2019年03月23日

こびる


「こびる」は,

媚びる,

と当てる。

相手の歓心を買うために,なまめかしい態度をする,
いろっぽくふるまう,

意で,それをメタファに,

相手に迎合しておもねる,へつらう,

意に広がったとみえる。

「媚」(漢音ビ,呉音ミ)の字は,

「会意兼形声。『女+音符眉(ビ 細く美しいまゆ)』で,細やかな女性のしぐさのこと」

とある。だから,

眉目秀麗,

と顔や姿のこまやかで美しいことをいい,

風光明媚,

と風景にそれを転用するが,

閹然媚於世也者是郷原也(閹然として世に媚ぶる者はこれ郷原なり)

と,もともと,

なまめなしさでたぶらかす,諂って人の気を引く,

の意味があるようだ。それを当てた。「こびる(こぶ)」に,媚の字を当てただけの謂れがあるはずである。

『岩波古語辞典』は,語源を載せないが,

相手の気にいるようになまめかしくふるまう,
相手に迎合しておもねる,
成熟する,
大人びる,こまっしゃくれる,
上品ぶる,

と意味の変化を載せる。これをみると,

「動詞の『こびる』は、何か下心があって、対等または下の者が喜ぶよう、褒めたり優遇したりする意に用いる。これに対して『へつらう』は、目上の者に気に入られようとして、お世辞を言ったりする意となる」

とする解釈(大辞林)は,意味が,「迎合しておもねる」に転じて以降の説明でしかない。「媚」の字を当てている意味がこれでは見えない。むしろ,

「『へつらう』『こびる』『おもねる』は、どれも相手に気に入られるように振る舞う意を表わし、非難する意がこめられている。『こびる』は、女性が男性の気をひこうとしてなまめかしく振る舞う意でも用いる。」

との説明のほうが,「媚」を当てた意味が見える。

『大言海』は,「こぶ(媚)」について,

「戀ぶるの約(言ひさかふ,いさかふ。哀ぶ,鄙ぶ)。戀ふる風(ふう)する意。和訓栞,こび『媚を讀めり,戀ぶり也』」

とする,

戀するふりする,

とは言い得て妙,上手過ぎて,ちょっと眉に唾付けたくなる。しかし,『日本語源広辞典』も,

「恋ヒ+ブ(動詞化)」

とし,
人の機嫌を取り,気に入るようにする,

意とする。

コビはコヒ(恋)ブリの義(和訓栞),
彼方よりコヒブ(恋)られんとすること(俚言集覧),
コヒベ(恋方)の義(名言通),
コフル(恋)から出た語(国語の語根とその分類=大島正健),

等々「恋」と絡める説は多い。しかし,「こふ(恋)」は,

「ある,ひとりの異性に気持も身もひかれる意。『君に恋ひ』のように助詞ニをうけるのが奈良時代の普通の語法。これは古代人が『恋』を,『異性ヲ求める』ことでなく,『異性ニひかれる』受身のことと見ていたことを示す。平安時代からは『人を恋ふとて』『恋をし恋ひば』のように動詞ヲを受けるのが一般。心の中で相手ヲ求める点に意味の中心が移って行ったために,語法も変わったものと思われる。」

とある(『岩波古語辞典』)。「こふ(乞う・請う)」とは別語源で,「こふ(乞う・請う)」は,

「神仏・主君・親・夫などに対して,人・臣下・子・妻などが祈り,また願って何かを求める意」

とあり,この「こふ」でもない。

「こびる」の語源は,どうやら途切れてしまうようである。もし「こぶ(媚)」が,平安時代以降に始原をもつのなら,「恋」説は,ありえる。『岩波古語辞典』には,「こぶ」の用例が,

「その女,壮(おとこ)にこびなつき」(霊異記),
「いかなる知者かはこびたる形を見て目を悦ばしめざる」(発心集)

が載る。『日本霊異記』は平安前期,『発心集』は鎌倉初期である。恋説の可能性は残る。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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posted by Toshi at 04:54| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする