2019年02月08日

隠物・預物


藤木久志『城と隠物の戦国誌』を読む。

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本書は,戦国時代,戦国武将目線ではない,その惨状を暴いてきた著者の連作の一つである。本書のテーマは,

「人びとは,どうやって家族を守り,家財を守ったか」

に焦点を当てる。先ず,身を守る手段としての,

戦国の城,

の,村人の避難所として,

地域の危機管理センター,

としての役割である。いまひとつは,

「戦場から逃げるとき,運びきれない大切な家具・家財や,農具・家畜,様々な食糧,あるいは米作の作に欠かせない大切な種籾」

等々をどうやって保全したか,その,

「村の隠物・預物」

に焦点を当てる。前者は,『戦国の村を行く』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463189273.html)などでも取り上げたが,ただ人が逃げ込むだげではなく,

「戦争が来ると,俵物(食糧)ばかりか,牛や馬まで連れて,領主の館や大寺などに避難していた。持ちこまれたものは『隠物』とか『預物』などと呼ばれていた。」

というように,家財もまた避難させていた。神社もその対象である。たとえば,

「織田信長か尾張(愛知県)の熱田神宮(熱田八ヶ村)に,『俵物』を神社の中に運ぶのを認める,と保障していた。また神社の中に避難している,他国や当国の敵味方や,奉公人・足弱(老人・女性・子ども)や,彼らの『預ヶ物』も,先例の通り,暗線を保障する,といっていた」

しかし,そした神社・城郭だけではなく,村々も互いに預け合っていた。

「山間の村々は里の村々との間に,村と村との契約として,無料で道具預かりをするのが,日常の習俗となっていた」

という。寺側も同じらしく,多聞院英俊は,日記に,

「こんど道具を預けたまわるにつき,一瓶・両種,送り給わり…」
「道具取りに来る…大根二十八給わり…」

等々,引き換えにさまざまな礼物が繰られているが,金銭による謝礼はない。

「関白(秀吉)殿より,当(春日)社へ奉加(寄付)米の代銀の皮袋二つ,預かり申し候,両三人符(ふだ 封)を付けられ候,(皮袋の)中の物躰は見ず,請け候」

とあり(多聞院日記),預けた側は封をし,請取証文を出す。それは民衆にとどまらず,たとえば,信長も,安土城に近い近江蒲生郡長命寺に米十石を預け,それについての指示が,

「その方へ預ヶ申し候,米十石,西川三郎左衛門二郎方へ,御うたがいなく,お渡しあるべく候,その方の預かり城は,尾張にござ候あいだ,まいらせず候,もし何方わり出し素とも,反故たるべく候」

とある。

しかし,そうして預けた家財も,

「そこが戦場になり,味方の軍が敗北し,敵軍が乗り込んでくると,せっかくの家財の保全や緊急避難の苦労も,たちまち水の泡となった。
 戦いに勝った占領軍は,戦場地帯にある敵方の預物・隠物を狙って,徹底した追及を行い,『預物帳』という台帳まで作らせて,すべてを没収した」

その追及・捜査は,

道具改め,
道具糺し,
道具尋ね,

等々と呼ばれた。

「原田(直政)が大阪の本願寺との合戦(石山合戦)で戦死すると,大和の筒井順慶は,奈良中の寺と町に『触れ』を回して,もし原田同類の『預かり物』があれば,『紙一枚,残さず出さるべし』と厳しく命じた。徹底した預物狩りであった。
 これを聞いた多聞院の英俊も,原田同類の塙小一郎から預かっていた米を,慌てて出し,『いまさら不便(不憫)の次第なり』と同情し,自分の非力を嘆いていた」

秀吉は,柴田勝家の越前に侵攻すると,三カ条の指令を出し,その冒頭に,

「兵粮ならびに,あづけ物」

の提出を命じ,

「秀吉,条数(三カ条)をもって申し出し候こと,みかえし候においては,その一町残らず,妻子以下,ともに成敗」

と恫喝していた。

戦国の必死の隠物,預物も,敗戦すると,敵にすべて没収されるリスクがあった。この中世の習俗は,中世に限ったことではなく,戊辰戦争に際しても,更に,先の大戦下,

防空壕への人びとの非常持ち出しの物の退避,

もそうした習俗の延長線上にある,と著者は推測する。

参考文献;
藤木久志『城と隠物の戦国誌』(朝日選書)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 05:25| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする