2019年02月22日
もさ
「もさ」は,
猛者,
と当てる。というより,「猛者」の訓み,
まうさ,
の略轉とある(大言海)ので,「もさ」は,
猛者,
の訓みの転訛ということになる。つまり,
まうじゃ→まうさ→もさ,
という転訛したものらしい。
「猛」(漢音モウ,呉音ミョウ)の字は,
「会意兼形声。孟は『子+皿(ふたをしたさら)』の会意文字で,ふたをして押さえたのをはねのけて,どんどん成長することを示す。猛は『犬+音符孟』で,尾さえをきかずにいきなり立って出る犬。激しく外へ発散しようとする勢いを意味する」
とあり(『漢字源』),
猛虎,
猛犬,
猛士,
猛獣,
など,「たけだけしい」とか「はげしい」意であるが,
「猛者と書いて〈もさ〉と読みならわしているが,〈もうざ〉が略転したものとみられている。猛者(もうざ)の語は平安時代も後期に入ってからしだいに普及したようで,勇猛果敢な人,威徳のある人,有能な活動家,富裕な人などの意味で使われた。いわば〈男の中の男〉と同様の意味で,男性に対する美称の一つであった。特別の技能をそなえた勇者という点では新興の武士階級の〈名ある武者(むしや)〉をさすし,これに威徳・富裕ということもあわせみると,武力に富んで各地で威勢を張っていた〈富豪の輩(やから∥ともがら)〉が〈猛者〉像の中心をなしたのがわかる。」
とあり(『世界大百科事典 第2版』),どうも,単なる猛々しさ,
暴虎馮河、死而無悔者、吾不与也
と孔子のいう,
暴虎馮河,
の類とはちょっと意味が違うようである。
『日本語源広辞典』は,
「猛者は,,近世語で日本人の造語かと考えます。杉本つとむ氏の,江戸方言の「もさ言葉」を語源とする説は,疑問です」
とする。「もさ詞」とは,
「終始語『もさ』を用いる方言」
とあり(『江戸語大辞典』),
文末にあって親愛の気持ちを表し,
「朝比奈だァもさ,一ばんとまつてくんさるなら,かたじけ茄子(なすび)の鴫焼だァもさのだぐひ猶あるべし,これをもさ詞といふ説うけがたし」(文化十四年・大手世界楽屋探)
の用例が載る。
「『歌舞妓年代記‐元祿元年』によると、中村伝九郎という役者が元祿年間(一六八八‐一七〇四)に朝比奈の役をつとめるにあたり、乳母の常陸弁をまねて『性はりな子だアもさア、いふことをお聞きやりもふさねへと、ちいちいに喰(かま)せるよ』と初めて歌舞伎の台詞の中に取り入れ、これが評判となって後に奴詞として定着したという。」
とある(『精選版 日本国語大辞典』)。
「申さん」の音変化か,
とされるが, その「もさ」が名詞化して,
「関東人をあざけっていう語。転じて,いなかもの」
というらしい。
「ヤイもさめ,この女郎こっちへ貰ふ」(女殺油地獄)
どう考えても,この「もさ」が,
猛者,
に転じるとは思えない。「もさ」は江戸期,「猛者」は平安で,由来を異にする。
むしろ「もさ」が,
盗人・てきや仲間の隠語として,
掏摸スル者ノコトヲ云フ,
とあり(『隠語大辞典』),その意味が,
「モサ(腹)立った俺は、矢萩のかわりにこの四・五・六を殺したくなった」(高見順)
という「腹をいう」意味で,いやな感じを指し,更に,
「俺のことか。モサナシ(度胸がない)とは俺のことか」(仝上),
と,度胸をいったりと隠語的に使われるのは,「奴詞」として普及した「もさ詞」の成れの果てである可能性は高い。そこから,「もさ」が,
懐中物ノコトヲ云フ,
に転じても,驚かない(仝上)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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