2019年04月01日

ブリ


「ブリ」は,

鰤,

と当てるあの「ブリ」である。「鰤」(シ)は,

「一説に,これを食うと死ぬという毒魚」

とある(『漢字源』)。また,漢字の「鰤」のつくり,

「『師』は年寄りの意味を表し、年をとった魚・老魚の意味がある。また、冬は特においしいので『師走しわすの魚』ということも表している。」https://zatsuneta.com/archives/001770.html

「ブリは出世魚と呼ばれ最終的にたどり着いたところが『ブリ』。つまり人間でいうところの先生(師)の位に辿り着いたわけ。だから魚に師と書いて鰤」https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10167227310

等々とこじつけるものもある。

この魚は,出世魚といわれるほど,成長するにつれて名前が変わる。たとえば,

ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリ(東京地方),
ツバス→ハマチ→メジロ→ブリ(大阪地方)

とある(『広辞苑第5版』)。その変化は,

関東 - モジャコ(稚魚)→ワカシ(35cm以下)→イナダ(35-60cm)→ワラサ(60-80cm)→ブリ(80cm以上)
北陸 - コゾクラ、コズクラ、ツバイソ(35cm以下)→フクラギ(35-60cm)→ガンド、ガンドブリ(60-80cm)→ブリ(80cm以上)
関西 - モジャコ(稚魚)→ワカナ(兵庫県瀬戸内海側)→ツバス、ヤズ(40cm以下)→ハマチ(40-60cm)→メジロ(60-80cm)→ブリ(80cm以上)
南四国 - モジャコ(稚魚)→ワカナゴ(35cm以下)→ハマチ(30-40cm)→メジロ(40-60cm)→オオイオ(60-70cm)→スズイナ(70-80cm)→ブリ(80cm以上)

等々https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AAに譲るが),地域差が大きいが,成魚(80cm以上)を「ブリ」というのは同じようである。

Hiroshige_A_Shoal_of_Fishes_Fugu_Yellowtail.jpg

(フグとブリを描いた歌川広重「広重魚尽」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AAより)


「ブリの古名は,ハリマチである。小さいものをワカナゴと呼んだが,これがワカシとなった。ハリマチの名は今はハマチ(魬)とになった」

とある(『たべもの語源辞典』)。「和漢三才図絵」には,

「鰤,…和名波里萬知,略曰波萬知」

とある。「ハリマチ」は平安時代には,使われている。古名が,端々に,出世魚の中に残っていることになる。

『大言海』は,

アブラの略轉か,

とするが,これは,

「江戸時代の本草学者である貝原益軒が『脂多き魚なり、脂の上を略する』と語っており、『アブラ』が『ブラ』へ、さらに転訛し『ブリ』となったという説」

とする(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AA)通じる。『語源由来辞典』は,

「ブリは,年を経た魚の意味で『フリウヲ(経魚)』と呼ばれ,『フリ』が濁音化され『ブリ』になったと考えられる。中国ではブリは『老魚』と言われていたため,日本でそれを言い表わしたのが『経魚』で代表的な出世魚であるため有力な説である。漢字の『鰤』が『魚』に『師』であることも,『老魚』や『経魚』の意味に通じる。ただし,中国にブリが入る時には,非常に大きく毒を持つとも言われているため,解釈は日本のものとは異なる。」

と(http://gogen-allguide.com/hu/buri.html),出世の「経年」を採る。また,

「老魚の意をもって年経りたるを 老りにより『ふり』の魚という」(「日本山海名産図絵」)

と記述されている,ともいう。

『たべもの語源辞典』は,

「年を経たという意で,フリが濁ってブリになった。九州でブリを大魚というので,鰤という字は,老魚・大魚の意であるというが,面白くない説である。ブリは,師走に最も味が良くなる魚,寒ブリと呼ばれるゆえんである。その師走の魚という意で,鰤としたとの説がよい。また,ブリはあぶらの多い魚なので,アブラのアを略し,ラとリが通じるのでブリとなったとの説は良くない。アブリ(炙)の上略という説もいただけない。体が大きいところからフクレリの略とか,ミフトリ(身肥太)の義とかの説があるが,いずれね良くない。」

と,「経年」のふり説なのか,師走の魚説なのかが,判然としないが,素人ながら,こういう語呂合わせにもったいぶった理屈をつける説は,あまり語感からみても良くない,と思うが如何であろうか。

『日本語源広辞典』は,二説挙げる。

説1は,「アブラ(脂)の変化」説,つまり,アブラ→ァブラ→ァブリ→ブリ,と。
説2は,アブリの変化,

である。

アブラ(脂)

アブリ(炙)

ふり(経)


というところだが,古名「ハリマチ」は平安時代には,使われているが,「ブリ」という名は,鎌倉時代の辞書が初見,ハマチは室町時代,とある(http://www.pref.kagawa.jp/suisan/kensan/files/hamachinohanashi.pdf)。経年を意識したのは,鎌倉時代末期,ブリの大きさによって名前を変えた,という。とすると,ブリの名は新しいのではないか。経年を意識したのと,ブリの名とが,何れが先かで,かなり変わる。僕は,

ハリマチ,

が,

ハマチ,

と転じる前に,ブリが意識されたとみていい。それは,「ハリマチ」を年経るながれの中に,位置づけ直した(室町時代)ということである。ブリは,その前に名があった(鎌倉時代),とみるのが自然になる。とすれば,

アブラ(脂)

アブリ(炙)

とみるのが順当に思るが,如何であろうか。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル: ブリ
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2019年04月02日

あえる


「あえる」は,

和える,

と当てる。「和え物」の「あえ(へ)る」である。「和え物」は,

「アエル(和える)+物」

「和える」は,

混ぜ合わす,

意である。「和」の字を当てたのは,「和」(呉音ワ,唐音オ,漢音カ)の字は,

「会意兼形声。禾は粟(アワ)の穂のまるくしなやかに垂れたさまを描いた象形文字。窩(カ 円い穴)とも縁が近くかどだたない意を含む。和は『口+音符禾』」

で,やわらぐ,丸くまとまった状態の意の他に,一緒に解けあったさま,また,成分の異なるものをうまく配合する,またその状態,の意があるためかと思われる。それにしても,「あう(ふ)」という字に当てた漢字の多いこと。かつて柳田國男が,

「日本語の表記で『どんな漢字を使うんですか』という質問をする人がいますが、これを柳田國男は『どんな字病』とよんでなげいていました」

とか(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1317424013)。和語は,文字を持たなかったので,その場にいる人に通じさえすればよかった,文脈依存性が強いので,

会う,
遭う,
遇う,
逢う,
合う,

も,「あう」でしかなかった。

「合う」は“一つに合する。調和する。適合する”の意。「彼とは気が合う」「サイズが合う」「相性が合う」 
「会う」は“顔を合わせる。対面する”の意。「先輩に会う」「打ち合わせのため喫茶店で会う」
「逢う」は“出会う。落ち合う”の意。「恋人に逢う」「会う」とも書く。
「遭う」は“好ましくないことに出会う”の意。「にわか雨に遭う」「交通事故に遭う」

等々(大辞林 第三版)とか,

ぴったりあう,互いに~する意は「合」,
人とあう意は,「会」「逢」
偶然あう場合は,「遭」「偶」

等々(『広辞苑第5版』)という区別は,漢字によって,使い分けたにすぎない。『岩波古語辞典』は,

二つのものが互いに寄っていき,ぴったりぶつかる意,
二つのものが近寄って,しっくりと一つになる,

と大きく意味を二つに分けるが,そんな微妙な差は,口頭での会話では,言外に共有し合っていた。文字として,それを表現するのでなければ,それで済んだ。ちょうど,

さよなら,

が,

さようなる次第ですのでお別れします,

の「左様なる次第」を共有できているから,「さようなら」「さらば」で済んだりと似ている。このことは「さようなら」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/402221188.html)で触れた。

『大言海』は,「あふ」について,

「合ふ」
「嫁ふ」(合ふの意)
「會ふ」「遭ふ」「遇ふ」(顔の合の意)
「闘ふ」(會ふの意)
「饗ふ」(遭ふの他動,待遇の意)
「和ふ」「韲ふ」(合ふの他動詞,雑ズの意)
「敢ふ」

と,項を分けている。出発点は,「合」を当てた「あう」である。『日本語源広辞典』は,

「上下の唇が自然に相寄る音,あるいは様子から」

というのが有力な説,とする。

「『二つのもののアイ(間)がなくなること』がアウです」

とする。これを,漢字で意味を使い分けなければ,文字化したとき意味が伝えられないからに他ならない。当てた漢字は,たとえば,

「遇」はふと生きふなり,期せずして會するを遇といふ,偶字の意を兼ぬ,
「逢」「遭」「値」は,略々同じ,両方り行き逢うなり,
「合」は,ひたりと符を合わせる如く,よく合ふなり,吻合,符合と連用す,
「會」は,総べ聚る義,會計は総算用なり,朝會,會同と熟す,

とある(『漢字源』)。「あう」の語源は,二つの唇説以外に,

フタアエフ(二肖経)の上略(日本語原学=林甕臣),
アアフツの略。フツはフタツ(二つ)の意(本朝辞源=宇田甘冥),
アイ(間)からアフ(逢)からアイ(間)となった(和句解),

等々ある(『日本語源大辞典』)が,やはり,

上下のが唇自然に相寄るときの音,あるいは様子,

がいいのではないか。因みに,「饗ふ」は,

アフ(遇)の他動詞,
アハセ(合)の義,

であり,「敢ふ」は,

合ふの義,

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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ラベル:和える あえる
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2019年04月03日

フグ


「フグ」は,

河豚,
鰒,
鮐,
魨,
鯸,
鯺,

等々と当てるらしい(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%B0)。古くは,

フク,

といったとあり(『広辞苑第5版』),

「平安時代の文献『本草和名』『倭名類聚秒』には、フク(布久)またはフクベ(布久閉)と記されていた記録があります。フクが濁って『フグ』と呼ばれるようになったのは江戸時代頃からです。ただし、関西では古来より『フク』という呼び方を用い、今でも下関や九州ではフクと呼ぶ方も少なくありません。」

ということらしい(https://www.fugu-sakai.com/magazine/learn/1426/)。

fugu-gazou-442x590.jpg

(歌川国芳 猫の当て字 ふぐ https://mag.japaaan.com/archives/6005より)


「河豚」と表記することについては,中国由来であり,

「漢字が、『河』と書くのは中国で食用とされるメフグが河川など淡水域に生息する種であるためで、また、このメフグが豚のような鳴き声を発することから『豚』の文字があてられているとされる。」

とある(仝上)。「河」は黄河を指すが,ここでは大きな河の意か。

「河という字が使われているのは、中国では揚子江や黄河など、海よりも河に生息するふぐが親しまれていたからだそうです。」

とある(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1410857504)。さらに,

中国語では,「フグ」は,

「『河豚』『河豚魚』『河魨』という表記を使っている」

とある(仝上)。日本で「フグ」に当てている,

鰒(漢音フク,呉音ブク),

は,

とこぶし,

とあり,

一説に,

あわび,

ともある(『字源』)。すくなくとも,「フグ」の意ではないが,漢音で「フク」と発音することから,古名「フク」に当てたのかもしれない。

鮐(イ,タイ),
魨(トン),
鯸,

は,「フグ」の意である。鯺(ショ)は昆虫を指すらしい。この辺りは,

「漢字は『河豚』と書くのが普通だが、魚へんの漢字『鰒』『鯸』『魨』も『ふぐ』と読む。『鰒』は本来アワビを指す漢字であるが、『フク』と音読みすることから、フグを表す漢字として使用されるようになった。室町時代の国語辞典『節用集(せつようしゅう)』に『鰒(ふぐ)』が始めて現れる。『鯸』は、つくりの『侯』が『膨れる』という意味を表すことから『大きく膨れる魚』=フグとなった。『河豚』は中国の揚子江や黄河の中流域までメフグが棲んでいたことから『河』、膨れた姿が豚に似ていることから『豚』が使用されるようになった。また、豚の異体字を『豘』と書くことから『河魨』の表記が生まれ、『魨』の一文字が独立するようになった。」

と詳しい(https://zatsuneta.com/archives/001931.html)。なお,「鮭」(ケイ,ケ)も,

フグ,

をさす(『山海経』などの古典ではフグに『鮭』の字を当てている),とか(仝上)。

当てた漢字はさておき,「フグ」の語源は,『大言海』は,

「怒れば,腹,脹るる故に云ふと」

と,脹れるを語源とする。その他,

口の形が「吹き付ける」のに適しているところから、「フキツケル→ フク→ フグ」という説
「腹を含ませる(フク)」から“フク“となり「フク→ フグ」という説
膨らんだフクが「瓢箪・フクベ」のようだから「フクベ→ フク→ フグ」という説
フクルルトト(脹るる魚)からフクトと呼ばれた。「フクト→ フク→ フグ」という説
韓国語で「ポク」はフグのこと。そこから「ポク→ フク→ フグ」という説

等々(http://allfishgyo.com/595.html),さらに,

シブク(渋)の義(和句解),
フド(斑魚)の義(言元梯),
ブス(毒)の転(和語私臆鈔),

等々もある(『日本語源大辞典』)。

「膨らむものを意味するものの多くは『ふく』が使われているため、ふぐも『ふく』と呼ばれたとする」

説からする(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1410857504)と,

袋(ふくろ),
脹脛(ふくらはぎ),
ふくよか,
膨れる(ふくれる),
ふくべ(瓢箪)
脹る,

等々の諸説は「ふくらむ」の「ふく」に含まれる。どうやら,

「平安時代には『布久(ふく)』『布久閉(ふくべ)』と呼ばれていた。江戸時代中頃から,関東で『フグ』と呼ぶようになり全国へ広がったが,現在でも下関や中国地方の一部では『ふく』と呼ばれている。『ふく』の語源は,海底で砂を吹き出てくるゴカイ類を食べる性質があるため,『吹く』と呼ぶ説や,『袋(ふくろ)』『脹脛(ふくらはぎ)』『ふくれる(膨れる)』など膨らむものを意味するものの多くに『ふく』が使われており,フグも膨らむのでこの語幹からとする説がある。『瓢箪』を『瓠瓢(ふくべ)』と呼んだことから,形が似ているため『ふぐ』を『ふくべ』と呼び,『ふく』になったとする説もあるが,『瓠瓢』は膨らむものと同じ由来になるので,この説は違うとみてよいだろう。」

と整理(http://gogen-allguide.com/hu/fugu.html)してみると,「ふくらむ」の「ふく」に傾く。

「フグは,『吹く』で,膨れる,フクベと同源です」

とある(『日本語源広辞典』)のをみると,「吹く」と「膨らむ」が重なるように見える。しかし,『岩波古語辞典』には,「膨る」は,

フクダムと同根,

とある。「フクダム」は,

毛羽立たせる,
毛がそそけだって膨らんだようになる,

ことである。「吹く」は,あくまで,

口をすぼめて息を吐く,

意で,膨らむのは逆に吸い込むで,別のことである。やはり,

膨らむの「ふく」

でいいのではあるまいか。

「空気をのみこんてだ体をふくらすので,フクルルトト(脹るる魚)といったのが,フクト・フグトに転音した。…さらに,語尾を落してフク(布久。和名抄)・フグ(河豚)になった」

とある(『日本語の語源』)のは,時間経緯が多少怪しいが,「ふくらむ」説の傍証となる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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ラベル:フグ 河豚
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2019年04月04日

ふく


「ふく」は,

吹く,
噴く,

と当てる。

「吹」(スイ)の字は,

「会意。『口+欠(人のからだをかがめた形)』。人が体をかがめて口から息を押し出すことを示す」

とある(『漢字源』)。「息をふく」「風がふく」意である。「噴く」(フン,ホン)は,

「会意兼形声。賁(ホン)は『貝(たから)+音符奔(吹き出す,ふくれる)の略体』で,はじけそうに膨れた宝貝のこと。噴は『口+音符賁』。ぷっとはじけるように口から吹き出すこと」

漢字を当てなければ,「噴く」と「吹く」の違いのニュアンスは。その場にいるものに「ふく」だけで伝わった。文字表現ではないのだから,その場にいるものに通じればよかったのである。

『岩波古語辞典』は,

「口をすぼめて息を吐く意。また,風の起こる意」

とし,

「神話では息を吹きだすことは生命の象徴だったので,息・風・霧などは生命の誕生と結びつけられた」

とある。『広辞苑第5版』は,

「語幹フは風が樹木などを吹いて立てる音の擬声音か」

とする。

息を吹く擬態,
か,
風の音の擬音,
か,

ということのようである。『大言海』は,

「脣の所作の聲」

とするので,擬音説である。

『日本語源広辞典』は,二説挙げる。

説1は,「ビュウ・フウ(擬音,pju→hju→hu)+く」で,擬音に語尾「く」を加えた語,
説2は,「フ(含み)+ク(動詞化)」口の中の含みを出す意,

とする。しかし,「含み」は,

「内に物を包み込んで保つ」

意で,「吹く」動作とは異なるのではないか。

utamaro005_main.jpg

(喜多川歌麿 婦女人相十品 ビードロを吹く娘https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/utamaro005/より)


大勢は,

フーという擬音から(国語溯原=大矢徹・国語の語根とその分類=大島正健・日本語原学=林甕臣・音幻論=幸田露伴・江戸のかたきを長崎で=楳垣実),
フクフクという風の音から(和句解),

と擬音説のようである。しかし,他に,

ハルキル(春剪)の反(名語記),
フキク(吹気来)の義(日本語原学=林甕臣),
フク(風来)の義(言元梯),
フレキ(触来)の義(名言通),
フは広がる意,クはうきあがり,また,かきわく意(槙のいた屋)
風に当たると万物が傾くところからカタフク(傾)の上略か(和句解),
フは進行の義。進む所に付止まる義(国語本義),
風の意の中国語fengから(外来語辞典=荒川惣兵衛),

等々珍説がある(『日本語源大辞典』)。風の音くらい,わざわざせ中国から持ってこなくても,吹いているものに名ぐらい付けるだろう。

個人的には,「ふーっ」「ふーふー」という擬態語か擬声語ではないか,と思う。風音はともかく,「ふーっ」は音というよりその恰好

「脣の所作」

ではないか。あるいは,『大言海』の,

「脣の所作の聲」

というところかもしれない。「ふーっ」は,

「口をすぼめて,軽く息を吹きかける音」

とある(『擬音語・擬態語辞典』)。どちらかというと擬態に近いような気もする。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
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ラベル:噴く ふく 吹く
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2019年04月05日

葺く


「葺く」は,

屋根を葺く,

の「葺く」である。「葺」(シュウ)の字は,

「会意兼形声。下部の字は,寄せ集める意を含む。葺はそれを音符とし,艸を加えた市場で,かや草などを寄せ集めること」

とある(『字源』)。

Traditional_roof_in_nose_01cropped.jpg



「名義抄」には,

「葺,フク,カサヌ」

とある。

『日本語源広辞典』には,

「カタフク(傾く)の下の二音節」

とあり,

萱,茅,葦,板,瓦などを傾けて置き,屋根を覆う意,

とある。しかし,ちょっと,

kamuku→muku,

とするのは,どうだろ。他には,

もる雨をフセグ(防)義か,またフサグ(塞)の義か(和句解),
フク(吹)の転。雨が淀みなき所に付止る義(国語本義),
覆の音から(外来語辞典=荒川惣兵衛),

等々がある。ちょっと「覆」の音というのは惹かれるが,屋根葺が渡来とはがぎらない。

800px-2004年08月25日竪02.JPG

(登呂遺跡に復元された竪穴式住居 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8C%85%E8%91%BAより)


「日本でも縄文時代には茅を用いた屋根だけの住居が作られていたと考えられている。奈良時代以降の場合は板葺や樹皮葺であった可能性が検討されるが、弥生時代以前の遺跡(登呂遺跡など)で復元される竪穴式住居などの屋根は通常茅葺とされる。」

とある(仝上)ように,登呂の遺跡の再現には,少し疑問があるにしても,古くから葺いていたことはの間違いない。

「吹く」は,基本的に,息を吹く,とか,風が吹く,とか,精々法螺を吹く,程度の意味の外延しかなく,屋根を「ふく」に転用できるとは思えない。ただ,

葺く,

の意味に,

草木などを軒端などにさし飾る,

意がある(『岩波古語辞典』)。

紅葉を葺きたる船の飾りの,錦と見ゆるに(源氏物語),
あやめ葺く軒場涼しき夕風に〈玉葉集〉,
五月(さつき)、あやめふくころ、早苗とるころ(徒然草)

等々という用例もある。強引に「吹く」とつなげられなくもないが,無理筋だろう。

「屋根をおおうことを『葺(ふく))」

という(http://japanmeguri.seesaa.net/article/407274668.html),とある。とすると,

覆,

につながるが,これも,漢字を持たない時代を考えると,「覆」につなげるのは無理がある。結局分からないが,あるいは,漢字を持たない時,

葺く,

吹く,

拭く,


同じ「ふく」であった。あるいは,「振る」の古語,

振く,
揮く,

も「ふく」である。どうやら,「ふく」は広く使われていたらしい。臆説を挙げるなら,「振る」にある,

振り分ける,
割り当てる,

とつなげれば,「葺く」にもつながらなくもない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル:葺く
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2019年04月06日

拭く


拭く,

葺く,

吹く,

噴く,

振く,
も,

全て,

ふく,

であった。あるいは,語源は一つではないか,という気がしないでもない。文字を持たない祖先にとって,言葉は口頭での会話だけであった。文脈を共有する当事者にとって,「ふく」で,何を指しているかは明確で,区別の必要はなかった。文字表現になって初めて,意味の限定を必要とした。漢字は,不可欠となる。

「拭く」の「拭」は,

ぬぐう,

とも訓ませる。

「どちらも汚れ・水気などを取り去るために布や紙などを表面に当てて動かすことだが、『窓をふく』『食器をふく』のように、隅々までこすって全体をきれいにする意では『ぬぐう』は使いづらい。『ぬぐう』は部分的な汚れ・水気を取り去るという意が強い。…『ぬぐう』は、汚点やよくない印象などマイナス面を取り去る意にも用いられる。」

とある。あくまで,和語では,「ふく」と「ぬぐう」は別だったものに,「拭」の字を当てるから,面倒になっただけである。

「拭」(漢音ショク,呉音シキ)は,

「会意兼形声。式(ショク,シキ)とは『弋(クイ)+工』からなり,棒杙(ボウグイ)で工作すること。のち人工を加えて整える意となる。拭は『手+音符式』で,人工を加えときれいにすること」

とある(漢字源)。ふく,意も,ぬぐう,意もある。「ふく」と「ぬぐう」の区別は,文字化するとたいした差ではなく,眼前にそれを見ているものにとって,そのわずかな差のニュアンスが問題になるのではないか。

「拭く」は,

「拭き拂う意かと云ふ」

とあり(大言海),

ぬぐうと同じ,

とある(仝上)。『日本語源広辞典』は,二説挙げる。

説1は,拭き払うの変化,布を使い埃をとってきれいにすること,
説2は,「払の音(フツ)」の動詞化,拭い取る意,

とする。しかし,「払の音」を動詞化したというには,「払」が,「ふく」と同じ意で使われていること,つまり,説1と同じく「はらう」意だということを前提にしないと,説2は成り立たない。説2は,穿ち過ぎではないか。それなら,むしろ,「拭く」は,

吹く,

の意だったのではないか。つまり,「拭く」と「吹く」は同源だったのではないか。

ただ,『岩波古語辞典』には,

「ふく」

は載らず,

のごふ,

が載り,

「ぬぐふの古形」

とある。あるとすると,元々和語には,「ふく」意味の言葉は,

のごふ,

のみあったのかもしれない。としても,

払,

とはつながらない。因みに,「ぬぐう」は,

のごふの転,

とある(大言海)が,「のごふ」の語源は分からない。しかし,この言葉は,

てぬぐい(手拭い),

の中に残っている。「てぬぐい」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461367725.html)で触れたように,「てぬぐい」は,

てのごひ,

また,

たのごひ,

とも(岩波古語辞典)いった,とある。「て(手)」は,古形が「た」なので,「たのごひ」というのも「てぬぐい」のことである。しかしこれ以上には辿れない。

800px-Ase_o_fuku_onna.jpg

(喜多川歌麿「汗を拭く女」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5


参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル:拭く ぬぐう ふく
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2019年04月07日

ヒラメ


「ヒラメ」は,

鮃,
平目,
平魚,

等々と当てる。「鮃」は,

「会意兼形声。『魚+音符平(たいら)』」

で,「ヒラメ」を指す。ヒラメとカレイの総称とか(『漢字源』)。「鮃」は平たい魚の意ということである。比目魚ともいうらしいが,「目が並んでいる魚」の意らしい(『たべもの語源辞典』)。

左ヒラメに右カレイ,

といい,

「黒いほうを上にし,腹を手前に置いて目が左にくればヒラメ,反対に右ならカレイ」

とか(『たべもの語源辞典』)。

03.jpg

(広重魚尽 ひらめ・めばるに桜https://www.benricho.org/Unchiku/Ukiyoe_NIshikie/hiroshigeuozukushi.htmlより)


しかし,ことはそう簡単ではないらしい。

「干ガレイ(デビラとかコノハガレイともいう)やカワガレイは目が左にある。ヒラメとカレイは稚魚の項ロバ,メは左右についている。海底生活をするようになって砂に接する側(裏)が白くなり反対のほうが黒っぽくなる。眼鏡の左・右ではカレイとヒラメの区別はむずかしい。むしろ,口の大きさでヒラメは大きくカレイは小さいというほうがよい。春夏にうまいのがカレイで,ヒラメは秋冬がうまい。」

ということらしい(仝上)。

「古くは,ヒラメとカレイの間の区別は明確ではなく,ヒラメはカレイの一種という扱いであった」

らしい(『日本語源大辞典』)。

「漢字の『鰈(カレイ)』は『葉っぱのように平たい魚』という意味。現在ではヒラメ(鮃)とカレイ(鰈)で別々の漢字を用いて区別しているが、昔は区別していなかった。江戸初期の辞書『倭爾雅わじか』(1694年)では『比目魚ひもくぎょ』をカレイと読ませており、その際、カレイとヒラメは区別していない。」

ともある(https://zatsuneta.com/archives/001840.html)。両者の区別は,あまりされていなかったようである。

さて,「ヒラメ」の語源説は,

・平たく薄い魚だから(平魚と書き,特殊な眼鏡の付き方によって平目魚から)「ヒラメ」(になった)という説,
・目が並んでいるところから「比目魚」と書いて「ヒラメ」と呼んだという説,
・平見え「ヒラミエ→ ヒラメ」になった説,
・カタヒラ(半平)に目(メ)があるからという説,
・ヒラ(左片)に両目(メ)があるからという説,
・平べったい魚から,ヒラメとしたという説,
・平たい体に目が二つ並んでいることから「平目」とする説,

等々ある(http://allfishgyo.com/557.html,その他)らしいが,『大言海』は,

「片片(カタヒラ)に目ある意」

とし,『たべもの語源辞典』も,

「魚の名称は,その魚の特徴をつけるものなので,平たくて目が片側にあるというカタヒラメを略してヒラメというとしたい」

と,カタヒラメ説を採る。『日本語の語源』は,

「カタミエ(平見え)魚はヒラメ(比目魚。鮃)になった」

と,平らに見える状態から来たとする。『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/hi/hirame.html)は,

「古語では,『平らなさま』を『ひらめ』というため,そのまま『平らな魚』で『ひらめ』。また,ヒラメの『メ』は『ヤマメ』『アイナメ』などと同じく,『魚』を意味する『メ』で『平らなメ(魚)』からとも考えられる」

と,平らになる,平らにするという動詞「平む」(自動詞,他動詞)からきたとする。名詞形は平らなさまの「ひらめ」である。

『日本語源広辞典』は,

「ヒラ(平ら)+メ(接尾語)」の,平らな魚,
「かたひらに目がある魚」

の二説挙げる。確かに,平らな魚の形態から,

ヒラメ,

もあるが,特徴を,目と見れば,

カタヒラメ→ヒラメ,

もある。どちらとも言い難いが,平らよりは,目の特徴を採ってみる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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ラベル:ヒラメ 平目 平魚
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2019年04月08日

カレイ


「カレイ」は,

鰈,

と当てる。「鰈」(トウ,チョウ)の字は,

「会意兼形声。枼は,薄くて平らなとの基本義をもつ。鰈はそれを音符とし,魚をくわえた字」

とあり(『漢字源』),カレイの意であるが,ひ「ひらめやかれての類の総称」で,「比目魚」ともとあるので,ヒラメとの区別は曖昧である。

「『鰈』の『枼』は葉に由来し薄いものの意。王が魚を半分食べたところを水に放すと泳ぎだしたとの中国の故事から『王余魚、王餘魚』とも書くが、ヒラメをも含めた言い方である。このほか『鰕魿』『嘉列乙』『嘉鰈』『魪』『鮙』『鰜魚』などの漢字表記もある。漢名は『鰈』であるが、ヒラメとの混称で『偏口魚』『比目魚』などとも呼ばれる。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%82%A4)し,

「漢字の『鰈』は『葉っぱのように平たい魚』という意味。現在ではヒラメ(鮃)とカレイ(鰈)で別々の漢字を用いて区別しているが、昔は区別していなかった。江戸初期の辞書『倭爾雅わじか』(1694年)では『比目魚ひもくぎょ』をカレイと読ませており、その際、カレイとヒラメは区別していない。」

ともある(https://zatsuneta.com/archives/001840.html)。両者の区別は曖昧であった。

「この魚は扁(ひらた)く薄くて,頭が小さい。身の右の一面が黒く左の一面は白く,白いほうを地にすりつけて泳ぐ」

とあり(『たべもの語源辞典』),

「体は平たく、両目は、ヌマガレイなどの一部の例外を除き、原則として体の右側の面に集まっている。逆にヒラメ類では、目は体の左側側面に集まる。しかし、個別の個体では偶発的に逆となる変異現象(reversal of sides)がある。両目のある側を上にして海底に横向きになり、砂や泥に潜るなどして潜む。体の目のある側は黒褐色から褐色。特有の斑点を持つものもある。」

ともある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%82%A4)。

15.jpg

(広重魚尽「かなかしら・木の葉かれい・https://www.benricho.org/Unchiku/Ukiyoe_NIshikie/hiroshigeuozukushi.htmlより)

「カレイ」は,

カラエイの転,

とある(『広辞苑第5版』)。『語源由来辞典』も,

「古名は『カラエヒ(イ)』で,これが転じて『カレイ』になった。平安中期の『本草和名』にも,『加良衣比』sある。」

とし,『大言海』も,

「古語カラエヒの転」

とある。「カラエヒ」の項に,

「槁鱏(カラエヒ)の義。痩せ枯れたる意ならむ。…鱏(エヒ)に似て,甚だ小さし」

とある。「から」は,

涸,
枯,
乾,

と当て,接頭語で,

「涸(カレ)の転。群,むら雲,末(ウレ),うら葉。稀人,まらうど(賓客)の例なり(竹,たかむら。船,ふなばたの類)。枯,乾(カレ)の,カンラとなるも同じ。空(から),殻(から)も,乾(カラ)より移れるなり」

とある(『大言海』)。随って,

「『かれい』は『唐鱏』(からえい)または『涸れ鱏』の転訛とされる」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%82%A4)「唐」は,

「唐とあてるのは間違いである。舶来とか新むとかいう意味のとき唐がつけられる。カラエイには,そういう意味はない」

ようである(『たべもの語源辞典』)。当然,

「韓に多くいたエイ類の海魚である。「サカタザメ」をいう韶陽魚(こまめ)に似ているところからカラエイ(韓鱏)の約(和字正濫鈔・東雅・名言通・国語学通論=金沢庄三郎),

と「韓(から)」につなげるのも間違いとなる。またも古名が,「カラエヒ」である事を考えると,

カタワレイヲ(片割魚)の略(日本釈名・物類称呼・俚言集覧・重訂本草綱目啓蒙・柴門和語類集),

の説も採れない。『日本語源広辞典』は,

「カタエイ,カラエイ(片側魚),の変化」

とするが,エイ」は「鱏(エイ)」の意なので,この説は,採れまい。

「古名のカラエイがカレエイとなり,エが略されてカレイとなった。この魚をカラエイとよんだのは,エイという肴に似ているが,小さくてエイよりは涸れているからだある。カラはカレテル,涸れる,しめり気の乾くことといった意もである」

という(『たべもの語源辞典』)のが,結論だろう。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル: カレイ
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2019年04月09日

カツオ


「カツオ」は,

鰹,
松魚,
堅魚,

などと当てる。「鰹」(ケン)の字は,

「会意兼形声。『魚+音符堅(肉がしまっている)』」

で(『漢字源』),

「胴の大いなるもの」

の意(『字源』)で,

「おおうなぎ」

とする(『漢字源』)ものもあり,少なくとも,

カツオ,

でないことは確かである。もともと,

堅魚,

と書いていたものが,一字化し,

鰹,

となった(木工→杢,麻呂→麿)もののようである。

「カツオ」は,

カタウオの約,

とある(『広辞苑第5版』)。

「日本では古くから食用にされており、大和朝廷は鰹の干物(堅魚)など加工品の献納を課していた記録がある。カツオの語源は身が堅いという意で堅魚(かたうお)に由来するとされている。『鰹』の字も身が堅い魚の意である。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%84%E3%82%AA)から,あえて,「鰹」の字をあてたのだろう。吉田兼好が,

「鎌倉の海に、鰹と言ふ魚は、かの境ひには、さうなきものにて、この比もてなすものなり。それも、鎌倉の年寄の申し侍りしは、この魚、己れら若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づる事侍らざりき。頭は、下部も食はず、切りて捨て侍りしものなりと申しき。かやうの物も、世の末になれば、上ざままでも入りたつわざにこそ候れ。」

と書いており(『徒然草』),かつては見向きされなかったものらしい。ただ鰹節(干鰹)は,

「神饌の一つであり、また、社殿の屋根にある鰹木の名称は、鰹節に似ていることによると一般に云われている。戦国時代には武士の縁起かつぎとして、鰹節を『勝男武士』と漢字をあてることがあった。織田信長などは産地より遠く離れた清洲城や岐阜城に生の鰹を取り寄せて家臣に振る舞ったという記録がある。」

という。そんな「カツオ」も,江戸時代には人々は初鰹を特に珍重したとかで,

目には青葉 山時鳥(ほととぎす)初松魚(かつお),

という句(山口素堂)もある。

「江戸においては『粋』の観念によって初鰹志向が過熱し、非常に高値となった時期があった。『女房子供を質に出してでも食え』と言われたぐらいである。1812年に歌舞伎役者・中村歌右衛門が一本三両で購入した記録がある。」

とか(仝上)。

04 (1).jpg



『大言海』は,

「頑魚(カタクナウヲ)の略轉」

とし,

「高橋氏文『以角弭之弓,當遊魚之中,即着弭而出,忽獲數隻,仍名曰頑魚(カタウヲ),此今諺曰堅魚』。今も牛角の鈎ニテ釣るなり,鰹は,借字の堅魚の合字なり,鰹節に因りて,堅き魚の義とする説あれど,海中に腊(きたひ 干物の意)なるはなし」

とあるので,

愚かであることから,カタウヲ(頑魚)の転,

説だが,この説明で,「カタウヲ」説にも,『大言海』が批判するように,

干すると堅くなる,

の「カタウヲ」説があり,

「干すと堅くなるので『かたうを』と呼ばれていた」(日本語源大辞典)
「古くは生で食べることはなく、干して食用にしたことから、堅い魚の意の『堅魚(かたうお)』が変化した語とされる(由来・語源辞典http://yain.jp/i/%E9%B0%B9)。

とするものがある。しかし,

「『カタシ(堅し)』の『カタ』に『ウヲ(魚)』で『カタウヲ』となり、転じて『カツヲ(カツオ)』になっ たといわれる。加工されていないカツオは,鎌倉時代まで低級な魚として扱われ,主に干し固めて食用としていたことや,肉がしまっていること,『万葉集』などには『堅魚(カツオ)』といった表記があることから,『カタウヲ』説は有力」

という説明(『語源由来辞典』http://gogen-allguide.com/ka/katsuo.html)などから見ると,大言海の揶揄にもかかわらず,

干すと堅くなる,

肉がしまっている,

の両方の意味が重なっていそうである。その他,『大言海』の,

愚かであることから,カタウヲ(頑魚)の転(高橋氏文・箋注和名抄・松屋筆記),
カツオは疑似餌ぎじえでどんどん釣れるくらい「頑かたくなな魚」だから、「カタウオ」(頑魚)→「カツオ」になったという説(https://zatsuneta.com/archives/001714.html),

以外に,

カチ(濃紺)+魚(日本語源広辞典),
釣り上げると木の棒で叩いたり,ぶつけたりして処置しておくことから,棒などで打ち叩く意味の『カツ(搗つ)』に『魚(うを)』で『カツウヲ』となり,転じて『カツヲ』となった(語源由来辞典・衣食住語源辞典=吉田金彦),
弱いイワシに対して、強い魚だから、「勝つ魚」→「カツオ」となったとう説がある。江戸時代には「勝つ魚」と語呂がよいことから武士の間で好まれた(https://zatsuneta.com/archives/001714.html),

等々もある。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
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ラベル:カツオ 松魚 堅魚
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2019年04月10日

イルカ


「イルカ」は,

海豚,

と当てる。和名抄では,

江豚 伊流可,

古事記では,

入鹿魚,

と表記している。

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「海豚(カイトン)」は,中国語である。

「宛字、〈海豚・江豚〉は中国人の用語で、イルカを〈豚〉に似た形と断じての命名であろう」

と(語源海),とある。「イルカ」に当たる漢字は,一字だけで表す字が数種あるらしい。

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「イルカ」の定義は,曖昧で,

「哺乳綱鯨偶蹄目クジラ類ハクジラ亜目に属する種の内、比較的小型の種の総称(なお、この区別は分類上においては明確なものではない)。」

とされ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%AB),

「分類学上は『イルカ』に相当する系統群は存在しない。一般的にはハクジラ亜目に属する生物種のうち比較的小型の種を総称して『イルカ』と呼ぶことが多いが、その境界や定義についてははっきりしておらず、個人や地域によっても異なる傾向がみられる。」

日本では,

「日本語では、成体の体長でおよそ4mをクジラとイルカの境界と考えることが多い。」

という。総じて,

小形のハクジラ類の総称,

ということらしい。この「イルカ」の定義同様,「イルカ」の語源も,例えば,『語源由来辞典』が挙げるのは,

①イルカ漁をすると大漁の血が流れたり,辺り一面が血の臭いになることから「チノカ(血臭)」が転じた,
②「行く」を意味する「ユルキ」が転じた,
③海面に頭を出し入れすることから,一浮一没の魚の意味で「イリウク(入浮)」が転じた,
④よく入江に入ってくるので「イルエ(入江)」が転じた,
⑤イルカの「イル」は,「イヲ(魚)」で,「カ」は食用獣をいう語,

の五説で,「イルカ」の語源説のすべてである。最も有力な説は,⑤とし,

「古く『ウロコ』は『イロコ』と呼ばれており,『イル』や『イロ』『イヲ』は魚を表す言葉に用いられる。また,食べ物の神は『ウカノミタマ(食稲神)』と呼ばれ,『ウカ』には『食』の意味があり,『稲』が陸上の食『ウカ』とすれば,水中のウカが『イルウカ』や『イロウカ』と呼ばれ,転じて『イルカ』になったことは十分考えられる」

としている(http://gogen-allguide.com/i/iruka.html)。「行く」説も,地方によっては,「イルカ」を「ユルカ」と呼ぶところもある,としている(仝上)が,『日本語源広辞典』は,

「イル(湾や入江に入る)+カ(動物)」

とする。

カは食用獣をいう語(日本古語大辞典=松岡静雄),

とする根拠は分からないが,それを前提にすると,

イル,

が,

行く(ユルキ),

入る,

イヲ(魚),

となるが,僕は,「イヲ(魚)」と思える。「ゆく」は,

「現在の地点を出発点または経過点として,進行・移動が,確かな目標あるいは広い前方に向かって持続される意。また,時の経過とともに現在の状態が持続し,その程度が増大する意。奈良時代以降,同義のイク(行)よりも広く使われ,特に漢文訓読体ではユクの形を用いた」

とある(『岩波古語辞典』)。「入る」というのは常時ではないので,消極的に「イヲ」かと。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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ラベル:イルカ
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2019年04月11日

あげつらう


「あげつらう」は,

論う,

と当てる。「論」(ロン)の字は,

「会意兼形声。侖(リン)は『まとめるしるし+冊(文字を書く短冊)』の会意文字で,地を書いた短冊をきちんと整理して,まとめることをあらわす。論は『言+音符侖』で,ことばをきちんと整理して並べること」

とある(『漢字源』)。「評論」「討論」の「筋道を立ててきちんと整理して説く」意であり,「理論」の「理くつをたてたはなし」の意である。「勿論(ロンナク)」は,いうまでもないの意であり,日本語ではモチロンと訓ます。

「論」は,論ずる意で,

あげつらう,

に当てて,

物事の理非をあれこれ言い立てる
とやかく言いたてる,

の意で,「論」の意味からは,少しずれる。しかし,『岩波古語辞典』は,

論ずる,
あれこれと言い合う,

意とするので,もともとは,今日の,どちらかというと,

為にする,

ような意の「あげつらふ」とは違ったのかもしれない。

「『あげ』は挙,『つらう』はあれこれとする意」

とある(『広辞苑第5版』)。『岩波古語辞典』は,

「アゲはコトアゲ(言挙げ)のアゲ,ツラフはイヒヅラヒ・ヒコヅラヒのツラフに同じ」

とする。これだと分かりにくいが, 「ヒコヅラフ」を見ると,

あれこれと力を入れてひっぱってみる,

意で,

「ツラフは連り合ふの約,アゲツラヒフ・カカヅラフのツラフと同じ」

とあり,「イヒヅラフ」は,

あれこれ言う,

意で,

「ツラフはアゲツラフ・ヒコヅラフのツラフと同じ」

とある。「ツラフ」は『岩波古語辞典』には載らないが,『大言海』に,

拏ふ,

と当て,

「萬葉集『散釣相(サニツラフ)』,『丹頬合(ニツラフ)』の釣合(ツラフ)にて,牽合(つりあ)ふ約(関合ふ,かからふ),縺合(もつれあ)ふの意なり。同趣にて,しらふ,しろふという語あり」

とし,

爭(すま)ふ,

の意とし,

「此語,他語と熟語となりて用ゐらる。『引(ひこ 牽)づらふ』『挙げつらふ』『関づらふ』『為(し)づらふ』『詫びづらふ』『言ひづらふ』『譲(へ)つらふ』などの類なり。」

とある。「言挙げ」は,

声高く言い立てること,

であるので,どうやら,元々,

「あげつらふ」

には,

事々しく,ああだこうだと言い立てる,

意があったものと思われる。「論」は「論」でも,

論争,

に近い。『日本語源大辞典』は,

「『あげ』は『挙げ』,『つらふ』は『引こづらふ』などの『つらふ』で動作や状態が強く長く続くことを表す」

とする。『日本語源広辞典』は,

「アゲ(言挙げ)+ツラウ(連なり合う)」

とし,良い悪いを言い立てる,

意とする。「あげ」は,「挙げ」ではなく,「言挙げ」でなくては,意味が通じまい。ただ,

「もともとは負のイメージはなかったが、近世以降、非難をこめて述べ立てる含みが込められるようになり、『欠点をあげつらう』などのように用いられるようになった。」(『由来・語源辞典』)

というように(http://yain.jp/i/%E8%AB%96%E3%81%86),単に言い立てるという状態表現であったのが,事々しく言い立てる価値表現へと転じたということのようである。

因みに,「つらふ」は,

色の映合(さしあ)ふ,

意にも用い,「しらふ」は,

他の色の地に白く出(いで)たる斑(ふ),

と同趣という意味である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:論う あげつらう
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2019年04月12日

皮肉


「皮肉」は,

皮と肉。転じて,からだ,

の意であり,

(骨と髄にまで達していない意)うわべ,表面,理解や解釈の浅い所,

の意まではよく分かる。しかし,

意地のわるい言動。骨身にこたえるような痛烈な非難。また,遠まわしに意地悪を言ったりしたりすること。また,そのさま。あてこすり,

さらに,それをメタファにした,「運命の皮肉」というような,

思いどおりにならず,都合の悪いこと,また,そのさま,
物事が予想や期待に相違した結果になること,

という意味(『広辞苑第5版』『精選版 日本国語大辞典』)に使う語原が分からない。『字源』には,

いぢわるく,あてこすりに云ふ,

は,我が国だけの使用とある。どこから来たのか。『字源』には,

皮肉之見,

という言葉が載る。

あさはかなる悟り,

の意味として,『傳燈録』から,

「達磨欲西返天竺,乃命門人曰時将至矣,汝等蓋各言所得乎,時門人道副對曰,如我所見,不執文字不離文字,而為道用,師曰,汝得吾皮,尼総持曰,我今所解,如慶喜見阿閦佛國。一見更不再見,師曰,得吾肉,道育曰,四大本空,五陰非有,而我見處無一法可得,師曰,汝得吾骨,最後慧可禮拝後依位而立,師曰,汝得吾髄」

を引く。つまり,

「道副は『文字に執せず、文字を離れず、而も道用を為す』(仏法は言葉ではないが、そのことを言葉で徹底的に説明することも必要である)と言った。これに対して達磨は『汝吾が皮を得たり』と言った。
 尼総持は『慶喜(釈尊の弟子「阿難」)の阿シュク仏国(理想世界)を見るに一見して再び見ざるが如し』(阿難が釈尊に阿シュク仏国(理想世界)を見せてもらった故事を踏まえて、私は理想を追い求めない)と言った。これに対し達磨は『汝吾が肉を得たり』と言った。
 道育は『四大(肉体)本空、五陰(「色受想行識」即ち精神作用)有に非ず、而も吾が見處、一法の得可き無し』(肉体も本来一時的な存在であるし、精神作用も実在ではない、従って『これこそ絶対真実』というようなものはない)と言った。これには達磨は「汝吾が骨を得たり」と言った。
 慧可は前に進み出て達磨に礼拝して後、『位に依って立つ』(依位而立)即ち師に侍立した場合に弟子の居るべき定位置即ち師の斜め左後に立った。そこで達磨は『汝吾が髄を得たり』と言い,慧可に伝法付衣(袈裟)した。」

というエピソードである(http://zazen-ozaki-syokaku.c.ooco.jp/zen.html)。

この達磨大師の「皮肉骨髄」を,「皮肉」の語源とする説が,ネット上では大勢である。たとえば,

「その由来について調べていると、中国禅宗の達磨大師の言葉「皮肉骨髄(ひにくこつずい)」からくる仏教用語であることがわかった。…『我が皮を得たり』『我が肉を得たり』『我が骨を得たり』『我が髄を得たり』。弟子たちの修行を評価した達磨大師の言葉である。ただその意味するところはたいへん深く、骨や髄は『要点』や『心の底』のたとえつまり本質を理解しだしたということを意味するというのだ。たいして皮や肉は表面にあることから本質を理解していないという意味の非難の言葉。皮 肉 骨 髄 と四段階評価と行きたいところだが、肉と骨の間は途方もなく広いようである。これこそ皮肉かな悪い批評の言葉である骨と皮だけがセットとして残り、欠点などを非難する意味で使われるようになってしまったというわけ。」(https://www.yuraimemo.com/2686/

あるいは,

「皮肉は、中国禅宗の達磨大師の『皮肉骨髄(ひにくこつずい)』が語源で、仏教用語。『皮肉骨髄』とは、『我が皮を得たり』『我が肉を得たり』『我が骨を得たり』『我が髄を得たり』と大師が弟子たちの修行を評価した言葉である。
骨や髄は『要点』や『心の底』の喩えで『本質の理解』を意味し、皮や肉は表面にあることから「本質を理解していない」といった非難の言葉であった。そこから、皮肉だけが批評の言葉として残り、欠点などを非難する意味で使われるようになった。」(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1418752854

こうした語源説の淵源は,

「皮肉は、中国禅宗の達磨大師の『皮肉骨髄(ひにくこつずい)』が語源で、元仏教語。『皮肉骨髄』とは、『我が皮を得たり』『我が肉を得たり』『我が骨を得たり』『我が髄を得たり』と、大師が弟子たちの修行を評価した言葉である。 骨や髄は『要点』や『心の底』の喩えで『本質の理解』を意味し、皮や肉は表面にあることから『本質を理解していない』といった非難の言葉であった。そこから,皮肉だけが批評の言葉として残り、欠点などを非難する意味で使われるようになった」

である(『語源由来辞典』http://gogen-allguide.com/hi/hiniku.html)。しかし,

「骨や髄は『要点』や『心の底』の喩えで『本質の理解』を意味し、皮や肉は表面にあることから『本質を理解していない』といった非難の言葉であった。」

というのは,『語源由来辞典』の書き手の主観ではあるまいか。この達磨の言葉を見ると,神髄は,

「慧可が、ただ黙って達磨に礼拝して、もとの位置につく。それをみて、『汝はわが髄を得たり』」

にのみ焦点を当てているし,現に,

「達磨大師が慧可を後継者としたのは、釈尊がある日、弟子に説法しているとき、一本の花をひねって見せたが、誰もその真意が分からず沈黙していたときに、摩訶迦葉だけがにっこりと笑った。釈尊は、言葉で言い表せない奥義を理解できる者として、彼に伝法の奥義を授けた。この拈華微笑(ねんげみしょう)の故事から、他の三人が論を立て、悟りの中身を言葉で伝えようとしたのとは対照的に、慧可が黙って達磨に礼拝して元の位置についたことは、以心伝心を尊ぶ禅の不立文字(ふりゅうもんじ)の真髄を表している。」(https://shorinjikempo.or.jp/magazine/vol-46%E3%80%80%E7%9A%AE%E8%82%89%E9%AA%A8%E9%AB%84%E3%81%AE%E8%A8%93%E6%88%92.html)。

とあるように,後継者になったのは,慧可である。しかし,

「達磨は各門人の修行の成果を表す陳述に対し、達磨自身の皮肉骨髄、即ち道副は皮、尼総持は肉、道育は骨、慧可は髄、つまり各々仏法を受け継いだとして各人に印可を授与した。」

のである(http://zazen-ozaki-syokaku.c.ooco.jp/zen.html)。つまり,

「ここで特に注意すべきは、通常一般の解釈は、彼等弟子たちの間に優劣を認め、髄を得た慧可が最高であるから達磨の法を継いだとする。然し道元禅師は『皮肉骨髄』に『浅深』の格差はないとされる。即ち身体において皮肉骨髄は等しく必要なものであり、どれひとつ欠けても身体は成り立たない。これらに格差を認める考え方は、比較分別に終始する自我中心の人間世界の立場であって、尽十方界即ち仏法を学んだことのない者の考えであると言われる。」

のである(仝上)。

では,

皮肉之見,

が,今日の,

あてこすり,

嫌味,

イロニー,

の「皮肉」になったと言っていいのか。「皮肉之見」は,ただ皮相ということをいっている状態表現だが,それが価値表現へ転じた,ということでいいのだろうか。その可能性はあるが,それを言っているのは,『語源由来辞典』のみであるのに,いささかためらう。ここは,よく謬説を流布するから。

実は,

意地のわるい言動。骨身にこたえるような痛烈な非難。また、遠まわしに意地悪を言ったりしたりすること。また、そのさま。あてこすり。
思いどおりにならず、都合の悪いこと。難儀。また、そのさま。「運命の皮肉」

の意で使う(精選版 日本国語大辞典)用例は,ほぼ江戸時代以降なのである。『江戸語大辞典』には,

①芝居者用語。意地の悪い言葉,風刺的(「劇場にては意地わろき皮肉といふ」(文政八年・兎園小説),「誠に皮肉な唄だねへ」天保六年・春色辰巳園),
②難儀(「高くとまって,芸者や幇間に難儀(ひにく)をさせるお客なら」天保十年・梅の春),

とある。これがどこから来たかは定かではないが,仏教用語のみとは思えない。『日本語源広辞典』が,

「中国語で『皮+肉』が語源です。もとは身体の意です。
説1は,『怨恨が多の肉体に乗り移る,の肉体』の意です。
説2は,『文字通り,皮と肉と離れるように,つらく苦しい』意です。
説3は,『骨髄に対してうわべ,表面』の意です。
説4は『皮と肉の間の境めのきわどい,微妙さ』の意で,痛いところ,弱み,急所をいいます。ところが近世にはいって,意地の悪い言動にも使うようになり,明治以後,現在に至るまで,上記3の意の発展形として,『骨身にこたえるような痛烈な避難』とか,4の発展として,『遠まわしに微妙に意地悪を言ったりする』とかの表現に発展したものと思われる」

とする。説3は「皮肉之見」から来ている。説1は,謬説のように見えるが,『江戸語大辞典』に,

皮肉に分け入る,

という言葉があり,

一念が,相手の身体の中に侵入する,他人の肉体に乗り移る,

意で使われている(「法外(人の名)がひにくにわけいり,われわれが道にいざなはん」安永5年・高漫斉行脚日記)。これは,皮と肉の間とも読める。説4は,

皮肉も離るる,

という言葉があり,

辛く苦しい形容,

として使われる(「恩愛切なる歎きのうへに,かかるかなしき調べをきけば,皮肉もはなるるここちして」分化3年・昔話稲妻表紙)。

こうみると,「皮肉之見」も流れとしてあるかもしれないが,

皮肉も離るる,
皮肉に分け入る,

という状態表現の,

辛く苦しい,
一念が相手に入り込む,

意が,価値表現として,

嫌味,
あてこすり,
イロニー,

の意へと,混ざり合ったというのが正確にようである。江戸時代に淵源がある以上,無論,

皮肉之見,

を権威づけに使ったのかもしれない。しかし,少なくとも,

皮相,

の含意は,今日薄い。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2019年04月13日

ためらう


「ためらう」は,

躊躇う,

と当てる。

「躊」(漢音チュウ,五音ジュウ)の字は,

「会意兼形声。『足+音符壽(長くのびる))』」

とある。「壽」(呉音ジュ,漢音シュウ)は,

「会意兼形声。下部は,長く曲がって続く田畑の中のあぜ道を表し,長い意を含む(音トウ,チュン)。壽はそれを音符とし,老人を示す老印を加えた字で,老人の長命を示す。」

とあり(『漢字源』),たちもとほる(徘徊する),意である(『字源』)。

「躇」(漢音チョ,呉音ジョ)は,

「会意兼形声。『足+音符著(くっつける,止める)』」

とあり(『漢字源』),立ち止まる,意である。「躊躇(チュウチョ)」とは,二三歩一手は止まる,躊躇って行き悩む,意である。漢書の,李夫人伝,

「哀裵囘以躊躇」

から来ている(『字源』)。『岩波古語辞典』は,

「タメはタメ(矯)と同根。つのる病勢や高ぶる感情などを押える意。転じて、行動に突き進むことをひかえ、逡巡する意」

とする。どうやら,

「①(感情などを)おさえる。静める。「〔ツノル悲シミヲ〕ややタメラヒて仰言伝へ聞ゆ」〈源氏・桐壺〉
 ②(病勢などを)落ちつかせる。静養する。「風(感冒)おこりてタメラヒ侍る程にて」〈源氏・真木柱〉」

とある,感情を鎮める,落つかせる,という意味が古く,転じて,

「③(行動に移ることを)躊躇する。「別当入道の庖丁を見ばやと思へども、たやすく〔言葉ニ〕うち出でんもいかがかとタメラヒけるを」〈徒然231〉
 ④(進路に迷って)同じ所をさまよう。ゆきつもどりつする。「五六度まで引き返し引き返しタメラヒゐたり」〈盛衰記20〉」

と,躊躇する意となっていくが,あるいは,

鎮める・落ちつかせる→ゆきつもどりつ→躊躇する,

ではなく,

鎮める・落ちつかせる,

意の「ためらふ」に「躊躇」を当てたことで,「躊躇」の意味の,

ゆきつもどりつ,

の意味が現出したのかもしれない。ただ,「矯め」は,

タミ(廻)と同根,

つまり,

ぐるっと廻る,

意である。躊躇の原意と重なるのも,意味の外延としては分かりやすい。

『大言海』も,

依違,
躊躇,
踉蹡,

の字を当て,

「矯めて居る意か。潘岳,射雉賦『踉蹡而(タメラヒテ)徐來』徐爰註『乍行乍止,不迅疾之貌也』」

とするし,『日本語源広辞典』も,

「タム(矯ム)の未然形タメラ+フ(継続反復)」

と,行動の気持ちを押さえつづける」意とする。

①矯めて居る意か〈大言海〉,タメル(矯)の義〈名言通〉,タメはタム(矯)と同根〈岩波古語辞典〉,

とする以外に,

②タチメグラフ(立回)の略か〈和訓栞(増補)〉,
③タメネラヒオフ(矯狙追)の義〈日本語原学=林甕臣〉,
④タメリアフ(揉合)の義〈日本語源=賀茂百樹〉,
⑤タユメル(撓)の義〈言元梯〉,
⑥溜る方に顕れ進む意のタメルアフ(溜顕)の約。タメはタムエ(溜得)の約〈国語本義〉,

等々が挙がる(『日本語源大辞典』)が,『岩波古語辞典』の,

①(感情などを)おさえる。静める,
②(病勢などを)落ちつかせる,静養する,

が他動詞で,

③(行動に移ることを)躊躇する,
④(進路に迷って)同じ所をさまよう,ゆきつもどりつする,

が自動詞で,

「他動詞の方が古く、その後自動詞としても使われるようになって、現代では他動詞として使われる事は無くなったという事のようですね。」

とみる(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10151426380)のが妥当のようである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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ラベル:ためらう 躊躇う
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2019年04月14日

そしる


「そしる」は,

謗る,
誹る,
譏る,
毀る,

等々と当てる。「謗」(ボウ,呉音・漢音ホウ)の字は,

「会意兼形声。『言+音符旁(ボウ 両脇,脇に広げる)』」

誹(ヒ)の字は,

「会意兼形声。非(ヒ)は,鳥の羽が左右反対側にわかれるさまを描いた象形文字。誹は『言+音符非』で,ことばを操って二つの仲をさくこと。また,人の非(筋違いを言い立てること)」

「譏」(漢音キ,呉音ケ)の字は,

「会意兼形声。『言+音符幾(近くに迫る)』で,相手に鋭く迫って問いただすこと」

「毀」(キ)の字は,

「会意兼形声。『土+音符毀の土の部分を米に変えた字の略体』で,たたきつぶす,また,穴をあけてこわす動作を示す」

とある(『漢字源』)。和語では「そしる」ですんでしまうが,漢字には微妙なニュアンスがある。

「誹」は,人の非をさしてそしるなり。非に通用す。漢書の腹誹の註に『口不言,心非之也』とあり,
「非」は,誹に同じ,
「謗」は,陰口を言い,人をそしるなり。誹謗と連用す。誹謗之木は湿性らば,書きしるして諌むる爲,宮門にたてたる柱なり。人のことを悪しくつげあげたる書を謗書といふ。戦国策「文侯示之謗一筺」,
「毀」は,誉の反。人を毀ちやぶる如く,ひどくそしるなり,
「譏」は,先方のおちどをとがめそしるなり,詩譜序「刺過譏失,所以匡救其惡」,

と,使い分ける(『字源』)。『日本語源広辞典』は,

誹は,人の非を指摘して,ソシル
謗は,陰口を言ってソシル,
譏は,他人の欠点を細かく言いたててソシル,

と区別している。

和語「そしる」は,そんなニュアンスの翳はないが,『大言海』は,

背後言(そしりごと)の略転,褒むの反,

とし,『日本語源広辞典』も,

背後言(そしりごと)を約した動詞がそしる,

とする。しかし,背後言を,

そしりごと,

と訓ませたのは,すでに「そしる」という言葉があったからではないのか。これは,と自己撞着に陥っているように見える。

「そしりごと」という訓以外には,

ソトサル(外去)の義(名言通),
ソシは祖師か,ルハアヤマルの意か(和句解),
ソシイル(外誣)の義(柴門和語類集),
ソシユル(其誣)の義(言元梯),
ソグ(削)と関係のある語。ソはソヨナフ(害)のソに通ずる(国語の語根とその分類=大島正健),

等々ある(『日本語源大辞典』)が,何れも語呂合わせに思える。

結局,「そしる」の語源はっきりしないが,素人の臆説ながら,

そしり,

の「そ」は,「背」ではあるまいか。「せ(背)」は,古名,

ソ,

である。しかし,この先を続けると,語呂合わせの轍のに嵌りそうである。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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2019年04月15日

たしなめる


「たしなめる」は,

窘める,

と当てる。

苦しめる,悩ます,
咎める,叱る,戒める,

という,意味ちょっと繋がりの分かりにくい意味を持つ。「たしなめる」は,文語では,

たしなむ,

である。「たしなむ」は,

嗜む,

とも当てる。この両者は,つながっている。「たしなむ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/454039588.html)で触れたように,『岩波古語辞典』には,「たしなむ(嗜む)」

タシナシの動詞形,

とあり,

困窮する,窮地に立つ,
苦しさに堪えて一生懸命つとめる,
強い愛情をもって心がける,
かねて心がけ用意する,
気を使う,細心の注意を払う,
つつしむ,

の意味が載り,「たしなむ(窘む)」は,

タシナシの他動詞形,

とあり,

困窮させる,
苦しめる,

という意味が載る。「タシナシ」は,

「タシはタシカ(確)・タシナミなどのタシ。窮迫・困窮,またそれに堪える意。ナシは甚だしい意」

とあり,

窮迫状態にある,
はげしく苦しい,
老いやつれて病み,また物事に失意のさまである,

という意味になる。『大言海』は,「たしなし」に,

無足,

と当て,

乏し,少なし,窮乏,

の意味を載せる。あるいは,乏しい,という状態表現が,転じて,困窮,という価値表現へと意味が転じた言葉なのかもしれない。

ということは,「たしなむ」は,

(乏しい→)困窮状態にある→それに堪えて懸命につとめる→かねて心がけ用意する→いましめ,つつしむ,

等々と,困窮の状態表現から,それに堪える価値表現へと転じ,そういう状態にどれだけ予め備える心がけへと転じ,それを戒めとか慎みといった価値表現まで広げた,という流れになる。そう考えると,

窘む,

と当てた方が,原義に近く,

嗜む,

は,その意味が拡大し,心がけの価値表現へと転じた意味だと知れる。『日本語源広辞典』は,「たしなむ(嗜む)」

「タシナム(堪え忍ぶ)」の変化,

とあり,転じて,

深く隠し持つ,(常に)心がける,つつしむ,遠慮する,身辺を清潔にする,細かく気を使う,ある事に打ち込む,

の意となるとし,「たしなめる」(窘める)は,

「タシナムの転意」

とするが,逆のように思える。

『大言海』は,「たしなむ」で,四項別に立てている。まず,

窘む,

と当てて,

「足無(たしなみ)の意か」

とした上で,

窮して,苦しむ,
研究す,

の意味を載せる。次に,

矜持,

と当てて,

行儀の正しからむやうにする,

の意を載せる。その次に,

嗜む,

と当てて,

「窘(たしな)みて好む意か」

とし,

たしなむ,好む,
転じて,予(かね)て心掛く,
戒む,
つつしむ,

の意を載せる。そして,最後に,

窘む,

と当てて,

苦しむ,悩ます,困らす,

の意を載せる。どうやら,「矜持」は,「たしなみ」の心がけの延長線上にあるとして,「窘む」と「嗜む」と当てる字を分けて区別しているが,

たしなむ(tasinamu),

という和語が,そもそも端緒としてあるということを思わせる。「たしなむ」の語源について,「窘む」は,

タシナシ(足無)の意か(大言海・国語の語根とその分類=大島正健),

以外には,

足らぬをタシテイトナムの意から(和句解),
タタシナム(直死)の義(言元梯),

しかないので,「乏しい」というのを原義と考えると,

無足,

という大言海解説に傾く。「嗜む」の語源は,

タシナム(手為狎)の義(言元梯),
タシナム(立息嘗)の義(柴門和語類集),
タシナム(饜嘗)の義(語簏),
窘みて好む意か(大言海),

とある。しかし,「嗜む」と「窘む」は,もともと「たしなむ」であった。その意は,

たしなし,

を,

無足(大言海),

タシはタシカ(確)・タシナミなどのタシ。窮迫・困窮,またそれに堪える意。ナシは甚だしい意(岩波古語辞典),

にしろ,

乏しい,
困窮,

の意味が,その意味の外延を伸ばし,

(乏しい→)困窮状態にある→それに堪えて懸命につとめる→かねて心がけ用意する→いましめ,つつしむ,

と拡大したと,考えていいのではないか。因みに,「嗜」の字は,

「耆(キ)は『老(としより)+旨(うまい)』の会意文字で,長く年がたって深い味のついた意を含む。旨は『匕(ナイフ)+甘(うまい)』の会意文字で,ナイフを添えたうまいごちそう。嗜は『口+耆』で,深い味のごちそうを長い間口で味わうこと。旨(シ)と同系のことばだが,『主旨』の意に転用されたため,嗜の字でうまい物を味わうという原義をあらわした。」

とあり,

それに親しむことが長い間の習慣になる,

という意味となる。「窘」の字は,

「『穴(あな)+音符君』。君は(尹は,手と丿印の会意文字で,滋養下を調和する働きを示す。もと,神と人との間をとりもっておさめる聖職のこと。君は『口+音符尹(イン)』で,尹に口を加えて号令する意を添えたもの。人々に号令して円満周到におさめるひとをいうので)丸くまとめる意を含む。穴の中にはいったように,まるく囲まれて動けないこと」

で,

「外を取り囲まれて,動きが取れなくなる,自由がきかないさま」

の意となる(『漢字源』)。「たしなむ」の意味の変化に合わせて,上手い字を当てたものである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2019年04月16日

すずな


「すずな」は,

菘,
鈴菜,

と当てる。

カブラ,

とも言うが,

かぶ(蕪),

のことである。春の七草,

せり (芹),なずな (薺),ごぎょう (御形・五形),はこべら (繁縷・蘩蔞),ほとけのざ (仏の座),すずな (菘/鈴菜),すずしろ (蘿蔔・清白),

の一つとされる。

原産地は地中海沿岸、南ヨーロッパ地帯,アフガニスタン地方,

といわれている(食の医学館),とか。

「中国へは約2000年前に伝播し、『斉民要術(せいみんようじゅつ)』(530頃)には栽培や利用に関する詳細な記述がある。『三国志』で有名な蜀の軍師諸葛孔明が行軍の先々でカブをつくらせ、兵糧の助けとしたので、カブのことを諸葛菜(しょかつさい)とよぶというエピソードがある。」

とか(日本大百科全)。わが国に伝わったカブは

「ヨーロッパ型(小カブ)とアジア型(大カブ)の2種で、関ヶ原付近を境に分布が東西にわかれているといいます。朝鮮半島から渡来したヨーロッパ型は東日本に分布し、中国経由で渡来したアジア型は、西日本に定着しました。」

という(仝上)。

「日本へは中国を経て、ダイコンよりも古く渡来した。『日本書紀』には、持統天皇の7年3月に、天下に詔して、桑、紵(からむし)、梨、栗、蕪菁(あをな)などを植え、五穀の助けとするよう勧めるとの記載がある。平安時代の『新撰字鏡(しんせんじきょう)』や『本草和名(ほんぞうわみょう)』には阿乎奈(あをな)とあり、『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』では蔓菁、和名阿乎菜、蔓菁根(かぶら)、加布良(かぶら)とある。『延喜式(えんぎしき)』には、根も葉も漬物にして供奉されたとの記載があり、種子は薬用にもされていたほか、栽培法の概要も記されており、平安中期にはかなり重要な野菜であったことがわかる。平安末期の『類聚名義抄(るいじゅうみょうぎしょう)』では、蔓菁根、蕪菁、蕪菁子(なたね)と使い分けの生じたことが知られる。江戸時代には『本朝食鑑』『和漢三才図会』『成形図説』『百姓伝記』『農業全書』『菜譜』などに品種名を伴った記載があり、当時すでに品種が分化していたことがわかる。」

とある(仝上)。とにかく古い。「鈴菜」は当て字と思われるが,「菘」(呉音スウ,漢音シュウ)の字は,

「会意兼形声。『艸+音符松(たてに長い)』」

とあり,

「たぅな,葉は蕪菁(かぶら)に似て,青白し」

とあり,

「よく寒に耐ふ,松の操あり,故に字松に从(したが)ふ」

ともある(字源)。「かぶ」そのものを指すのではないらしい。

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「すずな」の語源は,

小菜(ささな)の義ならむ,

とある(大言海)。

「スズナの『スズ』は、『ササ(細小)』が変化した語と考えられているが、スズナ(カブ)が他の植物に比べ、圧倒的に小さいと言えるほどではないため難しい。スズナが『鈴菜』とも 表記されるところから考えれば、『鈴花菜(すずはなな)』の略。もしくは、『鈴』は楽器ではなく『錫』のことで、スズナが錫型の丸い容器に似ているところから付いた名sも考えられる」

とする(語源由来辞典 http://gogen-allguide.com/su/suzuna.html),「鈴」説を採るのが,

「鈴+菜」

とする『日本語源広辞典』である。

「神楽の鈴のような葉の菜」

という。しかし,「葉」を指しているので「鈴」ではないようである。さらに,

スズハナナ(鈴花菜)の略(日本語原学=林甕臣),

と四弁の菜の花のような「すずな」の花説を採るものもあって,「すずな」の語源説ははっきりしない。「鈴」説としても,葉あり,花あり,実あり,で確定しがたい。

神楽の鈴,

というなら,実のことだろうとは思うが,こんなふうに鈴なりになるわけではない。。

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「すずな」は,後世,

かぶら(蕪菁,蕪),

と呼ばれる。「かぶら」は,

かぶらな(蕪菜)の略,

とされる。「かぶらな」は,

「根莖菜(カブラナ)の義」

とあり(大言海),「かぶら」は,

根莖,

と当て,

カブは,頭の義。植物は根を頭とす,ラは意なき辞,

とする(大言海)。「かぶ」は,

「カブ(頭・株)と同根」

とする(岩波古語辞典)と重なる。「かぶ」と「かぶら」のつかいわけは,

「『かぶら』の女房詞『おかぶ』から変化した語か。類例に『なすび』の女房詞『おなす』から『なす』が出来た例がある」

とある(日本語源大辞典)ので,

かぶらな→かぶら→おかぶ→かぶ,

という転化してきたものらしい。ただ,「かぶ」については,かぶ(頭)説以外に,

カブは根の意(志不可起),

説があるが,やはり,「かぶり」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463972279.html)で触れたように,

かぶ→かしら→こうべ→(つむり・かぶり・くび)→あたま,

と転じた「かぶ」頭説でいいのではないか。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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2019年04月17日

すずしろ


「すずしろ」は,

蘿蔔,
清白,

等々と当てる。春の七草の一つ「すずしろ」である。

大根,

の意である。「蘿蔔(ラフク)」は,漢名である。

「蘿菔(ラフク)とも書く。蘿蔔は中国でロープと訓まれた。千切りにした大根を北京語でセンロープといった。それが訛って千六本といわれた」

とある(たべもの語源辞典)。原産地は,

「確定されていないが、地中海地方や中東と考えられている。紀元前2200年の古代エジプトで、今のハツカダイコンに近いものがピラミッド建設労働者の食料とされていたのが最古の栽培記録とされ、その後ユーラシアの各地へ伝わる。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%B3)。とても古い。日本には,

「弥生時代には伝わっており、平安時代中期の『和名類聚抄』巻17菜蔬部には、園菜類として於保禰(おほね)が挙げられている。」(仝上)

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古名は,

オオネ,

で,それに当てた,

大根,

の音読が「ダイコン」である。では,

スズシロ,

は何か。『大言海』は,

「菘代(スズナシロ)の義にて,蘿蔔を以て,あをな,すずなに代へ用ゐるより名ありしならむ」

とあるが,よく分からない。「すずほり(菹)」を見ると,

「菘鹽入(すずなしほり)の約にもあるか,菘代(スズナシロ)同じ」

とあり,

「鹽漬の菜。多くは,あをな,即ちスズナを用ゐる」

とある。つまり,

スズナ(蕪)に代えて,用いるから,菘代(スズナシロ),

ということらしい。ちょっと無理筋ではないか。大根は,大根であって,蕪の代用ではあるまい。しかし,

「スズシロノ『スズ』は『涼しい』の『スズ』,『シロ』は根の白さで,ずすがしく白い根を表した『涼白(すずしろ)』を語源とする説がある。漢字で『清白』と表記することや,単純で分かりやすいことから上記の説が有名であるが,『清白』は当て字で,『涼白』の意味が先にあったものか,『清白』が当てられ『涼白』がの説が考えられたか,その前後関係は不明である。『涼白』の説より,『スズナ(カブの別名)』に代わるものの意味で,『菘代(スズナシロ)』が語源と考えるほうがいいだろう」

とする(語源由来辞典 http://gogen-allguide.com/su/suzushiro.html)説もある。蕪の代用にされたかどうかは,事実の問題で,解釈の問題ではない。といって,

「スズシロの『スズ』は『涼しい』『涼む』の『すず』で清涼の意。『シロ』は根の白さで、すがすがしく白い根から『涼白(すずしろ)』が名前の由来とされる。」

という(由来・語源辞典 http://yain.jp/i/%E3%82%B9%E3%82%BA%E3%82%B7%E3%83%AD)のも,理屈が過ぎる。蕪だって白い。

この他に,

スズはスズナと同じく小さい意。シロは根が白いところから(滑稽雑誌),

もある。しかし,もともと。

おほね,

という言葉があった。「すずしろ」は後から付けた名ではないか。七草は,

「現在の7種は、1362年頃に書かれた『河海抄(かかいしょう)』(四辻善成による『源氏物語』の注釈書)の「芹、なづな、御行、はくべら、仏座、すずな、すずしろ、これぞ七種」が初見とされる(ただし、歌の作者は不詳とされている)。」

という(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E8%8D%89)。

芹,なづな,御行,はくべら,仏座,すずな,すずしろ,

の語呂と,

芹,なづな,御行,はくべら,仏座,すずな,おほね,

では,語呂が悪い。

「日本では古くから七草を食す習慣が行われていたものの、特に古代において『七草』の詳細については記録によって違いが大きい。『延喜式』には餅がゆ(望がゆ)という名称で『七種粥』が登場し、かゆに入れていたのは米・粟・黍(きび)・稗(ひえ)・みの・胡麻・小豆の七種の穀物で、これとは別に一般官人には、米に小豆を入れただけの「御粥」が振舞われていた。この餅がゆは毎年1月15日に行われ、これを食すれば邪気を払えると考えられていた。なお、餅がゆの由来については不明な点が多いが、『小野宮年中行事』には弘仁主水式に既に記載されていたと記され、宇多天皇は自らが寛平年間に民間の風習を取り入れて宮中に導入したと記している(『宇多天皇宸記』寛平2年2月30日条)。この風習は『土佐日記』・『枕草子』にも登場する。」

とある。

米・粟・黍(きび)・稗(ひえ)・みの・胡麻・小豆,

の七種であったり,

「旧暦の正月(現在の1月~2月初旬ころ)に採れる野菜を入れるようになったが、その種類は諸説あり、また地方によっても異なっていた。」(仝上)

のであり,もともと,年初に雪の間から芽を出した草を摘む「若菜摘み」という風習に由来するが,これ自体,

「六朝時代の中国の『荊楚歳時記』に『人日』(人を殺さない日)である旧暦1月7日に、『七種菜羹』という7種類の野菜を入れた羹(あつもの、とろみのある汁物)を食べて無病を祈る習慣が記載されており、『四季物語』には『七種のみくさ集むること人日菜羹を和すれば一歳の病患を逃るると申ためし古き文に侍るとかや』とある。このことから今日行われている七草粥の風習は、中国の『七種菜羹』が日本において日本文化・日本の植生と習合することで生まれたものと考えられている。」(仝上)

何を入れるかを勝手に,

「芹、なづな、御行、はくべら、仏座、すずな、すずしろ、これぞ七種」

と確定させたとき,「おほね」を「すずしろ」と替えた。とすると,

蕪の代替,

と勝手に作者が決めたのかもしれない。白さでも,蕪も大根も区別がないのだから。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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2019年04月18日

太鼓持ち


「太鼓持ち」とは,

幇間,

の意である。

遊客の機嫌を取り,酒興を助けるのを仕事にする男,

とある。

末社,
太鼓,

とも言う。それをメタファに,

人に追従しそのご機嫌取りをする者,
太鼓叩き,

の意でも使う。ただ,

太鼓を持つこと,

という意味もある(岩波古語辞典)。人に太鼓を持たせる意は,しかし,

「昔は太鼓,人に持たせて打つ。太鼓持ちと藝なき者を云ふは,右の如く太鼓持たせ打ちし故なり」(わらんべ草)

とあるところから見ると,

(太鼓の持ち手にしかなれない)「藝なきもの」

を指した,ということのようである。

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(河鍋暁斎「吉原遊宴図」 https://mag.japaaan.com/archives/79815より)

「太鼓もち」と同義語の「末社」とは聞き慣れないが,

大尽をとりまく,遊里で客の取り持ちをする人,

で,たいこもちの意である。

「大尽の音が大神に通うのでこれを本社に擬し,その取り巻きを末社にぎして呼ぶ」

とある(江戸語大辞典)。それに擬して,転じて,

太鼓持ち,
幇間,

の意に広げたもののようである。ちなみに,

「太鼓持ちは俗称で、幇間が正式名称である。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%87%E9%96%93)。

「『幇』は助けるという意味で、『間』は人と人の間、すなわち人間関係をあらわす。この二つの言葉が合わさって、人間関係を助けるという意味となる。宴会の席で接待する側とされる側の間、客同士や客と芸者の間、雰囲気が途切れた時楽しく盛り上げるために繋いでいく遊びの助っ人役が、幇間すなわち太鼓持ちである」

ともされる,と(仝上)。さらに,幇間は,

「別名『太鼓持ち(たいこもち)』、『男芸者』などと言い、また敬意を持って『太夫衆』とも呼ばれた」

とあるが(仝上),

「座敷を盛り上げるのが、彼らの仕事です。男芸者も座敷を盛り上げますが、太鼓持の方がランクは下になります。
具体的に、男芸者は吉原に住んでいる三味線や踊りで盛り上げるプロの芸人です。妓楼に属する内芸者と吉原見番から2人1組で派遣される見番芸者がいました。一方、太鼓持はおしゃべりや酒の相手が主な仕事で、さらに下のランクになると、裸踊りをする者もいたとか。つまり、特に何か芸を身に付けているわけではなく、お調子者で世渡り上手なことが大事だったのです。」

ともあり(https://mag.japaaan.com/archives/79815),

太鼓持ち,

男芸者,

とは別,とする説もある。しかし,『江戸語大辞典』『大言海』は,「太鼓もち」の別称として,

男芸者,

としている。また,

「京坂の俗言にはたひこもち又やつことも云也。江戸にて芸者と云は大略女芸者のこと也。幇間は必ず男芸者或は太夫とも云也。京坂にて芸者とのみ云ば幇間也。女芸妓は芸子とも云也。京坂には野幇間と称すること之無,然れども其業をなす者は往々之有」(守貞漫稿)

とあり,

「地域にもよるが,『やっこ』『芸者』『男芸者』『太夫』ともよばれてしいたこと」

とあり(日本語源大辞典),厳密な区別は,その当人たちだけのことで,いずれも,外から見れば,「太鼓持ち」と括れられたのかもしれない。なお落語に出てくる「野太鼓」というのは,プロの幇間ではなく,

素人,

を指すらしい(江戸語大辞典)が,

「内職として行っていた」

ともある(日本語源大辞典)ので,どちらかというと,

幇間自体を卑しめて呼ぶ称,

というのが正しいのかもしれない。

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(幇間芸の一例。足踊り https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%87%E9%96%93より)

さて,「太鼓持ち」の語源は,

「太鼓持ちの語源は安土桃山時代まで遡る。豊臣秀吉が関白から太閤になった時、お伽衆であった曽呂利新左エ門が「太閤、いかがで。太閤、いかがで。」とご機嫌をとっていたことが起源といわれている。その太閤を持ち上げている様子を『太閤持ち』から『太鼓持ち』となった。」

という説(https://dic.nicovideo.jp/a/%E5%A4%AA%E9%BC%93%E6%8C%81%E3%81%A1)から,

タイコは,話の相槌・応答の意。持つはそれで仲を取り持つ意(上方語源辞典=前田勇),
六斎念佛や紀州雑賀踊りでは,鉦を持たないものが太鼓を持つところから,金持ちの遊興の席で機嫌を取る,金を持たない者をいった(色道大鏡・大言海・松屋筆記),
昔,太鼓の名人が,常に自分の気に入りの一人の弟子にのみ太鼓を持たせたので,腹を立てた相弟子らがそれを太鼓持ちといったところから(洞房語園),
人に物を与えることを打つというところから,遊客がよく打てば鳴るとの意でいったもの。また打つ人つまり遊客の心にあうようにふるまうところからか。また,この職の者はうそをついて人の心を慰めるところから,タイコは大虚の義か(好色由来揃),
田楽や風流踊で太鼓を打つ役の名から(演劇百科事典),
太夫をこころよくのせて廻し,大尽の気に入るように拍子をとるので,能の太鼓打ちになぞらえたもの(嬉遊笑覧),

等々まで諸説ある。しかし,

「古来諸説あれど,いずれも付会の感が強い」

とする(江戸語大辞典)ように,どうも理屈をこねるものに,正解はない。もともと,

「昔は太鼓,人に持たせて打つ。太鼓持ちと藝なき者を云ふは,右の如く太鼓持たせ打ちし故なり」(わらんべ草)

とあるところから見ると,

(太鼓の持ち手にしかなれない)「藝なきもの」

を指した,ということのようである(岩波古語辞典)。その意味では,

六斎念佛や紀州雑賀踊りでは,鉦を持たないものが太鼓を持つところから,

というのが実態に沿うのではないか。ただ,「藝無き」ものではなく,

「芸としては,地口,声色(こわいろ),物真似・舞踊・のほか,扇子や衣桁などの身近な物を用いた演技や狂態など,滑稽なものが主である。ただし,多くは,一中節・清元などの音曲を身に着けていた」

とある(日本語源大辞典)。確かに,

男芸者,

である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2019年04月19日


「春」(シュン)の字は,

「萅」の略体,

で,「萅」の字は,

「会意兼形声。屯(トン・チュン)は,生気が中にこもって,芽がおい出るさま。春はもと『艸+日+音符屯』で,地中に陽気がこもり,草木がはえ出る季節を示す。ずっしり重く,中に力がこもる意を含む」

とある(漢字源)。春とは,

「冬と夏の間の季節。現行の太陽暦では三月から五月まで。陰暦では正月から三月まで。また、二十四節気では立春から立夏の前日まで。天文学上では、春分から夏至(げし)の前日まで。」

とか(http://www.7key.jp/data/language/etymology/h/haru.html)。

三春,

といい,

初春 (孟春)は,旧暦1月、または、立春から啓蟄の前日まで,

仲春 (仲陽)は,旧暦2月、または、啓蟄から清明の前日まで,

晩春 (季春)は,旧暦3月、または、清明から立夏の前日まで,

とか(仝上)。和名抄には,

「正月,初春,二月,仲春,三月,暮春」

とある。

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(ボッティチェルリ『春(プリマヴェーラ)』 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5より)


「春」の字を得て,やっと春を得た感じだが,和語「はる」の語源は,『日本語源広辞典』は,

説1は,水田に水をハル季節。これに対して田がアク季節がアキ,
説2は,木々の芽がハル季節で,通説。木の芽が膨れる季節の意,
説3は,田をホル(墾)時節。
説4は,ハエル(映)季節。自然のあらゆるものが映える季節,

と四説挙げ,

「農民の季節意識から」

説1を採る,とする。しかし,季節感が異なりはしまいか。さらに,「ハル」が「張る」なら,

「『張る』とする説は,アクセントの転から成立困難」

とする説もある(岩波古語辞典)。『大言海』は,

「萬物發(は)る侯なれば,云ふと云ふ」

とする(日本声母伝・和訓栞・日本語源=賀茂百樹)。「張る」には,「木の芽が張る」とする説もある(和句解・国語蟹心鈔・類聚名物考・言元梯・名言通・菊池俗語考・本朝辞源=宇田甘冥・日本古語大辞典=松岡静雄)が,「張る」については,否定説がある。

その他諸説,

春は晴天が多イトコロカラ,ハル(晴)の義(日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・本朝辞源=宇田甘冥),
年が開ける意で,ハル(開)の義(東雅),
畑をハル(墾)の義(南留別志・言葉の根しらべの=鈴木潔子),
ヒエサル(冷去)の義(日本語原学=林甕臣),
ハラフと同系語ではらひすてて出現する意から(宮廷と民間=折口信夫),
年のハジマルの略か。また,葉ツハルの義か。またアラハルの義か(和句解),
ヒヤワラグ(日和)の約(和訓集説),
ハは含んだものがアラハルル意,ルは万物が生成して動き落ち着かぬ意(槙のいた屋),
Paru(春)のpaは光の義(神代史の新研究=白鳥庫吉),

があるが,中では,「晴れ」の語感に惹かれる。言語学者の阪倉篤義氏は,

春の語源は動詞の「晴る」だと推測している,

という(https://japanese.hix05.com/Language3/lang307.haru.html)。

「晴れる」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/459981482.html)で触れたように,「はる(晴る)」は,

「ハラ(原)と同根か。ふさがっていた障害となるものが無くなって広々となるさま」

とあり(岩波古語辞典),「はる」に,

墾,
治,

という字を当てるものは,

「開くの義,開墾の意,掘るに通ず」

晴,
霽,

の字を当てるものは,

「開くの義,履きとする意」

として,いずれも「開く」につながるのである(大言海)。その意味は,

パッと視界が開く,

晴れ晴れ,

という感じと似ているが,それは,

開いた(開墾した),

という含意がある。つまり,開く(開墾する)ことで,開けたという意味である。「はる(晴る・霽る)」に,

「開(はる)くの義。はきとする意」

とあるのに通ずる気がする。さらに,

開く,

と当てる「はるく」は,

晴れる,

意とある。つまり,「はれ」は,

晴,
墾,
原,

と同源なのである。

「空に障害物,雲,霧などがなく,ハレバレとした様」

とは,まさに,春ではあるまいか。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2019年04月20日


「夏」は,天文学的には,

夏夏から立秋(の前日)まで,

太陽暦では,

6月から8月,

陰暦では,

4月から6月,

ということになるらしい。

孟夏,
仲夏,
季夏,

とも別ける。

う「夏」(漢音カ,呉音ゲ)の字は,

「象形。頭上に飾りをつけた大黄な面をかぶり,足をずらせて舞う人を描いたもの。仮面をつけるシャーマンの姿であろう。大きなおおいで下の物をカバーするとの意を含む。転じて,大きいの意となり,大民族を意味し,また草木が盛んに茂って大地をおおう季節をあらわす」

とある(漢字源)。

ryougoku_hanabi_13.jpg

(歌川広重 名所江戸百景両国花火 https://mag.japaaan.com/archives/6973より)


「なつ」は,

「暑(アツ)の轉。冬の冷ゆるに対す。漢語熱(ネツ)と暗合す」

とある(大言海・日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・南留別志・百草露・柴門和語類集)。

「アツ」を熱とするもの(東雅・和語私臆鈔・俚言集覧・名言通・日本語源=賀茂百樹),「アツ」を温とするもの(言元梯),「アツ」を熱(ネツ)とするもの(和語私臆鈔)等々があるが,『日本語源広辞典』は,

「暑いのアツが語源」

とし,

「ネツ,アツ,ナツ,同じ語源」

とする。「暑」「熱」「温」は同じとみていい。似たものに,

「ゲニアツキトキ(実に暑き季)は『ゲ』『キトキ』を脱落した省略形のニアツの部分が,ニア[n(i)a]の縮約でナツ(夏)になった」

がある(日本語の語源)。また,

アナアツ(噫暑)の義(日本語原学=林甕臣),

も,「暑い」説の変形と見られる。また,

「朝鮮語nyörɐm(夏)と同源」

とする(岩波古語辞典),外国語由来とする説もあり,

「朝鮮語の『nierym(夏)』,満州語の『niyengniyeri(春)』などアルタイで『若い』『新鮮な』の原義の語という同系」

とする(語源由来辞典)。しかし,どうだろう,もし季節感が,外国由来なら,夏だけが,外来語というのは変ではあるまいか。

この他には,

草木がナリイズル(造出)の義(類聚名義抄),
稲がナリタツ(成立)の義(古事記伝・菊池俗語考),
成の義(和訓栞),
稲がナリツク(生着)の義(和訓集説),
ナはナユルのナ,ツは助語(日本声母伝),

と植物と関わらせるもの,

ナデモノ(撫物)のナヅと関係のある語。接触によって穢れを落す,季節の祭祀から出た語か(続万葉集講義=折口信夫),
na-tuの複合語。naはudaru(煮)・iteru(凍)などと同語(神代史の新研究=白鳥庫吉),

等々があるが,

atu(あつ)→natu(なつ),

が自然に思える。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
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コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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