2018年09月14日

妖怪


今野円輔『日本怪談集 妖怪篇』を読む。

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本書は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/461217174.html

で取り上げた,今野円輔『日本怪談集 幽霊篇』の続編になる。

妖怪は,

「タソガレの逢魔が刻からカワタレの暁闇,夜明けまで,あるいは一番鶏の鳴くまでの間の夜は,人間の支配外,つまりは人外の魔物の時間であった。生活圏のもっとも狭い空間は軒下の雨垂れ落の内であり,人魂が川を越したら生き返らないというなど,川のこちらであったし,山のあなたはも知らぬ他国であった。また,墓地からの帰りは,後を振り返ってはいけないなどのタブー,さては後を振り返らずに肩越しに物を投げる呪法などを考え合わせると,前代日本人が確認できるのは躰の前方であって背後にはいつも不安を感じていたらしい」(「はじめに」)

という時代の日本人の心性のありようと深くかかわっている。それは,アニミズムということばだけでは代替できない,深い奥行がある。

妖怪の大部分は,

御靈信仰系,

祖霊信仰系,

に大別できるという。つまり

神々が妖怪化,

したものらしい。狐やタヌキ,カワウソ,イタチ等々妖怪化する動物も多く,

神霊,
神使い,
霊獣,

であった可能性が高く,植物でも,

神樹,
靈木,

が祟る。つまりは,

神霊から妖怪へ,

の大ざっぱな流れがある。だから,

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(鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』より。「黄昏をいふ。百魅の生ずる時なり。世俗小児を外にいだす事を禁(いまし)む。一説に王莽時(おうもうがとき)とかけり。これは王莽前漢の代を簒(うば)ひしかど,程なく後漢の代となりし故,昼夜のさかひを両漢の間に比してかくいふならん」とある。)

「妖怪の特徴のひとつは,もともと人間を恫喝し,ワッと叫ばせるにすぎなかったとは柳田翁の説であった。妖怪出現の目的は,人間に対する恨みをはらそうとか,とり殺すというような悪意があってのことではなくして,もとは神霊の威力を示し,それを認めさせるためであったから,人間の側が畏怖すれば即ち目的は達せられたという。その威力に伏し,承認すれば,それ以上は追求しないという形式は,…よほど妖怪しつつある小正月の定期的な訪問神であるナマハゲの行事などにも如実に示されている。」

というのが,本来形なのであろうか。後は,昔話によって変化していく。

本書では,

路上に出没する妖怪(股くぐり,ノブスマ,ツチノコ,見越し入道等々),
家の中の化け物(ザシキワラシ,マクラガエシ等々),
河童,
山童,
ぶきみな化け物(ロクロッ首,一つ目小僧,大入道,海坊主,牛鬼等々),
ユーモラスなケモノたち(キツネ,タヌキ,ムジナ,イタチ,カワウソ),
鬼と天狗,
山姥,
磯女,
雪女,
器物の怪,
化鳥,
樹木の靈,
主,

といったものが並ぶ。水木しげるではないが,今日のデジタル世界の方がよほど薄っペラに思えるほど,奥行のある世界である。

「妖怪の基盤を形成しているのは,日本人の民間信仰であり,神霊に対する強烈な畏怖に他ならない」

のは確かで,

「ヘングェ(変化)といい,バケモノというのは,正体は別にあって,他の現象を示現し,わが身ならぬ他の姿を現すもののことである。」

「オニ」の項

http://ppnetwork.seesaa.net/article/461493230.html?1536090582

で触れたように,もともとは,

もの,

と総称していた。モノノケの「モノ」である。顕現しているものの向こうに何かがあると感じるから,それを,モノとしか呼びようがなかったのである。

参考文献;
今野円輔『日本怪談集 妖怪篇』(現代教養文庫)
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:25| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする