2019年01月19日

真説


原田夢果史『真説宮本武蔵』を読む。

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本書を読むと,ほぼ武蔵のイメージが変わる。

著者は「はしがき」で,本書を要約して,こう書いている。

「吉川英治さんは,…剣豪武蔵を求道者武蔵として取り上げたが,その功績は大きい。実像の武蔵は,殺人剣を活人剣へと脱皮するために修業した,類い希な人物であったからである。武蔵は,『二天記』や『吉川武蔵』の虚像よりも,はるかに偉大であったのである。小説や伝記の虚像が,実像の偉大さに及ばないというのは,通説では舟島の決闘が,完成された武蔵の終着駅と解釈したからで,それ以後の武蔵は生ける屍であった。これが虚像である。
 実像の武蔵は,二十九歳のこの試合で始めて殺人剣の愚を悟り,禅に,水墨画に,彫刻に,造園に,そして活人剣―五輪書―へと至る,長い遍歴の途を辿るのである。一族の大家長として子弟の面倒を見,九州探題小笠原藩にける,宮本家の地位を不動のものとしたのである。」

これが本書の梗概でもある。その象徴が,小倉碑文の,

天仰實相圓滿
兵法逝去不絶

とみている。著者は,これを,

天を仰げば実相円満,
兵法逝去して絶えず,

と訓み,舟島の決闘以後の武蔵の生き方を象徴すると読み取る。

確かに武蔵の死後百二十年後に書かれた『二天記』やそれに依る吉川英治の『宮本武蔵』の創りだした武蔵像は虚実あわせて,大きい。そこから抜け出ることはなかなか難しいのはたしかだ。

しかし,少なくとも,伊織自身については,自身が再建した泊大明神社や米田天神社の棟札(「泊神社棟札」)記載「田原家傳記」で,

播磨国印南郡米堕邑、田原久光の次男,

であることで,その出自ははっきりしており,『二天記』や吉川英治『宮本武蔵』の,

泥鰌捕りの童,

という伊織像は,もはや改められるほかはない。

本書は,小倉宮本家系図に基づき,伊織を,

武蔵の甥,

としている。つまり,

田原久光,武蔵の兄の次男,

とする。武蔵は甥のうしろだてとなった,とみるのである。僕には,この説の方が,説得力があると思う。少なくとも,武蔵の伊織への肩入れは尋常ではないのだから。

武蔵については諸説入り乱れるが,不思議なのは,少なくとも,武蔵の死後九年目に造られた小倉碑文を,

他の史料と比べて事実誤認や武蔵顕彰の為の脚色も多く見られる,

と一蹴する(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E8%94%B5)ことだ。ほぼ同時代に記されたものを無視するのは如何なものだろか。まずこれを前提に検討すべきであろう。例えば,舟島での佐々木小次郎との対決を,

両雄同時に相会し岩流三尺の白刃を手にし来たり,…武蔵木刃の一撃を以てこれを殺す,

と記す。この一文を無視してはいけないだろう。「同時」とあるのは,同時なのであって,あえて遅れて相手を焦らすなどという『二天記』の創作された姑息な武蔵のイメージは,ここにはない。顕彰碑ということを差し引いても,同時代の記録を創作と捨て去るのは,ちょっと解せない。

本書の武蔵像は,ただ真面目で実直に,甥の後だてとなり,それを支えていいる姿で,孤高のイメージとは離れている。そのイメージが,

天を仰げば実相円満,
兵法逝去して絶えず,

なのである。著者は,

「剣技の世界に見切りをつけ,活人剣,治国の剣の世界へと大勢が変わりつつあることを,直感的に悟っていた」

と,その意図を読む。その後の武蔵とは,

「尚も深き道理を得んと朝鍛夕練して,兵法の道にかなうように思われた」(『五輪書』)

時までを指す。そのとき五十を超えている。

天を仰げば実相円満,

とは,

「若干二十歳で二千五百石,島原の陣で千五百石の加増で計四千石である。小笠原十五万石…一門衆でも筆頭が千五百石から二千石止まり」

の中で,宮本家は,異例の出世である。しかもその名は将軍家の耳にも達した。治国の役を,伊織が果たしたのである。宮本家は,以来幕末まで続く。本書の巻末には,十三世伊織宮本信夫氏が,

「小倉藩では,宮本家代々の当主を本名の如何にかかわらず『宮本伊織殿』と知行状を出してい.る。私の手許に,五通,諸先代の知行状があるが,それぞれ本名があるにもかかわらず公文書の時は『宮本伊織』と呼んだ。初代伊織が傑物だったからと思われるが,それにしても奇妙な慣行である。」

と書いている。伊織が(というより,その後ろ立ての武蔵が)小笠原藩にとって大きな存在であったという一例は,七代貞則のとき,

「宮本家に小笠原家から養子が入った」

という。

「小倉分藩一万石篠崎公の弟が七代伊織貞則であり,以来宮本家は小笠原庶家の待遇」

となることにもみられる,という。

参考文献;
原田夢果史『真説宮本武蔵』(葦書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 05:28| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする