2019年09月11日

セーラー服


「セーラー服と機関銃」ではないが,セーラー服は,この国では,女生徒の換喩であるが,

水兵服に似せた女性・子供用の服,女学生の制服に用いる,

とある(広辞苑)。特徴的な後ろに垂れ下がった四角い襟は,

セーラーカラー,

というらしい。日本語源広辞典は,

「英語sailor(水兵)+服」

とし,

「十九世紀にイギリスでは子供服でした。日本では1921年に女学生服として採用されています」

と書く。セーラー服は,

もともとイギリス海軍の制服,

であったらしい。この大きな襟は,

「甲板上で風の影響によって音声が聞き取りにくいときに、襟を立てて集音効果を得るなど諸説あるが、定かではない」

とあるが(由来・語源辞典),

「セーラー服の襟の起源は、18世紀のヨーロッパで流行した男子の辮髪(ピッグ・テイル)による服の汚れを防ぐために服につけた別布にあるといわれている。逆に言えば入浴を好まないヨーロッパ人の慣習がこうした服を発明させたともいえるものだ。辮髪といえば中国の清ではやっていたものであるが、産業革命以前のヨーロッパの富と力では総力を結集したところで到底太刀打ちできそうもない大国清に少しでもあやかろうとしたものだろう」

ともあり,水兵とは別の由来があるのかもしれない。しかし,セーラー服が出来た頃の船乗りの間では,

「長髪を後ろで括ってポマードで塗り固める髪型(タール漬けの豚の尻尾)が流行していたが、船上ではなかなか洗濯が出来ないので、後ろ襟や背中が脂やフケで汚れを防ぐためという説もある。しかし、イギリス政府のサイトでは、“豚の尻尾”は1815年以降急速に廃れ、記録に残っているのは1827年が最後であるのに対し、大きな襟が現れたのは1830年以降なので、“豚の尻尾”とセーラーカラーが共存していた時期はないと指摘している。更に同サイトでは、初期の襟は円形であったが、男性が自分で繕うのに簡単なため、方形になったとしている」

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC%E6%9C%8Dので,はっきりしない。なお,

「セーラー服の胸元が大きく開いて逆三角形になっているのは、海に落ちた時にすぐ服を破り、泳ぎやすくするためと言われている。装飾として胸元にタイ(スカーフ)があり、その起源は水兵が手ぬぐい代わりに使用するための物であったと言われている」

とある(仝上)。この制服は日本海軍でも1872年には取りいれられ、現在も自衛隊の水夫の制服として存続しているらしい。

Sailors1854.jpg


セーラー服の原型は,

「1800年代前半にイギリスで完成したと言われています。その当時,イギリス海軍では制服が制定されていなかったので,『各船ごとに艦長が趣味で制服を決める』といったことを行いました」

とありhttp://yurai-naze.com/sailor-suit/,で,一部の艦の艦長は,

「自分好みの制服を艦の資金で誂えていた。しかし、全乗組員に支給するには多額の費用がかかるため、人目につくことが多い艦長艇のクルーのみ制服を揃える場合もあった。特に軍艦ブレザー号(HMS Blazer)の艦長が1845年に誂えた制服は評判となり、乗組員の制服を揃えることが艦長の間で流行した。1853年、ハーレクイン号(HMS Harlequin)のウィルモット艦長は、この流行に乗って自艦の艦長艇クルーに艦名にちなみ道化師(Harlequin)の服を着せた。しかしこれは顰蹙を買い、新聞にも大きな問題として取り上げられた」

といった経緯でhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC%E6%9C%8D,1857年に,海軍本部はセーラー服を水兵の制服として制定し、支給することにしたという(仝上)。

これが子供服になるきっかけは,ヴィクトリア女王である。

「英王室ヨット“HMY Victoria and Albert”乗組の水兵の制服として揃えられたセーラー服が気に入り、同一デザインの子供服を誂えて1846年のクルージングの際に王太子アルバート・エドワード(のちのエドワード7世)にその衣服を着用させた」

それを国民も倣い,子供服として流行した。その流行はその後20世紀初頭にかけて世界的なものとなった,とある(仝上)。その流行はフランスに及び,19世紀のフランスでは女性のファッションとしてセーラー服が着られるようになり、その後ボーイッシュ・ブームの一環としてヨーロッパ各国やアメリカで女性のファッションとして流行した。その流れの中で,日本では,20世紀前半までに主に女子生徒用の制服として定着した,とある。

320px-Edward_VII_(1841_–_1910).jpg


(アルバート・エドワード王太子(1846年) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC%E6%9C%8Dより)


それを学校の制服としたのは,1920年,

京都の平安女学院,

だとされているhttp://yurai-naze.com/sailor-suit/。翌年(1921年)には,福岡女学院が現在のものとほぼ同形のセーラー服を採用し,これが日本全国の女学生の服装として広まることになったとある(仝上)。いくらなんでも,もはや少し古めかしいイメージであるが,

「セーラー服を採用している中学・高校はかつてに比べれば減ったものの、女子中高生にはいまも主流」

なのだとかhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC%E6%9C%8D。多く,明治以降に始まったものなのに,やたらと旧習を墨守するのはいかがなものなのだろう。

「日本でも、海軍好きで少女好きなイギリス人好きな人々の尽力で、セーラー服は女子中高生の制服として認知され、いまでは世界中のどの国よりセーラー服好きで少女好きな国民となっている」

と(笑える国語辞典)の皮肉も,少し空しい。精神の幼稚さの象徴でしかない。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 04:45| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする