2018年10月10日

もの


「もの」は,

物,
者,

と当てる。「物」(漢音ブツ,呉音モツ・モチ)は,

「会意兼形声。勿(ブツ・モチ)とは,いろいろな布でつくった吹き流しを描いた象形文字。また,水中に沈めて隠すさまという。はっきりと見分けられない意を含む。物は,『牛+音符勿』で,色合いの定かでない牛。一定の特色が内意から,いろいろなものをあらわす意となる。牛は,物の代表として選んだにすぎない。」

とあり(『漢字源』),

天地間に存在する,有形無形のすべてのもの,

を意味する(『字源』)。そこから,コトに広がり,

物事,

へと意味を拡げる。「者」(シャ)は,

「象形。者は,柴がこんろの上で燃えているさまを描いたもので,煮(火力を集中してにる)の原字。ただし,古くから,『これ』を意味する近称指示詞に当てて用いられ,諸(これ)と同系のことばをあらわす。ひいては直前の語や句を,『…するそれ』ともう一度指示して浮きださせる助詞となった。また。転じて『…するそのもの』の意となる。唐・宋代には『者箇(これ)』をまた『遮箇』『適箇』とも書き,近世には適の草書を誤って『這箇』と書くようになった」

とあり(『漢字源』),

人を指していう,

とある(『字源』)。これは,和語の「者」と当てる「もの」が「物の義」(『大言海』)とあるのと似ている。

『岩波古語辞典』は,「もの」を,

「形があって手に振れることのできる物体をはじめとして,広く出来事一般まで,人間が対象として感知・認識しうるものすべて。コトが時間の経過とともに進行する行為をいうのが原義であるに対して,モノは推移変動の観念を含まない。むしろ変動のない対象の意から転じて,既定の事実,避けがたいさだめ,普遍の慣習・法則の意を表す。また,恐怖の対象や,口に直接指すことを避けて,漠然と一般的存在として把握し表現するのに広く用いられた。人間をモノと表現するのは,対象となる人間をヒト(人)以下の一つの物体として蔑視した場合から始まっている。」

とする。コトは,言であり,事であった。

「オニ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461493230.html)で触れたように,折口信夫は,古代の信仰では

「かみ(神)と、おに(鬼)と、たま(霊)と、ものとの四つが代表的なものであった」(『鬼の話』)

としているが,大野晋は「『もの』という言葉」と題した講演で

「『もの』という精霊みたいな存在を指す言葉があって、それがひろがって一般の物体を指すようになったのではなく、むしろ逆に、存在物、物体を指す『もの』という言葉があって、それが人間より価値が低いと見る存在に対して『もの』と使う、存在一般を指すときにも『もの』という。そして恐ろしいので個々にいってはならない存在も『もの』といった。」

としている(http://www.fafner.biz/act9_new/fan/report/ai/oni/onitoyobaretamono.htm)。つまり,「もの」としか呼べないもののなかから,かみ(神)と、おに(鬼)と、たま(霊)と分化していった,ということになる。

『大言海』は,「もの」を,四項にわけている。ひとつの「もの(物)」は,

「百名(ももな)の略轉と云ふは,いかがか」

とし,いわゆる「もの」の意味,

「凡そ,形ありて世に成り立ち,五官に触れて其存在を知らるべきもの,及,形なくとも吾等の心にて考へ得るべきものを称する語」

とし,転じて,「事」「言葉」に意味を拡げる。そして,接尾語として,洗いもの,干しもの,はきもの,かけもの等々と使われる。

次の「もの(物)」は,

「者の意より移る」

とし,

「神の異称」

転じて,

「人にまれ,何にまれ,魂となれるかぎり,又は,靈ある物の幽冥に屬(つ)きたる限り,其物の名を指し定めて言はぬを,モノと云ふより,邪鬼(あしきもの)と訓めり。又,目に見えぬより,大凡に,鬼(万葉集七十五,『鬼(モノ)』),魂(眞字伊勢物語,第廿三段,『魂(もの)』)を,モノと云へり」

と,いわゆる「鬼」を「もの」と訓んだ。

次の「もの(物)」は,

「其物を,直に其事と指しあてて言はず,何事をもひとつに,つかねて云ふ語」

の意で,そこから,「もの」と言って,「兵器」を指したり,「鳴り者の音」「物音」を指したりした。さらに,この「もの」が接頭語として,各語に添えられ,漠然と一般的なものを表現し,ものがなし,ものあはれ,ものおもい,ものぐるわし等々と使われる。

最後の「もの(者)」は,

「物の義」

として,

人,

を指す。ただ『岩波古語辞典』は,この「もの(者)」は,

「社会で一人前の人格的存在であることを表現するヒト(人)に対して,ヒト以下の存在であるモノ(物)として蔑視あるいは卑下した場合に多く使う表現」

とし,「わるもの」「痴れもの」「すきもの」「何もの」「このもの」など,

「曖昧またはよくないと認められるような人間をいう例が多い」

とする。

このように,便利に使われる「もの」の語源は,

モモナ(百名)の略轉(和訓栞・大言海),

以外に,

モロナ(諸名)の義(言元梯・名言通),
マナ(真名)の義(国語の語根とその分類=大島正健),
モヤモヤとして延びゆくものの意(本朝辞源=宇田甘冥),
精霊,神,魔の義(日本神話の研究=松本信広・上代貴族生活の展開=折口信夫),
マナ(愛)から(続上代特殊仮名音義=森重敏),

とあるが,どうやら,はっきりしていない。

「モヤモヤ」という擬態語『由来・語源辞典』も面白いが,「モヤ(http://ppnetwork.seesaa.net/article/458197503.html)で触れたように,

靄(もや),

と関わり,「もやもや(擬態語)の気象」となったようだから,「もの」とつなげるのは難しい。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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スキル事典;
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書評
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posted by Toshi at 04:50| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする