2019年03月01日

血祭り


「血祭り」は,

血祭りに上げる,

などと物騒な言い回しをする。多くは,例えば,

「昔中国で,出陣のさいいけにえを殺し,その地を以て軍神に祀ったことから」

を由来とし,

戦場に臨む際に,縁起のため,間諜または敵方の者などを殺すこと,また戦場で,最初に敵を討ち取ること」

といった意味を載せる(『広辞苑第5版』)。あるいは,

「(昔、中国で、出陣に際し、いけにえを殺して軍神をまつったことから)出陣に際して、敵の者などを殺して士気を奮い立たせること。手始めとして敵をほふって気勢を揚げること。」

と(『大辞林』)いう意味になる。ただ,

血祭りに上げる,

の形は,

「昭和になってからで、近年は転じて単にひどい目にあわせる意でも用いられる。」

とある(『由来・語源辞典』)。たとえば,

「『やつらを血祭りに上げてやる」などと使うように、一人や 二人をやっつけて喜んでいるのではなく、全員を徹底的にやっつけるという意味あいのある威勢のいい言い方であり、あくまで『例え』にとどめておきたい言いぐさである。』

という((『笑える国語辞典』https://www.waraerujd.com/blank-59)のが今日の含意である。気になるのは,中国云々の由来だ。

「『血祭り』とは、古代中国で出陣の際、いけにえを殺してその血で軍神を祭る『血祭(けっさい)』に由来する。」(『由来・語源辞典』)
「『血祭り』は、生け贄の血を神に供えて祭る古代中国の『血祭(けっさい)』に由来」(『語源由来辞典』)

等々とある。確かめる手がないが,『字源』には,「血祭」(けっさい)の項で,

「いけにえを殺し血を取りてまつる」

とあり,周禮・春官の,

「以血祭一祭社稷語祀五嶽」

を引いている。軍神とはいささかも関係ない。で,我が国だけの使い方として,

「出陣の時,いけにへを殺して軍神を祭る。又其の敵とする者を殺してみせしめにする」

とある。軍神云々は,中国由来ではないことになる。

『続日本紀』には,出陣を,

「天平寳字三年(七五九)六月壬子令大宰府造行軍式以将伐新羅也」

とあり,行軍式といったらしい。出陣の儀礼化が進んだのは,室町以後で,

「管領為始宿老中に意見有御尋,時宜定めて以後,陰陽頭撰吉日,進時五日も十日も前に御陣奉行之右筆罷出,其國之守護代令同道寺家にても誘申,御陣奉行は其儘待可申鎌倉御立,當日御出之御酒として大草調進鮑勝栗昆布御肴にて御酒一献あり」

と,『鎌倉年中行事』にあるように,縁起を担ぎ,鮑,勝栗,昆布を食している(大草家は将軍家の調理を担当する)。その後,神仏に祈念し,武運長久を願う。

「茅の葉にて酒を注いで九万八千の軍神勧請常の如くなり」

と『鴉鷺合戦物語』にあり,室町頃から行なわれている。

Seinansenso_snou.jpg

(月岡芳年「鹿児島暴徒出陣図」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E4%BA%89%E7%B5%B5


血祭は,出陣に際してではないようである。

「敵の首を取ったとき味方の気勢を上げるために軍の神に供えるといういみでささやかな祭事を行うのを軍神への血祭りという」

とある(『武家戦陣資料事典』)。『軍侍用集』に,

「初めて捕えたる首を祭ることを血祭と云ふ也,九万八千の軍神に向かひ手を合せて南無摩利支尊天を初め奉り一切九万八千の軍神今日の首あたへ給の所偏へに武運高名之奇妙也,弥武運長久を祈り友引の方に向ひ四天王の八鬼を念九魔王神に供え祭りて味方の勝利我方の武運長久と守り給へ,急々加津令といのるべし,必ず破軍にむかふべからず」

とあり,

初めて捕えたる首を祭ること,

を血祭といったとみえる。密教の秘法から出た祈りらしく,どうも,この頃活躍する兵道家・陰陽師が,権威づけに言ったのではないか,と思いたくなる。この嚆矢は,平安末期らしく,当初は,

「去らば軍神に祭らんとて暫く弓を引き持ち,表に進みたる伊藤六がまん中に押し當て発ちたり」(保元物語),

と,初戦に敵を殺して,軍神に捧げて加護を願うといった意味であった,と見られる。

兵道家・陰陽師が「こじつけ」形式化したようだが,結局,

「唯軍神へ血祭り明春越州江州邊に於て有無の一戦を致し首を取獄門に晒し可申」(松隣夜話)

というように,敵首を梟首して済ませたようである。後年,伊勢貞丈は,『軍神問答』で,

「佛家の説に九萬八千夜叉神と言ふは三宝荒神の眷属にて,具に言へば九億九萬八千七百七拾弐神あり,常に略してに九萬八千と言ふ」

としている。毛利元就の軍幡には

「頂礼正八幡大菩薩 南無九万八千軍神二千八百四天童市十 帰命摩利支尊天王」

とあるとか。武士は縁起をかついだのである。

参考文献;
笹間良彦『武家戦陣資料事典』(第一書房)
笹間良彦『図説 日本戦陣作法事典』(柏書房)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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2019年03月02日

ちまた


「ちまた」は,

巷,
岐,
衢,

と当てる。

「道 (ち) 股 (また) 」の意,

らしい。どうやら,

道の分かれるところ(「八十の巷に立ちならし」),

(物事の分かれ目(「生死の巷をさまよう」))

町の中の道路,街路(「南北に大きなる一つの巷あり」),

人が大ぜい集まっているにぎやかな通り,町中 (まちなか)(「紅灯の巷」),

(ある物事が盛んに行われている)ところ,場所(「弦歌の巷」「修羅の巷」),

世間(「巷の噂」),

といった流れで,「岐路」に準えて,意味の外延がひろがっていったものらしい。

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(歌川広重「東海道五拾三次」元町別道 戸塚の夕景。「こめや」という茶屋は、米で作った餅菓子で有名だった。図の中央の石柱には「左りかまくら道」とあり、鎌倉への分れ道。://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%B5%B7%E9%81%93%E4%BA%94%E5%8D%81%E4%B8%89%E6%AC%A1_(%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5)より)

「『分かれ道』に集落,つまり街を形成することが多く,町の通り,街の意」

とある(『日本語源広辞典』)のが,分かれ道,街路,街とつながる意味が納得できる。

「巷」(漢音コウ,呉音ゴウ)の字は,

「会意兼形声。『人のふせた姿+音符共』。人の住む里の公共の通路のこと。共はまた,突き抜ける意から,突きぬける小路のことと解してもよい」

とあり,街路,世間,の意で分かれ道の意はない。

「岐」(漢音キ,呉音ギ)の字は,

「会意兼形声。支はも細い声だを手にした姿で,枝の原字。岐は『山+音符支(キ・シ)』で,枝状のまたにわかれた山,または,細い山道のこと」

で,枝道のこと,分岐,岐路と使う。

「衢」(漢音ク,呉音グ)の字は,

「会意兼形声。瞿(ク)は『目二つ+隹(とり)』からなり,鳥があちこちに目をくばること。衢は『行(みち)+音符瞿』で,あちこちが見える大通り」

で,四方に通じる大通り,巷の意で,直接的に分かれ道を示していない。巷,岐,衢と漢字を当て分けたのは,先人たちの苦労の跡,ということになるのかもしれない。

ミチマタ(道股)→チマタ(巷),

とする説(『日本語の語源』)もあるが,

道,

は,

ち,

とし,『大言海』は,「ち(道・路)」は,

ツ(津)に通ず,

とし,「道饗祭(ちあへ)」(祝詞)「道別(ちわき)」(神代紀)等々,

熟語にのみ用ゐる,

とする。また,

連声には濁る,

とする。例えば,「天漢道(あまのかはぢ)」「天道(あまぢ)」等々。『岩波古語辞典』には,「ち(道・方向)」は,

「道,または道を通って行く方向の意。独立して使われた例はない。『~へ行く道』の意で複合語の下項として使われる場合は多く濁音化する」

とある。「道 (ち) 股 (また) 」でよさそうである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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ラベル: ちまた
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2019年03月03日

みどり


「みどり」は,

緑,
翠,
碧,

と当てる。

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「緑」(漢音リョク,呉音ロク)の字は,

「会意兼形声。右側の字(ロク・ハク)は竹や木の皮をはいで,皮が点々と散るさま。緑はそれを音符とし,糸を加えた字で,皮をはいだ青竹のようなみどり色に染めた糸を示す」

で,「靑竹や草の色で,青と黄の中間色」とある。

「翠(翆)」(スイ)の字は,

「会意兼形声。『羽+音符卒(シュツ ちいさい,よけいな成分を去って,小さくしめる)』。からだの小さくしまった小鳥のこと。また,汚れを去った純粋な色」

で,「よごれのないみどりの羽。『翡翠』(水辺に棲む小鳥の名。全身青緑色の美しい羽毛をもつ。雄を翡,雌を翠という),かわせみ」とある。

「碧」(漢音ヘキ,呉音ヒャク)の字は,

「会意兼形声。『玉+石+音符白(ほのじろい)』。石英のような白さが奥にひそむ青色。サファイア色」

で,「あおくすんで見える石。『碧玉』」とある(『漢字源』)。

「緑」は,萌黄,「翠」はかわせみ,「碧」は石,に由来する。

「みどりは」

「ミドが語根で,『瑞々し』のミヅと関係あるか」(『広辞苑第5版』)
「元来、新芽の意で、そこから色名に転じたといわれる」(『デジタル大辞泉』)
「本来色の名であるよりも,新芽の意が色名に転じたものか」(『岩波古語辞典』)

とあり,どうやら「みどり」は「緑」に合うように思えるが,『大言海』は,

「翠鳥色(そびどりいろ)の略轉かと云ふ,或は,水色の略轉か」

とするので,

翠,

が妥当ということになる。『日本語源広辞典』は,二説挙げている。

「水+トオル(通・透)の連用形」で,緑の字を当て,木の葉などが,水に濡れているようなミズミズシサをミドリといったのが語源です。洗い髪のみずみずしさを緑の黒髪,みずみずしいミドリゴ,みずみずしい松の若葉のミドリ,楓の若葉を下から見上げて透き通るようなミドリ」

と,いまひとつは,

「『カワセミの古語,ソニドリ,ソミドリ』が語源」

とする。「そにどり」は,

鴗鳥,

とあて,カワセミである。しかし,色は,今日でいう

青色,

である。「あお」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/429309638.html)で触れたことだが,「あを」は,

「一説に,古代日本では,固有の色名としては,アカ,クロ,シロ,アオがあるのみで,それは,明・暗・顕・漠を原義とするという。本来は,灰色がかった白色を言うらしい。」(『広辞苑第5版』)

とあり(『広辞苑第5版』),「あを」の範囲は広く,

晴れ渡った空のような色,
緑色,
青毛の略。馬一般にも言う。
若い,未熟の意,

とある。『日本語源大辞典』には,

「アカ・クロ・シロと並び,日本の木椀的な色彩語であり,上代から色名として用いられた。アヲの示す色相は広く,青,緑・紫,さらに黒・白・灰色も含んだ。古くは,シロ(顕)⇔アヲ(漠)と対立し,ほのかな光の感覚を示し,『白雲・青雲』の対など無彩色(灰色)を表現するのはそのためである。また,アカ(熟)⇔アヲ(未熟)と対立し,未成熟状態を示す。名詞の上につけて未熟・幼少を示すことがあるのは,若葉などの色を指すことからの転義ではなく,その状態自体をアヲで表現したものと考えられる」

としている。「あを」の中に,

みどり,

も含められていた,ということである。『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/mi/midori.html)が,

「元来、『新芽』や『若枝』を 表す具体名詞であったことから、『みづみづし(みずみずしい)』と関係のある語と考えられている。『新芽』や『若枝』の色から、青色と黄色の中間色である『緑色』を表すようになった。それまで緑色を表していたのは『青』である。」

と,「緑色を表していたのは『青』である。」としているのはその意味である。『大言海』の語源説は,「アヲ」の包含されていた時代のことをいっているとしか思えない。その意味で,「あを」が広すぎて,

瑞々し,

を「みどり」色として分化させていったのだと思われる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
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ラベル:みどり
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2019年03月04日

みどりご


「みどりご」は,

嬰児,
緑児,

と当てる。

三歳くらいまでの幼児(『広辞苑第5版』),
四五歳くらいまでの幼児にもいう(『岩波古語辞典』)

の意とあるが,

生まれたばかりの子供,
あかんぼう,
ちのみご,

とある方が近いのかもしれない(『大辞林』)。

「近世初期まではミドリコ。新芽のように若々しい児の意」

とある(『広辞苑第5版』)のだから。

孩児(かいじ),

とも言う,とある。

「大宝令では三歳以下の男・女児を緑と称すると規定してあり、奈良時代の戸籍には男児を緑児と記している」

とある(『精選版 日本国語大辞』)ので,由来は古い。

りょくじ,

とも言う。万葉集に,

「彌騰里児(ミドリこ)の 乳乞ふがごとく 天つ水 仰ぎてそ待つ」

とあるので,やはり,

乳飲み子,

のようだ。ただ幅は広く,『大言海』は,

「和訓栞『萬葉集に緑子と書り,稺弱(ちじゃく)にして松の蕋(みどり)などの如きを云ふなるべし』と嫩葉(わかば)の擬語」

としており,

小児の四五歳までの者の称,

とする。

「嬰児,孩児,美止利古,始生小児也」(和名抄),
「阿孩児,彌止利子」(字鏡),

を見る限り,幅があるように見える。

「嬰」(漢音エイ,呉音ヨウ)の字は,

「会意。嬰は『女+貝二つ(貝をならべた首飾り)』。首飾りをつけた女の子のこと。また,えんえんとなくあかごのなき声をあらわす擬声語ともかんがえられる」

とし,みどりご,あかごの意で,ここでもは幅ある。

「緑」(漢音リョク,呉音ロク)の字は,「みどり」http://ppnetwork.seesaa.net/article/464438658.html?1551558562で触れたように,

「会意兼形声。右側の字(ロク・ハク)は竹や木の皮をはいで,皮が点々と散るさま。緑はそれを音符とし,糸を加えた字で,皮をはいだ青竹のようなみどり色に染めた糸を示す」

で,「靑竹や草の色で,青と黄の中間色」とある。

「孩」(漢音ガイ,呉音カイ)の字は,

「会意兼形声。亥(ガイ)は,ぶたの骨組を描いた象形文字で,骸(ガイ 骨組)の原字。孩は『子+音符亥』で,赤子の骨組ができて,人らしい形になること」

で,ようやく骨組のできた乳飲み子の意。当てた漢字の意味の幅は,「みどりご」の年齢層の幅をしめしているようである。

「赤ん坊を『みどりご(みどりこ)』と呼ぶの は、大宝令で三歳以下の男児・女児を『緑』と称するといった規定があったことに由来する。大宝令で『緑』と称するようになったのは、生まれたばかりの子供は、新芽や若葉のように生命力にあふれていることから喩えられたものである。」

とする(『語源由来辞典』http://gogen-allguide.com/mi/midorigo.html)は,説明が逆立ちはあるまいか。「みどり」で触れたように,

「ミドが語根で,『瑞々し』のミヅと関係あるか」(『広辞苑第5版』)
「元来、新芽の意で、そこから色名に転じたといわれる」(『デジタル大辞泉』)
「本来色の名であるよりも,新芽の意が色名に転じたものか」(『岩波古語辞典』)

という由来にあり,

「みどり(緑)+子」(『日本語源広辞典』)

と,新緑の緑のように瑞々しの未熟な子の意味であり,その背景があって,大宝令で『緑』と規定したに過ぎないのではあるまいか。しかし,もっと踏み込めば,古くは,「みどり」は「あを」に含められていた。その「あを」は,

「アカ・クロ・シロと並び,日本の木椀的な色彩語であり,上代から色名として用いられた。アヲの示す色相は広く,青,緑・紫,さらに黒・白・灰色も含んだ。古くは,シロ(顕)⇔アヲ(漠)と対立し,ほのかな光の感覚を示し,『白雲・青雲』の対など無彩色(灰色)を表現するのはそのためである。また,アカ(熟)⇔アヲ(未熟)と対立し,未成熟状態を示す。名詞の上につけて未熟・幼少を示すことがあるのは,若葉などの色を指すことからの転義ではなく,その状態自体をアヲで表現したものと考えられる」

という(『日本語源大辞典』),「あを」のもつ,

未熟・幼少を示す,

という含意の翳を,「みどり」も引きずっているとみていい。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
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2019年03月05日

ちび


「ちび」は,

身体のちいさい,

意だが,

幼い,

意でも,

軽んずる,

意にも,

親しみをこめる,

意でも使う。

ちびっちょ,
ちびっこ,
ちび助,

等々ともいう。

禿び,

と当てて,

ちびたもの,すりへったもの,

の意で,

多く他の語に付いて,

ちび下駄,
ちび鉛筆,

等々と用いられる。

たとえば,

「動詞『禿びる(ちびる)』の 連用形が名詞化した語で、漢字では『禿び』とも書かれる。動詞『禿びる』は先がすり切れて短くという意味で、名詞の上に付いて擦り減ったものを表す言葉に『ちび下駄』や『ちび鉛筆』がある。『小さくなる』『短くなる』という意味が転じ、小さい物や背の低い人などを『ちび』と言うようになった」

という(『語源由来辞典』http://gogen-allguide.com/ti/chibi.html)説がある。やはり同様に,

「チビとは先がすりへる、すり切れるといった意味の『禿びる(ちびる)』からきた言葉で、小さいという意で使われる。例えば、年齢が小さいということから、幼い子供をチビと呼んだり、背が低い人のこと指して用いる。また、人以外でも小さい物を指しても用いる(『ちびっこい』ともいう)。」

とある(『日本語俗語辞典』http://zokugo-dict.com/17ti/chibi.htm)。『日本語源広辞典』も,

「チビル(すりきれて小さくなるの連用形)」

を採る。しかしどうも,「小さい」状態を指す,

ちび助,

の「ちび」と,小さくなったという変化を指す,

ちび下駄,

の「ちび」は,語感が異なる気がする。確かに,「禿」を当てる,

ちび,

は,「擦り減る」意で,

古形ツビ(禿)の転,

とあり(『岩波古語辞典』),「つび(禿)」は,

ツビ(粒)の動詞形,

で,

角が取れて丸くなる,

意である。これは,

ちび下駄,

の含意と合う。ついでだが,「禿」(トク)の字は,

「会意。『禾(まるいあわ)+儿(人の足)』。まるぼうずの人をあらわす」

で,「ちび下駄」の含意とも重なる。しかし,

小さい,

意の,「ちび」は別系統ではないか。『日本語の語源』は,

「チヒサシ(小さし)は,関東ではチッサイ・チッチャイになり,上の二音のチヒをとってチビになった」

とし,『日本語源大辞典』は,

チビリ・チビルなどの語源で,チョビに同じく小・少の意の擬態語(上方語源辞典=前田勇),

を挙げる。『日本語源大辞典』は「ちび(禿)る」の語源は,別に,

ツブルと通ずる(和句解・和訓栞),
キフル(髪斑)の義(言元梯),

を載せるが,こちらの「ちび」は,

粒,

から来ているとみていい。「つぶ」は,

「ツブシ(腿)・ツブリ・ツブラ(円)・ツブサニと同根」

とし(『岩波古語辞典』),

ツブラ(円)義(東雅・夏山談義・松屋筆記・箋注和名抄・名言通・国語の語根とその分類=大島正健・大言海),

等々から見て,「粒」の意から出ているとみていい。ややこしいのは,

「ちび(チビ)とは、身長の低いこと、また身長の低い人、あるいは、子どもを呼ぶときの愛称としても用いられる。チビの語源は『丸くて小さいもの』を意味する「ツブ(粒)」の動詞形で『角がすりへって丸くなる』という意味の『つび(禿び)』であり、すり減って小さくなるところから『ちび』となったものという。」

とある(『笑える国語辞典』)ように,

粒→小さい→擦り減る,

と意味ありげに繋がることだ。しかし,

ちびちび飲む,

という擬態語の「ちび」は,

少ない,
小さい,

の意味である。「ちびちび」は,

(おしっこを)ちびる,

の「ちび」で,

少しずつだす,
出し惜しむ,
少しずつ飲む,

意で,擦り減る意の,

ちび(禿)る,

とは,今日でも使い分けている。同じ「ちび」のはずはない。「ちびちび」について,

「江戸時代に現れる語で,『少しずつ出す』意を表す『ちびる』という語『おしっこをちびった』の『ちびる』も是と関係がある。『和漢語林集成』には『金をちびちび渡す』と,『ちびちび酒を飲む』の例が挙がっている」

とある。「ちび助」の「ちび」は,

ちびちび,

の「ちび」であり,「ちび鉛筆」の「ちび」は,

ちびる(禿),

の「ちび」と別系統である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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ラベル:禿び ちび
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2019年03月06日

つぶら


「つぶら」は,

円ら,

と当てる。

まるい,

意である。

つぶらな瞳,

という言い方をする。そのさまを,

つぶらか,

とも言ったらしいが,今日あまり使わない。

『岩波古語辞典』には,

「ツブ(粒)と同根」

とあるが,

『大言海』は,

「水觸(みずぶれ)の略轉。楫(かじ)に觸れて圓(まろ)きこと。水の鳴る音より云ふか」

とあり,

「角なくなりて圓(まろ)きこと,まどか,略してつぶ」

という意味が載るが,「つぶらに」の項では,

「粒の如き意」

が載る。

つぶらかに,
まどかに,

という意味が重なる。どうやら,

粒,

とつながるが,語源は,擬音らしい,と思われる。「まどか」http://ppnetwork.seesaa.net/article/429564623.htmlについては,触れたが,

「平面としての『円形のさま』は,上代は『まと』,中古以降は加えて,『まどか』『まとか』が用いられた。『まと』『まどか』の使用が減る中世には,『丸』が平面の意をも表すことが多くなる。」

と(『日本語源大辞典』),本来,「まろ(丸)」は,球状,平面の円形は「まどか(円)」と,使い分けていたが,「まどか」の使用が減り,「まろ」は「まる」へと転訛した「まる」にとってかわられた,ということのようだ。『岩波古語辞典』の「まろ」が球形であるのに対して,「まどか(まとか)」の項には,

「ものの輪郭が真円であるさま。欠けた所なく円いさま」

とある。平面は,「円」であり,球形は,「丸」と表記していたということなのだろう。漢字をもたないときは,「まどか」と「まる」の区別が必要であったが,「円」「丸」で表記するようになれば,区別は次第に薄れていく。いずれも「まる」で済ませたということか。『日本語源大辞典』には,

「『まと』が円状を言うのに対して『まろ』は球状を意味したが,語形と意味の類似から,やがて両者は通じて用いられるようになる」

とある。なお,「まとか」が,「まどか」と濁音化するのは,江戸時代以降のようである。

「つぶ」は,『大言海』は,

つぶら(圓)の義,

とし,『岩波古語辞典』は,「つぶ」に,

丸,
粒,

とあて(『岩波古語辞典』),

「ツブシ(腿)・ツブリ・ツブラ(円)・ツブサニと同根」

とある。「ツブシ」が粒と関わるのは,「くるぶし」http://ppnetwork.seesaa.net/article/458644074.htmlで触れたように,「くるぶし」は載らず,

つぶふし,

で載り,

「ツブ(粒)フシ(節)の意」

とある。「和名抄」を引き,

「踝,豆不奈岐(つぶなぎ),俗云豆布布之(つぶふし)」

とあるので,

つぶふし,
つぶなぎ,

が古称かと思われ,その箇所(くるぶし)を,「粒」という外見ではなく,回転する「くるる」(樞)の機能に着目した名づけに転じて,「くるぶし」となったからである。

「つぶら」は,擬音由来かどうかははっきりしないが,「つぶら」は,

粒,

と関わるとされ,「ツフ」は,

ツブラ(円)の義,

とされる。「ツブ」は,

ツブラ(円),

と関わる。「粒」は,

円いもの,

と,何やら同義反復めくが,ほぼ同じと見なしたらしいのである。そう思うと,「つぶらな瞳」には,丸い意だけではなく,粒の含意がありそうな気がする。

なお,「まる(円・丸)」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461823271.html)は触れた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
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2019年03月07日

やおら


「やお(を)ら」は,

そろそろ,
おもむろに,
やわら,
しずかに,

といった意味で,

やおら立ち上がる,
とか,
御硯をやをら引き寄せて,

等々といった使い方をする。文化庁が発表した「国語に関する世論調査」で「彼はやおら立ち上がった」を,「ゆっくりと」と「急に,いきなり」のどちらの意味だと思うかを尋ねたところ次のような結果が出た,

【平成18年度調査】 【平成29年度調査】
ゆっくりと(本来の意味とされる) 40.5パーセント 39.8パーセント
急に、いきなり(本来の意味ではない) 43.7パーセント 30.9パーセント

という(『デジタル大辞泉』)。つまり,「おもむろに」の意味が「やにわに」と重なったということらしい。意味は,誤解かどうかとは別に,通用する意味でなくては会話が成り立たない。意味は,変っていくのだと思われる。

すくなくとも,「やおら」は,

物事が静かに進行するさま,

を元々は,示していた(『学研全訳古語辞典』)が,

「谷の底に鳥の居るやうに、やをら落ちにければ」(宇治拾遺)

で,『徒然草』には一例もなく,平安時代の、女性的な感じの強い語である(仝上)らしい。しかしすでに,

現代では悠然としたさまをいうことが多い,

とすでに変っており(『日本語源大辞典』),さらに,それが,

急に,

と変じても驚くまい。『精選版 日本国語大辞典』も,「やをら」を,

「歴史的仮名遣いは,従来『やをら』とそれに従ったが,『疑問仮名遣い』の指摘のように『やはら(柔)』と同源だったとすれば,『やはら』の可能性がある」

としつつ,その意味自体が,

「御後の方よりやをらすべり入るを」(宇津保)

という「静かに身を動かすさま、また、徐々に事を行なうさまを表わす語。そろそろと。おもむろに」から,

「上人の御ふねやをら岸遠くはなるるに立ちむかひて」(春雨物語),

と,時間の経過とともに変化,進展し,ようやくその状態になるさま,事態が変わるさまを表わす語,

へと転じている,とする。つまり,すでに,

事態が変わるさまを表わす語,

と変じている以上,それが,

急に,

となるのは,自然な流れに見える。まして,「やはら」が「やをら」と,文字化された時点で間違っていた可能性すらあるのである。

『大言海』も,

「弱(よわら)の轉と云ふ,されどヤハラと云ふも同語なるべければ,柔(やはら)なるべし」

とする。『日本語源広辞典』も,

「語源は,『柔ら』でヤハラ>ヤホラ>ヤヲラの変化です」

とする。これが大勢のようで,

「『やおら』は『やわら』(柔ら/和ら)と同じところから起こった言葉という説があり、『やわら』と同じく『柔らかな』あるいは『穏やかな』という意味だったことから、現在の意味になったと考えられています。また、『ようやく』(古語では『やうやく』)との関連を指摘する説もあるようです。」

ともある(https://wisdom-box.com/origin/ya/yaora/)。で,二説挙げているのが,

「①『やおら』は『やを』 に,状態を示す接尾語の『ら』 がついたことばです。『やを』は『やをやく』が縮まったもので,『やをやく』は現代語の『ようやく (漸く) 』です。『漸く』ですから,それなりの時間がかかる状態,つまり『ゆっくりと』というような意味になります。
 ②『やおら』は『やはら』と同源のことばです。『やはら』は『柔ら』あるいは『和ら』で,態度や様子が〈ものやわらかな〉〈おだやかな〉状態をいいます。」

とする(https://s.webry.info/sp/mobility-8074.at.webry.info/201706/article_23.html)。ただ,

事態が変わるさまを表わす語,

は,既に意味が転じた後の意味なので,「やうやく」は,後の意味からの解釈に思える。

『日本語源大辞典』は,

ヤハラ(柔)の義(大言海),
ヤハラカ(和)の意からか(松屋筆記),
弱い意で,ヤヲはヨワに通ず(和訓栞),
オモムロニ(徐)の義(国語の語根とその分類=大島正健),

を挙げている。以上から見ると,

静かに身を動かすさま,

という当初の意味から見れば,

柔ら,

和か,

なのだろう。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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ラベル:やおら
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2019年03月08日

ずんぐりむっくり


「ずんぐりむっくり」は,

ずんぐりして肉が盛り上がっているさま,

の意(『広辞苑第5版』)だが,人の体格を言い表わすのに使う。「ずんぐりむっくり」は,

「ずんぐり」を強めていう語,

ともある(『大辞林』)。「ずんぐり」が,

太くて短いさま,

というか,

太って背の低い人,

を意味するので,それに「むっくり」を加えて,

横巾の広い筋骨の逞しさ,

を加味しているのだろうか。二葉亭四迷『浮雲』には,

「横巾の広い筋骨の逞しい、ズングリ、ムックリとした生理学上の美人で」

とあるので,男性ばかりを指したのではなかったらしい。

「むっくり」は,

唐突に起き上がるさま,
肉づきよく肥えたさま,

の意で,「むっちり」とは違う。「むっちり」は,

肉づきがよく弾力があるさま,

とある(『広辞苑第5版』)。『擬音語・擬態語辞典』には,

「むっちり」は,

腕や腿などの肉づきがよく中味が詰まった感じの様子,

とあり,それに準えて,

張りと重量感があって歯ごたえがある様子,

の意で使う。

むっちりした歯ごたえのある,

とたべものの表現に使うが,

むっくりした歯ごたえ,

とは言わない。「むっくり」は,「むくり」「むくっ」と同様,動作の擬態表現から来ている。

「『むっくり』は動作が大きいのに対して,『むくり』はそれより動作が小さい。促音「っ」が入ることで動作が大下差になる例には,『がくり-がっくり』『ぐたり-ぐったり』などがある。また『むっく』は『跳ね起きる』にかかる例が目立つので,『むっくり』よりも勢いよく起き上がる様子を表す」

とある(『擬音語・擬態語辞典』)。「むっくり」は,「ずんぐりむっくり」と,

「背が低くて太った意の『ずんぐり』と組み合わせて使われる場合が多い」

らしく,この場合は,動作の表現ではなく,「太った」の強調の意味になっている。そして,

「『ずんぐり』と『むっくり』の単独例は江戸時代からあるが,『ずんぐりむっくり』の例は,明治以降である」

とあり(『江戸語大辞典』は,「ずんぐり」「むっくり」で載る),

「『ずんぐり』と『むっくり』は共に太っている様子を示し,その二語を重ねて強調した」

言い回し,とある。二葉亭の表現も,

ズングリ、ムックリ,

と切れているので,使われ始めのように見える。『岩波古語辞典』には,「ずんぐり」は載らず,「むっくり」の代わりに,「むくっと」が載り,

むくとの促音化,

とあり,『大言海』も,

むくと,
むくっと,
むっくりと,

と転訛のプロセスを載せている。何れも擬態語と見ていい。「ずんぐり」は載らず,「ずんぐりのむっくり」が,

背が低くて,肥満(ふと)りたる體を云ふ語,

と載る。「むっくり」は,

むくと→むくっと→むっくりと,

と,擬態語とみていい(独楽の古名『つむくり』で独楽の形から」(語源由来辞典)とする説もあるが)。ただ,「ずんぐり」は,『日本語源広辞典』に,

「『ずん(くひせれていない)+ぐり(盛り上がっている)』です。短身で太っている様子を表す言葉です」

とある。これだと分からない。「ずんどう」ということばがあり,

寸胴,

と当てる。

腹から腰にかけて同じように太くて不格好なこと,

の意(『広辞苑第5版』)が載る。「寸胴」には,

「陶芸界では、焼き物(陶磁器)を形成する際の途中の形で、円筒形のものを寸胴(ずんどう)と言う。」
「直径と深さがほぼ同じ、円筒形の深鍋は、寸胴鍋(ずんどうなべ)あるいは単に『寸胴』といわれる」

等々がある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%B8%E8%83%B4)が,「ずんぐり」の語源には,

「上から下まで太さが変わらない意味の『ずんど・ずんどう(寸胴)』の『ずん』と,擬態語の語尾に使われる『くり・ぐり』が組み合わさった」(『語源由来辞典』http://gogen-allguide.com/su/zungurimukkuri.html

とある。しかしこれは,「寸胴」を前提にしているような気がする。

『日本語源広辞典』は,「ずんどう」について,

「『髄(真ん中)+胴』の変化です。真ん中を輪切りにした胴の意です。腰の括れていない胴を言います」

とある。この輪切りを,

ずんどぎり(寸胴切),

といい,

ずんぎり(寸切),

という。「寸切」は,

「『髄(ずん)切り』の意。『寸』は当て字という。一説に『すぐきり(直切り)』の音変化とも」

とあり(『デジタル大辞泉』),『大言海』には,「すんきり」を,

「直切(すぐぎり)の音便転かと云ふ」

とし,

「勾配も無く,面も取らず,真直ぐに断ち切ること。つつぎり」

とある。筒切り,つまり,

輪切りである。この表現は,室町末期の『日葡辞典』に,

まるくて長いものを横に切ること,

とあり,この断ち方から,

大木の幹を切って下だけ残し,茶室の庭などに植えて飾りとするもの,

とか(『デジタル大辞泉』),

筒型の花活けの総称,

とか(『江戸語大辞典』),

茶桶の蓋を立上がりがほとんどない程浅くした「頭切(ずんぎり)」(筒切・寸胴切),

というのは,あくまで,筒切りになぞらえたことばと見ていい。どうやら,「ずんぐり」は,

寸胴(ずんどう),

に行き着くが,微妙なのは,「寸胴」について,

「太鼓の音から,太鼓そのもの,さらにその形状に似たものをいうようになった(松屋筆記),

とあることだ(『日本語源大辞典』)。ふと,太鼓が先かもしれない,と思えてくる。となると,擬音ということになる。

9rk12.jpg

(寸胴は寸筒とも記し、太い竹を水平に切った花器 https://item.rakuten.co.jp/kadosha/c/0000000178/より)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

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2019年03月09日

ゆらぐ


「ゆらぐ」は,

揺らぐ,

と当てる。「揺(搖)」(ヨウ)の字は,

「形声。䍃は『肉+缶(ほとぎ)』の会意文字で,肉をこねる器。ここでは音をあらわす。搖は,ゆらゆらと固定せず動くこと。游(ユウ ゆらゆら)と非常に近い。」

とある。

「ゆらぐ」は,上代,

ゆらく,

と清音だったらしい。

ゆれる,
ぐらつく,

という意味だが,

玉などが触れ合っ音をたてる,

という意で,

手に取るからにゆらく玉の緒,

という万葉集の用例が載る(『広辞苑第5版』)。語源と関わるのかもしれない。

『岩波古語辞典』には,「揺らぎ」の項で,

「ユラは擬音語。キは擬音語をうけて動詞化する接尾語」

とある。つまり,擬態語ではなく,

音を立てる,

意なのである。「ゆらき」を他動詞化した,

ゆらかす,

も,

鳴らす,

意である。

『大言海』は,「ゆらぐ」に,

搖鳴,

と当てて,

ゆるぎ鳴る意,

とする。

鏘鏘(ゆらゆら)と鳴り響くゆらゆらとして音す,ゆらめく,ゆるぐ,

の意とする。「ゆら」は,

玉などが触れ合った鳴るさま(足玉も手玉(ただま)もゆらに織る機を(万葉集)),

の意と,それを擬態化した,

ゆるやかなさま(大君の心をゆらみ臣の子の八重の柴垣入り立たずあり(記紀歌謡)),

の意がある(『岩波古語辞典』)。

ゆらに,

と副詞化した場合も,

緒に貫ける玉の相触れて鳴り響(ゆら)ぐ音に云ふ語。ゆららに,モを冠らせてモユラニとも云へり,

とある(『大言海』)。つまり,「ゆら」は,

擬音語,

であった。だから「ゆらく」と濁らなかった。しかし,「ゆらぐ」

動ぐ,

と当てる頃には,

ゆるやかなさま,

の擬態語に転じ,

ゆらゆら,
ゆらら,
ゆらりと,

は,

「髪は扇をひろげたるやにユラユラとして」(源氏)

として揺れる擬態語として使われている。


参考文献;
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ラベル:ゆらぐ 揺らぐ
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2019年03月10日

ゆるがせ


「ゆるがせ」は,

忽せ,

と当てる。

心をゆるめるさま,
おろそかにするさま,
いいかげんなこと,
なおざり,

といった意で,

ゆるがせにしない,

と否定形で使うことが多い。室町末期の『日葡辞典』に,

一字一句ユルカセにしない,

と載る。

室町時代まで清音,

で,

イルカセの轉,

とある(『広辞苑第5版』)。

「忽」(漢音コツ,呉音コチ)の字は,

「会意兼形声。勿(ブツ)は,吹き流しがゆらゆらしてはっきり見えないさまを描いた象形文字。忽は『心+音符勿』で,心がそこに存在せず,はっきりしないまま見過ごしていること」

とある。で,

たちまち,
いつのまにか,
うっかりしているまに,

という意味である。

「ゆるがせ」は,

イルカセの轉,

で,「いるかせ」が,室町時代まで,

ユルカセ,

で,その後,江戸時代以降,

ユルガセ,

となって(『岩波古語辞典』),

イルカセ(室町時代まで)→ユルカセ→ユルガセ(江戸時代以降),

という転訛してきた。「いるかせ」は,

なおざり,
おろそか,

の意である。

「忽,軽,イルカセ」

とある(名義抄)。『大言海』は,

「縦(ユル)す意」

とし,「忽諸(イルガセ)」の項で,

「緩めて,厳(おごそか)ならすと云ふ,俗に,ユルガセニとも云ふ,諸は助字なり」

とするし,『日本語源広辞典』も,「イルカセ」の轉の他に,

「緩い枷」

とするが,上記の,

イルカセ(室町時代まで)→ユルカセ→ユルガセ(江戸時代以降),

の転訛から見て,

「『いるかせ』が『ゆるかせ』に転じるのは,古辞書や『平家物語』の諸本などから,室町期に入ってからと考えられる。語源を『ゆる(緩)』と関係づけることには問題がある」

のである(『日本語源大辞典』)。では「いるかせ」は,何処から来たのか。しかし,

緒のカセのゆるむことからいったか(カタ言),
緩きにすぎて怠る意(国語の語根とその分類=大島正健),
ユルカセ(緩為)の義(言元梯),

と「緩む」意から抜け出せていない。「いるかせ」の謂れは分からなくなっている。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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ラベル:ゆるがせ 忽せ
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2019年03月11日

ゆるむ


「ゆるむ」は,

緩む,
弛む,

と当てる。「緩」(漢音カン,呉音ガン)は,

「会意兼形声。『糸+音符爰(エン 間に仲介をはさむ,ゆとりをおく)』で,結び目の間にゆとりをあけること」

で,ゆるい,時間的空間的精神的にゆとりのある,意である。「弛」(シ,チ)の字は,

「会意兼形声。也は,平らに長く伸びたさそりを描いた象形文字。弛は『弓+音符也』で,ぴんと張った弓がだらりと長く伸びること」

で,ゆるむ,だが,張っていた力が抜ける意である。「弛緩」と使うが,同じ「ゆるむ」でも,意味が,ゆとり,と,だらける,で少し異なる。

『大言海』は,「ゆるむ」に,

緩,
弛,
縦,

と当てる。「縦(縱)」(ジュウ,漢音ショウ,呉音シュ)の字は,

「会意兼形声。从(ジュウ)は,Aの人のあとにBの人が従うさまを示す会意文字。それに止(足)と彳印を加えたのが從(従)の字。縱は『糸+音符從』で,糸がつぎつぎと連なって,細長くのびること。たてに長く縦隊をつくることから,たての意となり,縦隊は,どこまでものびるので,のびほうだいの意となる」

とある。上下前後の方向にまっすぐ伸びる,ほしいままの意である。この場合,ゆるむというよりは,気まま,の意である。

「ゆるむ」は,

「ゆるぶの轉」

と『広辞苑第5版』にある。『岩波古語辞典』は「ゆるひ(緩)」の項で,

「ユルシ(許)と同根」

とある。さらに,

「後世ユルビと濁音化」

とあるので,

ユルフ→ユルブ→ユルム,

と転訛したことになる。「ゆる(緩)」は,形容詞化して,

緩し,

動詞化して,

緩ふ,

となったようである。「ゆる(緩)」は,

「ユルシ(許)」と同根,

で,

引き締められず,ゆとりがあるさま,
おろそか,
寛大である,

の意とある。「ゆとり」は,見る視点から,寛大にも,怠惰にも,緩やかにも見える。そしてそれが,

ゆるし,

に通ずる。『岩波古語辞典』は「ゆるし」に,

許し,
緩し,

を当て,

緊張や束縛の力を弱めて,自由に動けるようにする,
他のものの権利・自由などを認め,受け入れる,

の意とする。『日本語源広辞典』は,「許す」を,

「『緩う+す』です。固く締めたものを,緩くすることを,ウ音便でユルウスと言います。罪人の束縛を,ユルスルことを,音韻変化でユルスとなった」

とする。「ゆるむ」は,

「ユル(緩)+ム(動詞化)」

とする。どうも一貫性に欠けて,恣意的に見える。『日本語の語源』は,音韻変化から,次のように辿ってみせる。

「『冷たさがゆるくなる。水温があがる』ことをヌルム(微温む)といった。〈君恋ふる涙は春ぞヌルミける〉(御撰)。温度の低い湯をヌルムユ(微温む湯)といったのが,『ム』が母交(母韻交替)[ua]をとげてヌルマユ(微温湯)になった。さらに,ヌルマ(微温。愚鈍)・ノロマ(愚鈍)に転音・転義した。
 ヌルム(微温む)を形容詞化したヌルシ(微温し)は『なま暖かい』さまをいう。〈昼になりて(寒気)がヌルクユルビもて行けば〉(枕草子)。
 ヌルシ(微温し)はヌルシ(緩し)に転義して『ゆるやかである。きびしくない』さまを形容する。ひじょうにきびしくないさまをイタヌルシ(甚緩し)といったのが,タヌルシ・テヌルシ(手緩し)になった。ヌルシ(緩し)はさらにヌルシ(鈍し)に転義して,『にぶい。愚鈍である』さまをいう。〈心のいとヌルキぞくやしき〉(源氏・若菜)。さらに母交(母韻交替)[uo]をとげてノロシ(鈍し)になり,動作のにぶい様子をノロノロ(鈍々)という。
 ヌルム(微温む)は『ヌ』が子交(子音交替)[nj]をとげてユルム(微温む)になった。なまぬるい水のことをユルムミヅ(微温む水)といったのがユミズ(湯水。竹取)に省略され,ユ(湯)になった。
 ユルム(微温む)はユルム(緩む・弛む)・ユルブ(弛ぶ)に転義して弛緩を表す動詞になった。〈御琴どものユルベる緒ととのへさせ給ひなどす〉(源氏・初音)。イタユルブ(甚緩ぶ)はイ・ルを落してタユブ・タユム(弛む),または,イ・ユを落してタルブ・タルム(弛む)の語形に分かれた」

これで考えると,「緩む」のメタファとして,「許す」が生まれたということになる。この方が,

「緩む」

「許す」

が同根というより自然な気がする。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル:ゆるむ 緩む 弛む
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2019年03月12日


「峠」は,和製の会意文字である

「山+上+下」

「裃」が,同じく,

「衣+上+下」

の和製会意文字なのと同じである。和製漢字(https://kanji.jitenon.jp/cat/kokuji.html)は,

桁,
榊,
糀,

等々,結構ある。「峠」は,

「タムケ(手向け)の轉。通行者が道祖神に手向けをするからいう」

とある。『岩波古語辞典』も,

「タムケ(手向)の轉。室町時代以降の形」

とある。正直,ちょっといかがわしくないか。手向けるのは,峠とは限らない。ましてや「道祖神」は,

「道路の悪霊を防いで行人を守護する神」(『広辞苑第5版』)

である。峠とは限らない。

「道祖神(どうそじん、どうそしん)は、路傍の神である。集落の境や村の中心、村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに主に石碑や石像の形態で祀られる神で、村の守り神、子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神として信仰されている」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E7%A5%96%E7%A5%9E

とあり,山の神にもつながらない。どちらかというと,

「厄災の侵入防止や子孫繁栄等を祈願するために村の守り神として主に道の辻に祀られている」(仝上)

と,村と関わる「道の神」である。

「中国では紀元前から祀られていた道の神『道祖』と、日本古来の邪悪をさえぎる『みちの神』が融合したものといわれる」

道陸神,
賽の神,障の神,
幸の神(さいのかみ,さえのかみ),

が特に峠とつながらない限り,

手向け,

説はちょっと疑わしい。ただ,

「峠は多く村境になっており,村人は旅から帰った人をここで坂迎えする習俗があった。また峠には地蔵など村境の神を祀る例も多い (境の神 ) 。峠を境にして気象などの自然現象を異にすると同時に民俗のうえでも差異をみせる例が多い。」(『ブリタニカ国際大百科事典』)

との説明なら,納得がいく。大勢は,だから,手向説で,『大言海』も,

手向の轉,

とし,「立向く」を見ると,

「手に捧げて供えれば云ふとぞ。これ多くは,山,又は津にて,さへの神,海(わた)の神へ,我が旅行の恙なからむを祈るになす」

とある。『語源由来辞典』( http://gogen-allguide.com/to/touge.html)も,

「『万葉集』に『多武気』の例があるとおり、古くは『たむけ』といい、室町時代以降、『たむけ』 が『たうげ』に転じ、さらに『とうげ』に変化した。『たむけ』とは『手向け』のことで、神仏に 物を供える意味の言葉である。これは、峠に道の神がいると信じられており、通行者が旅路の安全を祈って手向けをしたからと考えられている」

とする。しかし,旅の安全を,旅の途中の峠で,手向ける意味は,これでは見えない。だからか,『大言海』は,「手向けの音便」としつつ,

「又,嶽(たけ)の延か」

と加えている。この方がまだわかる。また,

「峠の語源は『手向け(たむけ)』で、旅行者が安全を祈って道祖神に手向けた場所の意味と言われている。」

としつつ,(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%A0),

「異説として北陸から東北に掛けた日本海側の古老の言い伝えがある。『たお』は湾曲を意味していた。稜線は峰と峰をつなぐ湾曲線を描いており、このことから稜線を、古くは『たお』と呼んでいたと言う。『とうげ』とは、『たお』を越える場所を指し、『たおごえ』から、『とうげ』と変化した。従って、稜線越えの道が無い所は、峠とは呼ばないのが本来である。同じように『たお』から変化したものとして、湾曲させることを『たおめる』→『たわめる』、その結果、湾曲することを『たおむ』→『たわむ」と言う。或いは実が沢山なって枝が湾曲する状態を『たわわ』と言うようになったと説明している。』(仝上)

とする。説得力がある。どうやら,語源説は

「たむけ説」(峠は境界なので,境の神,塞(さい)などが祀られるので,安全を祈って手向(たむ)けをする説)

「たわむ説」(山鞍部をタワと呼ぶところから,そこを越えるのでタワゴエが転じてトウゲとなったという説)

があるらしい(『ブリタニカ国際大百科事典』『世界大百科事典 第2版』)。旅人視点で,「手向け」は矢張り妙だ。村人視点なら,村境に焦点が当たる。どちらかと言うなら,

たわむ説,

に惹かれる。

「低い鞍部は古語で『タワ』『タオリ』『タル』『タオ』などとよばれ、トウゲはタムケ(手向)の転化ともいわれるが、むしろ「タワゴエ」や「トウゴエ」が詰まったものと考えられている。」

という(『日本大百科全書(ニッポニカ)』)のでいいのではないか。「たわ」は,

「タワミ(撓)・タワワのタワ。タフリと同根」

とある(『岩波古語辞典』)。これは,柳田國男の,

「タワ(乢・鞍部)+越え」

でもあり,

タ,ワゴエ→タウゴエタウゲ→トウゲ,

の転訛説である。実は,鞍部説には,いまひとつ,

「タワ(乢)+ケ(処)」

で,山路の鞍部を指す(『日本語源広辞典』)。

「国字の字源からすると,『山+上+下』山越え通で,上りと下りと変るところが語源」(仝上)とする説がある。敢えて,「越え」を加える必要はない,ということか。

800px-Daimonzaka28-640.jpg



音韻変化から,それを跡づけると,

「山の尾根の線がくぼんで低くなった所,たわんでいる鞍部をタヲリ(撓り)といった。〈足引の山のタヲリ〉(万葉集),〈山のタヲリより〉(紀)。その省略形をタヲ(撓・田尾)・タワ(撓・多和)といった。そこを通る山越え道をタヲゴエ(撓越え)といったのが,ゴエ[g(o)e]の縮約でタヲゲ(峠)になり,トウゲに転音した」

となる(『日本語の語源』)。「たわむ」説に軍配である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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2019年03月13日

さか


「さか」は,

坂,
阪,

と当てる。「坂」(阪)(バン,漢音ハン・ベン,呉音バン)の字は,

「会意兼形声。反はそりかえって弓型に傾斜する意を含む。坂は『土+反(そりかえる,傾斜する)』」

で,さか,あるいは,⌒型にそりかえった丘,傾斜した山道,の意である。

『大言海』は,

「級處(シナカ)の約と云ふ(然(しか),さ)」

とする。

Road_Akita.jpg



『日本語源大辞典』に載る,

サはサキ(割)などの原語で,刺・挿の義。カは処を意味する語。分割所の意から境の意を生じ,さらに山の境の意から坂の義に転じた(日本古語大辞典=松岡静雄),
サカヒ(堺・境)の転義(古事記伝・山鳥民譚集=柳田國男),

という「境」説は,

「傾斜地,上り下りする道をさす語であるところから,古来さまざまな意味合いで用いられてきた。語源については,〈サカシキ(嶮)〉〈サカヒ(堺,境)〉〈サカフ(逆)〉に発するとか,また,〈サキ(割)〉の原語のサとカ(処)とから成るとかいわれているが定かではない。しかし,坂といわれる場所が地域区分上の境界をなしたり,交通路の峠をなしたりしている事例が少なくないことは,語源に関する諸説の中ではとくに重要とみられる。」

とする考え(『世界大百科事典 第2版』)からみると,重要で,『岩波古語辞典』は「さか(境)」の項,で,

「サカ(坂)と同根」

とし,

「古くは,坂が区域のはずれであることが多く,自然の境になっていた」

とある。「さか(坂)」と「さか(境・堺)」は,漢字を当てはめる前は,いずれも「さか」であったのではないか。その場に居合わせた人にとって,会話の文脈上,その意味の区別は明確であった。

坂の意のサに場所の意のカが複合した語(角川古語大辞典),

る近縁の説である。

他の語源説には,

登降しがたいところから,サカフ(逆)の義(名言通・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子),

がある。『日本語源広辞典』は,「サカフ」説を採り,

「逆さが坂の語源」

とし,

「サカ波,サカ落とし,サカ立ち,などみな逆の意のサカです。下り道の方向を順と考えますと,坂は,逆(サカ)が語源だとするのが。自然な帰結です」

とい。しかし,「サカ立ち」の「さか」と「サカ道」の「さか」が同じというのは,言葉の感覚としても,体感覚としても,ちょっと合わない気がする。逆さは,あくまでひっくり返る感じである。坂に,そんな感覚はない。険しい坂道でも,あくまで傾斜道でしかない。

サカシキ(嶮・嵯峨)意から(和句解・日本釈名・東雅・国語の語根とその分類=大島正健),
サガル(下)の義(言元梯),
シナカの急呼。シナは階級・科,カは処の義(箋注和名抄・大言海),
「さ」は方角を意味する(精選版 日本国語大辞典)

等々の諸説も,ちょっと説得力に欠く。

「坂といわれる場所が地域区分上の境界をなしたり,交通路の峠をなしたりしている事例が少なくないこと」

から見て,

さか(坂)

さか(境・堺)

とは同意であったのではないか。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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2019年03月14日

高持百姓


渡邊忠司『近世社会と百姓成立―構造論的研究 』を読む。

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「近世では一人前の男が一年に消費する米の量は一石(玄米で一五〇キロキグラム)から二石、また夫婦と子供・親の五人から六人の家族が自らを自力で維持していくことのできる標準的な規模は、裏作も可能な田畑を合わせて五反五畝程度、石高にして八石前後の所持であった。表作の米は年貢・諸役(貢租)として徴収され、裏作の麦を主食としながら。である。麦は米とほぼ同じ収量を期待できるから、五反以上の高持百姓は再生産が可能で、上手くやれば、いくらかの蓄積も可能なる。但し、これは裏作の不可能な地域では通用しない。それに反して、五反(約八石)以下の百姓はかなり苦しい。」

と,大石久敬が『地方(じかた)凡例録・下』で試算したように,

五反,
八石,

程度の田畑所有がないとやっていけない。にもかかわらず,

「近世の土地台帳である検地帳や名寄帳,あるいは免割帳などに記載された高持百姓あるいは本百姓のち所持石高や田畑の反別が一石未満,また一反未満を中心に零細な百姓が圧倒的に多い」

本書の問題意識は,こうした

自立できない零細な階層,
一石・いったん未満の高持百姓,

の再生産を可能とした条件は何か,

である。高持百姓とは,名請百姓。高請地(たかうけち)(検地帳に登録され年貢賦課の対象とされた耕地 (田畑) および屋敷地)を所持し、年貢・諸役を負担し、村の一人前の構成員としての権利・義務を持つ農民,つまり「天下の根本」とされる徳川時代の幕藩体制を支える基礎が,この高持百姓と呼ばれる人々である。その多くが,零細農家であるということである。

いま一つ,本書本書の問題意識は,「百姓」という概念について,

「少なくとも領主側の法令や記録には,百姓は当たり前のように出てきても『農民』という用語はほとんどでてこない」

ので,「百姓と農民をなんら検討もなしに同義」とは出来ない,ここの解明である。「百姓成立」と本書のタイトルが鳴っている所以でもある。

「あらゆる姓氏を有する公民」の意,あるいは,凡下,地下人であった「百姓」は,凡下,地下が侍以外を指したのと同様,侍以外を指した。そこでは,農民とイコールではない。百姓を農民と重ねることになった端緒は,秀吉の「定」(天正十四年),「条々(刀狩令)」(天正十六年)によって,「領主と百姓の基本関係が年貢の賦課と徴収関係にあることを規定した」が,その前提になっているのは,「『百姓』の社会的役割が年貢米の生産と納入」という秀吉の百姓像である。この条例で,

「農民という用語が用いられておらず,年貢米納入者が(百姓),給人(領主)と対峙する者が『百姓』であり『百姓』の社会的責務が年貢・夫役の納入であると規定されていることである。」

ここにあるのが,近世に踏襲される百姓像の原型である。そして,刀狩は,

「兵と農との完全な分離によって中世以来の在地領主制の解体を完全なものとし,在地には侍を住まわせない」

のが主眼であった。結果,「百姓」とは,

「検地名請人(高持百姓)だけとなった」

が,そのため,

「一つは,兵農分離後の村の居住者すべてを『百姓』と見なしたために,農を業とする者以外も百姓概念に含ませたことである。これによって,実際の居住者には商人・職人などがいながら百姓と位置づけられ覆い隠される事態をもたらした」
「もひとつは,村居住者の多様性が隠された結果,領主も他の諸階層も一様に村には農耕に専念するものしか居住しないという予断と錯覚を産み出す事態をもたらした」

とする。この百姓像は,徳川時代にも引き継がれていく。

これは,地ばえの国人,土豪,地侍を,鉢植化し,移封,転封していくことと裏腹に,村落に残ったものを,侍以外を凡下といったように,百姓といったと言い直してもいい。しかし,そうして,検地を通して,それまでの中小の領主から解き放たれて,領主と向き合う「百姓」は,

「名請高が一石以下,名請反別が一反以下の名請人が圧倒的であること,また家屋敷だけの名請人や田だけ・畑だけの名請人」

となり,

「それぞれの名請高・反別だけでは生活も農業経営の維持も不可能」

な小農民が沢山いることになる。彼らも含めて農業を可能にし,生活を支えてきたのは,独特の村ごとのシステムであったことを,本書は,

第一に,分付主と分付百姓で編成される生産と年貢納入の構造が,単に中世以来の支配・隷属関係ではなく,相互の再生産の扶助構造になっていること,
第二に,用役牛の共同保有(これをベースに五人組が形成されている)によって扶助構造となっていること,
第三に,質入れを利用した融通の仕組み,

を挙げていく。しかし,最後の質入れは,一年の決算に質屋を利用して,

「不勝手之百姓ハ例年質物ヲ置諸色廻仕候」

というように,それは,

「春には冬の衣類・家財を質に置いて借金をして稲や綿の植え付けをし,秋の収穫で補填して質からだし,年貢納入やその他の不足分や生活費用の補填は再度夏の衣類から,種籾まで質に入れて年越しをして,また春になればその逆をするという状態にあった」

ことの反映で,

「零細小高持百姓の経営は危機的であった」

ことを記している。これは摂津国を例にしているが,寒冷地では,もっと厳しい状態で,近世慢性的に飢饉が頻発した背景が窺い知れるのある。近世の飢饉(http://ppnetwork.seesaa.net/article/462848761.html)についてはすでに触れた。

参考文献;
渡邊忠司『近世社会と百姓成立―構造論的研究 』(佛教大学研究叢書)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2019年03月15日

さかひ


「さかひ(い)」は,

境,
界,
堺,

等々と当てる。「境」(呉音キョウ,漢音ケイ)の字は,

「会意兼形声。竟(キョウ)は『音+人の形』の会意文字。また『章(音楽のひと区切れ)の略体+人』と考えてもよい。人が音楽の一楽章を歌い終って区切りを付けるさまを示し,『おわる』と訓じる。境は『土+音符竟』で,土地の区切り」

とあり,「国境」の意のさかいであり,「境内」の一定の範囲の場所,「環境」の周りの状態の意である。

「界」(漢音カイ,呉音ケ)の字は,

「会意兼形声。介(カイ)は『人+ハ印』の会意文字で,人が両側から挟まれた中に介在するさま。逆にいうと,中に割り込んで両側に分けること。界は『田+音符介』で,田畑の中に区切りを入れて,両側にわけるさかいめ」

とあり,「境界」のさかいめ,「業界」のように,区切りの中の領域や社会の意。

「堺」(漢音カイ,呉音ケ)の字は,

「会意兼形声。介(カイ)は『人+ハ印(左右にわける)』をあわせて,人を中心にして,その両側を区切ることを示す。界は,それに田を添えて,他の区切りを示す。堺は『土+音符界(他の区切り)』で,土地の区切りのこと」

とある(『漢字源』)。

800px-Border_stone.JPG

(スイス・イタリア国境、サン・ジャコモ峠の国境の礎石 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%A2%83


「さか」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/464597674.html?1552420059)で触れたが,

さか(坂)

さか(境・堺)

とは同意であったのではないか,と思うが,『広辞苑第5版』には,

「サカフの連用形から」

とある。

土地の区切り,
わかれ目,

を指す。『岩波古語辞典』の「さかひ」(動詞,四段)に,

「サカ(坂)アヒ(合)の約」

とある。「サカフの連用形」とはこの意である。しかし,『大言海』は,逆で,

「境(サカ)を活用す(色ふ,歌ふ,顎(あぎと)ふ)」

とする。名詞「さかひ(境・界・堺・疆」を見ると,

「境ふの名詞形。此語坂合(さかあひ)の約なりと云ふ説もあれど,境界は山に限らず,平地にもあり」

とする。因みに,「疆」(漢音キョ,呉音コウ)の字は,

「会意兼形声。畺(キョウ)は『田二つ+三本の線』の会意文字で,くっきりと田畑を区切ること。彊(キョウ)はそれを音符とし,弓を加えた会意兼形声文字で,かっちりとした弓を示す。強・剛と同系のことば。疆は『土+音符彊』で,土地にくっきりとかたく区切りをつけたことを示す。」

とあり,「疆界」「無疆」など,境目,限りの意である。

「さか(境・界)」は,『大言海』は,

「サは,割くの語根,割處(さきか)の義なるべし。塚も,築處(つきか),竈尖(くど)も,漏處(くきど)なり(招鳥(ヲキドリ),をどり。引剥(ひきはぎ),ひはぎ)。此語に活用を付けて,境ふ,境ひと云ふ」

とするし,『日本語源広辞典』も,

「サ(割き・裂き)+カ(場所)」を語源とするサカフの連用形サカイ,

とする。「さか」そのものの語源としては妥当かもしれないが,もともと,『岩波古語辞典』の,「さか(境・界)」は,「さか(坂)」で触れたように,

「さか(坂)と同根」,

とし,

「古くは,坂が区域のはずれであることが多く,自然の堺になっていた」

こと,さらに,

「坂といわれる場所が地域区分上の境界をなしたり,交通路の峠をなしたりしている事例が少なくないこと」(『世界大百科事典 第2版』)

からみて,「さか(境)」と「さか(坂)」は,漢字が無ければ,同じ「さか」であったのではないか,と思う。この語源が,

割く處,

というのは,「さか(坂)」と「さかい(境)」の意味から考えても,妥当だとは思うが,説は,

堺ふの名詞形(大言海),
サカアヒ(坂合・坂間)の約(和字正濫鈔・和語私臆鈔・古事記伝・名言通・和訓栞・柴門和語類集),

以外に,

「さか(逆・傾斜地)」+「ヰ(用水)」で、傾斜地周辺の土地を意味する(https://folklore2017.com/gogen/004.htm),
土地と土地とかサカフ(逆)ことをいうところからで,ヒはアヒダ(間)の上下略か(和句解),
サハアヒ(放合)の義(言元梯),

等々があるが,やはり,「さか(坂)」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/464597674.html?1552420059)の結論と同じく,

さか(坂)

さか(境・堺)

とは同意であったのではないか,と思う。

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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ラベル: さかひ
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2019年03月16日

正念場


「しょうねんば」は,

正念場,

とともに,

性念場,

とも当てる。

「歌舞伎・浄瑠璃で,主人公がその役の性根を発揮させる最も重要な場面。性念場,性根場」

とあり,転じて,

ここぞという大事な場面,局面,

の意となった,とある(『広辞苑第5版』)。しかし,たとえば,

「正念場は『性根場』とも書き、本来『正念』は仏教語で、悟りにいたるまでの基本的な 実践目得『八正道(はっしょうどう)』のひとつ。『八正道』にある『正念』を除いた残り七つ は、『正見』『正思惟』『正語』『正業』『正命』『正精進』『正定』という。正念とは、雑念を 払い仏道を思い念ずることで、正しい真理を思うことを意味し、修行の邪魔となる雑念に乱れない信心も意味する。そこから、『正しい心』『正気』が必要な場面を『正念場』というようになった。また、正念場は歌舞伎や浄瑠璃名などで、主人公が役柄の神髄を見せる最も重要な場面をいう語でもあるが、それらから『正念場』の語が生まれたわけではなく、仏教語が演劇の中で用いられたため、一般にも広く用いられるようになったものである。」

という(『語源由来辞典』http://gogen-allguide.com/si/syounenba.html)説が結構ある。例えば,

「正念場は歌舞伎なのだが、正念は仏教なのである。(中略)ちなみに歌舞伎では正念場のことを『性根場』(しょうねば)ともいうらしい。しかしこの『性根』も、じつはもともとは仏教の用語なのである。」

としている。『舞台・演劇用語』でも,

「歌舞伎や浄瑠璃で、その役の『性根』を最もよく発揮する場面、または1曲・1場のうち、最も大切な場面のことを『性根場(しょうねば)』、もしくは『性念場(しょうねんば)』と言ったそうです。『性根』を表す『場』ということですね。これが転じて、『ここぞ!』という大切な場面を表すことを『正念場』と言い、広く一般になっていったと言われています。」

としている(http://www.moon-light.ne.jp/termi-nology/meaning/shounenba.htm)。

しかし,本当だろうか。

まず,仏教由来とされる「性根」(しょうね)だが,確かに,

正念の轉,

とする説もある(『岩波古語辞典』)。

根本的な心の持ち方,根性,
正気

の意から,それをメタファに,

物事の根元,

という意味になる。しかし『大言海』は,「性根」の,

「ネは,根(コン)を和訓したるものか」

とし,

根性,

の意と同じとする。ただ,「根性」は,

「『根』は力があって強いはたらきをもつもの。『性』は性質」

の意の 仏語。

仏の教えを受ける者としての性質や資質,

を指す(真如観(鎌倉初)「但し根性(コンジャウ)の勝劣に随ふに」 〔説無垢称経‐二〕)。そして,

「本来は仏教語で、好悪いずれの感じをも伴っていなかったが、中世になると、(生まれつきの性質。多く、好ましくない人の性質についていう。こころね。しょうね)のように次第に悪い意味を伴った形で用いられることが多くなる。近世の浄瑠璃や川柳などでは悪い意が主となり、それが現代にまで続き『盗人根性』『野次馬根性』『根性悪(わる)』などとも用いられる。」

とある(『精選版 日本国語大辞典』)が,「性根」は,「正念」の転訛よりは,

「ショウ(本性)+ネ(根)」,人間の根源的な性質,根性(コンジョウ),本性(ホンショウ)も同源(『日本語源広辞典』),
シウネン(執念)の義か(嗚呼矣草(おこたりぐさ)),
セイコン(性根)に由来するすか,あるいは正念に由来するか,両者の混淆も考えられる(角川古語大辞典),

という他説もある。

「正念」は,

八正道(はっしょうどう),

の一つとされる(詳しくは,https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E6%AD%A3%E9%81%93に譲る)。仏教において涅槃に至るための8つの実践徳目,

正しい見解 (正見) ,
正しい思惟 (正思) ,
正しい言語行為 (正語) ,
正しい行為 (正業) ,
正しい生活 (正命) ,
正しい努力 (正精進) ,
正しい想念 (正念) ,

の1つである。

「釈迦(しゃか)の教説のうち、おそらく最初にこの『八正道』が確立し、それに基づいて『四諦(したい)』説が成立すると、その第四の『道諦(どうたい)』(苦の滅を実現する道に関する真理)はかならず『八正道』を内容とした。逆にいえば、八正道から道諦へ、そして四諦説が導かれた。」

とかで(『ブリタニカ国際大百科事典』),「四諦(したい)」とは,

四聖諦(ししょうたい),

を,略して四諦 (したい) という。即ち,

「真理を4種の方面から考察したもの。釈尊が最初の説法で説いた仏教の根本教説であるといわれる。(1) 苦諦 (この現実世界は苦であるという真理),(2) 集諦 (じったい。苦の原因は迷妄と執着にあるという真理),(3) 滅諦 (迷妄を離れ,執着を断ち切ることが,悟りの境界にいたることであるという真理),(4) 道諦 (悟りの境界にいたる具体的な実践方法は,八正道であるという真理) の4種。」

とある(仝上)。要は,「正念」とは,

「四念処(身、受、心、法)に注意を向けて、常に今現在の内外の状況に気づいた状態(マインドフルネス)でいることが『正念』である。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E6%AD%A3%E9%81%93)。

意識が常に注がれている状態,

がマインドフルネスであるとすると,どこか正念場とは合わない気がする。もちろん,気力充実している状態はわかるか,

正念場,

とは別ではあるまいか。『日本語源広辞典』のいう,

「『性根+場』で,なまってショウネンバです。劇中重要な見せ場,聞かせどころをいいます。失敗を許されない場面です。正念場を当てますが,これは仏教語で雑念を払った正しい心です。本来は別語です」

が正確だと思う。

なお性根(http://ppnetwork.seesaa.net/article/407707212.html)は触れたことがある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2019年03月17日

剣が峰


「剣が峰(剣ヶ峰)」(けんがみね)は,

「噴火口の周縁、主として富士山山頂にいう」

とある(『広辞苑第5版』)。つまり,

「富士山の最高峰であり、日本の最高標高地点3,776 mのことである。八神峰(はっしんぽう)の1つでもある。」

ということになる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%A5%9E%E5%B3%B0)。

800px-Kengamine_inside_crater.jpg

(富士山頂である剣ヶ峰 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%A3%E3%83%B6%E5%B3%B0より)


したがって,

「日本に複数存在する峰(山岳で、周囲より高まっている部分。頂き)や山の名前としての剣ヶ峰(けんがみね)および剣ヶ峯(けんがみね)は、古くからあった呼称から、あとあと名付けられたものと考えられる。」

ようである(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%A3%E3%83%B6%E5%B3%B0)。

そこから転じて,

相撲で,土俵のたわら。また,そこに足がかかって後がない状態をいう,

に転じる。つまり,

「ここを境にして体(たい)が残るか否かで勝敗が分かれる土俵際(どひょうぎわ)の、特に土俵の円周を形成する俵の一番高い所(上面)の呼称であり、『剣が峰でこらえる』などと用いられる」

とある(仝上)。これをメタファに,

事が成るか成らぬかのぎりぎりの分かれ目,
それ以上少しの余裕も無いぎりぎりの状態,
絶体絶命,
成否の決する瀬戸際,

等々意味で使われる。その意の慣用句として,

剣が峰に立つ,
剣が峰に立たされる,

がある。

「足がかりが無く、もう後の無い状態になる」(仝上)

という言い回しは,正に土俵際のメタファである。

1024px-Hasshinpo_of_Mt.Fuji_40-2.jpg

(剣ヶ峰山頂より見た八神峰 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%A5%9E%E5%B3%B0より)


かたな(http://ppnetwork.seesaa.net/article/450320366.html?1549439317)については触れたが,「諸刃の剣」という意は,

「《両辺に刃のついた剣は、相手を切ろうとして振り上げると、自分をも傷つける恐れのあることから》一方では非常に役に立つが、他方では大きな害を与える危険もあるもののたとえ。」(『デジタル大辞泉』)

とあり,「両刃」の意となっている。だから,両刃は,

剣(つるぎ),

と呼ぶ。刀は,剣と対比されている。『岩波古語辞典』には,「つるぎ」について,

「(古事記・万葉集にツルキ・ツルギ両形がある)刀剣類の総称。のちに片刃のものができてからは,多く両刃(もろは)のものをいう。」

とあり,「かたな」については,

「カタは片,ナは刃。朝鮮語nal(刃)と同源。古代日本語文法の成立の研究の刀剣類は両刃と片刃とがあった。」

とある。『大言海』の「つるぎ(劒)」の項に,

「吊佩(つりはき)の約,即ち,垂佩(たれはき)の太刀なり。御佩刀(みはかし)と云ふも,佩かす太刀の義。古くは,太刀の緒を長く付けて,足の脛の辺まで垂らして佩けり。法隆寺蔵,阿佐太子筆聖徳太子肖像,又,武烈即位前紀『大横刀を多黎播枳(たれはき)立ちて』とあるに明けし」

とある。「剣」とは,

もろ刃の太刀,

を指す。太刀は,

「刀剣の形式を区分上でいう太刀は,長さがだいたい六〇糎以上で,刃を下に向けて佩いた場合に茎(なかご)の銘が外側に位置するものをいう。」

と定義される。「剣」は,

劒,
剱,

とも書く。「剣」(漢音ケン,呉音コン)は,

「会意兼形声刀『刀+音符僉(ケン・セン そろう)』で,両刃のまっすぐそろった刀」

である(『漢字源』)。「剣」は,

つるぎ,

と訓ませるが,「けん」は,漢音そのものである。

「みね」は,

峰,
峯,
嶺,

とも当てる。

山の頂,

の意である。それをメタファに,

物の高くなった所,

の意で使い,

刀の刃の背,棟(むね),
烏帽子の頂上,
櫛の背,

等々にも使う。「峰(峯)」(ブ,漢音ホウ,呉音フ)の字は,

「会意兼形声。夆は,△型に先の尖った穂の形を描いた象形文字に夂(足)印を加えて,左右両方から来て△型に中央で出あうことを示す。逢(ホウ 出会う)の原字。峰はそれを音符とし,山を加えた字で,左右の辺が△型に頂上で出あう姿をした山。封(ホウ △型の盛り土)ときわめて縁が近い」

とある(『漢字源』)。「嶺」(漢音レイ,呉音リョウ)の字は,

「会意兼形声。領(レイ)は,人体の上部,頭と胴をつなぐ首のこと。嶺は『山+音符領』で,人体の首に当たる高い峠」

で,「峰」は△型にとがった山,いただき,「嶺」は,髙いみねの続きで,少し含意はずれるが,いずれも,「みね」の意。

それを「みね」に当てた,その「みね」を,『大言海』は,

「ミは発語,ネは嶺なり」

とするが,『岩波古語辞典』は,

「ミは神のものにつける接頭語。ネは大地にくいいるもの,山の意。原義は神聖な山」

とする。『日本語源広辞典』は,

「ミ(御)+ネ(嶺・どっしりした高い山の頂)」

とし,「神格化された頂上」とする。かつて山はご神体であった。三輪山は,大物主大神を祀る大神神社の,

「神体山として扱っており、山を神体として信仰の対象とするため、本殿がない形態となっている。こうした形態は、自然そのものを崇拝するという特徴を持つ古神道の流れに大神神社が属していることを示すとともに、神社がかなり古い時代から存在したことをほのめかしている。」

というように(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%BC%AA%E5%B1%B1)。

「ね」は,

嶺,

と当てるが,

「ネ(根)と同根。大地にしっかりと食いこんで位置を占めているものの意。奈良時代には東国方言になってらしく,独立した例は東歌だけに見える。大和地方ではミネという。類義語ヲ(峰)は稜線の意」

とある(『岩波古語辞典』)。

富士の高嶺,

の「ね」である。

剣ヶ峰,

が富士山の頂上を指すのは,富士山が,

神体山,

であったことともつながっているとみていい。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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2019年03月18日

むぎ


「むぎ」は,

麦(麥),

と当てる。和名抄(和名類聚抄)に,

「麥,牟岐,今按,大小麥之㵤總名也。大麥。布土無岐,小麥,古牟岐」

とあり,本草和名に,

「大麥,布止牟岐,小麥,古牟岐」

とあり,名義抄に,

「麥,ムギ,大麥,フトムギ,小麥,コムギ,マムギ」

とある。「麦(麥)」は,

「コムギ、オオムギ、ライムギ、エンバクなどの、外見の類似したイネ科穀物の総称」

である(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%AE)。

800px-Korea-Barley-01.jpg



「『古事記』に保食神(けもちのかみ)の陰(ほと)に麦が生(な)ったとあるが,米を表とすれば麦は裏といった考えであろう。異名は,コゾクサ(去年草),トシコエグサ(年越草),トシコシグサ,また,チャセングサ(茶筅草)という。大麦をカチカタ(搗難)またはフトムギというが,小麦に対してのことばである。コムギの古名はマムギである。」

とある(『たべもの語源辞典』)。

「麦(麥)」(漢音バク,呉音ミャク)の字は,

「会意兼形声。來(=来)は,穂が左右に出たむぎを描いた象形文字。麥はそれに夂(足)をそえたもの。遠くから歩いてもたらされたむぎをあらわす。がんらい來が『むぎ』,麥が『くる,もたらす』の意をあらわしたが,いつしか逆になった。賚(ライ もたらす→たまわる)と同系で,神が遠く西方からもたらした収量ゆたかな穀物のこと。來(ライ)と麥(バク)は,上古音では同じであった」

とある(『漢字源』)。「麥」の字は,、紀元前 1500 年の殷の時代甲骨文字からうまれたとされ,古い。

「殷の時代では『來』、周の時代には『牟』となり、その後、來(むぎ)と夊(くる)が合体して『麥』」

になったらしい(https://www.pref.ehime.jp/h35118/1707/siteas/11_chishiki/documents/11_mugi_2.pdf)。さらに,

「紀元前 1050 年から始まる周の時代に原始的な漢字『金文』が成立し、その周王朝の初代王には『我に來牟(らいぼう)を胎る』とする伝承が残されています。牟(ぼう)とは、芒(のぎ)、すなわち麦穂にみられる細長いヒゲのことをさし、麦を表わします。來(らい)とは、殷の時代には麦を表しますが、周の時代には「来(くる)」に転じます。」(仝上)

「來牟(らいぼう)」とは西方から良い麦の種子がやって来たことを表わすのだ,という。

この「麦」は,

バク・ミャク・マク・ムク・マイ,

等々と訓ませるのは,

「有史以前に中国から朝鮮半島を経て渡来したもので,ムギという名称も,中国語・朝鮮語などの影響を考えねばなるまい」

とする(仝上)。で,

「朝鮮語mil(麦)と同源か」(『岩波古語辞典』)

「漢音のカツ(葛)をクツ・クヅ・クズといい,同じくバク(麦)をマク・ムク・ムギという」(『日本語の語源』)

という由来説もある。

「ムギの字音は,英語・デンマーク語・アイヌ語・蒙古語・満州語などの麦の名称ににている」

ともある(仝上)ので,由来は,中国以西にたどれるのかもしれない。だから麦の語源を,

「モキ(衣着)の義とか,実木だとか,ムレゲ(群毛)の義とか,ムラゲ(叢毛実)の義とか,ムは高いの意の古語で,キは芒の義とかいう。その他,冬雪中に萌え出すところから,モエキ(萌草)の約,またムレノギ(群芒)の略とか,ムクカチの略とか,また,秋になると我先に蒔くところから,マクカチ(蒔勝)の略とか,ムキノギの略とか,聚芒(むのき)だとか,他の穀類にくらべて幾度も皮をつき剥ぐところからムキ(剥)の意であるとかのしょせつがある。」

とはしつつ,何れにも否定的である。『大言海』も,

「他の穀は,一度,穀を去れば可(よ)きに,麥は幾度も皮を搗き剥ぐ,故に剝(ムキ)の意,大麥に搗難(カチカタ)の名もあり,或は云ふ,萌草(モエキ)の約,三冬雪中に萌ゆれば云ふ,或は,羣芒(むれのぎ)の略と云ふ,いかがか」

と少し否定的である。『日本語源大辞典』には,上記列挙の諸説が載るが,やはり語呂合わせに見える。

そして,上記を否定した後に,『たべもの語源辞典』は,

「麦は中国語ではマイとよむ。奈良では麦をウラケという。稲のことをホンケとよぶから麦がウラケになったのであろう」

と付け加える。これは,

「バク(麦)をマク・ムク・ムギという」(『日本語の語源』)

とする中国由来説とつながる。『日本語源広辞典』は,

中国古代音melog-meg,

を有力とする。その『日本語源広辞典』が指摘する通り,

「大陸からの外来種なのでこれが語源と考えるのは合理的です。」

ということだろう。これだと,『岩波古語辞典』の,

朝鮮語mil,

由来とする説ともつながる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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スキル事典;
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ラベル:むぎ
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2019年03月19日

いきどおる


「いきどおる」は,

憤る,

と当てる。

激しく腹を立てる,憤慨する,

の意が載る(『デジタル大辞泉』)が,

気持ちがすっきりしないで苦しむ,

の意も載る(仝上)。しかし,

「いきどほる心の内を思ひ延べ」

という用例(万葉集)から見ると,単純な怒りとは違う。『広辞苑第5版』には,まず,

思いが胸につかえる,思い結ぼれて心が晴れない,

という意味が先ず載る。

「事の成らざるを悲しび憤(イキドホリ)恚(ふつく)みて死ぬ」

という用例から見ると,怒りの感情よりは心の塞ぐ状態に焦点が当たっている。その後,

怨み怒る,憤慨する,

の意味があり,更に,

奮起する,

の意味もある。「怒り」とは少しニュアンスが異なる。

「憤」(漢フン,呉音ブン)の字は,

「会意兼形声。奔(ホン)は『人+止(足)三つ』の会意文字で,人がぱっと足で走り出すさま。賁(フン)は『貝+音符奔(ひらく,ふくれる)の略体』の会意兼形声文字で,中身の詰まった太い貝のこと。憤は『心+音符賁』で,胸いっぱいに詰まった感情が,ぱっとはけ口を開いて吹き出すこと」

とあり,忿と同,怒と類,とある(『漢字源』)。心に詰まった感情が吐き出される意で,「憤慨」といきどおるもあるが,「発憤」といきり立つ意もあり,

不憤不啓,不悱不発,不以三隅反,則不復也(憤せずんば啓せず、悱せずんば発せず、一隅を挙げて、三隅を以て反らざれば、則ち復(また)せざるなり),

という「不憤」は,奮い立つ意だが,そこには,

「心が一杯になること」(貝塚茂樹)

と,心の中で思い屈し,考えあぐねているさまがある。漢字では,

怒は,喜の反。はらたつと訳す。立腹の外にあらはるるなり。書経「帝乃震怒」,
忿は,立腹して恨むこと怒り外にあらわれぬなり。易経「君子以懲忿室欲」,
憤は,内に鬱積し発する怒なり。論語「發怒忘食,楽以忘憂」,
慍は,怒りを含みむっとする意。怒より軽し,憤に近し。論語「人不知而不慍」,
悶・懣は,同じ。心に煩鬱して,気のもやもやする義。鬱悶・煩懣と用ふ,
恚は, 恨み怒るなり。怒の跡へ残る気味あり,
嗔は,盛んに怒気の目元に見ゆるなり,瞋に近し,

等々と区別する(『字源』)。

『大言海』は,「いきどほる」を,項を改め,正確に意味の変化を辿ってみせる。まず,

憤,
悒(うれえる),

の字を当て,

「懐悒(いきだは)しと通ず(説文『悒,不安也』玉篇『憂也』)」,

とし,

鬱悒(いぶせ)く思ふ。思ひむすぼほる」

の意を載せ,いまひとつの「いきどほる」は,

憤,

を当て,

「前條の語より移る。怒るも,思ひむすぼほるより起るなり」

とし,

怒る,

意とする。「いきだはし」は,『岩波古語辞典』は,

息だはし,

とするが,『大言海』は,

息急,

と当て,

「息労(いきいたはし)の約なるべし(來到(いきた)る,きたる。引板,ひきた),イキドホシは,音轉なり(いきだはし,いきどほろし。いたはし,いとほし)。和訓栞『いきだわし,いきどをしとも云へり』」

として,

息,急(せわ)し,

で,つまり,

呼吸がせほしい,

意である。

「室町時代『いきだうし』,近世『いきどし』ともいう」

とある(『岩波古語辞典』)。

こうした「いきどおる」の意味の奥行を見ると,

「『息+トオル(徹る)』です。つまり「怒りの息が強く突きとおる」

とする説(『日本語源広辞典』)は,到底受け入れられない。むしろ,

イキトドコホル(息滞)の義(言元梯),

の方がましだ。怒りの表出は,後の意味の転化後だ。むしろ,心屈して鬱屈に焦点が当たっているのではないか。

なお,

「イキホヒ(勢)のイキ,イカリ(怒)のイカとは同源か」

とある(『日本語源大辞典』)。発憤とつながる以上,当然想定される。

参考文献;
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2019年03月20日

あせ


「あせ」は,

汗,

と当てる。

「汗水たらす」「汗を流す」「血と汗の結晶」「額に汗する」

とか,

「手に汗握る」「冷や汗をかく」「汗顔の至り」

といった汗にまつわる言い回しは少なくない。

「汗」(漢音カン,呉音ガン)の字は,

「形声。干(カン)は,敵を突いたり,たてとして防いだりする棒で,桿(カン こん棒)の原字。汗は『水+音符干』で,かわいて熱したときに出る水液。すまりあせのこと」

とある。

「あせ」は,

「血を阿世と称す」(延喜式斎宮寮)

と,斎宮の忌詞であったらしい(『岩波古語辞典』)が,「あせ」の語源は載せるものがほとんどない。

アはアツキ(熱),セはシと相通で汁(日本釈名),
アシ(熱水)の轉(言元梯),
アツシメリ(熱湿)の義(箋注和名抄・名言通・和訓栞),
アは暑い時出る故か,セはホセか(和句解),
アセミヅ(息迫水)の略(日本語源=賀茂百樹),

といずれも,苦しい。要するにはっきりしない。

汗衫,

とあてる「かざみ」は,

字音カンサムの轉,

とある(『岩波古語辞典』)が,『大言海』は,

汗衫,

を,

カニサムの略轉(案内,あない。本尊,ほぞん),

とし,「かにさむ(汗衫)」の項で,

「汗衫(カヌサム)の転。蘭(ラム),らに。錢,ぜに。約転してカザミと云ふは,衫(さむ)の轉。燈心,とうしみ」

とするので,『岩波古語辞典』と同じである。「汗衫」とは,

古くは,汗取りの服,

で,

「麻の単の一種です。奈良時代より一般の男女が夏に着ました。表着にも内衣にも用います。」

とあるhttp://www.so-bien.com/kimono/%E7%A8%AE%E9%A1%9E/%E6%B1%97%E8%A1%AB.html

後に,

「平安時代中期以後、後宮(こうきゆう)に仕える童女の正装用の衣服。「表着(うはぎ)」または「衵(あこめ)」の上に着用する、裾(すそ)の長い単(ひとえ)のもの。」

となる(『学研全訳古語辞典』)。

「脇縫いのない袖の長いもので、組みひもを袖につけたり、わざと縫いほころばしたり、さまざまな縫い方があります。男子服に似た仕立てで、婚礼、五節に用いられました。」

とある(仝上)。

kuge_dounyo.jpg


「汗衫装束(かざみしょうぞく)の特色は少女の中性的な面をよく表し、女子の服でありながら男子の服装の趣を多くもつことにあります。」

とある(仝上)。


熱けくにあせかきなげ,

と万葉集にあるほど,「あせ」は古くから使われていて,語源ははっきりしないが,「汗が滲む」のを,

汗あゆ,

といった。「あゆ」は,

零,

と『大言海』は当てるが,宮にはじめてまゐりたるころ,

「いかで立ちいでしにかと、あせあえていみじきには」

と枕草子にあるのは,零れるより,「滲む」の方が含意としてはふさわしいかもしれない。

しかし「あゆ」は,

「アヤシ(落)の自動詞形。アヤフシ(危)・アヤブミのアヤと同根」

とある(『岩波古語辞典』)ので「こぼれる」が意味としては正しいようだ。

汗を使った慣用表現は多く,中国からも,

綸言汗の如し,
とか,
汗牛充棟,

等々がある。「綸言汗の如し」は,我が国では今日死語同然だが,

「『漢書‐劉向伝』の『号令如汗、汗出而不反者也、今出善令一、未能踰時而反、是反汗也』から) 君主の言は、一度出た汗が再び体内にもどらないように、一度口から出たら、取り消すことができない。」

で(『精選版 日本国語大辞典』),「汗牛充棟」は,つい密集している喩えに使いそうだが,

「心をおさめんために、汗牛充棟(カンキウシウトウ)に及ぶ書を尽しみるといふとも」

と「信長記」にあるように,

蔵書が非常に多いことのたとえ,

で,

「柳宗元『唐故給事中陸文通墓表』の『其為書、処則充棟宇、出則汗牛馬』から出たことばで、ひっぱるには牛馬が汗をかき、積み上げては家の棟木(むなぎ)にまで届くくらいの量の意) 蔵書が非常に多いことのたとえ。」

とか(仝上)。

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参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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ラベル: あせ
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