ている。その由来は,

「片と通ず(籠(かたま),かつみ。熱海(あつみ),あたみ)。対(むか)ひたるものの片方の意。」

とある。なお,「がてら」「かてり」の「ら」「り」は,

「語の末に付けて云ふ助辞。普通意味なきもあり,又,親愛の意あるもあり」

とある(「ら」は「り」「れ」「ろ」と通ず,とある)。「かてて」の「加」は意味が分かるが,「糅」は,『岩波古語辞典』の「か(糅)て」の項に,

まぜる,

意とある。「がてら」「がてり」は,加えて,という含意がある。だから,『日本語源広辞典』が,

「カタハラ(傍・横に並行して)」の変化,

とするのは,少し意味が違う。「加えて」という意味だからこそ,

花見がてら,

というとき,花見は従で,

古くは、前件が従、後件が主であるのが一般,

の意味が生きるのではないか。しかし,『日本語の語源』は,「カタハラ」説を採る。

「一説に,『まぜる』『まじえる』という意の動詞『かつ』の連用形『かち』に,動詞『あり』がついてできたものという(古語辞典)と説いているが,どうも納得しかねる。私見によればいたって簡単である。花見のカタハラ(傍)の語が,タハ[t(ah)a]の縮約でカタラになり,『タ』が母交(母韻交替)[ae]をとげてカテラ・ガテラになった。『がてら』はさらに語尾が母交(母韻交替)[ai]をとげて『がてり』になった。」

とする。しかし,それだと,主従の意味が,「花見がてら」の,「花見」が主は出るが,かつて逆だったという含意が出てこないのではないか。

類語「かたがた」は,

旁,
方々,

と当てるが,「方々」の,

あの方角,この方角,
あれやこれや,

から転じて,

二つ以上の事柄を並べて,

ついでに,
併せて,

という意味になる。この場合,「あちらこちら」と,並列的で,主従薄い。たとえば,

御礼旁,

という使い方の場合,たぶん,「礼」が主だが,それを紛らす意味での使い方をすることはあるが,御礼のついでという含意は少ないはずである。たとえば,

「お礼方々(かたがた)ご挨拶申し上げます」
「ご挨拶方々伺わせていただきます」
「散歩方々買い物をする」
「墓参方々帰省する」

という場合,

散歩がてら買い物をする,
墓参がてら帰省する,

には違和感がないが,

お礼がてらご挨拶申し上げます,
ご挨拶がてら伺わせていただきます,

には,多少の違和感がある。「かたがた」には,並列で,

兼ねて,

の含意であるが,「がてら」は,何となく,何か主たることの,

ついで,

の含意が強いからではないか。自分自身の行動でなら問題が顕在化しないが,相手に対して使うとき,やはり,主従の含意が残っているせいではないかと思われる。

なお,「ついでに」の意味の,行きしな,の「しな」,道すがらの「すがら」,通りすがりの「すがり」,通りがかりの「かかり」,行きがかりの「かかり」,行きがけの「かけ」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/420311540.html

で触れた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

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ラベル:がてら かたがた
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2018年09月07日

だてら


「だてら」は,

女だてらに,

などといった言い回しをする。『広辞苑』は,

「体言に添えて,その身分などにふさわしくない意を表す。非難や軽蔑を込めて使う」

とあるが,『デジタル大辞泉』は,

「《接尾語「だて」+状態を表す接尾語「ら」》(多く『だてらに』の形で)性別や身分・立場などを表す語に付いて、それらの性や身分・立場などにふさわしくない、不相応の意を表す。『女だてらに』『法師だてら』

とあるが,『岩波古語辞典』には,

「接続詞ダテにラのついた語」

とあり,接続詞「だて」は,

「タテ(立)の轉。名詞・形容詞語幹などに付いて,そのさまを取り立てて示す意」

とある。ぼくは,個人的には,ひそかに,この「だて」は,

伊達,

と当てる「だて」で,

だて(伊達)+ら(状態を示す助詞),

ではないか,と思っているのだが,『大言海』は,

「ダテは,タテダテシのダテ,ラは助辞」

とする。「たてだてし」を見ると,

「立立」

と当て,

「心を立て通す」

とし,

意気地を張ること強し,

の意味とする。「だて」を見ても,『広辞苑』には,

「一説に『立つ』から,人目につくような形を表す」

とし,「だて(伊達)」を見ると,

タテ(立)の転。接続語ダテの名詞化(『岩波古語辞典』),
タテダテシキの上下略して濁る,男を立つる意。即ち,男立,腕立,心中立などより移る。世には伊達政宗卿の部兵の服装華麗なりしに起ると云へど,此語も政宗卿の時代よりは,古くありしが如し,且つ慶長の頃までは,伊達氏はイダテと唱えたり」

と,やはり,「たてだてし」の「立つ」とつながる。

「縦」は「立て」の意だが,「立て」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/453257596.html

で触れたように,「よこ」には,

横流し,
横取り,
よことま,

等々,正しからざる意味を含んでいるが, 「立つ」は,『岩波古語辞典』に,

「自然界の現象や静止していめ事物の,上方・前方に向かう動きが,はっきりと目に見える意。転じて,物が確実に位置を占めて存在する意」
「行為や現象の度合いを高めて,周囲にはっきり目立たせる」

と,「目立つ」という含意がある。この含意は,

立役者,

の「立」に含意を残している気がする。「だてら」には,

その身分・立場にもかかわらず,のれを立てている心意気,

を嘲っている風がある。

女立て,

とは言わず,

女だて+ら,

と,「伊達」の状態ではあるが,どこか,「ら」に,

気取ってゃがる,

という含意がある気がする。『日本語源大辞典』に,「だて(伊達)」ついて,

「『いかにも~らしい様子をみせる。ことさらにそのような様子をする』意の接尾語『だて(立)』が,室町末期ごろより名詞また形容動詞として独立したものか」

とあり,「だて(伊達は当て字)」自体に,

いかにも~らしい様子をみせる,

意があり,それが拡大して,

だてら(に),

となったと考えられる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

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ラベル:だてら
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2018年09月08日

ろくろくび


「ろくろくび」は,

轆轤首,

と当てるが,

ろくろっ首,

とも言う。

Hokusai_rokurokubi.jpg

(葛飾北斎『北斎漫画』より「轆轤首」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8D%E3%81%8F%E3%82%8D%E9%A6%96より)


首が非常に長くて,自由に伸縮できる化け物,

と『広辞苑』にあるが,化け物ではなく,そういうタイプの人間がいる,と見なされていた説話もある。「ろくろ首」は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E9%A0%AD%E8%9B%AE

には,

「首が胴から離れて飛び回るものがあるが(『曽呂利物語』や『諸国百物語』などの説話、小泉八雲の『怪談』収録の「ろくろ首」等にみられる)、これは中国の飛頭蛮が由来と考えられている。」

とある。確かに,江戸時代の『画図百鬼夜行』では,「飛頭蛮」の字に「ろくろ首」と訓が添えられている。

SekienRokurokubi.jpg

(鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「飛頭蛮」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8D%E3%81%8F%E3%82%8D%E9%A6%96より)


中國の「飛頭蛮」は,通常は人間の姿と変わりないが、夜になると首(頭部)だけが胴から離れて空中を飛び回るものとされる。

「『三才図会』によれば、大闍婆国(だいしゃばこく、ジャワ島のこと)に、頭を飛ばす者がいる。目に瞳がないのが特徴で、現地では虫落(むしおとし)、落民(らくみん、首が落ちる人の意)と呼ばれる。漢の武帝の時代には、南方に体をばらばらにできる人間がおり、首を南方に、左手を東海に、右手を西の沢に飛ばし、夕暮れにはそれぞれが体に戻って来るが、途中で風に遭うと、海の上を漂ったりしたという」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E9%A0%AD%E8%9B%AE)とか。

Wakan_Sansai_Zue_-_Hitoban.jpg

(日本での図像化の例。『和漢三才図会』より「飛頭蛮」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E9%A0%AD%E8%9B%AEより)


『和漢三才図会』では,ただ首が離れるのではなく,紐というか綱というか,首とつながっていると解されている。

ただ,日本での原型は,「抜け首」とも呼ばれ,ろくろ首の原型とされている,らしい。

「このタイプのろくろ首は、夜間に人間などを襲い、血を吸うなどの悪さをするとされる。首が抜ける系統のろくろ首は、首に凡字が一文字書かれていて、寝ている(首だけが飛び回っている)ときに、本体を移動すると元に戻らなくなることが弱点との説もある。古典における典型的なろくろ首の話は、夜中に首が抜け出た場面を他の誰かに目撃されるものである。抜け首は魂が肉体から抜けたもの(離魂病)とする説もあり、『曽呂利物語』では「女の妄念迷ひ歩く事」と題し、女の魂が睡眠中に身体から抜け出たものと解釈している。」

Sorori_wandering_soul.jpg

(『曽呂利物語』より「女の妄念迷ひ歩く事」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8D%E3%81%8F%E3%82%8D%E9%A6%96より)


とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8D%E3%81%8F%E3%82%8D%E9%A6%96より)。ここでは,中国の「飛頭蛮」そのものである。それを,

「ろくろ首(抜け首)の胴と頭は霊的な糸のようなもので繋がっているという伝承があり、石燕などがその糸を描いたのが、細長く伸びた首に見間違えられたからだとも言われる」

らしい(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8D%E3%81%8F%E3%82%8D%E9%A6%96)。つまり霊的糸を視覚化した流れから,それが伸びる首へ転じていったものとみられる。

「ろくろ首」は,どうやら中国の志怪小説から由来したものらしいが,では,「ろくろ首」とはどこから来たのか。この語源は、

ろくろを回して陶器を作る際の感触,
長く伸びた首が井戸のろくろ(重量物を引き上げる滑車[5])に似ている,
傘のろくろ(傘の開閉に用いる仕掛けを上げるに従って傘の柄が長く見える,

の説がある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8D%E3%81%8F%E3%82%8D%E9%A6%96)。どうやら,これは,「轆轤」の意味からくる。

「主として回転運動によって円形の器物をつくる機械で、木工用、焼物用、金属加工用などがある。また、重い物を引いたり持ち上げたりする巻上げ機、船の錨(いかり)を引き上げる揚錨(ようびょう)機、車井戸のつるべを上下させる滑車、傘の先の骨が集まって、傘を開閉させる仕掛けの部分などもろくろと称する。」(『日本大百科全書(ニッポニカ)』)

で,どれが古いかわからないが,土器のそれは,

「土器を作るための回転台です。手で回したり、足でけって回したりします。古墳時代の中頃に朝鮮半島から伝えられました。」

とあり,滑車のそれも,古墳という土木事業をしている以上,その時代までに伝わっていたと見ることができる。傘の「轆轤」は,そのどちらから当てたと見ることができるので,滑車か,轆轤台のいずれかに由来すると思われる。

ちなみに,「轆」(ロク)の字は,

「ころころ,くるくるという音をあらわす擬声語」

で,滑車や車の意味,「轤」(漢音ろ,呉音ル)は,滑車で,「轆轤」として使われる。滑車,回転する車などの称。これを木工用、焼物用、金属加工用など,円形のものを形作ったり,削ったりする工作機械に当てたのは,我が国だけで,「轆轤」は回転装置を指し,それを応用する機械にまで広げて使うのは,我が国だけということになる。

『日本語源広辞典』は,

「轆轤+首」

とする。「轆轤」は,「陶器を作るのに使う回転する機械」で,

「地面においた木製の大きなロクロの回転軸がすり減って,奇妙な形に細くなったものを,首に喩えたもの」

とする。

https://akio-aska.com/column/100/100_01.html

も,

「ろくろ首のろくろは「轆轤」と書き、陶芸家が粘土をこねるのに使う回転盤のことである。」

としつつ,

「縄に吊り下げられた釣瓶〔つるべ〕を上げ下げすると、釣瓶の縄が伸びたり縮んだりすることから、ろくろ首が生まれたのかもしれない。」

と,断定しかねている。ただ,釣瓶の綱の上下と,伸縮する首とは,つながらない。

首の回りに輪のような筋がある,

とあり,それはむしろ糸巻きの玩具に似ているように思える。

参考文献;
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E9%A0%AD%E8%9B%AE
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8D%E3%81%8F%E3%82%8D%E9%A6%96
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

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コトバの辞典;
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2018年09月09日

ぐる


「ぐる」は,

グル,

と表記する「導師」のいみのそれではなく,

ぐるになる,

の「ぐる」である。

(悪だくみの)仲間,
示し合わせて悪事を企てる仲間,一味,

というようにあまりいい意味では使わない。『江戸語大辞典』にも,一味,同類,の意として載るほど,かなり昔から使われている。『江戸語大辞典』には,「ぐる」の意味で,その他に,

繰り・浄瑠璃社会及び芝居者隠語,帯,

という意味が載る。「ぐる」は何かの集団の隠語ではないかと思われるので,少し気になる。

Inasegawa_Seizoroi_no_Ba.jpg

(白浪五人男 稲瀬川勢揃いの場 文久二年 (1862) 三月江戸市村座初演時の役者絵。三代目歌川豊国画、大判三枚続物。左から三代目關三十郎の日本駄右衛門、初代岩井粂三郎の赤星十三郎、四代目中村芝翫の南郷力丸、初代河原崎権十郎の忠信利平、十三代目市村羽左衛門の弁天小僧菊之助。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E7%A0%A5%E7%A8%BF%E8%8A%B1%E7%B4%85%E5%BD%A9%E7%94%BBより)

その『江戸語大辞典』は,

「ぐるめ」の略とも「ぐるぐる」の略とも,

としている。「ぐるめ」とは,「ぐるみ」で,

~ぐるみ,

という言い方を今もする。その「ぐるみ」は,

くるむの連用形連濁,

で,

ひっくるめて,
~ごと,

という意味である。「ぐるぐる」は,『岩波古語辞典』に,

回転するさま,
幾重にも巻きつくさま,

とあり,これも,「ひっくるめる」と重ならなくもない。『日本語源大辞典』は,

「クルムの名詞形」

とし,

「家族ぐるみなどのグルミが語幹だけ使われた」

とする。『由来・語源辞典』(http://yain.jp/i/%E3%81%90%E3%82%8B%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B)は,

「一説に、物が回ったり巻きついたりするする様子を表す擬態語『ぐるぐる』から来た言葉で、ぐるぐると輪になって相談する様子から」

とする。個人的には,「ぐるみ」が,常識的には妥当に思える。

『大言海』は

「トチグルヒの上下略ならむか(ねぐらかへ,くらがへ。がさつき,がさつ)」

というが,例示から見ると説得力があるが,語感からすると,少し無理かもしれない。その他,

「ぐるりと輪になって密談することに由来する。」

と言う説もある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AB_(%E6%9B%96%E6%98%A7%E3%81%95%E5%9B%9E%E9%81%BF)が,如何であろうか。

『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ku/guru.html)は,

「語源は諸説あり、同じ輪の中に入る意味で『グルグル』や『包(ぐるめ)』などの略。 江戸 時代には着物の帯を『グル』と言っていたため、帯のイメージから連想したとする説があり、どちらも輪になる意味を持つため有力と考えられる。 一説には、馴れ合いを意味する隠語『とち狂ふ(とちぐるふ)』の略とする説もある。
江戸末期の歌舞伎では『共謀』を『くる』と呼んだ例があるため、グループの略とする説は明らかな俗説である。
また、『グルグル』の説の中には、子供の遊戯『かごめかごめ』で鬼を取り囲むことから、共謀して苛めることを言うようになり転じたとする説もあるが、江戸末期以前にカゴメ遊びが『グル』と呼ばれたり、『グルになる』などと言われた例は見当たらにない。」

と整理するにとどめるが,「ぐるめ」ではなく,「ぐるみ」と表記すると,「ぐる」との隅の重なりが一層際立つ気がする。ただ,

https://japanknowledge.com/articles/blognihongo/entry.html?entryid=161

で,『日本国語大辞典 第2版』の,

「目代(めしろ=目付役)になる此の乳母(うば)はぐる也」(浄瑠璃『鑓の権三重帷子』)
「うぬはあの野郎と共謀(グル)だな」(歌舞伎『勝相撲浮名花触(かちずもううきなのはなぶれ)』)

を引きつつ,

「歌舞伎の用例のように『共謀』と書いて『ぐる』と読ませている例もある。『日本国語大辞典』で引用した用例はほとんどが浄瑠璃や歌舞伎の例なので、ひょっとすると芝居関係者の隠語だったのかもしれない。」

としている。『江戸語大辞典』を見ると,

「さる女郎と茶屋とぐるになって田舎客をむごくひったくりし事あり」(蕩子筌枉解)
「おかねまでがぐるになって承知しそふもねへもんだが」(通仁枕言葉)

と,それ以外の用例もあるので,芝居関係とは断定できない。隠語節用集は捨てがたいが,「ぐるみ」に落ち着くのが妥当だろう。

参考文献;
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル:グル ぐる
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2018年09月10日

魔が差す


「魔が差す」は,

悪魔が入り込んだように,ふと普段では考えられないような悪念を起こす,

意と,『広辞苑』にはある。しかし,https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1138914296にあるようにに,

悪いことをした後の言い訳,

によく使う。

「一瞬、判断力を失う」といった意味です。似た言葉に「出来心(できごころ)」があります。」

の説明が的を射ている。ただ,「出来心」は,

「もののはずみで,ふと起こった悪い考えや思い」

で,どちらも江戸時代に用例があるが,「魔」自体は,「吾恋八魔目(吾が恋止まめ)」という用例があり,

「魔(ま)」自体は「奈良時代に普通に使われる語であったと思われる。」(『岩波古語辞典』),

ということらしい。

「出来」は,『岩波古語辞典』に,接頭語として,

「にわかの,急ごしらえの,の意を表す」

とある。心に瞬時に浮いた,というところに焦点を当てると,

出来心,

となり,それの誘因に焦点を当てると,他責として,

魔が差す,

となる,ということか。『笑える国語辞典』

https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%BE/%E9%AD%94%E3%81%8C%E5%B7%AE%E3%81%99%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/

に,

「魔が差すとは、悪魔が心に入り込んだかのように誤った行動や判断をしてしまうという意味で、悪事を働いた者が『私は通常は善人であるが、そのときだけ悪魔にそそのかされて悪人になってしまった』と、まるでその犯行は自分の責任ではないかのように、相手に情状酌量を求めるために用いる。類似のシチュエーションで用いられる釈明の仕方に『つい出来心で』があるが、こちらは『どこからともなくわいてきた悪心』といった意味であり、『悪魔』という主犯の存在を明らかにしている『魔が差す』より具体性に欠ける。合理的な説明を求められる海外で悪事を働く予定のある方は、『魔が差す』と似たニュアンスの現地語を探すことをお薦めする。」

と揶揄している。

「魔」は,『大言海』に,

「梵語Māra(摩羅)の略。舊譯の經論は,もと磨に作る。梁の武帝より,魔の字に改めしと云ふ。弘法外典抄(寶永,光榮)『魔字従石,自梁武帝來,謂,魔能惱人,字宜従鬼』」

とある。

「魔羅(まら)、殺者、障礙ともいう。仏道の修行を妨害したり、人の行う善事を妨げるものを指す。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%94)。さらに,

「仏教の世界観では、魔は欲界の衆生の1つであり、欲界の1つである第六天の他化自在天に魔王の宮殿がある。
釈迦が成道した際に、魔王波旬が娘を派遣して釈迦の心を乱そうとしたり、また、睡魔などの12の軍勢を送って釈迦を悩ませたが、釈迦が地面に触った瞬間に退散したという。
転じて、仏教の修行の邪魔となるものという意味で修行僧の間で陰茎のことを指して『マラ』と呼ぶようになり、現在でも男根の隠語として使われている。」

とある(仝上)。

FireLanceAndGrenade10thCenturyDunhuang.jpg

(敦煌で出土した10世紀の仏画。仏陀に攻めかかるマーラ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%94より)


「魔」は,したがって,『大言海』に,

人命を害ひ,人の 善事障礙するもの,
転じて,心を乱す霊(たま),惡しき神,天魔,悪魔。

とある。其処から転じて,『広辞苑第5版』には,

熱中して異常な行いをするもの,

とある。電話魔,メモ魔,といったたぐいである。なお,「枳園本節用集」には,

「魔,マ,天狗也」

とある。天狗のせいとしておけば,気は楽ではある。

「魔が差す」の「さす」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/454933843.html

で触れたが,「さす」と当てる字は,

止す,
刺す,
挿す,
指す,
注す,
点す,
鎖す,
差す,
捺す,

等々とある(『広辞苑』。『岩波古語辞典』は,「さす」は,

「最も古くは,自然現象において活動力・生命力が直線的に発現し作用する意。ついで空間的・時間的な目標の一点の方向へ,直線的に運動・力・意向がはたらき,目標の内部に直入する意」

とある。で,「射す・差す」について,

「自然現象において活動力が一方に向かってはたらく」

として,光が射す,枝が伸びる,雲が立ち上る,色を帯びる等々といった意味を挙げる。次いで,「指す・差す」について,

「一定の方向に向かって,直線的に運動をする」

として,腕などを伸ばす,まっすぐに向かう,一点を示す,杯を出す,指定する,指摘する等々といった意味を挙げる。次いで,「刺す・挿す」について,

「先の鋭く尖ったもの,あるいは細く長いものを,真っ直ぐに一点に突き込む」

として,針などをつきさす,針で縫い付ける,棹や棒を水や土の中に突き込む,長いものをまっすぐに入れる,はさんでつける等々といった意味を挙げる。さらに,「鎖す・閉す」について,

「棒状のものをさしこむ意から,ものの隙間に何かをはさみこんで動かないようにする」

として,錠をおろす,ものをつっこみ閉じ込めるといった意味を載せる。さらに「注す・点す」について,

「異質なものをじかにそそぎ加えて変化を起こさせる」

として,注ぎ入れる,火を点ずる,塗りつけるといった意味を載せる。最後に,「止し」について,

「鎖す意から,動詞連用形を承けて」

として,途中まで~仕掛けてやめる,~しかける,という意味を載せる。

こう見ると,「さす」の意味が多様過ぎるように見えるが,

何かが働きかける,

という意味から,それが,対象にどんな形に関わるかで,

刺す,

挿す,

注す,

に代わり,ついには,その瞬間の経過そのものを,

~しかけている,

という意味にまで広げた,と見れば,意味の外延の広がりが見えなくもない。「魔が差す」は,「差す」か「射す」でなくてはならない。『日本語源広辞典』が,

「魔(梵語,人の善事を妨げる惡神,藻意も寄らない出来心)+射す(おこす)」

というのは間違っていない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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2018年09月11日

ニラ


「ニラ」は,

韮,
韭,

と当てる。ヒガンバナ科ネギ属に属する多年草,緑黄色野菜である。「韮」(漢音キュウ,呉音ク)の字は,

「象形文字。地上に,ニラが生え出た姿を描いたもの。」

である。「韭」(漢音キュウ,呉音ク)の字も,同じく,ニラが生え出た姿を描いた象形文字である。

W_nira4081.jpg

(ニラ(韮、韭、Allium tuberosum) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A9より)


「『古事記』では加美良(かみら)、『万葉集』では久々美良(くくみら)、『正倉院文書』には彌良(みら)として記載がある。このように、古代においては『みら』と呼ばれていたが、院政期頃から不規則な転訛形『にら』が出現し、『みら』を駆逐して現在に至っている。近世の女房言葉に二文字(ふたもじ)がある。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A9)。『日本語源広辞典』は,だから,

カミラ→ミラ→ニラ,

との転という。「ニラ」は,他に,

豊本,豆実,白薤,懶人菜,起陽草,鐘草乳,

等々の異名がある(『たべもの語源辞典』)。方言では,

「ふたもじ(二文字。千葉県上総地方)、じゃま(新潟県中越地方)、にらねぎ(韮葱。静岡県、鳥取県などの一部)、こじきねぶか(乞食根深。愛知県、岐阜県の一部)、とち(奈良県山辺郡、磯城郡)、へんどねぶか(遍路根深。徳島県の一部)、きりびら(沖縄県島尻郡)、ちりびら(沖縄県那覇市)、きんぴら(沖縄県那覇市)、んーだー(沖縄県与那国島)などがある。」

等々とか(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A9)。

『日本語源大辞典』にも,

「『古事記・中・歌謡』に『賀美良(カミラ)』の根と芽を一つにして的を撃とう,という歌があり,上代の人々がニラをミラと呼び,邪悪なものを追い払う力があると信じていたことがわかる。『大言海』にミラは『かみらノ略カ,芽平(メヒラ)の約か』とみえ,『こみらハ,今,訛シテ,にらト云フ』とある。『新撰字鏡』には『韮 太々美良』とある。平安時代にはタダミラ(タタミラ)・コミラなどミラ系が中心であった。平安後期から末期にはニラも現れ,『観智院本名義抄』には『タダミラ ニラ コミラ』と並べられている。」

とあり,やはり,

カミラ→ミラ→ニラ,

と転じたものとみていい。『岩波古語辞典』の「かみら(韮)」には,ニラの古名として,

「カは香,臭気ある意」

とある。『大言海』は,

「(ミラの転)古言,ラミラ。コミラ。ミラ。ナメミラ。異名フタモジ」

とし,「名義抄」には,

「韮,ニラ,コミラ,薤,ミラ,ニラ」

とある。「薤」(漢音カイ,呉音ゲ)も,ニラである。

「ニラ」の語源説は,

ニホヒキラフ(香嫌)の略(日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・柴門和語類集),
髪に似るところからニは似,ラはカシラの義か(和句解),
ネメヒラ(根芽平)の転訛,
細く伸びた形をしているのでノヒラカの略,

等々あるが,「ニラ」は,

ミラの転,

であり,ミラは,

カミラの転訛,

とするなら,その語源を探るしかない。『たべもの語源辞典』は,

「ニラのニはニオイ(匂)の略である。ラは,キラフ(嫌)の略である。その臭気を嫌った名であるという。ナメミラは嘗韮であり,ククミラは茎韮である。古名のカミラは香韮である。コミラは小韮でオオミラ(大韮)に対しての呼び名である。オオミラはラッキョウである。また,ミラは美良である。ニラには,においがあるからカミラ(香韮・臭韭)とよんだもので,カミラがコミラともよばれたのである。コミラの意も香韮と同じことである。ミは,『満る』とか『みづみづし』と,美しいもの立派なものである。ミラは,良いもの,美しいものである。ニラが生えているさまが美しかったから,ミラという古名が生まれ,転じてニラとなったのである。香りが高いからカミラとも呼んだ。嫌っての名ではない。」

と述べ,カミラ(香韮),ミラ(美良),から転じたニラに,「美」と「香」が通底していることを主張している。妥当である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

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2018年09月12日

知音


「地音(ちいん)」は,今日意味が薄まって,

知り合い,知人,

という程度の意味で使われるが,

音を知る,

から来ていて,

よく心を知りあっている人,

という意味で,単なる,

親友,

というのも意味が違う。

1280px-Boya.JPG

(伯牙が琴を弾き、その横で子期が琴を聴いている(頤和園) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%AF%E7%89%99より)

『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ti/chiin.html)には,

「知音は、『列子(湯問)』などの故事に由来する。 中国春秋時代、伯牙(はくが)という琴 の名手がいた。 友人の鐘子期(しょうしき)が死に、伯牙は自分の琴の音をよく理解して くれる者がいなくなったと嘆き、琴の弦を切って二度と弾かなかった。 そこから、自分を知ってくれる人や親友を『知音』というようになり、よく知る人の意味から、恋人、女房、知人などにも、『知音』が用いられるようににーなった。」

とある。

子期死して伯牙復琴をかなでず,

というもいい,

断琴の交わり,

伯牙絶絃,

とも言う。単なる俱とはちょっと違う,ということだろう。『呂氏春秋』等々には,

伯牙鼓琴。鍾子期聽之。
方鼓琴而志在太山。鍾子期曰。
善哉乎鼓琴。巍巍乎若太山。
少選之間。而志在流水。鍾子期又曰。
善哉乎鼓琴。湯湯乎若流水。
鍾子期死。伯牙破琴絶弦。終身不復鼓琴。
以為世無足復為鼓琴者。
非獨琴若此也。賢者亦然。
雖有賢者。而無禮以接之。賢奚由盡忠。
猶御之不善。驥不自千里也。

と載る,とか。

伯牙(はくが)琴(きん)を鼓(こ)し、鍾子期(しょうしき)之を聴く。
琴を鼓するに方(あた)りて、志(こころざし)太山(たいざん)に在らば、鍾子期曰く、
善い哉かな、琴を鼓する、巍巍乎(ぎぎこ)として太山の若し、と。
少選(しょうせん)の間にして、志流水(りゅうすい)に在らば、鍾子期又た曰く、
善い哉かな、琴を鼓する、湯湯乎(しょうしょうこ)として流水の若し、と。
鍾子期死す、伯牙琴を破り絃を絶ち、終身復(また)琴を鼓さず、
以為(おもへらく世に復た琴を鼓すに足る者無しと。
独り琴のみ此の若きに非ざるなり、賢者も亦た然り。
賢者有りと雖も、而も禮以て之に接する無くば、賢、奚(なに)に由りて忠を尽くさん。
猶ほ御(ぎょ)の善ならざれば、驥(き)も自ずから千里ならざるがごときなり。

なお,驥(き)とは,一日に千里を走るという俊足の馬をいう。

伯牙は、中国春秋時代の晋の大夫。伯雅とも。姓が伯、名が牙。

「伯牙が高い山に登る気持ちで琴を弾くと、鍾子期は『すばらしい、まるで険しい泰山のようだ』と言い、伯牙が川の流れを思い浮かべて弾くと、鍾子期は『すばらしい、まるで広大な長江か黄河のようだ』と言った。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%AF%E7%89%99)。こんなわが想いを思い,わが心を心する友がいるなら,たぶん,他は,迚も堪えられまい。

中國の,

「朝廷や諸侯はおのおの楽師をかかえ,それを養成する機関をもって,典礼や饗宴で演奏させていたが,民間にも多数の音楽家がいた。とくに戦国期(前5~前3世紀)になると,衛の王豹(おうひよう)や斉の綿駒(めんく)といった歌手,琴家の伯牙(はくが)など古典に名をとどめるものもおり,趙の女性楽人のように,全国を回る旅芸人が活躍するようになる。」

とある(『世界大百科事典』)。中国春秋時代の晋と言えば,紀元前11世紀 - 紀元前376年である。まだ日本列島は縄文時代である。

水星のクレーターの1つが「Po Ya(伯牙)」と命名されている,とか。また,祇園祭の山鉾にも,この故事にちなんだ「伯牙山(はくがやま)」というのもあるとか。

ph_hakugayama.jpg

(祇園祭の山鉾「伯牙山(はくがやま)」http://www.gionmatsuri.or.jp/yamahoko/hakugayama.htmlより)

参考文献;
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
http://www.kokin.rr-livelife.net/classic/classic_oriental/classic_oriental_350.html
http://www.gionmatsuri.or.jp/yamahoko/hakugayama.html

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:知音
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2018年09月13日

化け猫


「化け猫」というと,ある年代の人には,

鍋島の化け猫騒動,

が記憶に残る。単なる怪談話だが,

「佐賀藩の2代藩主・鍋島光茂の時代。光茂の碁の相手を務めていた臣下の龍造寺又七郎が、光茂の機嫌を損ねたために斬殺され、又七郎の母も飼っていたネコに悲しみの胸中を語って自害。母の血を嘗めたネコが化け猫となり、城内に入り込んで毎晩のように光茂を苦しめるが、光茂の忠臣・小森半左衛門がネコを退治し、鍋島家を救うという伝説」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%96%E3%81%91%E7%8C%AB

である。この背景にあるのは,沖田畷の戦いで討ち死にした龍造寺隆信に代わって,鍋島直茂(隆信の生母慶誾尼が鍋島清房の継室となったため,隆信の従弟(直茂の生母と隆信の父が兄妹)で義弟)に実権を握られ,藩を簒奪されたと思った孫の高房が自害したという歴史的背景が,怪談話化へと展開した,と見られている。

Ryūzōji_Takahusa.jpg

(龍造寺高房像(天祐寺蔵、佐賀県立博物館保管)  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E9%80%A0%E5%AF%BA%E9%AB%98%E6%88%BFより)


それにしても,なぜ猫か。

「ネコが妖怪視されたのは、ネコが夜行性で眼が光り、時刻によって瞳(虹彩)の形が変わる、暗闇で背中を撫でれば静電気で光る、血を舐めることもある、足音を立てずに歩く、温厚と思えば野性的な面を見せることもあり、犬と違って行動を制御しがたい、爪の鋭さ、身軽さや敏捷性といった性質に由来すると考えられている」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%96%E3%81%91%E7%8C%AB)が,

「化け猫の俗信として『行灯の油を舐める』というものがあり、江戸時代の百科事典『和漢三才図会』にも、ネコが油を舐めることは怪異の兆候とある[6]。これは近世、行灯などの灯火用に安価な鰯油などの魚油が用いられ、ネコがそうした魚油を好んで舐めたためと見られている。また、当時の日本人の食生活は穀物や野菜類が中心であり、その残りを餌として与えられるネコは肉食動物ながらタンパク質や脂肪分が欠乏した食生活にあった。それを補うために行灯の油を舐めることがあり、行灯に向かって二本足で立ち上がる姿が妖怪視されたものとの指摘もある。」

ともある(仝上)のに,猫が化ける,との俗説は強く,たとえば,

「尻尾の完全な猫は化けるという俗信があり仔猫のちに人が尻尾を切断して根元だけをわずかに残す習俗」

が最近まであった(『日本怪談集 妖怪篇』)。あるいは,

「猫を飼うには,最初その猫に向かい『二年間飼うてやる』とか『三年間飼うてやる』とかいって,あらかじめ年限を定めて飼わねばならぬ。もし年限をきめずにおくと,年老いて古猫になり化けるからいけない。年限を定めておくと,その年期が満つればねこはどこともなく行ってしまう。また猫は毒を喰うか殺されるかしないかぎり,その死骸を人間に見せないものであるという。」

等々。僕も,猫は「死骸を人間に見せない」という話を聞いたこともあるし,どこかへ消えてしまって帰ってこなくなった猫も何代かいた記憶がある。ま,俗説ではある。

Buson_Bakeneko.jpg

(与謝蕪村画『蕪村妖怪絵巻』より「榊原家の化け猫」。深夜の古屋敷で手拭をかぶって踊るネコを描いたもの。本文中には「夜な夜な猫またあまた出ておどりける」とあるものの、尾が二股と伝えられる猫又と異なり、尾は1本として描かれている。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%96%E3%81%91%E7%8C%ABより)

古猫については,

「古猫の尻尾の二本に裂けた猫股(猫又とも)はよく化ける」

とか,

「飼猫が一三年たつと化けて人を害す」

という。この辺りは「化け猫」は,

「猫又と混同されることが多く、その区別はあいまいである。」

とされる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%96%E3%81%91%E7%8C%AB)のを証しているように見える。

「猫又」は,

「大別して山の中にいる獣といわれるものと、人家で飼われているネコが年老いて化けるといわれるものの2種類がある」

らしい(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AB%E5%8F%88)。

Suuhi_Nekomata.jpg

(佐脇嵩之『百怪図巻』より「猫また」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AB%E5%8F%88より)


「中国では日本より古く隋時代には『猫鬼(びょうき)』『金花猫』といった怪猫の話が伝えられていたが、日本においては鎌倉時代前期の藤原定家による『明月記』の天福元年(1233年)8月2日の記事に、南都(現・奈良県)で『猫胯』が一晩で数人の人間を食い殺した という記述がある。」

という(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AB%E5%8F%88)。猫又が文献上に登場した初出らしいが,

「目はネコのごとく、体は大きい犬のようだった」

とあり,猫かどうか。しかし,鎌倉時代後期『徒然草』(1331年頃)に,

「奥山に、猫またといふものありて、人を食ふなると人の言ひけるに……」

と記され,江戸時代の怪談集『宿直草』『曽呂利物語』で,

「猫又は山奥に潜んでいるものとされ、深山で人間に化けて現れた猫又の話があり」

他方で,鎌倉時代成立の『古今著聞集』(1254年稿)の観教法印の話では、

「嵯峨の山荘で飼われていた唐猫が秘蔵の守り刀をくわえて逃げ出し、人が追ったがそのまま姿をくらましたと伝え、この飼い猫を魔物が化けていたもの」

とし,『徒然草』は,これもまた猫又とし、

「山にすむ猫又の他に、飼い猫も年を経ると化けて人を食ったりさらったりするようになる」

と書く。江戸時代以降には,

「人家で飼われているネコが年老いて猫又に化けるという考えが一般化し、…山にいる猫又は、そうした老いたネコが家から山に移り住んだものとも解釈されるようになった」

とある。こうなると,「猫又」も「化け猫」もほぼ重なってしまう。

Tonoigusa_Nekomata.jpg

(荻田安静『宿直草』より「ねこまたといふ事」。狩人が自分の母に化けた猫又(左下)を射る場面。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AB%E5%8F%88より)


それにしても,なぜ猫だけが化けるのか。同じく人間と古い付き合いの犬が化ける,というのは聞いたことがない。今野円輔氏の,

「もとは隠された猫神信仰が広く分布していたのかもしれない」

との説は,河童が水神信仰の成れの果てであるように,多くの妖怪変化が,かつての神霊現象ないし信仰の衰退した結果であることを考えると,宜なるかなと思う。

参考文献;
今野円輔『日本怪談集 妖怪篇』(現代教養文庫)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:化け猫 猫又
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2018年09月14日

妖怪


今野円輔『日本怪談集 妖怪篇』を読む。

img100.jpg


本書は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/461217174.html

で取り上げた,今野円輔『日本怪談集 幽霊篇』の続編になる。

妖怪は,

「タソガレの逢魔が刻からカワタレの暁闇,夜明けまで,あるいは一番鶏の鳴くまでの間の夜は,人間の支配外,つまりは人外の魔物の時間であった。生活圏のもっとも狭い空間は軒下の雨垂れ落の内であり,人魂が川を越したら生き返らないというなど,川のこちらであったし,山のあなたはも知らぬ他国であった。また,墓地からの帰りは,後を振り返ってはいけないなどのタブー,さては後を振り返らずに肩越しに物を投げる呪法などを考え合わせると,前代日本人が確認できるのは躰の前方であって背後にはいつも不安を感じていたらしい」(「はじめに」)

という時代の日本人の心性のありようと深くかかわっている。それは,アニミズムということばだけでは代替できない,深い奥行がある。

妖怪の大部分は,

御靈信仰系,

祖霊信仰系,

に大別できるという。つまり

神々が妖怪化,

したものらしい。狐やタヌキ,カワウソ,イタチ等々妖怪化する動物も多く,

神霊,
神使い,
霊獣,

であった可能性が高く,植物でも,

神樹,
靈木,

が祟る。つまりは,

神霊から妖怪へ,

の大ざっぱな流れがある。だから,

SekienOmagatoki.jpg

(鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』より。「黄昏をいふ。百魅の生ずる時なり。世俗小児を外にいだす事を禁(いまし)む。一説に王莽時(おうもうがとき)とかけり。これは王莽前漢の代を簒(うば)ひしかど,程なく後漢の代となりし故,昼夜のさかひを両漢の間に比してかくいふならん」とある。)

「妖怪の特徴のひとつは,もともと人間を恫喝し,ワッと叫ばせるにすぎなかったとは柳田翁の説であった。妖怪出現の目的は,人間に対する恨みをはらそうとか,とり殺すというような悪意があってのことではなくして,もとは神霊の威力を示し,それを認めさせるためであったから,人間の側が畏怖すれば即ち目的は達せられたという。その威力に伏し,承認すれば,それ以上は追求しないという形式は,…よほど妖怪しつつある小正月の定期的な訪問神であるナマハゲの行事などにも如実に示されている。」

というのが,本来形なのであろうか。後は,昔話によって変化していく。

本書では,

路上に出没する妖怪(股くぐり,ノブスマ,ツチノコ,見越し入道等々),
家の中の化け物(ザシキワラシ,マクラガエシ等々),
河童,
山童,
ぶきみな化け物(ロクロッ首,一つ目小僧,大入道,海坊主,牛鬼等々),
ユーモラスなケモノたち(キツネ,タヌキ,ムジナ,イタチ,カワウソ),
鬼と天狗,
山姥,
磯女,
雪女,
器物の怪,
化鳥,
樹木の靈,
主,

といったものが並ぶ。水木しげるではないが,今日のデジタル世界の方がよほど薄っペラに思えるほど,奥行のある世界である。

「妖怪の基盤を形成しているのは,日本人の民間信仰であり,神霊に対する強烈な畏怖に他ならない」

のは確かで,

「ヘングェ(変化)といい,バケモノというのは,正体は別にあって,他の現象を示現し,わが身ならぬ他の姿を現すもののことである。」

「オニ」の項

http://ppnetwork.seesaa.net/article/461493230.html?1536090582

で触れたように,もともとは,

もの,

と総称していた。モノノケの「モノ」である。顕現しているものの向こうに何かがあると感じるから,それを,モノとしか呼びようがなかったのである。

参考文献;
今野円輔『日本怪談集 妖怪篇』(現代教養文庫)
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)

ホームページ;
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2018年09月15日

くだを巻く


「くだを巻く」は,

とりとめのないことをしつこく言う,
とか,
酒によってとりとめないことをくどくど言う,

意味だが,『広辞苑第5版』には,

「糸車の筟(くだ)を巻く音がぶうぶうと音を立てることに結び付けて」

とある。『デジタル大辞泉』も,

「管(くだ)の連想からとも、この管に糸を巻きつけるとき、ぶうぶう音を立てるところからともいわれる。」

『大辞林第三版』は,

「『管』を連想して『巻く』といったもの」

とあるので,管の意味の,

糸繰り車の紡錘(つむ)に差して糸を巻きつける軸,

に準え,そこから,その音を連想し,喩えた,という流れになる。「管」にはいろいろな意味があるが,ここでは,

「機の具。緯絲(すきいと)を巻き付けて,梭(ひ)に納(い)れて,緯を遣るもの。筟,籰」(つまり,機はたを織るとき、緯よこ糸を巻きつける芯)

の意と,

「糸車の左の方にある紡錘(つむ)に挿む,小さき軸」(つまり,糸繰り車のつむに差して、糸を巻きつける軸)

の意とが問題だが,どうも,「糸車の,糸を巻きつける軸」の意ではないか,と思われる。

「くだを巻く」

の管は,

「筟」(フ)ないし「籰」(ワク)の字を当てていた「くだ」ではなく,「管」なのではないか,と思われる。つまり,『広辞苑第5版』の「糸車の筟(くだ)を巻く音」ではなく,「糸を巻きつける管」なのではないか。字鏡に,

「籰,纏絲者也,久太」

とあり,「和名抄」に,

「筟,纏(まく)絲管也,管子,久太」

とある(『大言海』)「くだ」は,「機」の「くだ」である。で,『大言海』は,糸車の軸の説明の後,

「車をめぐらせば,オビイトより,ツムに伝ひと,ぶうぶうと音をたつ。これに因りて,酔漢の,漫語(たわごと)をぶうぶう言ふを,くだをまくと云ひ,又何事にも,くだくだしく繰言するをも,くだをまく,くだまく,と云ひ,略して,くだとのみ云ふ。」

とある。

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管に糸を巻く作業を「管巻き」というらしいので,ぶうぶういう音に喩えて,「くだまき」といったものとみられる。

『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ku/kudawomaku.html)は,

「『くだ(管 )』とは機織りで糸を紡ぐときに用いる軸のことで,これを『糸繰車(いとくりぐるま)』にさして糸を巻くと『ぶうんぶうん』と単調な音で鳴る」

としているのは,機織と糸巻を混同しているのではないか。「糸繰り車」とは,「糸車」と同じで,

「車の回転を利用して、綿花や繭から糸を紡ぎ出したり、また、紡いだ糸を縒(よ)り合わせたりする道具。」

である。

『由来・語源辞典』(http://yain.jp/i/%E7%AE%A1%E3%82%92%E5%B7%BB%E3%81%8F)の,

「『管』は糸車の紡錘(つむ)にさして糸を巻き取る軸のこと。糸を巻き取るとき、その管がぶうんぶうんと単調な音を立てることからの形容。また、『管』はくだくだしいの『くだ』にも掛けている。」

のが正確である。

なお,「くだ」は,

クタケ(空竹)の義(言元梯),
吹き下し,飲み下すところからクダス(下)の義(名言通・和訓栞),
クダは韓語か(東雅),

と諸説あるが(『日本語源大辞典』),『日本語源広辞典』は,

「クダル(下る)クダス(下す)のクダ」

説を採る。「丸く細長く中のウツロなもの」とある。竹を思い浮かべるが,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/461199145.html

で触れたように,「竹」は,中国から輸入されるまで,笹竹しか知らないので,竹とのつながりがないようである。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
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コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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2018年09月16日

舌を巻く


「舌を巻く」は,『広辞苑第5版』に,

驚きおそれ,あるいは,感嘆して,言葉も出ない,

という意である。

諸人皆舌を巻き,口を閉づ,

という使い方(太平記)をされる。『大辞林 第三版』には,出典は,

漢書 揚雄伝,

とし,

「(相手に圧倒されて)非常に驚く感心する。」

とある。この方が要を得ているようだが,しかし『広辞苑第5版』の,

言葉も出ない,

に意味があるらしい。『漢書 揚雄伝』には,

舌巻,

と載り,それは,

「下を折り曲げ先を奥へやった状態」

を指し,それは,

「舌を巻いて話せなくなってしまう状態」

なのだという(https://usable-idioms.com/1853)。「舌」(呉音ゼツ,漢音セツ)の字は,

「会意。『干(おかしてでいりする棒)+口』で,口の中から自由に出入りする棒のしたをあらわす」
で,単に舌の意だけではなく,「饒舌」というように,

言葉を話す,

意がある。感心する,驚嘆する意には違いないが,「舌」には,

「舌は喋ることの象徴であり、『二枚舌』、『舌が回る』などの表現に使われる。『嘘をつくと閻魔大王に舌を抜かれる』などもこれであろう。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%8C

という意味がある。この「舌」をめぐる話の背景には,中国での,

張目吐舌,

つまり,「目をむいて舌をだす」という志怪小説によくある妖怪の振舞い,

「妖怪が、真っ赤な目を見張り、舌を吐きだし地面に柱のように突っ立てると、おどされた人はおびえて、ほとんど死にそうになる。」

と繋がり,ある種の呪いとして,

「戦国時代の楚の墓室におかれた鎮五三は丸い目をし、長い舌を吐き出す。虎や獅子それに神像にも張目と舌出しがみえる。」

という(http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/bitstream/10466/12384/1/2009202116.pdfより)。「舌出し」は,

「舌をだすことは鬼や妖怪が人間をおどす所作とされる。一方、生者や死者を守護する神や獣もまた舌をだす。人をおどす方も妖怪を追い払う方も、どちらも舌をだすのである。」(仝上)

たとえば,「口を開ける」行為について,

「『目張而不能嗜。釈文、嗜、合也(『荘子』天運)』。老子に会った孔子は驚きのあまりぽかんと口をあけたままであった。『公孫龍豆咲而不合、舌挙乳下、乃逸而走(『荘子』秋水)』は、その際、舌があがったままであったという。これは…舌を結ぶや舌を巻いて逃げ出すことを想起させる。
 顔之推『顔氏家訓』 『勉学』の『蒙然早口』もまた驚愕して、ものが言えなくなった様子。清、掘建招の校注は『所謂舌盗りて下がる能 わず』という。やはり舌は上がったままらしい。開いた口がふさがらない状態である。
中国語の「『塊出殻』・「魂飛魂散」は驚いて魂が抜けてしまうことをいう。驚いて口が開くならば、魂はそこからぬけるのだろう。」
 
という(仝上)。ついでながら,「舌を結ぶ」というのも,

「『張口結舌(『七戸五器』)』、 『下々辛口結舌(『紅花草』)」』では驚きのあまり口を開け舌を結ぶ。 『漢語大忌典』は『張開噴説不出話来。形容理屈、害伯或驚愕』と開いた口がふさがらず、しゃべることができない状態とする。しゃべることは言霊を口から出すことだが、それができない状態といえる。」

と,同趣旨となる。それと関連させてみると,「舌を巻く」は,

「『礼官博士、巻其舌而不談(『漢書』揚雄伝)』も驚嘆することとされる。星宿の名にも『巻舌(『漢書』天文志)』があり、各課『新論』は『天運巻舌之星、陸送絨口之銘』と喩える。また庚信の『猛士嬰城、謀臣巻舌』なども、話ができない、ということとからめて考察されている。
 しかし李白の感遇詩の『挙国莫能和、巴人皆巻舌』などは必ずしも言葉とはかかわらない。舌をふるうことが悪霊祓いの所作だとすれば、舌をまくことは、それを放棄して逃げだすこととなる。」

となる。単に感嘆することが,言葉がしゃべれないほど驚嘆するのでもなく,舌の霊力から考えて,「舌を巻く」とは,文字通り,その霊力を捨てて,

逃げだすこと,

となる。ちなみに,「舌」と当てた和語「した」の語源は,いろいろあって,定まっていない。『日本語源大辞典』は,

柔らかにシタガフか(和句解・日本釈名・柴門和語類集),
シナフ義か。ナとタと通じる(名言通・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子),
シテ(息手)の義(松屋棟梁集),
ヲシテ(食手)の上略(日本語原学=林甕臣),
口の中にヒタルのヒタの転か(日本釈名),
シッタリと物の味をシタシ取るものであるところから(本朝辞源=宇田甘冥),
すべての口の働きを助ける舌の気働きをするところから,シは気,タはハタラキの略(国語蟹心鈔),
シムト(染所)の義(言元梯),
シシ(肉)からか(国語の語根とその分類=大島正健),

と挙げるが,いずれも,しつくりこにない。『日本語源広辞典』は,二説挙げる。

説1は,「シ(下)+タ(するもの)」。口の下方にある発声器官の意,
説2は,「シタ・シナ(しなう 撓)」,

僕は,単純に,

下,

でなかったのか,と思うのだが。「下」は,『日本語源広辞典』は,

「シ(下の意)+タ(名詞の語尾)」

とする。

「シモに関連する語か。転じて,物の下,下方を意味する」

とある。「舌」に思えてくる。

参考文献;
大形徹「張目吐舌考-霊魂との関連から」(大阪府立大学紀要(人文・社会科学). 1997)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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2018年09月17日

けむに巻く


「けむに巻く」は,

煙に巻く,

と当てるが,『デジタル大辞泉』に,

「この意味で『けむりにまく』と読むのは誤り」

とある。しかし,「けむ」は,

煙,
烟,

とあて,「けむり」の略なのである。「けむに巻く」は,

気炎をあげ相手を戸惑わせる,

意であるが,『大言海』に,

「けむになるとは,消え失するなり」

とある。

「大げさなことや相手の知らないようなことばかりを言い立てて、相手を圧倒したり、ごまかしたりする」(『デジタル大辞泉』)
「信じがたいことや相手がよく知らないようなことを言って、相手の判断力を狂わせる」(『大辞林 第三版』)

という意味で,「巧みな弁舌」という意味を載せているのがあったが,そうではなく,相手を眩惑し,話題や話の筋が迷路に入らされることだろう。『笑える国語辞典』(https://www.waraerujd.com/blank-510)は,

「煙に巻く(けむに巻く)とは、なんの関係もない話を持ち出すなどして相手の追求をそらす、という意味。その昔、忍者はなんらかの方法で煙を突然発生させ、おのれの身を隠したと、忍者小説家や漫画家は証言している。」

とある。煙幕と同じである。https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%85%99%E3%81%AB%E5%B7%BB%E3%81%8Fに,

「(通常、受け身で用いて)(特に火事などの場合に)煙につつむこと、また、煙につつまれて前後左右の方向感を失わせること。」

とある。「けむり」は,かつては,

けぶり,

であり,「けむり」はその転訛したもの。だから,

けぶ,

という。「けぶ」は,

「けぶりの語幹なり。けぶたし,けぶいとも用ゐられる」(『大言海』)

とあり,それが転訛して,

けむ,

と言う。『江戸語大辞典』の「けぶ」の項では,

「『けむ』とも」

とある。「けぶり」について,『日本語源広辞典』は,

「『介夫利』(新撰字鏡),『介不利』(十巻本和名抄),『計布理』(日本紀竟宴和歌-延喜六年),『気敷里』(日本紀竟宴和歌-天慶六年)などと表記されるところから,古くはケムリではなく,ケブリであった考えられる。平安末,鎌倉時代にはケブリ,ケムリの両様が用いられていたが,室町末頃にはケムリが通例となったらしい。」

とある。『大言海』は,「けぶる」の項で,

「ケは,火気(ほのけ)のケなり,ブルは揺れ立つ意」

とある。「ぶる」は「振る(ふる)」の「揺り動かす」意と言うのだが,後解釈だが,「けむに巻く」の「けぶる」の「ぶる」は,同じ「振る」と当てる,

「(名詞・形容詞語幹のについて五段活用の動詞をつくる)それらしい様子をする,そのふりをする」

という意の「ぶる」,気取る意の「~ぶる」という使い方をする「ぶる」じゃないか,と言いたくなる。それはないけれども。

さて,『日本語源大辞典』は,「けむり」の語原ついて,大言海説以外に,諸説挙げている。

気のようにたなびいて上るところから,ケは気の義(国語溯原=大矢徹),
ケブリ(気振)の義か(和字正濫鈔・和訓栞),
ケノボリ(気登)の義。また,ケはキエ(消)の転で,火キエ(消)テ-ケノボル(気登)義か(日本釈名),
ケフリ(気降)の義(東雅),
ケは息,香の義で,フリはカブリ(冠・被)の義(俚言集覧),
ヒキフリ(火気触)の義(言元梯),
キエ(消)フスブリの義(名言通),
キエ(消)クモリの約か(菊池俗語考),
キエビイル(消火入)の略(両京俚言考),
キエイブリ(消燻)の約(国語の語根とその分類=大島正健),
ケはキユル(消)から(日本声母伝),
物の上を薄くおおう意味の動詞カブ(黴)から(続上代特殊仮名音義=森重敏),
「薫」の別音kemの諧音リを添えた語ケムリの転(日本語原学=与謝野寛),

「けむり」から語源を探っているのは論外としても,ケは「気」なのだろうとは思われる。その意味で,『日本語源広辞典』が,

ケ(気)+ブリ(登),
ケ(気)+ブリ(燻る),

を挙げているのはわかるが,それなら,『大言海』の,

「ケは,火気(ほのけ)のケなり,ブルは揺れ立つ意」

つまり,

ケ(気)+フリ(振),

が一番妥当だろう。こう見ると,

けむに巻く,

ではなく,

けぶに巻く,

が正しいように思えてくる。

因みに,「煙(烟は異体字)」(エン)の字は,

「会意兼形声。右側の字(イン・エン)は,香炉からけむりのたちのぼるさまを示す会意文字。煙はそれを音符とし,火を加えた字で,火がもえてけむりの立つことを示す。『かくす』という意味を含む」

である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2018年09月18日

旗を巻く


「はた」に当てる漢字は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/455661837.html

で触れたように,かなりの数があり,それぞれ使い分けていた。「旗」の字は,『字源』に,

「古は熊虎を描き,大将の建てしもの,衆と其の下に期するもの」とあり,旌旗の「旌」の字は,

「旗竿の上に旄(からうし)の尾をつけ,之に析きたる鳥羽をつけたるはた」(『字源』)

で,「昔は兵卒を元気づけて進めるために用いた。のち,使節のもつ旗印のこと」(『漢字源』)という。「旗幟」の「幟」の字は,我が国では,「旗」と区別して「のぼり」の意だが,

「めじるしのために立てる旗」

を意味する。「幡然」(ほんぜん)の「幡(旛)」の字は,

「色のついた布に字や模様をかいてたらしたはた」

の意である。なお,古代律令の編目の一つ「軍防令(ぐんぼうりょう)」には軍旗の制があり,

「将軍旗は纛幡(とうばん)、隊長旗は隊幡、兵士の旗は軍幡と注する(『令義解(りょうのぎげ)』)。すでに所属・職階の標示となっている。」(日本大百科全書(ニッポニカ))

というが,ここでは「はた」に,「幡」を使っている。「旆」の字は,

「いろいろな色の布で,二つに開く尾をつけたはた」

とある。「旄」の字は,氂(からうし,ヤクのこと),あるいはその尾を意味するが,

その尾を竿頭につけた旗

の意である。「幢」の字は,

「旌旗の属とあり,絹の幕で筒型に包んで垂らした飾り,のことらしい。朝廷の儀仗行列の飾りに用いる。」(『字源』)

とあるが,『魏志倭人伝』に,

正始六年詔賜倭難升米黄幢付郡假授,

とある,「黄幢」の「幢」である。

旗を揚げる,

が,軍を起こす,兵を挙げる(後漢書・袁紹伝)意で,それをメタファに,旗揚げするということを起こす意に広げて使う。当然「旗を巻く」のは,

軍(いくさ)の旗を巻き収める,

意で,

旗を降ろす,

兜を脱ぐ,

の同じく,

戦意をなくす,

という意になる。敗北,降参の意ともなる。旗を巻くという状態表現が価値表現へと転じたということなのだろう。『大言海』の「はた(旗・旌・幡)」に,

「遂陷康居,屠五十城,搴歙侯之旗,斬郅支之首,懸旌萬里之外,揚威昆山之西」(漢書陳湯傳)

を引く。「旗」は敵将の象徴なのである。ただ,

旗を振る,

というのは,鼓舞する意味にしても,近代以降で,旗指物も,幟も,馬印も,そこに居ることを示すためのものであって,振ったりするものではないように思う。

http://ppnetwork.seesaa.net/article/459556323.html

で触れたように,もともとは,

「平安時代以来、武士たちは軍容を誇示したり、自軍と敵軍との識別をおこなうために、長い布の短辺に木を通して紐で吊り上げて風になびかせる、丈の高い流れ旗を軍団の象徴として掲げた。」

が,それに,

「布地の長辺の一方と上辺のあわせてふたつの辺を旗竿に結びつけることで流れ旗との識別を容易にした幟が発案され、全国の武家へと徐々に広まっていった」

とされる。それを巻くことは,撤兵か,終戦か,敗北しかない。

似た言葉に,

尻尾を巻く,

は,

負けたことを認める態度をとる,

という動物の生態からきたものだろうか。類義語で,

白旗を揚げる,

は,一般化するのは,近代で,かつては源氏の旗印が白旗であったように,以降も,白旗を源氏の家系を主張するものの意で用いおり,白旗が降参の意で広く用いられたのは,明治以降ではないだろうか。

ただし,

『常陸国風土記』の行方郡のくだりには、降伏の意図で「白幡」をかがけた,

とか,

『日本書紀』に,素幡(白きぬの旗)を船に立てて降伏の意を表した,

等々記述があり,白旗=降伏の意で用いる例はあったらしい。降伏目的での白旗使用の嚆矢は,

西暦25-205年の中国漢時代,
あるいは,
ローマ時代の西暦69年の第二次クレモナの戦い,

で白旗が使用されたという。白旗使用は、古代世界においての調達のし易さがある,という。ローマ時代でも,一般的には「一般的な降伏方法は、自らの盾を頭の上に載せる方法」だったらしいのに,白旗で降伏の意が,敵に伝わった,というのは面白い。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E6%97%97

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2018年09月19日

とぐろを巻く


「とぐろを巻く」の「とぐろ」は,


蜷局,

と当てる。しかし「塒」(呉音ジ,漢音シ)は,

「『土+音符時』で,鶏がじっととまって休む土の囲い」

で,

ねぐら,
ないし
鶏舎,

の意である。「蜷局」の字は,当て字。「蜷」(漢音ケン,呉音ゲン)は,曲がる意で,我が国では,巻貝の名に当てている。「とぐろ」と訓ませると,「蜷局」は,

「ヘビなどが、渦巻き状に体を巻くこと。また、その巻いた状態」

の意となるが,「けんきょく」と訓ませると,「虫の屈まりいくさま」から,

縮まって進まないさま。背をまるくして伸びないさま。転じて、順調でないさま,

の意であり,これは中国の語意をそのまったく受けている。なぜ,「とぐろ」この「蜷局」と「塒」を当てたのかはわからないが,あまりピッタリではない。そのはずで,「塒」を「とぐら」とも訓ませる。「とぐら」は,

塒,
鳥栖,
鳥座,

と当て,『広辞苑第5版』には,

「(『くら』は人・動物が居る所,また物を乗せておく所)鳥の夜寝る所,ねぐら」

の意である。『岩波古語辞典』は,「とぐら」は,

トリクラの約。

とし,『大言海』は,

鳥座(トグラ)の義

とする。これなら「塒」の字の意味のままである。

「くら」は,

座,

と当て,『岩波古語辞典』は,

クラ(鞍)と同根,

とする。

人や物が乗る台,

とすると,「とぐろ」は,どうやらこの言葉とつながる。『日本語源大辞典』は,

トグラ(所坐)の転か(大言海・上方語源辞典=前田勇),
藁縄を螺旋状に巻いた円筒をいうツグウと関係する語か(蝸牛考=柳田國男),

を載せる。『日本語源広辞典』は,

「ト(所)+グラ(座)」の転訛説,

と,

朝鮮語(tong-korami)で,モンゴル語(tugurik)語源説,

を挙げるが,「どくろを巻いている状態」が,

鳥がじっととまって休む,

意の「塒」から,「とぐら」を連想し,その転訛,つまり,

「ト(所)+グラ(座)」の転訛が,

とぐろ,

となったとしてもおかしくはない。思いつきをこねくり回しても,原義に辿りつけるとは思えない。

そうすると,「とぐろを巻く」は,

蛇などが、からだを渦巻き状に巻いた状態でいること。また、その状態,

という状態表現から,この場合,ねぐら(塒)を連想するほど,ニュートラルな意味だったのが,

数人が一ヵ所にたむろして不穏の気勢を示すさま,
その場所に腰を落ち着けてなかなか動こうとしないさま,

と,あまりいい意味ではない価値表現へと転じたということになる。

『笑える国語辞典』(https://www.waraerujd.com/blank-99)は,

「とぐろを巻くとは、渦巻状に丸くなってくつろぐという意味(ただし、ヘビにとって)。または、数人でうんこ座りし、タバコをふかてムダ話をしながらくつろぐという意味(ただし、ヤンキーにとって)。または、他人の家などに居座ってくつろぐという意味(ただし、招かれざる客にとって)。『とぐろ(塒、蜷局)』は、わらで編んだ釣鐘形、半球形の籠である『つぐら(ちぐらともいう)』の形に似ているところから来ていると言われる。つぐら(ちぐら)は、赤ん坊や飯びつなどを入れて保護するための籠で、最近は猫の寝床『猫つぐら』『猫つぐら』で知られる。」

と,「つぐら」説を採る。「つぐら」は,

「わら製の保育用具。イヅミとか,エジコなどともよぶ。大小いろいろに作って冬期には飯の保温用にも使う。イヅミは飯詰の意である。秋田ではイヅミ,青森・岩手ではイヅコ,エジコ,信州北部から越後にかけてはツグラ,フゴ,佐渡ではコシキ,東海地方ではエジメ,クルミ,三重県ではヨサフゴという。イヅミは多く中部地方から東北地方の寒い地方で使われている。」(『世界大百科事典 第2版』)

で,いづめ(飯詰)ともいうのは,保温用飯びつ入れと同形のためなので,とうてい「とぐろ」とは似ても似つかない。「塒」の字を当てた謂れとつながらない。ちなみに,「つぐら」を猫用にしたものが,

猫つぐら,

が訛って,

猫ちぐら,

となる。「猫ちぐら」は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AB%E3%81%A1%E3%81%90%E3%82%89

に詳しい。

Akiyamago.jpg


参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AB%E3%81%A1%E3%81%90%E3%82%89
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
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書評
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2018年09月20日

まく(巻く)


「まく」と当てる漢字は,

巻く,
捲く,
播く,
蒔く,
撒く,
枕く,
婚く,
纏く,
負く,
設く,
任く,
罷く,

等々ものすごい数になる。ただ,大まかに,

巻く,
捲く,

と,

枕く,
婚く,
纏く,



播く,
撒く,
蒔く,

と, その他由来を異にする,

負く,
設く,
任く,
罷く,

等々に別れる。同じく「まく」とはいいつつ,由来は異にする。

巻く,
捲く,

を取り上げてみる。『岩波古語辞典』には,

「一点,または一つの軸を中心にして,その周囲に渦巻状の現象や現状が生ずる意」

とあり,『大言海』には,

「圓く轉(く)る意か」

とし,

「渦の如く,クルクルと折り畳む」

とする。そして,

纏く,

をつなげ,

纏いつく,
絡み付く,

意とつなげている。そして,

枕く,

は,

「纏く意,マクラと云ふも頭に纏く物なれば云ふならむ」

とする。「枕く」は,

相手に腕をかけてかき抱く,

と,「巻く」とつながるのである。

『日本語源広辞典』は,「巻く」の語源を,

「マク(丸く包み込む)」

とする。しかしこれは,「巻く」と当てた上での後解釈に見える。『日本語源大辞典』は,『大言海』の,

マルククル(円転),

以外に,

マロカスの反モクの転か(名語記),
マロカス(丸)の義(名言通),
前に繰るの義か(和訓栞),
マルメク(円来)の義(日本語原学=林甕臣),
マロ(円)にするの意(国語溯原=大矢徹),
マルクの略か(和句解),
円く畳む意(国語の語根とその分類=大島正健),
マク(曲転)の意(言元梯),
マはムカハ(向)の約。向へあわす意(和訓集説),

等々を挙げる。当然「まる(円・丸)」との関連が気になってくる。「まる」は,『日本語源大辞典』に,

「中世期までは『丸』は一般に『まろ』と読んだが,中世後期以後,『まる』が一般化した。(中略)本来は『球状のさま』という立体としての形状をさすことが多い。平面としての『円形のさま』は,上代は『まと』,中古以降は加えて『まどか(まとか)』が用いられた。『まと』『まどか』の使用が減る中世には『まる』が平面の意をも表すことが多くなる」

とあり,「まる」は,

まろの転,

で,『岩波古語辞典』には,「まろ」の項で,

「球形の意。転じて,ひとかたまりであるさま」

と,更に意味が転じている。「まろ」の語源は,

音を発するときの口の形から(国語溯原=大矢徹・国語の語根とその分類=大島正健),
マアル(真在)の義(日本語原学=林甕臣),
マロ(転)の義(言元梯),
全の義(俚言集覧),

等々と載るが,僕には,「廻る」との関連が気になる。「廻(まは)る」は,『岩波古語辞典』には,

舞ふと同根,

で,

「平面を旋回する意」

とある。「舞う」の語源を見ていくと,『日本語源大辞典』に,

「類義語『踊る』があるが,それは本来,とびはねる意であるのに対して,『まう』は回る意」

とある。こう見ると,「巻く」は「まる」とつながり,「まる」は「廻る」とつながっていく。

「巻く」とつながる「枕く」「纏く」「婚く」は,

枕をしたときの形容から巻くの義(雉岡随筆),
マはタマ(玉),マル(丸)などの語根。腕で首を巻いて寝る意から(日本古語大辞典=松岡静雄),
体を撓めるところからマグ(曲)の意(釈日本紀),
マギヌル(纏寝)の意(亮々草子),
男女が袖を差し交えて相巻く意から(類聚名物考),

と語源は「巻く」「まる」とつながっていく。

播く,
撒く,
蒔く,

と,

負く,
設く,
任く,
罷く,

については,項を改める。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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