2019年07月01日

かまくら


「かまくら」は,

「降雪地域に伝わる小正月の伝統行事。雪で作った『家』(雪洞)の中に祭壇を設け、水神を祀る。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%BE%E3%81%8F%E3%82%89)が,伝統行事で作られるものに限らず、雪洞自体が,

かまくら,

と呼ばれる。大雪の日,確かにつくった雪洞を,「かまくら」と子供の時呼んだ記憶がある。しかし,

「雪室〔ゆきむろ〕の中に祭壇を設け、自然の恵みである水を運んでくれる水神様をお祀りする行事を称して『かまくら』と言います。正月に飾りなどを焼く行事や農作の害鳥を追い払うための『鳥追いの行事』などと融合し『かまくら』と呼ばれています。」

とあり(http://iroha-japan.net/iroha/A01_event/03_kamakura.html),行事全体を指していた可能性がある。

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「かまくら」には,

雪穴式

竈式,

があるらしい。「竈式」のかまくらは,

「正月十四日の夜、雪をかい集め高くつみかさね、板戸なんどにおしあてて囲みを作し、三間四方、或いは四間四方ぱかりの雪の屏風を引わたしたらんが如に云々」

とあるように、四角い「かま くら」を,菅江真澄が書いている(ふでのまにまに:久保田迦麻久良祭(くぼたかまくらまつり)),というので,当時の主流は、「竈式」だったらしい。「雪穴式」のかまくらは,戦後規格化したもの,というhttp://www.pref.akita.jp/fpd/bunka/kamakura/q&a/index.html。もともと由来を考えると,竈型だったのだろう。

「かまくら」の語源には,

●「竈(かまど)」を語源とする「竃蔵」説 「かまくら」の原型 はかまど式である。しかもこれは単に形態ばかりではなく、 この中で正月用の飾りものなどを焼いたという事実からして「竈」を語源とする説,
●「神座(かみくら)」を語源とする説 雪むろは、神の御座所(おまわしどころ)である。即ち「神座」であることから、「かまくら」 と変化したという説,
●「鎌倉大明神」を語源とする説  左義長とい われるこの行事に「鎌倉大明神」は付帯しており、その神名「鎌倉」を語源とした説,
●鎌倉権五郎景政を祀ったという信仰からでた説 後三年の役で、弱冠16才で勇敢に戦った景政を祀ったことから、「かまくら」となったという説,
●鳥追い歌の歌詞からという説 鳥追い歌に「鎌倉殿」という歌詞があることから「かまくら」になったという説,

等々がある。ただ,

雪の箱を作ってその中で神様の寄り代〔よりしろ〕である松飾りや注連縄〔しめなわ〕を焼く行事,

米を食い荒らす鳥を追いはらい豊作を願う鳥追いの行事
と,
水神様を祭る行事,

等々が融合しているところをみると,「竈」型が始源に近い気がする。「竈」(ソウ)の字自体に,

かまどの神,

の意があり,「かまど」は,

「釜で沸かした湯で邪気を払う『湯立神事』のため、かまどを設ける場合もある」

等々(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%BE%E3%81%A9),神や神事とつながりが深い。

「水神様がすわる御座所という意味で,祭壇のことをカミクラ(神座)といったのが,ミの母交(母韻交替)[ia]でカマクラ(雪室)になった」

とある(日本語の語源)。

当然この「かまくら」と,地名の,

鎌倉,

とは語源が関わるのではあるまいか。たとえば,鎌倉の由来について,

●鎌倉は地名・考古学的にいう「侵食地形・崩壊地形」を示す地形用語と解されます。カマ(鎌)=えぐったような崖地・崩壊的侵食谷,クラ(倉)=谷を意味する古語。市街は溺れ谷の埋積低地にのり、周辺に向かって〈やつ・谷〉とか〈やと・谷戸〉と呼ばれる多くの侵食谷の発達が特徴的であることが鎌倉の由来になっているという説,
●鎌鎌はもともと「かまど(竈)」のことを意味します。カマ(鎌)=かまど,クラ(倉)=谷。鎌倉の地形は、東・西・北の三方が山で、南が海になっています。その形は上空から見ると「かまど」のようで、「倉」のように一方が開いているので、「鎌倉」となったという説,
●アイヌ語が語源となっているという解釈です。カマクラン=「山を越して行く」という意,カーマ・クラ=「平板(へいばん)な石の山」という意,
●日本初代の天皇である神武じんむ天皇が東夷あずまえびすを征服しようと毒矢を放ちました。すると、その毒矢に当たって一万人以上もの人々が死に、その死体が山となって今の鎌倉の山ができたという説です。屍かばね(死体)が蔵くらをつくったので、「屍蔵かばねくら」となり、それがなまって「かまくら」になった,
●藤原鎌足かまたりが鹿島神宮へ参詣する途中、鎌倉(由井里ゆいのさと/現在の由比ガ浜)に宿泊しました。その時、霊夢を見たので持っていた鎌(鎌槍かまやり)を埋めたことが由来となる説,
●昔、鎌倉の海岸近くには蘆あしや蒲がまという植物ががたくさん生えていて、蒲がまが生えているところだから「かまくら」になったという説,
●比叡山にも鎌倉という地名があり、神倉かみくらとか神庫かみくらがなまったものと考えられている説です。ここ鎌倉にも神庫かみくらがあったので、それがなまって「かまくら」になり、鎌倉の字をあてた,
●神奈川県の中央部に、高座郡こうざぐんという地名があります。高座は、昔「たかくら」と読んでいたところから「高倉」「高麗」(こま)に通じ、高麗座(こまくら)が「かまくら」になったと言われる説,

等々があるhttps://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14183003704https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kids/jh/kjh221.htmlhttp://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000154081による)。史料では,古事記(712年)に,

鎌倉之別(かまくらのわけ),

と出て, 綾瀬市の宮久保遺跡から出土した天平五年(733年)銘の木簡に,

鎌倉郡鎌倉里,

と墨で書かれている(仝上),という。普通に考えると,

神+座,

カミクラの転訛というところだろう(日本語源広辞典,碩鼠漫筆他)。

「鎌倉には縄文時代から弥生時代にかけての遺跡もあり、杉本寺、長谷寺、甘縄神明神社のように創建を奈良時代と伝える社寺も存在する。また、万葉集にも登場し、三浦半島から房総半島へ抜ける古代の東海道が通っていた」

とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%8C%E5%80%89),

隣がタカクラ(高座)であるから,カミクラ(上座)の訛か(日本古語大辞典=松岡静雄),

と,神に関わるとみたい。アイヌ語,

Kamaは跨ぐ・歪める,kuraは山の意で,跨ぐ山。または歪む山の義(アイヌ語よりみたる日本地名研究=バチュラー),

も捨てがたいが。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:鎌倉 かまくら
posted by Toshi at 03:34| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする