2019年02月21日

あそぶ


「あそぶ」は,

遊ぶ,

と当てるが,「遊」(漢音ユウ,呉音ユ)の字は,

「会意兼形声。原字には二種あって,一つは,『氵+子』の会意文字で,子供がぶらぶらと水に浮くことを示す。もう一つはその略体を音符とし,吹き流しの旗のかたちを加えた会意兼形声文字(斿)で,子どもが吹き流しのように,ぶらぶら歩きまわることを示す。游はそれを音符とし,水を加えた字。遊は,游の水を辶(足の動作)に入れ替えたもの。定着せずにゆれ動く意を含む」

とあり(『漢字源』),きまったところにむとどまらず,ぶらぶらする,という含意がある。

「あそぶ」は,

「日常的な生活から別の世界に身心を解放し,その中で熱中もしくは陶酔すること。宗教的な諸行事・狩猟・酒宴・音楽・遊楽などについて,広範囲に用いる」(『岩波古語辞典』)

「日常的な生活から心身を解放し,別天地に身をゆだねる意。神事に端を発し,それに伴う音楽・舞踊や遊楽などを含む」(『広辞苑第5版』)

「上代以来,管弦のほか,歌舞,狩猟,宴席などにもいい,本来は祭祀にかかわるものであったか。『日常性などの基準からの遊離』が原義か」(『日本語源大辞典』)

等々とあるが,

神遊び,つまり神楽を演じる(『岩波古語辞典』),
かぐらをする,転じて音楽を奏する(『広辞苑第5版』),

と,どうやら「あそぶ」は「遊」とは異なり,神事に由来する。「神遊び」という言葉があり,「あそび」は,

「神をもてなすため,あるいは神とともに人間が楽しむための神事やそれに付随する芸能全体をさしていたと考えられる。その後平安時代にはやや限定的に楽舞を演じて楽しむことを意味し,『御遊 (ぎょゆう) 』ともいわれた。当時の宮廷社会には,定められた年中行事や儀式とは別に,『あそび』と称する響宴があり,そのありさまは『源氏物語』や『栄華物語』などの平安文学に叙述されている。なお,最も狭義には管絃の合奏をさす。」

とある(『ブリタニカ国際大百科事典』)。「あそび」の変化は,『大言海』の取り上げ方でよく分かる。『大言海』は,四項挙げ,いわゆる,

遊,
游,

の字を当てる,

己が楽しと思ふ事をして,心をやる,

という「あそぶ」(「あすぶ」)の他に,

漢籍訓(かんせきよみ)の語,遊(ゆう)の訓読,

として,遊学(イウガク 故郷を去り,他方に出でて,学問をすること)というような,

学術を学ぶ,

意の「あそぶ」を立てている。「遊ぶ」にある学術を学ぶのは,漢語由来らしい。この二つは,「遊」「游」の字を当てる。残りは,ひとつは,

神楽,

と当てて,

「喪葬の時にするは,天岩戸の故事の遺風にて,死者の,奏楽をめでてかへりたる事もやと,悲しみの余にするわざなりと云ふ」

とし,

神楽(かみあそび)す,神楽をす,

の意味とする。いまひとつは,

奏楽,

と当てて,

遊ぶより移る,楽は,遊ぶことの中に,最も面白きものなれば,特に云ふなりといふ」

とし,

絲竹の遊びをす,

の意を載せる。「絲竹」は,「絲竹(シチク)」の訓読で,

「絲は琴・琵琶などの弦楽器。竹は笙・笛などの管楽器」

で(『岩波古語辞典』),

楽器の総称,

である。「あそび」は,

神楽(かみあそび)→神楽(あそび)→奏楽(あそび)→遊び,

と転じてきたことになる。しかし,「あそぶ」は,そもそも天照大御神が,思ず,顔をのぞかせたり,死者が帰ってきたいと思ったりするほど,楽しいことであるのに違いはない。神事由来だが,天宇受賣命が岩戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし,神憑りして胸をさらけ出し,裳の紐を陰部までおし下げて踊ったことに淵源するように,厳かさよりは,底抜けの楽しさがある気配である。

となると,語源は,

足+ぶ(動詞化)(日本語源広辞典)
アシ(足)の轉呼アソをバ行に活用したもの(日本古語大辞典=松岡静雄),

辺りなのではないか。

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(岩戸神楽ノ起顕(三代豊国) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%B2%A9%E6%88%B8より)


やはり,

「遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動(ゆる)がるれ」

という『梁塵秘抄』の歌は,やはり「あそび」の本質を衝いているようである。+

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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posted by Toshi at 05:08| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする