2019年09月07日

かくれんぼう


「かくれんぼう」は,

隠れん坊,

と当てる。

かくれんぼ,

ともいう。、主に幼少の子供がする,

二人以上で遊ぶ。まず鬼の役をやる人を決め、鬼がその場で数を数える間に他の人はどこかに隠れる。鬼が「もういいかい」と呼びかけ、隠れる側が「まだだよ」か「もういいよ」と答える。「もういいよ」と答えたら鬼が探索開始。隠れた人を見つけたら鬼の勝ち。見つけられずに鬼が降参したら隠れた人の勝ち。または、鬼に一番最後に見つかった人が勝ち,

という遊戯であるhttps://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%8B%E3%81%8F%E3%82%8C%E3%82%93%E3%81%BC

鬼を決めるのは,じゃんけんで,その鬼が目をつぶっている間に皆が隠れる。鬼に最初にみつけられた者が次の鬼になる,

ということから,

隠れ鬼,

ともいう。この遊びの歴史は相当に古く,

「『栄花物語』の莟み花の巻に、かくれ遊びとして名がみえている。「ともすれば御かくれあそびのほどもわらはげたる心地して」とあり、『物類称呼』によれば、その名称も数多かった。かくれご(出雲(いずも)=島根県)、かくれかんじょう(相模(さがみ)=神奈川県)、かくれかじか(仙台)などがみえる。かじか(河鹿)は岩の間に隠れるから、それにちなんでの名称であろう」

とあり(日本大百科全書),明治以後この遊びが流行したので,全国のにさまざまな呼び方が明らかになった,という。

カクレモーモ(長崎県),
カクレモチ(新潟県長岡市付近),
カクレジョッコ(秋田県北部),
カクレモジョ(鹿児島県),
ナブリッコ(東京都八丈島),
モウゾウガクレ(熊本県の球磨郡地方),

等々。東京周辺では「もういいかい」「もういいよ」という問答だが,が通例となっているが、この間に唱えることばがある地方も多い,とか(仝上)。岩波古語辞典には,

「この遊びの時『樗(あふち)や辛夷(こぶし)や桂の葉』,訛って『ちいちゃこもちや桂の葉』と唱えた」

とある。熊本県の球磨郡地方では,

「かくれんぼうをモウゾウガクレとよぶ。モウゾウは化け物のことらしいが、ここでは隠れ終わったときに『モウゾウ』とよぶそうである。そうよぶ以前に小さな声で『だぁまれ、だぁまれ、雉(きじ)の子、うんともいうな、屁(へ)もひんな、鉄砲かためが通ったぞ』という。鉄砲かためは鉄砲を肩にした者の意。奈良県では『モウヤァ』といって隠れるが、これが東京付近でいう『まだまだ』にあたるし、東京で『もういいよ』という合図のことばは、このへんでは「チンカラコ」といわれる」

ともある(仝上)。

日本以外にもほぼ同様のルールのものが多数存在し,英語圏では,

Hide-and-seek,

というらしい(仝上)。

「かくれんぼう」の由来は,はっきりしない。

隠れん+坊(接尾語ヒト),

とある(日本語源広辞典)。

「ンボは,オコリンボ,ケチンボのンボと同じで,人の意」

であるが,大言海の,

「隠るることを擬人化したる語。寝坊,悔しん坊」

という行為や擬態の擬人化の方が妥当に思える。

「隠れん坊」の由来には,宗教的な起源があるように思うが,はっきりしない。日本だけでなく,世界にあることも,何か人の営みの根源と関わるように思えるのだが。

なお,「かくれんぼう」は,

「日本では近代まで神隠し・誘拐(人身売買)を恐れ、夕暮れ時以降はタブーとされていた」

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%8F%E3%82%8C%E3%82%93%E3%81%BC。柳田國男は,

「高麦のころに隠れん坊をすると、狸に騙れると豊後の奥ではいうそうだ。全くこの遊戯は不安心な遊戯で、大きな建物などの中ですらも、稀にはジェネヴィエバのごとき悲惨事があった。まして郊野の間には物陰が多過ぎた。それがまたこの戯れの永ながく行われた面白味おもしろみであったろうが、幼い人たちが模倣を始めたより更に以前を想像してみると、忍術などと起原の共通なる一種の信仰が潜んでいて、のち次第に面白い村の祭の式作法になったものかと思う。
 東京のような繁華の町中でも、夜分だけは隠れんぼはせぬことにしている。夜かくれんぼをすると鬼に連れて行かれる。または隠かくし婆ばあさんに連れて行かれるといって、小児を戒める親がまだ多い。村をあるいていて夏の夕方などに、児を喚ぶ女の金切声かなきりごえをよく聴くのは、夕飯以外に一つにはこの畏怖もあったのだ。だから小学校で試みに尋ねてみても分かるが、薄暮に外におりまたは隠れんぼをすることが何故に好くないか、小児はまだその理由を知っている。福知山附近では晩に暗くなってからかくれんぼをすると、隠し神さんに隠されるというそうだが、それを他の多くの地方では狸狐といい、または隠し婆さんなどともいうのである。隠し婆(はばあ)は古くは子取尼(ことりあま)などともいって、実際京都の町にもあったことが、『園太暦(えんたいりゃく)』の文和二年三月二十六日の条に出ている。取上げ婆ばばあの子取りとはちがって、これは小児を盗んで殺すのを職業にしていたのである。なんの為にということは記してないが、近世に入ってからは血取りとも油取りとも名づけて、罪なき童児の血や油を、何かの用途に供するかのごとく想像し、近くは南京皿の染附に使うというがごとき、いわゆる纐纈城(こうけちじょう)式の風説が繰り返された。そうしてまだ全然の無根というところまで、突き留められてはいないのである」

と書いている(山の人生)。夕暮れの薄暗い時,つまり,黄昏は,

逢魔が時,

という。

逢魔が時http://ppnetwork.seesaa.net/article/433587603.htmlについては,触れたことがあるが,

おおまがとき(大禍時)の転。禍いの起きる時刻の意,

とあり(広辞苑),

大魔が時などと云ひて,怪ありとす,

とする(大言海)。

「それは恐らく日が沈み、それまで明らかだったものの輪郭がぼやけて見えなくなっていく、その覚束なさから生まれる不安なのだ。そして、ぼんやりとした物の陰から、何か異界の者がそっとはみ出るように現れてくるのだ。」

とある。陰と闇とがまぎれ,物の形がとける,という感覚は,ちょっと気味は悪い。さらに,

「だから、普通には魔物に逢っても意識されることは殆んどない。夕暮れ時の忙しさの中で、それは薄暗闇に紛れてしまう。ただ、感受性の強い、幼い子供を除いて……。 夕食の支度やら何やらで、忙しく立ち働かなくてはならないこの時間帯は、不思議なことに、赤ん坊は必ずぐずり、幼子は聞き分けがなくなって、母親にまとわり付くものだ。その多くの理由は、純な魂が、魔物を感じ取って不安になるためだと私は考えている。しかし、当然彼らにはその不安を説明することはできない。で、大人はいらいらと叱ったり、よしよしと宥めたりするだけなのだ。」

とありhttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1323106583,だからか,

「世俗、小児を外にいだすことを禁(いまし)む。」

という。ましてや,物陰に隠れる「隠れん坊」は,神隠しとつながる。

「子供のいなくなる不思議には、おおよそ定きまった季節があった。自分たちの幽かすかな記憶では秋の末から冬のかかりにも、この話があったように思う…。多くの地方では旧暦四月、蚕かいこの上簇じょうぞくや麦苅入の支度に、農夫が気を取られている時分が、一番あぶないように考えられていた。これを簡明に高麦のころと名づけているところもある。つまりは麦が成長して容易に小児の姿を隠し、また山の獣などの畦あぜづたいに、里に近よるものも実際に多かったのである。」(山の人生)

だから,高麦の頃は,紛れがちで危ない,という。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:15| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする