2019年01月03日

歯が浮く


「歯が浮く」は,

葉の根がゆるむ,
酸いものなどを食べて,歯の根が浮き上がるように感じる,
軽薄で気障な言動を見聞して不快になる,

という意味が載る(『広辞苑第5版』)が,

歯が浮くようなお世辞,

という言い回しで使われることが多いので,

そらぞらしく、きざな言動に対して、気持ち悪く感ずる,

という意味(『大辞林』)の方がしっくりくる。

語源がはっきりしないが,

酸いものなどを食べて,歯の根が浮き上がるように感じる,

とい辺りが由来らしい。たとえば,は,

「元々『歯が浮く』とは、酸っぱい物を食べた時に不快に感じたりすることを指していた。それが転じて、キザな言動や見えすいたお世辞も不快に感じるので『歯が浮く』と表現されるようになった。」

と(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12151576912)される。あるいは,

「【歯科医注釈】広辞苑では不快になるようなセリフと書かれていますね。実際歯周病で歯が浮いた感じというのは、鈍痛のような不快なものです。現在では照れるような誉め言葉にも使われることがありますが、原義では不快な状態になるときに使う言葉のようです。」

とされる(https://www.kodjeng.com/proverb.html)。あるいは,中国語と比較しながら,

「『歯がうく』倒牙=(酸っぱいものを食べて)歯が浮く,肉麻=(誠意がない、または軽薄な言動によって)不快な気持ちになる 。(中略)疲労などのせいでリアルに『歯がうく』感じがする症状の表現が『倒牙』が近しい。しかし、軽薄な言動に対して『歯がうく』ような嫌な感じがするのは『肉麻』と言い、そうした『身体感覚をともなった情緒性』を表現する身体語としては中国語は『歯』ではなく『肉』を使う。『肉麻』とは、『肉がしびれるむずむずする』の意だ。私たちが『そんなお世辞言われるとこそばがゆい』というあのニュアンスに不快感を加味した感じなのだろう。」

とする(https://cds190.exblog.jp/10238409/)。

極道用語に,「てのすける」があり,

歯が浮く、見え透いた、という意味,とある(http://www.usamimi.info/~kintuba/zingi/zingidic-ta.html)が,これは,どちらかというと,

見え透いた,

というか,手の内が見える,という感じで,言っていることの裏が透けて見える,という含意では似ていると言えば似ているが,少し違うようだ。

今日の感覚では,「歯が浮く」は,

不快感,

より,

空々しさ,

の感じが強かったということだろうか。しかし,その体感覚がぴんと来ないので,僕には,「歯」は,

下駄の歯,

のことではないか,と思ってしまう。下駄(http://ppnetwork.seesaa.net/article/414131601.htmlで触れた)は,

「下(低い)+タ(足板)」

で,木製の低い足駄(あしだ)の意味らしい。足駄(あしだ)は,

屐とも書き,また屐子 (けいし) ともいう。主として雨天用の高下駄。木製の台部の表に鼻緒をつけ,台部の下には2枚の差歯がある。足下または足板の転訛した呼称といわれる。

とある。これだと区別がつかないが,

①(雨の日などにはく)高い二枚歯のついた下駄。高下駄。
②古くは,木の台に鼻緒をすげた履物の総称。

足駄の方が上位概念らしい。下駄自体は,中世末,戦国時代が始まりらしいが(「下は地面を意味し,駄は履物を意味する。下駄も含めてそれ以前は,『アシダ』と呼称されたという説もある),その中で,近世以降,雨天用の高下駄を指すようになったものらしい。一つの木から台と歯を作る「連歯下駄(俗称くりぬき)」はともかく,別に作った歯を台に取り付けるの「差し歯下駄」の場合の,

歯が浮く,

体感覚は,空々しい言葉を聞いた時の「居心地の悪さ」「尻こそばゆさ」に通じるような気がする。もちろん臆説である。因みに,

「歯を台に差込む構造」

は(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%A7%84),

ほぞ継ぎ(ほぞ接ぎ),

というらしい。

「ほぞ継ぎは2つの部品:ほぞ穴とほぞの突起で構成される。通常横框と呼ばれる木材の終端を加工したほぞは、対応する木材に彫った正方形または長方形の穴に収まる。ほぞはほぞ穴にぴったり合うよう切断加工されており、通常はほぞを完全にほぞ穴に差し込んだ時に安定させる肩がある。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BB%E3%81%9E%E7%B6%99%E3%81%8E)。

因みに,「は(羽,歯,刃,葉)」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba10.htm#%E3%81%AF)については触れたように,

「は(葉)」と「は(羽)」は「ひら」に通じ,

「は(歯)」と「は(刃)」は,「ハ(喰)」に通じ,

そして,「は(葉)」「は(羽)」「は(歯)」「は(刃)」に共通するのは,「ひら」ではなかろうか,そして「ひらひら」「ひらめく」という擬態語につながっている。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2019年01月04日

浮足立つ


「浮足立つ」は,

期待や不安など先が気になって,いまのことに気分が集中できなくなる,

という(『広辞苑第5版』)よりは,

不安や恐れで落ち着きを失う,逃げ腰になる,

という(『デジタル大辞泉』)方が的確に思える。「浮足」自体が,

足のつま先だけが地面について,十分に地を踏んでいないこと,

転じて,

落ち着かないこと,

を意味する(『広辞苑第5版』)。『岩波古語辞典』をみると,

足が地についていないこと,

であり,

心が動揺して逃げ腰になること,

と,状態表現が,価値表現へと転じたことがわかる。『大言海』の,

足の踏みしめがたきこと,逃足にならむとするに云ふ,

というのが正確な表現だろう。そのきちんと足を付けて居られない状態を指している。

類語を見ると,

前進する心意気が失われること,

その物事を早く行いたくて仕方がない状態になること,

とあるので,

逃げ腰や怯む,

だけではなく,

いても立ってもいられない,

という前のめりの心理状態の表現でもあるらしい。

「浮足」は,

踵が地面についていない状態を指すので,

前のめり,

後ずさり,

の価値表現へと転じたと言える。

語源を書いているものはあまりないが,『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/u/ukiashidatsu.html)は,

「浮き足は、かかとが地についていない爪先立ちの状態のこと。この状態は不安定なことから,落ち着かない態度や逃げ出しそうになることを『浮き足』というようになった。爪先立ちの状態を言う『浮き足』は室町時代から見られ,落ち着かない様子や状態を表すようになったのは江戸時代後期からである。現代では『浮き足』が単独で使われることは少なく,『浮き足立つ』『浮き足』になるの使用が多い。」

としているし,『日本語源広辞典』は,

「浮き(かかとを地面に付けない)+足」

としている。前に触れた(http://kerokero-info.com/2017/02/10/post-4464/)ことがあるが,(たぶん,現代の)柔術などでは,

「必要なのは『地に足をつける』ことではなく『浮き足立つ』ことが重要。一般的な言葉のイメージだと『地に足をつける』はプラスのイメージ、『浮き足立つ』はマイナスのイメージです。 しかし柔術の稽古ではそれが逆転する。 地に足がつくというのは地に足が居つくことであり、浮き足立つというのは自由に動ける状態。」

とあるし,剣道でも,

「現代剣道の足運びは、主に右足を前に出して踏み込み、引き、防ぎます。後ろ足はつま先立ってます。踏み換えて稽古することはまずありません。却って滑稽に見えるかも知れません。」

という。しかし,宮本武蔵は,全く反対のことをいう。

「足の運びは,つま先を少し浮かせて,かかとを強く踏むようにする。足使いは場合によって大小遅速の違いはあるが,自然に歩むようにする。とび足,浮き足,固く踏みつける足,はいずれも嫌う足である。」

また柳生宗矩は,『兵法家伝書』で,

さきの膝に身をもたせ,あとの膝をのばすべき事

あとの足をひらく心持の事

と述べていて,どうも足を浮かすという風には読めない。浮いた状態は,すぐに動けるかもしれないが,不安定で,重い太刀を構えているものの取る姿勢ではない。

斎藤孝氏は,こんなことを言っています。

「江戸末期や明治初期の写真を見ると,当時の日本人は,とてもしっかりと立つことが出来ました。足は長くないが,臍下丹田や親指の足の付け根に力が入っていた。」

さらに,

「踏ん張るという感覚がありますね。この感覚がわからない人に相撲はできません。でも現在,この踏ん張る感覚を持たない子供も少なくないんです。彼らは,頑張ることはできるんです。頑張って相撲は取れる。ところが頑張るというのは精神的な感覚です。でも踏ん張るというのは,身体的な感覚なんです。ただ頑張るだけでは,心が先に行ってつんのめっているような状態。」

大地にしっかり立てなければ,思いを果たすべき身体はついていけない。

これも触れたこと(http://ppnetwork.seesaa.net/article/439819446.html)だが,

飛び足,浮き足,かたく踏みつける足,

の三つを嫌う足と宮本武蔵は言っているが,それは腰の定まり方と関係があるに違いない。

「身のなり,顔はうつむかず,余りあふのかず,肩はささず,ひづまず,胸を出さずして,腹を出し,こしをかがめず,ひざをかためず,身を真向にして,はたばり広く見する物也」

と,兵法三十五条に書く。

また,甲野氏は,「武の技の世界には,『居付く』ということを嫌う伝承が古来から受け継がれて」いる(http://ppnetwork.seesaa.net/article/414896125.html)として,こう述べている。

「この言い伝えに従うならば,床に対して足を踏ん張らないのは勿論のこと,下体に視点を置いて上体を捻ったり頑張ったりしないこと,また腕を動かす時,腕や肩や胸を蹴る形で,つまり固定的支点を肩の関節に作らないようにすることが大事で,そのために,体各部をたえず流れるように使うことが重要なわけです。足や腰を固定して身体をまわすから捻れる…。」

武術では,老人が膂力のまさる若者を手もなくあしらったのは,

「その身体の運用方法に無理がなく,単なる慣れで体を動かした人々とは動きの原理が根本的に違ってきたからだ…」

というものである。今日の「なんば走り」等々が見直されているのは,甲野氏の創見が大きい。このことは,日本の太刀が世界でも珍しい両手保持となったことと深くつながっている。

「浮き足」は,今日のスポーツの発想とは別の,かつての剣術にとっての意味で,その「かかとを強く踏む」という武蔵の視点から見て,「浮足立つ」の意味が初めて照射される。

参考文献;
宮本武蔵『五輪書』(教育社)
柳生宗矩『兵法家伝書』(岩波文庫)
甲野善紀・前田英樹『剣の思想』(青土社)
甲野善紀『古の武術を知れば動きが変わるカラダが変わる』(MCプレス)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
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2019年01月05日

たらい


「たらい」は,

盥,

と当てる。「盥」(カン)の字は,

「会意。『臼(両手)+水+皿』。両手に水をかけ下に器を措いて水を受けるさま」

で,

手を洗う,
手に水を灌ぐ,

意とある。転じて,

手を洗うのに使う器,

「古くは,洗った手をふって自然にかわかすのが習慣であった」

とある(『漢字源』)。「濯熱盥水」(熱ヲ濯ヒテ水ニ盥ス),「盥耳(カンスイ)」(=洗耳,耳を洗う)という。いわゆる,

たらい,

つまり,洗濯用の桶,

の意で使うのは,我が国だけである。ただ,「たらい」は,

テアライの約,

とある(『広辞苑第5版』)ので,昔の人は,上手い字を当てたものだと感心する。

タは,

手の古形,

で,

手折る,
手枕,
手なごころ,
手挟む,

等々の複合語に残る。

タ(手)アラヒ(洗)の約,

で落着だろう。。

『大言海』に,

「水,又は湯を盛りて,手,又は面を洗ふに用ゐる扁(ひらた)き噐。左右にむ,持つべき二本づつの角の如きもの横出す,洗濯だらひなど出来て,これに別つために,角だらひの名あり。」

とある。『岩波古語辞典』にも,

「水や湯を入れて,手や顔を洗うための噐。歯黒や口を漱ぐためなどにも使った。普通,円形の左右に二本ずつの角のような取手があるので『つのだらい』ともいう」

とある。その意味で,本来,「たらひ」は,

盥,

の字と同じ意味であった,ということになる。

00494630_M.jpg



多くは漆塗りなので,

「盥は、手洗いや剃髪の際に使用される手水道具として日々の暮らしに欠かせない調度であるが、基本的に消耗品であったせいか、遺例は少ない。胴に二本の角状の柄が一対ずつ付くところからその名がある。黒漆の地に、金の平蒔絵で、菊・桔梗・萩・芒などさまざまな秋草を描いた、いわゆる高台寺蒔絵の典型を示す。角は長く、重心、高台ともに高い。四本の角の基部と先端には金銅製の金具を付す。この角盥は、簡素な装飾であるものの、製作当初の瀟洒な趣を感じられる作品であろう。」(『神の宝の玉手箱』サントリー美術館、2017年)

とある(https://www.suntory.co.jp/sma/collection/gallery/detail?id=13)ように,今日の凝る物は,もはや美術品である。

耳盥,

とも言ったらしい。「和漢三才図絵」には,

「盥,音管,和名,多良比,盥。洗手器也。字从臼水臨皿也」

しかし,転じて,

「桶の如くにして扁く,湯水を盛りて物を洗う器」

に転じ,「和名抄」には,

「盥,多良比,俗用手洗二字」

「名義抄」には,

「手洗,たらひ」

となっている(『大言海』)。

Brooklyn_Museum_-_Washing_Clothes_(Sentaku)_from_Women's_Handicrafts_Models_of_Dexterity_(Fujin_Tewaza_Ayatsuri_Kagami)_-_Kitagawa_Utamaro.jpg

(たらいによる洗濯 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%82%89%E3%81%84より)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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2019年01月06日

たらいまわし


「たらいまわし」は,

盥回し,

と当てる。

足で盥をまわす曲芸,
ひとつの物事を,せきにんをもって処理せずに次々と送りまわすこと,

とある(『広辞苑第5版』)。前者の意味は,今日ではほぼ薄らぎ,

政権の盥廻し,

のように,

物事・地位などをある範囲内で次から次へと送りまわすこと,

という意味(大辞林)や

苦情を言ったらたらいまわしされた,

のように,

物事をよその部門に対応させて面倒事を回避しようとするさま、あるいは、行く先々で他の窓口へ行くように案内されなかなか目的を果たせないさまなどを意味する表現,

という意味(実用日本語表現辞典)で使われることがほとんどと思われる。前者は,

「あおむけに寝て、足でたらいをまわす曲芸」

らしい(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1215499027)が,僕も見たことがない。,

「『傘回し』や『皿回し』と同じように曲芸の一つであったことに由来する。江戸時代の資料にあるように、曲芸師があおむけに寝て、足でたらいを回していた。」

とある(https://zatsuneta.com/archives/002162.html)が、それが一般的になったのは,

「明治、大正時代にかけて隆盛した曲芸の1つ。鉄割熊蔵による鉄割一座による足芸が有名。次第に欧米との文化交流が活性化していく中で、海外ではその芸の価値を認められ、優れた芸人は欧米に招聘されてエンターティナーとして活躍した。かのトーマス・エジソンにも感銘を与えたと言われ、その撮影した映像が残っている。」

というhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%82%89%E3%81%84%E5%9B%9E%E3%81%97。比較的新しい。

「たらいを足などで回す曲芸。転じて、物事を次から次へと送りまわすこと、面倒な案件などを部署・官庁間で押し付け合う責任逃れ(俗に言う『責任のなすり合い』)や責任転嫁など、その他一部の組織・派閥による権力や利益の独占も例えて呼ぶようになった」

にもhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%82%89%E3%81%84%E5%9B%9E%E3%81%97とある。

『日本語源広辞典』にも,

「盥+回し」

と,足で回す曲芸とあるが,この含意は,ただ「盥を足で回す」ところではなく,そのたらいを順番に隣の人に受け渡していく」芸にある。でなくては,今日の,転々と転嫁していく意には当てはまらない。

「仰向けに寝て、足でたらいを回す曲芸のことだった。曲芸師は寝たままで、たらいだけを次々に受け渡すことから、転じて一つのことを馴れ合いや責任回避などから順繰りに送り回すことをいうようになった。」

という説明でないとhttp://yain.jp/i/%E3%81%9F%E3%82%89%E3%81%84%E5%9B%9E%E3%81%97,意味が正確ではない。より正確にいうなら,

「盥回しの曲芸は、たらいを 回しながら受け渡していくもので、回すたらいが変わっても回す足の方は変わらず同じであることから、順送りする意味で使われるようになった。」

なのだろう(語源由来辞典 http://gogen-allguide.com/ta/taraimawashi.html)。『語源由来辞典』は,更に,

「『たらいまわし』は,たらいを回す側(足)が主となる言葉なので,本来は,『患者をたらいまわしにする』など,馴れ合いで他者へ順送りすることを言ったが,現在は『病院をたらいまわしされる』など,送り回される側(たらい)が主となる表現の方が多く用いられるようになった」

とする。

ちなみに,「たらいまわし」に,関連して,プログラミング言語処理系のベンチマークなどに使われる、再帰的に定義された関数,竹内関数も,

たらいまわし関数、
たらい関数 (Tarai function),

と呼ばれるとかhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%86%85%E9%96%A2%E6%95%B0

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)


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コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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2019年01月07日

うきよ


「うきよ」は,

浮世,

と当てるが,

愛き世,

とも当てる。「浮世絵」の「うきよ」であるし,「浮世草子」の「うきよ」でもある。「浮世絵」は,

「本来、『浮世』という言葉には『現代風』『当世』『好色』という意味もあり、当代の風俗を描く風俗画である」

とある。「浮世草子」は,「当世の世態,遊里のことなどを記した」小説なので,「当世」の意味であり,「浮世染め」も「当世流行」の意味,「浮世遊び」というと「色遊び」の意味。「浮世絵」には,そんな含意かと思うが,

「浮世絵の語源は、『憂世』にあると言われています。仏教の浄土に対して現世は憂世、すなわち辛く儚い憂う世であると考えられていました。江戸時代になると、どうせ憂う世であるのなら、楽しく浮かれて暮らそうという開き直りの考えが生まれ『浮世』に変化していきました。」

とある(https://shikinobi.com/ukiyoe)。ただ背景は,

「1680年頃(天和年代)に『浮世○○』という新語として登場しています。例えば、洒落た新しい被り物を『浮世傘』とか、流行に乗る男性や女性を『浮世男』『浮世女』とか、吉原などの遊里に遊びに行くような人を『浮世狂い』などと呼んでいました。そのような流行語と同義語である浮世という言葉を頭につけて新しい江戸の町から生まれた新しい文化の絵ということで、『浮世絵』という言葉が誕生しました。」

とある(仝上)。ちょうど井原西鶴の『好色一代男』が出たのが天和二年である。そのきっかけは,菱川師宣だとか。

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(菱川師宣・見返美人図 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5より)


「菱川師宣はもともと本の挿絵を描く絵師でしたが、徐々にその絵が本の内容よりも人気となったことで、一枚摺の版画を制作するようになりました。当時はまだ墨摺(すみずり)という黒一色の版画でしたが、絵画が庶民に普及するようになったのは画期的なことでした。」

という(https://shikinobi.com/ukiyoe)。


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(三代目大谷鬼次(二代目中村仲蔵)の江戸兵衛、寛政六年五月、江戸河原崎座上演『恋女房染分手綱』東洲斎写楽, 1794  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5より)

『笑える国語辞典』

https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%86/%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/

の説明がいい。

「浮世絵が海外で広く知られるようになったきっかけは、輸出品の陶磁器の包み紙だった浮世絵をヨーロッパの好事家が発見し、収集を始めたからだといわれる。印刷物である版画は、現在の新聞紙やカレンダーの紙と似たようなものであるから、包装紙として利用されるのは当然のことだが、ゴミの中に貴重品が発見される過程は、ジャンクアート誕生と呼ばれるにふさわしい。」

と。それは,

「木版画によって大量生産することで、今のお金で数百円程度の安さで販売することができ、庶民の娯楽として発展していった」

からこそなのである。さて,「うきよ」について,

「仏教的な生活感情から出た『愛き世』と漢語『浮世(ふせい)』との混淆した語」

とある(『広辞苑第5版』)。だから,

無常の世,
このようなの中,世間,
享楽の世界,
近世,他の語に冠して,現代的,当世風・好色の意,

の意味が並ぶ。「浮世」(ふせい)は,

定めなき世の中,

の意だが,「浮生」(ふせい)も,

定まりなき世,

の意である(『字源』)。李白に,

浮生若夢,

詩句がある。「うく」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463405300.html)で触れたが,「浮」(フ,呉音ブ,漢音フウ)の字は,

「「会意兼形声。孚は『爪(手を伏せた形)+子』の会意文字で,親鳥がたまごをつつむように手でおおうこと。浮は『水+音符孚』で,上から水を抱えるように伏せて,うくこと」

で,「よりどころがない」「はかない」の意があり,浮薄,浮言,浮浪,と共に,浮世,がある。

『大言海』は,「うきよ」を,二項別に載せている。

「憂世」は,

「世の中を憂き事の多きにつけて云ふ語。塵世」

「浮世」は,

「漢語に『浮世如夢』など云ふを,文字讀にしたる語なり」

とする。で,

世の中をはかなきものと見做して云ふ語,
轉じて,今の世の中,今様,

という意味を載せる。「浮世」と「浮生」は混同されている。『岩波古語辞典』は,「うきよ」について,

「平安時代には『憂き世』で,生きることの苦しい此の世,つらい男女の仲,また,定めない現世。のちには単に此の世の中,人間社会をいう。『憂き』が同音の『浮き』と意識されるようになって,室町時代末頃から,うきうきとうかれ遊ぶ此の世の意に使うようになった」

とある。だから,

憂き世→浮き世,

の転を,

「つらい世の中,根無し草のようなので,『浮世』とも書きます。近世になって,享楽的なようなの意で,『浮き+世』を使うようになりました」

という(『日本語源広辞典』)ところだろう。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2019年01月08日

うえ


「うえ」は,旧仮名では,

うへ,

だが,『岩波古語辞典』に,こうある。

「古形ウハの転。『下(した)』『裏(うら)』の対。最も古くは,表面の意。そこから,物の上方,髙い位置,貴人の意へと展開。また,すでに存在するものの表面に何かが加わる意から,累加・つながり・成行きなどの意などの意を示すようになった」

とある。「うえ」は,

上,

と当てるが,「かみ」と訓ませると,また意味が変わる。「うへ」の古形,「うは」は,上記の意味の流れからか,

上,
表,

を当て,

表面,上部,既に有るものに後から加わったものなどの意,

とある。「うは(わ)」は,

上顎,
上荷,
上書き,
上回る,

今日複合語として残る。漢字「上」(漢音ジョウ,呉音ショウ)は,

「指事。ものが下敷きの上にのっていることを示す。うえ,うえにのるの意を示す」

ので,和語「うえ」元来の意味と重なる。

「うへ」の「へ」について,こういう説がある。


「接尾詞としてほかの言葉にともなわれ、場所や位置についての観念をあらわす『へ』…たとえば『みずべ=水辺』とか『いそべ=磯辺』という言葉の中にあらわれる『へ』…。日本語には、自分の今いるところを中心とした時空上の位置取りを、この『へ』を使って表現しているものが多い。
まず空間いついてみると、『まえ=前』、『うしろ=後』、『うえ=上』などがそれである。『まえ』はもともと『まへ』といった。『まへ』とは目の向いている方角をさしているのである。『うしろ』は『しりへ』が転化した形である。『しりへ』とは尻のついている方角という意味である。
 『うえ』は『うへ』だが、これの原義はいまひとつ分らない。筆者などは、『うく=浮く』と関連があるのではないかと推測している。浮くとは上の方向への移動を示唆する言葉である。しかして『うく』は『う』と『く』からなっている。『く』はほかの言葉について動作を表す接尾詞であることから、『う』が頭の上の方角をさしていたと考える理由はある。」

と(https://japanese.hix05.com/Language_1/lang127.he.html)。つまり,

「う」+接尾語「へ」

といのである。この説が多いらしく,『日本語源広辞典』も,

「『ウ(浮く)+へ(方角)」です。物が浮く方向をいみします。」

としているのだが,この「へ」と「うへ」の「へ」とは別語らしいのである。

「方向・方面を表す『へ』と関連づける説が多いが,この語は上代特殊仮名遣いでは甲類音であって,乙類音の『うへ』の『へ』とは異なる」

のである(『日本語源大辞典』)。

上代特殊仮名遣意とは,

「上代日本語における『古事記』・『日本書紀』・『万葉集』など上代(奈良時代頃)の万葉仮名文献に用いられた、古典期以降には存在しない仮名の使いわけのことである。
名称は国語学者・橋本進吉の論文「上代の文献に存する特殊の仮名遣と当時の語法」に由来する。」

もので,

「仮名の50音図でいうイ段のキ・ヒ・ミ、エ段のケ・ヘ・メ、オ段のコ・ソ・ト・ノ・(モ)・ヨ・ロの13字について、奈良時代以前には単語によって2種類に書き分けられ、両者は厳格に区別されていたことがわかっている。」

こと(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E4%BB%A3%E7%89%B9%E6%AE%8A%E4%BB%AE%E5%90%8D%E9%81%A3)で,具体的には,

甲類 a・i・u・e・oの母音が使用されているもの
乙類 ï・ë・öの母音が使用されているもの

を指す(http://kojiki.imawamukashi.com/06siryo/06tokusyu01.html)。

つまり,接尾語「へ」は,「fe」,「うへ」の「へ」は「fë」なのである。

とすると,

「浮く」+接尾語「へ」

という説は採れない。『岩波古語辞典』の「へ」は,

辺,
端,
方,

を当てて,「fe」とし,

「最も古くは,『おき(沖)』に対して,身近な海浜の意。また奥深い所に対して,端(はし)・境界となる所。或るものの付近。またイヅヘ(何方)・ユクヘ(行方)など行く先・方面・方向の意に使われ,移行の動作を示す動詞と共に用いられて助詞『へ』へと発展した」

とあり,意味からも,「うへ」とは外れているのではないか。『岩波古語辞典』には「へ」で,

上,

と当てる言葉が載り,「fë」と訓ませ,

「ウヘのウが直前の母音に融合した形。本来,表面に接するところの意」

と載る。

「『へ(辺)』とは,奈良時代には別音の別語であった」

とある。辺の「へ(fe)」と上の「へ(fë)」とは,「へ」となっても別語なのである。

とすると,『大言海』も挙げる,

浮方(うきへ),

うへ(浮方),

うへ(頂上,頂方),

等々とする説は捨てるほかない。言葉の意味から見ると,『岩波古語辞典』の,

ウハの転,

つまり,

後から加わる意,

とするより選択肢はない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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ラベル:うえ
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2019年01月09日

かみ


「上」は,

かみ,

とも訓む。

「『うえ』が本来は表面を意味するのに対して,一続きのものの始原を指す語」

とある(『広辞苑第5版』)。あるいは,

「ひとつづきのものの始め」
「ひとつづきのものの上部」

とある(『岩波古語辞典』)。そこで,

空間的に高い所,
時間的に初めの方,

という意味から,それに準えて,

年齢,身分,地位,座席などが高いこと,またその人,

の意に転じていく。『岩波古語辞典』は,「かみ」に,

上,

頭,

を当てている。

「かみ」は,

なか(中),
しも(下),

に対する。

長官,

を,

かみ,

と訓ませるのも,「かみ(上)」から来ている。『大言海』は,「かみ」に,「上」以外に,

頭,
髪,

を当て,共に,

「頭(かぶ)と通ず」

とするが,「あたま」http://ppnetwork.seesaa.net/article/454155971.htmlで触れたように,「あたま」は,

かぶ→かしら→こうべ→(つむり・かぶり・くび)→あたま,

と変遷したので,「かみ(頭)」「かみ(髪)」が,「かぶ」の転訛というのは不思議ではないが,「頭」の「かみ」は,頭から来たのではなく,長官の「かみ」から来たのではないか。「長官(かみ)」は,四等官(しとうかん)制の,

長官(かみ)・次官(すけ)・判官(じょう)・主典(さかん),

の四等官のトップであり,その「かみ」も,「長官」(かみ)の中でも,

(官司)長官(かみ)
神祇官  伯
太政官  (太政大臣)
左大臣
右大臣
省    卿
職    大夫
寮    頭
司    正
(中略)
国司   守

等々(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E7%AD%89%E5%AE%98)と「頭」「守」も同じ「かみ」と訓ませる。この「かみ」は「あたま」の転訛からではなく,四等官の「長官」を「かみ」と訓んだところから出ているのではないか。例えば,四等官、長官(かみ)・次官(すけ)・判官(じょう)・主典(さかん)の判官(じょう)は,寮の允も,国司の掾も,すべて「じょう」と訓ませるのと同じである。

『日本語源広辞典』は,「かみ」を,

上,


と当てながら,

「カミは『上部』が語源です。上にあるもの,つまり川上,頭,髪,守,裃など,共通語源のようです。」

とするが,

「『うえ』が本来は表面を意味するのに対して,一続きのものの始原を指す語」

という意味の説明以上には出ない。ただ,『日本語源大辞典』をみても,

ミは方向をいうモの転訛(神代史の新研究=白鳥庫吉),
タカミ(高)の義(言元梯),
アガミ(挙見)の義(名言通),
ウカミ(浮)の上略(和訓栞),
神と同義(和句解・和語私臆鈔・日本語源=賀茂百樹),
等々。「神」と「上」との関連が一番注目されるが,カミhttp://ppnetwork.seesaa.net/article/446980286.htmlで触れたようにに,

江戸時代に発見された上代特殊仮名遣によると,

「神」はミが乙類 (kamï)

「上」はミが甲類 (kami)

と音が異なっており,『古語辞典』でも,

「カミ(上)からカミ(神)というとする語源説は成立し難い」

と断言する。ただ,

「『神 (kamï)』と『上 (kami)』音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こった」

とする説もある。『日本語の語源』は,

「『カミ(上)のミは甲類,カミ(神)のミは乙類だから,発音も意味も違っていた』などという点については,筆者の見解によれば,神・高貴者の前で(腰を)ヲリカガム(折り屈む)は,リカ[r(ik)a]の縮約でヲラガム・ヲロガム(拝む)・ヲガム(拝む)・オガム・アガム(崇む)・アガメル(崇める)になった。礼拝の対象であるヲガムカタ(拝む方)は,その省略形のヲガム・ヲガミが語頭を落としてガミ・カミ(神)になったと推定される。語頭に立つ時有声音『ガ』が無声音『カ』に変ることは常のことである。
 あるいは,尊厳な神格に対してイカメシキ(厳めしき)方と呼んでいたが,その省略形のカメシがメシ[m(e∫)i]の縮約でカミ(神)に転化したとも考えられる。いずれにしても,『神』の語源は『上』と無関係であったが,成立した後に,語義的に密接な関連性が生まれた。
 神の御座所を指すカミサ(神座)はカミザ(上座)に転義し,さらに神・天皇の宮殿の方位をカミ(上)といい,語義を拡大して川の源流,日の出の方向(東)をカミ(上)と呼ぶようになった。」

とする。意味の関連から,上と神が重なるが,それは漢字を当てはめてからのことであって,同じ「カミ」と呼びつつ,文脈依存する和語としては,その微妙な差異を微妙な発音でするしかなかったのであろう。少なくとも,「カミ」は,上と神では,差異を意識していたのではあるまいか。

「かみ」は「神」と「上」は発音で使い分けていた以上,語源を異にするとは思うが,「神」の「かみ」もhttp://ppnetwork.seesaa.net/article/436635355.html「上」の「かみ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/446980286.htmlも,意味は近接しながら,ともに結局語源ははっきりしない。

ただ,前にも触れたことだが,文脈依存の和語の語源は,多く擬態語・擬音語か,状態を表現する,という意味から見れば,

カミ・シモ,

は,両者の位置関係(始源か末か)を,

ウエ・シタ,

は,物の位置関係(上側か下側か)を,

それぞれ示したに違いない。ウエとカミの区別は大事だったに違いないのだが,「上」という同じ漢字を当てたために,状態表現から価値表現へ転じていく中で,混じり合ってしまった。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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ラベル:かみ
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2019年01月10日

した


「した」は,

下,

である。「下」(漢音カ,呉音ゲ)の字は,

「指事。おおいの下にものがあることを示す。した,したになるの意を表す。上の字の反対の形」

である(『漢字源』)。

『岩波古語辞典』には,「した」について,

「『うは』『うへ』の対。上に何か別の物がくわわった結果,隠されて見えなくなっているところが原義。類義語ウラは,物の正面から見たのでは当然見えないところ。シモは,一連の長いものの末の方をいう」

とある。で,

その上や表面に別の物が加わっているところ,

の意で,

内側,
物の下部,

の意があり,

隠れて見えないところ,

の意で,

物陰,
(人に隠している)心底,

という意味が,載る。空間的な位置としての「した」の意は,その次に,

程度の劣ること,
地位・身分などが劣ること,

の意がくる。しかし,『大言海』になると,

上(ウエ)の対,
表(オモテ)の対,
低いこと,

という意味が載るので,「内側」「物陰」の意から,意味が少しずつ位置にシフトしていることがわかる。

カミ(http://ppnetwork.seesaa.net/article/446980286.html)で触れたが,『日本語源広辞典』は,

「シ(下の意)+タ(名詞の語尾)」

とし,

「置いた物の内側,転じて,物の下,下方を意味します」

と,意味のシフトを説明しているが,

シ(下の意),

ではちょっと説明不足な気がする。『岩波古語辞典』は「し」を,

下,

と当て,

「シタ(下),シモ(下)などのシ」

とし,

他の語につき複合語をつくる,

とある。で,

下枝(シズエ),

の例を挙げる。他の例が見当たらないが,複合語の場合,重なることに依って音韻変化を起こすこともあり,ちょっと分からない。

『日本語源大辞典』には,

シリトマリ(尻止)の義か(名言通),
シタルの略(言葉の根しらべ),
シリト(尻所)の義(言元梯),
シに下の義があり,それに名詞語尾タを添えた語(国語の語根とその分類=大島正健),
シホタルからか(和句解),
タは落ちて当たる時の音かまたタル(垂)の義が(日本語源=賀茂百樹),

等々が載るが,いまひとつ決め手はない。「うへ(上)」が,

「う(浮)」+接尾語「へ」

とする説が大勢だが,上代特殊仮名遣いから,接尾語「へ」は「fe」と訓み,「うへ」の「へ」は「fë」と訓み,別音,別語であった。このことから考えると,「上」の,

うは(へ),

と,「下」の,

した,

は,対で,分解できないのではないか,という気がしてならない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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ラベル:した
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2019年01月11日

しも


「しも」は,「かみ」と対である。『岩波古語辞典』には,

一続きのあるものの終り,

の意味で,

終りの方,末尾,
(時の経過の)終り,
月の後半,

の意味が,

ひとつづきの高さあるものの下部,

の意味で,

低い方,下方,
下半身,

一連の位・年齢・座席の下位である,

の意で,

身分・格式が下である,

意等々,が載る。

「した」に比べて,位置関係というよりは,一連の流れの末端,という含意のようである。『大辞林』は,

「空間的・時間的に連続したものの下の方。末の方。低いところ」

とし,

❶連続したものの末の方 川の下流/現在の方に近い時代/月や年の終わりの部分/書物の終わりの部分。また、下
❷位置の低い所 下の方/人の体の腰よりも下の方
❸中心となる所から離れた地方 京から離れた地/近畿地方に対し西国地方/京都に対し、大坂
❹地位・身分の低い人 臣下/官位・身分の低いもの/召し使い/末座/舞台の下手

という整理をしている。「ひとつながり」の含意が意味がある。で,語源であるが,『大言海』は,

「後本(しりもと)の約略か,又尻面(しりも)の略か」

としている。

「カミ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/446980286.html)で触れたように,『日本語源広辞典』は,

「シ(物体の下)+モ(身体)」

で,

「人体の下,一続きの終り」

を意味するとする。この『日本語源広辞典』の語源説は,「した」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463595980.html?1547066470)で触れた,

「シ(下の意)+タ(名詞の語尾)」

の考え方と同じである。『岩波古語辞典』は「し」を,

下,

と当て,

「シタ(下),シモ(下)などのシ」

とし,

他の語につき複合語をつくる,

とある。で,

下枝(シズエ),

の例を挙げることは「した」で触れた。「しも」と「した」の違いが,「た」と「も」の違いとすると,「た」と「も」が説明できなくてはならない。『日本語源広辞典』は,「した」の「た」は,

「タ(名詞の語尾)」

とし,「しも」の「も」は,

「モ(身体)」

とするが,どうも説明不足ではないか。ここからは,臆説だが,「も」は,

面,
方,

と当てる「も」,『岩波古語辞典』が,

「(オモテのオの脱落した形)表面,方角」

とし,『大言海』が,

「熟語に用ゐる」

とし,

四方(も)八方(も),
此のも,彼のも,

と例示する「も」ではないか,つまり,

シ(下)のモ(方),

の意,と勝手に考えてみた。

『日本語源大辞典』は,

シリモト(尻本)の義(名言通・名語記),
シリモ(尻方)の義(国語溯原),
シリマ(尻間)の義(言元梯),
モはミ(身)の転。もとは賤しい身をいったが,のち,ほうこうについていうようになった(国語の語根とその分類),
シモ(下方)の義。モはカミ(上)のミと同じ(神代史の新研究),

等々を挙げる。「も」は,やはり,「方」の意がある,と思うのは我田引水か。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

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ラベル:しも
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2019年01月12日


「霜」は,いうまでもなく,

「0℃以下に冷えた物体の表面に、空気中の水蒸気が昇華(固体化)し、氷の結晶として堆積したもの」

である(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%9C)。

「霜」(漢音ソウ,呉音シュウ)の字は,

「会意兼形声。『雨+音符相(たてにむかいあう,別々に並び立つ)』。霜柱がたてに並び立つことに着目したもの」

とある(『漢字源』)。これだと,「霜」ではなく,「霜柱」の意になる。しかし,意味は,

しも,
空気中の水蒸気が夜間地上で凍ったもの,

とある。「霜」は,

「地中の水分が凍ってできる霜柱(しもばしら)とは異なる。」

とある(仝上)のだが,あるいは,霜柱と霜とは厳密に区別しなかったのかもしれない。『日本語源広辞典』は,

「雨(水蒸気)+相(バラバラにわかれる)」

とし,別に,

「形声文字です(雨+相)。『天の雲から水滴がしたたり落ちる』象形と『大地を覆う木の象形と人の目の象形』(「木の姿を見る」の意味だが、ここでは、『喪(ソウ)』に通じ(同じ読みを持つ『喪』と同じ意味を持つようになって)、『失う』の意味)から、万物を枯らし見失わせる『しも』を意味する『霜』という漢字が成り立ちました。」

とする説(https://okjiten.jp/kanji1974.html)もある。これは,「相」(呉音ソウ,漢音ショウ)の字の解釈の違いらしい。『漢字源』は,

「会意。『木+目』の会意文字で,木を対象にいて目でみること。AとBとが向き合う関係を表す。」

とし,

「爽(ソウ 離れて対する),霜(ソウ 離れて向き合うしも柱),胥(ショ)はその語尾がてんじたことばで,相と同じ意」

とする。霜柱と霜の混同は気になるが,『漢字源』に従っておく。

『岩波古語辞典』には,「しも」の「も」は,

「上代moかmöか不明」

とある。あるいは,「しも」という言葉自体が,「霜」と一緒に入ってきたのかもしれない,と思いたくなる。

『大言海』は,

「万物萎む意なりと云ふ。凍(し)みに通ず」

とする。『日本語源広辞典』も,

「シミ(凍み)の音韻変化,シミ」

とし,異説として,

「『シ(密生)+モ(付着する)』が語源で,水分の結晶が密に付着するものがシモだという説もあります」

とする。

『日本語源大辞典』は,

草木がシボム(萎)ところから(名言通・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子),
シモ(下)にあるところから(日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・類聚名義抄・柴門和語類集),
シロ(白)の義(言元梯),
シはシロ(白),モはサムイ(寒)の意という(日本釈名),
シミシロ(凍代)の義(日本語原学=林甕臣),
シマウカレ(気渾沌)の約(松屋棟梁集),

等々を載せ, 『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/si/shimo.html)も,

しも(下)にあるところからとする説,
草木がしぼむところから「しぼむ(萎む)」の意,
「しみ(凍み)」に 通じる,
「し」が「白」,「も」が「寒い」もしくは「毛(もう)」の意味,

等々挙げただけで,「語源は不明」とする。

僕には,意味ではなく,現象を表現した「「凍み」(『大言海』)が一番気になる。屁理屈よりは,その現象を端的に言い表わすとすれば,「凍み」だろう。

「しみ」は,『岩波古語辞典』に,

「凍りつくような激しいものが冷え縮む意。『しみこほり』という複合語で使われることが多い」

とある。『大言海』は,

「寒さ染む意か,又締むる意か」

とある。これが,

simi→simo,

と転嫁したと考えるのが,言葉の意味からも,僕には妥当に思える。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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2019年01月13日

しみじみ


「しみじみ」は,

染み染み,
沁み沁み,

と当てる。

心に深くしみるさま,つくづく,よくよく,
静かに落ちついているさま,

の意味が載る(『広辞苑第5版』)が,『デジタル大辞泉』には,

心の底から深く感じるさま,
心を開いて対象と向き合うさま,
じっと見るさま,

と,前者が状態表現なのに対して,後者は,主体の価値表現,感情表現にシフトしている。今日の使い方からすると,後者の方がピンとくる。『大言海』の意味を見ると,

静かに,しめやかに,

心に滲みて,心に深く滲みて,

しんみり,

つくづく,

よくよく,

と,主体表現へと少しずつシフトして意味が広がっていく流れが見える気がする。

『日本語源広辞典』は,

「『染みる+染みる』です。しみ込んでいく様子を重ねた語です。深く心に感じる状態を表す副詞です」

とある。『擬音語・擬態語辞典』は,

「平安時代から見られる語。動詞『染む』の連用形『染み』が重なったものと考えられ,本来は擬態語ではない。しかし,『しとしと』『じめじめ』などに形が類似したり,『しんみり』と類義的であったりするなど擬態語と関連が強いために,現在では,擬態語と意識されている。」

とある。類義語「しんみり」は,

心の底まで情感がしみいる様子,あるいは心の底から心情が湧きおこる様子,

だが,「しげしげ」は,

心を込めてよく物を見る様子,

の類義語。「しげしげ」と比べると情趣なく,細かく観察する意となる(『擬音語・擬態語辞典』)。

「染」(セン,漢音ゼン,呉音ネン)の字は,

「会意。『水+液体を入れる箱』で,色汁に柔らかくじわじわと布や糸をひたすこと」

で,染める意である。

しみる,
しみこむ,

という意や,しみじみのように,

心に深く感じ入る,

意はない。我が国だけの使い方である。

「沁」(シン)の字は,

「会意兼形声。心は,心臓を描いた象形文字で,細い脈のすもずみまで血をしみ通らせる意を含む。沁は『水+音符心』で,水がすみずみまでしみわたること」

で,しむ,意である。

「滲」(シン)の字は,

「形声。『水+參』」

で,「參」(漢音サン,呉音ソン)の字は,

「象形。三つの玉のかんざしをきらめかせた女性の姿を描いたもの。のち彡印(三筋の模様)を加えて參の字となる。いりまじってちらちらする意を含む」

で,まじわる,いりまじる,意である。

「しむ」は,

浸む,

とも当てる。「浸」(シン)の字は,

「会意兼形声。右側の字(音シン)は,『又(手)+ほうき』の会意文字で,手でほうきを持ち,しだいにすみずみまでそうじをすすめていくさまを示す。浸はそれを音符として水を加えた字で,水がしだいにすみずみまでしみこむこと」

とある。字から言えば,

浸み,

を当ててもよさそうだが,

浸み浸み,

とは当てない。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2019年01月14日

雑兵


藤木久志『【新版】雑兵たちの戦場-中世の傭兵と奴隷狩り』を読む。

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何度目になるだろうか。読むたびに,戦国日本の風景が変わるのを実感する。信長,秀吉や,信玄や謙信といった戦国大名や武将を中心としてみる風景では,戦国期の実像は決して見えない。本書が与えた衝撃は,はかり知れない。

乱取り,
人買い,
奴隷狩り,
奴隷の輸出,

等々,戦国の戦場がもたらした惨状の射程は広く遠く,

山田長政,

にまで及ぶ。山田長政は,大久保忠佐の下僕だったとされる。まさに,雑兵である。それが本書の主役であるが,実は戦国大名の後押しあっての,

乱取り,

なのである。それは,上杉謙信(景虎)は常陸小田城を攻め落とした際,

「小田開城,景虎より,御意をもって,春中,人を売買事,二十銭,三十二(銭)程致し候」

というような人買いによって売り買いされるだけではなく,信玄軍の大がかりな人取りのように,

「男女生取りされ候て,ことごとく甲州へ引越し申し候,さるほどに,二貫,三貫,五貫,十貫にても,身類(親類)ある人は承けもし候」

と,身代金目的でもあり,ともにまぎれもなく,戦国武将そのものが行なっていたことである。天正元年(一五七三)四月、上洛した信長軍でも,雑兵の乱取りは、

「京中辺にて、乱妨の取物共、宝の山のごとくなり」(三河物語)

というありさまである。この雑兵を,著者はこう定義する。

「身分の低い兵卒をいう。戦国大名の軍隊は、かりに百人の兵士がいても、騎馬姿の武士はせいぜい十人足らずであった。あとの九十人余りは雑兵(ぞうひょう)と呼んで、次の三種類の人々からなっていた。
①武士に奉公して、悴者(かせもの)とか若党(わかとう)・足軽などと呼ばれる、主人と共に戦う侍。
②武士の下で、中間(ちゅうげん)・小者(こもの)・荒子(あらしこ)などと呼ばれる、戦場で主人を補(たす)けて馬を引き槍を持つ下人(げにん)。
③夫(ぶ)・夫丸(ぶまる)などと呼ばれる、村々から駆り出されて物を運ぶ百姓(人夫)たちである。」

雑兵の中には,侍(若党,悴者は名字を持つ)と武家の奉公人(下人),動員された百姓が混在している。さらに,

「草・夜わざ,かようの義は,悪党その外,はしり立つもの」

といわれる,いわゆる,

スッパ,ラッパ,

と言うところの,まあ今日の表現で忍者もまた雑兵に入る。このものたちは,

「端境期を戦場でどうにか食いつないでいた」

者たちである。こうした戦場で食いつないでいたものたちは,秀吉によって国内が統一され,戦争が消えたとき行き場を失う。朝鮮侵略は,国内で行なわれてきた,

乱取り,
奴隷狩り,

の輸出であった。一説に,掠奪連行された朝鮮人の数は,

島津だけで三万七千余,

という。出兵した各藩が連行した数は,何十万になるのか?

国外へ出た日本人は,人身売買で,外国商人に売られた人ばかりではなく,傭兵として流出した数は,馬鹿にならない。

「十六世紀末から海を渡った日本人の総数は,とても特定できないが,おそらく十万以上」

といわれる。しかも,

「海外に流れた日本の若者は,鉄砲や槍をもってする戦争に奉仕する『軍役に堪える奴隷』『軍事に従う奴隷』として珍重された」

といい,たとえば,

「1621年(慶長十七),オランダ船のブラウエル司令官が平戸に入港した。目的は幕府の許可を得て,日本人傭兵を海外に連れ出すことであった」

という。

「その多くはごく低賃金で雇われた,奴隷的な兵士であった」

とされる。こうした傭兵は,

「東南アジアの植民地奪い合い戦争や植民地の内乱の抑圧に,手先となって大きな役割を果たした」

こうした流れは,元和七年(1621)に,幕府の

「異国へ人売買ならびに武器類いっさい差し渡すまじ」

という禁令によって終止符がうたれる。このことの与えた衝撃,たとえば,オランダの,

「日本人傭兵なしでとうていアジアの戦争はたたかえぬ」

という反応を見るだけで,いかに日本人傭兵・奴隷がそれに寄与してきたかが想像される。

「切り取り強盗は武士の習い」
「押し借り強盗は武士の慣い」

という諺が,文字通りであったことを知らされるのである。

参考文献;
藤木久志『【新版】雑兵たちの戦場-中世の傭兵と奴隷狩り』(朝日選書)

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2019年01月15日

二天一流


岡田一男・加藤寛編『宮本武蔵のすべて』を読む。

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本書は,

宮本武蔵とその時代,
五輪書について,
二天一流と武蔵の剣技,
宮本武蔵の書画,
映像のなかの宮本武蔵,
小説に描かれた武蔵,
武蔵の家系と年譜,
宮本武蔵の全試合,

に分けて,分筆されているものである。これで「すべて」なのかどうかはいささか疑問である。今も残る,古流派の人に,剣術(剣道ではない)の基本的技術について,詳述する箇所が抜けているのが気になるが,それでも,本書の中で,

武蔵の家系と年譜,

という経歴部分をのぞくと,読むに堪えうるのは,僅かに,

武蔵の家系と年譜,

のみである。書いているのは,剣道家である。しかし,謙虚に書かれている分,説得力はある。結局,失礼ながら,人を語れば,その語る人そのものの器量がわかる。西郷について,

「釣り鐘に例えると、小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く。もし、バカなら大きなバカで、利口なら大きな利口だろうと思います。ただ、その鐘をつく撞木が小さかったのが残念で」

と語った龍馬の言は,すべての人物評に当てはまる。

「浮足立つ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463499097.html)で触れたように,剣道では,

「現代剣道の足運びは、主に右足を前に出して踏み込み、引き、防ぎます。後ろ足はつま先立ってます。踏み換えて稽古することはまずありません。却って滑稽に見えるかも知れません。」

という。しかし,宮本武蔵は,全く反対のことをいう。

「足の運びは,つま先を少し浮かせて,かかとを強く踏むようにする。足使いは場合によって大小遅速の違いはあるが,自然に歩むようにする。とび足,浮き足,固く踏みつける足,はいずれも嫌う足である。」

この違いは決定的である。

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有名な武蔵像の,二剣を下げた姿勢は,ある意味武蔵の剣の姿勢そのものを象徴的に表しているといっていい。

「惣而兵法の身におゐて,常の身を兵法の身となし,兵法の身をつねの身とする事肝要なり」

とある通りである。ただ,この常の身とあるのは,

兵法の身をつねの身とする,

ところを前提にしているのだが,

足におゐて替わる事なし,常の道を歩むが如し,

とする。この歩むが,どういう歩みだったのかが問題になる。

ぼくは本書を読んで,改めて,剣術と剣道とは別物ということを改めて感じさせられた。古武術研究家の甲野善紀氏が言いだした,

ナンバ(走り),

に代表されるように,かつて日本人は,いまのような走り方,歩き方ではなく,

右手と右脚、左手と左脚を同時に出す,

足さばきである,とする説がある。この説の是非はともかく,少なくとも,武蔵は,

爪先立つ,

ことを嫌い,

爪先を少し浮かせて,かかとを強く踏むこと,

を強調した。素人だが,「多敵のくらい」において,

両刀を抜いて,左右に広く,太刀を横に広げて構える,

という太刀捌きは,ナンバの足さばきでこそ,生きるという気がしてならない。

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(鈴木春信の浮世絵。手足の関係に注目 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%90_(%E6%AD%A9%E8%A1%8C%E6%B3%95)より)


参考文献;
岡田一男・加藤寛編『宮本武蔵のすべて』(新人物往来社)

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2019年01月16日

しむ


「しむ」に当てるに,

染む,
沁む,
滲む,
浸む,

と,使い分ける。漢字の違いは,「しみじみ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463638912.html?1547325377)で触れたように,「染」(セン,漢音ゼン,呉音ネン)の字は,

「会意。『水+液体を入れる箱』で,色汁に柔らかくじわじわと布や糸をひたすこと」

で,染める意である。「沁」(シン)の字は,

「会意兼形声。心は,心臓を描いた象形文字で,細い脈のすもずみまで血をしみ通らせる意を含む。沁は『水+音符心』で,水がすみずみまでしみわたること」

で,しむ意である。「滲」(シン)の字は,

「形声。『水+參』」

で,「參」(漢音サン,呉音ソン)の字は,

「象形。三つの玉のかんざしをきらめかせた女性の姿を描いたもの。のち彡印(三筋の模様)を加えて參の字となる。いりまじってちらちらする意を含む」

で,まじわる,いりまじる,意である。「浸」(シン)の字は,

「会意兼形声。右側の字(音シン)は,『又(手)+ほうき』の会意文字で,手でほうきを持ち,しだいにすみずみまでそうじをすすめていくさまを示す。浸はそれを音符として水を加えた字で,水がしだいにすみずみまでしみこむこと」

とある。「染」の字に近い。

『広辞苑第5版』は,「しむ」を,

「染色の液にひたって色のつく意から,あるものがいつのまにか他の物に深く移りついて,その性質や状態に変化・影響が現れる意」

とある。だから,

色や香り,汚れが付く→影響を受ける,

意へと広がり,さらに,その価値表現として,

感じ入る,親しむ→しみじみと落ち着いた雰囲気→気に入る→馴染みになる,

の意に広がり,その価値が変われば,

こたええる,
痛みを覚える,

という意にまでなる。端に物理的な色や香りや汚れが付く状態表現から,そのことに依って受ける主体の側の価値表現へと転じた,ということになる。だから,出発は,

染む,

と当てた,染まる意である。『岩波古語辞典』には,「染み」「浸み」と当て,

「ソミ(染)の母音交替形。シメヤカ・シメリ(湿)と同根。気体や液体が物の内部までいつのまにか入りこんでとれなくなる意。転じて,そのように心に深く刻みこまれる意」

とある。『日本語源広辞典』も,

「ソム(染)の母音交替形です。シム,シミル,シメルなどと同源」

とする。

「しみ」は,

しめ(湿)し,

と同根,つまりは,

ぬらす,

のと同じ意であった,と見られる。『日本語源大辞典』も,

ソムに通じる(日本語源=賀茂百樹),

としている。他にも,

シム(入る)の義(言元梯),
物の中に入り浸る意のシヅクとつながりがあるか(小学館古語大辞典),

説もあるが,「しづく」(沈)について,『大言海』は,

「沈み透くの意かと云ふ」

とし,

「水の中に透き映りて見ゆ」

の意とする。誌的だが,意味が少しずれていく気がする。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
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2019年01月17日

つくづく


「つくづく」は,

熟,
熟々,

と当てる(『広辞苑第5版』)。『大辞林』には,

「つくつく」とも,

とある。

念を入れて見たり考えたりするさま, よくよく,つらつら,じっと,
物思いに沈むさま,つくねんと,よくよく,
深く感ずるさま,

という意味で,

つらつら,

と重なるところがある。「つらつら」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/456542777.html)については,以前触れた。

『岩波古語辞典』は,

尽,

の字を当て

「尽(つ)く尽ぐの意。力尽きはててが原義」

とし,

力尽きた気持であるさま,
(力なく)じっとしているさま,
物淋しげなさま,
じっと思いを凝らすさま,

とある。「文明本節用集」には,

「熟,つくづく・つらつら」

と載っている(『岩波古語辞典』)ようであるので,意味の転化に応じて,

尽から熟へ,

と当て替えたものと思われる。

疲れ果てている,

じっとしている,

という状態表現が,価値表現へ転じ,

物淋しい,

となり,そのじっとしているさまから,

じっと思いを凝らすさま,

に転じ,

念を入れて見たり考えたりするさま,

と転じたことになる。どこで,

尽から熟へ,

当て替えたのかははっきりしないが,『大言海』は,

熟,

を当て,

「就くを重ねたる語」

とし,

熟視,
熟思,

の意としている。

「熟」(呉音ジュク,漢音シュク)という字は,

「会意。享は,郭の字の左側の部分で,南北に通じた城郭の形。つき通る意を含む。熟の左上は,享の字の下部に羊印を加えた会意文字で,羊肉にしんを通すことを示す。熟は丸(人が手で動作するさま。動詞の記号)と火を加えた文字で,しんに通るまで軟らかくすること」

とある。「熟」は,煮るとか熟(う)れる,という意味だが,

熟考,
熟視,

といった,「つらつら」と同じ,「奥底まで詳しいさま」の意でも使う。この当て字は慧眼である。

「尽(盡)」(呉音ジン,漢音シン)の字は,

「会意。盡は,手に持つ筆の先から,しずくが皿に垂れ尽くすさまをしめす」

とある。つきる意で,当初の「疲れ果てる」の意を表すには適した字を当てたことになる。しかし,「つくづく」の意味が,転じるにつれて,「つらつら」(熟々,倩々と当てる)と同じ字を当て替えたたことになる。

『日本語源広辞典』は,したがって,

「尽く+尽く」

とし,

「尽きるまでじっとを,更に重ねたものです。よくよく,じっとの意です」

とする。これが妥当に思える。『日本語源大辞典』も,

ツク(突く)の終止形を重ねたものか(小学館古語大辞典),
尽く尽くの意(岩波古語辞典),

を載せる。「つく」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/448009954.html)で触れたように,尽く,突くは,は「付く」に繋がり,同源である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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ラベル:熟々 つくづく
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2019年01月18日

こえ


「こえ」に当てる,

声(聲),

の字(漢音セイ,呉音ショウ)は,

「会意。声は,石板をぶらさげてたたいて音を出す。磬(ケイ)という楽器を描いた象形文字。殳(シュ)は,磬をたたく棒を手に持つ姿。聲は『磬の略体+耳』で,耳に磬の音を聞くさまを示す。広く,耳をうつ音響や音声を言う。」

とある(『漢字源』)。ひろく,

「人の声,動物の鳴き声,物の響きを含めていう」

とある(仝上)。「音声」である。

『岩波古語辞典』をみると,和語「こゑ」は,

人や動物が発する音声,

を指した。しかし,漢字「声」には,

物音,

をも指す。「声」を当てたせいか,

「物の音」

の意味をも持つようになる。

「漢字『声』の用法に引かれたものという。平安時代以後に多い」

とある。和語には,

ね,
おと,

があり,「おと」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/457490864.html)で触れたように,

「離れていてもはっきり聞こえてくる,物のひびきや人の声,転じて,噂や便り。類義語ネ(音)は,意味あるように聞く心に訴えてくる声や音」

とあり(『岩波古語辞典』),「ね」と「おと」は,「音」の字を当てても意味が違う,とする。「ね」は,

「なき(鳴・泣)のナの転。人・鳥・虫などの,聞く心に訴える音声。類義語オトは,人の発声器官による音をいうのが原義」

とあり,「おと」は「物音」,「ね」は,「人・鳥・虫などの音声」という区分けになるようだ。「ね」には,人側の思い入れ,感情移入があるので,単なる状態表現ではなく,価値表現になっている,といってもいい。

だから,「こえ」は,音の意はなかったものに,「声」の字の意味に引きずられて,物音をも指すようになった。だから,

鐘の音(ね),

とはいっても,

鐘の声,

とは言わなかった,しかし,

祗園精舎の鐘の声(こえ),
諸行無常の響きあり,

というようになった。

『大言海』は,「こゑ」は,

「言合(ことあへ)の約転などにて(事取(こととり),ことり。占合(うらあへ),うらへ),發して言語となる意にてもあるべきか」

とちょっと自信なげに見える。『日本語源大辞典』は,「発して言語となる」大言海説以外に,

コトヱ(言笑)の義(名言通・和訓栞),
すべての物は声で聞き分けられることから,コトワケ(言分)の反(名語記),
キコエの上略(和句解・日本釈名),
コエ(音)はキコエ(聞得)の上略,またコヘ(声)和訓はコエ(柴門和語類集),
コエ(呼好)の義か(和語私臆鈔),
気の発・放・漂を核義とするワ行活用の原動詞カウがカウ→コウ→コワとなり,名詞語形のコヱを生じさせた(続上代特殊仮名音義=森重敏),

等々を載せるが,単純に,

「語源は,『コヱ』(こゑ)です。『動物や人の発生音による,擬声』が語源に関わっていると思われます。コワは,kowe kowaの音韻変化です」

とする(『日本語源広辞典』)のが正解なのではないか。「こえ」は,そのように聞えた擬音・擬声から来ていると見る方が妥当にお見える。それが和語らしい。「こゑ」が「こわ」と音韻変化ゐる例は,

声様(こわざま),
声ざし,
声色,
声高,
声遣い,
声つき,
声作り,
声づくろひ,

等々ある。「声高」は,

こえだか,

とも訓む。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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ラベル: こえ
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2019年01月19日

真説


原田夢果史『真説宮本武蔵』を読む。

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本書を読むと,ほぼ武蔵のイメージが変わる。

著者は「はしがき」で,本書を要約して,こう書いている。

「吉川英治さんは,…剣豪武蔵を求道者武蔵として取り上げたが,その功績は大きい。実像の武蔵は,殺人剣を活人剣へと脱皮するために修業した,類い希な人物であったからである。武蔵は,『二天記』や『吉川武蔵』の虚像よりも,はるかに偉大であったのである。小説や伝記の虚像が,実像の偉大さに及ばないというのは,通説では舟島の決闘が,完成された武蔵の終着駅と解釈したからで,それ以後の武蔵は生ける屍であった。これが虚像である。
 実像の武蔵は,二十九歳のこの試合で始めて殺人剣の愚を悟り,禅に,水墨画に,彫刻に,造園に,そして活人剣―五輪書―へと至る,長い遍歴の途を辿るのである。一族の大家長として子弟の面倒を見,九州探題小笠原藩にける,宮本家の地位を不動のものとしたのである。」

これが本書の梗概でもある。その象徴が,小倉碑文の,

天仰實相圓滿
兵法逝去不絶

とみている。著者は,これを,

天を仰げば実相円満,
兵法逝去して絶えず,

と訓み,舟島の決闘以後の武蔵の生き方を象徴すると読み取る。

確かに武蔵の死後百二十年後に書かれた『二天記』やそれに依る吉川英治の『宮本武蔵』の創りだした武蔵像は虚実あわせて,大きい。そこから抜け出ることはなかなか難しいのはたしかだ。

しかし,少なくとも,伊織自身については,自身が再建した泊大明神社や米田天神社の棟札(「泊神社棟札」)記載「田原家傳記」で,

播磨国印南郡米堕邑、田原久光の次男,

であることで,その出自ははっきりしており,『二天記』や吉川英治『宮本武蔵』の,

泥鰌捕りの童,

という伊織像は,もはや改められるほかはない。

本書は,小倉宮本家系図に基づき,伊織を,

武蔵の甥,

としている。つまり,

田原久光,武蔵の兄の次男,

とする。武蔵は甥のうしろだてとなった,とみるのである。僕には,この説の方が,説得力があると思う。少なくとも,武蔵の伊織への肩入れは尋常ではないのだから。

武蔵については諸説入り乱れるが,不思議なのは,少なくとも,武蔵の死後九年目に造られた小倉碑文を,

他の史料と比べて事実誤認や武蔵顕彰の為の脚色も多く見られる,

と一蹴する(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E8%94%B5)ことだ。ほぼ同時代に記されたものを無視するのは如何なものだろか。まずこれを前提に検討すべきであろう。例えば,舟島での佐々木小次郎との対決を,

両雄同時に相会し岩流三尺の白刃を手にし来たり,…武蔵木刃の一撃を以てこれを殺す,

と記す。この一文を無視してはいけないだろう。「同時」とあるのは,同時なのであって,あえて遅れて相手を焦らすなどという『二天記』の創作された姑息な武蔵のイメージは,ここにはない。顕彰碑ということを差し引いても,同時代の記録を創作と捨て去るのは,ちょっと解せない。

本書の武蔵像は,ただ真面目で実直に,甥の後だてとなり,それを支えていいる姿で,孤高のイメージとは離れている。そのイメージが,

天を仰げば実相円満,
兵法逝去して絶えず,

なのである。著者は,

「剣技の世界に見切りをつけ,活人剣,治国の剣の世界へと大勢が変わりつつあることを,直感的に悟っていた」

と,その意図を読む。その後の武蔵とは,

「尚も深き道理を得んと朝鍛夕練して,兵法の道にかなうように思われた」(『五輪書』)

時までを指す。そのとき五十を超えている。

天を仰げば実相円満,

とは,

「若干二十歳で二千五百石,島原の陣で千五百石の加増で計四千石である。小笠原十五万石…一門衆でも筆頭が千五百石から二千石止まり」

の中で,宮本家は,異例の出世である。しかもその名は将軍家の耳にも達した。治国の役を,伊織が果たしたのである。宮本家は,以来幕末まで続く。本書の巻末には,十三世伊織宮本信夫氏が,

「小倉藩では,宮本家代々の当主を本名の如何にかかわらず『宮本伊織殿』と知行状を出してい.る。私の手許に,五通,諸先代の知行状があるが,それぞれ本名があるにもかかわらず公文書の時は『宮本伊織』と呼んだ。初代伊織が傑物だったからと思われるが,それにしても奇妙な慣行である。」

と書いている。伊織が(というより,その後ろ立ての武蔵が)小笠原藩にとって大きな存在であったという一例は,七代貞則のとき,

「宮本家に小笠原家から養子が入った」

という。

「小倉分藩一万石篠崎公の弟が七代伊織貞則であり,以来宮本家は小笠原庶家の待遇」

となることにもみられる,という。

参考文献;
原田夢果史『真説宮本武蔵』(葦書房)

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2019年01月20日

しもたや


「しもたや」は,

仕舞屋,

とあて,

シマウタヤの転,

とある(『広辞苑第5版』)。「しもうたや」には,

「もと商家であったが,その商売をやめた家。金利や資財の利潤で裕福に暮らしている人,またはそういう家,転じて,商店でない普通の家」

とある。『江戸語大辞典』には「しもうたや」で載る。

「以前は商家で,現在は廃業している家。商売せず金利などで生活している家」

とある。今日の感覚で言うと,

商売を廃業した家,

と,

金利や資財の利潤で裕福に暮らしている家,

というのが上手くつながらない。「廃業」の意味が,

単なる商売が行き詰まって止めた,

という意味ではなく,

そこそこ金を貯めて隠退した,

という意味なら,つながる。とすると,

仕舞屋,

は,単なる普通の家ではない。

「株を売って裏へ引っ込んで,しもたやで暮らさあ」(文化三年・酩酊気質),
「此所は,ヨロヅ仕まふたやノ楽隠居,後家の獨住」(貞享二年・好色旅日記),

等々の用例がある。ただ『岩波古語辞典』には,「しまひだな」

仕舞屋,
仕舞棚,

と当てて,

古道具屋,
仕舞物棚,

の意が載る。

店仕舞いした家,
と,
古道具屋,

のつながりは,

「店じまいをした家の意の〈仕舞(しも)うた屋〉から変わった言葉で,商売をしていない家をいう。井原西鶴の《世間胸算用(せけんむなざんよう)》(1692)に〈表面(おもてむき)は格子作りに,しまふた屋と見せて〉とあるが,商店などの立ち並ぶ商業地域内の住宅をさすことが多く,住宅地内の住宅を〈しもたや〉と呼ぶのはおかしい。なお,《嬉遊笑覧》には〈そのかみ古道具やを仕舞物(しまいもの)店といへるも身分をかへなどしたる者の家財をかひ取て売ものなり〉とあり,店じまいにともなう不用品の意味で,古道具類を〈仕舞物〉と呼ぶこともあった。」

とある(世界大百科事典 第2版『』)ので,わかってくる。もともと,「しまふ(仕舞ふ・終ふ)」は,

「シマウ(片づける・収納する)」

で,転じて,

終る意になった,とある(『日本語源広辞典』)。「(商売を)終えた家」の意があり,更に,古道具を仕舞う意味から,古道具屋という意味に転じた,と見ると,古道具屋よりは,仕舞屋の方が味わいがある。

仕舞屋は,そうなると,

単なる普通の家,

ではない,

商業地域の(つまり,表店)のあるあたりの家,

でなくてはならない。さらに,

商売をせず、借家などの金利で裕福に生活する家,

の意(『歴史民俗用語辞典』)が暗に含まれている。さらに,江戸時代,そんな場所に住まいすること自体が,

商売で財産ができると店をたたみ、ふつうの家構えで金貸しをするなど、財産の利潤で裕福に暮らす人やその家のこともいった」

と,

金貸しの含意,

も含まれていたと思われる(『由来・語源辞典』http://yain.jp/i/%E4%BB%95%E8%88%9E%E5%B1%8B

「ある程度の財産ができると店をたたんで,普通の家に住む」

意であるが(『語源由来辞典』http://gogen-allguide.com/si/shimotaya.html),それは,多く,

「表向きは普通の家であるが,裏で家賃や金利などで収入を得て,豊かな暮らしをする者」

でもあった(仝上)。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
卯前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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ラベル:しもたや 仕舞屋
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2019年01月21日

下ネタ


「下ネタ」は,

「『しも』は下半身の意。『ねた』は『たね(種)』を逆さ読みにした語」

で,

性や排泄に関する話題,

だが(『デジタル大辞泉』),

「下ネタ(しもネタ)は、笑いをさそう排泄・性的な話題のこと。寄席における符牒のひとつであったが、テレビ業界で用いられるようになってから一般化した。『下がかった話』などともいう。現在ではもっぱら艶笑話について用いられ、かならずしも笑いをともなわない猥談や露骨に性的な話(エロネタ、エッチネタ)を指すこともある。下は人間の下半身(または『下品』の意味)、ネタは「(話の)タネ」を意味する。」

とある説明が詳しい(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E3%83%8D%E3%82%BF)。

「ねた」は,

種,

と当て,

タネの倒語,

であり,

たね,
材料,

の意である(『岩波古語辞典』),とある。『江戸語大辞典』には,

大道商人隠語,

とあり,

商売道具,
商品,

の意とある。

「そりやア肝心のねたア,此天蓋の張っているにあをられるぜ(原注 ネタとは種といふこと)」(弘化三年・魂胆夢輔譚)

の用例からみると,幕末といっていい。慶応三年の用例では,

「(こんなに降るとしったらば,もう一晩ぶん流すに)なんのねたもねえくせに」(お静礼三)

とあり,ここでは遊興費の意らしい。

RMN00017635-L.JPG

(葛飾北斎「新板大道図彙 小田原町」 https://images.dnpartcom.jp/ia/workDetail?id=RMN00017635


「しも」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463610265.html?1547152276)で触れたように,「しも」は,「かみ」と対である。『岩波古語辞典』には,

一続きのあるものの終り,

の意味で,

終りの方,末尾,
(時の経過の)終り,
月の後半,

の意味が,

ひとつづきの高さあるものの下部,

の意味で,

低い方,下方,
下半身,

一連の位・年齢・座席の下位である,

の意で,

身分・格式が下である,

意等々,が載る。

「した」に比べて,位置関係というよりは,一連の流れの末端,という含意のようである。『大辞林』は,

「空間的・時間的に連続したものの下の方。末の方。低いところ」

とあり,本来は,

ひとつながりの末端,

という状態表現が,価値を含み,

シモ,

には,

下劣,
品のない,

といった価値表現へと転じた。だから,

下ネタ,

には,単に,

下半身ネタ,

というだけではなく,

価値の下がる,

という意が含まれている。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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ラベル:下ネタ
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2019年01月22日

下世話


「下世話」(げせわ)は,

世間でよく口にする言葉や話,
世間の噂,

といった意味である。ま,

俗に,

と言い換えても,変わらない。やっかいなことは,

世話,

だけでも,

通俗の言葉,
世間のうわさ,世人の言い草,

という意味があり,室町末期の『日葡辞典』にも,

「セワ,即ち,セケンにハヤルコトバ」

の意味が載る。だから,それに,「下」が付くと,

低俗な話,
下品な感じ,
低レベル,

という価値表現が加味されるように思えてくる。しかし,多くは,

「本来の『下世話』の意味は、けっして『下品』や『低俗』という意味ではありません。純粋に,
 世間でよく口にする話
 世間の噂
 という意味合いになります。もともと『下世話』の『下』は庶民の階級を指しており、『世話』は『世間話』という意味になります。ですから『下』は『下品』『低俗』という意味ではなく、『下世話』は単なる『世間話』というのが本来の意味ということになるわけです」(https://funbizday.com/2604.html

とか,

「下世話の『下』は庶民を指し、人々の階級を表しています。『世話』は世間の話を表しています。要約すると『世間話』となります。また、世間話と同異語であれば、低俗や俗悪ということでの使用はしてこなかったと思われますが、下世話の『下』という文字が入ることにより、下に見る・下品・低俗というものにつながって行ったものではないかと思います。(中略)正しい使い方としては、
 『これが、下世話に言うところのOOなのか』
 『下世話な質問ですが…(庶民的なという意味)』
 と言った使い方が良いとされています。」(https://kextukonn.jp/archives/7466

といった説明がなされる。

「下世話」は,『日本語源広辞典』の,

「『下(しもじも)+世話(世間話)』です。世間で,俗に口にする言葉や話」

というのが妥当だろう。問題は,「世話」である。「世話」には,

「世話」には,「世話物」「世話狂言」というように,

現代的,
庶民的なこと,

の意味もある。また,

人の為に尽力する,

という意味もある。『大言海』は,「世話」を二項分けている。ひとつは,

「世の噂話,世間に云ひならはす話」
「世情の取沙汰,下世話」

の意であり,いまひとつは,

「忙(せわ)の義ならむ,されど常に當字に世話とも記せれば,姑く,其の仮名遣に因る」

として,

「事を謀り弁ずること,物事を周旋すること,又尽力すること」

の意である。『広辞苑第5版』にも,後者は,

「人のためにことをさしはさむ意からか,一説にセワシイ(忙)のセワ7からかという」

とあるので,「世話」の字を当てているが,別の由来の可能性がある。『日本語源大辞典』は,

「別語源の語とする考えもある。『書言字考節用集』には,『世話(セワ)下學集風俗之郷談也。世業(セワ)』とあり,(世話とは)別に『世業』という漢字表記も示めされており,別語意識がうかがえる。(後者の)場合も,『世話』と表記するのが一般的であるが,これは同音の(前者の)表記を利用したことになる。」

とある。ただ,後者を前者の用法の拡大したものという見る説もあり,『岩波古語辞典』は,特に区別していない。

「世間の評判や噂話の意から,人のためにことばをさしはさんだり,口をきくなどの意が生じてきて,斡旋や周旋の意,更にめんどうをみるの意へと展開したとする。『世話をかく』や『世話を焼く』,『世話を病む』などという表現などからは,その可能性も十分考えられる」(仝上)

とする。『日本語源広辞典』は,

「『セワ(世間話・世間に流行している話)』です。転じて,世間の話を聞き,行動する,面倒を見る意です」

とし,「セワシイ(忙しい)」の「セワ」説を否定している。しかし,例えば同一語とみる,『岩波古語辞典』の意味の変化を,

世俗で用いることば

平たく言い表わしたことば

(浄瑠璃・歌舞伎の世話物),

(人のために言葉をさしはさむ,口をきく等の意から)仲介・斡旋・周旋の労をとること

人の面倒を見ることから生ずるいろいろな苦労,世話焼きの苦労

と見たとき,あるいは,『広辞苑第5版』の,

通俗のことば,

世間のうわさ,

現代的,庶民的,

人のために尽力すること,

とみても,

他人事の噂や言葉遣い

主体の関わる尽力,

とでは,意味の立ち位置が180度変わる。別系統とみた方が妥当な気がする。『江戸語大辞典』に載る,

世話ながら,

という言い回しは,明らかに,

相手を煩わすとき,手数をかけてすまない,

意である。そして,

世話を焼く,
世話を病む,
世話を砕く,

の意味は,「世話ながら」の「世話」の意味の外延にある。あきらかに,世間話の「世話」と「面倒を見る」の「世話」とはいみが切断されている。つまり別系統ではあるまいか。

今日,「下世話な人」という使い方をするらしいが,

「人のうわさ話や下品な話が好きな人」

俗な人,

という意味でなら,「世間話」の意味の「世話」の系統で変化したものという見ることが出来る。「下」の意味の価値表現に引っ張られたとみていい。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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