2019年01月23日
せわしい
「せわしい」は,
忙しい,
と当てる。
いそがしい,
という状態表現の意味から,
ゆったりしていない,
落ち着きがない,
という価値表現の意味になる(『広辞苑第5版』)。
忙しない,
という言い方をするが,「ない」は否定ではない。
「『ない』は甚だしいの意」
とあり(『広辞苑第5版』『日本語源広辞典』『岩波古語辞典』),接尾語で,
「性質・状態を表す語に添えて,その意味を強め,形容詞をつくる。『甚だしい』の意」
で,
はしたない,
せつない,
等々。で,「忙しない」は,
非常に忙しい,
意となる。もっとも,異説もあり,
ナシ(甚)はその状態にあることを強めた接尾語(語源辞典・形容詞篇=吉田金彦),
セハシの語幹に,状態のはなはだしい意を添える接尾語ナシが付いた語(角川古語大辞典),
以外に,
サマシナシ(小間无)の義(言元梯),
セハは狭の意,シはセリの反,ナシは無の意か(名語記),
という説もあるようであるが。
「忙」(漢音ボウ,呉音モウ)の字は,
「会意兼形声。亡は,無くなる,むいの意を含む。忙は『心+亡』で,あれこれと追われて,こころがまともに存在しない状態,つまり落ち着かない気持ちになること」
で,まさに「いそがしい」意である。
「せはし」について,『岩波古語辞典』は,
「セバシ(狭)と同根」
とし(「せば(狭)し」には「セシ(狭)・セメ(攻)という同根。『広し』の対」とある),
間をおかない感じだ,後から後から起こる感じだ,
追い立てられるように忙しい,
せかせかしている,
と,早瀬のイメージだから,「狭い」と同根としたと見える。用例に,
「岩間行くいさら小川のせはしきにわれて宿れるありがとうございました。有明の月」
を載せる。『大言海』も同旨で,「せはし」に,
「狭(せば)しより,急迫の意に轉ず,即ち,せはせはしの略」
とある。「せば(狭)し」の意に,
狭(さ)し,幅広からず,くつろぎなし,
とある。
狭い,
という状態表現が,
くつろぎなし,
と空間的に余裕のない状態表現へ転じ,それが,時間的なゆとりのない状態表現へ転じ,忙しいという価値表現へと転じていく道筋はよく見える。その象徴が『大言海』の,
せはせはし,
という表現になる。状態表現でもあるし,価値表現でもある。ちなみに,
せわせわし,
は,
せまっくるしい,
せかせかとしておちつかない,
こせこせしてしみったれている,
と(『岩波古語辞典』),「しみったれ」にまで価値表現が変ずる。「せわせはし」は,
そはそはし,
の転とある。「そはそは」は,
「江戸時代から見える語。…室町時代には『ろりろり』という言い方で『そわそわ』の意を表していた。『日葡辞書』…には『不安などで落ち着かなかったりろたえたりする様子』という解説がある」
とある(『擬音語・擬態語辞典』)。「そはそはし」が,擬態語のように使われるようになったものらしい。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95