2019年09月23日

風呂敷を広げる


「風呂敷を広げる」は,

大言壮語する,

意だが,

大風呂敷を広げる,

とも言う。「大」が付いた分,

実現不可能な計画を立てる,

大言壮語が弥増している。「風呂敷」は,岩波古語辞典に,

入浴具の一つ,

とあり,

「風呂場に敷いて,足を拭いたり,衣類を包んだりした方形の布,のちに物を包むのに用いる絹布になった」

とある。しかし,足に敷いたものが,物を包むものになるのだろうか。しかし,大言海も,

「もと風呂場に敷きて,足を拭布ヘルなれと云ふ。一説に,振敷(ふりしき)の転,打敷の意と云ふ」

とある。「打敷(うちしき)」とは,

器物などをのせるために敷く布帛,
あるいは,
寺院の高座または仏壇・仏具などの敷物。死者供養のため,その衣服でつくった,

とある(岩波古語辞典)。これなら,包むのに転用はある。しかし,多く,風呂関係を語源とする。たとえば,

「風呂に敷くことからの名。 室町時代の風呂は蒸し風呂のようなもので、蒸気を拡散 させるために『むしろ』『すのこ』『布』などが床に敷かれていたものが起源であるが、現在の風呂敷にあたるものは『平包(ひらづつみ)』と呼ばれていた。 足利義満が大湯殿を 建てた際、大名たちが他の人の衣類と間違えないように家門入りの絹布に脱いだ衣類を包み、湯上りにはこの絹布の上で身づくろいをしたという記録があり、これが『風呂敷』と『平包』の間に位置するものと考えられている。江戸時代に入り、湯をはった銭湯が誕生し、衣類や入浴道具を四角い布に包まれるようになったのが現在の風呂敷に最も近いもので、風呂に敷く布のようなもので包むことから、『風呂敷包み』や『風呂敷』と呼ばれるようになった。銭湯が発達したのに伴い、江戸時代の元禄頃から『平包』に代わり『風呂敷』の呼称が一般に広まった」(語源由来辞典)

「語源は,『風呂+敷き物』です。風呂に入る時,広げて,汚れた下着・衣類を包みこんだ敷物です。これは近世の語源です。能登半島,曽々木海岸近くの史跡,平時国家には,風呂桶の上に白い木綿布が掛けられ,風呂敷の語源とあります。平安末には,侍女が運んだ人肌に近い温水をかぶるのが湯浴み,入浴でした。その時,『貴族の身体が,直接風呂桶に触れないように,敷物』を敷いたのです。時代を経て,近世に至り,入浴の習慣ができ,庶民たちが,銭湯で風呂敷に汚れ物を包み込む習慣と変化したのです。現代語では,物を包む四角な布を言います。清浄なものを汚さぬ布の意識がある所以です」(日本語源広辞典)

等々。しかし,汚れ物を包んでいた風呂敷を,進物を包むのに用いるであろうか。どうも,この説には無理がある。「風呂敷」と当てた字にとらわれているのではないか。確かに,語源説の大勢は,

風呂場に敷いて足を拭う布の意から(貞丈雑記・骨董集・袂草・俚言集覧・守貞漫稿・大言海),
風呂場に敷いて衣類を包んだりした布の意から(南嶺遺稿・鳴呼矣草・名言通・増補国語研究=金田一京助),

という風呂の足拭きか脱衣類包みが多い。しかし,

「風呂敷といふものは,元湯あがりに敷もの故,ふろしきといふ。今の湯ふろしきといふは重言也。室町家の時分,大湯殿を建て,近習の大名衆,一処に入玉ふ事也。(略)是より物を包むものを,惣てふろしきといふやうに成たり。只ふくさ包といふべし。ふろしき包とはいやしき名也」

とある(南嶺遺稿)。どこか違和感があったからではないか。やはり,足拭きを包みに転ずるのは納得しがたい。

800px-風呂敷_唐草模様.jpg

(唐草模様の風呂敷 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E5%91%82%E6%95%B7より)

正倉院の所蔵物にそれらしきものがあり,古くは,

衣包(ころもつつみ),
平包(ひらつつみ),

と呼ばれていたhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E5%91%82%E6%95%B7,とある。

「正倉院宝物の中に舞楽の衣装包みとして用いられたものが残っているこの専用包みには、現在の風呂敷にはない中身を固定するための紐が取り付けられていた。また、伎楽衣装を包む『伽楼羅(かるら)包(本来は果冠に下が衣)』、子どもの衣装を包む『師子児(ししじ)包(同じく元の字は果冠に衣)』と言う呼称が用いられ、それらに収容する内容物が墨書されていた」

らしい(仝上)。

「平安時代には『平裹』・『平包』(ひらつつみ)と呼ばれていて、庶民が衣類を包んで頭にのせて運んでいる様子が描かれている。また、古路毛都々美(ころもつつみ)という名称も和名類聚抄にうかがえる」

ともある。風呂敷の語源は,この物を包んでいた布,と考えるのが自然ではないか。その「平包」を,

「日本の室町時代末期に大名が風呂に入る際に平包を広げその上で脱衣などして服を包んだ、あるいは足拭きにした」

のであって,前後は逆に思える。

「風呂敷」という言葉が、物を包む裂として一般に用いられるようになったのは江戸時代も中期以後,それまでは、包まれているものを冠して,

けさづつみ,
ころもづつみ,
おおづつみ,
首包み,

等々と呼ばれていた。それが,風呂敷包に一括されたのは,

「江戸時代に入り庶民に銭湯が普及し、銭湯で脱いだ衣類を包んだり、その上で着替えるのに風呂敷が用いられました。この頃から風呂敷の名前が一般に定着してきたものと考えられます。そして花見など物見遊山が大衆化したことで、風呂敷を使う機会が増えました」

というhttp://www.furoshiki-kyoto.com/how_to/lecture_history.htmlのが,正しくはないか。この背景にあるのは,木綿の栽培,精製の普及がある。

「江戸時代の火事への備えとして、風呂敷は布団の下に敷かれるようになりました。その理由は、火事が多い江戸の町で、夜でも鍋釜と布団をそのまま包んですぐ逃げられたからです。このように、普段使いの利用法と違い、代用品として手近にあるものの利用法として『早風呂敷』と名付けられたとされています」

ともある(仝上)。因みに,風呂敷は正方形ではないそうである。

「上下と左右の長さがほんの少し違う。風呂敷は、反物を裁断しその端を三ツ巻きにして縫い上げる。縫った端を天地(上下)とし、生(き) 地(じ) 巾(はば) が左右となる。巾(はば) よりも天地方向のほうが若干長くつくられている」

という(http://www.ymds.co.jp/knowledge/trivia.html)。

なお,江戸の銭湯についてはhttp://ppnetwork.seesaa.net/article/461421912.html前に触れた。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:29| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする