2019年09月17日

朝飯前


「朝飯前」は,文字通り,

朝起きて朝食をとる前,

の意だが,

(朝飯を食べる前にできることから)容易なこと(広辞苑),

あるいは,

(「朝食を食べるほどのわずかな時間でできる)たやすいこと(goo辞典),

と,謂れの違いはあるが,

簡単にできる,

意である。語源由来辞典は,

「朝飯前は字の通り、朝飯を食べる前のこと。 朝飯を食べる前は、空腹かつ時間もない ため、簡単な仕事しかできない。 特に、江戸時代中頃までは食事が一日二回だっ たため、朝飯前には力が入らない。 そのようなことから『朝食前でも仕上げられる簡単な 仕事』という意味」

とするし,日本語源広辞典も,

「朝食を取る前にできてしまうほど,たやすいこと」

とする。大言海に,

「こんな重い物,朝飯前には持ち上げられぬなど云ふは,飢腹(ひだる)き意より云ふなり」

とあるので,やはり,そんな状態でもできる,という意味ととるのが自然のようだ。江戸語大辞典に,

朝飯前にできぬ,

という諺が載り,

「空腹ではなにもできぬ,腹が減っては軍(いくさ)は出来ぬの類」

の意が載るので,そんな状態でもできることの意,とみていい。

朝飯前と同様に,簡単なことを意味する表現で「お茶の子さいさい」がある。

「お茶の子」http://ppnetwork.seesaa.net/article/451394732.htmlで触れたように,「茶の子」は,

茶の子,御茶菓子,また間食としてとる軽い食事,
(腹にたまらないところから)たやすくできること,

という意味である(広辞苑)。前者の意味から,後者へ転じたということでは「朝飯前」と似ているようだが,大言海は,「茶の子」について,

茶うけ菓子。點心,
朝茶子と云ふは,朝食に,茶粥を用ゐることなるべし,略して,チャノコとも云ひ,朝飯のこととす(今,静岡縣にては,朝飯をアサジャとも,チャノコとも云ふ)
朝の空腹に粥なれば消化(こな)れやすく,腹にたまらぬ意よりして,容易(たやす)きこと,骨折らずできること,又,朝腹の茶の子と云ふ諺も,容易なる意に云ひ,お茶の子などとも云ふ,

とする。「茶の子」が「お茶うけ」では,

容易,

という意味にはつながらない。

茶うけ→朝茶子(朝粥)→たやすい,

なら,少し意味が流れる。だから,「お茶の子」は,

「お菓子のこと。お菓子は腹に残らないことから、容易にできること、たやすいことをいう。」(「とっさの日本語便利帳」)

では,意味が飛躍しすぎる。「お茶うけ」は,腹にためるものではない。

腹にたまらない→たやすい,

と転じるには,

お茶うけ→朝茶子(朝粥)→腹にたまらない→たやすい,

と,もう一つ意味の拡大を挟んでいたのではあるまいか。あるいは,『隠語大辞典』に,

間食のことを茶の子といったので手軽な食,

ともあるので,間食も含めた,

お手軽食,

という意味から,たやすい,という意味に転じたというふうにも見られる。

お茶うけ→朝茶子(朝粥)あるいは手軽な間食→腹にたまらない→たやすい,

と,その手軽さが,たやすさへとシフトした,ということなのかもしれない。

『日本語源大辞典』には,

「朝食前,起きぬけにとる間食を茶ノ子と言うので,朝飯前の同義語としていう」(日本古語大辞典)

と言う説を載せている。つまり,ただの間食ではなく,

朝飯前の起きぬけの食事,

ということだから,正確には,

お茶うけ→朝茶子(朝粥)→腹にたまらない→たやすい,

の流れに,「朝飯前」という意味が重なる。それが,たやすいという意味と直接的につながっていく。

『日本語の語源』は,

オチャヅケノゴハン(お茶漬けの御飯)→オチャノコ(お茶の子),

と変化したという説を載せる。これを取るなら,もともとあった,

お茶の子,

とは別に,起きぬけの朝粥(あるいは茶漬け)を略して「茶の子」と言うようになった流れがあり,「お茶の子」に二重の意味が重なったのではないか。つまり,

お茶漬けの御飯→お茶の子,

が,本来の「お茶の子さいさい」の原点なのだが,それに,もともとあった,「茶うけ」の「茶の子」と重なった,というように。『日本語源広辞典』は,

「お茶の子(農民の朝飯前の代用食)+サイサイ(囃し言葉)」

と,よりクリアに,「お茶の子さいさい」の「お茶の子」の出自を明確化している。まさしく,

朝飯前,

なのだ。だから,たやすい意とつながる。これに「茶うけ」の「茶の子」の意味が重なったほうが言葉の陰翳は深まるような気がするが。

また「朝っぱら」http://ppnetwork.seesaa.net/article/418872120.htmlで触れたように,「朝っぱら」にも,

朝食前のお腹,

という意味と,

極めてたやすいこと,
朝飯前,

の意味が載る(岩波古語辞典)。朝飯前の時間は,お腹のすいた,余り機嫌のよくない,エネルギーのない時間にもかかわらずできることという意味になる。

ところで,「朝飯」は,

朝餉・朝食

の意であるが,古くは,

アサケ,

といい,日葡辞書に,

アサケヲコシラユル,

と載る。夕餉・夕食も,古くは,

ユウケ,

で,日葡辞書には,

ユウケ,ユウメシ,

で載る。「朝飯」について,

「古代,朝廷などでは朝夕の二食を常とした。天皇に差し上げる朝食のことを『あさがれい』といい,一般には朝食のことを『あさけ』といった。日葡辞書には『Asaqe(アサケ)』『Asaiy(アサイイ)』の形があり,中世以降,『あさいい』,『あさめし』の形も使われるようになった。『いい』に対して,『めし』は『めしあがりもの』による丁寧語であって,『あさいい』よりも『あさめし』のほうが上品な言葉と意識されるようになった。近世以降『あさめし』がもっとも広く用いられたが,近代に『めし』が一般語となるとともに,『あさはん』,またより丁寧な表現として『あさごはん』(朝御飯)が用いられるようになった」

とある(日本語源大辞典)ので,

朝飯前,

という言い回しは,江戸期以降の言葉と見ていい。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:05| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする