2019年07月01日

かまくら


「かまくら」は,

「降雪地域に伝わる小正月の伝統行事。雪で作った『家』(雪洞)の中に祭壇を設け、水神を祀る。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%BE%E3%81%8F%E3%82%89)が,伝統行事で作られるものに限らず、雪洞自体が,

かまくら,

と呼ばれる。大雪の日,確かにつくった雪洞を,「かまくら」と子供の時呼んだ記憶がある。しかし,

「雪室〔ゆきむろ〕の中に祭壇を設け、自然の恵みである水を運んでくれる水神様をお祀りする行事を称して『かまくら』と言います。正月に飾りなどを焼く行事や農作の害鳥を追い払うための『鳥追いの行事』などと融合し『かまくら』と呼ばれています。」

とあり(http://iroha-japan.net/iroha/A01_event/03_kamakura.html),行事全体を指していた可能性がある。

240px-Kamakura-yuki.jpg



「かまくら」には,

雪穴式

竈式,

があるらしい。「竈式」のかまくらは,

「正月十四日の夜、雪をかい集め高くつみかさね、板戸なんどにおしあてて囲みを作し、三間四方、或いは四間四方ぱかりの雪の屏風を引わたしたらんが如に云々」

とあるように、四角い「かま くら」を,菅江真澄が書いている(ふでのまにまに:久保田迦麻久良祭(くぼたかまくらまつり)),というので,当時の主流は、「竈式」だったらしい。「雪穴式」のかまくらは,戦後規格化したもの,というhttp://www.pref.akita.jp/fpd/bunka/kamakura/q&a/index.html。もともと由来を考えると,竈型だったのだろう。

「かまくら」の語源には,

●「竈(かまど)」を語源とする「竃蔵」説 「かまくら」の原型 はかまど式である。しかもこれは単に形態ばかりではなく、 この中で正月用の飾りものなどを焼いたという事実からして「竈」を語源とする説,
●「神座(かみくら)」を語源とする説 雪むろは、神の御座所(おまわしどころ)である。即ち「神座」であることから、「かまくら」 と変化したという説,
●「鎌倉大明神」を語源とする説  左義長とい われるこの行事に「鎌倉大明神」は付帯しており、その神名「鎌倉」を語源とした説,
●鎌倉権五郎景政を祀ったという信仰からでた説 後三年の役で、弱冠16才で勇敢に戦った景政を祀ったことから、「かまくら」となったという説,
●鳥追い歌の歌詞からという説 鳥追い歌に「鎌倉殿」という歌詞があることから「かまくら」になったという説,

等々がある。ただ,

雪の箱を作ってその中で神様の寄り代〔よりしろ〕である松飾りや注連縄〔しめなわ〕を焼く行事,

米を食い荒らす鳥を追いはらい豊作を願う鳥追いの行事
と,
水神様を祭る行事,

等々が融合しているところをみると,「竈」型が始源に近い気がする。「竈」(ソウ)の字自体に,

かまどの神,

の意があり,「かまど」は,

「釜で沸かした湯で邪気を払う『湯立神事』のため、かまどを設ける場合もある」

等々(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%BE%E3%81%A9),神や神事とつながりが深い。

「水神様がすわる御座所という意味で,祭壇のことをカミクラ(神座)といったのが,ミの母交(母韻交替)[ia]でカマクラ(雪室)になった」

とある(日本語の語源)。

当然この「かまくら」と,地名の,

鎌倉,

とは語源が関わるのではあるまいか。たとえば,鎌倉の由来について,

●鎌倉は地名・考古学的にいう「侵食地形・崩壊地形」を示す地形用語と解されます。カマ(鎌)=えぐったような崖地・崩壊的侵食谷,クラ(倉)=谷を意味する古語。市街は溺れ谷の埋積低地にのり、周辺に向かって〈やつ・谷〉とか〈やと・谷戸〉と呼ばれる多くの侵食谷の発達が特徴的であることが鎌倉の由来になっているという説,
●鎌鎌はもともと「かまど(竈)」のことを意味します。カマ(鎌)=かまど,クラ(倉)=谷。鎌倉の地形は、東・西・北の三方が山で、南が海になっています。その形は上空から見ると「かまど」のようで、「倉」のように一方が開いているので、「鎌倉」となったという説,
●アイヌ語が語源となっているという解釈です。カマクラン=「山を越して行く」という意,カーマ・クラ=「平板(へいばん)な石の山」という意,
●日本初代の天皇である神武じんむ天皇が東夷あずまえびすを征服しようと毒矢を放ちました。すると、その毒矢に当たって一万人以上もの人々が死に、その死体が山となって今の鎌倉の山ができたという説です。屍かばね(死体)が蔵くらをつくったので、「屍蔵かばねくら」となり、それがなまって「かまくら」になった,
●藤原鎌足かまたりが鹿島神宮へ参詣する途中、鎌倉(由井里ゆいのさと/現在の由比ガ浜)に宿泊しました。その時、霊夢を見たので持っていた鎌(鎌槍かまやり)を埋めたことが由来となる説,
●昔、鎌倉の海岸近くには蘆あしや蒲がまという植物ががたくさん生えていて、蒲がまが生えているところだから「かまくら」になったという説,
●比叡山にも鎌倉という地名があり、神倉かみくらとか神庫かみくらがなまったものと考えられている説です。ここ鎌倉にも神庫かみくらがあったので、それがなまって「かまくら」になり、鎌倉の字をあてた,
●神奈川県の中央部に、高座郡こうざぐんという地名があります。高座は、昔「たかくら」と読んでいたところから「高倉」「高麗」(こま)に通じ、高麗座(こまくら)が「かまくら」になったと言われる説,

等々があるhttps://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14183003704https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kids/jh/kjh221.htmlhttp://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000154081による)。史料では,古事記(712年)に,

鎌倉之別(かまくらのわけ),

と出て, 綾瀬市の宮久保遺跡から出土した天平五年(733年)銘の木簡に,

鎌倉郡鎌倉里,

と墨で書かれている(仝上),という。普通に考えると,

神+座,

カミクラの転訛というところだろう(日本語源広辞典,碩鼠漫筆他)。

「鎌倉には縄文時代から弥生時代にかけての遺跡もあり、杉本寺、長谷寺、甘縄神明神社のように創建を奈良時代と伝える社寺も存在する。また、万葉集にも登場し、三浦半島から房総半島へ抜ける古代の東海道が通っていた」

とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%8C%E5%80%89),

隣がタカクラ(高座)であるから,カミクラ(上座)の訛か(日本古語大辞典=松岡静雄),

と,神に関わるとみたい。アイヌ語,

Kamaは跨ぐ・歪める,kuraは山の意で,跨ぐ山。または歪む山の義(アイヌ語よりみたる日本地名研究=バチュラー),

も捨てがたいが。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:鎌倉 かまくら
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2019年07月02日

かまど


「かまど」は,

竈,
竃,

と当てる。「竈(竈)」(ソウ)の字は,

「会意。『穴+土+黽(ソウ 細長い蛇)』。土できずいて,細長い煙穴を通すことを示す」

とあり,「焦(こげる)・燥(ソウ 火が盛んに燃える)などという同系」ともある。

かまど,
かまどの神,

の意である。「かまど」は,

「日本では古墳時代中期ごろの竪穴(たてあな)住居跡に竈の施設が見られ,以後,奈良・平安時代を通じ長く用いられてきた。西日本では竈形土器と呼ばれる半円形の焚口のある土師器(はじき)が発見されている。竈は清潔にしておくべきもので,火が汚れると竈神が不幸をもたらすと信じられ,別棟(むね)に竈をおく地方もある。」

とある(百科事典マイペディア)ほど古い。

以前,「釜の蓋」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/426837190.html)で,「かまど(竈)」は,

竈處

で,井を井戸というのと同じ使い方らしい,と述べた。「かまど」の「ど」は,

場所を意味する語,

である(広辞苑)。つまり,

カマ(竈)ド(処),

の意である(岩波古語辞典)。「かま」は,

竈,
釜,

とも当て,

かまど,

の意であるが,

湯をわかしたりする金属製の器,

の意でもある(仝上)。岩波古語辞典は,

朝鮮語kama(釜)と同源,

とする。大言海は,「かま(竈)」を,

「気間(ケマ)の轉にて,烟気の意か」

とし,「かま(釜)」を,

「竈(かま)に載するより移れる語か。或は,竃(かま)がなへなどと云ひし略か,朝鮮語にも,釜をカマと云ふ」

とする。「かま(釜)」は,古名,

まろがなへ,

といったらしい。つまり「竈」の上に載せる金属の器の意が,そのまま「かま(竈)」となった,ということらし(允恭紀「盟神探湯(くがたち)『埿納(ウヒヂヲ)釜煮沸』(まろがなへなり)」)。

「かま(釜)」の由来を考えると,「かまど(竈)」は,

竈處,

もあるが,日本語源広辞典のいう,

カマ(釜)+處,

もあり得る。日本語源広辞典は,「カマ(釜・竈)」の語源を,三説挙げる。

説1は,「火+間」。火をたくところの意,
説2は,「カ(烟・気)+間」。煙を出すところの意,
説3は,「カ(炊しぐ)+間」。炊ぐところの意,

とである。また,

カナヘト(鼎所)の義,カナヘドコロ,
カマドノ(竈殿)の誤伝,

等々もある。しかし,「かま(釜)」「かま(竈)」同源からみれば,

竈處,

が妥当のようである。それよりは,「かまど(竈)」には,

くど,
へっつい,
へ,

という異名がある。「くど(竈)」は,

竈のうしろの煙出しの穴,

の意らしい。それが転じて,

かまど,

の意となることはあり得る。「へっつい(竈)」は,

ヘツヒ(ヘツイ)の轉,

とある(岩波古語辞典,大言海)。「へつひ」は,

竈(へ)つ霊(ヒ)の意,

であり,

竈の神,

の意である(岩波古語辞典)。「へつひ」は,

「本名ヘナリ,竈(へ)之靈(ヒ)の転,海之靈(わたつみ)の海(うみ)となりしが合法と意」

とある(大言海)。

「『つ』は「の」の意の古い格助詞、『ひ(い)』は霊威の意」

ともある(精選版 日本国語大辞典)。

ヘツヒ→ヘッツイ,

で,竈の神が,

神霊の火を扱うかまど→かまど,

略して竈となったということになる(日本語源広辞典)。

800px-Edo_Kamado.jpg

(江戸後期の商家の銅壷付へっつい(深川江戸資料館)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%BE%E3%81%A9より)


参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2019年07月03日

きる


「きる」は,

切る,
斬る,
伐る,
截る,
剪る,

等々と当てる。漢字で当て分けなければ,「着る」も「切る」も区別は出来ない。

「切」は,刀にて刻みきるなり,聶而切之為膾とは,さしみ庖丁にて,さしみをつくることを云ふ。膾はさしみなり,
「斬」は,人を斬殺するなり,転じて,何物にても斬りはなすに用ふ,禮記「為宮室不斬於邱木」,
「伐」は,斬り倒すこと,詩經「伐木丁丁」,
「截」は,たつとも訓む。寸寸に断ち切るなり,
「剪」は,剪は俗字,正しくは,翦。「翦」(セン)は,そろへて切るなり,さみを翦刀と云ふ,
「斫」は,斬に同じ。ひといきに切り落す義,斫首・斫竹木の類,

と,漢字は使い分ける(字源)。「切」(漢音セツ,サイ,呉音セチ,セイ)の字は,

「会意兼形声。七は,|印の中程を―印で切り取ることを示す指事文字。切は『刀+音符七』で,刃物をぴったりと切り口に当てて切ること」

とある。「七」は切の原字である。「斬」(ザン,漢音サン,呉音セン)の字は,

「会意。『車+斤(おの)』で,車をおので切ることを示す。鋭い刃が割り込むこと」

「伐」(バツ,漢音ハツ,呉音ボチ)の字は,

「会意。『人+戈(ほこ)』で,人が刃物で物をきり開くことを示す。二つにきる,きりひらくの意を含む」

「載」(漢音セツ,呉音ゼチ)の字は,

「会意。『雀(小さいすずめ)+戈(ほこ)』で,きって小さくすることをあらわす。絶や切ときわめて近い。残(小さくきる)は載の語尾tがnに転じたものである」

「翦(剪)」(セン)の字は,

「会意兼形声。前のリを除いた部分は『止(あし)+舟』からなる会意文字で,左右の足先をそろえて前進する会意文字。前はそれに刀(刂)を加えた字で,刀で端をそろえて切ること。剪は『刀+音符前(そろえてきる)』。前が『前進』の意に専用されるようになったため,剪,翦の字がつくられてその原義を表すようになった」

とある(漢字源)。

和語「きる」は,

「物に切れ目のすじをつけてはなればなれにさせる意。転じて,一線を画して区切りをつける意。類義語タチ(断)は,細長いもの,長く続くことを中途でぷっつりと切る。」

とある(岩波古語辞典)。大言海は,「きる(切・断)」を,

「刈(か)る,伐(こ)るに通ず,段(きだ),刻(きざむ),岸,際(きは)などと語根を同じうす」

とする。「刻む」について,岩波古語辞典は,

「キザはキダ(段・分)と同根。区切りをつけて,切り分ける意」

とする。さらに,「きは(涯・際)」について,

「キリハ(切端)の約か。先が切り落されているぎりぎりの所,断崖絶壁の意が原義」

とする。「きし(岸)」は,

「断石(キリイシ)の,キリシ,キシと約略したる語ならむ。假蘆(かりいね),かりほ。新伐治(アラキリハリ),あらきりばり。明石(あかいし),あかし。出石(いづいし),いづし」

とある(大言海)。

ちなみに,「きだ(段・分)」は,

物の切れ・きざみ目を数える語,

であるが,大言海は,

「刻(きざ)つと通ず,栄螺(さざえ),さだえ。腐(くさ),くだ」

と,刻むとの関連をつける。そして「刻む」は,

「段段(きざきざ)を活用せしむ,軋軋(きしきし)をキシムと活用せしむと同じ」

とする。こうみると,

「キ(切断・分断)+る」

とする日本語源広辞典のぶっきらぼうな説は,存外無視しがたくなる。

擬態語の,

ぎざぎざ,

は,

きざきざ,

ともいい,かつては,

「『悲しみの腸(はらわた)キザキザに断つとは』(浄瑠璃『傾城酒呑童子』)のように,細かく切り刻む様子をいった。それが切り刻んだあとの状態をいうようになり,明治時代以降に語頭が濁音化して『きざぎざ』に転じた」

とある(擬音語・擬態語辞典)。

この「き」も含め,

キは(際・涯),
キし(岸),
キざし(刻),
キだ(段・分)
キざはし(刻橋),
キだはし(階),
キり(錐),

の「キ」は,切れた状態の擬態語から来ているのかもしれない。

刈る
伐(こ)る,

のka,koもkiとつながると見ることはできる。

なお,大言海は,「き」(寸)の項で,

切るの語根,

とあり,

「(万葉集,『玉刻(たまき)春』『眞割持(まきもたる)』),段(きだ)の意。食指(ひとさしゆび)の中程の二節の間にて度(はか)りたる語なるべし」

とあり,「き」が物差しの単位になっていたこともわかる。この「き(寸)」は,

「大凡,後に云ふ寸ほどなるべし」

ともある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)

ホームページ;
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コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2019年07月04日

着る


「着る」は,

著る,

とも当てる。「着」(漢音ジャク,呉音ジャク)の字は,

著が本字,

とあり,

「会意兼形声。者は柴を燃やして,火熱をひと所に集中するさまくっつくこと。著は,『艸+印符者(つまる,集まる)』で,ひと所にくっつくの意を含む。着は俗字。箸(チョ 物をくっつけて持つはし)の原字。チャクの音の場合,俗字の着で代用する」

とある(漢字源)。別に,

「会意兼形声文字です(艸+者(者))。『並び生えた草』の象形と『台上にしばを集め積んで火をたく』象形(『多くのものを集める』の意味)から、草の繊維でつくられた衣服を集め、身に付ける、『きる』の意味と、多くのものを集め、はっきりした形に『あらわす』、『あきらかにする』を意味する『著』という漢字が成り立ちました。」

とある(https://okjiten.jp/kanji1004.html)ほうが分かりやすい。

「きる」は,

身に着ける,着用する,

意だが,

「『きる』は本来、衣服などを身につける意で、着物以外に袴 (はかま) ・笠・烏帽子・兜 (かぶと) ・布団・刀などについても用いられた。現代では主としてからだ全体や上半身に着用するものをいい、袴やズボンなどは『はく』、帽子や笠などは『かぶる』、刀などは『おびる』というように、どの部分につけるかによって異なる語が用いられる。」

と区別(デジタル大辞泉)し,

「現代では,袴・ズボン・靴下などは『はく』,帽子は『かぶる』,手袋は『はめる』」

と使い分ける(広辞苑)。しかし,

「下衆の紅の袴きたる」(枕草子),
「笠をきてみなみな蓮にくれにけり」(古梵),

という用例もあり,

(袴などを)はく,
(笠や烏帽子などを)かぶる,

意でもつかっていて,使い分けが厳密だったかどうか。

「もと,広く,頭から下半身まで,帽子や笠や衣服・袴類をつけることをいった。室町時代から江戸時代には,『かぶる』『かづく』『はく』が次第に『きる』の領域を侵すようになり,明治時代には,帽子や笠は専ら『かぶる』,袴は『はく』を用いることが多くなるなど,『きる』は次第にその使用領域を狭めて来た」

とあり(日本語源大辞典),「きる」と「はく」「かぶる」の使い分けは,新しいものだ。

和語「きる」の語源は,はっきりしない。しかし,

「キル(着る・本来の二音節語)」

とある(日本語源広辞典)のは,どうであろう。「きる」は,文語では上一段活用で,

き(着) き(未然形) き(連用形) きる(終止形) きる(連体形) きれ(仮定形) きろ・きよ(命令形),

と変化する。語幹は「き」である。

きもの(着物),
きぬ(衣),
きぬいた(衣板・砧),

等々「きるものの」頭に付く。

「き」の語源については,

キはツキ(付)の義(言元梯),
キはキヌ(衣)の下略。ルは用いる意か(和句解),
コロモ(衣)のコの轉キの動詞化(国語の語根とその分類=大島正健),
カクル(被)の義(名言通),

と諸説あるが,「きぬ」は,

「絹の意。それゆえ,衣服の意の場合も,布地として柔らかい感触,すれあう音などを,感覚的に賞美する気持ちで使われる傾向がある。類義語コロモは,モ(裳)が原義で,身にをつつみまとうことに重点があり,衣服としての意味に重きをおいて使われる」

とある(岩波古語辞典)。大言海は,「きぬ」は,

「着布(きぬの)の略」

とし,「き」を前提にしている。「ころも」は,

きるもの(服物・着物)の義(日本釈名・名言通・和訓栞・柴門和語類集),
キルモ(着裳)の転呼(日本古語大辞典=松岡静雄),
クルムモ(包裳)の意(国語の語根とその分類=大島正健),

と,その語源は,「き」を前提にしてしか成り立たない。敢えて言えば,この中で,「くるむ」に着目するなら,

ku→ki,

という音韻変化が可能なら,「くるむ」が,

kurumu→kuru→kiru

と転訛することはあるだろうか。臆説である。

ホームページ;
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コトバの辞典;
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2019年07月05日

つつむ


「つつむ」は,

包む,
裹む,

と当てるが,「包む」は,

くるむ,

とも訓ませる。「包」(漢音ホウ,呉音ヒョウ)の字は,

「象形。からだのできかけた胎児(巳)を,子宮膜の中につつんで身ごもるさまを描いたもの。胞(子宮でつつんだ胎児)の原字」

とある(漢字源)。

「会意兼形声文字です(己(巳)+勹)。『人が腕を伸ばしてかかえ込んでいる』象形と『胎児』の象形から、『つつむ』を意味する『包』という漢字が成り立ちました。」

ともある(https://okjiten.jp/kanji672.html)。「巳」(漢音シ,呉音ジ)は,

「象形。原字は,頭とからだができかけた胎児を描いたもの。包(ホウ 胎児をつつむさま)の中と同じ。種子の胎のできはじめる六月。十二進法の六番目に当てられてから,原義は忘れられた」

とある(漢字源)。「裹」(カ)の字は,

「会意兼形声。『衣+音符果(丸い実)』で,まるく,そとから布でつつむ意」

しかし,「裹」は,

くるむ,

とは訓ませない。

和語「つつむ」は,

「ツツはツト(苞)と同根」

とある(岩波古語辞典)。「苞」は,

「ツツミ(包)のツツと同根。包んだものの意」

である(仝上)。「苞」とは,

藁などを束ねて、その中に食品を包んだもの,

で,藁苞(わらづと)がおなじみである。

荒巻き,

などともいう。

800px-Natto_wrapped_in_straw.jpg

(藁苞に包まれた納豆 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%81%E8%8B%9Eより)


「〈包む〉という語は〈苞(つと)〉と語源を同じくするが,〈苞〉とはわらなどを束ねてその両端を縛り,中間部で物をくるむもの(藁苞(わらづと))であり,後には贈物や土産品の意味(家苞(いえづと))にも使われるようになった。」

ともある(世界大百科事典 第2版)。

大言海は,

「詰め詰むの略,約(つづ)むに通ず」

とする。「約(つづ)む」は,

「詰め詰むるの略,ちぢむ(縮)と通ず」

といある。「つづむ」は,

縮(ちぢ)める,

意なので当然といえば当然だが。「ちぢむ」は,

しじむ,

の転ある(岩波古語辞典)。「しじむ」は,

蹙む,

とも当て,「顰蹙」の「蹙」である。

ちぢむ,

意で,

しかめる,

意である。他にも,

乱れないようにツヅメル(約)の意(日本語源=賀茂百樹),
ツム(詰む)から(国語溯原=大矢徹),

と,「つづめる」「詰む」に関わらせる説は多い。しかし,「つつむ」を「縮める」とするのは,ちょっとずれている気がする。むしろ,「苞」との関連の方が,「つつむ」の語感にはあうのではないか。

日本語源広辞典は,

「ツツム(包・裹・障)で,隠して見えなくするのが語源です。とりかこむ,おおって入れる,広げた布の中に入れて結ぶなどは,後に派生したか」

とする。語源の説明になっていないが,語感はこんな感じである。

tuto→tutu,
あるいは,
tutu→tuto,

の転訛はあり得るのではないか。大言海は,「苞」の項で,

包(つつ)の転,

とする。そして,「つつ」で連想する,

筒(つつ),

の項で,矛盾するように,

包む意ならむ,

という。とすると,

tutu→tuto,

だけでなく,

tutu→tutumu,

と,「つつ」を活用させたとみることもできる。いずれも,

物をおおって中に入れる,

意(「つつむ」の意味)である。「つつむ」は,「苞(つと)」と同根であり,「筒(つつ)」ともつながるとすれば,「つつむ」は,

「苞」

「筒」

の動詞化なのではあるまいか。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル: 裹む 包む つつむ
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2019年07月06日

くるむ


「つつむ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/467683799.html?1562266983)で触れたように,「つつむ」に当てる,

包む,

は,

くるむ,

とも訓ませる。しかし,「つつむ」と「くるむ」は意味が違う。「つつむ」は,

物をおおって中に入れる,

意だが,「くるむ」は,

包みまきこむ,

(広辞苑)で,結果としては,外から覆うことに変わりはないが,そのプロセスが異なる。

巻いて中に包み込む,

ともあり(岩波古語辞典),「苞」と同源とされる「包む」とは,微妙に異なる。「つつむ」は,

大きな布・紙などで全体を覆って中にいれる,

であり,「何々つつみ」という使い方で,上包み,紙包み,茣座(ござ)包み,薦(こも)包み,袱紗(ふくさ)包み,風呂敷包み,藁(わら)包み等々と使う。「くるむ」は,

巻くようにして物をつつむ,

で,例えば,「くくみ」というと,

「赤ん坊を抱くとき,着衣の上からくるんで防寒・保温などのために用いるもの。多くはかいまきに似て,袖(そで)がない。おくるみ,くるみぶとん」

というようにぐるっと巻く感覚がある。だから,

何々ぐるみ(包み),

という使い方で,

家族包み,
身包(ぐる)み,

というとき,

そのものを含んですべて、そのものをひっくるめて全部などの意を表す,

似ているようで,

家族つつみ,
身つつみ,

という言い方をしないのは,「つつむ」は,

全体を覆う,

ところに含意があり,「くるむ」は,

丸ごと包み込む,

という含意のように思われる。大言海に,

「回転(くるくる)のクルの活用,刻々(きざきざ),刻む」

とし,

包括,

の意を載せる。「くるむ」の転じた「くるめる」は,

巻き包む,

意もあるが,

ひとつにまとめる,

意が強まり,「言いくるめる」というように,

丸め込む,

意が派生する。日本語源広辞典も,

「くるくる(擬態語)+む(動詞語尾)」

と「くるくる」語源説を採る。

くるくると包み込む,

意である。擬態語「くるくる」は,

「平安時代から見られる語で,奈良時代には『くるる』といった」

とあり(擬音語・擬態語辞典),「くるる」は,

「乎謀苦留々尓(をもくるるに)」(書紀),

と「くるるに」と使われている(岩波古語辞典)。

「くるむ」が,巻く動作のニュアンスの翳を引きずっているはずである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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ラベル:くるむ
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2019年07月07日

濡れ衣


「濡れ衣(ぬれぎぬ)」は,

沾衣,

とも当てる。「沾」(テン,チョウ)の字は,

「会意兼形声。『水+音符占(しめる)』で,ひと所に定着する意を含む」

とあるが,「うるおう」「水でぬらす」意で,「濡」に代えている。「濡」(漢音ジュ,呉音ニュウ)は,

「会意兼形声。需(ジュ)は『雨+而(やわらかいひげ)』の会意文字で,雨のつゆにぬれて垂れたひげのように柔らかいこと。のち須(ねばって待つ)に当て,需用(待ち求める)の意に用いる。濡は『水+音符需』で,需の原義(ぬれて柔らかい)を示す」

とある(漢字源)。「濡れ衣」は,文字通り,

濡れた着物,

の意である。それが,

根も葉もない浮名やうわさ(「憎からぬ人ゆゑは,濡れ衣をだに着まほしがる類もあなればにや」源氏),

無実の罪(「かきくらしことはふらなむ春雨に濡れ衣着せて君をとどめむ」古今)

と,意味が変化した。ついには,

濡れ衣を着る,
濡れ衣を着せる,

と,無実の罪を着せる成句にまでなる。このためか,

濡れ衣(ころも),

も,

濡れた衣,

の意と同時に,

無実の浮き名,無実の罪 (「のがるとも誰か着ざらむぬれごろも天の下にし住まむかぎりはろ」大和 ),

の意をもつに至る。

この意味の変化の由来には,さまざまに付会の説がある。たとえば,語源由来辞典は,

●継母が先妻の娘の美しさを妬み、漁師の濡れた衣を寝ている娘の枕元に置いたため、 漁師との関係を誤解した父が、娘を殺してしまったという昔話説,
●海人(あま)は皆 濡れ衣を着ており、水中に潜ることを「かずく(潜く)」、損害や責任を他人に負わせることを「かずける(被ける)」というところから「かずく(潜く)」と「かずく(被く)」を掛けたとする説,
●濡れた衣が早く乾けば無罪、乾かなければ有罪とする、神の意志を受ける裁判がかつて存在したと考え、その神事に由来する説,
●「無実」という語は、「実が無い」と書くことか、「みのない」が「蓑無い」となり、雨具として使われた蓑が無いと衣が濡れるため、「無実」を「濡れ衣」と呼ぶようになったとする説,

を上げ,先妻の娘説を有力とする。しかし,かずけるhttp://ppnetwork.seesaa.net/article/460610794.htmlは,触れたように,

「潜る」意の「かづく」から転じて,「被る」意の「被く」となった,

ので,明らかに,意味の転換後にこじつけた説とみていい。

あるいは,古今集の,前述の歌,

古今集の,かきくらし ことはふらなむ 春の雨に 濡衣きせて 君をとどめむ

を語源とし,

「愛する人を引き留めるために春雨によって衣が濡れてしまうから帰らないで欲しいと、春雨に罪を着せたことから、濡れ衣=罪を着せるになった」

とする説まである(https://99bako.com/11.html)。むしろ逆で,「濡れ衣」の意味の転化があったからこそ,この歌に意味があるのではないか。さらには,

三途の川の懸衣翁・奪衣婆に由来するという説,

まである(https://mag.japaaan.com/archives/86485/2)。「懸衣翁・奪衣婆」とは,

「三途川には十王の配下に位置づけられる懸衣翁・奪衣婆という老夫婦の係員がおり、六文銭を持たない死者が来た場合に渡し賃のかわりに衣類を剥ぎ取ることになっていた。この2人の係員のうち奪衣婆は江戸時代末期に民衆信仰の対象となり、祀るための像や堂が造られたり、地獄絵の一部などに描かれたりした」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%80%94%E5%B7%9D)。奪衣婆(だつえば)が服を剥がし,懸衣翁(けんえのう)は,それを木の枝に懸(か)ける。衣の懸けられた木の枝は、衣の重さによって垂れ下がる。その重さこそ罪の重さであり、閻魔様より下される刑罰に影響する。「衣が濡れていると、それだけ罪が重くなる」。で,濡れ衣を着せられると、潔白な者でも無実の罪で罰せられるhttps://mag.japaaan.com/archives/86485/3),というのだという。ちょっと付会に過ぎ,無理筋のように思う。

Mitsunobu_Sanzu_River.jpg

(土佐光信画『十王図』にある三途川の画。善人は川の上の橋を渡り、罪人は悪竜の棲む急流に投げ込まれるものとして描かれている。左上には、懸衣翁が亡者から剥ぎ取った衣服を衣領樹にかけて罪の重さを量っている姿が見える。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%80%94%E5%B7%9Dより)

語源はどうも定かではないが,日本語源広辞典が

「濡れた衣が乾きにくい意です。まま母が先妻の娘の美しさに嫉妬して,漁師の塩で濡れた着物を寝所に置き,漁師の恋人がいると告げ口した故事もあります。古くからの比喩的用法で,故事は後の成立のようです。平安時代以降,無実の罪の意に使われるようになりました」

というように,いずれも付会に過ぎる。最も有力とされる先妻の娘説には,濡衣塚(ぬれぎぬづか)」まであるらしい,詳しいことは譲る(https://99bako.com/11.html)が,これも,

濡れ衣,

という言葉が既にあったからこそ意味のある故事で,なにも濡れ衣を着せるのに,濡れた漁師の衣である必要はない。

大言海は,万葉集の,

あぶり乾す 人もあれやも 沾衣を 家にはやらひ 旅のしるしに,

を載せる。

朝霧に 濡れにし衣 干さずして ひとりか君が 山道越ゆらむ,

も,ただの「濡れた衣」の意でしかない。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

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http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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ラベル:濡れ衣
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2019年07月08日

濡れ手で粟


「濡れ手」とは,

水に濡れた手,

の意だが,「濡れ手で粟」とは,

濡れ手で粟のつかみ取り,

を略したもので,

労せずして利益を得ること,

の喩えとして使われる。

濡手に粟,
濡手で粟のぶったくり,
濡れ手で粟の掴み取り,
濡れた尻で粟に居る,
濡れ手でこぬかつかむ,

等々という言い方もする。

一攫千金,

の意である。

濡れた手で粟をつかむと,粟粒がいっぱいくっついて沢山つかめることから,

そういうらしい。この「濡れ手で粟」を,

濡れ手に粟,

という言い方をすることについて,

「本来,自ら濡れた手で粟を摑むものであり,偶然,手が濡れていて沢山摑めたという,『棚から牡丹餅』のような意味ではない」

とする(語源由来辞典)説もあるが,付会ではあるまいか,岩波古語辞典は,

濡れ手での粟,

とするし,日本語源広辞典は,

濡れ手に粟,

とする。「に」の方が,しかし,一攫千金の含意が強まる。

濡れ手にて抹雪(あわゆき)をつかむ,

という言い方もある。「に」「で」「での」の区別に大きな意味を見るべきではあるまい。「で」は,

助詞ニとテの接合してつづまったもの,

とあり(岩波古語辞典,広辞苑),この場合,

手段,方法,道具,材料を示す,~でもって,

の意である。「に」は,

動作,作用のある所,方角,を指定する,

の意である(広辞苑)。「に」と「で」の差はほとんどないのではあるまいか。敢えて言えば,

濡れ手で粟をつかむ,

が主体的なら,

濡れ手に粟をつかむ,

は,より偶然性が強まる含意だが,

濡れ手にて粟をつかむ,

と並べてみるなら,

濡れ手にて粟をつかむ→濡れ手で粟をつかむ→濡れ手に粟をつかむ,

とより偶然性が強まる感じである。個人的には,「濡れ手に粟をつかむ」の,意志と偶然のないまぜの感じがより出ていると感じられる。歌舞伎の『三人吉三巴白浪』では,

竿の雫か濡れ手で粟 思いがけなく手にいる百両,

という台詞がある。棚ぼたの含意が一杯である。これを,「濡れ手に粟」と代えても,差はあるまい。

しかし,それにしても,なぜ粟なのだろう。

「濡れた手で粟の実(あわのみ)をつかむとたくさんつかめる、というものです。粟の粒はとても小さいので、手でつかむ場合には乾いた手よりも濡れた手の方が粟の粒がくっつきやすくなり、容易にたくさんつかむことができます。」

と(https://biyori.shizensyokuhin.jp/articles/424)は,しかしかなりしょぼい。というか,いじましい。なぜ,

濡れ手で砂金,

とまでいかなくても,

濡れ手で米,

でないのだろう。まあ,米が常食でなかったのだとしても,だからこそ,

濡れ手で米,

の語感が増すのではないか。

「なお、『濡れ手で粟』とほぼ同じ意味の言葉に『一攫千金(いっかくせんきん)』があるが、いくらつかみ放題でも、『粟』なんかより『千金』のほうがはるかにうれしいことはいうまでもない」

はずなんだ(笑える国語辞典)が。それだけ,かつてわが国は貧しかったということなのかもしれない。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2019年07月09日

戦国風景


西ヶ谷恭弘『復原 戦国の風景―戦国時代の衣・食・住 』を読む。

ダウンロード (5).jpg


同じ著者(「城の西ヶ谷」といわれるらしい)の『城郭』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463419410.html)については触れたことがある。本書は,戦国時代を,

武器・戦術,
食文化,
服飾,
風俗・儀礼,

に分けて紹介する。しかし,「城」を外したのはわかるにしても,甲冑,小具足等々の「武具」についての言及がないのは,「戦国の風景」としては,いささか物足りない。それと,連載の寄せ集めらしく,大事なものが抜けていて,些末なところがページが割かれているアンバランスな感じが否めない。個人的には,この時代の地下の人びとの実態,例えば,まだ兵農未分化の時代の村落の,武士と農民の風俗や生活実態を知りたいと思ったが,ほとんど言及がないのは,落胆した。

鎗-bronze.svg.png

(「槍」西周・金文 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%8E%97より)

槍-seal.svg.png

(「槍」漢・説文 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A7%8Dより)


たとえば,「鑓」の項で,

「鑓は槍,鎗とも記すが,槍は縄文時代の骨角器に代表される狩猟道具として発達したもので,鑓とは異なる。槍はのちに棒術と呼ばれるものに相当する。鑓の祖素形は,長刀で,古代の鉾と中世の剣刀が改良されたものである。」

という記述がある。「槍」と「鎗」は違う,というのは読んだことがある。この記述だけでは消化不良を起こしそうである。別に,

「木篇を用いたのは木の柄のついた武器で,倉が音を表し突く意の衡からきている。鑓は本来は金属の触合う音から来ているから鎗鎗(錚鎗)などと表現したが,日本では槍と同じに用いられた。鑓は繰り出して遣の武器であるから金篇を用いた国字である。その『やり』の当字が『也利』『矢利』である」

とある(日本合戦武具事典)。かつて「槍」「鎗」は,「ほこ(鉾)」と訓ませていたようであるので,「槍」と「鑓」は別物ということになる。ただ,

「槍の本来の用法は鉾と同じで剣突が主であり,手鉾・薙刀のように両手で操作する。しかも突出し,手繰り寄せ,後世は柄が長いので,撲ったり払ったり」

した(仝上)。その鑓は,戦国時代,長柄鑓となる。

「竹鑓にて扣き合ひを御覧じ,兎角,鑓はみじかく候ては,悪しく候わんと仰せられ候て」(信長公記)

織田家では,

三間長柄,
三間半長柄,

が家風となったらしい。次第に戦力の主体が鑓となり,この長い鑓が城の構造も変える。

「谷を利用していない人工の堀幅は,八メートルから一四メートル平均である。(中略)これら空堀数値は,鑓の長さを意識しており,鉄炮はあまり考慮されていないと思える。というのは,籠城戦となった場合,守城軍は,攻城軍に打撃を充分に加えなければならず,堀幅を広くして,いたずらに攻撃をかわしていたならば,兵糧が尽きて陥落するからである。守城軍と攻城軍が相方ともに長柄鑓で穂先を突きあわす距離,鑓二本の長さが,空堀幅の数値と合致するのである。同様なことは,側壁高にもいえ,(中略)(逆井城本丸は)矩高は七・五メートルと長柄の長さで,,堀底に立つ人に攻撃を加える長さに合致するのである」

本書の中で面白いのは,酒に関する部分である。戦国期「柳」は,酒の代名詞であった。柳小路,柳ヶ瀬,柳川,と地名に残る。

「『柳』とは戦国時代には酒の代名詞であった。柳町とは酒の集まる街という意味,柳ヶ瀬とは,酒が陸揚げされる河岸のことである」

とし,この「柳」は,

「日本ではじめての商品名すなわち銘がつけられた『大柳』という酒に由来する」。

そして,著者は,

「この柳酒が清酒であった」

と推定しているのである。

「というのは,戦国期の城や館を発掘して,出土する盃に代表される器をみると,いわゆる濁酒では不必要な陶磁器の模様や,土器の雲母分が強調されて施されているからだ」

しかし,そこまでしか説明がない。「鑓」の説明と同じである。雲母文をまぜてキラキラさせるのは,縄文土器にも見られる。研究書でないにしても,着想をもう少し丁寧に展開してほしい。

参考文献;
西ヶ谷恭弘『復原 戦国の風景―戦国時代の衣・食・住 』(PHP研究所)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2019年07月10日

たなばた


「たなばた」は,

七夕,
棚機,

と当てる(広辞苑)。「七夕」は,五節句,

人日(じんじつ)(正月7日),
上巳(じょうし)(3月3日),
端午(たんご)(5月5日),
七夕(しちせき)(7月7日),
重陽(ちょうよう)(9月9日),

の一つ,

七夕(しちせき)(7月7日),

の意である。「節」は,

「唐時代の中国の暦法で定められた季節の変わり目のことです。暦の中で奇数の重なる日を取り出して(奇数(陽)が重なると 陰になるとして、それを避けるための避邪〔ひじゃ〕の行事が行われたことから)、季節の旬の植物から生命力をもらい邪気を祓うという目的から始まりました。この中国の暦法と、日本の農耕を行う人々の風習が合わさり、定められた日に宮中で邪気を祓う宴会が催されるようになり『節句』といわれるようになった」

とある(日本文化いろは事典)。「五節句」の制度は明治6年に廃止された。

「棚機」とは,

棚すなわち横板のついた織機,

の意(広辞苑)で,また,

たなばたつめ(棚機津女),

の略でもある。「棚機津女(たなばたつめ)」とは,

はたを織る女,

の意だが,万葉集に,

我が爲と織女(たなばたつめ)のその屋戸に織る白布(たへ)は織りてけむかも,
棚機の五百機立て織る布の秋去り布誰れか取り見む,

という織女(たなばたつめ)の意の他に,既に,万葉集に,

牽牛(ひこぼし)は織女(たなばたつめ)と今宵遭ふ天の河戸に波たつなゆめ,

と,棚機津女と織女とつなげた歌がある。しかし「棚機津女」の由来ははっきりしない。たとえば,

「棚機津女として選ばれた女性は7月6日に水辺の機屋(はたや)に入り、機を織りながら神の訪れを待ちます。そのとき織り上がった織物は神が着る衣であり、その夜、女性は神の妻となって身ごもり女性自身も神になります。」

等々(https://matome.naver.jp/odai/2143995744843228801)に類似した説明がなされるが,これでは何のことかわからない。正確には,どうやら,

「古来盆と暮れの二期をもって“魂迎え”の時期と信じ,この時期に海または山の彼方から来臨する常世の神ないし祖霊を迎えるべく,村はずれの海や川,湖沼の入りこんだようなところの水辺にさしかけ造りにした,古く棚と呼ばれた祭壇を設け,そこで神の衣を機織る神の嫁としてのおとめが,『棚機津女』と呼ばれた“水の女”たちなのであった」

ということらしい(日本伝奇伝説大辞典)。日本語源大辞典には,

「『たな』は水の上にかけだした棚の意とする説が有力。折口信夫は『たなばた供養』の中で,『古代には,遠来のまれびと神を迎へ申すとて,海岸に棚作りして,特に択ばれた処女が,機を織り乍ら待って居るのが,祭りに先立つ儀礼だったのである。此風広くまた久しく行はれた後,殆,忘れはてたであらうが,長い習慣のなごりは,伝説となって残って行った。其が,外来の七夕の星神の信仰と結びついたのである』と述べ,『古事記』に見える『おとたちばな』にそのなごりを認めている」

とある。この「棚機津女」は,今日の「七夕」との関係は直接にはない。今日の「七夕」は,

「中国での行事であった七夕が奈良時代に伝わり、元からあった日本の棚機津女(たなばたつめ)の伝説と合わさって生まれた」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E5%A4%95

「七夕の行事は、中国から伝来し奈良時代に広まった『牽牛星(けんぎゅうせい)』と『織女星( しょくじょ)』の伝説と,手芸や芸能の上達を祈願する中国の習俗『乞巧奠(きつこうでん)』が結び付けられ,日本固有の行事になった」(語源由来辞典)

とある。

織女と牽牛の伝説は,まず,

「『文選』の中の漢の時代に編纂された『古詩十九首』が文献として初出とされている」(仝上)

が,7月7日との関わりは明らかではないとされる。古詩十九首とは,

古詩十九首之十、迢迢牽牛星(無名氏),

で,

迢迢牽牛星  皎皎河漢女
繊繊擢素手  札札弄機杼
終日不成章  泣涕零如雨
河漢清且浅  相去復幾許
盈盈一水間  脈脈不得語

とある(https://syulan.hatenadiary.org/entry/20070707/p1),

盈盈として一水が間(へだ)てれば,脈脈として語るを得ず,

と両者が河を挟んで離れているというだけのことしかない。次いで,

「『西京雑記』には、前漢の采女が七月七日に七針に糸を通すという乞巧奠の風習」

が記されている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E5%A4%95#cite_note-2)。

「乞巧奠(きこうでん)」は,「きっこうでん」ともいい,

「中国における七夕行事。乞巧とは牽牛・織女の2星に裁縫技芸の上達を祈り,奠とは物を供えて祭る意。唐代では飾りたてた櫓(やぐら)を庭に立て乞巧楼といった」

とある(百科事典マイペディア),七夕祭の原型である。そして,隋の統一前の,

「南北朝時代(439~589年)の『荊楚歳時記』には7月7日、牽牛と織姫が会合する夜であると明記され、さらに夜に婦人たちが7本の針の穴に美しい彩りの糸を通し、捧げ物を庭に並べて針仕事の上達を祈ったと書かれており、7月7日に行われた乞巧奠(きこうでん)と織女・牽牛伝説が関連づけられている」

とある(仝上)。ここで,乞巧奠(きこうでん)と織女・牽牛伝説がつながる。現在の七夕説話の原型は,

「天の河の東に織女有り、天帝の女なり。年々に機を動かす労役につき、雲錦の天衣を織り、容貌を整える暇なし。天帝その独居を憐れみて、河西の牽牛郎に嫁すことを許す。嫁してのち機織りを廃すれば、天帝怒りて、河東に帰る命をくだし、一年一度会うことを許す」(「天河之東有織女 天帝之女也 年年机杼勞役 織成云錦天衣 天帝怜其獨處 許嫁河西牽牛郎 嫁後遂廢織紉 天帝怒 責令歸河東 許一年一度相會」『月令廣義』七月令にある逸文)

であり,六朝・梁代(502~557年)の殷芸(いんうん)の『小説』である(仝上)。これが中国から伝わり,棚機(たなばた)津女の信仰と結合して,女子が機織(はたおり)など手芸上達を願う祭になった,とされる。

「持統(じとう)天皇(在位686~697)のころから行われたことは明らかである。平安時代には、宮中をはじめ貴族の家でも行われた。宮中では清涼殿の庭に机を置き、灯明を立てて供物を供え、終夜香をたき、天皇は庭の倚子(いし)に出御し、二星会合を祈ったという。貴族の邸(やしき)では、二星会合と裁縫や詩歌、染織など、技芸が巧みになるようにとの願いを梶(かじ)の葉に書きとどめたことなども『平家物語』にみえる」

ともある(日本大百科全書)。しかし,

「『万葉集』では大伴一族などこの日の晩酒宴を催し,天の川を挟んで輝く夫婦星を眺めながら和歌を詠み合い,また平安期では清少納言も,『七月七日は,曇りくらして,夕方は晴れたる空に,月いと明く星の数も見えたる』と『枕草子』に書きしるしている。これら万葉びとや,王朝貴族たちの七夕祭りは,中国伝来の『乞巧奠』(裁縫や染色などの手わざを巧といい,その上達を祈る祭り)という星祭りの伝説に倣うものであった」

とある(日本伝奇伝説大辞典)。この段階では,ただ輸入した「乞巧奠」を真似ていただけになる。一方,

「民間における七夕の祭りは,中国式の七夕伝説とは異なり,必ずしも星祭とか,手わざを祈るばかりの行事ではなかった」

という(仝上)。

たなばた雨,

という言葉が残り,

「わらでつくった『七夕人形』や,あるいは七夕竹を立て,提灯を吊るし,注連縄を張った飾り物を乗せた『七夕舟』を歌を海に流す,それも前日の夜に立てて,七日の早朝に流す」

などと(仝上)いうように,

「わが国本来のたなばた祭りとは,夏と秋との季節の行き合う時期に行なわれる季節祭りなのであり,(中略)夏が終わって秋が始まろうとする季節の交差期に,禊をして身に付いた罪穢れを洗い流して新しい生活に入ろうとする信仰にもとづいており,(中略)ことに七夕の場合は盆という大きな祖霊祭を控えての,重要な禊ぎ祓えの行事でもあった。それも上弦の月の出る七日の夕べは,望月十五夜の祖霊祭の行なわれる潔斎の最初の日でもあったわけである」。

「たなばた」が,

「七月七日の夜を意味する『七夕』の字をもって“たなばた”としたのは,我が国固有の『棚機津女』の信仰に基づくものであった」

と(仝上),「棚機津女」の流れとつながっていることは明らかである。

日本語源広辞典は,「たなばた」の語源を三説にまとめる。

説1は,「田+な+端」。水田付近での,水祭り,盆の精霊送りの意,
説2は,折口信夫の,海岸に「神を迎える棚を作って,特に選ばれた処女が機を織って待った」民俗伝承起源,
説3は,「苗代の種播(タネバタ)」説,

やはり,古さから言っても,季節の交差期の禊と祓いからいっても,折口信夫説が説得力がある。

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(歌川広重・市中繁栄七夕祭(名所江戸百景) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E5%A4%95#cite_note-2より)


「七夕」の行事は,

「『夜明けの晩』(7月7日午前1時頃)に行うことが常であり、祭は7月6日の夜から7月7日の早朝の間に行われる。午前1時頃には天頂付近に主要な星が上り、天の川、牽牛星、織女星の三つが最も見頃になる時間帯でもある。」

とされる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E5%A4%95)。この神事は,「棚機」より「乞巧奠(きこうでん)」の流れが強いように思える。村々で行われていた「棚機」よりは,「乞巧奠(きこうでん)」の物真似が土着化した,といったほうがいいのかもしれない。言葉だけ,「棚機」の「たなばた」を,「七夕」に当てたように見える。

ともかく,今日のような七夕祭になったのは江戸時代である。短冊に願い事を書き笹に飾る風習は,

「夏越の大祓に設置される茅の輪の両脇の笹竹に因んで江戸時代から始まったもので、日本以外では見られない。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E5%A4%95#cite_note-2)し,

「手習いごとをする人や、寺子屋で学ぶ子が増えたことから、星に上達を願うようになったのです。本来はサトイモの葉に溜まった夜露を集めて墨をすり、その墨で文字を綴って手習い事の上達を願います。サトイモの葉は神からさずかった天の水を受ける傘の役目をしていたと考えられているため、その水で墨をすると文字も上達するといわれているからです」

ともある(http://www.i-nekko.jp/nenchugyoji/gosekku/tanabata/)。笹を使うのは,

「笹竹には、神迎えや依りついた災厄を水に流す役目」

があった(http://www.i-nekko.jp/nenchugyoji/gosekku/tanabata/)し,

「笹には冬場でも青々としている事から生命力が高く邪気を払う植物として向かしから大事にされてきました。 また虫などをよける効果もあり、当時の稲作のときには笹をつかて虫除けをしていたこと」

も関わる(http://www.iwaiseika.com/column/77.html)とみられる。ここには,土俗の「棚機」の習性が引き継がれている。

なお,江戸時代には,

七夕客,

とたまにしか来ない客を,遊里で揶揄した言葉がある程「七夕」が一般化したが,この使い方はもともとの話に近いと見られる。

「中国の漢詩文では,女性が男性のもとに『嫁入り』する婚姻形態を反映して,織女が天の川を渡って牽牛に合いに行くのが一般的であった。しかし古代日本では,男性が女性のもとに通う形が一般的であったため,『万葉集』の七夕を題材にした歌には,渡河の主体を中国の伝統にならって織女とするものと,日本の習俗にひかれて牽牛とするものとが混在している。牽牛(彦星)が渡河し,織女がその訪れを待つという日本的な逢瀬の形に定着するのは中古にはいってからである」

という(日本語源大辞典)。

参考文献;
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2019年07月11日

濡れ鼠


「濡れ鼠」は,

水に濡れた鼠,

の意だが,転じて,

衣服を着たまま全身水に濡れたさまのたとえ,

とある(広辞苑)。室町末期の日葡辞書にも,

「ヌレタネズミノヤウニナッタ」

と載る。しかし,なぜ鼠なのだろう。

「『濡れ鼠』は、ぬれたネズミの毛が、体にはりついてみすぼらしく見えるところから、衣服が体にぴったり付くくらい全身ぬれることをいう。」

とある(類語例解辞典)。それでもなぜ,その喩えに,鼠なのか。「濡れ鼠」の意味の中に,

「水に濡れた鼠のように、衣服を着たまま全身がずぶ濡れになること」

という説明がある(デジタル大辞泉)。とすると,濡れた鼠の恰好が,そう喩えさせるものがあることになる。

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「水に濡れた鼠を覧になった事有りますか?ビショん、ビショん、毛が油こく無くてとにかく水切れ(水ハケ)が非常に悪い体質みたいですねえ見るも哀れって感じですよ。」

という説明があったhttps://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211761402。どうやら,こういう濡れた鼠像が背景にあるように思われる。それには理由があるのだろうが,

「ネズミのヒゲは、周囲の振動や障害物を敏感に察知して、すばやくその場から避難して身を守ることができるようになっています。(中略)ネズミの体毛もヒゲと同様に周囲の状況をすばやく感知する役目を果たしています。周囲の振動や障害物を体毛で感知してすばやくその場から退避したり、逆にエサを上手にキャッチすることができる役目を担っているといえます。」

という体毛の特色と関係あるのかもしれない。

「一般に集落の形成期にはハタネズミ・アカネズミなどの野ネズミが多く出土し、集落の成長に伴い人家の周辺に生息するドブネズミが出現し、さらに集落が衰退すると再び野ネズミが増加するという。唐古・鍵遺跡における出土事例から、弥生時代には稲作農耕の開始に伴い渡来したとする説がある。従来、日本列島へのネズミの渡来は飛鳥時代に遣唐使の往来に伴い渡来したとする説や江戸時代に至って渡来したとする説もあったが、唐古・鍵遺跡の事例により、これを遡って弥生時代には渡来していたと考えられている」

とされ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%BA%E3%83%9F),稲と共に渡来したものらしい。

さて,では「ねずみ」の語源は何か。「鼠」(ソ,ショ)の字は,

「象形。ねずみの姿を描いたもの。庶(ショ 数多い)と同系で,数多く増えることに着目した名称」

とある(漢字源)。別に,

「象形文字です。『歯をむき出し、尾の長いねずみ』の象形から『ねずみ』を意味する『鼠』という漢字が成り立ちました」

ともある(https://okjiten.jp/kanji2918.html)。

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和語「ねずみ」の語原は,諸説ある。大言海は,

「根棲(ネスミ)にて,穴居の義。或は云ふ,穴住の転と」

と,「根棲(住)」説を採る。日本語源広辞典も,

「『ネ(根)+住み』です。家の暗い陰の所に好んで住み着く」

からとする。この「根棲」は,

「根之堅州國(黄泉の国のこと)を訪れた大国主命が,危ういところをネズミに助けてもらったという話が『古事記』にあり,上代では『根棲み』と考えられとていたととは考慮すべきであるが,ここでの『根』は『根元』ではなく『陰所』を表していることから,棲みかを語源とするならば,『ね(隠れた所)+『棲み』とすべきであろう』

とある(語源由来辞典)ところに由来する。これについては,日本語源大辞典が,こう指摘している。

「語源ははっきりしないが,須佐之男の住む『根国(ねのくに)』を訪れた大國主命が危ういところをネズミに助けてもらったという『古事記』の記事は,上代人がネズミを『根棲み』と考えていたことを窺わせる面がある。ちなみに,ネズミが大黒天(大國主命と同一視された)の使いとされるのもこの神話による」

と。といって,

ネズミ(根住・根棲)の義(菊池俗語考・日本語原学=林甕臣・大言海),
ネは幽陰の所をいう。スミは栖の義(東雅),
陰所にスム意(日本声母伝),

等々の「根棲」説が有力なのではなさそうである。他にも,

アナズミ(穴住)の略轉(言元梯・天野政徳随筆・日本古語大辞典=松岡静雄),
夜もすがらイネズあるものの意(隣女唔言),
不寝部の義。ミはノミ(蚤)・セミ(蟬)のミと同じで,物の多いことをいうムラの転(俚言集覧),
人が寝た後に出るところからネイツミ(寝出見)の義(名言通),
人がネ(寝)スンだ後に出るところからか(和訓栞),

等々あるが,語源由来辞典が有力とするのが,

「ネズミの語源で有力な説は,『ぬすみ(盗み)』の転で,人間の周囲にいて食糧を盗む生き物であり,古く倉庫は鼠返しを立てて侵入を防いでいたことからも考えられる」

と,

寝ている間に盗みをする動物であることから(日本釈名・和訓栞),

という,ヌスム→ネズミ転訛説だ。日本語の語源も,

「食べ物をヌスム(盗む)毛物がネズミである」

とする。英語のmouseも盗みに由来することもついでに主張される。類説に,

人が寝ている間に食べ物を盗むとするものです。 ねぬすみ → ねすみ → ねずみ と転訛,

という寝盗み説もある。しかし,由来の古さから見て,

ネスミ(根住・根棲),

なのではあるまいか。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
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ラベル:濡れ鼠
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2019年07月12日

濡れる


「濡れる」は,

ぬれる(ぬる),

と訓ませるが,

うるお(ほ)す,

とも訓ませる。「うるお(ほ)す」は,

潤す,

とも当てる。「濡」(漢音ジュ,呉音ニュウ)は,

「会意兼形声。需(ジュ)は『雨+而(やわらかいひげ)』の会意文字で,雨のつゆにぬれて垂れたひげのように柔らかいこと。のち須(ねばって待つ)に当て,需用(待ち求める)の意に用いる。濡は『水+音符需』で,需の原義(ぬれて柔らかい)を示す」

とある(漢字源)が,

「会意兼形声文字です(氵(水)+需)。『流れる水』の象形と『雲から雨がしたたり落ちる象形とひげの象形(「ひげをはやした巫女(みこ-神に仕える女性)」の意味)』(『雨ごいする巫女』、『求める』の意味)から、雨ごいをして『うるおう』を意味する『濡』という漢字が成り立ちました。」

とある(https://okjiten.jp/kanji2567.html)方が,「うるおう」意も説明できている

「潤」(漢音ジュン,呉音ニン)は,

「会意兼形声。閏(ジュン)は,『門+王』の会意文字で,暦からはみ出た『うるう』のとき,王が門内にとじこもって静養するさまを示す。じわじわと暦の計算の外にはみ出てきた日や月のこと。潤は『水+音符閏』で,じわじわとしみ出て,余分にはみ出る水のこと」

とある(漢字源)が,

「会意兼形声文字です(氵(水)+閏)。『流れる水』の象形(『水』の意味)と『左右両開きになる戸の象形と3つの玉を縦ひもで貫き通した象形(「宝石」の意味)』(門内に財貨があふれ『家がうるおう』の意味)から、『(水気を含んで)うるおう』を意味する『潤』という漢字が成り立ちました」

の方(https://okjiten.jp/kanji1491.html)が意味に近い気がする。「濡」と「潤」の使い分けは,

「潤」は,うるほひなり。つやのある義。澤(つや)なり。「河潤九里」は,河川のほとり,九里の間をしめるに非ずして,其の邊の草木皆水気のうるほひを受るなり。「富潤屋,徳潤身」も,皆つやある義,
「濡」は,沾と略々同じ。唐書張旭傳「旭大酔,以頭濡墨而書」。「沾」は,水のかかりてしっぽりとぬるること。霑と同字なり。史記「汗出沾背」,同書「置酒而大雨,陛盾者皆沾寒」,

とある(字源)。

「ぬれる」と「うるほひ」とは,全く別なので,本来,「濡」を「うるほひ」と訓ませるのは,間違いかもしれない。

「ぬれる」は,

物の表面にたっぷり水分がつく,水などかかかってしみこむ,

意で,それをメタファに,

男女が情交する,

意に転じさせたのは,江戸時代のようである。

濡れ場,
濡れ事,

等々その意に転じた言葉が江戸語大辞典には氾濫する。

「濡れる」の文語「潤(ぬ)る」について,岩波古語辞典は,

「塗ると同根か」

とし,

「湯・水・涙など水分が物の表面につくい。類義語ヒツ(漬・沾)は,物がとっぷり水につかる意」

とする。しかし日本語源広辞典は,「塗る」は,

「ヌ(ナヅの約)+ル」

とする。「ぬる」と「ぬれる」では語感が違い過ぎ,たしかに,

撫ぜる,

の方が,「塗る」語感と近い気がする。しかし「なづ(撫)」は,

ナダラカ・ナダメ(宥)と同根(岩波古語辞典),
長閑(のどか)のノドの活用(大言海),

と,これも持っている語感と違うように思える。

「ぬれる」の語源には,

ヌメル(滑)の義(名言通),
ヌラヌラになることをいうところから(日本語源=賀茂百樹),
ヌリ(塗)から出た語(和句解),
ヌイル(泥入る)の義(言元梯),

等々あるが,はっきりしない。「ぬらぬら」は,

物の表面に油や粘液が付いて光沢を帯び,つかむと滑る様子,

とある(擬音語・擬態語辞典)。さらに,

「『ぬらぬら』は視覚的に滑りそうな光沢を帯びた様子も含めていうが,『ぬるぬる』は触れて滑る感じのみをい」

うともある(仝上)。確定的なことは分からないが,「ぬ(れ)る」は,

塗る,
撫でる,
ぬらぬら,

等々と照らしているが,むしろ,

泥む,

の感覚と近いのではないか。「なずむ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/428971428.html)で触れたように,岩波古語辞典には,「なづみ」の項で,

「ナヅサヒと同根。水・雪・草などに足腰を取られて,先へ進むのに難渋する意。転じて,ひとつことにかかずらう意」

とある。「ナヅサヒ」を見ると,「ナヅミ」と同根とあって,

水に浸る,漂う,
(水に浸るように)相手に馴れまつわる,

とある。「なづさひ」は,「ぬれる」と同義である。この「なづ」は,

撫でる,
塗る,

の,「na」「nu」と重なってくる。この辺りに,「濡れる」の「nu」もつながるのではないか,とすれば,岩波古語辞典の,

「塗ると同根」

は,語源としては至当なのかもしれない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2019年07月13日

うるほふ


うるおう(うるほふ)は,

潤う,
霑う,

等々とあてる。「潤」の字は,「濡れる」http://ppnetwork.seesaa.net/article/467863368.html?1562872284で触れた通り,「潤」(漢音ジュン,呉音ニン)は,

「会意兼形声。閏(ジュン)は,『門+王』の会意文字で,暦からはみ出た『うるう』のとき,王が門内にとじこもって静養するさまを示す。じわじわと暦の計算の外にはみ出てきた日や月のこと。潤は『水+音符閏』で,じわじわとしみ出て,余分にはみ出る水のこと」

とある(漢字源)が,

「会意兼形声文字です(氵(水)+閏)。『流れる水』の象形(『水』の意味)と『左右両開きになる戸の象形と3つの玉を縦ひもで貫き通した象形(「宝石」の意味)』(門内に財貨があふれ『家がうるおう』の意味)から、『(水気を含んで)うるおう』を意味する『潤』という漢字が成り立ちました」

の方(https://okjiten.jp/kanji1491.html)が意味に近い気がする。「潤」と「霑」の使い分けは,

「潤」は,うるほひなり。つやのある義。澤(つや)なり。「河潤九里」は,河川のほとり,九里の間をしめるに非ずして,其の邊の草木皆水気のうるほひを受るなり。「富潤屋,徳潤身」も,皆つやある義,
「霑」は,沾と同字。「沾」は,水のかかりてしっぽりとぬるること。霑と同字なり。史記「汗出沾背」,同書「置酒而大雨,陛盾者皆沾寒」,

とある(字源)。因みに,

「濕」は,乾の反。しめるなり,易經「火就燥,水流濕」,

とある(仝上)。漢字は,同じ「ぬれる」でも,「濕」「澤」「潤」「濡」「霑」と使い分ける。

和語「うるおう(うるほふ)」は,

水気を含む,しめる,みずみずしくなる,

意で,単なる「湿る」とも,「濡れる」は異なるニュアンスである。どちらかというと,「湿る」「濡れる」が状態表現であるのに対して,「うるおう」は,濡れる,湿ることの価値表現であるかに見える。だから,

しめる,水気を含む,

意に,価値表現の,

みずみずしくなる,

意がある。岩波古語辞典は,

「水気を含んでぬれる意から,みずみずしく生気づく意,比喩的に恵みを受けてそれにひたる意や,豊かに栄える意」

とある。「みずみずしさ」をメタファに,

恵みを受ける,

豊かになる,

ゆとりが出る,

といった価値表現の意味の拡大が生まれる。既に室町末期の日葡辞書に,

ザイショガウルヲウタ,

という言い方が載る。大言海は,「うるほふ」は,

ウルフの延,よそふ,そそほふ同例,

とある。「うるふ」は,

乾いているものが水気を与えられて湿る,

意だが,「うるほふ」と微妙に含意が異なる気がする。

うるふ→うるほふ,

と,「ほ(お)」が入っただけで,単なる湿り気から,みずみずしさに意味が微妙に変ずる。

似た言葉に,「うるほふ」の他動詞「うるほす(うるおす)」がある。

水気を含ませる,
潤沢にする,

意だが,大言海は,

にぎはふ,にぎほす,同例,

とするが,

うるふ→うるほす(うるおす)⇔うるほふ(うるおすう),

湿る意の「るうふ」の意味拡大の要因に思えてくる。

「うるほふ」の語源は,

ウル(得)の義に通じる(和訓栞),
フリオフ(降生)の転,雨が降ると草木が生いでる意から(和語私臆鈔),
ウツオホ(恩沢)の義(言元梯),
ヌルホホム(滑含)の約轉(名言通),
ウルは「閏」「潤」の韓音ユンの転(日本古語大辞典=松岡静雄),

等々。

韓音説は,日本語源広辞典も採り,

ウル(潤の韓音ユンの日本発音)にオフ・オウが付いた語,

とする。是非の判断はつかないが,この語だけが朝鮮語由来というのは,少し変だ。「しめる」「ぬれる」といった関連語との関係抜きでは即断できない。

「濡れる」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/467863368.html?1562872284)が,

塗る,

という関わるのなら,「うるほふ」だけが,朝鮮語由来とはちょっと納得できない。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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2019年07月14日

自力救済


仁木宏『戦国時代、村と町のかたち』を読む。

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本書は,京都西南の山城國西岡地域と大山崎における,地域住民に視点を置いて,室町末期から織豊期にかけての地域社会の変化を追う。

「従来,重視されてきた領主・百姓や村の『経営』についてはほとんどふれない。そうした視点に立つかぎり,村落や地域社会を再編成するダイナミズムを解明することはむずかしい。むしろ,土豪やその連帯組織が地域においてどのような社会的存在であったかに注目したい。こうした方法が『下から』と『上から』の視点のズレを解消する有効な分析方法であると考えるからである」

という問題意識で,地下人に視点を置く。この場合,地下は,文字通り,在地の土豪を指す。地下(じげ)人は,

凡下,
甲乙人,

重複する呼称で,「凡下」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463837199.html)で触れたように,地下(人)は,室町末期の『日葡辞典』には,

土着の人,

の意となる。本来五位以下を指したが,そこにも至らぬ公家以外を指し,対に,庶民を指すようになった。武家も,公家から見れば,地下である。しかし武家の隆盛とともに,地下は,

土着の人,

つまり,

地元の人,

という意になった。土豪は,

「在地の数村を支配する小規模の豪族である、地頭やその系譜をひく国人領主の家臣或いは被官たる者で地侍の主筋になる在地領主をも含む概念」

とある。本書の主役は,このレベルの土豪である。

室町末期,室町幕府,それを駆逐した三好長慶政権,織豊政権と,支配層の変遷に伴って,右往左往しつつ,しぶとく生き残っていく。

西岡地域は,

「十四世紀半ば以降,史料にみえる山城國『西岡』地域は,向日市・長岡京市の全域と,京都市南区・西京区,大山崎町の一部からなる。桂川の右岸(西岸)にあたるが,嵐山と松尾社までは含まない。…ほぼ山陰道以南を範囲とし,久我縄手・西国街道に沿った地域にあたる。」

大山崎は,それに含まれず,

「山城國と摂津國にまたがって立地した。(中略)権門の支配からの自立をめざした山崎の住民たちは,十三世紀以降,石清水八幡宮に仕える神人(じにん)の身分を共通して獲得…1392(明徳三)年には,将軍足利義満より,『神人在所』であることを理由に守護不入特権をさずけられ」

たが,大山崎の領域は,円明寺(大山崎町)から摂津の水無瀬川(島本町)までと確定された。この地域は,まさに,後年,東上する羽柴秀吉と明智光秀がぶつかった山崎の合戦の主戦場にも重なる。

大山崎は,

「『神人』という社会的身分をもつ住民によってなりたつ『神人在所』として,その領域を確定した都市・大山崎」

として,油商人,米商人,土倉・酒屋等々の拠点であった。彼らは十五世紀半ば,

惣中,

という自律的組織(「所」と呼ぶ)をつくる。西岡の土豪たちは,連帯組織,

国,

をつくる。国衆と呼ばれるようになるが,それは,時の権力者との関係で,

土豪たちが半済を給付されることで公的な地位を獲得した,

ことによる。ときに幕府や有力武家(細川・畠山等々)の被官として,社会的身分として,

御被官人,

と呼ばれ,軍事動員を受ける立場でもあったのである。しかし,重要なのは,

「土豪たちがみずからを『国』と名乗ったことである。『国』が地域の公権としての立場を示し,自分たちの政治的な正統性を主張する」

に至るのである。

「こうして『国』も『所』も,みずからの領域内の諸問題を自律的に解決する能力を獲得し,構成員からも,外部勢力からも『公』的な存在と認められるようになった。」

こうした戦国的自立性の転機は,織田政権下,細川藤孝が西岡の一職支配を得たことにある。土豪に本領安堵や新恩給与を行ない,それに抵抗した土豪は亡ぼされる。

「藤孝は,信長の家臣として各地を転戦したが,これには西岡の土豪たちも従軍した。」

後に,細川が丹後へ国替えを命じられた折,土豪の中には従わず在地に残ったものが少なくない。彼らは,もはや「国衆」という自律性はもちえず,豪農として生き残っていく。

大山崎も,自立都市堺がそうであるように,織豊政権は,直轄都市として掌握する志向を持ち,

「羽柴秀吉による山崎城築城,大山崎の城下町化による,強力な統制へとつながっていく」。

戦国の終りとは,土豪だけでなく,百姓・町人の,

自力救済,

の剥奪でもある。

参考文献;
仁木宏『戦国時代、村と町のかたち』(山川出版社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2019年07月15日

しめる


「しめる」は,

湿(濕)る,

と当てる。「湿(濕)」(シツ,漢音・呉音シュウ)の字は,

「会意。もとの字は『水+絲+土』で,生糸をやわらかくするため,深く水面下に沈めてぬらすさまをあらわす。濕はねその上に日印を加え,下の土印を省いた字」

とある(漢字源)。これだと分かりにくいが,

「『流れる水』の象形と『糸』の象形から、糸に水をつけたさまを表し、そこから、『しめらす』を意味する『湿』という漢字が成り立ちました」

が分かりやすい(https://okjiten.jp/kanji1490.html)。

似た漢字は,

「濡れる」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/467863368.html?1562872284
や,
「うるほふ(うるおう)」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/467885244.html?1562956664

で触れたように,「濕」「澤」「潤」「濡」「霑」があるが,次のように使い分けている。

「濕」は,乾の反。しめるなり,易經「火就燥,水流濕」,
「潤」は,うるほひなり。つやのある義。澤(つや)なり。「河潤九里」は,河川のほとり,九里の間をしめるに非ずして,其の邊の草木皆水気のうるほひを受るなり。「富潤屋,徳潤身」も,皆つやある義,
「澤」は,つやあるなり。潤に近し。潤澤と用ふ,
「霑」は,沾と同字。「沾」は,水のかかりてしっぽりとぬるること。霑と同字なり。史記「汗出沾背」,同書「置酒而大雨,陛盾者皆沾寒」,
「濡」は,沾と略々同じ。唐書張旭傳「旭大酔,以頭濡墨而書」。「沾」は,水のかかりてしっぽりとぬるること。霑と同字なり。史記「汗出沾背」,同書「置酒而大雨,陛盾者皆沾寒」。

「しめる」は,

水気を帯びる,水にうるおう,

の意から,

水気で火が消える(「火しめりぬめりとてあかぬれば,入りてうちふす程に」蜻蛉日記),
静かになる,しずまる(「夜深き程の,人のけしめりぬるに」源氏),
勢いが衰える(「やうやう風なほり,雨の脚しめり,星の光も見ゆろに」源氏),
落着いている(「これは人ざまもいたうしめり恥ずかしげに」源氏),
物思いに沈む(「思ふ事の筋々嘆かしくて,例よりもしめりて居給へり」源氏),
雰囲気が沈む(「女郎が未だお出なく,御座敷しめって見ゆるとき」傾城禁短気),

と,様々にメタファとして使われる。

湿気を含む→勢いが衰える→しんみりと沈む,

といった流れだろうか。

「しめる」は,

シム(浸む)と同根,

とある(岩波古語辞典)。大言海は,

沈めるの転,

とする。「しめる」は「しむ」の口語。「しむ」は,

染む,
浸む,

とも当てる(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463683479.html)。

濡(うるお)ひ,徹(とほ)る,染む,

意である(大言海)。岩波古語辞典は,「しむ(浸・染)」は,

「ソミ(染)の母韻交替形。シメヤカ・シメリ(濕)と同根。気体や液体が物の内部までいつのまにか深く入り込んでとれなくなる意。転じて,そのようにこころに深く刻みこまれる意」

とする。「しめる」は,

「染みる」の音韻変化,

とする(日本語源広辞典)のが,当然考えられる。

シミル(染)の義(名言通),
シム(浸),シメヤカと同源(日本古語大辞典=松岡静雄),

も同趣旨である。あるいは,「そむ」「しむ」の,「so」「si」は,

シは水分の義(国語の語根とその分類=大島正健),

なのかもしれないが,判断できない。ただ,「し」という,

息・風,

と当てる,

複合語になった例だけ見える,

言葉がある。

し長鳥,

とは,水中に長く潜っていられる鳥,

の意である。この「し」を「息」とするが,「水」とも考えられる。とすると,「しむ」は,「し」を活用させた言葉ということになる。現に,大言海は,「し」を,

水,

とあて,

「水(すゐ)の音の約」

とし,

水良玉(しらたま),水長鳥(しながどり),しがらみ,しずく,したたる,しむの類例,

と挙げる。「みず」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/448460590.html)で触れたように,「水」は,

み,

でも,「水」を意味した。

垂水(たるみ),
水草(みくさ),
水漬き(みづき),
水(み)な門(と),
水(み)際,
水(み)岬,
水(み)鴨,
水(み)菰,
みかみ(水神),
みくさ(水草),
みぎわ(汀),
みくまり(水配り),
みづく(水漬く)屍,
みぎり(砌),
みなくち(水の口),
みお(水脈・澪・水尾),

等々多くの例がある。この「み」と「し」との関係は分からない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;
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ラベル:湿る しめる
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2019年07月16日

ひたす


「ひたす」は,

浸す,
漬す,
沾す,

と当てる(「沾す」と当てたのは岩波古語辞典)。「沾」(テン,チョウ)は,

「会意兼形声。『水+音符占(しめる)』で,ひと所に定着する意味を含む」

とあり(漢字源),「しみがつく」とか「うるおう」,「ひたひたとぬれる」意であるが,「濡れる」http://ppnetwork.seesaa.net/article/467863368.html?1562872284で触れたように,

「沾」は,水のかかりてしっぽりとぬるること。霑と同字なり。史記「汗出沾背」,同書「置酒而大雨,陛盾者皆沾寒」。「霑」も,沾と同字,

という使い方をする。

「濕」は,乾の反。しめるなり,易經「火就燥,水流濕」,
「潤」は,うるほひなり。つやのある義。澤(つや)なり。「河潤九里」は,河川のほとり,九里の間をしめるに非ずして,其の邊の草木皆水気のうるほひを受るなり。「富潤屋,徳潤身」も,皆つやある義,
「濡」は,沾と略々同じ。唐書張旭傳「旭大酔,以頭濡墨而書」,

と使い分けをする。どちらかというと,「ひたす」は,

水の中につける,
びっしょり濡らす,

意で,若干ニュアンスが違う気がする。「浸」(シン)は,「ひたす」「つける」意で,

「会意兼形声。右側の字(シン)は『又(手)+ほうき』の会意文字で,手でほうきをもち,しだいにすみずみまでそうじを進めていくさまを示す。浸はそれを音符とし,水を加えた字で,水がしだいにすみずみまでしみこむこと」

とあり(仝上),「しみる」「ひたす」意である。別に,

「会意兼形声文字です(氵(水)+侵の省略形)。『流れる水』の象形と『ほうきの象形と手の象形』(人がほうきを手にして次第にはきすすむ意味から、『おかす』の意味)から、『水が次第におかす』を意味する『浸』という漢字が成り立ちました。」

ともある(https://okjiten.jp/kanji1082.html)。「漬」(漢音シ,呉音ジ)は,

「会意兼形声。朿(シ・セキ)は,ぎざぎざにとがったはりいばらのとげを描いた象形文字。責は『貝(財貨)+音符朿(シ・セキ)』の会意兼形声もじで,財貨を積み,刺で射すように言う手を攻めること。債(サイ 積んだ借財でせめる)の原紙。漬は『水+音符責』で,野菜を積み重ねて染液につけたりすること」

とある(仝上)。別に,

「形声文字です(氵(水)+責)。『流れる水』の象形と『とげの象形と子安貝(貨幣)の象形』(『金品を責め求める』の意味だが、ここでは、『積(セキ)』に通じ(同じ読みを持つ『積』と同じ意味を持つようになって)、『積み重ねる』の意味)から、水の中に積む、すなわち、『ひたす』を意味する『漬』という漢字が成り立ちました。」

ともある(https://okjiten.jp/kanji1991.html)。

「漬は浸なり,染なり,水につかる義」

とある(字源)ので,「染」「漬」「浸」はほぼ同義で使われているらしい。

和語「ひたす」も,「湿る」http://ppnetwork.seesaa.net/article/467936369.html?1563129264で触れたように,

シム(浸む)と同根,

とあり(岩波古語辞典),大言海は,「しめる」の文語「しむ」は,

染む,
浸む,

とも当てるhttp://ppnetwork.seesaa.net/article/463683479.html。他動詞「ひたす」の文語は,

ひづ,

だが,古くは,

ひつ,

で,

漬つ
沾つ,

と当てる。

「平安時代までヒツと清音。奈良時代から平安時代初期には四段活用。平安時代中頃から上二段活用」

とある(岩波古語辞典)。つまり,四段活用,

浸(ひ)つ た(未然形)・ち(連用形)・つ(終止形)・つ(連体形)・て(已然形)・て(命令形)

が,上二段活用

浸(ひ)つ ち(未然形)・ち(連用形)・-つ(終止形)・つる(連体形)・-つれ(已然形)・ちよ(命令形)

となり,

浸つ→浸つ→浸ず,

と転じたことになる。

日本語源広辞典は,「ひたる」の語源を,

「ヒタヒタ(擬態語)+ス(動詞化)」

とする。面白いが,「ひたひた」は,

「鎌倉時代から見られる語」

とあり(擬音語・擬態語辞典),時代が合わない。この濁音の「びたびた」は,

「雫が垂れるくらい,物が水に濡れている様子」

の意(仝上)だが,室町時代から見られる語で該当しない。「びたびた」は,

「現代の『びちゃびちゃ』に近い様子を表したと考えられる。日葡辞書の『びためかす』の項目に『びたびたとする』は同義」

とある(仝上)。

意味からは,「染む」「湿む」「漬つ」「浸つ」「沾つ」はほぼ重なる。とすると,「湿る」で触れた,「し」を,

水,

とあて,

「水(すゐ)の音の約」

とし,

水良玉(しらたま),水長鳥(しながどり),しがらみ,しずく,したたる,しむの類例,

と挙げる(大言海)のと重なるのかもしれない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
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2019年07月17日

みずみずしい


「みずみずしい」は,

瑞々しい,
水々しい,

と当てる。「瑞」の字の項の使い方は,日本だけである。

「瑞」(漢音スイ,呉音ズイ)は,

「会意兼形声。耑は,端正の端(形がととのう)の原字。瑞はそれを音符とし,玉を加えた字で,刀違いの整った玉」

とある(漢字源)。別に,

「会意兼形声文字です(王(玉)+耑)。『3つの美しいたまを縦にひもで通した』象形(『玉』の意味)と『水分を得て植物が根をはり発芽した』象形(『物事のはじめ』の意味)から『事物の発生に先立って神の意志をを見る為の玉』の意味を表し、そこから、『めでたいしるし』を意味する『瑞』という漢字が成り立ちました」

ともある(https://okjiten.jp/kanji2597.html)。本来,典瑞(しるしの玉をつかさどる官のしるし),符瑞(しるしとする玉)というように,「しるし」「めでたいしるし」の意で,そこから,瑞兆,瑞雲等々,「甘露や美しい雲など,天の神が善政をほめてくだすしるし,めでたい兆候」の意で使われるので,

瑞穂,

というように,

美しく生気があって瑞々しい,

意で使うのは,瑞の原意から外れた我が国だけの使い方である。当然,

みずみずしい,

に当てるのは,本来の漢字の意味から逸れている。「水」(スイ)は,

「象形。水の流れの姿を描いたもの」

である(漢字源)。水の意しかない。

800px-水-oracle.svg.png

(水・甲骨文字 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E9%83%A8より)

「みずみずしい」は,

光沢があって,生気に満ちている,
新鮮で美しい,

の意であるから,それに当てた,「水」も「瑞」も漢字の意からは少しずれる。

「みずみずしい」の語源ははっきりしないが,「みず」が旧仮名遣いでは,

みづ,

であるように,

みづみづしい,

と表記していた。岩波古語辞典には,

みづみづ,

が載り,

瑞々,

と当て,

艶がって若々しいさま,

という意が載る。「みずみずしい」とほぼ重なる。日本語源広辞典は,

水+水+しい(形容詞の語尾),

とするが,「みずみずしい」の持つ意味からは,むしろ,

みづみづ,

から来ていると考えていいように思う。

ミヅミヅ(瑞々)しの義。瑞々は褒美の称,シは助辞(万葉集類林・幽遠随筆),
ミヅは水の義。美しい匂いが水の潤うようであるところから(国語本義),

とする解釈は,明らかに,

水々しい,
瑞々しい,

と,漢字を当てて以後の解釈ではないか。むしろ,古くは,「みづ」は,

水草(みくさ),
垂水(たるみ),
水漬(みづ)く,
水(み)な門(と),
水(み)際,
水(み)岬,
水(み)鴨,
水(み)菰,
港(みなと),
汀(みぎわ),

等々と,

み,

であった(http://ppnetwork.seesaa.net/article/448460590.html)。「海」すら,

ウ(大)+ミ(水),

とされる。「みづ」は,

み(水)+つ,

なのではあるまいか。「つ」は,

市とか存在を示す助詞,

天つ神,
奥つ櫂,

等の「つ」なのではあるまいか。

江戸語大辞典に,「みずみず」が載り,

若々しく美しいさま,

の意とするが,

「幼児(がき)あってもみづみづと年より若いが一つの徳」(三題噺高座新作・文久三年),

という用例が新しい。岩波古語辞典の「みづみづ」も,

「(節を)みづみづと言ひなせば,幽玄に面白く聞ゆる也」(五音三曲集),
「みづみづしたる女房」(浄瑠璃・甲賀三郎),

古語辞典(三省堂)も,

「みづみづとした若い者,義理にせまって死ぬるとおりは」(浄瑠璃・女舞衣),

と,ほとんど新しい。最も古いと思われるのは,能楽に関わる用例で,

みづみづと言ひなせば,幽玄に面白く聞ゆる,

で本来は,こういう使い方であったのではないか。それが,「瑞々しい」「水々しい」という漢字を当てたことで意味が,

若々しい,

という意へとシフトしたのではないか,と推測される。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
金田一京助・春彦監修『古語辞典』(三省堂)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2019年07月18日

こうずる


「こうずる」は,

高ずる,
嵩ずる,
昂ずる,
極ずる,
講ずる,
困ずる,
薨ずる,

等々,漢字を当て替えて,違う意味に使う。漢字が無ければ,というか,文字を持たなかったので,

こうず(る),

しかなく,まさに目の前で,会話している当人にとっては,その文脈を共有しているかぎり,その意味は伝わったのである。

「薨ずる」は,中国語「薨」(コウ)から来ている。

みまかる,

意である。

「会意兼形声。『死+音符夢(ボウ)の略体』。夢は,物がよく見えなくなる意。その意味を借りて死ぬ事を暗示した忌ことば」

である(漢字源)。和語では,

「皇太子・心脳・女御・大臣・三位以上の人の死をいう」

とある(岩波古語辞典)。日本語源広辞典は,

「中国語の『薨』は『夢(意識がうすれる)+死(死ぬ)』が語源です。…日本語では直接『薨+する』とサ変動詞にして皇族が死ぬ意」

とし,大言海は,

「薨御は(崩御に混じて)薨去と音通の当て字ならむ」

とする。薨去の「薨」から当てたものとみられる。

「講ずる」も,中国語「講」(コウ)に依る。「講」は,

「会意兼形声。冓(コウ)は,上と下(向こうとこちら)を同じように構築した組み木を描いた象形文字で,双方が同じ構えとなる意を含む。構(くみ木)の原字。講は『言+音符冓』で,双方が納得して同じ理解に達するように話すこと」

とある(漢字源)。「講ずる」は,講義する,意であり,考えをめぐらせて行う意である。日本語源広辞典は,「講ずる」についても,

「中国語の『講』は『言(言葉)+冓(高く積み重ねる)』意です。直接スルをつけて,使う日本語の場合,『講ずる』となり,講義する,考える,工夫する意です」

とする。

問題は,「高ずる」「昂ずる」「嵩ずる」とあてる「こうずる」である。

たかまる,
甚だしくなる,

意だが,中国語「高」(コウ)「昂」(コウ)に依っている,とも見える。ただ「嵩」(スウ)は,たかい,そびえる,意だが,

「会意。『山+高』で,たかくそびる山を表す。崇とまったく同じことばをあらわす異体の字」

とあり,「高」「昂」に倣って当てたとみられる。「高」は,髙い意だが,

「象形。台地にたてたたかい建物を描いたもの。また槁(コウ 枯れ木)に通じて,乾いた意をも含む」

とあり(漢字源),「昂」は,あげる,あがる,意で,

「会意兼形声。卬は『立った人+ひざまずいてふりあおぐ人』の会意文字で,仰(ゴウ)の原字。昂はそれを音符とし,日を加えた字で,太陽をふりあおぐため,頭をあげて上向くことをあらわす」

とある(仝上)。日本語源広辞典は,中国語「高」に依るとして,

「中国語『高』は『高い台』が語源で,後に高いを意味するようになります。日本語では『高+ずる』というサ変動詞として使います」

とする。しかし,

困ずると同源,

とする(日本語源大辞典)説があり,岩波古語辞典は,

極ずる,

と当て,

ゴウジの転,

とし,

極に達する意,

とする。とすると「極」(漢音キョク,呉音ゴク)の呉音ゴク(極意,極道等々)が,

ゴクズ→ゴウズ→コウズ,

と転訛したのかもしれない。「極」は,きわまる,きわめる,意だが,

「会意兼形声。亟(キョク)の原字は,二線の間に人を描き,人の頭上から足先までを張り伸ばしたことを示す会意文字。極は『木+音符亟』で,端から端まではったしん柱」

とある(漢字源)。その意味で,

極する→ゴウズル,

も,漢字由来かもしれない。「ごうずる」は,

極度に疲れる,
ひどく弱る,

意で,ほぼ,

困ずる,

に重なる。つまり,

極(ごう)ずる,

困(こう)ずる,

は,漢字を取ってしまえば,重なるのである。大言海は,

「困(こぬ)ずの音便,論(ろぬ)ず,ろうず。艸冠(サウクワヌ),さうくゎう」

とする。

コンズ・コスズ→コウズ,

そうなら,これも中国語「困」(コン)に依ることになる。「困」は,こまる意だが,

「会意。『□(かこむ)+木』で,木を囲いの中に押し込んで動かないように縛ったさまを示す。縛られて動きがとれないでこまること」

とある(漢字源)。

「サ変動詞『困(こん)ず』が音便化したものとするのが通説だが,『極』と表記した例が多くみられ,複合動詞を形成することもあるところから,『極』の呉音ゴクがサ変動詞化し,音便化したものとする説が有力となってきている」

とする(日本語源大辞典)からみて,どうやら,「こうずる」は,

高ずる,
嵩ずる,
昂ずる,
極ずる,
講ずる,
困ずる,
薨ずる,

は,総べて,中国語由来ということになる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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2019年07月19日

むやみやたら


「むやみやたら」は,

無闇矢鱈,

と当てる。当て字である。

むやみを強めていう語,
むちゃくちゃ,

の意とある(広辞苑)。

滅多矢鱈(めったやたら),

とも同義である。「無闇」は,

無暗,

とも当てる。「むやみ」自体が,

前後を考えないさま,理非を分別しないさま,
度を越すさま,

の意がある。「やたら」も,

みだり(に),

の意なので,重複させた意となる。江戸語大辞典には,

無闇を極める,

という言い回しが載り,

あとさきの考えもなくそのことをする,乱暴にきめつける,

と「むやみ」とほぼ重なる意味を載せる。「やたら」については,

すべて節度がないこと,

の意で,「に」「と」をつけて,副詞として,

むやみに,むちゃくちゃに,

という意味が載る。岩波古語辞典には「むやみ」も「やたら」も載らない。比較的新しい語のように思われる。

やたら縞,
やたら漬,

という言葉は,「やたら」を受けて成り立つ言葉に思える。

大言海は,「やたら」について,

彌足(やたら)の義。彌當(やつあたり)に縁ある語か

としている。「やつあたり」は,

八つ当たり,
八當,
彌當,

等々と当てる。大言海は,

ヤタラアタリの約,

とするし,江戸語大辞典は,

やつは弥(いや)つの意,

としている。このことは,後で繋がる。

「やたら」について,

雅楽の八多羅拍子( やたらびょうし),

が由来とする説がある(http://kotoba.livedoor.biz/archives/50304639.html)。日本語源広辞典も,

「雅楽用語。八多羅拍子」

説を採る。さらにその説を採るものは,

雅楽でいう「やたら拍子」からか,拍子が早くて調子があわないところから(和訓栞・松屋筆記・日本古語大辞典=金田一春彦・ことばの事典=日置昌一),

等々ある。しかし,江戸語大辞典にその由来に言及はなく,僕は俗説だと見なす。むしろ「やたら」という言葉に当てはまるものを探し当てたのではないか。

「やたら拍子」は,

八多良拍子,
夜多羅拍子,
八多羅拍子,

とも書く。

「日本の雅楽の唐楽曲(唐楽)の拍子のひとつ。2拍と3拍が交替反復する拍節,すなわち5拍子で,舞楽立(ぶがくだち)の《蘇莫者破(そまくしやのは)》(左方(さほう)),《陪臚破(ばいろのは)》《還城楽(げんじようらく)》《抜頭(ばとう)》(以上右方(うほう))が現行。《還城楽》と《抜頭》が,左方の舞楽に用いられる場合と管絃立(かんげんだち)で演奏される場合,および《蘇莫者破》と《陪臚破》が管絃立で演奏される場合は,いずれも早只拍子に転換される。」(世界大百科事典 第2版)

とある。ちなみに,「唐楽」は,

「奈良時代から平安時代初期にかけて,唐代の中国から伝来した合奏音楽で,唐朝の宮廷の娯楽音楽を中心とするが,このほか,中国を経て伝来したインドやベトナムの音楽,それらをまねて日本人が作曲した音楽が含まれる。伝来当初から寺院の供養音楽として,あるいは宮廷の儀式音楽として演奏され,さらに平安時代中期 (仁明天皇の頃) には,いわゆる平安朝の楽制改革によって,楽器編成や音楽理論,演奏様式などの統一がはかられ,朝鮮系の高麗 (こま) 楽に対する唐楽として形が整えられ,今日にいたっている」(ブリタニカ国際大百科事典)

とされる。「やたら拍子」はでたらめではない。雅楽(唐楽)の拍子には,

延拍子,
早拍子,
只拍子,

があり,只拍子から夜多羅拍子が生まれた。「やたら拍子」には,

夜多羅八拍子,
夜多羅四拍子,

があり,

「早只拍子の曲を右方の舞で舞うときの伴奏で、4分の2拍子と4分の3拍子を交互に連続して奏する。管絃のときと違って舞楽の伴奏となると曲ははずんでくるので、4分の4拍子の最後の1拍を捨ててしまって奏さない。そうすると曲は浮き浮きしてリズムに乗ってくる。」

とされる(http://www.terakoya.com/gonshiki/gagaku/kaisetsu.html)。当然ながら,拍子だから,でたらめであるはずはない。「やたら」の語義とは乖離がある。

八多羅拍子は二拍子と三拍子を組み合わせたテンポの速い拍子で乱れやすいことから,

という説明を,「やたら」の

節度のなさ,

につなげるのは牽強付会が過ぎるし,第一雅楽奏者に失礼である。むしろ,大言海の,

彌足(やたら),

のように,日常使っていた言葉の転訛で「やたら」となったと見るのが普通である。雅楽の言葉が一般の庶民の日常会話の言葉に流布するなどということが,現代ならともかく,近世以前にありえるとは思えない。その意味では,日本語の語源の,

「ムリ(無理)という語には①『強いて行うこと』。②『道理のないこと。理由のたたないこと』の二義がある。これを強めたムリイヤムリ(無理彌無理)は,イ・ムを落してムリヤリ(無理遣)になった。①の語義の強調表現である。
 他方では,リ・イ・リを落してムヤム・ムヤミ(無闇)になった。②の語義の強調表現で,『前後を考えないさま。理非を分別しないさま』をいう。
 無闇を強めてムヤミヤタラ(無闇矢鱈)というが,ヤタラの語源はイヤミダリ(彌妄)で,イ・ミを落したヤダリがヤタラ(矢鱈)に変化した。イタミダリナルメリ(甚妄りなるめり)からはデタラメ(出鱈目)が成立した。リナ[r(in)a]の縮約にともなう省略形のタダラメの変化である。
 ヤラタを強めてヤタラムチャクチャ(矢鱈無茶苦茶)といったのが,語中のラムチャの部分を落してヤタクチャ・ヤタクタになった。『むやみやたら』の意の方言として尾張・岐阜県山形郡で用いる。
 同じく,ヤタラヒタスラ(矢鱈只管)はスを落としてヤタラヒタラになった。埼玉県北葛飾郡で『むやみやたら』の意の方言として用いる。さらに,ヒが母交(母韻交替)[ie]をとげて,長野県南佐久郡ではヤタラヘータラという」

という音韻変化の方が,現実的である。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2019年07月20日

めりはり


「めりはり」は,

減り張り,
乙張り,

と当てるらしい。

メリハリをつける,
メリハリの利いた,

といった使い方をする。

緩むこととはること,

の意味で,

特に、音声の抑揚や、演劇などで、せりふ回しの強弱・伸縮をいう,

とある(デジタル大辞泉)。で,

メリハリの利いたセリフ,
メリハリをつけて仕事をする,

という言い回しをする。特に,

邦楽で,音の抑揚をいう,

とある(広辞苑)が,これではよく分からない。語源由来辞典は,

「メリハリは、『メリカリ』が転じた言葉である。『メリカリ』とは、低い音を『減り(めり)』、高い音を『上り・甲(かり)』と呼んでいた邦楽用語のひとつで、現代では、主に尺八などの管楽器で『浮り(かり)』が使われている。『減り』は『減り込む』など一般的にも使われ ていた語であるが、『上り・甲』は邦楽以外では使われることがなかったため、一般では近世頃より『張り』が使われ、『減り張り(めりはり)』となった。現代では、音以外にも『仕事にメリハリをつける』『メリハリボディ』など、比喩的にも用いられるようになった」

とするhttp://gogen-allguide.com/me/merihari.html)。「めりかり」とは,

乙甲,
減上,

と当て,

「基本の音より音高が下がったものを『めり』、上がったものを『かり』という」

とある(デジタル大辞泉)。

「技巧を用いて音高を標準よりも微妙に上げ下げすること。多くは管楽器、特に尺八でいう」

らしく(大辞林 第三版),

乙甲(おつかん),

という言い方がある。

「広義には、低音と高音の意。狭義には、オクターブ低い音とオクターブ高い音。『かん』は古くは『こう』ともいわれた」

とある(精選版 日本国語大辞典)。俗にいう,

おっつかっつ,

である。

おつ(乙)かつ(甲)の転,

で,

お(追)っつすが(縋)っつ,

の変化したものという説もあるが,

差異が少なくほとんど程度が同じであること,

をいう。どうも,

乙甲(めりはり)→乙甲(おつかん)→乙甲(おつかつ)→おっつかっつ,

という変化ではあるまいか。

めりかり,

は,尺八では,

沈り浮り,

と当てるらしい(https://biyori.shizensyokuhin.jp/articles/301),技巧を尽くした微妙な節回しが,

大差ない,

意にされてしまったのでは,身も蓋もない。

「邦楽では第2倍音以上の音のことを『甲(かん:「こう」とは読まない)』、基音のことを『乙(おつ)』と呼びます。 『甲高い(かんだかい)』という表現の元々の意味は、倍音のことだったんですね。 また、基音に渋みのある独特の雰囲気があることから、『乙(おつ)だね』という表現が生まれました。(中略)
 尺八の奏法では、アンブシェア(口啌の形状および楽器との位置関係)の調整で、本来の音より全音又は半音低い音、あるいは半音高い音を出すという方法が、常用されます。 指穴を半分かざす方法を補助的に用いることもありますが、アンブシェアが基本です。
 邦楽の用語では、管楽器の音を微調整して低めることを『滅る(める)』、高めることを『甲る(かる)』と言い、低められた音を『メリ音』、高められた音を『カリ音』、両方合わせて『メリカリ』と呼びます。 ちなみに弦楽器の場合には『甲る(かる)』の代わりに『張る(はる)』と呼ぶので、『メリハリ』となります。」

とある(http://nanyanen.jp/nanyanen/nanya04.html)。尺八は,

「尺八は手孔(指孔)が5個しか存在しないため、都節音階、7音音階や12半音を出すために手孔(指孔)を半開したり、メリ、カリと呼ばれる技法を多用する。唇と歌口の鋭角部(エッジ)との距離を変化させることで、音高(音程)を変化させる。音高を下げることをメリ、上げることをカリと呼ぶ。メリ、カリの範囲は開放管(指で手孔を押さえない)の状態に近いほど広くなり、メリでは最大で半音4個ぶん以上になる。通常の演奏に用いる範囲はメリで2半音、カリで1半音程度)。奏者の動作としては楽器と下顎(下唇よりやや下)との接点を支点にして顎を引く(沈める)と『メリ』になり、顎を浮かせると『カリ』になる。
メリ、カリ、つまり顎の上下動(縦ユリ)、あるいは首を横に振る動作(横ユリ)によって、一種のビブラートをかけることができる。この動作をユリ(ユリ、あごユリ)と呼ぶ。フルートなどの息の流量変化によるビブラートとは異なり、独特の艶を持つ奏法である。」

という(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BA%E5%85%AB),上げ(甲),下げ(乙)の微妙な節回しも,

乙甲,

だけ取り出せば,

おつこつ,

となり,

優劣ない,
ほとんど同じ,

にされたことになる。原意は,評価というよりは,

優劣つけがたい,

意だったかもしれないが。

ホームページ;
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コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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