2019年01月30日
いちじるしい
「いちじるしい」は,
著しい,
と当て,
はっきりとわかる,
顕著である,
という意である。「著」(チョ,漢音チャク,呉音ジャク)の字は,
「会意兼形声。者(シャ)は,柴をもやして,加熱をひと所に集中するさま。著は『艸+音符者』で,ひと所にくっつくの意を含む。箸(チョ 物をくっつけてもつはし)の原字。チャクの音の場合は,俗字の着で代用する。著はのち,著者の著の意味に専用され,チャクの意に使うときは,着を使うようになった」
とあり(『漢字源』),「あらわれる」「いちじるしい」の意である。「著し」について,
「近世以降シク活用も。古くはイチシルシと清音。一説に,イチはイツ(厳・稜威)の轉。シルシは他とまぎれることなくはっきりしている意」
で,また「著しい」は「シク活用」で,
語尾が「しく・しく・し・しき・しけれ・○」
と変化するが,もとは「ク活用」で,
語尾が「く・く・し・き・けれ・○」
と変化した。「著し」の意味は,
神威がはっきり目に見える,
(思いあたるところが)はっきりあらわれている,
思っちとおりである,
思ったことや感情をはげしくむき出しにする性質である,
と(『岩波古語辞典』),今日の意とは少し異なり,「はっきりわかる」ものが,具体的である。
「室町時代まで清音。イチはイツ(稜威)の轉。シルシははっきり,隠れもないの意」
とある(『岩波古語辞典』)。「いちしろし」が清音「いちしるし」の古形で,
イチシロシ→イチシルシ→イチジルシ,
と転訛したとする(『岩波古語辞典』)。『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/i/ichijirushii.html)は,
「上代には『いちしろし』の形もみられるが,『いちしるし』の母音交替と見られる」
と,「いちしるし」の変形とみているようであるが。「稜威(いつ)」とは,
「厳霊なる威光」
の意で,
「漢書,李廣傳『威稜憺平隣国』注『李奇曰,神霊之威曰稜』
としている(『大言海』)。
その『大言海』は,
「最(いと)著(しる)しの轉。いちじろしは音轉(あるじ,あろじ。わるし,わろし)」
とし,「逸(いち)」の項で,こう述べる。
「最(イト)と音通なり(遠之日(ヲチノヒ),一昨日(ヲトトヒ)),イチジルシも,最著(いとしる)しなるべし,和訓栞,イチジルシク『著を訓めり,最(イト)白き義なり』,案ずるに,優れたる意にて,一なるべきかとも思はれ,又,普通に用ゐらるる逸(いつ)の字も,呉音は,イチなり(一(イツ),いち),正字通りに『逸,超也』とありて,逸才,逸品等々とも云ふ。然れども,上古にも見ゆる語なれば,漢字音を混ずべきにあらず」
「いちじるしい」は,「最」といっている。
『日本語源広辞典』は,しかし,三説挙げ,
説1,「イチ(いっそう)+シルシ(目立つ・著しい)」,
説2,「イト(たいそう・甚)+シルシ」
説3,「イチ(稜威)+シルシ」
『日本語の語源』,
「いとしるし(甚著し)はイチジルシ(著し)になった」
『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/i/ichijirushii.html)は,
「著しいの『いち』は、『いとうつくし』『いとおいし』 の『いと』や、『いたく(甚く)感銘した』の『いたく』と同源で、程度が激しいことを表す「いち( 甚)」。」
と説2の「甚」を採る。「甚」と「最」と当てる漢字は違うが,「いと(甚)」は,
「極限・頂点を意味するイタの母音交替形」
で,「いた(甚)」は,
「イタシ(致)イタリ(至)イタダキ(頂)と同根」
とする。「イタ」と「イツ(チ)」と繋がりそうな気がする。『大言海』は,「いと」に,
最,
甚,
太,
の字を当てている。では,「しるし」は,何だろか。『岩波古語辞典』は,「しるし」に,
徴し,
標し,
記し,
銘し,
と当て,
「シルシ(著し)と同根」
とする。「しるし(著し)」は,
「シルシ(徴・標)と同根。ありありと見え,聞え,また感じ取られて,他とまがう余地が無い状態」
とする。その「しるし」を『大言海』は,
「知るの活用,効(しるし)と通ず,明白の義」
とする。「しるし(印・標・徴・籤・符・約・證)」は,
「記すの活用,記(しる)しの義」
とある。「効(しるし)」は,「効・験」と当て,
「著しに通ず」
とする。敢えて,順序づければ,
しるし(記)→しるし(印・標)→しるし(著)→しるし(効)→しるし(知),
という意味が転じたことになる。
『日本語の語源』は,
「『知る』を形容詞化したシルシ(著し)は「いちじるしい。はっきりしている」意である。これを強めたイトシルシ(甚著し)は,「ト」の母交(母韻交替)[oi]でイチジルシ(著し)に転化した」
とする。
「いと(甚・最)・しるし(著し)」
が,
いちじるし,
に転じた。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95