「腑抜け」は,
「(はらわたを抜き取られたかのように)いくじのないこと,まぬけ,腰抜け」
とある(『広辞苑第5版』)。しかし,
いくじがない,
と
腰抜け,
は通じるが,
間抜け,
は少し意味がずれるのではないか。
『日本語源広辞典』にも,
「『腑+抜け』です。身体の中の臓腑が抜けている意です。信念や態度にしっかりしたものがない意です。」
とある。やはり,「間抜け」は,少し意味が違う。ただ,『江戸語大辞典』には,「腑抜け」は載らないが,
腑抜玉(ふぬけだま),
が載り,
愚かな人,いくじのない人などを嘲って言う語,
とあるので,「愚かさ」も,「腑抜け」に入るのかもしれない。『大言海』をみると,
「臓腑の脱けてある義」
として,
「人を罵りて云ふ語」
とある。これが正確かもしれない。だから,
まぬけ,
あはふ,
うつけもの,
とんちき,
鈍漢,
と悪罵が並ぶ。普通に考えると,
「はらわたを抜き取られた状態の意」
から,
意気地がないこと,気力がな,また、その人やそのさま,腰抜け,
という(『デジタル大辞泉』)のが意味の外延だが,その,
気力のない,しっかりしていない,
という状態表現に,価値表現を加えると,
腰抜け,
となり,それでせっかくの機会を逸すれば,
まぬけ,
となっても,意味の変化として可笑しくはない。
『由来・語源辞典』(http://yain.jp/i/%E8%85%91%E6%8A%9C%E3%81%91)に,
「『腑』は、五臓六腑の腑で、『はらわた』『臓腑』のこと。さらに腑は、思慮分別や考えの宿るところも表す。つまり『腑抜け』とは、思慮分別が 抜け落ちてなくなること、意気地がなくなることをいう。」
とある。それを評して,
まぬけ,
と言っても,間違いではないが,いささか価値表現が過ぎる。
『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/hu/funuke.html)は,
「腑抜けの『腑』は、『はらわた』『臓腑』を意味する語。『肝』に『気力』や『度胸』の意味があるように、『腑(腹)』は底力を出す際に力を入れる場所と考えられている。力を入れるべき場所が抜け落ちた状態から、腑抜けは『意気地がないこと』や『腰抜け』を表すようになった。また、『腑』は『心』や『考え』も意味することから、『腑抜け』『腑が抜ける』は思慮分別が抜け落ちてなくなることも言うようになった。」
という価値表現の変化を説いている。
腑に落ちる(http://ppnetwork.seesaa.net/article/441077426.html)で触れたように,
『大言海』の「腑」の項には,「臓腑」の意味の他に,
「俗に,思慮分別の宿る所。腑の足らぬとは,料簡の不足の意。腑の抜けるとは,料簡の脱したる意。」
とある。だから,原初は,
意気地なし,
根性がない,
元気がない,
といった意味の外延を拡げたというのでいいのだろう。
漢字「腑」は,
「府は,いろいろな物をまとめて置く所。付と同系のことば。腑は『肉+府』で,体内にある食物や液体のくら。もと府と書いた。」
とある(『漢字源』)。漢方で言う,
五臓六腑,
つまり,五臓は,
肝・心・脾・肺・腎(心包を加え六臓とも)
を指す。六腑は,
胃・肝・三焦(リンパ管を指す)・膀胱・大腸・小腸,
を言う(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%87%93%E5%85%AD%E8%85%91に詳しい)。「腑に落ちる」が,身体の中心で,
得心した,
という意味になるとすれば,それが抜けていれば,得心,理解が飛んでしまうということか。
「腰抜け」 いくじがないこと。おくびょうなこと。
「腑抜け」 魂が抜けたようになって、しっかりした気持ち・考えがもてないこと。いくじがないこと。
と比較していた(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q101050775)し,
「間抜け」 考えや行動に抜かりがあること。鈍間(のろま)で気が利かないこと。また、そのような人。
「腑抜け」 肝がすわっていないこと。また、そのさまやそのような人。意気地なし。腰抜け。気力がなく、しっかりしていないこと。
と対比している(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1315648348)が,「間抜け」と言うのはストレートだが,「腑抜け」と言うのは,言外に「間抜け」を押しやり,ソフトな言い回しになる。「腑抜け」と言うことで,「腰抜け」のストレートさをソフトにしている感がある。文脈に依るので,比較することにはそんなに意味がない。
また,
【1】「腰抜け」は、臆病(おくびょう)で思い切って事を行えないようなこと。また、そういう人。
【2】「腑抜け」は、気力、精神力などがなかったり、極度に乏しかったりして、事を行えないこと。はらわたを抜き取られた状態という意から言う語。
【3】「ふがいない」は、はたから見ていて歯がゆくなるほど、また、黙っていられないほどいくじがない意。「腑甲斐無い」「不甲斐無い」などと書くこともある。
と比較しているものもある(『類語例解辞典(小学館)』)。いずれも,傍から見ている価値表現だが,「期待する甲斐がない」と言う含意の「不甲斐ない」には,いくらかの期待がある。罵りの順位は,
腰抜け→腑抜け→不甲斐ない,
というところか。因みに,「臓腑」といっても,
「中国医学の基本的な概念の一つで,《素問》《霊枢》など,漢代の《黄帝内経》に由来するという書に記載され,その後これを中心にして発展した。臓と腑はもとは蔵と府と書かれていた。臓と腑も胸部と腹部の内臓であるが,臓は内部の充実した臓器で気を蔵し,腑は中空のもので摂取した水と穀物を処理したり,他の部位に輸送したり,体外に出したりするという区別がされている。」(『世界大百科事典』「臓腑説」)
とあり,「気」は,「腑」ではなく「臓」らしいのだが。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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