2019年07月08日

濡れ手で粟


「濡れ手」とは,

水に濡れた手,

の意だが,「濡れ手で粟」とは,

濡れ手で粟のつかみ取り,

を略したもので,

労せずして利益を得ること,

の喩えとして使われる。

濡手に粟,
濡手で粟のぶったくり,
濡れ手で粟の掴み取り,
濡れた尻で粟に居る,
濡れ手でこぬかつかむ,

等々という言い方もする。

一攫千金,

の意である。

濡れた手で粟をつかむと,粟粒がいっぱいくっついて沢山つかめることから,

そういうらしい。この「濡れ手で粟」を,

濡れ手に粟,

という言い方をすることについて,

「本来,自ら濡れた手で粟を摑むものであり,偶然,手が濡れていて沢山摑めたという,『棚から牡丹餅』のような意味ではない」

とする(語源由来辞典)説もあるが,付会ではあるまいか,岩波古語辞典は,

濡れ手での粟,

とするし,日本語源広辞典は,

濡れ手に粟,

とする。「に」の方が,しかし,一攫千金の含意が強まる。

濡れ手にて抹雪(あわゆき)をつかむ,

という言い方もある。「に」「で」「での」の区別に大きな意味を見るべきではあるまい。「で」は,

助詞ニとテの接合してつづまったもの,

とあり(岩波古語辞典,広辞苑),この場合,

手段,方法,道具,材料を示す,~でもって,

の意である。「に」は,

動作,作用のある所,方角,を指定する,

の意である(広辞苑)。「に」と「で」の差はほとんどないのではあるまいか。敢えて言えば,

濡れ手で粟をつかむ,

が主体的なら,

濡れ手に粟をつかむ,

は,より偶然性が強まる含意だが,

濡れ手にて粟をつかむ,

と並べてみるなら,

濡れ手にて粟をつかむ→濡れ手で粟をつかむ→濡れ手に粟をつかむ,

とより偶然性が強まる感じである。個人的には,「濡れ手に粟をつかむ」の,意志と偶然のないまぜの感じがより出ていると感じられる。歌舞伎の『三人吉三巴白浪』では,

竿の雫か濡れ手で粟 思いがけなく手にいる百両,

という台詞がある。棚ぼたの含意が一杯である。これを,「濡れ手に粟」と代えても,差はあるまい。

しかし,それにしても,なぜ粟なのだろう。

「濡れた手で粟の実(あわのみ)をつかむとたくさんつかめる、というものです。粟の粒はとても小さいので、手でつかむ場合には乾いた手よりも濡れた手の方が粟の粒がくっつきやすくなり、容易にたくさんつかむことができます。」

と(https://biyori.shizensyokuhin.jp/articles/424)は,しかしかなりしょぼい。というか,いじましい。なぜ,

濡れ手で砂金,

とまでいかなくても,

濡れ手で米,

でないのだろう。まあ,米が常食でなかったのだとしても,だからこそ,

濡れ手で米,

の語感が増すのではないか。

「なお、『濡れ手で粟』とほぼ同じ意味の言葉に『一攫千金(いっかくせんきん)』があるが、いくらつかみ放題でも、『粟』なんかより『千金』のほうがはるかにうれしいことはいうまでもない」

はずなんだ(笑える国語辞典)が。それだけ,かつてわが国は貧しかったということなのかもしれない。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:34| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする