2018年11月17日

滑ったの転んだの


「滑ったの転んだの」は,

つまらない事をあれこれとやかましく騒ぎ立てる喩え,

で,

滑ったは転んだは,

とも言う。

どうでもいいことを言いたてる,

意である。しかしなぜ,

滑ったの転んだの,

がそういう意で用いられるかは定かではない。既に,『江戸語大辞典』にも,

辷ったの転んだの,

で載り,

ヤレどうしたこうしたと,つまらぬことを口やかましく,小うるさく言う形容,

とあり,

何のかの,

とも載る。つまり,当人にとっては何ごとか意味があることも,聞かされる側は,

滑った転んだ,

と同程度にどうでもいいこと,と言うことになる。

近所でどうしたこうした,

という噂話もそれかもしれない。江戸時代の用例だと,

「中々仇を討つのすべつたのころんだの,どうめいつたこうめいつたのと云様なった元気はなし」(寛政五年・年寄之冷水曽我)

「ヤレすべつたは転んだはと,其度に錢のいる事ばかりさ」(文化三年・酩酊気質)

「茶屋だの女郎屋だの,すべつたは転んだはと,内外の物入りが強くなる」(浮世風呂)

等々,どうやらも今日の,

「滑ったの転んだのと言い訳ばかりしている」(『デジタル大辞泉』)
「 すべったのころんだのとうるさいやつだ」

使いようからみると,口やかましく言い募るというよりは,

四の五の言う,

に近い感じである。「四の五の言う」は,口先だけで,あれこれ言う意で,

四の五の言わずにすぐやれ,

といった使い方をする。「四の五の」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/407591636.html)で触れたように,「四の五の」は,江戸末期の『俚言集攬』に載っているらしく,賭博用語で「一か八か」の対語として生まれた言葉で,サイコロの四と五の目の形が似ていたことから丁・半のどちらか選ぶか迷っているさま,あるいは,「四だの五だのと文句を言う」を意味した。ここから転じ,一般にも広く普及したが,いまではヤクザ映画や時代劇などで聞かれる程度になっている。

しかし,このほかに,

「一も二もなく」という「即座に」のという意味から,一や二どころか,四や五までぶつぶつ言うところから来ているという説,

四書五経(『論語』『大学』『中庸』『孟子』と『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』)に由来し,「四書だの五経だのと理屈ばかりこねる」という意味,

等々もあるらしい。どちらにしても,意味は,

ああでもないこでもない,
ああだこうだ,

と言う意味に近い。滑ったり,転んだり,とい日常些事に振り回されているという意味では,この言い方は,なかなか含意が深いのかもしれない。

「滑る」は,『大言海』は,

「ヌメルの轉」

と(『日本語源広辞典』も同説)するが,その自動詞「すべす」の隣に,

すべすべ(滑滑),

が載る。

物の,滑る状に云ふ語,

とある。「ぬめる」よりは,擬態語,

すべすべ,

から来たのではあるまいか。『擬音語・擬態語辞典』は,「すべすべ」の項で,

「『すべる』の『すべ』と同源か」

としている。

「転ぶ」は,『大言海』は,

「轉(コロ)を活用させた語」

とする。「轉(ころ)」は,

「輾々(ころころ)の轉(墳(うぐ)も,うごもつ,軽々(かろがろ),かろがろ)。コロコロと轉ぶ,ころばす。ころがる,となる」

としている。『日本語源広辞典』も,

コロコロの擬態語,コロ+ぶ(動詞化),

とする。「すべる」も,「ころぶ」も,共に擬態語から来ている。状態表現としては,「滑ったの転んだの」とは,なかなか的確な言葉を選択したのかもしれない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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posted by Toshi at 05:12| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする