2019年08月14日

小さな共和国


蔵持重裕『中世村の歴史語り―湖国「共和国」の形成史』を読む。

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本書は菅浦という,琵琶湖北岸,竹生島の対岸にある,七十戸ほどの小さな集落の「菅浦文書」にもとづく,生き残りの歴史である。この文書は,

「中世の『村の歴史』を書き残した唯一と言ってよい」

史料である。これが残ったのは,

「西北となりの大浦庄と『日差』『諸河』という葛籠尾崎(半島)の緩斜面の耕地を争った」

訴訟を繰り返した,

「死者数・動員軍勢・その組織性・戦術・戦争法(ルール),近隣への影響,費用の大きさから,戦争とでも表現したほうが適当な大騒動であった」

からである。本書は,その「村の歴史」を記した「置書」を読みながら,

「生存をかけて,京と比叡山という中央に関わりを持ちながら,また山と港の湖北地域という社会環境の中で,ひとつの『共和国』を形成して,生き延びた菅浦惣村の姿をあきらかにしよう」

とした。この集落を「共和国」というのは,

「この集落が,乙名を指導者とする行政組織を持ち,在家を単位とする村の税を徴収し,若衆という軍事・警察組織を持ち,裁判も行い,村の運営を寄合という話し合いで進め,そのため構成員は平等な議決権を持つ,自治の村落だからである。」

史料の言葉で,これを,

惣村,

と呼び,

「惣の目的は住民の家を保護することで,平等観念は一揆の原理」

と同じである,という。組織は,大浦との戦いの中で,調えられ,

乙名(20名),中老(2名×東西),若衆,

という年齢階梯組織になっていく。まさに,中世の村の,

自力救済,

という原理の見本であり,

領主-村関係,

の在り方自体が,従来の支配関係ではなく,

契約関係,

であることの見本を見る。つまり,

在地の選択で領主を変更し得る,

ということなのである。菅浦では,

我々為地下改分致奉公之時ハ,年貢ハ可有沙汰事候,

という。つまり,地下(じげ)とは菅浦村民を指す。

「領主が地下のために“奉公”した時は地下は年貢を納めるべきである」

と言い切る。つまり,

「中世の紛争解決の基本は自力救済である…。それはその通りなのであるが,自力の道はリスクが大きいことも認識しているのである。平和確保の“しんどさ”,それが有償でも武士を雇う関係を時に生み出すのである。在地の人々にしてみればそうした保護機能こそ領主に期待した。領主がそれに応えてくれるからこそ年貢も出すのである」。

菅浦は,訴訟に勝つために,複数のルートを確保する。著者は,それは,

「情報ルートの結節点・プロバイダーにアクセスする回路を開いておくことなのだ。したがって,地下からみれは領主を一つに固定する必要はないのである。その例を菅浦は示している」

と喩えている。

「最終的な高家・権門である朝廷・幕府こそ日本のあらゆる地域・階層へのコンタクトをもつ家・機関であり,国家とはそうしたコトなのである。どこの誰と紛争を起こそうと,情報ルートさえあればともかくも平和への糸口があるのである。領主-地下・領民という上下の支配関係とは結局こうした『頼み』の関係の固定・定期契約なのである」。

こうした訴訟は,金がかかる。結局,

訴訟経費は二年で二百貫文,
地下兵粮五十石,
酒代五十貫文,

「此入目ニ五六年ハ地下計会して借物多く候也」

と「置書」は書く。著者は,

「この経費は,手に入れたもの=日差・諸河の田地に見合うのであろうか。」

と問う。

ただここで,一貫文 = 一石としている概算はちょっと疑問だ。たとえば,

1貫文 = 2石(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%AB),

とすると倍だし,

「一貫を米五石とする」(日本戦陣作法事典)

とすると,五倍になる。

「貫高を石高に換算すると全国的に1貫文=2石であったが、一部の地域では差異があり、江戸時代も貫高制を続けた仙台藩では1貫文=10石であった」

となる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%AB%E9%AB%98%E5%88%B6)と,十倍になる。まあそれを勘案するとして,著者は,こう結論する。

「菅浦の負担する年貢は応永年間(1394-1428)以降,年に二十石・十貫文,他に麦・枇杷等で推移する。文安三年(1446)当時京都での和市(わし)は一石当たり九八六文であったという。ほぼ一貫文と考えると,米錢合わせ年貢は三十貫文になるから,トータルで三百貫文(二百貫文+五十石+五十貫文)の経費は年貢十年文であった。訴訟費用だけで約七年間分である。これを髙いと見るかどうかである。菅浦は採算を見てとったはずである。だからこそ戦った。」

と。

参考文献;
蔵持重裕『中世村の歴史語り―湖国「共和国」の形成史』(吉川弘文館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:52| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする