2019年09月30日

月と鼈


「月と鼈」は、

「両者とも丸い形をしている点では似ているが、実は非常な違いがあるところから、比較にならないほどかけはなれていることのたとえ」

とある(故事ことわざの辞典、広辞苑等)。

二つの者の間の非常に差のあることのたとえ、

として使われる(広辞苑)。

鼈と月、
月鼈(げつべつ)、
鼈とお月様、

ともいう。しかし、丸いものなら、

お盆と月、

の方がこのたとえにはあう。江戸語大辞典は、

すっぽんとお月様、

として載り、

「すっぽんの甲も十五夜の月も共に丸いが、全然異物であるの意。一見似ていても、比較にならぬほど相違する物事のたとえ」

とある。まだ、この方がわかる。

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しかし、

「江戸時代後期の随筆『嬉遊笑覧』には、スッポンの甲羅が丸いことから異名を丸(まる)と言い、一方満月も丸いけれど二つの丸は大違いでまるで比較にならないので『月と鼈』とは少しは似ていても、実際には甚だ異なっている様を云うとしています。
 詳細は不明ですが、同時代に疑義も提示されている様子です。朱塗の丸い盆『朱盆(しゅぼん)』が訛って『鼈(すっぽん)』に転訛したとの説も有り、幕末の役者評判記『鳴久者評判記』では、似て非なるもので比較にならないものとして『下駄に焼味噌』と並んで『朱ぼんに月』を取り上げています。
 尚、近世全般では『お月さまと鼈』と表現され、幕末になってから初めて『月と鼈』と表現された様子です。」

とあり(岩波ことわざ辞典、http://homepage-nifty.com/osiete/s464.htm)、「すっぽん」ではなく、「朱盆」とする。これなら、納得できるが、理屈に合うことわざは、大概こじつけ、というのが相場だ。京阪では、「鼈」を、

マル(丸)、

と呼んだので、

月と鼈、

という言い方をした可能性がある。

「上方のスッポン屋は看板の行燈に輪を書いて丸の印でスッポンを表した」

とある(たべもの語源辞典)。ちなみに江戸では、俗に、

蓋(ふた)、

という。

「これも丸い形からの異名である。『月とスッポン』というのは、月も丸く、スッポンも丸と呼んで丸いものだが、随分異なっているものだの意で、不釣り合いのたとえとか、比較にならないほど相違する物事のたとえにもちいられている」

とある(仝上)。これなら、丸に共通があることに得心が行く。

「鼈」(ベツ、漢音ヘツ、呉音ヘチ)は、

「会意兼形声。『黽(かめ)+音符敝(ヘイ 横に開く)』。横に伸びて、平らに開いた姿をしたすっぽん」

とある(漢字源)。「鼈」は、中国では、

団魚、

と呼ばれ、日本では、

土亀、
泥龜、
川龜、

等々とも呼ぶ(各地で、ガメ・ドウガメ・ドンガメ・ドヂ・ドチ・トチとも)。

「日本列島においては滋賀県に所在する栗津湖底遺跡において縄文時代中期のスッポンが出土しているが、縄文時代にカメ類を含む爬虫類の利用は哺乳類・鳥類に比べて少ない。弥生時代にはスッポンの出土事例が増加する」

とありhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3、主に西日本の食文化であったが近世に関東地方へもたらされたものらしい。

「元禄大坂でスッポン料理があったとき、京にはなく、江戸では下賤のたべものであったが、寛延・宝暦のころ(1748-64)、柳原の長堤に葭簀の小屋でスッポンの煮売りが始まり、次第にスッポンは高価なものになっていった」

とある(たべもの語源辞典)。

和語「すっぽん」の語源は、

「スボンボの轉。或いは、葡萄牙語也と云ふ説もあり」

と(大言海)、ちょっとはっきりしない。

「すっぽんの名は飛び込んだ時に附け」

という川柳があるらしく、すっぽんが水の中に飛び込んだ時、

スッポン、

という音がした、という説に由来しているとするが、そのほか、鳴き声が、

スッポンスッポン、

と聞こえるとする説もある。

「亀はポンポンと鼓の音のように鳴くという。『亀の看経(かんきん)』といって、亀の鳴き声は初めは雨だれ拍子で、次第に急になり、俗に責念仏(せめねんぶつ)といわれる。スッポンの鳴声も間遠にスポンスポンと聞こえる。いずれもよるになって聞こえる」

とある(たべもの語源辞典)。大言海の「スボンホ」は、その転訛であるとも思われる。この他、

すぽむ+ぼ(もの)、

と首をすくめる擬態からとする説(日本語源広辞典)もあるが、やはり「擬音」で、よさそうである。

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(『北越奇談』にあるスッポンにまつわる怪談「亀六泥亀の怪を見て僧となる」(葛飾北斎画)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3より)


かつて日本ではキツネやタヌキと同様、土地によってはスッポンも妖怪視され、

「人間の子供をさらったり血を吸ったりするといわれていた。また『食いついて離さない』と喩えられたことから大変執念深い性格で、あまりスッポン料理を食べ過ぎると幽霊になって祟るともいわれた」

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3。江戸時代には、

ある大繁盛していたスッポン屋の主人が寝床で無数のスッポンの霊に苦しめられる話(北越奇談)、
名古屋でいつもスッポンを食べていた男がこの霊に取り憑かれ、顔や手足がスッポンのような形になってしまったという話、
ある百姓がスッポンを売って生活していたところ、執念深いスッポンの怨霊が身長十丈の妖怪・高入道となって現れ、そればかりかその百姓のもとに生まれた子は、スッポンのように上唇が尖り、目が丸く鋭く、手足に水かきがあり、ミミズを常食したという話(怪談旅之曙)、

等々があるという(仝上)。なお、

すっぽん、

と名付けられた、歌舞伎の劇場で、本花道に切り抜いた、奈落から役者がせり上がる穴は、

「切穴から出るとき、演者が首から出るので亀の首を想像して付けられたか、また床面が龜甲形だからとも、床板のはまるときスポンとおとがすることからともいう」

とある(演劇百科大事典)。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 04:09| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする